4月21日(土)14:00-16:30 練習@駒場グラウンド
日曜日に今シーズンの開幕戦を控えた東大ラグビー部の練習に、3人の素晴らしいゲストが来てくれた。社会人ラグビー時代にお世話になったPRの大先輩、文原さんと大吉さん。そして後輩の佐藤大作選手ね。
素晴らしい1日だった。本当に感激した。
文原さん、大吉さん、大作の3人には、心から感謝しています。
本当にありがとうございました。
3人にとって東大ラグビー部は、言ってしまえば何の縁も無いチームだ。
駒場に足を運ぶことは、何の義務でもなく、必然性もない。
それでも、これまで20年近くの歳月をラグビーに捧げてきて、やっと一息ついたばかりの文原さんや、いまだ現役として活躍している大吉さんや大作が、貴重な時間を割いて駒場のグラウンドに足を運んでくれたことが、本当にうれしかった。
これほどうれしかったのは、以前、小寺さんが駒場に来てくれた時以来だね。
色んな人が、コーチになったばかりの自分を支えてくれる。
まだ今シーズンは始まったばかりだけれど、今年の東大ラグビー部に何かを伝えて、学生と一緒に自分も成長していくことで、皆に恩返しがしたいと思ってます。
さて、肝心の練習。
社会人の第一線で活躍するPR3人が揃ったことで、FWは勿論スクラムだよね。
おれはBKの練習を学生に任せて、練習の仔細をずっと見つめていた。
そして、驚いた。
スクラムの奥の深さと、特に文原さんのスクラムを突きつめた言葉が衝撃だった。
全ての動きに理由がある。足の踏み方や置く位置、姿勢の取り方、膝の角度、肩のライン。慣性に任せた動きはひとつとしてなく、全ての部位に合理的な根拠を持って、身体をコントロールしているような感じだった。
学生にアドバイスをしてくれている時に、おれは横でずっと聞き耳を立てていた。
勉強になるよね。個々のプレーを徹底的に考えて、身体で覚えた感覚に合理的な根拠を与えて、またそれを身体に刷り込んでいく。それって、スクラムに限ったことではなくて、あらゆるプレーに共通することだからね。
練習後は、お決まりの鉄板焼き「楓」に寄って、4人で晩飯を食べた。
自分の胸の内にしまっておくけれど、いい話を沢山もらった。
だから、この日3人から最も多くのものを吸収したのは、絶対におれだと思ってます。
そして、翌4月22日(日)の開幕戦。
成城大を相手に30-17だったかな、まずは緒戦をものにしました。
右PRで出場した松林は「昨日教えてもらったことがすごく生きました」って。
本当に、ありがとうございました。
Monday, April 23, 2007
Friday, April 20, 2007
Perth #4
4月12日、木曜日。
5日間の滞在もこの日が最終日なので、おみやげを買おうと1人で街に出た。
この日がいちばん難しかった。
5日間の滞在の中で、この日、初めて目的的に動いてしまったからね。
「おみやげを探す」という明確な目的を持って、良いものを探し歩いたのだけれど、ただそれだけのことでも、目に映る街の景色はがらりと装いを変えるんだ。
折角オーストラリアに来たのだから、この街にちなんだものを買いたくて、色々なお店を廻ったのだけれど、しっくりくるものが見つからなくて・・・。
正直に言うと、買い物はまったくもって苦手なんだ。
まあでも、結果的には、納得出来るものを自分なりに見つけ出すことが出来た。
何を買ったかは、内緒だけれど。
日も暮れてきた19時頃かな。
街の中心部に戻ってくると、ちょっと歩き疲れもあって、郵便局とデパートに挟まれた通りのベンチに座って休憩していたんだ。あとは帰るだけだなー・・・って。
すると、ちょっと嬉しいことがあった。
ベンチで暫くのんびりしていると、どこからか20人近い集団がやってきて、通りに円を作って音楽を始めたんだ。パーカッションの男性がリズムを取り始めると、まるで自然発生的に(勿論、自然発生ではないのだけれど)、他のメンバーが歌い出す。気づいた時には、すごく楽しそうなコーラスが生まれていて、なんだかとても良かった。
かなり陽も落ちてしまった時間だったけれど、座って眺めている人も少なくなかった。
でも、本当に良かったのはその先。
メンバーの誰かの娘と思われる少女が、1人リズムに乗って踊っていたんだ。
その姿が、とても微笑ましくて。
Perth駅へと続くこの通りは、デパートに面している側にちょっとした段差があるのだけれど、所々に半円形状の、通りに迫り出した部分があるんだ。
ちょうどステージのようにね。
その少女は、まさにそのステージに1人立って、メンバーの歌に合わせて身体をスイングさせたり、何度も側転してみたりして、ずっと踊っていた。誰も観ていなかったかもしれないけれど、其処は完全に彼女の舞台だったよ。本物のステージだった。
少女はその後、集団の方に戻ると、円の中心で逆立ちしようとして倒れてしまって、大泣きしていた。痛かっただろうけれど、でも、おれが眺めていたほんの短い時間の主役は、間違いなく彼女だった。
だから、遠く日本から声を掛けてあげたい。「とっても格好良かったよ」って。
終わってみると、充実した5日間だったね。
1人旅をしていた訳では決してないのだけれど、1人旅のように過ごして。
1人であるが故に想起されるものたちの存在を、ずっと忘れずに。
5日間の滞在もこの日が最終日なので、おみやげを買おうと1人で街に出た。
この日がいちばん難しかった。
5日間の滞在の中で、この日、初めて目的的に動いてしまったからね。
「おみやげを探す」という明確な目的を持って、良いものを探し歩いたのだけれど、ただそれだけのことでも、目に映る街の景色はがらりと装いを変えるんだ。
折角オーストラリアに来たのだから、この街にちなんだものを買いたくて、色々なお店を廻ったのだけれど、しっくりくるものが見つからなくて・・・。
正直に言うと、買い物はまったくもって苦手なんだ。
まあでも、結果的には、納得出来るものを自分なりに見つけ出すことが出来た。
何を買ったかは、内緒だけれど。
日も暮れてきた19時頃かな。
街の中心部に戻ってくると、ちょっと歩き疲れもあって、郵便局とデパートに挟まれた通りのベンチに座って休憩していたんだ。あとは帰るだけだなー・・・って。
すると、ちょっと嬉しいことがあった。
ベンチで暫くのんびりしていると、どこからか20人近い集団がやってきて、通りに円を作って音楽を始めたんだ。パーカッションの男性がリズムを取り始めると、まるで自然発生的に(勿論、自然発生ではないのだけれど)、他のメンバーが歌い出す。気づいた時には、すごく楽しそうなコーラスが生まれていて、なんだかとても良かった。
かなり陽も落ちてしまった時間だったけれど、座って眺めている人も少なくなかった。
でも、本当に良かったのはその先。
メンバーの誰かの娘と思われる少女が、1人リズムに乗って踊っていたんだ。
その姿が、とても微笑ましくて。
Perth駅へと続くこの通りは、デパートに面している側にちょっとした段差があるのだけれど、所々に半円形状の、通りに迫り出した部分があるんだ。
ちょうどステージのようにね。
その少女は、まさにそのステージに1人立って、メンバーの歌に合わせて身体をスイングさせたり、何度も側転してみたりして、ずっと踊っていた。誰も観ていなかったかもしれないけれど、其処は完全に彼女の舞台だったよ。本物のステージだった。
少女はその後、集団の方に戻ると、円の中心で逆立ちしようとして倒れてしまって、大泣きしていた。痛かっただろうけれど、でも、おれが眺めていたほんの短い時間の主役は、間違いなく彼女だった。
だから、遠く日本から声を掛けてあげたい。「とっても格好良かったよ」って。
終わってみると、充実した5日間だったね。
1人旅をしていた訳では決してないのだけれど、1人旅のように過ごして。
1人であるが故に想起されるものたちの存在を、ずっと忘れずに。
Tuesday, April 17, 2007
Perth #3
4月11日、水曜日。
また1人でホテルを出ると、最寄駅のBurswoodから電車に乗り込む。
Perthで乗り換えて、そこから2駅。Glendaloughという駅で降りると、今度は駅前でバスをつかまえる。揺られること20分位かな、向かった先はタクシーの運転手さんが「Perthで最も美しい」と教えてくれたビーチ、Scarboro beachだ。
Scaboro beachの最寄りのバス停を降りて数十メートル歩いた先には、インド洋。
驚いた。色の違いに見惚れてしまった。
エメラルドブルーというのか、あの海面の青の美しさは、ちょっと日本では見ることが出来ない。透明感と深みが同居したような輝かしい青が、本当に美しかった。
海って、あんなに色が違うんだね。
この日は天気にも恵まれて、上空は見事に晴れ渡り、日差しが痛いほどだった。
強烈な紫外線は思わず目を塞ぎたくなるほどで、しばらくビーチの写真を撮り歩いた他は、1時間近くずっと日陰でのんびりしていた。海水浴をするでもなく、サーフィンをするでもなく、ただ日陰にいたのだけれど、なんだか幸せな時間だった。
勿論サーファーはサーファーで、最高の海を満喫していたと思うけれど。
ただ、被写体としての「海」は、おれにはちょっと難しいね。
街の方が、遥かに面白い。
海は広すぎるからね。もっと雑多で混沌としていて、多様な匂いがある場所の方が、被写体としては自分に合っているように感じる。例えば「東京」が被写体として面白い理由は、そんなところにあるのかもしれないね。
午後になってScarboro beachを離れると、バスに乗って再びPerth Cityへと戻る。
次に足を運んだのは、Perth駅のすぐ北側、ノースブリッジ(NorthBridge)と呼ばれる一帯において、WA美術館と共に構えるArt Galleryだ。
http://www.artgallery.wa.gov.au/
このArt Galleryを訪れようと思ったのには、理由があるんだ。
それは、ちょうど開催されていた企画展「RAISED BY WOLVES」のポスター。
使われた写真は、日本の若手を代表する写真家、ホンマタカシのものだったんだ。
アジアの孤島日本から遠く離れたこの場所で、日本人写真家の作品に触れることになるとは思っていなかったのだけれど、その偶然に何故だか惹かれてしまった。
断っておくけれど、ホンマタカシの写真が特別に好きだという訳ではないんだ。
勿論、綺麗な写真を撮る人だということは知っていたけれど。
でも、実際にGalleryに展示された数々の作品を観ていると、ホンマタカシの数点の写真は、他の作品と比較してもクオリティの高いものだったと思う。透明感があって、ホンマタカシらしさを明確に感じ取れる作品だった。
ホンマタカシに限らず、Galleryに展示された作品群を観ていて思ったのは、日本人の美的感覚は、世界的にも非常にレベルが高いのではないか、ということ。日本人の感性とのフィット感の違いもあるのだろうとは思うけれど、WA(Western Australia)出身の作家達が出展していた数多くの作品と比較すると、日本で目にするアートの方が、総じて作品としてのクオリティが高いように感じた。
繊細かつ丁寧に美を結実させていくスタイルが、日本は秀でているのかもね。
夜になると、再びキングスパークへ。
キングス・パークの夜景は本当に素晴らしかった。
滞在期間中、キングスパークには実は3回も訪れてしまったのだけれど、何度来ても飽きることがなく、非常に良い場所だった。日中、夕暮れ時、そして夜と、様々な時間帯に訪れて、その都度、見える風景が違っていたことも、とても楽しかった。
春夏秋冬が違えば、きっとまた別の表情があるのだろうね。
また1人でホテルを出ると、最寄駅のBurswoodから電車に乗り込む。
Perthで乗り換えて、そこから2駅。Glendaloughという駅で降りると、今度は駅前でバスをつかまえる。揺られること20分位かな、向かった先はタクシーの運転手さんが「Perthで最も美しい」と教えてくれたビーチ、Scarboro beachだ。
Scaboro beachの最寄りのバス停を降りて数十メートル歩いた先には、インド洋。
驚いた。色の違いに見惚れてしまった。
エメラルドブルーというのか、あの海面の青の美しさは、ちょっと日本では見ることが出来ない。透明感と深みが同居したような輝かしい青が、本当に美しかった。
海って、あんなに色が違うんだね。
この日は天気にも恵まれて、上空は見事に晴れ渡り、日差しが痛いほどだった。
強烈な紫外線は思わず目を塞ぎたくなるほどで、しばらくビーチの写真を撮り歩いた他は、1時間近くずっと日陰でのんびりしていた。海水浴をするでもなく、サーフィンをするでもなく、ただ日陰にいたのだけれど、なんだか幸せな時間だった。
勿論サーファーはサーファーで、最高の海を満喫していたと思うけれど。
ただ、被写体としての「海」は、おれにはちょっと難しいね。
街の方が、遥かに面白い。
海は広すぎるからね。もっと雑多で混沌としていて、多様な匂いがある場所の方が、被写体としては自分に合っているように感じる。例えば「東京」が被写体として面白い理由は、そんなところにあるのかもしれないね。
午後になってScarboro beachを離れると、バスに乗って再びPerth Cityへと戻る。
次に足を運んだのは、Perth駅のすぐ北側、ノースブリッジ(NorthBridge)と呼ばれる一帯において、WA美術館と共に構えるArt Galleryだ。
http://www.artgallery.wa.gov.au/
このArt Galleryを訪れようと思ったのには、理由があるんだ。
それは、ちょうど開催されていた企画展「RAISED BY WOLVES」のポスター。
使われた写真は、日本の若手を代表する写真家、ホンマタカシのものだったんだ。
アジアの孤島日本から遠く離れたこの場所で、日本人写真家の作品に触れることになるとは思っていなかったのだけれど、その偶然に何故だか惹かれてしまった。
断っておくけれど、ホンマタカシの写真が特別に好きだという訳ではないんだ。
勿論、綺麗な写真を撮る人だということは知っていたけれど。
でも、実際にGalleryに展示された数々の作品を観ていると、ホンマタカシの数点の写真は、他の作品と比較してもクオリティの高いものだったと思う。透明感があって、ホンマタカシらしさを明確に感じ取れる作品だった。
ホンマタカシに限らず、Galleryに展示された作品群を観ていて思ったのは、日本人の美的感覚は、世界的にも非常にレベルが高いのではないか、ということ。日本人の感性とのフィット感の違いもあるのだろうとは思うけれど、WA(Western Australia)出身の作家達が出展していた数多くの作品と比較すると、日本で目にするアートの方が、総じて作品としてのクオリティが高いように感じた。
繊細かつ丁寧に美を結実させていくスタイルが、日本は秀でているのかもね。
夜になると、再びキングスパークへ。
キングス・パークの夜景は本当に素晴らしかった。
滞在期間中、キングスパークには実は3回も訪れてしまったのだけれど、何度来ても飽きることがなく、非常に良い場所だった。日中、夕暮れ時、そして夜と、様々な時間帯に訪れて、その都度、見える風景が違っていたことも、とても楽しかった。
春夏秋冬が違えば、きっとまた別の表情があるのだろうね。
Saturday, April 14, 2007
Perth #2
4月9日、月曜日。
1人でホテルを出て、Subiacoという街に向かう。
ホテルの最寄駅から電車に乗って、15分程度のところにある街だ。
電車に乗り込んで、隣に座っていた女性に声を掛けてみる。
「Subiacoへ行きたいのだけれど、この電車でいいですか」
その女性はとても親切に、笑顔で応えてくれた。
折角なので、聞いてみる。「1枚写真を撮らせてもらえませんか」
電車の中なので多少恥ずかしそうにしながらも、彼女は写真を撮らせてくれた。
ケリーさんというこの女性の親切とフレンドリーな姿勢がとても印象的で、この時からもうひとつの方向性が自分の中に芽生えてくる。
それは、Perthに暮らす人達の表情を、とにかく写真に撮ること。
その後、帰国の途に就くまでの5日間を通して痛感することになるのだけれど、Perthという街の魅力は、なによりも「そこで暮らす人間」なんだ。人間の魅力的な姿。
例えば、市街で佇む人達の表情。
ゆったりと、生活をエンジョイしている雰囲気。
ストリートで演じる大道芸人と、彼らを取り囲む人達の笑顔。
そういったものが、とても素敵な魅力を創り出して、街全体を支配している。
そして、実際にPerthで出会った人達の殆どが、とても親切で、そしてフレンドリーだ。東京では考えられないくらいに人なつっこく、見知らぬ他人に対して優しい。
道を尋ねるとする。日本でも、聞かれれば最低限の英語で答えるだろう。
Perthの人達は、例えば視線をあちこちさせながら通りを歩いていると、「バス停を探しているんですか?」と問いかけてくれたりする。自分自身で説明出来ない場所を尋ねられた時に、ガイドできる人間を探してくれようとする。感覚的なものだけれど、この差は随分大きいように思う。とても、人間的だよね。
話を戻すけれど、Subiacoの駅を降りると、歩いて15分程のところにある公園、キングスパーク(Kings Park)に行った。Perth Cityの南西側に位置する有名な公園で、スワン川を挟んだ高台からPerth市街を一望できる絶好のスポットになっている。
この日は復活節(Easter Monday)という祝日で、複数の家族・友人達が公園でピクニックをしていた。そんなことも知らずにおれは、あるおじさんに声を掛けたのだけれど、そのうち彼の奥さんが登場して、「ジャパンからの客だ」と言い出して、気づいたらピクニックに混ざっていた。おばさん連中にワインを一杯勧められて、30分程度のことだけれど、一緒に時間を過ごした。滞在期間中、とても嬉しかったことのひとつだ。
その後、キングスパークからの眺望を一通り楽しんだ後、一旦市街に戻ると、今度は電車で30分程南下していった先にある港町、フリーマントルへと向かう。
フリーマントルには、E倉庫マーケット(E-shed Market)、フリーマントルマーケット(Fremantle Market)という2つのマーケットがある。どちらも休日・祝祭日しか開催していないので、ちょうど良い機会と思い、1人で散策していく。マーケット自体は特別なものではなかったけれど、海に面したE-shed Marketのオープンテラスで何も考えずに寛ぐのは、とても気持ちの良いものだった。
もうひとつフリーマントルで面白かったのは、大道芸だ。
中心部を走る大通りで、何人もの大道芸人が路上パフォーマンスを演じていた。
英語を理解できれば、おそらくもっと楽しかったんだろうと思う。それでも、観ているだけで十分に面白かった。ジャグリングだったり、パントマイムだったりね。
結構な人数がパフォーマーを取り囲んで輪を作り、通りに面したレストランの2階席のお客さんも身を乗り出して、気づいた頃には、通り全体に一体感が醸成されていく。英語を理解できないおれが聞いていても、MCのイントネーションや観衆との掛け合いは非常に巧みで、即興性・ライブの魅力を感じさせる。
子供は特にそうだけれど、観る側の乗っかり方もとても上手だよね。演じる側だけでなく、観る側も一緒になって、お互いで楽しい空間を創っていくようなことが、慣習的に得意なのかもしれない。
そんな訳で、夕暮れ時くらいまで、ずっと大道芸に観入ってしまっていた。
楽しかった。
朝から晩まで歩き廻って、ちょっと疲れてしまったけどね。
1人でホテルを出て、Subiacoという街に向かう。
ホテルの最寄駅から電車に乗って、15分程度のところにある街だ。
電車に乗り込んで、隣に座っていた女性に声を掛けてみる。
「Subiacoへ行きたいのだけれど、この電車でいいですか」
その女性はとても親切に、笑顔で応えてくれた。
折角なので、聞いてみる。「1枚写真を撮らせてもらえませんか」
電車の中なので多少恥ずかしそうにしながらも、彼女は写真を撮らせてくれた。
ケリーさんというこの女性の親切とフレンドリーな姿勢がとても印象的で、この時からもうひとつの方向性が自分の中に芽生えてくる。
それは、Perthに暮らす人達の表情を、とにかく写真に撮ること。
その後、帰国の途に就くまでの5日間を通して痛感することになるのだけれど、Perthという街の魅力は、なによりも「そこで暮らす人間」なんだ。人間の魅力的な姿。
例えば、市街で佇む人達の表情。
ゆったりと、生活をエンジョイしている雰囲気。
ストリートで演じる大道芸人と、彼らを取り囲む人達の笑顔。
そういったものが、とても素敵な魅力を創り出して、街全体を支配している。
そして、実際にPerthで出会った人達の殆どが、とても親切で、そしてフレンドリーだ。東京では考えられないくらいに人なつっこく、見知らぬ他人に対して優しい。
道を尋ねるとする。日本でも、聞かれれば最低限の英語で答えるだろう。
Perthの人達は、例えば視線をあちこちさせながら通りを歩いていると、「バス停を探しているんですか?」と問いかけてくれたりする。自分自身で説明出来ない場所を尋ねられた時に、ガイドできる人間を探してくれようとする。感覚的なものだけれど、この差は随分大きいように思う。とても、人間的だよね。
話を戻すけれど、Subiacoの駅を降りると、歩いて15分程のところにある公園、キングスパーク(Kings Park)に行った。Perth Cityの南西側に位置する有名な公園で、スワン川を挟んだ高台からPerth市街を一望できる絶好のスポットになっている。
この日は復活節(Easter Monday)という祝日で、複数の家族・友人達が公園でピクニックをしていた。そんなことも知らずにおれは、あるおじさんに声を掛けたのだけれど、そのうち彼の奥さんが登場して、「ジャパンからの客だ」と言い出して、気づいたらピクニックに混ざっていた。おばさん連中にワインを一杯勧められて、30分程度のことだけれど、一緒に時間を過ごした。滞在期間中、とても嬉しかったことのひとつだ。
その後、キングスパークからの眺望を一通り楽しんだ後、一旦市街に戻ると、今度は電車で30分程南下していった先にある港町、フリーマントルへと向かう。
フリーマントルには、E倉庫マーケット(E-shed Market)、フリーマントルマーケット(Fremantle Market)という2つのマーケットがある。どちらも休日・祝祭日しか開催していないので、ちょうど良い機会と思い、1人で散策していく。マーケット自体は特別なものではなかったけれど、海に面したE-shed Marketのオープンテラスで何も考えずに寛ぐのは、とても気持ちの良いものだった。
もうひとつフリーマントルで面白かったのは、大道芸だ。
中心部を走る大通りで、何人もの大道芸人が路上パフォーマンスを演じていた。
英語を理解できれば、おそらくもっと楽しかったんだろうと思う。それでも、観ているだけで十分に面白かった。ジャグリングだったり、パントマイムだったりね。
結構な人数がパフォーマーを取り囲んで輪を作り、通りに面したレストランの2階席のお客さんも身を乗り出して、気づいた頃には、通り全体に一体感が醸成されていく。英語を理解できないおれが聞いていても、MCのイントネーションや観衆との掛け合いは非常に巧みで、即興性・ライブの魅力を感じさせる。
子供は特にそうだけれど、観る側の乗っかり方もとても上手だよね。演じる側だけでなく、観る側も一緒になって、お互いで楽しい空間を創っていくようなことが、慣習的に得意なのかもしれない。
そんな訳で、夕暮れ時くらいまで、ずっと大道芸に観入ってしまっていた。
楽しかった。
朝から晩まで歩き廻って、ちょっと疲れてしまったけどね。
Perth #1
4/7(土)から、しばらく日本を離れていた。
行き先はオーストラリア南西部に位置する美しい街、パース(Perth)だ。
わずか5日間の短い滞在だったけれど、なかなかに楽しい旅となった。
4/8(日)のお昼頃に現地に到着すると、まずはPerth Cityへと向かう。
宿泊先のホテルから約5km、タクシーで$15程度の道程だけれど、折角なので1人で歩いてみる。持ってきたNikon FM10を首から提げて、予備フィルムを3本ポケットに突っ込んでね。
Perthの街並は特別変わったものではなく、ありふれた街の一風景といった感じだ。
ショッピングモールがあり、ブティックがあり、カフェがある。
市内を廻る無料のバスがあり、全体的にゆったりとした流れが街に広がっている。
ちょうど日曜日で、閉まっているお店が多かったこともあるかもしれないけれど。
それほど広くはない街の中心部を歩きながら、目に留まるものを写真に撮っていく。
目新しさのある街ではないけれど、カメラを持って歩いていると、飽きることがない。
街には空気や匂いがあるし、街を歩いている人達は、それぞれの街で違うからね。
まずはウォーミングアップの感覚で、気軽にシャッターを切っていく。この日は結局、50枚くらい撮ったかな。奇抜な顔をしたマネキンや、倒れかけた標識や、ベンチに腰掛けて休んでいるおっさんや、そういった諸々のものを、とにかくファインダー越しに覗き込んで、シャッターを切って、また別の道を歩いてみる。
それが、とても楽しかった。
目的もなく、ただ歩いて写真を撮る。それって、最高の贅沢だ。
この時に、自分自身の中で、ひとつの方向性を決めたんだ。
「この5日間は、無目的を目的にしよう」って。
人はすぐに、何かをしようとする。
何かを体験しよう。何かツアーを組んで、何か美味しいものを食べよう。
そうやって、折角オーストラリアにいるのだからと、目的的に行動しようとする。
でも、敢えてその枠組みの外側に出てみるのも、悪くないかなと思ったんだ。
勿論おれだって、「写真を撮る」わけで、何もしない訳ではない。
でも、写真は散歩の一過程でしかない。(ちょっと言い過ぎかな。)
何かを撮りたい、という行為も勿論ある。Perthの夕景を撮りたい、とかね。
それでも、基本的な感覚としては「散歩」だ。目的的な移動じゃない。
他人から見ればどうでもいいことだと思うのだけれど、自分自身の意識、気分として無目的的に過ごすことで、結果的に、自由が得られたような気がするんだ。
おれにとってそれは、ちょっとした発見だった。
5日間を通じて、36枚撮りのフィルムを12本撮った。
実質的には4日で撮ったので、1日あたり3本程度ということになる。
1日5本は撮ろうと思っていたのだれど、量を撮るのは思った以上に難しいね。
行き先はオーストラリア南西部に位置する美しい街、パース(Perth)だ。
わずか5日間の短い滞在だったけれど、なかなかに楽しい旅となった。
4/8(日)のお昼頃に現地に到着すると、まずはPerth Cityへと向かう。
宿泊先のホテルから約5km、タクシーで$15程度の道程だけれど、折角なので1人で歩いてみる。持ってきたNikon FM10を首から提げて、予備フィルムを3本ポケットに突っ込んでね。
Perthの街並は特別変わったものではなく、ありふれた街の一風景といった感じだ。
ショッピングモールがあり、ブティックがあり、カフェがある。
市内を廻る無料のバスがあり、全体的にゆったりとした流れが街に広がっている。
ちょうど日曜日で、閉まっているお店が多かったこともあるかもしれないけれど。
それほど広くはない街の中心部を歩きながら、目に留まるものを写真に撮っていく。
目新しさのある街ではないけれど、カメラを持って歩いていると、飽きることがない。
街には空気や匂いがあるし、街を歩いている人達は、それぞれの街で違うからね。
まずはウォーミングアップの感覚で、気軽にシャッターを切っていく。この日は結局、50枚くらい撮ったかな。奇抜な顔をしたマネキンや、倒れかけた標識や、ベンチに腰掛けて休んでいるおっさんや、そういった諸々のものを、とにかくファインダー越しに覗き込んで、シャッターを切って、また別の道を歩いてみる。
それが、とても楽しかった。
目的もなく、ただ歩いて写真を撮る。それって、最高の贅沢だ。
この時に、自分自身の中で、ひとつの方向性を決めたんだ。
「この5日間は、無目的を目的にしよう」って。
人はすぐに、何かをしようとする。
何かを体験しよう。何かツアーを組んで、何か美味しいものを食べよう。
そうやって、折角オーストラリアにいるのだからと、目的的に行動しようとする。
でも、敢えてその枠組みの外側に出てみるのも、悪くないかなと思ったんだ。
勿論おれだって、「写真を撮る」わけで、何もしない訳ではない。
でも、写真は散歩の一過程でしかない。(ちょっと言い過ぎかな。)
何かを撮りたい、という行為も勿論ある。Perthの夕景を撮りたい、とかね。
それでも、基本的な感覚としては「散歩」だ。目的的な移動じゃない。
他人から見ればどうでもいいことだと思うのだけれど、自分自身の意識、気分として無目的的に過ごすことで、結果的に、自由が得られたような気がするんだ。
おれにとってそれは、ちょっとした発見だった。
5日間を通じて、36枚撮りのフィルムを12本撮った。
実質的には4日で撮ったので、1日あたり3本程度ということになる。
1日5本は撮ろうと思っていたのだれど、量を撮るのは思った以上に難しいね。
Sunday, March 25, 2007
MAGNUM
練習後の午後、パートナーと恵比寿に出掛けた。
行き先は、恵比寿ガーデンプレイス内にある東京都写真美術館。
ずっと楽しみにしていた写真展『“TOKYO”マグナムが撮った東京』を観てきた。
http://www.syabi.com/details/magnam.html
1947年、ロバート・キャパ、アンリ=カルティエ=ブレッソン、ジョージ・ロジャー、デビッド・シーモアの4人によって創設された世界を代表するフォト・ジャーナリスト集団『MAGNUM』。そのMAGNUMに所属する写真家たちが戦後の「東京」を撮った約150点の作品群が、年代別に展示されている。
1950年代から始まって、21世紀以降の作品まで続くのだけれど、全般的に見応えがあって、非常に刺激的だった。50年代を切り取った風景が今なお新しく、また90年代以降の日常を撮った1枚の中に、60年代と見紛うような瞬間が収まっていたりして、改めて「写真」という表現の面白さ、魅力を感じさせる展示だった。
被写体として観る東京の街は、多種多様なあらゆる物々を混ぜ合わせて、その雑多性こそが東京における「調和」とでも言うかのような、煩雑で混みごみとした玩具箱のような表情をしていて、なかなかに魅力的だった。MAGNUMに所属する外国人写真家達のみならず、例えば森山大道のように、多くの写真家が東京を撮り続けるのは、感覚としてなんとなく分かる気がする。匂い立つ「東京」って、悪くないよね。
行き先は、恵比寿ガーデンプレイス内にある東京都写真美術館。
ずっと楽しみにしていた写真展『“TOKYO”マグナムが撮った東京』を観てきた。
http://www.syabi.com/details/magnam.html
1947年、ロバート・キャパ、アンリ=カルティエ=ブレッソン、ジョージ・ロジャー、デビッド・シーモアの4人によって創設された世界を代表するフォト・ジャーナリスト集団『MAGNUM』。そのMAGNUMに所属する写真家たちが戦後の「東京」を撮った約150点の作品群が、年代別に展示されている。
1950年代から始まって、21世紀以降の作品まで続くのだけれど、全般的に見応えがあって、非常に刺激的だった。50年代を切り取った風景が今なお新しく、また90年代以降の日常を撮った1枚の中に、60年代と見紛うような瞬間が収まっていたりして、改めて「写真」という表現の面白さ、魅力を感じさせる展示だった。
被写体として観る東京の街は、多種多様なあらゆる物々を混ぜ合わせて、その雑多性こそが東京における「調和」とでも言うかのような、煩雑で混みごみとした玩具箱のような表情をしていて、なかなかに魅力的だった。MAGNUMに所属する外国人写真家達のみならず、例えば森山大道のように、多くの写真家が東京を撮り続けるのは、感覚としてなんとなく分かる気がする。匂い立つ「東京」って、悪くないよね。
Wednesday, March 21, 2007
ZEN(禅)
ちょっとした告知を。
パートナーの作品が3点、公募展に展示されます。
第4回公募「ZEN展」
会期:2007.3.26(月)~2007.4.4(水)
入場 9:00-16:30、最終日 9:00-14:00
入場無料
会場:東京都美術館
Tel 03-3823-6921
〒110-0007 東京都台東区上野公園8-36
http://www.tobikan.jp/
高田馬場に展示していた作品の中から、パステル画を3点、出展します。
禅を意識して描いた訳ではないのだろうけれど、ある意味で彼女の「禅」かもね。
パートナーの作品が3点、公募展に展示されます。
第4回公募「ZEN展」
会期:2007.3.26(月)~2007.4.4(水)
入場 9:00-16:30、最終日 9:00-14:00
入場無料
会場:東京都美術館
Tel 03-3823-6921
〒110-0007 東京都台東区上野公園8-36
http://www.tobikan.jp/
高田馬場に展示していた作品の中から、パステル画を3点、出展します。
禅を意識して描いた訳ではないのだろうけれど、ある意味で彼女の「禅」かもね。
スタートコーチ
3月21日(水・祝)
関東ラグビーフットボール協会が主催する「新スタートコーチ講習会」を受講。
平成18年度としては最後の講習会。場所は流通経済大学龍ヶ崎キャンパスだ。
現在の日本ラグビーにおいてチーム登録をする際には、日本ラグビー協会(JRFU)の認定するコーチング資格保有者を含むことが義務化されているのだけれど、その最初の入り口となるのが「新スタートコーチ」だ。3,000円の受講料を払って、1日の講習を受講すれば、基本的に誰でも認定を受けることが出来る。
その後の指導者のステップとして育成コーチ、強化コーチ、トップチームコーチと3つのパスがあるのだけれど、それら全ての受講資格として、今回の「新スタートコーチ」資格の保有が前提となっている。そういう意味では、まさにラグビーのコーチを目指す人間のスタートラインだね。
実際には、チーム登録におけるJRFU認定資格保有者の所属の「義務化」の流れを受けて、必要に迫られて受講を申し込んだ人が大多数だったと思う。トップチームからの参加者も数人いたけれど、現役学生やクラブチーム関係者が非常に多かったのは印象的だった。ラグビースクールでプレーする子供のお母さんもいたりしてね。
さて、受講してみて。
実は、思ったよりも面白かった。
受講する前は、もっと形式的なものかなと思っていたんだけどね。
改めて重要だと思ったのは、安全面への配慮だ。ラグビーの危険性をきちんと認識した上で、正しい判断を行うことが極めて重要だと感じた。脳震盪や頚椎損傷、或いは熱中症のような重症事故については、リスクと対処法に関する正しい知識を持っていなければ、いざという時に迅速に対応できない。コーチの役割のひとつに、「選手の安全を確保する」という重要な側面があることを、改めて感じた1日だった。
関東ラグビーフットボール協会が主催する「新スタートコーチ講習会」を受講。
平成18年度としては最後の講習会。場所は流通経済大学龍ヶ崎キャンパスだ。
現在の日本ラグビーにおいてチーム登録をする際には、日本ラグビー協会(JRFU)の認定するコーチング資格保有者を含むことが義務化されているのだけれど、その最初の入り口となるのが「新スタートコーチ」だ。3,000円の受講料を払って、1日の講習を受講すれば、基本的に誰でも認定を受けることが出来る。
その後の指導者のステップとして育成コーチ、強化コーチ、トップチームコーチと3つのパスがあるのだけれど、それら全ての受講資格として、今回の「新スタートコーチ」資格の保有が前提となっている。そういう意味では、まさにラグビーのコーチを目指す人間のスタートラインだね。
実際には、チーム登録におけるJRFU認定資格保有者の所属の「義務化」の流れを受けて、必要に迫られて受講を申し込んだ人が大多数だったと思う。トップチームからの参加者も数人いたけれど、現役学生やクラブチーム関係者が非常に多かったのは印象的だった。ラグビースクールでプレーする子供のお母さんもいたりしてね。
さて、受講してみて。
実は、思ったよりも面白かった。
受講する前は、もっと形式的なものかなと思っていたんだけどね。
改めて重要だと思ったのは、安全面への配慮だ。ラグビーの危険性をきちんと認識した上で、正しい判断を行うことが極めて重要だと感じた。脳震盪や頚椎損傷、或いは熱中症のような重症事故については、リスクと対処法に関する正しい知識を持っていなければ、いざという時に迅速に対応できない。コーチの役割のひとつに、「選手の安全を確保する」という重要な側面があることを、改めて感じた1日だった。
Sunday, March 18, 2007
悠久をとらえる
昨日のことだけれど、駒場での練習後、パートナーと待ち合わせて美術館に行った。
お台場にある期間限定の美術館、ノマディック美術館ね。
グレゴリー・コルベールのアート・プロジェクト"Ashes and Snow"を展示している。
http://www.ashesandsnow.org/
"Ashes and Snow"は、主に写真と映像作品で構成されている。
ゾウやチンパンジー、ヒョウといった様々な動物達と人間が共生する瞬間が、独特の写真/映像空間に収められている。絵画のような温度と質感、そして美しいセピアのやさしさが相まって、比類するもののない世界観を創り出している。
彼の写真には、とても不思議な感覚を抱いた。
写真は、瞬間を切り取る装置だ。1秒にも満たない時間でシャッターが切られて、その時その場所に存在したほんのわずかな瞬間が、1枚の画面に閉じ込められる。
でも、彼の写真は「瞬間」を感じさせない。
むしろ、そこに息づいている感覚は「悠久」といった方が近いものだ。
例えば、鷲が少年の上空を舞い飛ぶ写真がある。
実際に写真が捉えているのはある「瞬間」の姿でしかないのだけれど、彼の写真に映し出されているのは、鷲が羽を広げて此方に向かって飛んでくる、その一連の時の流れなんだ。そうとしか思えない。時の流れをスローモーションにして、猛スピードで舞う鷲の姿の中にさえ「悠久」を創ってしまったような、そんな感覚を抱かせる。
刹那的な時代に対するアンチテーゼかもしれない。
自然界の様々な動物達というモチーフに息づく「悠久」への憧憬を、インスタレーションの中にやさしく閉じ込めていく。
静かで、グレゴリー・コルベールという人間の温度を感じるプロジェクトだね。
お台場にある期間限定の美術館、ノマディック美術館ね。
グレゴリー・コルベールのアート・プロジェクト"Ashes and Snow"を展示している。
http://www.ashesandsnow.org/
"Ashes and Snow"は、主に写真と映像作品で構成されている。
ゾウやチンパンジー、ヒョウといった様々な動物達と人間が共生する瞬間が、独特の写真/映像空間に収められている。絵画のような温度と質感、そして美しいセピアのやさしさが相まって、比類するもののない世界観を創り出している。
彼の写真には、とても不思議な感覚を抱いた。
写真は、瞬間を切り取る装置だ。1秒にも満たない時間でシャッターが切られて、その時その場所に存在したほんのわずかな瞬間が、1枚の画面に閉じ込められる。
でも、彼の写真は「瞬間」を感じさせない。
むしろ、そこに息づいている感覚は「悠久」といった方が近いものだ。
例えば、鷲が少年の上空を舞い飛ぶ写真がある。
実際に写真が捉えているのはある「瞬間」の姿でしかないのだけれど、彼の写真に映し出されているのは、鷲が羽を広げて此方に向かって飛んでくる、その一連の時の流れなんだ。そうとしか思えない。時の流れをスローモーションにして、猛スピードで舞う鷲の姿の中にさえ「悠久」を創ってしまったような、そんな感覚を抱かせる。
刹那的な時代に対するアンチテーゼかもしれない。
自然界の様々な動物達というモチーフに息づく「悠久」への憧憬を、インスタレーションの中にやさしく閉じ込めていく。
静かで、グレゴリー・コルベールという人間の温度を感じるプロジェクトだね。
Saturday, March 17, 2007
ありがとう
3/3(土)から続けてきた流花展も、今日が最終日だった。
高田馬場の小さなカフェで始めた展示会。終わってみれば長いようで短い2週間だったけれど、とにかく全てが初めての体験で、彼女はとても大変だったと思う。
でも、良かったよね。きっと、沢山のエネルギーをもらったはずだから。
この2週間にお店に足を運んでくれた本当に多くの友達や、家族や、仲間に。
本当にありがとうございました。おれが描いた訳ではないけれど、凄く嬉しかった。
パートナーの絵を通じて、何かが繋がったり、何かが想われたりするとしたら・・・。
それはきっと、彼女にとって、かけがえのない財産になっていくのだろうね。
高田馬場の小さなカフェで始めた展示会。終わってみれば長いようで短い2週間だったけれど、とにかく全てが初めての体験で、彼女はとても大変だったと思う。
でも、良かったよね。きっと、沢山のエネルギーをもらったはずだから。
この2週間にお店に足を運んでくれた本当に多くの友達や、家族や、仲間に。
本当にありがとうございました。おれが描いた訳ではないけれど、凄く嬉しかった。
パートナーの絵を通じて、何かが繋がったり、何かが想われたりするとしたら・・・。
それはきっと、彼女にとって、かけがえのない財産になっていくのだろうね。
Sunday, March 11, 2007
週末を高田馬場で過ごす
流花展が始まって1週間。
先週末、今週末と、週末の多くの時間を会場のBen's Cafeで過ごした。
沢山の友達が足を運んでくれたことに、本当に感謝しています。ありがとう。
週末はカフェの一隅をずっと占拠してしまって、Ben's Cafeのママやスタッフの皆さんにはかなりご迷惑をおかけしてしまったけれど、店員さんは皆、気さくで感じのよい方ばかりで、その姿を眺めていると暖かい気持ちになった。
とてもお洒落でフランクなスタッフが揃っているのは、このカフェの最大の魅力だね。
パートナーの作品は3/16(金)まで展示しているので、時間があれば是非。
ちなみにおれは、写真撮ってました。
来てくれた人達を撮ったり、店内や他のお客さんを勝手に撮ったりして。
ちょっとだけでも、カフェの雰囲気や、匂いのようなものが伝わるといいけれど。
http://app.tabblo.com/studio/stories/view/223436/
先週末、今週末と、週末の多くの時間を会場のBen's Cafeで過ごした。
沢山の友達が足を運んでくれたことに、本当に感謝しています。ありがとう。
週末はカフェの一隅をずっと占拠してしまって、Ben's Cafeのママやスタッフの皆さんにはかなりご迷惑をおかけしてしまったけれど、店員さんは皆、気さくで感じのよい方ばかりで、その姿を眺めていると暖かい気持ちになった。
とてもお洒落でフランクなスタッフが揃っているのは、このカフェの最大の魅力だね。
パートナーの作品は3/16(金)まで展示しているので、時間があれば是非。
ちなみにおれは、写真撮ってました。
来てくれた人達を撮ったり、店内や他のお客さんを勝手に撮ったりして。
ちょっとだけでも、カフェの雰囲気や、匂いのようなものが伝わるといいけれど。
http://app.tabblo.com/studio/stories/view/223436/
Monday, February 26, 2007
『不都合な真実』
昨日のことだけれど、アル・ゴア米国元副大統領と地球温暖化をテーマにしたドキュメンタリー映画『不都合な真実』を鑑賞した。場所は、TOHOシネマズ六本木ヒルズ。
http://www.futsugou.jp/
良い映画だったと思う。
正直に言うと、ちょっと泣けたかな。
地球温暖化への警鐘という意味では、特別に新しいメッセージはなかったのかもしれない。非常に巧みで魅力的なアル・ゴアのプレゼンテーションは、観る人間の心に訴えるものがあるが、そこで語られている内容は、多くの人間にとって、既にある程度認識している事実ではないかと思う。もちろん、実際に世界中で起こっている異常気象や氷床の溶解、干上がった湖沼の映像を突きつけられると、その傷跡の大きさであったり、問題の重要性といったことに、改めて気づかされるのだけれど。
でも、そういうことではないんだ。
この映画において、心を打つもの。それは、アル・ゴアという人間の信念。
「もう手遅れでは?」という懐疑派に応じたゴアの言葉がとても印象的だった。
「否定」はいつの間にか「絶望」へと飛躍してしまう。
彼は絶望しない。自分自身の信念に対して率直であり、常に自分が「今すべきこと」という現在の視点で語っている。地球規模の問題、大多数の人間にとって「自分自身の問題」として考えることが困難な問題に対して、あれほどストレートに、強い信念を持ってコミットメントを果たしていく、その姿こそが、本当に感動的なのだと思う。
映画の終幕において、スクリーンに浮かび上がる言葉も素晴らしい。
誰の言葉だったか忘れてしまったけれど。
あなたが祈りを信じるならば、人々が変わる勇気を持てることを祈ろう。
http://www.futsugou.jp/
良い映画だったと思う。
正直に言うと、ちょっと泣けたかな。
地球温暖化への警鐘という意味では、特別に新しいメッセージはなかったのかもしれない。非常に巧みで魅力的なアル・ゴアのプレゼンテーションは、観る人間の心に訴えるものがあるが、そこで語られている内容は、多くの人間にとって、既にある程度認識している事実ではないかと思う。もちろん、実際に世界中で起こっている異常気象や氷床の溶解、干上がった湖沼の映像を突きつけられると、その傷跡の大きさであったり、問題の重要性といったことに、改めて気づかされるのだけれど。
でも、そういうことではないんだ。
この映画において、心を打つもの。それは、アル・ゴアという人間の信念。
「もう手遅れでは?」という懐疑派に応じたゴアの言葉がとても印象的だった。
「否定」はいつの間にか「絶望」へと飛躍してしまう。
彼は絶望しない。自分自身の信念に対して率直であり、常に自分が「今すべきこと」という現在の視点で語っている。地球規模の問題、大多数の人間にとって「自分自身の問題」として考えることが困難な問題に対して、あれほどストレートに、強い信念を持ってコミットメントを果たしていく、その姿こそが、本当に感動的なのだと思う。
映画の終幕において、スクリーンに浮かび上がる言葉も素晴らしい。
誰の言葉だったか忘れてしまったけれど。
あなたが祈りを信じるならば、人々が変わる勇気を持てることを祈ろう。
Sunday, February 25, 2007
新しいシーズン
日本選手権1回戦で関東学院大に敗れてから約1ヶ月。
多くのチームが、2007-2008の新たなシーズンをスタートさせている。
さて、今シーズン。
昨シーズンの終了直後から色々と悩み、考えた末の結論として、東大ラグビー部のコーチをすることを決断した。タマリバクラブでのプレーは今季は出来なくなるけれど、今までとは違う立場で、コーチとしてラグビーに向き合っていくことは、自分自身にとっても非常に良いチャンスだと思ったし、自分を育ててくれた東大ラグビー部に対する恩返しの思いもあって、コーチングに挑戦することを選択した。
タマリバの仲間にはとても申し訳なく思っているし、今シーズン一緒にプレー出来ないのはちょっと寂しいけれど、おれにとってこの1年間は、新たな経験を積んで、自分を成長させるチャンスに満ちた1年になると思っているし、そうしなければいけない。
「現役は今しか出来ない」というのは紛れもない真実だけれど、「今」コーチをする、という経験だって、今しか出来ないからね。決して無駄になんてしない。
コーチは本当に初めての経験なので、正直に言って分からないことばかりだ。
でも、コーチングを受けた経験はある。
三笠監督は「自分はコーチングを受けた経験がない」と言っていたけれど、東大ラグビー部OBの大半は三笠監督と同じような環境で学生時代を過ごしているのだろう。そういう意味では、水上さんという素晴らしい指導者に巡り会った平成11年卒以降の世代は、このチームにおいて、極めて恵まれた経験をしているのだと思う。
水上さんに出会ったことで、自分自身の人生は全く違うものになった。水上さんへの感謝は、言葉には尽くせない。ラグビーというスポーツの見方・捉え方のベースは今でも水上さんの発想がベースになっているし、何よりラグビーを通じて、ラグビーという世界に閉じていない、本当に多くの大切なことを教えてもらった。
その大切な経験を、少しでも東大ラグビー部に還元すること。
それが、この1年間の目標になります。
学生の為に出来ることに全力で取り組んで、チームを強くしていきたい。
その過程で、学生に成長の舞台を作ってあげたいし、自分自身も成長していきたい。
前途は、多難だけどね。
多くのチームが、2007-2008の新たなシーズンをスタートさせている。
さて、今シーズン。
昨シーズンの終了直後から色々と悩み、考えた末の結論として、東大ラグビー部のコーチをすることを決断した。タマリバクラブでのプレーは今季は出来なくなるけれど、今までとは違う立場で、コーチとしてラグビーに向き合っていくことは、自分自身にとっても非常に良いチャンスだと思ったし、自分を育ててくれた東大ラグビー部に対する恩返しの思いもあって、コーチングに挑戦することを選択した。
タマリバの仲間にはとても申し訳なく思っているし、今シーズン一緒にプレー出来ないのはちょっと寂しいけれど、おれにとってこの1年間は、新たな経験を積んで、自分を成長させるチャンスに満ちた1年になると思っているし、そうしなければいけない。
「現役は今しか出来ない」というのは紛れもない真実だけれど、「今」コーチをする、という経験だって、今しか出来ないからね。決して無駄になんてしない。
コーチは本当に初めての経験なので、正直に言って分からないことばかりだ。
でも、コーチングを受けた経験はある。
三笠監督は「自分はコーチングを受けた経験がない」と言っていたけれど、東大ラグビー部OBの大半は三笠監督と同じような環境で学生時代を過ごしているのだろう。そういう意味では、水上さんという素晴らしい指導者に巡り会った平成11年卒以降の世代は、このチームにおいて、極めて恵まれた経験をしているのだと思う。
水上さんに出会ったことで、自分自身の人生は全く違うものになった。水上さんへの感謝は、言葉には尽くせない。ラグビーというスポーツの見方・捉え方のベースは今でも水上さんの発想がベースになっているし、何よりラグビーを通じて、ラグビーという世界に閉じていない、本当に多くの大切なことを教えてもらった。
その大切な経験を、少しでも東大ラグビー部に還元すること。
それが、この1年間の目標になります。
学生の為に出来ることに全力で取り組んで、チームを強くしていきたい。
その過程で、学生に成長の舞台を作ってあげたいし、自分自身も成長していきたい。
前途は、多難だけどね。
Tuesday, February 20, 2007
流花展 acrylic and pastel
ちょっとした宣伝を。
パートナーが初の「個展」を開催します。
高田馬場のCafeに、彼女が描いた作品が幾つか展示されます。
ちょっとした時間があれば、是非Ben's Cafeに珈琲を飲みに来てください。
店内の壁に架けられた絵を、ちらっと見渡しに来てみてください。
~流花展~
会期:2007.3.3(土)~2007.3.16(金)
日~木 11:30-23:30、金・土 11:30-24:30
会場:Ben's Cafe
Tel/Fax 03-3202-2445
〒169-0075 東京都新宿区高田馬場1-29-21
http://www.benscafe.com/ja/index.html
パートナーが初の「個展」を開催します。
高田馬場のCafeに、彼女が描いた作品が幾つか展示されます。
ちょっとした時間があれば、是非Ben's Cafeに珈琲を飲みに来てください。
店内の壁に架けられた絵を、ちらっと見渡しに来てみてください。
~流花展~
会期:2007.3.3(土)~2007.3.16(金)
日~木 11:30-23:30、金・土 11:30-24:30
会場:Ben's Cafe
Tel/Fax 03-3202-2445
〒169-0075 東京都新宿区高田馬場1-29-21
http://www.benscafe.com/ja/index.html
Wednesday, February 14, 2007
権利と感謝
2月12日(月)トップリーグ入替戦(12:00K.O.@秩父宮ラグビー場)
日本IBMビッグブルー 29-29 近鉄ライナーズ
IBMにとっては、本当に崖っぷちから手繰り寄せた引き分けだった。
後半の試合展開は完全に相手のペースだったし、傍からみれば、自分たちの流れをつかむ「きっかけ」は幾つかあったはずなのに、それを自ら潰してしまって、焦燥の深みに飲み込まれていったような印象で、限りなく負けに近い引き分けだったのかもしれない。
でも、本当に良かったよね。
後半41分に最後の同点トライをもぎ取った執念と意地が、やっぱり良かった。
入替戦は結果がすべてだから。
クラブチームでラグビーを続けていると、気づかされることが幾つもあるのだけれど、昨日の試合を観て、試合後に多くの関係者や昔の仲間と話して、頭をよぎったのは「権利」と「感謝」ということだった。
トップリーグの一角であり続ける、ということは「権利」だと思う。その価値は、言葉にするまでもない。国内最高峰のリーグで、秩父宮の観衆の前で、トップレベルへの挑戦ができることの魅力は、そこらに転がっているようなものでは決してないからね。でも、権利はただでは手に入らない。与えられるものではなくて、手にするものだ。そして、それはひとりで勝ち取るものではなくて、あるいはプレーヤーだけで勝ち取るものではなくて、その背後にはとても多くの人のサポートがあるのだと思う。当たり前のことだけれど。
トップリーグという「権利」は、誰しもが手に出来るものじゃない。そして、それを支援してくれるスタッフやサポーターの厚みや深み、優しさと熱意も、誰もが享受できるものじゃない。
だから、選手はきっと、みんな幸せだろうなーと思って。
なにひとつ、当たり前のものなんてないのだから。
今シーズン、お疲れ様でした。
ラグビーは、やっぱり最高におもしろいね。
日本IBMビッグブルー 29-29 近鉄ライナーズ
IBMにとっては、本当に崖っぷちから手繰り寄せた引き分けだった。
後半の試合展開は完全に相手のペースだったし、傍からみれば、自分たちの流れをつかむ「きっかけ」は幾つかあったはずなのに、それを自ら潰してしまって、焦燥の深みに飲み込まれていったような印象で、限りなく負けに近い引き分けだったのかもしれない。
でも、本当に良かったよね。
後半41分に最後の同点トライをもぎ取った執念と意地が、やっぱり良かった。
入替戦は結果がすべてだから。
クラブチームでラグビーを続けていると、気づかされることが幾つもあるのだけれど、昨日の試合を観て、試合後に多くの関係者や昔の仲間と話して、頭をよぎったのは「権利」と「感謝」ということだった。
トップリーグの一角であり続ける、ということは「権利」だと思う。その価値は、言葉にするまでもない。国内最高峰のリーグで、秩父宮の観衆の前で、トップレベルへの挑戦ができることの魅力は、そこらに転がっているようなものでは決してないからね。でも、権利はただでは手に入らない。与えられるものではなくて、手にするものだ。そして、それはひとりで勝ち取るものではなくて、あるいはプレーヤーだけで勝ち取るものではなくて、その背後にはとても多くの人のサポートがあるのだと思う。当たり前のことだけれど。
トップリーグという「権利」は、誰しもが手に出来るものじゃない。そして、それを支援してくれるスタッフやサポーターの厚みや深み、優しさと熱意も、誰もが享受できるものじゃない。
だから、選手はきっと、みんな幸せだろうなーと思って。
なにひとつ、当たり前のものなんてないのだから。
今シーズン、お疲れ様でした。
ラグビーは、やっぱり最高におもしろいね。
Tuesday, February 06, 2007
「不安」について
この2週間ほど、著作を読んだり映像作品に触れたりしながら、いろいろと考えごとをしている。自分自身の頭の中が整理できていないけれど、「不安」というのがひとつのキーワードかなと思う。
不安と恐怖は違う。人は具体的な対象に対して恐怖する。不安はむしろ、対象がないことで惹起される。先が見えない。自分を脅かすものの存在を量れない。寄って立つに足る絶対的な価値観が成立しない。そういう状況において、「不安」の空気が社会全体にゆっくりと、でも確かに蔓延していく。
そういう状況下にある社会において、その病理を象徴するような事象があったり、今この瞬間にも進行している様々な問題があったりするのだけれど、その事実に対して、自分が如何に無頓着に生きてきたのかということを、こうした作品に接するたびに痛感せざるを得ない。
[著作]
森達也『ぼくはいくじなしと、ここに宣言する』(青土社)
森達也『日本国憲法』(太田出版)
辺見庸『不安の世紀から』(角川文庫)
[映像作品]
森達也監督作品『A』
個々の作品の感想は、別途まとめてみたい。
辺見庸さんの著作は久しぶりに読んだけれど、非常に刺激的な対談集だった。
オウム真理教の広報副部長である荒木浩さんを中心に、オウムの内側から一連の事件を問い直した森達也さんの映像作品『A』は、一見の価値が十分にあると思う。映像作品としてのセンスは脇に置いておくとして、ドキュメンタリーと客観性、いわゆる正義というものを見つめ直すうえで、示唆に富んだシーンが幾つもあった。1995年、もう10年以上も前の事件だけれど、少なくともおれにとっては、今改めて観る、その必要性を感じられる作品だった。
不安と恐怖は違う。人は具体的な対象に対して恐怖する。不安はむしろ、対象がないことで惹起される。先が見えない。自分を脅かすものの存在を量れない。寄って立つに足る絶対的な価値観が成立しない。そういう状況において、「不安」の空気が社会全体にゆっくりと、でも確かに蔓延していく。
そういう状況下にある社会において、その病理を象徴するような事象があったり、今この瞬間にも進行している様々な問題があったりするのだけれど、その事実に対して、自分が如何に無頓着に生きてきたのかということを、こうした作品に接するたびに痛感せざるを得ない。
[著作]
森達也『ぼくはいくじなしと、ここに宣言する』(青土社)
森達也『日本国憲法』(太田出版)
辺見庸『不安の世紀から』(角川文庫)
[映像作品]
森達也監督作品『A』
個々の作品の感想は、別途まとめてみたい。
辺見庸さんの著作は久しぶりに読んだけれど、非常に刺激的な対談集だった。
オウム真理教の広報副部長である荒木浩さんを中心に、オウムの内側から一連の事件を問い直した森達也さんの映像作品『A』は、一見の価値が十分にあると思う。映像作品としてのセンスは脇に置いておくとして、ドキュメンタリーと客観性、いわゆる正義というものを見つめ直すうえで、示唆に富んだシーンが幾つもあった。1995年、もう10年以上も前の事件だけれど、少なくともおれにとっては、今改めて観る、その必要性を感じられる作品だった。
ラストゲーム
久しぶりの更新。
タマリバクラブの2006-2007シーズンが終わった。
2007年2月3日(土)日本選手権1回戦
タマリバクラブ 17-47 関東学院大学(14:00K.O. @秩父宮ラグビー場)
自分自身の出番はなかった。
ベンチに入ることもなく、メインスタンドで応援していた。
昨年の高村の決意表明を思い出すよね。
「一年間、ちゃんと自分と戦った22人。それが出来なかったその他大勢。」
自分自身の弱い部分ばかりが浮き彫りになって、泥沼にはまり込んで、なんとかしようともがいてみるのだけれど、自分を変えることが出来ないままに終わってしまった、そんな1年間だった。
関東学院大とのゲームは、悔しい結果ではあったけれど、とても良いゲームだったと思う。試合後の打上げで、当然のことのように、考えるまでもなく自然と言葉が流れ出てくるような感じで「明日から」と口にした康治さんが、とても印象的だった。
それから。
チームの運営を支えてくれたスタッフやトレーナーの皆さん。ゲームに出られなくても、気にかけて応援してくださった皆様。驚異の鍼師、小林先生。グラウンドを提供してくれた東大ラグビー部。そしてもちろん、家族。
この1年間を支えてくれた多くの人たちに。
本当にありがとうございました。
タマリバクラブの2006-2007シーズンが終わった。
2007年2月3日(土)日本選手権1回戦
タマリバクラブ 17-47 関東学院大学(14:00K.O. @秩父宮ラグビー場)
自分自身の出番はなかった。
ベンチに入ることもなく、メインスタンドで応援していた。
昨年の高村の決意表明を思い出すよね。
「一年間、ちゃんと自分と戦った22人。それが出来なかったその他大勢。」
自分自身の弱い部分ばかりが浮き彫りになって、泥沼にはまり込んで、なんとかしようともがいてみるのだけれど、自分を変えることが出来ないままに終わってしまった、そんな1年間だった。
関東学院大とのゲームは、悔しい結果ではあったけれど、とても良いゲームだったと思う。試合後の打上げで、当然のことのように、考えるまでもなく自然と言葉が流れ出てくるような感じで「明日から」と口にした康治さんが、とても印象的だった。
それから。
チームの運営を支えてくれたスタッフやトレーナーの皆さん。ゲームに出られなくても、気にかけて応援してくださった皆様。驚異の鍼師、小林先生。グラウンドを提供してくれた東大ラグビー部。そしてもちろん、家族。
この1年間を支えてくれた多くの人たちに。
本当にありがとうございました。
Saturday, November 25, 2006
重工戦
11月25日(土)
タマリバ vs 三菱重工相模原(11:00 K.O. @三菱重工相模原グラウンド)
前半のみの出場。その前半のスコアは12-14、1ゴール差で敗れた。
自分自身、上手くいかないけれど、なんとかするしかない。
主将が試合後に言っていたように、もっと泥臭いプレーしないと。精神論ではなくて。
タマリバ vs 三菱重工相模原(11:00 K.O. @三菱重工相模原グラウンド)
前半のみの出場。その前半のスコアは12-14、1ゴール差で敗れた。
自分自身、上手くいかないけれど、なんとかするしかない。
主将が試合後に言っていたように、もっと泥臭いプレーしないと。精神論ではなくて。
Friday, November 17, 2006
無力感のキープ
11月12日(日)東日本トップクラブリーグ決勝。
タマリバ 28-24 北海道バーバリアンズ(12:00K.O. @秩父宮ラグビー場)
酷いゲームだった。
後半ロスタイムに辛うじて逆転して勝利を拾ったものの、内容は完全に負けていた。北海道バーバリアンズが終始ゲームを支配し、「タマリバのラグビー」なんてものは、80分間の何処にも存在しなかった。「結果的に負けなかった」というだけで、負ける時の典型的なパターンだった。
タマリバの現時点での実力は、このラインだということだね。
それ以上でも以下でもなく、このゲームのパフォーマンスが全てだ。
単純に実力が足りないんだ。意識の問題だけではないと、おれは思う。
勿論、まずは自分自身を変えていくしかないのだけれど。
そういえば、村上龍さんの小説『ラブ&ポップ』の中に、印象的な言葉があったんだ。
「何かが欲しい、という思いをキープするのは、その何かが今の自分にはないという無力感をキープすることで、それはとても難しい」
(村上龍『ラブ&ポップ』、幻冬社文庫、221頁)
小説の主人公である裕美は、15万の指輪を欲しいと強く思い、援助交際をする。結果的に指輪を手に入れることは出来ないのだけれど、お金さえ準備できれば、すぐにでもその指輪を買うことが出来たんだよね。
もしそれが「スキル」や「フィットネス」だったら、或いは更に踏み込んで「地力」や「タフネス」だったとしたら・・。
そういうことを考えながら、1月の全国大会に向けて、練習がまた始まります。
タマリバ 28-24 北海道バーバリアンズ(12:00K.O. @秩父宮ラグビー場)
酷いゲームだった。
後半ロスタイムに辛うじて逆転して勝利を拾ったものの、内容は完全に負けていた。北海道バーバリアンズが終始ゲームを支配し、「タマリバのラグビー」なんてものは、80分間の何処にも存在しなかった。「結果的に負けなかった」というだけで、負ける時の典型的なパターンだった。
タマリバの現時点での実力は、このラインだということだね。
それ以上でも以下でもなく、このゲームのパフォーマンスが全てだ。
単純に実力が足りないんだ。意識の問題だけではないと、おれは思う。
勿論、まずは自分自身を変えていくしかないのだけれど。
そういえば、村上龍さんの小説『ラブ&ポップ』の中に、印象的な言葉があったんだ。
「何かが欲しい、という思いをキープするのは、その何かが今の自分にはないという無力感をキープすることで、それはとても難しい」
(村上龍『ラブ&ポップ』、幻冬社文庫、221頁)
小説の主人公である裕美は、15万の指輪を欲しいと強く思い、援助交際をする。結果的に指輪を手に入れることは出来ないのだけれど、お金さえ準備できれば、すぐにでもその指輪を買うことが出来たんだよね。
もしそれが「スキル」や「フィットネス」だったら、或いは更に踏み込んで「地力」や「タフネス」だったとしたら・・。
そういうことを考えながら、1月の全国大会に向けて、練習がまた始まります。
Tuesday, November 07, 2006
東京人生
11月4日(土)、ある写真展を観に行ってきた。
江戸東京博物館で開催されている荒木経惟さんの回顧展『東京人生』ね。
http://www.edo-tokyo-museum.or.jp/about/josetsu/dai2/2006/1017/1017.html
感動した。
「シャッターを切る」という単純で誰にでも出来る行為の結末が、何故これほど違うのだろうと、何度となく息を呑んでしまった。持っている幾つかの写真集に収められている作品も何点かあったけれど、回顧展という全体のなかに位置づけられることによって、それぞれの作品がまた違った面持ちを浮かべていて、新鮮であり、作品の魅力を再発見したような感覚だった。
以前にも書いたけれど、荒木経惟という人は、とてもやさしいのだと思う。
写真を観ていると、対象との抜群の距離感が伝わってくるんだ。
ぬくもりとやさしさ、そして生まれ持った親近感をもって、すっと相手との心の距離をすり寄せていくような、アラーキーの人間的な暖かさを、どの写真からも感じ取ることが出来る。当然会ったことも話したこともないわけで、全ては作品からの勝手な想像にすぎないけれど、それでもどうしたってそう思ってしまう。そして、魅力的な写真の数々を観ているうちに、やがて自分自身の内面にベクトルが向いていく。すぐに自分の殻に閉じこもって、相手との距離感をつめていけない自分の弱さに対して、強烈なメッセージというか、変わるための最初の一歩への励ましをもらっているような気がして、うれしさと、人のあたたかさと、むずがゆさとが織り混ざったような気持ちになるんだ。
紛れもなく天才。
自らを「写神」といって憚らないそのバイタリティと想像力は、感動的です。
江戸東京博物館で開催されている荒木経惟さんの回顧展『東京人生』ね。
http://www.edo-tokyo-museum.or.jp/about/josetsu/dai2/2006/1017/1017.html
感動した。
「シャッターを切る」という単純で誰にでも出来る行為の結末が、何故これほど違うのだろうと、何度となく息を呑んでしまった。持っている幾つかの写真集に収められている作品も何点かあったけれど、回顧展という全体のなかに位置づけられることによって、それぞれの作品がまた違った面持ちを浮かべていて、新鮮であり、作品の魅力を再発見したような感覚だった。
以前にも書いたけれど、荒木経惟という人は、とてもやさしいのだと思う。
写真を観ていると、対象との抜群の距離感が伝わってくるんだ。
ぬくもりとやさしさ、そして生まれ持った親近感をもって、すっと相手との心の距離をすり寄せていくような、アラーキーの人間的な暖かさを、どの写真からも感じ取ることが出来る。当然会ったことも話したこともないわけで、全ては作品からの勝手な想像にすぎないけれど、それでもどうしたってそう思ってしまう。そして、魅力的な写真の数々を観ているうちに、やがて自分自身の内面にベクトルが向いていく。すぐに自分の殻に閉じこもって、相手との距離感をつめていけない自分の弱さに対して、強烈なメッセージというか、変わるための最初の一歩への励ましをもらっているような気がして、うれしさと、人のあたたかさと、むずがゆさとが織り混ざったような気持ちになるんだ。
紛れもなく天才。
自らを「写神」といって憚らないそのバイタリティと想像力は、感動的です。
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