Monday, April 22, 2013

村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を、村上春樹風に綴ってみる。

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年
  • 作者:村上 春樹
  • 出版社:文藝春秋
  • 発売日: 2013-04-12

その読後感は、どこか不思議なものだった。
静かに流れていく物語。その流れは、無数の点によって織り成されていて、そしてそれぞれの点にはそれぞれの意味が与えられている。いや、正確には「意味を内包している」といった方がいいのかもしれない。意味とは、形而上的な何かによって付与される訳ではない。ただそこには「現実」という名の幾多の点が存在し、それらが「そこにある」という事実そのものが、つまりは意味そのものなのだ。概念的な存在としての数直線を構成する無数の点が、その位置そのものを意味として内包しているように。

流れの中心に、多崎つくるという風変わりな名前の男がいた。彼は、色彩を持つものたちに囲まれ、色彩を持つものたちに裏切られ、そういう流れの中で自らの色彩を失っていった。いや、これも正確ではないかもしれない。おそらく正確には、見失ったのだ。失った訳でも、あるいはそもそも色彩を持っていなかったという訳でもなく。

静かな流れは、必ずしも穏やかな流れを意味しない。そして、一見穏やかな流れがあったとして、そこにある種の暴力性や、あるいは攻撃性がないとは言い切れない。多崎つくるの人生には、少なくとも物語として紡ぎ出された彼の16年間には、ある種のドラマがあり、精神の葛藤としか形容できないものが存在した。どこか神秘的な出会いがあり、象徴的な挿話がそこに小さな輝きを添えていた。何もなく、ただ静かに流れる河ではなかったといった方が、おそらくはしっくりくるのかもしれない。それでも、どこか静かなる趣をもって、彼の人生は紡ぎ出されている。少なくとも私にとって、全体を支配するトーンは「静」だ。そして重要なのは、それが実際に静かであるか否かではない。そんなことは、どちらでもいい。この場に書き留めておきたいのは、私がこの物語に「静」を感じたということであり、私にとって、そう感じさせる何かがあったということだ。

数直線の話に戻ろう。
数直線には、始点も終点もない。コクヨのA4ノートの上に引かれた1本の具体的な線ではなく、概念的な存在としての数直線にとって。そしてそれは、多崎つくるという男の物語とどこか似ていなくもない。そこにもないのだ。始点、そして終点が。ただ線だけがある。ハッピーエンドでもなく、哀しい結末でもない。当然だ。結末そのものがないのだから。この先も伸びていくはずの線だけが、静かに横たわっていて。

描かれているのは、線だ。
点は、線の構成要素にすぎない。
そして点は、線を終わらせることもない。
点とは「ある位置」であり、「ある位置」でしかない。面積を持たない概念的な存在なのだから。

Monday, February 25, 2013

『良いことに上限はないんだ』

良いことに上限はないんだ
  • 作者:丸山 克俊,東京理科大学出版センター
  • 出版社:ダイヤモンド社
  • 発売日: 2012-12-14

東京理科大ソフトボール部の丸山総監督による著作。

体育推薦もなく、学業との両立が非常に厳しい理科系大学ながら、全国大会にも再三登場するような強豪チームへと成長した東京理科大。その秘訣として本書で語られているのは、ものすごく基本的なことだった。例えば、無遅刻、無欠席。あるいは、全力疾走。礼儀やマナー。そして仲間と自分に対する責任。基本というのは「人としての基本」であって、それこそが最も重要なのだというスタンスが貫かれている。(ちなみにラグビーでも、昨今の帝京大がまさに同じアプローチでチーム作りをしていて、見事なまでの結果を残している。)

本書には、技術を極めるためのグラウンドレベルの工夫であったり、ソフトボールという競技に対する戦略的なアプローチであったり、そういった類の記述は殆どない。でも、きっと現場には様々あるはずなんだ。スポーツの世界でチャンピオンシップを目指す上で、「人としての基本」は絶対的な必要条件だというのはおそらく間違いないけれど、ただ十分条件ではないと思う。技術がないと、やはり勝てない。その意味では、東京理科大という「限られたリソースでの戦い」が宿命づけられたチームにおける技術へのこだわりなども、本当は興味をそそられるところだ。

ただ、「必要条件」に対するこだわりは、もう半端なレベルではない。言葉はあっても実行が伴っていない組織、ちょっとした逸脱を見過ごしてしまう甘さを残した組織が多々ある中で、丸山総監督は一切妥協しない。本当に、言葉通りの意味で「一切」妥協しないのだ。特に大学スポーツだと、これが完遂できるだけでチームは大化けするのだなあと、素直に思える1冊だ。

チームマネジメントの観点で興味深かったのは、練習の運営方式。全体練習は週2回。それ以外は、授業がない空きのコマを利用して、3人程度のメンバーで、少人数の個別練習を計画的に組んでいるそうだ。それ以外にも、完全な個人練習もあるので、練習自体が3つのパターンに分けて捉えられていることになる。更に、これらを「権利練習A/B/C」と呼んでいるそうだ。練習は義務ではなくて、権利。まさにその通りだと、心から納得してしまった。ちなみに、こうした独創的な取り組みも、学部別キャンパスや実験・レポートの負荷といった(ソフトボール部からすれば)「リソースの制約」があって、必要に迫られて生まれたものだというのも面白い。そして、この点にこそ、多くの人にとって、貴重なヒントが隠されているのかもしれない。ごく一部のトップレベルを除けば、日本国内に存在するほぼ全てのスポーツチームはリソースに制約を抱えながら活動しているのだから。

Sunday, February 17, 2013

『最後のロッカールーム』 に込められた明日への思い。

最後のロッカールーム (日テレBOOKS)
  • 作者:
  • 出版社:日本テレビ放送網
  • 発売日: 2012-12-21

ロッカールームには、本当にあらゆるものがある。
夢。希望。挫折。苦悩。汗。涙。友情。信頼。時に怒号。そして感謝。
青春を彩るものたちは、いつだってそこに。

本書は、全国高校サッカー選手権で惜しくも敗れ去っていったチームの監督が、試合終了後のロッカールームで選手たちに語りかけたメッセージを集めたものだ。1971年(第41回大会)から中継を行っている日本テレビの企画がきっかけで、通常は関係者以外が立ち入ることを許されないロッカールームにカメラが入り、監督と選手たちとの心の交流が映像に収められた。それらは番組となって放送されると共に、DVDとしても発売されているが、本書は「監督の言葉」にフォーカスして、過去の取材映像の中から珠玉のメッセージを集めて編修されている。

サッカーに限らず、高校スポーツというのは特別な世界だ。青春の真っ只中にある高校生が、3年間という大切な時間のほぼ全てを捧げて生きる世界。その中でも、全国大会まで勝ち上がってくるチームの選手たちともなれば、本当に全てをサッカーに賭けて生きている。そんな彼らが、ようやく辿り着いた全国大会の舞台。この場所で、俺たちの最高の輝きを。最高のシュート、最高のパス、そして最高のランを。最高のチームワークをみせて、そして最後はチーム全員が一丸となった最高の勝利を。誰もがきっと、同じ思いを抱いているだろう。でも、勝負の世界は残酷だ。大会を通じて、最後まで負けることなく戦い抜くことを許されるのは、日本中でわずか1校しかない。その他の全てのチームは、「敗北」という形でそのシーズンを終えることになるのだから。

ただ、それゆえに高校サッカーは見る者の心を揺さぶるのかもしれない。暁星高校の林義規監督も、インタビューで以下のように語っている。
「高校サッカーは、プロを育てるJリーグアカデミーや、海外のクラブチームを中心としたサッカーとは全くの別モノ。卒業後にプロになるのはほんの一握りで、ほとんどの選手は3年でサッカー人生を終えることになる。だからこそ、そこにはサッカーの専門集団にはない「熱い思い」が生まれるんだよ。(中略)『選手権大会は、負けた選手と負けた監督で成り立っている』という名言があるけど、まさにその通りだと思う。優勝校以外のチームはすべて負けちまうんだ。でも、彼らの思いは、勝ったチームに引き継がれていく。『俺たちの分までがんばってくれ』ってね。」
  試合終了のホイッスルが鳴り響く。勝者と敗者が確定する瞬間。そこから先、スコアボードはもう動かない。勝利に歓喜するチームの隣には、敗者の姿が常にある。青春の全てを賭けてきた純粋な本気の戦いに、終焉を突きつけられた高校生フットボーラーたちの姿が。もうそれ以上、夢を追うことを許されないという冷徹な現実。泣き叫ぶ選手もいれば、呆然自失の選手もいる。そうやって悲しみに暮れながらメンバーが引き上げてきたロッカールームで、監督は何を語るのだろうか。

本書に集められたメッセージは、本当に様々だ。監督の人柄や選手たちの個性。過去の先輩たちが営々と築いてきたチームカラー。ラストゲームを迎えるまでに過ごした日々と、その過程でおそらく確立されたであろう選手たちと監督との信頼関係。そういった様々な要素が凝縮されて、最後の言葉が紡ぎ出される。それは計算されたものではなくて、きっとその瞬間、自然と絞り出されるようにして生まれた言葉たちだ。

中でも、私が最も心を打たれたメッセージを引用したい。第85回大会の準決勝。岩手県立盛岡商業高校に惜しくも0-1で敗れた千葉県立八千代高校の砂金伸監督の言葉だ。
「あと2日間、このチームを解散させずにやりたかったけど、全国大会っていいよなあ。国立競技場、気持ちよかったろう。お前ら日頃から一生懸命やったからこれがあるんじゃねぇか、なあ。プロセスが大事なんだから。適当なことやってるやつにこういう思いはできないんだよ。そうだろ。だから胸を張んなきゃいけないの。でも、今日はね、いいサッカーしてたよ、このピッチの状態で、あの雨の状態で、みんなのいいとこ満載だったよ。でもサッカーだから点取らねぇと勝てねぇんだよな。いい経験したじゃねぇかよ。だからこの経験をした人は、いい大人にならなきゃダメ。たくさんの子供たちに夢を与えられるような大人になれ‥‥‥なってください‥‥‥なってほしいです」
細やかなパスワークを武器に勝ち上がってきた八千代高校にとって、ようやく辿り着いた国立での準決勝は過酷なものとなった。降りしきる大粒の雨で、グラウンドコンディションは最悪の状態。水たまりでボールが止まってしまい、得意のパスワークが機能しない。なかなか得点できず苦しい展開が続く中、ゴールキーパーの植田峻佑がファインセーブを連発。チームのピンチを何度も救い、0-0のままで後半ロスタイムへと突入する。しかし、運命は残酷だった。盛岡商業の右コーナーキック。植田は雨でボールが滑ることを考えて、パンチングで弾き返そうとしたのだが、そのボールは無常にも真下に落ちて、自身の左膝に当たってそのまま痛恨のオウンゴールとなってしまうのだ。

部外者の私には想像する他ないのだけれど、砂金監督はきっと、誰よりも確信していたのだと思う。チーム全員が持てる力の全てを出し切ってくれたことを。誰のせいでもなく、八千代は最高のサッカーをしたのだということを。オウンゴールというあまりに辛い運命も、八千代のメンバーはいつかきっと、新たな夢へのエネルギーへと変えていってくれるはずだということを。そのメッセージのラストにおいて、まさしく絞り出すようにして、選手たちへの指示から願望、そして監督自身の願いへとつながっていく流れが、砂金監督の思いの全てを物語っているといっても過言ではないだろう。心から、素敵な言葉だと思う。選手たちを愛していたことが、言葉の端々から伝わってくる。

本書で紹介されている約80のメッセージを読んでいて興味深いのは、全ての言葉にどこか通底する本質のようなものが感じられることだ。表現の仕方や、選手たちとの距離感は人それぞれでも、心からの愛情と信頼をもってぶつかり合ってきた選手たちに、最後のロッカールームで名監督たちが伝えようとすることは、どこかで普遍的なものへと至るのかもしれない。私なりに読み解くならば、それは「前を見よう」ということだ。高校生たちにとっては一度きりの敗戦でも、監督たちは違う。昨年も、その前も、ずっとチームを率いて全国大会の舞台を戦ってきた強豪校の監督たちは、敗北の意味を誰よりもよく知っているのだ。来年も、再来年も、監督たちは新たなメンバーを引き連れて全国制覇を目指し、そして優勝校以外の監督は、その年の選手たちの涙を受け止めていくことになるのだから。

「今はとことん泣けばいい」という監督もいる。「一生懸命やったんだ、泣くことないじゃねえか」と語りかける監督もいる。「5分間だけ泣いたら、笑顔でロッカールームを出ようぜ」と鼓舞する監督もいる。どの言葉にも真実が詰まっていると、私は思う。「勝負の世界は結果が全てなんだぜ、勝利にこだわれよ」と日々叱咤し続けた監督が、最後のロッカールームで「結果が全てじゃないんだよ」と涙交じりの笑顔で選手たちを称える。矛盾していないと、私は思う。それこそが、スポーツだ。矛盾を内包しながら、それを越えていく。負けてもいいゲームなんて存在しない。敗北を簡単に受け入れてしまったら、チャンピオンシップ・スポーツはその意義を失ってしまう。でも、敗北しないアスリートなどいない。敗北しても前を向いて、前進し続ける人間が育っていくならば、それは素晴らしいことじゃないか。

選手たちには、いつだって明日を見ていてほしい。 そんな監督たちの心が凝縮されたラストメッセージとして、この言葉を書き残しておきたい。
「負けることは恥じゃない、負けることは。恥なのは、負けて立たんこと。負けて立たんこと。次もう1回、お前らの次の道、行くんぞ、ほんまに‥‥‥。もうひとつ、明日は味方だ。誠実に生きよったら、みんな味方してくれる。気分は切り替えな。もう宿舎に帰った時は笑おう。いつものとおりな‥‥‥。次、明日、明日な」
(徳島県立鳴門高校、香留和雄監督(第85回大会))
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レビューでも触れたように、『最後のロッカールーム』はDVD化もされている。神聖なる空間にカメラが入ることの是非について議論があるのは承知しているつもりだが、同じような世界をくぐり抜けてきた人間以外には、なかなか想像の及ばない魅力的な空間なのは確かだろう。

挫折を愛する (角川oneテーマ21)
  • 作者:松岡 修造
  • 出版社:角川書店(角川グループパブリッシング)
  • 発売日: 2012-12-10

熱い男の代表格といえば、やはり松岡修造だろう。彼が本書で語っていることも、突き詰めれば同じなのかもしれない。ただ、松岡修造の本当の凄さは、挫折に至るまでの本気度ではないかと、私は思っている。恐ろしいほどの熱気ゆえに、彼は本気の挫折をして、そしてそれを乗り越えていくのではないだろうか。

オールアウト―1996年度早稲田大学ラグビー蹴球部中竹組
  • 作者:時見 宗和
  • 出版社:スキージャーナル
  • 発売日: 1999-01

ラグビーの世界で純粋に「極み」を目指した男たちの物語として、本書は外せない。現在は絶版のようだが、一刻も早い復刊が待たれるところだ。1996年度、中竹主将が率いた早稲田大学ラグビー部の軌跡。その熱い魂に、思わず胸が熱くなる。純粋なる本気とは、時に狂気でもあるのだということを、本書は教えてくれるはずだ。

アベノミクスを考えてみる。 - 『リフレはヤバい』

リフレはヤバい (ディスカヴァー携書)
  • 作者:小幡 績
  • 出版社:ディスカヴァー・トゥエンティワン
  • 発売日: 2013-01-31

2012年12月26日。
その日は今後の日本史において、どのように語り継がれていくことになるのだろうか。

その日から遡ること10日前の12月16日。この日行われた第46回衆議院議員選挙において、安倍晋三総裁率いる自民党は圧勝。過半数を大きく超える議席を獲得し、民主党を与党の座から引き摺り下ろすと、その後、安倍氏が第96代内閣総理大臣に就任。政権交代が果たされる。

そう、2012年12月26日とは安倍総理の就任日なのだ。
そして、それはつまり「アベノミクス」が発動された日ということになる。
いまや毎日のように新聞紙上を賑わしている、この円安誘導型の金融政策は、おそらく今後の日本経済、更に言えば日本という国家全体の命運を大きく左右することになるだろう。成功するとしても、哀しい運命になるとしても。

本書はその「アベノミクス」の中心に据えられている考え方、いわゆる「リフレ政策」の危険性を考察し、その理論的な誤りを徹底的に批判したものだ。リフレ派と反リフレ派は、アベノミクスの登場を待つまでもなく、様々なメディアで喧しく論争を繰り広げているが、本書は反リフレ派の先鋭ということになるだろう。正直に言って、この場で経済論争をする気など全くない私としては、思わぬ記述がある一定層の琴線に触れて、炎上したりしないだろうかとやや不安でもあるのだが、それでも本書は紹介したい。なぜならば、昨年8月に新メンバーとしてHONZに参加した頃から、「絶対にこの人の新著だけは譲ってはいけない」と心に秘めていた1人が、本書の著者である小幡績氏だったからだ。実はずっと待っていたのだ、彼の新著を。(とはいえ、ここまで直截的なタイトルで来るとは思ってもいなかったけれど。)

さて、リフレ論争だ。
まずは「リフレ政策」とは何であるかについて、著者の言葉を引用してみよう。
リフレとは、意図的にインフレーションを起こすことです。

至ってシンプルだ。要するに、物価を上昇させる政策と考えればいい。ただ、著者はこのシンプルな定義の中に重要なメッセージを持たせている。まず、「円安誘導=リフレ」ではないということだ。物価の上昇とは通貨価値の下落を意味するので、結果的にインフレと円安は同義かもしれないが、本書が想定する「リフレ派」の核心はあくまで物価の上昇だ。アベノミクスに関する昨今の報道をみても円安にフォーカスしたものが多いが、リフレ派にとって、円安はインフレを実現するための手段であって、それ自体が目的ではない。ややクドイかもしれないが、本書においてこの関係性は重要なポイントだ。その上で、リフレ派の主張は「物価が上昇してデフレから脱却できれば、日本の景気は回復する」という点が暗黙の前提になっている。

整理してみよう。本書によれば、リフレ派のポイントは以下のように要約できる。
①デフレが不況の原因である。
②円安になればインフレが起こる。つまり、デフレからの脱却は可能である。
③よって、円安インフレ政策によって、景気は回復する。

本書の記述に沿ってごく単純化して捉えるならば、これがリフレ派の主張ということになる。インフレターゲットや大胆な金融緩和、日銀法改正といったリフレ派の中心的な施策は、①~③の基本認識のもとで、円安とインフレを実現するための具体的な手段ということになる。とはいえ、実際に各種メディアを賑わせているのは、多くの場合、こうした具体的トピックに関するものが大半だ。安倍総理の就任後、明らかな円安トレンドになってきていることもあり、どうしても近視眼的な報道が多くなる。その時、①~③のようなリフレ派の前提は、暗黙のうちに了解されていることが多い。しかしながら、本書のスタンスは全く異なる。その主張の本質は、こうした具体的な政策の是非とは別のところにあり、要するに著者からすれば、①~③の前提がそもそも誤っているのだ。

それならば、著者の立場とはどのようなものか。
私の理解では、その中心的なポイントは2つある。1つは、そもそもインフレは起こせないということ。そしてもう1つは、円安は日本経済を崩壊させる危険性がある、ということだ。

最初のポイントについては、もう少し厳密に記述する必要がある。著者が主張しているのは、「通常の意味での物価の上昇」は起きないということだ。理由は単純で、今の日本においては、売り手が値上げをしないからだ。物価上昇の前に、景気回復があれば話は別だ。景気の回復に伴って給料が増えて、その結果として国内総需要が増加すれば、お店は商品・サービスを値上げするかもしれない。でも実際は、このご時世、一時的に企業の業績が多少改善した程度で、給料はすぐに上がらない。値上げすれば、更なる売上の低迷を招くだけだ。著者はこう言っている。
景気をよくするためにインフレを起こすこと、それは無理なのです。
つまり、因果関係が逆なのです。
通常の意味でのインフレは、起きない。ただし著者は、それでも日本がインフレになる場合として、2つのパターンを挙げており、そのいずれもが円安と密接に結びついている。まずは輸入インフレだ。輸入品の値上がり、あるいは原油や資源の輸入コスト増大によって、製品価格を引き上げざるを得ないケースだ。もう1つは資産インフレだ。これには日銀による量的緩和政策が影響してくる。現在行われている量的緩和とは、要するに、中央銀行がマーケットから金融資産(主に国債)を直接購入することで、マネーサプライを増大させる政策なので、当然ながら対象となる金融資産には買い注文が入っている訳だ。当然、金融資産の価格は上がる。ただしこれは、実体経済の流れとは独立して引き起こされる一種のバブルだ。その副作用も十分に意識されなければならない、ということになるだろう。いずれにせよ、著者の主張しているのは、「リフレ派が言っているような形でのインフレは、起きない」ということだ。

そして2つめのポイント、円安だ。
こちらの方が、より重要な問題として位置づけられている。インフレが起きないだけならば、まだ構わない。でも円安はマズイと著者は言う。なぜならば、国債価格を暴落させる可能性があるからだ。

既に書いたように、日銀は量的緩和政策を行い、大量の日本国債を購入している。これは当然ながら円建ての金融資産なので、円安になれば、例えばドル建ての米国債と比較した場合、日本国債の価値そのものが下落することになる。日本国債を大量に保有しているのは、主に国内の金融機関(特に銀行)だが、彼らにとっては保有資産価値が減損するリスクがあるということだ。円安ドル高という為替リスクをヘッジするためには、先物でドルを買っておけばいいという考え方もあるが、ヘッジには当然コストが発生する。将来、日本国債の価格が下がると分かっているならば、最初から米国債に投資した方が合理的だ。ただ、本質的な問題は、もう一歩先にある。ちょっと長くなってしまうが、引用しておこう。
自分のことだけ考えれば、ヘッジすればすみますが、現実にはそうはいきません。なぜなら、みな同じことを考えているからです。
国債はみんなが投資しています。それが、円安が進む可能性が高いことがコンセンサスになったのです。(中略)為替のヘッジをするという方法と、日本国債を売って、米国債に乗り換える方法とあることもみながわかっています。
どちらでもいいのですが、この「どちらでもいい」というのは最も危険なのです。
なぜなら、米国債に乗り換えるほうを多くの人が選んだ場合は、この二つは同じではなくなるからです。
多くの人が米国債に乗り換えたならば、日本国債は値下がりします。みんなが売るから当然です。今度は、円安になる分、実質的に値下がりするのではなく、円でみても値下がりする、ふつうに値下がりするのです。
これが、従来の議論と全く異なるポイントだ。「円安」というファクターがなければ、機関投資家にとって日本国債は、大量のマネーを安定的に吸収できて、流動性も高い魅力的な商品だ。しかし、そこに「意図された円安」というコンセンサスが加味された時に、日本国債というものの性格は大きく変わってしまう。国債が本当に値崩れを起こすようなことになれば、発行済国債を大量に抱える多くの国内銀行(特に地方銀行)はひとたまりもないだろう。著者によれば、日本の銀行セクターは全体で約200兆円もの長期国債を保有しているのだ。これが暴落すれば、幾つか潰れる銀行も出てくるはずだ。貸しはがしも避けられない。バブル崩壊の頃を凌駕するような金融危機となるだろう。

そうなれば、政府は公的資金を注入して銀行救済に乗り出すはずだ。でも、肝心の公的資金はどのように捻出されるのか。言うまでもなく国債発行だ。だが、忘れてはいけない。このシナリオの震源となっているのは「国債暴落」なのだ。更なる国債の増発となれば、当然ながら暴落に拍車がかかってしまう。そうなれば、危機の渦中にある銀行も、暴落する国債をマーケットで売り抜くことができず、資本の劣化を食い止めることさえできない状況に陥るだろう。銀行危機は深刻化し、そして連鎖する。政府の財政危機も引き起こされて、絶望的な危機のスパイラルが訪れることになるのかもしれない。

もちろん、このような日本崩壊のシナリオを誰も望んでいる訳ではない。それは、本書の著者も同じだ。実際、本書の冒頭において、こう綴っている。
本書が、リフレ政策による目先の円安、株高に浮かれる人々に対する警鐘となり、そして、安倍首相が、名目金利上昇のリスクに気づき、リフレ政策を修正することを望む。
そして、本書の予言が実現せず、小幡の言うことは当たらなかったと、私が批判を受けるというシナリオ。そちらのほうのシナリオが実現すること。それを強く願って、本書を、安倍首相とかれの愛する日本に捧げることにしたい。


日本経済の未来は、結局のところ誰にも分からない。アベノミクスが今後どのような展開を迎えるにしても、個々人として出来るのは、自分なりに考えてみるということしかないのかもしれない。そのための材料として、本書は格好の1冊になるだろう。非常にクリアな論理と平易な説明で、リフレ政策に対する反証が展開されているからだ。「輸出産業を守るためにも円安は重要」、「マネーを増やせば円安は実現する」、「世界中の中央銀行の中で、日銀だけが特殊な対応を取っている」といった巷でよく聞く話についても、とても丁寧に反駁を行っている。本書の論理が腹に落ちるかどうかは別として、リフレ派、反リフレ派といった色眼鏡を一旦置いて、お互いの依拠するロジックを知っておくのは重要だ。その意味で、リフレ派も反リフレ派も、リフレの何たるかに興味のなかった人も、読んでみてほしい。きっと面白い気づきがあるはずだ。

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アメリカは日本経済の復活を知っている
  • 作者:浜田 宏一
  • 出版社:講談社
  • 発売日: 2012-12-19

やはり併記しておかない訳にはいかないだろう。アベノミクスの理論的支柱とされる浜田宏一氏の最新刊。リフレ派の考え方を知るために。

紙の約束―マネー、債務、新世界秩序
  • 作者:フィリップ・コガン
  • 出版社:日本経済新聞出版社
  • 発売日: 2012-11-23

マネーというものの本質を正面から扱った重厚な1冊。「紙幣とは本質的に負債である」という著者の指摘は重いものがある。紙の約束とはつまり、「いつでも破られうる約束」ということでもあるのだから。

予習のつもりがどっぷりと。 - 『八重と会津落城』

八重と会津落城 (PHP新書)
  • 作者:星 亮一
  • 出版社:PHP研究所
  • 発売日: 2012-12-16

正月三が日も終わり、昨日が仕事始めだった方も多いだろう。いよいよ本格的に幕を開けた2013年だが、そのイントロを飾りそうなのが1月6日(日)スタートの大河ドラマ「八重の桜」だ。HONZを読まれている方は書店を訪れる頻度も多いと思うが、書店の棚は昨年の暮れから見事なまでの「八重ブーム」だ。日本史のコーナーは勿論のこと、新書にも「八重の桜」に関連した新刊書が数点並んでいる。そんな訳で、予習も兼ねてと思いながら手に取ったのが本書なのだが、これが想定していたものとは多少異なる面白さだった。(ただ、とても面白かったのは間違いない。)

というのは、表題から想像するほど(山本)八重の人生が主題になっていないのだ。あくまで「会津落城」が本書のメインテーマになっている。もちろん八重は登場するのだが、あくまで若松城(鶴ヶ城)での籠城戦における獅子奮迅の活躍と、そこに至るまでの八重および山本家の境遇が多少添えられている程度だ。本書の表題からすると当然かもしれないが、戊辰戦争の後、新島襄と結婚した「新島八重」としてのエピソードは皆無であり、「八重の桜」の事前テキストとしてはやや王道から逸れている。でも、それで構わない。本書において著者が描き出そうとしたのは、あくまで幕末期における会津藩の歴史であり、そしてそれは激動の連続でとても興味深く、ドラマチックであり、そして現代を生きる私たちにとっても気づきと学びに満ちているからだ。

文久2(1862)年、会津藩の第9代藩主である松平容保が京都守護職に就任するところから物語は始まる。当時の京都は薩長の藩士らによる尊王攘夷運動が巻き起こっていた動乱の地。幕府の威信が大きく低下していた状況で、荒れる京都の治安を守り抜き、幕府に忠義を尽くす困難な責務を負ったのが、京都守護職だ。あまりにもリスキーであり、誰もが就任を躊躇せざるをえない火中の栗のようなポジション。八重の兄であり、会津藩の砲術師範だった山本覚馬は、松平容保に対して幕府から就任の依頼があったと知り、絶句したという。しかし、藩士たちの反対を押し切って、容保は京都への赴任を決意する。ここが、会津藩の悲劇の始まりとなった。

慶応2(1866)年には薩長同盟が結ばれ、いよいよ倒幕の動きが加速する。第2次長州征討に敗れた幕府の権力は弱体化の一途を辿り、その後、倒幕を好まず公武合体論を取っていた孝明天皇が急死すると、いよいよ幕府は窮地に立たされる。15代将軍の徳川慶喜は大政奉還によって事態の打開を図ろうとしたが、同じ頃、薩長は岩倉具視の側近だった玉松操が起草した「討幕の密勅」をもってクーデターを決行し、王政復古の大号令を発し、新政府を樹立する。その後、鳥羽・伏見の戦いでの旧幕府軍の惨敗を経て、1年半あまりにわたる戊辰戦争の末に、明治維新へと展開していくのは、誰もが知るところだ。

こうした幕府崩壊の流れにあって、会津藩は常に幕府側だった。実は松平容保は、慶応3(1867)年2月に京都守護職の辞任を申し出ている。藩財政の窮乏、そして肝心の幕府の衰退。このままでは会津藩が滅亡してしまうとの危機感があった。しかしながら、幕府の説得もあり辞任は叶わず、容保と会津藩士は京都に残留。その後、討幕の密勅を手に官軍を名乗った薩長の前に、会津は賊軍とされてしまうのだから、歴史の悲劇としか言いようがない。それでも会津藩は、最後まで幕府への忠義を貫き、絶望的な状況の中、自らの信じるもののために薩長連合軍との死闘を繰り広げた。八重が大車輪の活躍をみせた若松城での1ヶ月に及ぶ籠城戦では、会津の女性達が凄まじいばかりの団結力と行動力で、戦況を支えている。誰よりも巧みにスペンサー銃を操り、百発百中の命中率で敵軍を狙撃し続けたという八重も凄いが、他の女性も炊事や食糧調達、怪我人の看護、そして銃を持っての戦闘に至るまで、男共を越える強さと逞しさだったという。こうした会津藩のドラマには、やはり心を打つものがあるだろう。

ただ、こうしたドラマの裏側こそが、本書が明らかにしている最も重要なポイントだ。こうした会津藩の悲劇の歴史には、実は幾つかのターニングポイントがあったのだが、後世の目から見ると、会津藩はその時々における重要な判断を悉く誤っているのだ。また、形勢不利の戦いを強いられた戊辰戦争でも、決定的な戦略ミスを幾つも犯している。これは奥州他藩との交渉戦略のミスもあれば、合戦における戦術的判断のミスもあるが、これらがなければ、会津藩はもっと戦えたのかもしれない。結局のところ、悲劇のドラマを演出してしまった決定的要因には、戦略の不在があったのだ。

そして興味深いのは、そうしたミスの多くが「人事」と「旧弊」に起因しているように感じられることだ。例えば、「奥羽の咽喉」といわれた白河での戦いで、会津藩が総督に選んだのは戦闘経験が皆無の西郷頼母だった。情報収集も戦略もなく臨んだ戦いは、無残なまでの即日陥落。挙句の果てに、惨敗を喫した西郷へのお咎めは一切なかったそうだ。また、会津藩の軍備は薩長に大きく出遅れていたのだが、先見の明をもった逸材、山本覚馬は早くから西洋の新式銃を購入するように進言していた。しかし、旧弊に縛られた家老達はなかなか納得せず、ようやく外国から納入の目処がついた頃には幕府が崩壊していたため、注文した1,300挺は薩長に押さえられてしまった。こうしたミスは、もう枚挙に暇がないほどだが、ドライに評価してしまえば、藩主たる松平容保が、大胆かつ戦略的な人事で、旧弊を打開できなかったということなのかもしれない。

本書の醍醐味は、まさにこうした敗因の分析にある。時間軸に沿って具体的なエピソードを幾つも織り交ぜながら、会津落城の背景を丹念に追っていく展開は、非常に刺激的で、読む側を全く飽きさせない。心揺さぶるドラマから学べる歴史も勿論大切だが、「歴史に学ぶ」ということの重要性は、こうした「史実の背景部分」にこそ隠れているのかなという気がする。戦略や戦術が求められるのは、現代でも同じなのだから。

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失敗の本質 戦場のリーダーシップ篇
  • 作者:野中 郁次郎
  • 出版社:ダイヤモンド社
  • 発売日: 2012-07-27

本書を読み終えて、最初に思い出したのが名著『失敗の本質』だ。会津藩の敗戦は、太平洋戦争における日本軍の敗戦とどこか重複する。人事のミス。旧弊に縛られた意思決定。そして、長期的なビジョンを見据えた戦略の不在。やはり歴史に学ぶことの意義は大きいと、つくづく思う。

「朝敵」から見た戊辰戦争 桑名藩・会津藩の選択 (歴史新書y)
  • 作者:水谷 憲二
  • 出版社:洋泉社
  • 発売日: 2012-12-06

会津藩の悲劇はなぜ起こったのか。鳥羽・伏見の戦いにおいて、会津藩と共に幕府軍の先鋒を務めた桑名藩と比較しながら読み解いていく。

『IKEAモデル』 - それはモデル演繹型の経営。

IKEAモデル―なぜ世界に進出できたのか
IKEAモデル―なぜ世界に進出できたのか

  • 作者: アンダッシュ・ダルヴィッグ, 志村 未帆
  • 出版社: 集英社クリエイティブ
  • 発売日: 2012/11/26


  • 低価格の北欧風デザイン家具販売店として、グローバルで成功を続けるIKEA。本書『IKEAモデル』は、2009年までCEOを務めた著者が、その経営モデルを網羅的に綴ったものだが、読んでみて非常によく分かった。「IKEAモデル」とは、要するにコスト削減の王道を極めることなのだと。

    王道は、極論すればつまらない。でも、王道の完遂は決して容易ではない。IKEAはそれを、一切ぶれることなく完遂してみせた。そして、いまやその王道は「IKEAモデル」というイノベーションにまで昇華した。それこそがきっと、IKEAの真の凄みなのだ。

    具体的にみていこう。
    出発点はIKEAの理念だ。それはシンプルなワンフレーズに、見事に集約されている。
    「より快適な毎日を、より多くの方々に」

    この短いフレーズから、IKEAを特徴づける多くのポイントが導かれる。

    まず、目指すのは「快適な毎日」だ。それゆえに、商品ラインアップは生活家具を原則とする。キッチン、寝室、リビングといった日常の時間を支える空間を心地よくするための製品だけが、IKEAの売り場に並ぶ。そして快適を支えるのは、デザインと機能だ。IKEAは小売業なので、ここでの差別化には徹底的にこだわる。

    「より多くの方々に」届けるために、IKEAはなによりも価格競争力を優先する。そのために、バリューチェーンのあらゆる局面において、徹底的なコスト削減を目指す。ただし、商品の品質劣化を招くコスト削減ではなく、あくまで合理的に、ムダを排除していく。コスト削減の結果は、販売価格を下げることで顧客に還元する。その上で、あくまで多くの人にリーチするために、まずは顧客の目線にあった価格設定から入り、そこから商品開発を進めるという通常とは逆のアプローチを採用する。

    ここで、時として2つの理念がバッティングする。例えば、ローカライズだ。アメリカ人のために、ベッドのサイズを多少カスタマイズすれば、商品規格の違いによって、バリューチェーンの修正が必要になる。それは結局コストの増加を招き、商品価格に跳ね返っていく。こうしたケースにおいて、IKEAは常にぶれることなく、「モデル」に回帰していく。商品には自信を持っている。コストはいつだって最優先だ。そこから演繹的に、IKEAは「カスタマイズしない」という選択をする。ただし、例えば市民が狭い住環境を強いられている国の場合、サイズを調整しなければ「快適」が実現されないため、理念のためのローカライズを許容する。

    あるいは、上述した商品ラインアップだ。小売業における差別化要素は、価格だけではない。IKEAは「充実した買い物体験」を重要なポイントと捉えて、1箇所で必要なものが全て揃うように商品を充実させている。(ちなみにこれは、本当に素晴らしいレベルだ。)しかし同時に、商品数の増大は物流効率の悪化を招く。ここでもIKEAは、モデルに立ち戻る。つまり原則として、理念のためにコストが優先される。

    こうした判断の分岐に、IKEAのIKEA性を感じるのだ。いつも理念に戻って、モデルから演繹する。必ず、「常に」そうするのが非常にIKEAらしい。

    ビジネスモデルの話になると、「集中か、分散か」といった議論が展開されることも多いが、こういった問題もモデル演繹方式のIKEAには無縁だ。IKEAのスタンスは非常に明快で、要するに「理念のために集中が必要であれば集中し、分散が必要であれば分散する」ということになる。IKEAは現在、世界26ヵ国で290のIKEAストアを展開しているが、生産体制は地域(リージョナル)拠点へのシフトを進めているそうだ。長期的にみた輸送コストの上昇、生産リードタイムの短縮、為替変動リスクの回避といった要素を加味して、低価格商品を提供しつづけるには拠点分散の方がベターだと考えているようだ。

    IKEAを考える際には、その企業形態も重要だ。IKEAは非公開企業であり、より正確に言えば、創業者イングヴァル・カンプラードによって1982年に設立されたオランダの財団なのだ。本書の著者アンダッシュ・ダルヴィッグは、1999年から2009年までの10年間、CEOとしてIKEAの経営を担ったのだが、就任直後に「10年で10の取り組み(10/10)」という戦略を打ち立て、「IKEAモデル」の確立に向けた施策を10年かけてきちんと実行していった。これは素晴らしいことだが、常に株主のプレッシャーを負いながら経営せざるを得ない多くの株式会社にとって、10年計画の実行は難しいだろう。もちろん、それは公開/非公開という形態の違いであって、必ずしも価値の優劣を意味しない。株式会社にもメリットはあり、財団のリスクも当然あるはずだ。しかし、10年スパンの実行力こそが生み出せるモデルが存在するのは、間違いないだろう。

    本書はこうした「IKEAモデル」の本質を、極めて冷静に分析している。さすがに元CEOの著者による整理には深みがあり、読み応えも十分だ。ただ、そのスタンスはあくまでクールだ。時にはIKEAの失敗もオープンに書いており、ただの成功譚ではないのも非常に興味深い。全体を通低する淡々とした筆致は、いかにも王道の「IKEAモデル」にふさわしい感じがする。



    ちなみに余談だが、コスト削減のためのIKEAの工夫を紹介しておきたい。
    通常の組み立て家具だと、ネジのような部品はスペアが付いているが、IKEAでは必要数しか付いていない。その代わり、IKEAストアのレジ前にパーツコーナーがあり、カタログから必要なパーツ番号を調べれば、いくつでも持ち帰ることができる仕組みになっている。うまい工夫だ。99.9%の顧客にとっては、きちんと組み立てればスペアパーツは必要ない。そういう小さなムダの削減も、全世界290のIKEAショップに並ぶ全商品から削減されれば、期待効果は十分に見込めるはずだ。

    ただ、これで終わらないのが面白いところだ。実はIKEAの店舗は、顧客を一方通行で、順路に沿って移動させるレイアウトになっている。多少歩かされるが、そうすることで、充実した商品レンジをアピールする仕組みなのだが、パーツコーナーが併設されたレジは、常にその終点だ。そう、ただスペアをもらうだけのつもりが、思わず購買意欲を掻き立てられるといった副次効果も見据えている。コスト削減を進める一方で、年間6億人が訪れる「店舗」を、重要なマーケティング拠点として有効活用するのも忘れない。そのしたたかさも、IKEAモデルから演繹される必然ということかもしれない。

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    イケアの挑戦 創業者(イングヴァル・カンプラード)は語る
    イケアの挑戦 創業者(イングヴァル・カンプラード)は語る

  • 作者: バッティル トーレクル, Bertil Torekull, 楠野 透子
  • 出版社: ノルディック出版 (2008/07)
  • 発売日: 2008/07

  • IKEAの創業者イングヴァル・カンプラードを正面から扱った1冊。IKEAという企業を考えるには、やはりこの創業者の思いを外すことはできないのだろう。オーナー企業というのは、すべからくそういうものかもしれないけれど。

    スターバックス再生物語 つながりを育む経営
    スターバックス再生物語 つながりを育む経営

  • 作者: ハワード・シュルツ, ジョアンヌ・ゴードン, 月沢 李歌子
  • 出版社: 徳間書店
  • 発売日: 2011/4/19

  • IKEAとスターバックスはどこか似ているような気が、ずっとしていた。今、その理由は少し分かったような気がする。つまり、どちらも「経営においては理念を、現場においては顧客の快適を」重視しているということなのではないか。シュルツの著作はより人間味があり、具体的なエピソードに溢れた名著だが、著作のスタイルは違えども、行き着く先は、やはりどこか似ている。

    もう、辞めたい・・・。心優しき『戦国の貧乏天皇』

    戦国の貧乏天皇


  • 作者: 渡邊 大門
  • 出版社: 柏書房 (2012/10)
  • 発売日: 2012/10

  • なかなか刺激的なタイトルだ。
    わずか7文字の中に、知的好奇心を刺激してやまない「違和感」が内包されている。

    まず「戦国」と「天皇」がうまく結びつかない。日本史で習った天皇を思いつくままに挙げてみても、古代であれば神武、推古、聖武、桓武といった有名ドコロがすぐに浮かぶし、中世になると、後に院政を敷いたことで知られる白河、鳥羽といったあたりが思い出される。しかし、その後となると、多くの人にとって耳馴染みがあるのは後醍醐天皇くらいで、建武の新政が崩壊して室町時代に入ってくると、その頃の天皇の名前はほとんど知らないのではないだろうか。

    そして「貧乏」と「天皇」も、同じように結びつかない。鎌倉幕府の誕生以降、武家統治の時代が長かったのは事実としても、やはり天皇は一貫して日本史の中心にいたはずだ。武家の時代にあっても、たとえば征夷大将軍の任命権限を持っていたのは天皇だ。要するに、武家にとっても天皇の権威が重要だったということであり、その天皇が「貧乏」だと言われても、なかなかピンと来ない。

    これだけでも十分に興味深いのだが、さらに本書の帯は追い討ちをかける。なにせ、目に飛び込んでくるのは「もう、朕は天皇を辞めたい!!」という衝撃的なフレーズだ。歴史上、壬申の乱のように皇位継承を争った例はあるにせよ、辞めたいって・・・。宿命を持って生まれた人間のみに許された最高の名誉ある権威。それが天皇ではないのか。

    そんな違和感の根源を、本書はひとつずつ丁寧に解きほぐしていく。
    戦国時代の天皇については、いまだ研究が十分に尽くされてはいない状態にあるようだが、著者は豊富な史料や参考文献に基づいて、当時の天皇が直面していた窮乏の実態を明らかにしている。


    本書が主に取り扱うのは、後土御門天皇(103代、1464-1500)、後柏原天皇(104代、1500-1526)、後奈良天皇(105代、1526-1557)の3人だ。それぞれの天皇に1章ずつ割かれていて、どれも非常に面白いのだが、中でも郡を抜いて衝撃的なのは、やはり後土御門天皇だ。後土御門が在位した36年間はまさに驚きのエピソード満載なのだが、ここではその即位が1464年であることに注目してほしい。即位から3年後の1467年には、京の町を一面火の海にしたとされる「応仁・文明の乱」が勃発しているのだ。1477年に収束を迎えるまで、11年にもわたって繰り広げられたこの悲惨な戦乱は、室町幕府の統治体制を決定的に弱体化させ、これをもって戦国時代の幕が開けることになる。後土御門天皇の時代というのは、まさにこの戦乱期に見事に符号していたのだ。

    父、後花園天皇から帝王学を授かり、和漢の学問に通じていた後土御門は、寛永6(1465)年12月27日、24歳にして天皇に即位する。政治に対する意識も高く、戦乱に苦しむ民衆の姿には常に心を痛めていた。疫病が流行すると、四大寺(東大寺、興福寺、延暦寺、園城寺)に祈祷を命じ、各地に官宣旨を下して般若心経を読誦させて国家の平安を祈願した。神仏にすがることしかできないとしても、天皇として常に国を想い、民に心を砕いたその姿は、時代さえ違えば、名君として永く語り継がれたのかもしれない。そう考えると運命の皮肉としか言いようがないのだが、あまりにも時代が悪かった。結局、天皇という存在の無力さに絶望した後土御門は、幾度も「辞めたい」と口にするようになる。著者も書いているが、歴史上、天皇自身が繰り返し辞意を表明したという例は、後土御門以外に聞いたことがない。

    これだけでも衝撃的だが、ポイントは「幾度も」というところだ。そう、実際には退位できなかった。より正確に言えば、退位させてもらえなかったのだ。文明3(1471)年に後土御門が初めて退位を表明すると、公家、武家の双方に衝撃が走り、公武をあげての説得工作が展開された。そして哀しいことに、その大きな理由の1つは、危機的な状況に陥っていた皇室財政にあったのだ。

    もちろん、そもそも天皇が突如として退位を表明するなど尋常ではない。まだ皇太子も決まっておらず、退任となれば大混乱が生じるのは誰の目にも明らかだった。ただ、よりシビアな問題として立ち上がってきたのは財政事情だった。退位となれば、後継者の即位式が必要となる。当時、即位式には五十万疋(約5億円)が必要だったという。最高権威たる天皇の即位と思えば、さほど高い費用でもない印象もあるが、この捻出にさえも苦慮するほど、当時の皇室は財政的に追い詰められていた。この流れを決定づけたのは、やはり「応仁・文明の乱」だろう。この戦乱によって室町幕府による地方支配の体制は致命的なレベルにまで弱体化し、守護を通じた地方荘園からの収入は大幅に落ち込んだ。何とか維持してきた禁裏領所(皇室領)からの年貢納入も、必ずしも安定的ではない中で、朝廷は幕府に資金援助を求めるが、幕府の懐事情も同様に苦しかったのだ。

    皇室財政の危機を象徴するエピソードは、他にも多々ある。例えば、朝儀の停滞だ。財政面だけではなく、戦乱を避けた公家衆が地方に散っていたことも要因ではあるが、節会や歯固の儀式は長きにわたって中止されることになった。大嘗会も当時は行われていない。戦乱で荒廃した内裏の修復もままならない状態だった。通常は朝廷に主導権がある改元も容易ではなく、幕府の財政支援を仰がなければならなかった。そして挙句の果てには、葬儀さえも遅延したというのだ。後土御門天皇は明応9(1500)年9月28日に亡くなったのだが、その葬儀が執り行われたのは、なんと死後43日目のことだった。11月8日、武家方から一万疋(約1000万円)の支給を得て、ようやく最小限の費用で葬儀を行う目処が立ったそうだ。当然ながら、天皇の崩御から43日もの遅延というのは異例中の異例だ。水銀による遺体の防腐処理などを行い、最善は尽くしていたようだが、それにしてもあまりに哀れではないか。

    こうした不憫な状況に拍車をかけた要因の1つには、公家社会の「先例主義」もある。古代より脈々と継承されてきた伝統は極めて重要なものだったため、財政難の状況下においても「簡素化」は難しい問題だったのかなと思う。伝統というのは、一度断絶してしまうと、そう簡単には元に戻せない。先例を伝え知る人間を結集し、過去を知らない者たちに訓練を施し、何度も試行を重ねることで歴史を取り戻すことが必要になってくる。朝儀ひとつを取っても、節会を復活させるために公家たちは多大なる労力を割かなければならなかったのだから、伝統の維持コストというのは馬鹿にならないものだとつくづく思い知らされる。

    ちなみに、公家の先例主義にまつわるエピソードにも驚かされるものが多い。
    後花園上皇(後土御門の父)と後土御門天皇は、応仁・文明の乱が勃発した当初、難を避けるために、御所を離れて室町邸へと移ろうとした。その際、いつも使っている輿ではなくて乗物を使おうとしたところ、「稀代の例」ではないかと問題視されたそうだ。調査の結果、嘉吉の乱で先例が確認されたため、無事に乗物で避難することができたというが、全くもってその感性が理解できない。更に、室町邸に2人が同宿していると、「過去にこのような例はあるのか」という指摘が入ったという。これも、舟橋宗賢が先例を見出して「問題ない」との結論に導いたというが、著者もいうように、もはや滑稽でしかない。長享から延徳への改元に際しては、8月21日に行う旨が将軍の足利義政にも伝えられていたにもかかわらず、「近年8月に改元が行われたことはない。9月まで引き延ばしてはどうか」という横槍が入ってくる始末だ。改元絡みだと、室町邸に避難していた頃の改元作業に対しては「皇居以外の場で政務を行うことに差し支えはないのか」といったことも、真剣に議論されていたというのだから、トホホな話である。

    このように、本書は戦国期における天皇という存在の「実像」を、豊富なエピソードを交えながら、可能な限りの史料を読み込んで、とても丁寧に描写している。歴史上の「天皇」というのは、ある意味では概念的な理解に終始しかねない存在だが、こうして本書を読んでみると、財政面の困窮、そして社会の荒廃を前に胸を痛める極めて人間的な姿が浮かび上がってくる。歴史に対するアプローチとして、こうした人間的な側面を、単なる想像に任せるのではなく、具体的な史料と研究で詳らかにしていく方法論というのは、非常に面白く、読み応えがある。

    最後に余談だが、本書を読んでみて、つくづく思ってしまった。
    「危機」と「先例」ほど相性の悪いものはない。そして日本社会の先例踏襲主義は、決して今に始まったものではなく、これ自体が過去から営々と受け継がれてきた社会構造だったりもするのだ。現代の日本が、ある種の危機に面しているとするならば、退位表明する前にしなければいけないことがあるのかもしれない。結局のところ大半の日本人は、日本から逃避することなく生き続けるのだから。

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    江戸時代の天皇 (天皇の歴史)
    江戸時代の天皇 (天皇の歴史)

  • 作者: 藤田 覚
  • 出版社: 講談社
  • 発売日: 2011/6/24

  • 群雄割拠の戦国時代を経て、日本は徳川幕府による江戸時代へと突入していくが、その頃の天皇というものを描いた本書は、麻木久仁子がレビューしている。こうして繋げてみると、歴史の中の天皇というものが、より立体的かつ人間的に見えてきて面白い。

    きちんと悲しんで、そして忘れてもらうために。 - 『エンジェルフライト 国際霊柩送還士』

    エンジェルフライト 国際霊柩送還士
    • 作者: 佐々 涼子
    • 出版社: 集英社
    • 発売日: 2012/11/26

    誰もがいつかは、死を迎える。
    あなた自身も、そしてあなたの愛する人も。
    もちろん私も、そして辛いことだけれど、私の愛する人もいつか。

    死とは何だろうか。
    死に行く人にとってそれは、命の終わり。現世という旅路のいちばん奥にそっと置かれたベッド。
    ならば、残された人にとって、死とは何だろうか。
    愛する人の命は、もうそこにない。でも、そこに残ってしまうもの。もう二度と戻ることのない究極の「喪失」でありながら、それでもそこに厳然と「存在」してしまう現実。残されたものたちが向き合う死というものが、そんな絶望的な矛盾の中にしかないものだというならば、その時、人には何ができるというのだろうか。

    大切な、かけがえのない人の遺体と向き合う。
    遺体。もうそこに時を刻む生命は宿っていない。でも、遺体は時を刻む。葬儀を終えて、火葬場に運ばれて。遺体と向き合うことのできる時間は、それまでのとても限られた、わずかばかりの時間。

    でも、もしかすると、それでいいのかもしれない。
    わずかばかりの時間が、きちんとそこにあるならば。

    ずっとその時間が続いてしまったら、悲しすぎるじゃないか。
    もう戻ってこないあの人が、戻ってくることのないままに、ずっとそこにいるなんて。
    でも、たとえ限られたものだったとしても、お別れの時間がなかったとしたら、あまりにも辛すぎるじゃないか。あの人とも、あの人を失った悲しみとも、ずっとお別れができないなんて。

    だからこそ、きちんと悲しんでもらいたい。
    きちんと悲しんで、ちゃんとお別れをする時間のために、心を尽くしたい。
    そして、最後は忘れていってほしい。その悲しみと一緒に。

    本書はそんな人間達の物語。
    遺族を悲しませないためではなくて、きちんと悲しんでもらうために生きる人達の物語だ。


    エアハース・インターナショナルという会社がある。「国際霊柩送還」を専門として設立された、日本で最初の会社だ。「国際霊柩送還」という概念は聞き慣れないものだが、無理もない。そもそも、この言葉自体がエアハースの登録商標であり、必ずしも一般的な用語ではないそうだ。また、エアハースが設立されたのは2003年のことなので、まだ日本に持ち込まれて日の浅い概念でもある。

    国際霊柩送還とは、外国と日本との間で遺体の搬送を行い、遺族のもとに届ける業務だ。人はいつか死ぬものだが、いつどこで死を迎えるかは分からない。海の向こうに暮らす在留邦人や日本人の海外旅行者が現地で命を落とすこともあれば、日本国内で外国人が亡くなることもある。当然ながら、死因も様々だ。事故や病気によるものもあれば、自然災害やテロに巻き込まれることもある。自殺もあれば、他殺もある。死はいつだって、一様ではない。それでも、遺体を外国から日本へ、あるいは日本から外国へ送り届ける必要があるならば、そこには常に国際霊柩送還という任務が存在している。死因が何であっても、遺族が誰であっても、エアハースの国際霊柩送還士たちは、遺族のもとへ遺体を運ぶ。ちなみにエアハースは、スマトラ沖地震やアフガニスタン邦人教職員殺害事件、クライストチャーチ地震といった悲劇の現場においても、多くの遺体の搬送を担っているそうだ。

    国際霊柩送還は、とても辛い仕事だ。現場はいつも過酷で、辛く厳しい。もちろん「死」を扱うというだけでも生半可なものではないが、国家間での搬送業務となると、その業務はさらに困難を極める。現地確認もままならない外国に安置された遺体。いや、時によっては「安置」されているとも限らない。現地の専門業者と連絡を取り合いながら、搬出の準備をひとつずつ進めていくのも容易ではない。一方で、残された遺族とのコミュニケーションも欠かせない。悲劇の当事者である遺族たちの心に寄り添い、状況を適切に伝えながら、全ての仕事が進められなければならない。また、遺体は貨物として運ばれるため、当然ながら相応の手続きも必要だ。プロフェッショナルでなければ、動揺し、憔悴する遺族だけでは、現実的には不可能だ。

    それだけではない。時間というもう1つのファクターが、現実をより過酷なものとする。遺体は時を刻む。そう、時を経るごとに遺体は腐敗するのだ。これを防ぐために、エンバーミング(防腐処理)を施す必要があるのだが、国際霊柩送還の場合、現地でのエンバーミングが杜撰なこともある。時に彼らは、日本に届いた遺体の惨状を前に怒りを覚えながら、必死で腐蝕の進む遺体と対峙する。

    時間が蝕むのは、遺体だけではない。遺体と向き合うことさえできず、ただ待ち続けなければならない遺族の心も、時間の経過とともに苦しみを溜め込んでいく。状況次第では、身体の疲労も深刻だ。おそらくは一睡もできず、まさに身を削って待っている遺族。彼らはそのことを心底分かっている。だからこそ、一刻も早く遺体を遺族のもとへ届けたい。国際霊柩送還とは、常に時間との勝負だ。

    でも一方で、エアハースは本当に心を込めて、遺体に時間をかけて向き合っていく。
    彼らのもう1つのミッション。それは遺体を出来る限り、生前の表情に戻してあげることだ。傷があれば隠し、顔色や唇の赤みを化粧で整えて、身体を綺麗に拭いて。全てを丁寧に、時間をかけて、心を尽くして。遺族が悲しい再会を果たす時に、生前のその人をきちんと思い起こせるように。きちんと、悲しめるように。その瞬間が、本当の意味で「最後の再会」になるように。そこには、彼らが何よりも大切にしている思いが詰まっている。

    エアハースはそこまで全身全霊を捧げて、国際霊柩送還の現場に立っている。
    それでも、いや、それだからこそ、彼らは忘れ去られていくのだ。
    社長の木村理恵は、いつか言ったそうだ。
    「私の顔を見ると悲しかった時のことを思い出しちゃうじゃん。だから忘れてもらったほうがいいんだよ」

    人間の死に、誰よりも深く関わってきた人だからこそ、そこまで悟れるのかもしれない。
    切なくて、胸に迫る思いが止まらないけれど、自分達は「忘れ去られるべき人」なのだと。

    そういう諸々を経て、遺体は遺族のもとへと運ばれていくのだ。
    海の向こうから。あるいは、海の向こうへ。

    本書を読み終えてみて、今、私は思う。本当にエアハースのことを忘れずにいなければならないのは、本質的に、常に死と隣り合わせの現在を生きている私たちなのかもしれないと。

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    おもかげ復元師 (一般書)


  • 作者: 笹原留似子
  • 出版社: ポプラ社
  • 発売日: 2012/8/7

  • この本を思い出さない訳にはいかない。忘れられない大切な1冊だ。東日本大震災で命を失った方々のおもかげを復元していった笹原留似子さん。彼女が向き合ってきた物語はとても切ないけれど、読み終えた時にはきっと、心のどこかを綺麗に洗い流してくれるはずだ。ただし、まちがっても電車で読んではいけない。目蓋を湿らせてもいい場所で。

    遺品: あなたを失った代わりに


  • 作者: 柳原 三佳, 塩井浩平
  • 出版社: 晶文社
  • 発売日: 2011/8/2

  • 本書と出会った頃は、まだHONZに加入していなかった。東えりかのレビューを読んで、書店に向かったことを今でも覚えている。大切な人との死別というのは、本当に辛いことなのだと思う。きちんと忘れることができたなら、どれだけ楽だろうか。涙が止まらない珠玉の1冊だ。

    Friday, November 23, 2012

    いちばん泣き言をいいたい人が、明るい。 - 『督促OL修行日記』

    督促OL 修行日記


  • 作者: 榎本 まみ
  • 出版社: 文藝春秋
  • 発売日: 2012/9/22



  • 督促という言葉を聞いて、良い印象を持つ人はいないだろう。
    督促って、要するに借金の取り立てだ。借金をしている人は督促なんてされたくもないだろうけれど、督促する方だって、しなくて済むなら本当はしたくない。貸したお金を返してもらうために、仕方なくやっているだけ。返さない方が悪いわけで、何も悪いことはしていない。それなのに、むしろ逆切れされて文句を言われたり、聞きたくもない身の上話に延々と付き合わされたり、時には「もう死にます」なんていきなり絶望されてしまったり。理不尽な思いばかりして、でも誰からも喜んでもらえなくて。いいことなんて何もないように思えてくる。

    そんな督促が、N本さんの仕事だ。
    N本さんというのは本書の主人公。毎日コールセンターで督促電話をかけている20代OLだ。実際は著者の榎本まみさん自身のことなのだけれど、本書ではN本としてキャラクター化されている。

    もちろんN本さんだって、最初から督促がしたかった訳じゃない。就職氷河期にやっとのことで内定をもらえたのがクレジットカード会社で、そこでの最初の配属先が、新入社員の間で人気ワースト1位のコールセンターだったのだ。会社説明会で出会った先輩は支店のカード営業ばかりで、漠然と営業をすると思っていたN本さんは、入社初日にして「だまされた!」と思ったそうだ。しかも所属は、キャッシング専用カードのお客さまを担当するチーム。クレジットショッピングとは違い、そのものずばりの借金だ。多重債務者も当然いる。コールセンターの中でもタフな部門で、それまで女性社員はチームに1人もいなかった。そんな訳で、課長から最初に言われた挨拶は「男子校へようこそ」だったそうだ。つくづく、ついてない。

    これだけでも可哀想な話だが、N本さんの場合は更についてない。配属されたコールセンターはまだ出来たばかりで、システム化も全くされておらず、電話と紙だけで債権回収をしなければならなかった。前日の入金チェックも、電話がつながらないお客様への督促状の送付も、全てが手作業。法律上、督促電話をかけられるのは8時から21時までと決まっているので、入金チェックは朝の7時から、督促状を書くのは21時から終電までだった。そして日中は、食事の時間を除いてほぼ休みなく電話をかけ続ける。なにせ、1時間に最低60本は電話しなければならないのだ。電話をかける回数が少なくなると、当然ながら回収金額も減ってくる。個々人の回収金額は壁に貼り出されるので、成績低下もプレッシャーだ。1日に何本の電話をかけられるかは、オペレーターの生命線。これっぽっちも楽じゃない。

    そんな辛い思いをしながら、とにかく電話をかけ続けるN本さん。でも、電話の先にいるお客さまは、お客さまという名の「債務者」だ。誰ひとりとして、N本さんの電話なんて期待していない。それどころか、むしろあからさまな敵意を持っていたりする。そもそも貸主はクレジット会社であって、N本さんじゃないのに。ちなみに、オペレーターとして初めてかけた電話の相手は、いきなり耳をつんざくような大声で言い放ったそうだ。

    「テメェ!今度電話してきたらぶっ殺す!!」

    デビュー戦から衝撃的な展開だが、その後も脅迫やら罵詈雑言やらのオンパレードだ。借金をしている人間はすべからく弱い立場かと思っていたけれど、実際にはそうでもないらしい。まあよくもそこまでと言いたくなるような債務者のヒドイ言葉は、毎日のようにオペレーターを傷つけているのだ。(カッコ内は、レビュアー註だ。)

    「そこまで言うなら、直接会って話そうじゃねぇか。N本とかいったな。今から高速飛ばして行くから待ってろよ!」
    (来なかったらしいけど。)
    「お前の会社に爆弾を送った」
    (ある日、机に届いた段ボールの中身はキャベツだったそうだ。)
    「今日入金しようと思ってたんだよ!あーもー、お前が電話してきたからやる気なくなったわー、頭に来たからもう絶対入金しないから」
    (ここは笑うところだけど、言われた当人はなかなか笑えないよね。)
    「こんな人を不愉快にするような仕事、しない方がいいと思いますよ!!まじめに働きなさい、まじめに働くことだけを考えなさい!」
    (いいからマジメに返しなさい。)

    要するに、そこはストレスフルで超過酷労働の「ブラック部署」だったのだ。当然ながら離職率も高くて、そのたびに使い捨てのような採用が繰り返されていく。そんな職場の必然か、入社半年で体重は10キロ減。10円ハゲが出来たり、顔中にやけどのようなニキビが出来たりと、もうボロボロの状態。痛くてファンデーションを塗ることもできず、心で泣いてすっぴん勤務。長時間勤務の連続で洗濯の時間も取れず、下着はコンビニの紙パンツ。「もう女じゃない」と、自らを慰めることもできない毎日。それなのに、そんなに辛いのに、回収金額の成績はチーム最下位で。


    でも―。

    それでも辞めない。辞めないどころか、彼女はそんな日常さえも、エネルギーに変えていく。
    すごく魅力的だ。いちばん泣き言をいいたいはずなのに、どこか明るいのだから。


    大切な同期の女性、A子ちゃんが会社を去ることになった日、人が次々と傷ついていくコールセンターの世界に悔しさを覚えながら、N本さんは考える。

    よしじゃあ、いっちょ、実験しよう、と思った。
    幸いなことに(?)私は督促が苦手だった。自分で言うのもなんだけど、心も体もボロボロだった。
    私が督促できるようになれば、(中略)そのノウハウはきっと使える。
    私の実験結果で、A子ちゃんみたいに、督促のようなストレスフルな仕事で人生を狂わされてしまう人を1人でもなくすことができたら・・・・・・。

    そしてN本さんは、「実験」の中から生まれた小さな気づきを積み重ねて、辛い経験もネタにして、いつしかコールセンターの仕事に意味を見出していく。

    その1つひとつは、とても小さなことだ。例えば、電話の切り出し方。自分のことを「コミュ力が低い」と思っていたN本さんは、まずは人よりもたくさん電話をかけようと考える。でも、朝の8時から早速かけてみると、「朝っぱらから電話してくるんじゃねえ!」と怒られてしまう。クレームになってしまうと今度はなかなか切れなくて、結局は電話の回数が増えてこない。それで悩んでいた時に、隣の先輩の電話を聞いていると、まず初めに「朝早くから申し訳ございません」と謝っていることに気づく。そうかあ、先に謝っちゃえばいいのか。そう思えただけで、朝の電話が少しだけ楽になり、電話の回数も増えていく。
    あるいは、どうしても苦手なお客さまは、他の人の担当している別のお客さまとトレードしてしまうとか、お客さまの性格を4つのタイプに分類して、ある程度の交渉パターンを決めておくとか、言葉につまった時のために、お決まりのフレーズを付箋に書いて、PCのディスプレイに貼っておくとか。こうして書いてしまえば、それぞれは本当に小さなこと。もしかすると、世の中に腐るほどある退屈なビジネス書のあちこちに、同じようなことが書かれているかもしれない。「知っているだけでうまくいく100のTips」みたいな。

    でも、違うんだ。
    N本さんが気づいて、身につけたのはTipsなんかじゃない。そこが、とてもいい。
    毎日悩んで、もがいて、苦しんで。でもそんな環境に愚痴を言うのではなくて、「具体的に変えられる何か」を探して、実際にやってみて、ちょっとずつ自信と経験を積み重ねていく。そうやってN本さんが掴み取ったものはTipsなんて言葉では語れない。それはきっとN本さんのバリューであり、人間的な魅力であり、「N本さんでなければいけない理由」だったのだから。

    とはいえ、お客さまがいきなり変わるわけじゃない。ストレスフルな職場だって相変わらずだ。でも、督促という辛い仕事のなかに生きる場所を見つけたN本さんは、どんどんパワフルになっていく。お客さまに言われた悪口の数々を日記にまとめて遊んでいる先輩のことを知ると、N本さんもEXCELで悪口を集めるようになり、今ではグラフ表示できるようにして楽しんでいるそうだ。「あ~あ、あと1回で10ポイント達成なのに、昨日も今日も全然怒鳴られなかったなあ・・・・・・」みたいな。(10回怒鳴られたら、自分へのご褒美としてお菓子を買ったりするそうだ。)最初の頃からすると、すごい変化だ。一度は消えかけて、でも取り戻した明るさは、もう決して消えることがない。環境は変えられなくても、自分は変えられる。本書に綴られたN本さんの日常は、そういうとても本質的なことを、改めて教えてくれる。

    そしてラスト。N本さんは、大袈裟に言えば境地に至るのだ。
    長くなるけれど、引用しておきたい。

    私は、ある時気がついた。

    古戦場のようなコールセンターで働くうちに、いつの間にか自分の体にはたくさんの言葉の刃が突き刺さっていた。でも、その1本を引き抜くと、それは自分を傷つける凶器ではなく剣になった。その剣を振り回すと、また私を突き刺そうと飛んでくるお客さまの言葉の矢を今度は撥ね返すことができた。それから、仲間を狙って振り下ろされる刃からも仲間を守ることができるようになった。そうか、武器は私の身の中に刺さっていたのだ。

    良くも悪くも人間の性がつまった「督促」という世界の、そんな物語。
    素直に、素敵です。


    ちなみに。
    そんなN本さんが、瞬殺で回収に成功した債権があるそうだ。
    誰が督促しても、ほぼノートラブルで即回収できるといわれるその明細は、包茎手術の医療費だった。そんな訳で、キャッシングの使いみちがデリケートな時は、ちゃんと返した方がいい。

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    困ってるひと


  • 作者: 大野 更紗
  • 出版社: ポプラ社
  • 発売日: 2011/6/16


  • 本書を読み終えてみて、なぜかふと思い出したのは大野更紗。原因不明の難病に犯されてしまった彼女は、それはもう痛々しいばかりの闘病生活を続けることになるのだけれど、そんな不遇の中にあっても圧巻の行動力で突き進む。そんな彼女の闘病記も、誤解を恐れずにいえば、どこか明るかったりする。N本さんとは立場も環境も、苦しみの質も違うけれど、2人の逞しさはどこか似ていなくもない。

    Wednesday, November 21, 2012

    『世界で勝たなければ意味がない』

    世界で勝たなければ意味がない―日本ラグビー再燃のシナリオ (NHK出版新書 392)


  • 作者: 岩渕 健輔
  • 出版社: NHK出版
  • 発売日: 2012/11/7



  • 私は心の中で、7年後の長期休暇を予約している。
    理由はもちろん、オリンピック、サッカーW杯に続いて世界で3番目に規模の大きい国際的なスポーツイベントが、ここ日本で開催されるからだ。

    そう、2019年はラグビーワールドカップ日本大会なのだ。

    日本ではあまり知られていないが、ラグビーにもワールドカップがある。1987年の第1回大会に始まって、昨年(2011年)のニュージーランド大会まで計7回の歴史を持つこの名誉ある大会は、世界でもトップクラスの集客力と注目度を兼ねた最高の舞台だ。そして日本代表(ジャパン)は、この7大会すべてに出場しており、IRB(国際ラグビーボード)が発表する世界ランキングでも16位に名を連ねている。(2012年10月1日現在)

    こうしてみると、サッカー日本代表よりも国際的にはステータスが高いような気もしてしまうが、残念ながらそうではない。ワールドカップ7大会連続出場といっても、日本の通算成績は1勝2分21敗。1991年の第2回大会で格下のジンバブエに勝利して以来、もう20年間ワールドカップでは勝利していない。第3回大会では、世界最強集団ニュージーランド代表(通称オールブラックス)を相手に17-145の歴史的惨敗も喫している。IRB世界ランキング16位といっても、現実はとてつもなく厳しい。

    そんな日本が2019年、世界の強豪国をホームに招聘して戦う。それは日本ラグビー再生のためのラストチャンス。でも現時点では、残念ながら日本国内のラグビー熱が高まってきているとは言い難い。国内リーグのレベルは年々向上しており、世界的なスター選手の来日も増えてきた。インターナショナルのプレーを生で観られる最高の環境が揃ってきたのに、ラグビーの注目度は思うように上がってきていない。要するに、日本ラグビーは今、崖っぷちの状況に立たされているのだ。

    本書の著者である岩渕健輔は、そんなラグビー日本代表のGMだ。現場を監督するヘッドコーチとは異なり、日本代表の強化に向けた組織のマネジメント全般を、彼が担っている。岩渕といえば、現役時代はセンス溢れるパスワークとランニングで何度もスタジアムを沸かせた名選手だ。青山学院大学を卒業後、オックスフォード大学留学を経て、イングランドのプロリーグでもプレーした国際派としても知られている。今、日本ラグビーの未来を託すべきGMとして、彼ほどの適任者はいないだろう。

    本書の中で岩渕は、多くの問題提起をしている。選手自身のスピリットや国際経験もそうだが、例えば科学的トレーニング手法の導入、(大学ラグビーを含む)国内リーグの変革、さらには代表を支えるスタッフの能力向上や、草の根レベルの底上げに向けた普及活動まで、日本ラグビー界が変えていかなければならないことは、本当に多岐に渡っている。GMの担うべき責任は、極めて大きい。本書からは、岩渕のそんな危機感が読み取れるはずだ。

    本書の副題には「日本ラグビー再燃のシナリオ」とあるが、実際にはそこまで体系的な記述でもないのが正直なところだ。でも、それは決して本書の問題ではない。体系的でなくても、とにかく可能性のあることは全て挑戦してみるしかないというのが、きっと日本ラグビーの現状なのだ。岩渕健輔は今、その事実を捉えているからこそ、本書が必ずしも体系的なシナリオではないのかもしれない。

    まずは2015年のワールドカップに向けて。日本ラグビーの躍進を、心から応援したい。

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    そんな日本ラグビー界においても、過去には世界にその名を轟かせた名将達がいた。
    彼らの言葉には、もはやラグビーを超えた真実がある。そんな人間の物語を、2つ紹介しておきたい。

    知と熱―日本ラグビーの変革者・大西鐵之祐 文春文庫


  • 作者: 藤島 大
  • 出版社: 文藝春秋
  • 発売日: 2003/11/8


  • まずは大西鐵之祐。日本ラグビーを世界に知らしめた大なる名監督だ。類稀なる慧眼。徹頭徹尾、勝負師であり続ける胆力。巧みな人心掌握術。今読み返しても、大西鐵之祐が残したものは新しい。藤島大の文章も、相変わらず美しい。

    勝つことのみが善である - 宿澤広朗 全戦全勝の哲学


  • 作者: 永田 洋光
  • 出版社: ぴあ; 四六版
  • 発売日: 2007/7/7


  • もう1人の天才、宿沢広朗。ラグビー日本代表監督として、強豪スコットランドを破ったその手腕も見事だが、勤務先の住友銀行(現三井住友銀行)でも頭取候補に名を連ねるほどのバンカーだった。今、日本ラグビーはあの日の宿沢を追いかけているのかもしれない。

    Friday, November 09, 2012

    『スターリンのジェノサイド』のことを、知っておきたい。

    スターリンのジェノサイド


  • 作者: ノーマン・M・ネイマーク, 根岸 隆夫
  • 出版社: みすず書房
  • 発売日: 2012/09/11



  • こういう著作を、良書というのかなと思う。
    名著や傑作ではないかもしれない。HONZで紹介される多くのノンフィクションのように、キャッチーでもない。みすず書房らしい至ってシンプルな装丁は、版を重ねることを戦略的に狙っているとも思えない。原文で176ページとテキストも短く、ハードカバーにしては物足りないと感じる向きもあるかもしれない。

    でも、そういった諸々が裏返しの魅力になっている。特段飾ることなく、シンプルかつ明瞭に記述された本題。入手できる資料を読み込んで、具体的事実を丹念に追いかける姿勢はまさしく学者の本懐。決して難解な表現を用いることなく、非常に分かりやすく整理された論点。最後に1つの独立した章としてまとめられた「結論」は、これだけでも十分に知的好奇心を刺激する濃密なものとなっている。
    スターリン、そしてジェノサイドを学びたい人にとって、本書は格好の入門書になるだろう。派手さはないかもしれないが、長く読まれてほしい。

    少なくとも私は、本書を読んで、2つの意味で心を動かされた。
    1つは、「スターリンのジェノサイド」そのものに。
    そして、「スターリンのジェノサイド」が必ずしもジェノサイドとされていないことに。

    著者のノーマン・M・ネイマークが本書を記した理由は、とてもシンプルだ。序論の冒頭、本書のまさに1行目に、著者は書いている。
    長めの論文と言ったほうがふさわしいこの小冊子で、わたしは、1930年代のスターリンによる大量殺人を「ジェノサイド」と定義すべきだとする自分の立場を明らかにしたい。

    いきなり1行目で、頭を捻ってしまった。スターリンの虐殺について踏み込んだ知識は持っていないまでも、最低限のことは知っているつもりだった。富農(クラーク)の大量殺戮、そして大粛清といった歴史的事実は教科書にも載っている。ジェノサイドに決まっているじゃないか。そんな感じだった。

    ネイマークによれば、問題はこうだ。ジェノサイドには定義がある。それは1948年12月9日、国連総会において満場一致で採択された「集団殺害罪の防止および処罰に関する条約」(以下「ジェノサイド条約」)によるもので、この条約では、さまざまな「国民、人種、民族、あるいは宗教集団の全部あるいは一部を破壊する意図をもっておこなわれた行為」をジェノサイドと定めている。しかし、この定義には伏線があった。1947年7月に国連事務局が起草した当初のジェノサイド条約案は、「人種的、民族的、言語的、宗教的あるいは政治的人間集団の破壊を防止する」ことを求めるものだった。これに対して、ソ連とその同盟国が、「政治集団」を条約から排除することを強硬に主張した。これらの国は、社会・政治集団を定義することは流動的で困難だと訴え、条約の重要なエッセンスを骨抜きにしたのだ。ネイマークはそれを「満場一致採択を達成するための妥協の産物だった」としている。そして、この問題を複雑にしているのは、「この条約から除かれた社会・政治集団こそが、スターリンの残虐な作戦のおもな犠牲者だった」ということだ。

    こうした経緯もあって、スターリンによる大量殺戮をジェノサイドと捉えることには、様々な反対論もあるそうだ。ジェノサイドの概念を政治集団にまで広げてしまうことで、ある意味でジェノサイドの本質が「薄っぺら」になってしまうのを懸念する学書も少なくないという。「社会主義と人類進歩の高邁な理想の名において殺した」スターリンの行為は、その動機からも、他のジェノサイド行為と同列に論じることはできないとする歴史家もいた。もちろんジェノサイドには、ナチスによるホロコーストを定義する言葉としての側面があったのも事実であり、スターリンの犯罪にこれと同じ言葉を用いることへの遠慮もあった。

    しかし、それでもなおネイマークの立場は明快だ。
    スターリン体制の下で行われた大量殺戮はジェノサイドであり、スターリンはその実行を主導した。これが、彼の結論である。

    ネイマークはこの問題を論じるために、4つの章を割いて、スターリンが行った主要な犯罪の実情を明らかにしている。取り上げられている4つとは、富農(クラーク)撲滅、ウクライナ大飢饉(ホロドモル)、「カチンの森の虐殺」に代表される民族強制移住と迫害、そして大粛清だ。そのいずれもが凄惨を極めた虐殺であり、本書はそのような悲劇が展開された歴史的経緯や背景、そして虐殺の実態を明らかにしている。決して長くない章立ての中で、不要な修飾語を伴うこともなく。

    1928年から始まった第一次五ヵ年計画では、農業の集団化・工業化が進められるが、クラークと呼ばれた富農(とはいえ、実際には「たかだか数頭の牛を所有している」程度だったという)が反対分子とみなされ弾圧された。集団化の過程で殺されたクラークは約3万人、極北とシベリアに強制移住させられたのは200万人にも及んだ。特別移住地に移送され、まともに食糧も与えられない極寒の収容所で、50万人ともいわれる人々が死んだか、逃亡したという。

    1931年、当時のウクライナと北コーカサスは小麦の全収穫量の45パーセント程度を占めていた。しかし、農業集団化に反発し、民族主義的な傾向をみせるウクライナ農民が「癇にさわった」スターリンは、彼らが翌年の収穫用に備蓄していた穀物種子まで徹底的に徴発する。これによって大飢饉が発生すると、食料を求めて農場からの逃亡を図った22万人のウクライナ農民を逮捕。19万人を村に送り返した挙句、ロシアとウクライナの国境を閉鎖。これは事実上、死刑を意味していた。

    ポーランド人に対する虐殺も無残極まりない。ソ連の領土保全において「明白な脅威」とみなされたポーランド人は、1930年代から弾圧の標的とされてきたが、1940~41年には30万人以上のポーランド人がソ連占領下の母国を追い出され、シベリアへと強制移住させられた。1940年4月には、約22,000人ものポーランド人将校たちがグニェズドヴォ近郊の森に運び込まれ、銃殺された。「カチンの森の虐殺」と呼ばれるこの事件を、ネイマークは「20世紀史におけるもっとも明快なジェノサイド事件の1つとみなされるべきである」と主張している。

    そして大粛清。「本人、つまりスターリンを除いてソヴィエト市民のだれもが逮捕され、拷問され、流刑あるいは処刑される可能性のあった」恐怖政治の時代。トロツキストへの徹底的な弾圧。古参ボルシェヴィキへの熾烈な直接攻撃。いや、それだけではない。1937~38年の2年間だけで、約157万5,000人を逮捕。そのうち68万1,692人が処刑され、残りは流刑に処されて収容所に送り込まれたという。

    本書においてネイマークは、こうした惨劇の中心がどこまでもスターリンだったことを強く主張している。いずれもが組織的であり、計画的だった。スターリン自身の明確な意図に基づいており、スターリンがいなければ同様の悲劇は生じなかった。スターリンは、「つまるところジェノサイド実行者だった」のだ。こう明確に言い切っている。

    「スターリンのジェノサイド」のことを、私は本当の意味で、ほとんど知らなかった。概念というものはどこまでも相対的であり、時に作為的であると頭では理解していたつもりだったが、ジェノサイドという概念が内包する複合的な問題を理解していなかった。教科書ではわずか数行ばかりの無機質な記述で終わってしまうこの歴史的事実が突きつけてくるものは、とても重い。ジェノサイドは現代の問題でもあるのだ。

    「知らないということは、時として罪である」と言ったのは、誰だったろうか。
    ナチスと比べると、文献量も多くないスターリンのジェノサイド。でも、知っておきたい。

    最後に、ネイマークの言葉を。
    ジェノサイド問題はあらためて率直に見直すことができるし、また見直されるべきなのだ。(中略)ジェノサイドの輪郭をはっきり描くことは、国の自己認識と未来のために決定的に重要だ。(中略)ソヴィエトの過去を研究する学者はどこにいようとも、ジェノサイドとその結果に真正面からとりくむ義務があるのだ。

    本人非公認自伝がリークするもの - 『ジュリアン・アサンジ自伝』

    ジュリアン・アサンジ自伝: ウィキリークス創設者の告白


  • 作者: ジュリアン アサンジ、Julian Paul Assange、片桐 晶
  • 出版社: 学研パブリッシング
  • 発売日: 2012/9/25



  • ある意味、とびきりのリークだ。
    「公開こそ正義」という強烈な信念を持った異端児の姿を、剥き出しにしたのだから。
    この自伝が「本人非公認」、つまりリークとして刊行されることになったのは、運命の皮肉だろうか。

    ジュリアン・アサンジ。言わずと知れたウィキリークスの創設者は今、ロンドンのエクアドル大使館に滞在している。2010年12月、スウェーデンでの婦女暴行容疑でロンドン警視庁に逮捕されたアサンジは、エクアドルへの政治亡命を申請。2012年8月に認められたものの、大使館の外に一歩出れば身柄を拘束する方針を崩さないイギリス政府を前にして、身動きの取れない状況に置かれている。

    2010年12月20日、アサンジは自伝の出版についてキャノンゲート・ブックスとの契約を取り交わした。本書訳者のあとがきによると、アサンジ本人は自伝の執筆に当初から乗り気でなく、「スウェーデンへの移送撤回を求める訴訟費用を捻出するために仕方なく契約した」そうだ。それでも、当時アサンジが軟禁生活を送っていたノーフォークのエリンガム・ホールで、50時間以上にも及ぶ濃密なインタビューが行われ、アサンジ自身の生い立ちや世界観、育ってきた環境、ウィキリークス創設から世界を揺るがす数々のリークに至るまでの活動といった諸々が、予定稿の中で描き出されていった。ところが、次第に自伝の出版に難色を示すようになったアサンジは、2011年6月には出版契約の破棄を要求する。自身の半生が綴られた原稿を読んだ後、アサンジはこう語ったそうだ。
    「自伝なんて体を売るのと変わらないな」

    しかしながら、アサンジとの間で前払い金に関する契約を締結していた出版社は、その有効性に基づいて出版に踏み切った。こうした経緯により、本書は「(本人)非公認の自伝」ということになっているのだ。さすがにジュリアン・アサンジは只者ではない。自伝の出版経緯ひとつを取っても、型に嵌まるようなところがまるでないのだから。


    本書を読んで強烈に感じたことがある。

    ジュリアン・アサンジは、おそらく天才だ。それは「秀才ではない」という意味で。

    そして同時に、原理主義的だ。それは「原理にしか関心がない」という意味で。

    アサンジの天才性を証明するエピソードは、本書がつまびらかにしたその半生を辿っていけば、もう枚挙にいとまがないが、最も分かりやすいのは、やはり16歳の頃から始めたハッキングだろう。「メンダックス」のハンドルネームで活動していたアサンジは、トラックス、プライム・サスペクトという2人の優秀なハッカー仲間と共に、「国際破壊分子(International Subversives)」というグループを結成し、ハッキングの世界に没入していく。夜になると、カナダの通信会社ノーテルやNASA、そしてペンタゴン第八司令部のコンピューターに侵入するのが「いつものパターン」だったそうだ。ブエノスアイレスの2万軒の電話回線を切ってみせることも、ニューヨーク市民のために午後の電話代をタダにしてやることも、当時の彼らにとっては、その気になれば「お安いご用」だったという。

    これだけでも十分に天才的ではあるのだが、アサンジにはなんとも形容しがたい「天才特有の欠落感」のようなものがある。常識の延長線上にいて、努力で欠落を埋めていく秀才とは、そもそもタイプが異なる気がするのだ。例えばアサンジには、人間が通常備えているようなバランス感覚、あるいは「ブレーキを踏む感覚」といったものが全く感じられない。
    不思議なことに、何かを盗んでいるとか、何らかの犯罪や反乱に関わっているといった感覚はなかった。
    僕たちはある時点で、コミュニケーションの世界を支配したいと考えるようになった。

    こうした台詞が、一切の躊躇なく発せられるのだ。積み重ねた秀才が越えることのない一線を、易々と越えていく。まさしく天才的ではないか。(誤解のないように書いておくと、アサンジの行為自体をこの場で云々するつもりはない。価値の問題ではなく、端的な事実として「天才的」だと思うだけだ。また一方で、「それでも欠落は欠落である」というのも、やはり変わらない事実だと思っている。)


    それでは、アサンジの原理主義とは何か。

    これはもう明らかだ。「正義原理主義」、この一言に尽きる。
    情報の公開こそ正義。本書を読んでいると、特にウィキリークス創設以降のアサンジにとって、依拠する行動指針はこれしかない。自身の思想信条に則って、正義のためにその情報を公開すべきであると判断したならば、もはやアサンジを思いとどまらせるものは何もない。そして、ここがアサンジという人間を考える上で決定的に重要なポイントだと思うのだが、おそらくアサンジには「正義も相対的なものだ」という意識がほぼ存在しない。アサンジにとって、正義はまさしく原理であり、それが全てなのだ。アサンジのそうした性格は、本書の中でも随所に垣間見ることができる。例えば、こうした言葉の中に。
    僕は金銭への関心が薄く、合法性についてはまったく関心がないからだ。
    情報開示を求める活動は、単なる行為ではなくひとつの生き方だ。僕に言わせれば、それが分別と多感の両方をもたらしてくれる。つまり、人間というのは何を知っているかで決まるものであり、どのような国家にも知識を蓄える機会を奪う権利はないということだ。
    当時のアフターグッド(注:米科学者連盟(FAS)政府機密プロジェクト代表)が言うところの「人々のプライバシーを侵害すること」は、僕の基準からすればたいした罪ではなかったし、ある人々が犯罪に関与している可能性がきわめて高く、その犯罪が闇に覆われている場合は、彼らのプライバシーを侵害しても罪にはならないと考えていた。

    そんな本物の天才が、原理主義と手を結んで突き進むと―。

    その帰結は、ウィキリークスの活動が物語っているだろう。アメリカ軍のイラク戦争に関する機密文書の流出では、総額130億ドルという、当時の物価に換算するとマンハッタン計画以上のカネがつぎ込まれていることを暴露。グアンタナモ湾収容所の職員用マニュアルの公開によって、収容者に対する「容赦のない残酷さ、非人間的な扱い、誇大妄想、芝居がかった過剰さ」を世に知らしめた。その後も、ファルージャでアメリカ軍が行った凄惨極まりない戦闘、ケニアで起きた虐殺と巨額のマネーロンダリングといった衝撃的な機密を次々と公開。『付随的殺人(Collateral Murder)』と名づけられ、YouTubeで1,100万回以上も再生されたというビデオでは、バグダッド上空からイラク人を爆撃した米軍の姿を暴きだした。更には、アフガニスタン紛争関連で約75,000点以上、イラク戦争に関しては約40万点にも及ぶアメリカ軍機密資料をリークする。

    アサンジとウィキリークスの活動は、センセーショナルだった。強烈であり、世界を震撼させた。熱情的で、暴力的だった。挑戦的で、常にギリギリだった。そしてこの自伝を読む限り、やはり人を魅了する何かがあり、一方で否応なしに心をざわつかせる何かがあった。

    面白くない訳がない。

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    煉獄のなかで 上巻 (新潮文庫 ソ 2-4)


  • 作者: アレクサンドル・ソルジェニーツィン、木村 浩、松永 緑彌
  • 出版社: 新潮社
  • 発売日: 1972/6/25


  • 煉獄のなかで 下巻 (新潮文庫 ソ 2-5)


  • 作者: アレクサンドル・ソルジェニーツィン、木村 浩、松永 緑彌
  • 出版社: 新潮社
  • 発売日: 1972/6/30


  • アサンジはハッカー時代に一度逮捕されているのだが、その頃に本書を読んでいる。「共感というものの意味を理解させてくれるものであり、僕に力を与えてくれるものだった」というその読書体験を通じて、アサンジは「闘いというのは、常に自分自身でいつづけるためのものなんだ」という境地に至っていく。

    テイクダウン―若き天才日本人学者vs超大物ハッカー〈上〉

    テイクダウン―若き天才日本人学者vs超大物ハッカー〈上〉

  • 作者: 下村 努、ジョン マーコフ、John Markoff、近藤 純夫、、近藤 純夫のAmazon著者ページを見る、検索結果、著者セントラルはこちら
  • 出版社: 徳間書店 (1996/05)
  • 発売日: 1996/05


  • テイクダウン―若き天才日本人学者vs超大物ハッカー〈下〉


  • 作者: 下村 努、ジョン マーコフ、John Markoff、近藤 純夫、、近藤 純夫のAmazon著者ページを見る、検索結果、著者セントラルはこちら
  • 出版社: 徳間書店 (1996/05)
  • 発売日: 1996/05


  • 本書の中でアサンジが言及している1冊。アメリカ人ハッカーのケビン・ミトニックを「アメリカが誰よりも逮捕を望んだ無法者」と書いた下村に対して、アサンジは「ツトムに尋ねたい。おまえは、ミトニックがくたばったら、彼の墓を掘り返して、両手を灰皿代わりにして貸し出すつもりなのか?」と強烈な不快感を吐露している。

    日本語訳ウィキリークス文書―流失アメリカ外交文書


  • 作者: チーム21C
  • 出版社: バジリコ
  • 発売日: 2011/3/19


  • ウィキリークスが公開したアメリカ外交公電の日本語訳。東京発の公電も幾つか登場する。

    問題は何も終わっていない。 – 『ユーロ破綻 そしてドイツだけが残った』

    ユーロ破綻 そしてドイツだけが残った (日経プレミアシリーズ)



  • 作者: 竹森 俊平
  • 出版社: 日本経済新聞出版社
  • 発売日: 2012/10/10


  • Things which cannot go on forever will stop. (いつまでも続けられないものはストップする)

    かつてニクソン大統領の経済顧問を務めたハーバート・スタインの言葉だ。アメリカが抱える双子の赤字が急増しているのは問題だとする論者達への返答として発せられたこの言葉は、現在でも語り草になっているそうだ。どのみちストップするのは分かりきっている。問題はどのようにストップさせるかだ。スタインがこの短い一節をもって示唆したのは、そういうことだった。

    著者はこのエピソードを、本書の前半かつ全体骨子の中ではやや傍流的な箇所で、さらりと引いている。非常に憎い演出だ。
    この言葉こそが、まさに本書の主張そのものでもあるのだから。

    一般的に、ユーロの問題はギリシャ財政との関係で論じられることが多い。事の発端となったギリシャ債務危機が勃発したのは2010年。巨額の財政赤字が発覚したことでギリシャの信用不安が拡大すると、問題の火はGIIPSと呼ばれる各国にも波及していった。スペインやイタリアといった大国さえもが崖っぷちの状況に立たされ、世界経済全体を揺るがしかねない本物の「ユーロ危機」がすぐそこに迫っていた。ヨーロッパはまさに追い込まれていたのだ。その後、紆余曲折を経て2012年9月6日、欧州中央銀行(ECB)のマリオ・ドラギ総裁が、ユーロ圏加盟国の1年物から3年物までの国債を対象とした「無制限の買い入れ」を発表。重債務国の支援に道筋がついたことで、表面的には小康状態となっている。

    でも、スタインの言葉を思い出してほしい。
    もしそれが「いつまでも続けられないもの」だとするならば、いつかはストップするのだ。
    そして著者は、本書において論じている。どのようにストップさせることになるのかを。

    ただし、この点を明確にしておかないといけない。
    著者がおそらく続けられないだろうと考えているのは、ECBによる支援ではない。
    ユーロそのものだ。


    よく知られているように、欧州共通通貨としてのユーロが問題を孕んでいることは、ユーロ導入以前から、多くの経済学者の間で十分に認識されていた。本書の記述を辿るならば、その根本的な問題点は2つだった。

    1点目は、ユーロが導入された地域内に生産性格差(南北格差)が存在していたことだ。ドイツやフランスといった生産性の高い国と、ギリシャのような生産性の低い国が、共にユーロの傘に入ったことで、本来は為替レートの変動によって調整されるはずだった様々な歪みが固定化されてしまった。端的に言うと、南の国々は総じてインフレ率が高かった。それは生産コストを増大させ、国際競争力は低下傾向にあることを意味していた。それでも各国の通貨が異なっていた時代であれば、為替レートの大幅な減価によるコントロールが働いたのだが、ユーロという共通通貨の採用によって、この機能が失われてしまった。要するに、南はますます競争力を失ったのだ。しかし一方で、ユーロ圏内のマネーは南へのシフトを強めていった。なぜならば、高金利国への投資もユーロ建てであり、ドイツやフランスからすれば、為替リスクなしにある種のキャリートレードが成立していたからだ。勿論これは、今となってみれば危険な賭けだった。どこまでいっても、リスクカントリーへの投資だったことに変わりはなかったのだから。

    もう1点は、政治および財政の統合を行わずに、通貨と金融政策だけを統合してしまったことだ。加盟各国の財政を監視する仕組みを持たないままにユーロが導入されたため、「ギリシャのような財政規律を守らない国が現れ、ユーロの国際通貨としての価値をおとしめた」というのが一般的な理解だろう。ただ、この点について著者はやや踏み込んだ論述をしていて、これが非常に興味深い。

    議論の前提として、本書ではまず「不可能性の三角形」を挙げている。通常は「国際金融のトリレンマ」として知られているもので、①為替の安定、②自由な資本移動、③独立した金融政策という3つのうち、2つまでしか同時に実現することができないというものだが、著者はこれを下敷きとして、更に議論を発展させていく。つまり、ユーロ圏においてはもう1つの「不可能性の三角形」があるというのだ。
    ①ユーロ圏をトランスファー(所得移転)同盟に転化させたくないリーダー国(ドイツ)の願望。
    ②共通通貨(ユーロ)を存続させたいという願望。
    ③北に比べて競争力の弱い南の産業が崩壊する結果、南から北への大量移民が発生し、北に移民のスラムが形成されるといった事態を避けたい欧州全体の願望。

    上述したとおり、ユーロのもとでは北のマネーはインフレ率の高い南にシフトする。そして南の産業は競争力を失って、崩壊への道を辿ることになる。この時、共通通貨(ユーロ)を破綻させれば、欧州全体のダメージは計り知れない。ユーロを守ろうとすれば、産業崩壊で失業率が高まった南の住人は、北への移住を余儀なくされるだろう。しかし、ヒトの移動は現時的には難しく、ドイツもそれを望んでいない。その時、ドイツによる南へのトランスファー(所得移転)、つまり長期的かつ大規模の財政支援をこれからも続けていく以外に選択肢はあるのだろうか。そして、その結末をドイツ国民は受け入れるのだろうか。
    この展開が、本書の真骨頂だ。ここに至って、ようやく本書のタイトルが『ユーロ破綻 そしてドイツだけが残った』となっている理由が見えてくる。

    ドイツは今、何を考えているのか。
    ユーロが、おそらくは決して遠くない未来に迎えようとしている運命とは。
    「ドイツだけが残った」という言葉は、何を意味するのか。
    簡潔にして明瞭なスタインの言葉が、今、重くのしかかる。

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    すべての経済はバブルに通じる (光文社新書 363)


    すべての経済はバブルに通じる (光文社新書 363)



  • 作者: 小幡 績、、小幡 績のAmazon著者ページを見る、検索結果、著者セントラルはこちら
  • 出版社: 光文社
  • 発売日: 2008/8/12


  • 竹森俊平氏の著作を読み終えて、ふと頭をよぎったのが本書のタイトルだ。竹森氏とは全く異なる観点でマクロ経済を論じたものだが、「いつかはじけるもの」というのがバブルの定義だとすれば、国際金融市場で買い手のつかないギリシャ国債をECBが買い支え続けるというのも、見方によってはある種のバブルなのかもしれない。

    ユーロ・リスク (日経プレミアシリーズ)

    ユーロ・リスク (日経プレミアシリーズ)



  • 作者: 白井 さゆり
  • 出版社: 日本経済新聞出版社
  • 発売日: 2011/6/16


  • ユーロ加盟各国の置かれた状況と課題について、非常に分かりやすく整理した1冊。高リスク国(ギリシャ・アイルランド・ポルトガル・スペイン)、中リスク国(イタリア・ベルギー等)、低リスク国(ドイツ・フランス・ルクセンブルク・オランダ・オーストリア・フィンランド)という3つのグループに分類し、それぞれの特徴を明らかにしていく。ちなみに本書の結論は、高リスク国/低リスク国の別を問わず、ユーロを崩壊させることにプラスのモチベーションを見出せる国家はない、ということだ。たとえギリシャに足を引っ張られたとしても、ドイツは足を洗えない。それがユーロだと。

    Thursday, October 11, 2012

    『オタクの息子に悩んでます』

    オタクの息子に悩んでます 朝日新聞「悩みのるつぼ」より (幻冬舎新書)


  • 作者: 岡田 斗司夫 FREEex
  • 出版社: 幻冬舎
  • 発売日: 2012/9/28


  • HONZで仲野先生がレビュー済の1冊。
    いやこれは、もう完全に面白かった。超おすすめです。
    朝日新聞「悩みのるつぼ」に寄せられた様々な悩みごとに、回答者の1人である岡田斗司夫が実際に答えた内容と、そこに至るまでの思考プロセスをまとめたものなのだけれど、単純な面白さを越えて、その凄さに唸ってしまうほどだ。

    自身の思考プロセスをここまで自覚的に捉えて、意識的に構築し、その上で熟成させ、ふとした瞬間に訪れる思いつき(ある意味プロセスに落とし込まれない偶発的要素)までを考慮に入れておくというのは、かなり凄いレベルの作業だと思う。その面白さは、「なんとなく」生まれてきているわけではなくて、90%の計算された思考と、10%の計算で落とし込まれないエッセンスとの絶妙なブレンドなのかなという感じだ。

    ただ、そんな堅苦しいものばかりが本書の魅力ではない。 というよりも、全ての回答が、とにかくシンプルに面白い。そして、そもそも寄せられた悩みそのものも、(投稿した当事者は本気で悩んでいるわけで、失礼な話ではあるけれど)かなり面白かったりする。モノによっては、「それでも本気なんだよなあ」なんて想像するだけでも、ちょっと人生というものが味わい深くなってくるんじゃないか。

    そんな訳で、岡田斗司夫が運営している風変わりなSNS「クラウドシティ」にも、俄然興味が湧いてきてしまった。『すべての「理屈っぽい人」のために・・・』って(笑)。まるでプライベートに呼びかけられているような気がしてきます。

    Monday, October 08, 2012

    血の通った熱い男、藤原岩市の紡いだ歴史の一頁 - 『F機関』

    F機関‐アジア解放を夢みた特務機関長の手記‐
    • 作者: 藤原岩市
    • 出版社: バジリコ
    • 発売日: 2012/6/29

    最近、歴史を意識させられることが多い。竹島でも尖閣でも、結局のところ歴史的経緯から紐解いていく必要が生じている。尖閣問題では中国国内で大規模な反日暴動が発生し、多くの日本人が心を痛めたのは記憶に新しいが、日本側が「領土問題など存在しない」と主張したところで、中国や台湾にとっては歴史問題であって、最後はどうしても同じ場所、つまり「日本の近現代史」に行き着いてしまう。 

    でもここで、ふと思ったりもする。「日本」の歴史というけれど、それだけが歴史ではないんじゃないか。歴史というのは多くの場合、国史、それも政治・経済史を中心に語られることが多いけれど、国家を主語に歴史が語られるようになったのは国民国家が生まれてからのことで、それ以前の歴史の主役は、いつだって個人だったんじゃないか。 

    日本は戦争に敗れた。これは歴史の記述だけれど、戦地に赴いたのは「日本」などという概念的なものではなくて、1人ひとりの日本人、血の通った生身の人間だ。日本の国策にしても、政府、軍部といった中枢を構成するリアルな人間達が、権謀術数と錯綜する思惑の中で舵取りをしていった結果であって、ある意味では「個人史の集積」としての側面もあるのではないだろうか。 

    そんなことを思った理由は、本書の中にある。

    本書の中心となるのは、日本の近現代史、それも戦史だ。
    対中戦争が泥沼化の様相を呈していた1941年、迫りくる対米英戦争を想定していた日本は、対英戦線を有利に進めるための戦略として、インドにおける対英独立闘争の支援工作を画策していた。英国にとって最重要拠点の1つであったインドにおいて、人民の民族意識を焚きつける。そして、自主自由の独立に向けたムーブメントを支援することで、東南アジア戦線から英国を駆逐すると共に、援蒋ルートを遮断する。それは日本の存亡を左右する極めて重大なミッションであり、1941年9月、そのための特務機関が組成された。それが本書の表題となっている「F機関」だ。機関長に任命されたのは、当時若干33歳の陸軍少佐、藤原岩市。機関の頭文字となったFは、フリーダム(Freedom)、フレンドシップ(Friendship)、フジワラ(Fujiwara)から取ったそうだ。本書は、そのF機関を率いたリーダーの藤原岩市が、当時の活動の詳細を綴った手記であり、そこに収められたストーリーの全てが、まさしく日本の近現代史そのものになっている。

    それでも、誤解を恐れずに言えば、本書の核心は日本の近現代史ではない。
    核心となっているのは間違いなく、藤原岩市という傑出したリーダーの個人史だ。
    F機関の活動は、藤原岩市だからこそ出来た。藤原岩市という個人の血流が作り上げたのだ。もちろん本書が藤原本人の手記であるという点は割り引いて読む必要があるが、それでも本書が内包している強烈なエネルギーは間違いなく本物だ。英語さえ話せず、諜報活動に関する一切の訓練も受けていない状態でアジアの地に赴いた若き少佐が、わずか10名のFメンバーを見事に統率し、やがてインドの独立へとつながっていくことになる確かな軌跡を残したのだ。そして、そのエネルギーの源泉は、藤原岩市という男の魂そのものだった。

    1941年10月、バンコク。インド独立を目指す秘密結社「IIL」の書記長プリタムシン氏との接触から、F機関の工作は動き出す。藤原とプリタムシンの2人は幾度となく深夜に密会し、お互いの理念と理想、その実現に向けた構想を語り合う中で、揺るぎない信頼関係を築き上げていく。そして日本軍とIILとの協力関係のもとで、マレー戦線へと進出すると、現地に暮らす一般のインド人、そして英軍内のインド人将校に対して対英独立闘争を宣撫していった。その後、日本軍が占拠したアロルスターの地で、インド兵捕虜だったモハンシン大尉との運命の出会いが訪れる。藤原の掲げる理念に共鳴したモハンシンは、藤原と共にINA(インド国民軍)を創設すると、F機関を通じて、快進撃を続けていた日本軍と連携。捕虜として捕らえられたインド人将兵たちは、F機関とIILによる宣伝工作のもと、INAへと接収されていった。こうして拡大の一途を辿ったINAとモハンシンはその後、インド史を大きく変えていくことになる。

    藤原率いるF機関が、こうして対インド工作を推進できた理由は、どこにあったのだろうか。プリタムシン、そしてモハンシンは藤原の何に共鳴したのか。
    藤原が熱心に、魂を込めて語ったビジョンは、今、後世の人間が語るならば「大東亜新秩序」という理想ということになってしまうのかもしれない。ただそれは、おそらくはこの言葉から想像される以上に、もっと純化されたものだった。藤原は、アジア世界において、文字通りの意味において「敵味方を超越した」世界を志していた。そのことは、F機関長を拝命した直後、運命を共にすることになったFメンバー達に語った言葉に集約されている。
    日本の戦いは住民と捕虜を真に自由にし、幸福にし、また民族の念願を達成させる正義の戦いであることを感得させ、彼らの共鳴を得るものでなくてはならぬ。(中略)諸民族の独立運動者以上にその運動に情熱と信念とをもたねばならぬ。そしてお互いはつつましやかでなくてはならぬ。(中略)われわれは武器をもって戦う代りに、高い道義をもって闘うのである。われわれに大切なものは、力ではなくて信念と至誠と情熱と仁愛とである。
    F機関長としての藤原の人生は、まさにこの言葉通りのものだった。
    そしてその生き様は、インドの独立に命を懸ける人間たちの魂を揺さぶった。


    1942年4月、藤原はサイゴン総司令部から帰任の電命を受け、F機関長としての活動は一旦幕を閉じることになる。F機関による対インド工作活動は、岩畔大佐のもと組成された岩畔機関へと引き継がれていった。藤原を心から慕っていたモハンシンは、INA本部において送別の宴を催し、藤原に感謝状を贈呈したそうだ。藤原はこう綴っている。
    感謝状には、私をINAの慈母と讃え、幾万の印度人将兵、幾十万の現地印度人の生命を救い、その名誉を保護し、そして大印度の自由と独立とを支援するために、私がINAに捧げた熱情と誠心と親切を、INA全将校こぞって感謝する旨強調されていた。そして私の名と功績とは、印度独立運動史の一頁に、金文字をもって飾られるであろうと述べられてあった。

    その後の日本が辿った歴史は誰もが知るとおりだ。戦線は日々悪化の一途を辿り、INAと共にインド解放に先鞭をつけるはずだったインパールでは、地獄絵のごとき無残な敗北を遂げる。1945年夏、終戦。日本軍と「大東亜新秩序」がアジアに残した傷跡は、今も消えることはない。こうした極めてセンシティブな歴史的経緯、そして思想的背景のもとで、F機関の活動そのものも、盲目的な肯定は難しく、おそらくは正しくもないのだろう。 

    それでも。
    インド独立という偉大なる歴史の一頁を、藤原とF機関が飾っていることは間違いない。
    INAが贈呈した感謝状にあったように。

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    昭和16年夏の敗戦 (中公文庫)
    • 作者: 猪瀬 直樹、、猪瀬 直樹のAmazon著者ページを見る、検索結果、著者セントラルはこちら
    • 出版社: 中央公論新社 (2010/06)
    • 発売日: 2010/06
    猪瀬直樹氏の名作。昭和16年、つまり1941年だ。F機関がバンコクでインド対英独立支援工作をスタートさせたまさにその時、「総力戦研究所」に召集された若きエリート達は、日本が対英米開戦に踏み切った場合の展開をシミュレーションしていた。F機関が歴史の一頁であるように、本書に綴られた現実もまた、歴史の一頁だ。


    それでも、日本人は「戦争」を選んだ
    • 作者: 加藤 陽子、、加藤 陽子のAmazon著者ページを見る、検索結果、著者セントラルはこちら
    • 出版社: 朝日出版社
    • 発売日: 2009/7/29
    東大文学部で近現代史を教える著者が、栄光学園の男子中高生に対して行った5日間の特別講義をベースにした著作。日本人が「戦争」という外交手段を選択するに至った軌跡とその背景が、非常に鋭く語られている。大袈裟に言ってしまえば、全ての日本人が読んだ方がいい1冊だと、個人的には思っている。

    Tuesday, October 02, 2012

    HONZ

    今、完全にハマリつつある。
    自他共に認める超負けず嫌いの俺としては、色々と考えることも多くて。

    人に読んでもらうというのは、そうそう簡単ではないね。
    本のチョイス。レビュー。推敲。関連トピック。核心と周辺。スタイル。
    好き勝手に書いていた頃と比較して、自分の中で少しずつ変化が生まれてきた。
    かなりラフではあるけれど、レビューのためにメモを取るようになったりもして。
    そういうプロセスは、意外と楽しいものです。

    ちなみに、1人の読者としてみたHONZの面白さは、やはり選書かなと思ったりもする。
    先月の朝会は、本当に刺激的だった。
    翌日から、書店を巡っては朝会で紹介された本の置かれた棚を探し回ってみたりして。
    気がつくと、今まで自分が足を向けていたコーナーは、書店の中でもかなり限られたエリアでしかなかったということが分かって、それがとても新鮮だった。
    Wikipediaを活用して、紹介された本のテーマや、知らなかった言葉を拾ってみる。
    これがまた面白い。つまらない本を読んでいるよりも、知的好奇心の幅が広がったりもする。
    色々な人がいて、色々な視点があって、引っかかるポイントは本当に人それぞれだなあと。
    そういう幅が、自分にはまだないんだよね。


    今月は、もうちょっと納得感のあるものが書けるといいなあ。
    ちょっとずつ、先月よりもいいものを。もうちょっと、幅のあるものを。

    Sunday, September 30, 2012

    リーダーシップの中核は、いつだって人間。 - 『コカ・コーラ 叩き上げの復活経営』

    コカ・コーラ 叩き上げの復活経営 (ハヤカワ・ノンフィクション)




  • 作者: ネビル イズデル、デイビッド ビーズリー、Neville Isdell、David Beasley、関 美和
  • 出版社: 早川書房
  • 発売日: 2012/9/7


  • リーダーとは、つまり何だろうか。本書を読みながら、そんなことを考えてみた。
    そして、私なりに辿り着いた(暫定的な)答えを、この場に書きとめてみたい。


    人によって中心に据えられ、人を中心に据えることでそれに報いる存在。
    それこそが、リーダーではないかと。


    ネビル・イズデル。2004年6月、当時泥沼に喘いでいたコカ・コーラのCEOに就任し、5年間の在任期間中に見事な再建を果たした経営者だ。当初から5年限定を明言していた彼は、2009年にその言葉どおり引退し、ムーター・ケントにCEOの座を引き継いでいる。
    本書はそんな彼が、自身の半生を綴った物語だ。彼は約40年間に及ぶビジネスキャリアを、常にコカ・コーラと共に歩んだ生え抜きの存在であり、その半生はコカ・コーラの歴史そのものと密接にリンクしている。彼が活躍した時代とは、コカ・コーラにとっても、そして世界史においても大きな変革が重なった激動の時代であり、奇しくも彼はその最前線に常にいた。それゆえ本書はコカ・コーラと世界のストーリーでもあり、それ自体も極めて刺激的なのだが、やはり本書の一番の醍醐味は、ネビル・イズデルという1人の人間そのものに、そして彼がコカ・コーラと世界に対して果たした誇り高きコミットメントの数々にこそ求められるべきだろう。彼自身が、本書の冒頭でこう語っているように。
    この本はよくあるビジネス本とも自伝とも違う。個人的なストーリー、と言った方がいいだろう。あなたの知らない(インサイド)コカ・コーラの旅へようこそ。わたしの人生の物語と、危機と希望と興奮に満ちたグローバルビジネスの未来を楽しんでいただければ幸いである。

    そして彼は、その「個人的なストーリー」において、彼のために献身を惜しまない仲間との出会いにいつも恵まれていた。人が活きる場所を整えることで、いつでも人を守ろうとした。組織における自身の立場を問わず、いつだって毅然としたリーダーであり続けた。コカ・コーラを復活へと導いた舵取りはもちろん素晴らしいが、ある意味ではストーリーの集大成にすぎない。ストーリーの中核は、人間の魅力であり、魅力的な人間だ。ネビルを支え、導いた人間。共に戦い、争った人間。豪胆をもって試した先達。時には陥れようとした人間。偶然、同じ場所で同じ空気を吸った人間。本書のストーリーを彩るこれらの共演者達は、誰もがとても魅力的だけれど、舞台の中心にいつもいた肝心の主演を忘れることはできない。


    そう、ネビル・イズデルは人間として魅力的だった。
    それはきっと、彼が人間を信頼していたからだ。
    本書には、そうした彼のスタンスを示す印象的なエピソードが溢れている。


    たとえば、ゲイリー・フェイヤード。ネビルがCEOに就任した2004年、コカ・コーラは売上水増問題で米証券取引委員会(SEC)の捜査を受けていた。この問題を内部告発した社員が直前の人員整理で解雇され、その後コカ・コーラに対して訴訟を起こしたのが発端だった。当時CFOだったゲイリーは解雇を止めようとしたが間に合わず、捜査が進むにつれて、SECがゲイリー個人に対して民事訴訟を起こす可能性が高まっていく。辞めざるをえないと判断したゲイリーは辞表を提出するが、ネビルはゲイリーを終始守り抜いた。立場や組織のために、罪なきものに罪を着せない。完全に正しい会計開示をもってSECと和解した後、ゲイリーは今もCFOとして活躍している。

    あるいは、東欧でビジネスを共にしたかけがえのない右腕、ムーター・ケント。1996年、財務アドバイザーによる勝手な自社株の空売りによって、彼はインサイダー取引疑惑で当局の捜査を受けていた。ネビルはそれを、単純なミスだったと信じていたが、ムーターは将来有望だったはずのキャリアを閉ざされた。その彼の人間性とポテンシャルを信頼し、自身の後継者として呼び戻したのもネビルだった。つまらないキャリアの傷などではなく、本質を見抜いて、人を信じ抜く彼の姿勢は、この言葉に表れているだろう。
    コカ・コーラ社の全権をムーターに引き継いだとき、よくこう訊かれた。「あなたの功績はなんですか?」と。
    わたしの答えは簡単なものだった。
    「後継者が成功しなければ、功績などありません」
    それから二年たったいま、この本を執筆しながら、わたしは自信を持ってこう言える。「ミッション完了」と。
    他にも紹介したいエピソードは尽きることがない。
    ヨハネスブルグで雇い入れた初の黒人販売マネージャー、アーネスト・ムチュニュの才能を見抜き、茨の道と知りつつも「挑戦の機会を得よ」と諭したその思い。フィリピン時代、現地のカルチャーへの深い洞察をもってビジネスを支えたキング・キングとの信頼関係。元CEOドナルド・キーオに対しても、大胆かつ毅然と意見を戦わせるタフネス。何人かの役員達を冷静に見極め、様々な周辺環境に配慮しながらも譲ることなくシビアに切っていく度胸と覚悟。どれもがとても魅力的であり、それぞれのエピソードの中に、ネビル・イズデルという傑出したリーダーの人間性を垣間見ることができるはずだ。

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    本物のリーダーとは何か



  • 作者: ウォレン・ベニス、Warren Bennis、バート・ナナス、Bart Nanus、伊東奈美子
  • 出版社: 海と月社
  • 発売日: 2011/5/26


  • リーダーシップを考える上で、個人的に外せない1冊。「マネジャーはものごとを正しく行い、リーダーは正しいことをする」というウォレン・ベニスの名言は、端的にして、リーダーシップの核心を鋭く衝いている。常に「正しいこと」をしようとしたネビル・イズデルは、やはり本質的な意味において、真のリーダーだったのではないだろうか。


    逆境を生き抜くリーダーシップ



  • 作者: ケン・アイバーソン、Ken Iverson、(序文)ウォレン・ベニス、Warren Bennis、近藤隆文
  • 出版社: 海と月社
  • 発売日: 2011/7/26


  • 1965年、倒産寸前だったアメリカの小さな製鉄所ニューコアの社長に就任し、全米2位の鉄鋼メーカーへと押し上げた稀代の名経営者、ケン・アイバーソン。リーダーシップというものに対する彼の哲学と行動が、惜しみなく綴られている。前掲のウォレン・ベニスも序文を寄せており、非常に読み応えのある1冊だ。

    Wednesday, September 26, 2012

    バレエシューズ



    昨日のこと。

    バレエを習いたいと言っていたハンナ。
    パートナーが、近くのバレエ教室に連れていってあげた。体験コースに参加させてあげようと。

    体験コースとはいえ、最低限の服装を用意する必要があって。
    幼稚園の体操服だったり、普段着のワンピースという訳にもいかないようで、色々考えた末、手軽な値段のバレエ服とシューズ、それからバッグを買ってあげることにした。
    まだ入会前ではあったけれど、ハンナを連れて一緒に見学もしてあって、その後もハンナは「バレエやりたい!」と繰り返していたので、その言葉を信じて、ささやかなプレゼントとして。

    でも、ダメだった。

    初めての体験コース。ずっと頑張って、一生懸命に初めてのバレエをしていたハンナは、その日のコースが終わる間際になって、突然、ぽろぽろと泣き出してしまったそうだ。
    「もうやだ・・・。帰りたい」って。
    その場にいなかった俺は想像する他ないのだけれど、何かきっかけがあったのかもしれない。
    ずっと我慢していたけれど、最後の最後になって、何かが溢れ出してしまったのかも。
    そして泣きじゃくって、母親に気持ちをぶつけて。

    パートナーもショックだったようで、とても落ち込んでいた。
    下見もして、ハンナの意志も確認していたのに、って。
    仕方のないことだし、誰のせいでもないのだけれど、それでも落ち込んだりするのがヒトだよね。


    きっとそれは、子供と一緒に生きていれば、普通にあることなんだと思うんだ。
    小さなことなのかもしれない。
    やってみたら、やっぱりイヤだった。起きたのは、ただ、それだけのことだから。

    でも、そうじゃないんだ。
    やっぱりそれは、小さなことではないんだよね。
    パートナーは、ハンナのことを一生懸命に考えてくれたのだから。
    そしてハンナもきっと、一生懸命に泣いたのだから。
    小さな身体と、まだ小さなキャパの心を振り絞って、一生懸命に泣いたんだよね。


    同じようなことが、今後もあるかもしれない。
    ハンナの人生を決めるのはハンナ自身で、どこまでいっても親ではないはずだから。
    最後は、本人が決めればいい。
    でも、パートナーがハンナのことを思ってくれているという事実は、大切にしてあげたい。
    結果として、ハンナの選択が親の思いとは違っていったとしても、そこにパートナーのやさしさがあったということを、きちんと家族で受け止めていってあげたい。


    またどこかで、バレエシューズを履きたくなるかもしれないよね。

    『本人伝説』

    本人伝説
    • 作者: 南 伸坊、南 文子
    • 出版社: 文藝春秋
    • 発売日: 2012/9/7

    先日のHONZ朝会で紹介された1冊。
    日本橋丸善で見つけて、思わず衝動買いしてしまった。

    オススメ。ほんと陽気で楽しい本です。
    特徴をよく捉えてるんだよね。かなりムリなものもあるけど、それがまた面白い。ダルビッシュや浅田真央あたりは完全にムリな感じで、なぜそこで<本人術>を駆使しようとしてしまったのか全く理解できないレベルだ。そういうどうでもいいことを100%本気でやり切ってしまうのが素敵だよね。 

    森村泰昌さんのアートを思い出すけれど、趣向は全く異なっている。
    同じようなことをしていても、全くぶつからないのは、南伸坊にムリがないからだろう。
    ムリもなにも、完全に遊んでいるからね。

    Thursday, September 20, 2012

    マチを考える2冊。『都市と消費とディズニーの夢』、そして『町の忘れもの』

    都市と消費とディズニーの夢  ショッピングモーライゼーションの時代 (oneテーマ21)



  • 作者: 速水 健朗
  • 出版社: 角川書店(角川グループパブリッシング)
  • 発売日: 2012/8/10

  • 町の忘れもの (ちくま新書)



  • 作者: なぎら 健壱
  • 出版社: 筑摩書房
  • 発売日: 2012/9/5



  • 街と町は、違う。
    私とあたしも、違う。
    そして空地と空き地も、きっとどこか違う。

    最初の1冊が取り扱うのは、「(公ではない)私が変えていく街」だ。
    そこでは、空地は地価と収益性でシビアに評価され、市場の論理に翻弄される。

    2冊目は「あたしがぶらつき、シャッターを切った町」の物語だ。
    そこには、そもそも空き地がほとんど残っていないけれど、残された数少ない空き地の中に、あたしは郷愁を見出していく。



    さて、まずは街の話をしよう。

    ショッピングモーライゼーション。『都市と消費とディズニーの夢』の著者、速水健郎の造語だ。彼は本書の中で、ショッピングモールが生まれた歴史的背景と現代に至るまでの変遷を辿りながら、一般的には郊外都市型の商業施設として認知されているショッピングモールが、単なる消費の拠点に留まらないという事実を明らかにしている。それは現代において、都市計画そのものとも密接に結びついており、著者はそうした一連のムーブメントを「ショッピングモーライゼーション」と定義することで、都市・消費・そして住生活といったものの「今」を探ろうとしている。

    ただ、その全体像を捉えるためには、まずはショッピングモールが生まれた背景を押さえておく必要がある。キーとなるのは「モータリゼーション」、つまり自動車の普及による社会の変容だ。

    アメリカでモータリゼーションが始まったのは1920年代といわれるが、自動車の普及率が急増したのは1950年代だ。この頃、アメリカ社会には2つの意味で大きな変化が生じていた。

    1つは、都心の荒廃だ。地方から大量に流入してきた労働者、そして第二次世界大戦中になされた政策転換によって大幅に増えた移民労働者で溢れかえる都市の中心部。失業の憂き目にあった者たちは路上生活者として住みつき、移民達は都心近くにスラムを形成していった。こうした流れの中で、都心の治安は急速に悪化し、従来そこにあったコミュニティとしての機能が失われていった。

    そしてもう1つが、都市のスプロール化だ。自動車の普及とフリーウェイ/ハイウェイといった道路インフラの発展によって、都市は郊外へと拡散していき、中流階級の住民たちは、都心を離れた場所に新しく生まれた市街地へと移っていった。これは同時に、都心の空洞化をもたらすと共に、中央なき無秩序な拡散は、結果として経済活動全体の非効率を増長させていくことになった。

    ショッピングモールとは、こうした2つの問題を抱えていた当時のアメリカ社会で生まれた新たな商業施設だった。1950年代という時代の産物であるショッピングモールは、その後、現代世界における都市のあり方を大きく変えていくことになるのだが、その構想における思想的背景や目的、あるいは成立と成長の軌跡を知るために、本書では主に2人の天才の足跡を辿っている。



    まずは「ショッピングモールの生みの親」とされる建築家、ビクター・グルーエンだ。
    上述したとおり、まさしく社会の変容の渦中にあった1954年、ミシガン州のサウスフィールド郊外に「ノースランド・センター」がオープンする。この施設を設計したのがグルーエンなのだが、彼は敷地の周囲を7,500台収容の巨大駐車場で取り囲むと、博物館や美術館を思わせる建造物に様々なオブジェや噴水、花壇などを配した総合的な環境づくりを行っていく。そして、施設の中核には運営元となったハドソン百貨店が据えられ、周囲の遊歩道には各種の専門店が軒を連ねていく。そして、エリア内にはBGMを流すことで、快適で楽しい環境を演出していくのだ。これはまさに、現代のショッピングモールの原型と言えるものだろう。

    グルーエンは、単なる郊外型の商業施設を志向した訳ではなかった。彼は、かつての都心で失われた公共性、人間の交流を取り戻そうとしていた。大型駐車場を配したのは、エリア内で歩車分離を実現することで、モータリゼーション以前にあった人間的なコミュニティを再現するためだった。彼にとってショッピングモールとは、「郊外の新たなダウンタウン」だったのだ。



    もう1人は、長きにわたって世界最大の入場者数を誇るテーマパーク「ディズニーパーク」を生んだ男。言わずと知れたウォルト・ディズニーだ。

    ロサンゼルス近郊のアナハイム市南西部において、彼がディズニーランドをオープンさせたのが1955年。奇しくもグルーエン設計のノースランド・センターがオープンした翌年だ。ディズニーランドは遊園地とは区別され、「テーマパーク」と呼ばれるが、ウォルトはディズニーランドというテーマパーク事業の展開において、明確なビジョンを持っていた。外部世界の建物が極力視界に入らないように配慮された設計。ストリートの道幅も奥側をわずかに狭め、アーケードショップの2階部分を小さくすることで郷愁を誘う「強化遠近法」の活用。ファンタジーランドやフロンティアランド、トゥモローランドといった「物語(ナラティブ)」の導入による「現在」の排除。こうした様々な仕掛けが徹底されて、ディズニーはひとつの大きな世界観を形成しているが、その核心にあったウォルトの問題意識は、実はビクター・グルーエンのそれと極めて近いものだった。

    それは端的に言えば、ノスタルジーだ。彼は保守主義者であり、大量生産・大量消費時代のアメリカが失ったものを取り戻そうとしていたのだ。都心の崩壊に心を痛めていたウォルトは、「テーマパーク」という形で新たな「都市」そのものを作ろうとした。最終的に実現こそしなかったものの、ウォルトは理想都市の構想を「EPCOT(Experimental Prototype Community of Tommorow)」というコードでまとめていて、それはディズニーランドの思想的バックボーンとなっていた。そして彼が、EPCOTの中核に据えるコア施設として熱心に研究していたのは、あのグルーエンによるショッピングモールだったのだ。



    その後、ショッピングモールとテーマパークは、その底流にある問題意識をブレンドさせ、相互に影響を与え合いながら共に発展していくことになる。ショッピングモールは、物語(ナラティブ)の導入によって「テーマパーク性」を帯びていった。最近の事例で言えば、東京スカイツリーのショッピングモール「ソラマチ」が浅草仲見世通りを模しているのが典型だろう。強化遠近法のようなテーマパーク的手法を用いた視覚的演出も、モールにおいて一般化してきている。一方で、テーマパークもショッピングモールとの融合が進んでいった。これは付言するまでもないことだと思う。

    この流れは日々加速して、現代では都市計画そのものにショッピングモール的な手法が導入されている。そう、これこそが「ショッピングモーライゼーション」の本質なのだ。大量消費社会の到来と市場競争の激化によって、都市の機能を官だけで担っていくことはもはや困難な時代となった。収益性を度外視した都市計画は成立し得ない。いまや官公庁の庁舎や病院にスターバックスがあり、主要駅や空港がショッピングモール化しているのが、現代という時代なのだ。


    ===
    その時、街にあった「空地」はコインパーキングとなり、収益性の波に飲まれていくだろう。
    でもあたしは、違う目でその景色を見ていた。その目が追っていたのは、今のコインパーキングではなくて、昔の「空き地」だった。あたしというのは、勿論レビュアーのことではない。『町の忘れもの』の著者、なぎら健壱だ。

    本書は、前掲書とは全く異なるタイプの1冊だ。
    なぎら健壱が、目的もなくただ自由に町を歩き、目に留まった懐かしいモノや場所をシャッターに収めていく。そう、いわゆるスナップだ。モノクロでプリントされた静かで温かい写真の数々に添えられた著者のエッセイは、何を論じるでもなく、何を主張するでもなく、ただノスタルジックで、温かい。硬めの本ばかりを読んでいると、ふとした瞬間、なぜだか急に手に取ってみたくなる。そういう類の本だと、個人的には感じている。

    私自身は、当然ながら著者と同時代を生きてきた訳ではないが、本書を読み進めていく中で改めて思った。私が生まれ育った当時の豊橋の町には、色々な古いものがまだ残っていたのだと。

    ざっとリストしてみよう。
    ドブ。蝿帳。ハエ取り紙。コンクリートの滑り台。宅配ヤクルトの箱。リヤカー。木製の雨戸と戸袋。チンチン電車。どれもがとても懐かしい。

    今でこそドブは使われていないが、子供の頃はドブだらけだった。道路でサッカーボールを蹴っていて、よくコンクリートの蓋がされていないドブに落としたものだ。蝿帳は、実家では今も使っている。学校から帰ってくると、最初に開けるのは蝿帳だった。母がそっと中に置いてくれていたおやつがいつも楽しみだった。ハエ取り紙もまだキッチンに吊り下げられていた気がする。私はあのベタベタする感じが嫌いで、できればやめてほしいと思っているけれど。宅配ヤクルトこそ取っていなかったが、牛乳は宅配をお願いしていた。牛乳瓶を入れる小さな赤い箱が懐かしい。リヤカーは実家の倉庫に眠っている。先日帰省した時に、当時2歳の娘を乗せてあげたら喜んでいた。木製の雨戸はなかなかの曲者だ。台風が来ても、戸袋から出すだけで一苦労なのだから。チンチン電車は、今日も豊橋の市街を元気に走っている。どこまで乗っても大人150円だ。

    あなたの周囲に、まだ残っているものはあるだろうか。

    何もかもが、「ショッピングモーライゼーション」の余波にあって消えかけている。
    それは仕方がないことかもしれない。いずれにせよ、都市の変貌は明日も続いていき、老朽化したものや、今では使途がなくなってしまったものたちは、時代と共に駆逐されていく他ないのかもしれない。

    ただ、本書を読んでひとつ言えることがあるとするならば、まだ町には残っている。決して多くはないかもしれないけれど、確実に。少なくとも、なぎら健壱が構えたシャッターの先には、そういったノスタルジックなもの達が存在しているのだから。



    もしかすると、私達には見えていないだけなのかもしれない。
    町の郷愁というものが。古さの中にある価値というものが。時代の残り香とでもいうものが。

    改めて、町をゆっくりふらついてみるのも悪くなさそうだ。
    降りたことのない駅で降りて、スマホの電源をオフにして、ショッピングモーライゼーションと都市の将来に思いを馳せながら、町を歩いてみたくなる。
    そう、あのグルーエンとウォルトの根底にあったものも、結局のところ、ノスタルジーだったのだから。


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    商店街は、ある意味でショッピングモールの対極と捉えられているものだ。日本の多くの商店街がシャッター通りと化している一方で、地域住民の努力もあって復活を遂げようとしている商店街もある。本書は日本において商店街が形成された社会的背景から把握するための良書だろう。山本尚毅が以前HONZでレビューしている。

    商店街はなぜ滅びるのか 社会・政治・経済史から探る再生の道 (光文社新書)




  • 作者: 新 雅史
  • 出版社: 光文社
  • 発売日: 2012/5/17


  • 高松丸亀町商店街の再興に携わった都市計画家、西郷真理子氏の著作。この分野で活躍する女性は多くないというが、彼女はそのコミュニケーション能力を如何なく発揮しながら、商店街の再生を担っていく。非常に平易な言葉で綴られているが、とても興味深い1冊だ。

    まちづくりマネジメントはこう行え 2011年10月 (仕事学のすすめ)




  • 作者: 西郷 真理子、勝間 和代
  • 出版社: NHK出版
  • 発売日: 2011/9/23