Friday, November 25, 2005

希少性の原則

今読んでいる本の中で、興味深いエピソードが紹介されていた。
著者の村上龍さんが何度かヨーロッパに出向いた際に、エールフランスのファーストクラスとビジネスクラスが、いつも満席だったという。JALやANAが満席だったことはなく、特にファーストは空席ばかりだったにも関わらず、エールフランスが常に満席だったのは、喫煙コーナーがあるからではないか、という話だった。

龍さんは、こう続ける。
長距離の国際線における全席禁煙の流れは自然なもので、基本的に正しい対応だろう。そうした状況下においてJALやANAは、アメリカンスタンダードこそが世界標準であるという考え方のもと、全席禁煙という方向性に歩調を合わせた。しかしながら、欧米の大多数の航空会社が選択しなかった「喫煙コーナー」を作ることで、エールフランスは乗客率を伸ばした。そこには「希少性」という経済学の基本的な要因が働いている。JALやANAは、アメリカンスタンダードに無批判に準拠することで、経営上の戦術的選択肢を盲目的に1つ失い、また市場における「希少性」を喪失した。

このエピソードが紹介されている龍さんのエッセイ集『アウェーで戦うために』が出版されたのは2000年12月であり、現在の状況はおそらく違うだろう。海外経験のほとんどないおれは、恥ずかしながら航空会社の現在をよく知らないけれど、日々刻々と変化する市場環境の中で、航空会社各社は、他社との差別化戦略を積極的に展開しているはずだ。現代の情報化社会において、5年という歳月は長い。

ただ、このエピソードが示唆するものは変わらない。
希少性の原則、ってやつだ。

例えばIT業界では、まさに希少性で勝負する独立系のベンダーが乱立している。ニッチな分野に特化して、お客様に最適なソリューションを提供する比較的小規模の企業が、IT業界全体の成長を支えている。
IT業界は、業界全体でみれば年間数%程度のプラス成長を続けているが、実は大手と呼ばれるベンダーは軒並みマイナス成長で、シェア・ロスの状況が続いている。理由は明確で、様々なお客様のニーズに対して、大手ベンダーが最適なソリューションを提供できなかった、ということに尽きると思う。
バブル崩壊後の厳しい経済環境において、多くの企業では経費削減が最大の経営課題だった。その為の施策として、企業は投資の抑制を図ったのだが、ITに関して言えば、企業として必要なITの機能要件を絞り込み、投資の対象範囲を限定することで、IT投資を必要最小限に抑えようという流れが鮮明になった。
機能要件が限定されれば、その分野に特化したソリューションを持ったベンダーは有利だ。総合力では勝負できないけれど、お客様の個別のニーズにきめ細かく対応することで、最適解を提供できるベンダーが、確実にニッチなエリアを拾っていった。大手ベンダーはあらゆる分野の製品ラインアップを揃えることで、あるいは他社とのパートナーシップを強化することで、「何でも出来ます」という路線を選択した。でも、お客様の痒いところに手は届かなかった。ニッチに対する細やかな対応力では、独立系ベンダーの方が遥かに上手だった、ということだと思う。
IT業界におけるこうした流れは、希少性を持つものが存在価値を、あるいは存在する場所を見出していく、ということのひとつの例になるかもしれない。

そして、長々と書いてしまったけれど、おれにとってのポイントはこの先にある。
それは、自分自身が、一個人としての希少性を獲得できるか、ということ。
例えばグラウンドの中に、あるいは営業の現場の中に、更にはこのブログの中に。
そして、それらすべてを包括する「日々」の中に、おれの「希少性」ってやつを織り込んでいけるかどうか。龍さんのエッセイを読んで、そんなことを漠然と考えています。