Tuesday, June 14, 2005

アトリエ

うちのパートナーのアトリエを作ってみたので、もしよければ。
(Flickr Photos)

再挑戦

昨日のことだけれど、初めてタマリバの練習に参加してきた。
結論からいうと、とても刺激的な2時間になりました。

タマリバクラブというのは、現在日本で最も強いラグビーのクラブチーム。早稲田大学のOBが中心となって立ち上げたクラブだけれど、今は早稲田以外の出身の選手も多く在籍していて、一般的に抱かれているイメージよりもオープンなクラブだと思う。東大出身のメンバーもふたり所属しているし、これまで練習に参加させてもらっていたWMMのキャプテンも、実は以前はタマリバのメンバーだったんだ。そういう意味では、おれにとっても比較的なじみのあるクラブ、ということになるよね。
(ちなみに、WMMのキャプテンは東大時代のひとつ先輩。大学卒業後、タマリバでのチャレンジをしていたのだけれど、自分が骨を埋めるクラブはここじゃないという思い、そして東大の魂を結束させればタマリバを越えるチームを創り上げることだって出来る、という思いから、タマリバを離れて新たなクラブ「WMM」を立ち上げたんだ。この先輩には、やっぱり他の仲間とは違う思いを持ってます。)

今のおれは、実はどのチームにも選手登録がない。まったくもってフリーの状態なんだ。クラブチームの選手登録はとても厳格らしくて、登録がなければ公式戦にはとても出場できない。だから、練習に参加していても、ゲームをする機会は多くは得られなかったのだけれど、この間のタマリバ戦の後に、現在はタマリバの練習に参加している後輩のミヤハラが、いいことを教えてくれたんだ。

東日本クラブトップリーグの選手登録は、まだ間に合うんだって。

これを聞いた瞬間、俄然闘争心が沸き上がってきた。ちょうどタマリバ戦を通じて、自分にまだチャレンジできる余地が残っているんじゃないかと思えたこともあって、今シーズンの可能性を探りたい、という思いが抑え切れなくなってしまった。練習したい。クラブチームとはいえ、上手くなる為の練習が出来る環境がほしい。そして秋に、公式戦を闘ってみたい。そんな思いは、あっという間に自分の感情を支配していったんだ。

昨日の練習は、そのための1歩目。
日本で最も強いクラブの練習に参加させてもらったのは、単純にいい経験になった。
練習は、今のおれにはかなりしんどかったけれど、それ以上に面白くて、とても刺激的だった。とにかくよく走ってる。昨年までいたチームのメンバーに話したら笑われてしまうだろうけれど、練習であれだけきちんと走るクラブは殆どないと思う。状況やルールを変えながら、常にゲームを意識して繰り広げられるタッチフット。そしてその後は、10分×3本のガチンコ勝負。自分たちのスタイルが明確に意識された、素早い出足とタックルが随所にみられて、久しぶりにかなり燃えたよ。
確かに練習中のミスもかなりあった。タマリバが日本一のクラブといっても、学生トップにはまだ勝てない。でもさ、やっぱりいいチームだと思うよ。限られた自分の時間を惜しみなくグランドに持ってくるやつらの集団なんだ、ということがはっきり分かるクラブだからね。

そんな訳で、今のおれは、タマリバに選手登録する方向で話を進めようとしています。いろいろと調整しなければいけないこともあるのだけれど、やる場所があるなら、やっぱりやりたいと思っている。ただ、タマリバで試合に出られる保証はどこにもない。どこまで出来るか分からないけれど、ここからは自分のチャレンジ。なんのとまどいもありません。

楽しみで仕方ないよ。

Sunday, June 12, 2005

The Gates

今朝、ずっと楽しみに待っていたものがようやく届いた。
Christo and Jeanne - Claude
"The Gates"
Central Park, New York City, 1979-2005

引退して暫くした頃、偶然見ていた「日曜美術館」で、クリストとジャンヌ=クロードのふたりが取り上げられていた。ちょうどその頃、NYのセントラル・パークで実現された"The Gates Project"の特集。それが、本当に感動的だったんだ。

このふたりは過去に、とても信じられないような規模のアート・プロジェクトを幾つも実現している。
例えば、"Surrounded Islands, Biscayne Bay, Miami, Florida, 1980-83"
http://www.christojeanneclaude.net/si.html
マイアミの孤島をピンクの布で覆ってしまった作品。当時の彼らは、Wrap(包み隠すこと)によってより鮮明な形で明らかにされるなにかを追求していて、これ以外にも多くのものを実際に覆い隠している。パリの橋であったり、ドイツの城であったり、その試みの向かう先は世界中に広がっていく。どれをとっても言えることだけれど、プロジェクトの規模と実行力、なによりその美しさには驚くばかりだ。
そしてふたりの試みは、Wrapだけに収束しない。
その中でもおれが特に好きなのは、"The Umbrellas, Japan - USA, 1984-91"
http://www.christojeanneclaude.net/um.html
時を同じくして、日本に青い傘を、そしてアメリカには黄色の傘を広げた作品。
なぜだか分からないけれど、心の奥底を震わせてくれる、そんな傘の世界。壮大で、どこか優しくて、なにより美しくて。まさにふたりの人間性が詰まったような作品だと思う。

その彼らが、20年以上の時を経て、2005年春にようやく実現させたプロジェクト。
それが、"The Gates, Central Park, New York City, 1979-2005"
http://www.christojeanneclaude.net/tg.html
今朝おれの家に届いたのは、こいつのフォト・ブックなんだ。

NYのセントラル・パーク一面に、オレンジの布を懸けたゲートを並べていく、このプロジェクト。1979年に初めて彼らがその構想を発表した時、NY市民は大反対したんだって。セントラル・パークを私物化している。NY市民にとって最も大切な憩いの場に勝手に手を加えないでくれ。そんな批判が巻き起こったそうだ。結局NY市の承認も下りなかったんだ。
でも、彼らはあきらめない。長い時間をかけて、自分たちのプロジェクトが受け入れられる為の活動を続けていく。公園の敷地内に、ゲートを刺し込む為の穴を開けることが問題とされれば、彼らは穴を開けずに済むような土台の設計に着手し、プロジェクトを煮詰めていく。安全性の問題を指摘されれば、ゲートの組み立て方法から洗い直し、ゲートが倒れないように細心の注意を払っていく。そうやって少しずつ、でも確実に前へと進んでいく。彼らは決してセントラル・パークを私物化したのではないと思う。そうではなくて、彼らは、NY市民にとってセントラル・パークがいかに大切な空間なのかを分かっていたんだろうね。
そして、今年の春についに実現された、オレンジのセントラル・パーク。
その美しさは、TVを通してさえ、まさに息を呑むほどだったよ。
悔しかった。本当に、この目で直に見たかった。オレンジのセントラル・パークを歩いてみたかった。わずか16日間の試みだったのだけれど、この時公園を歩いた多くの人の心のなかに、きっとなにかを残したはずだと思う。ふたりの芸術家の思いがこれ以上ないくらいに込められた、最高のプロジェクトだとおれは勝手に思ってます。

ちなみに、このふたりはプロジェクト資金を得る為に、一切のスポンサーを受けていない。スポンサーの介在によってプロジェクトの本質が失われることを懸念してのことだと思うけれど、なにより凄いのは、彼らが自ら描いたプロジェクトのデッサンを買ってもらうことによって、プロジェクト資金を調達していることだよね。このデッサンがまた秀逸なんだ。"The Gates"のデッサンなんかを見ると、このプロジェクトの魅力や美しさ、NY市民にとっての価値やそこに込められた思いを伝えるのに、これ以上のものはないんじゃないか、と思ってしまうような、それほどに素晴らしいデッサンだと思うよ。

だからおれは、ThinkPadの壁紙にしてます。

跡地

昨日のことだけれど、昨年までおれが所属していたチームのメンバー10名と、焼肉を食べてきた。このチームのメンバーの間では有名な、武蔵中原の名店「ホルセン」ね。実はこの店、おれは昨日が初めてだった。引退してから、こういう形で来ることになるとは思ってなかったよ。
引退してからもう半年近くなるけれど、元チームメイトと呑む機会が現役の頃よりも増えたような気がする。自分でいうのもなんだけれど、結構引っ込み思案な性格で、現役の頃はあまりそういう場に顔を出すことがなかったんだ。不思議なものだなと思うよ。今だから気さくに話せるような部分があったりもするしね。こういう繋がりは、本当に大切にしていきたいと、最近よく思います。

それから、このブログが思っていた以上に読まれていることを知って、正直かなり驚いた。そんなつもりで書いていなかったからね。
ここは、おれの跡地です。
引退してしばらくした頃に、おれの心をなぜかよぎった、親父の好きな言葉。
「日々是感動」
この言葉は、正しいかどうかは知らないけれど、おれ自身の英訳によって、このブログのタイトルにもなっている。感動というのは、心を開くことだと思う。感ずるところなんて、そこらじゅうにあるはずなんだ。ただその瞬間に、扉が閉じてさえいなければ、感動はいろんなところに転がっていると思う。そして、「どう感じるか」はきっと、「どう生きるか」を決めるスタートライン。あとは感じたままに動けばいいだけだからね。
特に考えて始めた訳ではないけれど、きっとおれは、まずは扉を開けようと思って、この試みを始めたのかなって、今にしてみれば思ったりもするんだ。
そして、だからこそここは、おれの跡地なんです。
なにかを感じたときに、その「感じ」に形を与えていくような、そんな作業の跡。

でもさ、跡地だってきちんとデザインすれば、別のなにかにもなり得るのかなって。
今はひそかに、そんなことを企んでいたりもします。

Friday, June 10, 2005

『空港にて』読了

村上龍さんの短編集『空港にて』、読了。
ここのところ小説となると、ほとんど龍さんしか読んでないかもしれないね。

本には、あるいは作家には、出逢う時期というのがあると思う。
同じ1冊の本でも、いつ出逢い、手に取るかによって響き方はまったく違うものになる。そしてその出逢い方がぴたりとはまると、それは自分にとっての「世界」の少なくともある部分を、本当にがらりと変えてしまったりするよね。
大学を卒業してからのおれにとって、龍さんはまさにそれだった。

龍さんの作品を最初に読んだのは、おそらく高校生の頃だと思う。
今はポーランドにいる親友が薦めてくれたのが、『五分後の世界』だった。その時も良い作品だと思ったけれど、本当に自分の価値観やものの見方を揺さぶるようなインパクトは、当時のおれにはなかったかもしれない。今考えると、その頃のおれには、この作品を受け入れるだけの土壌がなかったのかなと思うけれど。
次に龍さんの作品を手に取ることになるのは、随分先の2000年。その頃刊行された『希望の国のエクソダス』という作品を、ラグビー部の先輩が薦めてくれたのだけれど、こいつは掛け値なしに素晴らしかった。その時の感動は今でも覚えてるよ。
龍さんは当時、インターネット上で読者に対して「日本の教育問題を解決する方法は?」という問いかけをしていた。龍さんがこの問いに対して用意していた答えは「全国の中学生が一斉に集団不登校をする」というものだったのだけれど、その答えに対して、読者からはかなりの(否定的な)反響があったらしい。そうした反響を受けて龍さんは、教育に対する解のひとつを「小説」という形式で提示することになるのだけれど、それがこの作品。
パキスタンで地雷処理に従事する16歳の少年「ナマムギ」の存在がトリガーとなって、全国の中学校で集団不登校が発生するところから、物語は始まる。数十万にのぼる不登校の生徒たちは、ポンちゃんというひとりの少年を中心として、"ASUNARO"という名の全国的なネットワークを形成していく。"ASUNARO"はやがて、インターネットを最大限に活用して経済的自立をなし得ると、物凄いムーブメントを巻き起こしていく。そしてポンちゃんたちは、彼らなりの「日本への回答」を求めて、ひとつの試みへと向かっていく。
ドラスティックな展開と大胆な設定。でもそれだけじゃない。徹底的に精緻な取材をして、極めて緻密に、正確に書こうという姿勢が貫かれている。龍さんらしい本当に良い作品だと思う。
この小説の中で、主人公のポンちゃんが国会で答弁をするシーンがあるのだけれど、そこでポンちゃんが語った言葉は、とても印象的なものだった。
「この国には何でもある。本当にいろいろなものがあります。だが、希望だけがない」
これほど鋭く日本の現在を切り取った言葉は、他にはないと思う。

さて、長くなってしまったけれど、その後社会人になって『69』と出逢うと、そこからはもうひたすら龍さんの作品を読み耽ることになる。『五分後の世界』や『希望の国のエクソダス』も、改めて読み直した。小説、エッセイ、対談。あらゆるものに惹かれ、次から次へと手に取るようになった。過去の作品すべてを読み切るまではまだ遠いけれど、これから先も、当分は龍さんの作品を追い続けることになると思う。龍さんの一連の著作は、単純におもしろいというだけではなくて、おれの考え方や、ちょっと大袈裟に言えば「世界の見方」のある部分を、自分でも驚いてしまうほどに変えてしまうことになった。厳密に言うと、「変えた」というよりも、自分の中にくすぶっていたものに、ある種の形を与えてくれた、と言った方が近いかもしれない。
だからおれは、龍さんのことは、尊敬してやみません。

そんな龍さんの短編集『空港にて』。
『空港にて』は、日常的な空間におけるごく限られた時間を切り出して、そこに凝縮されたエッセンスを詰め込んだような作品。例えば空港で待ち合わせをしているほんの数分、あるいはコンビニで商品を選んでいるわずか数秒。そうした短い時間の中に、なんらかの意味づけを与えていくような背景や、過去や、そういうものが丁寧に織り込まれていく。そして、そんな作品の中で龍さんは、「希望」を書こうとしたのだと、あとがきに残している。
「希望」というのは、きっと人それぞれのものだと思う。5年前にポンちゃんが語ったように、そもそも現代の日本において、共同体として共有されるような希望というのは、もはや成立しないのかもしれない。それでもこの短編の中には、希望らしきものが散りばめられているし、それをおれは、希望のひとつの形として受け止めている。
そういう「希望」のあり方は、嫌いじゃありません。

とても良い短編。すぐに読めるし、良かったら読んでみてください。

Tuesday, June 07, 2005

魂を生きる

世界最高齢、71歳でのヨット単独無寄港世界1周の達成から一夜。
斉藤さんが、今朝のニュース番組に生出演していたのだけれど、その中で、すごく印象に残った言葉があったんだ。

234日の航海を終えた愛艇「酒呑童子Ⅱ」の上から、斉藤さんはスタジオのアナウンサーの質問に答えていくのだけれど、ひとしきり愛艇の状況や、航海中の食事に関する話題を終えたところで、アナウンサーがこんな質問をしたんだ。
「今回の航海で得たものは、なんですか?」
それに対して斉藤さんは、特に考え込む様な素振りもなく、ごく自然な態度で淡々と答えるのだけれど、その時の斉藤さんの言葉に、すごく新鮮な感覚を覚えたんだ。
斉藤さんの答えは、ひとこと。

「なにもないよ」

この時に、心底思った。この人は、ただやりたかったんだ、って。
ただやりたい。この思いこそ原点だよね。斉藤さんは、決してなにかを得る為に海に出たのではないんだ。ただ、どうしようもなくチャレンジしたかったんだ。それはきっと、いっさいの打算が介在しない純真無垢の欲求。斉藤さんは、そんな自分のコアの欲求に誰よりも実直だったんだろうな。
あの言葉を聞いた瞬間、そんなふうに思った。

それにしても、アナウンサーの質問。
こういう質問には、一定の答えが返ってくることを最初から前提にしているようなところがあるよね。
「挑戦し続けることの大切さを改めて知ったことですね」
「幾つになっても、挑戦し続ければ絶対に夢は叶うんだ、という自信ですね」
例えばこんな答えというのが、質問者や、それを見ている側の人間の中で、最初からある程度期待されているような感じがする。こういうところは、とても日本的なコミュニケーションだと思うのだけれど、答える前から、答えに対してある程度の「期待値の幅」が忍び込ませてあるような質問というのは、実はかなりあるよね。
よく友達に話していたのは、野球のヒーローインタビュー。
あれなんかは、そもそも質問をしない。
「初球のストレート — 狙ってました。」なんて言われると、
「そうですね。前の打席では内角を詰まらされていたんでね、同じ配球が来るだろうと狙ってましたね。」なんて返してしまう。
考えてみれば、とても不思議なコミュニケーションだと思う。もっと言えば、そもそもコミュニケーションと言えるのかどうかも怪しいかもしれない。

斉藤さんの答えは、その期待値に収まっていかない。そこがきっと、斉藤さんの魅力なのだと思う。少なくともおれは、そういう姿勢は格好良いと思う。
「なにもないよ」という言葉は、期待値の外側にある。それはとりもなおさず、斉藤さんが「周囲の期待値」ではなくて「自分の魂」を言葉にしている、ということだと思う。そして言葉は、その人そのもの。自分の魂を語る斉藤さんは、自分の魂を生きている人でもあるんだろうなって、そう思った。

それが、格好良いんだね。

Monday, June 06, 2005

孤闘するひとへ

酒呑童子Ⅱがついに、列島に辿り着いた。
http://www.canal-wt.com/~Challenge-7/index.htm

斉藤実さんのことは、日本ではあまり知られていない。
今回で世界を7回廻ったことになる恐るべきおっさんだけれど、報道もほとんどされていなくて、ヨットに携わる人間と『孤闘』を読んだ人間以外には、あまり目に触れることがないのだと思う。
斉藤さんの著書『孤闘』を読んだ時、その凄まじさに圧倒された。
凄まじさというのは、徹底して己の信念のみの為に生きる姿勢の迫力。30代半ばにして出逢ったヨットに己の全てを惜しみなく捧げるその生き方は、本当に凄まじいとしか言いようがない。

おれは斉藤さんのことを、その著書でしか知らない。
もちろん、会ったことも話したこともない。
それでもこうしておれの心に突き刺さってくる、迫力。
現在71歳。世界を6周してなお単独無寄港世界1周にチャレンジする、あくなき欲求と挑戦心。そして、それを見事に達成してしまう行動力と実行力。
ほんと、すごいおっさんです。三崎から遠く離れた綾瀬の部屋で、ひとり勝手に尊敬しています。

Sunday, June 05, 2005

タマリバ戦

6月5日(日)11:30 K.O. @東大駒場G
WMM 17-15 タマリバ

ずっと楽しみにしていたゲーム、なんとかものにしました。
厳しいゲームだった。前半こそ5−0とリードして折り返したものの、後半に入ると自分たちのミスから2トライを奪われ、12-15と逆転を許してしまう。そして、リードされたまま終了間際を迎えるのだけれど、土壇場のところでビッグプレーが生まれる。敵陣ゴール前での相手キックをFLの宋がチャージ、こぼれたボールをNo.8の依田がすかさず押さえて逆転トライ。これで辛くも勝利を掴むことができた。
とにかく、勝ってよかったよ。

はっきり言って、WMMは巧いチームじゃない。センス溢れるような選手は、ほとんど皆無と言ってもいいと思う。走り切れるWTBだっていない。FWのサイズだって大きくないし、気の利いたプレーが出来る選手は数えるほどしかいないチームだ。(おれ自身、気の利いたプレーなんて全然出来ないけれど。)
でも勝てたのは、ひとえにディフェンスだったと思う。
WMMのゲームの中では、今日のディフェンスの出来はとてもよかった。Ch0-1のところは殆ど切られなかったし、逆に接点で押し込んでいくシーンもかなりあった。とにかくしつこいタックル、というのは、忘れちゃいけない東大のアイデンティティだからね。
個人的にも、タックルはそんなに錆び付いてないような気がして、少しだけうれしかった。1トライも取ったし、1ヶ月振りのゲームにしてはそれほど悪くなかったんじゃないかと思う。
おれ自身の今後の課題は、細かいミスをとにかく無くすこと。そして、もっと走ることだね。アタックセンスは相変わらずないけれど、がむしゃらに乗っていけば、いずれ活路は開けるかなって。

そんなわけで、タマリバに勝利できたのは、まずはよかった。
でも、あれ2本目だね。メンツ1.5本目、メンタル2本目だ。
WMMとしては、どんな形であれ、相手がどんなメンツであれ、タマリバに勝利した意味は大きい。けれど、発足当初の目標を失っていないなら、あれがターゲットじゃないと痛切に感じた。実際、タマリバの主力メンバーは、同じく今日行われたセブンスの大会に参加しているらしい。次はもっと相手が本気になるようなマッチメイクが出来るといいなと思うよ。CTBとしては、やっぱり裕司さんに出てほしかったね。

それから、ちとがっかりしたこともある。
それは、集合時間に全然メンバーが集まらなかったこと。時間までに来たのは、わずか3人だけだった。アップに間に合わないとか、そういうことはなかったけれど、どうせ来ないのなら最初から時間を遅くすればいいのに。
本音を言うと、この時かなりモチベーションが下がった。なんだそれ、って。
クラブラグビーだから、基本は選手の自主性のもとに、やりたいやつが集まればいいのだけれど、でもやっぱり、どうかと思うんだ。来ると言ったのは自分なのだから、約束を守るのは最低限のマナーだと思う。集合時間が早すぎるのなら、遅くすればいい。そんなに難しいことではないと思うのだけれど。

WMMは、今日のゲームをもって、暫くオフに入るらしい。
おれはというと、次の目標は国体予選だね。出番があるかどうかは分からないけれど、ゲームに向けて練習は続けていきたいと思っている。ただ、WMMがオフになってしまうと、次の練習環境を探さないといけないので、ちょっと困っている。

なので今後は、タマリバの練習にちょっと顔を出してみようかと思ってるところです。

Saturday, June 04, 2005

『痛快!憲法学』読了

小室直樹さんの『痛快!憲法学』を、先日ついに読み切った。
あまりに刺激的で、ほとんど感動してしまうほどだった。
ちょっと分量は多いけれど、出来る限り多くの人に読んでほしい一冊だね。

そもそも、憲法はなぜ必要なのだろう。
小室さんの説明は、こんな基本的な質問から始まる。
小室さんによると、法というのは「誰かに対して書かれた強制的な命令」というように定義される。どんな法にも対象がある。対象となる「誰か」は法によって異なるけれど、その「誰か」は必ず法を守らなければならないし、法によって一定の縛りを受けることになる。
それならば、憲法は誰に対して書かれたものなのか。
小室さんは、明確にこういうわけ。憲法とは「国家」を縛る法である、って。
ホッブスは国家権力を「リヴァイアサン」と形容したけれど、国家権力の持つ力は恐るべきものがある。近代国家には、軍隊や警察といった暴力装置を持ち、ひとたび暴走を許せば、国民の基本的人権など容易に奪うだけの権力を備えている。そんな怪物を縛りつけ、国民の基本的人権を守り抜く為に、憲法は存在するんだ。
こんな憲法の基礎すら、自分の中で明確に落とし込まれている人間は少ないだろうと思う。おれ自身がまさにそうだった。日本では改憲論議が起こり始めているけれど、憲法の意味すら知らないようでは、改憲論の是非を問う以前の問題だよね。

おれは、憲法の存在理由が語られた1章・2章で完全にまいってしまったのだけれど、ここから先もすごい。
国家を縛る法としての「憲法」を語る為には、まずは憲法の発祥たる中性ヨーロッパにおいて「国家」というものがいかにして生まれたのかを知らなければならない。そして、その「国家」がリヴァイアサンとなる過程を知らなければならない。さらには、その後の近代革命とジョン・ロックの「社会契約説」によって方向づけられた近代国家の新たな道筋を、そして民主主義の意味も知らなければならない。そして、こうしたことを本質的に理解する為には、すべての前提たるキリスト教と予定説を知らなければならない。
このようにして、小室さんは憲法の本質に深く迫り込んでいく。
しかも、とても易しいことばで。
するとその時、初めて見えてくることがある。それは、日本国憲法の現在。日本における憲法の問題がいったいどこにあるのか、現在の日本はどのような状況に置かれているのか、そういったことが、今までとは違った形で浮かびあがってくるんだ。
こうした思考の過程を辿っていくのは、本当に刺激的だよね。

ずっと思ってきたことではあるけれど、この本を読んで、改めて日本が民主主義国家でも自由主義国家でもないことが分かった。小室さんは「近代国家ですらない」とまで言っている。日本が背負った問題の根は、あまりに深く、途方に暮れてしまうほどだね。
それから、もうひとつ痛感したこと。おれ自身、歴史を知らなすぎるね。この本を読んで、歴史から学ぶということの意味、そして歴史を知らなければ、そもそも「考える」地平にすら立てないことがある、ということを痛切に感じた。当たり前のことだけれど、歴史というのは、教科書に書かれたただの記述なんかでは全然ないね。

憲法だけじゃない。今まで無自覚に常識と思ってきたことが次々と覆されていく、そんな一冊。そしてこの本は、「考える」というのがどのような作業なのかということを、まさに小室さん自身の「思考の跡」をもって示してくれる。まさに「知」の詰まった作品。
是非、読んでみてほしいです。

イメージ


Posted by Hello

パートナーが最近描いた作品。
カストロと共にキューバ革命を率いた英雄チェ・ゲバラに逢いたいという気持ちを、鬼束ちひろの曲に乗せてイメージ化したものらしい。
彼女はよく、こんなふうに自分のイメージを絵にしてます。
おれにとっては、それがけっこう新鮮な驚きだったりするんだ。
ゲバラからこのイメージが創り出される時の、その変換コードがおれには全然分からないからね。

Wednesday, June 01, 2005

準備するスキル

ひそかに読んでいる某先輩のブログに影響されたわけではないのだけれど、「準備する」ということについて、おれもちょっと考えてしまった。
おれの方は、ラグビーではなくて、ビジネスから始まるのだけれど。

例えば、自分が保険の営業だとする。
お客様からある商品説明の依頼を受けて、お時間を頂戴した場合を考えてみる。仮に終身の生命保険としようか。
そのとき、お客様先に伺う日までの時間を、どう使うか。
まず、自分が説明する商品の詳細をおさらいするだろう。その特徴、メリット、価格、契約までのプロセス、実績。例えばそういうものだよね。それから、きっと競合他社製品との比較をしておくだろう。数ある類似商品の中からあえて自社の商品を契約いただく為の、自社商品ならではの価値がほしいところだ。商品自体の競争力が弱ければ、営業のリレーションシップであったり、企業の健全性であったり、いろんなものを考えておくと思う。さらには、可能であればお客様の家族構成や、現在の保険の加入状況なんかを聞き出しておくのもいいかもしれない。配偶者・子供の有無によって、必要な保険金は当然変わってくるし、そうであれば、お客様にお届けすべきメッセージも当然変わってくるよね。別の保険に加入しているのであれば、乗り換えの事例やメリットが必要になってくるかもしれない。
お客様は、そうしたすべてを言ってくれない。
きっと一言、「おたくの保険のことを聞きたいのだけれど、説明してもらえませんか」って言うだけだ。
たった一言。でも、そこから考えられるあらゆるケースを想定し、あらゆる質問に対応できるようにしておく。こういうのは、営業としての「準備」なのだと思う。

でさ、ここでおれが思うのは、「準備するスキル」ということなんだ。
つまり、「準備」というのは、それだけである種のスキルなんじゃないか。

おれ自身が営業をしているのでよく分かるのだけれど、すごい営業というのは、例外なく「準備のスキル」が高いような気がする。事前の準備が、とても正確で、きちんとしていて、ポイントを押さえている。そういう準備がされていると、お客様から頂戴した貴重な10分や20分の価値は、まったく違うものになるよね。
ただ、実は「準備」は簡単じゃない。というのは、経験や知識がない人間には、そもそも準備するポイントが分からないんだ。
営業であれば、お客様のニーズに応えることが仕事であって、当然、お客様がどこに関心を寄せているかを知ることから、準備は始まる。お客様の関心は、どこにあるだろう。ここで必要なのは、まさに想像力だ。
それは、お客様を自分の中で勝手にイメージすることじゃない。そうではなくて、あらゆるケースを想定しておく、ということだ。先ほどの保険の例で言えば、「27歳男性」と聞いて、500万程度の終身だな、といった勝手な想像をするのではなくて、その男性が保険に興味を持った背景から、考えられるパターンをいくつも想像しておくんだ。既婚だろうか。子供もいるんだろうか。配偶者には収入があるのだろうか。金融に対する理解はどの程度だろうか。実は保険商品での運用を考えていたりしないだろうか。そういったことを、徹底的に考えておく、そんな想像力が必要になってくるのだと思う。
そして、こうした想像力には、副産物がある。それは、不安。あらゆるケースを想定した時に、自分が回答を持ち合わせていない部分があることに気づく。お客様から聞かれる可能性があることに対して、回答を持たずにお客様に対峙することは、不安だ。だから、不安を解消するべく、準備をすることになる。不安要素に対する即応性というのも、こうした想像力があってこそかもしれない。

以前に書いたけれど、想像力には「ベース」が必要だと、おれは思っている。
それは知識かもしれないし、経験かもしれない。情熱かもしれない。あるいは、圧倒的な能力なのかもしれない。なにをベースに置くのかは、きっと人それぞれだと思う。それでも、想像力のベースがなければ、不安を持てないだろうし、きっと「準備」ということの意味を認識できないと思う。準備はスキルだとおれが思うのは、まさにこの点においてなんだ。
そして、今のおれはというと、悔しいけれど、想像力のベースも、準備するスキルも、圧倒的に足りていないんだ。

長くなってしまったけれど、最後に。
おれ自身は、ラグビーにおける準備も同じじゃないかと思っています。
あらゆるケースを想定し、ゲームに臨む上での不安要素をひとつずつ潰していく。そして、そのプロセスを自信へと変えていく。それこそがラグビーにおける「準備」じゃないか。経験豊富な選手が「準備」の意味を知っているのは、自分自身を相対化し、相手との関係性の中で、想定されるケースを突き詰めるスキルに長けているからだと、おれはそう思ってます。

Tuesday, May 31, 2005

Challenge-7

このこともいずれ書こうと思っていたのだけれど、ちょっとだけ。
おれが毎朝必ずチェックしているサイトがあるんだ。
http://www.canal-wt.com/~Challenge-7/index.htm

斉藤さんのことは、斉藤さん自身の著作『孤闘』を読んで知ったんだ。
このサイトは、酒呑童子Ⅱがちょうどホーン岬を越えた頃からずっと見続けている。
だからさ、ゴールした時には、本当に勝手ながら、この場に賛辞を書き連ねたいと思っています。

Sunday, May 29, 2005

謙虚に

学生時代の仲間が作ったクラブチーム"WMM"が、東京都3部の決勝に臨んだ。
相手は、東京外人クラブ。場所はもちろん、キズーチフィールドだ。

WMMの練習にはよく顔を出しているのだけれど、公式戦を観るのは実は初めてだった。選手登録のないおれは、公式戦には出られないし、ふらっと観に行くにはキズーチは遠すぎるからね。
WMMは、春シーズンの目標として、3つの試合を絶対にものにすることを掲げている。1つは、GWに行われた東大現役とのゲーム。これは以前にも書いたけれど、内容はともかく50ー10くらいできっちりと勝っている。残る2試合のひとつは、6月5日(日)に駒場で開催される東大ラグビー祭のイベントのひとつとしてマッチメークされた、タマリバ戦。そしてもうひとつが、この日の東京都3部リーグ決勝戦だったんだ。

結果はというと、12ー0で3部優勝を手にした。
おめでとう。
来週にはタマリバ戦が控えているけれど、まずは3部制覇、お疲れ様でした。

でも、おれの正直な感想を言うと、なにか違うなーって。
試合内容は、はっきり言ってよくなかった。それは観ている側だけの思いではなくて、グラウンドにいた多くのメンバーも、同じことを感じていたと思う。ノーサイドの後、多くのメンバーがそんなコメントをこぼしていた。とにかくミスが多かった。相手の反則とレフリングにフラストして、自滅していた。それでも勝てたのは、3部のレベルではやっぱり底力に勝っていたからだと思うけれど、こんなはずじゃないんだ、という思いは強かったんじゃないか。
でも、おれが抱いた「違う」感じ、というのはそういうことじゃないんだ。
ひとつ言えるとすれば、もっと謙虚にやってもいいのかなって。
クラブだから、活動になんの強制力もないし、普段なかなか練習にまで顔を出せない人も多い。練習していないのだから、ミスが出るのは当たり前だし、仕方のない部分もあると思う。本当にタイトなゲームというのは、そう簡単に出来るものじゃない。おれにしたって同じことで、そのことを偉そうに言うつもりは全然ない。
ミスは出る。でもそこで、「多少ミスがあっても勝つに決まっている」というようなプライドがあって、しかもそのプライドに根拠がない。そんな雰囲気に、たぶん少し違和感を感じたんだ。
練習していないんだ。プライドに根拠があるわけがない。そんなに余裕をかませるほどの貯金を持って卒業したわけじゃないことは、2勝19敗というおれの学生時代の戦績がなにより物語っている。
ミスしたら、謙虚に取り返す。ひとつひとつのプレーに、謙虚になる。
それがクラブラグビーなのかな、って。
東大の魂のひとつは、弱さを知ってることだったはずだからね。

外野から勝手に書いてしまったけれど、WMMは勝利を明確にメッセージしているチームだから、余計にそんなふうに感じたんだと思う。メンバーには失礼だったかもしれないけれど、ふだん練習に参加させてもらっている身として、応援しています。
そして次は、来週のタマリバ戦。こいつは、おれも出られるんだからさ。
とにかく謙虚に、喰らいついてやろうと思ってます。

Saturday, May 28, 2005

原点

昨日のことだけど、昨シーズンまでおれがプレーしていたチームのメンバー4人と、久しぶりに呑みに行ってきた。
場所は、手羽先の名店「世界の山ちゃん」ね。

とにかく楽しかった。
手羽先食って、酒飲んで、終電まで延々ラグビーの話してた。
でさ、改めて思ったんだ。
ラグビー、みんな本当に好きなんだなーって。

社会人ラグビーに限らず、ラグビーを続けていると辛いことはいっぱいある。
まず、練習がしんどい。ひたすら走って、タックルして、それからウェイトトレーニングまでやるんだから、楽なわけがない。特に今シーズンの練習は死ぬほど辛いそうで、おれもあと1年続けていたら地獄を見ていただろうね。
そして、痛い。タックル。オーバー。セービング。ラグビーにおいて痛いプレーは避けられないので、必然的に練習でも痛いことが繰り返される。まあでも、これには快感も半分くらいあるので、ここではとりあえず、それで帳消しということにしておいてもいいけれど。
でも、そんなスポーツだから、やっぱり怪我もつきない。怪我でシーズンのかなりの時間を棒に振った選手は数え切れないほどいる。捻挫や脱臼が慢性化してしまって、常に痛みと闘いながらプレーしている選手も多い。怪我はパフォーマンスにも影響してくる。思うように身体が動かない辛さや悔しさというのは、ちょっと言葉にできないほどだ。
まだある。コーチと肌が合わないことだってあるかもしれない。練習や試合でのパフォーマンスが思うように評価に繋がらないことだってある。考え方の相違でぶつかる選手もいるし、ラグビー選手としてのプライドを持っているが故に、素直になれずに苦しむやつもいる。さらに言えば、そもそも試合に出られないやつだっている。おれも社会人での3年間は、あまりゲームに出場する機会がなかった。実力がすべての世界だから、それは誰のせいでもなく、おれに力が足りなかっただけだけれど、悔しい思いをしたのは1度や2度なんてものじゃなかった。同じような思いを抱きながら、辛い練習に耐えている選手は、どこのチームにも一定数いると思う。
要するに、しんどいことは本当に数え切れないほどあるんだ。

それでも、山ちゃんにいた4人は、やってる。
そんなの、理由はひとつしかない。
楽しいからに決まっている。好きだからに決まっているんだ。

それはきっと、原点なんだと思う。
おれ自身は、残念ながら昨シーズンをもって社会人ラグビーを引退してしまったけれど、昨日「世界の山ちゃん」にいた4人は、寝て起きればまたバトルが始まる環境にいる。それは本当に、すごいことで、最高のことだと、おれは思います。
おれ自身は、社会人でのプレーからは離れたけれど、相変わらず週末には駒場のグラウンドに足を運んで、WMMの練習に参加している。選手登録がないので公式戦には出られないけれど、いまだ原点は変わっていないと思う。
おれたちの原点に乾杯っすね。また、呑みに行きましょう。

ちなみに、結局帰って寝たのは2時近く。それでも翌朝8時40分に家を出て、午前中の2時間駒場で汗を流しちゃう自分には、我ながらあきれてしまう。ラグビーのない週末には、昼近くまで寝てたりするのにね。

Thursday, May 26, 2005

「知る」のは難しい

「知る」というのは、なかなか難しいなーと、最近よく思う。

例えば、歴史。
相変わらず小室直樹さんの『痛快!憲法学』を読んでいるのだけれど、その中で戦国武将と茶の湯のことについて触れている部分があるんだ。小室さんによると、戦国武将の中で、織田信長ほど茶道に熱心だった人物はいないという。確かに高校の日本史の教科書なんかに目を通せば「信長が茶の湯を奨励した」みたいな無味乾燥な記述があったりするけれど、それはなぜだったのか、そのことが意味するのはなんだったのか、というのは書かれていない。
小室さんは、こんなふうに教えてくれる。戦国時代というのは「土地フェティシズム」の時代だったんだって。「土地フェティシズム」というのはつまり、土地こそが財産、という考え方のこと。広大な土地を持つものこそが裕福だと思われていた。だから、戦国武将たちにしてみれば、たとえ千石でも一万石でもいいから、自分の領土を広げたい。でも、日本の国土は限られているので、結局はパイの奪い合いとなり、明けても暮れても戦争が続くことになる。
信長はそのことが分かっていたんだ。だから、土地こそ財産、という発想を変えない限り、天下統一して争いを鎮めることは出来ないと考えた。その為に「楽市楽座」によって、商品経済を推し進めようとしたりするのだけれど、茶の湯の推奨も、本当の目的はこの点にこそあった。
つまり、土地以外の価値を部下に植えつけるんだ。千利休を重用し、部下を積極的に茶会に招待する。茶の湯というのが、いかに高尚で素晴らしいものか、部下に教え込んでいくわけ。そうして茶の湯の価値を浸透させた後に、信長は、戦功を挙げた武将への褒美として、茶器を与えるようになる。あの利休が惚れ込む茶器である、って。こうして信長は、戦功の褒美は「土地」であるという当時の常識を覆していったんだ。土地で褒美を与える為には、その土地を獲得する為に戦争しなければならないからね。

これが、小室さんの説明。
びっくりするくらい、おもしろい。こんなふうに歴史をみたことは今までなかった。すごいと思ったし、「歴史を知る」というのは、まさにこういうことなんだと思った。字面だけをみていても、歴史の歴史たる地平には辿り着かないな、って。

これと同じようなことを感じているものが、実はあるんだ。
随分前からおれは、PCに「RSSリーダー」を導入していて、ネット上のニュースや業界動向はこれで追うように努めているのだけれど、このニュースを「読む」ということがとても難しいんだ。最近はあまり時間がなくて、そもそも思うように目を通せていないけれど、"asahi.com"や"NIKKEI NET"の最新記事は、RSSリーダーでいつでもチェックできるようにしてある。でも、その短いニュースの中に、どれほどの背景や、意味が含まれているんだろうと考えた時に、自分の「読む」力がまだ全然足りないような気がするんだ。ネット上のニュースなんて死ぬほどある。情報収集に割ける時間は限られているし、すべてを丹念に読む必要も、意味もない。それでも、その限られたソースと時間をもっとうまく活用して、より多くを引き出す、あるいはよりきちんと「知る」ことは可能なんじゃないかと思うんだ。その為には、おれの持ってるベースが全然足りてないような気がして。

だからおれは、小室さんの「知る」姿勢、「学ぶ」姿勢が、本当にすごいと思うんだ。

Tuesday, May 24, 2005

科学哲学

今日は、改めて科学哲学のことを書いてみようと思う。
昨日も書いたけれど、学生時代、おれは科学哲学を専攻していた。実際には「専攻していた」だけで、きちんと勉強したとはとても言えないけれど、でも、自分の意志で選んだ学科だった。3,000人以上いる同期のうち、わずか7人しか進まなかった分野だけど、本当に興味があったんだ。

きっかけは、1冊の本だった。
名古屋で寮に入って予備校生活をしていた頃、朝日新聞の書評欄に紹介されていたある本のタイトルが、目にとまった。
それが、大森荘蔵さんの『時は流れず』という著作。
時は流れない。このタイトルが、気になって仕方なかった。流れないとしたら、時はどう移ろうのだろう。おれには全然分からなかった。
書店を探したけれど、大森さんの著作を置いている書店はなかなか見つからなかった。でも、どうしても諦めらなくて取り寄せてもらった。確か2週間ほどして、ようやく手元に届いたんじゃなかったかな。
もう、むさぼるように読んだ。生まれて初めて哲学の本をすごいと思った。残念ながら細かな内容はきちんと覚えていないけれど、ひとつの問題を厳密に考え抜く、ということの迫力を知ったんだ。
その後、大森さんが東大で科学哲学を教えていたのだと知って、ここに行きたいと思った。新聞の書評は大抵、誰が読むのかよく分からないような本ばかりを紹介していて、基本的におもしろくないのだけれど、あの時の朝日新聞の書評は、ちょこっとだけ、おれの方向を変えることになったんだ。

それで、科学哲学。
こいつを考える時は、ひとつの疑問から始めると分かりやすい。
それは、「科学と宗教はなにが違うんだろう」ということ。
科学は、客観的な事実に基づいており、広く正しいと信じられている。宗教はというと、例えばキリスト教であれば聖書の教えに基づいており、信者の間では正しいと信じられているけれど、客観的事実とは考えられていない。
この差は、どこから来るのだろう。
どちらにも、正しいと主張する根拠はある。科学であれば、科学理論だよね。宗教であれば、聖書であったり、コーランであったりするのかもしれない。ただ、聖書はイエスの教えであり、コーランはムハンマドの教え。それは「客観的」なものじゃないとされている。
それなら、科学理論は客観的に正しいのか、というのが次の問題になる。科学理論が正しい、と言われる根拠のひとつは、例えば「実験」だよね。実験を繰り返すことで、理論に裏付けを与えることができる。でも、この実験というやつが実はかなり怪しい。10回やってみて、10回とも同じ結果だったとしても、11回目が同じだという保証がどこにもない。条件が同じであれば、11回目の結果も同じだと思ってしまうのだけれど、そもそもまったく同じ条件での実験は、絶対に2回できない。だってまず、時間が違う。たぶん湿度や、気温だって違うだろう。そんなもの実験には関係ない、と言いたくなるけれど、厳密に考えていくと、なにが影響しているのか、本当のところは誰にも分からない。
さらに言うと、ある実験結果からなんらかの結論を導き出すプロセスにも、実は問題があったりする。
面白い話がある。ものが燃えるのは、酸素があるからだよね。だから、金属を燃やすと、酸化して質量が増える。これは現代では、子供でも知っている常識だ。でも、科学の歴史を遡ると、実はこれとまったく違う理論が信じられていたことがあるんだ。フロギストン説といって、ものが燃えるのは、物質内にあるフロギストン(燃素)が放出するからだ、と考えられていた。でも、この理論だと当然ながら、こんな疑問が湧いてくる。もし燃焼がフロギストンの放出であるなら、ものが燃えたとき、なぜ質量が増えるのか、って。これに対するフロギストン説の説明がすごい。「フロギストンは、マイナスの質量を持っているので、放出すると重くなるんだ」って言うわけ。
この説は、17世紀にあったものらしいので、意外と最近だよね。要するに、実験というのも、そこから導かれる結論は案外まちがっていたりする、ということ。

こうやって延々と考えていくと、科学の根拠というやつが、結局わからなくなってしまう。そう信じている、というだけであれば、宗教と変わらないじゃないか、と思えてくる。よく分からないので、気持ち悪くて寝付きが悪くなり、仕方ないのでもう一度考えてみる。
そんなことをやっているのが、「科学哲学」というわけです。
実際に論理的につきつめていくと、科学の根拠なんて、爪の先ほども残らないのかもしれない。ただひとつ大切なのは、だからと言って科学には価値がない、ということには全然ならない、ということだよね。

久しぶりに整理しながら書いてみると、やっぱりよく分からないよね。

Sunday, May 22, 2005

『痛快!憲法学』

昨日から小室直樹さんの『痛快!憲法学』という本を読み始めた。
まだ3分の1くらいしか読んでいないけれど、まさに目から鱗が落ちる内容で、知的刺激に満ち溢れている。

難しい本では全然ないんだ。すごく基本的なことだけれど、まったくもって忘れられていたり、見落とされているようなことを、歴史的事実に基づいて、丹念に、正確にまとめた内容で、とても分かりやすい。学生時代にこんなふうに憲法を捉える人に出会っていたら、もしかしたら法学部に進んでいたかもしれないと思ってしまうくらいだ。(実際には「科学哲学」という、殆どの人がそのなんたるかを知らないような学科に進むことになるのだけれど。)

この本のことは、また日を改めて書こうと思うけれど、とにかく楽しい。
相変わらずおれの情報ソースが変わってないことがばれてしまうけれど、この本のことを教えてくれたランディさんのブログに感謝です。

真っ当ということ

いつもは10時から始まるWMMの練習が、今日に限って14時からだったこともあって、11時から大手町で開催された無料セミナーに参加してみた。
参加したのは、『緊急経済セミナー ホリエモン騒動と今後の日本企業』と題された、木村剛さんの講演。

木村剛さんの著作は、いくつか読んだことがある。最初に読んだのは、『「破綻する円」勝者のキーワード』という文庫本。深刻化した財政赤字問題に決着をつけるための奥の手として、政府首脳と日銀総裁が結託し、インフレ誘導を図るという架空のストーリーをもとに、日本経済の抱えている問題を浮き彫りにした作品で、すごく刺激を受けた記憶がある。当時のおれは、木村さんのことを全く知らなかったのだけれど、その後木村さんは、竹中さんの金融再生プログラムにおいて、竹中チームのメンバーとして参画することで、俄然有名になっていくよね。
他にも読んだ本はあって、例えば、資産運用における基本的な考え方を綴った『投資戦略の発想法』。これは、会社の先輩の薦めで手に取ったのだけれど、極めて真っ当な考え方をしていて、すごく参考になるものだった。この手の本にありがちな怪しさがなくて、「投資」における当たり前の原則に常に立ち返る、という姿勢が貫かれており、とても好感が持てる作品。
木村さんは比較的著作の多い人で、そのすべてが面白いとは言えないにしても、基本的には真っ当な主張をしている人だと思う。真っ当、というのは、原則を外していない、ということだよね。

そんな訳で、木村さんには興味もあって、無料のセミナーならと参加したのだけれど、結論から言うと、語られた内容も、やっぱり真っ当だなと思った。
最初にテーマとなったのが、ライブドアによるニッポン放送買収問題の総括。この騒動が明らかにしたこととして、木村さんはひとことこう言った。
「株主は大事だ、ということです。」
こんな当然のことすらニッポン放送の亀渕社長は知らなかった。いくら堀江さんに敵対的な感情を持っていたとしても、35%の株式を保有する大株主が「会いたい」と言っているのに、会おうともしなかったという事実が、まさにそのことを示していた。ましてクラウン・ジュエルのような企業価値を意図的に毀損させるような戦略など、株主への冒涜そのものであって、株主資本主義の原則を考えれば、検討にも値しないものだった。放送の公共性を盾に、ライブドアのような株主を排除しようとするのは、「上場」ということの意味を知らないからだ。上場して株式を公開するということは、とりもなおさず、誰が株主になってもいい、ということだ。
こうした一連の主張は、すべて「原則」に忠実であろうとする姿勢から生まれたものだと思う。
「経営者は、株主の資本を預かって、経営をさせていただいている。」
「経営者が株主を選ぶのではなくて、株主が経営者を選ぶ。」
こういうのは、外してはいけない資本主義の原則だよね。今にして思えば、感情論と過熱報道のなかで、そうした原則を見失っていた人がいかに多かっただろう。従業員の気持ちであったり、経営者の思惑であったり、放送の公共性であったり、複雑な要素が絡みあっていても、原則はいつもシンプル。そこにいつも立ち返って考えてみる、というのは、経済に関わらず大切なことだと思う。

その後講演は、木村さん自身の体験を交えながら、日本企業の経営のあり方へと移っていくのだけれど、ここでひとつ興味深い主張があった。
それは、「リストラをしていいのは、株主の厳しいプレッシャーを一身に受けている経営者だけだ」というもの。
木村さんによると、欧米型資本主義においては、株主は経営者に資本を預けているのだから、はっきりとリターンを要求するし、実際にリターンを実現できなければ、ドラスティックに経営者をすげ替える。そうした状況では、経営者も自分の首がかかっているので、企業価値に貢献しない従業員を抱えておくことは出来ない。だから彼らは、そういう彼らなりの筋を通して、リストラをする。
日本の経営者は、違う。そもそも日本の株主はものを言わないので、経営者は、株主の厳しいプレッシャーにさらされるような状況下に置かれていない。彼らがリストラをするのは、バブル経済崩壊後の不況下にあって、経営者としての対策を他に持ち合わせていなかっただけだ。木村さんは、そう主張していた。「経営者として、おれは責任を取って会社を去る。でもそのかわり、会社の債務は銀行に肩代わりさせたから、後は皆で頑張ってくれ」という経営者がいてもいいだろう、って。
これも、経営という行為を、原則からみつめた結果の言葉なんだと思う。欧米型/日本型という具合に、それほど単純に線引きできるものかどうかは分からないけれど、こう問われて明確に反論できる経営者は、おそらくとても少ないんじゃないかな。

木村さんは現在、日本振興銀行の社長として、銀行経営に携わっている。日本振興銀行というのは、昨年4月に開業したばかりの新しい銀行で、木村さん自身の言葉を借りると「日本でいちばん小さな銀行」ということになる。この銀行が開業に至るまでの物語は『金融維新』という本にまとめられていて、それなりに読み応えがあるのだけど、落合信治という人が中心となって、まったく新しい銀行を作ってしまったそのエネルギーは物凄いものがあるよね。
講演の中で木村さんは、この新しい銀行の社長としてやってきたことはただひとつ、マインドセットを変えることだけだ、と言っていた。
例えば、債務者と呼ばない。お客様と呼びなさい、と言い続ける。
彼らにお金を貸してやっていると思わない。借りていただいていると思いなさい。
土日は勤務していないにも関わらず、お客様からは金利をいただいている。本当にありがたいと思いなさい。
そういうことを、言い続けたんだって。
ここにもやっぱり、「原則」というのが垣間見える。それはつまり、銀行というのは金融サービス業だ、ということだよね。サービス業というのは、お客様にサービスを享受いただくことで、対価としての報酬を受け取るビジネス。銀行でいうなら、融資というサービスを享受いただくことで、報酬としての金利を得ているんだ。サービス業の「原則」から考えるというのは、まさにこういうことだと思う。マインドセットの変革、というのは最も難しい経営課題のひとつだと思うけれど、こういう言葉を聞くと、やっぱり頑張ってほしいなと思うよね。

原則というのは、ともすれば見失いがちなものだと思う。利害関係や、計算や、プライドや、困難な状況や、そういった諸々の要因が複雑に絡んでくると、原則なんてすぐに置き去りにされる。もちろん、時にはルールや原則そのものが古くなって、状況に適応しないものになってしまうことだってある。そういう時は、硬直的なルールや原則を、変えていく方向に進めばいいと思う。でもさ、きっと外しちゃいけないものっていうのがあるんだ。そこがすべての始まりであるような、そんな原則。

そんな訳で、原則から考える、ということの大切さを改めて知った1日だった。

Saturday, May 21, 2005

おれのプロ

リクルートが毎週木曜日に発行しているフリーペーパー『R25』。
その冊子のちょうど真ん中に、様々な世界で活躍する著名人の20代をテーマにしたインタビューが連載されている。
連載のタイトルは、”BREAKTHROUGH POINT 〜つきぬけた瞬間”。
正直言ってあまり読むもののない『R25』の中にあって、「スマートモテリーマン講座」と並ぶキラーコンテンツなんじゃないかと勝手に思っているのだけれど、そのインタビューで今週取り上げられていたのが、宮藤官九郎だった。

宮藤官九郎というひとの雰囲気が伝わってくるまとめ方がされていて、なかなかおもしろかったのだけれど、その中で、特に心に残ったところがあるんだ。
宮藤官九郎は、20歳で松尾スズキに心酔して劇団『大人計画』に参加する。その後、劇団員としての活動に傾倒していくのだけれど、劇団は基本的に、芝居で食っていくことを目指す人間が集まった世界。皆がそうではないかもしれないけれど、活動を継続する過程で、結局はそういう志を持った人間だけが残っていく。そうした世界で生きる中で、宮藤官九郎にとっての「プロ」というものが定まっていくのだけれど、そこで語られている考え方が、すごくおもしろいんだ。

劇団における「プロ」というものを目の当たりにして、宮藤官九郎は思ったんだって。それは社会に対するプロというのではなくて、その人の中のプロじゃないかと。例えば、松尾スズキは松尾スズキのプロだ。荒川くんは荒川くんのプロだ。他の誰かをみてすごく面白いと思っても、それはその人にしか出来ないことなんだ。そのことに気づいたのが、20代前半だったんだ、って。

前を向いてると思う。
これはとりもなおさず、「自分は自分のプロになればいい」ということであり、それは自分の中のプロを信じて、つきつめて、それを磨いていくんだという決意表明だったんだと思うんだ。「自分のプロ」という世界には、才能がない、という言い訳はきっと存在しない。松尾スズキじゃないことは、逃げ道にはならない。誰もが踏んでいない道を自分で作っていくしかないのだから、タフなスタンスだと思う。それでも宮藤官九郎は、実際に25歳で一切のバイトを辞める決断をして、自分の中でのプロ宣言を果たすのだから、すごいよね。

おれのまわりにも、いろんな人がいる。
スポーツ分析ソフトを開発してしまった祐造さんがいる。Webデザイナーとしてビジネスを立ち上げてしまったヤマシタがいる。AUSでラグビー修行している川合さんがいる。8,000m級の山を踏破してしまったタニくんがいる。
みんな、すごい。格好良いと思う。おれには、出来ないことばかりだ。

だからおれも、「おれのプロ」を目指さないとね。

Thursday, May 19, 2005

無題

だめだわ。今日は書けそうにないです。
まあ、そんな日もあるよね。
明日は、入社以来初めての札幌出張に行ってきます。