Friday, June 28, 2013

わずか5文字で、できること。

ささやかだけれど、書き残しておきたいことを。

1日の仕事を終えて、いつものように田園都市線に揺られながら、およそ1時間。
20:30を過ぎたくらいに青葉台に到着すると、まずは神戸屋のタイムセールでケーキを2つ買って、それから駅前のロータリーでバスを待っていた。買い物にちょっと時間がかかってしまって、ちょうどバスが発車した直後だったので、次のバスを待つ並び順は、トップバッターで。

ベンチに腰掛けて5分くらいかな、次のバスがすぐに来て。左手のケーキが傾かないように気をつけながら、運転手さんしか乗っていないそのバスに最初の乗客として乗り込むと、PASMOで支払いを済ませて後方のシートに向かっていったんだ。

その時、後ろから声が聴こえてきた。
「こんばんは」
それは、俺の次に並んでいた2人めの乗客が、運転手さんにかけた挨拶だった。

ただ、それだけのこと。
でも、その何気ない自然なひとことが耳に飛び込んでくると、なぜだか俺まで気持ちが晴れやかになり、そして次の瞬間、自分がおそらくは無表情のまま、言葉ひとつもなくPASMOを通していたことが恥ずかしくなった。

素敵な、いい声だったなあ。
運転手さん、きっとすごく嬉しかったんじゃないかと思う。直接語りかけられた訳でもない人間も、心の曇りをさっと拭き取ってもらったような気持ちになったのだから。

Sunday, June 23, 2013

本当に「いい」プレーのことを。

6月24日(日)
IRBパシフィック・ネーションズカップ2013@秩父宮ラグビー場
日本代表 38-20 アメリカ代表

前半こそディフェンスでやや淡白なシーンも見られたものの、終わってみれば快勝。
歴史的勝利となった6/15(土)のウェールズ戦に始まって、因縁のカナダ、そして本日のアメリカと、見事に3連勝で飾ってくれたジャパン。間違いなく強くなっている。残念ながらライブでの観戦とはいかなかったけれど、TVで観ていても学ぶべきポイントが本当にたくさんあって、3試合とも非常に面白かった。今秋のオールブラックス戦も、今から楽しみだ。(こればかりは、もう秩父宮しかない。)

さて、アメリカ戦。
ペナルティトライを奪ってみせたスクラムを筆頭として、ゲームを決定づけたポイントは幾つもあると思うのだけれど、個人的にすごく印象的だった小さなプレーのことを、この場に書いてみたい。ゲームの大勢とはあまり関係がないのかもしれない、地味なプレーのことを。

後半37分、敵陣22m中央あたりのエリア。
そこに至るまでのシークエンスを正確に思い出せないのだけれど、ジャパンがアタックで持ち込んだボールをターンオーバーされた。その時、右サイドのポイント際にいて、両腕を大きく振り回して、右サイドのディフェンスラインを引き上げたのが、キャプテンのWTB廣瀬だった。残り時間とスコアを考えると、当然攻め続けるしかないアメリカは、SHがジャパンの左サイドに展開。ラインアタックを仕掛けてきたところを、ちょうど前線に上がってきていたFBの五郎丸(だったと思う)がタックルで喰い止めて、再びラックフェーズに。そして次の瞬間、少しだけ深めのコースでカバーに走っていた廣瀬が、一気に加速してブレイクダウンに刺さっていった。そう、見事なカウンターラック。結局、ジャパンはその後のプレーでアメリカの反則を誘って、敵陣でのチャンス獲得に成功したのだった。

もう勝敗は決まっている中でのプレー。
そこに「がめつさ」がなくても、危なげなく勝ち切れる、そんな場面。
時間は後半37分、最も苦しい時間帯。
そして、エリアは敵陣22m左サイド。背番号14にとって、ある意味で最も遠い場所。

あのプレーを見て、改めて思った。
廣瀬、ほんと凄いなあって。

この3連戦における廣瀬の活躍は、ラグビーファンの誰もが唸るところだろう。
まさに獅子奮迅の働きを見せている。現代のWTBに求められるワークレートの見本になるはずだ。タイミングと身体の使い方で、粘り強くゲインラインを切っていくプレースタイルと、仕掛ける場面を見極める勝負勘で、目立たないながらも数多くのトライに絡んでいる。彼のキャプテンシーはメディアでも度々取り上げられていて、それはおそらく廣瀬の素晴らしい資質なのだと思うけれど、ただ素直に言ってしまえば、プレーがいいのだと思う。さほど派手ではなかったとしても。

ああいうプレーにこそ、見るべきものがあるはずなんだ。
誰も取り上げなくても自分のベストに嘘をつかない、まさしく献身的なプレーに。

Monday, June 17, 2013

ジャパン快勝。そして、格上との戦いを考える。

1日遅くなってしまったけれど、本当に素晴らしいモノを見せてもらった。
新聞も遠ざけておいて正解だった。一般紙の1面をカラーで飾ってくれるなんて。

6月15日(土)
リポビタンDチャレンジ2013 第2戦@秩父宮ラグビー場
日本代表 23-8 ウェールズ代表


快勝。ウェールズ戦の勝利は史上初なので、もちろん大金星なのだけれど、素直に「快勝」でいいんじゃないか。グラウンドで戦っている選手からすると、相当にタフな展開だったのは間違いなく、決して余裕はなかったと思うけれど、観ている側からすると、全体的に安定感があって、大金星という感じは全くしなかった。お互いにミスも少なく、引き締まったタイトな80分間。集中力が途切れることのない素晴らしいゲームをして、「きちんと」勝ってくれたジャパン。ファンとして、本当にうれしい。たとえウェールズ代表が主力を欠いているとしても、そんなことは関係なくて。

前半は、ひたすら自陣での戦いが続く我慢の展開。五郎丸のPGで、辛うじて6-3とリードして折り返したものの、ジャパンからみればほぼノーチャンスだった。そして後半。ジャパンのキックオフで始まってよかった。まず敵陣に入れる。キックゲームで優位に立って、敵陣で長く戦いたい。TVの前で、俺はそんなふうに思っていたのだけれど、五郎丸のロングキックは無常にもデッドボールラインを越えてしまい、後半早々から自陣での敵ボールスクラムという厳しい局面を迎えてしまう。ジャパンは執念のディフェンスで粘り強く喰い下がったけれど、最終的にはウェールズのバックスラインが見事なループからパスを繋いで逆転のトライ。このあたりの時間帯までは、かなりしんどいゲーム展開だった。

それでも、直後の後半8分に、ジャパンも見事な連続攻撃から、最後はCTBクレイグ・ウィングが右中間に再逆転のトライ。五郎丸のGKが安定していたこともあって、少しずつリードの幅が広がってくると、ここから先は「一進一退」の攻防ではなく、「一歩も引かない」がっぷり四つのバトルを、ノーサイドの瞬間まで切れることなく続けてくれた。

勝因は幾つもあるけれど、第1戦と同様、ディフェンスが安定していたことがまずは大きかった。外側でのダブルタックル。インサイドでの低いタックルとブレイクダウンへの執着。それを支えるチーム全体の運動量、そして常に次のフェーズを意識して身体を起こす反応力。そういう地道ながら、ラグビーのクオリティにとって決定的に重要な部分が、80分間を通じて終始安定していた。アライメントがきちんとできれば、十分に守れる。そういうプライドが、選手にはあったのだと思う。観ていて非常に気持ちよかった。やはり、守れないと勝てない。得点力もさることながら、ディフェンスの安定はいつだって金星の大前提だ。

ちなみに、そういう意味では、この試合で1度だけディフェンス網を完全に切られた場面があった。前半25分、自陣左サイドの相手ボールラインアウトから、1次攻撃でロングゲインを許したシーンだ。この場面で、HO堀江、FLブロードハーストの2人が見事なカバーディフェンスを見せて、なんとかピンチを食い止めている。この場面を凌いだのは、「チームディフェンスに対する自信を崩させない」という点で、その後の展開に大きな意味を持っていたと思う。更に言うと、その直後にウェールズが決定的なチャンスで右オープンに展開した場面でも、WTB福岡の内側にいたブロードハーストがしぶとく飛びついて危機を救っている。この2つのプレーが、(前半)6-3という虎の子の3点リードを守ってくれた。これだけでマン・オブ・ザ・マッチでもいいんじゃないか、という素晴らしい活躍だった。

そして、セットプレー。スクラムの安定も非常に大きかった。エディ・ジョーンズは後半のスクラムを最大の勝因に挙げているけれど、後半のジャパンの攻勢は、ラインアウトも含めてFWがセットでいいボールを供給できたことで生まれたのだと思う。やはりラグビーはFWだ。FWが戦ってくれることで、BKは初めて生かされるのだから。この試合についていえば、ブレイクダウンの継続力、ボールキャリアーを孤立させないサポートの集散も含めて、勝利の種を蒔いてくれたのは、結局のところ、FWの頑張りに尽きると思う。


さて、この素晴らしい歴史的勝利から、格上に勝利するための鉄則として何を導き出すか。ここから先は、ジャパンのことをちょっと離れて、ずっと携わってきた大学ラグビーを想像しながら考えてみたい。

まずは、ここまで書いたようにディフェンスとセットプレー。この2つは、特に格上との戦いにおいては必須条件となるだろう。この2つがある程度まで揃わなければ、五分の戦いに持ち込むことも難しい。セットプレーについては要求水準の設定が難しいけれど、スクラムで1mを完全にコントロールされるということは、その後のシークエンスで15mゲインされるようなものだと思った方がいいかもしれない。押し切れなくても、コントロールの手綱は絶対に譲らない。そして、マイボールには徹底的に拘る。

これらがゲームを成立させるための最低条件だとするならば、目指す水準の実力をつけるまでは、他のあらゆる練習を捨ててでも、練習時間を投下するべきなのかもしれない。「十分条件の前に、必要条件を」と言い切ってよいのかどうかは自信がない部分もあるけれど、ディフェンスにしても、セットプレーにしても、「習熟には比較的長い時間を要するが、時間をかければなんとかなりやすい」という特徴があるのは、意識しておいてもいいポイントだと思う。

もう1点は、6-13。つまりFL(6-7)、No.8(8)、SH(9)、SO(10)、CTB(12-13)に安定感と運動力の揃った選手を並べるということだ。ジャパンを見ていても、特にこのナンバーを背負った選手のディフェンス能力と仕事量がチームを支えている。アタックも同様で、このあたりのポジションはボールタッチも必然的に多くなるので、結果的には、彼らがゲームの流れを左右することが往々にして多いのも事実だ。SHなんかは自分でゲインを稼ぐシーンこそ多くないけれど、ジャパンでの田中の活躍によって、SHのクオリティがいかにチームを変えるのか、誰の目にも明らかになったはずだ。いずれにせよ、センターラインが安定するとやはりチームは強くなる。使い古された言い回しにはなってしまうけれど。

いいゲームを観ると、本当に色々と考えるきっかけになるね。

Friday, June 14, 2013

今更ながら、ウェールズ戦。

今更ながら、ラグビー日本代表のウェールズ戦を録画観戦した。
日本代表 18-22 ウェールズ代表(6/8、近鉄花園ラグビー場)

世界ランキング5位のウェールズを相手に、後半20分頃までは常にスコアで先行する展開。最終的には惜しまれる敗戦となってしまったけれど、非常に良いゲームだった。まあ、このクラスの相手はそう簡単に勝たせてくれないものだと思っているけれど・・・。それにしても、惜しかった。

こうした紙一重のゲーム展開に持ち込めたのは、ディフェンス局面においてジャパンの規律(Decipline)が終始乱れなかったことが大きい。ディフェンス網を一瞬にして寸断されるような致命的な綻びは、80分間を通じてほぼ見られなかった。ブレイクダウンのプレッシャーも有効に機能していて、カウンターラックからのターンオーバーにも何度か成功している。これは間違いなく収穫だと思う。バックロー、センターに入った4人の外国人選手が、このあたりのバトルでは獅子奮迅の活躍を見せていた。ここにマイケル・リーチが怪我から戻ってくると、更にチームとしての厚みが増してくるのではないかと思う。

さて、ウェールズとのテストマッチは、もう1戦残っている。
今週末の6/15(土)、秩父宮に場所を移しての再戦。ジャパンにとっては、歴史的勝利をかけたチャレンジになる。俺自身は残念ながら秩父宮に足を運ぶことができないので、勝手に展開を予想してみよう。いや、展開というよりも、ジャパンのアプローチを。

ジャパンのアタックは、SHからパスを受けたファースト・レシーバーがそのままコンタクトに持ち込むフェーズが圧倒的に多い印象だ。SOに入っている立川選手は非常に優れたパサーだけれど、自身で強気に持っていくシーンも少なくない。パスする場面でも、大半は立川選手からのワンパスまでで、SOを起点に2つのパスが続く場面は限定的だ。これに加えて、ジャパンがCh0-1のアタックでシークエンスを重ねる頻度がそれなりに多いことを考えると、ウェールズとしては、外側のディフェンスラインを早めに押し上げても大丈夫だと判断するような気がする。実際、6/8の第1戦でもウェールズがシャロー気味に鋭くラインを押し上げてくるシーンが幾つか見られて、それらは有効に機能していたと思う。ジャパンからすれば、「やむを得ず、インサイドに潜らされた」という感じだろうか。

ただ、ジャパンのランナーは小さな縦方向のギャップを狙っていて、特にボールキャリアーの外側のマークが多少飛び出してくれると、インサイドのプレッシャーを避けながらブレイクコースを取れるので、ウェールズとしては、そこだけにフォーカスしてディフェンスラインを組めばいい。具体的に言うと、キャリアーの正面から1つ外までは、出足の揃いをより意識した守り方を取ってくるのではないかと思う。

そして、ブレイクダウン。ここは第1戦以上にプレッシャーをかけてくるだろう。第1戦でもラスト10分間のコンテストは、集中力と地力で優位に立ってきて、それが結果的にウェールズのゲーム支配力になっていた。第2戦は、キックオフ直後からその意識で臨んでくると思う。ここは覚悟しないといけない。キックゲームをうまく進めて、エリアで優位に立てば、あとは外よりもインサイド、そしてブレイクダウンだ。ウェールズからみると、こういう展開を取ってくるような気がする。いやまあ、とはいえ世界ランキング5位のウェールズなので、あまり相手のことなど意識せずに、「自分達のスタイルを完遂すればいい」というシンプルかつクールな判断しかないのかもしれないけれど。

対するジャパンはというと、結果的に戦術レベルではほぼ変わらないアプローチになるのかなと思う。結局のところ、ブレイクダウンは戦うしかない。相手がどういうディフェンスラインで来るにしても、ジャパンはジャパンのシェイプに拘っていくしかないような気がする。ただ、個人的な印象だけでいえば、ディフェンスライン裏へのチップキックをもう少し増やしてもいいのかなとは思う。第1戦では、アドバンテージをもらっている場面でのみ試みていて、結果的にそれはほとんど機能していなかったのだけれど、相手を走らせる意味でも、アタックオプションを広げて的を絞らせない意味でも、面白い選択肢になるのではないだろうか。ちなみに、WTBの福岡選手がなんとなくバウンド運を持っているように感じられるのも、プラス要素の1つかもしれない。

いずれにしても、肝はブレイクダウンになりそうだ。

Wednesday, June 12, 2013

子どもたちの「今」

もう2週間近く前のことになってしまうけれど、2つのモノを買った。

1つは、ミラーレス一眼。先日うちに遊びにきてくれた大学時代のラグビー部の後輩(ちなみに彼は、NHKのカメラマン)に影響されて、選んだのはOLYMPUS。「PEN E-P3」という旧型モデルの中古機だけれど、これがとてもいい。今の俺のニーズにピタリとハマっていて、写真を撮るのがすごく楽しくなるカメラだ。

写真の魅力を最初に教えてくれたのはNikonのフィルム一眼なのだけれど、どうしてもプリント代が嵩んでしまうので、最近は使っていなかった。RICOHのコンパクトデジカメも持っていて、これもなかなか良いモデルなのだけれど、一眼には一眼にしかない魅力があるので、代替機にはならない感じだった。ミラーレス一眼は小さくて携帯性にも優れているし、ここ最近のモデルの表現力はかなり凄い。趣味として写真を楽しむには、もう十分すぎる感じだ。

もう1つは、iMac。デスクトップPCを買ったのはいつ以来だろう。でも、これまたとてもいい。
俺1人だったらMacBook Airなんかを選んだかもしれないけれど、冷静に考えると、iPadも持っているので「持ち運びたい」というニーズは特にない。そう言ってくれたのは妻で、モノを買うにも視点が違うなあと改めて感じた。まあ、なんてこともないごく普通の話だけれど。

子どもの写真を撮って。Macに取り込んで。iPhotoでタグをつけて、スライドショーにして。ノートブックよりもかなり大きい21インチのディスプレイでゆっくり眺めて。

楽しいんだよね。そういう小さなことが、とても。
過去にiPhoneで撮った写真なんかもiMacに取り込んで、産まれたばかりの頃からの成長を振り返ってみると、なんだか気持ちがすっと落ち着いてきて。

子どもたちの「今」が、そこにある。2人の表情のなかに。
写真を撮っている自分の表情は、きちんと「今」を見せられているかなあ。
今に集中しないと。いつだって今なんだけど、その中でもまさに今といった感じなのだから。

Tuesday, June 11, 2013

『SHARED VISION』

SHARED VISION
  • 作者: 廣田 周作
  • 出版社: 宣伝会議
  • 発売日: 2013/6/4

更新が遅くなってしまったけれど、昨晩おおよそ読了。

著者の廣田さんとは特に面識もないのだけれど、ちょっとした縁があって。 広告業界は全くの門外漢なので、本来想定されている読者層ではないような気がするけれど、まあいいかな。 TwitterやFacebookといったSNSの広がりによって、企業と消費者とのコミュニケーションも変化している昨今の状況において、今後のコミュニケーション設計、あるいは運用といったものがどうあるべきなのかを、「シェアードビジョン(Shared Vision)」というキーワードから整理した1冊だ。

コンテンツに入る前に、本書は装丁がいい。
著者を直接知らないとはいえ、想像するに、おそらく表紙の挿画は相当似ている(笑)。
ブックカバーを外すと眼鏡が取れるという作りも、なかなかおしゃれだ。ちなみに、ブックカバーの素材感もいいんだよね。うまく書けないけれど。

シェアードビジョン。端的に言えば、企業の経営者、社員、そして消費者(生活者)のそれぞれが共有できる理想像といった感じだろうか。「理想像」という言葉だと実際にはちょっと硬くて、もう少しフランクに表現すれば「ワクワク感」といったようなものかもしれない。企業として消費者に伝えたい思いもあれば、消費者として企業に求める期待値もあるけれど、どちらの立場から見ても、「楽しみを共有したい」という変わらない根幹がきっとある。それをコミュニケーションの中に上手に設計してあげることで、ソーシャルな時代における戦略の1つとして活用していくための方法論が、本書では具体的に紹介されている。このあたりは、企業風土も絡み合って、これから巧拙がはっきり出てきそうなエリアかもしれない。

ただ俺としては、ビジョンをシェアするコミュニケーション設計の前に、そもそも(特に企業における)ビジョンをビジョンとして成立させるフェーズの方に、より興味があるかな。ビジョンの輪郭を定めるというか、余計なものを削ぎ落としてクリアにしていくプロセス。組織内でも、組織間でも、あるいはB2Cの領域においても、ビジョンが共有されない理由の一端は、コミュニケーション・マネジメントではなくて、ビジョンそのものが内包している課題なのかもしれないからね。

Tuesday, May 21, 2013

『ランドセル俳人の五・七・五』


本日読了。素晴らしい1冊だった。
本書については、まずは成毛さんのレビューを。きっと、心を掴まれるはずなので。
そして、もちろん本書そのものを。きっと、心に何かを残してくれるはずなので。
http://honz.jp/26182

凛くんがこれまでに小学校で受けてきたいじめには、本当に胸が痛む。教師が現実を見ない学校は、地獄だ。小さな身体につまった決して小さくない魂が受けた傷を思うと、言葉が出てこない。わずか11歳で消せない想いを幾つも背負わなければならなかったのだから。

それでも、凛くんに俳句があって、その感性を閉じ込めずにいてくれる人がいて、本当に良かった。実際は、そう簡単に言ってしまえるようなものではないのだろうけれど。

ちなみに俺は、本書を読んでいて、ハンナのことを思った。

まだ4歳。遠くない将来、彼女も小学校に入学する。そこがどんな世界か、どんな友達がいて、どういう関係が生まれていくのか、今は誰にも分からない。でも、いつだって最後は、彼女を肯定してあげたいと思う。彼女の表情も、言葉も、まっすぐに受け止めてあげたいと思う。親にできることなんて、突き詰めればきっと、ただそれだけなのかもしれないんだ。

そらまめ

昨日は休暇をもらって、ハンナの保育参観に行ってきた。
保育参観といっても、参加したのは俺ひとり。正確には、保育「参加」といった感じで、ボランティアとして子どもたちと1日を過ごすんだよね。1家族につき1人の親が、日程を決めて参加することで、子どもたちの日常を、そして先生たちとのふれあいを知っていく。まあ実際には、とにかく子どもたちと一緒に遊びまわって、一緒に昼ごはんを食べて、一緒に絵本を読んでいるだけで、ボランティアといっても「お仕事」をしている感覚は全くないけれど。

とにかく楽しかった。いい経験になったかな。
親になるまで、自分でも全然気づかなかったけれど、子ども、大好きです。


Monday, April 22, 2013

村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を、村上春樹風に綴ってみる。

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年
  • 作者:村上 春樹
  • 出版社:文藝春秋
  • 発売日: 2013-04-12

その読後感は、どこか不思議なものだった。
静かに流れていく物語。その流れは、無数の点によって織り成されていて、そしてそれぞれの点にはそれぞれの意味が与えられている。いや、正確には「意味を内包している」といった方がいいのかもしれない。意味とは、形而上的な何かによって付与される訳ではない。ただそこには「現実」という名の幾多の点が存在し、それらが「そこにある」という事実そのものが、つまりは意味そのものなのだ。概念的な存在としての数直線を構成する無数の点が、その位置そのものを意味として内包しているように。

流れの中心に、多崎つくるという風変わりな名前の男がいた。彼は、色彩を持つものたちに囲まれ、色彩を持つものたちに裏切られ、そういう流れの中で自らの色彩を失っていった。いや、これも正確ではないかもしれない。おそらく正確には、見失ったのだ。失った訳でも、あるいはそもそも色彩を持っていなかったという訳でもなく。

静かな流れは、必ずしも穏やかな流れを意味しない。そして、一見穏やかな流れがあったとして、そこにある種の暴力性や、あるいは攻撃性がないとは言い切れない。多崎つくるの人生には、少なくとも物語として紡ぎ出された彼の16年間には、ある種のドラマがあり、精神の葛藤としか形容できないものが存在した。どこか神秘的な出会いがあり、象徴的な挿話がそこに小さな輝きを添えていた。何もなく、ただ静かに流れる河ではなかったといった方が、おそらくはしっくりくるのかもしれない。それでも、どこか静かなる趣をもって、彼の人生は紡ぎ出されている。少なくとも私にとって、全体を支配するトーンは「静」だ。そして重要なのは、それが実際に静かであるか否かではない。そんなことは、どちらでもいい。この場に書き留めておきたいのは、私がこの物語に「静」を感じたということであり、私にとって、そう感じさせる何かがあったということだ。

数直線の話に戻ろう。
数直線には、始点も終点もない。コクヨのA4ノートの上に引かれた1本の具体的な線ではなく、概念的な存在としての数直線にとって。そしてそれは、多崎つくるという男の物語とどこか似ていなくもない。そこにもないのだ。始点、そして終点が。ただ線だけがある。ハッピーエンドでもなく、哀しい結末でもない。当然だ。結末そのものがないのだから。この先も伸びていくはずの線だけが、静かに横たわっていて。

描かれているのは、線だ。
点は、線の構成要素にすぎない。
そして点は、線を終わらせることもない。
点とは「ある位置」であり、「ある位置」でしかない。面積を持たない概念的な存在なのだから。

Monday, February 25, 2013

『良いことに上限はないんだ』

良いことに上限はないんだ
  • 作者:丸山 克俊,東京理科大学出版センター
  • 出版社:ダイヤモンド社
  • 発売日: 2012-12-14

東京理科大ソフトボール部の丸山総監督による著作。

体育推薦もなく、学業との両立が非常に厳しい理科系大学ながら、全国大会にも再三登場するような強豪チームへと成長した東京理科大。その秘訣として本書で語られているのは、ものすごく基本的なことだった。例えば、無遅刻、無欠席。あるいは、全力疾走。礼儀やマナー。そして仲間と自分に対する責任。基本というのは「人としての基本」であって、それこそが最も重要なのだというスタンスが貫かれている。(ちなみにラグビーでも、昨今の帝京大がまさに同じアプローチでチーム作りをしていて、見事なまでの結果を残している。)

本書には、技術を極めるためのグラウンドレベルの工夫であったり、ソフトボールという競技に対する戦略的なアプローチであったり、そういった類の記述は殆どない。でも、きっと現場には様々あるはずなんだ。スポーツの世界でチャンピオンシップを目指す上で、「人としての基本」は絶対的な必要条件だというのはおそらく間違いないけれど、ただ十分条件ではないと思う。技術がないと、やはり勝てない。その意味では、東京理科大という「限られたリソースでの戦い」が宿命づけられたチームにおける技術へのこだわりなども、本当は興味をそそられるところだ。

ただ、「必要条件」に対するこだわりは、もう半端なレベルではない。言葉はあっても実行が伴っていない組織、ちょっとした逸脱を見過ごしてしまう甘さを残した組織が多々ある中で、丸山総監督は一切妥協しない。本当に、言葉通りの意味で「一切」妥協しないのだ。特に大学スポーツだと、これが完遂できるだけでチームは大化けするのだなあと、素直に思える1冊だ。

チームマネジメントの観点で興味深かったのは、練習の運営方式。全体練習は週2回。それ以外は、授業がない空きのコマを利用して、3人程度のメンバーで、少人数の個別練習を計画的に組んでいるそうだ。それ以外にも、完全な個人練習もあるので、練習自体が3つのパターンに分けて捉えられていることになる。更に、これらを「権利練習A/B/C」と呼んでいるそうだ。練習は義務ではなくて、権利。まさにその通りだと、心から納得してしまった。ちなみに、こうした独創的な取り組みも、学部別キャンパスや実験・レポートの負荷といった(ソフトボール部からすれば)「リソースの制約」があって、必要に迫られて生まれたものだというのも面白い。そして、この点にこそ、多くの人にとって、貴重なヒントが隠されているのかもしれない。ごく一部のトップレベルを除けば、日本国内に存在するほぼ全てのスポーツチームはリソースに制約を抱えながら活動しているのだから。

Sunday, February 17, 2013

『最後のロッカールーム』 に込められた明日への思い。

最後のロッカールーム (日テレBOOKS)
  • 作者:
  • 出版社:日本テレビ放送網
  • 発売日: 2012-12-21

ロッカールームには、本当にあらゆるものがある。
夢。希望。挫折。苦悩。汗。涙。友情。信頼。時に怒号。そして感謝。
青春を彩るものたちは、いつだってそこに。

本書は、全国高校サッカー選手権で惜しくも敗れ去っていったチームの監督が、試合終了後のロッカールームで選手たちに語りかけたメッセージを集めたものだ。1971年(第41回大会)から中継を行っている日本テレビの企画がきっかけで、通常は関係者以外が立ち入ることを許されないロッカールームにカメラが入り、監督と選手たちとの心の交流が映像に収められた。それらは番組となって放送されると共に、DVDとしても発売されているが、本書は「監督の言葉」にフォーカスして、過去の取材映像の中から珠玉のメッセージを集めて編修されている。

サッカーに限らず、高校スポーツというのは特別な世界だ。青春の真っ只中にある高校生が、3年間という大切な時間のほぼ全てを捧げて生きる世界。その中でも、全国大会まで勝ち上がってくるチームの選手たちともなれば、本当に全てをサッカーに賭けて生きている。そんな彼らが、ようやく辿り着いた全国大会の舞台。この場所で、俺たちの最高の輝きを。最高のシュート、最高のパス、そして最高のランを。最高のチームワークをみせて、そして最後はチーム全員が一丸となった最高の勝利を。誰もがきっと、同じ思いを抱いているだろう。でも、勝負の世界は残酷だ。大会を通じて、最後まで負けることなく戦い抜くことを許されるのは、日本中でわずか1校しかない。その他の全てのチームは、「敗北」という形でそのシーズンを終えることになるのだから。

ただ、それゆえに高校サッカーは見る者の心を揺さぶるのかもしれない。暁星高校の林義規監督も、インタビューで以下のように語っている。
「高校サッカーは、プロを育てるJリーグアカデミーや、海外のクラブチームを中心としたサッカーとは全くの別モノ。卒業後にプロになるのはほんの一握りで、ほとんどの選手は3年でサッカー人生を終えることになる。だからこそ、そこにはサッカーの専門集団にはない「熱い思い」が生まれるんだよ。(中略)『選手権大会は、負けた選手と負けた監督で成り立っている』という名言があるけど、まさにその通りだと思う。優勝校以外のチームはすべて負けちまうんだ。でも、彼らの思いは、勝ったチームに引き継がれていく。『俺たちの分までがんばってくれ』ってね。」
  試合終了のホイッスルが鳴り響く。勝者と敗者が確定する瞬間。そこから先、スコアボードはもう動かない。勝利に歓喜するチームの隣には、敗者の姿が常にある。青春の全てを賭けてきた純粋な本気の戦いに、終焉を突きつけられた高校生フットボーラーたちの姿が。もうそれ以上、夢を追うことを許されないという冷徹な現実。泣き叫ぶ選手もいれば、呆然自失の選手もいる。そうやって悲しみに暮れながらメンバーが引き上げてきたロッカールームで、監督は何を語るのだろうか。

本書に集められたメッセージは、本当に様々だ。監督の人柄や選手たちの個性。過去の先輩たちが営々と築いてきたチームカラー。ラストゲームを迎えるまでに過ごした日々と、その過程でおそらく確立されたであろう選手たちと監督との信頼関係。そういった様々な要素が凝縮されて、最後の言葉が紡ぎ出される。それは計算されたものではなくて、きっとその瞬間、自然と絞り出されるようにして生まれた言葉たちだ。

中でも、私が最も心を打たれたメッセージを引用したい。第85回大会の準決勝。岩手県立盛岡商業高校に惜しくも0-1で敗れた千葉県立八千代高校の砂金伸監督の言葉だ。
「あと2日間、このチームを解散させずにやりたかったけど、全国大会っていいよなあ。国立競技場、気持ちよかったろう。お前ら日頃から一生懸命やったからこれがあるんじゃねぇか、なあ。プロセスが大事なんだから。適当なことやってるやつにこういう思いはできないんだよ。そうだろ。だから胸を張んなきゃいけないの。でも、今日はね、いいサッカーしてたよ、このピッチの状態で、あの雨の状態で、みんなのいいとこ満載だったよ。でもサッカーだから点取らねぇと勝てねぇんだよな。いい経験したじゃねぇかよ。だからこの経験をした人は、いい大人にならなきゃダメ。たくさんの子供たちに夢を与えられるような大人になれ‥‥‥なってください‥‥‥なってほしいです」
細やかなパスワークを武器に勝ち上がってきた八千代高校にとって、ようやく辿り着いた国立での準決勝は過酷なものとなった。降りしきる大粒の雨で、グラウンドコンディションは最悪の状態。水たまりでボールが止まってしまい、得意のパスワークが機能しない。なかなか得点できず苦しい展開が続く中、ゴールキーパーの植田峻佑がファインセーブを連発。チームのピンチを何度も救い、0-0のままで後半ロスタイムへと突入する。しかし、運命は残酷だった。盛岡商業の右コーナーキック。植田は雨でボールが滑ることを考えて、パンチングで弾き返そうとしたのだが、そのボールは無常にも真下に落ちて、自身の左膝に当たってそのまま痛恨のオウンゴールとなってしまうのだ。

部外者の私には想像する他ないのだけれど、砂金監督はきっと、誰よりも確信していたのだと思う。チーム全員が持てる力の全てを出し切ってくれたことを。誰のせいでもなく、八千代は最高のサッカーをしたのだということを。オウンゴールというあまりに辛い運命も、八千代のメンバーはいつかきっと、新たな夢へのエネルギーへと変えていってくれるはずだということを。そのメッセージのラストにおいて、まさしく絞り出すようにして、選手たちへの指示から願望、そして監督自身の願いへとつながっていく流れが、砂金監督の思いの全てを物語っているといっても過言ではないだろう。心から、素敵な言葉だと思う。選手たちを愛していたことが、言葉の端々から伝わってくる。

本書で紹介されている約80のメッセージを読んでいて興味深いのは、全ての言葉にどこか通底する本質のようなものが感じられることだ。表現の仕方や、選手たちとの距離感は人それぞれでも、心からの愛情と信頼をもってぶつかり合ってきた選手たちに、最後のロッカールームで名監督たちが伝えようとすることは、どこかで普遍的なものへと至るのかもしれない。私なりに読み解くならば、それは「前を見よう」ということだ。高校生たちにとっては一度きりの敗戦でも、監督たちは違う。昨年も、その前も、ずっとチームを率いて全国大会の舞台を戦ってきた強豪校の監督たちは、敗北の意味を誰よりもよく知っているのだ。来年も、再来年も、監督たちは新たなメンバーを引き連れて全国制覇を目指し、そして優勝校以外の監督は、その年の選手たちの涙を受け止めていくことになるのだから。

「今はとことん泣けばいい」という監督もいる。「一生懸命やったんだ、泣くことないじゃねえか」と語りかける監督もいる。「5分間だけ泣いたら、笑顔でロッカールームを出ようぜ」と鼓舞する監督もいる。どの言葉にも真実が詰まっていると、私は思う。「勝負の世界は結果が全てなんだぜ、勝利にこだわれよ」と日々叱咤し続けた監督が、最後のロッカールームで「結果が全てじゃないんだよ」と涙交じりの笑顔で選手たちを称える。矛盾していないと、私は思う。それこそが、スポーツだ。矛盾を内包しながら、それを越えていく。負けてもいいゲームなんて存在しない。敗北を簡単に受け入れてしまったら、チャンピオンシップ・スポーツはその意義を失ってしまう。でも、敗北しないアスリートなどいない。敗北しても前を向いて、前進し続ける人間が育っていくならば、それは素晴らしいことじゃないか。

選手たちには、いつだって明日を見ていてほしい。 そんな監督たちの心が凝縮されたラストメッセージとして、この言葉を書き残しておきたい。
「負けることは恥じゃない、負けることは。恥なのは、負けて立たんこと。負けて立たんこと。次もう1回、お前らの次の道、行くんぞ、ほんまに‥‥‥。もうひとつ、明日は味方だ。誠実に生きよったら、みんな味方してくれる。気分は切り替えな。もう宿舎に帰った時は笑おう。いつものとおりな‥‥‥。次、明日、明日な」
(徳島県立鳴門高校、香留和雄監督(第85回大会))
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レビューでも触れたように、『最後のロッカールーム』はDVD化もされている。神聖なる空間にカメラが入ることの是非について議論があるのは承知しているつもりだが、同じような世界をくぐり抜けてきた人間以外には、なかなか想像の及ばない魅力的な空間なのは確かだろう。

挫折を愛する (角川oneテーマ21)
  • 作者:松岡 修造
  • 出版社:角川書店(角川グループパブリッシング)
  • 発売日: 2012-12-10

熱い男の代表格といえば、やはり松岡修造だろう。彼が本書で語っていることも、突き詰めれば同じなのかもしれない。ただ、松岡修造の本当の凄さは、挫折に至るまでの本気度ではないかと、私は思っている。恐ろしいほどの熱気ゆえに、彼は本気の挫折をして、そしてそれを乗り越えていくのではないだろうか。

オールアウト―1996年度早稲田大学ラグビー蹴球部中竹組
  • 作者:時見 宗和
  • 出版社:スキージャーナル
  • 発売日: 1999-01

ラグビーの世界で純粋に「極み」を目指した男たちの物語として、本書は外せない。現在は絶版のようだが、一刻も早い復刊が待たれるところだ。1996年度、中竹主将が率いた早稲田大学ラグビー部の軌跡。その熱い魂に、思わず胸が熱くなる。純粋なる本気とは、時に狂気でもあるのだということを、本書は教えてくれるはずだ。

アベノミクスを考えてみる。 - 『リフレはヤバい』

リフレはヤバい (ディスカヴァー携書)
  • 作者:小幡 績
  • 出版社:ディスカヴァー・トゥエンティワン
  • 発売日: 2013-01-31

2012年12月26日。
その日は今後の日本史において、どのように語り継がれていくことになるのだろうか。

その日から遡ること10日前の12月16日。この日行われた第46回衆議院議員選挙において、安倍晋三総裁率いる自民党は圧勝。過半数を大きく超える議席を獲得し、民主党を与党の座から引き摺り下ろすと、その後、安倍氏が第96代内閣総理大臣に就任。政権交代が果たされる。

そう、2012年12月26日とは安倍総理の就任日なのだ。
そして、それはつまり「アベノミクス」が発動された日ということになる。
いまや毎日のように新聞紙上を賑わしている、この円安誘導型の金融政策は、おそらく今後の日本経済、更に言えば日本という国家全体の命運を大きく左右することになるだろう。成功するとしても、哀しい運命になるとしても。

本書はその「アベノミクス」の中心に据えられている考え方、いわゆる「リフレ政策」の危険性を考察し、その理論的な誤りを徹底的に批判したものだ。リフレ派と反リフレ派は、アベノミクスの登場を待つまでもなく、様々なメディアで喧しく論争を繰り広げているが、本書は反リフレ派の先鋭ということになるだろう。正直に言って、この場で経済論争をする気など全くない私としては、思わぬ記述がある一定層の琴線に触れて、炎上したりしないだろうかとやや不安でもあるのだが、それでも本書は紹介したい。なぜならば、昨年8月に新メンバーとしてHONZに参加した頃から、「絶対にこの人の新著だけは譲ってはいけない」と心に秘めていた1人が、本書の著者である小幡績氏だったからだ。実はずっと待っていたのだ、彼の新著を。(とはいえ、ここまで直截的なタイトルで来るとは思ってもいなかったけれど。)

さて、リフレ論争だ。
まずは「リフレ政策」とは何であるかについて、著者の言葉を引用してみよう。
リフレとは、意図的にインフレーションを起こすことです。

至ってシンプルだ。要するに、物価を上昇させる政策と考えればいい。ただ、著者はこのシンプルな定義の中に重要なメッセージを持たせている。まず、「円安誘導=リフレ」ではないということだ。物価の上昇とは通貨価値の下落を意味するので、結果的にインフレと円安は同義かもしれないが、本書が想定する「リフレ派」の核心はあくまで物価の上昇だ。アベノミクスに関する昨今の報道をみても円安にフォーカスしたものが多いが、リフレ派にとって、円安はインフレを実現するための手段であって、それ自体が目的ではない。ややクドイかもしれないが、本書においてこの関係性は重要なポイントだ。その上で、リフレ派の主張は「物価が上昇してデフレから脱却できれば、日本の景気は回復する」という点が暗黙の前提になっている。

整理してみよう。本書によれば、リフレ派のポイントは以下のように要約できる。
①デフレが不況の原因である。
②円安になればインフレが起こる。つまり、デフレからの脱却は可能である。
③よって、円安インフレ政策によって、景気は回復する。

本書の記述に沿ってごく単純化して捉えるならば、これがリフレ派の主張ということになる。インフレターゲットや大胆な金融緩和、日銀法改正といったリフレ派の中心的な施策は、①~③の基本認識のもとで、円安とインフレを実現するための具体的な手段ということになる。とはいえ、実際に各種メディアを賑わせているのは、多くの場合、こうした具体的トピックに関するものが大半だ。安倍総理の就任後、明らかな円安トレンドになってきていることもあり、どうしても近視眼的な報道が多くなる。その時、①~③のようなリフレ派の前提は、暗黙のうちに了解されていることが多い。しかしながら、本書のスタンスは全く異なる。その主張の本質は、こうした具体的な政策の是非とは別のところにあり、要するに著者からすれば、①~③の前提がそもそも誤っているのだ。

それならば、著者の立場とはどのようなものか。
私の理解では、その中心的なポイントは2つある。1つは、そもそもインフレは起こせないということ。そしてもう1つは、円安は日本経済を崩壊させる危険性がある、ということだ。

最初のポイントについては、もう少し厳密に記述する必要がある。著者が主張しているのは、「通常の意味での物価の上昇」は起きないということだ。理由は単純で、今の日本においては、売り手が値上げをしないからだ。物価上昇の前に、景気回復があれば話は別だ。景気の回復に伴って給料が増えて、その結果として国内総需要が増加すれば、お店は商品・サービスを値上げするかもしれない。でも実際は、このご時世、一時的に企業の業績が多少改善した程度で、給料はすぐに上がらない。値上げすれば、更なる売上の低迷を招くだけだ。著者はこう言っている。
景気をよくするためにインフレを起こすこと、それは無理なのです。
つまり、因果関係が逆なのです。
通常の意味でのインフレは、起きない。ただし著者は、それでも日本がインフレになる場合として、2つのパターンを挙げており、そのいずれもが円安と密接に結びついている。まずは輸入インフレだ。輸入品の値上がり、あるいは原油や資源の輸入コスト増大によって、製品価格を引き上げざるを得ないケースだ。もう1つは資産インフレだ。これには日銀による量的緩和政策が影響してくる。現在行われている量的緩和とは、要するに、中央銀行がマーケットから金融資産(主に国債)を直接購入することで、マネーサプライを増大させる政策なので、当然ながら対象となる金融資産には買い注文が入っている訳だ。当然、金融資産の価格は上がる。ただしこれは、実体経済の流れとは独立して引き起こされる一種のバブルだ。その副作用も十分に意識されなければならない、ということになるだろう。いずれにせよ、著者の主張しているのは、「リフレ派が言っているような形でのインフレは、起きない」ということだ。

そして2つめのポイント、円安だ。
こちらの方が、より重要な問題として位置づけられている。インフレが起きないだけならば、まだ構わない。でも円安はマズイと著者は言う。なぜならば、国債価格を暴落させる可能性があるからだ。

既に書いたように、日銀は量的緩和政策を行い、大量の日本国債を購入している。これは当然ながら円建ての金融資産なので、円安になれば、例えばドル建ての米国債と比較した場合、日本国債の価値そのものが下落することになる。日本国債を大量に保有しているのは、主に国内の金融機関(特に銀行)だが、彼らにとっては保有資産価値が減損するリスクがあるということだ。円安ドル高という為替リスクをヘッジするためには、先物でドルを買っておけばいいという考え方もあるが、ヘッジには当然コストが発生する。将来、日本国債の価格が下がると分かっているならば、最初から米国債に投資した方が合理的だ。ただ、本質的な問題は、もう一歩先にある。ちょっと長くなってしまうが、引用しておこう。
自分のことだけ考えれば、ヘッジすればすみますが、現実にはそうはいきません。なぜなら、みな同じことを考えているからです。
国債はみんなが投資しています。それが、円安が進む可能性が高いことがコンセンサスになったのです。(中略)為替のヘッジをするという方法と、日本国債を売って、米国債に乗り換える方法とあることもみながわかっています。
どちらでもいいのですが、この「どちらでもいい」というのは最も危険なのです。
なぜなら、米国債に乗り換えるほうを多くの人が選んだ場合は、この二つは同じではなくなるからです。
多くの人が米国債に乗り換えたならば、日本国債は値下がりします。みんなが売るから当然です。今度は、円安になる分、実質的に値下がりするのではなく、円でみても値下がりする、ふつうに値下がりするのです。
これが、従来の議論と全く異なるポイントだ。「円安」というファクターがなければ、機関投資家にとって日本国債は、大量のマネーを安定的に吸収できて、流動性も高い魅力的な商品だ。しかし、そこに「意図された円安」というコンセンサスが加味された時に、日本国債というものの性格は大きく変わってしまう。国債が本当に値崩れを起こすようなことになれば、発行済国債を大量に抱える多くの国内銀行(特に地方銀行)はひとたまりもないだろう。著者によれば、日本の銀行セクターは全体で約200兆円もの長期国債を保有しているのだ。これが暴落すれば、幾つか潰れる銀行も出てくるはずだ。貸しはがしも避けられない。バブル崩壊の頃を凌駕するような金融危機となるだろう。

そうなれば、政府は公的資金を注入して銀行救済に乗り出すはずだ。でも、肝心の公的資金はどのように捻出されるのか。言うまでもなく国債発行だ。だが、忘れてはいけない。このシナリオの震源となっているのは「国債暴落」なのだ。更なる国債の増発となれば、当然ながら暴落に拍車がかかってしまう。そうなれば、危機の渦中にある銀行も、暴落する国債をマーケットで売り抜くことができず、資本の劣化を食い止めることさえできない状況に陥るだろう。銀行危機は深刻化し、そして連鎖する。政府の財政危機も引き起こされて、絶望的な危機のスパイラルが訪れることになるのかもしれない。

もちろん、このような日本崩壊のシナリオを誰も望んでいる訳ではない。それは、本書の著者も同じだ。実際、本書の冒頭において、こう綴っている。
本書が、リフレ政策による目先の円安、株高に浮かれる人々に対する警鐘となり、そして、安倍首相が、名目金利上昇のリスクに気づき、リフレ政策を修正することを望む。
そして、本書の予言が実現せず、小幡の言うことは当たらなかったと、私が批判を受けるというシナリオ。そちらのほうのシナリオが実現すること。それを強く願って、本書を、安倍首相とかれの愛する日本に捧げることにしたい。


日本経済の未来は、結局のところ誰にも分からない。アベノミクスが今後どのような展開を迎えるにしても、個々人として出来るのは、自分なりに考えてみるということしかないのかもしれない。そのための材料として、本書は格好の1冊になるだろう。非常にクリアな論理と平易な説明で、リフレ政策に対する反証が展開されているからだ。「輸出産業を守るためにも円安は重要」、「マネーを増やせば円安は実現する」、「世界中の中央銀行の中で、日銀だけが特殊な対応を取っている」といった巷でよく聞く話についても、とても丁寧に反駁を行っている。本書の論理が腹に落ちるかどうかは別として、リフレ派、反リフレ派といった色眼鏡を一旦置いて、お互いの依拠するロジックを知っておくのは重要だ。その意味で、リフレ派も反リフレ派も、リフレの何たるかに興味のなかった人も、読んでみてほしい。きっと面白い気づきがあるはずだ。

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アメリカは日本経済の復活を知っている
  • 作者:浜田 宏一
  • 出版社:講談社
  • 発売日: 2012-12-19

やはり併記しておかない訳にはいかないだろう。アベノミクスの理論的支柱とされる浜田宏一氏の最新刊。リフレ派の考え方を知るために。

紙の約束―マネー、債務、新世界秩序
  • 作者:フィリップ・コガン
  • 出版社:日本経済新聞出版社
  • 発売日: 2012-11-23

マネーというものの本質を正面から扱った重厚な1冊。「紙幣とは本質的に負債である」という著者の指摘は重いものがある。紙の約束とはつまり、「いつでも破られうる約束」ということでもあるのだから。

予習のつもりがどっぷりと。 - 『八重と会津落城』

八重と会津落城 (PHP新書)
  • 作者:星 亮一
  • 出版社:PHP研究所
  • 発売日: 2012-12-16

正月三が日も終わり、昨日が仕事始めだった方も多いだろう。いよいよ本格的に幕を開けた2013年だが、そのイントロを飾りそうなのが1月6日(日)スタートの大河ドラマ「八重の桜」だ。HONZを読まれている方は書店を訪れる頻度も多いと思うが、書店の棚は昨年の暮れから見事なまでの「八重ブーム」だ。日本史のコーナーは勿論のこと、新書にも「八重の桜」に関連した新刊書が数点並んでいる。そんな訳で、予習も兼ねてと思いながら手に取ったのが本書なのだが、これが想定していたものとは多少異なる面白さだった。(ただ、とても面白かったのは間違いない。)

というのは、表題から想像するほど(山本)八重の人生が主題になっていないのだ。あくまで「会津落城」が本書のメインテーマになっている。もちろん八重は登場するのだが、あくまで若松城(鶴ヶ城)での籠城戦における獅子奮迅の活躍と、そこに至るまでの八重および山本家の境遇が多少添えられている程度だ。本書の表題からすると当然かもしれないが、戊辰戦争の後、新島襄と結婚した「新島八重」としてのエピソードは皆無であり、「八重の桜」の事前テキストとしてはやや王道から逸れている。でも、それで構わない。本書において著者が描き出そうとしたのは、あくまで幕末期における会津藩の歴史であり、そしてそれは激動の連続でとても興味深く、ドラマチックであり、そして現代を生きる私たちにとっても気づきと学びに満ちているからだ。

文久2(1862)年、会津藩の第9代藩主である松平容保が京都守護職に就任するところから物語は始まる。当時の京都は薩長の藩士らによる尊王攘夷運動が巻き起こっていた動乱の地。幕府の威信が大きく低下していた状況で、荒れる京都の治安を守り抜き、幕府に忠義を尽くす困難な責務を負ったのが、京都守護職だ。あまりにもリスキーであり、誰もが就任を躊躇せざるをえない火中の栗のようなポジション。八重の兄であり、会津藩の砲術師範だった山本覚馬は、松平容保に対して幕府から就任の依頼があったと知り、絶句したという。しかし、藩士たちの反対を押し切って、容保は京都への赴任を決意する。ここが、会津藩の悲劇の始まりとなった。

慶応2(1866)年には薩長同盟が結ばれ、いよいよ倒幕の動きが加速する。第2次長州征討に敗れた幕府の権力は弱体化の一途を辿り、その後、倒幕を好まず公武合体論を取っていた孝明天皇が急死すると、いよいよ幕府は窮地に立たされる。15代将軍の徳川慶喜は大政奉還によって事態の打開を図ろうとしたが、同じ頃、薩長は岩倉具視の側近だった玉松操が起草した「討幕の密勅」をもってクーデターを決行し、王政復古の大号令を発し、新政府を樹立する。その後、鳥羽・伏見の戦いでの旧幕府軍の惨敗を経て、1年半あまりにわたる戊辰戦争の末に、明治維新へと展開していくのは、誰もが知るところだ。

こうした幕府崩壊の流れにあって、会津藩は常に幕府側だった。実は松平容保は、慶応3(1867)年2月に京都守護職の辞任を申し出ている。藩財政の窮乏、そして肝心の幕府の衰退。このままでは会津藩が滅亡してしまうとの危機感があった。しかしながら、幕府の説得もあり辞任は叶わず、容保と会津藩士は京都に残留。その後、討幕の密勅を手に官軍を名乗った薩長の前に、会津は賊軍とされてしまうのだから、歴史の悲劇としか言いようがない。それでも会津藩は、最後まで幕府への忠義を貫き、絶望的な状況の中、自らの信じるもののために薩長連合軍との死闘を繰り広げた。八重が大車輪の活躍をみせた若松城での1ヶ月に及ぶ籠城戦では、会津の女性達が凄まじいばかりの団結力と行動力で、戦況を支えている。誰よりも巧みにスペンサー銃を操り、百発百中の命中率で敵軍を狙撃し続けたという八重も凄いが、他の女性も炊事や食糧調達、怪我人の看護、そして銃を持っての戦闘に至るまで、男共を越える強さと逞しさだったという。こうした会津藩のドラマには、やはり心を打つものがあるだろう。

ただ、こうしたドラマの裏側こそが、本書が明らかにしている最も重要なポイントだ。こうした会津藩の悲劇の歴史には、実は幾つかのターニングポイントがあったのだが、後世の目から見ると、会津藩はその時々における重要な判断を悉く誤っているのだ。また、形勢不利の戦いを強いられた戊辰戦争でも、決定的な戦略ミスを幾つも犯している。これは奥州他藩との交渉戦略のミスもあれば、合戦における戦術的判断のミスもあるが、これらがなければ、会津藩はもっと戦えたのかもしれない。結局のところ、悲劇のドラマを演出してしまった決定的要因には、戦略の不在があったのだ。

そして興味深いのは、そうしたミスの多くが「人事」と「旧弊」に起因しているように感じられることだ。例えば、「奥羽の咽喉」といわれた白河での戦いで、会津藩が総督に選んだのは戦闘経験が皆無の西郷頼母だった。情報収集も戦略もなく臨んだ戦いは、無残なまでの即日陥落。挙句の果てに、惨敗を喫した西郷へのお咎めは一切なかったそうだ。また、会津藩の軍備は薩長に大きく出遅れていたのだが、先見の明をもった逸材、山本覚馬は早くから西洋の新式銃を購入するように進言していた。しかし、旧弊に縛られた家老達はなかなか納得せず、ようやく外国から納入の目処がついた頃には幕府が崩壊していたため、注文した1,300挺は薩長に押さえられてしまった。こうしたミスは、もう枚挙に暇がないほどだが、ドライに評価してしまえば、藩主たる松平容保が、大胆かつ戦略的な人事で、旧弊を打開できなかったということなのかもしれない。

本書の醍醐味は、まさにこうした敗因の分析にある。時間軸に沿って具体的なエピソードを幾つも織り交ぜながら、会津落城の背景を丹念に追っていく展開は、非常に刺激的で、読む側を全く飽きさせない。心揺さぶるドラマから学べる歴史も勿論大切だが、「歴史に学ぶ」ということの重要性は、こうした「史実の背景部分」にこそ隠れているのかなという気がする。戦略や戦術が求められるのは、現代でも同じなのだから。

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失敗の本質 戦場のリーダーシップ篇
  • 作者:野中 郁次郎
  • 出版社:ダイヤモンド社
  • 発売日: 2012-07-27

本書を読み終えて、最初に思い出したのが名著『失敗の本質』だ。会津藩の敗戦は、太平洋戦争における日本軍の敗戦とどこか重複する。人事のミス。旧弊に縛られた意思決定。そして、長期的なビジョンを見据えた戦略の不在。やはり歴史に学ぶことの意義は大きいと、つくづく思う。

「朝敵」から見た戊辰戦争 桑名藩・会津藩の選択 (歴史新書y)
  • 作者:水谷 憲二
  • 出版社:洋泉社
  • 発売日: 2012-12-06

会津藩の悲劇はなぜ起こったのか。鳥羽・伏見の戦いにおいて、会津藩と共に幕府軍の先鋒を務めた桑名藩と比較しながら読み解いていく。

『IKEAモデル』 - それはモデル演繹型の経営。

IKEAモデル―なぜ世界に進出できたのか
IKEAモデル―なぜ世界に進出できたのか

  • 作者: アンダッシュ・ダルヴィッグ, 志村 未帆
  • 出版社: 集英社クリエイティブ
  • 発売日: 2012/11/26


  • 低価格の北欧風デザイン家具販売店として、グローバルで成功を続けるIKEA。本書『IKEAモデル』は、2009年までCEOを務めた著者が、その経営モデルを網羅的に綴ったものだが、読んでみて非常によく分かった。「IKEAモデル」とは、要するにコスト削減の王道を極めることなのだと。

    王道は、極論すればつまらない。でも、王道の完遂は決して容易ではない。IKEAはそれを、一切ぶれることなく完遂してみせた。そして、いまやその王道は「IKEAモデル」というイノベーションにまで昇華した。それこそがきっと、IKEAの真の凄みなのだ。

    具体的にみていこう。
    出発点はIKEAの理念だ。それはシンプルなワンフレーズに、見事に集約されている。
    「より快適な毎日を、より多くの方々に」

    この短いフレーズから、IKEAを特徴づける多くのポイントが導かれる。

    まず、目指すのは「快適な毎日」だ。それゆえに、商品ラインアップは生活家具を原則とする。キッチン、寝室、リビングといった日常の時間を支える空間を心地よくするための製品だけが、IKEAの売り場に並ぶ。そして快適を支えるのは、デザインと機能だ。IKEAは小売業なので、ここでの差別化には徹底的にこだわる。

    「より多くの方々に」届けるために、IKEAはなによりも価格競争力を優先する。そのために、バリューチェーンのあらゆる局面において、徹底的なコスト削減を目指す。ただし、商品の品質劣化を招くコスト削減ではなく、あくまで合理的に、ムダを排除していく。コスト削減の結果は、販売価格を下げることで顧客に還元する。その上で、あくまで多くの人にリーチするために、まずは顧客の目線にあった価格設定から入り、そこから商品開発を進めるという通常とは逆のアプローチを採用する。

    ここで、時として2つの理念がバッティングする。例えば、ローカライズだ。アメリカ人のために、ベッドのサイズを多少カスタマイズすれば、商品規格の違いによって、バリューチェーンの修正が必要になる。それは結局コストの増加を招き、商品価格に跳ね返っていく。こうしたケースにおいて、IKEAは常にぶれることなく、「モデル」に回帰していく。商品には自信を持っている。コストはいつだって最優先だ。そこから演繹的に、IKEAは「カスタマイズしない」という選択をする。ただし、例えば市民が狭い住環境を強いられている国の場合、サイズを調整しなければ「快適」が実現されないため、理念のためのローカライズを許容する。

    あるいは、上述した商品ラインアップだ。小売業における差別化要素は、価格だけではない。IKEAは「充実した買い物体験」を重要なポイントと捉えて、1箇所で必要なものが全て揃うように商品を充実させている。(ちなみにこれは、本当に素晴らしいレベルだ。)しかし同時に、商品数の増大は物流効率の悪化を招く。ここでもIKEAは、モデルに立ち戻る。つまり原則として、理念のためにコストが優先される。

    こうした判断の分岐に、IKEAのIKEA性を感じるのだ。いつも理念に戻って、モデルから演繹する。必ず、「常に」そうするのが非常にIKEAらしい。

    ビジネスモデルの話になると、「集中か、分散か」といった議論が展開されることも多いが、こういった問題もモデル演繹方式のIKEAには無縁だ。IKEAのスタンスは非常に明快で、要するに「理念のために集中が必要であれば集中し、分散が必要であれば分散する」ということになる。IKEAは現在、世界26ヵ国で290のIKEAストアを展開しているが、生産体制は地域(リージョナル)拠点へのシフトを進めているそうだ。長期的にみた輸送コストの上昇、生産リードタイムの短縮、為替変動リスクの回避といった要素を加味して、低価格商品を提供しつづけるには拠点分散の方がベターだと考えているようだ。

    IKEAを考える際には、その企業形態も重要だ。IKEAは非公開企業であり、より正確に言えば、創業者イングヴァル・カンプラードによって1982年に設立されたオランダの財団なのだ。本書の著者アンダッシュ・ダルヴィッグは、1999年から2009年までの10年間、CEOとしてIKEAの経営を担ったのだが、就任直後に「10年で10の取り組み(10/10)」という戦略を打ち立て、「IKEAモデル」の確立に向けた施策を10年かけてきちんと実行していった。これは素晴らしいことだが、常に株主のプレッシャーを負いながら経営せざるを得ない多くの株式会社にとって、10年計画の実行は難しいだろう。もちろん、それは公開/非公開という形態の違いであって、必ずしも価値の優劣を意味しない。株式会社にもメリットはあり、財団のリスクも当然あるはずだ。しかし、10年スパンの実行力こそが生み出せるモデルが存在するのは、間違いないだろう。

    本書はこうした「IKEAモデル」の本質を、極めて冷静に分析している。さすがに元CEOの著者による整理には深みがあり、読み応えも十分だ。ただ、そのスタンスはあくまでクールだ。時にはIKEAの失敗もオープンに書いており、ただの成功譚ではないのも非常に興味深い。全体を通低する淡々とした筆致は、いかにも王道の「IKEAモデル」にふさわしい感じがする。



    ちなみに余談だが、コスト削減のためのIKEAの工夫を紹介しておきたい。
    通常の組み立て家具だと、ネジのような部品はスペアが付いているが、IKEAでは必要数しか付いていない。その代わり、IKEAストアのレジ前にパーツコーナーがあり、カタログから必要なパーツ番号を調べれば、いくつでも持ち帰ることができる仕組みになっている。うまい工夫だ。99.9%の顧客にとっては、きちんと組み立てればスペアパーツは必要ない。そういう小さなムダの削減も、全世界290のIKEAショップに並ぶ全商品から削減されれば、期待効果は十分に見込めるはずだ。

    ただ、これで終わらないのが面白いところだ。実はIKEAの店舗は、顧客を一方通行で、順路に沿って移動させるレイアウトになっている。多少歩かされるが、そうすることで、充実した商品レンジをアピールする仕組みなのだが、パーツコーナーが併設されたレジは、常にその終点だ。そう、ただスペアをもらうだけのつもりが、思わず購買意欲を掻き立てられるといった副次効果も見据えている。コスト削減を進める一方で、年間6億人が訪れる「店舗」を、重要なマーケティング拠点として有効活用するのも忘れない。そのしたたかさも、IKEAモデルから演繹される必然ということかもしれない。

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    イケアの挑戦 創業者(イングヴァル・カンプラード)は語る
    イケアの挑戦 創業者(イングヴァル・カンプラード)は語る

  • 作者: バッティル トーレクル, Bertil Torekull, 楠野 透子
  • 出版社: ノルディック出版 (2008/07)
  • 発売日: 2008/07

  • IKEAの創業者イングヴァル・カンプラードを正面から扱った1冊。IKEAという企業を考えるには、やはりこの創業者の思いを外すことはできないのだろう。オーナー企業というのは、すべからくそういうものかもしれないけれど。

    スターバックス再生物語 つながりを育む経営
    スターバックス再生物語 つながりを育む経営

  • 作者: ハワード・シュルツ, ジョアンヌ・ゴードン, 月沢 李歌子
  • 出版社: 徳間書店
  • 発売日: 2011/4/19

  • IKEAとスターバックスはどこか似ているような気が、ずっとしていた。今、その理由は少し分かったような気がする。つまり、どちらも「経営においては理念を、現場においては顧客の快適を」重視しているということなのではないか。シュルツの著作はより人間味があり、具体的なエピソードに溢れた名著だが、著作のスタイルは違えども、行き着く先は、やはりどこか似ている。

    もう、辞めたい・・・。心優しき『戦国の貧乏天皇』

    戦国の貧乏天皇


  • 作者: 渡邊 大門
  • 出版社: 柏書房 (2012/10)
  • 発売日: 2012/10

  • なかなか刺激的なタイトルだ。
    わずか7文字の中に、知的好奇心を刺激してやまない「違和感」が内包されている。

    まず「戦国」と「天皇」がうまく結びつかない。日本史で習った天皇を思いつくままに挙げてみても、古代であれば神武、推古、聖武、桓武といった有名ドコロがすぐに浮かぶし、中世になると、後に院政を敷いたことで知られる白河、鳥羽といったあたりが思い出される。しかし、その後となると、多くの人にとって耳馴染みがあるのは後醍醐天皇くらいで、建武の新政が崩壊して室町時代に入ってくると、その頃の天皇の名前はほとんど知らないのではないだろうか。

    そして「貧乏」と「天皇」も、同じように結びつかない。鎌倉幕府の誕生以降、武家統治の時代が長かったのは事実としても、やはり天皇は一貫して日本史の中心にいたはずだ。武家の時代にあっても、たとえば征夷大将軍の任命権限を持っていたのは天皇だ。要するに、武家にとっても天皇の権威が重要だったということであり、その天皇が「貧乏」だと言われても、なかなかピンと来ない。

    これだけでも十分に興味深いのだが、さらに本書の帯は追い討ちをかける。なにせ、目に飛び込んでくるのは「もう、朕は天皇を辞めたい!!」という衝撃的なフレーズだ。歴史上、壬申の乱のように皇位継承を争った例はあるにせよ、辞めたいって・・・。宿命を持って生まれた人間のみに許された最高の名誉ある権威。それが天皇ではないのか。

    そんな違和感の根源を、本書はひとつずつ丁寧に解きほぐしていく。
    戦国時代の天皇については、いまだ研究が十分に尽くされてはいない状態にあるようだが、著者は豊富な史料や参考文献に基づいて、当時の天皇が直面していた窮乏の実態を明らかにしている。


    本書が主に取り扱うのは、後土御門天皇(103代、1464-1500)、後柏原天皇(104代、1500-1526)、後奈良天皇(105代、1526-1557)の3人だ。それぞれの天皇に1章ずつ割かれていて、どれも非常に面白いのだが、中でも郡を抜いて衝撃的なのは、やはり後土御門天皇だ。後土御門が在位した36年間はまさに驚きのエピソード満載なのだが、ここではその即位が1464年であることに注目してほしい。即位から3年後の1467年には、京の町を一面火の海にしたとされる「応仁・文明の乱」が勃発しているのだ。1477年に収束を迎えるまで、11年にもわたって繰り広げられたこの悲惨な戦乱は、室町幕府の統治体制を決定的に弱体化させ、これをもって戦国時代の幕が開けることになる。後土御門天皇の時代というのは、まさにこの戦乱期に見事に符号していたのだ。

    父、後花園天皇から帝王学を授かり、和漢の学問に通じていた後土御門は、寛永6(1465)年12月27日、24歳にして天皇に即位する。政治に対する意識も高く、戦乱に苦しむ民衆の姿には常に心を痛めていた。疫病が流行すると、四大寺(東大寺、興福寺、延暦寺、園城寺)に祈祷を命じ、各地に官宣旨を下して般若心経を読誦させて国家の平安を祈願した。神仏にすがることしかできないとしても、天皇として常に国を想い、民に心を砕いたその姿は、時代さえ違えば、名君として永く語り継がれたのかもしれない。そう考えると運命の皮肉としか言いようがないのだが、あまりにも時代が悪かった。結局、天皇という存在の無力さに絶望した後土御門は、幾度も「辞めたい」と口にするようになる。著者も書いているが、歴史上、天皇自身が繰り返し辞意を表明したという例は、後土御門以外に聞いたことがない。

    これだけでも衝撃的だが、ポイントは「幾度も」というところだ。そう、実際には退位できなかった。より正確に言えば、退位させてもらえなかったのだ。文明3(1471)年に後土御門が初めて退位を表明すると、公家、武家の双方に衝撃が走り、公武をあげての説得工作が展開された。そして哀しいことに、その大きな理由の1つは、危機的な状況に陥っていた皇室財政にあったのだ。

    もちろん、そもそも天皇が突如として退位を表明するなど尋常ではない。まだ皇太子も決まっておらず、退任となれば大混乱が生じるのは誰の目にも明らかだった。ただ、よりシビアな問題として立ち上がってきたのは財政事情だった。退位となれば、後継者の即位式が必要となる。当時、即位式には五十万疋(約5億円)が必要だったという。最高権威たる天皇の即位と思えば、さほど高い費用でもない印象もあるが、この捻出にさえも苦慮するほど、当時の皇室は財政的に追い詰められていた。この流れを決定づけたのは、やはり「応仁・文明の乱」だろう。この戦乱によって室町幕府による地方支配の体制は致命的なレベルにまで弱体化し、守護を通じた地方荘園からの収入は大幅に落ち込んだ。何とか維持してきた禁裏領所(皇室領)からの年貢納入も、必ずしも安定的ではない中で、朝廷は幕府に資金援助を求めるが、幕府の懐事情も同様に苦しかったのだ。

    皇室財政の危機を象徴するエピソードは、他にも多々ある。例えば、朝儀の停滞だ。財政面だけではなく、戦乱を避けた公家衆が地方に散っていたことも要因ではあるが、節会や歯固の儀式は長きにわたって中止されることになった。大嘗会も当時は行われていない。戦乱で荒廃した内裏の修復もままならない状態だった。通常は朝廷に主導権がある改元も容易ではなく、幕府の財政支援を仰がなければならなかった。そして挙句の果てには、葬儀さえも遅延したというのだ。後土御門天皇は明応9(1500)年9月28日に亡くなったのだが、その葬儀が執り行われたのは、なんと死後43日目のことだった。11月8日、武家方から一万疋(約1000万円)の支給を得て、ようやく最小限の費用で葬儀を行う目処が立ったそうだ。当然ながら、天皇の崩御から43日もの遅延というのは異例中の異例だ。水銀による遺体の防腐処理などを行い、最善は尽くしていたようだが、それにしてもあまりに哀れではないか。

    こうした不憫な状況に拍車をかけた要因の1つには、公家社会の「先例主義」もある。古代より脈々と継承されてきた伝統は極めて重要なものだったため、財政難の状況下においても「簡素化」は難しい問題だったのかなと思う。伝統というのは、一度断絶してしまうと、そう簡単には元に戻せない。先例を伝え知る人間を結集し、過去を知らない者たちに訓練を施し、何度も試行を重ねることで歴史を取り戻すことが必要になってくる。朝儀ひとつを取っても、節会を復活させるために公家たちは多大なる労力を割かなければならなかったのだから、伝統の維持コストというのは馬鹿にならないものだとつくづく思い知らされる。

    ちなみに、公家の先例主義にまつわるエピソードにも驚かされるものが多い。
    後花園上皇(後土御門の父)と後土御門天皇は、応仁・文明の乱が勃発した当初、難を避けるために、御所を離れて室町邸へと移ろうとした。その際、いつも使っている輿ではなくて乗物を使おうとしたところ、「稀代の例」ではないかと問題視されたそうだ。調査の結果、嘉吉の乱で先例が確認されたため、無事に乗物で避難することができたというが、全くもってその感性が理解できない。更に、室町邸に2人が同宿していると、「過去にこのような例はあるのか」という指摘が入ったという。これも、舟橋宗賢が先例を見出して「問題ない」との結論に導いたというが、著者もいうように、もはや滑稽でしかない。長享から延徳への改元に際しては、8月21日に行う旨が将軍の足利義政にも伝えられていたにもかかわらず、「近年8月に改元が行われたことはない。9月まで引き延ばしてはどうか」という横槍が入ってくる始末だ。改元絡みだと、室町邸に避難していた頃の改元作業に対しては「皇居以外の場で政務を行うことに差し支えはないのか」といったことも、真剣に議論されていたというのだから、トホホな話である。

    このように、本書は戦国期における天皇という存在の「実像」を、豊富なエピソードを交えながら、可能な限りの史料を読み込んで、とても丁寧に描写している。歴史上の「天皇」というのは、ある意味では概念的な理解に終始しかねない存在だが、こうして本書を読んでみると、財政面の困窮、そして社会の荒廃を前に胸を痛める極めて人間的な姿が浮かび上がってくる。歴史に対するアプローチとして、こうした人間的な側面を、単なる想像に任せるのではなく、具体的な史料と研究で詳らかにしていく方法論というのは、非常に面白く、読み応えがある。

    最後に余談だが、本書を読んでみて、つくづく思ってしまった。
    「危機」と「先例」ほど相性の悪いものはない。そして日本社会の先例踏襲主義は、決して今に始まったものではなく、これ自体が過去から営々と受け継がれてきた社会構造だったりもするのだ。現代の日本が、ある種の危機に面しているとするならば、退位表明する前にしなければいけないことがあるのかもしれない。結局のところ大半の日本人は、日本から逃避することなく生き続けるのだから。

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    江戸時代の天皇 (天皇の歴史)
    江戸時代の天皇 (天皇の歴史)

  • 作者: 藤田 覚
  • 出版社: 講談社
  • 発売日: 2011/6/24

  • 群雄割拠の戦国時代を経て、日本は徳川幕府による江戸時代へと突入していくが、その頃の天皇というものを描いた本書は、麻木久仁子がレビューしている。こうして繋げてみると、歴史の中の天皇というものが、より立体的かつ人間的に見えてきて面白い。

    きちんと悲しんで、そして忘れてもらうために。 - 『エンジェルフライト 国際霊柩送還士』

    エンジェルフライト 国際霊柩送還士
    • 作者: 佐々 涼子
    • 出版社: 集英社
    • 発売日: 2012/11/26

    誰もがいつかは、死を迎える。
    あなた自身も、そしてあなたの愛する人も。
    もちろん私も、そして辛いことだけれど、私の愛する人もいつか。

    死とは何だろうか。
    死に行く人にとってそれは、命の終わり。現世という旅路のいちばん奥にそっと置かれたベッド。
    ならば、残された人にとって、死とは何だろうか。
    愛する人の命は、もうそこにない。でも、そこに残ってしまうもの。もう二度と戻ることのない究極の「喪失」でありながら、それでもそこに厳然と「存在」してしまう現実。残されたものたちが向き合う死というものが、そんな絶望的な矛盾の中にしかないものだというならば、その時、人には何ができるというのだろうか。

    大切な、かけがえのない人の遺体と向き合う。
    遺体。もうそこに時を刻む生命は宿っていない。でも、遺体は時を刻む。葬儀を終えて、火葬場に運ばれて。遺体と向き合うことのできる時間は、それまでのとても限られた、わずかばかりの時間。

    でも、もしかすると、それでいいのかもしれない。
    わずかばかりの時間が、きちんとそこにあるならば。

    ずっとその時間が続いてしまったら、悲しすぎるじゃないか。
    もう戻ってこないあの人が、戻ってくることのないままに、ずっとそこにいるなんて。
    でも、たとえ限られたものだったとしても、お別れの時間がなかったとしたら、あまりにも辛すぎるじゃないか。あの人とも、あの人を失った悲しみとも、ずっとお別れができないなんて。

    だからこそ、きちんと悲しんでもらいたい。
    きちんと悲しんで、ちゃんとお別れをする時間のために、心を尽くしたい。
    そして、最後は忘れていってほしい。その悲しみと一緒に。

    本書はそんな人間達の物語。
    遺族を悲しませないためではなくて、きちんと悲しんでもらうために生きる人達の物語だ。


    エアハース・インターナショナルという会社がある。「国際霊柩送還」を専門として設立された、日本で最初の会社だ。「国際霊柩送還」という概念は聞き慣れないものだが、無理もない。そもそも、この言葉自体がエアハースの登録商標であり、必ずしも一般的な用語ではないそうだ。また、エアハースが設立されたのは2003年のことなので、まだ日本に持ち込まれて日の浅い概念でもある。

    国際霊柩送還とは、外国と日本との間で遺体の搬送を行い、遺族のもとに届ける業務だ。人はいつか死ぬものだが、いつどこで死を迎えるかは分からない。海の向こうに暮らす在留邦人や日本人の海外旅行者が現地で命を落とすこともあれば、日本国内で外国人が亡くなることもある。当然ながら、死因も様々だ。事故や病気によるものもあれば、自然災害やテロに巻き込まれることもある。自殺もあれば、他殺もある。死はいつだって、一様ではない。それでも、遺体を外国から日本へ、あるいは日本から外国へ送り届ける必要があるならば、そこには常に国際霊柩送還という任務が存在している。死因が何であっても、遺族が誰であっても、エアハースの国際霊柩送還士たちは、遺族のもとへ遺体を運ぶ。ちなみにエアハースは、スマトラ沖地震やアフガニスタン邦人教職員殺害事件、クライストチャーチ地震といった悲劇の現場においても、多くの遺体の搬送を担っているそうだ。

    国際霊柩送還は、とても辛い仕事だ。現場はいつも過酷で、辛く厳しい。もちろん「死」を扱うというだけでも生半可なものではないが、国家間での搬送業務となると、その業務はさらに困難を極める。現地確認もままならない外国に安置された遺体。いや、時によっては「安置」されているとも限らない。現地の専門業者と連絡を取り合いながら、搬出の準備をひとつずつ進めていくのも容易ではない。一方で、残された遺族とのコミュニケーションも欠かせない。悲劇の当事者である遺族たちの心に寄り添い、状況を適切に伝えながら、全ての仕事が進められなければならない。また、遺体は貨物として運ばれるため、当然ながら相応の手続きも必要だ。プロフェッショナルでなければ、動揺し、憔悴する遺族だけでは、現実的には不可能だ。

    それだけではない。時間というもう1つのファクターが、現実をより過酷なものとする。遺体は時を刻む。そう、時を経るごとに遺体は腐敗するのだ。これを防ぐために、エンバーミング(防腐処理)を施す必要があるのだが、国際霊柩送還の場合、現地でのエンバーミングが杜撰なこともある。時に彼らは、日本に届いた遺体の惨状を前に怒りを覚えながら、必死で腐蝕の進む遺体と対峙する。

    時間が蝕むのは、遺体だけではない。遺体と向き合うことさえできず、ただ待ち続けなければならない遺族の心も、時間の経過とともに苦しみを溜め込んでいく。状況次第では、身体の疲労も深刻だ。おそらくは一睡もできず、まさに身を削って待っている遺族。彼らはそのことを心底分かっている。だからこそ、一刻も早く遺体を遺族のもとへ届けたい。国際霊柩送還とは、常に時間との勝負だ。

    でも一方で、エアハースは本当に心を込めて、遺体に時間をかけて向き合っていく。
    彼らのもう1つのミッション。それは遺体を出来る限り、生前の表情に戻してあげることだ。傷があれば隠し、顔色や唇の赤みを化粧で整えて、身体を綺麗に拭いて。全てを丁寧に、時間をかけて、心を尽くして。遺族が悲しい再会を果たす時に、生前のその人をきちんと思い起こせるように。きちんと、悲しめるように。その瞬間が、本当の意味で「最後の再会」になるように。そこには、彼らが何よりも大切にしている思いが詰まっている。

    エアハースはそこまで全身全霊を捧げて、国際霊柩送還の現場に立っている。
    それでも、いや、それだからこそ、彼らは忘れ去られていくのだ。
    社長の木村理恵は、いつか言ったそうだ。
    「私の顔を見ると悲しかった時のことを思い出しちゃうじゃん。だから忘れてもらったほうがいいんだよ」

    人間の死に、誰よりも深く関わってきた人だからこそ、そこまで悟れるのかもしれない。
    切なくて、胸に迫る思いが止まらないけれど、自分達は「忘れ去られるべき人」なのだと。

    そういう諸々を経て、遺体は遺族のもとへと運ばれていくのだ。
    海の向こうから。あるいは、海の向こうへ。

    本書を読み終えてみて、今、私は思う。本当にエアハースのことを忘れずにいなければならないのは、本質的に、常に死と隣り合わせの現在を生きている私たちなのかもしれないと。

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    おもかげ復元師 (一般書)


  • 作者: 笹原留似子
  • 出版社: ポプラ社
  • 発売日: 2012/8/7

  • この本を思い出さない訳にはいかない。忘れられない大切な1冊だ。東日本大震災で命を失った方々のおもかげを復元していった笹原留似子さん。彼女が向き合ってきた物語はとても切ないけれど、読み終えた時にはきっと、心のどこかを綺麗に洗い流してくれるはずだ。ただし、まちがっても電車で読んではいけない。目蓋を湿らせてもいい場所で。

    遺品: あなたを失った代わりに


  • 作者: 柳原 三佳, 塩井浩平
  • 出版社: 晶文社
  • 発売日: 2011/8/2

  • 本書と出会った頃は、まだHONZに加入していなかった。東えりかのレビューを読んで、書店に向かったことを今でも覚えている。大切な人との死別というのは、本当に辛いことなのだと思う。きちんと忘れることができたなら、どれだけ楽だろうか。涙が止まらない珠玉の1冊だ。

    Friday, November 23, 2012

    いちばん泣き言をいいたい人が、明るい。 - 『督促OL修行日記』

    督促OL 修行日記


  • 作者: 榎本 まみ
  • 出版社: 文藝春秋
  • 発売日: 2012/9/22



  • 督促という言葉を聞いて、良い印象を持つ人はいないだろう。
    督促って、要するに借金の取り立てだ。借金をしている人は督促なんてされたくもないだろうけれど、督促する方だって、しなくて済むなら本当はしたくない。貸したお金を返してもらうために、仕方なくやっているだけ。返さない方が悪いわけで、何も悪いことはしていない。それなのに、むしろ逆切れされて文句を言われたり、聞きたくもない身の上話に延々と付き合わされたり、時には「もう死にます」なんていきなり絶望されてしまったり。理不尽な思いばかりして、でも誰からも喜んでもらえなくて。いいことなんて何もないように思えてくる。

    そんな督促が、N本さんの仕事だ。
    N本さんというのは本書の主人公。毎日コールセンターで督促電話をかけている20代OLだ。実際は著者の榎本まみさん自身のことなのだけれど、本書ではN本としてキャラクター化されている。

    もちろんN本さんだって、最初から督促がしたかった訳じゃない。就職氷河期にやっとのことで内定をもらえたのがクレジットカード会社で、そこでの最初の配属先が、新入社員の間で人気ワースト1位のコールセンターだったのだ。会社説明会で出会った先輩は支店のカード営業ばかりで、漠然と営業をすると思っていたN本さんは、入社初日にして「だまされた!」と思ったそうだ。しかも所属は、キャッシング専用カードのお客さまを担当するチーム。クレジットショッピングとは違い、そのものずばりの借金だ。多重債務者も当然いる。コールセンターの中でもタフな部門で、それまで女性社員はチームに1人もいなかった。そんな訳で、課長から最初に言われた挨拶は「男子校へようこそ」だったそうだ。つくづく、ついてない。

    これだけでも可哀想な話だが、N本さんの場合は更についてない。配属されたコールセンターはまだ出来たばかりで、システム化も全くされておらず、電話と紙だけで債権回収をしなければならなかった。前日の入金チェックも、電話がつながらないお客様への督促状の送付も、全てが手作業。法律上、督促電話をかけられるのは8時から21時までと決まっているので、入金チェックは朝の7時から、督促状を書くのは21時から終電までだった。そして日中は、食事の時間を除いてほぼ休みなく電話をかけ続ける。なにせ、1時間に最低60本は電話しなければならないのだ。電話をかける回数が少なくなると、当然ながら回収金額も減ってくる。個々人の回収金額は壁に貼り出されるので、成績低下もプレッシャーだ。1日に何本の電話をかけられるかは、オペレーターの生命線。これっぽっちも楽じゃない。

    そんな辛い思いをしながら、とにかく電話をかけ続けるN本さん。でも、電話の先にいるお客さまは、お客さまという名の「債務者」だ。誰ひとりとして、N本さんの電話なんて期待していない。それどころか、むしろあからさまな敵意を持っていたりする。そもそも貸主はクレジット会社であって、N本さんじゃないのに。ちなみに、オペレーターとして初めてかけた電話の相手は、いきなり耳をつんざくような大声で言い放ったそうだ。

    「テメェ!今度電話してきたらぶっ殺す!!」

    デビュー戦から衝撃的な展開だが、その後も脅迫やら罵詈雑言やらのオンパレードだ。借金をしている人間はすべからく弱い立場かと思っていたけれど、実際にはそうでもないらしい。まあよくもそこまでと言いたくなるような債務者のヒドイ言葉は、毎日のようにオペレーターを傷つけているのだ。(カッコ内は、レビュアー註だ。)

    「そこまで言うなら、直接会って話そうじゃねぇか。N本とかいったな。今から高速飛ばして行くから待ってろよ!」
    (来なかったらしいけど。)
    「お前の会社に爆弾を送った」
    (ある日、机に届いた段ボールの中身はキャベツだったそうだ。)
    「今日入金しようと思ってたんだよ!あーもー、お前が電話してきたからやる気なくなったわー、頭に来たからもう絶対入金しないから」
    (ここは笑うところだけど、言われた当人はなかなか笑えないよね。)
    「こんな人を不愉快にするような仕事、しない方がいいと思いますよ!!まじめに働きなさい、まじめに働くことだけを考えなさい!」
    (いいからマジメに返しなさい。)

    要するに、そこはストレスフルで超過酷労働の「ブラック部署」だったのだ。当然ながら離職率も高くて、そのたびに使い捨てのような採用が繰り返されていく。そんな職場の必然か、入社半年で体重は10キロ減。10円ハゲが出来たり、顔中にやけどのようなニキビが出来たりと、もうボロボロの状態。痛くてファンデーションを塗ることもできず、心で泣いてすっぴん勤務。長時間勤務の連続で洗濯の時間も取れず、下着はコンビニの紙パンツ。「もう女じゃない」と、自らを慰めることもできない毎日。それなのに、そんなに辛いのに、回収金額の成績はチーム最下位で。


    でも―。

    それでも辞めない。辞めないどころか、彼女はそんな日常さえも、エネルギーに変えていく。
    すごく魅力的だ。いちばん泣き言をいいたいはずなのに、どこか明るいのだから。


    大切な同期の女性、A子ちゃんが会社を去ることになった日、人が次々と傷ついていくコールセンターの世界に悔しさを覚えながら、N本さんは考える。

    よしじゃあ、いっちょ、実験しよう、と思った。
    幸いなことに(?)私は督促が苦手だった。自分で言うのもなんだけど、心も体もボロボロだった。
    私が督促できるようになれば、(中略)そのノウハウはきっと使える。
    私の実験結果で、A子ちゃんみたいに、督促のようなストレスフルな仕事で人生を狂わされてしまう人を1人でもなくすことができたら・・・・・・。

    そしてN本さんは、「実験」の中から生まれた小さな気づきを積み重ねて、辛い経験もネタにして、いつしかコールセンターの仕事に意味を見出していく。

    その1つひとつは、とても小さなことだ。例えば、電話の切り出し方。自分のことを「コミュ力が低い」と思っていたN本さんは、まずは人よりもたくさん電話をかけようと考える。でも、朝の8時から早速かけてみると、「朝っぱらから電話してくるんじゃねえ!」と怒られてしまう。クレームになってしまうと今度はなかなか切れなくて、結局は電話の回数が増えてこない。それで悩んでいた時に、隣の先輩の電話を聞いていると、まず初めに「朝早くから申し訳ございません」と謝っていることに気づく。そうかあ、先に謝っちゃえばいいのか。そう思えただけで、朝の電話が少しだけ楽になり、電話の回数も増えていく。
    あるいは、どうしても苦手なお客さまは、他の人の担当している別のお客さまとトレードしてしまうとか、お客さまの性格を4つのタイプに分類して、ある程度の交渉パターンを決めておくとか、言葉につまった時のために、お決まりのフレーズを付箋に書いて、PCのディスプレイに貼っておくとか。こうして書いてしまえば、それぞれは本当に小さなこと。もしかすると、世の中に腐るほどある退屈なビジネス書のあちこちに、同じようなことが書かれているかもしれない。「知っているだけでうまくいく100のTips」みたいな。

    でも、違うんだ。
    N本さんが気づいて、身につけたのはTipsなんかじゃない。そこが、とてもいい。
    毎日悩んで、もがいて、苦しんで。でもそんな環境に愚痴を言うのではなくて、「具体的に変えられる何か」を探して、実際にやってみて、ちょっとずつ自信と経験を積み重ねていく。そうやってN本さんが掴み取ったものはTipsなんて言葉では語れない。それはきっとN本さんのバリューであり、人間的な魅力であり、「N本さんでなければいけない理由」だったのだから。

    とはいえ、お客さまがいきなり変わるわけじゃない。ストレスフルな職場だって相変わらずだ。でも、督促という辛い仕事のなかに生きる場所を見つけたN本さんは、どんどんパワフルになっていく。お客さまに言われた悪口の数々を日記にまとめて遊んでいる先輩のことを知ると、N本さんもEXCELで悪口を集めるようになり、今ではグラフ表示できるようにして楽しんでいるそうだ。「あ~あ、あと1回で10ポイント達成なのに、昨日も今日も全然怒鳴られなかったなあ・・・・・・」みたいな。(10回怒鳴られたら、自分へのご褒美としてお菓子を買ったりするそうだ。)最初の頃からすると、すごい変化だ。一度は消えかけて、でも取り戻した明るさは、もう決して消えることがない。環境は変えられなくても、自分は変えられる。本書に綴られたN本さんの日常は、そういうとても本質的なことを、改めて教えてくれる。

    そしてラスト。N本さんは、大袈裟に言えば境地に至るのだ。
    長くなるけれど、引用しておきたい。

    私は、ある時気がついた。

    古戦場のようなコールセンターで働くうちに、いつの間にか自分の体にはたくさんの言葉の刃が突き刺さっていた。でも、その1本を引き抜くと、それは自分を傷つける凶器ではなく剣になった。その剣を振り回すと、また私を突き刺そうと飛んでくるお客さまの言葉の矢を今度は撥ね返すことができた。それから、仲間を狙って振り下ろされる刃からも仲間を守ることができるようになった。そうか、武器は私の身の中に刺さっていたのだ。

    良くも悪くも人間の性がつまった「督促」という世界の、そんな物語。
    素直に、素敵です。


    ちなみに。
    そんなN本さんが、瞬殺で回収に成功した債権があるそうだ。
    誰が督促しても、ほぼノートラブルで即回収できるといわれるその明細は、包茎手術の医療費だった。そんな訳で、キャッシングの使いみちがデリケートな時は、ちゃんと返した方がいい。

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    困ってるひと


  • 作者: 大野 更紗
  • 出版社: ポプラ社
  • 発売日: 2011/6/16


  • 本書を読み終えてみて、なぜかふと思い出したのは大野更紗。原因不明の難病に犯されてしまった彼女は、それはもう痛々しいばかりの闘病生活を続けることになるのだけれど、そんな不遇の中にあっても圧巻の行動力で突き進む。そんな彼女の闘病記も、誤解を恐れずにいえば、どこか明るかったりする。N本さんとは立場も環境も、苦しみの質も違うけれど、2人の逞しさはどこか似ていなくもない。

    Wednesday, November 21, 2012

    『世界で勝たなければ意味がない』

    世界で勝たなければ意味がない―日本ラグビー再燃のシナリオ (NHK出版新書 392)


  • 作者: 岩渕 健輔
  • 出版社: NHK出版
  • 発売日: 2012/11/7



  • 私は心の中で、7年後の長期休暇を予約している。
    理由はもちろん、オリンピック、サッカーW杯に続いて世界で3番目に規模の大きい国際的なスポーツイベントが、ここ日本で開催されるからだ。

    そう、2019年はラグビーワールドカップ日本大会なのだ。

    日本ではあまり知られていないが、ラグビーにもワールドカップがある。1987年の第1回大会に始まって、昨年(2011年)のニュージーランド大会まで計7回の歴史を持つこの名誉ある大会は、世界でもトップクラスの集客力と注目度を兼ねた最高の舞台だ。そして日本代表(ジャパン)は、この7大会すべてに出場しており、IRB(国際ラグビーボード)が発表する世界ランキングでも16位に名を連ねている。(2012年10月1日現在)

    こうしてみると、サッカー日本代表よりも国際的にはステータスが高いような気もしてしまうが、残念ながらそうではない。ワールドカップ7大会連続出場といっても、日本の通算成績は1勝2分21敗。1991年の第2回大会で格下のジンバブエに勝利して以来、もう20年間ワールドカップでは勝利していない。第3回大会では、世界最強集団ニュージーランド代表(通称オールブラックス)を相手に17-145の歴史的惨敗も喫している。IRB世界ランキング16位といっても、現実はとてつもなく厳しい。

    そんな日本が2019年、世界の強豪国をホームに招聘して戦う。それは日本ラグビー再生のためのラストチャンス。でも現時点では、残念ながら日本国内のラグビー熱が高まってきているとは言い難い。国内リーグのレベルは年々向上しており、世界的なスター選手の来日も増えてきた。インターナショナルのプレーを生で観られる最高の環境が揃ってきたのに、ラグビーの注目度は思うように上がってきていない。要するに、日本ラグビーは今、崖っぷちの状況に立たされているのだ。

    本書の著者である岩渕健輔は、そんなラグビー日本代表のGMだ。現場を監督するヘッドコーチとは異なり、日本代表の強化に向けた組織のマネジメント全般を、彼が担っている。岩渕といえば、現役時代はセンス溢れるパスワークとランニングで何度もスタジアムを沸かせた名選手だ。青山学院大学を卒業後、オックスフォード大学留学を経て、イングランドのプロリーグでもプレーした国際派としても知られている。今、日本ラグビーの未来を託すべきGMとして、彼ほどの適任者はいないだろう。

    本書の中で岩渕は、多くの問題提起をしている。選手自身のスピリットや国際経験もそうだが、例えば科学的トレーニング手法の導入、(大学ラグビーを含む)国内リーグの変革、さらには代表を支えるスタッフの能力向上や、草の根レベルの底上げに向けた普及活動まで、日本ラグビー界が変えていかなければならないことは、本当に多岐に渡っている。GMの担うべき責任は、極めて大きい。本書からは、岩渕のそんな危機感が読み取れるはずだ。

    本書の副題には「日本ラグビー再燃のシナリオ」とあるが、実際にはそこまで体系的な記述でもないのが正直なところだ。でも、それは決して本書の問題ではない。体系的でなくても、とにかく可能性のあることは全て挑戦してみるしかないというのが、きっと日本ラグビーの現状なのだ。岩渕健輔は今、その事実を捉えているからこそ、本書が必ずしも体系的なシナリオではないのかもしれない。

    まずは2015年のワールドカップに向けて。日本ラグビーの躍進を、心から応援したい。

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    そんな日本ラグビー界においても、過去には世界にその名を轟かせた名将達がいた。
    彼らの言葉には、もはやラグビーを超えた真実がある。そんな人間の物語を、2つ紹介しておきたい。

    知と熱―日本ラグビーの変革者・大西鐵之祐 文春文庫


  • 作者: 藤島 大
  • 出版社: 文藝春秋
  • 発売日: 2003/11/8


  • まずは大西鐵之祐。日本ラグビーを世界に知らしめた大なる名監督だ。類稀なる慧眼。徹頭徹尾、勝負師であり続ける胆力。巧みな人心掌握術。今読み返しても、大西鐵之祐が残したものは新しい。藤島大の文章も、相変わらず美しい。

    勝つことのみが善である - 宿澤広朗 全戦全勝の哲学


  • 作者: 永田 洋光
  • 出版社: ぴあ; 四六版
  • 発売日: 2007/7/7


  • もう1人の天才、宿沢広朗。ラグビー日本代表監督として、強豪スコットランドを破ったその手腕も見事だが、勤務先の住友銀行(現三井住友銀行)でも頭取候補に名を連ねるほどのバンカーだった。今、日本ラグビーはあの日の宿沢を追いかけているのかもしれない。

    Friday, November 09, 2012

    『スターリンのジェノサイド』のことを、知っておきたい。

    スターリンのジェノサイド


  • 作者: ノーマン・M・ネイマーク, 根岸 隆夫
  • 出版社: みすず書房
  • 発売日: 2012/09/11



  • こういう著作を、良書というのかなと思う。
    名著や傑作ではないかもしれない。HONZで紹介される多くのノンフィクションのように、キャッチーでもない。みすず書房らしい至ってシンプルな装丁は、版を重ねることを戦略的に狙っているとも思えない。原文で176ページとテキストも短く、ハードカバーにしては物足りないと感じる向きもあるかもしれない。

    でも、そういった諸々が裏返しの魅力になっている。特段飾ることなく、シンプルかつ明瞭に記述された本題。入手できる資料を読み込んで、具体的事実を丹念に追いかける姿勢はまさしく学者の本懐。決して難解な表現を用いることなく、非常に分かりやすく整理された論点。最後に1つの独立した章としてまとめられた「結論」は、これだけでも十分に知的好奇心を刺激する濃密なものとなっている。
    スターリン、そしてジェノサイドを学びたい人にとって、本書は格好の入門書になるだろう。派手さはないかもしれないが、長く読まれてほしい。

    少なくとも私は、本書を読んで、2つの意味で心を動かされた。
    1つは、「スターリンのジェノサイド」そのものに。
    そして、「スターリンのジェノサイド」が必ずしもジェノサイドとされていないことに。

    著者のノーマン・M・ネイマークが本書を記した理由は、とてもシンプルだ。序論の冒頭、本書のまさに1行目に、著者は書いている。
    長めの論文と言ったほうがふさわしいこの小冊子で、わたしは、1930年代のスターリンによる大量殺人を「ジェノサイド」と定義すべきだとする自分の立場を明らかにしたい。

    いきなり1行目で、頭を捻ってしまった。スターリンの虐殺について踏み込んだ知識は持っていないまでも、最低限のことは知っているつもりだった。富農(クラーク)の大量殺戮、そして大粛清といった歴史的事実は教科書にも載っている。ジェノサイドに決まっているじゃないか。そんな感じだった。

    ネイマークによれば、問題はこうだ。ジェノサイドには定義がある。それは1948年12月9日、国連総会において満場一致で採択された「集団殺害罪の防止および処罰に関する条約」(以下「ジェノサイド条約」)によるもので、この条約では、さまざまな「国民、人種、民族、あるいは宗教集団の全部あるいは一部を破壊する意図をもっておこなわれた行為」をジェノサイドと定めている。しかし、この定義には伏線があった。1947年7月に国連事務局が起草した当初のジェノサイド条約案は、「人種的、民族的、言語的、宗教的あるいは政治的人間集団の破壊を防止する」ことを求めるものだった。これに対して、ソ連とその同盟国が、「政治集団」を条約から排除することを強硬に主張した。これらの国は、社会・政治集団を定義することは流動的で困難だと訴え、条約の重要なエッセンスを骨抜きにしたのだ。ネイマークはそれを「満場一致採択を達成するための妥協の産物だった」としている。そして、この問題を複雑にしているのは、「この条約から除かれた社会・政治集団こそが、スターリンの残虐な作戦のおもな犠牲者だった」ということだ。

    こうした経緯もあって、スターリンによる大量殺戮をジェノサイドと捉えることには、様々な反対論もあるそうだ。ジェノサイドの概念を政治集団にまで広げてしまうことで、ある意味でジェノサイドの本質が「薄っぺら」になってしまうのを懸念する学書も少なくないという。「社会主義と人類進歩の高邁な理想の名において殺した」スターリンの行為は、その動機からも、他のジェノサイド行為と同列に論じることはできないとする歴史家もいた。もちろんジェノサイドには、ナチスによるホロコーストを定義する言葉としての側面があったのも事実であり、スターリンの犯罪にこれと同じ言葉を用いることへの遠慮もあった。

    しかし、それでもなおネイマークの立場は明快だ。
    スターリン体制の下で行われた大量殺戮はジェノサイドであり、スターリンはその実行を主導した。これが、彼の結論である。

    ネイマークはこの問題を論じるために、4つの章を割いて、スターリンが行った主要な犯罪の実情を明らかにしている。取り上げられている4つとは、富農(クラーク)撲滅、ウクライナ大飢饉(ホロドモル)、「カチンの森の虐殺」に代表される民族強制移住と迫害、そして大粛清だ。そのいずれもが凄惨を極めた虐殺であり、本書はそのような悲劇が展開された歴史的経緯や背景、そして虐殺の実態を明らかにしている。決して長くない章立ての中で、不要な修飾語を伴うこともなく。

    1928年から始まった第一次五ヵ年計画では、農業の集団化・工業化が進められるが、クラークと呼ばれた富農(とはいえ、実際には「たかだか数頭の牛を所有している」程度だったという)が反対分子とみなされ弾圧された。集団化の過程で殺されたクラークは約3万人、極北とシベリアに強制移住させられたのは200万人にも及んだ。特別移住地に移送され、まともに食糧も与えられない極寒の収容所で、50万人ともいわれる人々が死んだか、逃亡したという。

    1931年、当時のウクライナと北コーカサスは小麦の全収穫量の45パーセント程度を占めていた。しかし、農業集団化に反発し、民族主義的な傾向をみせるウクライナ農民が「癇にさわった」スターリンは、彼らが翌年の収穫用に備蓄していた穀物種子まで徹底的に徴発する。これによって大飢饉が発生すると、食料を求めて農場からの逃亡を図った22万人のウクライナ農民を逮捕。19万人を村に送り返した挙句、ロシアとウクライナの国境を閉鎖。これは事実上、死刑を意味していた。

    ポーランド人に対する虐殺も無残極まりない。ソ連の領土保全において「明白な脅威」とみなされたポーランド人は、1930年代から弾圧の標的とされてきたが、1940~41年には30万人以上のポーランド人がソ連占領下の母国を追い出され、シベリアへと強制移住させられた。1940年4月には、約22,000人ものポーランド人将校たちがグニェズドヴォ近郊の森に運び込まれ、銃殺された。「カチンの森の虐殺」と呼ばれるこの事件を、ネイマークは「20世紀史におけるもっとも明快なジェノサイド事件の1つとみなされるべきである」と主張している。

    そして大粛清。「本人、つまりスターリンを除いてソヴィエト市民のだれもが逮捕され、拷問され、流刑あるいは処刑される可能性のあった」恐怖政治の時代。トロツキストへの徹底的な弾圧。古参ボルシェヴィキへの熾烈な直接攻撃。いや、それだけではない。1937~38年の2年間だけで、約157万5,000人を逮捕。そのうち68万1,692人が処刑され、残りは流刑に処されて収容所に送り込まれたという。

    本書においてネイマークは、こうした惨劇の中心がどこまでもスターリンだったことを強く主張している。いずれもが組織的であり、計画的だった。スターリン自身の明確な意図に基づいており、スターリンがいなければ同様の悲劇は生じなかった。スターリンは、「つまるところジェノサイド実行者だった」のだ。こう明確に言い切っている。

    「スターリンのジェノサイド」のことを、私は本当の意味で、ほとんど知らなかった。概念というものはどこまでも相対的であり、時に作為的であると頭では理解していたつもりだったが、ジェノサイドという概念が内包する複合的な問題を理解していなかった。教科書ではわずか数行ばかりの無機質な記述で終わってしまうこの歴史的事実が突きつけてくるものは、とても重い。ジェノサイドは現代の問題でもあるのだ。

    「知らないということは、時として罪である」と言ったのは、誰だったろうか。
    ナチスと比べると、文献量も多くないスターリンのジェノサイド。でも、知っておきたい。

    最後に、ネイマークの言葉を。
    ジェノサイド問題はあらためて率直に見直すことができるし、また見直されるべきなのだ。(中略)ジェノサイドの輪郭をはっきり描くことは、国の自己認識と未来のために決定的に重要だ。(中略)ソヴィエトの過去を研究する学者はどこにいようとも、ジェノサイドとその結果に真正面からとりくむ義務があるのだ。

    本人非公認自伝がリークするもの - 『ジュリアン・アサンジ自伝』

    ジュリアン・アサンジ自伝: ウィキリークス創設者の告白


  • 作者: ジュリアン アサンジ、Julian Paul Assange、片桐 晶
  • 出版社: 学研パブリッシング
  • 発売日: 2012/9/25



  • ある意味、とびきりのリークだ。
    「公開こそ正義」という強烈な信念を持った異端児の姿を、剥き出しにしたのだから。
    この自伝が「本人非公認」、つまりリークとして刊行されることになったのは、運命の皮肉だろうか。

    ジュリアン・アサンジ。言わずと知れたウィキリークスの創設者は今、ロンドンのエクアドル大使館に滞在している。2010年12月、スウェーデンでの婦女暴行容疑でロンドン警視庁に逮捕されたアサンジは、エクアドルへの政治亡命を申請。2012年8月に認められたものの、大使館の外に一歩出れば身柄を拘束する方針を崩さないイギリス政府を前にして、身動きの取れない状況に置かれている。

    2010年12月20日、アサンジは自伝の出版についてキャノンゲート・ブックスとの契約を取り交わした。本書訳者のあとがきによると、アサンジ本人は自伝の執筆に当初から乗り気でなく、「スウェーデンへの移送撤回を求める訴訟費用を捻出するために仕方なく契約した」そうだ。それでも、当時アサンジが軟禁生活を送っていたノーフォークのエリンガム・ホールで、50時間以上にも及ぶ濃密なインタビューが行われ、アサンジ自身の生い立ちや世界観、育ってきた環境、ウィキリークス創設から世界を揺るがす数々のリークに至るまでの活動といった諸々が、予定稿の中で描き出されていった。ところが、次第に自伝の出版に難色を示すようになったアサンジは、2011年6月には出版契約の破棄を要求する。自身の半生が綴られた原稿を読んだ後、アサンジはこう語ったそうだ。
    「自伝なんて体を売るのと変わらないな」

    しかしながら、アサンジとの間で前払い金に関する契約を締結していた出版社は、その有効性に基づいて出版に踏み切った。こうした経緯により、本書は「(本人)非公認の自伝」ということになっているのだ。さすがにジュリアン・アサンジは只者ではない。自伝の出版経緯ひとつを取っても、型に嵌まるようなところがまるでないのだから。


    本書を読んで強烈に感じたことがある。

    ジュリアン・アサンジは、おそらく天才だ。それは「秀才ではない」という意味で。

    そして同時に、原理主義的だ。それは「原理にしか関心がない」という意味で。

    アサンジの天才性を証明するエピソードは、本書がつまびらかにしたその半生を辿っていけば、もう枚挙にいとまがないが、最も分かりやすいのは、やはり16歳の頃から始めたハッキングだろう。「メンダックス」のハンドルネームで活動していたアサンジは、トラックス、プライム・サスペクトという2人の優秀なハッカー仲間と共に、「国際破壊分子(International Subversives)」というグループを結成し、ハッキングの世界に没入していく。夜になると、カナダの通信会社ノーテルやNASA、そしてペンタゴン第八司令部のコンピューターに侵入するのが「いつものパターン」だったそうだ。ブエノスアイレスの2万軒の電話回線を切ってみせることも、ニューヨーク市民のために午後の電話代をタダにしてやることも、当時の彼らにとっては、その気になれば「お安いご用」だったという。

    これだけでも十分に天才的ではあるのだが、アサンジにはなんとも形容しがたい「天才特有の欠落感」のようなものがある。常識の延長線上にいて、努力で欠落を埋めていく秀才とは、そもそもタイプが異なる気がするのだ。例えばアサンジには、人間が通常備えているようなバランス感覚、あるいは「ブレーキを踏む感覚」といったものが全く感じられない。
    不思議なことに、何かを盗んでいるとか、何らかの犯罪や反乱に関わっているといった感覚はなかった。
    僕たちはある時点で、コミュニケーションの世界を支配したいと考えるようになった。

    こうした台詞が、一切の躊躇なく発せられるのだ。積み重ねた秀才が越えることのない一線を、易々と越えていく。まさしく天才的ではないか。(誤解のないように書いておくと、アサンジの行為自体をこの場で云々するつもりはない。価値の問題ではなく、端的な事実として「天才的」だと思うだけだ。また一方で、「それでも欠落は欠落である」というのも、やはり変わらない事実だと思っている。)


    それでは、アサンジの原理主義とは何か。

    これはもう明らかだ。「正義原理主義」、この一言に尽きる。
    情報の公開こそ正義。本書を読んでいると、特にウィキリークス創設以降のアサンジにとって、依拠する行動指針はこれしかない。自身の思想信条に則って、正義のためにその情報を公開すべきであると判断したならば、もはやアサンジを思いとどまらせるものは何もない。そして、ここがアサンジという人間を考える上で決定的に重要なポイントだと思うのだが、おそらくアサンジには「正義も相対的なものだ」という意識がほぼ存在しない。アサンジにとって、正義はまさしく原理であり、それが全てなのだ。アサンジのそうした性格は、本書の中でも随所に垣間見ることができる。例えば、こうした言葉の中に。
    僕は金銭への関心が薄く、合法性についてはまったく関心がないからだ。
    情報開示を求める活動は、単なる行為ではなくひとつの生き方だ。僕に言わせれば、それが分別と多感の両方をもたらしてくれる。つまり、人間というのは何を知っているかで決まるものであり、どのような国家にも知識を蓄える機会を奪う権利はないということだ。
    当時のアフターグッド(注:米科学者連盟(FAS)政府機密プロジェクト代表)が言うところの「人々のプライバシーを侵害すること」は、僕の基準からすればたいした罪ではなかったし、ある人々が犯罪に関与している可能性がきわめて高く、その犯罪が闇に覆われている場合は、彼らのプライバシーを侵害しても罪にはならないと考えていた。

    そんな本物の天才が、原理主義と手を結んで突き進むと―。

    その帰結は、ウィキリークスの活動が物語っているだろう。アメリカ軍のイラク戦争に関する機密文書の流出では、総額130億ドルという、当時の物価に換算するとマンハッタン計画以上のカネがつぎ込まれていることを暴露。グアンタナモ湾収容所の職員用マニュアルの公開によって、収容者に対する「容赦のない残酷さ、非人間的な扱い、誇大妄想、芝居がかった過剰さ」を世に知らしめた。その後も、ファルージャでアメリカ軍が行った凄惨極まりない戦闘、ケニアで起きた虐殺と巨額のマネーロンダリングといった衝撃的な機密を次々と公開。『付随的殺人(Collateral Murder)』と名づけられ、YouTubeで1,100万回以上も再生されたというビデオでは、バグダッド上空からイラク人を爆撃した米軍の姿を暴きだした。更には、アフガニスタン紛争関連で約75,000点以上、イラク戦争に関しては約40万点にも及ぶアメリカ軍機密資料をリークする。

    アサンジとウィキリークスの活動は、センセーショナルだった。強烈であり、世界を震撼させた。熱情的で、暴力的だった。挑戦的で、常にギリギリだった。そしてこの自伝を読む限り、やはり人を魅了する何かがあり、一方で否応なしに心をざわつかせる何かがあった。

    面白くない訳がない。

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    煉獄のなかで 上巻 (新潮文庫 ソ 2-4)


  • 作者: アレクサンドル・ソルジェニーツィン、木村 浩、松永 緑彌
  • 出版社: 新潮社
  • 発売日: 1972/6/25


  • 煉獄のなかで 下巻 (新潮文庫 ソ 2-5)


  • 作者: アレクサンドル・ソルジェニーツィン、木村 浩、松永 緑彌
  • 出版社: 新潮社
  • 発売日: 1972/6/30


  • アサンジはハッカー時代に一度逮捕されているのだが、その頃に本書を読んでいる。「共感というものの意味を理解させてくれるものであり、僕に力を与えてくれるものだった」というその読書体験を通じて、アサンジは「闘いというのは、常に自分自身でいつづけるためのものなんだ」という境地に至っていく。

    テイクダウン―若き天才日本人学者vs超大物ハッカー〈上〉

    テイクダウン―若き天才日本人学者vs超大物ハッカー〈上〉

  • 作者: 下村 努、ジョン マーコフ、John Markoff、近藤 純夫、、近藤 純夫のAmazon著者ページを見る、検索結果、著者セントラルはこちら
  • 出版社: 徳間書店 (1996/05)
  • 発売日: 1996/05


  • テイクダウン―若き天才日本人学者vs超大物ハッカー〈下〉


  • 作者: 下村 努、ジョン マーコフ、John Markoff、近藤 純夫、、近藤 純夫のAmazon著者ページを見る、検索結果、著者セントラルはこちら
  • 出版社: 徳間書店 (1996/05)
  • 発売日: 1996/05


  • 本書の中でアサンジが言及している1冊。アメリカ人ハッカーのケビン・ミトニックを「アメリカが誰よりも逮捕を望んだ無法者」と書いた下村に対して、アサンジは「ツトムに尋ねたい。おまえは、ミトニックがくたばったら、彼の墓を掘り返して、両手を灰皿代わりにして貸し出すつもりなのか?」と強烈な不快感を吐露している。

    日本語訳ウィキリークス文書―流失アメリカ外交文書


  • 作者: チーム21C
  • 出版社: バジリコ
  • 発売日: 2011/3/19


  • ウィキリークスが公開したアメリカ外交公電の日本語訳。東京発の公電も幾つか登場する。