Monday, August 04, 2008

film atmosphere

1週間以上も前のことになってしまったけれど・・・。
8月2日、土曜日。
パートナーと2人で、久しぶりに映画を観に行った。
アルベール・ラモリス監督作品、『赤い風船』と『白い馬』の2本だ。

場所は、新栄町から徒歩5分ほどのところにある名演小劇場。
50席ほどの古くて小さなシアターだけど、雰囲気のあるところだ。
名古屋にも、少ないながらも魅力的なミニシアターがあるんだね。

『白い馬』は、1953年カンヌ国際映画祭グランプリ作品。
そして『赤い風船』は1956年のカンヌ国際映画祭パルム・ドール受賞作品。
アルベール・ラモリスという名前さえ、この映画を観るまで知らなかった。
50年近く前のフランス映画に、転勤先の名古屋で出会えたのも、嬉しい偶然だ。

作品は、36分+40分の短編。
どちらも素晴らしかった。
1時間にも満たない映像世界において、語り過ぎず、でも語り尽くされている。
表現というのはつまり、こういうことなのかなと、思った。

「映像詩」と呼ばれる表現世界に触れて、改めて映像の持つ深い魅力に驚いた。
映像というよりも、「絵/画」、あるいは「描」の方が近いかもしれない。
スクリーン上に、世界観が描かれているような感じがするんだ。
台詞も殆ど存在しない、レトロで美しいフィルム。
まさに"film"だ。殆ど忘れられかけている映像そのものの魅力が溢れていた。

必ずしもハッピーエンドではないけれど、心を洗われる思いがする。
それはストーリーの力というよりも、映像の力ではないかと思ったりするんだ。
『赤い風船』のあまりに美しいラストシーン。
本当に素晴らしかった。


そんな訳で、微力ながら「赤い風船応援団」に名を連ねることにしました。
Click the red ballon! (右側の下の方にあります。)
飛んでくる風船の中には、時々スペシャル風船があって、それをクリックして、住所を記入して申し込むと、本物の「赤い風船」が届くそうです。

Monday, July 21, 2008

チック・コリア

久しぶりに新しいCDを買った。
"CRYSTAL SILENCE" by Gary Burton & Chick Corea
http://www.universal-music.co.jp/jazz/best200/UCCU-5076.html

チック・コリアは、高校時代に音楽の授業で習った記憶が、微かに残っている。
キース・ジャレットと並び称されるジャズ・ピアニストの天才だと。
その後、キース・ジャレットについては、ひょんなことから名盤"Köln Concert"を聴くことになり、その情感溢れる旋律の美しさに心を奪われてしまったのだけれど、チック・コリアの音楽に触れる機会はなかったんだ。
東京出張からの帰り途、品川駅構内のCDショップが目に映ると、何故だか急にCDを1枚買いたくなった。随分新しいCDを買っていなかったので、この機会にと思って、新幹線の待ち時間を潰しながら適当に探し始めると、チック・コリアの名前があった。
数枚の作品が置いてあったのだけれど、"CRYSTAL SILENCE"を買った。
チック・コリアの楽曲は聴いたことがなかったので、直感に頼って。

聴いてみると、素晴らしかった。
キース・ジャレットとはまた違う魅力があるね。
"CRYSTAL SILENCE"に関して言えば、クリアで透明感のある音に驚いた。
ゲイリー・バートンの奏でるヴィブラフォンの硬質な音も絶妙だ。
旋律は全般的に静謐な印象で、その中に情感を丁寧に織り込んだような感じだ。
長谷川潔の銅版画に描かれた小鳥が羽ばたくようなイメージ。
ちょっと違うかもしれないけれど。

高校の授業で、確かに聴いたはずなんだ。
名前は忘れず覚えていたのに、旋律の印象が全くなかったのは何故だろう。
でも、名前だけでも微かな記憶に残っていたから、15年後にCDを買うことになった。
あの時の先生に感謝しないといけないね。

Saturday, July 19, 2008

コーチング・コース#2

前回のコメントが誤解を招いてしまったようで・・・。
名古屋開催コースの運営をしてくださったある方から丁寧なメールを頂いた。
暑い中、ワラタスのコーチング・スタッフを日本に招待いただき、当日の運営にご尽力いただいた方にとって、自分の書き方は気分を害するものだったかもしれない。
そのことは、本当に申し訳なく思っています。
また今更ですが、当日は本当にありがとうございました。


豪州ファンデーション(レベル1)コースを受講して感じたことを、改めて纏めたい。
小寺さんがコメントをくれたように、コースの内容は「ベーシック」そのものだった。
パス、キャッチ、ラン、コンタクトといったIndividual Skillに加えて、ラック/モールやスクラム、ラインアウト等のUnit Skill、リスタート(キックオフ/ドロップアウト)やチーム・アタックなどのTeam Skill、更にはルールの理解やコーチングの基礎理念まで網羅的にカバーした内容で、1日という限られた時間の中で可能な限り、ラグビーの全ての構成要素を「ベーシック」という切り口で捉え直すことが目的のコースだ。

目新しいことは多くない、と前回のコメントに書いた。
(厳密には幾つかあるのだけれど、詳細まではここでは書かない。)
ただ、そのことに不満を感じた訳でも、意義を感じなかった訳でもない。
むしろ、ベーシックとは本来そういうものだと思う。
例えば、社会人ラグビー時代に豪州ワラタスのコーチが練習に来てくださったことがあるけれど、その時の指導内容は、今回のコースと極めて高い類似性があった。
様々な環境で15年近くラグビーをしていると、様々な出会いがあるからね。

本当は「目新しさ」が重要な訳ではないんだ。
目新しさに無批判に溺れてしまうことの方が、遥かに危険だから。
「基礎を徹底する」ということは、精度/正確性にこだわることであり、プレッシャー下においてもぶれないスキル・レベルにまで落とし込むことだと思う。
それは、目新しさとは正反対のもので、地道で、持続的なものなのだと思う。
その意味では、豪州ワラタスのコーチング・スタッフの姿勢には敬服する他ない。
基礎への徹底と、その熱意は本当に素晴らしかった。
今回のコースの最大の意義は、この点にこそあるのだと思う。

今回のコースを経て、自分が考えているのは、その手前なのかもしれない。
「ベーシック」というものにも、取捨選択があるのではないか、ということなんだ。
チームが異なれば、選手のレベルも置かれた環境も異なる。
民族が異なれば、身体特性も心理的な特徴も全く異なる。
更に言えば、ラグビーと向き合う理由だって、人それぞれ異なる。
その時、ラグビーにおいて志向する「ベーシック」にも差異はあるんじゃないか。
勿論、普遍的なものだってあるだろう。
結局、ラグビーであることは変わらないのだから。
でも一方で、それぞれのチームにとって、選択的なものや、可変的なものがあっても良いのではないかと、おれは思うんだ。
徹底するベーシックには、水準と順序があるような気がするんです。
そして、あるチームにとっては、より大胆な選択もあり得るような気がするんです。

今回のコースを最大限に生かす為にも、ベーシックを忘れてはいけない。
彼等のベーシックへの姿勢を忘れずに、チームに落とし込むのがコーチの役割だ。
でもその前に、立ち止まって考えてみることが大切だと思うんだ。
何故それがベーシックなのか、って。

Saturday, July 12, 2008

休日

久しぶりの休日。
朝早く起きて、コメダ珈琲店にモーニングを食べに行った。
名古屋ではとても有名な喫茶店で、本店が近くにあるんだ。
ハンバーガーはかなりのビッグサイズだったね。
あとは自宅でのんびりと、寛ぎながら過ごした。
録画してあったパシフィック・ネーションズ・カップのオーストラリアA vs ニュージーランド・マオリを観て、少し寝て、今度はフランツ・カフカ原作の映画『城』を観て。
こんなにゆっくりしたのは、随分久しぶりな気がします。

『城』は未完の小説なのだけれど、映画も原作に忠実で、きちんと未完で終わる。
小説はそれでも良いのだけれど、映画だとしっくりと来ない感じがするね。
映画としての『城』というか、『城』の映画性が、正直あまり見出せなかった。

Monday, July 07, 2008

コーチング・コース

7月5日、土曜日。
豊田自動織機大府グラウンドにて、コーチング講習を受けてきた。
豪州ファウンデーション(レベル1)コーチング・コースというもので、コース終了後、テストと30時間のコーチング・レポートを提出すると、豪州NSW州協会公認のコーチング資格を取得できる。

きっかけは、先週末の名古屋大戦。
試合終了後のアフターマッチファンクションで、名古屋大コーチの星野君と話していて、このコースの存在を教えてもらった。彼は名古屋大でのコーチングの傍ら、名古屋クラブで自身もプレーしていて、おれは何度か一緒に練習をさせてもらったことがあったんだ。
このコースの存在を聞けたのは、とてもラッキーだった。
申込期限後にも関わらず、色々と動いてくれて、彼にはとても感謝しています。本当にありがとう。

朝9時から夕方18時くらいまで、みっちりとコースが行われた。
ベーシック・ドリルの勉強があったり、ラグビーの基本的なスキルに関する講義があったり、大半の時間はグラウンド上で過ごした。

参考になったことの1つとして。
パスの放り方のセッションがあったんだけど、Vertical/Horizontalという2つの放り方が紹介されたんだ。TVで観ている豪州代表のパスの仕方は確かに日本人とは違うのだけれど、なんとなく仕組みがイメージできた。ただ、Horizontal Styleが日本人にも向いているのかどうかは、良く分からない。手の長さだったり、身体の柔軟性だったり、色々なことを考慮しないといけないのだろうね。更に言えば、多くの人間が高校生からラグビーを始める環境において、どのようなアプローチが良いのかも、十分に考えた方がいいような気がする。

今回のコースには、社会人時代の先輩、肥後さんも参加していた。
終了後に金山で軽く呑みながら、コーチングの実際のところを色々と聞かせてもらったのだけれど、参考になることが沢山あった。
フルタイムコーチとして過ごす日々というのは、苦労の絶えないものだと思うけれど、それだけの魅力と喜びが、きっとあるのだろう。

Sunday, June 29, 2008

名古屋大戦

久しぶりの更新。
なかなか書けなくて・・・。

6月29日、日曜日。
東大ラグビー部の春シーズン最終戦があったんだ。
東京大 24-0 名古屋大(13:00 K.O.@名古屋大グラウンド)

生憎の雨だったけれど、零封できたのは良かったね。
学生のみんな、春シーズンお疲れ様でした。
でも、彼等はもっと出来るはずなんだ。
今年のチームの課題がはっきりと浮かび上がったのは、ある意味では収穫だったのだけれど、見ていて歯痒さも残るゲームだったね。
まずは1週間、身体を休めながら、自分達の課題を整理しよう。
今日のゲームの中に、ヒントは沢山あるはずだからね。

ちなみに。
Aチームの試合終了後、Bチームも20分ハーフの試合をしたんだ。
怪我人続出の学生だけでは人数が足りず、おれも前半だけプレーした。
ゲームは残念ながら負けてしまったのだけれど、とても楽しかった。
レベルは低かったけれど、学生と共にラグビーができる機会は滅多にないからね。
入部して3ヶ月程度の1年生も、同じグラウンドにいた。
彼等がこのゲームから何かを掴んで、成長していくのが楽しみです。

Tuesday, June 03, 2008

『察知力』

中村俊輔著『察知力』(幻冬社新書)、読了。

幼少期から中学/高校時代、その後のJリーグ時代を経て、セルティックでプレーしている現在に至るまで、中村俊輔のサッカー人生の軌跡が綴られた自伝的エッセイ。
特別なことは言っていないと思うけれど、なかなか面白かった。
報道/メディアから想像される中村俊輔のイメージとは異なる部分が多かったね。

「特別なことは言っていない」というのは、「特別じゃない」ということじゃない。
著作を読んで思ったけれど、中村俊輔は、プロのアスリートとして当然のことを、当然に遂行してきたプレーヤーだからこそ、特別な存在になったのだということ。
「『ガムシャラにやる』だけじゃ足りない」という言葉は、非常に印象的だった。
何をどのように頑張るのか。何故そこにこだわるのか。
考え抜いて、その上で、時間を惜しまず練習する。
とても難しいことだけれど、やはり一流のプロフェッショナルは流石だね。

Sunday, May 25, 2008

マリオ・ジャコメッリ

久しぶりに日曜美術館を見たんだ。
「この人が語る私の愛する写真家 辺見庸 私とマリオ・ジャコメッリ」
http://www.nhk.or.jp/nichibi/weekly/2008/0525/index.html

ジャコメッリはプロの写真家ではない。
週末にカメラを持つアマチュア・カメラマンだったそうだ。
すべてモノクロームのプリント。
時に粗く、時に鋭く、時に静かで、時に激しい。
印象的なプリントだった。

辺見庸さんの視点には、心に深く問いかけてくるものがあった。
思ったのは、「簡単に分かってはいけない」ということだ。
辺見庸さんは2004年、講演中に脳出血で倒れ、長期入院生活を送ることになる。
その時の経験が、辺見庸さんの問いかける視座の根幹にあるのだと思う。
ジャコメッリの写真には、一面的でない訴求力の深みがあって、歳月を経た後にそのプリントをもう一度目にしたら、きっと自分への立ち現れ方は異なっているだろう。
決して辿り着かない深みのようなものを、強烈に感じさせるプリントだった。

写真というものを、改めて考えさせられるね。
実際のプリントを見てみたかった。

Saturday, May 24, 2008

鈴木邦男という生き方

理論社が発行している「よりみちパン!セ」シリーズを3冊読了。

小熊英二著『日本という国』(よりみちパン!セ04)
鈴木邦男著『失敗の愛国心』(よりみちパン!セ34)
森村泰昌著『「美しい」ってなんだろう?―美術のすすめ』(よりみちパン!セ26)

「よりみちパン!セ」シリーズは、なかなか面白いね。
少年少女のために書かれた平易な文章で、それでいて本質を失っていない。
はっとすることや、新鮮な驚きを感じることが沢山あって、読み耽ってしまう。

特に衝撃だったのは、鈴木邦男さんの『失敗の愛国心』だね。
自分の知らない世界に、本当に様々な人生があるのだと思い知らされる。
四十年間、右翼の活動家として生きてきた人間の、実直なる言葉が溢れている。

鈴木邦男という人間の思想的信条に共感できるかどうかは問題ではなくて、「彼は、自分が考える『正義』を突き進んできた」という端的な事実こそが重要なのだと思う。

正義なんて、どこまで行っても相対的なものだからね。
法治国家における「法の正義」だって、結局のところ、誰かが決めただけのことでしかないのだと思う。立場が違えば、法を犯す「正義」が成立する地平もあるだろう。

重要なのは、正義を絶対化しないこと。
そして、その認識の上に立って、己の信念としての正義を見つめ直してみること。
四十年間という長い歳月を、右翼の運動家として激しく生き抜いてきた鈴木さんは、この著作を通じて、そんなことを伝えようとしたのかあと、読んでいて思った。
鈴木邦男という「生き方」が、強烈な迫力をもって、突きつけられているよ。
とにかく、凄いです。

Sunday, May 18, 2008

上智戦

5月18日、日曜日。個人的には春シーズン初の練習試合だった。
駒場WMM 50-14 上智大(11:00 K.O.@駒場ラグビー場)

収穫と課題がはっきりしたゲームだった。
後半は危なげなく、ある程度コントロールされたゲームが出来た。
前半は度重なるミスから自滅してしまった。
この差を埋めて、コンスタントにゲームをコントロールすることが、今後の課題だね。

前半は、あらゆるフェーズでミスが頻発した。
接点の間際、あるいは接点の中で、意図的にボールを放していくことで、ラックを極力避けて継続することを狙ったのだけれど、思うようにパスが繋がらなかった。
ゲームの評価として間違ってはいないけれど、それだけではないよね。
もっとイージーなミスが沢山あったはずだ。
接点でのボールコントロールミスやノックオン。接点でのスイープミス。
単純なハンドリングエラーも多かった。
こういったミスの方が、致命的だ。
コミュニケーションの問題じゃない。プレーヤーとしての責任の問題だと思う。

個人的には、思ったよりもプレーできたような気がする。
川合さん、本間と一緒にゲームに出られたのは、やはり楽しかった。川合さんと両センターを組むなんて、社会人時代にもなかったけれど、比較的上手くいったかな。
社会人ラグビーを引退して約3年間。
こうしてまた同じグラウンドでラグビーできるとは、当時は思っていなかった。
この3年間、様々な環境で必死に続けてきて、本当に良かった。
今シーズンの1年間でもっと上手くなろうと、改めて思える1日になりました。

まず最初の課題は、フィットネスを高めることだね。
プレーの合間の運動量が、どうしても落ちてしまう。
メイクラインの遅れがミスを呼んでいたケースも少なくないと思う。
FWが枯れている状況を認識していながら、足が止まってしまうシーンもあった。
フィットネスを上げるだけで、もう少しプレーの選択肢が増えるような気がします。

Wednesday, May 14, 2008

人間が撮る

菅原一剛さんの著作を通じて知った、「ほぼ日」にわか写真部。
http://www.1101.com/niwaka_photo/index.html
ほぼ日刊イトイ新聞で提供されているコンテンツの1つなんだけどね。
菅原一剛さんが講師となって展開される対談で、これがとても面白いんだ。

たとえば。
「おいしそうな写真を撮るには?」という問いに、菅原さんは明快に答える。
「おいしそうだなあと思って撮ることです」って。

素晴らしいよね。
こういう人間的で温かく、魅力的な言葉が、プロのカメラマンによって語られることに、とても嬉しい気持ちになってしまう。写真に対する眼差しが、とてもやさしくて。

写真を全く撮らない人は、少ないと思う。
デジカメはかなり普及しているし、携帯でも綺麗な写真が撮れるからね。
写真と接する機会は、実は日常的の中に溢れているはずなんだ。
だからきっと、菅原さんの想いには、沢山の響き方があるのだと思う。
シンプルな言葉の中に、深いやさしさと写真に対する想いがつまっています。

龍さんのエッセイ

村上龍さんの新刊エッセイを読了。
『それでもわたしは、恋がしたい 幸福になりたい お金も欲しい』(幻冬舎)

相変わらず、シンプルな思考が面白いね。
20代~30代前半の若手女性からの様々な質問に、村上龍さんが自らの視点で回答していく形式で、雑誌の連載をベースに再構成した作品なのだけれど、明確に読者を想定した書き方が、なかなか興味深い。
ただ、本来の読者層ではない自分にとっては、どうでもいい話題も多いけどね。
それでも、剥き出しの質問に対する龍さんの捌き方は、やはり面白い。
男が読んでも、それなりに説得的に感じることがあるんじゃないかと思います。

Tuesday, May 13, 2008

一面化への抵抗

松岡正剛さんの『誰も知らない世界と日本のまちがい』(春秋社)、読了。
『17歳のための世界と日本の見方』の続編として、国民国家(ネーション・ステート)誕生以降の近現代史を中心に、現代社会を読み解く思索の鍵が綴られている。

前作に劣らず、非常に刺激的だった。
ただ、前作と比較すると多少コンプレックスだったね。
それは「近現代」そのものがコンプレックスだということかもしれないけれど。

グローバル資本主義/新自由主義というものが無批判に受容され、支配的な空気となって蔓延する現代日本に対して、松岡正剛さんは疑問を投げかける。
歴史と文化の多様性を無視して、「自由主義」の名のもとに、一面的な価値観が世界を覆い尽くすのは「まちがい」ではないかと。
こうした松岡正剛さんの問題提起を前にして、ふと思い出したのは、社会学者の宮台真司さんが、自身の著作において語っていた「ラディカルな自由主義」ということだ。
端的に言うならば、「自由を否定する自由を認める」という立場だよね。
自分自身はこの立場が結構好きで、本来の自由主義とはそうあるべきではないかと考えているのだけれど、自由を相対化することが「空気として」許されない土壌というのは、実は結構息苦しいのかもしれないね。
自由を相対化した先に何を見出すか、ということは別にしても。

Wednesday, April 30, 2008

光のあたたかさ

素晴らしい本に出逢った。
本当に夢中になって読んでしまった。

菅原一剛著『写真がもっと好きになる。』(ソフトバンククリエイティブ)
http://www.1101.com/books/photo/index.html

菅原さんは「光のあたたかさを撮りたい」と語っている。
そんな菅原さんの語る言葉の端々に、菅原さん自身の心のあたたかさがあるんだ。
挿し込まれている写真も、眼差しがやさしくて、心に沁み込んでいく。
最近よく見掛ける写真には、明るく透明感のあるプリントで光を強調したものが多いけれど、菅原さんの作品にはむしろ「暗部」が多い。
それなのに、光のあたたかさと存在感が伝わってくるんだ。
被写体に質感がある。
そして、そういう被写体があるからこそ、そこに降り注ぐ光を感じるのかもしれない。
綺麗で透明感のあるピュアな写真は、どこか被写体の質感を失っているからね。
勿論、一概には言えないけれど。

タイトルの通り、この著作を読み終えて、また写真が好きになった。
もっと撮ろうと思った。カメラを持って外に出よう、って。
菅原一剛さんという写真家のことも、心から好きになってしまった。
被写体となる全ての光に、菅原さんのようなやさしい眼差しを向けることが出来たら、きっと写真を撮ることがもっと素晴らしいものになるんだろうね。

Monday, April 21, 2008

松岡正剛

松岡正剛さんの『17歳のための世界と日本の見方』(春秋社)、読了。
少々前のことになるけれど。

必読の1冊だね。
是非多くの人に読んでもらいたい。
氾濫する情報の波から、何をどう抜き取って、どう解釈するのか。
歴史から人間そのものを学ぶ、ということのヒントがつまっています。

戦略的思考、或いはロジカル・シンキングといったものに代表されるように、「方法論としての思考」ということが、昨今よく謳われるのだけれど、なんだか迫力がない。
一方、松岡さんの提唱する「編集工学」というスタンスには、どこか雰囲気がある。
それはきっと、松岡さん自身が体現されている「知の手法」の迫力なのだと思う。
学生への講義をベースにした著作なので、穏やかな語り口調で全編が展開されるのだけれど、その言葉の端々から滲み出す思考の深みに、感嘆してしまう。

世界史/日本史の勉強は、ある時期かなりやったんだけどなー。
宗教や民族、文化に対するごく基本的なことさえ知らないことを痛感しました。
事象/名称ではなくて、その意味するところを理解していない、ということだけれど。
歴史の学び方を知らなかったんだね。

Tuesday, April 15, 2008

青き闘球部

『青き闘球部 東京朝鮮高校ラグビー部の目指すノーサイド』(李淳馹著)、読了。
ノンフィクションとして素晴らしい作品だった。
「素晴らしい」と表記してしまうのが適切かどうか分からないけれど。

東京朝鮮高校ラグビー部は、いまだ花園への出場経験はない。
でも、自分達が生まれた頃には、そもそも花園予選への参加資格さえなかった。
そんな東京朝鮮高校ラグビー部の物語。
監督の申鉉秀さんを中心として、様々な想いを持った人間がラグビーというスポーツを通じて繋がっていき、日本の社会全体の変化の流れと相まって、ほんの小さなものだった可能性の芽が、少しずつ伸びていく。

特別なことをしている訳ではなくて、想いが特別なんだね。
特別に強い魂を持っているからこそ、彼らは今の舞台まで辿り着いたのだと思う。
東京朝鮮高校ラグビー部のグラウンドには、1度だけ足を運んだことがある。
タマリバ時代に高麗クラブとの合同練習があったんだ。
東京朝鮮高校ラグビー部の生徒には、その日の練習後に簡単なコーチングをした。
バックスのラインアタックをみていて、パスが上手いなあと感じたのを覚えている。
あの時の高校生にも、きっと沢山の想いがあるんだね。
いつかきっと訪れるであろう、東京代表として彼らが花園ラグビー場に辿り着く日が、また新しい東京朝鮮高校ラグビー部のステップになっていくことを願うばかりだ。

金元樹という保護観察中の少年のエピソードがある。
彼はラグビーと出会って、当初の予定よりも早く保護観察が解除されることになる。
この少年のエピソードが、おれは一番好きです。
ラグビーって、素晴らしいね。

Wednesday, April 02, 2008

言葉

名古屋に移り住んでもうすぐ2ヶ月。
パートナーが新しいチャレンジとして、フランス語の勉強を始めたんだ。
本山という閑静な街にある教室に、昨日から通い始めて。
3ヶ月のカリキュラムで、フランス語の基礎を勉強するみたい。
まだスタートして2日だけれど、楽しそうにテキストを読んで復習しています。

言葉って、とても面白いよね。
自分自身の感性でコミットしていける世界を拡げてくれる。
パートナーには、もうひとつ「絵」というイメージの世界があって、そこには言葉の壁はないけれど、彼女の絵が触媒となって創り出されるコミュニケーションが、相手の言葉を理解することで、きっと彼女の想像を越えて、より深いものになっていくんだ。

言葉にできなかったものが、ちょっとずつ言葉になっていくといいね。

パス

ラグビーボールを買ってしまった。
自宅でハンドリング練習しようと思って。
こんなことなら、5年前の社会人ラグビー時代に買っておけばよかった。
でも、自宅に届いてから、肝心の空気入れがないことに気づいて・・・。
仕方ないので、しばらくは空気抜きで遊ぼうかなと思っています。
毎日ボールに触れていたら、少しはハンドリングが良くなるかなー。

Thursday, March 20, 2008

シャロー

「心の主導権」
今日、最も心に残った言葉だ。

早稲田大学OBで、元ラグビー日本代表CTBの横井章さん。
大西鐵之祐監督率いるジャパンの主将を務めたパスの名手だ。
その横井さんが、東大ラグビー部の臨時コーチングとして、駒場に来てくれた。
コーチングは、3/19-20の2日間に渡って行われたのだけれど、おれは2日目の3/20(木)だけ参加させてもらった。

横井さんの名前は、学生時代の恩師である水上さんから何度も聞いていた。
現役時代は「パスの名手」として名を馳せた日本を代表するセンター。
指導者としても、京都成章高校のコーチとして伏見工を撃破し、同校を花園出場へと導くなど、数々の実績を持つ名コーチだ。
その横井さんが、東大ラグビー部の学生に何を語ってくれるのか。
ずっと楽しみで仕方なかった。

この日は生憎の雨だったこともあり、大学の教室でのレクチャーとなった。
午前/午後の2回に分けて、映像を交えながら、セッションが進められた。

まず驚いたのは、横井さんが現役として出場している当時のジャパンのVTRだ。
「伝説のシャロー」というものを、初めて映像として見せてもらった。
狂ったように鋭く早いプレッシャーは尋常じゃない。強豪国とのテストマッチで、相手SHからのパスを受けたSOを、ジャパンの選手はツメ切っていたからね。
個々のプレッシャーの鋭さもさることながら、チームとしての徹底力も凄い。
次から次へと湧いて出てくるタックラー。
明確な意図を持って、緻密に構成されたシャローなのだということがよく分かる。
そして、伝説に違わないパス。
絶妙の間合いでパスが放たれた次の瞬間、横井さんは倒され、隣の味方は見事に生かされている。スペースにボールを置いてくるような、柔らかいパス。
本当に凄かった。

セッション自体も非常に興味深かった。
学生時代に水上さんから教えてもらったラグビーそのものだったね。
特別なことを言っている訳ではないのだけれど、すっと腹に落ちる。
論理を貫く原則が明確で、とても分かりやすかった。

「心の主導権」は、今回のセッションの中で繰り返し発せられたメッセージだ。
ラグビーを考える上で、横井さんは常に「心の主導権」を念頭に置いている。
相手陣内でPKのチャンスを得たとする。
ゴールを狙うのか。タッチに蹴り出して、LOモールからトライを狙うのか。
正解はないけれど、横井さんは「心の主導権」を考える。
3点を先行することで得られる優位は勿論あるだろう。しかし一方で、敵陣深くで攻め続けることの優位だってあるかもしれない。ゲームを支配する為の選択というのは、その時の試合の状況や彼我の能力等によって考え方は様々だと思うけれど、判断の根拠として「心の主導権」を据える姿勢に、非常に新鮮な感覚を覚えた。

こういう部分にこそ、横井ラグビーの本質があるのかもしれないね。

Monday, March 17, 2008

性格

3月16日、日曜日。
名古屋での研修を終えた母親が、八事の新居に遊びに来てくれた。
パートナーと3人で話していて、子供の頃のことが話題になったんだ。
おれは子供の頃、「宿題」はやるけれど「自主学習」は一切やらなかったらしい。
小学校の頃の担任の先生も呆れていたそうだ。
自主学習をしてくると貼れるシールがあったのに、全く溜まらなかったみたいで。
自分自身では覚えていないんだけどね。

とにかく、好きなことしかやらないんだね。
いまだに基本的な性格は変わっていないような気もしてしまいます。