Saturday, July 07, 2012

『金融の本領』


金融の本領




  • 作者: 澤上篤人

  • 出版社: 中央経済社

  • 発売日: 2012/6/27


さて、遅くなってしまったけれど先日読了。
さわかみ投信会長の澤上篤人さんの新著だ。前半はインタビュー形式、後半は澤上さん自身による著述となっている。一般的に、対談形式だと中身は薄くなりがちだけれど、澤上さんの人間性が垣間見えて、なかなか興味深いものになっている。

まず、本書は「帯」がいい。
居酒屋で、1人ビールの注がれたグラスを傾ける。レトロな店内の壁に貼られた「ホッピー」の文字。ちょっとオレンジがかった写真の色調も抜群だ。澤上篤人という名前から想像される雰囲気とのギャップもあって、思わず手に取ってしまう。

澤上さんといえば、長期投資。10年先を読み、時代や社会の大きなトレンドを見極めながら、大胆かつ緻密に投資を行っていくスタイルが有名だ。本書の中で幾つかの具体例が引かれているが、澤上さんが拠って立つ基本的な戦略、あるいは思考の組み立て方といったものが非常によく分かる。
例えば、かつて鉄鋼会社が斜陽産業と言われていた頃に、澤上さんは鉄鋼株を大量購入したそうだ。鉄鋼業界は最高度の資本集約産業であり、キーとなるのは資本力と技術力だ。日本企業は、資本力はともかく圧倒的な技術力を持っている。それでも韓国勢、中国勢に負けるのは、間接部門に余計な人件費をかけすぎていたからだ。鉄は人々の生活に必須の素材であり、10年後も間違いなく必須であり続けるのだから、日本企業がムダのカットに向かい始めれば、必ずその技術力が生きる時が来る。その時こそ応援した方がいい。いや、応援させてもらいたい。そういった判断をして、鉄鋼メーカーの経営の舵が切り替わってきたと感じた頃を見計らって大胆に投資する。こういう思考こそが長期投資の基本なのだと。
あるいは、自動車株に対する投資判断も興味深い。最近の日本では「若者のクルマ離れ」が進んでいるというが、人類がクルマを手放すことはないだろう。そうやって世界を見渡すと、例えば現在のアメリカでは、約2億7,000万台の車が走っているそうだ。国土の広いアメリカでは、車がなければ暮らせない。彼らは日本のサンデードライバーとは異なり、毎日運転しているのだから、車の買い替えは生活の一部だ。車の耐用年数を長くみて15~16年とすると、本来は年間1,700万台くらいの買い替え需要があっていいはずだ。にもかかわらず、サブプライム危機以降のここ4年ほどは、新車販売台数が1,200万台程度に落ち込んでいる。とすると、この4年近く我慢してきたアメリカ人の買い替えニーズはどこかで戻ってくるだろう。本来の1,700万台レベルに戻ったとすれば、その時は前年比40%近い伸びになってくる、ということになる。そういった推論を積み上げて、株価低迷期に自動車株を買い仕込んでおく。実際には、もっと精緻に評価しているだろうと思うけれど、ファンダメンタル分析やテクニカル分析のような、ある種のどうでもいいスタンスとは明確に一線を画していることが、十分に理解できる。そしてそのスタンスは、基本的にとても好感の持てるものだ、というのが俺の素直な思いだ。

そういえば、CIAのような諜報機関においても、利用する情報の90%以上は公開情報だという話を、どこかで聞いたことがある。(佐藤優の著作だったかも。)
結局、命運を分けるのは「情報をいかに使うか」ということなのだと思う。誰もが手の届くところにある情報に、大きな視点からのフレーバーを与えて、多少大袈裟に言えば、自らの「世界観」を作り上げていく。そのプロセスこそが、きっと重要なんだ。

良い本です。「金融の本領」、それは利益の最大化ではないのだという矜持が、肌感覚を持って伝わってきます。