Saturday, July 21, 2012

『お待ちになって、元帥閣下』


お待ちになって、元帥閣下 自伝 笹本恒子の97年




  • 作者: 笹本 恒子

  • 出版社: 毎日新聞社

  • 発売日: 2012/5/25


昨日読了。
日本における女性報道写真家の第一号と言われる笹本恒子さんの自伝だ。

笹本さんに関する一切の事前知識なく読んだのだけれど、事前になんとなく予想していた展開とはかなり異なる内容だった。良くも悪くもこちらの期待を裏切ってくるところがあって、自伝としての評価は少々難しい。
ただ、これだけは書いておきたい。本書は、時系列に沿った6章の構成なのだけれど、実は最終章である6章が最も面白かった。これは、自伝としては非常に珍しいことなのかなと思う。通常、相応の社会的功績を成した人間達の自伝となれば、読む側の心を最も揺すぶるのは、溢れんばかりのエネルギーに満ちた全盛期、円熟期となるのが一般的だろう。それが人生のいつなのか、というのは当然ながら人それぞれではあるけれど、多いのは20代~40代、せいぜい50代までといったところではないだろうか。ところが本書の醍醐味は、少なくとも俺にとってはそこじゃない。6章の冒頭は、昭和60(1985)年の秋から始まる。1914年生まれの笹本さんは、当時71歳だ。そこから始まる6章が最も印象的だったのだから、本当に人生というのは奥深いものなのだと思わずにはいられない。今、97歳になってなお現役として生きる笹本さん。俺自身は、本書で綴られている以上には笹本さんの今の活動を知らないけれど、それでも十分に本書から伝わってくる。彼女のエネルギーは、衰えるどころか、むしろ新たな輝きを備えて、今も全身から放たれているのだろうと。

率直な感想として、彼女が女性報道写真家の第一号として世に出ることになるまでの一連を読んでいると、やや拍子抜けしてしまうところもある。カメラの扱い方など全く知らない状態で、手渡されたライカにフィルムを装填することさえ1人では出来ないような状態で、彼女のカメラマンとしてのキャリアはスタートする。「写真に人生の全てを賭けるつもりで、『人差し指も疲れたら動かなくなるんだ』って思うくらいに、シャッターを切り続けました」みたいな、ある種の悲壮感というのかな、そういった比較的想像しやすいストーリーなどは全くない。まあ、例えばの話だけれど。
報道写真家として最前線で活動をされていた頃のエピソードは、意外に淡々と綴られている。当時の社会において、女性の笹本さんがこれほど幅広く精力的に活動を展開されていたというのは凄いことで、その行動力には驚くばかりだけれど、本書を読んでいると、撮影にまつわる様々なエピソードが、ある意味では「なんてことのない」ものであるように書かれていて、その凄さを見過ごしてしまいそうになる。

きっとそれは、彼女にとって過去を誇ることが本意ではないからなのだろう。
97歳。今も現役。年齢は関係ない。
色々な経緯があって、写真家としては、そのキャリアの過程で20年近くもの時間を失っている笹本さんだからこそ、今なお、今に集中できるのかもしれない。
だからこそ、彼女の自伝は最終章が最も面白い。
そして、その事実こそが、本書を読んで何より素晴らしいと感じたことだった。