原美術館という美術館が品川にある。
現代美術の作品を中心に収蔵している、小さくてお洒落な美術館だ。
http://www.haramuseum.or.jp/generalTop.html
練習が夕方からだったこともあって、お昼過ぎに初めて訪れてみた。
御殿山を越えた先の、閑静な住宅街の片隅にひっそりと佇んでいる、白塗りの建築。
敷地内に一歩足を踏み入れると、そこには小さな前庭があって、幾つかの彫刻作品が展示されている。彫刻は凛として屹立して、存在感のあるものが多かったけれど、特に多田美波さんの「明暗 No.2」という作品には、どこか空間をカッターナイフで切り取ったような、ある種の透明感のようなものがあった。
この前庭だけでも、一見の価値はあるのではないかと思う。
そして館内へと進んでいくのだけれど、原美術館は展示の仕方も特徴的だ。
以前は邸宅だったものを改築して美術館として利用しているそうで、幾つかの小部屋がギャラリーとなって、そのまま作品の展示に利用されている。それ以外にも、階段の壁面やトイレ、中庭といったあらゆるところが作品の展示される舞台になっている。幾つかの部屋は、部屋自体がひとつの作品空間となっていたりもする。
非常に個性的でアットホームな、良い美術館だと思う。
ちょうど今は、やなぎみわさんの「無垢な老女と無慈悲な少女の信じられない物語」展が催されていて、常設展示の作品以外は、基本的にやなぎさんの作品世界で構成されていた。寓話をモチーフにしたモノクロの写真が中心なのだけれど、正直に言うと、やなぎみわさんの一連の作品に、おれはすっと入っていくことが出来なかったし、どこか不気味な作品に戸惑う部分もあった。ただ、見ていて「悪い」感じはそれほどしなかったね。今のおれにはあまりマッチしなかった、というだけのことかもしれない。その辺りは、正直に言ってよく分からない。
でも、それはそれでいい。
原美術館を訪れたのには、もうひとつ理由があったんだ。
それは、宮島達男さんによる「時の連鎖」というタイトルのインスタレーション。
宮島達男さんの作品を、もう一度見たかった。
宮島達男さんの作品を初めて目にしたのは昨年の暮れ。
東京都現代美術館に展示された"Keep Chang, Connect with Everything, Continue Forever"という作品だった。発光ダイオードのデジタル・カウンターを幾つも連続させて形成された正方形の作品なのだけれど、すごく印象的なものだった。正方形を構成する個々のカウンターは、それぞれが他とは異なるペースで数字を変化させていき、カウンターの最大値を迎えると、一瞬の暗闇の後、また1へと還っていく。果てしなく続くデジタルの点滅が強烈なイメージを残す、とても美しい作品だった。
その宮島達男さんの作品が、原美術館にもある。
同じくデジタル・カウンターによるインスタレーション、「時の連鎖(Time Link)」だ。
半螺旋状の真っ暗な部屋の左右の壁面に、発光ダイオードのデジタル・カウンターを連ねて、2本のラインが引かれる。右側の壁面には、肩口辺りの高さに伸びた赤のライン。左側の壁面には、赤のラインよりも低い位置、ちょうど膝の辺りの高さに伸びた緑のライン。2本のラインを作り出すのは、99までの数字を数え続けるデジタル・カウンター。鎖のように繋がれた幾つものカウンターが綺麗な2本の線となって、左カーブの弧を描いていく。
掛け値なしに素晴らしかった。
おれは心を動かされたものに対して、いつも過剰に称賛するきらいがあるけれど、この作品は異論を差し挟む余地なく、本当に素晴らしかった。
ずっと気になっていた宮島達男というアーティストのことが、改めて好きになった。
もしも宮島達男さんを知らないのならば、ただこの作品の為だけに、いちど原美術館を訪れてみてほしい。ほんの数秒で通り過ぎてしまう小さな空間だけれど、きっと心のどこかに強烈な何かを喚起させるはずだ。
その後、家に戻って考えたんだ。
「時の連鎖」という作品に内在する、見る人間の心を動かす「なにか」について。
その時、パートナーがおもしろいことを言ったんだ。
ラインを作っているデジタル・カウンターのひとつひとつが「細胞」のようだ、って。
その言葉を聞いた瞬間に、おれの中ですべてが繋がったような気がした。もちろんそれは、おれの感じ方、おれの解釈に過ぎず、正しいのかどうかも分からない。更に言えば、そもそも正しい解釈のようなものが成立するのかどうかさえも、おれにはよく分からない。でも、おれにとっての「時の連鎖」は、細胞というキーワードで、まるでパズルのピースがかちっとはまるみたいに、ひとつの明確なイメージになった。
1として生まれ、99として朽ちるまで、刻々と生命の一部としての活動を続ける細胞。
それが連鎖して、1本のラインとなってイメージされる、個体としての1人の人間。
でも同時に、個体としての人間そのものが、世界全体の中ではデジタル・カウンターのひとつであるという逆転。その時、ラインが示唆するのは、個としての人間ではなく、多くの人間が集まって創られる「世界」。
伝わるかどうか分からないけれど、そんなイメージが、「細胞」という言葉をひとつのキーとして、自分の中で構成されていったんだ。それはおれにとって初めての体験で、自分でもちょっと驚いてしまうのと同時に、やっぱり嬉しかった。
宮島達男さんの他の作品も、これから少しずつ見に行ければと思っています。
Tatsuo Miyajima.com
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