Sunday, November 27, 2005

最終電車

昨日のことだけれど、ちょっと嬉しくなることがあった。

ふだんはそれほど遅くない時間に会社を出ているのだけれど、昨日はどうしても処理すべき仕事を溜め込んでいて、深夜まで会社を離れることが出来なかった。24時を廻ったあたりで業務を終えて、急いで最寄駅に向かう。そして、そこから最終電車を乗り継いで家へと帰ったのだけれど、途中で3回ほど乗り換えをしなければならないんだ。最終電車で帰ることなど滅多にないので、乗り継ぎの仕方や時間を何度も確認したのだけれど、3回の乗り換えの中の1つ、北千住駅での乗り換えの時間が、実際には2分しかないことが分かったんだ。上野から常磐線快速の松戸行き最終電車に乗って、北千住で降りるのが1時2分。そこから千代田線のホームに向かい、1時4分に北千住発の各駅停車松戸行き最終電車に乗らなければいけない。
絶対に1時4分の電車を逃したくなかったおれは、北千住で常磐線の快速を降りると、千代田線のホームに向かって急いだ。申し訳ないと思いながらも、通路の人混みを掻き分けて、前に少しでもスペースが出来たら走ってね。そして、北千住駅で発車時刻を待っている最終電車に乗り込んだんだ。
でも、電車は発車しない。
電光掲示板の時間は1時5分になっているのに、発車しようとしないんだ。
その時に、ホームから駅員さんのナレーションが聞こえてくる。
「常磐線からの乗り換えが終わり次第発車いたしますので、今暫くお待ちください」って。

最終電車に乗り過ごすことのないように、駅員が気を利かせてくれていたんだ。もう次の電車がない「最終電車」だからこそ、1時4分発という決められたダイヤに則って運行するのではなくて、幅を持たせたルールの運用をしてくれた。東京での生活も今年で9年目になるけれど、時刻表通りに運行しない電車に出会ったのは初めてのことだった。

急いで乗り込もうとした乗客の目の前で扉が閉まっても、絶対に扉を開けないのが東京の電車だと思っていた。可能な限りダイヤに忠実な運行をすることが最大にして唯一の価値であるような雰囲気があり、不可避な要因が働かない限り、発車時刻を意図的に遅らせるような対応が出来る組織だとは思っていなかった。

ダイヤ通りに運行する方が楽だ。
ルールという後ろ盾に従うことは、日本的な文脈の中ではローリスクな選択だという発想は未だ根強く残っていて、特に鉄道会社のような組織は、その最たる例だと思っていた。

だからこそ、意外だった。そして、ちょっと嬉しかった。

Friday, November 25, 2005

希少性の原則

今読んでいる本の中で、興味深いエピソードが紹介されていた。
著者の村上龍さんが何度かヨーロッパに出向いた際に、エールフランスのファーストクラスとビジネスクラスが、いつも満席だったという。JALやANAが満席だったことはなく、特にファーストは空席ばかりだったにも関わらず、エールフランスが常に満席だったのは、喫煙コーナーがあるからではないか、という話だった。

龍さんは、こう続ける。
長距離の国際線における全席禁煙の流れは自然なもので、基本的に正しい対応だろう。そうした状況下においてJALやANAは、アメリカンスタンダードこそが世界標準であるという考え方のもと、全席禁煙という方向性に歩調を合わせた。しかしながら、欧米の大多数の航空会社が選択しなかった「喫煙コーナー」を作ることで、エールフランスは乗客率を伸ばした。そこには「希少性」という経済学の基本的な要因が働いている。JALやANAは、アメリカンスタンダードに無批判に準拠することで、経営上の戦術的選択肢を盲目的に1つ失い、また市場における「希少性」を喪失した。

このエピソードが紹介されている龍さんのエッセイ集『アウェーで戦うために』が出版されたのは2000年12月であり、現在の状況はおそらく違うだろう。海外経験のほとんどないおれは、恥ずかしながら航空会社の現在をよく知らないけれど、日々刻々と変化する市場環境の中で、航空会社各社は、他社との差別化戦略を積極的に展開しているはずだ。現代の情報化社会において、5年という歳月は長い。

ただ、このエピソードが示唆するものは変わらない。
希少性の原則、ってやつだ。

例えばIT業界では、まさに希少性で勝負する独立系のベンダーが乱立している。ニッチな分野に特化して、お客様に最適なソリューションを提供する比較的小規模の企業が、IT業界全体の成長を支えている。
IT業界は、業界全体でみれば年間数%程度のプラス成長を続けているが、実は大手と呼ばれるベンダーは軒並みマイナス成長で、シェア・ロスの状況が続いている。理由は明確で、様々なお客様のニーズに対して、大手ベンダーが最適なソリューションを提供できなかった、ということに尽きると思う。
バブル崩壊後の厳しい経済環境において、多くの企業では経費削減が最大の経営課題だった。その為の施策として、企業は投資の抑制を図ったのだが、ITに関して言えば、企業として必要なITの機能要件を絞り込み、投資の対象範囲を限定することで、IT投資を必要最小限に抑えようという流れが鮮明になった。
機能要件が限定されれば、その分野に特化したソリューションを持ったベンダーは有利だ。総合力では勝負できないけれど、お客様の個別のニーズにきめ細かく対応することで、最適解を提供できるベンダーが、確実にニッチなエリアを拾っていった。大手ベンダーはあらゆる分野の製品ラインアップを揃えることで、あるいは他社とのパートナーシップを強化することで、「何でも出来ます」という路線を選択した。でも、お客様の痒いところに手は届かなかった。ニッチに対する細やかな対応力では、独立系ベンダーの方が遥かに上手だった、ということだと思う。
IT業界におけるこうした流れは、希少性を持つものが存在価値を、あるいは存在する場所を見出していく、ということのひとつの例になるかもしれない。

そして、長々と書いてしまったけれど、おれにとってのポイントはこの先にある。
それは、自分自身が、一個人としての希少性を獲得できるか、ということ。
例えばグラウンドの中に、あるいは営業の現場の中に、更にはこのブログの中に。
そして、それらすべてを包括する「日々」の中に、おれの「希少性」ってやつを織り込んでいけるかどうか。龍さんのエッセイを読んで、そんなことを漠然と考えています。

Tuesday, November 22, 2005

「最悪」じゃなくて

11月3日に行われた秩父宮での東日本トップクラブリーグ決勝以来となるゲーム。
タマリバ vs 関東学院大C @釜利谷G(12:00K.O.)

相手は2.5本目くらいのメンバーだと事前に聞いていたのだけれど、おそらくは3本目だと思う。それでも、リーグ戦の優勝争いが佳境を迎えるこの時期に、3本目とはいえゲームを組んでもらえたのは大きい。大学の強豪校とゲームを組めるチャンスも決して多くはないので、その意味でも貴重なゲームだったと思う。

結果はというと、39-12での勝利。
ゲーム全般でみれば、特に危なげなく勝利できたと思う。
ただ、出来が良かった訳じゃない。特にこのゲームでは、残念ながら、個人としてのパフォーマンスが問題だった。

最近いつも同じことを繰り返している気がする。練習でも試合でも、自分の課題として浮き彫りになるのはいつも同じだ。パスを正確に放れない。ラインディフェンスが上手く出来ない。タックルの瞬間に一歩踏み込むことが出来ない。そういう諸々のことが、悔しいけれど改善されていない。今回のゲームでは、特にディフェンスについて、その事実を改めて突きつけられることになった。

いつも同じだ。
例えば普段の練習後。練習を終えて、帰りの電車の中でいつも反省する。
「今日の練習の出来は最悪だった」って。
最近では、自分が納得出来るだけのパフォーマンスを発揮して練習を終えることが、一度だってなかったような気さえする。
でも、今回のゲームを終えて、はっきりと分かった。
今までの出来が最悪だった訳ではなくて、最初からその程度の実力なんだ。
悔しいけれど、それが現実。
「最悪」という言葉には、自分の能力は本当はもっと高いけれど、たまたまそれを出せなかっただけだ、といったニュアンスがある。でも、それはきっと違う。一度きりの練習、一度きりのゲームの中で、パフォーマンスをきちんと発揮できないことこそが、自分の今の限界なのだと思う。

正直言って、状況は厳しい。
2月の選手権までに残された時間は決して多くはない。今のレベルのままでその日を迎えたならば、きっとチームはおれを信頼しないと思う。チームの求めているレベルに対して、はっきりと達していないからね。

上手くなりたい。もともとタマリバに入ることを決めた最大の理由は、上手くなる為のラグビーを出来るチームだと思ったからだ。チームのメンバーに信頼されるように、そして日本選手権の舞台に立って、自分のベスト・パフォーマンスを発揮できるように、その瞬間の為に、もっと上手くなりたい。

Tuesday, November 15, 2005

こぼれ落ちるもの

随分久しぶりに田口ランディさんのブログに目を通した。
「不眠に悩むコヨーテ」
http://bluecoyote.exblog.jp/

ランディさんは以前、「田口ランディのアメーバ的日常」というブログを連載していたのだけれど、ある時突然に、1ヶ月近くの休載に入った。その後、8月の下旬に再開されたのが、この「不眠に悩むコヨーテ」というブログなのだけれど、実は再開された直後から、おれはランディさんのブログにそれほど目を通さなくなってしまった。

「アメーバ的日常」は、幾多の読むに堪えないブログが増殖している中で、個人的に最も好きなブログのひとつだった。ランディさんの剥き出しの思考の跡が垣間見えて、非常に刺激的だったし、なにより新鮮だった。彼女が「ブログに書く」ということの価値をはっきりと感じ取れる、そんなブログだった。

「不眠に悩むコヨーテ」が始まった頃、その雰囲気の違いに凄く違和感を感じた。同じ人間の書いたものとは思えないくらいに、そこで語られる言葉そのものが変化しているような気がした。言葉というのは人であり、それはつまり、田口ランディという人のある種の変化なのかなと、直感的におれは思った。
変化という事実に善悪はなく、おれは今でも田口ランディさんに対して、ある種の敬意を抱いている。ただ、「不眠に悩むコヨーテ」で語られた言葉の世界は、少なくともおれにとって、従来とは違うどこか立ち寄りづらい雰囲気を醸し出していた。
目を通す回数が減っていったのは、その感触を拭い去れなかったからだと思う。

それから約2ヶ月。
久しぶりに目を通してみると、「不眠に悩むコヨーテ」が始まった頃ほどには違和感を感じなくなっていた。言葉の選択や、思考の流れといった点で、「アメーバ的日常」の頃には見られなかったものも少なくないけれど、相変わらず示唆に富んだブログだと思うし、剥き出しに近い状態の思考と感情が入り乱れながら、ひとつの物語へと収斂していく過程が刻まれていて、刺激的なものも多かった。

特に響いたのは、中澤新一さんの「直感を生きる」という言葉。
「全感覚的に、直感的に世界を把握する能力を取り戻せ」という、その発想だった。
http://bluecoyote.exblog.jp/1605866

日常を生きるうえで、ほとんど無自覚に前提としてしまっている西洋的な論理思考の枠組み、あるいは対立的な物事の捉え方というのは、決して自明のものではなくて、むしろ時に生命力を枯らせてしまう、という指摘には唸ってしまった。
その指摘が新しかったからじゃない。
「生命力を枯らす」という言葉に、ランディさんの魂のようなものを感じたからだ。
直感を生きるランディさんの原点が、こんな言葉ひとつにも、顔を覗かせているね。

ちなみに、最近おれは「こぼれ落ちるもの」ということを考えている。
実はちょうど今、ゲーム理論に関する本を読んでいるのだけれど、ゲーム理論というのはひとつの思考モデルだよね。一定の前提と決められたルールのもとで、合理的判断に基づいて行動すると仮定されたプレーヤーが、実際にどのような選択をするのかを導き出す為の「思考の枠組み」と言えばいいかもしれない。

ゲーム理論に限らない。
思考モデルとでも言うべきものは、それこそ至るところに転がっている。本屋に寄って、ビジネス書の棚を眺めれば、物事の考え方や整理の仕方をパターン化して、思考モデルとして提示してくれる書籍が、数え切れないほど並んでいるはずだ。

モデルというのは、つまりは鋳型だ。
有効性に対する判断は様々あるだろうが、モデルが導く結論やアウトプットが完全でないということを批判するのは、そもそも意味がないと思う。クッキーの型をいくつ準備したところで、あらゆる形のクッキーを焼けるわけじゃないのと同じことだ。モデルというのは、最初からそういうものとして考えるべきで、むしろある種のクッキーをきちんと焼けるのならば、そのことの有効性を評価すればよいと思う。

ただ、おれが考えているのは、そこから「こぼれ落ちるもの」なんだ。
モデルを批判的に捉える、というのは、モデルには落とし込めないものの存在に光を当てることなんじゃないか。それが何かということに対して、今のおれは明確な答えを持っていないけれど、例えばそれは、「直感を生きる」という生き方であったり、ランディさんの言う「生命力」であったりするのかもしれないね。

Saturday, November 12, 2005

神様について

心に響いたマハトマ・ガンディーの言葉。

我々が今日のことに気をつかえば、明日のことは神が気をつかってくれる。


今日を一生懸命に過ごして、明日を神様に委ねる。でも、夜が明けて朝が訪れた時、明日だったはずの瞬間は、もう「今日」になっているんだ。だから、明日に気をつかってくれる神様には、本当は最後まで出会えないのかもしれない。

神様が生きているのは、届くことのない時間。
結局のところ、明日は生きられない。生きているのは、いつだって今日だ。
だから本当は、自分が存在できる唯一の瞬間である「今日」に対して、自分自身が気を遣い続けるしかないのだと思うし、それしか出来ることはないのだとも思う。

そしておれは、神様のそういうところが結構好きだったりします。

Monday, November 07, 2005

伸びしろ

書くのが遅くなってしまったけれど、11月3日(木)に秩父宮ラグビー場で行われた東日本トップクラブリーグの決勝戦、29-10でなんとかものにすることができた。北海道バーバリアンズとの試合はいつも苦しい展開ばかりで、今回のゲームも決して上手く進められた訳ではないけれど、とにかく勝利できたことに、まずはほっとしている。
当日は、何人かの友達や先輩が、試合を観に来てくれた。
試合後にメールや電話をくれた友達もいた。
ありがとうございます。
次は1月の全国クラブ選手権。必ず優勝して、日本選手権の切符を掴みます。

さて、試合終了から2日経った昨日、改めて試合のビデオを観ることになった。
結論から言うと、内容はあまりにもひどかったね。
自分自身のプレーも、相変わらず良くなかったけれど、チーム全体としてのプレーの質があまりに低かった。ミスを連発して、自分たちで状況を苦しくしていく。相手FWの中心メンバーである3人の外国人選手に何度も同じようにボールを奪われ、連続攻撃が出来ない。ルーズボールに対するセービングが出来ない。準備していた戦略が想定通りにいかない状況が明らかなのに、ゲーム中に修正していくことが出来ない。
これじゃ、勝てないよね。
目標としている日本選手権では、絶対に勝てない。

練習するしかない。
自分自身、課題が噴出している。チームがおれに求めている仕事は明確なので、それを確実に出来るようにプレーの精度を高めていくしかない。現状のレベルのままだったら、きっとチームはおれを信頼しないだろうと思う。
ラグビーというのは、そういうスポーツだからね。

まだまだ、伸びしろはたくさんあるはずなんだ。

Thursday, November 03, 2005

無題

スパイクだけは磨いておこうと思っています。
寝るのがちょっとだけ遅くなってしまうけれど。

Monday, October 31, 2005

秩父宮に向けて

いよいよ秩父宮でのゲームが迫ってきた。
11月3日(木) 東日本トップクラブリーグ決勝
タマリバ vs 北海道バーバリアンズ 12:00K.O. @秩父宮ラグビー場

大学を卒業して以来となる秩父宮のグラウンド。
まずはここまで辿り着いた。
ここが目標ではないけれど、でも、素直にすごく嬉しい。嬉しくてたまらない。

タマリバでプレーすることを決断した時の気持ちは、今も変わらない。
もっと上手くなりたかった。
真剣勝負が出来る場所で、本当の意味でラグビーをエンジョイしたかった。
トップリーグでのプレーは残念ながら叶わなかったけれど、自分が今置かれた環境の中で、クラブラグビーという新たな場所で、やつらに負けないくらい真剣に、正直に、最大限の熱意を持って、本気でラグビーをしたかった。

6月に初めて参加したタマリバの練習は、今も忘れない。
1時間もタッチフットして、10分真剣勝負のミニゲームを3本やって、その頃のなまった身体には心底きつかったけれど、最高におもしろかった。
あの時の感じが、タマリバでのおれの原点です。


そういうことのすべてを忘れずに、11月3日のゲームに臨みたいと思ってます。

Wednesday, October 26, 2005

異なるプロトコル

生まれて初めて、タップダンスをライブで見た。
"TAP ME CRAZY"、演じたのは同じ年齢のタップダンサー、熊谷和徳だ。

タップのことは、ほとんど何も知らない。
彼がタップの世界でどう評価されているのか、どういう方向性を目指しているのか、その背景に何があるのか、そういった諸々のことを、おれは本当に何も知らなかった。

観に行こうと言ったのは、パートナーだ。
タップダンスに限らず、今まで触れたことのないエリアを覗いてみたい、という気持ちは最近殊に強いのだけれど、タップダンスの公演に足を向けることになるとは、自分でも思っていなかった。正直なところを言うと、7月の中頃に彼のタップを初めて観に行って、感動のあまり涙したという彼女の薦めに乗っかってみた、というのが本当のところだ。ただ、しばらく前にSTOMPの公演を観ていたこともあって、おそらく彼らと近いエリアで異なる方向性を持ったパフォーマーであるような気がして、日を追うごとに興味が湧き上がってきていたことは事実だ。

公演の会場となったのは、渋谷のパルコ劇場。名前は忘れてしまったけれど、熊谷和徳が尊敬してやまないタップダンサーが、日本で唯一公演を行った舞台だそうだ。500席近い席数があるのだけれど、パートナーが先行予約でチケットを押さえてくれたこともあって、前から2列目という抜群のポジションだった。

2時間近い公演は、まずはDJとキーボードによる音楽で始まる。
コーネリアスを思い出すようなリズムとメロディの重なりが、開演を演出する。
すると突然に、観客席後方の通路に、熊谷和徳が姿を見せる。
そして、スポットライトに照らされた彼が、階段の途上に敷かれたボードの上で、音楽に合わせて最初のステップを始めた瞬間に、この公演は本当の意味で幕を開ける。

今回の公演では、コラボレーションがひとつのテーマになっていた。
オープニングの流れのままに、最初はDJ・キーボードの奏でる音楽とのコラボレーション・タップのセッションが2つほど続く。2つは異なるトーンの曲調で構成されていて、合わせて照明も赤から青へと切り替わっていく。そうした全てを感じ取って、それに共鳴するように、彼は両足を板に打ちつける音だけで、全体とコラボレートしていく。
そして次は、彼の仲間のダンサー4人が登場して、5人でのチーム・ダンス。それが終わると、今度はスティーブというパーカッショニストとの即興でのコラボレーションだ。
ドラム缶を叩くリズムに乗って、即興で繰り広げられる熊谷和徳のタップ。後で「何も決めていなかった」と本人が言っていた通り、随所に即興ゆえの面白さが織り込まれながら、非常に見応えのあるセッションが繰り広げられる。彼のタップもさることながら、助っ人のスティーブも、きっとかなりのパフォーマーなのだと思う。

その後、中段ほどで一度メンバー紹介があって、更にステージは続いていく。
地球の誕生した瞬間を想起させるような曲調と青白い光の中で、ボードの上に砂を撒いて演じられたソロ・セッションや、タップシューズを脱いで、素足が板と擦れ合う音を聴かせるセッションもあり、タップの様々な可能性に挑んでいくようなパフォーマンスが展開される。ちょっとしたトークの後、最後に改めてメンバーの紹介があって、それぞれが個人としてのパフォーマンスを披露していく。DJやキーボードだけでなく、仲間のタップダンサー達も一斉に壇上に上がると、全員がリズムを重ねてボルテージを高めていって、遂にエンディングとなるんだ。観客が総立ちとなる中、アンコールも2度ほどあって、全体としては非常に見応えもあり、内容の濃いステージだった。


この公演の感想を書くのは難しい。
というのは、自分の中で2つの感情が入り混じっていたからだ。

まず、なによりも最初に、彼のタップは素晴らしいと思った。
もちろん、生まれて初めてタップを観たおれには、タップを評価する基準もなければ資格もない。それ以前に、そもそもタップを偉そうに論じるつもりなど全くない。
おれが最高に良いと思ったのは、その表情なんだ。
彼は時折、まるで抜け殻になったかのような表情になる。正確に言うと、身体から自我が離脱していって、なにか別のものが降り憑いたような表情、といった感じだ。踊っているというよりも、彼我の世界から降りてきた何かが彼を躍らせているような、あるいは彼の身体を借りて踊っているような、そんな雰囲気を醸し出している。
それは表情のせいだけではないかもしれないし、おれが勝手にそう感じただけのことかもしれない。それでもやはり、彼の持つ雰囲気は特別だったと思う。申し訳ないけれど、少なくとも彼の仲間のダンサーには、1人として同じ雰囲気を持っている人間はいなかった。「タップダンス」というのがひとつのコラボレーション、コミュニケーションの方法だとするならば、彼は他の人間とは違うレベルでコミュニケーションをしていたような気がする。コミュニケーションのプロトコルがそもそも違う、という感じだ。

その一方で、公演が終わった後、おれにはもうひとつ別の感想があったんだ。
「もっと突き抜けてほしかったな」って。

オープニングの2つのセッションでは、DJとキーボードをバックに、ソロのタップダンスが展開された。その時の音楽はあくまで触媒のようなもので、コラボレーションでありながら、基本的には彼の「個」としてのタップが観る側に突きつけられていた。取り憑かれたようなタップは洗練された迫力があり、違うプロトコルの世界へと突き進んでいって、そのまま戻って来られなくなってしまいそうな、そんな魅力があった。
というよりも、初めてタップを目にしたおれにとっては、そのことこそが最大の魅力だったんだ。誰も理解しなかったとしても、自分が求めるレベルのプロトコルを貫き通してしまうような、そんな突き抜ける感じがね。

でも、次の瞬間、彼の仲間のダンサー4人が登場してチーム・ダンスとなった時に、彼はふっとその雰囲気を変えたように感じたんだ。少なくともおれは、直感的にそう思った。誤解を恐れずに言えば、きっと彼は、レベルをひとつ下げたんだ。それはダンスのレベルではなくて、コミュニケーションのレベルだけれど。

そのことが、本当はすごく残念だった。
彼には、もしかしたら彼しか理解することのないプロトコルの世界を突っ走ってもらいたかった。コラボレーションを否定するつもりは全然ないけれど、コラボレートする為に、ひとつ階段を降りて来る必要は、少なくとも熊谷和徳という人間にはないような気がしたんだ。セッションの全てがそうだったとは思わないけれど、突き抜けてしまいそうな雰囲気を強烈に醸し出している人だったからこそ、余計にその思いは強かった。
ただ、アーティストと呼ばれるような人に対して、そういう思いを抱いたこと自体が、ほぼ初めてに近いことだったので、そのことに自分で驚いたのと同時に、熊谷和徳という人の魅力をひしひしと感じることになったけれど。


いずれにしても、考えさせられる公演だったね。
そして単純に、良い公演だった。

Monday, October 24, 2005

デジタル・カウンターとイメージ

原美術館という美術館が品川にある。
現代美術の作品を中心に収蔵している、小さくてお洒落な美術館だ。
http://www.haramuseum.or.jp/generalTop.html

練習が夕方からだったこともあって、お昼過ぎに初めて訪れてみた。
御殿山を越えた先の、閑静な住宅街の片隅にひっそりと佇んでいる、白塗りの建築。

敷地内に一歩足を踏み入れると、そこには小さな前庭があって、幾つかの彫刻作品が展示されている。彫刻は凛として屹立して、存在感のあるものが多かったけれど、特に多田美波さんの「明暗 No.2」という作品には、どこか空間をカッターナイフで切り取ったような、ある種の透明感のようなものがあった。
この前庭だけでも、一見の価値はあるのではないかと思う。

そして館内へと進んでいくのだけれど、原美術館は展示の仕方も特徴的だ。
以前は邸宅だったものを改築して美術館として利用しているそうで、幾つかの小部屋がギャラリーとなって、そのまま作品の展示に利用されている。それ以外にも、階段の壁面やトイレ、中庭といったあらゆるところが作品の展示される舞台になっている。幾つかの部屋は、部屋自体がひとつの作品空間となっていたりもする。
非常に個性的でアットホームな、良い美術館だと思う。

ちょうど今は、やなぎみわさんの「無垢な老女と無慈悲な少女の信じられない物語」展が催されていて、常設展示の作品以外は、基本的にやなぎさんの作品世界で構成されていた。寓話をモチーフにしたモノクロの写真が中心なのだけれど、正直に言うと、やなぎみわさんの一連の作品に、おれはすっと入っていくことが出来なかったし、どこか不気味な作品に戸惑う部分もあった。ただ、見ていて「悪い」感じはそれほどしなかったね。今のおれにはあまりマッチしなかった、というだけのことかもしれない。その辺りは、正直に言ってよく分からない。

でも、それはそれでいい。
原美術館を訪れたのには、もうひとつ理由があったんだ。
それは、宮島達男さんによる「時の連鎖」というタイトルのインスタレーション。
宮島達男さんの作品を、もう一度見たかった。

宮島達男さんの作品を初めて目にしたのは昨年の暮れ。
東京都現代美術館に展示された"Keep Chang, Connect with Everything, Continue Forever"という作品だった。発光ダイオードのデジタル・カウンターを幾つも連続させて形成された正方形の作品なのだけれど、すごく印象的なものだった。正方形を構成する個々のカウンターは、それぞれが他とは異なるペースで数字を変化させていき、カウンターの最大値を迎えると、一瞬の暗闇の後、また1へと還っていく。果てしなく続くデジタルの点滅が強烈なイメージを残す、とても美しい作品だった。

その宮島達男さんの作品が、原美術館にもある。
同じくデジタル・カウンターによるインスタレーション、「時の連鎖(Time Link)」だ。
半螺旋状の真っ暗な部屋の左右の壁面に、発光ダイオードのデジタル・カウンターを連ねて、2本のラインが引かれる。右側の壁面には、肩口辺りの高さに伸びた赤のライン。左側の壁面には、赤のラインよりも低い位置、ちょうど膝の辺りの高さに伸びた緑のライン。2本のラインを作り出すのは、99までの数字を数え続けるデジタル・カウンター。鎖のように繋がれた幾つものカウンターが綺麗な2本の線となって、左カーブの弧を描いていく。

掛け値なしに素晴らしかった。
おれは心を動かされたものに対して、いつも過剰に称賛するきらいがあるけれど、この作品は異論を差し挟む余地なく、本当に素晴らしかった。
ずっと気になっていた宮島達男というアーティストのことが、改めて好きになった。
もしも宮島達男さんを知らないのならば、ただこの作品の為だけに、いちど原美術館を訪れてみてほしい。ほんの数秒で通り過ぎてしまう小さな空間だけれど、きっと心のどこかに強烈な何かを喚起させるはずだ。

その後、家に戻って考えたんだ。
「時の連鎖」という作品に内在する、見る人間の心を動かす「なにか」について。
その時、パートナーがおもしろいことを言ったんだ。
ラインを作っているデジタル・カウンターのひとつひとつが「細胞」のようだ、って。
その言葉を聞いた瞬間に、おれの中ですべてが繋がったような気がした。もちろんそれは、おれの感じ方、おれの解釈に過ぎず、正しいのかどうかも分からない。更に言えば、そもそも正しい解釈のようなものが成立するのかどうかさえも、おれにはよく分からない。でも、おれにとっての「時の連鎖」は、細胞というキーワードで、まるでパズルのピースがかちっとはまるみたいに、ひとつの明確なイメージになった。

1として生まれ、99として朽ちるまで、刻々と生命の一部としての活動を続ける細胞。
それが連鎖して、1本のラインとなってイメージされる、個体としての1人の人間。
でも同時に、個体としての人間そのものが、世界全体の中ではデジタル・カウンターのひとつであるという逆転。その時、ラインが示唆するのは、個としての人間ではなく、多くの人間が集まって創られる「世界」。

伝わるかどうか分からないけれど、そんなイメージが、「細胞」という言葉をひとつのキーとして、自分の中で構成されていったんだ。それはおれにとって初めての体験で、自分でもちょっと驚いてしまうのと同時に、やっぱり嬉しかった。

宮島達男さんの他の作品も、これから少しずつ見に行ければと思っています。

Tatsuo Miyajima.com
http://www.tatsuomiyajima.com/jp/index.html

Sunday, October 23, 2005

ミスをしたら勝てない

久しぶりの更新。
ずっと忙しくて書く時間がなかったけれど、ようやく一息つけるようになった。

9月25日の北海道バーバリアンズ戦以来、1ヶ月振りのゲーム。
タマリバ vs 横河電機B @横河電機G
11月3日に控える東日本トップクラブリーグ決勝の前に組まれた唯一のゲーム。
意図していた目的は2つだけだ。ひとつは、決勝に向けてチームの完成度を高めること。もうひとつは、日本選手権を想定して、様々なプレーの可能性を試してみること。
それはきっと、メンバーの誰もが分かっていたことだと思う。

でも、残念ながら意図したようにゲームは進まなかった。現時点でのチームの脆さが浮き彫りになった、という意味では良かったのかもしれないけれど。

とにかくミスが多かった。前半だけで何度ボールを落としただろう。決して強くない相手に対して、終始攻め続けながら、トライに結びつかない。トライの芽をことごとく摘んでいたのは、相手のDFではなくて、すべて自分たちのミスだった。

はっきり言って、致命的だ。
タマリバが目指すレベルのチームが、例えばワセダAが相手だったならば、これだけのミスが起きた瞬間にもうゲームセットだ。絶対に勝てない。
確かに、チームとして新しい試みも幾つかあった。平日にメンバー全員が揃って練習できない状況では、ゲーム直前に基本的な動を擦り合わせていくしかなかった。準備不足は多分にあったと思う。
でも、今日のゲームでのミスは、総じてそういうこととは別の問題に起因していた。
チームの準備不足というより、ゲームに向かう個々人の準備不足。
それがどれほど致命的なことか、ということを肌で味わったことが、おそらく今日の唯一の収穫だと思う。
もちろん、おれ自身もそうだけれど。


社会人での3年間の経験を通じて、おれはラグビーの見方を大きく変えていった。
ヘッドコーチだった大西さんの影響は、いろいろな意味で非常に大きかったと思う。大西さんのラグビーに対する考え方や志向性を好まない人も少なからず存在するけれど、基本的におれは、大西さんの言葉を自分なりに受け入れ、理解しようと努め、解釈し、再構成しようと心掛けていた。大西さんは、好むと好まないとに関わらず、誰もが認める実績と経験を持ち併せていて、そのラグビーに対する姿勢には全く揺るぎのない人だった。だから、言葉には力があった。疑問を抱くこともあったけれど、本質を射抜く鋭さに息を飲んだことも少なくない。
大西さんを妄信していたつもりはないんだ。きっと大西さんの言葉に対する響き方は、人それぞれだと思う。おれにはおれのラグビー観がある。東大という特殊なチームで育てられ、他の人とは違う経験をしてきている。だから、いつもおれは、おれ自身の言葉で大西さんを再構成しようとしていたんだ。結果的に言うと、それはすごく知的刺激を要する作業で、おれ自身の為にとても良かったと思っているけれど。

そうやって3年間接した大西さんのラグビー観の中で、おれにとって決定的だったものが幾つかあるのだけれど、そのひとつが「ミス」ということなんだ。
大西さんは、いつも言っていた。「ミスをするチームは、絶対に勝てない」って。

単純なハンドリングエラーだけじゃない。判断のミス。準備のミス。コミュニケーションのミス。そうしたすべての「ミス」がゲームを決めていく。ミスが生まれるのには、様々な理由があると思う。それは相手のプレッシャーかもしれない。あるいは自身の集中力の欠如かもしれない。そしてその背景には、フィットネスやフィジカルの弱さがあるのかもしれない。練習量かもしれないし、チームとしてイメージが共有されていないことかもしれない。そういう諸々が、結果的にひとつの「ミス」となってゲームの流れを変えていく。それが結局のところ、「実力の差」というものなのだと思う。

ミスをしたら勝てない。
改めて言うことでもないけれど、今日おれが感じたのは、ただそれだけです。

Thursday, October 13, 2005

まちがい

「モダン」じゃなくて「コンテンポラリー」だった。

Sunday, October 09, 2005

トリエンナーレと草間彌生について

2001年に続き、今年が2度目の開催となるモダンアートの祭典に行ってきた。
「横浜トリエンナーレ2005」 アートサーカス-日常からの跳躍-
http://www.yokohama2005.jp/jp/

横浜山下埠頭の3号・4号上屋をメイン会場に、総勢86名のアーティストによる71の作品・プロジェクトが集う。そのほとんどをおれは知らなかったけれど、例えば奈良美智のように、既に世界的に活躍しているアーティストも多数参加しているようだ。

みなとみらい線の終点、元町・中華街駅を降りて、埠頭へと足を進める。
ちょうど同じ日に開催されていた「ワールドフェスタ・ヨコハマ2005」で寄り道をして、トルコの屋台で買ったビーフケバブを食べた後に、すぐ隣のメイン会場に向かう。
受付でチケットを渡して、左手に横浜港を見ながら、メイン会場へと続く道を歩くのだけれど、頭上には紅白のストライプによる三角旗がどこまでも延びていって、トリエンナーレの会場に足を向けることを祝福するように、風に吹かれ、はためいている。
ダニエル・ビュランによるインスタレーション「海辺の16,150の光彩」だ。
見事なまでに美しいこのインスタレーションの下を歩いていくと、期待で気持ちが昂ぶっていく。そして、10分ほど歩いて倉庫に辿り着くと、その先がいよいよメイン会場だ。
3号・4号上屋は、6つのパーティションに分かれていて、それぞれに大小様々なアート作品が展示されている。「倉庫」という空間には確かに特殊な雰囲気があって、例えば屋根の高さや、あるいは打ちっ放しのコンクリート壁といったものが、美術館にはない独特の感覚を醸していく。展示された作品の中には、そうした「空間性」のようなものを巧みに取り込んで、作品自体の価値にしているものも幾つか見られた。

良い試みだと思う。
別にアートを語るつもりはないし、その資格もないけれど、完成度の高い優れた作品や、ちょっと独特な観点から世界を捉えたようなおもしろい作品もあった。

ただ、その数は残念ながら多くはなかったね。
モダンアートと言えないような作品も少なくなかったと思っている。
それはとても単純なことで、わくわくしないんだ。創作の手法はモダンアートかもしれないけれど、そこで表現されているものは決してモダンではなくて、むしろ極めて陳腐だったりもする。あるいは逆に、独特の視点から世界を捉え直そうという意図は伝わるのだけれど、表現としての完成度が低かったりする。
誤解してほしくないけれど、モダンアートは個人的には好きだ。モダンアートという分野そのものがつまらない訳ではないと思うし、どちらかと言えば伝統的・教科書的な絵画よりもずっとおもしろいと思っている。
だから、正直に言うと、ちょっと残念だった。
ダニエル・ビュランのインスタレーションの素晴らしさ故に、尚更そう感じてしまう。

そんな中にあって、図らずも改めて感じたことがある。
草間彌生という人の、凄さ。
会場に展示された71の作品・プロジェクトの中の幾つかには、はっきりと草間彌生の存在を感じた。もう何十年も前に彼女が創り上げたオブセッショナル・アートの世界観そのものを踏襲したような作品が、「現代アートの祭典」を謳う横浜トリエンナーレにおいて展示されているという事実に、ある種の衝撃さえ覚えた。
そして、そのどれと比較しても、草間彌生の作品の方が決定的に新しかった。
会場に彼女の作品が展示されていた訳ではないのに、なぜか存在感があったんだ。それは単純に、おれが草間彌生の作品を好きだからなのかもしれないけれど。

「新しい」ということは、簡単ではないね。

Monday, October 03, 2005

良い短編

久しぶりに小説を読んでいる。
小川洋子さんの『まぶた』という短編集だ。

恥ずかしながら、小川洋子という人のことをつい最近まで知らなかった。1991年に『妊娠カレンダー』という作品で芥川賞を受賞し、最近では『博士の愛した数式』で話題になった女性作家だけれど、1991年当時のおれは、小説というものにまったく興味を持っていなかったからね。今にして思えば、本当に勿体なかったと思うけれど。

短編小説は、長編小説とはまったく違う。
読んでいていつも思うけれど、ふたつはまったく異なる書かれ方をしている、あるいはされるべきだと思う。よい長編を書く作家が、必ずしも良い短編を書くとは限らない。どちらかと言えば、良質の短編を書く作家は決して多くないように感じている。

良い短編は、過不足のない感じがする。書きすぎていないけれど、書くべきことはすべて書いてある。言葉を変えると、一字一句まですべてが、必要なものだけで構成されているような、そんな感じだ。そしてそのことが、短編のエッセンスを際立たせる。丁寧に、繊細に選ばれた言葉のひとつひとつが、作品のキーとなるエッセンスに彩りを与える為に最適な形で配置されている、という感覚が、作品に味わい深さを加えていく。
良い短編というのは、そういうものだよね。


さて、小川洋子さんの短編集『まぶた』。
まだ読み終えていないけれど、結論から言うと、非常に良質の短編集だと思う。この作品に収められた全ての短編は、基本的には喪失の物語で、どの作品をとっても、描写される世界のどこかに「空気すらないような」空白感があるのだけれど、それでいて同時に、ささやかな幸福感もある。そのアンビバレントな感覚の同居が絶妙で、読み終えた瞬間に周りのすべての音がなくなるような、そんな独特の読後感がある。もちろんそれは、「丁寧に、無駄なく選ばれた言葉を、最適な形で構成する」という作業によって、より一層際立っているのだけれど。

久しぶりに、良質の短編を書く作家に出会ったかもしれない。
今さらなにを、という感はあるけれど。

Wednesday, September 28, 2005

空が近くなる

9月23日から26日までの4日間にかけて、パートナーを連れて北海道にいた。
11月3日に秩父宮ラグビー場で行われる東日本クラブトップリーグ決勝。個人的にも、実に4年振りとなる秩父宮への切符を賭けたゲームが、札幌の月寒ラグビー場で組まれていたんだ。相手は、昨年度3位の北海道バーバリアンズ。春の八幡平遠征に次いで、今回が2度目の遠征となったのだけれど、まさか公式戦が北海道で開催されることになるとは、タマリバに加入する時には思ってもいなかった。でも、26日は休暇を取って4連休にした上で、パートナーを連れた3泊4日のツアーを組むことが出来たので、結果的にはとても良い機会になった。


9月25日(日) vs北海道バーバリアンズ(12:00 K.O.@月寒ラグビー場)

結果はというと、34-21の辛勝。際どいゲームだった。
10-18とリードされた状態で前半を折り返したことからも分かる通り、思うように自分達のラグビーが出来なかった。北海道バーバリアンズのメンバーには、4人の外国人選手が名を連ねていたのだけれど、密集での彼らの執拗なプレーシャーによって、特に前半の40分は、完全にペースを狂わされてしまった。後半に入ると運動量とプレーの精度で相手を上回ってきて、流れを手繰り寄せることが出来たけれど、全体的には反省材料の多いゲームだったね。
ただ、個人的な出来は、それほど悪くなかったかもしれない。なにより、春からずっとチームの課題として取り組んでいる「ダブルタックル」の意識を、ゲームの中である程度プレーに落とし込むことが出来たような気がする。昨年までの社会人ラグビーでは、基本中の基本にあたるプレーだと思うけれど、それを組織防御として体系化することは、チームとしてきちんと練習に取り組まないと、非常に難しいからね。

まあとにかく、勝ってよかった。次は11月3日、4年振りの秩父宮ラグビー場だね。


さて、ここから話は別の話題へと移っていく。
試合翌日の26日、パートナーを連れて、ずっと行きたかった場所を訪れたんだ。
昨日も少しだけ書いたけれど、彫刻家イサム・ノグチによる構想・設計のもと、20年近い歳月を経て、2005年7月1日にようやくオープンした、札幌のモエレ沼公園。
"http://www.sapporo-park.or.jp/moere/"

イサム・ノグチの彫刻が、おれは好きだ。
決して多くの作品を知っている訳ではないけれど、彼の彫刻は、どの作品もスマートで、丁寧で、きりっとしている。どの作品も、どこか優しい感じがする。そしてどの作品も、掛け値なしに美しいものばかりだ。
モエレ沼公園は、そのイサム・ノグチによって設計された「彫刻」としての公園。
ありきたりの表現だけれど、公園にして「彫刻」なんだ。

素晴らしかった。
189haという広大な敷地のすべてが綿密にデザインされ、最も美しい組み合わせで配置されているような、そんな公園だった。イサム・ノグチという彫刻家のことが、また改めて好きになった。
広大な公園を彩る様々なオブジェや施設、小高い丘やカラマツの林。
それらは、それ自身が既に彫刻的な美しさを持ち併せながら、それらが全体として織り成す遠景が公園全体をひとつの作品へと昇華していくように、絶妙な構成で公園に組み込まれていた。

広大な公園のなかをゆっくり歩く。そこにはどこか、角度を変えながら、様々な方向から彫刻を眺めるような、そんな感じさえする。見る方向によって彫刻の味わいが異なるように、そして、素晴らしい彫刻はどの方向から見ても素晴らしいのと同じように、モエレ沼公園は、自分の立つ場所を変えれば別の趣きがあり、そしてどの方向から眺めても、その遠景は息を飲むほど綺麗だ。

そして、もっと単純な素晴らしさもある。
例えば、芝生の緑の美しさ。そこにある空気の透明感。広さ、そして楽しさ。
それは必ずしもモエレ沼公園に限ったことではなく、北海道という土地の性格もあるかもしれないけれど、そうした土地柄が最大限に生かされたデザインになっている、ということは言えるかもしれない。それにしても、こうしたプリミティブな美しさというのは、ちょっと東京では成立し得ないものだと思う。

イサム・ノグチの設計図にはきっと、そこに生きる人間の姿もあったんだね。
モエレ沼公園は、そんなことを思わせるような魅力でいっぱいだった。


「モエレ山」と呼ばれる標高62mの山が公園内にあるのだけれど、このモエレ山を登っていって、中腹辺りに差し掛かった時に、前を歩いていたおっさんが言ったんだ。
「空が近くなってきた」

なぜだか嬉しくなったよ。
その感覚こそが、きっとこの公園の命とも言えるものなんだ。

Moerenuma Park

書きたいことがたくさんあるけれど、ちょっと時間がなくて。
イサム・ノグチによって設計された札幌のモエレ沼公園で撮った写真を載せてみます。本当は先に言葉にしたかったけれど。

右側にあるlinksの "23 -Fukatsu's Photos-" からね。

Monday, September 19, 2005

ふりだし

ラグビー漬けの3連休。
最高のチャンスだったのだけれど、3日間の出来は全然だったね。

17日(土) 練習試合 vs 早稲田大C @早大上井草G

結果から言うと、24-31での敗戦。タマリバは春シーズンにも同じ相手に12-14で敗れていて、今回のゲームには雪辱を期して臨んだのだけれど、勝利には至らなかった。タマリバは日本選手権で早稲田Aと戦い、勝利することを目標に練習をしているけれど、残念ながら現時点では、目標とするレベルには全然至っていない、という事実を突きつけられるゲームになってしまった。
「タマリバ」というチームの問題だけじゃない。おれ自身が、全然足りていなかった。ATTもDEFも、プレーの精度も判断力も、全然足りてないね。確かに、Cとはいえ相手は決して弱くなかったし、むしろ細かい部分まで徹底的に鍛え上げられた非常に良いチームだったけれど、やっぱり学生のCチームに負けちゃ駄目だね。
ただ、タマリバにとっては本当に収穫の多いゲームになった。現時点でのチームとしての課題が、明確に浮き彫りになったからね。特にディフェンスでは、改めてその難しさを実感した。早稲田のようにスピードと展開力のあるチームとのゲームはなかなか経験できないので、この経験を確実にチームの糧にしたい。
そしておれは、それと同時にとにかく「個人」だ。個人のスキル・能力を高めていかなければ、他の14人に迷惑をかけてしまう。自分の責任をきちんと果たす為に、練習から考え直していかないと駄目だね。チームがおれに要求している仕事は、とても単純なこと。確実なディフェンスと、ペネトレート。たった2つなんだ。その2つを確実に、高い精度で、どのような状況下でも出来るように、とにかく練習するしかない。
いつも同じ結論になってしまうけれど。


18日(日) 練習 @学習院大G (17:30-20:30)
19日(月) 練習 @立教大G (10:30-13:00)

2日間とも、早稲田Cとのゲームで浮き彫りになった反省点を意識したメニュー。
ディフェンスにおける原則の確認と、ダブルタックルの徹底。
意識を持つだけで、はっきりと動き方が変わっていって、得るものも多く、なによりやっていて楽しい練習になった。練習を取り纏めて、ポイントを指摘してくれたのはLOの桑江なのだけれど、彼は「眼」がすごく良いね。一連のプレーを眺めながら、その中で意図とずれた動きが起こった時に、それを察知して、どこに「ずれ」があったのかを見極める能力が非常に高くて、正直驚いてしまった。もちろん、単純に「眼」が良いだけではなくて、その背景には「ラグビーの原則に対する高い理解力」というベースがあるのだけれど、そういう選手の言葉は、聞いていてすごく面白いね。
また色んなことを教えてもらって、吸収していこう。

ちなみに19日は立教大との合同練習で、15分×2のADをしたのだけれど、個人的には最悪の出来だった。目も当てられないくらいだった。ミスの連続。何度こうしてふりだしに戻っているだろう。ハンドリングが悪いのは最初から分かっているのだから、集中力が途切れたり欠けてしまったら、ミスするのは当たり前だよね。


次の週末は、いよいよ北海道遠征。
東日本クラブ選手権決勝への切符を賭けて、北海道バーバリアンズとのゲームだ。
帯広にいる大学の後輩も観に来てくれるので、締まったプレーをしたいです。

Friday, September 16, 2005

発想の順序

かけっこをするな、と言われるのはいやだ。

先の衆議院総選挙が自民党の大勝に終わって、巷には本当にいろいろな考えや主張が渦巻いている。選挙の総括や、今後の日本の行方についても、様々な立場からの見解が各種メディアを賑わせている。とても興味深く、国民の関心の高い選挙だったので、その結末に誰もが思うところあるような、そんな感じがするね。

そうした中で民主党では、岡田代表の後任を決定する党代表選挙が17日に実施される。大幅に議席を失ったとはいえ、最大野党の民主党にとっては、今後を占う上での重要な決断の場だ。今日の報道ステーションには、立候補を表明した2人の政治家が揃って出演し、それぞれの展望を語っていた。

それで、本題はその先なのだけれど、候補者の1人、菅直人さんが番組の中で、自民党の大勝を評してこう言っていたんだ。
「1人のホリエモンと100人のホームレス、という流れが鮮明になった」って。

最近この手の論調は増えてきているような気がする。自民党の予想以上の勝利に対する反動もあるのかもしれない。小泉自民党の政治に対する批判的な見解として、最も人口に膾炙しているもののひとつは「弱者を切り捨てる政治」という主張だよね。(もうひとつは、「立場の異なる人間を排除する独裁的手法」ってやつだね。)

本当は政治についてあまり書きたくはないのだけれど、菅直人のこの発言に代表されるような主張を耳にする度に、おれはちょっと立ち止まってしまうんだ。
考える順序が違うんじゃないか、って。

100人のホームレスを生み出す政策に対しては、2つの反論が考えられる。
ひとつは「競争のルールが間違っている」という考え方だ。そもそも競争原理至上主義に傾きすぎている、という発想も、大きくはこの中に含まれるかもしれない。端的に言ってしまうと、そもそも100人ものホームレスを生み出さないような社会環境、あるいは競争のルールを整備すべきだ、という発想だ。
そして、もうひとつの反論は「セーフティネットが構築されていない」というものだ。競争の落伍者とされる人々に対して、社会全体として一定の支援を担保すべきなのに、その点が無視されているか、あるいは不十分な対応しか取られていない。この立場に立てば、100人のホームレスが生み出されるのは、落伍者をホームレスにしない為のセーフティネットが日本社会に欠如しているからだ、ということになる。

「100人のホームレス」という現実に対するこの2つの反論は、似ているようで、実際にはそのアプローチが全く異なる。発想の順序が、はっきりと逆なんだ。

そしておれは、かけっこをするな、という反論には、どうしても賛成できないんだ。

皆が同じようなタイミングでゴールするように、ハンデをつけてかけっこをするのは平等ではないと思う。人それぞれに持って生まれた能力は違う。格差が存在するのは当たり前だ。競争というのはそういうものだし、自由主義国家を標榜する以上、それは避けることの出来ない、ある意味では残酷な現実だと思う。

かけっこが苦手な子は、どうしたっている。
でも、かけっここそが自分を輝かせる唯一の舞台だっていうやつもいる。
大切なのは、最後に皆で手を繋いで、横一線でゴールすることじゃないと思う。本当に大切なのは、かけっこでビリだったやつが、勝負できる別の舞台を見つける為の手助けをしてあげることなんじゃないか。
運動会が嫌いで休んでしまうやつの机に、例えば絵筆を置いてみることじゃないか。

書いていて思ったけれど、もしかするとセーフティネットというのは、本質的には極めて個人的なものなのかもしれない。誰もが一定のレベルで救済されるようなセーフティネットというのは、そもそも成立し得ないのかもしれない。でも、そこへのチャレンジことが、きっと今後の社会を考える上での最大の課題なのだと思う。
すごく難しいことだと思うけれど。

Tuesday, September 13, 2005

格差を考える

ずっと疑問に思っていたことがある。
日本社会における「格差」って、本当に拡大しているのだろうか。
拡大しているとすれば、それはどの程度なのだろうか。

不本意ながら、最近ほとんど本を読まない日々が続いているのだけれど、そうした日々の中で、少しずつゆっくりと読み進めている本があるんだ。
玄田有史さんの『仕事のなかの曖昧な不安』という作品。
以前にも書いたけれど、玄田さんは労働経済学の専門家で、代表作の『ニート ― フリーターでもなく失業者でもなく』など、日本における労働環境を新たな視点で捉え直す試みで、一躍有名になった研究者だ。最近では、東京大学社会科学研究所の「希望学」プロジェクトに参画しながら、現代における「希望」をテーマに様々な活動をされているようで、その試みにおれは、ずっと興味を持っていたんだ。

『仕事のなかの曖昧な不安』においては、統計的な分析を活用して、データが語る日本の労働市場の現実を、徹底的に正確に突き詰めていく、という知的作業が展開されるのだけれど、これがとても面白く、刺激的だ。
例えば、フリーターやニートの増加ということを考えてみる。
雑誌やメディア、それに会社での日常的な会話などでも、「若者の就業意識の変化」なんてことがよく言われる。最近の若者は仕事に対するこだわりが薄く、ちょっと厳しいことを言われたり、嫌なことがあったりすると、すぐに会社を辞めてしまう。仕事に対する責任感が希薄で、自己実現の場を仕事以外に求めようとする傾向が強まっている。こうしたことが日常的に語られたりする。

でもそれは、どの程度「本当」なのだろうか。
こうした疑問を考える手掛かりとして、玄田さんは徹底的にデータを活用していく。

若年層の離職率は、戦後どのように推移してきたのか。
若年層を対象とした意識調査の結果からは、何が読み取れるか。
正社員での採用を希望する割合に、変化はみられるのか。
入社3年以内に離職する人の割合は、過去と比較して高まっているのか。
失業率と若年層の離職率には、なんらかの関連性があるのか。

こういった様々な観点から、精緻にデータを追っていく。データが語る日本社会の労働環境の現実を突きつめていく。すると、一般に言われているのとは全く様相の異なる別の姿が浮かび上がってくる。

分析データや統計的手法、組み上げられた論理の詳細について細かくは触れない。けれど、玄田さんのそういう厳密なロジックに基づいた思考はとても新鮮で、示唆に富んでおり、知的好奇心を刺激するものだった。


日本は、世界で最も従業員の解雇が困難な国家のひとつだ。
企業による従業員の解雇を明確に規制する法はないが、過去の判例によって企業は幾重にも縛られており、経営判断としての正当性を十分な説得力を持って説明できない限り、実際に企業が従業員を解雇することは極めて難しい。仮に解雇に踏み切ったとしても、被解雇者による訴訟リスク、平気で社員の首を切るといった風評の流布のような社会的信用リスク、企業イメージの低下といった様々なリスクに企業は晒されることになるだろう。
雑誌やメディアではよく、中高年のリストラが社会問題として取り上げられる。しかし、いわゆる中高年にあたる45歳~54歳の大学卒ホワイトカラー層に関してデータを分析していくと、実際にはほとんど解雇されていないという現実が見えてくる。失業率の上昇が問題視されるが、最も深刻な状態にあるのは中高年ではなくて、実は20代、30代といった若年層だ。若年層の失業率は、日本は先進国でも最悪のレベルに達しているが、こうした事実が問題として取り上げられることはほとんどない。

戦後の高度経済成長時代において企業は、右肩上がりの業績に支えられて着実に雇用を創出してきた。拡大する需要に対応する為に、常に新たな労働力を確保する必要があった。しかしながら、90年代に入ると状況は一変する。バブル経済が崩壊し、日本は長期にわたる景気停滞局面を迎えることになる。
不況に直面した企業においては、収益力を維持する為に、徹底的なコストカットが経営上の至上課題となる。様々なエリアでコスト削減の施策が断行されることになるが、その中でも最大の問題となったのが、言うまでもなく人件費だった。

日本において、従業員の解雇は決して容易ではない。そうした状況下にあって、企業が抱える労働力の調整を行う為には、実質的に2つの選択肢しかなかった。定年退職による自然減、そして新規採用の抑制だ。経済全体が拡大していた頃には、実はもうひとつの選択肢があった。それは、体力のある中小企業に労働力を振り向ける、ということだ。出向や転籍という形式を取って、中小企業にスキルをもった人材を移していく。日本の発展を支えた多くの中小企業は、慢性的な労働力不足という問題を抱えており、人材の流動化を志向する大企業との間でニーズが一致した。しかし、90年代の不況期においては、中小企業の側にも労働力需要がなくなっていた。不況の煽りを受けて、大企業の人材を受け入れるだけの経営体力を失っていた。

こうした流れの中で、企業による新規採用は大幅に縮小され、就職活動は年々厳しさを増していった。結果として、本当に希望していた企業・職種を勝ち取ることが出来ず、妥協の末に2次希望、3次希望で決着するケースが増加していく。入社後に、自分がイメージしていた仕事に就くチャンスそのものが大幅に減少していき、思うようなスキルアップを図ることが困難なケースが恒常化していった。

それだけではない。長引く不況にあって経営状態の悪化した多くの企業は、社員のスキル育成に投資する余力を少しずつ失っていた。本来ならば若手社員に与えられるべき研修・OJTの機会といったものも、コスト削減の煽りを受け、減少していく。会社が社員のスキル育成に投資できない。企業のこうした姿勢が引き起こしたのは、スキルを必要とする仕事、やりがいのある仕事が経験豊かな中高年に振り分けられる、ということだった。過去に大量採用された世代が中高年となると、自分達には出来ない体力のいる仕事、あるいは単純な事務的作業ばかりが若年層に押し付けられ、結果的に若年層が「やりがいのある仕事」に就くチャンスは、極めて限定的なものになってしまった。

こうした全ての結果として、若年層の離職率は高まっているのだ。
このことが意味しているのは、「中高年の既得権を守る為に、若年層の雇用機会が犠牲になった」ということなんだ。本来であれば若年層に振り分けられるべき就業機会そのものが、中高年の解雇が困難な状況下にあって、その雇用確保という名目の下、確実に奪われていった。

玄田さんは、統計的手法を効果的に活用しながら、こうして論旨を展開していく。
フリーターやニートの問題も、こうした観点で捉え直すと、別の様相を呈してくる。それは必ずしも若年層における就業意識の変化が問題ではなくて、もっと根本的な、日本社会の構造的問題が改めて浮き彫りになってくるんだ。

断っておくけれど、だからと言ってフリーターやニートを肯定するつもりは、おれにはない。正確に言えば、肯定も否定もしない。ただ、リスキーな選択だとは思う。同じ頃、同世代の人間の誰もがスキルアップの為に日々努力しているのだから、それは当然のことだよね。それでも、リスクを認識してなお、それを受け入れてフリーターやニートを選択する人間に対して、否定する理由はどこにもないと思う。自分の信念を持って、リスクを取って生きることは格好良いし、そこには一筋の希望がきっとあるような気がする。そうしたリスクを認識することなく、何気なくフリーターやニートを選択するのは、単純に馬鹿げていると思うけれど。

でもとにかく、玄田さんのこうした発想は、おれにとってすごく新鮮で、とても興味深いものだった。示唆に富んでいて、知的刺激が詰まっていた。
例えばフリーターやニートの問題は、本質的にはきっと、極めて個人的な問題だと思う。100人のフリーターに対峙した時、かけるべき言葉はきっと100通りなければいけない。でも、別の視点から考察すると、日本社会の持つ構造的問題として捉え直すことが出来るということが、今までの自分にはなかった発想で、刺激的だった。そして、一般的に語られる常識のバイアスを排除して、徹底的なデータ分析の結果にその論拠を求める姿勢も、非常に好感の持てるものだったと思う。


随分長くなってしまったけれど、ここでようやく最初の疑問に戻ることになる。
日本社会における「格差」ってやつね。
実は『仕事のなかの曖昧な不安』の中に、この問題について言及している箇所があるんだ。それによると、どうやら研究者の見解も様々のようで、「日本社会において格差は拡大しているのか」についての論争は、未だ決着していないようだ。賛否両論があり、それぞれが統計的な手法を用いて説得性のある議論を展開しようと試みているが、明確な結論を導いて断定できる種類の問題ではないのかもしれない。

先の衆議院選において社民党の福島瑞穂は、選挙期間中ずっと「格差拡大社会の是正」ということを一貫して主張し続けていた。彼女の考える「格差」というのは何を意味しているのだろう。所得の格差だろうか。その場合、統計的分析に基づいた明確な根拠は存在するのだろうか。格差を考える指標は、所得以外にはないのだろうか。例えば、所得格差を生み出す要因のひとつが「機会格差」だという可能性はないのだろうか。そもそも「格差社会の是正」といった時に、どういった観点から「格差」を捉えることが最も公平なのだろうか。


最近ずっと、そんなことを考えていたんだ。
それで、考えた末の結論はというと・・・、結局よく分かりません。

Sunday, September 11, 2005

vs 明治大学B

勝つには勝ったけれど、ひどいゲームだった。
書きたくないくらい。
正確なスコアは覚えていないけれど、50ー35くらい。失点多すぎだよね。
個人的にも、序盤にタックルミスを2つした。前半の最初に流れを作れなかったのは、そのタックルミスから地域を大きく失ったことがかなり響いたんだ。他のメンバーに本当に申し訳ない。

あーあ。またやり直しだわ。

それにしても最近、ラグビー以外のことをあまり書いてないね。