Thursday, August 09, 2007

曖昧にしない態度

くるりの新曲が頭から離れない。

ところで。
久しぶりに村上龍さんの著作を読んでいる。消耗品シリーズの最新作ね。
村上龍『すぐそこにある希望 MEN ARE EXPENDABLE Vol.9』

相変わらず、素晴らしいエッセイの数々。
まだ50頁程度しか読めていないけれど、心を突き刺す指摘とフレーズに溢れている。
読んでいて痛切に感じるのは、龍さんが一流の表現者として、メッセージすべきターゲットと、その際の論点を、非常に厳密に、極めて繊細に意識しているということ。

例えば、日本の外交政策。
龍さんは「日本は外交的にほぼ全てのリスクをブッシュ政権にファイナンスしてもらっている」と指摘した上で、それ自体の是非ではなく、その事実に対して、大手既成メディアが一切のアナウンスメントをしないという現状を批判的に語る。
「つまり、あなたはどうしたいのか」と問う人間がいてもおかしくないところだが、このスタンスこそが、村上龍という作家の適正さだと思うし、ある問題に対して、徹頭徹尾厳密であろうとする、はっきりとした強い意識なのだという感じがする。
メッセージの目的は、対米政策そのものではないんだ。
大手既成メディアを批判的に論じることで、そうした報道環境、あるいはメディアの発するアナウンスメントを受容する側の環境を醸成している何か、より深層に根付く精神性のようなものに、様々な角度からアプローチしようと試みているのだと思う。

曖昧にしない態度をキープし続けるのは、相当の体力と根気を要する作業だ。
この視点を持ち続けることこそが、龍さんの比類ない存在感の根拠なんだろうね。

続きを読むのが楽しみで堪らない。

Sunday, August 05, 2007

くるり

随分久しぶりに、1枚のCDを買った。
くるりのニューシングル『言葉はさんかく こころは四角』なんだけどね。
http://www.jvcmusic.co.jp/quruli/index.html

銀座四丁目の交差点を歩いていたら、角のビルに掲げられた液晶スクリーンがGolden Circleの『ミュージック』のPVを流していたんだ。以前に書いたけれど、Golden CircleのドキュメントをTVで観たことがあったので、その時に感じたなんとも人間らしいやさしさのようなものを思い出して、山野楽器に足を向けた。
1FのJ-POPコーナーをぐるっと廻って、『ミュージック』のシングル盤を見つけ出して、ヘッドホンを耳に当てて試聴して。1分に満たない程度のイントロしか聴けないのだけれど、それでもユーミン作曲のメロディが流れ込んでくると嬉しくてね。
そんなふうにして音楽を聴いていた時に、ふとこのCDが目に飛び込んできたんだ。

学生時代、くるりは大好きだったんだ。『東京』なんて1,000回くらい聴いた。だから、CDショップに足を向けると、自然に目で追ってしまうグループの1つではあるんだ。
ちょうどGolden Circleの傍の棚に並んでいたこのニューシングル。
すぐに惹かれてしまった。
もっと正確に言うと、試聴する前に、もう惹かれていた。
そして聴いてみて、更に好きになった。

くるりらしいタイトルも悪くないけれど、何よりもまず、ジャケットの写真が素敵だ。
(タイトルロゴのフォントと配置は間違っていると思うけれど。)
自宅に戻ってから調べてみると、鳥巣佑有子さんという写真家の作品とのこと。
鳥巣さんのことは恥ずかしながら全く知らなかったけれど、素敵な写真を撮るよね。
"angle management produce"で、鳥巣さんの他の作品も見かけたけれど、透明感があって、やさしい光の写真という感じがするね。綺麗で、澄んでいる。

勿論写真だけではなくて、曲も素敵だ。
1曲リピートにして、今もこの文章を書きながら、ずっと聴いている。
くるりの岸田繁さんはきっと、やさしい人なのだと思う。
やさしさの意味は人それぞれかもしれないけれど、少なくともおれはそう思うんだ。
繊細で、そっと包んでおかないと壊れてしまいそうなものを大切にする人。
自分自身に目を向けると、恥ずかしくなってしまうけれど。

やさしさに溢れた作家に、ジャンルを問わず魅力を感じて、惹かれていくんだ。
アラーキーや北野武は、おれにとって典型的な「やさしい」存在。
自分が撮り溜めている写真に、そんなやさしさがいつか写っていれば、すごく嬉しい。

タマリバ

8月4日、土曜日。
およそ半年振りに、タマリバのメンバーとラグビーをした。
Over30 vs Under30で、20分×4本のゲーム。場所は馴染みの「辰巳の森」ね。
自分自身は今年の10月で30歳になるのだけれど、Over30チームでの出場。
OB戦とまではいかないけれど、多くのベテラン勢が顔を出して、とても楽しかった。

丹羽さんが言っていた。
「ロッカールームの雰囲気がタマリバらしくて、やっぱり良かった」って。
負けることが嫌いな人達ばかりだからね。
どうしたって運動量は少ないし、即席チームゆえのミスも重なってしまうのだけれど、でもみんな、身体の奥底のどこかに確かに眠っているシーラカンスみたいなやつを覚醒させて、良いプレーするんだ。凄いタックルを何本も見せてもらった。
そういうチームは、日本にはタマリバ以外にまだないかもしれない。
WMMが時を重ねて、数年後に同じようなことが出来たら、きっと楽しいだろうね。

ちなみに。
今シーズンのWMMは、かなり勝負できるチームだと思っています。
あまり同じグラウンドでプレーできないけれど、まずは合宿を最高の舞台にしよう。

Wednesday, July 04, 2007

ステップ

漂流から帰ってきたパートナーがなかなか良いサイトをみつけたのだけれど、そこにあったミケランジェロの名言に心を打たれてしまった。

私たち皆にとって最大の危機は、高きを目指して失敗することではなく、
低きを目指して達成することである


7月1日(日)、名古屋大との定期戦。
このゲームをもって、東大ラグビー部の春シーズンはひとまず終了となった。
東京大 36-10 名古屋大(14:00K.O.@駒場ラグビー場)

ずっと敗戦が続いていて、選手達が自信を失いかけていた中での勝利。
相手のレベルはともかくとして、結果として勝利を手にしたことで、チームは束の間の喜びを勝ち取ることが出来たのだと思う。みんな、すごく嬉しそうだった。
実際にプレーでの成長が感じられるシーンも少なからず見られた。
ちょっとだけ、自分達の方向性に手応えを感じることが出来たのかもしれないね。

でも、本当に大切なのはここから先です。
目指すべきターゲットは、もっと違うところにあるんだよね。
1週間のオフを経て、来週からまた、チームの「高き目標」にチャレンジしていこう。
勿論失敗なんてしたくないから、成功する為に。

Monday, June 25, 2007

屈辱のゲーム

6月24日、日曜日。東大ラグビー部、春の定期戦。
東京大 0-49 防衛大(14:00K.O. @防衛大学グラウンド)

ショックだった。
チームで決めたことを徹底できず、屈辱的な敗北を喫してしまった。
ずっと勝っていないことで自信を失っている。
勝つという経験によって初めて自信は得られるのかもしれないけれど、格上の相手、過去に負け続けている相手から初めての勝利をつかもうとするならば、実績に頼ることなんて出来ない。結果はついてくる、と信じるに足る何かが必要になると思うんだ。
学生時代の同期の凹さんは、「自信がなければ無心」と言った。
無心で何をするのか。ただ練習してきたことだけを、無心でやり切るんだよね。
時間は刻一刻と過ぎていく。
開幕まで残り3ヶ月を切ったけれど、出来る限り積み上げていくしかないね。

Saturday, June 23, 2007

トリュフォー

6月23日、土曜日。
東大ラグビー部の練習が思ったよりも早く終わったので、渋谷に寄って映画を観た。
シネマヴェーラで公開されているフランソワ・トリュフォー監督作品。
『大人は判ってくれない』と『終電車』の2本立てだ。
http://www.cinemavera.com/programs.html

『大人は判ってくれない』は1959年の作品。
親の愛に包まれなかった少年アントワーヌ・ドワネルの虚しい反抗の物語だ。
少年ドワネルの切なく虚しい心の叫び。
映画においてそれは決して語られ過ぎることなく、でも強く、はっきりと語られる。
その語られ方が素晴らしく、とても印象的な作品だった。
映像そのものにも感銘を受けた。スクリーンに映し出されるモノクロームが美しくて。
写真のようだった。写真を撮るようになったからそう感じるのかもしれないけれど。
映画というのはつまり、静止画の連続なのだとでもいうように、瞬間を構成するカットのひとつひとつが綺麗で、魅力的なモノクローム写真のようだった。
人形劇に興じる子供達をとらえたカットなんて、最高だった。
この作品における重要性は決して高くない部分かもしれないけれど。

続けて観たのが『終電車』、こちらは1980年に製作されたフルカラーの作品だ。
『大人は判ってくれない』とは全く違った意味で、やはり非常に良い映画だった。
第2次大戦中、ドイツ軍の占領下のパリにあって、モンマルトル劇場の地下に身を潜める演出家ルカ・シュタイナーと、その妻にして女座長、更には主演女優としてルカのいない劇場を支えるマリオン・シュタイナー、そしてマリオンの相手役であり、レジスタンスとコンタクトを持つ男優ベルナール・グランジェ。この3人を中心に展開される戦時下の劇場での物語で、基本的には愛の物語なのだと思う。
終わりのみえない地下での潜伏に耐えられず、地上に出ようとするルカを、叩きつけてでも喰い止めて、そしてベッドで彼に寄り添うマリオン。批評家ダリアンを殴り飛ばし、レジスタンスへと踏み出すベルナールを平手打ちするしかなかったマリオンの思いと、その後の感情の交錯。そして、彼女が行き着いた結末としてのラストシーン。
深みのある展開と、どうしようもなく人間であり、ひとりの女性である結末。
素晴らしい作品だった。

こういう映画をもっと観たい。
映像そのものが語りかけてくるような、物語が「人間」を浮かび上がらせるような。
フランソワ・トリュフォー監督の作品も、もっと観てみたくなりました。

Friday, June 22, 2007

Golden Circle

仕事を終えて家に帰り、TVをスイッチを入れたら、偶然流れていたんだ。
寺岡呼人主宰のライブイベント"Golden Circle Vol.10"
http://www.goldencircle.jp/
寺岡呼人、ユーミン、ゆず(北川悠仁、岩沢厚治)、桜井和寿の5人が歌っていた。

それがね、なんだかすごく、楽しそうだったんだ。
ライブは勿論だけれど、スタジオセッションであったり、このイベントの為の新曲『ミュージック』を5人で膝突き合わせて創り上げていく過程なんかも、とても楽しそうで。
羨ましくなってしまうような、とてもいい感じだった。
5人によるゆずの『夏色』を聴いていたら、なんだか感激してしまって。
お揃いのTシャツも、なんとも言えない懐かしい匂いがして、素敵だった。

Sunday, June 17, 2007

ちなみに

およそ3ヶ月ぶりに髪を切った。
それから、50mm/F1.4のレンズを1本買った。
1万円もしない中古のレンズだけれど、ファインダーを覗くとすごく明るくて。
ちょっとしたことだけれど、嬉しいのです。

ル・コルビュジエ

6月17日、日曜日。
麻疹の影響で大学のキャンパスが封鎖されてしまい、久しぶりのオフに。
自由な時間を過ごす良い機会なので、楽しみにしていた展覧会に足を運んだ。
森美術館で開催中の『ル・コルビュジエ展:建築とアート、その創造の軌跡』だ。

20世紀を代表する建築家、ル・コルビュジエの辿った軌跡。
彼が携わった数々の建築作品、或いはプロジェクトの紹介のみならず、生涯に渡って描き続けた多くの絵画作品、そして彫刻作品なども数多く展示されている。
ル・コルビュジエという偉大な建築家を、「建築」という枠組みにとらわれずに、もう少し俯瞰的な視点から見る、垣間見る、斜めから見たり、覗き見たりする。
展覧会を構成する10のセクションのそれぞれが非常に興味深く、ル・コルビュジエという人間が抱いていた、信じられない程に壮大で伸びやかなイマジネーション、そして丁寧かつ緻密にイメージを具現化していく構想力が随所に感じられて、とても魅力的な展覧会だった。滅多に買わないカタログを買ってしまったからね。

でもやっぱり、ル・コルビュジエは建築家だと思う。
「むしろ画家と呼ばれたかった」と日曜美術館の副題は言うけれど、やっぱりおれは、どうしたって建築家だと思う。絵画も面白いものが多いけれど、それが三次元の世界へと踏み出した彫刻の方が、作品として魅力的だし、その創造性が、典型的な三次元の創作である「建築」に至って、ル・コルビュジエの本領は真に発揮されるのだと、強く感じてしまった。

学生時代、科学史・科学哲学という変わった学科を専攻していたのだけれど、後輩のある女の子の卒業論文のテーマが「ル・コルビュジエ」だったんだ。後輩と言っても、おれは留年していたから、時を同じくして卒業したんだけどね。
記憶が曖昧だけれど、確か彼女の発表の参考資料に、ル・コルビュジエが設計した自動車のスライドがあったような気がするんだ。おそらく、今回の展示のなかにあった『最小限自動車《マキシマム》』だと思う。そのフォルムを眼にするのは随分久しぶりだったけれど、その洗練されたデザインは非常に格好良かった。
彼女は10年前くらいから、こういう世界観に興味を持っていたんだなーと思って。
ちょっと懐かしくなりました。

Saturday, June 16, 2007

67 反撃

清澄白河にあるアートスペース、タカ・イシイギャラリー(Taka Ishi Gallery)。
夕方の18時を越えた頃になんとか辿り着いた。
目的は、アラーキーこと荒木経惟さんの写真展「67 反撃」だ。
Nobuyoshi Araki "67 Shooting Back"

67歳のアラーキーが、67カメラで撮った約100点の写真が、空間を埋め尽くす。
そのほとんどは、カラーで撮られた女性たちのヌードだ。
ヌードといっても様々で、爬虫類の模型を画面に配置したものや、女性を縛り上げたもの、或いは吊るし上げたものも多かった。スタジオで撮影されたものもあれば、屋外のものもある。ホテルのベッドでの写真があるかと思えば、プライベートな部屋の片隅で撮られたような「私写真」もある。脱いだ下着をテレビの上に置いて、生まれたままの状態でレンズに対峙させてみたりね。

ああいう写真を女性が観たら、どう感じるのか分からないけれど、間違いなく言えることが1つあるとすれば、被写体の女性たちの眼が、違った。少なくとも、男のおれにはそう感じられた。艶かしくて、どこか強さのある眼というのかな。
すべての写真が良かったとは思わないし、首を傾げたくなる写真もあるのだけれど、モデルの女性たちの眼の強さを観ていると、アラーキーの凄みが伝わってくる。女性たちの眼を変えてしまう「被写体との距離感」は、どの作品にも共通するアラーキーの写真の魅力で、67歳とはとても思えないバイタリティが溢れ出しているよね。

特に気になったのは、打ちっ放しのコンクリート壁の前に置かれた青いソファの上で、裸のまま膝を組んで座っている女の子の写真。とてもかわいい子なのだけれど、どこか寂しそうな眼をしていて、裸になることを決意するまでに彼女が生きた時間を、思わず想像してしまった。

どうすれば、あんな写真が撮れるのだろう。

Monday, June 11, 2007

「今」というリソース

6月10日(日)大学ラグビー国公立大会・準決勝
東京大 22-23 東京工業大(14:00K.O. @駒場ラグビー場)

悔しい。納得できない敗戦。
自分達の積み上げてきたものを誰も信じようとしない。練習を信じようとしない。
信じるに足るだけの積み上げが、まだないんだね。
でも、これが今のチームの現実。過ぎてしまった時間は取り戻せない。

この瞬間からが、次の勝負です。
肚を決めるしかない。時間は限られているからね。
春シーズンも残り3週間。
とにかく「今」というリソースの価値を徹底的に追い求めてほしい。
体格にも素質にも、経験にも恵まれない東大が唯一持っているリソースなのだから。

自分自身も、もっと成長しないといけない。
今だからこそ言える言葉、今こそすべき変革、今しか出来ない練習。
コーチが「今」をシビアにみていなかったら、きっと何も伝えることなんて出来ない。
試行錯誤が続くけれど、コーチとして「今」に敏感に反応できるだけのベーシックを、自分の中に積み上げていきたい。

Saturday, June 09, 2007

藤森照信

久しぶりの更新。

6月11日、土曜日。
武蔵工大との1年試合を観戦後、シャワーを浴びて急いで初台へと向かう。
東京オペラシティのアートギャラリーで開催中の企画展「藤森建築と路上観察」ね。

建築史家の藤森照信さんに、以前から興味があった、という訳ではないんだ。
というよりも、恥ずかしながら、藤森照信さんの存在さえ、数日前まで知らなかった。
建築の世界に踏み出した友達が、薦めてくれたんだよね。

結論から言うと、素晴らしかった。
建築を知らないおれにとっても、わくわくする世界がそこには広がっていた。

この展覧会は、昨年の第10回ヴェネチア・ビエンナーレ建築展で開催された「藤森建築と路上観察:誰も知らない日本の建築と都市」をベースとした帰国展で、内容を大別すると、藤森建築のこれまでの作品群を纏めた第1部と、路上観察の第2部で構成されている。第1部では、代表的な作品の写真を中心として、模型作品や学生時代の卒業制作、プロジェクト作品等が多数展示されている。第2部になると、藤森さんの他に赤瀬川源平、南伸坊、松田哲夫、林丈二等をメンバーに加えた「路上観察学会」の写真作品が展示されている。路上、或いは街中にあるちょっと面白いものや、趣きのあるもの達を、メンバー各自の独特の世界観で切り取っていく。こちらはシンプルに楽しめるものが多いね。「ジャコメッティ」の標題をつけられたひょろひょろの狛犬とか。

個人的には、とにかく藤森さんの建築作品が刺激的だった。
藤森作品を観ること自体が(写真も含めて)初めてだったのだけれど、非常に独特で力強い作品が多かった。「自然素材の活用」といった大きな括りの前に、単純に「木」が持っているバイタリティをうまく解放しているイメージだね。
個人的に印象に残ったのは、熊本県立農業大学校の学生寮の中にある食堂。天井の高い空間の中を、何本もの赤松が屹立しているのだけれど、それが格好良くて。
他にも、例えば数々の茶室。上手く表現できないけれど、とても人間的だよね。
それから、『東京計画2107』も凄かった。父親が建築家なので、小さい頃から自宅でよく模型作品を観ていたけれど、こういったプロジェクト模型を観る機会は、これまで多くなかったからね。「地球温暖化の果てに水没した東京」という構想力もさることながら、模型そのものにパワーがあって、とても魅力的だった。

薦めてくれた友達に感謝。
今度は写真ではなくて、実際の藤森建築を観てみたいね。

Sunday, May 13, 2007

多摩クラブ戦

5月13日、日曜日。
今日はコーチ業を一旦離れて、プレーヤーとしてのラグビー。
今年所属するクラブチーム、駒場WMMの公式戦だ。

東京都クラブラグビー選手権 1部リーグ
駒場WMM vs 多摩クラブ(12:30 K.O.@キヅーチフィールド)

7-12と先行されて前半を折り返したのだけれど、後半に4本トライを取って逆転して、辛くも勝つことが出来た。最終スコアは確認していないけれど、危なっかしいゲームだったね。負けなかったことだけが、唯一の収穫。とにかく内容が悪かった。

何か変えないとね。
ずっと同じようなゲームをしている。
軽いプレーによるミスの連続。根拠のない過信。接点での緩いボディコントロール。
チャンスに慌てて、落ち着きを失って、自分の首を自分で絞めている。

同じことを繰り返していても、次のステップには進めない。
今年コーチをしている東大ラグビー部の学生によく言うのだけれど、練習してきたことしか試合のパフォーマンスには表れないし、練習してきたことの全てを試合で発揮する為には、それなりの準備と覚悟が必要だ。
練習をしなければ、パフォーマンスの最大値は、年齢と共に漸次低下していく。
きちんと準備をしなければ、WMMほど下手くそで弱いチームはない。
起きていることは、とてもシンプルだ。あとは、チームとしての覚悟の問題だよね。

自分自身も、コーチと両立しながら、上手くなる為の練習を続けていきたい。
コーチングしながら日々考えていることを、自分自身でも試しながら、もっとプレーの幅を広げていかないとね。パスなんて未だに放れないのだから。

Sunday, May 06, 2007

春合宿

最近Mr.Childrenの『深海』を聴き直しているのだけれど、やっぱり良いね。

さて、ゴールデンウィークの連休もあっという間に終わってしまった。
今年はカレンダー通り、5/1-2と仕事だったので、4/28-30の3連休、5/3-6の4連休。この7日間の休日のほぼ全てをかけて、東大ラグビー部の春合宿に臨んだ。
JR総武線の新検見川駅から歩いて約10分、大学が保有するスポーツ施設、検見川総合運動場に泊まり込んで、午前/午後の2部練習にコーチとして参加したんだ。

折角の連休なのに・・・という声が聞こえてきそうだけれど、構わない。
参加した人間にしか分からないものが絶対にあるんだ。
コーチという立場で臨んだ初めての春合宿は、とても素晴らしい体験だった。
現役の学生達と一緒のグラウンドで過ごす時間はとても楽しく、充実していた。
コーチの世界に誘ってくれた三笠監督や、ラグビーの基礎を全て叩き込んでくれた水上さんと和泉さんに、15年近く続けてきたラグビーそのものに、改めて感謝だね。

東大ラグビー部は、少しずつ変わってきていると思う。
変化の速度が速いのかどうかは分からないし、現時点ではチームが目標としているレベルに遥かに及ばないのだけれど、それでも「変化している」という現実がとにかく重要だと思っている。そして選手達も、自身の変化の兆しを感じているはずだ。
これをフィジカルなレベルに叩き込みたい。
変化を自信に変えて、黙っていても身体が反応するベーシックに落とし込みたい。
そこがきっと、2007年度の東大ラグビー部のスタートラインなんだ。

具体的なプレーだけではない。
チームのカルチャーや考え方、ラグビーに取り組む姿勢、自分達で設定したシーズン目標に対するプライド、怪我に対する意識変革、コンディショニングへのこだわり。
変えていくべき部分、変えていける部分は、まだ山ほどあるんだ。
そして勿論、自分自身だってもっと変えていけるはずだし、変わらないといけない。
なんと言っても、コーチ1年生だからね。

すべては秋の対抗戦の為に。
学生と本気で向き合って、もっとチームを変えていきたい。
その為にも、自分自身がもっと成長して、チームに対して最大限のサポートが出来るだけの準備をきちんとしていきたい。まずは自分が変化しないとね。

選手・マネージャーのみんな、本当にお疲れ様でした。
また来週から、まずは残り2ヶ月の春シーズンを一緒に頑張っていこう。

Monday, April 23, 2007

3人の猛者に感謝

4月21日(土)14:00-16:30 練習@駒場グラウンド

日曜日に今シーズンの開幕戦を控えた東大ラグビー部の練習に、3人の素晴らしいゲストが来てくれた。社会人ラグビー時代にお世話になったPRの大先輩、文原さんと大吉さん。そして後輩の佐藤大作選手ね。

素晴らしい1日だった。本当に感激した。
文原さん、大吉さん、大作の3人には、心から感謝しています。
本当にありがとうございました。

3人にとって東大ラグビー部は、言ってしまえば何の縁も無いチームだ。
駒場に足を運ぶことは、何の義務でもなく、必然性もない。
それでも、これまで20年近くの歳月をラグビーに捧げてきて、やっと一息ついたばかりの文原さんや、いまだ現役として活躍している大吉さんや大作が、貴重な時間を割いて駒場のグラウンドに足を運んでくれたことが、本当にうれしかった。
これほどうれしかったのは、以前、小寺さんが駒場に来てくれた時以来だね。
色んな人が、コーチになったばかりの自分を支えてくれる。
まだ今シーズンは始まったばかりだけれど、今年の東大ラグビー部に何かを伝えて、学生と一緒に自分も成長していくことで、皆に恩返しがしたいと思ってます。

さて、肝心の練習。
社会人の第一線で活躍するPR3人が揃ったことで、FWは勿論スクラムだよね。
おれはBKの練習を学生に任せて、練習の仔細をずっと見つめていた。
そして、驚いた。
スクラムの奥の深さと、特に文原さんのスクラムを突きつめた言葉が衝撃だった。
全ての動きに理由がある。足の踏み方や置く位置、姿勢の取り方、膝の角度、肩のライン。慣性に任せた動きはひとつとしてなく、全ての部位に合理的な根拠を持って、身体をコントロールしているような感じだった。
学生にアドバイスをしてくれている時に、おれは横でずっと聞き耳を立てていた。
勉強になるよね。個々のプレーを徹底的に考えて、身体で覚えた感覚に合理的な根拠を与えて、またそれを身体に刷り込んでいく。それって、スクラムに限ったことではなくて、あらゆるプレーに共通することだからね。

練習後は、お決まりの鉄板焼き「楓」に寄って、4人で晩飯を食べた。
自分の胸の内にしまっておくけれど、いい話を沢山もらった。
だから、この日3人から最も多くのものを吸収したのは、絶対におれだと思ってます。

そして、翌4月22日(日)の開幕戦。
成城大を相手に30-17だったかな、まずは緒戦をものにしました。
右PRで出場した松林は「昨日教えてもらったことがすごく生きました」って。
本当に、ありがとうございました。

Friday, April 20, 2007

Perth #4

4月12日、木曜日。
5日間の滞在もこの日が最終日なので、おみやげを買おうと1人で街に出た。

この日がいちばん難しかった。
5日間の滞在の中で、この日、初めて目的的に動いてしまったからね。
「おみやげを探す」という明確な目的を持って、良いものを探し歩いたのだけれど、ただそれだけのことでも、目に映る街の景色はがらりと装いを変えるんだ。

折角オーストラリアに来たのだから、この街にちなんだものを買いたくて、色々なお店を廻ったのだけれど、しっくりくるものが見つからなくて・・・。
正直に言うと、買い物はまったくもって苦手なんだ。
まあでも、結果的には、納得出来るものを自分なりに見つけ出すことが出来た。
何を買ったかは、内緒だけれど。

日も暮れてきた19時頃かな。
街の中心部に戻ってくると、ちょっと歩き疲れもあって、郵便局とデパートに挟まれた通りのベンチに座って休憩していたんだ。あとは帰るだけだなー・・・って。
すると、ちょっと嬉しいことがあった。
ベンチで暫くのんびりしていると、どこからか20人近い集団がやってきて、通りに円を作って音楽を始めたんだ。パーカッションの男性がリズムを取り始めると、まるで自然発生的に(勿論、自然発生ではないのだけれど)、他のメンバーが歌い出す。気づいた時には、すごく楽しそうなコーラスが生まれていて、なんだかとても良かった。
かなり陽も落ちてしまった時間だったけれど、座って眺めている人も少なくなかった。

でも、本当に良かったのはその先。
メンバーの誰かの娘と思われる少女が、1人リズムに乗って踊っていたんだ。
その姿が、とても微笑ましくて。
Perth駅へと続くこの通りは、デパートに面している側にちょっとした段差があるのだけれど、所々に半円形状の、通りに迫り出した部分があるんだ。
ちょうどステージのようにね。
その少女は、まさにそのステージに1人立って、メンバーの歌に合わせて身体をスイングさせたり、何度も側転してみたりして、ずっと踊っていた。誰も観ていなかったかもしれないけれど、其処は完全に彼女の舞台だったよ。本物のステージだった。

少女はその後、集団の方に戻ると、円の中心で逆立ちしようとして倒れてしまって、大泣きしていた。痛かっただろうけれど、でも、おれが眺めていたほんの短い時間の主役は、間違いなく彼女だった。
だから、遠く日本から声を掛けてあげたい。「とっても格好良かったよ」って。

終わってみると、充実した5日間だったね。
1人旅をしていた訳では決してないのだけれど、1人旅のように過ごして。
1人であるが故に想起されるものたちの存在を、ずっと忘れずに。

Tuesday, April 17, 2007

Perth #3

4月11日、水曜日。
また1人でホテルを出ると、最寄駅のBurswoodから電車に乗り込む。
Perthで乗り換えて、そこから2駅。Glendaloughという駅で降りると、今度は駅前でバスをつかまえる。揺られること20分位かな、向かった先はタクシーの運転手さんが「Perthで最も美しい」と教えてくれたビーチ、Scarboro beachだ。

Scaboro beachの最寄りのバス停を降りて数十メートル歩いた先には、インド洋。
驚いた。色の違いに見惚れてしまった。
エメラルドブルーというのか、あの海面の青の美しさは、ちょっと日本では見ることが出来ない。透明感と深みが同居したような輝かしい青が、本当に美しかった。
海って、あんなに色が違うんだね。

この日は天気にも恵まれて、上空は見事に晴れ渡り、日差しが痛いほどだった。
強烈な紫外線は思わず目を塞ぎたくなるほどで、しばらくビーチの写真を撮り歩いた他は、1時間近くずっと日陰でのんびりしていた。海水浴をするでもなく、サーフィンをするでもなく、ただ日陰にいたのだけれど、なんだか幸せな時間だった。
勿論サーファーはサーファーで、最高の海を満喫していたと思うけれど。

ただ、被写体としての「海」は、おれにはちょっと難しいね。
街の方が、遥かに面白い。
海は広すぎるからね。もっと雑多で混沌としていて、多様な匂いがある場所の方が、被写体としては自分に合っているように感じる。例えば「東京」が被写体として面白い理由は、そんなところにあるのかもしれないね。

午後になってScarboro beachを離れると、バスに乗って再びPerth Cityへと戻る。
次に足を運んだのは、Perth駅のすぐ北側、ノースブリッジ(NorthBridge)と呼ばれる一帯において、WA美術館と共に構えるArt Galleryだ。
http://www.artgallery.wa.gov.au/

このArt Galleryを訪れようと思ったのには、理由があるんだ。
それは、ちょうど開催されていた企画展「RAISED BY WOLVES」のポスター。
使われた写真は、日本の若手を代表する写真家、ホンマタカシのものだったんだ。
アジアの孤島日本から遠く離れたこの場所で、日本人写真家の作品に触れることになるとは思っていなかったのだけれど、その偶然に何故だか惹かれてしまった。

断っておくけれど、ホンマタカシの写真が特別に好きだという訳ではないんだ。
勿論、綺麗な写真を撮る人だということは知っていたけれど。
でも、実際にGalleryに展示された数々の作品を観ていると、ホンマタカシの数点の写真は、他の作品と比較してもクオリティの高いものだったと思う。透明感があって、ホンマタカシらしさを明確に感じ取れる作品だった。

ホンマタカシに限らず、Galleryに展示された作品群を観ていて思ったのは、日本人の美的感覚は、世界的にも非常にレベルが高いのではないか、ということ。日本人の感性とのフィット感の違いもあるのだろうとは思うけれど、WA(Western Australia)出身の作家達が出展していた数多くの作品と比較すると、日本で目にするアートの方が、総じて作品としてのクオリティが高いように感じた。
繊細かつ丁寧に美を結実させていくスタイルが、日本は秀でているのかもね。

夜になると、再びキングスパークへ。
キングス・パークの夜景は本当に素晴らしかった。
滞在期間中、キングスパークには実は3回も訪れてしまったのだけれど、何度来ても飽きることがなく、非常に良い場所だった。日中、夕暮れ時、そして夜と、様々な時間帯に訪れて、その都度、見える風景が違っていたことも、とても楽しかった。
春夏秋冬が違えば、きっとまた別の表情があるのだろうね。

Saturday, April 14, 2007

Perth #2

4月9日、月曜日。
1人でホテルを出て、Subiacoという街に向かう。
ホテルの最寄駅から電車に乗って、15分程度のところにある街だ。

電車に乗り込んで、隣に座っていた女性に声を掛けてみる。
「Subiacoへ行きたいのだけれど、この電車でいいですか」
その女性はとても親切に、笑顔で応えてくれた。
折角なので、聞いてみる。「1枚写真を撮らせてもらえませんか」
電車の中なので多少恥ずかしそうにしながらも、彼女は写真を撮らせてくれた。
ケリーさんというこの女性の親切とフレンドリーな姿勢がとても印象的で、この時からもうひとつの方向性が自分の中に芽生えてくる。
それは、Perthに暮らす人達の表情を、とにかく写真に撮ること。

その後、帰国の途に就くまでの5日間を通して痛感することになるのだけれど、Perthという街の魅力は、なによりも「そこで暮らす人間」なんだ。人間の魅力的な姿。
例えば、市街で佇む人達の表情。
ゆったりと、生活をエンジョイしている雰囲気。
ストリートで演じる大道芸人と、彼らを取り囲む人達の笑顔。
そういったものが、とても素敵な魅力を創り出して、街全体を支配している。
そして、実際にPerthで出会った人達の殆どが、とても親切で、そしてフレンドリーだ。東京では考えられないくらいに人なつっこく、見知らぬ他人に対して優しい。
道を尋ねるとする。日本でも、聞かれれば最低限の英語で答えるだろう。
Perthの人達は、例えば視線をあちこちさせながら通りを歩いていると、「バス停を探しているんですか?」と問いかけてくれたりする。自分自身で説明出来ない場所を尋ねられた時に、ガイドできる人間を探してくれようとする。感覚的なものだけれど、この差は随分大きいように思う。とても、人間的だよね。

話を戻すけれど、Subiacoの駅を降りると、歩いて15分程のところにある公園、キングスパーク(Kings Park)に行った。Perth Cityの南西側に位置する有名な公園で、スワン川を挟んだ高台からPerth市街を一望できる絶好のスポットになっている。

この日は復活節(Easter Monday)という祝日で、複数の家族・友人達が公園でピクニックをしていた。そんなことも知らずにおれは、あるおじさんに声を掛けたのだけれど、そのうち彼の奥さんが登場して、「ジャパンからの客だ」と言い出して、気づいたらピクニックに混ざっていた。おばさん連中にワインを一杯勧められて、30分程度のことだけれど、一緒に時間を過ごした。滞在期間中、とても嬉しかったことのひとつだ。

その後、キングスパークからの眺望を一通り楽しんだ後、一旦市街に戻ると、今度は電車で30分程南下していった先にある港町、フリーマントルへと向かう。
フリーマントルには、E倉庫マーケット(E-shed Market)、フリーマントルマーケット(Fremantle Market)という2つのマーケットがある。どちらも休日・祝祭日しか開催していないので、ちょうど良い機会と思い、1人で散策していく。マーケット自体は特別なものではなかったけれど、海に面したE-shed Marketのオープンテラスで何も考えずに寛ぐのは、とても気持ちの良いものだった。

もうひとつフリーマントルで面白かったのは、大道芸だ。
中心部を走る大通りで、何人もの大道芸人が路上パフォーマンスを演じていた。
英語を理解できれば、おそらくもっと楽しかったんだろうと思う。それでも、観ているだけで十分に面白かった。ジャグリングだったり、パントマイムだったりね。
結構な人数がパフォーマーを取り囲んで輪を作り、通りに面したレストランの2階席のお客さんも身を乗り出して、気づいた頃には、通り全体に一体感が醸成されていく。英語を理解できないおれが聞いていても、MCのイントネーションや観衆との掛け合いは非常に巧みで、即興性・ライブの魅力を感じさせる。
子供は特にそうだけれど、観る側の乗っかり方もとても上手だよね。演じる側だけでなく、観る側も一緒になって、お互いで楽しい空間を創っていくようなことが、慣習的に得意なのかもしれない。
そんな訳で、夕暮れ時くらいまで、ずっと大道芸に観入ってしまっていた。

楽しかった。
朝から晩まで歩き廻って、ちょっと疲れてしまったけどね。

Perth #1

4/7(土)から、しばらく日本を離れていた。
行き先はオーストラリア南西部に位置する美しい街、パース(Perth)だ。
わずか5日間の短い滞在だったけれど、なかなかに楽しい旅となった。

4/8(日)のお昼頃に現地に到着すると、まずはPerth Cityへと向かう。
宿泊先のホテルから約5km、タクシーで$15程度の道程だけれど、折角なので1人で歩いてみる。持ってきたNikon FM10を首から提げて、予備フィルムを3本ポケットに突っ込んでね。

Perthの街並は特別変わったものではなく、ありふれた街の一風景といった感じだ。
ショッピングモールがあり、ブティックがあり、カフェがある。
市内を廻る無料のバスがあり、全体的にゆったりとした流れが街に広がっている。
ちょうど日曜日で、閉まっているお店が多かったこともあるかもしれないけれど。

それほど広くはない街の中心部を歩きながら、目に留まるものを写真に撮っていく。
目新しさのある街ではないけれど、カメラを持って歩いていると、飽きることがない。
街には空気や匂いがあるし、街を歩いている人達は、それぞれの街で違うからね。
まずはウォーミングアップの感覚で、気軽にシャッターを切っていく。この日は結局、50枚くらい撮ったかな。奇抜な顔をしたマネキンや、倒れかけた標識や、ベンチに腰掛けて休んでいるおっさんや、そういった諸々のものを、とにかくファインダー越しに覗き込んで、シャッターを切って、また別の道を歩いてみる。

それが、とても楽しかった。
目的もなく、ただ歩いて写真を撮る。それって、最高の贅沢だ。
この時に、自分自身の中で、ひとつの方向性を決めたんだ。
「この5日間は、無目的を目的にしよう」って。

人はすぐに、何かをしようとする。
何かを体験しよう。何かツアーを組んで、何か美味しいものを食べよう。
そうやって、折角オーストラリアにいるのだからと、目的的に行動しようとする。
でも、敢えてその枠組みの外側に出てみるのも、悪くないかなと思ったんだ。

勿論おれだって、「写真を撮る」わけで、何もしない訳ではない。
でも、写真は散歩の一過程でしかない。(ちょっと言い過ぎかな。)
何かを撮りたい、という行為も勿論ある。Perthの夕景を撮りたい、とかね。
それでも、基本的な感覚としては「散歩」だ。目的的な移動じゃない。
他人から見ればどうでもいいことだと思うのだけれど、自分自身の意識、気分として無目的的に過ごすことで、結果的に、自由が得られたような気がするんだ。
おれにとってそれは、ちょっとした発見だった。

5日間を通じて、36枚撮りのフィルムを12本撮った。
実質的には4日で撮ったので、1日あたり3本程度ということになる。
1日5本は撮ろうと思っていたのだれど、量を撮るのは思った以上に難しいね。

Sunday, March 25, 2007

MAGNUM

練習後の午後、パートナーと恵比寿に出掛けた。
行き先は、恵比寿ガーデンプレイス内にある東京都写真美術館。
ずっと楽しみにしていた写真展『“TOKYO”マグナムが撮った東京』を観てきた。
http://www.syabi.com/details/magnam.html

1947年、ロバート・キャパ、アンリ=カルティエ=ブレッソン、ジョージ・ロジャー、デビッド・シーモアの4人によって創設された世界を代表するフォト・ジャーナリスト集団『MAGNUM』。そのMAGNUMに所属する写真家たちが戦後の「東京」を撮った約150点の作品群が、年代別に展示されている。

1950年代から始まって、21世紀以降の作品まで続くのだけれど、全般的に見応えがあって、非常に刺激的だった。50年代を切り取った風景が今なお新しく、また90年代以降の日常を撮った1枚の中に、60年代と見紛うような瞬間が収まっていたりして、改めて「写真」という表現の面白さ、魅力を感じさせる展示だった。

被写体として観る東京の街は、多種多様なあらゆる物々を混ぜ合わせて、その雑多性こそが東京における「調和」とでも言うかのような、煩雑で混みごみとした玩具箱のような表情をしていて、なかなかに魅力的だった。MAGNUMに所属する外国人写真家達のみならず、例えば森山大道のように、多くの写真家が東京を撮り続けるのは、感覚としてなんとなく分かる気がする。匂い立つ「東京」って、悪くないよね。