最近ずっと仕事に忙殺されていて、苦悩ばかりだった。
何もかも上手く行かず、ミスやトラブルが続いてしまっていた。
ミニマムの自尊感情すら失いかけて、パートナーにはすごく迷惑をかけてしまった。
でも、続発する問題群に苦闘しながらも対処を続けてきて、少し光が差してきた。
トラブルは今も続いているけれど、ある意味で「修練」だと割り切れるようになってきたような気がするんだ。神様が「逃げずに勝負しなさい」と言っているような。
最近になって、1つだけ自分の武器になりそうなものを見つけた。
今更ではあるのだけれど、それは「書く」ということだ。
ビジネスでは、非常に多くの場面で、非常に多くの文章を、多様な形態で書く。
それは、会話し、交渉するための基礎であって、会話し、交渉する行為ほどに華々しくはないかもしれないけれど、書く行為こそが思考に軸と補助線を与えてくれるならば、慎重に選択された言葉の端々が何かを伝えてくれるならば、自分の生きる道になるかもしれない。「言葉」にはずっとこだわってきたつもりなので。
誰も気に留めていなくても、句読点1つにまで心を配って。
今よりもっと繊細に、もっと含意を練り込んで。
「言葉」を大切に、自分の武器にしていこうと思う今日この頃です。
Sunday, July 19, 2009
Thursday, July 16, 2009
今したいこと
ラグビーがしたい。
本を大量に読みたい。
最近仕事が忙しいけれど、修練だと思って切り抜けたい。
パートナーとゆっくり晩御飯を食べたい。
英単語の勉強を再開したい。(随分放置してしまった・・・)
トレーニングをしたい。せめて腹筋と懸垂だけでも。
家族との時間を増やしたい。
できれば合宿にも行きたい。(ムリかも・・・)
ハンナの日々の成長を見守りたい。
でも、書き出してみて思った。
自分がしていないだけで、今すぐに出来ることもあるなあって。
腹筋なんて10分あれば出来るし、懸垂台も自宅の2階にあるしね。
単語集だって、見て見ぬ素振りをしているのは自分自身だから。
仕事に忙殺されていても、もっと家族との会話を大切に出来たはずだった。
自分に言い訳してたなあ。
本を大量に読みたい。
最近仕事が忙しいけれど、修練だと思って切り抜けたい。
パートナーとゆっくり晩御飯を食べたい。
英単語の勉強を再開したい。(随分放置してしまった・・・)
トレーニングをしたい。せめて腹筋と懸垂だけでも。
家族との時間を増やしたい。
できれば合宿にも行きたい。(ムリかも・・・)
ハンナの日々の成長を見守りたい。
でも、書き出してみて思った。
自分がしていないだけで、今すぐに出来ることもあるなあって。
腹筋なんて10分あれば出来るし、懸垂台も自宅の2階にあるしね。
単語集だって、見て見ぬ素振りをしているのは自分自身だから。
仕事に忙殺されていても、もっと家族との会話を大切に出来たはずだった。
自分に言い訳してたなあ。
Sunday, June 28, 2009
合同練
6月28日、日曜日。
名古屋大ラグビー部と名古屋クラブの合同練習に参加してきた。
怪我等でお互いに十分な布陣ではなかったけれど、ゲームに近い状況での練習が出来たので、特に名古屋大の選手にとっては有意義だったと思う。彼等にとって名古屋クラブは格上のチームなので、胸を借りて挑戦するという意味でも、良い経験になったはずだ。最後のADは完敗だったけれど、修正点を具体的に洗い出して、もう一度挑戦すればいい。夏にもう一度こういった機会を持てればベストだね。
自分自身も、ちょうど名古屋クラブのCTBが1人不足していたので、ADに参加させてもらって、非常に楽しかった。やはりゲーム形式の練習はやっていて面白い。1人では出来ないことなので、こうして名古屋の様々なチームがプレーの機会を提供してくれることに、改めて感謝しないと。とても貴重な縁だと思っています。
個人的な反省は、イージーミスが幾つかあったこと。
ハンドリングエラーが多かった。
もともと得意な方ではないので、もっと丁寧にプレーするようにしたい。
それにしても、久しぶりに100mを10本も走って、既に軽く筋肉痛気味です。
名古屋大には、練習中も出来る限りメッセージを出すようにした。
彼等にとっての最初の課題は、「自分がプレーする」意識を持つことだね。
例えば、自分のマークだけをディフェンスするのではなくて、ボールに一番近い人間が、誰であろうと構わずタックルする。エキストラのプレーヤーだけに突破役をさせるのではなくて、全員が「自分が抜く」つもりで走る。誰かがスイープしてくれるのを待つのではなくて、自分がスイープする。こうした「小さな自発性」の積み重ねが、きっとチームを強くすると思う。今はまだ、どこかで他人を(特に限られたキーマンを)頼ってしまっているからね。自覚症状はないかもしれないけれど。
名古屋大学は、来週末が春の最終戦と聞いている。
自発的に戦って、勝ってもらいたいです。
名古屋大ラグビー部と名古屋クラブの合同練習に参加してきた。
怪我等でお互いに十分な布陣ではなかったけれど、ゲームに近い状況での練習が出来たので、特に名古屋大の選手にとっては有意義だったと思う。彼等にとって名古屋クラブは格上のチームなので、胸を借りて挑戦するという意味でも、良い経験になったはずだ。最後のADは完敗だったけれど、修正点を具体的に洗い出して、もう一度挑戦すればいい。夏にもう一度こういった機会を持てればベストだね。
自分自身も、ちょうど名古屋クラブのCTBが1人不足していたので、ADに参加させてもらって、非常に楽しかった。やはりゲーム形式の練習はやっていて面白い。1人では出来ないことなので、こうして名古屋の様々なチームがプレーの機会を提供してくれることに、改めて感謝しないと。とても貴重な縁だと思っています。
個人的な反省は、イージーミスが幾つかあったこと。
ハンドリングエラーが多かった。
もともと得意な方ではないので、もっと丁寧にプレーするようにしたい。
それにしても、久しぶりに100mを10本も走って、既に軽く筋肉痛気味です。
名古屋大には、練習中も出来る限りメッセージを出すようにした。
彼等にとっての最初の課題は、「自分がプレーする」意識を持つことだね。
例えば、自分のマークだけをディフェンスするのではなくて、ボールに一番近い人間が、誰であろうと構わずタックルする。エキストラのプレーヤーだけに突破役をさせるのではなくて、全員が「自分が抜く」つもりで走る。誰かがスイープしてくれるのを待つのではなくて、自分がスイープする。こうした「小さな自発性」の積み重ねが、きっとチームを強くすると思う。今はまだ、どこかで他人を(特に限られたキーマンを)頼ってしまっているからね。自覚症状はないかもしれないけれど。
名古屋大学は、来週末が春の最終戦と聞いている。
自発的に戦って、勝ってもらいたいです。
コーチング
名古屋大ラグビー部へのコミットが熱を帯びてきた。
非常に楽しくなってきました。
今日はグラウンド練習の予定ではなかったのだけれど、主将にお願いして1時間半の時間をもらい、セッションを組んでみた。たった1回の練習でカバーできることには限界があるけれど、アタックの基本的な考え方を整理して、「ユニットで抜く」という感覚を理解してもらうことが目的だった。
昨年から名古屋大の練習には顔を出しているけれど、コーチングをしたのは今回が初めてだった。正式なコーチでもない立場で、チームの方針を左右する言葉を軽々しくは言えないし、選手に混乱を来たす可能性もあると思っていたので、コーチングするのではなくて、いつも一緒に練習をしていた。学生と一緒に練習するのはとても楽しい経験で、直接彼等と勝負することでコミュニケーションが生まれるし、自分自身のトレーニングにもなるので、基本的にこのポジションで彼等にコミットしていた。
そんな訳で、名古屋では初めてのコーチングだった。
こちらでメニューを組んで、練習の構成と時間配分を考える。
あとは選手の雰囲気を見ながら、グラウンドレベルで多少のアレンジをして。
とても楽しかった。
そして、自分自身にとっても非常に良い経験になった。
学生を見ていて、違和感を感じるポイントを探っていくと、自分自身も気づきがある。
それに、「コーチ」という立場を明確にして練習にコミットすると、より真剣に選手を見るようになるので、今まで気づかなかった特徴がふと目に留まったりする。「この子、ステップ踏む間合いが近いなあ」とか、今までも一緒に練習してたのにね。
またこういった機会を作って、改めてセッションをやってみたい。
色々とアイデアが浮かんできて、次のチャンスが今から楽しみです。
非常に楽しくなってきました。
今日はグラウンド練習の予定ではなかったのだけれど、主将にお願いして1時間半の時間をもらい、セッションを組んでみた。たった1回の練習でカバーできることには限界があるけれど、アタックの基本的な考え方を整理して、「ユニットで抜く」という感覚を理解してもらうことが目的だった。
昨年から名古屋大の練習には顔を出しているけれど、コーチングをしたのは今回が初めてだった。正式なコーチでもない立場で、チームの方針を左右する言葉を軽々しくは言えないし、選手に混乱を来たす可能性もあると思っていたので、コーチングするのではなくて、いつも一緒に練習をしていた。学生と一緒に練習するのはとても楽しい経験で、直接彼等と勝負することでコミュニケーションが生まれるし、自分自身のトレーニングにもなるので、基本的にこのポジションで彼等にコミットしていた。
そんな訳で、名古屋では初めてのコーチングだった。
こちらでメニューを組んで、練習の構成と時間配分を考える。
あとは選手の雰囲気を見ながら、グラウンドレベルで多少のアレンジをして。
とても楽しかった。
そして、自分自身にとっても非常に良い経験になった。
学生を見ていて、違和感を感じるポイントを探っていくと、自分自身も気づきがある。
それに、「コーチ」という立場を明確にして練習にコミットすると、より真剣に選手を見るようになるので、今まで気づかなかった特徴がふと目に留まったりする。「この子、ステップ踏む間合いが近いなあ」とか、今までも一緒に練習してたのにね。
またこういった機会を作って、改めてセッションをやってみたい。
色々とアイデアが浮かんできて、次のチャンスが今から楽しみです。
Monday, June 22, 2009
モデル
週末のことだけれど、近所に建設中の分譲マンションのモデルルームを見学した。
特に購入を考えている訳ではないのだけれど、どういったものか気になって。
営業の方には非常に申し訳ない動機だが、なかなか楽しかった。
2つのマンションを見学したのだが、日曜日に見た物件はかなりの代物だった。
最も手頃な部屋でも6千万円台から、というマンションなので、当然といえば当然かもしれないが、立地、周辺環境、設備といった全てが素晴らしく、資産性の極めて高いマンションだと感じた。平たく言ってしまえば、きっと売れるマンションなのだろうと。
勿論、室内空間も非常に良く出来ていて、自分の身の丈を大きく越えた充足感を前にして、内覧に来たことが多少恥ずかしくなってしまうようなレベルだった。広々とした開放感のあるリビング、シンプルかつ機能的でありながら十分なゆとりを感じさせるキッチン、3mの奥行きを備えたバルコニー、子供部屋と間違ってしまうほどの納戸。
当然買えないのだけれど、凄かった。
満足できないポイントを見つける方が難しい。
ただ、そう思いながらも、ふと考えてしまった。
例えば奥行き3mのバルコニー。モデルルームでは、オープンテラスのようにカフェテーブルと3脚の椅子が並べられていたのだけれど、そういった時間の過ごし方というのは、家族が限られた条件の中で求めている豊かさなのかなあと。
のびやかな開放感あるバルコニーがあったら、そんな暮らしをするかもしれない。
でも、なくてもいいかもしれない。
洗濯物が太陽の光を浴びてパリッと乾けば、それで良いかもしれない。
モデルルームを見ていると、部屋に暮らし方を規定されているような感じがする。
モデルルームはどこか「モデルライフ」を想定していて、そしてそれは「マイライフ」ではないのだということが、非常に良く分かって面白かった。
とはいえ、だからマンションが悪い訳では全くなくて、やはり素晴らしかった。
好みの問題はあると思うけれど、一流のマンションというのは品格と風格がある。
資産性も含めて、マンションゆえのメリットは多々あるのだろうと、観ていて感じた。
いつかは家を建てたいなあと、素直に思いました。
特に購入を考えている訳ではないのだけれど、どういったものか気になって。
営業の方には非常に申し訳ない動機だが、なかなか楽しかった。
2つのマンションを見学したのだが、日曜日に見た物件はかなりの代物だった。
最も手頃な部屋でも6千万円台から、というマンションなので、当然といえば当然かもしれないが、立地、周辺環境、設備といった全てが素晴らしく、資産性の極めて高いマンションだと感じた。平たく言ってしまえば、きっと売れるマンションなのだろうと。
勿論、室内空間も非常に良く出来ていて、自分の身の丈を大きく越えた充足感を前にして、内覧に来たことが多少恥ずかしくなってしまうようなレベルだった。広々とした開放感のあるリビング、シンプルかつ機能的でありながら十分なゆとりを感じさせるキッチン、3mの奥行きを備えたバルコニー、子供部屋と間違ってしまうほどの納戸。
当然買えないのだけれど、凄かった。
満足できないポイントを見つける方が難しい。
ただ、そう思いながらも、ふと考えてしまった。
例えば奥行き3mのバルコニー。モデルルームでは、オープンテラスのようにカフェテーブルと3脚の椅子が並べられていたのだけれど、そういった時間の過ごし方というのは、家族が限られた条件の中で求めている豊かさなのかなあと。
のびやかな開放感あるバルコニーがあったら、そんな暮らしをするかもしれない。
でも、なくてもいいかもしれない。
洗濯物が太陽の光を浴びてパリッと乾けば、それで良いかもしれない。
モデルルームを見ていると、部屋に暮らし方を規定されているような感じがする。
モデルルームはどこか「モデルライフ」を想定していて、そしてそれは「マイライフ」ではないのだということが、非常に良く分かって面白かった。
とはいえ、だからマンションが悪い訳では全くなくて、やはり素晴らしかった。
好みの問題はあると思うけれど、一流のマンションというのは品格と風格がある。
資産性も含めて、マンションゆえのメリットは多々あるのだろうと、観ていて感じた。
いつかは家を建てたいなあと、素直に思いました。
Saturday, June 13, 2009
名言
最近、本で読んで心に響いた言葉。
「自ら機会を作り出し、機会によって自らを変えよ」
リクルートの社訓なのだそうです。
素晴らしい言葉だよね。
ポケットの中の手帳にさっとメモをして、心に刻み込むつもりで。
今というタイミングで、この言葉を知ったのも何かの縁。
自らを変えるために、自ら機会を探して、作っていかないと。
「自ら機会を作り出し、機会によって自らを変えよ」
リクルートの社訓なのだそうです。
素晴らしい言葉だよね。
ポケットの中の手帳にさっとメモをして、心に刻み込むつもりで。
今というタイミングで、この言葉を知ったのも何かの縁。
自らを変えるために、自ら機会を探して、作っていかないと。
名古屋大
最近、名古屋大学ラグビー部の練習によく顔を出している。
家から自転車で15分なので、とても参加しやすいのが嬉しい。
また正式なコーチではなく、フリーランス的な立場なので、基本的に全てのメニューを一緒に行っているので、トレーニングにもなっている。
やはり1人で走るよりも、グラウンドで学生と走った方が楽しいです。
今日の練習は、明日の試合に向けてAD中心だった。
名古屋大は1年生を含めて30名前後しかおらず、おれがBチームのSOだった。
クラブチームだと、SOは恥ずかしくて出来ないし、実際SOでプレーする機会もないので、ある意味では良い経験かなと思いながらプレーしている。
そしてなんと、今日はキックパスを1本決めてしまった。
ラグビーを続けて15年ですか・・・、初めてキックパス通りました。
名古屋大には、昨シーズンから参加していたのだけれど、言葉にきちんと耳を傾けてもらえる関係が築けてきた感じなので、もう少しコーチングしてみようかな。
家から自転車で15分なので、とても参加しやすいのが嬉しい。
また正式なコーチではなく、フリーランス的な立場なので、基本的に全てのメニューを一緒に行っているので、トレーニングにもなっている。
やはり1人で走るよりも、グラウンドで学生と走った方が楽しいです。
今日の練習は、明日の試合に向けてAD中心だった。
名古屋大は1年生を含めて30名前後しかおらず、おれがBチームのSOだった。
クラブチームだと、SOは恥ずかしくて出来ないし、実際SOでプレーする機会もないので、ある意味では良い経験かなと思いながらプレーしている。
そしてなんと、今日はキックパスを1本決めてしまった。
ラグビーを続けて15年ですか・・・、初めてキックパス通りました。
名古屋大には、昨シーズンから参加していたのだけれど、言葉にきちんと耳を傾けてもらえる関係が築けてきた感じなので、もう少しコーチングしてみようかな。
Sunday, May 31, 2009
再会
5月31日、日曜日。
13年ぶりに高校時代の友達と再会した。
卒業前にクラス全員が書いたメッセージを預かっていた女の子が、文集としてCD-ROMに纏めてくれて、連絡が取れる人達に渡してくれることになったんだ。
それをきっかけに、7人の同級生が豊橋に集まって。
赤ちゃん同伴の子が3人いたので、芝生の広がる屋外の広場で、2時間ほど話して。
みんな、あまり変わっていなかった。
高校時代を懐かしむでもなく、ずっと子供の話をしていたなあ。
もう少し時間がある時に、一人ひとりに、この10年間のことを聞いてみたいです。
13年ぶりに高校時代の友達と再会した。
卒業前にクラス全員が書いたメッセージを預かっていた女の子が、文集としてCD-ROMに纏めてくれて、連絡が取れる人達に渡してくれることになったんだ。
それをきっかけに、7人の同級生が豊橋に集まって。
赤ちゃん同伴の子が3人いたので、芝生の広がる屋外の広場で、2時間ほど話して。
みんな、あまり変わっていなかった。
高校時代を懐かしむでもなく、ずっと子供の話をしていたなあ。
もう少し時間がある時に、一人ひとりに、この10年間のことを聞いてみたいです。
Saturday, May 30, 2009
勝連城跡
もう1週間前のことになってしまうけれど、初めて沖縄に行った。
業務出張だったのだけれど、5/23(土)に1日だけ本島を巡ることが出来た。
たった1日という限られた時間だったけれど、非常に感慨深かった。
背景がある。
5/21(木)にお客様に同行して参加したイベントで、感動があったんだ。
基調講演として壇上に上がったのは、演出家の平田大一さん。
小浜島出身の平田さんは、東京の大学を卒業後、沖縄に戻って農業に従事しながら、地元の中高生による舞台の演出に携わっていく。それが、活動を始めて10年になるという現代版組踊『肝高の阿麻和利』だ。
沖縄県うるま市にあるグスク(城)で、世界遺産にも登録されている勝連城跡。かつてこの城を治めていた王こそが阿麻和利だが、悪政を敷いた前王をクーデターによって討ち滅ぼすことで王となった彼の英雄は、沖縄の正史においては反逆者の扱いを受けていた。その阿麻和利の名誉を復権させると共に、地元の子供達が、自分達の暮らす沖縄の歴史に誇りを持てるようにとの想いから生まれた舞台、それこそが『肝高の亜麻和利』なのだそうだ。
10年前に活動を始めたばかりの頃、子供達は全く集まらなかったという。
少しずつ子供達に喜びと楽しみを与え、友達を誘って連れてきてもらって、舞台の練習そっちのけで遊んで、親密な関係を地道に創り上げていく。ふと気づいた時には、舞台の練習に集まる子供達の数は170人にも達していたそうだ。
"Next generation changes the Next."
平田さんがおっしゃっていた言葉だ。
Next generationたる子供達が、自らの手で「次の時代」を変えていくんだと。
そんな子供達にとって、今最も必要なのは「感動」を体験することなのだと。
平田さんは、170人の仲間が一緒に紡ぎ出す「組踊」のコラボレーションが、子供達にとっての貴重な感動体験となることを信じて、演出家としてのエネルギーを注ぎ込んで、この舞台を創り上げたのだと思う。
この日、1時間30分の基調講演のラスト40分を割いて、平日なのに集まってくれた約40人の中高生が、この『肝高の亜麻和利』のワンシーンを実際に演じてくれた。
それは、涙が出そうな程に、本当に素晴らしい舞台だった。
決してプロではない中高生。でも、彼等の表情は生き生きしていた。
アマチュアだから、子供だからという甘えは、舞台上に全く存在しなかった。
見事な声量が生む迫力と、よく磨き上げられたダンスのキレと統一感。
演出もなかなかにドラマチックで、観るものを惹きつけ、会場に感動の輪を作る。
言葉ではうまく伝わらないかもしれないが、感動的だった。
5/23(土)の午後。
天気予報を良い意味で裏切ってくれた快晴の沖縄で、勝連城跡に行ってみた。
かつて亜麻和利が君臨したというグスクは壮大で、頂からの眺望は美しかった。
眼下に広がる沖縄の海は、日本でないようなブルーだった。
亜麻和利の名誉が、Next generationによって語り継がれていってほしい。
そして現代版組踊『肝高の亜麻和利』、8月の東京公演が決まっているそうだ。
http://amaaka-tokyo2009.jp/fla.html
東京に住んでいるならば、絶対お勧めです。
業務出張だったのだけれど、5/23(土)に1日だけ本島を巡ることが出来た。
たった1日という限られた時間だったけれど、非常に感慨深かった。
背景がある。
5/21(木)にお客様に同行して参加したイベントで、感動があったんだ。
基調講演として壇上に上がったのは、演出家の平田大一さん。
小浜島出身の平田さんは、東京の大学を卒業後、沖縄に戻って農業に従事しながら、地元の中高生による舞台の演出に携わっていく。それが、活動を始めて10年になるという現代版組踊『肝高の阿麻和利』だ。
沖縄県うるま市にあるグスク(城)で、世界遺産にも登録されている勝連城跡。かつてこの城を治めていた王こそが阿麻和利だが、悪政を敷いた前王をクーデターによって討ち滅ぼすことで王となった彼の英雄は、沖縄の正史においては反逆者の扱いを受けていた。その阿麻和利の名誉を復権させると共に、地元の子供達が、自分達の暮らす沖縄の歴史に誇りを持てるようにとの想いから生まれた舞台、それこそが『肝高の亜麻和利』なのだそうだ。
10年前に活動を始めたばかりの頃、子供達は全く集まらなかったという。
少しずつ子供達に喜びと楽しみを与え、友達を誘って連れてきてもらって、舞台の練習そっちのけで遊んで、親密な関係を地道に創り上げていく。ふと気づいた時には、舞台の練習に集まる子供達の数は170人にも達していたそうだ。
"Next generation changes the Next."
平田さんがおっしゃっていた言葉だ。
Next generationたる子供達が、自らの手で「次の時代」を変えていくんだと。
そんな子供達にとって、今最も必要なのは「感動」を体験することなのだと。
平田さんは、170人の仲間が一緒に紡ぎ出す「組踊」のコラボレーションが、子供達にとっての貴重な感動体験となることを信じて、演出家としてのエネルギーを注ぎ込んで、この舞台を創り上げたのだと思う。
この日、1時間30分の基調講演のラスト40分を割いて、平日なのに集まってくれた約40人の中高生が、この『肝高の亜麻和利』のワンシーンを実際に演じてくれた。
それは、涙が出そうな程に、本当に素晴らしい舞台だった。
決してプロではない中高生。でも、彼等の表情は生き生きしていた。
アマチュアだから、子供だからという甘えは、舞台上に全く存在しなかった。
見事な声量が生む迫力と、よく磨き上げられたダンスのキレと統一感。
演出もなかなかにドラマチックで、観るものを惹きつけ、会場に感動の輪を作る。
言葉ではうまく伝わらないかもしれないが、感動的だった。
5/23(土)の午後。
天気予報を良い意味で裏切ってくれた快晴の沖縄で、勝連城跡に行ってみた。
かつて亜麻和利が君臨したというグスクは壮大で、頂からの眺望は美しかった。
眼下に広がる沖縄の海は、日本でないようなブルーだった。
亜麻和利の名誉が、Next generationによって語り継がれていってほしい。
そして現代版組踊『肝高の亜麻和利』、8月の東京公演が決まっているそうだ。
http://amaaka-tokyo2009.jp/fla.html
東京に住んでいるならば、絶対お勧めです。
Tuesday, May 12, 2009
ファースト・ジャパニーズ
『関口知宏のファーストジャパニーズ』というNHK-BSの番組、知っていますか。
5月10日、日曜日。
再放送で、5月のファーストジャパニーズを観たんだ。
ドバイで活躍する建築家、丸山剛史さんの人生の物語だ。
http://www.nhk.or.jp/fjpn/0905/fjpn.html
とても感動した。
心の奥にそっと、これ以上ない優しさで手を差し伸べてくれるような。
丸山さんの言葉、佇まい、身構え、雰囲気、目の色、全てに心洗われる思いだった。
彼に新しい居場所をくれたボスの言葉も最高だった。
「君と一緒にいると、とても居心地がいいんだ」
大企業の論理と現場との葛藤に苦しみ、不況の荒波にあってプロジェクトが何も実現せず、自信を失いかけた時に、新しい場所へと踏み出す勇気をくれた言葉。当時のことを思い出しながら語る丸山さんの言葉を聞いていて、そして一時は精神的に追い込まれゼロまで落ちたというその深い苦しみと、そこに差し込んだ一筋の光の暖かさを想像して、自分さえも「光」をもらったような気がした。
安直な言葉だけれど、勇気づけてもらっているような気がしたんだ。
勿論、丸山さんの設計する建築自身も魅力的だった。
非常にスマートで無駄がなく、それでいて無機質でない洗練された表情のビル。
人工都市ドバイにあって、自然へのリスペクトと調和をコンセプトに据えるスタンス。
ドバイには行ったことがないけれど、その機会が来たら、実物を見に行きたい。
そこに沸騰都市ドバイを象徴する絢爛はないかもしれないけれど、でも貴重な何か、「丸山さんという生き方」が宿した何かを、きっともらえるような気がするんだ。
本当に素晴らしかった。
5月10日、日曜日。
再放送で、5月のファーストジャパニーズを観たんだ。
ドバイで活躍する建築家、丸山剛史さんの人生の物語だ。
http://www.nhk.or.jp/fjpn/0905/fjpn.html
とても感動した。
心の奥にそっと、これ以上ない優しさで手を差し伸べてくれるような。
丸山さんの言葉、佇まい、身構え、雰囲気、目の色、全てに心洗われる思いだった。
彼に新しい居場所をくれたボスの言葉も最高だった。
「君と一緒にいると、とても居心地がいいんだ」
大企業の論理と現場との葛藤に苦しみ、不況の荒波にあってプロジェクトが何も実現せず、自信を失いかけた時に、新しい場所へと踏み出す勇気をくれた言葉。当時のことを思い出しながら語る丸山さんの言葉を聞いていて、そして一時は精神的に追い込まれゼロまで落ちたというその深い苦しみと、そこに差し込んだ一筋の光の暖かさを想像して、自分さえも「光」をもらったような気がした。
安直な言葉だけれど、勇気づけてもらっているような気がしたんだ。
勿論、丸山さんの設計する建築自身も魅力的だった。
非常にスマートで無駄がなく、それでいて無機質でない洗練された表情のビル。
人工都市ドバイにあって、自然へのリスペクトと調和をコンセプトに据えるスタンス。
ドバイには行ったことがないけれど、その機会が来たら、実物を見に行きたい。
そこに沸騰都市ドバイを象徴する絢爛はないかもしれないけれど、でも貴重な何か、「丸山さんという生き方」が宿した何かを、きっともらえるような気がするんだ。
本当に素晴らしかった。
Wednesday, May 06, 2009
remember April!
2009年4月は、結局一度も書かなかった。
連休が明けた今になってその事実に気づき、多少後悔している。
4月は色々なことがあって、煮え切らない日々だった。
その煮え切らなさを、忘れないようにしないといけない。
まだ今は、この程度しか書けないけれど。
連休が明けた今になってその事実に気づき、多少後悔している。
4月は色々なことがあって、煮え切らない日々だった。
その煮え切らなさを、忘れないようにしないといけない。
まだ今は、この程度しか書けないけれど。
Saturday, March 28, 2009
つながり
先週末/今週末と、ラグビーの試合があった。
本格的な試合ではないけれど、久しぶりのラグビーは楽しかった。
3月21日、土曜日。
母校時習館高校ラグビー部の40周年記念イベントで、25分ハーフの試合をした。
今春卒業する3年生主体の若手OBと、年輩OB(40歳未満)とのゲーム。
場所は豊橋市民球技場。うちの実家から車で5分、とても馴染み深い場所だ。
ラグビーとしてのレベルは恥ずかしいものだったけれど、新鮮だった。高校を卒業してから10年以上の歳月を経ても、こうして昔の仲間とラグビーが出来るのは、それだけで十分に素晴らしい体験だった。30代のOBは数えるほどしか参加していなかったけれど、その中に同期が2人いて、それも嬉しかった。
試合にも勿論完勝して、なかなか心地よい時間だったね。
天然芝の素晴らしいグラウンドを手配してくれた関係者にも感謝しています。
そして3月30日、翌週の土曜日。
今度は名古屋大学ラグビー部の練習に参加させてもらった。
この日は地元高校生との合同クリニック形式で、明和高校、瑞陵高校のラグビー部が参加していた。全体を仕切っていたのは、名古屋大学ラグビー部のコーチをしている星野君。ちなみに、彼が所属している名古屋クラブのメンバー数名も、練習のサポート役として参加して、学生達にアドバイスしていた。
練習は、強度を上げすぎずに、タックルやジャッカルの基本を習得する構成だった。こういうメニューを学生と一緒にやっていると、自分自身にも気づきがあったりします。その後、FW/BKに分かれて、BKは基本的なパスドリル。これがまた、とても良い練習だった。タメを作りながら、ワンダッシュしてキャッチ/パスをするだけなのだけれど、きちんと出来る子はとても少ない。これだけでも、チームは強くなるのにね。
練習終了後は、名古屋大学ラグビー部のOB戦があった。
すると、ある院卒メンバーが「OBチームのインサイドCTBが足りないんです」って。
そんな訳で急遽、前半の25分間だけCTBで出場してしまった。
名古屋大のOBでもなく、ある意味完全な門外漢なのに、ラグビーという共通言語があれば、すっと入って一緒にプレーできる。サインプレーなんてなくても、会話すればボールは繋がる。レベルは人それぞれだけれど、誰もがOB戦を楽しんでいる。
こういうささやかなことが、とても嬉しかった。
ラグビーをずっと続けていればこその、小さな交流。
でも、価値が小さい訳じゃない。他に換え難いラグビーの魅力の1つです。
本格的な試合ではないけれど、久しぶりのラグビーは楽しかった。
3月21日、土曜日。
母校時習館高校ラグビー部の40周年記念イベントで、25分ハーフの試合をした。
今春卒業する3年生主体の若手OBと、年輩OB(40歳未満)とのゲーム。
場所は豊橋市民球技場。うちの実家から車で5分、とても馴染み深い場所だ。
ラグビーとしてのレベルは恥ずかしいものだったけれど、新鮮だった。高校を卒業してから10年以上の歳月を経ても、こうして昔の仲間とラグビーが出来るのは、それだけで十分に素晴らしい体験だった。30代のOBは数えるほどしか参加していなかったけれど、その中に同期が2人いて、それも嬉しかった。
試合にも勿論完勝して、なかなか心地よい時間だったね。
天然芝の素晴らしいグラウンドを手配してくれた関係者にも感謝しています。
そして3月30日、翌週の土曜日。
今度は名古屋大学ラグビー部の練習に参加させてもらった。
この日は地元高校生との合同クリニック形式で、明和高校、瑞陵高校のラグビー部が参加していた。全体を仕切っていたのは、名古屋大学ラグビー部のコーチをしている星野君。ちなみに、彼が所属している名古屋クラブのメンバー数名も、練習のサポート役として参加して、学生達にアドバイスしていた。
練習は、強度を上げすぎずに、タックルやジャッカルの基本を習得する構成だった。こういうメニューを学生と一緒にやっていると、自分自身にも気づきがあったりします。その後、FW/BKに分かれて、BKは基本的なパスドリル。これがまた、とても良い練習だった。タメを作りながら、ワンダッシュしてキャッチ/パスをするだけなのだけれど、きちんと出来る子はとても少ない。これだけでも、チームは強くなるのにね。
練習終了後は、名古屋大学ラグビー部のOB戦があった。
すると、ある院卒メンバーが「OBチームのインサイドCTBが足りないんです」って。
そんな訳で急遽、前半の25分間だけCTBで出場してしまった。
名古屋大のOBでもなく、ある意味完全な門外漢なのに、ラグビーという共通言語があれば、すっと入って一緒にプレーできる。サインプレーなんてなくても、会話すればボールは繋がる。レベルは人それぞれだけれど、誰もがOB戦を楽しんでいる。
こういうささやかなことが、とても嬉しかった。
ラグビーをずっと続けていればこその、小さな交流。
でも、価値が小さい訳じゃない。他に換え難いラグビーの魅力の1つです。
Sunday, March 22, 2009
The system
最近読んだ2つの対照的なインタビューが、ずっと引っ掛かっている。
1つは雑誌『本人』(vol.9)の冒頭を飾っているひろゆき氏のインタビュー。
言わずと知れた「2チャンネル」の生みの親だ。
もう1つは、文藝春秋(2009年4月号)に掲載された村上春樹さんのインタビュー。
話題を呼んだエルサレム賞受賞の際のスピーチ"Of Walls and Eggs"の全文と共に、「僕はなぜエルサレムに行ったのか」と題されたメッセージが掲載されている。
ひろゆき氏は、「世界の仕組みを解き明かしたい」と言う。
彼の関心は、明確にシステムを志向している。
システムこそが重要で、そこに展開されるコンテンツには、殆ど興味がない。
このスタンスは、ある意味では彼の非常に面白いところで、実際にインタビューを読んでいても、端的に面白い。これは極北のポジションを取る人間ゆえの面白さで、賛否は明確に分かれるだろうけれど、彼の魅力の源泉たるエナジーそのものについては、否定する人間は少ないだろう。
一方、村上春樹さんは「大きな壁と、そこにぶつかって割れる卵があれば、私は常に卵の側に立つ」と言う。それは正しさの問題ではなく、小説家が壁の側に立ってしまった瞬間、そこに何の価値もないのだと、エルサレムの壇上で語っている。
壁とはつまり、システムだ。彼はシステムの側ではなく、卵(つまり個人)を見据える。作品の中心は常に個人であり、ひとつひとつの人生こそが、何にも代え難い無二のコンテンツだ。
システムでしか出来ない変革もあるだろう。
システムの側に立つことは、ある意味では時代を生き抜く戦略かもしれない。
時にシステムが矛盾している時、システムを構想する執念が必要かもしれない。
システムの本質を見ようとしないのは、逃避であり、怠惰でもあるだろう。
一方で、システムの本質とはつまり、システムを見る「角度」かもしれない。
システムにとっての個人に収斂されない個人があるように、徹底的に個人を志向することでしか浮かび上がることのないシステムもあり得るだろう。
まさに村上春樹さんがいうように、これは「正しさの問題」ではないのだけれど。
ちなみに、村上春樹さんのスピーチは、巷の評価に違わず、素晴らしいです。
学生の頃は、彼の全作品を読破していたのに、最近は随分距離が出来てしまって。
もう一度、読み返してみようかな。
1つは雑誌『本人』(vol.9)の冒頭を飾っているひろゆき氏のインタビュー。
言わずと知れた「2チャンネル」の生みの親だ。
もう1つは、文藝春秋(2009年4月号)に掲載された村上春樹さんのインタビュー。
話題を呼んだエルサレム賞受賞の際のスピーチ"Of Walls and Eggs"の全文と共に、「僕はなぜエルサレムに行ったのか」と題されたメッセージが掲載されている。
ひろゆき氏は、「世界の仕組みを解き明かしたい」と言う。
彼の関心は、明確にシステムを志向している。
システムこそが重要で、そこに展開されるコンテンツには、殆ど興味がない。
このスタンスは、ある意味では彼の非常に面白いところで、実際にインタビューを読んでいても、端的に面白い。これは極北のポジションを取る人間ゆえの面白さで、賛否は明確に分かれるだろうけれど、彼の魅力の源泉たるエナジーそのものについては、否定する人間は少ないだろう。
一方、村上春樹さんは「大きな壁と、そこにぶつかって割れる卵があれば、私は常に卵の側に立つ」と言う。それは正しさの問題ではなく、小説家が壁の側に立ってしまった瞬間、そこに何の価値もないのだと、エルサレムの壇上で語っている。
壁とはつまり、システムだ。彼はシステムの側ではなく、卵(つまり個人)を見据える。作品の中心は常に個人であり、ひとつひとつの人生こそが、何にも代え難い無二のコンテンツだ。
システムでしか出来ない変革もあるだろう。
システムの側に立つことは、ある意味では時代を生き抜く戦略かもしれない。
時にシステムが矛盾している時、システムを構想する執念が必要かもしれない。
システムの本質を見ようとしないのは、逃避であり、怠惰でもあるだろう。
一方で、システムの本質とはつまり、システムを見る「角度」かもしれない。
システムにとっての個人に収斂されない個人があるように、徹底的に個人を志向することでしか浮かび上がることのないシステムもあり得るだろう。
まさに村上春樹さんがいうように、これは「正しさの問題」ではないのだけれど。
ちなみに、村上春樹さんのスピーチは、巷の評価に違わず、素晴らしいです。
学生の頃は、彼の全作品を読破していたのに、最近は随分距離が出来てしまって。
もう一度、読み返してみようかな。
Wednesday, February 11, 2009
"I have a dream"
NHKでマーティン・ルーサー・キングJr.のドキュメンタリーを観て、思った。
「I Have a Dream ~キング牧師のアメリカ市民革命~」
(2月11日放送、NHK『その時歴史が動いた』)
http://www.nhk.or.jp/sonotoki/2009_02.html
1つは、つまりは「制度」の問題だということ。
JFKによって公民権法が成立したことが、直截的には世界を変えた。
公営バスのボイコットにしても、制度を変えることを明確に志向していた。
人権思想の啓蒙を通じて人々の意識を変えようとする一方で、制度を変革する為の戦略と具体的施策を、常人の域を越えた熱意で推し進めていった。
制度からの自由ではなく、制度自体を変革することで、自由を担保しようとした。
「制度」との距離を見据えていないが故の迷走は、至るところにあるような気がする。
つまらない話だけれど、会社のような組織でも、同じような構造があるね。
もう1つは、「感染動機」ということ。
『14歳からの社会学』(宮台真司著、世界文化社)を読んで、共感したことだけれど。
動機には、3つのタイプがある。
まずは、競争動機。つまりは、競争に勝利することの喜びを源泉とする動機。
次に来るのが、理解動機。物事を知る/分かること自体の喜びを源泉とする動機。
この2つは、体験的にも分かり易いよね。
ただ、重要なものが残っている。それが「感染動機」だ。
宮台さんの場合、小室直樹と廣松渉という2人の賢人に感染したのだそうだ。
尊敬する人間に感染し、自己の思考/思想を同一化していく。
今、小室直樹ならばどう考えるだろう。廣松渉はどう生きるだろう、というように。
感染した人間の視点を想像し、そこから世界を見つめ、そういった思考の過程を自分のものとして結晶化していく。そしてある時、卒業する。感染していた人間の視点から自由になって、その時に初めて、知識や思考は自分自身のものとなっていく。
マーティン・ルーサー・キングJr.にとってそれは、マハトマ・ガンジーだった。
そういった主旨のコメントがあった訳ではないが、そんな感じがした。
「個性」の時代が喧伝される中で、「感染」はその本質を誤解されている気がする。
感染こそが、変革の契機なのだと、おれは思います。
マーティン・ルーサー・キングJr.においてさえ、ガンジーという源流があったんだ。
オリジナルというのは、感染と離脱の過程にしかないのだと思う。
ちなみに。
あの有名な演説は、今でもインターネットで聴くことが出来ます。
Martin Luther King, Jr. "I have a dream"
もう何度となく聴いた。
番組では伝わらない、本当の演説の魅力が満ち溢れています。
初めて聴いた時には、英語もろくに聴き取れないのに、鳥肌が立ったからね。
「I Have a Dream ~キング牧師のアメリカ市民革命~」
(2月11日放送、NHK『その時歴史が動いた』)
http://www.nhk.or.jp/sonotoki/2009_02.html
1つは、つまりは「制度」の問題だということ。
JFKによって公民権法が成立したことが、直截的には世界を変えた。
公営バスのボイコットにしても、制度を変えることを明確に志向していた。
人権思想の啓蒙を通じて人々の意識を変えようとする一方で、制度を変革する為の戦略と具体的施策を、常人の域を越えた熱意で推し進めていった。
制度からの自由ではなく、制度自体を変革することで、自由を担保しようとした。
「制度」との距離を見据えていないが故の迷走は、至るところにあるような気がする。
つまらない話だけれど、会社のような組織でも、同じような構造があるね。
もう1つは、「感染動機」ということ。
『14歳からの社会学』(宮台真司著、世界文化社)を読んで、共感したことだけれど。
動機には、3つのタイプがある。
まずは、競争動機。つまりは、競争に勝利することの喜びを源泉とする動機。
次に来るのが、理解動機。物事を知る/分かること自体の喜びを源泉とする動機。
この2つは、体験的にも分かり易いよね。
ただ、重要なものが残っている。それが「感染動機」だ。
宮台さんの場合、小室直樹と廣松渉という2人の賢人に感染したのだそうだ。
尊敬する人間に感染し、自己の思考/思想を同一化していく。
今、小室直樹ならばどう考えるだろう。廣松渉はどう生きるだろう、というように。
感染した人間の視点を想像し、そこから世界を見つめ、そういった思考の過程を自分のものとして結晶化していく。そしてある時、卒業する。感染していた人間の視点から自由になって、その時に初めて、知識や思考は自分自身のものとなっていく。
マーティン・ルーサー・キングJr.にとってそれは、マハトマ・ガンジーだった。
そういった主旨のコメントがあった訳ではないが、そんな感じがした。
「個性」の時代が喧伝される中で、「感染」はその本質を誤解されている気がする。
感染こそが、変革の契機なのだと、おれは思います。
マーティン・ルーサー・キングJr.においてさえ、ガンジーという源流があったんだ。
オリジナルというのは、感染と離脱の過程にしかないのだと思う。
ちなみに。
あの有名な演説は、今でもインターネットで聴くことが出来ます。
Martin Luther King, Jr. "I have a dream"
もう何度となく聴いた。
番組では伝わらない、本当の演説の魅力が満ち溢れています。
初めて聴いた時には、英語もろくに聴き取れないのに、鳥肌が立ったからね。
Sunday, February 08, 2009
瑞穂にて
2月8日、日曜日。
瑞穂ラグビー場にて、名古屋クラブのイベント・マッチに参加してきた。
タマリバでもやっているover-under matchだね。
30歳未満/30歳以上で分かれて、25分ハーフの(一応)真剣勝負。
over30が前後半ともに風上という好条件も、スタミナ不足は如何ともしがたかった。
個人的にも、久しぶりのラグビー。
爽快だったけれど、全く走れない自分自身に驚いてしまった。
相当走らないと、もう少し踏み込んだ意味での「楽しさ」には、全然辿り着かない。
勿論、ボール持って走るだけでも楽しいことは楽しいのだけれど、折角色々な仲間がいて、瑞穂ラグビー場まで貸していただけるのだから、「ラグビーを」楽しみたい。
でも、まあ今日のところは、ラグビーができたことだけで感謝かなと。
福井や徳地といった昔の仲間もいたし、遠藤や高品さんともプレーできたので。
またやりましょう。
瑞穂ラグビー場にて、名古屋クラブのイベント・マッチに参加してきた。
タマリバでもやっているover-under matchだね。
30歳未満/30歳以上で分かれて、25分ハーフの(一応)真剣勝負。
over30が前後半ともに風上という好条件も、スタミナ不足は如何ともしがたかった。
個人的にも、久しぶりのラグビー。
爽快だったけれど、全く走れない自分自身に驚いてしまった。
相当走らないと、もう少し踏み込んだ意味での「楽しさ」には、全然辿り着かない。
勿論、ボール持って走るだけでも楽しいことは楽しいのだけれど、折角色々な仲間がいて、瑞穂ラグビー場まで貸していただけるのだから、「ラグビーを」楽しみたい。
でも、まあ今日のところは、ラグビーができたことだけで感謝かなと。
福井や徳地といった昔の仲間もいたし、遠藤や高品さんともプレーできたので。
またやりましょう。
Tuesday, February 03, 2009
敗戦の先
平成21年2月1日(日)全国クラブ選手権決勝。
駒場WMM 17-64 タマリバクラブ(12:00 K.O.@秩父宮ラグビー場)
クラブ創設6年目にして辿り着いたクラブ日本一への挑戦が、終わった。
正確には「ひとまず終わった」ということだけれど。
今シーズンのチームは、この50点差が到達点だったということなのだろう。
シンプルに、タマリバの地力が上回っていた。
勝負の土俵には、間違いなく乗った。ただ、勝利の兆しを掴むには至らなかった。
この差が重要です。1勝が遠かった学生時代を思い出すね。
でも、この差は埋められます。
自分自身は、ジャージを着なかった。
ウォーターボーイとして、ベンチサイドにいた。
土壇場でチームに貢献することができず、複雑な思いです。
タマリバには、凸がいた。
小山も北瀬も三四郎もいた。安川もいた。康治さんは相変わらずだった。
敵ながら、素晴らしいです。
駒場WMM 17-64 タマリバクラブ(12:00 K.O.@秩父宮ラグビー場)
クラブ創設6年目にして辿り着いたクラブ日本一への挑戦が、終わった。
正確には「ひとまず終わった」ということだけれど。
今シーズンのチームは、この50点差が到達点だったということなのだろう。
シンプルに、タマリバの地力が上回っていた。
勝負の土俵には、間違いなく乗った。ただ、勝利の兆しを掴むには至らなかった。
この差が重要です。1勝が遠かった学生時代を思い出すね。
でも、この差は埋められます。
自分自身は、ジャージを着なかった。
ウォーターボーイとして、ベンチサイドにいた。
土壇場でチームに貢献することができず、複雑な思いです。
タマリバには、凸がいた。
小山も北瀬も三四郎もいた。安川もいた。康治さんは相変わらずだった。
敵ながら、素晴らしいです。
Friday, January 16, 2009
living story
嬉しい。
自分とは全く違う世界を生きている友達に、途轍もない程の刺激をもらった。
全く違うとは言っても、やっぱりそこは世界だから。
おれに世界があるように、彼にも世界があって、それは多元的な、どこまで行っても別々のものなのだけれど、やはり世界ではあるんだ。
「ネットワーク」というものが、おれはあまり好きではなかった。
人脈を中心とした情報ネットワークの価値や重要性を否定するつもりはないけれど、「ネットワークこそ全て」といった風潮に対して抵抗感を持っていたんだ。
シンプルに言えば、功利的な思惑が先行するネットワーク「幻想」への抵抗。
今もその思いは変わることなく脈々とあって、もっとストレートに、もっとダイレクトに、「他者の『生』そのものへの感応」こそがすべてなのだと、それだけで充分なのだと、少なくとも自分自身はそう生きたいと思っています。
"The universe is made of stories, not of atoms."
ストーリーって、いい言葉だね。
自分とは全く違う世界を生きている友達に、途轍もない程の刺激をもらった。
全く違うとは言っても、やっぱりそこは世界だから。
おれに世界があるように、彼にも世界があって、それは多元的な、どこまで行っても別々のものなのだけれど、やはり世界ではあるんだ。
「ネットワーク」というものが、おれはあまり好きではなかった。
人脈を中心とした情報ネットワークの価値や重要性を否定するつもりはないけれど、「ネットワークこそ全て」といった風潮に対して抵抗感を持っていたんだ。
シンプルに言えば、功利的な思惑が先行するネットワーク「幻想」への抵抗。
今もその思いは変わることなく脈々とあって、もっとストレートに、もっとダイレクトに、「他者の『生』そのものへの感応」こそがすべてなのだと、それだけで充分なのだと、少なくとも自分自身はそう生きたいと思っています。
"The universe is made of stories, not of atoms."
ストーリーって、いい言葉だね。
Thursday, January 15, 2009
birth
2009年1月14日(水)2:13 a.m.
新しい家族が増えました。
前日の10時頃に陣痛促進剤の点滴を始めて16時間、分娩室の黄色のベッドの上で、小さな命が、産まれたばかりのその顔を覘かせてくれました。
小さな命といっても、3,538グラムの大きな女の子。
産声を聞いた瞬間は、とても感動的でした。
本当に大変な思いをして頑張ってくれたパートナーに、とにかく感謝しています。
今日この日から、また新しい生活が始まります。
新しい家族が増えました。
前日の10時頃に陣痛促進剤の点滴を始めて16時間、分娩室の黄色のベッドの上で、小さな命が、産まれたばかりのその顔を覘かせてくれました。
小さな命といっても、3,538グラムの大きな女の子。
産声を聞いた瞬間は、とても感動的でした。
本当に大変な思いをして頑張ってくれたパートナーに、とにかく感謝しています。
今日この日から、また新しい生活が始まります。
Saturday, January 03, 2009
漬かる
随分久しぶりの更新。
暫く書かずにいたら、新しい1年が始まってしまった。
新しい1年間を通じて、もっと自分を成長させていきたい。
年末年始は、基本的にラグビーと映画を観て、本を読んでいた。
勿論、名古屋まで訪れてくれた実家の両親と食事を共にしたり、パートナーとゆっくり過ごしたりもしていたけれど、纏めて振り返ってしまうと、この3つが多かった。
ラグビーは、高校/大学/社会人を問わず、暇さえあれば観ている。
録画したが観ていなかった過去の試合も、この機会に纏めてチェックしている。
昨日も、大学選手権の準決勝2試合をTVで観戦していた。
早稲田大vs東海大(36-12)、帝京大vs法政大(36-10)共に、もう少し接戦になると思っていたのだけれど、最終スコアは予想以上にが開いてしまった。どちらの試合にも共通するけれど、セットプレーとブレイクダウンが明暗を分けた。J-SPORTSで解説していた岩渕さんの言う通りだ。
しかし、ここ数日ラグビーを観ていて思うことがある。
ずばり、高校ラグビーが面白い。大学ラグビー/トップリーグよりも面白いかも。
これは甲子園的な青春の感慨ではなくて、ラグビーとしても輝くものがあるんだ。
特に素晴らしかったのは、常翔啓光学園高校vs東京高校(7-3)のゲーム。
後半ロスタイムに惜しくも涙を呑んだ東京高校。
彼等のシャローディフェンスは圧巻だった。
まさに魂のディフェンス。凄まじい気迫と、肉体を本物の槍に変える確かな技術。
狙い込んで、瞬時に間合いを詰める。気づいた時には、突き刺さる。
ただの特攻じゃない。徹底的に訓練された選手達による、計算し尽された博打だ。
それでも、啓光には紙一重の差で勝てなかった。勝負の世界の厳しい現実。
ただ、東京高校の選手達は本当に素晴らしいラグビーを体現してくれた。
知性/信念/勇気/挑戦/気概/無心、様々語り尽くせない魅力が結実していた。
それを、後半ロスタイムに打ち破ってみせた啓光学園も、勿論素晴らしい。
清清しく闘い、散り際も見事ならば、勝ち様も見事。心から感動させてもらった。
ラグビーのことばかり書いてしまうので、映画のことも。
纏まった量の映画を一気に観るのは、本当に久しぶりのことだった。
短期間に6本観たのは、学生時代以来かもしれない。
学生時代にも、さほど多くの映画を観た訳ではないけれど。
『アキレスと亀』(北野武監督、2008年)
『鉄コン筋クリート』(松本大洋原作/マイケル・アリアス監督、2006年)
『さくらん』(安野モヨコ原作/蜷川実花監督、2007年)
『2001年宇宙の旅』(スタンリー・キューブリック監督、1968年)
『フェリーニのアマルコルド』(フェデリコ・フェリーニ監督、1974年)
『ロイドのスピーディー』(テッド・ワイルド監督、1928年)
それぞれ思うところ多い作品だけれど、あえて書くならば『鉄コン筋クリート』。
素晴らしい映画だった。作品世界に感覚を没入させていくのに多少時間を要するけれど、ひとたび足を踏み込むと、その後はクロとシロが生きる「宝町」そのものに引力があるかの如く、松本大洋の描く世界観が観る人間の心を侵食して離さない。
もっと早く、劇場で観ておけば良かった。
暫く書かずにいたら、新しい1年が始まってしまった。
新しい1年間を通じて、もっと自分を成長させていきたい。
年末年始は、基本的にラグビーと映画を観て、本を読んでいた。
勿論、名古屋まで訪れてくれた実家の両親と食事を共にしたり、パートナーとゆっくり過ごしたりもしていたけれど、纏めて振り返ってしまうと、この3つが多かった。
ラグビーは、高校/大学/社会人を問わず、暇さえあれば観ている。
録画したが観ていなかった過去の試合も、この機会に纏めてチェックしている。
昨日も、大学選手権の準決勝2試合をTVで観戦していた。
早稲田大vs東海大(36-12)、帝京大vs法政大(36-10)共に、もう少し接戦になると思っていたのだけれど、最終スコアは予想以上にが開いてしまった。どちらの試合にも共通するけれど、セットプレーとブレイクダウンが明暗を分けた。J-SPORTSで解説していた岩渕さんの言う通りだ。
しかし、ここ数日ラグビーを観ていて思うことがある。
ずばり、高校ラグビーが面白い。大学ラグビー/トップリーグよりも面白いかも。
これは甲子園的な青春の感慨ではなくて、ラグビーとしても輝くものがあるんだ。
特に素晴らしかったのは、常翔啓光学園高校vs東京高校(7-3)のゲーム。
後半ロスタイムに惜しくも涙を呑んだ東京高校。
彼等のシャローディフェンスは圧巻だった。
まさに魂のディフェンス。凄まじい気迫と、肉体を本物の槍に変える確かな技術。
狙い込んで、瞬時に間合いを詰める。気づいた時には、突き刺さる。
ただの特攻じゃない。徹底的に訓練された選手達による、計算し尽された博打だ。
それでも、啓光には紙一重の差で勝てなかった。勝負の世界の厳しい現実。
ただ、東京高校の選手達は本当に素晴らしいラグビーを体現してくれた。
知性/信念/勇気/挑戦/気概/無心、様々語り尽くせない魅力が結実していた。
それを、後半ロスタイムに打ち破ってみせた啓光学園も、勿論素晴らしい。
清清しく闘い、散り際も見事ならば、勝ち様も見事。心から感動させてもらった。
ラグビーのことばかり書いてしまうので、映画のことも。
纏まった量の映画を一気に観るのは、本当に久しぶりのことだった。
短期間に6本観たのは、学生時代以来かもしれない。
学生時代にも、さほど多くの映画を観た訳ではないけれど。
『アキレスと亀』(北野武監督、2008年)
『鉄コン筋クリート』(松本大洋原作/マイケル・アリアス監督、2006年)
『さくらん』(安野モヨコ原作/蜷川実花監督、2007年)
『2001年宇宙の旅』(スタンリー・キューブリック監督、1968年)
『フェリーニのアマルコルド』(フェデリコ・フェリーニ監督、1974年)
『ロイドのスピーディー』(テッド・ワイルド監督、1928年)
それぞれ思うところ多い作品だけれど、あえて書くならば『鉄コン筋クリート』。
素晴らしい映画だった。作品世界に感覚を没入させていくのに多少時間を要するけれど、ひとたび足を踏み込むと、その後はクロとシロが生きる「宝町」そのものに引力があるかの如く、松本大洋の描く世界観が観る人間の心を侵食して離さない。
もっと早く、劇場で観ておけば良かった。
Sunday, December 07, 2008
早明戦
12月7日、日曜日。
名古屋市美術館で企画展『ピカソとクレーの生きた時代』を鑑賞。その後、丸善あたりをぶらついてから、夕方自宅に戻って、録画しておいたラグビーを観たのだけれど、非常に素晴らしかった。(ピカソの作品も勿論素晴らしかったけれど。)
関東大学ラグビー対抗戦 最終節
明治大 24-22 早稲田大(14:00K.O.@国立競技場)
「メイジ」の魂というか、気迫は凄まじかった。
明治大のゲームを観るのは3試合目だけれど、今までとは全く違った。
自分達のプライドを意地でも守り抜いてみせるのだという強い意志を感じた。
「存在証明」というと大袈裟かもしれないけれど、それだけの迫力があった。
まさに学生ラグビー、それも「伝統の一戦」ゆえの劇的な展開。
「学生ラグビー」というものの魅力/怖さ/可能性、色々な要素が詰まっていた。
「勝つことでしか自分達の4年間は証明できない」とでもいうような、明治の4年生達の闘志溢れる突進と激しいタックル。「俺達は明治なんだ」と叫ぶような接点の激しさと執拗なコンテスト。本当に素晴らしかった。
ゲームコントロールには粗さもあったし、幾つか致命的なミスもあったと思うけれど、彼らの信念を覆すほどには致命的ではなかった、ということかもしれない。
こういう試合を、東大ラグビー部の皆にも観てもらいたい。
きっと観ているとは思うけれど、自身の闘争心に照らしながら観てほしい。
気持ちだけじゃないのは事実。
でも、気持ちがこれほどまでに劇的にチームを変えてしまうこともある。
これだって、紛れもない事実だ。
早稲田のメンバーも、きっと闘争心を持って臨んだはずだ。慢心していた訳でも、気を抜いた訳でもないと思う。でも、本当の意味で崖っ縁に立たされた人間が開き直った時の「強さ」が、早稲田フィフティーンを凌駕したのだと思う。
勿論、伏線はあったはずなんだ。
1つは、明治のメンバーはやはり底力を持っていた、ということ。
もうひとつは、開き直った時に立ち返る場所(「前へ」)があったことだと思う。
信念のある学生チームは、ここぞという時に強いね。
時には信念が制約となり、柔軟性と創造性を失わせてしまうこともあるけれど。
さて、幾つか気になったことがある。
あくまで結果論に過ぎないし、現場には様々な思惑があるのだろうけれど。
後半に入ると、早稲田は次々とメンバーを交替した。
一方の明治は、怪我による交替の他には、PRを1人替えただけだった。
早稲田は何故、交替カードを切ったのだろう。
疲労したスターターを替えて、チームに勢いを与えようとしたのか。
あるいは、タイプの異なる選手を投入して、流れを変えようとしたのか。
でも、こういう試合においては、もう1つの重要な要素として「メンタリティ」を考慮しても良かったのではないかと、個人的には思ってしまった。
早稲田のリザーブは、劣勢の状況で投入された経験は殆どないだろう。
更に言えば、今季の戦績を見れば、敗北など誰1人として予想していなかったはずの大舞台「早明戦」での劣勢だ。そう考えると、多少酷な場面だったかもしれない。
リザーブの選手達の性格や特徴を何も知らないので、勝手な推論になってしまうけれど、レギュラーのプライドに託した明治とは対象的だった。
ただし、4年生は別だ。
大学ラグビーにおいて、4年生の心意気は特別なものだと思う。
その意味では、上田選手の投入はむしろ遅いのではと思ってしまったけれど。
一方の明治は、メンバーを替えなかった。
それは、スターターのプライドを信じ抜いているように感じられた。死ぬ気で闘っているレギュラー15名を、1人として替えられない。彼等に失礼なことは出来ない。そんな思いがあったのではないかと、勝手に想像してしまう。
結果的には、これは正解だったと思う。明治フィフティーンは、チームの期待に応えた。疲労困憊の状況でも、最後まで前に出続けて、死力を尽くして闘った。
偏った見方かもしれないけれど、そう思いたくなるようなパフォーマンスだった。
勝手な意見で、関係者には本当に申し訳ないけれど・・・。
色々な意味で、心を打つゲームであり、学ばせてもらったゲームだった。
名古屋市美術館で企画展『ピカソとクレーの生きた時代』を鑑賞。その後、丸善あたりをぶらついてから、夕方自宅に戻って、録画しておいたラグビーを観たのだけれど、非常に素晴らしかった。(ピカソの作品も勿論素晴らしかったけれど。)
関東大学ラグビー対抗戦 最終節
明治大 24-22 早稲田大(14:00K.O.@国立競技場)
「メイジ」の魂というか、気迫は凄まじかった。
明治大のゲームを観るのは3試合目だけれど、今までとは全く違った。
自分達のプライドを意地でも守り抜いてみせるのだという強い意志を感じた。
「存在証明」というと大袈裟かもしれないけれど、それだけの迫力があった。
まさに学生ラグビー、それも「伝統の一戦」ゆえの劇的な展開。
「学生ラグビー」というものの魅力/怖さ/可能性、色々な要素が詰まっていた。
「勝つことでしか自分達の4年間は証明できない」とでもいうような、明治の4年生達の闘志溢れる突進と激しいタックル。「俺達は明治なんだ」と叫ぶような接点の激しさと執拗なコンテスト。本当に素晴らしかった。
ゲームコントロールには粗さもあったし、幾つか致命的なミスもあったと思うけれど、彼らの信念を覆すほどには致命的ではなかった、ということかもしれない。
こういう試合を、東大ラグビー部の皆にも観てもらいたい。
きっと観ているとは思うけれど、自身の闘争心に照らしながら観てほしい。
気持ちだけじゃないのは事実。
でも、気持ちがこれほどまでに劇的にチームを変えてしまうこともある。
これだって、紛れもない事実だ。
早稲田のメンバーも、きっと闘争心を持って臨んだはずだ。慢心していた訳でも、気を抜いた訳でもないと思う。でも、本当の意味で崖っ縁に立たされた人間が開き直った時の「強さ」が、早稲田フィフティーンを凌駕したのだと思う。
勿論、伏線はあったはずなんだ。
1つは、明治のメンバーはやはり底力を持っていた、ということ。
もうひとつは、開き直った時に立ち返る場所(「前へ」)があったことだと思う。
信念のある学生チームは、ここぞという時に強いね。
時には信念が制約となり、柔軟性と創造性を失わせてしまうこともあるけれど。
さて、幾つか気になったことがある。
あくまで結果論に過ぎないし、現場には様々な思惑があるのだろうけれど。
後半に入ると、早稲田は次々とメンバーを交替した。
一方の明治は、怪我による交替の他には、PRを1人替えただけだった。
早稲田は何故、交替カードを切ったのだろう。
疲労したスターターを替えて、チームに勢いを与えようとしたのか。
あるいは、タイプの異なる選手を投入して、流れを変えようとしたのか。
でも、こういう試合においては、もう1つの重要な要素として「メンタリティ」を考慮しても良かったのではないかと、個人的には思ってしまった。
早稲田のリザーブは、劣勢の状況で投入された経験は殆どないだろう。
更に言えば、今季の戦績を見れば、敗北など誰1人として予想していなかったはずの大舞台「早明戦」での劣勢だ。そう考えると、多少酷な場面だったかもしれない。
リザーブの選手達の性格や特徴を何も知らないので、勝手な推論になってしまうけれど、レギュラーのプライドに託した明治とは対象的だった。
ただし、4年生は別だ。
大学ラグビーにおいて、4年生の心意気は特別なものだと思う。
その意味では、上田選手の投入はむしろ遅いのではと思ってしまったけれど。
一方の明治は、メンバーを替えなかった。
それは、スターターのプライドを信じ抜いているように感じられた。死ぬ気で闘っているレギュラー15名を、1人として替えられない。彼等に失礼なことは出来ない。そんな思いがあったのではないかと、勝手に想像してしまう。
結果的には、これは正解だったと思う。明治フィフティーンは、チームの期待に応えた。疲労困憊の状況でも、最後まで前に出続けて、死力を尽くして闘った。
偏った見方かもしれないけれど、そう思いたくなるようなパフォーマンスだった。
勝手な意見で、関係者には本当に申し訳ないけれど・・・。
色々な意味で、心を打つゲームであり、学ばせてもらったゲームだった。
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