Wednesday, September 26, 2007

rhythm of shout



パートナーの新作。
感動の公演から2日。心への響き方は人それぞれだね。
様々なインプットが視覚的なイメージへと収斂されていく生活も、楽しそうです。

Tuesday, September 25, 2007

憑依のタップ -熊谷和徳

昨年の4月以来、約1年半振りとなるタップ鑑賞。
ずっと楽しみにしていた熊谷和徳のソロ公演『TAP SOLO』を観に行った。
場所は、東京国際フォーラムのCホールね。

熊谷和徳のタップをライブで観るのは、今回が2回目となるのだけれど、前回の公演が「コラボレーション」に軸足を置いたパフォーマンスだったのに対して、今回は完全なるソロ公演だ。それがチケットを取りたいと思った最大の理由でもあるのだけれど、「ソロ」という形式こそが熊谷和徳という1人のタップダンサーを特別な存在たらしめるのだという確信めいた思いがあって、タップダンサーとしての彼の魅力が純化され、昇華していく瞬間に思いを巡らせながら、この日を待ち望んでいたんだ。

そんな熊谷和徳のタップ・ソロ公演。
そのパフォーマンスは、期待に違わない本当に素晴らしいものだった。
約1時間半の公演で彼は、その独自の世界観で完全に観衆を呑み込んだ。

ここから先は、完全におれ自身の勝手な解釈になるのだけれど、今回のソロ公演の全体を振り返ってみた時に、おれとしては、全体を貫く1つの大きな流れを感じた。
最初はその流れを、ある意味で脚本的なものと受け止めていた。つまり、タップを1つの媒体と捉えて、その枠組みの中でストーリーテリングをしていく方向性なのだと。

例えば、オープニングのパフォーマンス。
一切の音楽がなく、極めてシンプルなライトに照らされたステージの上に、彼のタップシューズが床板を踏み、擦れる音だけで、ある種の世界が構築されていく。
このオープニングを観ていておれは、「形なきものとの対峙」なのだと考えた。
猛獣のようでもあり、或いは駿馬のようでもあり、獰猛な野生と、人間が失くしてしまった狂気を備えた形なき存在。熊谷のタップによって、形を持たない霧のような何か、でも対峙することさえ覚束ないような圧倒的な迫力とオーラを持った何かが、ステージの上で足音を立てる。小刻みに連続するタップシューズのリズムは、そんな形なき存在の足音だ。熊谷は、戦う訳でもなく、逃げる訳でもなく、その存在と、ただ「対峙」していく。ある意味でそれは、不可視なものとのコミュニケーションかもしれない。

そして、全てを振り絞った渾身の対峙の中で疲弊しきった彼に、夜が訪れる。
青の照明が降り注ぎ、ひそやかな雨音が響き始め、静かに音楽が流れ出す。
ここからが第2のパフォーマンスだ。
この時、おれの脳裏には「夜の酒場」のイメージが想起されてくる。
夜の暗闇と、優しい雨音が、熊谷を包み込んでいく。
彼は救われ、先ほどの対峙が意味していたものを、自分の中に落とし込んでいく。

そして、朝を迎える。
より厳密にイメージを言葉にしようとするならば、夜明けを迎えようとしている。

勿論、あくまでおれ自身のイメージだ。
熊谷和徳の胸の中に、このような世界観や構想は存在していないかもしれない。
いや、間違いなく存在していないのだろう。
それでもおれは、特に公演の前半を通じて、1日に満たないレベルの時間軸と、ある種のストーリー性を持ったパフォーマンスなのかもしれないと勝手に解釈した。
脚本的、というのはそういうことだ。

でも、最後のパフォーマンスを観て、全ての印象が覆った。
結局のところ、この瞬間の為に全てはあったのだと。
それは脚本ではなくて、周到な準備のようなものだったのだと。

ラスト・パフォーマンス。
どこか神々しくもある音楽と照明のもとで、熊谷の表情が明確に変化していく。
初めて熊谷和徳のタップを観た時の感覚が蘇ってくる。
まさに「憑依」のタップだ。
彼自身が踊っているというよりも、彼の身体に憑依した何かが、彼の身体を踊らせているとでもいうような、渾身のタップが繰り広げられていく。全身が繰り出す高速のリズム、飛散する汗の飛沫、しなやかな指先、恍惚と忘我の表情。その全てがどこか神々しく、シャーマニズムの世界を想起させる強烈なパフォーマンスとなって、ステージ全体を支配していくんだ。

憑依というのは、全ての要素が周到に整えられた極めて特殊な状況でしか起こり得ないことなのかもしれない。熊谷和徳はきっと、約1時間半の公演の中で、「憑依」の為の準備を周到に重ねていったんだ。
ひとつひとつ、丁寧に。霊媒師が香を焚くようにね。

素晴らしかった。
彼と同じプロトコルでコミュニケーションできるタップダンサーは、多分いないだろう。
タップの世界を知らない人間にもそう感じさせる圧倒的なパフォーマンスだった。
また観たいです。

Sunday, September 23, 2007

武蔵大戦

9月23日(日)、対抗戦第2戦。
東京大 29-19 武蔵大(14:00 K.O. @駒場ラグビー場)

昨年12-14で敗れている相手に、まずは雪辱。
それにしても、内容は悪かった。「しょっぱいゲーム」という感じだよね。
選手自身も分かっていると思う。
チームの地力は明らかに東大の方が上だったからね。
今日の試合で満足している選手は、おそらく1人もいない。表情をみれば分かる。
でも、それこそが、苦しみ抜いたチームが勝ち得た自信であり、成長なんだ。
彼等はきっと、秋シーズンを通じてもっと強くなります。

次のゲームは2週間後、昨年Bリーグ2位の学習院大だ。
この試合に勝てば、入替戦出場に大きな道が開かれる。
今年の東大ラグビー部にとって、最も重要なゲームとなることは間違いないね。

この2週間の過ごし方が大切です。
自分達の積み上げてきたものを信じて、突き詰めて、徹底する。
修正すべきポイントを明確にして、致命的な課題をひとつずつ潰していく。
今から特別なことは要らない。
とにかく地道に、細部にまでこだわりながら、練習を重ねていくだけだね。

最高の2週間にしよう。
そのための道筋をつけてあげることが、コーチとしてのおれの役割です。
ある程度のイメージは、もう既に出来ているけどね。

Wednesday, September 19, 2007

かさなり




ローライで初めて撮った12枚のプリントが出来上がった。
本当はどちらも失敗なのだけれど、なかなか良い感じなので、載せてみようかなと。
フィルムの巻き上げを忘れてしまったみたいで、多重露光になっているんだよね。
でも、悪くないなーと思って。
こういうのも、フィルムカメラの楽しいところです。
ちなみに、トリミングしてません。
ローライは正方形の写真が撮れるのだけれど、新鮮な感じがするね。

折角買ったローライで、また写真を撮ろう。
露出計が壊れてしまったので、買い直さないといけないけれど。

Monday, September 17, 2007

東日本クラブ選手権

ラグビー漬けの3連休。
東京都のクラブリーグを制した駒場WMMにとって、来年のトップクラブリーグ昇格をかけたトーナメントが、遂に幕を開けた。

9月16日(土)
東日本クラブ選手権 2回戦(11:00 K.O.@熊谷ラグビー場Bグラウンド)
駒場WMM(東京都) 43-10 FIRST(長野県)

9月17日(日)
東日本クラブ選手権 3回戦(11:00 K.O.@熊谷ラグビー場Bグラウンド)
駒場WMM(東京都) 59-11 白楊クラブ(栃木県)

炎天下の連戦で体力を消耗しながらも、なんとか無難に乗り切った。
内容はともかくとして、まずは勝って良かった。負けてたら話にならないからね。

それにしても、まだまだだなーと。
次の試合では、チームのハンドリング・エラーを数えてみよう。
余りに多すぎるよね。来年トップクラブリーグで戦うことを目標にするとして、挑戦者がミスを重ねたら、絶対に勝てないからね。
ならば、どうするか。
選択肢は2つあって、リスクの少ないアタックオプションを選択するか、練習するかのどちらかしかない。クラブ随一の経験値と運動能力を持つタマリバを相手に、リスクを取らずに勝つことは、まず無理だよね。それに、そもそもそんなラグビーはつまらない。だから、練習して上手くなるしかないね。

自分自身は、1つだけ意識していることがある。
それは、同じ練習時間であっても、誰よりも長い時間ボールに触れること。
練習開始前の30分。或いは、練習メニューの合間に集合する時間。いつもボールを触っているようにしている。ストレッチの合間にも触っていたりする。
結構ボールが馴染んでくるものです。昔よりはハンドリングミスが減ったかな。
勿論、社会人ラグビーと比較するとプレッシャーが全然ない環境でプレーしていることが最も大きいのだけれど、それでも多少は効果があるような気がする。

とはいえ、下手糞だけどね。
東大ラグビー部をコーチングしながら、学生に混ざってもっと自分も練習しよう。

Sunday, September 09, 2007

秋を戦うベース

9月9日(日)、ラグビー漬けの1日。

まずは、東日本クラブ選手権を来週に控えたWMMの、最後の練習試合だ。
駒場WMM vs 曼荼羅クラブ(10:30 K.O. @駒場ラグビー場)

正確な最終スコアは分からないけれど、20点差近くをつけての勝利。
曼荼羅はメンバーが揃わず苦しんだみたいだけれど、相手云々は関係なくて、WMMにとっては有意義なゲームになったと思う。東日本制覇に向けて、良い流れを作ることが出来たし、チームの今の強みと課題がはっきりしたからね。

自分自身としては、まずは単純なミスを減らすこと。
プレーの質がまだ低いので、出来る限り修正していきたい。
もうひとつの課題は、タックル。今シーズンに入ってからは、受けるタックルが増えてきている。きちんと踏み込んで、相手に強い圧力をかけていくディフェンスが全然出来ていない。身体の芯が弱くなっていることもあるのだけれど。
春からずっと自覚していることなので、きっかけを掴んで自分を変えていきたい。


そして午後。
東大ラグビー部2007-2008シーズンの開幕戦。
今年の秋シーズンの流れを生み出す為にも、絶対に落とせないゲームだった。
東京大 37-14 成城大(14:00 K.O. @駒場ラグビー場)

良いゲームだった。
まだ緩い部分も勿論あるのだけれど、気持ちの伝わるゲームだった。
メンバーに選ばれた15人全員が、春から練習してきたこと、今自分達に出来ること、そして今自分がすべきことを強くイメージして、しぶとくプレーした結果だと思う。
観ていて、本当に嬉しかった。

やっと、本当の意味でスタートラインに立てたね。
選手にも話したけれど、東大はこのゲームで、2つの大きな収穫を手にしたんだ。
ひとつは、公式戦を戦うメンタリティを作れたこと。
前日の練習、ゲーム前のウォーミングアップを経て、選手の表情が変わっていくのがはっきりと分かったからね。プレッシャーの中での厳しいゲーム経験に乏しい東大の選手達にとって、ゲームメンタリティを意識的に作っていくことは簡単ではない。
こういう経験のひとつひとつが、絶対にチームを成長させてくれるんだ。
もうひとつは、練習してきたプレーを徹底した先に、結果がついてきたこと。
皆が一生懸命積み上げてきたものに自信を持つ為の、良いきっかけになったと思う。

この2つが、秋を戦う上での全ての根底。
だからこそ、今日の勝利がスタートラインです。
ここからチームが更に成長していく為の、揺るぎないベースにしていかないとね。

勿論、修正すべき点も多い。
幾つかの課題点は、今後致命的になる可能性もある。
ベストゲームとは言い難いよね。自分達の実力の全てを発揮できている訳じゃない。
でも、きっと選手は「きっかけ」を掴んだと思います。

まずは次のゲーム。
課題を明確にして、練習にこだわって、確実に目標に向かって進んでいこう。

Saturday, September 08, 2007

ギャラリー

パートナーの新しいギャラリーを作ってみたんだ。
http://treasuryuka.smugmug.com/

HTMLやCSSの知識があれば、もっとカスタマイズできるみたい。
きちんと勉強して、自分でデザインすることができれば、結構楽しいかもしれない。

最近のパステル作品も載せてます。
彼女にとっての新しいスタイルが確立されつつある感じがします。

Monday, September 03, 2007

対抗戦

来週から、いよいよ東大ラグビー部の2007-2008シーズンが開幕する。
開幕戦は9月9日(日)、駒場グラウンド。相手は昨年の開幕戦と同じ、成城大だ。

あと1週間だね。
今の東大は、春とは全然違うチーム。皆が成長の手応えを感じているはずだ。
怪我人がいようが関係ない。今のベストメンバーが、東大のベストです。
今まで皆が積み上げてきたものを、全て出し尽くして、最高のゲームをしよう。

まずは開幕戦。今年は負けません。

Sunday, September 02, 2007

ローライ

もう2週間近く前になるのだけれど、新しいカメラを買ってしまった。
Rolleicord Ⅳという二眼レフのクラシックカメラだ。
http://www.k5.dion.ne.jp/~tlr/pqrst/rolleicord4-main.html

当然ながらフルマニュアルで、露出計も内臓されていない。
一枚の写真を撮るのに、とても時間のかかるカメラだ。
でも、それが楽しくて仕方ない。
ファインダーを上から覗き見る感覚や、チャージしてからシャッターを切る感覚には、一眼レフにはない独特の魅力がつまっているね。撮っているだけで嬉しくなる。

まだフィルム1本を試し撮りしてみただけで、プリントも出来ていないので、どんな雰囲気の写真になるのか分からないけれど、いずれにしても、きっと今までとは違った色の写真になるんじゃないかと思っている。中古のライカを買った時もそうだったし、50mm/F1.2のNikkorレンズを初めて使ってみた時もそうだったけれど、モノが変わると映り方も変わってくるからね。

ローライはブローニーフィルムを使うので、現像・プリントが高いのが難点だけれど、ストラップをつけて、ローライを肩から提げて、また街に出て写真を撮りたい。
写真を撮るようになって、本当に良かった。

Thursday, August 09, 2007

曖昧にしない態度

くるりの新曲が頭から離れない。

ところで。
久しぶりに村上龍さんの著作を読んでいる。消耗品シリーズの最新作ね。
村上龍『すぐそこにある希望 MEN ARE EXPENDABLE Vol.9』

相変わらず、素晴らしいエッセイの数々。
まだ50頁程度しか読めていないけれど、心を突き刺す指摘とフレーズに溢れている。
読んでいて痛切に感じるのは、龍さんが一流の表現者として、メッセージすべきターゲットと、その際の論点を、非常に厳密に、極めて繊細に意識しているということ。

例えば、日本の外交政策。
龍さんは「日本は外交的にほぼ全てのリスクをブッシュ政権にファイナンスしてもらっている」と指摘した上で、それ自体の是非ではなく、その事実に対して、大手既成メディアが一切のアナウンスメントをしないという現状を批判的に語る。
「つまり、あなたはどうしたいのか」と問う人間がいてもおかしくないところだが、このスタンスこそが、村上龍という作家の適正さだと思うし、ある問題に対して、徹頭徹尾厳密であろうとする、はっきりとした強い意識なのだという感じがする。
メッセージの目的は、対米政策そのものではないんだ。
大手既成メディアを批判的に論じることで、そうした報道環境、あるいはメディアの発するアナウンスメントを受容する側の環境を醸成している何か、より深層に根付く精神性のようなものに、様々な角度からアプローチしようと試みているのだと思う。

曖昧にしない態度をキープし続けるのは、相当の体力と根気を要する作業だ。
この視点を持ち続けることこそが、龍さんの比類ない存在感の根拠なんだろうね。

続きを読むのが楽しみで堪らない。

Sunday, August 05, 2007

くるり

随分久しぶりに、1枚のCDを買った。
くるりのニューシングル『言葉はさんかく こころは四角』なんだけどね。
http://www.jvcmusic.co.jp/quruli/index.html

銀座四丁目の交差点を歩いていたら、角のビルに掲げられた液晶スクリーンがGolden Circleの『ミュージック』のPVを流していたんだ。以前に書いたけれど、Golden CircleのドキュメントをTVで観たことがあったので、その時に感じたなんとも人間らしいやさしさのようなものを思い出して、山野楽器に足を向けた。
1FのJ-POPコーナーをぐるっと廻って、『ミュージック』のシングル盤を見つけ出して、ヘッドホンを耳に当てて試聴して。1分に満たない程度のイントロしか聴けないのだけれど、それでもユーミン作曲のメロディが流れ込んでくると嬉しくてね。
そんなふうにして音楽を聴いていた時に、ふとこのCDが目に飛び込んできたんだ。

学生時代、くるりは大好きだったんだ。『東京』なんて1,000回くらい聴いた。だから、CDショップに足を向けると、自然に目で追ってしまうグループの1つではあるんだ。
ちょうどGolden Circleの傍の棚に並んでいたこのニューシングル。
すぐに惹かれてしまった。
もっと正確に言うと、試聴する前に、もう惹かれていた。
そして聴いてみて、更に好きになった。

くるりらしいタイトルも悪くないけれど、何よりもまず、ジャケットの写真が素敵だ。
(タイトルロゴのフォントと配置は間違っていると思うけれど。)
自宅に戻ってから調べてみると、鳥巣佑有子さんという写真家の作品とのこと。
鳥巣さんのことは恥ずかしながら全く知らなかったけれど、素敵な写真を撮るよね。
"angle management produce"で、鳥巣さんの他の作品も見かけたけれど、透明感があって、やさしい光の写真という感じがするね。綺麗で、澄んでいる。

勿論写真だけではなくて、曲も素敵だ。
1曲リピートにして、今もこの文章を書きながら、ずっと聴いている。
くるりの岸田繁さんはきっと、やさしい人なのだと思う。
やさしさの意味は人それぞれかもしれないけれど、少なくともおれはそう思うんだ。
繊細で、そっと包んでおかないと壊れてしまいそうなものを大切にする人。
自分自身に目を向けると、恥ずかしくなってしまうけれど。

やさしさに溢れた作家に、ジャンルを問わず魅力を感じて、惹かれていくんだ。
アラーキーや北野武は、おれにとって典型的な「やさしい」存在。
自分が撮り溜めている写真に、そんなやさしさがいつか写っていれば、すごく嬉しい。

タマリバ

8月4日、土曜日。
およそ半年振りに、タマリバのメンバーとラグビーをした。
Over30 vs Under30で、20分×4本のゲーム。場所は馴染みの「辰巳の森」ね。
自分自身は今年の10月で30歳になるのだけれど、Over30チームでの出場。
OB戦とまではいかないけれど、多くのベテラン勢が顔を出して、とても楽しかった。

丹羽さんが言っていた。
「ロッカールームの雰囲気がタマリバらしくて、やっぱり良かった」って。
負けることが嫌いな人達ばかりだからね。
どうしたって運動量は少ないし、即席チームゆえのミスも重なってしまうのだけれど、でもみんな、身体の奥底のどこかに確かに眠っているシーラカンスみたいなやつを覚醒させて、良いプレーするんだ。凄いタックルを何本も見せてもらった。
そういうチームは、日本にはタマリバ以外にまだないかもしれない。
WMMが時を重ねて、数年後に同じようなことが出来たら、きっと楽しいだろうね。

ちなみに。
今シーズンのWMMは、かなり勝負できるチームだと思っています。
あまり同じグラウンドでプレーできないけれど、まずは合宿を最高の舞台にしよう。

Wednesday, July 04, 2007

ステップ

漂流から帰ってきたパートナーがなかなか良いサイトをみつけたのだけれど、そこにあったミケランジェロの名言に心を打たれてしまった。

私たち皆にとって最大の危機は、高きを目指して失敗することではなく、
低きを目指して達成することである


7月1日(日)、名古屋大との定期戦。
このゲームをもって、東大ラグビー部の春シーズンはひとまず終了となった。
東京大 36-10 名古屋大(14:00K.O.@駒場ラグビー場)

ずっと敗戦が続いていて、選手達が自信を失いかけていた中での勝利。
相手のレベルはともかくとして、結果として勝利を手にしたことで、チームは束の間の喜びを勝ち取ることが出来たのだと思う。みんな、すごく嬉しそうだった。
実際にプレーでの成長が感じられるシーンも少なからず見られた。
ちょっとだけ、自分達の方向性に手応えを感じることが出来たのかもしれないね。

でも、本当に大切なのはここから先です。
目指すべきターゲットは、もっと違うところにあるんだよね。
1週間のオフを経て、来週からまた、チームの「高き目標」にチャレンジしていこう。
勿論失敗なんてしたくないから、成功する為に。

Monday, June 25, 2007

屈辱のゲーム

6月24日、日曜日。東大ラグビー部、春の定期戦。
東京大 0-49 防衛大(14:00K.O. @防衛大学グラウンド)

ショックだった。
チームで決めたことを徹底できず、屈辱的な敗北を喫してしまった。
ずっと勝っていないことで自信を失っている。
勝つという経験によって初めて自信は得られるのかもしれないけれど、格上の相手、過去に負け続けている相手から初めての勝利をつかもうとするならば、実績に頼ることなんて出来ない。結果はついてくる、と信じるに足る何かが必要になると思うんだ。
学生時代の同期の凹さんは、「自信がなければ無心」と言った。
無心で何をするのか。ただ練習してきたことだけを、無心でやり切るんだよね。
時間は刻一刻と過ぎていく。
開幕まで残り3ヶ月を切ったけれど、出来る限り積み上げていくしかないね。

Saturday, June 23, 2007

トリュフォー

6月23日、土曜日。
東大ラグビー部の練習が思ったよりも早く終わったので、渋谷に寄って映画を観た。
シネマヴェーラで公開されているフランソワ・トリュフォー監督作品。
『大人は判ってくれない』と『終電車』の2本立てだ。
http://www.cinemavera.com/programs.html

『大人は判ってくれない』は1959年の作品。
親の愛に包まれなかった少年アントワーヌ・ドワネルの虚しい反抗の物語だ。
少年ドワネルの切なく虚しい心の叫び。
映画においてそれは決して語られ過ぎることなく、でも強く、はっきりと語られる。
その語られ方が素晴らしく、とても印象的な作品だった。
映像そのものにも感銘を受けた。スクリーンに映し出されるモノクロームが美しくて。
写真のようだった。写真を撮るようになったからそう感じるのかもしれないけれど。
映画というのはつまり、静止画の連続なのだとでもいうように、瞬間を構成するカットのひとつひとつが綺麗で、魅力的なモノクローム写真のようだった。
人形劇に興じる子供達をとらえたカットなんて、最高だった。
この作品における重要性は決して高くない部分かもしれないけれど。

続けて観たのが『終電車』、こちらは1980年に製作されたフルカラーの作品だ。
『大人は判ってくれない』とは全く違った意味で、やはり非常に良い映画だった。
第2次大戦中、ドイツ軍の占領下のパリにあって、モンマルトル劇場の地下に身を潜める演出家ルカ・シュタイナーと、その妻にして女座長、更には主演女優としてルカのいない劇場を支えるマリオン・シュタイナー、そしてマリオンの相手役であり、レジスタンスとコンタクトを持つ男優ベルナール・グランジェ。この3人を中心に展開される戦時下の劇場での物語で、基本的には愛の物語なのだと思う。
終わりのみえない地下での潜伏に耐えられず、地上に出ようとするルカを、叩きつけてでも喰い止めて、そしてベッドで彼に寄り添うマリオン。批評家ダリアンを殴り飛ばし、レジスタンスへと踏み出すベルナールを平手打ちするしかなかったマリオンの思いと、その後の感情の交錯。そして、彼女が行き着いた結末としてのラストシーン。
深みのある展開と、どうしようもなく人間であり、ひとりの女性である結末。
素晴らしい作品だった。

こういう映画をもっと観たい。
映像そのものが語りかけてくるような、物語が「人間」を浮かび上がらせるような。
フランソワ・トリュフォー監督の作品も、もっと観てみたくなりました。

Friday, June 22, 2007

Golden Circle

仕事を終えて家に帰り、TVをスイッチを入れたら、偶然流れていたんだ。
寺岡呼人主宰のライブイベント"Golden Circle Vol.10"
http://www.goldencircle.jp/
寺岡呼人、ユーミン、ゆず(北川悠仁、岩沢厚治)、桜井和寿の5人が歌っていた。

それがね、なんだかすごく、楽しそうだったんだ。
ライブは勿論だけれど、スタジオセッションであったり、このイベントの為の新曲『ミュージック』を5人で膝突き合わせて創り上げていく過程なんかも、とても楽しそうで。
羨ましくなってしまうような、とてもいい感じだった。
5人によるゆずの『夏色』を聴いていたら、なんだか感激してしまって。
お揃いのTシャツも、なんとも言えない懐かしい匂いがして、素敵だった。

Sunday, June 17, 2007

ちなみに

およそ3ヶ月ぶりに髪を切った。
それから、50mm/F1.4のレンズを1本買った。
1万円もしない中古のレンズだけれど、ファインダーを覗くとすごく明るくて。
ちょっとしたことだけれど、嬉しいのです。

ル・コルビュジエ

6月17日、日曜日。
麻疹の影響で大学のキャンパスが封鎖されてしまい、久しぶりのオフに。
自由な時間を過ごす良い機会なので、楽しみにしていた展覧会に足を運んだ。
森美術館で開催中の『ル・コルビュジエ展:建築とアート、その創造の軌跡』だ。

20世紀を代表する建築家、ル・コルビュジエの辿った軌跡。
彼が携わった数々の建築作品、或いはプロジェクトの紹介のみならず、生涯に渡って描き続けた多くの絵画作品、そして彫刻作品なども数多く展示されている。
ル・コルビュジエという偉大な建築家を、「建築」という枠組みにとらわれずに、もう少し俯瞰的な視点から見る、垣間見る、斜めから見たり、覗き見たりする。
展覧会を構成する10のセクションのそれぞれが非常に興味深く、ル・コルビュジエという人間が抱いていた、信じられない程に壮大で伸びやかなイマジネーション、そして丁寧かつ緻密にイメージを具現化していく構想力が随所に感じられて、とても魅力的な展覧会だった。滅多に買わないカタログを買ってしまったからね。

でもやっぱり、ル・コルビュジエは建築家だと思う。
「むしろ画家と呼ばれたかった」と日曜美術館の副題は言うけれど、やっぱりおれは、どうしたって建築家だと思う。絵画も面白いものが多いけれど、それが三次元の世界へと踏み出した彫刻の方が、作品として魅力的だし、その創造性が、典型的な三次元の創作である「建築」に至って、ル・コルビュジエの本領は真に発揮されるのだと、強く感じてしまった。

学生時代、科学史・科学哲学という変わった学科を専攻していたのだけれど、後輩のある女の子の卒業論文のテーマが「ル・コルビュジエ」だったんだ。後輩と言っても、おれは留年していたから、時を同じくして卒業したんだけどね。
記憶が曖昧だけれど、確か彼女の発表の参考資料に、ル・コルビュジエが設計した自動車のスライドがあったような気がするんだ。おそらく、今回の展示のなかにあった『最小限自動車《マキシマム》』だと思う。そのフォルムを眼にするのは随分久しぶりだったけれど、その洗練されたデザインは非常に格好良かった。
彼女は10年前くらいから、こういう世界観に興味を持っていたんだなーと思って。
ちょっと懐かしくなりました。

Saturday, June 16, 2007

67 反撃

清澄白河にあるアートスペース、タカ・イシイギャラリー(Taka Ishi Gallery)。
夕方の18時を越えた頃になんとか辿り着いた。
目的は、アラーキーこと荒木経惟さんの写真展「67 反撃」だ。
Nobuyoshi Araki "67 Shooting Back"

67歳のアラーキーが、67カメラで撮った約100点の写真が、空間を埋め尽くす。
そのほとんどは、カラーで撮られた女性たちのヌードだ。
ヌードといっても様々で、爬虫類の模型を画面に配置したものや、女性を縛り上げたもの、或いは吊るし上げたものも多かった。スタジオで撮影されたものもあれば、屋外のものもある。ホテルのベッドでの写真があるかと思えば、プライベートな部屋の片隅で撮られたような「私写真」もある。脱いだ下着をテレビの上に置いて、生まれたままの状態でレンズに対峙させてみたりね。

ああいう写真を女性が観たら、どう感じるのか分からないけれど、間違いなく言えることが1つあるとすれば、被写体の女性たちの眼が、違った。少なくとも、男のおれにはそう感じられた。艶かしくて、どこか強さのある眼というのかな。
すべての写真が良かったとは思わないし、首を傾げたくなる写真もあるのだけれど、モデルの女性たちの眼の強さを観ていると、アラーキーの凄みが伝わってくる。女性たちの眼を変えてしまう「被写体との距離感」は、どの作品にも共通するアラーキーの写真の魅力で、67歳とはとても思えないバイタリティが溢れ出しているよね。

特に気になったのは、打ちっ放しのコンクリート壁の前に置かれた青いソファの上で、裸のまま膝を組んで座っている女の子の写真。とてもかわいい子なのだけれど、どこか寂しそうな眼をしていて、裸になることを決意するまでに彼女が生きた時間を、思わず想像してしまった。

どうすれば、あんな写真が撮れるのだろう。

Monday, June 11, 2007

「今」というリソース

6月10日(日)大学ラグビー国公立大会・準決勝
東京大 22-23 東京工業大(14:00K.O. @駒場ラグビー場)

悔しい。納得できない敗戦。
自分達の積み上げてきたものを誰も信じようとしない。練習を信じようとしない。
信じるに足るだけの積み上げが、まだないんだね。
でも、これが今のチームの現実。過ぎてしまった時間は取り戻せない。

この瞬間からが、次の勝負です。
肚を決めるしかない。時間は限られているからね。
春シーズンも残り3週間。
とにかく「今」というリソースの価値を徹底的に追い求めてほしい。
体格にも素質にも、経験にも恵まれない東大が唯一持っているリソースなのだから。

自分自身も、もっと成長しないといけない。
今だからこそ言える言葉、今こそすべき変革、今しか出来ない練習。
コーチが「今」をシビアにみていなかったら、きっと何も伝えることなんて出来ない。
試行錯誤が続くけれど、コーチとして「今」に敏感に反応できるだけのベーシックを、自分の中に積み上げていきたい。