Friday, June 24, 2005

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うちのパートナーは、本を薦めるのが結構上手い。
よく一緒に本屋さんに行くのだけれど、特に狙っている本もなくて、あてもなく探している時に、「これ、どう?」と何気なく薦めてくれる作品が、その時のおれの気分にぴったりとフィットすることが多くて。
随分前になるけれど、そんなふうにして読みはじめて、心を鷲掴みにされてしまった作品があるんだ。
それが、戸井十月さんの『チェ・ゲバラの遥かな旅』—

1959年1月1日、アメリカの傀儡だったバティスタ独裁政権が、フェデル・カストロ率いる人民軍によって打倒された。このキューバ革命において、カストロと共にゲリラ戦を率いて、サンタクララの決戦を見事に勝利へと導いてみせた伝説的な革命家、それがエルネスト・チェ・ゲバラ。戸井さんの作品は、そのゲバラの生涯を辿っていくように、彼の生い立ちからボリビアでの早すぎる死までを丹念に綴ったノンフィクションだ。
ゲバラという人間の、その溢れんばかりの夢。飽くなきまでの理想の追求。軍事政権の圧政に苦しむ世界中の人々の為に、惜しみなく己の全てを捧げてみせる、その生き方。どうしたって心を揺さぶられるゲバラの魅力、39歳という若さでこの世を去ったカリスマを、現在も幾多の人々が慕い続けている理由が、この本には詰まっている。
ゲバラは、もともとキューバの人間じゃない。アルゼンチンの裕福な家庭に生まれた、喘息持ちの少年だった。喘息には幼い頃から悩まされ続け、結局彼はその苦しみと生涯に渡って付き合っていくことになる。革命の最中にあっても薬を手放すことの出来なかったゲバラだけれど、彼は子供の頃、咳が止まらないのを見て薬を飲ませようとした父親に対して、「限界まで薬を飲ませないでくれ」と言って、自分が本当に耐えられなくなるまで、決して薬を飲もうとしなかったそうだ。生きる為に、この病に勝ってみせたい、という決意。幼少期にして既に、そこまでの矜持を持っていたと知って、本当にただ驚くばかりだ。
ゲバラは学生時代、先輩のアルベルトと共に、バイクでの南米大陸横断の旅に出る。映画『モーターサイクル・ダイアリーズ』は、この旅をめぐる物語がモチーフとなっているよね。この旅を通じて彼は、南米社会の現実の姿を目の当たりにし、己の知見と信念を確固たるものにしていく。そして後に、フィデル・カストロというもうひとりのカリスマと出会い、キューバ革命運動に参画していくことになる。
アルゼンチン人のゲバラが、キューバ国民を解放する為に、身を挺してゲリラ戦争を率いる。国籍などで枠に嵌めることなど出来ない、その大いなる理想と志。己の信念に対する純真を失うことなく、その実現の為に自ら先頭に立って行動していくその生き方は、きっと多くの人間に勇気を与えたはずだと思う。

キューバ革命を成就させた後、ゲバラはカストロへの「別れの手紙」を書いて、己の理想の為に闘い続ける道を選ぶ。そして、ボリビア革命運動に参加するのだけれど、その戦場にあってボリビア軍兵士に捕えられ、39歳という若さで還らぬ人となる。

その早すぎる死は、確かにゲバラのカリスマ性を増幅させたかもしれない。ゲバラの描いた社会主義という理想郷に対して、一線を引いてしまう人も多くいると思う。でも、それでもゲバラの魅力は決して色褪せない。少なくともおれは、戸井さんの作品を通じて知ったゲバラの姿に、強く心を揺さぶられたし、死後30年以上を経た今もなお、ゲバラを慕ってやまない人間が数多くいることが、ゲバラという人間の持つ輝きが圧倒的だったことを示していると思う。

今、おれの部屋に1冊のフォトブックがある。以前に渋谷で開催されたチェ・ゲバラ写真展に行った時に、会場で買ってきたものだ。この本のいちばん最後の方に、ゲバラの顔写真のプラカードを掲げたキューバの民衆が、列を成して行進していく姿を撮った写真があるのだけれど、会場でこの写真を目にした瞬間、おれは本当に涙が出そうになった。ひとりの革命家が、これほどまでに愛され、慕われているのだと思った瞬間、抑えられない感動に胸を打たれた。

ゲバラが今でも多くの人間の心を揺さぶるのは、きっとその思想ではなく、その姿勢。描いた理想ではなくて、理想の為に生きたその生き方だと思う。だから30年以上の時を経た現代においても、色褪せることがないのだろう。

ゲバラのことを知らない人がいるなら、彼の写真を探してみてほしい。比較的大きな書店であれば、ゲバラのフォトブックは幾らでも置いてある。それから、壁一面にゲバラの肖像画が描かれたビルが建っている、キューバの街並を収めた写真を探してみてほしい。あれほど輝きを放った目をしている人間は他にいないと思うし、あの街並を見たならば、きっとキューバに行きたくなると思う。なにより単純に、格好良いからね。

だからおれは、いちどキューバに行ってみたいと、本当に思ってます。
ゲバラの生きた世界の空気をこの胸に吸ってみたいと、よく空想しています。

某先輩の挑発に、見事に乗ってしまったね。