- 作者: 『フードビズ』編集部
- 出版社: エフビー
- 発売日: 2012/7/11
横浜に引っ越してきて約5ヶ月。3歳になったハンナが週末に遊べる場所を色々と探しているのだけれど、たまに「アメイジングワールド」に連れていくことがある。ショッピングセンター「ルララこうほく」の4Fにあるアミューズメントパークで、雨の日なんかは結構助かる楽しい場所なのだけど、そのすぐ正面にあるのがスシローだ。
ただ実は、一度も入ったことがない。
理由は簡単で、いつも行列がものすごいからだ。
本書はそんなスシローの軌跡を辿った1冊だ。フードビズ編集部がキーマンとなる経営陣の何人かに対して行ったインタビューを軸として、スシローを外食産業のメインプレーヤーに押し上げた要因を、時系列に沿って追っていく。
これがなかなか面白い。現在、俺自身が勤めている会社とは業界構造も、企業規模も違うので、一概に比較はできないし、安易な比較をすべきでもないけれど、それでもやはり面白い。日常の業務とは違う観点で、ビジネスというものを考える良いきっかけの1つになるのは間違いない。
例えば、スシローの強みは何か。これに対する彼らの答えは、ただ一言。「すしです」。これほどシンプルで力強く言い切れるのは、単純に凄いと思う。彼らは100円寿司チェーンだけれど、「コスパです」みたいな卑屈なことは言わない。純粋に、お客様に出すものへのこだわりが徹底されている。これは、「うまい寿司をとにかく出して、お客様に喜んでもらいたい一心だった」という創業者の清水さんの思いが大きいのかもしれない。清水さんが大阪で始めた立ち寿司がスシローの原点で、当初からチェーン展開をベースにスタートした他社とは出自が異なることも影響しているのだろう。「うまいすしを、腹一杯。うまいすしで、心も一杯。」という魅力的な経営理念にも、スシローにかける思いが見えてくる。
回転寿司チェーンというのは、店舗投資が一般的に1億5千万円以上と高く、また原価率も40%以上はかけなければ勝負にならないそうだ。つまり、構造的に利益率を取れないため、売上高を稼ぐことで成立するモデルということだ。逆に言えば、売上が鈍化するとすぐに苦境に立たされる訳で、なかなかしんどいモデルだと思う。
それでも、軸はぶれない。「すし自体の魅力」という原点が明確なので、例えば売上を追いかけて値引きに走ることもなければ(一時期は90円セールを展開したこともあるそうだが、それは経営の過渡期における判断で、もうしないそうだ)、利益追求のために、品質を犠牲にしてまで原価率を下げることもない。ちなみに原価率は、50%前後を常にキープしているそうだ。
経営陣の構成も、非常に興味深い。
スシローは、2007年にユニゾン・キャピタルとの戦略的業務提携を結んで、ユニゾンから経営メンバーが派遣される。この時にスシローに出向でやってきたのが加藤さんという現専務で、このヒトがまた凄い。ドイチェ証券、ユニゾンと渡り歩いたエリート金融マンなのだけれど、スシローに経営者の1人として出向すると、「経営の中枢が外部の出向者というのは良くない」と考え、自ら転籍を申し出る。立ち寿司から始まったスシローの当時の社員構成を考えれば、潜在的にも顕在的にも、それなりの反発はあっただろうというのは想像に難くない。それでも加藤さんの本気は、時間の経過と共に組織へのポジティブ・フィードバックを巻き起こしていく。そして、加藤さん自身の人脈によって、多様なバックボーンを持った外部の優秀な人材が次々と集結してきて、結果としてスシローの経営は、外食産業に閉じた視点に留まらない、新たなエンジンを備えていくことになる。
このあたりの展開も、読んでいて非常に面白い。ビジネスモデルとか戦略論とか、経営手法とかを云々する以前に、「やはりヒトだよなあ」と思わずにはいられない。ちなみに加藤さんは、「端的に言って、外食業は人ビジネス、店長ビジネスだ」と語っている。小売の場合、顧客との接点はレジであり、実は店員がコンタクトする時には、既に顧客にとっての「商品価値」は決まってしまっている。しかし外食産業では、食材の調理、接客といった人間の行為そのものが、付加価値となっていく。そこが面白いのだという捉え方は、ある意味でとても新鮮だった。
一度、行ってみないとね。
食事のために並ぶのは嫌いなので、できれば混まない時間帯で。