Sunday, May 22, 2005

真っ当ということ

いつもは10時から始まるWMMの練習が、今日に限って14時からだったこともあって、11時から大手町で開催された無料セミナーに参加してみた。
参加したのは、『緊急経済セミナー ホリエモン騒動と今後の日本企業』と題された、木村剛さんの講演。

木村剛さんの著作は、いくつか読んだことがある。最初に読んだのは、『「破綻する円」勝者のキーワード』という文庫本。深刻化した財政赤字問題に決着をつけるための奥の手として、政府首脳と日銀総裁が結託し、インフレ誘導を図るという架空のストーリーをもとに、日本経済の抱えている問題を浮き彫りにした作品で、すごく刺激を受けた記憶がある。当時のおれは、木村さんのことを全く知らなかったのだけれど、その後木村さんは、竹中さんの金融再生プログラムにおいて、竹中チームのメンバーとして参画することで、俄然有名になっていくよね。
他にも読んだ本はあって、例えば、資産運用における基本的な考え方を綴った『投資戦略の発想法』。これは、会社の先輩の薦めで手に取ったのだけれど、極めて真っ当な考え方をしていて、すごく参考になるものだった。この手の本にありがちな怪しさがなくて、「投資」における当たり前の原則に常に立ち返る、という姿勢が貫かれており、とても好感が持てる作品。
木村さんは比較的著作の多い人で、そのすべてが面白いとは言えないにしても、基本的には真っ当な主張をしている人だと思う。真っ当、というのは、原則を外していない、ということだよね。

そんな訳で、木村さんには興味もあって、無料のセミナーならと参加したのだけれど、結論から言うと、語られた内容も、やっぱり真っ当だなと思った。
最初にテーマとなったのが、ライブドアによるニッポン放送買収問題の総括。この騒動が明らかにしたこととして、木村さんはひとことこう言った。
「株主は大事だ、ということです。」
こんな当然のことすらニッポン放送の亀渕社長は知らなかった。いくら堀江さんに敵対的な感情を持っていたとしても、35%の株式を保有する大株主が「会いたい」と言っているのに、会おうともしなかったという事実が、まさにそのことを示していた。ましてクラウン・ジュエルのような企業価値を意図的に毀損させるような戦略など、株主への冒涜そのものであって、株主資本主義の原則を考えれば、検討にも値しないものだった。放送の公共性を盾に、ライブドアのような株主を排除しようとするのは、「上場」ということの意味を知らないからだ。上場して株式を公開するということは、とりもなおさず、誰が株主になってもいい、ということだ。
こうした一連の主張は、すべて「原則」に忠実であろうとする姿勢から生まれたものだと思う。
「経営者は、株主の資本を預かって、経営をさせていただいている。」
「経営者が株主を選ぶのではなくて、株主が経営者を選ぶ。」
こういうのは、外してはいけない資本主義の原則だよね。今にして思えば、感情論と過熱報道のなかで、そうした原則を見失っていた人がいかに多かっただろう。従業員の気持ちであったり、経営者の思惑であったり、放送の公共性であったり、複雑な要素が絡みあっていても、原則はいつもシンプル。そこにいつも立ち返って考えてみる、というのは、経済に関わらず大切なことだと思う。

その後講演は、木村さん自身の体験を交えながら、日本企業の経営のあり方へと移っていくのだけれど、ここでひとつ興味深い主張があった。
それは、「リストラをしていいのは、株主の厳しいプレッシャーを一身に受けている経営者だけだ」というもの。
木村さんによると、欧米型資本主義においては、株主は経営者に資本を預けているのだから、はっきりとリターンを要求するし、実際にリターンを実現できなければ、ドラスティックに経営者をすげ替える。そうした状況では、経営者も自分の首がかかっているので、企業価値に貢献しない従業員を抱えておくことは出来ない。だから彼らは、そういう彼らなりの筋を通して、リストラをする。
日本の経営者は、違う。そもそも日本の株主はものを言わないので、経営者は、株主の厳しいプレッシャーにさらされるような状況下に置かれていない。彼らがリストラをするのは、バブル経済崩壊後の不況下にあって、経営者としての対策を他に持ち合わせていなかっただけだ。木村さんは、そう主張していた。「経営者として、おれは責任を取って会社を去る。でもそのかわり、会社の債務は銀行に肩代わりさせたから、後は皆で頑張ってくれ」という経営者がいてもいいだろう、って。
これも、経営という行為を、原則からみつめた結果の言葉なんだと思う。欧米型/日本型という具合に、それほど単純に線引きできるものかどうかは分からないけれど、こう問われて明確に反論できる経営者は、おそらくとても少ないんじゃないかな。

木村さんは現在、日本振興銀行の社長として、銀行経営に携わっている。日本振興銀行というのは、昨年4月に開業したばかりの新しい銀行で、木村さん自身の言葉を借りると「日本でいちばん小さな銀行」ということになる。この銀行が開業に至るまでの物語は『金融維新』という本にまとめられていて、それなりに読み応えがあるのだけど、落合信治という人が中心となって、まったく新しい銀行を作ってしまったそのエネルギーは物凄いものがあるよね。
講演の中で木村さんは、この新しい銀行の社長としてやってきたことはただひとつ、マインドセットを変えることだけだ、と言っていた。
例えば、債務者と呼ばない。お客様と呼びなさい、と言い続ける。
彼らにお金を貸してやっていると思わない。借りていただいていると思いなさい。
土日は勤務していないにも関わらず、お客様からは金利をいただいている。本当にありがたいと思いなさい。
そういうことを、言い続けたんだって。
ここにもやっぱり、「原則」というのが垣間見える。それはつまり、銀行というのは金融サービス業だ、ということだよね。サービス業というのは、お客様にサービスを享受いただくことで、対価としての報酬を受け取るビジネス。銀行でいうなら、融資というサービスを享受いただくことで、報酬としての金利を得ているんだ。サービス業の「原則」から考えるというのは、まさにこういうことだと思う。マインドセットの変革、というのは最も難しい経営課題のひとつだと思うけれど、こういう言葉を聞くと、やっぱり頑張ってほしいなと思うよね。

原則というのは、ともすれば見失いがちなものだと思う。利害関係や、計算や、プライドや、困難な状況や、そういった諸々の要因が複雑に絡んでくると、原則なんてすぐに置き去りにされる。もちろん、時にはルールや原則そのものが古くなって、状況に適応しないものになってしまうことだってある。そういう時は、硬直的なルールや原則を、変えていく方向に進めばいいと思う。でもさ、きっと外しちゃいけないものっていうのがあるんだ。そこがすべての始まりであるような、そんな原則。

そんな訳で、原則から考える、ということの大切さを改めて知った1日だった。