Wednesday, August 20, 2014

『The DevOps』、水天宮前を歩きながら。

The DevOps 逆転だ!究極の継続的デリバリー
  • 作者: ジーン キム,ケビン ベア,ジョージ スパッフォード,長尾 高弘,榊原 彰
  • 出版社: 日経BP社
  • 発売日: 2014-08-18

  • 朝。地下鉄に揺られて会社に向かい、水天宮前で降りるといつもの光景が待っている。
    改札を出て比較的長めの動く歩道を越えると、必ずぶつかるのが渋滞だ。そこから先、4B出口までの階段が狭すぎてボトルネックになっている。そんな訳で駅員さんは毎朝、動く歩道の終端で通勤者を誘導している。「申し訳ありませんが、左側に大きく迂回ください」って。終端付近で渋滞してしまうと、動く歩道から降りられず危ないからだ。

    でも、ダメなんだよ。毎朝、心の中でひとり呟いてしまう。
    出口では解決しないんだ。動く歩道の入口をコントロールして、流量制限しないと。階段幅は、急には広がらないのだから。

    さて、本書だ。
    書評を書くのは随分久しぶりだが、個人的になかなか興味深かったので紹介したい。
    パーツ・インターナショナル社の社運を賭けた新システム開発、「フェニックス・プロジェクト」をめぐる幾多の困難を、新任VP(Vice President)としてIT運用を担うビルが乗り越えていく物語。有名な『ザ・ゴール』(エリヤフ・ゴールドラット著)のシステム開発版と思ってもらえば、ほぼ問題ない。ITプロジェクトにまつわる典型的な問題を、小説という形式の中でデフォルメすることで、分かりやすい形で提示した著作だ。それでもIT特有の用語が多く、業界関係者でなければ読みづらい部分はあるかもしれないが、一方で、システム開発に携わった経験がある人間にとっては、楽しく読める内容になっていると思う。ちなみに、書店で見かけて購入を決めた理由の1つは監修者だ。個人的にもお世話になっている榊原彰さんと来れば、買わない訳にはいかない。それにしても、こうした著作の監修までされているのには少々驚いた。

    この形式の先駆的著作といえば、やはりなんといっても『ザ・ゴール』なのだが、本書のストーリー自体においても、『ザ・ゴール』でエリヤフ・ゴールドラットが提示した制約条件理論が、その中核となっている。主人公のビルにとっての事実上のメンターとして、彼を成功へと導くエリックは、「4つの仕事」、「3つの道」というフレームワークを道標として、プロジェクトにおけるボトルネックを見極め、適切にコントロールすることで、スループットを最大化させるために示唆を与えていく。詳細は本書を読んでもらいたいが、極めて合理的な考え方だと思う。『ザ・ゴール』の制約条件理論が、必ずしも工場の製造工程だけに該当するものではないのは、まったくもって自然なことだ。システム開発を工場とのアナロジーで考えるのも、目新しいアプローチでは決してなく、極めてオーソドックスなものだと思っている。その意味で本書の価値は、理論的な側面からの斬新性にある訳ではない。どちらかというと、エンターテイメント性と分かりやすさだろう。

    ただ、本書を読んでいて、改めて考えてしまった。
    ゴールドラットの制約条件理論がシステム開発にも十分に適用できるように、システム開発における改善アプローチは組織運営全般にも適用できるのではないかと。
    この物語が提示する課題認識に共通するものは、日常の中にいくらでも感じ取ることができる。ボトルネックに手をつけなければ、それ以外の部分をどれほど改善してもスループットは上がらない。一方で、特定のワークセンター(あるいはキーパーソン)がボトルネックとなる理由の一端は、「自分がいなければ廻らない状況」を彼ら自身が(意図的かどうかは別として)作り出してしまっているからだ。ボトルネックのリソースは、徹底してスループットを最大化するための活動に費やされなければならない。どれも、至るところに転がっている話じゃないか。開発じゃなくても、たとえば営業活動でも同じように。

    本書の主題はシステム開発プロジェクトであり、この流れの中でキーワードとなるのがDevOpsだ。Dev(elopment)Op(eration)s、つまり「開発と運用の一体化」だ。もちろん、曲がりなりにもこの業界で仕事をしている1人として、DevOpsというコンセプトには非常に興味を持っている。「IT業界ではお馴染みのバズワードじゃないのか」といった向きもあるのもしれないが、とやかく御託を並べるのは一旦先送りにして、素直に乗っかってみたいと個人的には感じている。理由はシンプル。それが本質的にはプロダクトでもテクノロジーでもなく、「人間のふるまい」にフォーカスしたコンセプトなのかなと思うからだ。結局のところ、人間が一番面白い。いつだって、中心にあるのは人間そのものだ。

    ただ、本当に考えたいのはDevOpsというよりも、"Something like DevOps"なのかもしれない。
    組織で生きている以上、組織を考えない訳にはいかないからね。水天宮前の階段のように、解消できないボトルネックばかりではないはずだ。


    ザ・ゴール ― 企業の究極の目的とは何か
  • 作者: エリヤフ・ゴールドラット,三本木 亮
  • 出版社: ダイヤモンド社
  • 発売日: 2001-05-18

  • 継続的デリバリー 信頼できるソフトウェアリリースのためのビルド・テスト・デプロイメントの自動化
  • 作者: David Farley,Jez Humble,和智 右桂,高木 正弘
  • 出版社: アスキー・メディアワークス
  • 発売日: 2012-03-14