長谷部誠著『心を整える。』(幻冬舎)、読了。
http://p.tl/ndeR
サッカーW杯南アフリカ大会で日本代表のゲームキャプテンを務めた長谷部選手。
そのサッカーへの熱意、プロフェッショナルとしての拘り、自身の持ち味を最大限に生かすための工夫、そして心のあり方。そういったものが、素直に綴られている。
目次をざっと読むだけで、何度も首肯してしまう。
アスリートとしてのレベルも拘り方も全く異なるけれど、自分自身がずっとラグビーを続けてきた中での感覚を思い浮かべながら読んでみて、「そうだよなぁ」と素直に心に沁み込んでくるメッセージが多かった。勿論、人間性はそれぞれなので、長谷部選手のスタイルが合う人もいれば、そうでない人もいるだろうけれど。
ただ、アスリートとして「パフォーマンス」に対する意識が徹底していて、全くブレがないのは、それだけでも素晴らしいことだと思う。諸々全てを「自分に紐付けて」考えている点も、とても気持ちの良い姿勢だよね。
書かれているポイントは、スポーツをする人間には非常に分かりやすい。
でも、ここで思うんだよね。
プロフェッショナルを目指すのは、ビジネスも同じだろう、って。
ビジネスだけじゃない。1人の人間として、結果に責任を負う生き方を志すならば、結局のところ目指すものは同じなんじゃないか、って。
譲れない一線を、どこに引くか。
長谷部選手はそれを、「プロフェッショナル」という一点に定めたのだと思います。
「心を整える」という表題は、彼にとってそれこそがプロフェッショナルであり続けるための必須条件だったからだと、俺はそう解釈しています。
だから必要なのは、きっとノウハウじゃない。
本当に必要なのは、自分自身の生き方に求めるスタンダードなんです。
Monday, July 04, 2011
今、必要なこと。
この週末で、東大ラグビー部/名古屋大ラグビー部共に、春シーズンを終了した。
東大ラグビー部は、東北大との定期戦に敗れてしまい、やや残念な終わり方になってしまったみたい。ビデオできちんと確認してみないと。残された時間は少ないからね。
名古屋大ラグビー部は、7/2(土)に南山大とのゲームがあった。
下級生主体で臨んだ春シーズンの最終戦は、45-26で勝つことができました。
特に失点の仕方がやや淡白だったのは残念だったけれど、収穫もあったかな。
試合終了後、学生に話したんだ。
「開幕当初に想像していた7月のレベルと、今日現在の自分達のレベルを比較するならば、どこまで到達しているのかな」って。
「目標にしてきた継続プレーが出来るようになってきた部分はあります。
でも、まだ足りない部分も多いと思ってます。」
キャプテンは、率直にそう答えてくれた。
悪くない。成長の実感も、課題意識も、素直に出てきたものだと思う。
でもね、本当はもっと丁寧に考えたいポイントなんだ。
「それで、今のペースをキープしていけば、『A2リーグ全勝/A1リーグ昇格』という年初に掲げたチーム目標には、揺るぎない自信を持って向かっていけますか」
俺が聞きたいのはただ一点、これだけなんです。
目標とのギャップや、今現在の自分達の立ち位置を、厳密に見据えること。
それはとても知性的な営みで、そして東大/名古屋大の双方に、今最も必要なこと。
ギャップを明確にしなければ、行動につなげることができない。
そしてここが重要なのだけれど、ギャップ認識が多少ずれていたとしても、それはそれで構わない。自分達が考え抜いた末に導いた結論と心中できるならば、それは合理性よりもきっと強い。心中できるほどの信念は、簡単には折れないからね。
ただ、コーチとしては今が勝負です。
もちろんそれは、学生との勝負。
俺には俺の信念があるので、ぶつけ合いをしないとね。
学生の思考には、本気と覚悟を要求するつもり。こちらも考え抜くつもりなので。
東大ラグビー部は、東北大との定期戦に敗れてしまい、やや残念な終わり方になってしまったみたい。ビデオできちんと確認してみないと。残された時間は少ないからね。
名古屋大ラグビー部は、7/2(土)に南山大とのゲームがあった。
下級生主体で臨んだ春シーズンの最終戦は、45-26で勝つことができました。
特に失点の仕方がやや淡白だったのは残念だったけれど、収穫もあったかな。
試合終了後、学生に話したんだ。
「開幕当初に想像していた7月のレベルと、今日現在の自分達のレベルを比較するならば、どこまで到達しているのかな」って。
「目標にしてきた継続プレーが出来るようになってきた部分はあります。
でも、まだ足りない部分も多いと思ってます。」
キャプテンは、率直にそう答えてくれた。
悪くない。成長の実感も、課題意識も、素直に出てきたものだと思う。
でもね、本当はもっと丁寧に考えたいポイントなんだ。
「それで、今のペースをキープしていけば、『A2リーグ全勝/A1リーグ昇格』という年初に掲げたチーム目標には、揺るぎない自信を持って向かっていけますか」
俺が聞きたいのはただ一点、これだけなんです。
目標とのギャップや、今現在の自分達の立ち位置を、厳密に見据えること。
それはとても知性的な営みで、そして東大/名古屋大の双方に、今最も必要なこと。
ギャップを明確にしなければ、行動につなげることができない。
そしてここが重要なのだけれど、ギャップ認識が多少ずれていたとしても、それはそれで構わない。自分達が考え抜いた末に導いた結論と心中できるならば、それは合理性よりもきっと強い。心中できるほどの信念は、簡単には折れないからね。
ただ、コーチとしては今が勝負です。
もちろんそれは、学生との勝負。
俺には俺の信念があるので、ぶつけ合いをしないとね。
学生の思考には、本気と覚悟を要求するつもり。こちらも考え抜くつもりなので。
Sunday, June 19, 2011
目を逸らさない
昨日は名古屋大ラグビー部の定期戦だった。
名阪戦と呼ばれる大阪大とのゲームは、春シーズンの最も重要なゲーム。昨年は敗戦しているので、今年は雪辱を果たしたかった。
でも結果は、7-15。
8点の差は、埋まらなかった。
試合後に感想を聞かれた選手達は、不完全燃焼だとこぼした。自分達の実力や、練習してきたことを出し切れなかったと。周囲の人間も「勝てる相手だった」と話していた。自分達のラグビーをきちんとできれば、絶対に勝てたはずだって。
でも、俺は思うんです。
それができないのが、今のチームの課題だよって。
自分達の実力というのは、「グラウンドで表現できるもの」のことで、試合で表現できないのは、厳しい言い方をすれば実力がないからだよ、って。
みんな、どこかで逃げてしまうんだ。
「本当はもっと実力があるのだけれど、うまく発揮できなかった」という総括は、8点分の実力差だったという現実から、ある意味で目を逸らしているんです。
持っているものの全てを発揮するということは、思っているほど簡単じゃない。日々の練習で全てを出し切る姿勢、試合のためにベストの準備を怠らない生き方、そういうものがあって初めて出来ることなんだ。
それをきちんとできるのが、本当の実力。
できないのもまた、実力なんです。
この日の選手達のプレーは、決して悪くなかった。ゲームの綾を失う残念なプレーも幾つかあったけれど、総じて気持ちの入ったパフォーマンスだった。
それでも、届かなかった8点。
ここから、逃げちゃダメなんです。
この8点を埋めるために、明日からの日々に全力を尽くすことこそが、ラグビー部の醍醐味なのだから。
名阪戦と呼ばれる大阪大とのゲームは、春シーズンの最も重要なゲーム。昨年は敗戦しているので、今年は雪辱を果たしたかった。
でも結果は、7-15。
8点の差は、埋まらなかった。
試合後に感想を聞かれた選手達は、不完全燃焼だとこぼした。自分達の実力や、練習してきたことを出し切れなかったと。周囲の人間も「勝てる相手だった」と話していた。自分達のラグビーをきちんとできれば、絶対に勝てたはずだって。
でも、俺は思うんです。
それができないのが、今のチームの課題だよって。
自分達の実力というのは、「グラウンドで表現できるもの」のことで、試合で表現できないのは、厳しい言い方をすれば実力がないからだよ、って。
みんな、どこかで逃げてしまうんだ。
「本当はもっと実力があるのだけれど、うまく発揮できなかった」という総括は、8点分の実力差だったという現実から、ある意味で目を逸らしているんです。
持っているものの全てを発揮するということは、思っているほど簡単じゃない。日々の練習で全てを出し切る姿勢、試合のためにベストの準備を怠らない生き方、そういうものがあって初めて出来ることなんだ。
それをきちんとできるのが、本当の実力。
できないのもまた、実力なんです。
この日の選手達のプレーは、決して悪くなかった。ゲームの綾を失う残念なプレーも幾つかあったけれど、総じて気持ちの入ったパフォーマンスだった。
それでも、届かなかった8点。
ここから、逃げちゃダメなんです。
この8点を埋めるために、明日からの日々に全力を尽くすことこそが、ラグビー部の醍醐味なのだから。
Monday, June 06, 2011
チーム
6月4日(土)
名古屋大 45-12 名古屋学院大(14:00K.O. @名古屋学院大グラウンド)
名学大は昨シーズンにA1から陥落して、今シーズンは同じA2を戦うチーム。
本来は1つの目標になる相手だけれど、失礼を承知で言うならば、この日の名学大はそういうチームではなかった。試合前のアップを見ていて、十分戦えると思った。ゲーム開始直後に、その思いは確信に変わった。その意味では、メンバー構成が若干不安定ながらもきちんと勝利したことは収穫。ただ、このゲームを象徴しているのは、むしろ失った12点の方だ。
19-5で折り返したハーフタイムに、ちょっと厳しいコメントをしたんだ。
「全然甘いゲームだ」って。
前半40分間を通して危ないシーンも殆どなく、3つのトライを奪って戻ってきた選手の感覚はきっと違っただろう。でも俺としては、全く納得できないゲームだった。むしろ、選手自身に前半のパフォーマンスを「甘かった」と自己評価している様子がなかったことが、残念でならなかった。
ハーフタイムに言ったのは、「自分達自身でゲームを壊している」ということ。
開始早々にバックスが無責任なプレーをして、大外でボールをロストする。
カウンターアタックでロングゲインした味方に対して、サポートが寄って来ない。
自分達のミスから自陣に張り付いてしまうと、ディフェンスでは反則の連続。
順目に走るのがチームの約束なのに、順目にスタートを切らないフォワード。
スクラムを何度もターンオーバーできるような有利な状況で、この程度のスコアにしかならないのは、こうした当たり前のことが出来ていないからだった。
「すべきことをきちんとしていない」というだけで、つまらないゲームになるんだ。チームの為になぜ必死にならないんだ。責任感のないプレーするなよ。試合前の円陣で「名学粉砕」と檄を飛ばしたのは何だったんだ。本当に粉砕する気あるのか。
このくらいは言ったかな。
この程度のプレーで、自分達の実力を過大評価も過小評価もしてほしくなかった。
自分達のプレーが凄い訳じゃない。過大評価するようなものじゃない。
でも、意識ひとつでもっと上のプレーができる。
この程度で「結構できてきた」なんて過小評価もしてほしくない。
「自分達が今、持っているもの」をきちんと認識して、その全てを出してプレーする。
それこそが、大学ラグビーにとって最も大切なことだと思うんだ。
「自分達」というのは自分だけじゃない。
チームとして戦うことで、パフォーマンスが最大化されるような、そんなチームを名古屋大には目指してほしい。ただ15人が同じグラウンドにいる、というだけならば、チームでも何でもない。チームというのは、お互いの間に信頼関係があって、だからこそ1人ひとりのメンバーが自身の責任に集中できるような、仲間が最高のプレーをするために自分自身を犠牲にできるような、そういうものだと思うんだ。
バックスの1次攻撃で、CTBがラインブレイクする。
相手のディフェンス網が機能せず、そのまま独走になったとする。
俺が見たいのは、それでもCTBに対してサポートしてくる人間なんだ。CTBが抜けた瞬間、FBと対峙した時に彼をサポートするためのスタートを切っている人間を見たい。彼が1人では状況を打開できずにクロスキックを転がした時のために、遠く離れたポイントから真っ直ぐ押し上げてくるロックの姿を見たいし、仮にトライライン直前で追いつかれてしまったとしても、そのボールを即座にダイブパスで逆目に戻せるハーフが見たいんだ。
フォワードが、密集戦で必死のディフェンスからターンオーバーをしたとする。
このボールを絶対に落とさないという覚悟で展開してほしいんだ。ジャッカルしてくれたフランカーがポイントから頭を上げた時のために、絶対にやつのいる場所よりも前にボールを運ぶのだという必死さを持ってほしい。そのボールをもし落としてしまったならば、絶対にセービングしてほしいし、翌日以降の練習では、他の選手よりも30分早く来てキャッチングの練習をしてほしい。
信頼関係の芽というのは、そういう小さなことの中にある。
とても小さなこと、でも絶対に譲ってはいけないことに、正面切って拘っていくことで、信頼関係は培われていく。ただ同じグラウンドにいるだけで、自然と生まれるような簡単なものじゃない。
そしてこれこそが、「チーム」となるための必須条件だ。
名古屋大ラグビー部は、厳しい見方をすれば、まだチームになりきっていないんだ。
みんな真面目で一生懸命なのはよく知っているのだけれど、信頼関係に基づいた「チーム」を作っていくためには、それだけでは足りないんだ。
信頼って、もっと厳しいものだから。
でも、この日のゲームはきっと、1つの気づきを与えてくれたと思う。
6月の1ヶ月間が、とても大切です。
夏合宿までに、もう1つ上のレベルの厳しさに向き合ってもらいたいです。
名古屋大 45-12 名古屋学院大(14:00K.O. @名古屋学院大グラウンド)
名学大は昨シーズンにA1から陥落して、今シーズンは同じA2を戦うチーム。
本来は1つの目標になる相手だけれど、失礼を承知で言うならば、この日の名学大はそういうチームではなかった。試合前のアップを見ていて、十分戦えると思った。ゲーム開始直後に、その思いは確信に変わった。その意味では、メンバー構成が若干不安定ながらもきちんと勝利したことは収穫。ただ、このゲームを象徴しているのは、むしろ失った12点の方だ。
19-5で折り返したハーフタイムに、ちょっと厳しいコメントをしたんだ。
「全然甘いゲームだ」って。
前半40分間を通して危ないシーンも殆どなく、3つのトライを奪って戻ってきた選手の感覚はきっと違っただろう。でも俺としては、全く納得できないゲームだった。むしろ、選手自身に前半のパフォーマンスを「甘かった」と自己評価している様子がなかったことが、残念でならなかった。
ハーフタイムに言ったのは、「自分達自身でゲームを壊している」ということ。
開始早々にバックスが無責任なプレーをして、大外でボールをロストする。
カウンターアタックでロングゲインした味方に対して、サポートが寄って来ない。
自分達のミスから自陣に張り付いてしまうと、ディフェンスでは反則の連続。
順目に走るのがチームの約束なのに、順目にスタートを切らないフォワード。
スクラムを何度もターンオーバーできるような有利な状況で、この程度のスコアにしかならないのは、こうした当たり前のことが出来ていないからだった。
「すべきことをきちんとしていない」というだけで、つまらないゲームになるんだ。チームの為になぜ必死にならないんだ。責任感のないプレーするなよ。試合前の円陣で「名学粉砕」と檄を飛ばしたのは何だったんだ。本当に粉砕する気あるのか。
このくらいは言ったかな。
この程度のプレーで、自分達の実力を過大評価も過小評価もしてほしくなかった。
自分達のプレーが凄い訳じゃない。過大評価するようなものじゃない。
でも、意識ひとつでもっと上のプレーができる。
この程度で「結構できてきた」なんて過小評価もしてほしくない。
「自分達が今、持っているもの」をきちんと認識して、その全てを出してプレーする。
それこそが、大学ラグビーにとって最も大切なことだと思うんだ。
「自分達」というのは自分だけじゃない。
チームとして戦うことで、パフォーマンスが最大化されるような、そんなチームを名古屋大には目指してほしい。ただ15人が同じグラウンドにいる、というだけならば、チームでも何でもない。チームというのは、お互いの間に信頼関係があって、だからこそ1人ひとりのメンバーが自身の責任に集中できるような、仲間が最高のプレーをするために自分自身を犠牲にできるような、そういうものだと思うんだ。
バックスの1次攻撃で、CTBがラインブレイクする。
相手のディフェンス網が機能せず、そのまま独走になったとする。
俺が見たいのは、それでもCTBに対してサポートしてくる人間なんだ。CTBが抜けた瞬間、FBと対峙した時に彼をサポートするためのスタートを切っている人間を見たい。彼が1人では状況を打開できずにクロスキックを転がした時のために、遠く離れたポイントから真っ直ぐ押し上げてくるロックの姿を見たいし、仮にトライライン直前で追いつかれてしまったとしても、そのボールを即座にダイブパスで逆目に戻せるハーフが見たいんだ。
フォワードが、密集戦で必死のディフェンスからターンオーバーをしたとする。
このボールを絶対に落とさないという覚悟で展開してほしいんだ。ジャッカルしてくれたフランカーがポイントから頭を上げた時のために、絶対にやつのいる場所よりも前にボールを運ぶのだという必死さを持ってほしい。そのボールをもし落としてしまったならば、絶対にセービングしてほしいし、翌日以降の練習では、他の選手よりも30分早く来てキャッチングの練習をしてほしい。
信頼関係の芽というのは、そういう小さなことの中にある。
とても小さなこと、でも絶対に譲ってはいけないことに、正面切って拘っていくことで、信頼関係は培われていく。ただ同じグラウンドにいるだけで、自然と生まれるような簡単なものじゃない。
そしてこれこそが、「チーム」となるための必須条件だ。
名古屋大ラグビー部は、厳しい見方をすれば、まだチームになりきっていないんだ。
みんな真面目で一生懸命なのはよく知っているのだけれど、信頼関係に基づいた「チーム」を作っていくためには、それだけでは足りないんだ。
信頼って、もっと厳しいものだから。
でも、この日のゲームはきっと、1つの気づきを与えてくれたと思う。
6月の1ヶ月間が、とても大切です。
夏合宿までに、もう1つ上のレベルの厳しさに向き合ってもらいたいです。
Friday, June 03, 2011
綺麗に考えない
最近、組織というものについてよく考える。
直接のきっかけは社内のあるタスクなのだけれど、冷静に考えると「全社」といったスケールでなくても、例えば「部門」や「チーム」も組織であることに変わりはないのだから、思考の題材に事欠くことはないし、意外と身近に貴重なヒントがあるのではないかと思っている。
よい組織とは、つまり何だろう。
一昨日、会社のあるべき姿をどう考えるのかということについて、自身が所属するチームを含めて、10のチームが発表を行ったのだけれど、ほぼ全てのチームの発想が非常に類似していた。大きく纏めてしまえば、「高い能力を備えた個々人が有機的に繋がり、顧客志向で目標を共有して活動する組織」といった感じかなと思う。こう整理してしまうと、誰ひとりとして反論しないだろう。「それが実現できれば素晴らしい」ということには、正面切って疑問を差し挟む余地がないからだ。
ただ、ここで少し立ち止まりたくなる。
あまりに普遍的な整理の中に、何かが隠蔽されているような感じがするんだ。
例えば、顧客とは誰なのか。
自社にとって利益をもたらさないユーザーは顧客なのか。現時点で利益を享受できていないのは、自社の活動に問題があるからなのか。本来リーチすべきではなかった、という可能性はないのか。業界・業態・企業規模が異なる多様な顧客を、「顧客」の一言で括ってしまってもよいのか。そして、その一括りの考察は有意なのか。
(ちなみに、「顧客」という言葉には「国民」と似た違和感を感じる時がある。つまり、本当のところそれが誰なのかはよく分からない、ということなのだけれど。)
あるいは、組織の目標とは何なのか。
企業であれば、一般的には「付加価値の創出」ということになるのかなと思う。更には、その価値創出プロセスが将来にわたって発展的に継承される、という点を加えれば教科書的な解答としては十分だろう。
でもそれは、つまり何なのか。単純に、絶対値としての粗利益なのだろうか。そうだとすれば、例えばメセナ活動などはどのように位置づければよいのだろうか。また、施策はどこまで目標と整合している必要があるのだろうか。桶屋を儲けさせるために風を起こすような活動は、合目的的だと言えるのだろうか。逆に、合目的的な施策が全てなのだろうか。
なかなか思うように、自分の考えを整理できない。
とにかく、拭い難い違和感が残るんだ。あまりに綺麗に整理してしまうことに。
「顧客」なんていない。存在するのは常に「ある顧客」だ。
「社員」なんていない。存在するのは常に「ある社員」だ。
組織というのは結局のところ、そういった「ある個人」の総体なのだという基本的なスタンスが、思考を整理する過程の中で失われているような気がして、その先へと素直に向かうことができないんだ。顧客への視点も同様で、顧客ニーズや顧客にとっての価値というのも、「ある顧客」にとってのニーズであり価値であるということが、本質的に重要だと思う。属性の近い顧客が類似したニーズを抱えていたり、求める価値を共有していることはあっても、「私を」(あるいは「当社を」)見てくれている、ということがいつの世も価値の本質だったりする訳で、特殊性を排除して、一般論のみで顧客を考えていても、その先の道筋を見出せるような気がしない。
組織を考える時に、ある特性を持った個、あるいは小集団にまで降りていくことは、どうしても必要だと思う。それが基本的なスタンスとしてあった上で、本当に踏み込んで考えるべきポイントは、その先にあるような気がするんだ。
「特殊」へのアプローチを、組織全体のマクロ的な目標といかに整合させるか。
組織全体へのフィードバックを見据えた「特殊」へのアプローチは、どうあるべきか。
自分の中の違和感を紐解いていくきっかけは、この辺りにあるのかもしれない。
長々と書いてみて、結局うまく纏まらないのだけれど、今はそんなことを漠然と考えています。
直接のきっかけは社内のあるタスクなのだけれど、冷静に考えると「全社」といったスケールでなくても、例えば「部門」や「チーム」も組織であることに変わりはないのだから、思考の題材に事欠くことはないし、意外と身近に貴重なヒントがあるのではないかと思っている。
よい組織とは、つまり何だろう。
一昨日、会社のあるべき姿をどう考えるのかということについて、自身が所属するチームを含めて、10のチームが発表を行ったのだけれど、ほぼ全てのチームの発想が非常に類似していた。大きく纏めてしまえば、「高い能力を備えた個々人が有機的に繋がり、顧客志向で目標を共有して活動する組織」といった感じかなと思う。こう整理してしまうと、誰ひとりとして反論しないだろう。「それが実現できれば素晴らしい」ということには、正面切って疑問を差し挟む余地がないからだ。
ただ、ここで少し立ち止まりたくなる。
あまりに普遍的な整理の中に、何かが隠蔽されているような感じがするんだ。
例えば、顧客とは誰なのか。
自社にとって利益をもたらさないユーザーは顧客なのか。現時点で利益を享受できていないのは、自社の活動に問題があるからなのか。本来リーチすべきではなかった、という可能性はないのか。業界・業態・企業規模が異なる多様な顧客を、「顧客」の一言で括ってしまってもよいのか。そして、その一括りの考察は有意なのか。
(ちなみに、「顧客」という言葉には「国民」と似た違和感を感じる時がある。つまり、本当のところそれが誰なのかはよく分からない、ということなのだけれど。)
あるいは、組織の目標とは何なのか。
企業であれば、一般的には「付加価値の創出」ということになるのかなと思う。更には、その価値創出プロセスが将来にわたって発展的に継承される、という点を加えれば教科書的な解答としては十分だろう。
でもそれは、つまり何なのか。単純に、絶対値としての粗利益なのだろうか。そうだとすれば、例えばメセナ活動などはどのように位置づければよいのだろうか。また、施策はどこまで目標と整合している必要があるのだろうか。桶屋を儲けさせるために風を起こすような活動は、合目的的だと言えるのだろうか。逆に、合目的的な施策が全てなのだろうか。
なかなか思うように、自分の考えを整理できない。
とにかく、拭い難い違和感が残るんだ。あまりに綺麗に整理してしまうことに。
「顧客」なんていない。存在するのは常に「ある顧客」だ。
「社員」なんていない。存在するのは常に「ある社員」だ。
組織というのは結局のところ、そういった「ある個人」の総体なのだという基本的なスタンスが、思考を整理する過程の中で失われているような気がして、その先へと素直に向かうことができないんだ。顧客への視点も同様で、顧客ニーズや顧客にとっての価値というのも、「ある顧客」にとってのニーズであり価値であるということが、本質的に重要だと思う。属性の近い顧客が類似したニーズを抱えていたり、求める価値を共有していることはあっても、「私を」(あるいは「当社を」)見てくれている、ということがいつの世も価値の本質だったりする訳で、特殊性を排除して、一般論のみで顧客を考えていても、その先の道筋を見出せるような気がしない。
組織を考える時に、ある特性を持った個、あるいは小集団にまで降りていくことは、どうしても必要だと思う。それが基本的なスタンスとしてあった上で、本当に踏み込んで考えるべきポイントは、その先にあるような気がするんだ。
「特殊」へのアプローチを、組織全体のマクロ的な目標といかに整合させるか。
組織全体へのフィードバックを見据えた「特殊」へのアプローチは、どうあるべきか。
自分の中の違和感を紐解いていくきっかけは、この辺りにあるのかもしれない。
長々と書いてみて、結局うまく纏まらないのだけれど、今はそんなことを漠然と考えています。
Thursday, May 26, 2011
本気
最近、社内のタスクで経営層への施策提言を考えている。10人で議論して、年末に最終報告なのだけれど、なかなか難しい。
1万人規模の組織によい影響を与える変革というのは、どういうものだろう。50人の組織に対するアプローチとは、明らかに違うだろう。1万人となれば、もはやマスだからだ。
マスに対する施策を考えると、ふとした瞬間に「どこにでもいそうだけれど、実はどこにも存在しない誰か」への施策になってしまいそうな違和感が頭をかすめる。「会社に対するロイヤリティが低く、業務知識やスキルも不足しているものの、グローバルビジネスに対する意欲はあって、社内でのチーミングには悪戦苦闘しつつ取り組んでいるが、結局は短期の売上目標に縛られてしまい、大きな目線での仕事に時間を割けない」、そんな個人ってつまりは誰なんですか、みたいな感じだ。要するに、顔が浮かばない。1万人規模になると、具体的な特定の個人をイメージして施策をまとめるのはさすがに難しいけれど、もう少し丁寧なセグメンテーションが必要かもしれない。
パレートの法則でいえば、上位20%の人間と、その他の80%の人間では、抱いている課題も組織への依存度も全く異なるように思う。この差をきちんと意識しておかないと、結果的にはどちらの層にとってもフィット感のない中途半端な施策になってしまうような気がしている。
一方で、やはり最後は「人」だろうという見方もできる。トップの交替が劇的な変革をもたらした大企業の事例は枚挙に暇がない。
これはきっと50人の組織とも共通するポイントで、結局のところ「熱は伝播する」ということだろう。熱を持ったリーダーの存在が、組織全体を活性化させるのは間違いない。必ずしも組織のトップでなくとも、様々なレイヤーにそれぞれのリーダーがいればいい。ただ、一点思うのは、リーダーにとって、スキルもさることながら、熱の方がより重要なのではないかということだ。
1万人規模の組織を考えると、業務上の様々な課題に対するスキルパーソンは、きっとどこかにはいるだろう。要するに、課題に直面した時に、最も適切なスキルパーソンを探り当てることができれば、リーダーにとって「スキルは代替してもらえる」ということになる。探り当てるためのある程度の仕組みは必要だと思うけれど。
本当の課題は、その先だと思うんだ。
「そいつを本気にさせられますか。」
今リーダーは、そう問われている気がしてならない。周囲を本気にさせる熱を持たなければ、どれほど見事な仕組みがあっても飾り物でしかない。仕組みそのものよりも、仕組みに魂を入れることに、組織としてもっと向き合う必要があるのかもしれない。
そう考えていくと、真の課題は「20%のリーダーさえ、さほど熱を持っていない」、あるいは「持っている熱をうまく表出できない組織風土がある」ということなのかもしれない。
これは、シビアな課題だよね。
20%をまさしく「本気」にさせる施策というように、絞り込んで考えてみようかな。
もちろん、本気で。
1万人規模の組織によい影響を与える変革というのは、どういうものだろう。50人の組織に対するアプローチとは、明らかに違うだろう。1万人となれば、もはやマスだからだ。
マスに対する施策を考えると、ふとした瞬間に「どこにでもいそうだけれど、実はどこにも存在しない誰か」への施策になってしまいそうな違和感が頭をかすめる。「会社に対するロイヤリティが低く、業務知識やスキルも不足しているものの、グローバルビジネスに対する意欲はあって、社内でのチーミングには悪戦苦闘しつつ取り組んでいるが、結局は短期の売上目標に縛られてしまい、大きな目線での仕事に時間を割けない」、そんな個人ってつまりは誰なんですか、みたいな感じだ。要するに、顔が浮かばない。1万人規模になると、具体的な特定の個人をイメージして施策をまとめるのはさすがに難しいけれど、もう少し丁寧なセグメンテーションが必要かもしれない。
パレートの法則でいえば、上位20%の人間と、その他の80%の人間では、抱いている課題も組織への依存度も全く異なるように思う。この差をきちんと意識しておかないと、結果的にはどちらの層にとってもフィット感のない中途半端な施策になってしまうような気がしている。
一方で、やはり最後は「人」だろうという見方もできる。トップの交替が劇的な変革をもたらした大企業の事例は枚挙に暇がない。
これはきっと50人の組織とも共通するポイントで、結局のところ「熱は伝播する」ということだろう。熱を持ったリーダーの存在が、組織全体を活性化させるのは間違いない。必ずしも組織のトップでなくとも、様々なレイヤーにそれぞれのリーダーがいればいい。ただ、一点思うのは、リーダーにとって、スキルもさることながら、熱の方がより重要なのではないかということだ。
1万人規模の組織を考えると、業務上の様々な課題に対するスキルパーソンは、きっとどこかにはいるだろう。要するに、課題に直面した時に、最も適切なスキルパーソンを探り当てることができれば、リーダーにとって「スキルは代替してもらえる」ということになる。探り当てるためのある程度の仕組みは必要だと思うけれど。
本当の課題は、その先だと思うんだ。
「そいつを本気にさせられますか。」
今リーダーは、そう問われている気がしてならない。周囲を本気にさせる熱を持たなければ、どれほど見事な仕組みがあっても飾り物でしかない。仕組みそのものよりも、仕組みに魂を入れることに、組織としてもっと向き合う必要があるのかもしれない。
そう考えていくと、真の課題は「20%のリーダーさえ、さほど熱を持っていない」、あるいは「持っている熱をうまく表出できない組織風土がある」ということなのかもしれない。
これは、シビアな課題だよね。
20%をまさしく「本気」にさせる施策というように、絞り込んで考えてみようかな。
もちろん、本気で。
Saturday, May 07, 2011
春合宿総括 #2
昨日に続いて、東大ラグビー部春合宿の総括を。
グラウンド・パフォーマンス以外の部分で感じた点も纏めておきたい。
まずはチーム運営、あるいは組織のあり方について。
東大ラグビー部のようにリソース(選手・コーチ等の人的リソースのみでなく、時間・運営予算等も含む)が限られた組織にとって、効率的な運営は重要なポイントだ。ただ、「効率的」というのも2つの要素があると思っている。1つはいわゆる「選択と集中」で、無駄なことをせずに、有意義な施策にリソースを集中するということ。もう1つは、選択した施策それ自体の意義を高めること。この双方を追いかける必要がある。
例えば、「あった方が良い」というレベルのスキル練習を捨てて、「なくてはならない」スキルの習得だけに特化する、というのが前者の考え方だ。今のチームで言うと、例えば「ブレイクダウンの判断」にフォーカスした練習は捨てるべきかもしれない。昨日書いたように、ブレイクダウン自体の強化をしなければ、判断を要求される状況に持っていくことさえ出来ないからだ。まずは状況を問わず、ブレイクダウンの局面では強くヒットする原則を確立するのが先決だろう。その上で初めて、ヒットの圧力だけではコンテストできない局面というものが見えてくる。この順序を間違えてはいけない。
「守・破・離」という言葉があるが、判断とはある意味では「破」の段階だと言えなくもない。個々のプレーのレベルで考えるならば、「守」とは型の理解で良いからだ。型通りでは上手くいかないという「判断」、あるいは型が前提とする局面ではないという「判断」があって初めて「破」に至るとするならば、まずは「守」を徹底することを優先すべき時期ではないかと思う。
要するに、ブレイクダウンの見極めを意識する前に、筋力・体幹の強化を含めたパワーアップと、身体の芯でヒットするスキルの向上に心血を注ぐべきだ。
後者の観点でいうと、例えばブレイクダウンの強化に具体的に取り組むとして、どのように練習を構成すれば最も多くを得られるか、といった点をもっと突き詰めたい。練習メニューに競争の要素を加えたり、バリエーションを幾つか用意して飽きさせないように工夫することは、今すぐにでも出来る。メンバーのモチベーションも意識して、目的意識の明確な練習運営を心がけることで、もっとチーム運営を良いものにしていけるだろうと感じている。
今回は1泊2日の合宿参加で、計2回しか練習を見ていないので、あまり踏み込んだことは言えないが、その中でも幾つか気になった点がある。
例えば、大雨に見舞われた3日午後に、キックチェースの練習があった。合宿を迎えるにあたって、首脳陣が事前に課題として設定していたポイントではあるのだが、大雨の影響でキック自体が精彩を欠いてしまい、練習の意図が曖昧になってしまった。勿論、雨でも試合は行われるので、無駄な練習だったとは言わない。しかし、悪天候/グラウンド状態といった環境制約のもとで練習するならば、練習の主旨をフレキシブルに修正して、それをメンバーに伝えた上で臨む必要があったと思う。折角チームとして「取り組む」と決めた練習の効率が、練習の運び方次第で大きく損なわれてしまうこともある。意図や目的というのは、最初の設定だけに捉われず、柔軟に見直しをかけていくのが、効率的運営のポイントだと思う。
ちなみに翌4日の午前中は、午後のOB戦に向けて、前日の大雨で水浸しとなってしまったグラウンドの整備に充てられた。本来は短めの練習を予定していたが、この判断自体は仕方ないものだったと思う。それでも、グラウンド整備だけで、部員/OBの全員が常時動きっ放しという程の作業量はなかったような気がする。何人かの選手の手は止まっていて、雑談に興じてしまう姿も散見されていた。
例えば俺だったら、FW/BKでメンバーを分けて、それぞれ15分程度でもボールを使った練習を行ってからグラウンド整備を終了させることを考える。グラウンドの脇に雑草で覆われたエリアがあるので、ミニドリルやグリッドのようなメニューであれば十分可能だったはずだ。
泥だらけのグラウンドで、素足になって水溜りを散らしたりしていると、「このグラウンドで試合するのは嫌だなぁ」と誰だって思う。その心理状態のまま午前を終えて、そのまま試合前のウォーミングアップに合わせてグラウンドに出てきても、アップの効率が落ちてしまう。勿論、それでもきちんと気持ちを作ってくるのが自立した選手だということも出来るけれど、チーム運営という観点でみれば、10分程度でもトップダッシュでボールに触れることで、「午後は闘争だ」という心理状態に持っていくことを首脳陣が中心となって考えても良かったと思う。それで、グラウンド整備が大きく遅滞するというようなことも、実際にはなかったのだから。
これらはあくまで一例で、俺の考えが正解だったかどうかも分からない。ただ、いずれにせよ組織運営の効率を高めることを考えた時に重要なのは、目的意識をもって選択すること、その選択が最大限に活かされる心理状態/モチベーションを意図的に演出すること、そして状況が変化したならば当初の設定を柔軟に変更することの3点ではないかと思う。
今回参加した2日間について厳しい見方をすれば、3点のいずれも十分ではなかったかもしれない。でも、それは今から変えればいい。まずは、もう一度「今」を正視して、腹を据えて「選択」することだ。何をするかが固まってくれば、その後の運営はある程度コントロールしやすくなるはずだし、この点こそコーチング・スタッフが尽力すべきポイントだ。学生首脳陣のみで抱え込まずに、監督・コーチ陣を含めた「東大ラグビー部」という組織全体で取り組んでいけばいい。
俺自身は残念ながらもはや正式なコーチではないけれど、今回感じたことは、もう少し具体的な提言として首脳陣に伝えたいと思っています。今更、立場に引っ込んでいても仕方ないからね。
グラウンド・パフォーマンス以外の部分で感じた点も纏めておきたい。
まずはチーム運営、あるいは組織のあり方について。
東大ラグビー部のようにリソース(選手・コーチ等の人的リソースのみでなく、時間・運営予算等も含む)が限られた組織にとって、効率的な運営は重要なポイントだ。ただ、「効率的」というのも2つの要素があると思っている。1つはいわゆる「選択と集中」で、無駄なことをせずに、有意義な施策にリソースを集中するということ。もう1つは、選択した施策それ自体の意義を高めること。この双方を追いかける必要がある。
例えば、「あった方が良い」というレベルのスキル練習を捨てて、「なくてはならない」スキルの習得だけに特化する、というのが前者の考え方だ。今のチームで言うと、例えば「ブレイクダウンの判断」にフォーカスした練習は捨てるべきかもしれない。昨日書いたように、ブレイクダウン自体の強化をしなければ、判断を要求される状況に持っていくことさえ出来ないからだ。まずは状況を問わず、ブレイクダウンの局面では強くヒットする原則を確立するのが先決だろう。その上で初めて、ヒットの圧力だけではコンテストできない局面というものが見えてくる。この順序を間違えてはいけない。
「守・破・離」という言葉があるが、判断とはある意味では「破」の段階だと言えなくもない。個々のプレーのレベルで考えるならば、「守」とは型の理解で良いからだ。型通りでは上手くいかないという「判断」、あるいは型が前提とする局面ではないという「判断」があって初めて「破」に至るとするならば、まずは「守」を徹底することを優先すべき時期ではないかと思う。
要するに、ブレイクダウンの見極めを意識する前に、筋力・体幹の強化を含めたパワーアップと、身体の芯でヒットするスキルの向上に心血を注ぐべきだ。
後者の観点でいうと、例えばブレイクダウンの強化に具体的に取り組むとして、どのように練習を構成すれば最も多くを得られるか、といった点をもっと突き詰めたい。練習メニューに競争の要素を加えたり、バリエーションを幾つか用意して飽きさせないように工夫することは、今すぐにでも出来る。メンバーのモチベーションも意識して、目的意識の明確な練習運営を心がけることで、もっとチーム運営を良いものにしていけるだろうと感じている。
今回は1泊2日の合宿参加で、計2回しか練習を見ていないので、あまり踏み込んだことは言えないが、その中でも幾つか気になった点がある。
例えば、大雨に見舞われた3日午後に、キックチェースの練習があった。合宿を迎えるにあたって、首脳陣が事前に課題として設定していたポイントではあるのだが、大雨の影響でキック自体が精彩を欠いてしまい、練習の意図が曖昧になってしまった。勿論、雨でも試合は行われるので、無駄な練習だったとは言わない。しかし、悪天候/グラウンド状態といった環境制約のもとで練習するならば、練習の主旨をフレキシブルに修正して、それをメンバーに伝えた上で臨む必要があったと思う。折角チームとして「取り組む」と決めた練習の効率が、練習の運び方次第で大きく損なわれてしまうこともある。意図や目的というのは、最初の設定だけに捉われず、柔軟に見直しをかけていくのが、効率的運営のポイントだと思う。
ちなみに翌4日の午前中は、午後のOB戦に向けて、前日の大雨で水浸しとなってしまったグラウンドの整備に充てられた。本来は短めの練習を予定していたが、この判断自体は仕方ないものだったと思う。それでも、グラウンド整備だけで、部員/OBの全員が常時動きっ放しという程の作業量はなかったような気がする。何人かの選手の手は止まっていて、雑談に興じてしまう姿も散見されていた。
例えば俺だったら、FW/BKでメンバーを分けて、それぞれ15分程度でもボールを使った練習を行ってからグラウンド整備を終了させることを考える。グラウンドの脇に雑草で覆われたエリアがあるので、ミニドリルやグリッドのようなメニューであれば十分可能だったはずだ。
泥だらけのグラウンドで、素足になって水溜りを散らしたりしていると、「このグラウンドで試合するのは嫌だなぁ」と誰だって思う。その心理状態のまま午前を終えて、そのまま試合前のウォーミングアップに合わせてグラウンドに出てきても、アップの効率が落ちてしまう。勿論、それでもきちんと気持ちを作ってくるのが自立した選手だということも出来るけれど、チーム運営という観点でみれば、10分程度でもトップダッシュでボールに触れることで、「午後は闘争だ」という心理状態に持っていくことを首脳陣が中心となって考えても良かったと思う。それで、グラウンド整備が大きく遅滞するというようなことも、実際にはなかったのだから。
これらはあくまで一例で、俺の考えが正解だったかどうかも分からない。ただ、いずれにせよ組織運営の効率を高めることを考えた時に重要なのは、目的意識をもって選択すること、その選択が最大限に活かされる心理状態/モチベーションを意図的に演出すること、そして状況が変化したならば当初の設定を柔軟に変更することの3点ではないかと思う。
今回参加した2日間について厳しい見方をすれば、3点のいずれも十分ではなかったかもしれない。でも、それは今から変えればいい。まずは、もう一度「今」を正視して、腹を据えて「選択」することだ。何をするかが固まってくれば、その後の運営はある程度コントロールしやすくなるはずだし、この点こそコーチング・スタッフが尽力すべきポイントだ。学生首脳陣のみで抱え込まずに、監督・コーチ陣を含めた「東大ラグビー部」という組織全体で取り組んでいけばいい。
俺自身は残念ながらもはや正式なコーチではないけれど、今回感じたことは、もう少し具体的な提言として首脳陣に伝えたいと思っています。今更、立場に引っ込んでいても仕方ないからね。
Thursday, May 05, 2011
春合宿総括 #1
5月3日(火)・4日(水)
東大ラグビー部春合宿@東大検見川グラウンド。
今シーズンは東大ラグビー部のコーチングスタッフから正式に退いているのだけれど、思うところあって久しぶりに春合宿に参加してきた。3日の午後が大雨だったのは残念だったけれど、4日午後のOB戦だけでなく、その前日の練習/ミーティングを見られたことで、非常に多くの気づきがあった。
長くなるが、忘れないうちに個人的に感じたことを纏めておきたい。
基本的に、学生は一生懸命練習していることを理解した上で、あえて課題点を中心に整理してみたい。
まず、素直な今のチーム力について。
主要メンバーの怪我や、東日本大震災の影響で暫く練習ができなかった点を差し引いても、苦しい状況なのは間違いない。春シーズンも残すところ2ヶ月程度だが、この期間で幾つかの重要な課題を修正することが急務だと感じている。
まずは、接点。ブレイクダウンの圧力が致命的に欠けている。
『ラグビークリニック』最新号の中でエディー・ジョーンズも言っているが、ラグビーにおける接点の70%はラックだ。ショートパスで継続するノーラック・ラグビーを志向するとしても、ラックの基本的スキルは依然として重要で、避けることは出来ない。マイボール/敵ボールを問わず、ラックの練習にもっと取り組む必要があると思う。
その時、何に拘って練習するか。現在のラックの最大の課題は、ラックフェーズに対する「ヒット」が殆どないことだと思う。身体の芯をヒットさせて、クリーンアウトするという基本的な部分が欠落しているように感じる。アーリーコミットは非常に重要なスキルなのだけれど、「アーリー」ばかりが強調されていて、「コミット」が極めて甘い印象だ。(実際には、さほど「アーリー」でさえない、という点も課題だけれど。)
個々のスキルのレベルで重要な点は幾つかあるが、ラックに対して自身がフルコミットできる間合いを身体で覚えること、最も強い姿勢(ボディ・ポジション)を身体で覚えること、コンタクトの瞬間は常にその姿勢を取れるように身体に刷り込むことの3点がメインかなと思う。いずれにしても、身体で習得することが大切だ。
今は、間合いも姿勢もない。間合いについては、「人それぞれ違う」という事実をきちんと認識したい。ボールキャリアーに対するサポートの深さや幅は、それによって当然異なってくる。短い距離/少ないステップで加速できる方が、当然有利なポジションを取れることになる。まずは「強いコミット」に重きを置いた場合、自分がどの間合いで動けば良いのかを覚えることが重要だ。姿勢については、コンタクトの基本姿勢を習得するのは勿論だけれど、動きながら「基本姿勢に戻す」という点にも拘った方がいい。そういった身体の使い方を体得できるようなメニューを組み入れるのも良いかもしれない。
接点を考える上でもう1つ重要なのは、ファーストタックルの精度と圧力だ。これも当然のことだけれど、ファーストタックルが劣勢の局面では、ブレイクダウンでのコンテストはとても難しい。まずは有利な形で倒すことに、もっと拘る必要があるだろう。
例えば、ダブルタックル。昨今はどのチームも意識的にダブルタックルさせているが、タックルフェーズで2人がコミットしながら接点を押し込まれては意味がない。2人入ることが目的ではなくて、ボールキャリアー1人に対して2人でコミットすることで、接点を押し返すことが目的のはずなのに、最終的な接点の決着にチームとして拘っていない。タックルの成立シーンだけを追ってゲームの映像をチェックしてみれば、色々なことが見えてくるはずだ。
今のチームの最大の課題は、最後に1歩踏み込めないこと。これはチーム全体の課題だけれど、個人レベルで改善できる点でもある。いわゆる「追い込み練」を数多くこなすのが、結果的には一番の早道だと、個人的には思うけれど。
接点以外にも課題は様々あるが、もう1点挙げるとすれば、ラグビーの構造をもっと理解することが必要だと思う。例えばBKの観点で言えば、「ラインの深さ」に対する基礎的な理解が不足している。ラインの深さとは、ポジションの深さではなくて、ボールの軌道の深さなのだけれど、シチュエーションに応じたボールの軌道の深さが意識されていない。更に言うと、「自分達にとって理想的なボールの軌道」というイメージが、そもそも固まっていない印象だ。ポジショニングに理由をもって、パスの軌道をコントロールできるようにならないと、BKの攻撃が構成できない。このあたりは、言葉で表現するのが難しいけれど。
FWも同様で、例えば各ポジションの基本的なランニングコースが理解されていない。東大のようにサイズに劣るチームの場合、仕事量を増やすことが決定的に重要なのだけれど、コースを理解していない為に、仕事の機会そのものをロスしている。リーダーが中心となってチームの原則を徹底することが必要だと思う。夏合宿以降では、遅すぎる。ポジショナル・スキルに至る前の段階で、例えばラックからブレイクした際のコース取りや、バッキングアップにおける基本的な考え方等は、ラグビー・プレーヤーとして全員が押さえておくべきものだと思う。
本当に長くなってしまったので、その他は明日以降に改めて書こうかな。
東大ラグビー部春合宿@東大検見川グラウンド。
今シーズンは東大ラグビー部のコーチングスタッフから正式に退いているのだけれど、思うところあって久しぶりに春合宿に参加してきた。3日の午後が大雨だったのは残念だったけれど、4日午後のOB戦だけでなく、その前日の練習/ミーティングを見られたことで、非常に多くの気づきがあった。
長くなるが、忘れないうちに個人的に感じたことを纏めておきたい。
基本的に、学生は一生懸命練習していることを理解した上で、あえて課題点を中心に整理してみたい。
まず、素直な今のチーム力について。
主要メンバーの怪我や、東日本大震災の影響で暫く練習ができなかった点を差し引いても、苦しい状況なのは間違いない。春シーズンも残すところ2ヶ月程度だが、この期間で幾つかの重要な課題を修正することが急務だと感じている。
まずは、接点。ブレイクダウンの圧力が致命的に欠けている。
『ラグビークリニック』最新号の中でエディー・ジョーンズも言っているが、ラグビーにおける接点の70%はラックだ。ショートパスで継続するノーラック・ラグビーを志向するとしても、ラックの基本的スキルは依然として重要で、避けることは出来ない。マイボール/敵ボールを問わず、ラックの練習にもっと取り組む必要があると思う。
その時、何に拘って練習するか。現在のラックの最大の課題は、ラックフェーズに対する「ヒット」が殆どないことだと思う。身体の芯をヒットさせて、クリーンアウトするという基本的な部分が欠落しているように感じる。アーリーコミットは非常に重要なスキルなのだけれど、「アーリー」ばかりが強調されていて、「コミット」が極めて甘い印象だ。(実際には、さほど「アーリー」でさえない、という点も課題だけれど。)
個々のスキルのレベルで重要な点は幾つかあるが、ラックに対して自身がフルコミットできる間合いを身体で覚えること、最も強い姿勢(ボディ・ポジション)を身体で覚えること、コンタクトの瞬間は常にその姿勢を取れるように身体に刷り込むことの3点がメインかなと思う。いずれにしても、身体で習得することが大切だ。
今は、間合いも姿勢もない。間合いについては、「人それぞれ違う」という事実をきちんと認識したい。ボールキャリアーに対するサポートの深さや幅は、それによって当然異なってくる。短い距離/少ないステップで加速できる方が、当然有利なポジションを取れることになる。まずは「強いコミット」に重きを置いた場合、自分がどの間合いで動けば良いのかを覚えることが重要だ。姿勢については、コンタクトの基本姿勢を習得するのは勿論だけれど、動きながら「基本姿勢に戻す」という点にも拘った方がいい。そういった身体の使い方を体得できるようなメニューを組み入れるのも良いかもしれない。
接点を考える上でもう1つ重要なのは、ファーストタックルの精度と圧力だ。これも当然のことだけれど、ファーストタックルが劣勢の局面では、ブレイクダウンでのコンテストはとても難しい。まずは有利な形で倒すことに、もっと拘る必要があるだろう。
例えば、ダブルタックル。昨今はどのチームも意識的にダブルタックルさせているが、タックルフェーズで2人がコミットしながら接点を押し込まれては意味がない。2人入ることが目的ではなくて、ボールキャリアー1人に対して2人でコミットすることで、接点を押し返すことが目的のはずなのに、最終的な接点の決着にチームとして拘っていない。タックルの成立シーンだけを追ってゲームの映像をチェックしてみれば、色々なことが見えてくるはずだ。
今のチームの最大の課題は、最後に1歩踏み込めないこと。これはチーム全体の課題だけれど、個人レベルで改善できる点でもある。いわゆる「追い込み練」を数多くこなすのが、結果的には一番の早道だと、個人的には思うけれど。
接点以外にも課題は様々あるが、もう1点挙げるとすれば、ラグビーの構造をもっと理解することが必要だと思う。例えばBKの観点で言えば、「ラインの深さ」に対する基礎的な理解が不足している。ラインの深さとは、ポジションの深さではなくて、ボールの軌道の深さなのだけれど、シチュエーションに応じたボールの軌道の深さが意識されていない。更に言うと、「自分達にとって理想的なボールの軌道」というイメージが、そもそも固まっていない印象だ。ポジショニングに理由をもって、パスの軌道をコントロールできるようにならないと、BKの攻撃が構成できない。このあたりは、言葉で表現するのが難しいけれど。
FWも同様で、例えば各ポジションの基本的なランニングコースが理解されていない。東大のようにサイズに劣るチームの場合、仕事量を増やすことが決定的に重要なのだけれど、コースを理解していない為に、仕事の機会そのものをロスしている。リーダーが中心となってチームの原則を徹底することが必要だと思う。夏合宿以降では、遅すぎる。ポジショナル・スキルに至る前の段階で、例えばラックからブレイクした際のコース取りや、バッキングアップにおける基本的な考え方等は、ラグビー・プレーヤーとして全員が押さえておくべきものだと思う。
本当に長くなってしまったので、その他は明日以降に改めて書こうかな。
Thursday, April 21, 2011
『デフレの正体』
藻谷浩介『デフレの正体 経済は「人口の波」で動く』 (角川oneテーマ21)
、読了。
このblogを更新するのも随分久しぶりだけれど、少し整理しておこうかなと。
論旨は極めてシンプルだ。
・人口ピラミッドから明らかなように、日本は生産年齢人口の急激な減少に直面している。
・出産適齢期の女性の数自体が減少している為、出生率の多少の向上では、問題は解消しない。
・生産年齢人口の減少は、日本国内における総消費の減少に直結している。
・1,400兆円とも言われる日本国内の個人金融資産のうち、1,000兆円以上が65歳以上に集中している。
・この世代の最優先課題は、医療・介護等の備えであり、貯蓄はある意味でコールオプションのようなものだ。
・こうした「投資されない資産」は、どこかで毀損することも考慮しなければならない。
・現在の日本国内のデフレとは、内需の中核を担う生産年齢層の減少に伴う供給過剰が主因である。
これに対する処方箋として、論理的には以下3つの観点で改善を図る他ないというのが著者の立場だ。
・生産年齢人口の減少を、可能な限り緩やかなものにする。
・生産年齢人口に該当する世代の個人所得総額を維持し、更には増加させる。
・生産年齢人口および高齢者による個人消費の総額を維持し、更には増加させる。
そして具体的に、①高齢富裕層から若者への所得移転、②女性の社会参加・就労促進、③外国人観光客・短期定住客の受入という3つの施策へと議論が展開される。
非常に分かりやすく、かつ妥当な主張ではないかと思う。
人口オーナスが、日本が直面している最重要課題であることは、疑問を差し挟む余地もない。
ただ一点だけ、読んでいて気になったことがある。こうして提示された施策は、マクロ的にみれば合理的なのだけれど、ミクロでみれば不合理なのではないか、少なくとも不合理に見えてしまうのではないか、ということだ。
少々不正確な記述になってしまうけれど、例えば社員の給与総額を現状維持するよう努めるべきだ、という主張があるとする。人口オーナスの時代においては、新たに生産年齢に差し掛かる世代の総人口よりも、常に退職世代の総人口の方が多い状況が続くため、給与総額がキープされていれば、1人あたり給与は増大することになる。こうした取り組みによって、内需拡大を図っていくべきだ、というのが1つの考え方として提示されている。非正規雇用の低賃金労働者を増加させて、社員の給与総額を低減させていけば、結局はその企業の国内売上高も減少せざるを得ないのだと。
構造としては正しいのだけれど、ゲーム理論的に考えると、こういう施策は、国内全産業・全企業が足並みを揃えて対応する時に、初めて合理的と判断されるのではないだろうか。そして、結局のところ囚人のジレンマに陥って、日本全体が緩やかな停滞を続けていくのではないだろうか。
企業は、あくまでも企業としての合理性に基づいて行動するのだと思う。
今問われているのは、それが必ずしも国家の合理性と整合しない時に、日本人・日本社会はどう舵を切るのか、ということではないかと感じている。そこで求められるのは、リーダーシップかもしれないし、あるいは社会形態そのものの変革だったりするのかもしれない。その意味では、著者の思索の「その先」にこそ、本当は興味があるところです。
このblogを更新するのも随分久しぶりだけれど、少し整理しておこうかなと。
論旨は極めてシンプルだ。
・人口ピラミッドから明らかなように、日本は生産年齢人口の急激な減少に直面している。
・出産適齢期の女性の数自体が減少している為、出生率の多少の向上では、問題は解消しない。
・生産年齢人口の減少は、日本国内における総消費の減少に直結している。
・1,400兆円とも言われる日本国内の個人金融資産のうち、1,000兆円以上が65歳以上に集中している。
・この世代の最優先課題は、医療・介護等の備えであり、貯蓄はある意味でコールオプションのようなものだ。
・こうした「投資されない資産」は、どこかで毀損することも考慮しなければならない。
・現在の日本国内のデフレとは、内需の中核を担う生産年齢層の減少に伴う供給過剰が主因である。
これに対する処方箋として、論理的には以下3つの観点で改善を図る他ないというのが著者の立場だ。
・生産年齢人口の減少を、可能な限り緩やかなものにする。
・生産年齢人口に該当する世代の個人所得総額を維持し、更には増加させる。
・生産年齢人口および高齢者による個人消費の総額を維持し、更には増加させる。
そして具体的に、①高齢富裕層から若者への所得移転、②女性の社会参加・就労促進、③外国人観光客・短期定住客の受入という3つの施策へと議論が展開される。
非常に分かりやすく、かつ妥当な主張ではないかと思う。
人口オーナスが、日本が直面している最重要課題であることは、疑問を差し挟む余地もない。
ただ一点だけ、読んでいて気になったことがある。こうして提示された施策は、マクロ的にみれば合理的なのだけれど、ミクロでみれば不合理なのではないか、少なくとも不合理に見えてしまうのではないか、ということだ。
少々不正確な記述になってしまうけれど、例えば社員の給与総額を現状維持するよう努めるべきだ、という主張があるとする。人口オーナスの時代においては、新たに生産年齢に差し掛かる世代の総人口よりも、常に退職世代の総人口の方が多い状況が続くため、給与総額がキープされていれば、1人あたり給与は増大することになる。こうした取り組みによって、内需拡大を図っていくべきだ、というのが1つの考え方として提示されている。非正規雇用の低賃金労働者を増加させて、社員の給与総額を低減させていけば、結局はその企業の国内売上高も減少せざるを得ないのだと。
構造としては正しいのだけれど、ゲーム理論的に考えると、こういう施策は、国内全産業・全企業が足並みを揃えて対応する時に、初めて合理的と判断されるのではないだろうか。そして、結局のところ囚人のジレンマに陥って、日本全体が緩やかな停滞を続けていくのではないだろうか。
企業は、あくまでも企業としての合理性に基づいて行動するのだと思う。
今問われているのは、それが必ずしも国家の合理性と整合しない時に、日本人・日本社会はどう舵を切るのか、ということではないかと感じている。そこで求められるのは、リーダーシップかもしれないし、あるいは社会形態そのものの変革だったりするのかもしれない。その意味では、著者の思索の「その先」にこそ、本当は興味があるところです。
Saturday, January 29, 2011
目標
さて、今更ながら今年の個人的な目標を、ここに書き留めておきたい。
まずは英語。半年間で、TOEICを860まで持っていきます。
もうこれは願望ではなく、決意表明。出来なかったら恥ずかしいけれど。
もう1つは、ラグビー。
名古屋大コーチとして、昨シーズン以上のチームへと飛躍させていきたい。
そして東大との定期戦は、申し訳ないけれど勝たせてもらいます。
まずは英語。半年間で、TOEICを860まで持っていきます。
もうこれは願望ではなく、決意表明。出来なかったら恥ずかしいけれど。
もう1つは、ラグビー。
名古屋大コーチとして、昨シーズン以上のチームへと飛躍させていきたい。
そして東大との定期戦は、申し訳ないけれど勝たせてもらいます。
今
随分長い間、blogを更新できていなかった。
新しい1年の決意を書くつもりだったのに、気づけばもう1月が終わろうとしている。
やっぱり、思い立った日に書かないとダメだね。
2011年という1年は、おれにとって本当に大切な1年になると思う。
というよりも、必ずそうしてみせる。
何故だか分からないけれど、人生が動き出している感じがするんだ。
人生というと大袈裟かもしれないけれど、今後30年の自分自身の生き方を左右するような、道筋は見えなくても、歩き出す方角が定まっていくような、そんな時期に差し掛かってきているような気がする。まさに「今」なのだと、いつも思っている。
最近は、多少波乱含みの仕事が多い。
今週は特に酷かったので、1時間程度しか寝られない日もあった。
でも正直なところ、忙しいという感じはさほどしない。
冷静に考えてみると、自分自身の判断と行動で動けることが、ある程度まで増えてきたのが大きいと思う。結果がどうであれ、自分で納得して受け入れられる、ということが増えてきた。自分がオーナーシップを取れば、忙しいと思うこともさほどない。
今でも失敗や早合点は少なくない。結論を出さない会議が嫌いなので、徹底的に結論を求めようとして強引だと言われることも多い。「難しい」に代表される「対案なき消極的否定」も好きではないので、否応なく自分で対案を考えることになる。(そして「会社」という場では、更にPowerPointへの落とし込みまで要求される。)
でも、そういうプロセスは結構楽しい。
自分を変えていく、或いは自分の色をより鮮明にしていくための機会かもしれない。
今できることは何だろう。
本当は考えるまでもなくて、納得できる答えは1つだけなんだ。
それは、できること全てに必死になること。
処世術を考える暇もないくらいに。
組織の理不尽や不合理を嘆く暇もないくらいに。
「所詮サラリーマンだから」という大嫌いな言葉を聞き流す暇もないくらいに。
日頃から一緒に仕事をしている先輩が、タクシーの車中で呟いていた。
権限がない立場で人に動いてもらう為に、人格者を目指したいのだと。
冗談交じりの言葉なのだけれど、おれの考え方は違うんだ。
そもそも人は、権限だけで単純に動かされるようなものじゃない。権限に対しては、面従腹背が世の常だ。
人を動かすのは、人の必死だと思う。
仲間の必死のために、自分も必死になるのがチームワークだと思う。
会社がつまらない人間ばかりなら、自分が隗になればいい。
(そんなこともないと、おれ自身は思うけれど。)
必死というと重苦しいけれど、たぶん本質はすごくシンプルなことなんだ。
きっと、ラグビーのようにすればいいんだよね。
新しい1年の決意を書くつもりだったのに、気づけばもう1月が終わろうとしている。
やっぱり、思い立った日に書かないとダメだね。
2011年という1年は、おれにとって本当に大切な1年になると思う。
というよりも、必ずそうしてみせる。
何故だか分からないけれど、人生が動き出している感じがするんだ。
人生というと大袈裟かもしれないけれど、今後30年の自分自身の生き方を左右するような、道筋は見えなくても、歩き出す方角が定まっていくような、そんな時期に差し掛かってきているような気がする。まさに「今」なのだと、いつも思っている。
最近は、多少波乱含みの仕事が多い。
今週は特に酷かったので、1時間程度しか寝られない日もあった。
でも正直なところ、忙しいという感じはさほどしない。
冷静に考えてみると、自分自身の判断と行動で動けることが、ある程度まで増えてきたのが大きいと思う。結果がどうであれ、自分で納得して受け入れられる、ということが増えてきた。自分がオーナーシップを取れば、忙しいと思うこともさほどない。
今でも失敗や早合点は少なくない。結論を出さない会議が嫌いなので、徹底的に結論を求めようとして強引だと言われることも多い。「難しい」に代表される「対案なき消極的否定」も好きではないので、否応なく自分で対案を考えることになる。(そして「会社」という場では、更にPowerPointへの落とし込みまで要求される。)
でも、そういうプロセスは結構楽しい。
自分を変えていく、或いは自分の色をより鮮明にしていくための機会かもしれない。
今できることは何だろう。
本当は考えるまでもなくて、納得できる答えは1つだけなんだ。
それは、できること全てに必死になること。
処世術を考える暇もないくらいに。
組織の理不尽や不合理を嘆く暇もないくらいに。
「所詮サラリーマンだから」という大嫌いな言葉を聞き流す暇もないくらいに。
日頃から一緒に仕事をしている先輩が、タクシーの車中で呟いていた。
権限がない立場で人に動いてもらう為に、人格者を目指したいのだと。
冗談交じりの言葉なのだけれど、おれの考え方は違うんだ。
そもそも人は、権限だけで単純に動かされるようなものじゃない。権限に対しては、面従腹背が世の常だ。
人を動かすのは、人の必死だと思う。
仲間の必死のために、自分も必死になるのがチームワークだと思う。
会社がつまらない人間ばかりなら、自分が隗になればいい。
(そんなこともないと、おれ自身は思うけれど。)
必死というと重苦しいけれど、たぶん本質はすごくシンプルなことなんだ。
きっと、ラグビーのようにすればいいんだよね。
Monday, October 18, 2010
detail
10月17日、日曜日。東海学生A2リーグ、第3節。
名古屋大 65-5 南山大(14:00K.O. @長良川球技メドウ)
今シーズン4試合目で、ようやく初勝利。
力量差のある相手ではあったけれど、きちんと勝利できたのは良かった。
きちんと、というのは点差ではなくて、チームの方針を意識して闘えたということだ。後半にリザーブとの入替をしても、ゲームは安定的にコントロールできていた。恒常的に2チームを構成できず、どうしてもBチームの経験が蓄積できないチーム事情を考えると、これも収穫だった。
とはいえ、本当に大切なのはこの先だ。
東海学生リーグはやや特殊な構成となっていて、6チームで構成されるA2リーグの中から上位2チームがA1との入替リーグに望み、残る4チームで総当たりの順位決定リーグを闘うことになる。最終的なリーグ順位はこれによって決まるのだが、要するに同じチームと2回闘う必要がある訳だ。つまり、相手の力量や手の内をある程度知った上で、如何にして再戦をモノにできるかが問われることになる。
A2というリーグをみると、南山大を除いて、どこもチームの力量が拮抗している。現時点では中部大が頭1つ抜け出しているが、彼等でさえ明確な力量差を持っている訳ではない。10回ゲームすれば、5勝5敗になるようなチームばかりだ。
チームが本当に強くなるためには、これを10勝に、少なくとも9勝1敗にしていかないといけない。このレベルの相手に1度勝つことは、実はそれほど難しくない。恒常的に、安定して勝てる力をつけるのは、それとは全く異なるレベルのことなんだ。
今年はもう可能性がなくなってしまったが、A1という上位リーグを目指すにはこのレベル、つまり「何度戦っても勝てる」レベルにまでチームを持っていくことが必要になる。
開幕戦からの3試合を振り返ると、どのゲームにも勝機はあった。
勝負の世界にifはないけれど、ゲームの綾次第では3勝していてもおかしくはない。
でも実際には、3敗している。紛れもない現実だ。これが何を意味するか。
まだ、ゲームの綾を取れない。これも1つの見方だろう。
でも本当は、綾で勝つレベルでは足りない。ベーシックできちんと勝たないといけない。
この差はとても大きくて、それに気づかないと、「上位リーグ昇格」を本当の意味でのチーム目標に設定できない。チームが拘るべき「ベーシック」をどこに設定するか、自分達自身を追い込む目線の厳しさは、こんなところから決まってくる。
今シーズンに残されたゲームは4試合。
来週の淑徳大戦を終えると、A2の順位決定リーグが始まってくる。
この4試合をきちんと勝ち抜いて、チームを1つずつ高めていかないといけない。
昨シーズンよりも順位を上げて、名古屋大のベーシックを確立していくことが大切だ。
そのために必要なのは、実はとてもシンプルで単純なことだと思っている。
detailに拘ること、これに尽きる。
ブレイクダウンで低くヒットする。倒れない。
プレーが終わったら、すぐ次のスタートを切る。
抜かれないタックルではなくて、倒すタックル。倒した後、自分が先に起き上がる。
ダウンボールを丁寧に。SHのために、優しくダウンボールする。
SOがキックした瞬間に、チェースするCTBはトップスピードになっている。
SHは自分の手からボールが離れた瞬間、次のポイントに向けてスタートを切っている。
結局のところ、ベーシックというのはこうした小さなdetailの蓄積でしかないんだ。
だからこそ、小さなコンテスト、小さなサポートプレーに妥協しない。ゲームの綾というのは、実はこういう小さな局面の中にこそ転がっていることが多い。これを常に相手よりも1歩早くモノにしていくことで、チームに自信が生まれてくる。それが22人全員に広がっていくことで、チームの厚みになっていくんだ。ベーシックとはそういうもので、これを80分間継続できる実力をつけていかなければいけない。
そして、そのためにすべきことは分かりきっている。
日々の練習において、detailに徹底的に拘っていくことだ。
練習のクオリティを決めるのは、detailなんです。
名古屋大 65-5 南山大(14:00K.O. @長良川球技メドウ)
今シーズン4試合目で、ようやく初勝利。
力量差のある相手ではあったけれど、きちんと勝利できたのは良かった。
きちんと、というのは点差ではなくて、チームの方針を意識して闘えたということだ。後半にリザーブとの入替をしても、ゲームは安定的にコントロールできていた。恒常的に2チームを構成できず、どうしてもBチームの経験が蓄積できないチーム事情を考えると、これも収穫だった。
とはいえ、本当に大切なのはこの先だ。
東海学生リーグはやや特殊な構成となっていて、6チームで構成されるA2リーグの中から上位2チームがA1との入替リーグに望み、残る4チームで総当たりの順位決定リーグを闘うことになる。最終的なリーグ順位はこれによって決まるのだが、要するに同じチームと2回闘う必要がある訳だ。つまり、相手の力量や手の内をある程度知った上で、如何にして再戦をモノにできるかが問われることになる。
A2というリーグをみると、南山大を除いて、どこもチームの力量が拮抗している。現時点では中部大が頭1つ抜け出しているが、彼等でさえ明確な力量差を持っている訳ではない。10回ゲームすれば、5勝5敗になるようなチームばかりだ。
チームが本当に強くなるためには、これを10勝に、少なくとも9勝1敗にしていかないといけない。このレベルの相手に1度勝つことは、実はそれほど難しくない。恒常的に、安定して勝てる力をつけるのは、それとは全く異なるレベルのことなんだ。
今年はもう可能性がなくなってしまったが、A1という上位リーグを目指すにはこのレベル、つまり「何度戦っても勝てる」レベルにまでチームを持っていくことが必要になる。
開幕戦からの3試合を振り返ると、どのゲームにも勝機はあった。
勝負の世界にifはないけれど、ゲームの綾次第では3勝していてもおかしくはない。
でも実際には、3敗している。紛れもない現実だ。これが何を意味するか。
まだ、ゲームの綾を取れない。これも1つの見方だろう。
でも本当は、綾で勝つレベルでは足りない。ベーシックできちんと勝たないといけない。
この差はとても大きくて、それに気づかないと、「上位リーグ昇格」を本当の意味でのチーム目標に設定できない。チームが拘るべき「ベーシック」をどこに設定するか、自分達自身を追い込む目線の厳しさは、こんなところから決まってくる。
今シーズンに残されたゲームは4試合。
来週の淑徳大戦を終えると、A2の順位決定リーグが始まってくる。
この4試合をきちんと勝ち抜いて、チームを1つずつ高めていかないといけない。
昨シーズンよりも順位を上げて、名古屋大のベーシックを確立していくことが大切だ。
そのために必要なのは、実はとてもシンプルで単純なことだと思っている。
detailに拘ること、これに尽きる。
ブレイクダウンで低くヒットする。倒れない。
プレーが終わったら、すぐ次のスタートを切る。
抜かれないタックルではなくて、倒すタックル。倒した後、自分が先に起き上がる。
ダウンボールを丁寧に。SHのために、優しくダウンボールする。
SOがキックした瞬間に、チェースするCTBはトップスピードになっている。
SHは自分の手からボールが離れた瞬間、次のポイントに向けてスタートを切っている。
結局のところ、ベーシックというのはこうした小さなdetailの蓄積でしかないんだ。
だからこそ、小さなコンテスト、小さなサポートプレーに妥協しない。ゲームの綾というのは、実はこういう小さな局面の中にこそ転がっていることが多い。これを常に相手よりも1歩早くモノにしていくことで、チームに自信が生まれてくる。それが22人全員に広がっていくことで、チームの厚みになっていくんだ。ベーシックとはそういうもので、これを80分間継続できる実力をつけていかなければいけない。
そして、そのためにすべきことは分かりきっている。
日々の練習において、detailに徹底的に拘っていくことだ。
練習のクオリティを決めるのは、detailなんです。
Monday, September 13, 2010
トイレの神様
植村花菜さんというシンガーのことが、以前から好きだった。
荒井由美の名曲『やさしさに包まれたなら』のカバーを聴いたのが最初だった。
http://chainmusic.blogspot.com/2006/05/blog-post.html
先日、日本経済新聞社の現役デスクと元記者の方による社内研修があった。
その時に配布されたテキストの末尾に、日経MJヒット商品番付が掲載されていたのだけれど、2010年上期のランキングの一番下に、小さく彼女の名前があった。
「トイレの神様(植村花菜)」って。
研修の中で触れられることも、グループディスカッションで誰かがコメントすることもなかったけれど、とても気になった。『やさしさに包まれたなら』のシングルを買って何度も聴いたのは、もう4年前のことだった。最近では声のない音楽ばかりを聴いていて、あの時買ったシングルを聴くことは、もうほとんどなくなっていた。その後、成長著しい帆南がCDの棚に手を延ばしてしまうこともあって、リビングに置くCDの枚数を減らしてしまい、もう今では、日常的に流しているCDの棚に置いてさえいない。でも、素敵な声の女性だったなぁと、とても嬉しい気持ちになった。
今日、折角の日曜日にも拘らず、軽井沢で合宿研修があった。
アントレプレナーセンター代表取締役社長の福島正伸氏による講演を聴いて、本当は1泊した後、翌日のセッションに臨むところを、業務が入ってしまった為に、夕方過ぎで軽井沢を後にした。新幹線で東京に戻り、晴海のビジネスホテルにチェックイン。晩ご飯をコンビニで買った弁当で済ませると、PCを立ち上げてちょっとした仕事に取り掛かった。
そうしたら、何故だかトイレの神様のことが気になって。
You Tubeで聴いたんだ。
トイレの神様/植村花菜
http://www.youtube.com/watch?v=Z2VoEN1iooE
泣けてしまうような、とても素晴らしい曲だった。
だから今晩は、もう十数回もこの曲をリピートしてしまっている。
4年前にblogに書いた感想は、今でも変わっていなかった。
じんわりと沁み込んでいくような歌声。声そのものが、もう本当に魅力的だ。
詩も勿論良いのだけれど、ただの詩ならば読めばいい。
やはり声だと思う。声が、詩を本当に良いものにしているような感じがする。
聴いてみてください。
きっと、何度も聴きたくなってしまうと思います。
荒井由美の名曲『やさしさに包まれたなら』のカバーを聴いたのが最初だった。
http://chainmusic.blogspot.com/2006/05/blog-post.html
先日、日本経済新聞社の現役デスクと元記者の方による社内研修があった。
その時に配布されたテキストの末尾に、日経MJヒット商品番付が掲載されていたのだけれど、2010年上期のランキングの一番下に、小さく彼女の名前があった。
「トイレの神様(植村花菜)」って。
研修の中で触れられることも、グループディスカッションで誰かがコメントすることもなかったけれど、とても気になった。『やさしさに包まれたなら』のシングルを買って何度も聴いたのは、もう4年前のことだった。最近では声のない音楽ばかりを聴いていて、あの時買ったシングルを聴くことは、もうほとんどなくなっていた。その後、成長著しい帆南がCDの棚に手を延ばしてしまうこともあって、リビングに置くCDの枚数を減らしてしまい、もう今では、日常的に流しているCDの棚に置いてさえいない。でも、素敵な声の女性だったなぁと、とても嬉しい気持ちになった。
今日、折角の日曜日にも拘らず、軽井沢で合宿研修があった。
アントレプレナーセンター代表取締役社長の福島正伸氏による講演を聴いて、本当は1泊した後、翌日のセッションに臨むところを、業務が入ってしまった為に、夕方過ぎで軽井沢を後にした。新幹線で東京に戻り、晴海のビジネスホテルにチェックイン。晩ご飯をコンビニで買った弁当で済ませると、PCを立ち上げてちょっとした仕事に取り掛かった。
そうしたら、何故だかトイレの神様のことが気になって。
You Tubeで聴いたんだ。
トイレの神様/植村花菜
http://www.youtube.com/watch?v=Z2VoEN1iooE
泣けてしまうような、とても素晴らしい曲だった。
だから今晩は、もう十数回もこの曲をリピートしてしまっている。
4年前にblogに書いた感想は、今でも変わっていなかった。
じんわりと沁み込んでいくような歌声。声そのものが、もう本当に魅力的だ。
詩も勿論良いのだけれど、ただの詩ならば読めばいい。
やはり声だと思う。声が、詩を本当に良いものにしているような感じがする。
聴いてみてください。
きっと、何度も聴きたくなってしまうと思います。
Monday, August 30, 2010
Open Officeと野村誠
この週末は、帆南を連れて2つのイベントに参加した。
どちらも楽しくて、良い思い出になりました。

まずは金曜日。
この日は会社の"Open Office"に家族を招待したんだ。
毎年このくらいの時期に開催されているOpen Officeだが、参加するのは今回が初めてだった。帆南も1歳7ヶ月を過ぎて、かなり自由に動き回ったりできる頃なので、ちょうど良かったかなと思う。
名古屋事業所は規模も小さいので、子供向けの企画は2つだけだったけれど、自分で簡易プログラムを作って玩具のクルマを走らせる"ROBOLABO"は、小学生くらいの子供達が楽しそうに遊んでいた。当然ながら帆南にはまだ難しいのだけれど、プログラムの制御でくるりと方向を変えるクルマに興味津々の様子だった。その後、自席のあるフロアまで上がって、日々お世話になっている2人の秘書さんに挨拶に行くと、最初は少し緊張気味だった帆南もすぐに2人に慣れてしまって、もう大喜びで遊び回っていた。ヒトが少なくてかなり寂しい名古屋のフロアだけれど、ある意味ではおおらかな場所でもあって、こういうイベントでは、フロア全体が1つの家族のような優しさがある。そんな訳で、どこか温もりの感じられる楽しい1日になった。

そして、土曜日。
今度はあいちトリエンナーレで展開されているパフォーマンス・アートの1つ、野村誠さんの『プールの音楽会』に参加してきた。愛知芸術文化センターの近くにある富士中学校の3階建て校舎の屋上プールが、その舞台。25m、5レーンの小さなプールに100名の観客を集めて、野村誠さん率いる総勢12人のパフォーマーが5曲を「演奏」するのだけれど、なかなか楽しい音楽会になった。
クロールやバタフライで泳ぐスイマーのキックやスクロール。跳ね散る水飛沫。飛び込み台やプールの縁を叩く音。プールの中を歩きながら演奏されるピアニカやリコーダー。小さなプールの中で作り出される様々な音が集められて、1つのパフォーマンスとして構成されていく。観る方も真剣勝負といったぎりぎりの感じでは全くなくて、むしろ肩の力を抜いて、パフォーマー自身が「楽しみながら演じる」ということに重きを置いて、「楽しむ」ということ自体を伝えようとしている感じだった。
30分程度の短い音楽会だったけれど、ところどころユーモアもあって、素直に楽しみながら観ることができた。誰かが作ったゲームがなくても、お金をかけなくても、こんな些細なことでヒトは真剣に遊べるんだよ、って。
ちなみに、屋上プールというのがまた良かったんだ。
あの小さな飛び込み台。中学校のプールでさえ、飛び込み台ってあんなに低かったかなあ。そして、太陽の光をたくさん浴びて、きらきらと光り輝いていた水面。中学生の頃をもう思い出せないけれど、あの時、プールはこんなにも綺麗だったのかなあ。
なんだかとても、いい感じだった。
あの屋上のプールが。
どちらも楽しくて、良い思い出になりました。
まずは金曜日。
この日は会社の"Open Office"に家族を招待したんだ。
毎年このくらいの時期に開催されているOpen Officeだが、参加するのは今回が初めてだった。帆南も1歳7ヶ月を過ぎて、かなり自由に動き回ったりできる頃なので、ちょうど良かったかなと思う。
名古屋事業所は規模も小さいので、子供向けの企画は2つだけだったけれど、自分で簡易プログラムを作って玩具のクルマを走らせる"ROBOLABO"は、小学生くらいの子供達が楽しそうに遊んでいた。当然ながら帆南にはまだ難しいのだけれど、プログラムの制御でくるりと方向を変えるクルマに興味津々の様子だった。その後、自席のあるフロアまで上がって、日々お世話になっている2人の秘書さんに挨拶に行くと、最初は少し緊張気味だった帆南もすぐに2人に慣れてしまって、もう大喜びで遊び回っていた。ヒトが少なくてかなり寂しい名古屋のフロアだけれど、ある意味ではおおらかな場所でもあって、こういうイベントでは、フロア全体が1つの家族のような優しさがある。そんな訳で、どこか温もりの感じられる楽しい1日になった。
そして、土曜日。
今度はあいちトリエンナーレで展開されているパフォーマンス・アートの1つ、野村誠さんの『プールの音楽会』に参加してきた。愛知芸術文化センターの近くにある富士中学校の3階建て校舎の屋上プールが、その舞台。25m、5レーンの小さなプールに100名の観客を集めて、野村誠さん率いる総勢12人のパフォーマーが5曲を「演奏」するのだけれど、なかなか楽しい音楽会になった。
クロールやバタフライで泳ぐスイマーのキックやスクロール。跳ね散る水飛沫。飛び込み台やプールの縁を叩く音。プールの中を歩きながら演奏されるピアニカやリコーダー。小さなプールの中で作り出される様々な音が集められて、1つのパフォーマンスとして構成されていく。観る方も真剣勝負といったぎりぎりの感じでは全くなくて、むしろ肩の力を抜いて、パフォーマー自身が「楽しみながら演じる」ということに重きを置いて、「楽しむ」ということ自体を伝えようとしている感じだった。
30分程度の短い音楽会だったけれど、ところどころユーモアもあって、素直に楽しみながら観ることができた。誰かが作ったゲームがなくても、お金をかけなくても、こんな些細なことでヒトは真剣に遊べるんだよ、って。
ちなみに、屋上プールというのがまた良かったんだ。
あの小さな飛び込み台。中学校のプールでさえ、飛び込み台ってあんなに低かったかなあ。そして、太陽の光をたくさん浴びて、きらきらと光り輝いていた水面。中学生の頃をもう思い出せないけれど、あの時、プールはこんなにも綺麗だったのかなあ。
なんだかとても、いい感じだった。
あの屋上のプールが。
Saturday, July 17, 2010
モリコロパーク
帆南を連れて、パートナーと3人でおでかけに。
向かった先は、愛・地球博記念公園。通称モリコロパークだ。
http://www.aichi-toshi.or.jp/park/park(HP)/morikoro/index.html
2005年の愛・地球博以来なので、訪れるのは5年振りになる。
訪れてみて、特に万博を思い出すこともなかったけれど、とても楽しかった。
公園内に、愛知県児童総合センターという施設がある。
http://www.acc-aichi.org/
リニモの愛・地球博記念公園駅を降りて、最初に向かった先がここなのだけれど、かなり遊べる場所で、もう満喫してしまった。 床下に潜れる穴があったり、中2階をぐるりと囲んだトンネルへと繋がるタワーがあったりして、子供にはもう堪らない。ようやく1歳6ヶ月の帆南には少しばかり難しいものが多いけれど、大人が一緒ならば十分遊べるし、そもそも大人にとっても楽しい。ラクダのこぶのように盛り上がった黄色の小さなスペースがあるのだけど、帆南と同じくらいの年齢から小学生未満くらいまでの子供が、本当にたくさんいて、それぞれに走り廻ったり、すべり台のようにして滑って遊んでいた。ただそれだけのことなのだけれど、子供達は本当に楽しそうで、見ているだけで微笑ましくなるね。
パートナーとも話したのだけれど、子供が産まれてから今日までに訪れた場所の中で、最も遊びやすくて楽しいスペースの1つだ。大人の発想でできた電気の「オモチャ」で無理に子供を遊ばせようとするのではなくて、子供がただ自然に走って、潜って、隠れて、滑って、ごろんと横になって、そういったことをそっとお手伝いしてくれるような造りが、とても気持ちいいなぁと。特別企画のようなプログラムもかなり豊富にあるようなので、また日を改めて遊びに来るつもりだ。
さっと昼食を食べた後、今度は児童総合センターのすぐ傍にある愛知国際児童記念館へ。家を出た時には知らなかったのだけれど、ちょうど今日から「借りぐらしのアリエッティー展」が開催されていて、折角の機会なので見に行ったんだ。遊び疲れた帆南はベビーカーで眠ってくれていたので、落ち着いてゆっくりと見ることができた。
全体としては小さな展示なのだけれど、本当に良かった。
製作資料として展示されていた何点かのラフスケッチが素晴らしかったんだ。
クロッキーかなぁ。すっと引かれた線が本当に美しい。そして、添えられたメモがまた魅力的で、人間味に溢れた温かい思いが感じられる。繊細な年頃の少女の表情を、とても丁寧に、心の動き方のディテールまで注意を向けながら、1つひとつ描いているというのが、ある意味ではラフスケッチゆえに伝わってくるのかもしれない。
綺麗なスケッチだったなぁ。
ちょうどタイミングも良かったけれど、本当に良い公園です。
1日では廻り切れないので、もう一度、公園の魅力発掘に行かないと。
向かった先は、愛・地球博記念公園。通称モリコロパークだ。
http://www.aichi-toshi.or.jp/park/park(HP)/morikoro/index.html
2005年の愛・地球博以来なので、訪れるのは5年振りになる。
訪れてみて、特に万博を思い出すこともなかったけれど、とても楽しかった。
公園内に、愛知県児童総合センターという施設がある。
http://www.acc-aichi.org/
リニモの愛・地球博記念公園駅を降りて、最初に向かった先がここなのだけれど、かなり遊べる場所で、もう満喫してしまった。 床下に潜れる穴があったり、中2階をぐるりと囲んだトンネルへと繋がるタワーがあったりして、子供にはもう堪らない。ようやく1歳6ヶ月の帆南には少しばかり難しいものが多いけれど、大人が一緒ならば十分遊べるし、そもそも大人にとっても楽しい。ラクダのこぶのように盛り上がった黄色の小さなスペースがあるのだけど、帆南と同じくらいの年齢から小学生未満くらいまでの子供が、本当にたくさんいて、それぞれに走り廻ったり、すべり台のようにして滑って遊んでいた。ただそれだけのことなのだけれど、子供達は本当に楽しそうで、見ているだけで微笑ましくなるね。
パートナーとも話したのだけれど、子供が産まれてから今日までに訪れた場所の中で、最も遊びやすくて楽しいスペースの1つだ。大人の発想でできた電気の「オモチャ」で無理に子供を遊ばせようとするのではなくて、子供がただ自然に走って、潜って、隠れて、滑って、ごろんと横になって、そういったことをそっとお手伝いしてくれるような造りが、とても気持ちいいなぁと。特別企画のようなプログラムもかなり豊富にあるようなので、また日を改めて遊びに来るつもりだ。
さっと昼食を食べた後、今度は児童総合センターのすぐ傍にある愛知国際児童記念館へ。家を出た時には知らなかったのだけれど、ちょうど今日から「借りぐらしのアリエッティー展」が開催されていて、折角の機会なので見に行ったんだ。遊び疲れた帆南はベビーカーで眠ってくれていたので、落ち着いてゆっくりと見ることができた。
全体としては小さな展示なのだけれど、本当に良かった。
製作資料として展示されていた何点かのラフスケッチが素晴らしかったんだ。
クロッキーかなぁ。すっと引かれた線が本当に美しい。そして、添えられたメモがまた魅力的で、人間味に溢れた温かい思いが感じられる。繊細な年頃の少女の表情を、とても丁寧に、心の動き方のディテールまで注意を向けながら、1つひとつ描いているというのが、ある意味ではラフスケッチゆえに伝わってくるのかもしれない。
綺麗なスケッチだったなぁ。
ちょうどタイミングも良かったけれど、本当に良い公園です。
1日では廻り切れないので、もう一度、公園の魅力発掘に行かないと。
Wednesday, July 07, 2010
ENGLISH
最近、英語の社内公用語化が話題になっている。
楽天やファーストリテイリングといった企業の事例が報じられているが、企業活動の全面的な英語化については賛否両論あるようだ。
今日、担当しているお客様の常務を訪問する機会があった。
サービス事業を担当しているアメリカ人の専務自らが、お客様先を訪れた。
外国人役員との同行コールは、営業職としての8年間で初めての経験だった。
お客様も最初はやや緊張気味だったが、既に馴染みのある日本人の執行役員が同席していたことに加え、通訳の方の丁寧な対応もあり、お客様コールそのものは穏当に流れ、申し分のないものとなった。英語そのものを極めて慎重かつ緩やかに話してもらったことも大きかったと思う。ただ、こうして実際にコールに同行してみて、自分自身の置かれた状況が明確に変化してきていることを改めて実感した。大きな潮流としては随分前からはっきりしていたことで、今更気づくようなことでもないのだけれど、ドメスティックにビジネスを展開されている企業の役員に対して、このようなコールをセットする機会は極めて稀なのが正直なところだ。それゆえに、ある意味では「保護されていた」にすぎないのだけれど。
要するに、お客様へのサービスを組成する上で、重要な決定権限を持つ人間が、外国人役員にシフトしている訳だ。ほぼ国内市場に閉じたビジネスを展開されているお客様であっても、外国人役員が総責任者として「お客様のダイレクトな声」を聞こうとするのは、会社が提供する「サービス」自体がグローバルの枠組みの中で組成されているからに他ならない。システム開発の世界では、中国やインドの技術者を活用したオフショア開発が既に一般的になっているが、こうしたデリバリー・スキームのグローバル化に留まらず、プライシングやマネジメントそのものがグローバル化している。
国内をメインとする「現場」では、 英語への抵抗は依然として強い。
「英語はできても、仕事ができない人間」というのが、格好の標的にされている。
でも、もう今後は逆が成立しなくなるかもしれない。つまり、「英語ができなくても、仕事ができる」という状態が想定しづらくなるかもしれない。
英語ができないということは、ドメスティックなビジネスを展開されているお客様に対してさえ、必要な「サービス」を組成するための直接交渉力を、社内で持っていないということだ。自分の担当するお客様にとってのベストを纏め上げるために、英語ができる人間による代理交渉が必要になる。正直、これでは仕事の醍醐味も、更には「仕事力」そのものさえ、大きく毀損してしまうだろう。
英語公用語化の是非は知らない。
ただ、安易な批判の前に、個人としての準備が必須かもしれない。
なかなか巧くならないけれど。
楽天やファーストリテイリングといった企業の事例が報じられているが、企業活動の全面的な英語化については賛否両論あるようだ。
今日、担当しているお客様の常務を訪問する機会があった。
サービス事業を担当しているアメリカ人の専務自らが、お客様先を訪れた。
外国人役員との同行コールは、営業職としての8年間で初めての経験だった。
お客様も最初はやや緊張気味だったが、既に馴染みのある日本人の執行役員が同席していたことに加え、通訳の方の丁寧な対応もあり、お客様コールそのものは穏当に流れ、申し分のないものとなった。英語そのものを極めて慎重かつ緩やかに話してもらったことも大きかったと思う。ただ、こうして実際にコールに同行してみて、自分自身の置かれた状況が明確に変化してきていることを改めて実感した。大きな潮流としては随分前からはっきりしていたことで、今更気づくようなことでもないのだけれど、ドメスティックにビジネスを展開されている企業の役員に対して、このようなコールをセットする機会は極めて稀なのが正直なところだ。それゆえに、ある意味では「保護されていた」にすぎないのだけれど。
要するに、お客様へのサービスを組成する上で、重要な決定権限を持つ人間が、外国人役員にシフトしている訳だ。ほぼ国内市場に閉じたビジネスを展開されているお客様であっても、外国人役員が総責任者として「お客様のダイレクトな声」を聞こうとするのは、会社が提供する「サービス」自体がグローバルの枠組みの中で組成されているからに他ならない。システム開発の世界では、中国やインドの技術者を活用したオフショア開発が既に一般的になっているが、こうしたデリバリー・スキームのグローバル化に留まらず、プライシングやマネジメントそのものがグローバル化している。
国内をメインとする「現場」では、 英語への抵抗は依然として強い。
「英語はできても、仕事ができない人間」というのが、格好の標的にされている。
でも、もう今後は逆が成立しなくなるかもしれない。つまり、「英語ができなくても、仕事ができる」という状態が想定しづらくなるかもしれない。
英語ができないということは、ドメスティックなビジネスを展開されているお客様に対してさえ、必要な「サービス」を組成するための直接交渉力を、社内で持っていないということだ。自分の担当するお客様にとってのベストを纏め上げるために、英語ができる人間による代理交渉が必要になる。正直、これでは仕事の醍醐味も、更には「仕事力」そのものさえ、大きく毀損してしまうだろう。
英語公用語化の是非は知らない。
ただ、安易な批判の前に、個人としての準備が必須かもしれない。
なかなか巧くならないけれど。
Saturday, July 03, 2010
ALL
7月3日、土曜日。
オール東大 32-7 Imperial College London(16:00K.O@駒場ラグビー場)
ずっと楽しみにしていたゲーム。きちんと勝利できて、まずは良かった。
怪我人が出たこともあって、CTBで80分間フル出場となったが、フルでプレーするのは本当に久しぶりで、さすがにかなり疲れた。ノックオン2回、イージーなタックルミスもあって、個人的な出来は散々だったけれど、最低限の仕事はできたかなとも思う。
こういう体験を、東大ラグビー部として大切にしていきたい。
一昨年のエジンバラ大戦に続いての国際交流マッチ。まさにラグビーの醍醐味だ。
そして、現役・OB混成チームで戦うということ。これも極めてラグビーらしい、素晴らしいことだ。急造メンバーでも本気で勝ちに行く。難しいことはできないけれど、低いタックルと素早い出足で止める。OBはフィットネスに不安があろうとも、自分達が学生の頃に練習してきたプレーに拘って、今できることをする。今の東大にとって、様々な意味で経験値を積むきっかけになったのではないかと思う。
スターター15人の中で、現役のメンバーは4人。留年組を含めると7人になる。最近は現役のレベルが落ちてきていると言われているけれど、今日のゲームでは皆、良いプレーをしていた。周囲のプレーヤーが変わると、発揮される個性・パフォーマンスも変わってくる。OB側にとっても、普段は共にゲームに出ることのない現役メンバーとプレーすることで、彼等からエネルギーをもらうことができる。現役の選手と一緒に本気でゲームをできるのは、おれたちにとっても嬉しく、そして単純にとても楽しいことだ。
同期では、宋が前半のFLで出場した。
開始早々のキックオフであまりに美しいアーリータックルを決め、即座にシンビンを喰らっていたけれど、グラウンド内外での存在感は相変わらずだった。今でもプレーを続けている最後の同期。一緒に試合をする機会はめっきり減ってしまったが、そういう意味でも今日は楽しかった。
また次の機会のために、トレーニングしないと。
こういう貴重なゲームに召集してもらえることを幸運と思って。
高校時代
昨晩は、久しぶりに高校時代のラグビー部の仲間数人が集まって、東京駅構内の蕎麦屋で軽く呑んだ。おれは少々遅れて参加したのだが、ラグビー部時代の思い出話が次々に飛び出して、かなり楽しかった。感傷ではなくて、高校ラグビーというのは、何度聞いても笑いが止まらない逸話が本当にたくさんあるものなんです。これは母校時習館だけではなくて、多くの高校チームには、似たようなエピソードが幾つも転がっているだろうと思う。
初めての試合でチャンスにふとボールが渡ってしまい、どうすれば良いのか分からず、まだディフェンダーは誰も来ていないのに、何を血迷ったかいきなり地面に倒れ込み、「ラック」と叫んで綺麗なダウンボールをした後輩がいた。「1人ラック」というこの伝説のプレーは、今でも語り草になっている。ラックドリルに忠実にプレーするのは、如何にも真面目な時習館らしい。
モールサイドを突破しようと、ボールを持ち出してサイドアタックを仕掛けようとした瞬間、先輩の発した「行くな」の声に気圧されてすごすごとモールに戻り、アクシデンタル・オフサイドを取られた同期がいる。彼は、意図的に笑いを取るのは全くもって不得手だが、行動そのものが誘う笑いには素晴らしいものがある。とある練習試合で彼は、ポスト正面からの相手コンバージョンをチャージしようと果敢に走り出した。次の瞬間、相手キッカーの明らかなミスキックが超低弾道で彼の頭を撃ち抜き、どう考えても入るはずのなかったキックが、見事に上方へと弾道を変化させて入ってしまった。この奇跡は「ラグビー界初の自殺点」と呼ばれ、おそらくギネスブックにも申請できるだろう。
自分でも忘れていたエピソードも出てきた。当時おれはチームのキャプテンをしていたのだけれど、ある時、試合中の「チャンス」コールについて、みんなに提案をしたんだ。俺達は、相手がミスすると「チャンス」と言うが、実際にはほとんどチャンスになっていない。俺達レベルのチームにとって、相手のミスは本当は"Chance"ではない。"Opportunity"でしかないんだ。「オポチュ」なんだ、と。それで俺達は、暫くの間、練習の時にミスが起きると「オポチュ」と叫んでいた。今聞いても本当に馬鹿らしくて、また当時のおれがいかにも言いそうなことで笑えてくる。
東大ラグビー部に入ってから宋に聞いた灘高のエピソードも面白い。
当時はショートラインアウトが流行り出した頃で、4menや5menといった配置をどこのチームも取り入れていたのだが、灘高では、それならば2men(ツーメン)でもいいじゃないかという話になったそうだ。そこから議論は更に発展し、極論すれば1men(ワンメン)でもいいのではないか、と言い出す奴が現れた。すると「いや、ワンはメンじゃねえよ」という適切な突っ込みが入り、一旦「ワンマン」となったところで、「その場合はa man(アマン)じゃないのか」という灘高らしい知的な突っ込みが続いて、最終的に「アマン」というサインが生まれたそうだ。ラインアウトはルール上、1人では成立しないので、ゲームでは勿論レフリーに止められたという。
他にも次から次へとエピソードが溢れてくる。
高校ラグビーほど愉快な場所はないかもしれない。本当に楽しい思い出ばかりだ。
当時は「本気で勝負する」ということの意味を、まだ知らなかった。勝利に対して本気で拘っていたとは言い難く、気づきさえあれば、本当はもっと違うラグビーが出来たのかもしれない。でも、自分達で創っていったチームは、とても楽しかった。自由だったし、(自分自身を含めて)脇道が好きなちょっと独特なキャラクターが多かった。そして、少なくとも一生懸命ではあった。
あの自由気儘な学校で偶然始めたラグビーを、今でも続けているのだから、人生は分からない。「オポチュ」コールを採り入れていたような人間が、大学・社会人での決定的な体験を通して、一廻り下の学生と今でも一緒にグラウンドにいられるのだから、ラッキーだったなあと思う。
いつか機会があれば、高校ラグビーの世界もいいかもしれない。
今度はコーチとして。
初めての試合でチャンスにふとボールが渡ってしまい、どうすれば良いのか分からず、まだディフェンダーは誰も来ていないのに、何を血迷ったかいきなり地面に倒れ込み、「ラック」と叫んで綺麗なダウンボールをした後輩がいた。「1人ラック」というこの伝説のプレーは、今でも語り草になっている。ラックドリルに忠実にプレーするのは、如何にも真面目な時習館らしい。
モールサイドを突破しようと、ボールを持ち出してサイドアタックを仕掛けようとした瞬間、先輩の発した「行くな」の声に気圧されてすごすごとモールに戻り、アクシデンタル・オフサイドを取られた同期がいる。彼は、意図的に笑いを取るのは全くもって不得手だが、行動そのものが誘う笑いには素晴らしいものがある。とある練習試合で彼は、ポスト正面からの相手コンバージョンをチャージしようと果敢に走り出した。次の瞬間、相手キッカーの明らかなミスキックが超低弾道で彼の頭を撃ち抜き、どう考えても入るはずのなかったキックが、見事に上方へと弾道を変化させて入ってしまった。この奇跡は「ラグビー界初の自殺点」と呼ばれ、おそらくギネスブックにも申請できるだろう。
自分でも忘れていたエピソードも出てきた。当時おれはチームのキャプテンをしていたのだけれど、ある時、試合中の「チャンス」コールについて、みんなに提案をしたんだ。俺達は、相手がミスすると「チャンス」と言うが、実際にはほとんどチャンスになっていない。俺達レベルのチームにとって、相手のミスは本当は"Chance"ではない。"Opportunity"でしかないんだ。「オポチュ」なんだ、と。それで俺達は、暫くの間、練習の時にミスが起きると「オポチュ」と叫んでいた。今聞いても本当に馬鹿らしくて、また当時のおれがいかにも言いそうなことで笑えてくる。
東大ラグビー部に入ってから宋に聞いた灘高のエピソードも面白い。
当時はショートラインアウトが流行り出した頃で、4menや5menといった配置をどこのチームも取り入れていたのだが、灘高では、それならば2men(ツーメン)でもいいじゃないかという話になったそうだ。そこから議論は更に発展し、極論すれば1men(ワンメン)でもいいのではないか、と言い出す奴が現れた。すると「いや、ワンはメンじゃねえよ」という適切な突っ込みが入り、一旦「ワンマン」となったところで、「その場合はa man(アマン)じゃないのか」という灘高らしい知的な突っ込みが続いて、最終的に「アマン」というサインが生まれたそうだ。ラインアウトはルール上、1人では成立しないので、ゲームでは勿論レフリーに止められたという。
他にも次から次へとエピソードが溢れてくる。
高校ラグビーほど愉快な場所はないかもしれない。本当に楽しい思い出ばかりだ。
当時は「本気で勝負する」ということの意味を、まだ知らなかった。勝利に対して本気で拘っていたとは言い難く、気づきさえあれば、本当はもっと違うラグビーが出来たのかもしれない。でも、自分達で創っていったチームは、とても楽しかった。自由だったし、(自分自身を含めて)脇道が好きなちょっと独特なキャラクターが多かった。そして、少なくとも一生懸命ではあった。
あの自由気儘な学校で偶然始めたラグビーを、今でも続けているのだから、人生は分からない。「オポチュ」コールを採り入れていたような人間が、大学・社会人での決定的な体験を通して、一廻り下の学生と今でも一緒にグラウンドにいられるのだから、ラッキーだったなあと思う。
いつか機会があれば、高校ラグビーの世界もいいかもしれない。
今度はコーチとして。
Tuesday, June 29, 2010
小さくても。
何人かの友達から、パワハラ被害の経験を聞いたことがある。センシティブな話題なので具体的なことを書くつもりはないけれど、少なくない数の同年代の仲間が、近しい境遇を経験しているような気がする。
自分自身は、今のところ幸いにも内輪でのハラスメントはなく、個人の裁量をある程度尊重してもらいながら仕事できる状況ではある。別の要因で生じた軋轢で苦しんだことはあり、それは個人的にはとてもしんどい経験だったけれど、逃げ場を見出せない内部のハラスメントの辛さはきっと比較にならないレベルのものだろうと思う。
今まさに悩んでいる友達もいる。
本当に酷い。許しがたい環境に置かれている。
正面切って戦えない状況にいることを知った上で、そういう人だけを確信犯的に狙い撃つように人格攻撃を仕掛ける。パフォーマンスそのものではなく、人格にまで踏み込んでくるのが、この手のハラスメントの常套手段だ。おれの友達のケースに関して言えば、パフォーマンスにさえ問題があったとはとても思えない。
思い出した言葉がある。
観点は違うのだけど、宋文洲さんの言葉だ。
『信じていたことも、信じなくなることも、いいことだ。
それが真剣に考えた結果であれば。』
逃げられるならば、逃げるのも大切な選択肢だと思う。真剣どころか、絶望的な状況で苦しんだ末の逃避を、否定するものなんて何もない。でもきっと、すぐには逃げることさえできないことの方が多いような気がする。
だからこそ、せめて「気持ちの逃げ場」だけはあってほしいなあと思います。小さくても、ひとつだけでも。
自分自身は、今のところ幸いにも内輪でのハラスメントはなく、個人の裁量をある程度尊重してもらいながら仕事できる状況ではある。別の要因で生じた軋轢で苦しんだことはあり、それは個人的にはとてもしんどい経験だったけれど、逃げ場を見出せない内部のハラスメントの辛さはきっと比較にならないレベルのものだろうと思う。
今まさに悩んでいる友達もいる。
本当に酷い。許しがたい環境に置かれている。
正面切って戦えない状況にいることを知った上で、そういう人だけを確信犯的に狙い撃つように人格攻撃を仕掛ける。パフォーマンスそのものではなく、人格にまで踏み込んでくるのが、この手のハラスメントの常套手段だ。おれの友達のケースに関して言えば、パフォーマンスにさえ問題があったとはとても思えない。
思い出した言葉がある。
観点は違うのだけど、宋文洲さんの言葉だ。
『信じていたことも、信じなくなることも、いいことだ。
それが真剣に考えた結果であれば。』
逃げられるならば、逃げるのも大切な選択肢だと思う。真剣どころか、絶望的な状況で苦しんだ末の逃避を、否定するものなんて何もない。でもきっと、すぐには逃げることさえできないことの方が多いような気がする。
だからこそ、せめて「気持ちの逃げ場」だけはあってほしいなあと思います。小さくても、ひとつだけでも。
Thursday, May 13, 2010
ボルダリング
先週のことだけれど、初めてのボルダリング体験に行ってきた。
折角取った休暇に雨が降ってしまったので、屋内で楽しめることをしようと思って。
探し当てたのは、名古屋市天白区にある「クライミングジム・エイム」だ。
http://www.climbing-aim.jp/index.html
初めて中古カメラ店に行った時の雰囲気に、少し似ていた。クライミングをこよなく愛する人達が、静かに大切に守っている場所のような感じがして、門外漢の素人に邪魔されたくないといった空気をどこか感じてしまう。
クライミング用のきつめのシューズとチョークを借りて、ジムオーナーの少々分かりづらい説明を受けると、あとはただ登るだけ。数メートルの壁を前に、初心者向けのコースを探しては登り、また次のコースを探しては、登る。壁そのものは数面あるのだけれど、初めての人間が登れるコースは限られてくる。少しでもコースの難易度が上がるともう登れなくなってしまうので、結果的に何度も1つのコースに挑戦することになる。
この極めて単純な営みが、やり始めてみると、とても楽しかった。
最初に感じた若干の据わりの悪さのようなものも忘れて、熱中してしまった。
わずか数メートル、1つのコースで利用するホールドは数個程度のものなのに、とても難しく、そしてかなり疲れる。特に、握力と前腕部の消耗が激しい。結局、2時間近くも続けてしまったのだけれど、休憩を挟みながらでないと、とても続かない。
でも、やっぱり楽しいんだ。
悪戦苦闘しながら1つのコースを登り切れた時の、嬉しさと爽快感。
ただ登る、というシンプルな身体動作の中にある、遊びの原点のような感じ。
ある種の人達が取り憑かれてしまうのも頷ける。
帆南を連れていったので、残念ながらパートナーと一緒に登ることはできなかったけれど、家族や友達、仲間と一緒に挑戦すると、もっと楽しめるような気がする。
いつか帆南も登るかなぁ。
ちなみに、ボルダリングはラグビー選手のトレーニングとしても良いかも。
基礎的な身体能力と、身体の使い方を体得できるのではないだろうか。
ウェイトトレーニングを否定するものではないのだけれど、本当にグラウンドで要求されるパワーや身のこなしというのは、こういったより原始的な所作の中にこそあるような気がします。元木さんが穴を掘ったように。
折角取った休暇に雨が降ってしまったので、屋内で楽しめることをしようと思って。
探し当てたのは、名古屋市天白区にある「クライミングジム・エイム」だ。
http://www.climbing-aim.jp/index.html
初めて中古カメラ店に行った時の雰囲気に、少し似ていた。クライミングをこよなく愛する人達が、静かに大切に守っている場所のような感じがして、門外漢の素人に邪魔されたくないといった空気をどこか感じてしまう。
クライミング用のきつめのシューズとチョークを借りて、ジムオーナーの少々分かりづらい説明を受けると、あとはただ登るだけ。数メートルの壁を前に、初心者向けのコースを探しては登り、また次のコースを探しては、登る。壁そのものは数面あるのだけれど、初めての人間が登れるコースは限られてくる。少しでもコースの難易度が上がるともう登れなくなってしまうので、結果的に何度も1つのコースに挑戦することになる。
この極めて単純な営みが、やり始めてみると、とても楽しかった。
最初に感じた若干の据わりの悪さのようなものも忘れて、熱中してしまった。
わずか数メートル、1つのコースで利用するホールドは数個程度のものなのに、とても難しく、そしてかなり疲れる。特に、握力と前腕部の消耗が激しい。結局、2時間近くも続けてしまったのだけれど、休憩を挟みながらでないと、とても続かない。
でも、やっぱり楽しいんだ。
悪戦苦闘しながら1つのコースを登り切れた時の、嬉しさと爽快感。
ただ登る、というシンプルな身体動作の中にある、遊びの原点のような感じ。
ある種の人達が取り憑かれてしまうのも頷ける。
帆南を連れていったので、残念ながらパートナーと一緒に登ることはできなかったけれど、家族や友達、仲間と一緒に挑戦すると、もっと楽しめるような気がする。
いつか帆南も登るかなぁ。
ちなみに、ボルダリングはラグビー選手のトレーニングとしても良いかも。
基礎的な身体能力と、身体の使い方を体得できるのではないだろうか。
ウェイトトレーニングを否定するものではないのだけれど、本当にグラウンドで要求されるパワーや身のこなしというのは、こういったより原始的な所作の中にこそあるような気がします。元木さんが穴を掘ったように。
Saturday, April 10, 2010
Taga
Tricycleって、知ってますか。
パートナーがずっと欲しがっていたオランダの子乗せ三輪車が、遂に届きました。
http://www.taga.nl/intro.asp車を持たない生活をしているので、子供が産まれてからは、パートナーの行動範囲がとても狭まってしまっていた。帆南も1歳を過ぎて、普通に歩けるようになったし、電車に乗ってもおとなしくしているので出掛けることは出来るのだけれど、ちょっとした日々の生活の中で、気軽に足を運べるエリアとなると、どうしても徒歩圏内となってしまっていた。気分転換も難しかったみたい。
育児の苦労も絶えない日々に、少しでも潤いと楽しみを添えたいという思いもあって、ずっと前から2人で自転車を色々と探していたのだけれど、世界には本当に沢山の子乗せ自転車があって。
Zigo、Nihola等、見ているだけで楽しくなるデザインに憧れていた。
http://myzigo.jp/
http://nihola.info/da/nihola+cykler/nihola+low/
そんな中、最終的に選んだのがTaga。デザイン性やサイズを考慮すると、最も実用性を備えていると感じたのが決め手になった。前方が二輪なので、当然ながら通常の自転車と比較すると幅も広くて場所を取るのだけれど、Tagaの場合はベビーカーとしても使えるようになっていて、ベビーカー・モードにしてしまえば、比較的狭いスペースでも置いておける。一応、実車も確認した上で購入したのだけれど、実際に届いてみると、さほど不便なく使えるレベルかなと感じている。
名古屋の市街をどの程度走れるものか多少の不安はあったけれど、今のところ特に問題もなく、気持ちよく走れている。帆南も心地よいらしく、一度乗せて街を走り出すと、もう降りたくないようで、降ろす時にはいつもぐずっている。
自転車道がきちんと整備されているオランダで生まれた製品で、まだ日本では取扱いも少ないのが現実だ。国内の販売代理店も数店あるけれど、結局は個人輸入で購入した。現在の為替だと、代理店経由よりも遥かに安価に購入できるし、対応してくれたオランダのセールス・マネージャーはとても丁寧で親切だった。納期も非常に短くて、送金完了から1週間以内で届いてしまった。便利な時代になったなぁと、本当に驚いてしまった。
パートナーがよく言うのだけれど、日本の子乗せ自転車は「母親が乗る」ことを前提に作られているものばかりだ。いわゆるママチャリのハンドル部分に子乗せシートを装着して街を走る母親の姿はよく見掛けるけれど、父親が子供を乗せて自転車で走っている姿はまずお目にかかれない。
勿論、Tagaのメインターゲットも母親だろうけれど、父親が乗って格好良いデザインだと思う。日々の暮らしの中では主にパートナーが使うことになるけれど、週末はおれが乗り廻したい。サイドバックにマグを入れて、ロディのヘルメットをかぶせたら、名古屋大が練習している山の上グラウンドまで、帆南を連れていけるかも。
Sunday, March 28, 2010
cycling
3月29日、日曜日。
パートナーと一緒に、帆南を連れて名城公園に遊びに行ってきた。
多くの花見客が昼下がりの時間を過ごしていて、なかなか賑やかだった。
帆南には離乳食のお弁当を持っていって、自分達にはパンを幾つか買って持っていって、ささやかなランチだけれど気持ちよく楽しめた。帆南は最近になって食欲が旺盛になってきたけれど、屋外に出ると、一層元気よく食べる気がします。外の空気は、やはり気持ちいいんだろうね。
さて、本題はランチの後のこと。
名城公園内には全長1.3kmのサイクリング・コースがあるのだけれど、このコースを活用して、日曜日には「名城自転車天国」という催しが行われているんだ。
http://www.keirin-njk.com/nasiro/index.html
パートナーは以前から知っていたようだけれど、おれ自身は今日までこの催し自体を全く知らなかった。公園内に足を踏み入れてみると、ナンバープレートをつけた自転車が至るところを走り廻っていて、結構すごい台数だった。
受付会場で聞いてみると、わずか500円で何度も自転車を借りて遊べるとのこと。
勿論、やってみました。
まずは、以前から乗ってみたかったタンデム。パートナーが以前欲しがっていたタイプの自転車なのだけれど、乗ってみると結構難しい。本来2人乗りのところ、チャイルドシートまで装填して3人で乗ってみると、特に後部側(ストーカーというらしい)がバランスを保つのに、少々苦戦する。そういう意味では、実用性は高くないだろうし、スピードを出して街を颯爽と走るようなものではないけれど、ただ、とても楽しい。チャイルドシートもレンタルできるので、家族で一度乗ってみるのはお勧めです。
そして、ジョイフル。ペダルとサドルがなく、身体をスプリングのようにしながら後輪を回転させて走る自転車で、これも初めて乗ってみた。小学生くらいの子供達が見事に乗り廻しているのが本当に楽しそうで、見ているだけで微笑ましいのだけれど、乗ってみるとこれも結構難しい。子供の方がかなり上手くて、おれは相当下手だった。悔しいので、一応おれの中では「体重が一定以上あると不利な自転車だ」という結論にしている。ちなみに、パートナーは結構上手だったね。
更には、前輪車軸にペダルを取り付けたミショー型と呼ばれる自転車まであって。
http://www6.atwiki.jp/piro/pages/1332.html
事務局の方に「何でも挑戦するねぇ」と笑われながら、勿論乗ってみた。
そして、これまた面白い。結構ぶれるけれど、十分走れる。ブレーキが片側しかないので最初は少し不安になるけれど、そもそも前輪しか廻らないのだから当然だ。これも街では走れないだろうけれど、乗っているだけで厭きない。
そんな訳で、1時間近くも自転車で遊んでしまった。
こういう遊びがやはり一番面白い。
ただ「乗る」というとても原始的な行為なのだけれど、それがとても心地よい。
また行ってみよう。
パートナーと一緒に、帆南を連れて名城公園に遊びに行ってきた。
多くの花見客が昼下がりの時間を過ごしていて、なかなか賑やかだった。
帆南には離乳食のお弁当を持っていって、自分達にはパンを幾つか買って持っていって、ささやかなランチだけれど気持ちよく楽しめた。帆南は最近になって食欲が旺盛になってきたけれど、屋外に出ると、一層元気よく食べる気がします。外の空気は、やはり気持ちいいんだろうね。
さて、本題はランチの後のこと。
名城公園内には全長1.3kmのサイクリング・コースがあるのだけれど、このコースを活用して、日曜日には「名城自転車天国」という催しが行われているんだ。
http://www.keirin-njk.com/nasiro/index.html
パートナーは以前から知っていたようだけれど、おれ自身は今日までこの催し自体を全く知らなかった。公園内に足を踏み入れてみると、ナンバープレートをつけた自転車が至るところを走り廻っていて、結構すごい台数だった。
受付会場で聞いてみると、わずか500円で何度も自転車を借りて遊べるとのこと。
勿論、やってみました。
まずは、以前から乗ってみたかったタンデム。パートナーが以前欲しがっていたタイプの自転車なのだけれど、乗ってみると結構難しい。本来2人乗りのところ、チャイルドシートまで装填して3人で乗ってみると、特に後部側(ストーカーというらしい)がバランスを保つのに、少々苦戦する。そういう意味では、実用性は高くないだろうし、スピードを出して街を颯爽と走るようなものではないけれど、ただ、とても楽しい。チャイルドシートもレンタルできるので、家族で一度乗ってみるのはお勧めです。
そして、ジョイフル。ペダルとサドルがなく、身体をスプリングのようにしながら後輪を回転させて走る自転車で、これも初めて乗ってみた。小学生くらいの子供達が見事に乗り廻しているのが本当に楽しそうで、見ているだけで微笑ましいのだけれど、乗ってみるとこれも結構難しい。子供の方がかなり上手くて、おれは相当下手だった。悔しいので、一応おれの中では「体重が一定以上あると不利な自転車だ」という結論にしている。ちなみに、パートナーは結構上手だったね。
更には、前輪車軸にペダルを取り付けたミショー型と呼ばれる自転車まであって。
http://www6.atwiki.jp/piro/pages/1332.html
事務局の方に「何でも挑戦するねぇ」と笑われながら、勿論乗ってみた。
そして、これまた面白い。結構ぶれるけれど、十分走れる。ブレーキが片側しかないので最初は少し不安になるけれど、そもそも前輪しか廻らないのだから当然だ。これも街では走れないだろうけれど、乗っているだけで厭きない。
そんな訳で、1時間近くも自転車で遊んでしまった。
こういう遊びがやはり一番面白い。
ただ「乗る」というとても原始的な行為なのだけれど、それがとても心地よい。
また行ってみよう。
Friday, February 19, 2010
ロッカー
同期と珍しく食事をして、また終電。
終電に乗ると、blogを書きたくなります。
東京で午後から予定されていた社内会議のために、少し早めに新幹線で移動。日本橋まで足を延ばして、1人で鶏料理「ぼんぼり」のランチを食べていると、店内に流れてきたのは川村結花さんのカバーによる『夜空ノムコウ』だった。
この曲を書いたシンガーソングライター、知ってますか。
ちなみに作詞はスガシカオです。
カウンターで食事をしていたのが自分ひとりだったこともあって、妙にしんみりしてしまった。学生の頃、今ではさっぱり使われなくなったMDで何度も聴いた川村結花さんのカバーも懐かしくて。『unforgettable』とか、すごく好きだったのを思い出します。
「あの頃の未来に、僕等は立っているのかな」とスガシカオは問いかけるけれど、あの頃の自分には未来なんてなかった。本当に、ただ「今」しかなくて、今を必死に生きていた。言葉にしてしまうと恥ずかしいけれど、本当にそんな感じだった。とにかく喰らいついていかなければ、明日は自分のロッカーがなくなっているかもしれない。大柄な男の身体ひとつと、多少の荷物が収まる程度のほんの小さなロッカーを守るために、毎日がバトルだった。
小さなロッカーが、当時の自分には全てだった。
そして掛けられたネームプレートは、ある種の自己証明だった。
おれ、まだここにいます、って。
もっと必死に生きられる。
フィジカルな世界よりも多少分かりづらいけれど、自分の居場所はやっぱり、自分で掻き分けて、掴んで、喰らいついて、そして繋ぎとめるものだ。
居場所は、そこにずっとある訳じゃない。
スガシカオのように感傷はできない。妥協も感傷もしている余裕さえなかった当時が、今の自分の原点のはずなんだ。20代の貴重な時間を捧げて学び取ったはずのことを、簡単に忘れていてはいけない。
妥協している暇さえないような人生を。
妥協しない、ではなくて。
終電に乗ると、blogを書きたくなります。
東京で午後から予定されていた社内会議のために、少し早めに新幹線で移動。日本橋まで足を延ばして、1人で鶏料理「ぼんぼり」のランチを食べていると、店内に流れてきたのは川村結花さんのカバーによる『夜空ノムコウ』だった。
この曲を書いたシンガーソングライター、知ってますか。
ちなみに作詞はスガシカオです。
カウンターで食事をしていたのが自分ひとりだったこともあって、妙にしんみりしてしまった。学生の頃、今ではさっぱり使われなくなったMDで何度も聴いた川村結花さんのカバーも懐かしくて。『unforgettable』とか、すごく好きだったのを思い出します。
「あの頃の未来に、僕等は立っているのかな」とスガシカオは問いかけるけれど、あの頃の自分には未来なんてなかった。本当に、ただ「今」しかなくて、今を必死に生きていた。言葉にしてしまうと恥ずかしいけれど、本当にそんな感じだった。とにかく喰らいついていかなければ、明日は自分のロッカーがなくなっているかもしれない。大柄な男の身体ひとつと、多少の荷物が収まる程度のほんの小さなロッカーを守るために、毎日がバトルだった。
小さなロッカーが、当時の自分には全てだった。
そして掛けられたネームプレートは、ある種の自己証明だった。
おれ、まだここにいます、って。
もっと必死に生きられる。
フィジカルな世界よりも多少分かりづらいけれど、自分の居場所はやっぱり、自分で掻き分けて、掴んで、喰らいついて、そして繋ぎとめるものだ。
居場所は、そこにずっとある訳じゃない。
スガシカオのように感傷はできない。妥協も感傷もしている余裕さえなかった当時が、今の自分の原点のはずなんだ。20代の貴重な時間を捧げて学び取ったはずのことを、簡単に忘れていてはいけない。
妥協している暇さえないような人生を。
妥協しない、ではなくて。
Wednesday, February 10, 2010
No Excuse
Twitterでつぶやかれた孫正義さんの言葉。
『言い訳は、解決への執念を鈍らせる。』
まさしくその通りだと思う。
「執念」という言葉の選択が、孫正義さんのイメージにとてもしっくりと馴染む。
自分の日々の言葉を思い返すと、幾つ言い訳があるだろう。特にステークホルダーが多岐に渡る仕事をしていると、前提であったはずのことが、いつしか「できない理由」へとすり替わっていく。
前提を理由にしてはいけない。
学生時代にラグビーで学んだことだ。
同じことを繰り返さないためのプロセスを、日々同じように繰り返す。
これもラグビーで学んだ。
もう学んでるはずなんだ。
砂場ではなく、駒場のグラウンドで。
『言い訳は、解決への執念を鈍らせる。』
まさしくその通りだと思う。
「執念」という言葉の選択が、孫正義さんのイメージにとてもしっくりと馴染む。
自分の日々の言葉を思い返すと、幾つ言い訳があるだろう。特にステークホルダーが多岐に渡る仕事をしていると、前提であったはずのことが、いつしか「できない理由」へとすり替わっていく。
前提を理由にしてはいけない。
学生時代にラグビーで学んだことだ。
同じことを繰り返さないためのプロセスを、日々同じように繰り返す。
これもラグビーで学んだ。
もう学んでるはずなんだ。
砂場ではなく、駒場のグラウンドで。
Friday, February 05, 2010
confidence
毎朝楽しみにしているメールマガジン「ハロー!株式」で見つけた名言を。
人を信じよ、しかしその百倍も自らを信じよ。― 手塚治虫
学生時代に肌身で知ったことがある。
自信を持つのは簡単じゃない。より正確には、自信を裏付けるのは簡単じゃない。
恐怖や不安、苦悩や絶望の淵に足が掛かり、心が折れそうになった時に、それでも最後まで自分を支え、拠って立つべき根拠として自らを奮い立たせてくれるもの。
自信とはつまり、そういうものだと思う。
生半可な自信など役に立たない。自尊を守れない自信に何の価値があるのか。
だからこそ、本来の意味での自信を持つのは容易ではない。
努力というと誤解を招くかもしれないが、自分自身の寄る辺を確立するための不断のプロセスがあって初めて、自信は裏付けを持つのだと思う。
そしてそれは、きっと一般的に想像されるような苦行ではないんだ。苦行でないからこそ、苦しいことに向かっていけるのだと思う。このニュアンスが重要なところだ。
手塚治虫さんは、人よりも百倍も濃厚なプロセスを生きていたのだろう。
この短い言葉の裏に、その熱く深い裏付けを感じずにはいられない。
人を信じよ、しかしその百倍も自らを信じよ。― 手塚治虫
学生時代に肌身で知ったことがある。
自信を持つのは簡単じゃない。より正確には、自信を裏付けるのは簡単じゃない。
恐怖や不安、苦悩や絶望の淵に足が掛かり、心が折れそうになった時に、それでも最後まで自分を支え、拠って立つべき根拠として自らを奮い立たせてくれるもの。
自信とはつまり、そういうものだと思う。
生半可な自信など役に立たない。自尊を守れない自信に何の価値があるのか。
だからこそ、本来の意味での自信を持つのは容易ではない。
努力というと誤解を招くかもしれないが、自分自身の寄る辺を確立するための不断のプロセスがあって初めて、自信は裏付けを持つのだと思う。
そしてそれは、きっと一般的に想像されるような苦行ではないんだ。苦行でないからこそ、苦しいことに向かっていけるのだと思う。このニュアンスが重要なところだ。
手塚治虫さんは、人よりも百倍も濃厚なプロセスを生きていたのだろう。
この短い言葉の裏に、その熱く深い裏付けを感じずにはいられない。
Wednesday, February 03, 2010
シナリオ
iPhoneアプリから初めての更新。
これで書ければ、更新しやすくなるかも。
東京駅から、最終の新幹線で名古屋に向かっている。最終電車というのは、それだけでどこか感傷的なところがあって、どうしても1日を振り返ってしまう。勿論それは、悪いことではないけれど。
毎日色々なことがあるけれど、思惑通りに進むことは殆どなくて、いつも自分の算段を越えたところで物事が動いていく。営業の仕事をしているとよく「シナリオ」という言葉が使われるのだけれど、シナリオ通りに事が進まないのは、シナリオの練り込みが足りないのかもしれない。
「シナリオ通りの人生はつまらない。」
どこかで聞いたようなフレーズだ。
きっとそうだろう。
でも、シナリオを描こうとさえしない人生だって、きっとつまらない。
うまく描けなくても、自分の進む道筋は自分で描きたい。外れてばかりのシナリオだったとしても、描き続ける意志を放棄したくはない。
スタートはいつだって、ドラフト版のシナリオなのだから。
これで書ければ、更新しやすくなるかも。
東京駅から、最終の新幹線で名古屋に向かっている。最終電車というのは、それだけでどこか感傷的なところがあって、どうしても1日を振り返ってしまう。勿論それは、悪いことではないけれど。
毎日色々なことがあるけれど、思惑通りに進むことは殆どなくて、いつも自分の算段を越えたところで物事が動いていく。営業の仕事をしているとよく「シナリオ」という言葉が使われるのだけれど、シナリオ通りに事が進まないのは、シナリオの練り込みが足りないのかもしれない。
「シナリオ通りの人生はつまらない。」
どこかで聞いたようなフレーズだ。
きっとそうだろう。
でも、シナリオを描こうとさえしない人生だって、きっとつまらない。
うまく描けなくても、自分の進む道筋は自分で描きたい。外れてばかりのシナリオだったとしても、描き続ける意志を放棄したくはない。
スタートはいつだって、ドラフト版のシナリオなのだから。
Tuesday, February 02, 2010
英語
久しぶりの更新。
随分書いていなかったなぁ。
つい最近のことだけれど、英語の勉強を再開した。
何度も挫折しているのだけれど、もう一度きちんと挑戦しようと思っている。
毎日英語に触れるつもりで、特にリスニングを改善していきたい。
本当は、英語で読んでみたい本が沢山あるのだけれど、ずっと怠っていた。
最近は小説を読む量が随分減ってしまったけれど、学生の頃、ポール・オースターの『幽霊たち(Ghosts)』を原語で読みたくて、ペーパーバックを買った記憶がある。
読み切れなかったなぁ・・・。
NYで活躍する大学ラグビー部の同期の言葉で、とても印象的だったものがある。
随分前のことだけれど、彼の一時帰国の折に、東京で仲間が集まって呑んだのだが、broken Englishでも十分にアメリカ人との交流はできるし、心を通わせることができるはずだと語る仲間の1人に、こう応じたんだ。
「でもそれは、ある一線を越えない。」
表現は正確ではないが、発言の主旨ははっきりと覚えている。
そしてその時に、そうだよなぁと素直に感じ入ってしまったことも。
言葉では表すことのできないことは、きっと沢山あるだろう。
でも、言葉でしか表すことのできないものだって、沢山あるはずだ。
言語化を志向することで初めて気づく非言語の領域。
その深さと繊細さを伝えることができるのは、結局のところ言葉かもしれない。
そこまで辿り着けなくてもまずはいいので、もう一度、英語を勉強してみよう。
1年後にはポール・オースターを読みこなせるように。
随分書いていなかったなぁ。
つい最近のことだけれど、英語の勉強を再開した。
何度も挫折しているのだけれど、もう一度きちんと挑戦しようと思っている。
毎日英語に触れるつもりで、特にリスニングを改善していきたい。
本当は、英語で読んでみたい本が沢山あるのだけれど、ずっと怠っていた。
最近は小説を読む量が随分減ってしまったけれど、学生の頃、ポール・オースターの『幽霊たち(Ghosts)』を原語で読みたくて、ペーパーバックを買った記憶がある。
読み切れなかったなぁ・・・。
NYで活躍する大学ラグビー部の同期の言葉で、とても印象的だったものがある。
随分前のことだけれど、彼の一時帰国の折に、東京で仲間が集まって呑んだのだが、broken Englishでも十分にアメリカ人との交流はできるし、心を通わせることができるはずだと語る仲間の1人に、こう応じたんだ。
「でもそれは、ある一線を越えない。」
表現は正確ではないが、発言の主旨ははっきりと覚えている。
そしてその時に、そうだよなぁと素直に感じ入ってしまったことも。
言葉では表すことのできないことは、きっと沢山あるだろう。
でも、言葉でしか表すことのできないものだって、沢山あるはずだ。
言語化を志向することで初めて気づく非言語の領域。
その深さと繊細さを伝えることができるのは、結局のところ言葉かもしれない。
そこまで辿り着けなくてもまずはいいので、もう一度、英語を勉強してみよう。
1年後にはポール・オースターを読みこなせるように。
Monday, January 11, 2010
WMM
1月10日(日)
全国クラブラグビー選手権、準決勝。
駒場WMM 22-19 タマリバクラブ
本当に良かった。
スタンドで応援できなかったのが残念だけれど、本当に素晴らしいです。
スコアからも、なんとなくゲームの雰囲気が伝わってくる。きっと泥臭いラグビーで、小さな幸運を手繰り寄せて、底力を全て出し尽くして勝ったのだろうと思います。
六甲との決勝戦が楽しみです。
またきっと、全てを出し尽くして、勝ってくれるだろうと期待しています。
宋、おつかれさま。ラストゲームまで、頑張ってください。
全国クラブラグビー選手権、準決勝。
駒場WMM 22-19 タマリバクラブ
本当に良かった。
スタンドで応援できなかったのが残念だけれど、本当に素晴らしいです。
スコアからも、なんとなくゲームの雰囲気が伝わってくる。きっと泥臭いラグビーで、小さな幸運を手繰り寄せて、底力を全て出し尽くして勝ったのだろうと思います。
六甲との決勝戦が楽しみです。
またきっと、全てを出し尽くして、勝ってくれるだろうと期待しています。
宋、おつかれさま。ラストゲームまで、頑張ってください。
Wednesday, December 30, 2009
iphone
ちなみに2日前、今年の総決算として、私用携帯を水没させてしまった。
忘年会の帰り際のことで、メモリも全て失われてしまった。
これから少しずつ、友達の連絡先を回復させていかないと・・・。
Softbank Shopで相談すると、修理に8,400円必要とのこと。
ちょうど端末分割払いも満了していたので、思い切ってiphoneに機種変更した。
在庫切れが続くiphoneだが、偶然にも即日入荷のモデルが1台あって。
そんな訳でこの2日間は、使い慣れないiphoneで、色々遊んでいる。
今更iphoneのレビューコメントなど古いと思うけれど、感じたことを書いておきます。
現時点の感想としては、かなり素晴らしい。
流行る理由がよく分かります。
まず非常に便利なのがWi-Fi接続。自宅が無線LAN環境だと、かなり快適な使用感だ。初期設定も非常に簡単で、WEPの設定さえ済ませればすぐに接続できる。
これをベースに考えると、Webの利用形態は今後大きく変わってくるかもしれない。iphoneに限らず、携帯の最大の魅力は起動が早いことだ。ブラウザ環境も美しく、画面サイズの制約はあるにせよ十分利用に堪えるレベルなので、一般的なインターネットアクセスにPCを利用するメリットは薄くなりそうだ。GmailやHotmail等のポピュラーなメール環境もセットアップが容易で、返信を書くのは多少手間にせよ、メールの閲覧に関しては、iphoneだけでほぼ十分だと思う。
RSSリーダーもかなり便利だ。今はブラウザ(Sleipnir)組み込み型のRSS Pluginを活用していて、これも非常に便利なのだが、iphone上でRSS feedを活用できるメリットは相当に大きい。特にオフラインで閲覧できれば、自宅のWi-Fiで最新記事をアップロードしておくことで、通勤等の移動時間帯にかなりの情報を捌けるだろう。首都圏の地下鉄ユーザーなどにとっては、非常に強力なツールになってくると思う。
echofon for twitterも導入してみたが、これも興味深い。twitterは、PCのブラウザから利用している限り、正直何が面白いのか全く理解できなかったけれど、iphoneのような携帯端末からクイックにアクセスできると、twitterの本来目指している面白さが出てくるのかもしれないと感じる。
ニュースサイトが提供している無料アプリケーションも非常に便利だ。新聞大手三紙が軒並み赤字になるのも頷ける。この流れは間違いなく加速していくだろう。特に速報性の求められるニュースなどは、iphoneのような端末からアクセスした方が圧倒的に早い。ちなみに、産経新聞に至っては、実際の紙面イメージそのままを閲覧することができる。ここまで来ると、産経は今後どうやって収益性を確保するつもりなのだろうかと、勝手に心配してしまう。まあ、紙媒体の方がやはり読み易いけれど。
いずれにせよ、このアプリケーションの充実度を見る限り、他携帯が追付いてくるのは当面難しいと思う。先行してオープンな開発プラットフォームを拡充して、開発者を囲い込んだことが大きい。無料アプリケーションだけでもかなりのことが出来てしまう状況になっているので、優位性はより強まっていく感じがする。
セカイカメラのようなアプリケーションまで無償提供されているのだから。
入力系は心配だったけれど、日常的な使用には問題ないかなと。
もう少し使い込んでみようと思います。
忘年会の帰り際のことで、メモリも全て失われてしまった。
これから少しずつ、友達の連絡先を回復させていかないと・・・。
Softbank Shopで相談すると、修理に8,400円必要とのこと。
ちょうど端末分割払いも満了していたので、思い切ってiphoneに機種変更した。
在庫切れが続くiphoneだが、偶然にも即日入荷のモデルが1台あって。
そんな訳でこの2日間は、使い慣れないiphoneで、色々遊んでいる。
今更iphoneのレビューコメントなど古いと思うけれど、感じたことを書いておきます。
現時点の感想としては、かなり素晴らしい。
流行る理由がよく分かります。
まず非常に便利なのがWi-Fi接続。自宅が無線LAN環境だと、かなり快適な使用感だ。初期設定も非常に簡単で、WEPの設定さえ済ませればすぐに接続できる。
これをベースに考えると、Webの利用形態は今後大きく変わってくるかもしれない。iphoneに限らず、携帯の最大の魅力は起動が早いことだ。ブラウザ環境も美しく、画面サイズの制約はあるにせよ十分利用に堪えるレベルなので、一般的なインターネットアクセスにPCを利用するメリットは薄くなりそうだ。GmailやHotmail等のポピュラーなメール環境もセットアップが容易で、返信を書くのは多少手間にせよ、メールの閲覧に関しては、iphoneだけでほぼ十分だと思う。
RSSリーダーもかなり便利だ。今はブラウザ(Sleipnir)組み込み型のRSS Pluginを活用していて、これも非常に便利なのだが、iphone上でRSS feedを活用できるメリットは相当に大きい。特にオフラインで閲覧できれば、自宅のWi-Fiで最新記事をアップロードしておくことで、通勤等の移動時間帯にかなりの情報を捌けるだろう。首都圏の地下鉄ユーザーなどにとっては、非常に強力なツールになってくると思う。
echofon for twitterも導入してみたが、これも興味深い。twitterは、PCのブラウザから利用している限り、正直何が面白いのか全く理解できなかったけれど、iphoneのような携帯端末からクイックにアクセスできると、twitterの本来目指している面白さが出てくるのかもしれないと感じる。
ニュースサイトが提供している無料アプリケーションも非常に便利だ。新聞大手三紙が軒並み赤字になるのも頷ける。この流れは間違いなく加速していくだろう。特に速報性の求められるニュースなどは、iphoneのような端末からアクセスした方が圧倒的に早い。ちなみに、産経新聞に至っては、実際の紙面イメージそのままを閲覧することができる。ここまで来ると、産経は今後どうやって収益性を確保するつもりなのだろうかと、勝手に心配してしまう。まあ、紙媒体の方がやはり読み易いけれど。
いずれにせよ、このアプリケーションの充実度を見る限り、他携帯が追付いてくるのは当面難しいと思う。先行してオープンな開発プラットフォームを拡充して、開発者を囲い込んだことが大きい。無料アプリケーションだけでもかなりのことが出来てしまう状況になっているので、優位性はより強まっていく感じがする。
セカイカメラのようなアプリケーションまで無償提供されているのだから。
入力系は心配だったけれど、日常的な使用には問題ないかなと。
もう少し使い込んでみようと思います。
2009
ようやく2009年も仕事納めとなった。
残っていた重要事項も無事にクローズして、まずはほっとしている。
それにしても、この1年間は本当に色々なことがあった。
特に仕事ではとにかく苦悩した1年間で、何をやっても上手く行かず、お客様の信頼を大きく損なってしまうような重大なトラブルも重なり、初めて前が向けなくなりかけた。今日現在も全ての問題が解消した訳ではなくて、本質的な課題は来年度以降も続いていくのだけれど、これ以上の底はないのだから、少しずつ這い上がりたい。
辛かった時、沢山の人に支えてもらったことが、今年の貴重な経験であり、財産だ。
特にパートナーには、心から感謝しています。
第一子が産まれて、彼女自身が大変だった時に、ビジネスの場でダブルバインドに嵌まり込んでしまい、最悪の状態だった頃には、自分の目の前で子供が泣いていることにさえ気づけなかった。自分自身のミスから最初のボタンの掛け違いが生じて、板挟みの板を破ることも、逃げ道を見出すことも出来ず、完全に落ちていた。
初めての育児に悪戦苦闘しているパートナーをサポートしなければいけないのに、むしろ負担をかけてしまい、本当に申し訳なかったなぁと。でも、あの時支えてもらったからこそ、また前に進めるようになった。
本当にありがとう。
他にも、会社の携帯電話を水没したり、様々な場所で忘れ物をしたり、プレゼンテーションの場にPCを忘れたり、重要な案件で苦戦を強いられたりと、大小様々なミスやトラブルがあって、とても苦労した1年間だった。
まあでも、過ぎてしまえば全てが糧。この経験で、次また跳べばいい。
ちなみに昨日、そんな2009年を振り返りながら職場で雑談していたら、秘書さんがYahoo!の「0学占い」でおれの運勢を調べてくれたんだ。
http://legacy.fortune.yahoo.co.jp/fortune/zero/index.html
その結果がこれなのだけれど、見事なものでした。(赤が2009年)

2010年は、上昇気流の1st phaseです。
五里霧中の30代を、全速力で駆け抜けてみせます。
残っていた重要事項も無事にクローズして、まずはほっとしている。
それにしても、この1年間は本当に色々なことがあった。
特に仕事ではとにかく苦悩した1年間で、何をやっても上手く行かず、お客様の信頼を大きく損なってしまうような重大なトラブルも重なり、初めて前が向けなくなりかけた。今日現在も全ての問題が解消した訳ではなくて、本質的な課題は来年度以降も続いていくのだけれど、これ以上の底はないのだから、少しずつ這い上がりたい。
辛かった時、沢山の人に支えてもらったことが、今年の貴重な経験であり、財産だ。
特にパートナーには、心から感謝しています。
第一子が産まれて、彼女自身が大変だった時に、ビジネスの場でダブルバインドに嵌まり込んでしまい、最悪の状態だった頃には、自分の目の前で子供が泣いていることにさえ気づけなかった。自分自身のミスから最初のボタンの掛け違いが生じて、板挟みの板を破ることも、逃げ道を見出すことも出来ず、完全に落ちていた。
初めての育児に悪戦苦闘しているパートナーをサポートしなければいけないのに、むしろ負担をかけてしまい、本当に申し訳なかったなぁと。でも、あの時支えてもらったからこそ、また前に進めるようになった。
本当にありがとう。
他にも、会社の携帯電話を水没したり、様々な場所で忘れ物をしたり、プレゼンテーションの場にPCを忘れたり、重要な案件で苦戦を強いられたりと、大小様々なミスやトラブルがあって、とても苦労した1年間だった。
まあでも、過ぎてしまえば全てが糧。この経験で、次また跳べばいい。
ちなみに昨日、そんな2009年を振り返りながら職場で雑談していたら、秘書さんがYahoo!の「0学占い」でおれの運勢を調べてくれたんだ。
http://legacy.fortune.yahoo.co.jp/fortune/zero/index.html
その結果がこれなのだけれど、見事なものでした。(赤が2009年)

2010年は、上昇気流の1st phaseです。
五里霧中の30代を、全速力で駆け抜けてみせます。
Monday, December 14, 2009
駒場
12月12日、土曜日。
前日が東京出張だったこともあり、随分久しぶりに駒場まで足を運んだ。
東大ラグビー部は入替戦観戦のため不在で、WMMの練習に参加してきた。
宋がいなかったのは非常に残念だったけれど、本間や山崎に久しぶりに会えたのは良かった。光将さんにも随分会っていなかった気がする。今年は本当に数える程しか練習に参加していないので、致し方ないけれど。
10時の練習開始に向けて、9時30分過ぎにグラウンドに到着したのだが、驚いた。
CTBの阿部選手が、フィットネスを兼ねて、ハンドダミーへのヒットを繰り返していた。
悲壮感のようなものはなくて、楽しそうだった。
あれ見て、他の選手はどう思ったんだろうか。楽しそうだと思わないのかなぁ。
ああいうのが、クラブにとっては最高だと、おれは思う訳です。
何にも強制されず、自発的意思に基づいて、楽しいから集まってくる。
そうすると、個人練習しているやつがいる。
それがなんだか、楽しそうだ。真剣な遊び感覚でやっている。
あいつも好きだなぁ、みたいな感じが、やはりクラブの魅力だと思います。
前日が東京出張だったこともあり、随分久しぶりに駒場まで足を運んだ。
東大ラグビー部は入替戦観戦のため不在で、WMMの練習に参加してきた。
宋がいなかったのは非常に残念だったけれど、本間や山崎に久しぶりに会えたのは良かった。光将さんにも随分会っていなかった気がする。今年は本当に数える程しか練習に参加していないので、致し方ないけれど。
10時の練習開始に向けて、9時30分過ぎにグラウンドに到着したのだが、驚いた。
CTBの阿部選手が、フィットネスを兼ねて、ハンドダミーへのヒットを繰り返していた。
悲壮感のようなものはなくて、楽しそうだった。
あれ見て、他の選手はどう思ったんだろうか。楽しそうだと思わないのかなぁ。
ああいうのが、クラブにとっては最高だと、おれは思う訳です。
何にも強制されず、自発的意思に基づいて、楽しいから集まってくる。
そうすると、個人練習しているやつがいる。
それがなんだか、楽しそうだ。真剣な遊び感覚でやっている。
あいつも好きだなぁ、みたいな感じが、やはりクラブの魅力だと思います。
Wednesday, December 09, 2009
16th
名古屋大ラグビー部を今シーズンで引退した4年生のマネージャー2人と食事。
もう2年間も練習に顔を出していながら、ゆっくり会話する機会もなかったので、とても新鮮で楽しかった。特に今シーズンは、練習やミーティングを進める際に、いつも親切にフォローしてもらって、本当に感謝しています。
「マネージャー」の位置づけは、結構難しいところがあると思っている。
自身が過去に所属したチームは、いずれも「勝利」を明確に志向するチームだった。
そういうチームで10年近くプレーを続けてきた経験上、「マネージャー」に対して、ある程度のイメージを自分の中に持ってしまっているのが、正直なところだ。
ただ、所詮それは、特定のバックボーンを持ったチームにおける「イメージ」でしかなくて、ラグビーのスタイルに色があるように、組織のあり方や、マネージャーの役割等も、当然チームカラーがあるものだし、むしろ本来そうあるべきだと思う。
自分達の価値観に正直に、「マネージャー」の何たるかは自分達で決めればいい。
その一方で、どこかに一線というか、考えるべきラインはあるのだけれど。
でも、名古屋大ラグビー部の場合は、あまり考えることもないかなと。
とても献身的で、一生懸命なマネージャーばかりだ。
どちらかと言うとむしろ、こうしたマネージャーの献身に安易に甘えがちな傾向が垣間見える選手の側に、もう少しコントロールが必要かもしれない。
4年間頑張ってきたのは、選手だけではないんだよね。
本当におつかれさまでした。
もう2年間も練習に顔を出していながら、ゆっくり会話する機会もなかったので、とても新鮮で楽しかった。特に今シーズンは、練習やミーティングを進める際に、いつも親切にフォローしてもらって、本当に感謝しています。
「マネージャー」の位置づけは、結構難しいところがあると思っている。
自身が過去に所属したチームは、いずれも「勝利」を明確に志向するチームだった。
そういうチームで10年近くプレーを続けてきた経験上、「マネージャー」に対して、ある程度のイメージを自分の中に持ってしまっているのが、正直なところだ。
ただ、所詮それは、特定のバックボーンを持ったチームにおける「イメージ」でしかなくて、ラグビーのスタイルに色があるように、組織のあり方や、マネージャーの役割等も、当然チームカラーがあるものだし、むしろ本来そうあるべきだと思う。
自分達の価値観に正直に、「マネージャー」の何たるかは自分達で決めればいい。
その一方で、どこかに一線というか、考えるべきラインはあるのだけれど。
でも、名古屋大ラグビー部の場合は、あまり考えることもないかなと。
とても献身的で、一生懸命なマネージャーばかりだ。
どちらかと言うとむしろ、こうしたマネージャーの献身に安易に甘えがちな傾向が垣間見える選手の側に、もう少しコントロールが必要かもしれない。
4年間頑張ってきたのは、選手だけではないんだよね。
本当におつかれさまでした。
Tuesday, December 08, 2009
椿山荘にて
12月5日、土曜日。
目白の椿山荘で、従弟が結婚式を挙げた。
親族25名のみが参列した結婚式・披露宴は、とても距離感が近くてアットホームな雰囲気だった。これまでにも多くの結婚式に出席してきたが、親族として出席するのはやはりどこか特別な感じがする。
改めて、結婚おめでとう。
実は披露宴では、初めての司会をしたのだけれど、なかなか難しかった。
新婦方の親族は初対面だけれど、基本的には気心の知れた方ばかりの披露宴。
それでもイメージ通りには行かないものです。
親族らしく形式ばらずに進行しようと思いながら、棒読みしてしまったりね。
でも、椿山荘の皆様のお世辞にも救われて、とても良い経験になった。
これまで何気なく聞いてきたプロ司会者の澱みない進行に、今更ながら脱帽です。
目白の椿山荘で、従弟が結婚式を挙げた。
親族25名のみが参列した結婚式・披露宴は、とても距離感が近くてアットホームな雰囲気だった。これまでにも多くの結婚式に出席してきたが、親族として出席するのはやはりどこか特別な感じがする。
改めて、結婚おめでとう。
実は披露宴では、初めての司会をしたのだけれど、なかなか難しかった。
新婦方の親族は初対面だけれど、基本的には気心の知れた方ばかりの披露宴。
それでもイメージ通りには行かないものです。
親族らしく形式ばらずに進行しようと思いながら、棒読みしてしまったりね。
でも、椿山荘の皆様のお世辞にも救われて、とても良い経験になった。
これまで何気なく聞いてきたプロ司会者の澱みない進行に、今更ながら脱帽です。
Saturday, November 28, 2009
back to school
11月26日、木曜日。
元世界銀行副総裁の福井博夫さんによる講演に参加してきた。
結論から言うと、とても愉快な方だった。愉快という表現は多少語弊があるかもしれないが、スピーチはとても上品ながらユーモアがあり、気の向くままに自由に話されている印象だったけれど、その指摘は随所に興味深いものがあった。
個人的に、印象に残った言葉がある。
"back to school"、もっと日本人は学ぶべきだと。
外資系企業とはいえ、入社以来ずっと国内で勤務している。社内に海外からの出向者が溢れるほどいるにも関わらず、業務上の接点は皆無に近い。また、自身が日々向かっている市場そのものもドメスティックで、ある意味で閉じた世界だ。
でも、それが今後も続くとは限らない。
自分自身のポジションや環境は、自身が変えていくしかないけれど、市場や業界そのものは、間違いなく不可逆的で抗えない大きな変化の波を受けて、否応なく変わっていくだろうと感じる。今のスタイルは、数年後にはもう成立し得ないかもしれない。
結局、学ぶしかない。
ただそれは悲壮感ではなく、義務でも強制でもないけれど。
国際機関の最前線で活躍された方のシンプルな一言は、なかなかに感慨深かった。
元世界銀行副総裁の福井博夫さんによる講演に参加してきた。
結論から言うと、とても愉快な方だった。愉快という表現は多少語弊があるかもしれないが、スピーチはとても上品ながらユーモアがあり、気の向くままに自由に話されている印象だったけれど、その指摘は随所に興味深いものがあった。
個人的に、印象に残った言葉がある。
"back to school"、もっと日本人は学ぶべきだと。
外資系企業とはいえ、入社以来ずっと国内で勤務している。社内に海外からの出向者が溢れるほどいるにも関わらず、業務上の接点は皆無に近い。また、自身が日々向かっている市場そのものもドメスティックで、ある意味で閉じた世界だ。
でも、それが今後も続くとは限らない。
自分自身のポジションや環境は、自身が変えていくしかないけれど、市場や業界そのものは、間違いなく不可逆的で抗えない大きな変化の波を受けて、否応なく変わっていくだろうと感じる。今のスタイルは、数年後にはもう成立し得ないかもしれない。
結局、学ぶしかない。
ただそれは悲壮感ではなく、義務でも強制でもないけれど。
国際機関の最前線で活躍された方のシンプルな一言は、なかなかに感慨深かった。
Saturday, November 21, 2009
到達点
11月22日、日曜日。東海地区A2順位決定リーグ 最終戦。
名古屋大 17-3 名古屋商科大(12:15K.O. @名商大グラウンド)
今シーズンのラストゲームは、自分達のプレーできちんと掴んだ勝利だった。
敗れれば入替戦に廻る状況だったけれど、選手はタフに戦ってくれた。
ラストゲームでも彼等は成長した。「きちんと」勝利を掴んだ、というのはそういうことだ。今年のチームにとって、1つの到達点となったゲームで、とても嬉しかった。
4年生/大学院生には、本当にお疲れ様と言いたい。
結局のところ、大学ラグビーというのは「4年生のチーム」なんだ。
彼等の4年間が、彼等の日々の努力と結束が、チームに1つの形を示してくれた。
3年生以下にとっては、はっきりと来季に繋がるゲームになったね。
来シーズンは、もう1つ上を目指そう。
A1リーグに昇格して、その時には今年の4年生に「ありがとう」と言おう。
そして、マネージャーのみんなにもお世話になりました。
4年間ずっと頑張ってきた2人のマネージャーの涙は、とても印象的だった。
一生の思い出になったね。
名古屋大 17-3 名古屋商科大(12:15K.O. @名商大グラウンド)
今シーズンのラストゲームは、自分達のプレーできちんと掴んだ勝利だった。
敗れれば入替戦に廻る状況だったけれど、選手はタフに戦ってくれた。
ラストゲームでも彼等は成長した。「きちんと」勝利を掴んだ、というのはそういうことだ。今年のチームにとって、1つの到達点となったゲームで、とても嬉しかった。
4年生/大学院生には、本当にお疲れ様と言いたい。
結局のところ、大学ラグビーというのは「4年生のチーム」なんだ。
彼等の4年間が、彼等の日々の努力と結束が、チームに1つの形を示してくれた。
3年生以下にとっては、はっきりと来季に繋がるゲームになったね。
来シーズンは、もう1つ上を目指そう。
A1リーグに昇格して、その時には今年の4年生に「ありがとう」と言おう。
そして、マネージャーのみんなにもお世話になりました。
4年間ずっと頑張ってきた2人のマネージャーの涙は、とても印象的だった。
一生の思い出になったね。
Saturday, November 14, 2009
今更
恥ずかしながら、「フェルミ推定」というものを初めて知った。
東京出張の折に寄った日本橋丸善の平積みに、フェルミ推定を扱った書籍があったのを立ち読みしたのがきっかけなのだけれど、思わず購入してしまった。
フェルミ推定 - Wikipedia
就職活動の際に、あるコンサルティング会社の面接で問われたんだ。
今でも鮮明に覚えている。
「都内で1日に消費されるトイレットペーパーの量はどの程度だと思うか」
その場で色々考えて、仮説を立ててみたのだけれど、我ながらチープだった。
面接官のコンサルタントと会話していて、その方の思考の筋道を示してもらった時に、コンサルティング・メソッドの一端というのはこんなところにあるのかなあと感じた記憶がある。結果的には、順当に落とされたけれど・・・。
それはともかく、フェルミ推定というのは面白いかもしれない。
この手のものはすぐにビジネス・ツールとして、あるいは思考訓練ツールとして実利的に取り扱われてしまうのだけれど、そうした風潮にはやや辟易している。
もっとシンプルに、クイズのように遊ぶのが良いかなあと。
入門書を衝動買いしてしまったので、これで少し遊んでみようと思います。
東京出張の折に寄った日本橋丸善の平積みに、フェルミ推定を扱った書籍があったのを立ち読みしたのがきっかけなのだけれど、思わず購入してしまった。
フェルミ推定 - Wikipedia
就職活動の際に、あるコンサルティング会社の面接で問われたんだ。
今でも鮮明に覚えている。
「都内で1日に消費されるトイレットペーパーの量はどの程度だと思うか」
その場で色々考えて、仮説を立ててみたのだけれど、我ながらチープだった。
面接官のコンサルタントと会話していて、その方の思考の筋道を示してもらった時に、コンサルティング・メソッドの一端というのはこんなところにあるのかなあと感じた記憶がある。結果的には、順当に落とされたけれど・・・。
それはともかく、フェルミ推定というのは面白いかもしれない。
この手のものはすぐにビジネス・ツールとして、あるいは思考訓練ツールとして実利的に取り扱われてしまうのだけれど、そうした風潮にはやや辟易している。
もっとシンプルに、クイズのように遊ぶのが良いかなあと。
入門書を衝動買いしてしまったので、これで少し遊んでみようと思います。
Tuesday, November 10, 2009
システム
更新がある度に欠かさず読んでいる藤島大さんのコラム『友情と尊敬』。
http://www.suzukirugby.com/column/index.html
最近アップされた第79回「非・ジム・モンキーズ」を読んで感じたことがある。
『システムとは「個人のスキル不足を補う」ための装置でもある』かもしれないけれど、「個人のスキルを最大化する」ための装置でもあり得るのではないか。
おそらく藤島大さんは、確信犯的に「システム」を簡略化しているような気がする。
システムの功罪をもっと深いレベルで読み解いた上で、あえて「個」との二項対立に仕立てている。あえて、というのが重要なポイントだ。
日本国内でも、トップリーグや大学の上位クラスに対しては、そうかもしれない。
このレベルのゲームを見る限り、個人的にも、まさに同様の思いを抱くことは多い。
ただ、ある意味ではその水準に達しているチームはごく一部でしかない。
国内で活動する殆ど全てのチームにおいては、「システム」というものを、もうひとつ手前の水準で考えた方がいいような気がしている。
社会人/大学/高校を問わず、下部リーグにも素晴らしい選手は沢山いる。
でも、多くの場合において「個」はシステムを破らない。もっと言うならば、破られるべきシステムが、そもそも確立されていないケースが大半だと思う。いわゆる「ワンマンチーム」というものの典型は、ほぼこのタイプだと感じる。
また一方では、やはり「突出した個」では戦えないチームもある。
チームのメンバー構成を考えた時に、各プレーヤーの個性・適性から導かれる相対的な優劣は必ずあるけれど、対戦相手を凌駕する「突出した個」であり得るレベルのプレーヤーが、残念ながら見当たらないチームというのは、星の数ほどあるだろう。
この現実に、どう向き合うか。
そういうチームこそ、「システム」をもっと丁寧に考えた方が良いのではないか。
あいつはチームで一番足が速いから、あいつに勝負させよう。
これは構わない。むしろ当然の選択だと思う。重要なのは、もう一歩先だ。
彼が自慢のスピードを最も生かせるフェーズを、どのようにお膳立てするのか。
彼が自由に勝負できるのは、どの間合いでの、どんなパスなのか。
彼が思い切り勝負することを、チーム全員が共通認識として理解しているのか。
彼の癖を知っているのか。彼はいつも、何を狙って走るのか。
他の14人のプレーヤーは、彼をどうサポートするのか。
こういう小さなことに、徹底的にこだわる。具体的なフェーズを想定しながら、15のピースを丁寧にひとつずつ組み合わせていくことで、初めて彼のスピードは「戦略的に」生かされる。「突出した個」ではないかもしれないけれど、間違いなくチームの強みとなってくれる選手を、全員で本当の「切り札」に仕立てていくんだ。それこそが、ただのワンマンチームではない、戦略的に「彼に賭ける」チームだと思う。
そしておそらく、「システム」の原初的な形態というのは、こんなところにあるんだ。
何のために「システム」を志向するのか。丁寧に考え抜いた先にこそ、「個人の能力を最大化する装置としてのシステム」があるのだと思う。
無謀なるワンマンの前に、「丁寧な構想による個の最大化」を。
少なくとも、無印ながらも青春のある一時期をラグビーに賭けて、日々努力している国内の多くのチームにおいては。
本当に難しく、まさにラグビーの醍醐味に満ちた作業だから。
http://www.suzukirugby.com/column/index.html
最近アップされた第79回「非・ジム・モンキーズ」を読んで感じたことがある。
『システムとは「個人のスキル不足を補う」ための装置でもある』かもしれないけれど、「個人のスキルを最大化する」ための装置でもあり得るのではないか。
おそらく藤島大さんは、確信犯的に「システム」を簡略化しているような気がする。
システムの功罪をもっと深いレベルで読み解いた上で、あえて「個」との二項対立に仕立てている。あえて、というのが重要なポイントだ。
日本国内でも、トップリーグや大学の上位クラスに対しては、そうかもしれない。
このレベルのゲームを見る限り、個人的にも、まさに同様の思いを抱くことは多い。
ただ、ある意味ではその水準に達しているチームはごく一部でしかない。
国内で活動する殆ど全てのチームにおいては、「システム」というものを、もうひとつ手前の水準で考えた方がいいような気がしている。
社会人/大学/高校を問わず、下部リーグにも素晴らしい選手は沢山いる。
でも、多くの場合において「個」はシステムを破らない。もっと言うならば、破られるべきシステムが、そもそも確立されていないケースが大半だと思う。いわゆる「ワンマンチーム」というものの典型は、ほぼこのタイプだと感じる。
また一方では、やはり「突出した個」では戦えないチームもある。
チームのメンバー構成を考えた時に、各プレーヤーの個性・適性から導かれる相対的な優劣は必ずあるけれど、対戦相手を凌駕する「突出した個」であり得るレベルのプレーヤーが、残念ながら見当たらないチームというのは、星の数ほどあるだろう。
この現実に、どう向き合うか。
そういうチームこそ、「システム」をもっと丁寧に考えた方が良いのではないか。
あいつはチームで一番足が速いから、あいつに勝負させよう。
これは構わない。むしろ当然の選択だと思う。重要なのは、もう一歩先だ。
彼が自慢のスピードを最も生かせるフェーズを、どのようにお膳立てするのか。
彼が自由に勝負できるのは、どの間合いでの、どんなパスなのか。
彼が思い切り勝負することを、チーム全員が共通認識として理解しているのか。
彼の癖を知っているのか。彼はいつも、何を狙って走るのか。
他の14人のプレーヤーは、彼をどうサポートするのか。
こういう小さなことに、徹底的にこだわる。具体的なフェーズを想定しながら、15のピースを丁寧にひとつずつ組み合わせていくことで、初めて彼のスピードは「戦略的に」生かされる。「突出した個」ではないかもしれないけれど、間違いなくチームの強みとなってくれる選手を、全員で本当の「切り札」に仕立てていくんだ。それこそが、ただのワンマンチームではない、戦略的に「彼に賭ける」チームだと思う。
そしておそらく、「システム」の原初的な形態というのは、こんなところにあるんだ。
何のために「システム」を志向するのか。丁寧に考え抜いた先にこそ、「個人の能力を最大化する装置としてのシステム」があるのだと思う。
無謀なるワンマンの前に、「丁寧な構想による個の最大化」を。
少なくとも、無印ながらも青春のある一時期をラグビーに賭けて、日々努力している国内の多くのチームにおいては。
本当に難しく、まさにラグビーの醍醐味に満ちた作業だから。
Sunday, November 08, 2009
本当のベスト
久しぶりの更新。
ちゃんと書かないと・・・。
11月8日、日曜日。東海地区A2順位決定リーグ 緒戦。
名古屋大 35-14 名古屋経済大(14:00K.O. @名商大グラウンド)
社会人時代の先輩が監督を務める名古屋経済大学とのゲーム。
結果的には、まず緒戦をきちんとモノにすることができたのは良かった。
試合後、先輩に挨拶して少しだけ会話したけれど、フルタイムコーチとしてグラウンドの内外で日々格闘の生活も4年目とのことで、本当に苦労は絶えないだろうと思う。
今回は名古屋大が勝たせてもらったけれど、名経大ラグビー部の強化・発展を願うばかりだ。同じ東海リーグに所属する仲間として、この2チームが今後更に成長して、リーグ全体を盛り上げていく台風の目になってほしい。
一方、名古屋大。
正直な感想としては、「つまらない」ゲームだった。
誤解を招く表現かもしれないけれど、他に適切な言葉が思い当たらない。
折角の勝利に水を差すようで申し訳なかったのだけれど、選手にもそう伝えた。
「つまらない」というのは、凡庸ということではないんだ。
週末の限られた時間を共に過ごしている選手達の勝利は嬉しかったし、彼等がシーズン当初よりも大きく成長しているのは誰よりも知っている。選手達のそうした姿を観るのはやはりとても楽しいことで、その意味では皆から多くの「喜び」を貰っている。
でも、それだからこそ、選手達のことを過小評価もしない。
今日のゲームでは、彼等が自分達の実力をきちんと出し切って、80分間の限られた時間の中で、自分達のベストパフォーマンスを追求しているとは思えなかった。
あれがベストだと言ってしまうことこそ、日々努力している彼等に失礼だ。
彼等はもっと出来るのに、それを出せていない。そのことが、つまらなかった。
彼等はひたむきに、とても一生懸命プレーしていて、好感の持てる選手達なのだけれど、ゲームの組み立てを意識的にコントロールして、流れを捉えることがとても苦手だ。地域・時間帯・点差を考えずに、そのフェーズだけをみてプレーしてしまう。ゲームの均衡が今どこにあるのかを意識して、タイトにプレーすべきところはもっとタイトに、落ち着いてエリアを取るべきところは無理をせず、カウンターだけは十分に気をつけて全力でチェースに走る。無駄になるかもしれないけれど、皆で揃えて、トップスピードで相手のスペースを埋めていく。こういう地道なプレーを、辛抱強く続けていければ、ゲームを決める大切なポイントで、均衡を破って大きな流れを掴めるのだけれど、そういう本当の意味での「我慢」が、チームとしてまだ出来ていない感じだ。
パスすべきところで、パスをしない。
自分勝手なタイミングでボールを持ち出して、孤立してしまう。
相手が最も喜ぶのは反則なのに、不必要なペナルティが続いてしまう。
そして、そういったことを試合中に修正できない。
このあたりが変わってくると、彼等はもっと自分達の本来のプレーに集中できる。
ベストパフォーマンスというのは、そうやって組み立てていくものだと思うんだ。
まだ今は、自分の首を自分で絞めている。勝利こそ掴んだけれど、ここが今の自分達のベストだと思ってしまったら、ラグビーの本当の醍醐味に辿り着かない。チーム全員がそのことに気づいて、日々を変えていけば、ラグビーはもっと楽しくなる。
その時には、名古屋大は十分にA1を狙えるチームになってくると思うんだ。
彼等の持っているポテンシャルを考えると、とても歯痒いのだけれど、沢山の経験を重ねて、少しずつ自信を培っていくしかない部分なので、時間がかかるんだ。
だから本当は、「つまらない」というのは正確ではなくて、そういうチームを皆が真剣に目指していってくれるならば、その姿を見ているのは、とても楽しいことなんだ。
4年生にとっては、残されたゲームはたったの2つだけ。
みんな、頑張ろう。
本当に納得できる「ベスト・パフォーマンス」をして、2つとも勝とう。
ちゃんと書かないと・・・。
11月8日、日曜日。東海地区A2順位決定リーグ 緒戦。
名古屋大 35-14 名古屋経済大(14:00K.O. @名商大グラウンド)
社会人時代の先輩が監督を務める名古屋経済大学とのゲーム。
結果的には、まず緒戦をきちんとモノにすることができたのは良かった。
試合後、先輩に挨拶して少しだけ会話したけれど、フルタイムコーチとしてグラウンドの内外で日々格闘の生活も4年目とのことで、本当に苦労は絶えないだろうと思う。
今回は名古屋大が勝たせてもらったけれど、名経大ラグビー部の強化・発展を願うばかりだ。同じ東海リーグに所属する仲間として、この2チームが今後更に成長して、リーグ全体を盛り上げていく台風の目になってほしい。
一方、名古屋大。
正直な感想としては、「つまらない」ゲームだった。
誤解を招く表現かもしれないけれど、他に適切な言葉が思い当たらない。
折角の勝利に水を差すようで申し訳なかったのだけれど、選手にもそう伝えた。
「つまらない」というのは、凡庸ということではないんだ。
週末の限られた時間を共に過ごしている選手達の勝利は嬉しかったし、彼等がシーズン当初よりも大きく成長しているのは誰よりも知っている。選手達のそうした姿を観るのはやはりとても楽しいことで、その意味では皆から多くの「喜び」を貰っている。
でも、それだからこそ、選手達のことを過小評価もしない。
今日のゲームでは、彼等が自分達の実力をきちんと出し切って、80分間の限られた時間の中で、自分達のベストパフォーマンスを追求しているとは思えなかった。
あれがベストだと言ってしまうことこそ、日々努力している彼等に失礼だ。
彼等はもっと出来るのに、それを出せていない。そのことが、つまらなかった。
彼等はひたむきに、とても一生懸命プレーしていて、好感の持てる選手達なのだけれど、ゲームの組み立てを意識的にコントロールして、流れを捉えることがとても苦手だ。地域・時間帯・点差を考えずに、そのフェーズだけをみてプレーしてしまう。ゲームの均衡が今どこにあるのかを意識して、タイトにプレーすべきところはもっとタイトに、落ち着いてエリアを取るべきところは無理をせず、カウンターだけは十分に気をつけて全力でチェースに走る。無駄になるかもしれないけれど、皆で揃えて、トップスピードで相手のスペースを埋めていく。こういう地道なプレーを、辛抱強く続けていければ、ゲームを決める大切なポイントで、均衡を破って大きな流れを掴めるのだけれど、そういう本当の意味での「我慢」が、チームとしてまだ出来ていない感じだ。
パスすべきところで、パスをしない。
自分勝手なタイミングでボールを持ち出して、孤立してしまう。
相手が最も喜ぶのは反則なのに、不必要なペナルティが続いてしまう。
そして、そういったことを試合中に修正できない。
このあたりが変わってくると、彼等はもっと自分達の本来のプレーに集中できる。
ベストパフォーマンスというのは、そうやって組み立てていくものだと思うんだ。
まだ今は、自分の首を自分で絞めている。勝利こそ掴んだけれど、ここが今の自分達のベストだと思ってしまったら、ラグビーの本当の醍醐味に辿り着かない。チーム全員がそのことに気づいて、日々を変えていけば、ラグビーはもっと楽しくなる。
その時には、名古屋大は十分にA1を狙えるチームになってくると思うんだ。
彼等の持っているポテンシャルを考えると、とても歯痒いのだけれど、沢山の経験を重ねて、少しずつ自信を培っていくしかない部分なので、時間がかかるんだ。
だから本当は、「つまらない」というのは正確ではなくて、そういうチームを皆が真剣に目指していってくれるならば、その姿を見ているのは、とても楽しいことなんだ。
4年生にとっては、残されたゲームはたったの2つだけ。
みんな、頑張ろう。
本当に納得できる「ベスト・パフォーマンス」をして、2つとも勝とう。
Monday, September 28, 2009
落日
9月27日(日)トップクラブリーグ公式戦。
北海道バーバリアンズ 30-5 タマリバ(13:00K.O.@月寒ラグビー場)
古巣でもあるタマリバの敗北。
まずは数年来の雪辱を果たした北海道バーバリアンズを称えるべきだと思う。
映像を観ていないので何とも言えないけれど、スコアから察する限り完勝だろう。
ただ、少し寂しい点差なのは事実です。
WMMにとってはチャンスが転がってきたね。
シルバーウィークの最終日に、久々に練習参加したけれど、切れの良いBKの選手が沢山いて驚いた。あのメンバーで緒戦を落としたことの方が不思議です。
高麗にはきちんと立て直して完勝したようなので、次のタマリバ戦が楽しみです。
北海道バーバリアンズ 30-5 タマリバ(13:00K.O.@月寒ラグビー場)
古巣でもあるタマリバの敗北。
まずは数年来の雪辱を果たした北海道バーバリアンズを称えるべきだと思う。
映像を観ていないので何とも言えないけれど、スコアから察する限り完勝だろう。
ただ、少し寂しい点差なのは事実です。
WMMにとってはチャンスが転がってきたね。
シルバーウィークの最終日に、久々に練習参加したけれど、切れの良いBKの選手が沢山いて驚いた。あのメンバーで緒戦を落としたことの方が不思議です。
高麗にはきちんと立て直して完勝したようなので、次のタマリバ戦が楽しみです。
Sunday, September 27, 2009
仙台にて
2009年9月22日(火・祝)
学生時代のラグビー部の後輩が、仙台で結婚式を挙げた。
彼女のことも知っているので、2人の結婚はとても嬉しかった。
定禅寺ガーデンヒルズ迎賓館で執り行われた披露宴は、2人の人間味が溢れた心温まるもので、なんだかとても心地よかった。披露宴の後には、近くのイタリアン・レストランで2次会。新郎新婦はここまでだったけれど、その後もラグビー部の仲間と共に3次会へ行って、楽しい時間を過ごさせてもらった。
ラグビーを続けていると、結婚式に出る機会はとても多い。
高校、大学、社会人、クラブと15年以上続けているので、所属したチームだけで5つもあり、それぞれのチームに同期がいて、先輩・後輩・仲間が数多くいるのだから、披露宴まで出席するのは限られるとしても、2次会まで含めるともう数え切れない。
なので、「結婚式」という形式そのものに感動することは少なくなっていく。
それに、自分自身が年齢を重ねていく中で、披露宴の「感じ方」も変わってくる。
でも2人の披露宴は、とてもよかった。
心温まる、まさに"heartwarming"な披露宴だった。
披露宴の主役である2人の人間性とやさしさが、すーっと沁み込んでいくような。
そして、2人とご両親との「関係性」、家族の形そのものもまた、印象的だった。
彼は披露宴において、「どんな家庭を作りたいかというのはとても深く難しい問いで、簡単に答えることはできないけれど、自分なりに答えるならば、両親のように、いつまでもお互いを思いやり、お互いの人生を大切にし合えるような家庭を築きたい」というスピーチをした。それは心からの言葉で、誰もが心に温かいものを感じた。
そういった全てのことが、式場に"heartwarming"を充たしていたのだと思う。
結婚おめでとう。
学生時代のラグビー部の後輩が、仙台で結婚式を挙げた。
彼女のことも知っているので、2人の結婚はとても嬉しかった。
定禅寺ガーデンヒルズ迎賓館で執り行われた披露宴は、2人の人間味が溢れた心温まるもので、なんだかとても心地よかった。披露宴の後には、近くのイタリアン・レストランで2次会。新郎新婦はここまでだったけれど、その後もラグビー部の仲間と共に3次会へ行って、楽しい時間を過ごさせてもらった。
ラグビーを続けていると、結婚式に出る機会はとても多い。
高校、大学、社会人、クラブと15年以上続けているので、所属したチームだけで5つもあり、それぞれのチームに同期がいて、先輩・後輩・仲間が数多くいるのだから、披露宴まで出席するのは限られるとしても、2次会まで含めるともう数え切れない。
なので、「結婚式」という形式そのものに感動することは少なくなっていく。
それに、自分自身が年齢を重ねていく中で、披露宴の「感じ方」も変わってくる。
でも2人の披露宴は、とてもよかった。
心温まる、まさに"heartwarming"な披露宴だった。
披露宴の主役である2人の人間性とやさしさが、すーっと沁み込んでいくような。
そして、2人とご両親との「関係性」、家族の形そのものもまた、印象的だった。
彼は披露宴において、「どんな家庭を作りたいかというのはとても深く難しい問いで、簡単に答えることはできないけれど、自分なりに答えるならば、両親のように、いつまでもお互いを思いやり、お互いの人生を大切にし合えるような家庭を築きたい」というスピーチをした。それは心からの言葉で、誰もが心に温かいものを感じた。
そういった全てのことが、式場に"heartwarming"を充たしていたのだと思う。
結婚おめでとう。
Monday, September 14, 2009
SKIP
ちなみに。
カミナリグモのライブで1曲だけ、カバーがあったんだ。
ギター1本での弾き語りだったのだけれど、本当に素晴らしかった。
TOMOVSKY "SKIP"
「なんにもしてないくせに 無敵になってた」
最初のワンフレーズで、もうやられていた。
聴いてみてください。カミナリグモ・バージョンとはかなり違う印象だけれど。
とにかくオリジナルを、聴いてみてほしいです。
カミナリグモのライブで1曲だけ、カバーがあったんだ。
ギター1本での弾き語りだったのだけれど、本当に素晴らしかった。
TOMOVSKY "SKIP"
「なんにもしてないくせに 無敵になってた」
最初のワンフレーズで、もうやられていた。
聴いてみてください。カミナリグモ・バージョンとはかなり違う印象だけれど。
とにかくオリジナルを、聴いてみてほしいです。
three waves make "flat"
高校時代からの友達の誘いで行った下北沢のライブは、素晴らしかった。
カミナリグモ
「夕立のにおい」レコ発 ワンマンライブ(ツアーファイナル)@下北沢CLUB Que
http://www.kaminarigumo.com/pc/index.html
友達が彼らのPVを撮っていなければ知ることのなかったカミナリグモ。
3人のメンバーそれぞれに色があって、それがすとんと収まる。
そう、収まりがいいんだ。
不協和音のない、擦れる音ひとつしないパズルのピースが揃ったような。
なんだか不思議な吸引力を持っているバンドだった。
つまりは、とても惹かれてしまった。
ワンマンライブという出会い方も、とても刺激的だった。一方的な出会いだけれど。
オープニングから心を掴まれた。
初めて出会ったバンドなので、勿論タイトルさえ知らない。1曲も知らないのだから。
でも、良かった。
この1曲目を聴いた瞬間に浮かんだイメージがあるんだ。
音とはつまり波だとするならば、3つの異なる波が重なる特別な瞬間に、それぞれの波長がピタリと揃って、flatな世界ができあがる、そんなイメージ。
その"flat"こそが、きっと彼らの透明感なのかなと思いながら聴いていた。
他のバンドにはない特別な透明感のあるボーカルは、バンドとしてのサウンドが調和されることで、よりクリアな、より綺麗なものになっていく。きっと彼らの生命線たる「声」そのものを、最も澄んだものにするために、全ての音がある。
多少大袈裟かもしれないけれど、本当にそんな感じだったんだ。
いつか名古屋でライブがあれば、また行きたい。
ステージの温度を感じるくらいの広すぎないライブハウスで、ビールを飲み干して空になった右手の紙コップが音で震えるのを感じながら、また彼らの曲を聴きたい。
PVを撮った大切な友達に感謝して。
http://www.youtube.com/watch?v=eB6g9w6rQjs
カミナリグモ
「夕立のにおい」レコ発 ワンマンライブ(ツアーファイナル)@下北沢CLUB Que
http://www.kaminarigumo.com/pc/index.html
友達が彼らのPVを撮っていなければ知ることのなかったカミナリグモ。
3人のメンバーそれぞれに色があって、それがすとんと収まる。
そう、収まりがいいんだ。
不協和音のない、擦れる音ひとつしないパズルのピースが揃ったような。
なんだか不思議な吸引力を持っているバンドだった。
つまりは、とても惹かれてしまった。
ワンマンライブという出会い方も、とても刺激的だった。一方的な出会いだけれど。
オープニングから心を掴まれた。
初めて出会ったバンドなので、勿論タイトルさえ知らない。1曲も知らないのだから。
でも、良かった。
この1曲目を聴いた瞬間に浮かんだイメージがあるんだ。
音とはつまり波だとするならば、3つの異なる波が重なる特別な瞬間に、それぞれの波長がピタリと揃って、flatな世界ができあがる、そんなイメージ。
その"flat"こそが、きっと彼らの透明感なのかなと思いながら聴いていた。
他のバンドにはない特別な透明感のあるボーカルは、バンドとしてのサウンドが調和されることで、よりクリアな、より綺麗なものになっていく。きっと彼らの生命線たる「声」そのものを、最も澄んだものにするために、全ての音がある。
多少大袈裟かもしれないけれど、本当にそんな感じだったんだ。
いつか名古屋でライブがあれば、また行きたい。
ステージの温度を感じるくらいの広すぎないライブハウスで、ビールを飲み干して空になった右手の紙コップが音で震えるのを感じながら、また彼らの曲を聴きたい。
PVを撮った大切な友達に感謝して。
http://www.youtube.com/watch?v=eB6g9w6rQjs
Tuesday, September 01, 2009
ステンドグラス
パートナーがまた新しいことを始めた。
子供が産まれて、自由に絵も描く余裕もない日々だけれど、とにかく始めてみようと。
それは、ステンドグラス。
インターネットでキットを購入して、必要な工具を片手に付属DVDで基本的な製作のプロセスを確認して、悪戦苦闘しながらも、小さな壁掛けの鏡が完成した。
基本的なスタンスとして、パートナーは「反キット」的ではあるのだけれど、たとえキットであっても、出来上がった鏡はやはり「作品」だから、嬉しそうだった。
グリーンを基調とした初めてのステンドグラスは煩くないデザインで、1日をスタートするために毎朝必ず通る玄関という場所には、なかなか収まりが良い感じです。
それにしても、ステンドグラス職人というのは完全に凄いね。
パートナーの試行錯誤を傍で見ていると、「ガラスをカットする」というただそれだけのことが、はっきりと「技術」なのだと感じる。カットしたガラスピースは、はんだで繋ぎ合わせていくのだけれど、これがまた難しい。はんだ付けは、おれも少しだけやってみた。中学校の技術科で習ったのが最初で最後だったので、もう約20年振りのはんだ作業ということになるけれど、技術科で習うのはあくまで工作プロセスであって、当然ながら「美」は問われない。でも、ステンドグラスにおけるはんだは、当然ながら作品の「貌」の一部であって、ガラスの美を殺さず、むしろ映えさせることが要求される。盛り上がりが「かまぼこ型」の綺麗なカーブを形成し、かつ燃え滓のような不純物の混入も、極力排除しなければいけない。
欧州を旅することがあれば、本物のステンドグラスを是非とも観たい。
繊細にして大胆、多彩で多様な光を放つアートを創った古の職人を想像して。
子供が産まれて、自由に絵も描く余裕もない日々だけれど、とにかく始めてみようと。
それは、ステンドグラス。
インターネットでキットを購入して、必要な工具を片手に付属DVDで基本的な製作のプロセスを確認して、悪戦苦闘しながらも、小さな壁掛けの鏡が完成した。
基本的なスタンスとして、パートナーは「反キット」的ではあるのだけれど、たとえキットであっても、出来上がった鏡はやはり「作品」だから、嬉しそうだった。
グリーンを基調とした初めてのステンドグラスは煩くないデザインで、1日をスタートするために毎朝必ず通る玄関という場所には、なかなか収まりが良い感じです。
それにしても、ステンドグラス職人というのは完全に凄いね。
パートナーの試行錯誤を傍で見ていると、「ガラスをカットする」というただそれだけのことが、はっきりと「技術」なのだと感じる。カットしたガラスピースは、はんだで繋ぎ合わせていくのだけれど、これがまた難しい。はんだ付けは、おれも少しだけやってみた。中学校の技術科で習ったのが最初で最後だったので、もう約20年振りのはんだ作業ということになるけれど、技術科で習うのはあくまで工作プロセスであって、当然ながら「美」は問われない。でも、ステンドグラスにおけるはんだは、当然ながら作品の「貌」の一部であって、ガラスの美を殺さず、むしろ映えさせることが要求される。盛り上がりが「かまぼこ型」の綺麗なカーブを形成し、かつ燃え滓のような不純物の混入も、極力排除しなければいけない。
欧州を旅することがあれば、本物のステンドグラスを是非とも観たい。
繊細にして大胆、多彩で多様な光を放つアートを創った古の職人を想像して。
Monday, August 24, 2009
Sunday, August 09, 2009
やさしい音
8月9日、土曜日。
随分久しぶりに、思い切った買い物をした。
エムズシステムの「波動スピーカー」MS0801というモデルだ。
波動スピーカー - Wikipedia
http://www.mssystem.co.jp/index.html
パートナーが以前から気にかけていたスピーカー。
今までは、おれが大学入学時に買ったCDステレオで音楽を聴いていたのだけれど、日常的によく音楽を聴くのだから、より心地よい音であってほしいと。彼女は日中も自宅で育児をしているので、ステレオの傍にいる時間はおれよりもずっと長い。だからきっと、音質が日常にもたらす潤いは、とても大きいのだろうと思う。
ミッドランドスクエア3FのIdea Framesで、初めての試聴をしたんだ。
もう凄かった。実際に聴いてみて、違いに驚いてしまった。
まず、音が伸びる。まさに伸びやかなサウンド。
「音」が空間を伸びていくのに、一切の抵抗がないとでもいうような感じだった。
そして、なんとなく柔らかい。
「音色」とよく言うけれど、「色」というよりも「形」が違う印象だ。
緩やかな河の流れに幾年もその身を預けたような、丸みを帯びた音が響いてくる。
とても驚いて、勿論とても嬉しかった。
そんな訳で、この不思議な円筒型のスピーカーに迷わず決めてしまった。
夕方、自宅に帰るとすぐにCDステレオのスピーカーと交換。
早速、聴いてみた。
チャランガ・アバネーラとかキース・ジャレットとか、坂本龍一とかEgo Wrappin'とか、とにかく自宅にある様々なジャンルの楽曲を試してみた。
実を言うと、Idea Framesで大音量で聴いた瞬間のような、驚くほどの感動があった訳ではないのだけれど、それでも音質は全然違った。パートナーは「今まで届いていなかった種類の音が聴こえてくる」と言っていた。同じ楽曲を聴いていても、思わぬところにベースの存在感があったりして、曲の表情が違って感じるようだ。
1日が経って、今日もまた波動スピーカーで音楽を聴いてみる。
何故だか分からないけれど、昨晩よりもずっと親近感を感じる。
音の丸みというのは、日が経つほどに馴染んでくる性格のものかもしれない。
なかなか気にいっています。
随分久しぶりに、思い切った買い物をした。
エムズシステムの「波動スピーカー」MS0801というモデルだ。
波動スピーカー - Wikipedia
http://www.mssystem.co.jp/index.html
パートナーが以前から気にかけていたスピーカー。
今までは、おれが大学入学時に買ったCDステレオで音楽を聴いていたのだけれど、日常的によく音楽を聴くのだから、より心地よい音であってほしいと。彼女は日中も自宅で育児をしているので、ステレオの傍にいる時間はおれよりもずっと長い。だからきっと、音質が日常にもたらす潤いは、とても大きいのだろうと思う。
ミッドランドスクエア3FのIdea Framesで、初めての試聴をしたんだ。
もう凄かった。実際に聴いてみて、違いに驚いてしまった。
まず、音が伸びる。まさに伸びやかなサウンド。
「音」が空間を伸びていくのに、一切の抵抗がないとでもいうような感じだった。
そして、なんとなく柔らかい。
「音色」とよく言うけれど、「色」というよりも「形」が違う印象だ。
緩やかな河の流れに幾年もその身を預けたような、丸みを帯びた音が響いてくる。
とても驚いて、勿論とても嬉しかった。
そんな訳で、この不思議な円筒型のスピーカーに迷わず決めてしまった。
夕方、自宅に帰るとすぐにCDステレオのスピーカーと交換。
早速、聴いてみた。
チャランガ・アバネーラとかキース・ジャレットとか、坂本龍一とかEgo Wrappin'とか、とにかく自宅にある様々なジャンルの楽曲を試してみた。
実を言うと、Idea Framesで大音量で聴いた瞬間のような、驚くほどの感動があった訳ではないのだけれど、それでも音質は全然違った。パートナーは「今まで届いていなかった種類の音が聴こえてくる」と言っていた。同じ楽曲を聴いていても、思わぬところにベースの存在感があったりして、曲の表情が違って感じるようだ。
1日が経って、今日もまた波動スピーカーで音楽を聴いてみる。
何故だか分からないけれど、昨晩よりもずっと親近感を感じる。
音の丸みというのは、日が経つほどに馴染んでくる性格のものかもしれない。
なかなか気にいっています。
Friday, August 07, 2009
50の質問
日常的に読んでいるblogが幾つかある。
そのうちの1つ、"404 Blog Not Found"にとても面白いエントリーがあった。
『「心に自由を与える50の質問」に答えてみた』
シンプルでウィットに溢れる回答だが、一方で非常に奥行きの深さを感じた。
特に気に入ったのは、このあたりかな。
What is the one thing you'd most like to change about the world?
世の中でたった一つだけ変えられるとしたら、何を変えたい?
Enable the world to change.
「たった一つだけ変えられる」というルールそのもの
Would you break the law to save a loved one?
あなたは愛する人を救うために法律を犯すと思う?
When it comes to your love, you are the law.
あなたの愛に関しては、あなたが法律だ。
Is it possible to know, without a doubt, what is good and what is evil?
一片の迷いもなく、善悪を判断することってできる?
I have no doubt that telling right from evil without a doubt is evil.
「一変の迷いもなく善悪の判断をすることが悪」であることに一辺の迷いもない
そもそも、『心を「心に自由を与える50の質問」から自由にするために答えてみた。』という冒頭が抜群だ。50の質問が心に自由を与えてくれるとは、おれ自身とても思えないけれど、この向き合い方には至らなかった。
ちなみに、50の質問に対するパートナーの回答も載せておきます。
「この程度の質問がネットでは流行っているの?」
そのうちの1つ、"404 Blog Not Found"にとても面白いエントリーがあった。
『「心に自由を与える50の質問」に答えてみた』
シンプルでウィットに溢れる回答だが、一方で非常に奥行きの深さを感じた。
特に気に入ったのは、このあたりかな。
What is the one thing you'd most like to change about the world?
世の中でたった一つだけ変えられるとしたら、何を変えたい?
Enable the world to change.
「たった一つだけ変えられる」というルールそのもの
Would you break the law to save a loved one?
あなたは愛する人を救うために法律を犯すと思う?
When it comes to your love, you are the law.
あなたの愛に関しては、あなたが法律だ。
Is it possible to know, without a doubt, what is good and what is evil?
一片の迷いもなく、善悪を判断することってできる?
I have no doubt that telling right from evil without a doubt is evil.
「一変の迷いもなく善悪の判断をすることが悪」であることに一辺の迷いもない
そもそも、『心を「心に自由を与える50の質問」から自由にするために答えてみた。』という冒頭が抜群だ。50の質問が心に自由を与えてくれるとは、おれ自身とても思えないけれど、この向き合い方には至らなかった。
ちなみに、50の質問に対するパートナーの回答も載せておきます。
「この程度の質問がネットでは流行っているの?」
Wednesday, August 05, 2009
写真集
楽しみにしていた写真集が、本日自宅に届いた。
diane arbus "An Aperture Monograph"
Robert Frank "The Americans"も一緒に欲しかったけど、今回はお預けにした。
2枚組のCDを買うと、2枚目は意外と聴かなかったりするからね。
それにしても、あまりにも有名なカバー写真。
紐解く前から、言葉にならない存在感が溢れている。
モノとしての写真集には、photo storageに還元されない魅力があるんです。
今日はもう遅いので、明日ゆっくりと封を切ろう。
そして、感想をこの場に書き留めよう。
diane arbus "An Aperture Monograph"
Robert Frank "The Americans"も一緒に欲しかったけど、今回はお預けにした。
2枚組のCDを買うと、2枚目は意外と聴かなかったりするからね。
それにしても、あまりにも有名なカバー写真。
紐解く前から、言葉にならない存在感が溢れている。
モノとしての写真集には、photo storageに還元されない魅力があるんです。
今日はもう遅いので、明日ゆっくりと封を切ろう。
そして、感想をこの場に書き留めよう。
Tuesday, August 04, 2009
カッター
最近になって気づいた訳でもないのだけれど、文房具が好きみたいだ。
大型書店や東急ハンズなどに行くと、よく文房具を見て、そしてよく買っている。
今日も仕事帰りに久屋大通の東急ハンズに寄って、2つの文房具を買ってしまった。
まずは、外山滋比古さんの『思考の整理学』に記述のあったワンペーパーカッター。
http://www.midori-japan.co.jp/cgi-bin/catalog.cgi?mode=sub&series=1&jancode=4902805496049
恐らく、外山さんの使用しているカッターはこれではないと思う。
正直なところ、意外と切りづらかった。残念ながら、ハズレといったところだ。
次に買ったのも同じくカッター。
多少ニーズが重複するところもあるけれど、変わり種で面白い。
http://www.olfa.co.jp/ja/body/detail/113.html
昨日インターネットで知ったのだけれど、このOLFAという会社はなかなか凄い。
このカッターは、紙やビニールにミシン目を入れることが出来る。
ワンペーパーカッターと共に、実際にはやるかどうかも分からない新聞記事のスクラップをイメージして買ったのだけれど、このカッターは多様なシチュエーションで使えるかもしれない。新聞を切ってみても、なかなか綺麗にミシン目が入るんだ。
そして、グッドデザイン賞を受賞したシンプルで飾らない製品デザインも良い。
ジャンルは異なるが、巷に溢れるクロックスなどよりも遥かにお洒落だ。
「OLFAですか」というのが、ある種の洗練に対する枕詞になり得るかもしれない。
なんてね。
大型書店や東急ハンズなどに行くと、よく文房具を見て、そしてよく買っている。
今日も仕事帰りに久屋大通の東急ハンズに寄って、2つの文房具を買ってしまった。
まずは、外山滋比古さんの『思考の整理学』に記述のあったワンペーパーカッター。
http://www.midori-japan.co.jp/cgi-bin/catalog.cgi?mode=sub&series=1&jancode=4902805496049
恐らく、外山さんの使用しているカッターはこれではないと思う。
正直なところ、意外と切りづらかった。残念ながら、ハズレといったところだ。
次に買ったのも同じくカッター。
多少ニーズが重複するところもあるけれど、変わり種で面白い。
http://www.olfa.co.jp/ja/body/detail/113.html
昨日インターネットで知ったのだけれど、このOLFAという会社はなかなか凄い。
このカッターは、紙やビニールにミシン目を入れることが出来る。
ワンペーパーカッターと共に、実際にはやるかどうかも分からない新聞記事のスクラップをイメージして買ったのだけれど、このカッターは多様なシチュエーションで使えるかもしれない。新聞を切ってみても、なかなか綺麗にミシン目が入るんだ。
そして、グッドデザイン賞を受賞したシンプルで飾らない製品デザインも良い。
ジャンルは異なるが、巷に溢れるクロックスなどよりも遥かにお洒落だ。
「OLFAですか」というのが、ある種の洗練に対する枕詞になり得るかもしれない。
なんてね。
Sunday, July 19, 2009
言葉
最近ずっと仕事に忙殺されていて、苦悩ばかりだった。
何もかも上手く行かず、ミスやトラブルが続いてしまっていた。
ミニマムの自尊感情すら失いかけて、パートナーにはすごく迷惑をかけてしまった。
でも、続発する問題群に苦闘しながらも対処を続けてきて、少し光が差してきた。
トラブルは今も続いているけれど、ある意味で「修練」だと割り切れるようになってきたような気がするんだ。神様が「逃げずに勝負しなさい」と言っているような。
最近になって、1つだけ自分の武器になりそうなものを見つけた。
今更ではあるのだけれど、それは「書く」ということだ。
ビジネスでは、非常に多くの場面で、非常に多くの文章を、多様な形態で書く。
それは、会話し、交渉するための基礎であって、会話し、交渉する行為ほどに華々しくはないかもしれないけれど、書く行為こそが思考に軸と補助線を与えてくれるならば、慎重に選択された言葉の端々が何かを伝えてくれるならば、自分の生きる道になるかもしれない。「言葉」にはずっとこだわってきたつもりなので。
誰も気に留めていなくても、句読点1つにまで心を配って。
今よりもっと繊細に、もっと含意を練り込んで。
「言葉」を大切に、自分の武器にしていこうと思う今日この頃です。
何もかも上手く行かず、ミスやトラブルが続いてしまっていた。
ミニマムの自尊感情すら失いかけて、パートナーにはすごく迷惑をかけてしまった。
でも、続発する問題群に苦闘しながらも対処を続けてきて、少し光が差してきた。
トラブルは今も続いているけれど、ある意味で「修練」だと割り切れるようになってきたような気がするんだ。神様が「逃げずに勝負しなさい」と言っているような。
最近になって、1つだけ自分の武器になりそうなものを見つけた。
今更ではあるのだけれど、それは「書く」ということだ。
ビジネスでは、非常に多くの場面で、非常に多くの文章を、多様な形態で書く。
それは、会話し、交渉するための基礎であって、会話し、交渉する行為ほどに華々しくはないかもしれないけれど、書く行為こそが思考に軸と補助線を与えてくれるならば、慎重に選択された言葉の端々が何かを伝えてくれるならば、自分の生きる道になるかもしれない。「言葉」にはずっとこだわってきたつもりなので。
誰も気に留めていなくても、句読点1つにまで心を配って。
今よりもっと繊細に、もっと含意を練り込んで。
「言葉」を大切に、自分の武器にしていこうと思う今日この頃です。
Thursday, July 16, 2009
今したいこと
ラグビーがしたい。
本を大量に読みたい。
最近仕事が忙しいけれど、修練だと思って切り抜けたい。
パートナーとゆっくり晩御飯を食べたい。
英単語の勉強を再開したい。(随分放置してしまった・・・)
トレーニングをしたい。せめて腹筋と懸垂だけでも。
家族との時間を増やしたい。
できれば合宿にも行きたい。(ムリかも・・・)
ハンナの日々の成長を見守りたい。
でも、書き出してみて思った。
自分がしていないだけで、今すぐに出来ることもあるなあって。
腹筋なんて10分あれば出来るし、懸垂台も自宅の2階にあるしね。
単語集だって、見て見ぬ素振りをしているのは自分自身だから。
仕事に忙殺されていても、もっと家族との会話を大切に出来たはずだった。
自分に言い訳してたなあ。
本を大量に読みたい。
最近仕事が忙しいけれど、修練だと思って切り抜けたい。
パートナーとゆっくり晩御飯を食べたい。
英単語の勉強を再開したい。(随分放置してしまった・・・)
トレーニングをしたい。せめて腹筋と懸垂だけでも。
家族との時間を増やしたい。
できれば合宿にも行きたい。(ムリかも・・・)
ハンナの日々の成長を見守りたい。
でも、書き出してみて思った。
自分がしていないだけで、今すぐに出来ることもあるなあって。
腹筋なんて10分あれば出来るし、懸垂台も自宅の2階にあるしね。
単語集だって、見て見ぬ素振りをしているのは自分自身だから。
仕事に忙殺されていても、もっと家族との会話を大切に出来たはずだった。
自分に言い訳してたなあ。
Sunday, June 28, 2009
合同練
6月28日、日曜日。
名古屋大ラグビー部と名古屋クラブの合同練習に参加してきた。
怪我等でお互いに十分な布陣ではなかったけれど、ゲームに近い状況での練習が出来たので、特に名古屋大の選手にとっては有意義だったと思う。彼等にとって名古屋クラブは格上のチームなので、胸を借りて挑戦するという意味でも、良い経験になったはずだ。最後のADは完敗だったけれど、修正点を具体的に洗い出して、もう一度挑戦すればいい。夏にもう一度こういった機会を持てればベストだね。
自分自身も、ちょうど名古屋クラブのCTBが1人不足していたので、ADに参加させてもらって、非常に楽しかった。やはりゲーム形式の練習はやっていて面白い。1人では出来ないことなので、こうして名古屋の様々なチームがプレーの機会を提供してくれることに、改めて感謝しないと。とても貴重な縁だと思っています。
個人的な反省は、イージーミスが幾つかあったこと。
ハンドリングエラーが多かった。
もともと得意な方ではないので、もっと丁寧にプレーするようにしたい。
それにしても、久しぶりに100mを10本も走って、既に軽く筋肉痛気味です。
名古屋大には、練習中も出来る限りメッセージを出すようにした。
彼等にとっての最初の課題は、「自分がプレーする」意識を持つことだね。
例えば、自分のマークだけをディフェンスするのではなくて、ボールに一番近い人間が、誰であろうと構わずタックルする。エキストラのプレーヤーだけに突破役をさせるのではなくて、全員が「自分が抜く」つもりで走る。誰かがスイープしてくれるのを待つのではなくて、自分がスイープする。こうした「小さな自発性」の積み重ねが、きっとチームを強くすると思う。今はまだ、どこかで他人を(特に限られたキーマンを)頼ってしまっているからね。自覚症状はないかもしれないけれど。
名古屋大学は、来週末が春の最終戦と聞いている。
自発的に戦って、勝ってもらいたいです。
名古屋大ラグビー部と名古屋クラブの合同練習に参加してきた。
怪我等でお互いに十分な布陣ではなかったけれど、ゲームに近い状況での練習が出来たので、特に名古屋大の選手にとっては有意義だったと思う。彼等にとって名古屋クラブは格上のチームなので、胸を借りて挑戦するという意味でも、良い経験になったはずだ。最後のADは完敗だったけれど、修正点を具体的に洗い出して、もう一度挑戦すればいい。夏にもう一度こういった機会を持てればベストだね。
自分自身も、ちょうど名古屋クラブのCTBが1人不足していたので、ADに参加させてもらって、非常に楽しかった。やはりゲーム形式の練習はやっていて面白い。1人では出来ないことなので、こうして名古屋の様々なチームがプレーの機会を提供してくれることに、改めて感謝しないと。とても貴重な縁だと思っています。
個人的な反省は、イージーミスが幾つかあったこと。
ハンドリングエラーが多かった。
もともと得意な方ではないので、もっと丁寧にプレーするようにしたい。
それにしても、久しぶりに100mを10本も走って、既に軽く筋肉痛気味です。
名古屋大には、練習中も出来る限りメッセージを出すようにした。
彼等にとっての最初の課題は、「自分がプレーする」意識を持つことだね。
例えば、自分のマークだけをディフェンスするのではなくて、ボールに一番近い人間が、誰であろうと構わずタックルする。エキストラのプレーヤーだけに突破役をさせるのではなくて、全員が「自分が抜く」つもりで走る。誰かがスイープしてくれるのを待つのではなくて、自分がスイープする。こうした「小さな自発性」の積み重ねが、きっとチームを強くすると思う。今はまだ、どこかで他人を(特に限られたキーマンを)頼ってしまっているからね。自覚症状はないかもしれないけれど。
名古屋大学は、来週末が春の最終戦と聞いている。
自発的に戦って、勝ってもらいたいです。
コーチング
名古屋大ラグビー部へのコミットが熱を帯びてきた。
非常に楽しくなってきました。
今日はグラウンド練習の予定ではなかったのだけれど、主将にお願いして1時間半の時間をもらい、セッションを組んでみた。たった1回の練習でカバーできることには限界があるけれど、アタックの基本的な考え方を整理して、「ユニットで抜く」という感覚を理解してもらうことが目的だった。
昨年から名古屋大の練習には顔を出しているけれど、コーチングをしたのは今回が初めてだった。正式なコーチでもない立場で、チームの方針を左右する言葉を軽々しくは言えないし、選手に混乱を来たす可能性もあると思っていたので、コーチングするのではなくて、いつも一緒に練習をしていた。学生と一緒に練習するのはとても楽しい経験で、直接彼等と勝負することでコミュニケーションが生まれるし、自分自身のトレーニングにもなるので、基本的にこのポジションで彼等にコミットしていた。
そんな訳で、名古屋では初めてのコーチングだった。
こちらでメニューを組んで、練習の構成と時間配分を考える。
あとは選手の雰囲気を見ながら、グラウンドレベルで多少のアレンジをして。
とても楽しかった。
そして、自分自身にとっても非常に良い経験になった。
学生を見ていて、違和感を感じるポイントを探っていくと、自分自身も気づきがある。
それに、「コーチ」という立場を明確にして練習にコミットすると、より真剣に選手を見るようになるので、今まで気づかなかった特徴がふと目に留まったりする。「この子、ステップ踏む間合いが近いなあ」とか、今までも一緒に練習してたのにね。
またこういった機会を作って、改めてセッションをやってみたい。
色々とアイデアが浮かんできて、次のチャンスが今から楽しみです。
非常に楽しくなってきました。
今日はグラウンド練習の予定ではなかったのだけれど、主将にお願いして1時間半の時間をもらい、セッションを組んでみた。たった1回の練習でカバーできることには限界があるけれど、アタックの基本的な考え方を整理して、「ユニットで抜く」という感覚を理解してもらうことが目的だった。
昨年から名古屋大の練習には顔を出しているけれど、コーチングをしたのは今回が初めてだった。正式なコーチでもない立場で、チームの方針を左右する言葉を軽々しくは言えないし、選手に混乱を来たす可能性もあると思っていたので、コーチングするのではなくて、いつも一緒に練習をしていた。学生と一緒に練習するのはとても楽しい経験で、直接彼等と勝負することでコミュニケーションが生まれるし、自分自身のトレーニングにもなるので、基本的にこのポジションで彼等にコミットしていた。
そんな訳で、名古屋では初めてのコーチングだった。
こちらでメニューを組んで、練習の構成と時間配分を考える。
あとは選手の雰囲気を見ながら、グラウンドレベルで多少のアレンジをして。
とても楽しかった。
そして、自分自身にとっても非常に良い経験になった。
学生を見ていて、違和感を感じるポイントを探っていくと、自分自身も気づきがある。
それに、「コーチ」という立場を明確にして練習にコミットすると、より真剣に選手を見るようになるので、今まで気づかなかった特徴がふと目に留まったりする。「この子、ステップ踏む間合いが近いなあ」とか、今までも一緒に練習してたのにね。
またこういった機会を作って、改めてセッションをやってみたい。
色々とアイデアが浮かんできて、次のチャンスが今から楽しみです。
Monday, June 22, 2009
モデル
週末のことだけれど、近所に建設中の分譲マンションのモデルルームを見学した。
特に購入を考えている訳ではないのだけれど、どういったものか気になって。
営業の方には非常に申し訳ない動機だが、なかなか楽しかった。
2つのマンションを見学したのだが、日曜日に見た物件はかなりの代物だった。
最も手頃な部屋でも6千万円台から、というマンションなので、当然といえば当然かもしれないが、立地、周辺環境、設備といった全てが素晴らしく、資産性の極めて高いマンションだと感じた。平たく言ってしまえば、きっと売れるマンションなのだろうと。
勿論、室内空間も非常に良く出来ていて、自分の身の丈を大きく越えた充足感を前にして、内覧に来たことが多少恥ずかしくなってしまうようなレベルだった。広々とした開放感のあるリビング、シンプルかつ機能的でありながら十分なゆとりを感じさせるキッチン、3mの奥行きを備えたバルコニー、子供部屋と間違ってしまうほどの納戸。
当然買えないのだけれど、凄かった。
満足できないポイントを見つける方が難しい。
ただ、そう思いながらも、ふと考えてしまった。
例えば奥行き3mのバルコニー。モデルルームでは、オープンテラスのようにカフェテーブルと3脚の椅子が並べられていたのだけれど、そういった時間の過ごし方というのは、家族が限られた条件の中で求めている豊かさなのかなあと。
のびやかな開放感あるバルコニーがあったら、そんな暮らしをするかもしれない。
でも、なくてもいいかもしれない。
洗濯物が太陽の光を浴びてパリッと乾けば、それで良いかもしれない。
モデルルームを見ていると、部屋に暮らし方を規定されているような感じがする。
モデルルームはどこか「モデルライフ」を想定していて、そしてそれは「マイライフ」ではないのだということが、非常に良く分かって面白かった。
とはいえ、だからマンションが悪い訳では全くなくて、やはり素晴らしかった。
好みの問題はあると思うけれど、一流のマンションというのは品格と風格がある。
資産性も含めて、マンションゆえのメリットは多々あるのだろうと、観ていて感じた。
いつかは家を建てたいなあと、素直に思いました。
特に購入を考えている訳ではないのだけれど、どういったものか気になって。
営業の方には非常に申し訳ない動機だが、なかなか楽しかった。
2つのマンションを見学したのだが、日曜日に見た物件はかなりの代物だった。
最も手頃な部屋でも6千万円台から、というマンションなので、当然といえば当然かもしれないが、立地、周辺環境、設備といった全てが素晴らしく、資産性の極めて高いマンションだと感じた。平たく言ってしまえば、きっと売れるマンションなのだろうと。
勿論、室内空間も非常に良く出来ていて、自分の身の丈を大きく越えた充足感を前にして、内覧に来たことが多少恥ずかしくなってしまうようなレベルだった。広々とした開放感のあるリビング、シンプルかつ機能的でありながら十分なゆとりを感じさせるキッチン、3mの奥行きを備えたバルコニー、子供部屋と間違ってしまうほどの納戸。
当然買えないのだけれど、凄かった。
満足できないポイントを見つける方が難しい。
ただ、そう思いながらも、ふと考えてしまった。
例えば奥行き3mのバルコニー。モデルルームでは、オープンテラスのようにカフェテーブルと3脚の椅子が並べられていたのだけれど、そういった時間の過ごし方というのは、家族が限られた条件の中で求めている豊かさなのかなあと。
のびやかな開放感あるバルコニーがあったら、そんな暮らしをするかもしれない。
でも、なくてもいいかもしれない。
洗濯物が太陽の光を浴びてパリッと乾けば、それで良いかもしれない。
モデルルームを見ていると、部屋に暮らし方を規定されているような感じがする。
モデルルームはどこか「モデルライフ」を想定していて、そしてそれは「マイライフ」ではないのだということが、非常に良く分かって面白かった。
とはいえ、だからマンションが悪い訳では全くなくて、やはり素晴らしかった。
好みの問題はあると思うけれど、一流のマンションというのは品格と風格がある。
資産性も含めて、マンションゆえのメリットは多々あるのだろうと、観ていて感じた。
いつかは家を建てたいなあと、素直に思いました。
Saturday, June 13, 2009
名言
最近、本で読んで心に響いた言葉。
「自ら機会を作り出し、機会によって自らを変えよ」
リクルートの社訓なのだそうです。
素晴らしい言葉だよね。
ポケットの中の手帳にさっとメモをして、心に刻み込むつもりで。
今というタイミングで、この言葉を知ったのも何かの縁。
自らを変えるために、自ら機会を探して、作っていかないと。
「自ら機会を作り出し、機会によって自らを変えよ」
リクルートの社訓なのだそうです。
素晴らしい言葉だよね。
ポケットの中の手帳にさっとメモをして、心に刻み込むつもりで。
今というタイミングで、この言葉を知ったのも何かの縁。
自らを変えるために、自ら機会を探して、作っていかないと。
名古屋大
最近、名古屋大学ラグビー部の練習によく顔を出している。
家から自転車で15分なので、とても参加しやすいのが嬉しい。
また正式なコーチではなく、フリーランス的な立場なので、基本的に全てのメニューを一緒に行っているので、トレーニングにもなっている。
やはり1人で走るよりも、グラウンドで学生と走った方が楽しいです。
今日の練習は、明日の試合に向けてAD中心だった。
名古屋大は1年生を含めて30名前後しかおらず、おれがBチームのSOだった。
クラブチームだと、SOは恥ずかしくて出来ないし、実際SOでプレーする機会もないので、ある意味では良い経験かなと思いながらプレーしている。
そしてなんと、今日はキックパスを1本決めてしまった。
ラグビーを続けて15年ですか・・・、初めてキックパス通りました。
名古屋大には、昨シーズンから参加していたのだけれど、言葉にきちんと耳を傾けてもらえる関係が築けてきた感じなので、もう少しコーチングしてみようかな。
家から自転車で15分なので、とても参加しやすいのが嬉しい。
また正式なコーチではなく、フリーランス的な立場なので、基本的に全てのメニューを一緒に行っているので、トレーニングにもなっている。
やはり1人で走るよりも、グラウンドで学生と走った方が楽しいです。
今日の練習は、明日の試合に向けてAD中心だった。
名古屋大は1年生を含めて30名前後しかおらず、おれがBチームのSOだった。
クラブチームだと、SOは恥ずかしくて出来ないし、実際SOでプレーする機会もないので、ある意味では良い経験かなと思いながらプレーしている。
そしてなんと、今日はキックパスを1本決めてしまった。
ラグビーを続けて15年ですか・・・、初めてキックパス通りました。
名古屋大には、昨シーズンから参加していたのだけれど、言葉にきちんと耳を傾けてもらえる関係が築けてきた感じなので、もう少しコーチングしてみようかな。
Sunday, May 31, 2009
再会
5月31日、日曜日。
13年ぶりに高校時代の友達と再会した。
卒業前にクラス全員が書いたメッセージを預かっていた女の子が、文集としてCD-ROMに纏めてくれて、連絡が取れる人達に渡してくれることになったんだ。
それをきっかけに、7人の同級生が豊橋に集まって。
赤ちゃん同伴の子が3人いたので、芝生の広がる屋外の広場で、2時間ほど話して。
みんな、あまり変わっていなかった。
高校時代を懐かしむでもなく、ずっと子供の話をしていたなあ。
もう少し時間がある時に、一人ひとりに、この10年間のことを聞いてみたいです。
13年ぶりに高校時代の友達と再会した。
卒業前にクラス全員が書いたメッセージを預かっていた女の子が、文集としてCD-ROMに纏めてくれて、連絡が取れる人達に渡してくれることになったんだ。
それをきっかけに、7人の同級生が豊橋に集まって。
赤ちゃん同伴の子が3人いたので、芝生の広がる屋外の広場で、2時間ほど話して。
みんな、あまり変わっていなかった。
高校時代を懐かしむでもなく、ずっと子供の話をしていたなあ。
もう少し時間がある時に、一人ひとりに、この10年間のことを聞いてみたいです。
Saturday, May 30, 2009
勝連城跡
もう1週間前のことになってしまうけれど、初めて沖縄に行った。
業務出張だったのだけれど、5/23(土)に1日だけ本島を巡ることが出来た。
たった1日という限られた時間だったけれど、非常に感慨深かった。
背景がある。
5/21(木)にお客様に同行して参加したイベントで、感動があったんだ。
基調講演として壇上に上がったのは、演出家の平田大一さん。
小浜島出身の平田さんは、東京の大学を卒業後、沖縄に戻って農業に従事しながら、地元の中高生による舞台の演出に携わっていく。それが、活動を始めて10年になるという現代版組踊『肝高の阿麻和利』だ。
沖縄県うるま市にあるグスク(城)で、世界遺産にも登録されている勝連城跡。かつてこの城を治めていた王こそが阿麻和利だが、悪政を敷いた前王をクーデターによって討ち滅ぼすことで王となった彼の英雄は、沖縄の正史においては反逆者の扱いを受けていた。その阿麻和利の名誉を復権させると共に、地元の子供達が、自分達の暮らす沖縄の歴史に誇りを持てるようにとの想いから生まれた舞台、それこそが『肝高の亜麻和利』なのだそうだ。
10年前に活動を始めたばかりの頃、子供達は全く集まらなかったという。
少しずつ子供達に喜びと楽しみを与え、友達を誘って連れてきてもらって、舞台の練習そっちのけで遊んで、親密な関係を地道に創り上げていく。ふと気づいた時には、舞台の練習に集まる子供達の数は170人にも達していたそうだ。
"Next generation changes the Next."
平田さんがおっしゃっていた言葉だ。
Next generationたる子供達が、自らの手で「次の時代」を変えていくんだと。
そんな子供達にとって、今最も必要なのは「感動」を体験することなのだと。
平田さんは、170人の仲間が一緒に紡ぎ出す「組踊」のコラボレーションが、子供達にとっての貴重な感動体験となることを信じて、演出家としてのエネルギーを注ぎ込んで、この舞台を創り上げたのだと思う。
この日、1時間30分の基調講演のラスト40分を割いて、平日なのに集まってくれた約40人の中高生が、この『肝高の亜麻和利』のワンシーンを実際に演じてくれた。
それは、涙が出そうな程に、本当に素晴らしい舞台だった。
決してプロではない中高生。でも、彼等の表情は生き生きしていた。
アマチュアだから、子供だからという甘えは、舞台上に全く存在しなかった。
見事な声量が生む迫力と、よく磨き上げられたダンスのキレと統一感。
演出もなかなかにドラマチックで、観るものを惹きつけ、会場に感動の輪を作る。
言葉ではうまく伝わらないかもしれないが、感動的だった。
5/23(土)の午後。
天気予報を良い意味で裏切ってくれた快晴の沖縄で、勝連城跡に行ってみた。
かつて亜麻和利が君臨したというグスクは壮大で、頂からの眺望は美しかった。
眼下に広がる沖縄の海は、日本でないようなブルーだった。
亜麻和利の名誉が、Next generationによって語り継がれていってほしい。
そして現代版組踊『肝高の亜麻和利』、8月の東京公演が決まっているそうだ。
http://amaaka-tokyo2009.jp/fla.html
東京に住んでいるならば、絶対お勧めです。
業務出張だったのだけれど、5/23(土)に1日だけ本島を巡ることが出来た。
たった1日という限られた時間だったけれど、非常に感慨深かった。
背景がある。
5/21(木)にお客様に同行して参加したイベントで、感動があったんだ。
基調講演として壇上に上がったのは、演出家の平田大一さん。
小浜島出身の平田さんは、東京の大学を卒業後、沖縄に戻って農業に従事しながら、地元の中高生による舞台の演出に携わっていく。それが、活動を始めて10年になるという現代版組踊『肝高の阿麻和利』だ。
沖縄県うるま市にあるグスク(城)で、世界遺産にも登録されている勝連城跡。かつてこの城を治めていた王こそが阿麻和利だが、悪政を敷いた前王をクーデターによって討ち滅ぼすことで王となった彼の英雄は、沖縄の正史においては反逆者の扱いを受けていた。その阿麻和利の名誉を復権させると共に、地元の子供達が、自分達の暮らす沖縄の歴史に誇りを持てるようにとの想いから生まれた舞台、それこそが『肝高の亜麻和利』なのだそうだ。
10年前に活動を始めたばかりの頃、子供達は全く集まらなかったという。
少しずつ子供達に喜びと楽しみを与え、友達を誘って連れてきてもらって、舞台の練習そっちのけで遊んで、親密な関係を地道に創り上げていく。ふと気づいた時には、舞台の練習に集まる子供達の数は170人にも達していたそうだ。
"Next generation changes the Next."
平田さんがおっしゃっていた言葉だ。
Next generationたる子供達が、自らの手で「次の時代」を変えていくんだと。
そんな子供達にとって、今最も必要なのは「感動」を体験することなのだと。
平田さんは、170人の仲間が一緒に紡ぎ出す「組踊」のコラボレーションが、子供達にとっての貴重な感動体験となることを信じて、演出家としてのエネルギーを注ぎ込んで、この舞台を創り上げたのだと思う。
この日、1時間30分の基調講演のラスト40分を割いて、平日なのに集まってくれた約40人の中高生が、この『肝高の亜麻和利』のワンシーンを実際に演じてくれた。
それは、涙が出そうな程に、本当に素晴らしい舞台だった。
決してプロではない中高生。でも、彼等の表情は生き生きしていた。
アマチュアだから、子供だからという甘えは、舞台上に全く存在しなかった。
見事な声量が生む迫力と、よく磨き上げられたダンスのキレと統一感。
演出もなかなかにドラマチックで、観るものを惹きつけ、会場に感動の輪を作る。
言葉ではうまく伝わらないかもしれないが、感動的だった。
5/23(土)の午後。
天気予報を良い意味で裏切ってくれた快晴の沖縄で、勝連城跡に行ってみた。
かつて亜麻和利が君臨したというグスクは壮大で、頂からの眺望は美しかった。
眼下に広がる沖縄の海は、日本でないようなブルーだった。
亜麻和利の名誉が、Next generationによって語り継がれていってほしい。
そして現代版組踊『肝高の亜麻和利』、8月の東京公演が決まっているそうだ。
http://amaaka-tokyo2009.jp/fla.html
東京に住んでいるならば、絶対お勧めです。
Tuesday, May 12, 2009
ファースト・ジャパニーズ
『関口知宏のファーストジャパニーズ』というNHK-BSの番組、知っていますか。
5月10日、日曜日。
再放送で、5月のファーストジャパニーズを観たんだ。
ドバイで活躍する建築家、丸山剛史さんの人生の物語だ。
http://www.nhk.or.jp/fjpn/0905/fjpn.html
とても感動した。
心の奥にそっと、これ以上ない優しさで手を差し伸べてくれるような。
丸山さんの言葉、佇まい、身構え、雰囲気、目の色、全てに心洗われる思いだった。
彼に新しい居場所をくれたボスの言葉も最高だった。
「君と一緒にいると、とても居心地がいいんだ」
大企業の論理と現場との葛藤に苦しみ、不況の荒波にあってプロジェクトが何も実現せず、自信を失いかけた時に、新しい場所へと踏み出す勇気をくれた言葉。当時のことを思い出しながら語る丸山さんの言葉を聞いていて、そして一時は精神的に追い込まれゼロまで落ちたというその深い苦しみと、そこに差し込んだ一筋の光の暖かさを想像して、自分さえも「光」をもらったような気がした。
安直な言葉だけれど、勇気づけてもらっているような気がしたんだ。
勿論、丸山さんの設計する建築自身も魅力的だった。
非常にスマートで無駄がなく、それでいて無機質でない洗練された表情のビル。
人工都市ドバイにあって、自然へのリスペクトと調和をコンセプトに据えるスタンス。
ドバイには行ったことがないけれど、その機会が来たら、実物を見に行きたい。
そこに沸騰都市ドバイを象徴する絢爛はないかもしれないけれど、でも貴重な何か、「丸山さんという生き方」が宿した何かを、きっともらえるような気がするんだ。
本当に素晴らしかった。
5月10日、日曜日。
再放送で、5月のファーストジャパニーズを観たんだ。
ドバイで活躍する建築家、丸山剛史さんの人生の物語だ。
http://www.nhk.or.jp/fjpn/0905/fjpn.html
とても感動した。
心の奥にそっと、これ以上ない優しさで手を差し伸べてくれるような。
丸山さんの言葉、佇まい、身構え、雰囲気、目の色、全てに心洗われる思いだった。
彼に新しい居場所をくれたボスの言葉も最高だった。
「君と一緒にいると、とても居心地がいいんだ」
大企業の論理と現場との葛藤に苦しみ、不況の荒波にあってプロジェクトが何も実現せず、自信を失いかけた時に、新しい場所へと踏み出す勇気をくれた言葉。当時のことを思い出しながら語る丸山さんの言葉を聞いていて、そして一時は精神的に追い込まれゼロまで落ちたというその深い苦しみと、そこに差し込んだ一筋の光の暖かさを想像して、自分さえも「光」をもらったような気がした。
安直な言葉だけれど、勇気づけてもらっているような気がしたんだ。
勿論、丸山さんの設計する建築自身も魅力的だった。
非常にスマートで無駄がなく、それでいて無機質でない洗練された表情のビル。
人工都市ドバイにあって、自然へのリスペクトと調和をコンセプトに据えるスタンス。
ドバイには行ったことがないけれど、その機会が来たら、実物を見に行きたい。
そこに沸騰都市ドバイを象徴する絢爛はないかもしれないけれど、でも貴重な何か、「丸山さんという生き方」が宿した何かを、きっともらえるような気がするんだ。
本当に素晴らしかった。
Wednesday, May 06, 2009
remember April!
2009年4月は、結局一度も書かなかった。
連休が明けた今になってその事実に気づき、多少後悔している。
4月は色々なことがあって、煮え切らない日々だった。
その煮え切らなさを、忘れないようにしないといけない。
まだ今は、この程度しか書けないけれど。
連休が明けた今になってその事実に気づき、多少後悔している。
4月は色々なことがあって、煮え切らない日々だった。
その煮え切らなさを、忘れないようにしないといけない。
まだ今は、この程度しか書けないけれど。
Saturday, March 28, 2009
つながり
先週末/今週末と、ラグビーの試合があった。
本格的な試合ではないけれど、久しぶりのラグビーは楽しかった。
3月21日、土曜日。
母校時習館高校ラグビー部の40周年記念イベントで、25分ハーフの試合をした。
今春卒業する3年生主体の若手OBと、年輩OB(40歳未満)とのゲーム。
場所は豊橋市民球技場。うちの実家から車で5分、とても馴染み深い場所だ。
ラグビーとしてのレベルは恥ずかしいものだったけれど、新鮮だった。高校を卒業してから10年以上の歳月を経ても、こうして昔の仲間とラグビーが出来るのは、それだけで十分に素晴らしい体験だった。30代のOBは数えるほどしか参加していなかったけれど、その中に同期が2人いて、それも嬉しかった。
試合にも勿論完勝して、なかなか心地よい時間だったね。
天然芝の素晴らしいグラウンドを手配してくれた関係者にも感謝しています。
そして3月30日、翌週の土曜日。
今度は名古屋大学ラグビー部の練習に参加させてもらった。
この日は地元高校生との合同クリニック形式で、明和高校、瑞陵高校のラグビー部が参加していた。全体を仕切っていたのは、名古屋大学ラグビー部のコーチをしている星野君。ちなみに、彼が所属している名古屋クラブのメンバー数名も、練習のサポート役として参加して、学生達にアドバイスしていた。
練習は、強度を上げすぎずに、タックルやジャッカルの基本を習得する構成だった。こういうメニューを学生と一緒にやっていると、自分自身にも気づきがあったりします。その後、FW/BKに分かれて、BKは基本的なパスドリル。これがまた、とても良い練習だった。タメを作りながら、ワンダッシュしてキャッチ/パスをするだけなのだけれど、きちんと出来る子はとても少ない。これだけでも、チームは強くなるのにね。
練習終了後は、名古屋大学ラグビー部のOB戦があった。
すると、ある院卒メンバーが「OBチームのインサイドCTBが足りないんです」って。
そんな訳で急遽、前半の25分間だけCTBで出場してしまった。
名古屋大のOBでもなく、ある意味完全な門外漢なのに、ラグビーという共通言語があれば、すっと入って一緒にプレーできる。サインプレーなんてなくても、会話すればボールは繋がる。レベルは人それぞれだけれど、誰もがOB戦を楽しんでいる。
こういうささやかなことが、とても嬉しかった。
ラグビーをずっと続けていればこその、小さな交流。
でも、価値が小さい訳じゃない。他に換え難いラグビーの魅力の1つです。
本格的な試合ではないけれど、久しぶりのラグビーは楽しかった。
3月21日、土曜日。
母校時習館高校ラグビー部の40周年記念イベントで、25分ハーフの試合をした。
今春卒業する3年生主体の若手OBと、年輩OB(40歳未満)とのゲーム。
場所は豊橋市民球技場。うちの実家から車で5分、とても馴染み深い場所だ。
ラグビーとしてのレベルは恥ずかしいものだったけれど、新鮮だった。高校を卒業してから10年以上の歳月を経ても、こうして昔の仲間とラグビーが出来るのは、それだけで十分に素晴らしい体験だった。30代のOBは数えるほどしか参加していなかったけれど、その中に同期が2人いて、それも嬉しかった。
試合にも勿論完勝して、なかなか心地よい時間だったね。
天然芝の素晴らしいグラウンドを手配してくれた関係者にも感謝しています。
そして3月30日、翌週の土曜日。
今度は名古屋大学ラグビー部の練習に参加させてもらった。
この日は地元高校生との合同クリニック形式で、明和高校、瑞陵高校のラグビー部が参加していた。全体を仕切っていたのは、名古屋大学ラグビー部のコーチをしている星野君。ちなみに、彼が所属している名古屋クラブのメンバー数名も、練習のサポート役として参加して、学生達にアドバイスしていた。
練習は、強度を上げすぎずに、タックルやジャッカルの基本を習得する構成だった。こういうメニューを学生と一緒にやっていると、自分自身にも気づきがあったりします。その後、FW/BKに分かれて、BKは基本的なパスドリル。これがまた、とても良い練習だった。タメを作りながら、ワンダッシュしてキャッチ/パスをするだけなのだけれど、きちんと出来る子はとても少ない。これだけでも、チームは強くなるのにね。
練習終了後は、名古屋大学ラグビー部のOB戦があった。
すると、ある院卒メンバーが「OBチームのインサイドCTBが足りないんです」って。
そんな訳で急遽、前半の25分間だけCTBで出場してしまった。
名古屋大のOBでもなく、ある意味完全な門外漢なのに、ラグビーという共通言語があれば、すっと入って一緒にプレーできる。サインプレーなんてなくても、会話すればボールは繋がる。レベルは人それぞれだけれど、誰もがOB戦を楽しんでいる。
こういうささやかなことが、とても嬉しかった。
ラグビーをずっと続けていればこその、小さな交流。
でも、価値が小さい訳じゃない。他に換え難いラグビーの魅力の1つです。
Sunday, March 22, 2009
The system
最近読んだ2つの対照的なインタビューが、ずっと引っ掛かっている。
1つは雑誌『本人』(vol.9)の冒頭を飾っているひろゆき氏のインタビュー。
言わずと知れた「2チャンネル」の生みの親だ。
もう1つは、文藝春秋(2009年4月号)に掲載された村上春樹さんのインタビュー。
話題を呼んだエルサレム賞受賞の際のスピーチ"Of Walls and Eggs"の全文と共に、「僕はなぜエルサレムに行ったのか」と題されたメッセージが掲載されている。
ひろゆき氏は、「世界の仕組みを解き明かしたい」と言う。
彼の関心は、明確にシステムを志向している。
システムこそが重要で、そこに展開されるコンテンツには、殆ど興味がない。
このスタンスは、ある意味では彼の非常に面白いところで、実際にインタビューを読んでいても、端的に面白い。これは極北のポジションを取る人間ゆえの面白さで、賛否は明確に分かれるだろうけれど、彼の魅力の源泉たるエナジーそのものについては、否定する人間は少ないだろう。
一方、村上春樹さんは「大きな壁と、そこにぶつかって割れる卵があれば、私は常に卵の側に立つ」と言う。それは正しさの問題ではなく、小説家が壁の側に立ってしまった瞬間、そこに何の価値もないのだと、エルサレムの壇上で語っている。
壁とはつまり、システムだ。彼はシステムの側ではなく、卵(つまり個人)を見据える。作品の中心は常に個人であり、ひとつひとつの人生こそが、何にも代え難い無二のコンテンツだ。
システムでしか出来ない変革もあるだろう。
システムの側に立つことは、ある意味では時代を生き抜く戦略かもしれない。
時にシステムが矛盾している時、システムを構想する執念が必要かもしれない。
システムの本質を見ようとしないのは、逃避であり、怠惰でもあるだろう。
一方で、システムの本質とはつまり、システムを見る「角度」かもしれない。
システムにとっての個人に収斂されない個人があるように、徹底的に個人を志向することでしか浮かび上がることのないシステムもあり得るだろう。
まさに村上春樹さんがいうように、これは「正しさの問題」ではないのだけれど。
ちなみに、村上春樹さんのスピーチは、巷の評価に違わず、素晴らしいです。
学生の頃は、彼の全作品を読破していたのに、最近は随分距離が出来てしまって。
もう一度、読み返してみようかな。
1つは雑誌『本人』(vol.9)の冒頭を飾っているひろゆき氏のインタビュー。
言わずと知れた「2チャンネル」の生みの親だ。
もう1つは、文藝春秋(2009年4月号)に掲載された村上春樹さんのインタビュー。
話題を呼んだエルサレム賞受賞の際のスピーチ"Of Walls and Eggs"の全文と共に、「僕はなぜエルサレムに行ったのか」と題されたメッセージが掲載されている。
ひろゆき氏は、「世界の仕組みを解き明かしたい」と言う。
彼の関心は、明確にシステムを志向している。
システムこそが重要で、そこに展開されるコンテンツには、殆ど興味がない。
このスタンスは、ある意味では彼の非常に面白いところで、実際にインタビューを読んでいても、端的に面白い。これは極北のポジションを取る人間ゆえの面白さで、賛否は明確に分かれるだろうけれど、彼の魅力の源泉たるエナジーそのものについては、否定する人間は少ないだろう。
一方、村上春樹さんは「大きな壁と、そこにぶつかって割れる卵があれば、私は常に卵の側に立つ」と言う。それは正しさの問題ではなく、小説家が壁の側に立ってしまった瞬間、そこに何の価値もないのだと、エルサレムの壇上で語っている。
壁とはつまり、システムだ。彼はシステムの側ではなく、卵(つまり個人)を見据える。作品の中心は常に個人であり、ひとつひとつの人生こそが、何にも代え難い無二のコンテンツだ。
システムでしか出来ない変革もあるだろう。
システムの側に立つことは、ある意味では時代を生き抜く戦略かもしれない。
時にシステムが矛盾している時、システムを構想する執念が必要かもしれない。
システムの本質を見ようとしないのは、逃避であり、怠惰でもあるだろう。
一方で、システムの本質とはつまり、システムを見る「角度」かもしれない。
システムにとっての個人に収斂されない個人があるように、徹底的に個人を志向することでしか浮かび上がることのないシステムもあり得るだろう。
まさに村上春樹さんがいうように、これは「正しさの問題」ではないのだけれど。
ちなみに、村上春樹さんのスピーチは、巷の評価に違わず、素晴らしいです。
学生の頃は、彼の全作品を読破していたのに、最近は随分距離が出来てしまって。
もう一度、読み返してみようかな。
Wednesday, February 11, 2009
"I have a dream"
NHKでマーティン・ルーサー・キングJr.のドキュメンタリーを観て、思った。
「I Have a Dream ~キング牧師のアメリカ市民革命~」
(2月11日放送、NHK『その時歴史が動いた』)
http://www.nhk.or.jp/sonotoki/2009_02.html
1つは、つまりは「制度」の問題だということ。
JFKによって公民権法が成立したことが、直截的には世界を変えた。
公営バスのボイコットにしても、制度を変えることを明確に志向していた。
人権思想の啓蒙を通じて人々の意識を変えようとする一方で、制度を変革する為の戦略と具体的施策を、常人の域を越えた熱意で推し進めていった。
制度からの自由ではなく、制度自体を変革することで、自由を担保しようとした。
「制度」との距離を見据えていないが故の迷走は、至るところにあるような気がする。
つまらない話だけれど、会社のような組織でも、同じような構造があるね。
もう1つは、「感染動機」ということ。
『14歳からの社会学』(宮台真司著、世界文化社)を読んで、共感したことだけれど。
動機には、3つのタイプがある。
まずは、競争動機。つまりは、競争に勝利することの喜びを源泉とする動機。
次に来るのが、理解動機。物事を知る/分かること自体の喜びを源泉とする動機。
この2つは、体験的にも分かり易いよね。
ただ、重要なものが残っている。それが「感染動機」だ。
宮台さんの場合、小室直樹と廣松渉という2人の賢人に感染したのだそうだ。
尊敬する人間に感染し、自己の思考/思想を同一化していく。
今、小室直樹ならばどう考えるだろう。廣松渉はどう生きるだろう、というように。
感染した人間の視点を想像し、そこから世界を見つめ、そういった思考の過程を自分のものとして結晶化していく。そしてある時、卒業する。感染していた人間の視点から自由になって、その時に初めて、知識や思考は自分自身のものとなっていく。
マーティン・ルーサー・キングJr.にとってそれは、マハトマ・ガンジーだった。
そういった主旨のコメントがあった訳ではないが、そんな感じがした。
「個性」の時代が喧伝される中で、「感染」はその本質を誤解されている気がする。
感染こそが、変革の契機なのだと、おれは思います。
マーティン・ルーサー・キングJr.においてさえ、ガンジーという源流があったんだ。
オリジナルというのは、感染と離脱の過程にしかないのだと思う。
ちなみに。
あの有名な演説は、今でもインターネットで聴くことが出来ます。
Martin Luther King, Jr. "I have a dream"
もう何度となく聴いた。
番組では伝わらない、本当の演説の魅力が満ち溢れています。
初めて聴いた時には、英語もろくに聴き取れないのに、鳥肌が立ったからね。
「I Have a Dream ~キング牧師のアメリカ市民革命~」
(2月11日放送、NHK『その時歴史が動いた』)
http://www.nhk.or.jp/sonotoki/2009_02.html
1つは、つまりは「制度」の問題だということ。
JFKによって公民権法が成立したことが、直截的には世界を変えた。
公営バスのボイコットにしても、制度を変えることを明確に志向していた。
人権思想の啓蒙を通じて人々の意識を変えようとする一方で、制度を変革する為の戦略と具体的施策を、常人の域を越えた熱意で推し進めていった。
制度からの自由ではなく、制度自体を変革することで、自由を担保しようとした。
「制度」との距離を見据えていないが故の迷走は、至るところにあるような気がする。
つまらない話だけれど、会社のような組織でも、同じような構造があるね。
もう1つは、「感染動機」ということ。
『14歳からの社会学』(宮台真司著、世界文化社)を読んで、共感したことだけれど。
動機には、3つのタイプがある。
まずは、競争動機。つまりは、競争に勝利することの喜びを源泉とする動機。
次に来るのが、理解動機。物事を知る/分かること自体の喜びを源泉とする動機。
この2つは、体験的にも分かり易いよね。
ただ、重要なものが残っている。それが「感染動機」だ。
宮台さんの場合、小室直樹と廣松渉という2人の賢人に感染したのだそうだ。
尊敬する人間に感染し、自己の思考/思想を同一化していく。
今、小室直樹ならばどう考えるだろう。廣松渉はどう生きるだろう、というように。
感染した人間の視点を想像し、そこから世界を見つめ、そういった思考の過程を自分のものとして結晶化していく。そしてある時、卒業する。感染していた人間の視点から自由になって、その時に初めて、知識や思考は自分自身のものとなっていく。
マーティン・ルーサー・キングJr.にとってそれは、マハトマ・ガンジーだった。
そういった主旨のコメントがあった訳ではないが、そんな感じがした。
「個性」の時代が喧伝される中で、「感染」はその本質を誤解されている気がする。
感染こそが、変革の契機なのだと、おれは思います。
マーティン・ルーサー・キングJr.においてさえ、ガンジーという源流があったんだ。
オリジナルというのは、感染と離脱の過程にしかないのだと思う。
ちなみに。
あの有名な演説は、今でもインターネットで聴くことが出来ます。
Martin Luther King, Jr. "I have a dream"
もう何度となく聴いた。
番組では伝わらない、本当の演説の魅力が満ち溢れています。
初めて聴いた時には、英語もろくに聴き取れないのに、鳥肌が立ったからね。
Sunday, February 08, 2009
瑞穂にて
2月8日、日曜日。
瑞穂ラグビー場にて、名古屋クラブのイベント・マッチに参加してきた。
タマリバでもやっているover-under matchだね。
30歳未満/30歳以上で分かれて、25分ハーフの(一応)真剣勝負。
over30が前後半ともに風上という好条件も、スタミナ不足は如何ともしがたかった。
個人的にも、久しぶりのラグビー。
爽快だったけれど、全く走れない自分自身に驚いてしまった。
相当走らないと、もう少し踏み込んだ意味での「楽しさ」には、全然辿り着かない。
勿論、ボール持って走るだけでも楽しいことは楽しいのだけれど、折角色々な仲間がいて、瑞穂ラグビー場まで貸していただけるのだから、「ラグビーを」楽しみたい。
でも、まあ今日のところは、ラグビーができたことだけで感謝かなと。
福井や徳地といった昔の仲間もいたし、遠藤や高品さんともプレーできたので。
またやりましょう。
瑞穂ラグビー場にて、名古屋クラブのイベント・マッチに参加してきた。
タマリバでもやっているover-under matchだね。
30歳未満/30歳以上で分かれて、25分ハーフの(一応)真剣勝負。
over30が前後半ともに風上という好条件も、スタミナ不足は如何ともしがたかった。
個人的にも、久しぶりのラグビー。
爽快だったけれど、全く走れない自分自身に驚いてしまった。
相当走らないと、もう少し踏み込んだ意味での「楽しさ」には、全然辿り着かない。
勿論、ボール持って走るだけでも楽しいことは楽しいのだけれど、折角色々な仲間がいて、瑞穂ラグビー場まで貸していただけるのだから、「ラグビーを」楽しみたい。
でも、まあ今日のところは、ラグビーができたことだけで感謝かなと。
福井や徳地といった昔の仲間もいたし、遠藤や高品さんともプレーできたので。
またやりましょう。
Tuesday, February 03, 2009
敗戦の先
平成21年2月1日(日)全国クラブ選手権決勝。
駒場WMM 17-64 タマリバクラブ(12:00 K.O.@秩父宮ラグビー場)
クラブ創設6年目にして辿り着いたクラブ日本一への挑戦が、終わった。
正確には「ひとまず終わった」ということだけれど。
今シーズンのチームは、この50点差が到達点だったということなのだろう。
シンプルに、タマリバの地力が上回っていた。
勝負の土俵には、間違いなく乗った。ただ、勝利の兆しを掴むには至らなかった。
この差が重要です。1勝が遠かった学生時代を思い出すね。
でも、この差は埋められます。
自分自身は、ジャージを着なかった。
ウォーターボーイとして、ベンチサイドにいた。
土壇場でチームに貢献することができず、複雑な思いです。
タマリバには、凸がいた。
小山も北瀬も三四郎もいた。安川もいた。康治さんは相変わらずだった。
敵ながら、素晴らしいです。
駒場WMM 17-64 タマリバクラブ(12:00 K.O.@秩父宮ラグビー場)
クラブ創設6年目にして辿り着いたクラブ日本一への挑戦が、終わった。
正確には「ひとまず終わった」ということだけれど。
今シーズンのチームは、この50点差が到達点だったということなのだろう。
シンプルに、タマリバの地力が上回っていた。
勝負の土俵には、間違いなく乗った。ただ、勝利の兆しを掴むには至らなかった。
この差が重要です。1勝が遠かった学生時代を思い出すね。
でも、この差は埋められます。
自分自身は、ジャージを着なかった。
ウォーターボーイとして、ベンチサイドにいた。
土壇場でチームに貢献することができず、複雑な思いです。
タマリバには、凸がいた。
小山も北瀬も三四郎もいた。安川もいた。康治さんは相変わらずだった。
敵ながら、素晴らしいです。
Friday, January 16, 2009
living story
嬉しい。
自分とは全く違う世界を生きている友達に、途轍もない程の刺激をもらった。
全く違うとは言っても、やっぱりそこは世界だから。
おれに世界があるように、彼にも世界があって、それは多元的な、どこまで行っても別々のものなのだけれど、やはり世界ではあるんだ。
「ネットワーク」というものが、おれはあまり好きではなかった。
人脈を中心とした情報ネットワークの価値や重要性を否定するつもりはないけれど、「ネットワークこそ全て」といった風潮に対して抵抗感を持っていたんだ。
シンプルに言えば、功利的な思惑が先行するネットワーク「幻想」への抵抗。
今もその思いは変わることなく脈々とあって、もっとストレートに、もっとダイレクトに、「他者の『生』そのものへの感応」こそがすべてなのだと、それだけで充分なのだと、少なくとも自分自身はそう生きたいと思っています。
"The universe is made of stories, not of atoms."
ストーリーって、いい言葉だね。
自分とは全く違う世界を生きている友達に、途轍もない程の刺激をもらった。
全く違うとは言っても、やっぱりそこは世界だから。
おれに世界があるように、彼にも世界があって、それは多元的な、どこまで行っても別々のものなのだけれど、やはり世界ではあるんだ。
「ネットワーク」というものが、おれはあまり好きではなかった。
人脈を中心とした情報ネットワークの価値や重要性を否定するつもりはないけれど、「ネットワークこそ全て」といった風潮に対して抵抗感を持っていたんだ。
シンプルに言えば、功利的な思惑が先行するネットワーク「幻想」への抵抗。
今もその思いは変わることなく脈々とあって、もっとストレートに、もっとダイレクトに、「他者の『生』そのものへの感応」こそがすべてなのだと、それだけで充分なのだと、少なくとも自分自身はそう生きたいと思っています。
"The universe is made of stories, not of atoms."
ストーリーって、いい言葉だね。
Thursday, January 15, 2009
birth
2009年1月14日(水)2:13 a.m.
新しい家族が増えました。
前日の10時頃に陣痛促進剤の点滴を始めて16時間、分娩室の黄色のベッドの上で、小さな命が、産まれたばかりのその顔を覘かせてくれました。
小さな命といっても、3,538グラムの大きな女の子。
産声を聞いた瞬間は、とても感動的でした。
本当に大変な思いをして頑張ってくれたパートナーに、とにかく感謝しています。
今日この日から、また新しい生活が始まります。
新しい家族が増えました。
前日の10時頃に陣痛促進剤の点滴を始めて16時間、分娩室の黄色のベッドの上で、小さな命が、産まれたばかりのその顔を覘かせてくれました。
小さな命といっても、3,538グラムの大きな女の子。
産声を聞いた瞬間は、とても感動的でした。
本当に大変な思いをして頑張ってくれたパートナーに、とにかく感謝しています。
今日この日から、また新しい生活が始まります。
Saturday, January 03, 2009
漬かる
随分久しぶりの更新。
暫く書かずにいたら、新しい1年が始まってしまった。
新しい1年間を通じて、もっと自分を成長させていきたい。
年末年始は、基本的にラグビーと映画を観て、本を読んでいた。
勿論、名古屋まで訪れてくれた実家の両親と食事を共にしたり、パートナーとゆっくり過ごしたりもしていたけれど、纏めて振り返ってしまうと、この3つが多かった。
ラグビーは、高校/大学/社会人を問わず、暇さえあれば観ている。
録画したが観ていなかった過去の試合も、この機会に纏めてチェックしている。
昨日も、大学選手権の準決勝2試合をTVで観戦していた。
早稲田大vs東海大(36-12)、帝京大vs法政大(36-10)共に、もう少し接戦になると思っていたのだけれど、最終スコアは予想以上にが開いてしまった。どちらの試合にも共通するけれど、セットプレーとブレイクダウンが明暗を分けた。J-SPORTSで解説していた岩渕さんの言う通りだ。
しかし、ここ数日ラグビーを観ていて思うことがある。
ずばり、高校ラグビーが面白い。大学ラグビー/トップリーグよりも面白いかも。
これは甲子園的な青春の感慨ではなくて、ラグビーとしても輝くものがあるんだ。
特に素晴らしかったのは、常翔啓光学園高校vs東京高校(7-3)のゲーム。
後半ロスタイムに惜しくも涙を呑んだ東京高校。
彼等のシャローディフェンスは圧巻だった。
まさに魂のディフェンス。凄まじい気迫と、肉体を本物の槍に変える確かな技術。
狙い込んで、瞬時に間合いを詰める。気づいた時には、突き刺さる。
ただの特攻じゃない。徹底的に訓練された選手達による、計算し尽された博打だ。
それでも、啓光には紙一重の差で勝てなかった。勝負の世界の厳しい現実。
ただ、東京高校の選手達は本当に素晴らしいラグビーを体現してくれた。
知性/信念/勇気/挑戦/気概/無心、様々語り尽くせない魅力が結実していた。
それを、後半ロスタイムに打ち破ってみせた啓光学園も、勿論素晴らしい。
清清しく闘い、散り際も見事ならば、勝ち様も見事。心から感動させてもらった。
ラグビーのことばかり書いてしまうので、映画のことも。
纏まった量の映画を一気に観るのは、本当に久しぶりのことだった。
短期間に6本観たのは、学生時代以来かもしれない。
学生時代にも、さほど多くの映画を観た訳ではないけれど。
『アキレスと亀』(北野武監督、2008年)
『鉄コン筋クリート』(松本大洋原作/マイケル・アリアス監督、2006年)
『さくらん』(安野モヨコ原作/蜷川実花監督、2007年)
『2001年宇宙の旅』(スタンリー・キューブリック監督、1968年)
『フェリーニのアマルコルド』(フェデリコ・フェリーニ監督、1974年)
『ロイドのスピーディー』(テッド・ワイルド監督、1928年)
それぞれ思うところ多い作品だけれど、あえて書くならば『鉄コン筋クリート』。
素晴らしい映画だった。作品世界に感覚を没入させていくのに多少時間を要するけれど、ひとたび足を踏み込むと、その後はクロとシロが生きる「宝町」そのものに引力があるかの如く、松本大洋の描く世界観が観る人間の心を侵食して離さない。
もっと早く、劇場で観ておけば良かった。
暫く書かずにいたら、新しい1年が始まってしまった。
新しい1年間を通じて、もっと自分を成長させていきたい。
年末年始は、基本的にラグビーと映画を観て、本を読んでいた。
勿論、名古屋まで訪れてくれた実家の両親と食事を共にしたり、パートナーとゆっくり過ごしたりもしていたけれど、纏めて振り返ってしまうと、この3つが多かった。
ラグビーは、高校/大学/社会人を問わず、暇さえあれば観ている。
録画したが観ていなかった過去の試合も、この機会に纏めてチェックしている。
昨日も、大学選手権の準決勝2試合をTVで観戦していた。
早稲田大vs東海大(36-12)、帝京大vs法政大(36-10)共に、もう少し接戦になると思っていたのだけれど、最終スコアは予想以上にが開いてしまった。どちらの試合にも共通するけれど、セットプレーとブレイクダウンが明暗を分けた。J-SPORTSで解説していた岩渕さんの言う通りだ。
しかし、ここ数日ラグビーを観ていて思うことがある。
ずばり、高校ラグビーが面白い。大学ラグビー/トップリーグよりも面白いかも。
これは甲子園的な青春の感慨ではなくて、ラグビーとしても輝くものがあるんだ。
特に素晴らしかったのは、常翔啓光学園高校vs東京高校(7-3)のゲーム。
後半ロスタイムに惜しくも涙を呑んだ東京高校。
彼等のシャローディフェンスは圧巻だった。
まさに魂のディフェンス。凄まじい気迫と、肉体を本物の槍に変える確かな技術。
狙い込んで、瞬時に間合いを詰める。気づいた時には、突き刺さる。
ただの特攻じゃない。徹底的に訓練された選手達による、計算し尽された博打だ。
それでも、啓光には紙一重の差で勝てなかった。勝負の世界の厳しい現実。
ただ、東京高校の選手達は本当に素晴らしいラグビーを体現してくれた。
知性/信念/勇気/挑戦/気概/無心、様々語り尽くせない魅力が結実していた。
それを、後半ロスタイムに打ち破ってみせた啓光学園も、勿論素晴らしい。
清清しく闘い、散り際も見事ならば、勝ち様も見事。心から感動させてもらった。
ラグビーのことばかり書いてしまうので、映画のことも。
纏まった量の映画を一気に観るのは、本当に久しぶりのことだった。
短期間に6本観たのは、学生時代以来かもしれない。
学生時代にも、さほど多くの映画を観た訳ではないけれど。
『アキレスと亀』(北野武監督、2008年)
『鉄コン筋クリート』(松本大洋原作/マイケル・アリアス監督、2006年)
『さくらん』(安野モヨコ原作/蜷川実花監督、2007年)
『2001年宇宙の旅』(スタンリー・キューブリック監督、1968年)
『フェリーニのアマルコルド』(フェデリコ・フェリーニ監督、1974年)
『ロイドのスピーディー』(テッド・ワイルド監督、1928年)
それぞれ思うところ多い作品だけれど、あえて書くならば『鉄コン筋クリート』。
素晴らしい映画だった。作品世界に感覚を没入させていくのに多少時間を要するけれど、ひとたび足を踏み込むと、その後はクロとシロが生きる「宝町」そのものに引力があるかの如く、松本大洋の描く世界観が観る人間の心を侵食して離さない。
もっと早く、劇場で観ておけば良かった。
Sunday, December 07, 2008
早明戦
12月7日、日曜日。
名古屋市美術館で企画展『ピカソとクレーの生きた時代』を鑑賞。その後、丸善あたりをぶらついてから、夕方自宅に戻って、録画しておいたラグビーを観たのだけれど、非常に素晴らしかった。(ピカソの作品も勿論素晴らしかったけれど。)
関東大学ラグビー対抗戦 最終節
明治大 24-22 早稲田大(14:00K.O.@国立競技場)
「メイジ」の魂というか、気迫は凄まじかった。
明治大のゲームを観るのは3試合目だけれど、今までとは全く違った。
自分達のプライドを意地でも守り抜いてみせるのだという強い意志を感じた。
「存在証明」というと大袈裟かもしれないけれど、それだけの迫力があった。
まさに学生ラグビー、それも「伝統の一戦」ゆえの劇的な展開。
「学生ラグビー」というものの魅力/怖さ/可能性、色々な要素が詰まっていた。
「勝つことでしか自分達の4年間は証明できない」とでもいうような、明治の4年生達の闘志溢れる突進と激しいタックル。「俺達は明治なんだ」と叫ぶような接点の激しさと執拗なコンテスト。本当に素晴らしかった。
ゲームコントロールには粗さもあったし、幾つか致命的なミスもあったと思うけれど、彼らの信念を覆すほどには致命的ではなかった、ということかもしれない。
こういう試合を、東大ラグビー部の皆にも観てもらいたい。
きっと観ているとは思うけれど、自身の闘争心に照らしながら観てほしい。
気持ちだけじゃないのは事実。
でも、気持ちがこれほどまでに劇的にチームを変えてしまうこともある。
これだって、紛れもない事実だ。
早稲田のメンバーも、きっと闘争心を持って臨んだはずだ。慢心していた訳でも、気を抜いた訳でもないと思う。でも、本当の意味で崖っ縁に立たされた人間が開き直った時の「強さ」が、早稲田フィフティーンを凌駕したのだと思う。
勿論、伏線はあったはずなんだ。
1つは、明治のメンバーはやはり底力を持っていた、ということ。
もうひとつは、開き直った時に立ち返る場所(「前へ」)があったことだと思う。
信念のある学生チームは、ここぞという時に強いね。
時には信念が制約となり、柔軟性と創造性を失わせてしまうこともあるけれど。
さて、幾つか気になったことがある。
あくまで結果論に過ぎないし、現場には様々な思惑があるのだろうけれど。
後半に入ると、早稲田は次々とメンバーを交替した。
一方の明治は、怪我による交替の他には、PRを1人替えただけだった。
早稲田は何故、交替カードを切ったのだろう。
疲労したスターターを替えて、チームに勢いを与えようとしたのか。
あるいは、タイプの異なる選手を投入して、流れを変えようとしたのか。
でも、こういう試合においては、もう1つの重要な要素として「メンタリティ」を考慮しても良かったのではないかと、個人的には思ってしまった。
早稲田のリザーブは、劣勢の状況で投入された経験は殆どないだろう。
更に言えば、今季の戦績を見れば、敗北など誰1人として予想していなかったはずの大舞台「早明戦」での劣勢だ。そう考えると、多少酷な場面だったかもしれない。
リザーブの選手達の性格や特徴を何も知らないので、勝手な推論になってしまうけれど、レギュラーのプライドに託した明治とは対象的だった。
ただし、4年生は別だ。
大学ラグビーにおいて、4年生の心意気は特別なものだと思う。
その意味では、上田選手の投入はむしろ遅いのではと思ってしまったけれど。
一方の明治は、メンバーを替えなかった。
それは、スターターのプライドを信じ抜いているように感じられた。死ぬ気で闘っているレギュラー15名を、1人として替えられない。彼等に失礼なことは出来ない。そんな思いがあったのではないかと、勝手に想像してしまう。
結果的には、これは正解だったと思う。明治フィフティーンは、チームの期待に応えた。疲労困憊の状況でも、最後まで前に出続けて、死力を尽くして闘った。
偏った見方かもしれないけれど、そう思いたくなるようなパフォーマンスだった。
勝手な意見で、関係者には本当に申し訳ないけれど・・・。
色々な意味で、心を打つゲームであり、学ばせてもらったゲームだった。
名古屋市美術館で企画展『ピカソとクレーの生きた時代』を鑑賞。その後、丸善あたりをぶらついてから、夕方自宅に戻って、録画しておいたラグビーを観たのだけれど、非常に素晴らしかった。(ピカソの作品も勿論素晴らしかったけれど。)
関東大学ラグビー対抗戦 最終節
明治大 24-22 早稲田大(14:00K.O.@国立競技場)
「メイジ」の魂というか、気迫は凄まじかった。
明治大のゲームを観るのは3試合目だけれど、今までとは全く違った。
自分達のプライドを意地でも守り抜いてみせるのだという強い意志を感じた。
「存在証明」というと大袈裟かもしれないけれど、それだけの迫力があった。
まさに学生ラグビー、それも「伝統の一戦」ゆえの劇的な展開。
「学生ラグビー」というものの魅力/怖さ/可能性、色々な要素が詰まっていた。
「勝つことでしか自分達の4年間は証明できない」とでもいうような、明治の4年生達の闘志溢れる突進と激しいタックル。「俺達は明治なんだ」と叫ぶような接点の激しさと執拗なコンテスト。本当に素晴らしかった。
ゲームコントロールには粗さもあったし、幾つか致命的なミスもあったと思うけれど、彼らの信念を覆すほどには致命的ではなかった、ということかもしれない。
こういう試合を、東大ラグビー部の皆にも観てもらいたい。
きっと観ているとは思うけれど、自身の闘争心に照らしながら観てほしい。
気持ちだけじゃないのは事実。
でも、気持ちがこれほどまでに劇的にチームを変えてしまうこともある。
これだって、紛れもない事実だ。
早稲田のメンバーも、きっと闘争心を持って臨んだはずだ。慢心していた訳でも、気を抜いた訳でもないと思う。でも、本当の意味で崖っ縁に立たされた人間が開き直った時の「強さ」が、早稲田フィフティーンを凌駕したのだと思う。
勿論、伏線はあったはずなんだ。
1つは、明治のメンバーはやはり底力を持っていた、ということ。
もうひとつは、開き直った時に立ち返る場所(「前へ」)があったことだと思う。
信念のある学生チームは、ここぞという時に強いね。
時には信念が制約となり、柔軟性と創造性を失わせてしまうこともあるけれど。
さて、幾つか気になったことがある。
あくまで結果論に過ぎないし、現場には様々な思惑があるのだろうけれど。
後半に入ると、早稲田は次々とメンバーを交替した。
一方の明治は、怪我による交替の他には、PRを1人替えただけだった。
早稲田は何故、交替カードを切ったのだろう。
疲労したスターターを替えて、チームに勢いを与えようとしたのか。
あるいは、タイプの異なる選手を投入して、流れを変えようとしたのか。
でも、こういう試合においては、もう1つの重要な要素として「メンタリティ」を考慮しても良かったのではないかと、個人的には思ってしまった。
早稲田のリザーブは、劣勢の状況で投入された経験は殆どないだろう。
更に言えば、今季の戦績を見れば、敗北など誰1人として予想していなかったはずの大舞台「早明戦」での劣勢だ。そう考えると、多少酷な場面だったかもしれない。
リザーブの選手達の性格や特徴を何も知らないので、勝手な推論になってしまうけれど、レギュラーのプライドに託した明治とは対象的だった。
ただし、4年生は別だ。
大学ラグビーにおいて、4年生の心意気は特別なものだと思う。
その意味では、上田選手の投入はむしろ遅いのではと思ってしまったけれど。
一方の明治は、メンバーを替えなかった。
それは、スターターのプライドを信じ抜いているように感じられた。死ぬ気で闘っているレギュラー15名を、1人として替えられない。彼等に失礼なことは出来ない。そんな思いがあったのではないかと、勝手に想像してしまう。
結果的には、これは正解だったと思う。明治フィフティーンは、チームの期待に応えた。疲労困憊の状況でも、最後まで前に出続けて、死力を尽くして闘った。
偏った見方かもしれないけれど、そう思いたくなるようなパフォーマンスだった。
勝手な意見で、関係者には本当に申し訳ないけれど・・・。
色々な意味で、心を打つゲームであり、学ばせてもらったゲームだった。
Sunday, November 16, 2008
Good News
今週末は名古屋にいたのだけれど、東京から良い知らせが届いた。
東大ラグビー部が、19-17で学習院大に見事勝利したとのこと。
本当に良かった。
2002-2003シーズンに対抗戦Bリーグへと降格して以降、東大は学習院大に一度も勝ったことがなかったけれど、6年の時を経て、ようやく白星を勝ち取ってくれた。
まずは、グラウンドで戦った学生のみんなを讃えてあげたい。
こうやって、1つずつ自信を培っていけばいいんだ。
ずっと勝てなかった相手を乗り越えて、チームはまだ成長していくはずです。
今季のラストゲームとなる成城大戦では、この自信を胸に、もっと成長しよう。
きっと強くなれるし、逞しくなれるはず。
ちなみに、土曜日は名古屋大ラグビー部の練習に顔を出してきた。
最近ちょくちょく参加させてもらっているのだけれど、学生と接するのは楽しいです。
彼等は思うような結果が出ずに苦しんでいるけれど、なかなか良い選手もいて。
何度か勝手に参加しているうちに、少しずつ「関係」の芽が出来てきたかも。
東大ラグビー部が、19-17で学習院大に見事勝利したとのこと。
本当に良かった。
2002-2003シーズンに対抗戦Bリーグへと降格して以降、東大は学習院大に一度も勝ったことがなかったけれど、6年の時を経て、ようやく白星を勝ち取ってくれた。
まずは、グラウンドで戦った学生のみんなを讃えてあげたい。
こうやって、1つずつ自信を培っていけばいいんだ。
ずっと勝てなかった相手を乗り越えて、チームはまだ成長していくはずです。
今季のラストゲームとなる成城大戦では、この自信を胸に、もっと成長しよう。
きっと強くなれるし、逞しくなれるはず。
ちなみに、土曜日は名古屋大ラグビー部の練習に顔を出してきた。
最近ちょくちょく参加させてもらっているのだけれど、学生と接するのは楽しいです。
彼等は思うような結果が出ずに苦しんでいるけれど、なかなか良い選手もいて。
何度か勝手に参加しているうちに、少しずつ「関係」の芽が出来てきたかも。
Sunday, November 09, 2008
タマリバ戦
11月9日、日曜日。
東日本トップクラブリーグ、決勝。
駒場WMM 16-34 タマリバクラブ(14:00K.O.@秩父宮ラグビー場)
敗戦。
非常に悔しいけれど、個人/チーム共に、今持てる実力は出せたと思う。
この20点こそが、数年に渡ってトップクラブであり続けるタマリバとの差だね。
気持ちの乗ったプレーが随所にあり、手応えを掴めるシーンも少なくなかったけれど、一方で、様々な意味でチームの「弱さ」を露呈するプレーもあった。
こういうタイトなゲームにおいて、その弱さを如何に消し去れるかが、次の課題です。
試合に出られなかったメンバーやスタッフの皆には、本当に申し訳なかったです。
苦渋の決断でメンバー選考をした首脳陣の期待に沿えず、本当に申し訳ない。
ちなみに。
個人的には、三四郎や高村と試合ができたことは、とても嬉しかった。
北瀬がスターティング・メンバーで本当に嬉しかった。
宮原がいなかったのは残念だったけれど、トドコロと対戦できたのも良かった。
また試合しよう。今度はうちが勝つけれど。
東日本トップクラブリーグ、決勝。
駒場WMM 16-34 タマリバクラブ(14:00K.O.@秩父宮ラグビー場)
敗戦。
非常に悔しいけれど、個人/チーム共に、今持てる実力は出せたと思う。
この20点こそが、数年に渡ってトップクラブであり続けるタマリバとの差だね。
気持ちの乗ったプレーが随所にあり、手応えを掴めるシーンも少なくなかったけれど、一方で、様々な意味でチームの「弱さ」を露呈するプレーもあった。
こういうタイトなゲームにおいて、その弱さを如何に消し去れるかが、次の課題です。
試合に出られなかったメンバーやスタッフの皆には、本当に申し訳なかったです。
苦渋の決断でメンバー選考をした首脳陣の期待に沿えず、本当に申し訳ない。
ちなみに。
個人的には、三四郎や高村と試合ができたことは、とても嬉しかった。
北瀬がスターティング・メンバーで本当に嬉しかった。
宮原がいなかったのは残念だったけれど、トドコロと対戦できたのも良かった。
また試合しよう。今度はうちが勝つけれど。
Sunday, November 02, 2008
青学戦
11月2日、日曜日。
関東大学ラグビー対抗戦Bグループ、第5戦。
東京大 15-91 青学大(14:00K.O.@青山学院大学淵野辺グラウンド)
完敗。
特に後半は、何もできなかった。
結局のところ、個々のコアスキルが足りなかった。
タックルを倒し切れない。相手より早くセットできない。インサイドショルダーで相手を追い込むことができない。ボールコントロールを正確にできない。
戦略/戦術の前提となるベーシック・スキルが、目標のレベルに遠く及ばなかった。
悔しいけれど、この悔しさを糧に、次へと向かうしかない。
素晴らしいリーダーに成長した石渡を、チーム全員で勝たせてあげたい。
限られた時間の中で、少しでも成長して、全力を振り絞って残された2試合を闘おう。
悔いを残さないように。
関東大学ラグビー対抗戦Bグループ、第5戦。
東京大 15-91 青学大(14:00K.O.@青山学院大学淵野辺グラウンド)
完敗。
特に後半は、何もできなかった。
結局のところ、個々のコアスキルが足りなかった。
タックルを倒し切れない。相手より早くセットできない。インサイドショルダーで相手を追い込むことができない。ボールコントロールを正確にできない。
戦略/戦術の前提となるベーシック・スキルが、目標のレベルに遠く及ばなかった。
悔しいけれど、この悔しさを糧に、次へと向かうしかない。
素晴らしいリーダーに成長した石渡を、チーム全員で勝たせてあげたい。
限られた時間の中で、少しでも成長して、全力を振り絞って残された2試合を闘おう。
悔いを残さないように。
Tuesday, October 28, 2008
reducted
日曜日のことだけれど、久しぶりに映画を観に行った。
ブライアン・デ・パルマ監督・脚本の『リダクテッド』という作品だ。
http://www.cinemacafe.net/official/redacted/
イラク戦争の惨禍の渦中にあって、米軍兵が15歳のイラク人少女をレイプし、家族を惨殺する。現実に起こってしまった悲惨な事件を題材としながら、あくまでフィクションとして「戦争の裏側」にある残虐を描いた作品だ。(実際の被害者は14歳)
作品の評価は様々あると思うけれど、個人的にはすっきりしない感触が残った。
レイプ事件の現場にあって、それを制止できなかったマッコイを描いたラストシーン。
彼は深い絶望と後悔に涙するけれど、次の瞬間のカットに疑問を覚えてしまった。
アメリカ国民にとって、また彼の友人達にとって、彼は「英雄」だったとしても・・・。
それがアメリカの「現実」だと言うならば、あのカットこそが問題提起の本質なのかもしれないけれど、個人的には釈然としない「異物感」が、どうしても残ってしまう。
挑戦的で、手法としても興味深く、良い映画だとは思うんだけどね。
ブライアン・デ・パルマ監督・脚本の『リダクテッド』という作品だ。
http://www.cinemacafe.net/official/redacted/
イラク戦争の惨禍の渦中にあって、米軍兵が15歳のイラク人少女をレイプし、家族を惨殺する。現実に起こってしまった悲惨な事件を題材としながら、あくまでフィクションとして「戦争の裏側」にある残虐を描いた作品だ。(実際の被害者は14歳)
作品の評価は様々あると思うけれど、個人的にはすっきりしない感触が残った。
レイプ事件の現場にあって、それを制止できなかったマッコイを描いたラストシーン。
彼は深い絶望と後悔に涙するけれど、次の瞬間のカットに疑問を覚えてしまった。
アメリカ国民にとって、また彼の友人達にとって、彼は「英雄」だったとしても・・・。
それがアメリカの「現実」だと言うならば、あのカットこそが問題提起の本質なのかもしれないけれど、個人的には釈然としない「異物感」が、どうしても残ってしまう。
挑戦的で、手法としても興味深く、良い映画だとは思うんだけどね。
Sunday, October 19, 2008
タマリバ戦
東日本トップクラブリーグ第3戦
駒場WMM 10-64 タマリバクラブ(15:00K.O.@保土ヶ谷ラグビー場)
敗戦。
仕事できなかった。
個人的には、前半のディフェンスミスが全て。あれで終わってしまった。
悔やんでも悔やみ切れない。
何故ツメてしまったのだろう。
単純なミスなのだけれど、何故それほど単純なミスを・・・。
今更ながら、また最初から全部やり直すしかない。
同じ日、東大ラグビー部の対抗戦もあった。
主将の石渡から連絡があって、上智大に38-28で勝利したとのこと。
昨年の雪辱を晴らしてくれて、本当に良かった。
試合の応援に行くことが出来なくて、彼等にはとても申し訳なかった。
彼等と一緒に勝利することができれば、一番良かったのだけれど。
駒場WMM 10-64 タマリバクラブ(15:00K.O.@保土ヶ谷ラグビー場)
敗戦。
仕事できなかった。
個人的には、前半のディフェンスミスが全て。あれで終わってしまった。
悔やんでも悔やみ切れない。
何故ツメてしまったのだろう。
単純なミスなのだけれど、何故それほど単純なミスを・・・。
今更ながら、また最初から全部やり直すしかない。
同じ日、東大ラグビー部の対抗戦もあった。
主将の石渡から連絡があって、上智大に38-28で勝利したとのこと。
昨年の雪辱を晴らしてくれて、本当に良かった。
試合の応援に行くことが出来なくて、彼等にはとても申し訳なかった。
彼等と一緒に勝利することができれば、一番良かったのだけれど。
Monday, October 13, 2008
高麗戦
10月13日(月・祝)、東日本トップクラブリーグ第2戦。
駒場WMM 50-19 高麗クラブ(12:45 K.O.@熊谷ラグビー場)
⑩森山が後半5分で負傷退場したので、SOで出場。
我ながら酷かった。落ち着いてプレーできなかった。
もう少し上手く捌けるイメージを持って臨んだのだけれど・・・。
反省点が多すぎて、書き切れないけれど、とにかくチームが勝って良かった。
小寺さん、SO教えてください。
駒場WMM 50-19 高麗クラブ(12:45 K.O.@熊谷ラグビー場)
⑩森山が後半5分で負傷退場したので、SOで出場。
我ながら酷かった。落ち着いてプレーできなかった。
もう少し上手く捌けるイメージを持って臨んだのだけれど・・・。
反省点が多すぎて、書き切れないけれど、とにかくチームが勝って良かった。
小寺さん、SO教えてください。
Monday, October 06, 2008
赦す境地
『生かされて。』(イマキュレー・イリバギザ著、PHP研究所)、読了。
ルワンダで実際に起きたツチ族虐殺の渦中を生き延びた女性の物語。
信じ難いこの凄惨/残酷/狂気の全ては、つい10数年前に実際に起きた悲劇だ。
虐殺で肉親/兄弟の全てを失った彼女が、深い祈りの先に辿り着いた境地。
彼女の深い信仰心、人間への愛情、深淵なる「赦し」に、心を打たれると思う。
多くの人に読んでもらいたい。
ルワンダで実際に起きたツチ族虐殺の渦中を生き延びた女性の物語。
信じ難いこの凄惨/残酷/狂気の全ては、つい10数年前に実際に起きた悲劇だ。
虐殺で肉親/兄弟の全てを失った彼女が、深い祈りの先に辿り着いた境地。
彼女の深い信仰心、人間への愛情、深淵なる「赦し」に、心を打たれると思う。
多くの人に読んでもらいたい。
Monday, September 29, 2008
無為
んー。
今日は勿体ない1日を過ごしてしまった。
なんとなく、エネルギーが分散してしまっているような・・・。
仕事に対して、ちょっと受身になってしまっていたのかもしれない。
齋藤孝じゃないけれど、「身体」から入らないと。
今日は勿体ない1日を過ごしてしまった。
なんとなく、エネルギーが分散してしまっているような・・・。
仕事に対して、ちょっと受身になってしまっていたのかもしれない。
齋藤孝じゃないけれど、「身体」から入らないと。
Sunday, September 28, 2008
明暗
今週末のラグビー。
駒場WMMのトップクラブリーグ緒戦と、東大ラグビー部の対抗戦があった。
どちらにも参加できなかったのだけれど、明暗が分かれる結果となった。
駒場WMMは、北海道バーバリアンズを37-29で撃破。
後半40分に逆転というから、激戦だったのだと思うけれど、勝って良かった。
東京都4部からスタートしたチームは、まだ公式戦で負けていない。
この勢いに自分自身も上手く適応して、今シーズンも勝負していきたい。
次は10/13(月・祝)、高麗クラブとのゲーム。
個人的に乗り遅れたけれど、次は行きます。まずは22人に潜り込まないと。
そして、東大ラグビー部。
対抗戦第2戦、明学大とのゲームは残念ながら26-12で敗戦となった。
インターネットで結果を知っただけで、映像を見ていないけれど、非常に悔しい。
入手次第、映像を確認するつもりだけれど、この敗戦を糧にするしかないね。
対抗戦2部には、昨年降格してきた青学大を除けば、飛び抜けたチームはない。
10回勝負したら、5勝5敗するようなチームばかりだ。
これを10勝、少なくとも9勝1敗に引き上げないといけない。
ただ、そのために必要な努力というのは、5勝5敗を拾うのとは全然違うんだ。
もっと逞しいチームになってほしいし、その為のサポートをしていきたい。
いずれにしても、まずは映像を見ることだね。
チームの今の課題を洗い出すのがスタートラインだから。
駒場WMMのトップクラブリーグ緒戦と、東大ラグビー部の対抗戦があった。
どちらにも参加できなかったのだけれど、明暗が分かれる結果となった。
駒場WMMは、北海道バーバリアンズを37-29で撃破。
後半40分に逆転というから、激戦だったのだと思うけれど、勝って良かった。
東京都4部からスタートしたチームは、まだ公式戦で負けていない。
この勢いに自分自身も上手く適応して、今シーズンも勝負していきたい。
次は10/13(月・祝)、高麗クラブとのゲーム。
個人的に乗り遅れたけれど、次は行きます。まずは22人に潜り込まないと。
そして、東大ラグビー部。
対抗戦第2戦、明学大とのゲームは残念ながら26-12で敗戦となった。
インターネットで結果を知っただけで、映像を見ていないけれど、非常に悔しい。
入手次第、映像を確認するつもりだけれど、この敗戦を糧にするしかないね。
対抗戦2部には、昨年降格してきた青学大を除けば、飛び抜けたチームはない。
10回勝負したら、5勝5敗するようなチームばかりだ。
これを10勝、少なくとも9勝1敗に引き上げないといけない。
ただ、そのために必要な努力というのは、5勝5敗を拾うのとは全然違うんだ。
もっと逞しいチームになってほしいし、その為のサポートをしていきたい。
いずれにしても、まずは映像を見ることだね。
チームの今の課題を洗い出すのがスタートラインだから。
Wednesday, September 24, 2008
ルワンダの涙
久しぶりに、パートナーと映画を観た。
「難民映画祭2008名古屋」において公開された『ルワンダの涙』という作品だ。
http://www.rffn.org/index.html
http://www.r-namida.jp/index.html
1994年、ルワンダで実際に起こった凄惨な虐殺を描いた作品。
人間がこれほどまで残酷になってしまうという現実に、言葉を失った。
奇跡的に生き延びたツチ族の人間も存在するが、それをもってReliefとは言えない。
フツ族とツチ族の間にある絶望的なまでの断絶/歪んだ憎悪と人間性の喪失。
ルワンダの今を、恥ずかしながらおれは全く知らない。
今まで知ろうともしなかった。
ルワンダの「今」はどうなのだろうか。
断絶の氷解が想像の枠外としても、どこかに融和のきっかけはあるのだろうか。
「難民映画祭2008名古屋」において公開された『ルワンダの涙』という作品だ。
http://www.rffn.org/index.html
http://www.r-namida.jp/index.html
1994年、ルワンダで実際に起こった凄惨な虐殺を描いた作品。
人間がこれほどまで残酷になってしまうという現実に、言葉を失った。
奇跡的に生き延びたツチ族の人間も存在するが、それをもってReliefとは言えない。
フツ族とツチ族の間にある絶望的なまでの断絶/歪んだ憎悪と人間性の喪失。
ルワンダの今を、恥ずかしながらおれは全く知らない。
今まで知ろうともしなかった。
ルワンダの「今」はどうなのだろうか。
断絶の氷解が想像の枠外としても、どこかに融和のきっかけはあるのだろうか。
Tuesday, September 16, 2008
Sunday, September 14, 2008
シーズン開幕
2日間、ラグビーに明け暮れてしまった。
パートナーには迷惑をかけてしまったけれど、有意義な2日間だった。
9月13日、土曜日。
まずは、11:30から1時間程度で、東大ラグビー部Jr.メンバーのコーチングをした。
1vs1のタックル練習をしたのだけれど、思った以上にスキルは低かった。
タックルを教えるのは、とても難しい。
様々なアプローチがあり、正解はないのだけれど、あるチームのある時点を明確に意識して考えた時に、ある程度の妥当性は判断できると思う。ただ、この日の練習メニューそのものや、コーチング・アプローチは必ずしも適切ではなかったかもしれない。
コーチの齋藤さんと練習後に議論して、少し考え直した。
本質は間違っていないと思うのだけれど、アプローチをもう一度整理してみたい。
その後、13:00からは、翌日に今シーズンの開幕戦を控えたAチームの練習を観て、チームの雰囲気や仕上がり具合をチェックしていく。試合前日なので軽めのメニューだけれど、久しぶりに練習をみると、思うところも多く、様々な気づきがあった。
15:30までにジャージ授与式まで終えると、16:00からは駒場WMMの練習。
自分自身がプレーするのは久しぶりで、多少身体は重かった。
コンタクトプレーが完全に落ちてしまっているので、戻していかないと。
タックルの際の踏み込みが浅くて、フィジカルも以前より弱くなっているので、どうしても思ったようなタックルができない。1mと言わず、もう1歩でも深く踏み込めれば、全然違うのだけれど。こればかりは、グラウンドで取り戻していくしかないね。
9月14日、日曜日。
10:00-11:00で駒場WMMの練習に参加した。
前日に痛感した踏み込みの浅さを少しでも矯正しようと意識したのだけれど、自分の思うようなタックルはできなかった。肩先だけで行ってしまっている。
最近トップリーグをJ-Sportsでよく観ているけれど、接点でも踏み込みや、間合いの詰め方/詰めるスピード、踏み込んでからの激しさは、さすがに凄い。
同じことはできないけれど、イメージをもって今後の練習に臨んでいきたい。
練習を早めに切り上げて、シャワーを浴びた後、駒場から朝霞に向かう。
東大ラグビー部の今シーズンの開幕戦だからね。
東京大 30-17 武蔵大
14:00 K.O.@武蔵大学朝霞グラウンド
昨年5位の武蔵大が相手だったけれど、辛くも勝利をものにした。
まずは開幕戦をきちんと勝利できたことは、チームにとって大きかった。
内容そのものは、正直に言って決して良くなかった。
自分たちの強みを見失ってしまい、相手のペースに呑まれる時間帯が多かった。
まずはディフェンスを立て直すことだね。
前に素早く出て、鋭くプレッシャーをかけることが、今年のチームの生命線。
その為に必要な、ポジショニング/ノミネート/ブレイクが、全く出来ていなかった。
これは修正できるはずだし、修正しなければいけない。
昨日の練習から、その予兆はあったんだ。
結局のところ、練習の緩慢はゲームに如実に出てしまうからね。
もっと細部にこだわって、もっと1つ1つの動きを大切にしていこう。
きっと強くなれるはず。
次のゲームは2週間後。相手は昨年苦杯を嘗めた明治学院大だ。
雪辱戦だね。ディフェンスで圧倒して、チームを完成させていこう。
パートナーには迷惑をかけてしまったけれど、有意義な2日間だった。
9月13日、土曜日。
まずは、11:30から1時間程度で、東大ラグビー部Jr.メンバーのコーチングをした。
1vs1のタックル練習をしたのだけれど、思った以上にスキルは低かった。
タックルを教えるのは、とても難しい。
様々なアプローチがあり、正解はないのだけれど、あるチームのある時点を明確に意識して考えた時に、ある程度の妥当性は判断できると思う。ただ、この日の練習メニューそのものや、コーチング・アプローチは必ずしも適切ではなかったかもしれない。
コーチの齋藤さんと練習後に議論して、少し考え直した。
本質は間違っていないと思うのだけれど、アプローチをもう一度整理してみたい。
その後、13:00からは、翌日に今シーズンの開幕戦を控えたAチームの練習を観て、チームの雰囲気や仕上がり具合をチェックしていく。試合前日なので軽めのメニューだけれど、久しぶりに練習をみると、思うところも多く、様々な気づきがあった。
15:30までにジャージ授与式まで終えると、16:00からは駒場WMMの練習。
自分自身がプレーするのは久しぶりで、多少身体は重かった。
コンタクトプレーが完全に落ちてしまっているので、戻していかないと。
タックルの際の踏み込みが浅くて、フィジカルも以前より弱くなっているので、どうしても思ったようなタックルができない。1mと言わず、もう1歩でも深く踏み込めれば、全然違うのだけれど。こればかりは、グラウンドで取り戻していくしかないね。
9月14日、日曜日。
10:00-11:00で駒場WMMの練習に参加した。
前日に痛感した踏み込みの浅さを少しでも矯正しようと意識したのだけれど、自分の思うようなタックルはできなかった。肩先だけで行ってしまっている。
最近トップリーグをJ-Sportsでよく観ているけれど、接点でも踏み込みや、間合いの詰め方/詰めるスピード、踏み込んでからの激しさは、さすがに凄い。
同じことはできないけれど、イメージをもって今後の練習に臨んでいきたい。
練習を早めに切り上げて、シャワーを浴びた後、駒場から朝霞に向かう。
東大ラグビー部の今シーズンの開幕戦だからね。
東京大 30-17 武蔵大
14:00 K.O.@武蔵大学朝霞グラウンド
昨年5位の武蔵大が相手だったけれど、辛くも勝利をものにした。
まずは開幕戦をきちんと勝利できたことは、チームにとって大きかった。
内容そのものは、正直に言って決して良くなかった。
自分たちの強みを見失ってしまい、相手のペースに呑まれる時間帯が多かった。
まずはディフェンスを立て直すことだね。
前に素早く出て、鋭くプレッシャーをかけることが、今年のチームの生命線。
その為に必要な、ポジショニング/ノミネート/ブレイクが、全く出来ていなかった。
これは修正できるはずだし、修正しなければいけない。
昨日の練習から、その予兆はあったんだ。
結局のところ、練習の緩慢はゲームに如実に出てしまうからね。
もっと細部にこだわって、もっと1つ1つの動きを大切にしていこう。
きっと強くなれるはず。
次のゲームは2週間後。相手は昨年苦杯を嘗めた明治学院大だ。
雪辱戦だね。ディフェンスで圧倒して、チームを完成させていこう。
Sunday, September 07, 2008
休日
久しぶりの更新。
今週末はどこにも出掛けず、ゆっくりと過ごした。
近所のジャスコで本棚を買って、溢れ返っていた本を整理したくらいだ。
おかげで2階は、とても気持ちの良い部屋になった。
トップリーグが開幕したけれど、J-Sportsで3試合ほど観戦した。
サントリーvs三洋電機、九州電力vsコカコーラ、IBMvsサニックスの3試合だ。
新ルール対応に加えて、レフリング変更が大きく左右しそうだ。
特にシーリングは、チームとして意識を徹底しないと、かなり取られる気がする。
セットプレーは非常に重要になるが、特にラインアウトの獲得率はキーポイントになるかもしれない。新ルールでALL menが増えてくると、ショート・ラインアウトを活用したムーブでの獲得は相対的に難しくなるような気がする。サイズに劣るチームの生きる道を本気で考えないといけない。
3試合を観て感じたのは、ゲームは「構成するもの」だということ。
どの試合も、ゲームの構成に長けていたチームが勝利を拾ったように思う。
典型的なのはエリア・マネジメントだけれど、勿論それだけではなくて。
「理由をもって攻める」ということだと思うのだけれど、これが難しいんだ。
今後のトップリーグの展開が、楽しみです。
今週末はどこにも出掛けず、ゆっくりと過ごした。
近所のジャスコで本棚を買って、溢れ返っていた本を整理したくらいだ。
おかげで2階は、とても気持ちの良い部屋になった。
トップリーグが開幕したけれど、J-Sportsで3試合ほど観戦した。
サントリーvs三洋電機、九州電力vsコカコーラ、IBMvsサニックスの3試合だ。
新ルール対応に加えて、レフリング変更が大きく左右しそうだ。
特にシーリングは、チームとして意識を徹底しないと、かなり取られる気がする。
セットプレーは非常に重要になるが、特にラインアウトの獲得率はキーポイントになるかもしれない。新ルールでALL menが増えてくると、ショート・ラインアウトを活用したムーブでの獲得は相対的に難しくなるような気がする。サイズに劣るチームの生きる道を本気で考えないといけない。
3試合を観て感じたのは、ゲームは「構成するもの」だということ。
どの試合も、ゲームの構成に長けていたチームが勝利を拾ったように思う。
典型的なのはエリア・マネジメントだけれど、勿論それだけではなくて。
「理由をもって攻める」ということだと思うのだけれど、これが難しいんだ。
今後のトップリーグの展開が、楽しみです。
Monday, August 04, 2008
film atmosphere
1週間以上も前のことになってしまったけれど・・・。
8月2日、土曜日。
パートナーと2人で、久しぶりに映画を観に行った。
アルベール・ラモリス監督作品、『赤い風船』と『白い馬』の2本だ。
場所は、新栄町から徒歩5分ほどのところにある名演小劇場。
50席ほどの古くて小さなシアターだけど、雰囲気のあるところだ。
名古屋にも、少ないながらも魅力的なミニシアターがあるんだね。
『白い馬』は、1953年カンヌ国際映画祭グランプリ作品。
そして『赤い風船』は1956年のカンヌ国際映画祭パルム・ドール受賞作品。
アルベール・ラモリスという名前さえ、この映画を観るまで知らなかった。
50年近く前のフランス映画に、転勤先の名古屋で出会えたのも、嬉しい偶然だ。
作品は、36分+40分の短編。
どちらも素晴らしかった。
1時間にも満たない映像世界において、語り過ぎず、でも語り尽くされている。
表現というのはつまり、こういうことなのかなと、思った。
「映像詩」と呼ばれる表現世界に触れて、改めて映像の持つ深い魅力に驚いた。
映像というよりも、「絵/画」、あるいは「描」の方が近いかもしれない。
スクリーン上に、世界観が描かれているような感じがするんだ。
台詞も殆ど存在しない、レトロで美しいフィルム。
まさに"film"だ。殆ど忘れられかけている映像そのものの魅力が溢れていた。
必ずしもハッピーエンドではないけれど、心を洗われる思いがする。
それはストーリーの力というよりも、映像の力ではないかと思ったりするんだ。
『赤い風船』のあまりに美しいラストシーン。
本当に素晴らしかった。
そんな訳で、微力ながら「赤い風船応援団」に名を連ねることにしました。
Click the red ballon! (右側の下の方にあります。)
飛んでくる風船の中には、時々スペシャル風船があって、それをクリックして、住所を記入して申し込むと、本物の「赤い風船」が届くそうです。
8月2日、土曜日。
パートナーと2人で、久しぶりに映画を観に行った。
アルベール・ラモリス監督作品、『赤い風船』と『白い馬』の2本だ。
場所は、新栄町から徒歩5分ほどのところにある名演小劇場。
50席ほどの古くて小さなシアターだけど、雰囲気のあるところだ。
名古屋にも、少ないながらも魅力的なミニシアターがあるんだね。
『白い馬』は、1953年カンヌ国際映画祭グランプリ作品。
そして『赤い風船』は1956年のカンヌ国際映画祭パルム・ドール受賞作品。
アルベール・ラモリスという名前さえ、この映画を観るまで知らなかった。
50年近く前のフランス映画に、転勤先の名古屋で出会えたのも、嬉しい偶然だ。
作品は、36分+40分の短編。
どちらも素晴らしかった。
1時間にも満たない映像世界において、語り過ぎず、でも語り尽くされている。
表現というのはつまり、こういうことなのかなと、思った。
「映像詩」と呼ばれる表現世界に触れて、改めて映像の持つ深い魅力に驚いた。
映像というよりも、「絵/画」、あるいは「描」の方が近いかもしれない。
スクリーン上に、世界観が描かれているような感じがするんだ。
台詞も殆ど存在しない、レトロで美しいフィルム。
まさに"film"だ。殆ど忘れられかけている映像そのものの魅力が溢れていた。
必ずしもハッピーエンドではないけれど、心を洗われる思いがする。
それはストーリーの力というよりも、映像の力ではないかと思ったりするんだ。
『赤い風船』のあまりに美しいラストシーン。
本当に素晴らしかった。
そんな訳で、微力ながら「赤い風船応援団」に名を連ねることにしました。
Click the red ballon! (右側の下の方にあります。)
飛んでくる風船の中には、時々スペシャル風船があって、それをクリックして、住所を記入して申し込むと、本物の「赤い風船」が届くそうです。
Monday, July 21, 2008
チック・コリア
久しぶりに新しいCDを買った。
"CRYSTAL SILENCE" by Gary Burton & Chick Corea
http://www.universal-music.co.jp/jazz/best200/UCCU-5076.html
チック・コリアは、高校時代に音楽の授業で習った記憶が、微かに残っている。
キース・ジャレットと並び称されるジャズ・ピアニストの天才だと。
その後、キース・ジャレットについては、ひょんなことから名盤"Köln Concert"を聴くことになり、その情感溢れる旋律の美しさに心を奪われてしまったのだけれど、チック・コリアの音楽に触れる機会はなかったんだ。
東京出張からの帰り途、品川駅構内のCDショップが目に映ると、何故だか急にCDを1枚買いたくなった。随分新しいCDを買っていなかったので、この機会にと思って、新幹線の待ち時間を潰しながら適当に探し始めると、チック・コリアの名前があった。
数枚の作品が置いてあったのだけれど、"CRYSTAL SILENCE"を買った。
チック・コリアの楽曲は聴いたことがなかったので、直感に頼って。
聴いてみると、素晴らしかった。
キース・ジャレットとはまた違う魅力があるね。
"CRYSTAL SILENCE"に関して言えば、クリアで透明感のある音に驚いた。
ゲイリー・バートンの奏でるヴィブラフォンの硬質な音も絶妙だ。
旋律は全般的に静謐な印象で、その中に情感を丁寧に織り込んだような感じだ。
長谷川潔の銅版画に描かれた小鳥が羽ばたくようなイメージ。
ちょっと違うかもしれないけれど。
高校の授業で、確かに聴いたはずなんだ。
名前は忘れず覚えていたのに、旋律の印象が全くなかったのは何故だろう。
でも、名前だけでも微かな記憶に残っていたから、15年後にCDを買うことになった。
あの時の先生に感謝しないといけないね。
"CRYSTAL SILENCE" by Gary Burton & Chick Corea
http://www.universal-music.co.jp/jazz/best200/UCCU-5076.html
チック・コリアは、高校時代に音楽の授業で習った記憶が、微かに残っている。
キース・ジャレットと並び称されるジャズ・ピアニストの天才だと。
その後、キース・ジャレットについては、ひょんなことから名盤"Köln Concert"を聴くことになり、その情感溢れる旋律の美しさに心を奪われてしまったのだけれど、チック・コリアの音楽に触れる機会はなかったんだ。
東京出張からの帰り途、品川駅構内のCDショップが目に映ると、何故だか急にCDを1枚買いたくなった。随分新しいCDを買っていなかったので、この機会にと思って、新幹線の待ち時間を潰しながら適当に探し始めると、チック・コリアの名前があった。
数枚の作品が置いてあったのだけれど、"CRYSTAL SILENCE"を買った。
チック・コリアの楽曲は聴いたことがなかったので、直感に頼って。
聴いてみると、素晴らしかった。
キース・ジャレットとはまた違う魅力があるね。
"CRYSTAL SILENCE"に関して言えば、クリアで透明感のある音に驚いた。
ゲイリー・バートンの奏でるヴィブラフォンの硬質な音も絶妙だ。
旋律は全般的に静謐な印象で、その中に情感を丁寧に織り込んだような感じだ。
長谷川潔の銅版画に描かれた小鳥が羽ばたくようなイメージ。
ちょっと違うかもしれないけれど。
高校の授業で、確かに聴いたはずなんだ。
名前は忘れず覚えていたのに、旋律の印象が全くなかったのは何故だろう。
でも、名前だけでも微かな記憶に残っていたから、15年後にCDを買うことになった。
あの時の先生に感謝しないといけないね。
Saturday, July 19, 2008
コーチング・コース#2
前回のコメントが誤解を招いてしまったようで・・・。
名古屋開催コースの運営をしてくださったある方から丁寧なメールを頂いた。
暑い中、ワラタスのコーチング・スタッフを日本に招待いただき、当日の運営にご尽力いただいた方にとって、自分の書き方は気分を害するものだったかもしれない。
そのことは、本当に申し訳なく思っています。
また今更ですが、当日は本当にありがとうございました。
豪州ファンデーション(レベル1)コースを受講して感じたことを、改めて纏めたい。
小寺さんがコメントをくれたように、コースの内容は「ベーシック」そのものだった。
パス、キャッチ、ラン、コンタクトといったIndividual Skillに加えて、ラック/モールやスクラム、ラインアウト等のUnit Skill、リスタート(キックオフ/ドロップアウト)やチーム・アタックなどのTeam Skill、更にはルールの理解やコーチングの基礎理念まで網羅的にカバーした内容で、1日という限られた時間の中で可能な限り、ラグビーの全ての構成要素を「ベーシック」という切り口で捉え直すことが目的のコースだ。
目新しいことは多くない、と前回のコメントに書いた。
(厳密には幾つかあるのだけれど、詳細まではここでは書かない。)
ただ、そのことに不満を感じた訳でも、意義を感じなかった訳でもない。
むしろ、ベーシックとは本来そういうものだと思う。
例えば、社会人ラグビー時代に豪州ワラタスのコーチが練習に来てくださったことがあるけれど、その時の指導内容は、今回のコースと極めて高い類似性があった。
様々な環境で15年近くラグビーをしていると、様々な出会いがあるからね。
本当は「目新しさ」が重要な訳ではないんだ。
目新しさに無批判に溺れてしまうことの方が、遥かに危険だから。
「基礎を徹底する」ということは、精度/正確性にこだわることであり、プレッシャー下においてもぶれないスキル・レベルにまで落とし込むことだと思う。
それは、目新しさとは正反対のもので、地道で、持続的なものなのだと思う。
その意味では、豪州ワラタスのコーチング・スタッフの姿勢には敬服する他ない。
基礎への徹底と、その熱意は本当に素晴らしかった。
今回のコースの最大の意義は、この点にこそあるのだと思う。
今回のコースを経て、自分が考えているのは、その手前なのかもしれない。
「ベーシック」というものにも、取捨選択があるのではないか、ということなんだ。
チームが異なれば、選手のレベルも置かれた環境も異なる。
民族が異なれば、身体特性も心理的な特徴も全く異なる。
更に言えば、ラグビーと向き合う理由だって、人それぞれ異なる。
その時、ラグビーにおいて志向する「ベーシック」にも差異はあるんじゃないか。
勿論、普遍的なものだってあるだろう。
結局、ラグビーであることは変わらないのだから。
でも一方で、それぞれのチームにとって、選択的なものや、可変的なものがあっても良いのではないかと、おれは思うんだ。
徹底するベーシックには、水準と順序があるような気がするんです。
そして、あるチームにとっては、より大胆な選択もあり得るような気がするんです。
今回のコースを最大限に生かす為にも、ベーシックを忘れてはいけない。
彼等のベーシックへの姿勢を忘れずに、チームに落とし込むのがコーチの役割だ。
でもその前に、立ち止まって考えてみることが大切だと思うんだ。
何故それがベーシックなのか、って。
名古屋開催コースの運営をしてくださったある方から丁寧なメールを頂いた。
暑い中、ワラタスのコーチング・スタッフを日本に招待いただき、当日の運営にご尽力いただいた方にとって、自分の書き方は気分を害するものだったかもしれない。
そのことは、本当に申し訳なく思っています。
また今更ですが、当日は本当にありがとうございました。
豪州ファンデーション(レベル1)コースを受講して感じたことを、改めて纏めたい。
小寺さんがコメントをくれたように、コースの内容は「ベーシック」そのものだった。
パス、キャッチ、ラン、コンタクトといったIndividual Skillに加えて、ラック/モールやスクラム、ラインアウト等のUnit Skill、リスタート(キックオフ/ドロップアウト)やチーム・アタックなどのTeam Skill、更にはルールの理解やコーチングの基礎理念まで網羅的にカバーした内容で、1日という限られた時間の中で可能な限り、ラグビーの全ての構成要素を「ベーシック」という切り口で捉え直すことが目的のコースだ。
目新しいことは多くない、と前回のコメントに書いた。
(厳密には幾つかあるのだけれど、詳細まではここでは書かない。)
ただ、そのことに不満を感じた訳でも、意義を感じなかった訳でもない。
むしろ、ベーシックとは本来そういうものだと思う。
例えば、社会人ラグビー時代に豪州ワラタスのコーチが練習に来てくださったことがあるけれど、その時の指導内容は、今回のコースと極めて高い類似性があった。
様々な環境で15年近くラグビーをしていると、様々な出会いがあるからね。
本当は「目新しさ」が重要な訳ではないんだ。
目新しさに無批判に溺れてしまうことの方が、遥かに危険だから。
「基礎を徹底する」ということは、精度/正確性にこだわることであり、プレッシャー下においてもぶれないスキル・レベルにまで落とし込むことだと思う。
それは、目新しさとは正反対のもので、地道で、持続的なものなのだと思う。
その意味では、豪州ワラタスのコーチング・スタッフの姿勢には敬服する他ない。
基礎への徹底と、その熱意は本当に素晴らしかった。
今回のコースの最大の意義は、この点にこそあるのだと思う。
今回のコースを経て、自分が考えているのは、その手前なのかもしれない。
「ベーシック」というものにも、取捨選択があるのではないか、ということなんだ。
チームが異なれば、選手のレベルも置かれた環境も異なる。
民族が異なれば、身体特性も心理的な特徴も全く異なる。
更に言えば、ラグビーと向き合う理由だって、人それぞれ異なる。
その時、ラグビーにおいて志向する「ベーシック」にも差異はあるんじゃないか。
勿論、普遍的なものだってあるだろう。
結局、ラグビーであることは変わらないのだから。
でも一方で、それぞれのチームにとって、選択的なものや、可変的なものがあっても良いのではないかと、おれは思うんだ。
徹底するベーシックには、水準と順序があるような気がするんです。
そして、あるチームにとっては、より大胆な選択もあり得るような気がするんです。
今回のコースを最大限に生かす為にも、ベーシックを忘れてはいけない。
彼等のベーシックへの姿勢を忘れずに、チームに落とし込むのがコーチの役割だ。
でもその前に、立ち止まって考えてみることが大切だと思うんだ。
何故それがベーシックなのか、って。
Saturday, July 12, 2008
休日
久しぶりの休日。
朝早く起きて、コメダ珈琲店にモーニングを食べに行った。
名古屋ではとても有名な喫茶店で、本店が近くにあるんだ。
ハンバーガーはかなりのビッグサイズだったね。
あとは自宅でのんびりと、寛ぎながら過ごした。
録画してあったパシフィック・ネーションズ・カップのオーストラリアA vs ニュージーランド・マオリを観て、少し寝て、今度はフランツ・カフカ原作の映画『城』を観て。
こんなにゆっくりしたのは、随分久しぶりな気がします。
『城』は未完の小説なのだけれど、映画も原作に忠実で、きちんと未完で終わる。
小説はそれでも良いのだけれど、映画だとしっくりと来ない感じがするね。
映画としての『城』というか、『城』の映画性が、正直あまり見出せなかった。
朝早く起きて、コメダ珈琲店にモーニングを食べに行った。
名古屋ではとても有名な喫茶店で、本店が近くにあるんだ。
ハンバーガーはかなりのビッグサイズだったね。
あとは自宅でのんびりと、寛ぎながら過ごした。
録画してあったパシフィック・ネーションズ・カップのオーストラリアA vs ニュージーランド・マオリを観て、少し寝て、今度はフランツ・カフカ原作の映画『城』を観て。
こんなにゆっくりしたのは、随分久しぶりな気がします。
『城』は未完の小説なのだけれど、映画も原作に忠実で、きちんと未完で終わる。
小説はそれでも良いのだけれど、映画だとしっくりと来ない感じがするね。
映画としての『城』というか、『城』の映画性が、正直あまり見出せなかった。
Monday, July 07, 2008
コーチング・コース
7月5日、土曜日。
豊田自動織機大府グラウンドにて、コーチング講習を受けてきた。
豪州ファウンデーション(レベル1)コーチング・コースというもので、コース終了後、テストと30時間のコーチング・レポートを提出すると、豪州NSW州協会公認のコーチング資格を取得できる。
きっかけは、先週末の名古屋大戦。
試合終了後のアフターマッチファンクションで、名古屋大コーチの星野君と話していて、このコースの存在を教えてもらった。彼は名古屋大でのコーチングの傍ら、名古屋クラブで自身もプレーしていて、おれは何度か一緒に練習をさせてもらったことがあったんだ。
このコースの存在を聞けたのは、とてもラッキーだった。
申込期限後にも関わらず、色々と動いてくれて、彼にはとても感謝しています。本当にありがとう。
朝9時から夕方18時くらいまで、みっちりとコースが行われた。
ベーシック・ドリルの勉強があったり、ラグビーの基本的なスキルに関する講義があったり、大半の時間はグラウンド上で過ごした。
参考になったことの1つとして。
パスの放り方のセッションがあったんだけど、Vertical/Horizontalという2つの放り方が紹介されたんだ。TVで観ている豪州代表のパスの仕方は確かに日本人とは違うのだけれど、なんとなく仕組みがイメージできた。ただ、Horizontal Styleが日本人にも向いているのかどうかは、良く分からない。手の長さだったり、身体の柔軟性だったり、色々なことを考慮しないといけないのだろうね。更に言えば、多くの人間が高校生からラグビーを始める環境において、どのようなアプローチが良いのかも、十分に考えた方がいいような気がする。
今回のコースには、社会人時代の先輩、肥後さんも参加していた。
終了後に金山で軽く呑みながら、コーチングの実際のところを色々と聞かせてもらったのだけれど、参考になることが沢山あった。
フルタイムコーチとして過ごす日々というのは、苦労の絶えないものだと思うけれど、それだけの魅力と喜びが、きっとあるのだろう。
豊田自動織機大府グラウンドにて、コーチング講習を受けてきた。
豪州ファウンデーション(レベル1)コーチング・コースというもので、コース終了後、テストと30時間のコーチング・レポートを提出すると、豪州NSW州協会公認のコーチング資格を取得できる。
きっかけは、先週末の名古屋大戦。
試合終了後のアフターマッチファンクションで、名古屋大コーチの星野君と話していて、このコースの存在を教えてもらった。彼は名古屋大でのコーチングの傍ら、名古屋クラブで自身もプレーしていて、おれは何度か一緒に練習をさせてもらったことがあったんだ。
このコースの存在を聞けたのは、とてもラッキーだった。
申込期限後にも関わらず、色々と動いてくれて、彼にはとても感謝しています。本当にありがとう。
朝9時から夕方18時くらいまで、みっちりとコースが行われた。
ベーシック・ドリルの勉強があったり、ラグビーの基本的なスキルに関する講義があったり、大半の時間はグラウンド上で過ごした。
参考になったことの1つとして。
パスの放り方のセッションがあったんだけど、Vertical/Horizontalという2つの放り方が紹介されたんだ。TVで観ている豪州代表のパスの仕方は確かに日本人とは違うのだけれど、なんとなく仕組みがイメージできた。ただ、Horizontal Styleが日本人にも向いているのかどうかは、良く分からない。手の長さだったり、身体の柔軟性だったり、色々なことを考慮しないといけないのだろうね。更に言えば、多くの人間が高校生からラグビーを始める環境において、どのようなアプローチが良いのかも、十分に考えた方がいいような気がする。
今回のコースには、社会人時代の先輩、肥後さんも参加していた。
終了後に金山で軽く呑みながら、コーチングの実際のところを色々と聞かせてもらったのだけれど、参考になることが沢山あった。
フルタイムコーチとして過ごす日々というのは、苦労の絶えないものだと思うけれど、それだけの魅力と喜びが、きっとあるのだろう。
Sunday, June 29, 2008
名古屋大戦
久しぶりの更新。
なかなか書けなくて・・・。
6月29日、日曜日。
東大ラグビー部の春シーズン最終戦があったんだ。
東京大 24-0 名古屋大(13:00 K.O.@名古屋大グラウンド)
生憎の雨だったけれど、零封できたのは良かったね。
学生のみんな、春シーズンお疲れ様でした。
でも、彼等はもっと出来るはずなんだ。
今年のチームの課題がはっきりと浮かび上がったのは、ある意味では収穫だったのだけれど、見ていて歯痒さも残るゲームだったね。
まずは1週間、身体を休めながら、自分達の課題を整理しよう。
今日のゲームの中に、ヒントは沢山あるはずだからね。
ちなみに。
Aチームの試合終了後、Bチームも20分ハーフの試合をしたんだ。
怪我人続出の学生だけでは人数が足りず、おれも前半だけプレーした。
ゲームは残念ながら負けてしまったのだけれど、とても楽しかった。
レベルは低かったけれど、学生と共にラグビーができる機会は滅多にないからね。
入部して3ヶ月程度の1年生も、同じグラウンドにいた。
彼等がこのゲームから何かを掴んで、成長していくのが楽しみです。
なかなか書けなくて・・・。
6月29日、日曜日。
東大ラグビー部の春シーズン最終戦があったんだ。
東京大 24-0 名古屋大(13:00 K.O.@名古屋大グラウンド)
生憎の雨だったけれど、零封できたのは良かったね。
学生のみんな、春シーズンお疲れ様でした。
でも、彼等はもっと出来るはずなんだ。
今年のチームの課題がはっきりと浮かび上がったのは、ある意味では収穫だったのだけれど、見ていて歯痒さも残るゲームだったね。
まずは1週間、身体を休めながら、自分達の課題を整理しよう。
今日のゲームの中に、ヒントは沢山あるはずだからね。
ちなみに。
Aチームの試合終了後、Bチームも20分ハーフの試合をしたんだ。
怪我人続出の学生だけでは人数が足りず、おれも前半だけプレーした。
ゲームは残念ながら負けてしまったのだけれど、とても楽しかった。
レベルは低かったけれど、学生と共にラグビーができる機会は滅多にないからね。
入部して3ヶ月程度の1年生も、同じグラウンドにいた。
彼等がこのゲームから何かを掴んで、成長していくのが楽しみです。
Tuesday, June 03, 2008
『察知力』
中村俊輔著『察知力』(幻冬社新書)、読了。
幼少期から中学/高校時代、その後のJリーグ時代を経て、セルティックでプレーしている現在に至るまで、中村俊輔のサッカー人生の軌跡が綴られた自伝的エッセイ。
特別なことは言っていないと思うけれど、なかなか面白かった。
報道/メディアから想像される中村俊輔のイメージとは異なる部分が多かったね。
「特別なことは言っていない」というのは、「特別じゃない」ということじゃない。
著作を読んで思ったけれど、中村俊輔は、プロのアスリートとして当然のことを、当然に遂行してきたプレーヤーだからこそ、特別な存在になったのだということ。
「『ガムシャラにやる』だけじゃ足りない」という言葉は、非常に印象的だった。
何をどのように頑張るのか。何故そこにこだわるのか。
考え抜いて、その上で、時間を惜しまず練習する。
とても難しいことだけれど、やはり一流のプロフェッショナルは流石だね。
幼少期から中学/高校時代、その後のJリーグ時代を経て、セルティックでプレーしている現在に至るまで、中村俊輔のサッカー人生の軌跡が綴られた自伝的エッセイ。
特別なことは言っていないと思うけれど、なかなか面白かった。
報道/メディアから想像される中村俊輔のイメージとは異なる部分が多かったね。
「特別なことは言っていない」というのは、「特別じゃない」ということじゃない。
著作を読んで思ったけれど、中村俊輔は、プロのアスリートとして当然のことを、当然に遂行してきたプレーヤーだからこそ、特別な存在になったのだということ。
「『ガムシャラにやる』だけじゃ足りない」という言葉は、非常に印象的だった。
何をどのように頑張るのか。何故そこにこだわるのか。
考え抜いて、その上で、時間を惜しまず練習する。
とても難しいことだけれど、やはり一流のプロフェッショナルは流石だね。
Sunday, May 25, 2008
マリオ・ジャコメッリ
久しぶりに日曜美術館を見たんだ。
「この人が語る私の愛する写真家 辺見庸 私とマリオ・ジャコメッリ」
http://www.nhk.or.jp/nichibi/weekly/2008/0525/index.html
ジャコメッリはプロの写真家ではない。
週末にカメラを持つアマチュア・カメラマンだったそうだ。
すべてモノクロームのプリント。
時に粗く、時に鋭く、時に静かで、時に激しい。
印象的なプリントだった。
辺見庸さんの視点には、心に深く問いかけてくるものがあった。
思ったのは、「簡単に分かってはいけない」ということだ。
辺見庸さんは2004年、講演中に脳出血で倒れ、長期入院生活を送ることになる。
その時の経験が、辺見庸さんの問いかける視座の根幹にあるのだと思う。
ジャコメッリの写真には、一面的でない訴求力の深みがあって、歳月を経た後にそのプリントをもう一度目にしたら、きっと自分への立ち現れ方は異なっているだろう。
決して辿り着かない深みのようなものを、強烈に感じさせるプリントだった。
写真というものを、改めて考えさせられるね。
実際のプリントを見てみたかった。
「この人が語る私の愛する写真家 辺見庸 私とマリオ・ジャコメッリ」
http://www.nhk.or.jp/nichibi/weekly/2008/0525/index.html
ジャコメッリはプロの写真家ではない。
週末にカメラを持つアマチュア・カメラマンだったそうだ。
すべてモノクロームのプリント。
時に粗く、時に鋭く、時に静かで、時に激しい。
印象的なプリントだった。
辺見庸さんの視点には、心に深く問いかけてくるものがあった。
思ったのは、「簡単に分かってはいけない」ということだ。
辺見庸さんは2004年、講演中に脳出血で倒れ、長期入院生活を送ることになる。
その時の経験が、辺見庸さんの問いかける視座の根幹にあるのだと思う。
ジャコメッリの写真には、一面的でない訴求力の深みがあって、歳月を経た後にそのプリントをもう一度目にしたら、きっと自分への立ち現れ方は異なっているだろう。
決して辿り着かない深みのようなものを、強烈に感じさせるプリントだった。
写真というものを、改めて考えさせられるね。
実際のプリントを見てみたかった。
Saturday, May 24, 2008
鈴木邦男という生き方
理論社が発行している「よりみちパン!セ」シリーズを3冊読了。
小熊英二著『日本という国』(よりみちパン!セ04)
鈴木邦男著『失敗の愛国心』(よりみちパン!セ34)
森村泰昌著『「美しい」ってなんだろう?―美術のすすめ』(よりみちパン!セ26)
「よりみちパン!セ」シリーズは、なかなか面白いね。
少年少女のために書かれた平易な文章で、それでいて本質を失っていない。
はっとすることや、新鮮な驚きを感じることが沢山あって、読み耽ってしまう。
特に衝撃だったのは、鈴木邦男さんの『失敗の愛国心』だね。
自分の知らない世界に、本当に様々な人生があるのだと思い知らされる。
四十年間、右翼の活動家として生きてきた人間の、実直なる言葉が溢れている。
鈴木邦男という人間の思想的信条に共感できるかどうかは問題ではなくて、「彼は、自分が考える『正義』を突き進んできた」という端的な事実こそが重要なのだと思う。
正義なんて、どこまで行っても相対的なものだからね。
法治国家における「法の正義」だって、結局のところ、誰かが決めただけのことでしかないのだと思う。立場が違えば、法を犯す「正義」が成立する地平もあるだろう。
重要なのは、正義を絶対化しないこと。
そして、その認識の上に立って、己の信念としての正義を見つめ直してみること。
四十年間という長い歳月を、右翼の運動家として激しく生き抜いてきた鈴木さんは、この著作を通じて、そんなことを伝えようとしたのかあと、読んでいて思った。
鈴木邦男という「生き方」が、強烈な迫力をもって、突きつけられているよ。
とにかく、凄いです。
小熊英二著『日本という国』(よりみちパン!セ04)
鈴木邦男著『失敗の愛国心』(よりみちパン!セ34)
森村泰昌著『「美しい」ってなんだろう?―美術のすすめ』(よりみちパン!セ26)
「よりみちパン!セ」シリーズは、なかなか面白いね。
少年少女のために書かれた平易な文章で、それでいて本質を失っていない。
はっとすることや、新鮮な驚きを感じることが沢山あって、読み耽ってしまう。
特に衝撃だったのは、鈴木邦男さんの『失敗の愛国心』だね。
自分の知らない世界に、本当に様々な人生があるのだと思い知らされる。
四十年間、右翼の活動家として生きてきた人間の、実直なる言葉が溢れている。
鈴木邦男という人間の思想的信条に共感できるかどうかは問題ではなくて、「彼は、自分が考える『正義』を突き進んできた」という端的な事実こそが重要なのだと思う。
正義なんて、どこまで行っても相対的なものだからね。
法治国家における「法の正義」だって、結局のところ、誰かが決めただけのことでしかないのだと思う。立場が違えば、法を犯す「正義」が成立する地平もあるだろう。
重要なのは、正義を絶対化しないこと。
そして、その認識の上に立って、己の信念としての正義を見つめ直してみること。
四十年間という長い歳月を、右翼の運動家として激しく生き抜いてきた鈴木さんは、この著作を通じて、そんなことを伝えようとしたのかあと、読んでいて思った。
鈴木邦男という「生き方」が、強烈な迫力をもって、突きつけられているよ。
とにかく、凄いです。
Sunday, May 18, 2008
上智戦
5月18日、日曜日。個人的には春シーズン初の練習試合だった。
駒場WMM 50-14 上智大(11:00 K.O.@駒場ラグビー場)
収穫と課題がはっきりしたゲームだった。
後半は危なげなく、ある程度コントロールされたゲームが出来た。
前半は度重なるミスから自滅してしまった。
この差を埋めて、コンスタントにゲームをコントロールすることが、今後の課題だね。
前半は、あらゆるフェーズでミスが頻発した。
接点の間際、あるいは接点の中で、意図的にボールを放していくことで、ラックを極力避けて継続することを狙ったのだけれど、思うようにパスが繋がらなかった。
ゲームの評価として間違ってはいないけれど、それだけではないよね。
もっとイージーなミスが沢山あったはずだ。
接点でのボールコントロールミスやノックオン。接点でのスイープミス。
単純なハンドリングエラーも多かった。
こういったミスの方が、致命的だ。
コミュニケーションの問題じゃない。プレーヤーとしての責任の問題だと思う。
個人的には、思ったよりもプレーできたような気がする。
川合さん、本間と一緒にゲームに出られたのは、やはり楽しかった。川合さんと両センターを組むなんて、社会人時代にもなかったけれど、比較的上手くいったかな。
社会人ラグビーを引退して約3年間。
こうしてまた同じグラウンドでラグビーできるとは、当時は思っていなかった。
この3年間、様々な環境で必死に続けてきて、本当に良かった。
今シーズンの1年間でもっと上手くなろうと、改めて思える1日になりました。
まず最初の課題は、フィットネスを高めることだね。
プレーの合間の運動量が、どうしても落ちてしまう。
メイクラインの遅れがミスを呼んでいたケースも少なくないと思う。
FWが枯れている状況を認識していながら、足が止まってしまうシーンもあった。
フィットネスを上げるだけで、もう少しプレーの選択肢が増えるような気がします。
駒場WMM 50-14 上智大(11:00 K.O.@駒場ラグビー場)
収穫と課題がはっきりしたゲームだった。
後半は危なげなく、ある程度コントロールされたゲームが出来た。
前半は度重なるミスから自滅してしまった。
この差を埋めて、コンスタントにゲームをコントロールすることが、今後の課題だね。
前半は、あらゆるフェーズでミスが頻発した。
接点の間際、あるいは接点の中で、意図的にボールを放していくことで、ラックを極力避けて継続することを狙ったのだけれど、思うようにパスが繋がらなかった。
ゲームの評価として間違ってはいないけれど、それだけではないよね。
もっとイージーなミスが沢山あったはずだ。
接点でのボールコントロールミスやノックオン。接点でのスイープミス。
単純なハンドリングエラーも多かった。
こういったミスの方が、致命的だ。
コミュニケーションの問題じゃない。プレーヤーとしての責任の問題だと思う。
個人的には、思ったよりもプレーできたような気がする。
川合さん、本間と一緒にゲームに出られたのは、やはり楽しかった。川合さんと両センターを組むなんて、社会人時代にもなかったけれど、比較的上手くいったかな。
社会人ラグビーを引退して約3年間。
こうしてまた同じグラウンドでラグビーできるとは、当時は思っていなかった。
この3年間、様々な環境で必死に続けてきて、本当に良かった。
今シーズンの1年間でもっと上手くなろうと、改めて思える1日になりました。
まず最初の課題は、フィットネスを高めることだね。
プレーの合間の運動量が、どうしても落ちてしまう。
メイクラインの遅れがミスを呼んでいたケースも少なくないと思う。
FWが枯れている状況を認識していながら、足が止まってしまうシーンもあった。
フィットネスを上げるだけで、もう少しプレーの選択肢が増えるような気がします。
Wednesday, May 14, 2008
人間が撮る
菅原一剛さんの著作を通じて知った、「ほぼ日」にわか写真部。
http://www.1101.com/niwaka_photo/index.html
ほぼ日刊イトイ新聞で提供されているコンテンツの1つなんだけどね。
菅原一剛さんが講師となって展開される対談で、これがとても面白いんだ。
たとえば。
「おいしそうな写真を撮るには?」という問いに、菅原さんは明快に答える。
「おいしそうだなあと思って撮ることです」って。
素晴らしいよね。
こういう人間的で温かく、魅力的な言葉が、プロのカメラマンによって語られることに、とても嬉しい気持ちになってしまう。写真に対する眼差しが、とてもやさしくて。
写真を全く撮らない人は、少ないと思う。
デジカメはかなり普及しているし、携帯でも綺麗な写真が撮れるからね。
写真と接する機会は、実は日常的の中に溢れているはずなんだ。
だからきっと、菅原さんの想いには、沢山の響き方があるのだと思う。
シンプルな言葉の中に、深いやさしさと写真に対する想いがつまっています。
http://www.1101.com/niwaka_photo/index.html
ほぼ日刊イトイ新聞で提供されているコンテンツの1つなんだけどね。
菅原一剛さんが講師となって展開される対談で、これがとても面白いんだ。
たとえば。
「おいしそうな写真を撮るには?」という問いに、菅原さんは明快に答える。
「おいしそうだなあと思って撮ることです」って。
素晴らしいよね。
こういう人間的で温かく、魅力的な言葉が、プロのカメラマンによって語られることに、とても嬉しい気持ちになってしまう。写真に対する眼差しが、とてもやさしくて。
写真を全く撮らない人は、少ないと思う。
デジカメはかなり普及しているし、携帯でも綺麗な写真が撮れるからね。
写真と接する機会は、実は日常的の中に溢れているはずなんだ。
だからきっと、菅原さんの想いには、沢山の響き方があるのだと思う。
シンプルな言葉の中に、深いやさしさと写真に対する想いがつまっています。
龍さんのエッセイ
村上龍さんの新刊エッセイを読了。
『それでもわたしは、恋がしたい 幸福になりたい お金も欲しい』(幻冬舎)
相変わらず、シンプルな思考が面白いね。
20代~30代前半の若手女性からの様々な質問に、村上龍さんが自らの視点で回答していく形式で、雑誌の連載をベースに再構成した作品なのだけれど、明確に読者を想定した書き方が、なかなか興味深い。
ただ、本来の読者層ではない自分にとっては、どうでもいい話題も多いけどね。
それでも、剥き出しの質問に対する龍さんの捌き方は、やはり面白い。
男が読んでも、それなりに説得的に感じることがあるんじゃないかと思います。
『それでもわたしは、恋がしたい 幸福になりたい お金も欲しい』(幻冬舎)
相変わらず、シンプルな思考が面白いね。
20代~30代前半の若手女性からの様々な質問に、村上龍さんが自らの視点で回答していく形式で、雑誌の連載をベースに再構成した作品なのだけれど、明確に読者を想定した書き方が、なかなか興味深い。
ただ、本来の読者層ではない自分にとっては、どうでもいい話題も多いけどね。
それでも、剥き出しの質問に対する龍さんの捌き方は、やはり面白い。
男が読んでも、それなりに説得的に感じることがあるんじゃないかと思います。
Tuesday, May 13, 2008
一面化への抵抗
松岡正剛さんの『誰も知らない世界と日本のまちがい』(春秋社)、読了。
『17歳のための世界と日本の見方』の続編として、国民国家(ネーション・ステート)誕生以降の近現代史を中心に、現代社会を読み解く思索の鍵が綴られている。
前作に劣らず、非常に刺激的だった。
ただ、前作と比較すると多少コンプレックスだったね。
それは「近現代」そのものがコンプレックスだということかもしれないけれど。
グローバル資本主義/新自由主義というものが無批判に受容され、支配的な空気となって蔓延する現代日本に対して、松岡正剛さんは疑問を投げかける。
歴史と文化の多様性を無視して、「自由主義」の名のもとに、一面的な価値観が世界を覆い尽くすのは「まちがい」ではないかと。
こうした松岡正剛さんの問題提起を前にして、ふと思い出したのは、社会学者の宮台真司さんが、自身の著作において語っていた「ラディカルな自由主義」ということだ。
端的に言うならば、「自由を否定する自由を認める」という立場だよね。
自分自身はこの立場が結構好きで、本来の自由主義とはそうあるべきではないかと考えているのだけれど、自由を相対化することが「空気として」許されない土壌というのは、実は結構息苦しいのかもしれないね。
自由を相対化した先に何を見出すか、ということは別にしても。
『17歳のための世界と日本の見方』の続編として、国民国家(ネーション・ステート)誕生以降の近現代史を中心に、現代社会を読み解く思索の鍵が綴られている。
前作に劣らず、非常に刺激的だった。
ただ、前作と比較すると多少コンプレックスだったね。
それは「近現代」そのものがコンプレックスだということかもしれないけれど。
グローバル資本主義/新自由主義というものが無批判に受容され、支配的な空気となって蔓延する現代日本に対して、松岡正剛さんは疑問を投げかける。
歴史と文化の多様性を無視して、「自由主義」の名のもとに、一面的な価値観が世界を覆い尽くすのは「まちがい」ではないかと。
こうした松岡正剛さんの問題提起を前にして、ふと思い出したのは、社会学者の宮台真司さんが、自身の著作において語っていた「ラディカルな自由主義」ということだ。
端的に言うならば、「自由を否定する自由を認める」という立場だよね。
自分自身はこの立場が結構好きで、本来の自由主義とはそうあるべきではないかと考えているのだけれど、自由を相対化することが「空気として」許されない土壌というのは、実は結構息苦しいのかもしれないね。
自由を相対化した先に何を見出すか、ということは別にしても。
Wednesday, April 30, 2008
光のあたたかさ
素晴らしい本に出逢った。
本当に夢中になって読んでしまった。
菅原一剛著『写真がもっと好きになる。』(ソフトバンククリエイティブ)
http://www.1101.com/books/photo/index.html
菅原さんは「光のあたたかさを撮りたい」と語っている。
そんな菅原さんの語る言葉の端々に、菅原さん自身の心のあたたかさがあるんだ。
挿し込まれている写真も、眼差しがやさしくて、心に沁み込んでいく。
最近よく見掛ける写真には、明るく透明感のあるプリントで光を強調したものが多いけれど、菅原さんの作品にはむしろ「暗部」が多い。
それなのに、光のあたたかさと存在感が伝わってくるんだ。
被写体に質感がある。
そして、そういう被写体があるからこそ、そこに降り注ぐ光を感じるのかもしれない。
綺麗で透明感のあるピュアな写真は、どこか被写体の質感を失っているからね。
勿論、一概には言えないけれど。
タイトルの通り、この著作を読み終えて、また写真が好きになった。
もっと撮ろうと思った。カメラを持って外に出よう、って。
菅原一剛さんという写真家のことも、心から好きになってしまった。
被写体となる全ての光に、菅原さんのようなやさしい眼差しを向けることが出来たら、きっと写真を撮ることがもっと素晴らしいものになるんだろうね。
本当に夢中になって読んでしまった。
菅原一剛著『写真がもっと好きになる。』(ソフトバンククリエイティブ)
http://www.1101.com/books/photo/index.html
菅原さんは「光のあたたかさを撮りたい」と語っている。
そんな菅原さんの語る言葉の端々に、菅原さん自身の心のあたたかさがあるんだ。
挿し込まれている写真も、眼差しがやさしくて、心に沁み込んでいく。
最近よく見掛ける写真には、明るく透明感のあるプリントで光を強調したものが多いけれど、菅原さんの作品にはむしろ「暗部」が多い。
それなのに、光のあたたかさと存在感が伝わってくるんだ。
被写体に質感がある。
そして、そういう被写体があるからこそ、そこに降り注ぐ光を感じるのかもしれない。
綺麗で透明感のあるピュアな写真は、どこか被写体の質感を失っているからね。
勿論、一概には言えないけれど。
タイトルの通り、この著作を読み終えて、また写真が好きになった。
もっと撮ろうと思った。カメラを持って外に出よう、って。
菅原一剛さんという写真家のことも、心から好きになってしまった。
被写体となる全ての光に、菅原さんのようなやさしい眼差しを向けることが出来たら、きっと写真を撮ることがもっと素晴らしいものになるんだろうね。
Monday, April 21, 2008
松岡正剛
松岡正剛さんの『17歳のための世界と日本の見方』(春秋社)、読了。
少々前のことになるけれど。
必読の1冊だね。
是非多くの人に読んでもらいたい。
氾濫する情報の波から、何をどう抜き取って、どう解釈するのか。
歴史から人間そのものを学ぶ、ということのヒントがつまっています。
戦略的思考、或いはロジカル・シンキングといったものに代表されるように、「方法論としての思考」ということが、昨今よく謳われるのだけれど、なんだか迫力がない。
一方、松岡さんの提唱する「編集工学」というスタンスには、どこか雰囲気がある。
それはきっと、松岡さん自身が体現されている「知の手法」の迫力なのだと思う。
学生への講義をベースにした著作なので、穏やかな語り口調で全編が展開されるのだけれど、その言葉の端々から滲み出す思考の深みに、感嘆してしまう。
世界史/日本史の勉強は、ある時期かなりやったんだけどなー。
宗教や民族、文化に対するごく基本的なことさえ知らないことを痛感しました。
事象/名称ではなくて、その意味するところを理解していない、ということだけれど。
歴史の学び方を知らなかったんだね。
少々前のことになるけれど。
必読の1冊だね。
是非多くの人に読んでもらいたい。
氾濫する情報の波から、何をどう抜き取って、どう解釈するのか。
歴史から人間そのものを学ぶ、ということのヒントがつまっています。
戦略的思考、或いはロジカル・シンキングといったものに代表されるように、「方法論としての思考」ということが、昨今よく謳われるのだけれど、なんだか迫力がない。
一方、松岡さんの提唱する「編集工学」というスタンスには、どこか雰囲気がある。
それはきっと、松岡さん自身が体現されている「知の手法」の迫力なのだと思う。
学生への講義をベースにした著作なので、穏やかな語り口調で全編が展開されるのだけれど、その言葉の端々から滲み出す思考の深みに、感嘆してしまう。
世界史/日本史の勉強は、ある時期かなりやったんだけどなー。
宗教や民族、文化に対するごく基本的なことさえ知らないことを痛感しました。
事象/名称ではなくて、その意味するところを理解していない、ということだけれど。
歴史の学び方を知らなかったんだね。
Tuesday, April 15, 2008
青き闘球部
『青き闘球部 東京朝鮮高校ラグビー部の目指すノーサイド』(李淳馹著)、読了。
ノンフィクションとして素晴らしい作品だった。
「素晴らしい」と表記してしまうのが適切かどうか分からないけれど。
東京朝鮮高校ラグビー部は、いまだ花園への出場経験はない。
でも、自分達が生まれた頃には、そもそも花園予選への参加資格さえなかった。
そんな東京朝鮮高校ラグビー部の物語。
監督の申鉉秀さんを中心として、様々な想いを持った人間がラグビーというスポーツを通じて繋がっていき、日本の社会全体の変化の流れと相まって、ほんの小さなものだった可能性の芽が、少しずつ伸びていく。
特別なことをしている訳ではなくて、想いが特別なんだね。
特別に強い魂を持っているからこそ、彼らは今の舞台まで辿り着いたのだと思う。
東京朝鮮高校ラグビー部のグラウンドには、1度だけ足を運んだことがある。
タマリバ時代に高麗クラブとの合同練習があったんだ。
東京朝鮮高校ラグビー部の生徒には、その日の練習後に簡単なコーチングをした。
バックスのラインアタックをみていて、パスが上手いなあと感じたのを覚えている。
あの時の高校生にも、きっと沢山の想いがあるんだね。
いつかきっと訪れるであろう、東京代表として彼らが花園ラグビー場に辿り着く日が、また新しい東京朝鮮高校ラグビー部のステップになっていくことを願うばかりだ。
金元樹という保護観察中の少年のエピソードがある。
彼はラグビーと出会って、当初の予定よりも早く保護観察が解除されることになる。
この少年のエピソードが、おれは一番好きです。
ラグビーって、素晴らしいね。
ノンフィクションとして素晴らしい作品だった。
「素晴らしい」と表記してしまうのが適切かどうか分からないけれど。
東京朝鮮高校ラグビー部は、いまだ花園への出場経験はない。
でも、自分達が生まれた頃には、そもそも花園予選への参加資格さえなかった。
そんな東京朝鮮高校ラグビー部の物語。
監督の申鉉秀さんを中心として、様々な想いを持った人間がラグビーというスポーツを通じて繋がっていき、日本の社会全体の変化の流れと相まって、ほんの小さなものだった可能性の芽が、少しずつ伸びていく。
特別なことをしている訳ではなくて、想いが特別なんだね。
特別に強い魂を持っているからこそ、彼らは今の舞台まで辿り着いたのだと思う。
東京朝鮮高校ラグビー部のグラウンドには、1度だけ足を運んだことがある。
タマリバ時代に高麗クラブとの合同練習があったんだ。
東京朝鮮高校ラグビー部の生徒には、その日の練習後に簡単なコーチングをした。
バックスのラインアタックをみていて、パスが上手いなあと感じたのを覚えている。
あの時の高校生にも、きっと沢山の想いがあるんだね。
いつかきっと訪れるであろう、東京代表として彼らが花園ラグビー場に辿り着く日が、また新しい東京朝鮮高校ラグビー部のステップになっていくことを願うばかりだ。
金元樹という保護観察中の少年のエピソードがある。
彼はラグビーと出会って、当初の予定よりも早く保護観察が解除されることになる。
この少年のエピソードが、おれは一番好きです。
ラグビーって、素晴らしいね。
Wednesday, April 02, 2008
言葉
名古屋に移り住んでもうすぐ2ヶ月。
パートナーが新しいチャレンジとして、フランス語の勉強を始めたんだ。
本山という閑静な街にある教室に、昨日から通い始めて。
3ヶ月のカリキュラムで、フランス語の基礎を勉強するみたい。
まだスタートして2日だけれど、楽しそうにテキストを読んで復習しています。
言葉って、とても面白いよね。
自分自身の感性でコミットしていける世界を拡げてくれる。
パートナーには、もうひとつ「絵」というイメージの世界があって、そこには言葉の壁はないけれど、彼女の絵が触媒となって創り出されるコミュニケーションが、相手の言葉を理解することで、きっと彼女の想像を越えて、より深いものになっていくんだ。
言葉にできなかったものが、ちょっとずつ言葉になっていくといいね。
パートナーが新しいチャレンジとして、フランス語の勉強を始めたんだ。
本山という閑静な街にある教室に、昨日から通い始めて。
3ヶ月のカリキュラムで、フランス語の基礎を勉強するみたい。
まだスタートして2日だけれど、楽しそうにテキストを読んで復習しています。
言葉って、とても面白いよね。
自分自身の感性でコミットしていける世界を拡げてくれる。
パートナーには、もうひとつ「絵」というイメージの世界があって、そこには言葉の壁はないけれど、彼女の絵が触媒となって創り出されるコミュニケーションが、相手の言葉を理解することで、きっと彼女の想像を越えて、より深いものになっていくんだ。
言葉にできなかったものが、ちょっとずつ言葉になっていくといいね。
パス
ラグビーボールを買ってしまった。
自宅でハンドリング練習しようと思って。
こんなことなら、5年前の社会人ラグビー時代に買っておけばよかった。
でも、自宅に届いてから、肝心の空気入れがないことに気づいて・・・。
仕方ないので、しばらくは空気抜きで遊ぼうかなと思っています。
毎日ボールに触れていたら、少しはハンドリングが良くなるかなー。
自宅でハンドリング練習しようと思って。
こんなことなら、5年前の社会人ラグビー時代に買っておけばよかった。
でも、自宅に届いてから、肝心の空気入れがないことに気づいて・・・。
仕方ないので、しばらくは空気抜きで遊ぼうかなと思っています。
毎日ボールに触れていたら、少しはハンドリングが良くなるかなー。
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