Monday, February 27, 2012

『ピュリツァー賞 受賞写真 全記録』

ハル・ビュエル 『ピュリツァー賞 受賞写真 全記録』

実は、横浜に引っ越して最初に買った本。
ピュリツァー賞を受賞した歴代の報道写真が網羅されている。

昔から写真に対する興味があった訳ではないのだけれど、数年前にTV東京『美の巨人たち』でアンリ・カルティエ・ブレッソンの写真を見て以来、写真がすごく好きになった。それからは、ブレッソンの写真集は勿論のこと、他にも幾つかの写真集を買うようになって。

そんな訳で、本作。
報道写真なので、やはり重いです。ピュリツァー賞を取るような写真というのは、社会の断層や非業なる現実、政治の闇、あるいは人間の暗部といったものを切り取ったようなもので、正直に言って正視に堪えないシビアな写真も多い。
それが現実だと、目を逸らすなよと言われればその通りなのだけれど、報道写真というものの難しさをどうしても感じてしまう。ピュリツァー賞を受賞した報道写真家達は、ジャーナリストとして素晴らしい仕事をしたのだと思うけれど・・・。
『プロヴォーク』の写真家達は、「アレ・ブレ・ボケ」といったのだけれど、個人的には、特に近年の受賞作ほど、あまりにクリアすぎるような気がしないでもない。写真は時間を切り取るものだけれど、あまりにも切り取られすぎている感じがするんだよね。止まり過ぎているような。こういう写真が撮られた時に、ファインダーの前にあった現実は、もっとアレていて、ブレていたんじゃないかというのが、個人的な想像だ。
まあ、ド素人の想像だけどね。

『フラジャイルな闘い 日本の行方(連塾 方法日本)』

 松岡正剛著『フラジャイルな闘い 日本の行方 (連塾 方法日本)』

ようやく読了。ここ1週間近く格闘していた。
いやもう物凄い本です。松岡正剛と佐藤優は、現代日本を代表する知の巨人だね。
本書は、その松岡正剛が講じた「連塾」の第7講と第8講(最終回)。
「日本という方法(方法日本)」という言葉で、日本というものの光と影、表と裏、歴史と今、オリジナリティと普遍性、そういったものを松岡正剛流に紐解いていくのだけれど、その発散のレベルがあまりに凄まじくて、前半(第7講)を読むだけでノックダウンされそうになる。
感想なんて迂闊に書けない、といった類の1冊です。
本書の頁を手繰ってしまうと、読みたい本、聴きたい曲、観たいDVDといったものが相当に増えてしまうのは、もう間違いない。とりあえず俺は、小林正樹によるドキュメンタリー映画『東京裁判』のDVDと、ジャズピアニスト秋吉敏子さんの『孤軍』を買ってしまった。

ちなみに、松岡正剛さんの著作を読んだことがなければ、『17歳のための世界と日本の見方』(春秋社)をまず読んでみるのがお勧めです。これはもう完全に面白いので。

Tuesday, February 21, 2012

紙を折る

大切な会議がある。
その難しい舵取りを、今のチームにおけるリーダーの先輩達が担おうとしている。

俺は、陪席。発言権はない。
でも仮に権利があったとして、場を動かす言葉を発することができるだろうかと自分の胸に問いかけると、率直に言えば、今、それだけの能力はきっとない。

25人が参加する明日のために、1人で資料を刷っていく。
A3とA4が順不同に混在しているのを、1つずつ並べて、A3の用紙を折りたたみ、クリップで順番に留めていく。
紙を折っていると、どこか気持ちが整理されていくような感じもする。晩ご飯で使った食器を洗っている時の感覚に近いのかもしれない。ちょっとずつ何かが片付いて、正しいところに収まっていくような、そんな感じだ。とにかく、ほんの小さなことが資料の印象を壊してしまわないように、1セットずつ、いつもより心持ち丁寧に折っていく。なるべく角が揃うように。
あとは、ただ明日を待つばかり。

それが、今の自分の実力です。

明日の展開は読み切れないけれど、この資料に託されたものがきちんと伝わってくれれば、それこそが最高の成果だと思う。
そして、きっとそうなる。責任者として最前線に立たれる先輩達の本気と誠意をもってすれば、間違いなく思いは届くはずだ。そして、そういうリーダーがこのチームにはいるのだから、今の状況が多少苦しかったとしても、本当に良いチームだということに変わりはない。そう、恵まれている。

いつか恩返しをしないといけない。
いつか、なんて悠長なことではないのかもしれないけれど。

シナリオこそ書かなければ。
紙に図表を書くだけではなくて。
時には正論から折れる決断力を。
でもそれは、明日の紙を折った時のように繊細に。
そして、表現されない部分への想像力を。
目先のことだけに視野を奪われるのではなくて。

なんて、小さな決意表明です。

Friday, January 27, 2012

『「上から目線」の時代』

冷泉彰彦著『「上から目線」の時代』(講談社現代新書)

昨日読了。
冷泉彰彦さんの記述はやや冗長な感じもして、社会批評的な著作が苦手な人には多少読みづらいかもしれない。メールマガジン『JMM』の記事は基本的に面白く、毎週読んでいるけれど、新書となると、なかなかこってりした感じもあるかなと。

前著『「関係の空気」 「場の空気」』の続編に近い位置づけの1冊。
数年前、KYという言葉が流行した頃は「空気の時代」だった。空気がコミュニケーションを支配する時代。小泉総理(当時)が、改革の「空気」で席巻した時代。
しかし、昨今では「空気」が消滅しかけている。空気が醸成されるのは、ある種の共通感覚が成立しているからだけれど、今は空気だけで事が解決できないという「困難の感覚」が蔓延してきている。そうなると、従来は「空気」の存在を前提としていたコミュニケーションそのものが困難を伴うようになり、より慎重にコミュニケーションを取らなければ、結果として衝突を引き起こしてしまう。それを回避するための1つの手段が「目線」のコントロール(目線を合わせることによる「対等な関係性」の印象づけ)であり、そんな時代だからこそ、「上から目線」というものが敬遠されるのだ、というのが著者の見立てだ。
うん、やっぱりちょっと冗長かなあ。

まあでも、「KY」とか「空気」とか、「上から目線」とか、ほんと息苦しいなあと思う。
「空気」に支配されるのも正直勘弁だけれど、確かに「上から目線」という言葉の重苦しさもなかなかのものがある。著者も言うように、これは「日本語」という言語の特性によるところも大きいのかもしれない。(外国語に明るくないので、正確なところは分からないけど。)

日常生活においても、仕事においても「目線」はとても重要で、(自分がきちんと出来ているかどうかは別として)目線への配慮は避けられないことなのだけれど、本当は、素直に話していることの中身でコミュニケーションできれば、その方が個人的にはいいのになあ、と思うことはあります。あなたはあなたで、貴殿でも貴職でもなく、私は私で、小生でも小職でもなく、ただ"You and I"であってくれればいいのに、と。
(ちなみに俺は、この4つの言葉は使わないようにしています。)

Friday, January 13, 2012

非ストラクチャーは常に。

『ラグビークリニック』 2011年12月号(ベースボール・マガジン社)
遅くなってしまったけれど、本日ようやくチェック完了。
現役としてラグビーに携わっている人間ならば、プレーヤー/コーチを問わず、間違いなく買った方がいい雑誌だと思います。純粋に面白いしね。

「アンストラクチャー」というのは、当然ながら「ストラクチャー」の対概念として扱われているのだけれど、この境界線は曖昧で、ややその本質を掴みづらいところはある。セットプレーを起点としてシークエンシャルに展開されたプレーは、その全体を「ストラクチャー」として扱ってよいものなのか、俺にはよく分からない。事前に周到に準備されたプレーを、想定した通りの間合いとスピードで仕掛けて、そして相手がある程度想定通りの反応を見せる、といった一連をもって「ストラクチャー」とするならば、俺がコーチとして関わってきた学生リーグのレベルで考えると、「ストラクチャー」と言い切れるようなフェーズは殆どないのかもしれない。
もしくは、あくまでその「起点」にフォーカスした概念なのだろうか。相手のミスやターンオーバー、あるいはキックカウンターに代表されるような。でも、計算通りのキックを蹴り込んで、それを受けた相手バックスリーがカウンターを仕掛けてくれば、それは「アンストラクチャー」とはちょっと違うような気もする。この場合は、「アンストラクチャーを、ストラクチャー化する戦略」とでも語られるのだろうか。

重要なのは、概念じゃないと思うんだよね。
原則としての合理性を徹底的に追求しながら、その一方で常に起こり得る非合理、あるいは逸脱を受け入れて、それにどう対処するか。それは、「アンストラクチャー」という言葉さえなかった頃から、何ら変わっていないはずなんだ。
そしてそれゆえに、本書を読む意味は、ラグビーの時流・変遷を問わず、普遍的に見出せるはずだと、俺自身は思っています。

Wednesday, January 11, 2012

『弱者の兵法』

野村克也著『弱者の兵法』(アスペクト文庫)

本日読了。
名将、野村克也が綴った勝負の哲学であり、野球という枠に留まらない組織論。
非常に面白く、あっという間に読み切ってしまった。

前中日監督の落合博満が「プロ野球界広しといえど、『野球』を語れるのはノムさんだけだ」と語ったという挿話が出てくるが、確かに落合博満の著書『采配』、『コーチング』を読む限り、この2人には多くの共通点がある。

1つは、徹頭徹尾「勝負師」である、ということ。
2人とも、勝負に対する拘りが生半可ではない。自身の仕事を、「野球」ではなく「勝負(そして、結果としての『勝利』)」と捉えていることが、言葉の端々から強烈に感じられる。本人達の弁はともかくとして、おそらく類稀なる天性の素質を備えていたはずのこの2人は、素質そのものではなくて、傑出したその「活かし方」によって、勝負をモノにした。そのことに対する自負心、あるいは(良い意味での)プライドは非常に明快で、読んでいて気持ちがいい。「つまらないプライド」が醸し出す不快感を全く感じないのは、さほど野球に詳しくない人間が読んでいても、その言葉の背後に「生き様」が垣間見えるからだろう。

もう1つの共通点は、徹頭徹尾「人間」である、ということ。
2人とも、同じ勝負の舞台に立つ仲間に対して、非常に優しい。俺自身はラグビーの経験が長くて、プロ野球の世界は殆ど知らないけれど、それでも、これほどまでに優しい指導者というのは極めて稀だと思う。いや、表面的には厳しく、怖い監督だったのかもしれない。現に、野村克也が監督だった当時のヤクルトの主砲、池山隆寛は「当時の監督は、かなり怖かった」と後々になって語ったそうだ。それでも、著書を読んでいる限り、この2人の指導者に共通する「優しさ」というものを感じずにはいられない。それはきっと、「選手を(あるいは選手の努力を)決して見限らない」という姿勢を貫徹されていることによるものだと思う。
これは、言葉にしてしまうと簡単だけれど、本来とても難しいことだと思っている。

野村克也は本書の中で、「人は無視・賞賛・非難の段階で試される」と語っている。
実力のない人間は、目にも留まらない。
ある程度、見込みが出てくると、自信を与えるために賞賛される。
しかし、賞賛ばかりで勘違いをさせないために、核となる人間は、あえて非難する。

選手への深い愛情がなければ、このプロセスは廻らないだろう。
本当に素晴らしいことだと、俺は思います。

そして、これを裏返せば、プレーヤーの心意気も見えてくるよね。
無視に腐っている暇があるなら、基礎練習を積み重ねて、地力を培わないと。
賞賛に酔っている暇があるなら、その先にきっと待ち構えている壁を意識しないと。
非難に沈んでいる暇があるなら、非難してくれる人間の愛情を意気に感じないと。

まずは自分自身の仕事から。
2012年は、この意識を心に刻み込んで過ごしたいと思います。

Monday, January 09, 2012

大学ラグビー決勝。そしてフラットパスについて。

1日遅くなってしまったけれど、ラグビー大学選手権決勝のことを。
帝京大 15-12 天理大 @国立競技場

素晴らしいゲームだった。
3連覇という偉業を成し遂げた帝京大は見事だった。そして、惜しくも敗れてしまったけれど、天理大の奮闘もやはり見事だった。お互いの持ち味が随所に発揮された非常に見応えのあるゲームだったと思う。

おそらくこのゲームは今後、「天理大の大健闘」という観点で主に語られることになるだろう。
そして、それ自体は間違ってもいないと思う。
ただ個人的には、何よりもまず最初に、帝京大がこの3年間で積み上げてきたものへの賞賛と敬意があって然るべきかなと思っている。3連覇というのがまさに偉業である、というだけではなくて、帝京大の存在が、今後の大学ラグビーにおける"Standard"を一段階上のレベルまで押し上げることになったと感じるからだ。それほどまでに、帝京大のクオリティは充実していたと感じている。

ちょっと話は逸れるが、実は昨晩、録画しておいた高校ラグビーの決勝(東福岡 36-24 東海大仰星)もTV観戦した。大学選手権の決勝を観る前に、こちらを先にチェックしたのだけれど、誤解を恐れずに書いてしまうと、大学決勝の方が圧倒的に面白かった。勿論、高校ラグビーがつまらないと言いたい訳ではなくて、全国の高校ラガーの頂点を決めるゲームは、高校ラガーの生き様が体現されていて非常に見応えのある内容だったのだけれど、ただ、ラグビーそのもののクオリティは、圧倒的に大学ラグビーの決勝が上だった。そしてその違いは、単に高校/大学の差から生じたものではなくて、ひとえに帝京大/天理大の両チームが引き締まったプレーをしていた、ということによるものだと思う。1つひとつのプレーの強さやスキルレベルで、大学が高校を凌駕するのは当然だ。問題は、そこじゃない。レベルを問わず、引き締まった一戦というものはある。今シーズンの大学ラグビー決勝の面白さは、この点にこそ認められるべきかなというのが、俺の感想だ。
特に帝京大は、広範な意味で、ラグビーをタイトなものにした。
この功績と、そのことが醸し出すラグビーの新たな醍醐味が、間違いなくあるはずだ。

帝京大のラグビーが「つまらない」というのは、1つの側面かもしれない。
でも一方で、タイトで引き締まったプレーは極めて見応えがある、というのも事実だ。
個人的には展開志向のチームの方が好きだし、多くのラグビーファンも同様だと思うけれど、そのことが帝京大の価値を毀損するものでは全くない、という点は改めて書いておきたい。

前置きが長くなってしまったけれど、その前提の上で、やはり天理大。
こちらも素晴らしかった。間違いなく、天理大はベストバウトをしたと思います。
惜敗したチームに対して「ベストバウト」は失礼かもしれないけれど、そうとしか表現できない。セットプレーであれほど劣勢に立たされながら、一度ボールを持てば果敢なアタックを仕掛け、帝京大の強固なディフェンスラインを度々ブレイクしてみせたのは、本当に見事だった。
やはり何と言っても、SOとしてチームをリードした立川選手の存在が大きかったと思う。

BKの観点でみると、帝京大と天理大の最大の違いは、SOのパスコースかなと思っている。
帝京大のBKラインは、ボールの軌道がやや深く、多少流れ気味のランニングコースを取ってくる印象だ。FWのボール供給が安定していること、そして個々のランナーにある程度スピードがあることで、このスタイルが成立しているのかなと。SOの森田選手から繰り出されるパスは、全般的にみると、トライラインに対してほぼ45度近く下げた角度で放たれているような印象がある。(ただ、これは森田選手個人の力量云々というよりも、多分に「チームの選択したスタイル」の問題だ。彼自身は、ランニングスキルも高くて、非常に良い選手だと思っている。)
一方の天理大をみると、SOの立川選手は、原則としてボールを下げない。ロング/ショートを問わず、基本的にはフラットな角度にパスを放ってくる印象がある。ここが全く違うポイントだ。特にロングパスの場合、パス自体のスピードがないと、簡単にシャローされてしまう。また、パスコースが読まれてしまうと、往々にしてホスピタルパスになる。つまり、天理大のアタックが上手く機能しているのは、SO立川選手のパス自体が速くて、そして読みづらいということだ。勿論、ハベア、バイフという外国人の両CTBが外に控えているのは大きいけれど、彼らを「ただの駒」にしていないのは、やはり立川選手のスキルによるものだろう。

JSportsの解説で、藤島大さんが「天理大には、大きく言えば『日本ラグビー』の可能性を感じさせるものがあった」といった主旨の発言をされていたけれど、その1つのポイントは、こんなところにあるのかもしれないと、個人的には考えている。
ディフェンス・プレッシャーが極めて速くなっている昨今のラグビーにおいて、簡単にボールを下げるのは自殺行為だ。それでも、ただフラットにボールを運んで、ほぼ真っ直ぐのランニングコースで突進していくのは、フィジカルに劣るジャパンには辛いと思う。テンポとフィジカルだけで切り裂けるほど、日々進化していく国際レベルのディフェンスは簡単ではないかなと。
そこで、理想的には思う訳です。
パスは下げない。でも、相手の出足を許さない。そんなパサーが生まれないかと。

魅力的なフラットパスは、フラットであることだけが醍醐味ではないと思います。

『坂の上の坂』

藤原和博著『坂の上の坂』(ポプラ社)

いい本です。
藤原和博さんの過去の著作を読んでいると、重複感が否めない点もあるけれど、それでもやはりお勧めできる1冊かなと。

昔は、定年まで必死に働いて、坂を上るその視線の先には見上げる雲があった。
雲とはつまり、ロマン。平均寿命も現代の半分程度だった『坂の上の雲』の時代、人は雲を見上げながら死を迎えることができた。
今は、違う。60歳で定年を迎えても、その先に20年、30年という老後が待っている。
そこにあるのは、見上げる雲ではなくて、新たな坂ではないか。
それは上り坂かもしれないし、下り坂かもしれない。
でも坂と向き合っていく準備は、これからの時代では絶対に必要ではないか。
そんな問題意識に沿って、本書は綴られている。
想定されているメインターゲットは、30代~40代のビジネスパーソン(特に男性)だ。
勿論、それ以外の年齢層でも、あるいは女性でも、きっと面白く読めると思う。
個人的には、配偶者と一緒に読むのがお勧めだ。
そんな訳で、パートナーにも読んでもらいたいなあと思っている。

会社、あるいは仕事は、人生の極めて大きな部分を占めている。
その事実を明確に認めた上で、でも会社は人生を託す場所ではないと悟る。
人生の豊穣とは、もっと「生活」の中にあるからだ。
ただ、会社員という存在そのものを、単純に「組織の奴隷」と切り捨てたりはしない。
そうではなくて、会社に寄りかからない人生を、選択的に生きる、という感じかなと。
そういう思考の展開はとても丁寧だと、個人的には感じます。

率直に言うと、藤原和博さんの考え方には、非常に共鳴する点が多い。
適切な表現かどうか分からないけれど、俺にとって藤原さんは、ひそかな「ロールモデル」とでも言うような存在になっている。もちろん、俺は藤原さんではないので、同じことは出来ないし、するつもりもないのだけれど、どこかで追いかけている自分がいるんです。

Saturday, January 07, 2012

スタイルとベーシック

永田洋光さん責任・編集の有料メールマガジン『ラグビー!ラグビー!』をいつも楽しく読んでいるのだけれど、本日刊行された永田さんの論考を読んで、少々考えてしまった。端的に言ってしまえば、大学選手権3連覇を狙う帝京大のスタイルについて、「そこに未来はない」ということでネガティブな評価をされているのだけれど、もう少し丁寧な思考が必要な気がして。

帝京大が大学選手権を初制覇した頃から変わらず採用しているのは、強力なFWを武器に、ポゼッションを最優先とするスタイルだ。ブレイクダウンの優位性を揺るぎないものとしながら、ボールキープ能力の高い外国人選手を核とした近場のアタックを継続して、リスクを可能な限り回避する戦略。BKはロングキックを主体としたエリアマネジメントを徹底すると共に、FWが動きやすい(FWのサポートを得やすい)形を意識した展開を基本軸に据えている。
そのスタイルに対して、「つまらない」 という評価は従来からある。
日本人が世界を相手に戦っていくことを考えた時に、 将来の日本ラグビーを背負う人材を輩出していくべき大学のトップチームのスタイルとして、「未来がない」という評価をしたくなる気持ちは、正直に言えば分からなくもない。ファンにとっても、よりボールがダイナミックに展開される方が面白いのは当然だ。
ただ、俺は思うんです。
スタイルと、それを裏づけるベーシックとは、独立して評価されるべきではないかと。

帝京大の本質的な強さは、そのスタイル自体ではなくて、そのスタイルを80分間に渡って完遂できる安定したベーシック・スキルにこそあると思う。他のチームが帝京大のスタイルを踏襲しようとしても、きっと出来ないだろう。あのスタイルは、彼らがブレイクダウンの局面で求められるスキルを徹底的に鍛え上げた結果であって、その努力と完成度については、冷静に評価されて良いはずだ。更に言えば、あのゲームマネジメントを成立させているのは単純なコンタクト・スキルのみではなくて、例えばコンタクトフィットネス、リザーブを含めた22人全員の戦術理解、グラウンドレベルでのコミュニケーション能力といった全てが揃っていることが重要だ。つまりそれは、本当の意味で「チーム」として機能しているということを意味していて、一朝一夕に出来ることでは決してない。
そのこと自体は、素直に素晴らしいと、俺は思います。

勿論、永田さんの論考の主旨は、もう少し先にあるのだと思っている。
何をもって「ベーシック」とするか。その定義というのは、結局のところチームの志向するスタイルに依拠している。帝京大がブレイクダウンに焦点を当てて、そのスキルを徹底的に磨き上げたのは、彼らのスタイルがそれを要求するものだったからだ。つまり、帝京大が「日本ラグビーの将来」というビジョンからスタイルを再定義すれば、当然ながら要求される「ベーシックの質」は変わってくることになる。
「4年間という限られた時間の中で、日本ラグビーの未来を託された優秀な選手達に叩き込むべきベーシックと経験は、今の帝京大のスタイルからは導き出せないだろう。 」
つまるところ、永田さんの主旨はそういうことかなと思っている。

それでも、やはり思わずにはいられない。「日本ラグビーのオリジナルを追求するにしても、結局のところブレイクダウンは避けて通れない」という現実を。
ブレイクダウンが多少劣勢だったとしても、展開力とスコアへの道筋を持ったチーム。この理想は、誰もが抱いていると思う。 でも、ブレイクダウンが「圧倒的に」劣勢だったら、まず勝てない。そして、インターナショナルの本気のブレイクダウンというのは、W杯のトンガ戦を思い返すまでもなく、「技術と知性を備えた野獣の世界」なのかなと。
帝京大のスタイルがつまらない、ということよりも、ブレイクダウンの劣勢を覆すだけのスタイルを有するチームが登場していないこと、あるいはスタイルを存分に発揮できないほどにブレイクダウンで水を開けられているチームが多いことの方が、本質的な問題かなと思います。

「構造」の醍醐味

佐々木融著『弱い日本の強い円 』(日経プレミアシリーズ)

本日読了。
噂に違わない良書だった。
その動きが非常に捉えづらい「為替」というものについて、極めて分かりやすい解説がされている。勿論、その説明が分かりやすいからといっても、現実の為替変動は多種多様な要因が複合的に絡み合った結果なので、将来の(特に短期的な)変動を予想するのはやはり困難だと思う。とてもじゃないが一般の社会人には無理な話で、そんなことに時間を割く必要もないような気がする。FXで勝負する暇があるならば、仕事で勝負した方が間違いなく利回りはいいだろう。まあ、利回りのために仕事している訳ではないけどね。
本書の価値は、もっと別のところにある。
要するに、為替というものを構造的に理解するための格好のガイドになる、ということだ。自分自身を含めて、金融というものを体系的に学んだ経験がない人間にとっては、本書を読むことでおそらく相当の気づきがあると思う。円高/円安というものの基本的な理解、昨今の国力という非常に曖昧模糊とした概念と為替との相関性は全くないという事実、日本の国益からみた為替の捉え方などは、目から鱗の面白さだ。

それにしても、マクロ/ミクロを問わず、経済学というのは非常に面白い学問だという感覚は、社会人になってから日々強まっている。「経済学は科学ではない」とか「経済学とは、経済学者に騙されないために学ぶものだ」といったように揶揄されることも多いのが経済学だけれど、経済学の醍醐味というのは、極めて論理的なその「推論プロセス」にこそあるような気がしていて、「それで結局、明日はどうなるのか」みたいなことは、ある意味では副次的なものと考えてしまってもいいような気がしている。
構造的な要因に基づく帰結は、ある程度予測できる。
でもそれ以上のことは、結局のところよく分からない。
それでいいんじゃないかなと。
明日が正確に分かってしまったら、そもそもつまらないのだから。

Tuesday, December 27, 2011

メンタリティの綾

ようやく大学選手権2回戦のチェックが完了。
帝京大vs同志社大を観ていないのは、結果を知った今となっては残念だけれど、残り3試合も全て見応えのあるゲームだった。大学ラグビーには、やはり独特の魅力があるね。
筑波大、天理大がいわゆる「伝統校」を破って準決勝に駒を進めた訳だけれど、どちらのチームも「勝てるかも」という雰囲気は全くなかった。グラウンド上にあったのは、「伝統への挑戦」みたいな淡いものではなくて、ただもう「勝つ」という明確な意志だった。
その意味では、ゲームセットの笛が鳴った瞬間の筑波大メンバーの歓喜は印象的だった。創部初の国立がかかったゲームが、重くないはずがない。それでも、キックオフの笛が鳴ってしまえば、もう眼の前の相手とボールが全て。80分間の死闘を終えて、重みから解放された瞬間に喜びが弾けた姿を見ていて、彼らはとても成熟したメンタリティを持って闘っていたのだろうなあと感じた。

ゲームとして最も揺れ動いたのは、早稲田大vs関東学院大だ。
どちらに転んでもおかしくないゲームだった。
関東学院大は、リーグ戦での東海大への惜敗を見て、選手権では化けると思っていたのだけれど、まさに荒馬の本領が出てきた感じがする。いまや伝統になってきた感のあるFW勢の大きなストライドでの突進は、他のチームには意外と見られない魅力だ。大学ラグビーのシャローディフェンスはやや飛び込み気味のタックルも多いので、膝を高く振り上げたワイルドなランニングは、比較的有効なスタイルかもしれない。やや不用意なミスと反則が多いのは気になるけれど、天理大は比較的闘いやすい相手になるだろう。準決勝までの約1週間でも、まだ成長してきそうで楽しみだ。

早稲田大は、惜しまれる敗戦となってしまった。
discipline(規律)のしっかりした非常に良いチームだったと思う。キックに対する戻りの早さ、ラッシュすべきポイントへの反応などは抜群で、本当に良く鍛えられているなあと感じた。
ただ、個人的にちょっと気になったプレーが2つあって。
1つは、後半早々に敵陣での連続攻撃からSOの小倉選手がDGを狙ったこと。
正直な印象としては、意図が分からなかった。関東としては、仮にDGが入っていたとしてもむしろ結束したんじゃないかなあ。「やつらは、俺たちのディフェンスを崩せない」って。
早稲田大の今シーズンの最大の価値は、「スコアまでの射程距離」だったと思うんだ。時間帯とエリアを問わず、隙さえあれば一瞬でトライラインまで持っていく迫力。少なくとも、その雰囲気を常に漂わせているライン。それは、帝京大にもない早稲田のオリジナリティだったと思うのだけれど、あの場面でのDGという選択は、ほんの少しだけ、その雰囲気に曇りをかけてしまったかもしれない。
もう1つは、関東学院大がゴール前のドライビングモールからBKに展開して奪った2本目のトライの際に、早稲田大のラインディフェンスがアップしなかったこと。相手の展開に合わせてディフェンスコースを取っていく選択をして、そのまま外を走り切られてしまった。
あれも、ちょっと意外だった。早稲田こそ、あの場面はシャローしてくると思っていた。
早稲田大は、ルースフェーズでは全般的によく出てディフェンスしていて、相手SHがボールに触れた瞬間の出足は大学トップクラスだと思う。まさにdisciplineの世界だ。つまり、能力としてシャローできないチームじゃない。そこが非常に考えさせられるポイントで、あの場面で、早稲田大のラインディフェンスは、能力以外の要素で足が止まったのだと思うんだ。
結局のところ、それって何だったのだろう。グラウンドに立っていたメンバーの心の中にしか答えはないのかもしれないけれど、そういったとても小さな綾が、スコアを決めていく。
シャローしたら止められたかどうか、それは分からない。
こういのは、どこまで行っても結果論でしかないと思っている。
でも、ゲームの流れを支配する両チームのメンタリティのせめぎ合いの中で、それはワンプレー以上の意味を持っていたのかもしれないと思ったりもする。特にノックアウト・ラウンドの大学選手権においては、そういう側面は強いのかもしれない。
(出場したことがないので、想像でしかないけれど。)

でも、それでもやはり、早稲田大はとても良いチームだった。
それは、間違いないと思います。

Monday, December 26, 2011

2D:4D比


ちょっと気休めのトピックを。
名著『競争と公平感』で有名な大竹文雄さんのblogによると、人差し指と薬指の長さの比率(2D:4D比)と大相撲力士の昇進との相関についての研究があるそうだ。
http://app.m-cocolog.jp/t/typecast/142212/126445/70979511

パートナーによると有名な話のようだけれど、なかなか興味深い研究だ。
要するに、相対的に薬指が長い人ほどパフォーマンスが高い傾向がみられる、ということなのだけれど、一見してスポーツ能力とは何の相関もないように思える2D:4D比に着眼して、統計的に有意な傾向を導出するというのは、やはりアクロバティックで面白い。2D:4D比の差異に影響を与えているというテストステロンは、筋肉増大作用を持つ男性ホルモンなので、そこからスポーツ能力全般との相関へと研究が展開されていったのかもしれないけれど、胎児期のテストステロン曝露量が生後のスポーツ能力にある程度まで影響してしまうというのも、人体の神秘であり、また奥深さということなのだろうか。(胎児期のテストステロン曝露量というのは、どのような要因で決まってくるのだろうか。それが見えてくると、妊婦の過ごし方も変わってくるのかもしれない。)

ちなみに、自分自身の2D:4D比は見ての通りです。
パートナーの評価としては、「男性の割には、薬指が短いね」とのこと。
ラグビーが上手くない理由の1つかもしれません。

Monday, December 05, 2011

早明戦

さて、昨日の早明戦。
終始スコアで先行される苦しい展開の中、土壇場で勝利をさらったのは早稲田だった。
結果的にゲームを決めることになった明治の最後の反則は惜しまれるけれど、ワンプレーが全てを決めるような試合ではなかったと思う。80分間にわたってお互いが持ち味を如何なく発揮して、小さなゲームの綾を奪い合った末のラストだった訳だからね。
好ゲームだったと思います。

両チームは、この先どこへ向かっていくだろう。
多少なりともコーチをしている身としては、そのことがとても気になっている。
特に、早稲田だよね。選手権に向けて、彼らは道筋をどのように捉えてくるかなあと。

きっと、明治はシンプルだ。
実際に、明治の方が修正点も明確だ。彼らは自分達の強みを理解している。自分達は、そこで徹底的に勝負するしかない、ということもよく分かっている。あとは、強みが発揮されるエリアでのマイボールを増やすこと。そして、相手のテンポを殺すために、ファーストタックルの精度を更に高めること。端的に言ってしまえば、それだけでいいような気がする。
メンタリティとしても、チームの心をまとめやすいのかもしれない。
「君達はよく戦った。でも勝負の神様が微笑むには、まだ2点足りなかった。それでも君達は、もう一度戦う舞台を勝ち取ったのだから、国立でこの2点分を取り返そう。」
きっとそんなメッセージが、吉田監督から投げ掛けれらているんじゃないか。
まあ、勝手な想像だけれど。

早稲田は、もう少し難しい舵取りを迫られている気がする。
おそらく早明戦というのは、それだけで独立した1つのゴールでもあると思うんだ。
苦しみながらも、まさに土壇場でゲームを引っくり返した早稲田の選手達は、やはり讃えられてよい活躍を見せたのだと思う。勝利を掴んだことは、やはり素晴らしいことだからね。
ただ、ここからは俺の想像になってしまうけれど、辻監督はかなり冷静に修正点を見極めているんじゃないか。更に言ってしまえば、この日のゲームは基本的に「明治のゲーム」だったという総括をされているんじゃないか。少なくとも、明治のシンプルなゲームプランと粘り強いディフェンスに苦しみ、思うようにゲームを運び切れなかったのは事実なのだから。
それでも、勝利を勝ち取った早稲田。
勝利が新たな自信となって、チームを更に高めてくるかもしれない。
でも一方で、修正点への意思の統一は、明治ほど容易ではないかもしれない。

辻監督は、今後チームにどのような言葉をかけるのだろうか。
とても気になるなあ。選手権の早稲田、やはり楽しみです。
「勝利に慢心するほど、ウチの選手はヤワじゃない。」
そんなふうに思っているんじゃないか、という気もするけどね。

Monday, October 24, 2011

本物のW杯

ラグビーW杯、決勝戦。
それはまさしくW杯の決勝戦にふさわしい最高のゲームだった。

NZのハカに対して、闘志で応えたフランス。あのフランスが全員で手を繋いで立ち向かったことにも驚いたが、何よりも心を打たれたのはその後だ。若き主将デュソトワールを中心かつ先頭に据えて、両翼が引いたあの陣形。全てを一身に受けるキャプテン。「メンバーは皆、お前についていく」と言わんばかりの全幅の信頼。そして次の瞬間、前へと歩み出したデュソトワールの完全なる闘士の表情。全員がオールブラックスに挑みかかるように歩みを進め、一本の線となった後、最後の瞬間にはむしろ両翼が前にそり出して、デュソトワールは扇の要に位置を取る。きっとあの場にいた21人のフランスのメンバーは思っていたはずだ。「前線は俺たちに任せろ」って。

そしてキックオフ。
ウィプーが蹴ったボールが空中戦で弾かれると、後ろにこぼれたボールをコリー・ジェーンが巧みに放して左に展開。その瞬間、フランスのディフェンスラインが今までにない速さで外から鋭く押し上げてくる。その最前線に立って、ウィプーを全身で押し返したのは、他でもない主将デュソトワールだった。
この瞬間、フランスはこの試合で「本物のフランス」を見せると確信した。

フランスにとって、決勝はある意味では戦いやすかっただろう。
予選プールで完敗しているNZを相手に、圧倒的不利という下馬評の中で、アウェイの地で戦うのだから、失うものなど何もない。ブーイングなどに決して揺るがない屈強な自己を備えているのは、準決勝のウェールズ戦が証明している。フランスはやるはずだ。
そこに最高の準備と、最高のリーダーが加わって、フランスは本物になった。

そう、本当に精神的にプレッシャーを受けるのはNZの方だ。
それはもう、キックオフの前から分かっていたことだ。
でも、漆黒の集団にも同じように最高のリーダーがいた。そして、世界最強を宿命づけられた集団は、そのメンタル・タフネスと集中力もやはり最高に素晴らしいものを備えていた。
苦しい時間帯においても、一糸乱れることのないディフェンス。
フランスの執拗かつ速いディフェンスに苦しみながらも、殆どミスすることなく果敢にアタックし続け、その一方では冷静に、的確なキックを織り交ぜてゲームを引き締めたマネジメント。80分間を通してみればテリトリー、ポゼッション共にフランスを下回りながらも、唯一のトライを許したあの場面を除いて、やはりNZは試合巧者だった。
最高の場所で輝きを見せるはずだったクルーデンを欠いても、最後にやや苦しんだ今大会の精神的支柱ウィプーを欠いても、決して崩れない。いや、崩させない。
オールブラックスもまた、本当に強かった。

まさに人間の勝負。
W杯を戦うのは、つまるところ人間なのだと強く感じた大会だった。
終わってしまったのが少々寂しいけれど、本当に良い大会だったなあ。

Monday, September 26, 2011

流れを掴むために

名古屋大学ラグビー部のシーズンが、本日開幕した。
緒戦の相手は、今シーズンからA2リーグに昇格してきた名古屋経済大学。
社会人時代の先輩、肥後さんがヘッドコーチを務めているチームだ。

今シーズン、名古屋大が掲げたチーム目標は『A2リーグ全勝、A1リーグ昇格』。
でも、この日の結果は28-31。
とても残念なことに、緒戦をもって早くも目標の修正を余儀なくされることになった。

スコアが示している通り、チーム力に顕著な差はなかったと思う。
双方共にミスが多くて、お互いに流れに乗り切れないようなゲームだったけれど、大局的に捉えれば、前半(0-17)は完全に名経大のゲーム。後半、風上に立った名古屋大がうまくゲームを運んで3トライを奪い、後半20分までに21-17と引っくり返したのだけれど、ここがゲームの綾だった。自陣10m付近のブロークンな状況から大外展開で持っていこうとした名古屋大が、ミスから流れを失うと、名経大の逆襲を防ぎ切れずに再逆転を許してしまう。21後半ラスト10分を切ってから10点差まで点差が広げられた時点で勝機はほぼ失われ、終了間際に1本返すのが精一杯だった。

ラグビーのレベルを問わず、ゲームには流れというものがある。
手繰り寄せるのも、失うのも、自分達次第。
風下の前半、敵陣で不用意なペナルティを繰り返してしまう。
相手の得意パターンであるインサイド主体の攻撃を、分かっていながら狙い撃ちできない。
我慢の時間帯に、一度は相手のジャージを掴んだ指を、簡単に離してしまう。
0-17は、自分達で招いた当然の展開だった。
それでも後半、風上からキックでエリアを確保すると、FW・BK共に持ち味が生きてくる。敵陣22mライン付近からのモールをFWが押し込んで反撃の狼煙を上げると、今度は敵陣10mあたりからの連続攻撃からBKがラインブレイクして連続トライ。この時点で、名古屋大がすべきことは完全に見えていたはずだった。

後半の残り時間は20分弱。風上で4点差。
名古屋大にとってのスコアへの射程距離は、敵陣10mライン。
スクラムは劣勢だが、FWのモールは計算できる。
ブレイクダウンでのボールへのプレッシャーは決して強くない。
執拗な絡みもないので、孤立しなければボールはリサイクルできる。ロストの大半はミスだ。
相手は自陣からでも展開してくるチーム。キックのオプションは少ない。名古屋大のキックに対しても積極的にカウンターを仕掛けてくる。でも、CTBの戻りは早くない。

これだけの条件が揃って、チームが何を選択するか。
ここがゲームの分岐点。そして、この日の名古屋大が流れを失ったのが、まさにここだった。

確かにチャンスはあった。
それは間違いなく事実で、積極的に展開しようという意志を否定するつもりもない。
それでも、チームの状況とゲーム全体の流れを見れば、考えるポイントは他にあったんだ。
4点差というのが、自分達にとってどの程度のアドバンテージなのか。
そこにあるチャンスフェーズは、スコアのチャンスなのか、 10mゲインのチャンスなのか。
その時間帯、その局面において、相手は何を考えているのか。

そういったことを、もっと考え抜かないといけない。
もっと思考して、それを身体で表現できるように。
リーダーの思考を、15人のパフォーマンスにすっと落とし込めるように。
こんなところで、つまらない試合をしていては勿体ない。
何よりも、自分達がこれまでにグラウンドで費やしてきた時間がね。

チームは緒戦から苦境に立ってしまったけれど、もう終わったゲーム。過去は取り戻せない。
次のゲームから、チームを立て直すしかない。そして、そのためにすべきことは1つしかない。
そう、練習を変えていくしかないんです。頭も身体も、常に全力を投じて。

Thursday, September 22, 2011

惜しまれる一戦。

ラグビーW杯、予選プールA
日本 18-31 トンガ

ジャパンのことは心から応援しているけれど、正直、観ていて辛いゲームだった。
ラグビーを愛する多くのファンが、同じような思いを抱いたのではないかと思う。

出来ることならば、もっとジャパンの強みを生かした戦い方をしてほしかった。JSportsで現地リポートをされていた村上晃一さんの言葉にもあったように、この日のジャパンは「慎重さ」をやや欠いていた。不利なエリアで不用意なアタックをして、小さなミスから必要のない失点を重ねてしまう展開。素直な印象で言うならば、典型的な負けパターンに嵌まり込んでしまっていた。一方のトンガは、ジャパンが露呈した小さな隙を逃すことなく、エリアとポゼッションを確実に奪うと、SOモラスの正確なゴールキックから着実にスコアを重ねていった。そう、小さな隙。それは例えば大事な局面でのハンドリングエラーや自陣でのペナルティ、あるいは幾つかの局面におけるプレー選択のミスだったりするのだけれど、1つひとつの小さな隙が致命傷になってしまうのが、W杯の怖さなのかもしれない。

勿論、トンガの勝因はそれだけではない。最大の要因は、言うまでもなくブレイクダウンだろう。80分間に渡っての執拗なプレッシャーは圧巻だった。 ポイントに対する寄りが全般的に遅れ気味だったジャパンは、トンガのパワフルなヒットとボールに絡みつく圧力に、終始苦しめられた。ジャパンとしては、ここまで劣勢に立たされるとは正直思っていなかったのではないかという気がする。あのブレイクダウンへの徹底的な拘りは、トンガを讃えるべきかなと思う。

ジャパンの戦術であったり、ゲームマネジメントについては、W杯終了を待つことなく、色々な人が、色々なことを言うだろう。間違いなく批判の矛先が向かいそうなポイントも、現時点である程度まで想像できる。そしてそれは、勝負の世界では仕方のないことだとも思う。
でも今は、残されたカナダ戦のために、全てを捧げて集中していってほしい。
W杯という舞台のためにジャパンが捧げたこの4年間の全てを賭けて、最後にジャパンのベストバウトをしてもらいたいと、心から願っている。
トンガ戦は惜しまれるゲームだったけれど、もはや過去でしかないのだから。

ちなみに、トンガ戦で最も心に響いたのは、やはりマイケル・リーチの姿。
本当に素晴らしかった。まさに獅子奮迅の活躍。彼はこのW杯における全ての瞬間で、魂を感じさせるプレーを続けているね。今のジャパンで、個人的には最も好きな選手です。
そして堀江、畠山というフロントローの2人も素晴らしかった。リーチを含めて、この3人のプレーには特に惹かれるものがあった。興味深いのは、リーチや堀江が持ち込んだボールをターンオーバーされるケースは極めて少ないということ。例えばアリシ・トゥプアイレイや遠藤に代表されるようなフィジカルの強いタイプの選手と比較しても、ボールの活かし方は秀でていると思う。これは、ジャパンの活路を考える際のヒントになるのではないかと、個人的には思っている。トンガのようなタイトなプレーの得意なチームに対しても、身体を柔らかく使ってボディ・ポジションをコントロールしたり、ターンのようなヒットの芯をずらすようなプレーは有効に機能していて、狭いスペースを上手にドライブで抉じ開けたシーンというのは、局所的に見れば大半がこういった「柔らかさ」に起因していたと思う。「柔よく剛を制す」と言ってしまうと少々誤解を招くかもしれないけれど、ジャパン、ひいてはフィジカルでの劣勢に向き合っていかざるを得ない多くのラグビーチームにとって、目指すべき1つの形ではないだろうか。

Sunday, September 04, 2011

My Problem

9/2-3と社内タスク@小田原に参加してきた。
要するに、現在の会社の課題について若手メンバーで議論を重ねて、それを改善するための施策提言を経営層に対して行うというもので、4月以降、約半年間に渡ってチームでの活動を継続してきた。通常業務を抱える中で、タスクの活動はそれなりに重かったけれど、日頃はさほど意識することのない課題について、バックグラウンドの異なる様々な人達と議論するのは、個人的には結構楽しかった。
この2日間は、各チームで纏められた施策の発表と、川本裕子さんによるゲストスピーチがメインだったのだけれど、自分自身にとっては本当に多くの気づきがあり、とても良い経験だったかなと思っている。また、様々な方との懇親の機会を得られたのも良かった。

まず、初めて英語で15分間のプレゼンテーションをした。
自身の英語力はまあ仕方ないとして、改めて強く思ったことがある。
英語でのプレゼンにおいて、最も大切なのは英語じゃない。
遥かに重要なのはコンテンツそのものであり、その表現(プレゼンテーション技術)だ。
勿論、表現において英語の巧拙が決定的だったりもするのだけれど、その際に重要なのも、きっと正確な発音、正確な構文じゃない。それ以上に重要なのは、例えば意図された抑揚であり、ブレスであり、間だ。(決して発音や文法的な正確さが不要だというつもりもなくて、Priorityの問題だとは思うけれど。)
これは素直な実感なのだけれど、とても勉強になった。

コンテンツには、思いはあったんだ。少なくとも、自分にとってはね。
でもきっと、あまり受けていなかったと思う。それも、1つの大きな気づきだった。
今回のタスク活動を続けてきて、明確に自覚できたことがある。それは、今、自分の関心が「人間そのもの」に向かいつつある、ということ。例えば、モチベーション。誰かの心に火をつけるのは、本当に難しい。でも、ほんの小さなことがきっかけで、人のモチベーションは一瞬にして毀損したりする。自信や信頼なんかも同じだ。本物の自信、本物の信頼というのは、簡単じゃない。本物の自信を待っていたら、人はいつまで経っても1歩目を踏めない。挑戦はいつだって、自信そのものを追いかけるようなものだからね。

みんな言うんです。挑戦しようぜ。信頼関係で仕事しようぜ、って。
でもそれは、2日目のゲストスピーカーだった川本裕子さんの言葉を借りれば、「反論されない」ものなんだ。挑戦することの価値は、誰も否定しない。信頼関係はあった方が良いに決まっている。問題は、そのことを分かっていながら、誰もが臆することなく挑戦する訳でもなければ、お互いを信頼して仕事をできる訳でもない、ということだ。そして、挑戦を強制されると、往々にして「できること」だけをオープンにするのが人間の性だということだ。

そう、人間の性。ここから逃げちゃいけない。
そういうことを伝えたかったのだけれど、力量不足だったかな。
でも勿論、今度は自分自身が逃げちゃいけないよね。
社長の英語の質問をよく理解せずに完全にスルーしたという程度のミスは、自分の中で早々に帳消しにして、もっと考え抜いてみようと思います。

これも、川本さんが講演の中で言っていた。
課題というのは、課題と認識された時に初めて課題になるのだと。
つまり、自分の課題認識から逃げてしまったら、それは課題でさえなくなってしまうんです。

Tuesday, August 16, 2011

SPIRIT -山中湖 #2-

山中湖合宿も2日目を終了。
IBMラグビー部の作田さん・西山さんが急遽参戦してくれたこともあって、非常に気づきの多い時間を過ごせたのではないかと思う。こうしてラグビーがつないでくれる人の縁に、心から感謝したい。

今日の練習は、全体としてみれば昨日よりもクオリティの高いものになった。2人の猛者によるところも大きいけれど、やはり選手自身が「昨日のモードを越えていかないといけない」という意識を持って臨めたということだと思う。この点では、まずは一歩ずつでも前進かなと。その上で、この日の練習全体を振り返った時のキーワードとして、真っ先に頭に浮かぶのはSPIRITという言葉だ。つまり、魂だね。

この日の午後はAvsBでのADだったのだけれど、体育会ラグビー部におけるAチームとBチームには厳然たる差があるはずだ。実際の実力云々の前に、Bチームは公式戦でジャージを着られない。チームの代表として公式戦を戦う権利を持つのがAチームであって、(決してBチーム以下の責任感とチームへの貢献を否定するものではないけれど)背負うものはどうしても違う。
Aチームである、というのはそういうことで、その一線を絶対に譲らない、あるいはBチームにとっては半歩でもいいからその一線の先に喰い込んでみせるという気概が、チームを成長させる。
そして、これこそがスピリットの生まれるポイントだ。
今はまだ、ここが弱いんだ。
スピリットがないというよりも、ごく一部の限られた人間のスピリットに、その他大勢のメンバーが依存している感じがする。自分自身の中から、内発的に生まれるスピリットが正直かなり甘いのだと思う。
例えば、現時点で何人かのAメンバーが怪我人をしているのだけれど、繰り上がってAチームにいるメンバーに、危機感が感じられない。「やつが復帰する前に俺の評価を固めてみせる」という意志も見えないし、そういう行動もしていない。2倍練習しようという気もないならば、最初からAチームのジャージを着るなよと。
Bチームには1年生も何人か加わっていたのだけれど、幾つかのシーンでは彼等のアタックに切られている。それでは通用しないよ、と身体で示してやるのがAチームの責務であり、またスピリットだろう。普通にパスをつながれて、「あの場面はどうだったか」とかはっきり言って関係ない。何でもいいからAチームの意地だけで止めてみせろよと。

ここが今の課題だね。
スピリットを他人に依存してはいけない。
それは、端的に格好悪い。
自らの意志で、闘う集団に変えていかないと。

Monday, August 15, 2011

山中湖 #1

山中湖合宿、初日が終了。
今日の総括をまとめておきたい。

まず、チームとして今すべきこと。
端的に言えばそれは、decipline(規律)という言葉が全てかなと感じている。
例えば、セット。クラブチームとの合同練習でも、先にセットできていない。普段の練習で意識づけされていないのだから当然だ。こういうのは、日常を変えない限り変わらない。ラインを1本廻したら、ジョグバックしてセットしてから休む。フィットネスのメニューでも、1本終えたら苦しくてもジョグセット。こういう基本的なポイントを変えていかないと。「意識」というのはある意味ずるい言葉で、その先の行動を隠蔽してしまう側面もあって、そこに踏み込めないのは、結局のところ弱さなんです。
セットだけじゃない。小さなことだと、練習の開始時間も緩い。決められた時間にきちんと始まっていない。合同練習の終了後をどのように過ごすのか、例えばその時間は休憩なのかチームトークなのか、といったことが厳密にコントロールされていない。コーチの立場でこちらが仕切っても良いのかもしれないけれど、基本的に正式コーチでも何でもない今の自分の立ち位置からすると、学生自身の主体的なマネジメントをやはり期待したい。

具体的なプレーでいうと、FWは中間走とスタート。接点もまだまだ甘いけれど、接点を自ら予測して、そこに到達できないことにはスキルも生きてこない。今のFWのコンタクト・スキルは正直なところ決して高くないけれど、早いセットときちんとしたスタートダッシュができれば、今のレベルでももっと出来ることはあるはずだ。
BKは、とにかく精度だね。イージーミスが多すぎる。要するに、ハーフスピードかつノープレッシャーでの練習では意味がないということだと思う。練習におけるプレッシャーを高めないといけない。これもセットと同じで、意識ひとつと言いながらも、意識だけでは変わらない。

結局のところ、全ては練習の密度なんです。

Monday, July 04, 2011

Standard

長谷部誠著『心を整える。』(幻冬舎)、読了。
http://p.tl/ndeR

サッカーW杯南アフリカ大会で日本代表のゲームキャプテンを務めた長谷部選手。
そのサッカーへの熱意、プロフェッショナルとしての拘り、自身の持ち味を最大限に生かすための工夫、そして心のあり方。そういったものが、素直に綴られている。

目次をざっと読むだけで、何度も首肯してしまう。
アスリートとしてのレベルも拘り方も全く異なるけれど、自分自身がずっとラグビーを続けてきた中での感覚を思い浮かべながら読んでみて、「そうだよなぁ」と素直に心に沁み込んでくるメッセージが多かった。勿論、人間性はそれぞれなので、長谷部選手のスタイルが合う人もいれば、そうでない人もいるだろうけれど。

ただ、アスリートとして「パフォーマンス」に対する意識が徹底していて、全くブレがないのは、それだけでも素晴らしいことだと思う。諸々全てを「自分に紐付けて」考えている点も、とても気持ちの良い姿勢だよね。

書かれているポイントは、スポーツをする人間には非常に分かりやすい。
でも、ここで思うんだよね。
プロフェッショナルを目指すのは、ビジネスも同じだろう、って。
ビジネスだけじゃない。1人の人間として、結果に責任を負う生き方を志すならば、結局のところ目指すものは同じなんじゃないか、って。

譲れない一線を、どこに引くか。
長谷部選手はそれを、「プロフェッショナル」という一点に定めたのだと思います。
「心を整える」という表題は、彼にとってそれこそがプロフェッショナルであり続けるための必須条件だったからだと、俺はそう解釈しています。

だから必要なのは、きっとノウハウじゃない。
本当に必要なのは、自分自身の生き方に求めるスタンダードなんです。


今、必要なこと。

この週末で、東大ラグビー部/名古屋大ラグビー部共に、春シーズンを終了した。
東大ラグビー部は、東北大との定期戦に敗れてしまい、やや残念な終わり方になってしまったみたい。ビデオできちんと確認してみないと。残された時間は少ないからね。

名古屋大ラグビー部は、7/2(土)に南山大とのゲームがあった。
下級生主体で臨んだ春シーズンの最終戦は、45-26で勝つことができました。
特に失点の仕方がやや淡白だったのは残念だったけれど、収穫もあったかな。

試合終了後、学生に話したんだ。
「開幕当初に想像していた7月のレベルと、今日現在の自分達のレベルを比較するならば、どこまで到達しているのかな」って。

「目標にしてきた継続プレーが出来るようになってきた部分はあります。
でも、まだ足りない部分も多いと思ってます。」
キャプテンは、率直にそう答えてくれた。

悪くない。成長の実感も、課題意識も、素直に出てきたものだと思う。
でもね、本当はもっと丁寧に考えたいポイントなんだ。
「それで、今のペースをキープしていけば、『A2リーグ全勝/A1リーグ昇格』という年初に掲げたチーム目標には、揺るぎない自信を持って向かっていけますか」
俺が聞きたいのはただ一点、これだけなんです。

目標とのギャップや、今現在の自分達の立ち位置を、厳密に見据えること。
それはとても知性的な営みで、そして東大/名古屋大の双方に、今最も必要なこと。
ギャップを明確にしなければ、行動につなげることができない。
そしてここが重要なのだけれど、ギャップ認識が多少ずれていたとしても、それはそれで構わない。自分達が考え抜いた末に導いた結論と心中できるならば、それは合理性よりもきっと強い。心中できるほどの信念は、簡単には折れないからね。

ただ、コーチとしては今が勝負です。
もちろんそれは、学生との勝負。
俺には俺の信念があるので、ぶつけ合いをしないとね。
学生の思考には、本気と覚悟を要求するつもり。こちらも考え抜くつもりなので。

Sunday, June 19, 2011

目を逸らさない

昨日は名古屋大ラグビー部の定期戦だった。
名阪戦と呼ばれる大阪大とのゲームは、春シーズンの最も重要なゲーム。昨年は敗戦しているので、今年は雪辱を果たしたかった。
でも結果は、7-15。
8点の差は、埋まらなかった。

試合後に感想を聞かれた選手達は、不完全燃焼だとこぼした。自分達の実力や、練習してきたことを出し切れなかったと。周囲の人間も「勝てる相手だった」と話していた。自分達のラグビーをきちんとできれば、絶対に勝てたはずだって。

でも、俺は思うんです。
それができないのが、今のチームの課題だよって。
自分達の実力というのは、「グラウンドで表現できるもの」のことで、試合で表現できないのは、厳しい言い方をすれば実力がないからだよ、って。

みんな、どこかで逃げてしまうんだ。
「本当はもっと実力があるのだけれど、うまく発揮できなかった」という総括は、8点分の実力差だったという現実から、ある意味で目を逸らしているんです。
持っているものの全てを発揮するということは、思っているほど簡単じゃない。日々の練習で全てを出し切る姿勢、試合のためにベストの準備を怠らない生き方、そういうものがあって初めて出来ることなんだ。
それをきちんとできるのが、本当の実力。
できないのもまた、実力なんです。

この日の選手達のプレーは、決して悪くなかった。ゲームの綾を失う残念なプレーも幾つかあったけれど、総じて気持ちの入ったパフォーマンスだった。

それでも、届かなかった8点。
ここから、逃げちゃダメなんです。
この8点を埋めるために、明日からの日々に全力を尽くすことこそが、ラグビー部の醍醐味なのだから。


Monday, June 06, 2011

チーム

6月4日(土)
名古屋大 45-12 名古屋学院大(14:00K.O. @名古屋学院大グラウンド)

名学大は昨シーズンにA1から陥落して、今シーズンは同じA2を戦うチーム。
本来は1つの目標になる相手だけれど、失礼を承知で言うならば、この日の名学大はそういうチームではなかった。試合前のアップを見ていて、十分戦えると思った。ゲーム開始直後に、その思いは確信に変わった。その意味では、メンバー構成が若干不安定ながらもきちんと勝利したことは収穫。ただ、このゲームを象徴しているのは、むしろ失った12点の方だ。

19-5で折り返したハーフタイムに、ちょっと厳しいコメントをしたんだ。
「全然甘いゲームだ」って。
前半40分間を通して危ないシーンも殆どなく、3つのトライを奪って戻ってきた選手の感覚はきっと違っただろう。でも俺としては、全く納得できないゲームだった。むしろ、選手自身に前半のパフォーマンスを「甘かった」と自己評価している様子がなかったことが、残念でならなかった。

ハーフタイムに言ったのは、「自分達自身でゲームを壊している」ということ。
開始早々にバックスが無責任なプレーをして、大外でボールをロストする。
カウンターアタックでロングゲインした味方に対して、サポートが寄って来ない。
自分達のミスから自陣に張り付いてしまうと、ディフェンスでは反則の連続。
順目に走るのがチームの約束なのに、順目にスタートを切らないフォワード。
スクラムを何度もターンオーバーできるような有利な状況で、この程度のスコアにしかならないのは、こうした当たり前のことが出来ていないからだった。

「すべきことをきちんとしていない」というだけで、つまらないゲームになるんだ。チームの為になぜ必死にならないんだ。責任感のないプレーするなよ。試合前の円陣で「名学粉砕」と檄を飛ばしたのは何だったんだ。本当に粉砕する気あるのか。

このくらいは言ったかな。
この程度のプレーで、自分達の実力を過大評価も過小評価もしてほしくなかった。
自分達のプレーが凄い訳じゃない。過大評価するようなものじゃない。
でも、意識ひとつでもっと上のプレーができる。
この程度で「結構できてきた」なんて過小評価もしてほしくない。
「自分達が今、持っているもの」をきちんと認識して、その全てを出してプレーする。
それこそが、大学ラグビーにとって最も大切なことだと思うんだ。

「自分達」というのは自分だけじゃない。
チームとして戦うことで、パフォーマンスが最大化されるような、そんなチームを名古屋大には目指してほしい。ただ15人が同じグラウンドにいる、というだけならば、チームでも何でもない。チームというのは、お互いの間に信頼関係があって、だからこそ1人ひとりのメンバーが自身の責任に集中できるような、仲間が最高のプレーをするために自分自身を犠牲にできるような、そういうものだと思うんだ。

バックスの1次攻撃で、CTBがラインブレイクする。
相手のディフェンス網が機能せず、そのまま独走になったとする。
俺が見たいのは、それでもCTBに対してサポートしてくる人間なんだ。CTBが抜けた瞬間、FBと対峙した時に彼をサポートするためのスタートを切っている人間を見たい。彼が1人では状況を打開できずにクロスキックを転がした時のために、遠く離れたポイントから真っ直ぐ押し上げてくるロックの姿を見たいし、仮にトライライン直前で追いつかれてしまったとしても、そのボールを即座にダイブパスで逆目に戻せるハーフが見たいんだ。

フォワードが、密集戦で必死のディフェンスからターンオーバーをしたとする。
このボールを絶対に落とさないという覚悟で展開してほしいんだ。ジャッカルしてくれたフランカーがポイントから頭を上げた時のために、絶対にやつのいる場所よりも前にボールを運ぶのだという必死さを持ってほしい。そのボールをもし落としてしまったならば、絶対にセービングしてほしいし、翌日以降の練習では、他の選手よりも30分早く来てキャッチングの練習をしてほしい。

信頼関係の芽というのは、そういう小さなことの中にある。
とても小さなこと、でも絶対に譲ってはいけないことに、正面切って拘っていくことで、信頼関係は培われていく。ただ同じグラウンドにいるだけで、自然と生まれるような簡単なものじゃない。
そしてこれこそが、「チーム」となるための必須条件だ。

名古屋大ラグビー部は、厳しい見方をすれば、まだチームになりきっていないんだ。
みんな真面目で一生懸命なのはよく知っているのだけれど、信頼関係に基づいた「チーム」を作っていくためには、それだけでは足りないんだ。
信頼って、もっと厳しいものだから。

でも、この日のゲームはきっと、1つの気づきを与えてくれたと思う。
6月の1ヶ月間が、とても大切です。
夏合宿までに、もう1つ上のレベルの厳しさに向き合ってもらいたいです。

Friday, June 03, 2011

綺麗に考えない

最近、組織というものについてよく考える。
直接のきっかけは社内のあるタスクなのだけれど、冷静に考えると「全社」といったスケールでなくても、例えば「部門」や「チーム」も組織であることに変わりはないのだから、思考の題材に事欠くことはないし、意外と身近に貴重なヒントがあるのではないかと思っている。

よい組織とは、つまり何だろう。
一昨日、会社のあるべき姿をどう考えるのかということについて、自身が所属するチームを含めて、10のチームが発表を行ったのだけれど、ほぼ全てのチームの発想が非常に類似していた。大きく纏めてしまえば、「高い能力を備えた個々人が有機的に繋がり、顧客志向で目標を共有して活動する組織」といった感じかなと思う。こう整理してしまうと、誰ひとりとして反論しないだろう。「それが実現できれば素晴らしい」ということには、正面切って疑問を差し挟む余地がないからだ。

ただ、ここで少し立ち止まりたくなる。
あまりに普遍的な整理の中に、何かが隠蔽されているような感じがするんだ。
例えば、顧客とは誰なのか。
自社にとって利益をもたらさないユーザーは顧客なのか。現時点で利益を享受できていないのは、自社の活動に問題があるからなのか。本来リーチすべきではなかった、という可能性はないのか。業界・業態・企業規模が異なる多様な顧客を、「顧客」の一言で括ってしまってもよいのか。そして、その一括りの考察は有意なのか。
(ちなみに、「顧客」という言葉には「国民」と似た違和感を感じる時がある。つまり、本当のところそれが誰なのかはよく分からない、ということなのだけれど。)
あるいは、組織の目標とは何なのか。
企業であれば、一般的には「付加価値の創出」ということになるのかなと思う。更には、その価値創出プロセスが将来にわたって発展的に継承される、という点を加えれば教科書的な解答としては十分だろう。
でもそれは、つまり何なのか。単純に、絶対値としての粗利益なのだろうか。そうだとすれば、例えばメセナ活動などはどのように位置づければよいのだろうか。また、施策はどこまで目標と整合している必要があるのだろうか。桶屋を儲けさせるために風を起こすような活動は、合目的的だと言えるのだろうか。逆に、合目的的な施策が全てなのだろうか。

なかなか思うように、自分の考えを整理できない。
とにかく、拭い難い違和感が残るんだ。あまりに綺麗に整理してしまうことに。

「顧客」なんていない。存在するのは常に「ある顧客」だ。
「社員」なんていない。存在するのは常に「ある社員」だ。
組織というのは結局のところ、そういった「ある個人」の総体なのだという基本的なスタンスが、思考を整理する過程の中で失われているような気がして、その先へと素直に向かうことができないんだ。顧客への視点も同様で、顧客ニーズや顧客にとっての価値というのも、「ある顧客」にとってのニーズであり価値であるということが、本質的に重要だと思う。属性の近い顧客が類似したニーズを抱えていたり、求める価値を共有していることはあっても、「私を」(あるいは「当社を」)見てくれている、ということがいつの世も価値の本質だったりする訳で、特殊性を排除して、一般論のみで顧客を考えていても、その先の道筋を見出せるような気がしない。

組織を考える時に、ある特性を持った個、あるいは小集団にまで降りていくことは、どうしても必要だと思う。それが基本的なスタンスとしてあった上で、本当に踏み込んで考えるべきポイントは、その先にあるような気がするんだ。

「特殊」へのアプローチを、組織全体のマクロ的な目標といかに整合させるか。
組織全体へのフィードバックを見据えた「特殊」へのアプローチは、どうあるべきか。

自分の中の違和感を紐解いていくきっかけは、この辺りにあるのかもしれない。
長々と書いてみて、結局うまく纏まらないのだけれど、今はそんなことを漠然と考えています。

Thursday, May 26, 2011

本気

最近、社内のタスクで経営層への施策提言を考えている。10人で議論して、年末に最終報告なのだけれど、なかなか難しい。

1万人規模の組織によい影響を与える変革というのは、どういうものだろう。50人の組織に対するアプローチとは、明らかに違うだろう。1万人となれば、もはやマスだからだ。

マスに対する施策を考えると、ふとした瞬間に「どこにでもいそうだけれど、実はどこにも存在しない誰か」への施策になってしまいそうな違和感が頭をかすめる。「会社に対するロイヤリティが低く、業務知識やスキルも不足しているものの、グローバルビジネスに対する意欲はあって、社内でのチーミングには悪戦苦闘しつつ取り組んでいるが、結局は短期の売上目標に縛られてしまい、大きな目線での仕事に時間を割けない」、そんな個人ってつまりは誰なんですか、みたいな感じだ。要するに、顔が浮かばない。1万人規模になると、具体的な特定の個人をイメージして施策をまとめるのはさすがに難しいけれど、もう少し丁寧なセグメンテーションが必要かもしれない。
パレートの法則でいえば、上位20%の人間と、その他の80%の人間では、抱いている課題も組織への依存度も全く異なるように思う。この差をきちんと意識しておかないと、結果的にはどちらの層にとってもフィット感のない中途半端な施策になってしまうような気がしている。

一方で、やはり最後は「人」だろうという見方もできる。トップの交替が劇的な変革をもたらした大企業の事例は枚挙に暇がない。
これはきっと50人の組織とも共通するポイントで、結局のところ「熱は伝播する」ということだろう。熱を持ったリーダーの存在が、組織全体を活性化させるのは間違いない。必ずしも組織のトップでなくとも、様々なレイヤーにそれぞれのリーダーがいればいい。ただ、一点思うのは、リーダーにとって、スキルもさることながら、熱の方がより重要なのではないかということだ。

1万人規模の組織を考えると、業務上の様々な課題に対するスキルパーソンは、きっとどこかにはいるだろう。要するに、課題に直面した時に、最も適切なスキルパーソンを探り当てることができれば、リーダーにとって「スキルは代替してもらえる」ということになる。探り当てるためのある程度の仕組みは必要だと思うけれど。

本当の課題は、その先だと思うんだ。
「そいつを本気にさせられますか。」
今リーダーは、そう問われている気がしてならない。周囲を本気にさせる熱を持たなければ、どれほど見事な仕組みがあっても飾り物でしかない。仕組みそのものよりも、仕組みに魂を入れることに、組織としてもっと向き合う必要があるのかもしれない。

そう考えていくと、真の課題は「20%のリーダーさえ、さほど熱を持っていない」、あるいは「持っている熱をうまく表出できない組織風土がある」ということなのかもしれない。
これは、シビアな課題だよね。

20%をまさしく「本気」にさせる施策というように、絞り込んで考えてみようかな。
もちろん、本気で。



Saturday, May 07, 2011

春合宿総括 #2

昨日に続いて、東大ラグビー部春合宿の総括を。
グラウンド・パフォーマンス以外の部分で感じた点も纏めておきたい。

まずはチーム運営、あるいは組織のあり方について。
東大ラグビー部のようにリソース(選手・コーチ等の人的リソースのみでなく、時間・運営予算等も含む)が限られた組織にとって、効率的な運営は重要なポイントだ。ただ、「効率的」というのも2つの要素があると思っている。1つはいわゆる「選択と集中」で、無駄なことをせずに、有意義な施策にリソースを集中するということ。もう1つは、選択した施策それ自体の意義を高めること。この双方を追いかける必要がある。

例えば、「あった方が良い」というレベルのスキル練習を捨てて、「なくてはならない」スキルの習得だけに特化する、というのが前者の考え方だ。今のチームで言うと、例えば「ブレイクダウンの判断」にフォーカスした練習は捨てるべきかもしれない。昨日書いたように、ブレイクダウン自体の強化をしなければ、判断を要求される状況に持っていくことさえ出来ないからだ。まずは状況を問わず、ブレイクダウンの局面では強くヒットする原則を確立するのが先決だろう。その上で初めて、ヒットの圧力だけではコンテストできない局面というものが見えてくる。この順序を間違えてはいけない。
「守・破・離」という言葉があるが、判断とはある意味では「破」の段階だと言えなくもない。個々のプレーのレベルで考えるならば、「守」とは型の理解で良いからだ。型通りでは上手くいかないという「判断」、あるいは型が前提とする局面ではないという「判断」があって初めて「破」に至るとするならば、まずは「守」を徹底することを優先すべき時期ではないかと思う。
要するに、ブレイクダウンの見極めを意識する前に、筋力・体幹の強化を含めたパワーアップと、身体の芯でヒットするスキルの向上に心血を注ぐべきだ。

後者の観点でいうと、例えばブレイクダウンの強化に具体的に取り組むとして、どのように練習を構成すれば最も多くを得られるか、といった点をもっと突き詰めたい。練習メニューに競争の要素を加えたり、バリエーションを幾つか用意して飽きさせないように工夫することは、今すぐにでも出来る。メンバーのモチベーションも意識して、目的意識の明確な練習運営を心がけることで、もっとチーム運営を良いものにしていけるだろうと感じている。
今回は1泊2日の合宿参加で、計2回しか練習を見ていないので、あまり踏み込んだことは言えないが、その中でも幾つか気になった点がある。
例えば、大雨に見舞われた3日午後に、キックチェースの練習があった。合宿を迎えるにあたって、首脳陣が事前に課題として設定していたポイントではあるのだが、大雨の影響でキック自体が精彩を欠いてしまい、練習の意図が曖昧になってしまった。勿論、雨でも試合は行われるので、無駄な練習だったとは言わない。しかし、悪天候/グラウンド状態といった環境制約のもとで練習するならば、練習の主旨をフレキシブルに修正して、それをメンバーに伝えた上で臨む必要があったと思う。折角チームとして「取り組む」と決めた練習の効率が、練習の運び方次第で大きく損なわれてしまうこともある。意図や目的というのは、最初の設定だけに捉われず、柔軟に見直しをかけていくのが、効率的運営のポイントだと思う。
ちなみに翌4日の午前中は、午後のOB戦に向けて、前日の大雨で水浸しとなってしまったグラウンドの整備に充てられた。本来は短めの練習を予定していたが、この判断自体は仕方ないものだったと思う。それでも、グラウンド整備だけで、部員/OBの全員が常時動きっ放しという程の作業量はなかったような気がする。何人かの選手の手は止まっていて、雑談に興じてしまう姿も散見されていた。
例えば俺だったら、FW/BKでメンバーを分けて、それぞれ15分程度でもボールを使った練習を行ってからグラウンド整備を終了させることを考える。グラウンドの脇に雑草で覆われたエリアがあるので、ミニドリルやグリッドのようなメニューであれば十分可能だったはずだ。
泥だらけのグラウンドで、素足になって水溜りを散らしたりしていると、「このグラウンドで試合するのは嫌だなぁ」と誰だって思う。その心理状態のまま午前を終えて、そのまま試合前のウォーミングアップに合わせてグラウンドに出てきても、アップの効率が落ちてしまう。勿論、それでもきちんと気持ちを作ってくるのが自立した選手だということも出来るけれど、チーム運営という観点でみれば、10分程度でもトップダッシュでボールに触れることで、「午後は闘争だ」という心理状態に持っていくことを首脳陣が中心となって考えても良かったと思う。それで、グラウンド整備が大きく遅滞するというようなことも、実際にはなかったのだから。

これらはあくまで一例で、俺の考えが正解だったかどうかも分からない。ただ、いずれにせよ組織運営の効率を高めることを考えた時に重要なのは、目的意識をもって選択すること、その選択が最大限に活かされる心理状態/モチベーションを意図的に演出すること、そして状況が変化したならば当初の設定を柔軟に変更することの3点ではないかと思う。
今回参加した2日間について厳しい見方をすれば、3点のいずれも十分ではなかったかもしれない。でも、それは今から変えればいい。まずは、もう一度「今」を正視して、腹を据えて「選択」することだ。何をするかが固まってくれば、その後の運営はある程度コントロールしやすくなるはずだし、この点こそコーチング・スタッフが尽力すべきポイントだ。学生首脳陣のみで抱え込まずに、監督・コーチ陣を含めた「東大ラグビー部」という組織全体で取り組んでいけばいい。

俺自身は残念ながらもはや正式なコーチではないけれど、今回感じたことは、もう少し具体的な提言として首脳陣に伝えたいと思っています。今更、立場に引っ込んでいても仕方ないからね。

Thursday, May 05, 2011

春合宿総括 #1

5月3日(火)・4日(水)
東大ラグビー部春合宿@東大検見川グラウンド。

今シーズンは東大ラグビー部のコーチングスタッフから正式に退いているのだけれど、思うところあって久しぶりに春合宿に参加してきた。3日の午後が大雨だったのは残念だったけれど、4日午後のOB戦だけでなく、その前日の練習/ミーティングを見られたことで、非常に多くの気づきがあった。
長くなるが、忘れないうちに個人的に感じたことを纏めておきたい。
基本的に、学生は一生懸命練習していることを理解した上で、あえて課題点を中心に整理してみたい。

まず、素直な今のチーム力について。
主要メンバーの怪我や、東日本大震災の影響で暫く練習ができなかった点を差し引いても、苦しい状況なのは間違いない。春シーズンも残すところ2ヶ月程度だが、この期間で幾つかの重要な課題を修正することが急務だと感じている。
まずは、接点。ブレイクダウンの圧力が致命的に欠けている。
『ラグビークリニック』最新号の中でエディー・ジョーンズも言っているが、ラグビーにおける接点の70%はラックだ。ショートパスで継続するノーラック・ラグビーを志向するとしても、ラックの基本的スキルは依然として重要で、避けることは出来ない。マイボール/敵ボールを問わず、ラックの練習にもっと取り組む必要があると思う。
その時、何に拘って練習するか。現在のラックの最大の課題は、ラックフェーズに対する「ヒット」が殆どないことだと思う。身体の芯をヒットさせて、クリーンアウトするという基本的な部分が欠落しているように感じる。アーリーコミットは非常に重要なスキルなのだけれど、「アーリー」ばかりが強調されていて、「コミット」が極めて甘い印象だ。(実際には、さほど「アーリー」でさえない、という点も課題だけれど。)
個々のスキルのレベルで重要な点は幾つかあるが、ラックに対して自身がフルコミットできる間合いを身体で覚えること、最も強い姿勢(ボディ・ポジション)を身体で覚えること、コンタクトの瞬間は常にその姿勢を取れるように身体に刷り込むことの3点がメインかなと思う。いずれにしても、身体で習得することが大切だ。
今は、間合いも姿勢もない。間合いについては、「人それぞれ違う」という事実をきちんと認識したい。ボールキャリアーに対するサポートの深さや幅は、それによって当然異なってくる。短い距離/少ないステップで加速できる方が、当然有利なポジションを取れることになる。まずは「強いコミット」に重きを置いた場合、自分がどの間合いで動けば良いのかを覚えることが重要だ。姿勢については、コンタクトの基本姿勢を習得するのは勿論だけれど、動きながら「基本姿勢に戻す」という点にも拘った方がいい。そういった身体の使い方を体得できるようなメニューを組み入れるのも良いかもしれない。

接点を考える上でもう1つ重要なのは、ファーストタックルの精度と圧力だ。これも当然のことだけれど、ファーストタックルが劣勢の局面では、ブレイクダウンでのコンテストはとても難しい。まずは有利な形で倒すことに、もっと拘る必要があるだろう。
例えば、ダブルタックル。昨今はどのチームも意識的にダブルタックルさせているが、タックルフェーズで2人がコミットしながら接点を押し込まれては意味がない。2人入ることが目的ではなくて、ボールキャリアー1人に対して2人でコミットすることで、接点を押し返すことが目的のはずなのに、最終的な接点の決着にチームとして拘っていない。タックルの成立シーンだけを追ってゲームの映像をチェックしてみれば、色々なことが見えてくるはずだ。
今のチームの最大の課題は、最後に1歩踏み込めないこと。これはチーム全体の課題だけれど、個人レベルで改善できる点でもある。いわゆる「追い込み練」を数多くこなすのが、結果的には一番の早道だと、個人的には思うけれど。

接点以外にも課題は様々あるが、もう1点挙げるとすれば、ラグビーの構造をもっと理解することが必要だと思う。例えばBKの観点で言えば、「ラインの深さ」に対する基礎的な理解が不足している。ラインの深さとは、ポジションの深さではなくて、ボールの軌道の深さなのだけれど、シチュエーションに応じたボールの軌道の深さが意識されていない。更に言うと、「自分達にとって理想的なボールの軌道」というイメージが、そもそも固まっていない印象だ。ポジショニングに理由をもって、パスの軌道をコントロールできるようにならないと、BKの攻撃が構成できない。このあたりは、言葉で表現するのが難しいけれど。
FWも同様で、例えば各ポジションの基本的なランニングコースが理解されていない。東大のようにサイズに劣るチームの場合、仕事量を増やすことが決定的に重要なのだけれど、コースを理解していない為に、仕事の機会そのものをロスしている。リーダーが中心となってチームの原則を徹底することが必要だと思う。夏合宿以降では、遅すぎる。ポジショナル・スキルに至る前の段階で、例えばラックからブレイクした際のコース取りや、バッキングアップにおける基本的な考え方等は、ラグビー・プレーヤーとして全員が押さえておくべきものだと思う。

本当に長くなってしまったので、その他は明日以降に改めて書こうかな。

Thursday, April 21, 2011

『デフレの正体』

藻谷浩介『デフレの正体 経済は「人口の波」で動く』 (角川oneテーマ21)、読了。
このblogを更新するのも随分久しぶりだけれど、少し整理しておこうかなと。

論旨は極めてシンプルだ。
・人口ピラミッドから明らかなように、日本は生産年齢人口の急激な減少に直面している。

・出産適齢期の女性の数自体が減少している為、出生率の多少の向上では、問題は解消しない。
・生産年齢人口の減少は、日本国内における総消費の減少に直結している。
・1,400兆円とも言われる日本国内の個人金融資産のうち、1,000兆円以上が65歳以上に集中している。
・この世代の最優先課題は、医療・介護等の備えであり、貯蓄はある意味でコールオプションのようなものだ。
・こうした「投資されない資産」は、どこかで毀損することも考慮しなければならない。
・現在の日本国内のデフレとは、内需の中核を担う生産年齢層の減少に伴う供給過剰が主因である。

これに対する処方箋として、論理的には以下3つの観点で改善を図る他ないというのが著者の立場だ。
・生産年齢人口の減少を、可能な限り緩やかなものにする。
・生産年齢人口に該当する世代の個人所得総額を維持し、更には増加させる。
・生産年齢人口および高齢者による個人消費の総額を維持し、更には増加させる。

そして具体的に、①高齢富裕層から若者への所得移転、②女性の社会参加・就労促進、③外国人観光客・短期定住客の受入という3つの施策へと議論が展開される。

非常に分かりやすく、かつ妥当な主張ではないかと思う。
人口オーナスが、日本が直面している最重要課題であることは、疑問を差し挟む余地もない。
ただ一点だけ、読んでいて気になったことがある。こうして提示された施策は、マクロ的にみれば合理的なのだけれど、ミクロでみれば不合理なのではないか、少なくとも不合理に見えてしまうのではないか、ということだ。

少々不正確な記述になってしまうけれど、例えば社員の給与総額を現状維持するよう努めるべきだ、という主張があるとする。人口オーナスの時代においては、新たに生産年齢に差し掛かる世代の総人口よりも、常に退職世代の総人口の方が多い状況が続くため、給与総額がキープされていれば、1人あたり給与は増大することになる。こうした取り組みによって、内需拡大を図っていくべきだ、というのが1つの考え方として提示されている。非正規雇用の低賃金労働者を増加させて、社員の給与総額を低減させていけば、結局はその企業の国内売上高も減少せざるを得ないのだと。
構造としては正しいのだけれど、ゲーム理論的に考えると、こういう施策は、国内全産業・全企業が足並みを揃えて対応する時に、初めて合理的と判断されるのではないだろうか。そして、結局のところ囚人のジレンマに陥って、日本全体が緩やかな停滞を続けていくのではないだろうか。

企業は、あくまでも企業としての合理性に基づいて行動するのだと思う。
今問われているのは、それが必ずしも国家の合理性と整合しない時に、日本人・日本社会はどう舵を切るのか、ということではないかと感じている。そこで求められるのは、リーダーシップかもしれないし、あるいは社会形態そのものの変革だったりするのかもしれない。その意味では、著者の思索の「その先」にこそ、本当は興味があるところです。

Saturday, January 29, 2011

目標

さて、今更ながら今年の個人的な目標を、ここに書き留めておきたい。
まずは英語。半年間で、TOEICを860まで持っていきます。
もうこれは願望ではなく、決意表明。出来なかったら恥ずかしいけれど。
もう1つは、ラグビー。
名古屋大コーチとして、昨シーズン以上のチームへと飛躍させていきたい。
そして東大との定期戦は、申し訳ないけれど勝たせてもらいます。

随分長い間、blogを更新できていなかった。
新しい1年の決意を書くつもりだったのに、気づけばもう1月が終わろうとしている。
やっぱり、思い立った日に書かないとダメだね。

2011年という1年は、おれにとって本当に大切な1年になると思う。
というよりも、必ずそうしてみせる。
何故だか分からないけれど、人生が動き出している感じがするんだ。
人生というと大袈裟かもしれないけれど、今後30年の自分自身の生き方を左右するような、道筋は見えなくても、歩き出す方角が定まっていくような、そんな時期に差し掛かってきているような気がする。まさに「今」なのだと、いつも思っている。

最近は、多少波乱含みの仕事が多い。
今週は特に酷かったので、1時間程度しか寝られない日もあった。
でも正直なところ、忙しいという感じはさほどしない。
冷静に考えてみると、自分自身の判断と行動で動けることが、ある程度まで増えてきたのが大きいと思う。結果がどうであれ、自分で納得して受け入れられる、ということが増えてきた。自分がオーナーシップを取れば、忙しいと思うこともさほどない。

今でも失敗や早合点は少なくない。結論を出さない会議が嫌いなので、徹底的に結論を求めようとして強引だと言われることも多い。「難しい」に代表される「対案なき消極的否定」も好きではないので、否応なく自分で対案を考えることになる。(そして「会社」という場では、更にPowerPointへの落とし込みまで要求される。)
でも、そういうプロセスは結構楽しい。
自分を変えていく、或いは自分の色をより鮮明にしていくための機会かもしれない。

今できることは何だろう。
本当は考えるまでもなくて、納得できる答えは1つだけなんだ。
それは、できること全てに必死になること。
処世術を考える暇もないくらいに。
組織の理不尽や不合理を嘆く暇もないくらいに。
「所詮サラリーマンだから」という大嫌いな言葉を聞き流す暇もないくらいに。

日頃から一緒に仕事をしている先輩が、タクシーの車中で呟いていた。
権限がない立場で人に動いてもらう為に、人格者を目指したいのだと。
冗談交じりの言葉なのだけれど、おれの考え方は違うんだ。
そもそも人は、権限だけで単純に動かされるようなものじゃない。権限に対しては、面従腹背が世の常だ。

人を動かすのは、人の必死だと思う。
仲間の必死のために、自分も必死になるのがチームワークだと思う。
会社がつまらない人間ばかりなら、自分が隗になればいい。
(そんなこともないと、おれ自身は思うけれど。)
必死というと重苦しいけれど、たぶん本質はすごくシンプルなことなんだ。

きっと、ラグビーのようにすればいいんだよね。

Monday, October 18, 2010

detail

10月17日、日曜日。東海学生A2リーグ、第3節。
名古屋大 65-5 南山大(14:00K.O. @長良川球技メドウ)

今シーズン4試合目で、ようやく初勝利。
力量差のある相手ではあったけれど、きちんと勝利できたのは良かった。
きちんと、というのは点差ではなくて、チームの方針を意識して闘えたということだ。後半にリザーブとの入替をしても、ゲームは安定的にコントロールできていた。恒常的に2チームを構成できず、どうしてもBチームの経験が蓄積できないチーム事情を考えると、これも収穫だった。

とはいえ、本当に大切なのはこの先だ。
東海学生リーグはやや特殊な構成となっていて、6チームで構成されるA2リーグの中から上位2チームがA1との入替リーグに望み、残る4チームで総当たりの順位決定リーグを闘うことになる。最終的なリーグ順位はこれによって決まるのだが、要するに同じチームと2回闘う必要がある訳だ。つまり、相手の力量や手の内をある程度知った上で、如何にして再戦をモノにできるかが問われることになる。

A2というリーグをみると、南山大を除いて、どこもチームの力量が拮抗している。現時点では中部大が頭1つ抜け出しているが、彼等でさえ明確な力量差を持っている訳ではない。10回ゲームすれば、5勝5敗になるようなチームばかりだ。

チームが本当に強くなるためには、これを10勝に、少なくとも9勝1敗にしていかないといけない。このレベルの相手に1度勝つことは、実はそれほど難しくない。恒常的に、安定して勝てる力をつけるのは、それとは全く異なるレベルのことなんだ。
今年はもう可能性がなくなってしまったが、A1という上位リーグを目指すにはこのレベル、つまり「何度戦っても勝てる」レベルにまでチームを持っていくことが必要になる。

開幕戦からの3試合を振り返ると、どのゲームにも勝機はあった。
勝負の世界にifはないけれど、ゲームの綾次第では3勝していてもおかしくはない。
でも実際には、3敗している。紛れもない現実だ。これが何を意味するか。

まだ、ゲームの綾を取れない。これも1つの見方だろう。
でも本当は、綾で勝つレベルでは足りない。ベーシックできちんと勝たないといけない。
この差はとても大きくて、それに気づかないと、「上位リーグ昇格」を本当の意味でのチーム目標に設定できない。チームが拘るべき「ベーシック」をどこに設定するか、自分達自身を追い込む目線の厳しさは、こんなところから決まってくる。

今シーズンに残されたゲームは4試合。
来週の淑徳大戦を終えると、A2の順位決定リーグが始まってくる。
この4試合をきちんと勝ち抜いて、チームを1つずつ高めていかないといけない。
昨シーズンよりも順位を上げて、名古屋大のベーシックを確立していくことが大切だ。

そのために必要なのは、実はとてもシンプルで単純なことだと思っている。
detailに拘ること、これに尽きる。
ブレイクダウンで低くヒットする。倒れない。
プレーが終わったら、すぐ次のスタートを切る。
抜かれないタックルではなくて、倒すタックル。倒した後、自分が先に起き上がる。
ダウンボールを丁寧に。SHのために、優しくダウンボールする。
SOがキックした瞬間に、チェースするCTBはトップスピードになっている。
SHは自分の手からボールが離れた瞬間、次のポイントに向けてスタートを切っている。

結局のところ、ベーシックというのはこうした小さなdetailの蓄積でしかないんだ。
だからこそ、小さなコンテスト、小さなサポートプレーに妥協しない。ゲームの綾というのは、実はこういう小さな局面の中にこそ転がっていることが多い。これを常に相手よりも1歩早くモノにしていくことで、チームに自信が生まれてくる。それが22人全員に広がっていくことで、チームの厚みになっていくんだ。ベーシックとはそういうもので、これを80分間継続できる実力をつけていかなければいけない。
そして、そのためにすべきことは分かりきっている。
日々の練習において、detailに徹底的に拘っていくことだ。

練習のクオリティを決めるのは、detailなんです。

Monday, September 13, 2010

トイレの神様

植村花菜さんというシンガーのことが、以前から好きだった。
荒井由美の名曲『やさしさに包まれたなら』のカバーを聴いたのが最初だった。
http://chainmusic.blogspot.com/2006/05/blog-post.html

先日、日本経済新聞社の現役デスクと元記者の方による社内研修があった。
その時に配布されたテキストの末尾に、日経MJヒット商品番付が掲載されていたのだけれど、2010年上期のランキングの一番下に、小さく彼女の名前があった。
「トイレの神様(植村花菜)」って。

研修の中で触れられることも、グループディスカッションで誰かがコメントすることもなかったけれど、とても気になった。『やさしさに包まれたなら』のシングルを買って何度も聴いたのは、もう4年前のことだった。最近では声のない音楽ばかりを聴いていて、あの時買ったシングルを聴くことは、もうほとんどなくなっていた。その後、成長著しい帆南がCDの棚に手を延ばしてしまうこともあって、リビングに置くCDの枚数を減らしてしまい、もう今では、日常的に流しているCDの棚に置いてさえいない。でも、素敵な声の女性だったなぁと、とても嬉しい気持ちになった。

今日、折角の日曜日にも拘らず、軽井沢で合宿研修があった。
アントレプレナーセンター代表取締役社長の福島正伸氏による講演を聴いて、本当は1泊した後、翌日のセッションに臨むところを、業務が入ってしまった為に、夕方過ぎで軽井沢を後にした。新幹線で東京に戻り、晴海のビジネスホテルにチェックイン。晩ご飯をコンビニで買った弁当で済ませると、PCを立ち上げてちょっとした仕事に取り掛かった。

そうしたら、何故だかトイレの神様のことが気になって。
You Tubeで聴いたんだ。

トイレの神様/植村花菜
http://www.youtube.com/watch?v=Z2VoEN1iooE

泣けてしまうような、とても素晴らしい曲だった。
だから今晩は、もう十数回もこの曲をリピートしてしまっている。
4年前にblogに書いた感想は、今でも変わっていなかった。
じんわりと沁み込んでいくような歌声。声そのものが、もう本当に魅力的だ。
詩も勿論良いのだけれど、ただの詩ならば読めばいい。
やはり声だと思う。声が、詩を本当に良いものにしているような感じがする。

聴いてみてください。
きっと、何度も聴きたくなってしまうと思います。

Monday, August 30, 2010

Open Officeと野村誠

この週末は、帆南を連れて2つのイベントに参加した。
どちらも楽しくて、良い思い出になりました。






まずは金曜日。
この日は会社の"Open Office"に家族を招待したんだ。
毎年このくらいの時期に開催されているOpen Officeだが、参加するのは今回が初めてだった。帆南も1歳7ヶ月を過ぎて、かなり自由に動き回ったりできる頃なので、ちょうど良かったかなと思う。
名古屋事業所は規模も小さいので、子供向けの企画は2つだけだったけれど、自分で簡易プログラムを作って玩具のクルマを走らせる"ROBOLABO"は、小学生くらいの子供達が楽しそうに遊んでいた。当然ながら帆南にはまだ難しいのだけれど、プログラムの制御でくるりと方向を変えるクルマに興味津々の様子だった。その後、自席のあるフロアまで上がって、日々お世話になっている2人の秘書さんに挨拶に行くと、最初は少し緊張気味だった帆南もすぐに2人に慣れてしまって、もう大喜びで遊び回っていた。ヒトが少なくてかなり寂しい名古屋のフロアだけれど、ある意味ではおおらかな場所でもあって、こういうイベントでは、フロア全体が1つの家族のような優しさがある。そんな訳で、どこか温もりの感じられる楽しい1日になった。






そして、土曜日。
今度はあいちトリエンナーレで展開されているパフォーマンス・アートの1つ、野村誠さんの『プールの音楽会』に参加してきた。愛知芸術文化センターの近くにある富士中学校の3階建て校舎の屋上プールが、その舞台。25m、5レーンの小さなプールに100名の観客を集めて、野村誠さん率いる総勢12人のパフォーマーが5曲を「演奏」するのだけれど、なかなか楽しい音楽会になった。
クロールやバタフライで泳ぐスイマーのキックやスクロール。跳ね散る水飛沫。飛び込み台やプールの縁を叩く音。プールの中を歩きながら演奏されるピアニカやリコーダー。小さなプールの中で作り出される様々な音が集められて、1つのパフォーマンスとして構成されていく。観る方も真剣勝負といったぎりぎりの感じでは全くなくて、むしろ肩の力を抜いて、パフォーマー自身が「楽しみながら演じる」ということに重きを置いて、「楽しむ」ということ自体を伝えようとしている感じだった。
30分程度の短い音楽会だったけれど、ところどころユーモアもあって、素直に楽しみながら観ることができた。誰かが作ったゲームがなくても、お金をかけなくても、こんな些細なことでヒトは真剣に遊べるんだよ、って。

ちなみに、屋上プールというのがまた良かったんだ。
あの小さな飛び込み台。中学校のプールでさえ、飛び込み台ってあんなに低かったかなあ。そして、太陽の光をたくさん浴びて、きらきらと光り輝いていた水面。中学生の頃をもう思い出せないけれど、あの時、プールはこんなにも綺麗だったのかなあ。

なんだかとても、いい感じだった。
あの屋上のプールが。

Saturday, July 17, 2010

モリコロパーク

帆南を連れて、パートナーと3人でおでかけに。
向かった先は、愛・地球博記念公園。通称モリコロパークだ。
http://www.aichi-toshi.or.jp/park/park(HP)/morikoro/index.html

2005年の愛・地球博以来なので、訪れるのは5年振りになる。
訪れてみて、特に万博を思い出すこともなかったけれど、とても楽しかった。

公園内に、愛知県児童総合センターという施設がある。
http://www.acc-aichi.org/
リニモの愛・地球博記念公園駅を降りて、最初に向かった先がここなのだけれど、かなり遊べる場所で、もう満喫してしまった。 床下に潜れる穴があったり、中2階をぐるりと囲んだトンネルへと繋がるタワーがあったりして、子供にはもう堪らない。ようやく1歳6ヶ月の帆南には少しばかり難しいものが多いけれど、大人が一緒ならば十分遊べるし、そもそも大人にとっても楽しい。ラクダのこぶのように盛り上がった黄色の小さなスペースがあるのだけど、帆南と同じくらいの年齢から小学生未満くらいまでの子供が、本当にたくさんいて、それぞれに走り廻ったり、すべり台のようにして滑って遊んでいた。ただそれだけのことなのだけれど、子供達は本当に楽しそうで、見ているだけで微笑ましくなるね。
パートナーとも話したのだけれど、子供が産まれてから今日までに訪れた場所の中で、最も遊びやすくて楽しいスペースの1つだ。大人の発想でできた電気の「オモチャ」で無理に子供を遊ばせようとするのではなくて、子供がただ自然に走って、潜って、隠れて、滑って、ごろんと横になって、そういったことをそっとお手伝いしてくれるような造りが、とても気持ちいいなぁと。特別企画のようなプログラムもかなり豊富にあるようなので、また日を改めて遊びに来るつもりだ。

さっと昼食を食べた後、今度は児童総合センターのすぐ傍にある愛知国際児童記念館へ。家を出た時には知らなかったのだけれど、ちょうど今日から「借りぐらしのアリエッティー展」が開催されていて、折角の機会なので見に行ったんだ。遊び疲れた帆南はベビーカーで眠ってくれていたので、落ち着いてゆっくりと見ることができた。
全体としては小さな展示なのだけれど、本当に良かった。
製作資料として展示されていた何点かのラフスケッチが素晴らしかったんだ。
クロッキーかなぁ。すっと引かれた線が本当に美しい。そして、添えられたメモがまた魅力的で、人間味に溢れた温かい思いが感じられる。繊細な年頃の少女の表情を、とても丁寧に、心の動き方のディテールまで注意を向けながら、1つひとつ描いているというのが、ある意味ではラフスケッチゆえに伝わってくるのかもしれない。
綺麗なスケッチだったなぁ。

ちょうどタイミングも良かったけれど、本当に良い公園です。
1日では廻り切れないので、もう一度、公園の魅力発掘に行かないと。

Wednesday, July 07, 2010

ENGLISH

最近、英語の社内公用語化が話題になっている。
楽天やファーストリテイリングといった企業の事例が報じられているが、企業活動の全面的な英語化については賛否両論あるようだ。

今日、担当しているお客様の常務を訪問する機会があった。
サービス事業を担当しているアメリカ人の専務自らが、お客様先を訪れた。
外国人役員との同行コールは、営業職としての8年間で初めての経験だった。

お客様も最初はやや緊張気味だったが、既に馴染みのある日本人の執行役員が同席していたことに加え、通訳の方の丁寧な対応もあり、お客様コールそのものは穏当に流れ、申し分のないものとなった。英語そのものを極めて慎重かつ緩やかに話してもらったことも大きかったと思う。ただ、こうして実際にコールに同行してみて、自分自身の置かれた状況が明確に変化してきていることを改めて実感した。大きな潮流としては随分前からはっきりしていたことで、今更気づくようなことでもないのだけれど、ドメスティックにビジネスを展開されている企業の役員に対して、このようなコールをセットする機会は極めて稀なのが正直なところだ。それゆえに、ある意味では「保護されていた」にすぎないのだけれど。

要するに、お客様へのサービスを組成する上で、重要な決定権限を持つ人間が、外国人役員にシフトしている訳だ。ほぼ国内市場に閉じたビジネスを展開されているお客様であっても、外国人役員が総責任者として「お客様のダイレクトな声」を聞こうとするのは、会社が提供する「サービス」自体がグローバルの枠組みの中で組成されているからに他ならない。システム開発の世界では、中国やインドの技術者を活用したオフショア開発が既に一般的になっているが、こうしたデリバリー・スキームのグローバル化に留まらず、プライシングやマネジメントそのものがグローバル化している。

国内をメインとする「現場」では、 英語への抵抗は依然として強い。
「英語はできても、仕事ができない人間」というのが、格好の標的にされている。
でも、もう今後は逆が成立しなくなるかもしれない。つまり、「英語ができなくても、仕事ができる」という状態が想定しづらくなるかもしれない。
英語ができないということは、ドメスティックなビジネスを展開されているお客様に対してさえ、必要な「サービス」を組成するための直接交渉力を、社内で持っていないということだ。自分の担当するお客様にとってのベストを纏め上げるために、英語ができる人間による代理交渉が必要になる。正直、これでは仕事の醍醐味も、更には「仕事力」そのものさえ、大きく毀損してしまうだろう。

英語公用語化の是非は知らない。
ただ、安易な批判の前に、個人としての準備が必須かもしれない。
なかなか巧くならないけれど。

Saturday, July 03, 2010

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7月3日、土曜日。
オール東大 32-7 Imperial College London(16:00K.O@駒場ラグビー場)

ずっと楽しみにしていたゲーム。きちんと勝利できて、まずは良かった。
怪我人が出たこともあって、CTBで80分間フル出場となったが、フルでプレーするのは本当に久しぶりで、さすがにかなり疲れた。ノックオン2回、イージーなタックルミスもあって、個人的な出来は散々だったけれど、最低限の仕事はできたかなとも思う。

こういう体験を、東大ラグビー部として大切にしていきたい。
一昨年のエジンバラ大戦に続いての国際交流マッチ。まさにラグビーの醍醐味だ。
そして、現役・OB混成チームで戦うということ。これも極めてラグビーらしい、素晴らしいことだ。急造メンバーでも本気で勝ちに行く。難しいことはできないけれど、低いタックルと素早い出足で止める。OBはフィットネスに不安があろうとも、自分達が学生の頃に練習してきたプレーに拘って、今できることをする。今の東大にとって、様々な意味で経験値を積むきっかけになったのではないかと思う。
スターター15人の中で、現役のメンバーは4人。留年組を含めると7人になる。最近は現役のレベルが落ちてきていると言われているけれど、今日のゲームでは皆、良いプレーをしていた。周囲のプレーヤーが変わると、発揮される個性・パフォーマンスも変わってくる。OB側にとっても、普段は共にゲームに出ることのない現役メンバーとプレーすることで、彼等からエネルギーをもらうことができる。現役の選手と一緒に本気でゲームをできるのは、おれたちにとっても嬉しく、そして単純にとても楽しいことだ。

同期では、宋が前半のFLで出場した。
開始早々のキックオフであまりに美しいアーリータックルを決め、即座にシンビンを喰らっていたけれど、グラウンド内外での存在感は相変わらずだった。今でもプレーを続けている最後の同期。一緒に試合をする機会はめっきり減ってしまったが、そういう意味でも今日は楽しかった。

また次の機会のために、トレーニングしないと。
こういう貴重なゲームに召集してもらえることを幸運と思って。

高校時代

昨晩は、久しぶりに高校時代のラグビー部の仲間数人が集まって、東京駅構内の蕎麦屋で軽く呑んだ。おれは少々遅れて参加したのだが、ラグビー部時代の思い出話が次々に飛び出して、かなり楽しかった。感傷ではなくて、高校ラグビーというのは、何度聞いても笑いが止まらない逸話が本当にたくさんあるものなんです。これは母校時習館だけではなくて、多くの高校チームには、似たようなエピソードが幾つも転がっているだろうと思う。

初めての試合でチャンスにふとボールが渡ってしまい、どうすれば良いのか分からず、まだディフェンダーは誰も来ていないのに、何を血迷ったかいきなり地面に倒れ込み、「ラック」と叫んで綺麗なダウンボールをした後輩がいた。「1人ラック」というこの伝説のプレーは、今でも語り草になっている。ラックドリルに忠実にプレーするのは、如何にも真面目な時習館らしい。

モールサイドを突破しようと、ボールを持ち出してサイドアタックを仕掛けようとした瞬間、先輩の発した「行くな」の声に気圧されてすごすごとモールに戻り、アクシデンタル・オフサイドを取られた同期がいる。彼は、意図的に笑いを取るのは全くもって不得手だが、行動そのものが誘う笑いには素晴らしいものがある。とある練習試合で彼は、ポスト正面からの相手コンバージョンをチャージしようと果敢に走り出した。次の瞬間、相手キッカーの明らかなミスキックが超低弾道で彼の頭を撃ち抜き、どう考えても入るはずのなかったキックが、見事に上方へと弾道を変化させて入ってしまった。この奇跡は「ラグビー界初の自殺点」と呼ばれ、おそらくギネスブックにも申請できるだろう。

自分でも忘れていたエピソードも出てきた。当時おれはチームのキャプテンをしていたのだけれど、ある時、試合中の「チャンス」コールについて、みんなに提案をしたんだ。俺達は、相手がミスすると「チャンス」と言うが、実際にはほとんどチャンスになっていない。俺達レベルのチームにとって、相手のミスは本当は"Chance"ではない。"Opportunity"でしかないんだ。「オポチュ」なんだ、と。それで俺達は、暫くの間、練習の時にミスが起きると「オポチュ」と叫んでいた。今聞いても本当に馬鹿らしくて、また当時のおれがいかにも言いそうなことで笑えてくる。

東大ラグビー部に入ってから宋に聞いた灘高のエピソードも面白い。
当時はショートラインアウトが流行り出した頃で、4menや5menといった配置をどこのチームも取り入れていたのだが、灘高では、それならば2men(ツーメン)でもいいじゃないかという話になったそうだ。そこから議論は更に発展し、極論すれば1men(ワンメン)でもいいのではないか、と言い出す奴が現れた。すると「いや、ワンはメンじゃねえよ」という適切な突っ込みが入り、一旦「ワンマン」となったところで、「その場合はa man(アマン)じゃないのか」という灘高らしい知的な突っ込みが続いて、最終的に「アマン」というサインが生まれたそうだ。ラインアウトはルール上、1人では成立しないので、ゲームでは勿論レフリーに止められたという。

他にも次から次へとエピソードが溢れてくる。
高校ラグビーほど愉快な場所はないかもしれない。本当に楽しい思い出ばかりだ。
当時は「本気で勝負する」ということの意味を、まだ知らなかった。勝利に対して本気で拘っていたとは言い難く、気づきさえあれば、本当はもっと違うラグビーが出来たのかもしれない。でも、自分達で創っていったチームは、とても楽しかった。自由だったし、(自分自身を含めて)脇道が好きなちょっと独特なキャラクターが多かった。そして、少なくとも一生懸命ではあった。
あの自由気儘な学校で偶然始めたラグビーを、今でも続けているのだから、人生は分からない。「オポチュ」コールを採り入れていたような人間が、大学・社会人での決定的な体験を通して、一廻り下の学生と今でも一緒にグラウンドにいられるのだから、ラッキーだったなあと思う。

いつか機会があれば、高校ラグビーの世界もいいかもしれない。
今度はコーチとして。

Tuesday, June 29, 2010

小さくても。

何人かの友達から、パワハラ被害の経験を聞いたことがある。センシティブな話題なので具体的なことを書くつもりはないけれど、少なくない数の同年代の仲間が、近しい境遇を経験しているような気がする。

自分自身は、今のところ幸いにも内輪でのハラスメントはなく、個人の裁量をある程度尊重してもらいながら仕事できる状況ではある。別の要因で生じた軋轢で苦しんだことはあり、それは個人的にはとてもしんどい経験だったけれど、逃げ場を見出せない内部のハラスメントの辛さはきっと比較にならないレベルのものだろうと思う。

今まさに悩んでいる友達もいる。
本当に酷い。許しがたい環境に置かれている。

正面切って戦えない状況にいることを知った上で、そういう人だけを確信犯的に狙い撃つように人格攻撃を仕掛ける。パフォーマンスそのものではなく、人格にまで踏み込んでくるのが、この手のハラスメントの常套手段だ。おれの友達のケースに関して言えば、パフォーマンスにさえ問題があったとはとても思えない。

思い出した言葉がある。
観点は違うのだけど、宋文洲さんの言葉だ。

『信じていたことも、信じなくなることも、いいことだ。
それが真剣に考えた結果であれば。』

逃げられるならば、逃げるのも大切な選択肢だと思う。真剣どころか、絶望的な状況で苦しんだ末の逃避を、否定するものなんて何もない。でもきっと、すぐには逃げることさえできないことの方が多いような気がする。
だからこそ、せめて「気持ちの逃げ場」だけはあってほしいなあと思います。小さくても、ひとつだけでも。


Thursday, May 13, 2010

ボルダリング

先週のことだけれど、初めてのボルダリング体験に行ってきた。
折角取った休暇に雨が降ってしまったので、屋内で楽しめることをしようと思って。
探し当てたのは、名古屋市天白区にある「クライミングジム・エイム」だ。
http://www.climbing-aim.jp/index.html

初めて中古カメラ店に行った時の雰囲気に、少し似ていた。クライミングをこよなく愛する人達が、静かに大切に守っている場所のような感じがして、門外漢の素人に邪魔されたくないといった空気をどこか感じてしまう。
クライミング用のきつめのシューズとチョークを借りて、ジムオーナーの少々分かりづらい説明を受けると、あとはただ登るだけ。数メートルの壁を前に、初心者向けのコースを探しては登り、また次のコースを探しては、登る。壁そのものは数面あるのだけれど、初めての人間が登れるコースは限られてくる。少しでもコースの難易度が上がるともう登れなくなってしまうので、結果的に何度も1つのコースに挑戦することになる。

この極めて単純な営みが、やり始めてみると、とても楽しかった。
最初に感じた若干の据わりの悪さのようなものも忘れて、熱中してしまった。
わずか数メートル、1つのコースで利用するホールドは数個程度のものなのに、とても難しく、そしてかなり疲れる。特に、握力と前腕部の消耗が激しい。結局、2時間近くも続けてしまったのだけれど、休憩を挟みながらでないと、とても続かない。
でも、やっぱり楽しいんだ。
悪戦苦闘しながら1つのコースを登り切れた時の、嬉しさと爽快感。
ただ登る、というシンプルな身体動作の中にある、遊びの原点のような感じ。
ある種の人達が取り憑かれてしまうのも頷ける。
帆南を連れていったので、残念ながらパートナーと一緒に登ることはできなかったけれど、家族や友達、仲間と一緒に挑戦すると、もっと楽しめるような気がする。
いつか帆南も登るかなぁ。

ちなみに、ボルダリングはラグビー選手のトレーニングとしても良いかも。
基礎的な身体能力と、身体の使い方を体得できるのではないだろうか。
ウェイトトレーニングを否定するものではないのだけれど、本当にグラウンドで要求されるパワーや身のこなしというのは、こういったより原始的な所作の中にこそあるような気がします。元木さんが穴を掘ったように。

Saturday, April 10, 2010

Taga

Tricycleって、知ってますか。
パートナーがずっと欲しがっていたオランダの子乗せ三輪車が、遂に届きました。
http://www.taga.nl/intro.asp

車を持たない生活をしているので、子供が産まれてからは、パートナーの行動範囲がとても狭まってしまっていた。帆南も1歳を過ぎて、普通に歩けるようになったし、電車に乗ってもおとなしくしているので出掛けることは出来るのだけれど、ちょっとした日々の生活の中で、気軽に足を運べるエリアとなると、どうしても徒歩圏内となってしまっていた。気分転換も難しかったみたい。
育児の苦労も絶えない日々に、少しでも潤いと楽しみを添えたいという思いもあって、ずっと前から2人で自転車を色々と探していたのだけれど、世界には本当に沢山の子乗せ自転車があって。
Zigo、Nihola等、見ているだけで楽しくなるデザインに憧れていた。
http://myzigo.jp/
http://nihola.info/da/nihola+cykler/nihola+low/

そんな中、最終的に選んだのがTaga。デザイン性やサイズを考慮すると、最も実用性を備えていると感じたのが決め手になった。前方が二輪なので、当然ながら通常の自転車と比較すると幅も広くて場所を取るのだけれど、Tagaの場合はベビーカーとしても使えるようになっていて、ベビーカー・モードにしてしまえば、比較的狭いスペースでも置いておける。一応、実車も確認した上で購入したのだけれど、実際に届いてみると、さほど不便なく使えるレベルかなと感じている。
名古屋の市街をどの程度走れるものか多少の不安はあったけれど、今のところ特に問題もなく、気持ちよく走れている。帆南も心地よいらしく、一度乗せて街を走り出すと、もう降りたくないようで、降ろす時にはいつもぐずっている。

自転車道がきちんと整備されているオランダで生まれた製品で、まだ日本では取扱いも少ないのが現実だ。国内の販売代理店も数店あるけれど、結局は個人輸入で購入した。現在の為替だと、代理店経由よりも遥かに安価に購入できるし、対応してくれたオランダのセールス・マネージャーはとても丁寧で親切だった。納期も非常に短くて、送金完了から1週間以内で届いてしまった。便利な時代になったなぁと、本当に驚いてしまった。

パートナーがよく言うのだけれど、日本の子乗せ自転車は「母親が乗る」ことを前提に作られているものばかりだ。いわゆるママチャリのハンドル部分に子乗せシートを装着して街を走る母親の姿はよく見掛けるけれど、父親が子供を乗せて自転車で走っている姿はまずお目にかかれない。
勿論、Tagaのメインターゲットも母親だろうけれど、父親が乗って格好良いデザインだと思う。日々の暮らしの中では主にパートナーが使うことになるけれど、週末はおれが乗り廻したい。サイドバックにマグを入れて、ロディのヘルメットをかぶせたら、名古屋大が練習している山の上グラウンドまで、帆南を連れていけるかも。

Sunday, March 28, 2010

cycling

3月29日、日曜日。
パートナーと一緒に、帆南を連れて名城公園に遊びに行ってきた。
多くの花見客が昼下がりの時間を過ごしていて、なかなか賑やかだった。
帆南には離乳食のお弁当を持っていって、自分達にはパンを幾つか買って持っていって、ささやかなランチだけれど気持ちよく楽しめた。帆南は最近になって食欲が旺盛になってきたけれど、屋外に出ると、一層元気よく食べる気がします。外の空気は、やはり気持ちいいんだろうね。

さて、本題はランチの後のこと。
名城公園内には全長1.3kmのサイクリング・コースがあるのだけれど、このコースを活用して、日曜日には「名城自転車天国」という催しが行われているんだ。
http://www.keirin-njk.com/nasiro/index.html
パートナーは以前から知っていたようだけれど、おれ自身は今日までこの催し自体を全く知らなかった。公園内に足を踏み入れてみると、ナンバープレートをつけた自転車が至るところを走り廻っていて、結構すごい台数だった。
受付会場で聞いてみると、わずか500円で何度も自転車を借りて遊べるとのこと。
勿論、やってみました。
まずは、以前から乗ってみたかったタンデム。パートナーが以前欲しがっていたタイプの自転車なのだけれど、乗ってみると結構難しい。本来2人乗りのところ、チャイルドシートまで装填して3人で乗ってみると、特に後部側(ストーカーというらしい)がバランスを保つのに、少々苦戦する。そういう意味では、実用性は高くないだろうし、スピードを出して街を颯爽と走るようなものではないけれど、ただ、とても楽しい。チャイルドシートもレンタルできるので、家族で一度乗ってみるのはお勧めです。
そして、ジョイフル。ペダルとサドルがなく、身体をスプリングのようにしながら後輪を回転させて走る自転車で、これも初めて乗ってみた。小学生くらいの子供達が見事に乗り廻しているのが本当に楽しそうで、見ているだけで微笑ましいのだけれど、乗ってみるとこれも結構難しい。子供の方がかなり上手くて、おれは相当下手だった。悔しいので、一応おれの中では「体重が一定以上あると不利な自転車だ」という結論にしている。ちなみに、パートナーは結構上手だったね。
更には、前輪車軸にペダルを取り付けたミショー型と呼ばれる自転車まであって。
http://www6.atwiki.jp/piro/pages/1332.html
事務局の方に「何でも挑戦するねぇ」と笑われながら、勿論乗ってみた。
そして、これまた面白い。結構ぶれるけれど、十分走れる。ブレーキが片側しかないので最初は少し不安になるけれど、そもそも前輪しか廻らないのだから当然だ。これも街では走れないだろうけれど、乗っているだけで厭きない。

そんな訳で、1時間近くも自転車で遊んでしまった。
こういう遊びがやはり一番面白い。
ただ「乗る」というとても原始的な行為なのだけれど、それがとても心地よい。
また行ってみよう。

Friday, February 19, 2010

ロッカー

同期と珍しく食事をして、また終電。
終電に乗ると、blogを書きたくなります。

東京で午後から予定されていた社内会議のために、少し早めに新幹線で移動。日本橋まで足を延ばして、1人で鶏料理「ぼんぼり」のランチを食べていると、店内に流れてきたのは川村結花さんのカバーによる『夜空ノムコウ』だった。
この曲を書いたシンガーソングライター、知ってますか。
ちなみに作詞はスガシカオです。

カウンターで食事をしていたのが自分ひとりだったこともあって、妙にしんみりしてしまった。学生の頃、今ではさっぱり使われなくなったMDで何度も聴いた川村結花さんのカバーも懐かしくて。『unforgettable』とか、すごく好きだったのを思い出します。

「あの頃の未来に、僕等は立っているのかな」とスガシカオは問いかけるけれど、あの頃の自分には未来なんてなかった。本当に、ただ「今」しかなくて、今を必死に生きていた。言葉にしてしまうと恥ずかしいけれど、本当にそんな感じだった。とにかく喰らいついていかなければ、明日は自分のロッカーがなくなっているかもしれない。大柄な男の身体ひとつと、多少の荷物が収まる程度のほんの小さなロッカーを守るために、毎日がバトルだった。
小さなロッカーが、当時の自分には全てだった。
そして掛けられたネームプレートは、ある種の自己証明だった。
おれ、まだここにいます、って。

もっと必死に生きられる。
フィジカルな世界よりも多少分かりづらいけれど、自分の居場所はやっぱり、自分で掻き分けて、掴んで、喰らいついて、そして繋ぎとめるものだ。
居場所は、そこにずっとある訳じゃない。
スガシカオのように感傷はできない。妥協も感傷もしている余裕さえなかった当時が、今の自分の原点のはずなんだ。20代の貴重な時間を捧げて学び取ったはずのことを、簡単に忘れていてはいけない。

妥協している暇さえないような人生を。
妥協しない、ではなくて。

Wednesday, February 10, 2010

No Excuse

Twitterでつぶやかれた孫正義さんの言葉。

『言い訳は、解決への執念を鈍らせる。』

まさしくその通りだと思う。
「執念」という言葉の選択が、孫正義さんのイメージにとてもしっくりと馴染む。

自分の日々の言葉を思い返すと、幾つ言い訳があるだろう。特にステークホルダーが多岐に渡る仕事をしていると、前提であったはずのことが、いつしか「できない理由」へとすり替わっていく。

前提を理由にしてはいけない。
学生時代にラグビーで学んだことだ。
同じことを繰り返さないためのプロセスを、日々同じように繰り返す。
これもラグビーで学んだ。

もう学んでるはずなんだ。
砂場ではなく、駒場のグラウンドで。

Friday, February 05, 2010

confidence

毎朝楽しみにしているメールマガジン「ハロー!株式」で見つけた名言を。

人を信じよ、しかしその百倍も自らを信じよ。― 手塚治虫

学生時代に肌身で知ったことがある。
自信を持つのは簡単じゃない。より正確には、自信を裏付けるのは簡単じゃない。
恐怖や不安、苦悩や絶望の淵に足が掛かり、心が折れそうになった時に、それでも最後まで自分を支え、拠って立つべき根拠として自らを奮い立たせてくれるもの。
自信とはつまり、そういうものだと思う。
生半可な自信など役に立たない。自尊を守れない自信に何の価値があるのか。
だからこそ、本来の意味での自信を持つのは容易ではない。
努力というと誤解を招くかもしれないが、自分自身の寄る辺を確立するための不断のプロセスがあって初めて、自信は裏付けを持つのだと思う。
そしてそれは、きっと一般的に想像されるような苦行ではないんだ。苦行でないからこそ、苦しいことに向かっていけるのだと思う。このニュアンスが重要なところだ。

手塚治虫さんは、人よりも百倍も濃厚なプロセスを生きていたのだろう。
この短い言葉の裏に、その熱く深い裏付けを感じずにはいられない。

Wednesday, February 03, 2010

シナリオ

iPhoneアプリから初めての更新。
これで書ければ、更新しやすくなるかも。

東京駅から、最終の新幹線で名古屋に向かっている。最終電車というのは、それだけでどこか感傷的なところがあって、どうしても1日を振り返ってしまう。勿論それは、悪いことではないけれど。
毎日色々なことがあるけれど、思惑通りに進むことは殆どなくて、いつも自分の算段を越えたところで物事が動いていく。営業の仕事をしているとよく「シナリオ」という言葉が使われるのだけれど、シナリオ通りに事が進まないのは、シナリオの練り込みが足りないのかもしれない。

「シナリオ通りの人生はつまらない。」
どこかで聞いたようなフレーズだ。
きっとそうだろう。
でも、シナリオを描こうとさえしない人生だって、きっとつまらない。
うまく描けなくても、自分の進む道筋は自分で描きたい。外れてばかりのシナリオだったとしても、描き続ける意志を放棄したくはない。
スタートはいつだって、ドラフト版のシナリオなのだから。

Tuesday, February 02, 2010

英語

久しぶりの更新。
随分書いていなかったなぁ。

つい最近のことだけれど、英語の勉強を再開した。
何度も挫折しているのだけれど、もう一度きちんと挑戦しようと思っている。
毎日英語に触れるつもりで、特にリスニングを改善していきたい。

本当は、英語で読んでみたい本が沢山あるのだけれど、ずっと怠っていた。
最近は小説を読む量が随分減ってしまったけれど、学生の頃、ポール・オースターの『幽霊たち(Ghosts)』を原語で読みたくて、ペーパーバックを買った記憶がある。
読み切れなかったなぁ・・・。

NYで活躍する大学ラグビー部の同期の言葉で、とても印象的だったものがある。
随分前のことだけれど、彼の一時帰国の折に、東京で仲間が集まって呑んだのだが、broken Englishでも十分にアメリカ人との交流はできるし、心を通わせることができるはずだと語る仲間の1人に、こう応じたんだ。
「でもそれは、ある一線を越えない。」

表現は正確ではないが、発言の主旨ははっきりと覚えている。
そしてその時に、そうだよなぁと素直に感じ入ってしまったことも。
言葉では表すことのできないことは、きっと沢山あるだろう。
でも、言葉でしか表すことのできないものだって、沢山あるはずだ。
言語化を志向することで初めて気づく非言語の領域。
その深さと繊細さを伝えることができるのは、結局のところ言葉かもしれない。


そこまで辿り着けなくてもまずはいいので、もう一度、英語を勉強してみよう。
1年後にはポール・オースターを読みこなせるように。

Monday, January 11, 2010

WMM

1月10日(日)
全国クラブラグビー選手権、準決勝。
駒場WMM 22-19 タマリバクラブ

本当に良かった。
スタンドで応援できなかったのが残念だけれど、本当に素晴らしいです。
スコアからも、なんとなくゲームの雰囲気が伝わってくる。きっと泥臭いラグビーで、小さな幸運を手繰り寄せて、底力を全て出し尽くして勝ったのだろうと思います。
六甲との決勝戦が楽しみです。
またきっと、全てを出し尽くして、勝ってくれるだろうと期待しています。
宋、おつかれさま。ラストゲームまで、頑張ってください。

Wednesday, December 30, 2009

iphone

ちなみに2日前、今年の総決算として、私用携帯を水没させてしまった。
忘年会の帰り際のことで、メモリも全て失われてしまった。
これから少しずつ、友達の連絡先を回復させていかないと・・・。

Softbank Shopで相談すると、修理に8,400円必要とのこと。
ちょうど端末分割払いも満了していたので、思い切ってiphoneに機種変更した。
在庫切れが続くiphoneだが、偶然にも即日入荷のモデルが1台あって。
そんな訳でこの2日間は、使い慣れないiphoneで、色々遊んでいる。
今更iphoneのレビューコメントなど古いと思うけれど、感じたことを書いておきます。

現時点の感想としては、かなり素晴らしい。
流行る理由がよく分かります。
まず非常に便利なのがWi-Fi接続。自宅が無線LAN環境だと、かなり快適な使用感だ。初期設定も非常に簡単で、WEPの設定さえ済ませればすぐに接続できる。
これをベースに考えると、Webの利用形態は今後大きく変わってくるかもしれない。iphoneに限らず、携帯の最大の魅力は起動が早いことだ。ブラウザ環境も美しく、画面サイズの制約はあるにせよ十分利用に堪えるレベルなので、一般的なインターネットアクセスにPCを利用するメリットは薄くなりそうだ。GmailやHotmail等のポピュラーなメール環境もセットアップが容易で、返信を書くのは多少手間にせよ、メールの閲覧に関しては、iphoneだけでほぼ十分だと思う。
RSSリーダーもかなり便利だ。今はブラウザ(Sleipnir)組み込み型のRSS Pluginを活用していて、これも非常に便利なのだが、iphone上でRSS feedを活用できるメリットは相当に大きい。特にオフラインで閲覧できれば、自宅のWi-Fiで最新記事をアップロードしておくことで、通勤等の移動時間帯にかなりの情報を捌けるだろう。首都圏の地下鉄ユーザーなどにとっては、非常に強力なツールになってくると思う。
echofon for twitterも導入してみたが、これも興味深い。twitterは、PCのブラウザから利用している限り、正直何が面白いのか全く理解できなかったけれど、iphoneのような携帯端末からクイックにアクセスできると、twitterの本来目指している面白さが出てくるのかもしれないと感じる。
ニュースサイトが提供している無料アプリケーションも非常に便利だ。新聞大手三紙が軒並み赤字になるのも頷ける。この流れは間違いなく加速していくだろう。特に速報性の求められるニュースなどは、iphoneのような端末からアクセスした方が圧倒的に早い。ちなみに、産経新聞に至っては、実際の紙面イメージそのままを閲覧することができる。ここまで来ると、産経は今後どうやって収益性を確保するつもりなのだろうかと、勝手に心配してしまう。まあ、紙媒体の方がやはり読み易いけれど。

いずれにせよ、このアプリケーションの充実度を見る限り、他携帯が追付いてくるのは当面難しいと思う。先行してオープンな開発プラットフォームを拡充して、開発者を囲い込んだことが大きい。無料アプリケーションだけでもかなりのことが出来てしまう状況になっているので、優位性はより強まっていく感じがする。
セカイカメラのようなアプリケーションまで無償提供されているのだから。

入力系は心配だったけれど、日常的な使用には問題ないかなと。
もう少し使い込んでみようと思います。

2009

ようやく2009年も仕事納めとなった。
残っていた重要事項も無事にクローズして、まずはほっとしている。

それにしても、この1年間は本当に色々なことがあった。
特に仕事ではとにかく苦悩した1年間で、何をやっても上手く行かず、お客様の信頼を大きく損なってしまうような重大なトラブルも重なり、初めて前が向けなくなりかけた。今日現在も全ての問題が解消した訳ではなくて、本質的な課題は来年度以降も続いていくのだけれど、これ以上の底はないのだから、少しずつ這い上がりたい。
辛かった時、沢山の人に支えてもらったことが、今年の貴重な経験であり、財産だ。
特にパートナーには、心から感謝しています。
第一子が産まれて、彼女自身が大変だった時に、ビジネスの場でダブルバインドに嵌まり込んでしまい、最悪の状態だった頃には、自分の目の前で子供が泣いていることにさえ気づけなかった。自分自身のミスから最初のボタンの掛け違いが生じて、板挟みの板を破ることも、逃げ道を見出すことも出来ず、完全に落ちていた。
初めての育児に悪戦苦闘しているパートナーをサポートしなければいけないのに、むしろ負担をかけてしまい、本当に申し訳なかったなぁと。でも、あの時支えてもらったからこそ、また前に進めるようになった。
本当にありがとう。

他にも、会社の携帯電話を水没したり、様々な場所で忘れ物をしたり、プレゼンテーションの場にPCを忘れたり、重要な案件で苦戦を強いられたりと、大小様々なミスやトラブルがあって、とても苦労した1年間だった。
まあでも、過ぎてしまえば全てが糧。この経験で、次また跳べばいい。

ちなみに昨日、そんな2009年を振り返りながら職場で雑談していたら、秘書さんがYahoo!の「0学占い」でおれの運勢を調べてくれたんだ。
http://legacy.fortune.yahoo.co.jp/fortune/zero/index.html
その結果がこれなのだけれど、見事なものでした。(赤が2009年)


2010年は、上昇気流の1st phaseです。
五里霧中の30代を、全速力で駆け抜けてみせます。

Monday, December 14, 2009

駒場

12月12日、土曜日。
前日が東京出張だったこともあり、随分久しぶりに駒場まで足を運んだ。
東大ラグビー部は入替戦観戦のため不在で、WMMの練習に参加してきた。
宋がいなかったのは非常に残念だったけれど、本間や山崎に久しぶりに会えたのは良かった。光将さんにも随分会っていなかった気がする。今年は本当に数える程しか練習に参加していないので、致し方ないけれど。

10時の練習開始に向けて、9時30分過ぎにグラウンドに到着したのだが、驚いた。
CTBの阿部選手が、フィットネスを兼ねて、ハンドダミーへのヒットを繰り返していた。
悲壮感のようなものはなくて、楽しそうだった。
あれ見て、他の選手はどう思ったんだろうか。楽しそうだと思わないのかなぁ。

ああいうのが、クラブにとっては最高だと、おれは思う訳です。
何にも強制されず、自発的意思に基づいて、楽しいから集まってくる。
そうすると、個人練習しているやつがいる。
それがなんだか、楽しそうだ。真剣な遊び感覚でやっている。
あいつも好きだなぁ、みたいな感じが、やはりクラブの魅力だと思います。

Wednesday, December 09, 2009

16th

名古屋大ラグビー部を今シーズンで引退した4年生のマネージャー2人と食事。
もう2年間も練習に顔を出していながら、ゆっくり会話する機会もなかったので、とても新鮮で楽しかった。特に今シーズンは、練習やミーティングを進める際に、いつも親切にフォローしてもらって、本当に感謝しています。

「マネージャー」の位置づけは、結構難しいところがあると思っている。
自身が過去に所属したチームは、いずれも「勝利」を明確に志向するチームだった。
そういうチームで10年近くプレーを続けてきた経験上、「マネージャー」に対して、ある程度のイメージを自分の中に持ってしまっているのが、正直なところだ。
ただ、所詮それは、特定のバックボーンを持ったチームにおける「イメージ」でしかなくて、ラグビーのスタイルに色があるように、組織のあり方や、マネージャーの役割等も、当然チームカラーがあるものだし、むしろ本来そうあるべきだと思う。
自分達の価値観に正直に、「マネージャー」の何たるかは自分達で決めればいい。
その一方で、どこかに一線というか、考えるべきラインはあるのだけれど。

でも、名古屋大ラグビー部の場合は、あまり考えることもないかなと。
とても献身的で、一生懸命なマネージャーばかりだ。
どちらかと言うとむしろ、こうしたマネージャーの献身に安易に甘えがちな傾向が垣間見える選手の側に、もう少しコントロールが必要かもしれない。

4年間頑張ってきたのは、選手だけではないんだよね。
本当におつかれさまでした。

Tuesday, December 08, 2009

椿山荘にて

12月5日、土曜日。
目白の椿山荘で、従弟が結婚式を挙げた。
親族25名のみが参列した結婚式・披露宴は、とても距離感が近くてアットホームな雰囲気だった。これまでにも多くの結婚式に出席してきたが、親族として出席するのはやはりどこか特別な感じがする。
改めて、結婚おめでとう。

実は披露宴では、初めての司会をしたのだけれど、なかなか難しかった。
新婦方の親族は初対面だけれど、基本的には気心の知れた方ばかりの披露宴。
それでもイメージ通りには行かないものです。
親族らしく形式ばらずに進行しようと思いながら、棒読みしてしまったりね。
でも、椿山荘の皆様のお世辞にも救われて、とても良い経験になった。
これまで何気なく聞いてきたプロ司会者の澱みない進行に、今更ながら脱帽です。

Saturday, November 28, 2009

back to school

11月26日、木曜日。
元世界銀行副総裁の福井博夫さんによる講演に参加してきた。
結論から言うと、とても愉快な方だった。愉快という表現は多少語弊があるかもしれないが、スピーチはとても上品ながらユーモアがあり、気の向くままに自由に話されている印象だったけれど、その指摘は随所に興味深いものがあった。

個人的に、印象に残った言葉がある。
"back to school"、もっと日本人は学ぶべきだと。
外資系企業とはいえ、入社以来ずっと国内で勤務している。社内に海外からの出向者が溢れるほどいるにも関わらず、業務上の接点は皆無に近い。また、自身が日々向かっている市場そのものもドメスティックで、ある意味で閉じた世界だ。
でも、それが今後も続くとは限らない。
自分自身のポジションや環境は、自身が変えていくしかないけれど、市場や業界そのものは、間違いなく不可逆的で抗えない大きな変化の波を受けて、否応なく変わっていくだろうと感じる。今のスタイルは、数年後にはもう成立し得ないかもしれない。

結局、学ぶしかない。
ただそれは悲壮感ではなく、義務でも強制でもないけれど。
国際機関の最前線で活躍された方のシンプルな一言は、なかなかに感慨深かった。

Saturday, November 21, 2009

到達点

11月22日、日曜日。東海地区A2順位決定リーグ 最終戦。
名古屋大 17-3 名古屋商科大(12:15K.O. @名商大グラウンド)

今シーズンのラストゲームは、自分達のプレーできちんと掴んだ勝利だった。
敗れれば入替戦に廻る状況だったけれど、選手はタフに戦ってくれた。
ラストゲームでも彼等は成長した。「きちんと」勝利を掴んだ、というのはそういうことだ。今年のチームにとって、1つの到達点となったゲームで、とても嬉しかった。

4年生/大学院生には、本当にお疲れ様と言いたい。
結局のところ、大学ラグビーというのは「4年生のチーム」なんだ。
彼等の4年間が、彼等の日々の努力と結束が、チームに1つの形を示してくれた。
3年生以下にとっては、はっきりと来季に繋がるゲームになったね。
来シーズンは、もう1つ上を目指そう。
A1リーグに昇格して、その時には今年の4年生に「ありがとう」と言おう。

そして、マネージャーのみんなにもお世話になりました。
4年間ずっと頑張ってきた2人のマネージャーの涙は、とても印象的だった。
一生の思い出になったね。

Saturday, November 14, 2009

今更

恥ずかしながら、「フェルミ推定」というものを初めて知った。
東京出張の折に寄った日本橋丸善の平積みに、フェルミ推定を扱った書籍があったのを立ち読みしたのがきっかけなのだけれど、思わず購入してしまった。
フェルミ推定 - Wikipedia

就職活動の際に、あるコンサルティング会社の面接で問われたんだ。
今でも鮮明に覚えている。
「都内で1日に消費されるトイレットペーパーの量はどの程度だと思うか」

その場で色々考えて、仮説を立ててみたのだけれど、我ながらチープだった。
面接官のコンサルタントと会話していて、その方の思考の筋道を示してもらった時に、コンサルティング・メソッドの一端というのはこんなところにあるのかなあと感じた記憶がある。結果的には、順当に落とされたけれど・・・。

それはともかく、フェルミ推定というのは面白いかもしれない。
この手のものはすぐにビジネス・ツールとして、あるいは思考訓練ツールとして実利的に取り扱われてしまうのだけれど、そうした風潮にはやや辟易している。
もっとシンプルに、クイズのように遊ぶのが良いかなあと。

入門書を衝動買いしてしまったので、これで少し遊んでみようと思います。

Tuesday, November 10, 2009

システム

更新がある度に欠かさず読んでいる藤島大さんのコラム『友情と尊敬』。
http://www.suzukirugby.com/column/index.html
最近アップされた第79回「非・ジム・モンキーズ」を読んで感じたことがある。

『システムとは「個人のスキル不足を補う」ための装置でもある』かもしれないけれど、「個人のスキルを最大化する」ための装置でもあり得るのではないか。

おそらく藤島大さんは、確信犯的に「システム」を簡略化しているような気がする。
システムの功罪をもっと深いレベルで読み解いた上で、あえて「個」との二項対立に仕立てている。あえて、というのが重要なポイントだ。

日本国内でも、トップリーグや大学の上位クラスに対しては、そうかもしれない。
このレベルのゲームを見る限り、個人的にも、まさに同様の思いを抱くことは多い。
ただ、ある意味ではその水準に達しているチームはごく一部でしかない。
国内で活動する殆ど全てのチームにおいては、「システム」というものを、もうひとつ手前の水準で考えた方がいいような気がしている。

社会人/大学/高校を問わず、下部リーグにも素晴らしい選手は沢山いる。
でも、多くの場合において「個」はシステムを破らない。もっと言うならば、破られるべきシステムが、そもそも確立されていないケースが大半だと思う。いわゆる「ワンマンチーム」というものの典型は、ほぼこのタイプだと感じる。
また一方では、やはり「突出した個」では戦えないチームもある。
チームのメンバー構成を考えた時に、各プレーヤーの個性・適性から導かれる相対的な優劣は必ずあるけれど、対戦相手を凌駕する「突出した個」であり得るレベルのプレーヤーが、残念ながら見当たらないチームというのは、星の数ほどあるだろう。

この現実に、どう向き合うか。
そういうチームこそ、「システム」をもっと丁寧に考えた方が良いのではないか。

あいつはチームで一番足が速いから、あいつに勝負させよう。
これは構わない。むしろ当然の選択だと思う。重要なのは、もう一歩先だ。
彼が自慢のスピードを最も生かせるフェーズを、どのようにお膳立てするのか。
彼が自由に勝負できるのは、どの間合いでの、どんなパスなのか。
彼が思い切り勝負することを、チーム全員が共通認識として理解しているのか。
彼の癖を知っているのか。彼はいつも、何を狙って走るのか。
他の14人のプレーヤーは、彼をどうサポートするのか。
こういう小さなことに、徹底的にこだわる。具体的なフェーズを想定しながら、15のピースを丁寧にひとつずつ組み合わせていくことで、初めて彼のスピードは「戦略的に」生かされる。「突出した個」ではないかもしれないけれど、間違いなくチームの強みとなってくれる選手を、全員で本当の「切り札」に仕立てていくんだ。それこそが、ただのワンマンチームではない、戦略的に「彼に賭ける」チームだと思う。

そしておそらく、「システム」の原初的な形態というのは、こんなところにあるんだ。
何のために「システム」を志向するのか。丁寧に考え抜いた先にこそ、「個人の能力を最大化する装置としてのシステム」があるのだと思う。

無謀なるワンマンの前に、「丁寧な構想による個の最大化」を。
少なくとも、無印ながらも青春のある一時期をラグビーに賭けて、日々努力している国内の多くのチームにおいては。
本当に難しく、まさにラグビーの醍醐味に満ちた作業だから。

Sunday, November 08, 2009

本当のベスト

久しぶりの更新。
ちゃんと書かないと・・・。

11月8日、日曜日。東海地区A2順位決定リーグ 緒戦。
名古屋大 35-14 名古屋経済大(14:00K.O. @名商大グラウンド)

社会人時代の先輩が監督を務める名古屋経済大学とのゲーム。
結果的には、まず緒戦をきちんとモノにすることができたのは良かった。
試合後、先輩に挨拶して少しだけ会話したけれど、フルタイムコーチとしてグラウンドの内外で日々格闘の生活も4年目とのことで、本当に苦労は絶えないだろうと思う。
今回は名古屋大が勝たせてもらったけれど、名経大ラグビー部の強化・発展を願うばかりだ。同じ東海リーグに所属する仲間として、この2チームが今後更に成長して、リーグ全体を盛り上げていく台風の目になってほしい。

一方、名古屋大。
正直な感想としては、「つまらない」ゲームだった。
誤解を招く表現かもしれないけれど、他に適切な言葉が思い当たらない。
折角の勝利に水を差すようで申し訳なかったのだけれど、選手にもそう伝えた。
「つまらない」というのは、凡庸ということではないんだ。
週末の限られた時間を共に過ごしている選手達の勝利は嬉しかったし、彼等がシーズン当初よりも大きく成長しているのは誰よりも知っている。選手達のそうした姿を観るのはやはりとても楽しいことで、その意味では皆から多くの「喜び」を貰っている。
でも、それだからこそ、選手達のことを過小評価もしない。
今日のゲームでは、彼等が自分達の実力をきちんと出し切って、80分間の限られた時間の中で、自分達のベストパフォーマンスを追求しているとは思えなかった。
あれがベストだと言ってしまうことこそ、日々努力している彼等に失礼だ。
彼等はもっと出来るのに、それを出せていない。そのことが、つまらなかった。

彼等はひたむきに、とても一生懸命プレーしていて、好感の持てる選手達なのだけれど、ゲームの組み立てを意識的にコントロールして、流れを捉えることがとても苦手だ。地域・時間帯・点差を考えずに、そのフェーズだけをみてプレーしてしまう。ゲームの均衡が今どこにあるのかを意識して、タイトにプレーすべきところはもっとタイトに、落ち着いてエリアを取るべきところは無理をせず、カウンターだけは十分に気をつけて全力でチェースに走る。無駄になるかもしれないけれど、皆で揃えて、トップスピードで相手のスペースを埋めていく。こういう地道なプレーを、辛抱強く続けていければ、ゲームを決める大切なポイントで、均衡を破って大きな流れを掴めるのだけれど、そういう本当の意味での「我慢」が、チームとしてまだ出来ていない感じだ。

パスすべきところで、パスをしない。
自分勝手なタイミングでボールを持ち出して、孤立してしまう。
相手が最も喜ぶのは反則なのに、不必要なペナルティが続いてしまう。
そして、そういったことを試合中に修正できない。

このあたりが変わってくると、彼等はもっと自分達の本来のプレーに集中できる。
ベストパフォーマンスというのは、そうやって組み立てていくものだと思うんだ。
まだ今は、自分の首を自分で絞めている。勝利こそ掴んだけれど、ここが今の自分達のベストだと思ってしまったら、ラグビーの本当の醍醐味に辿り着かない。チーム全員がそのことに気づいて、日々を変えていけば、ラグビーはもっと楽しくなる。
その時には、名古屋大は十分にA1を狙えるチームになってくると思うんだ。

彼等の持っているポテンシャルを考えると、とても歯痒いのだけれど、沢山の経験を重ねて、少しずつ自信を培っていくしかない部分なので、時間がかかるんだ。
だから本当は、「つまらない」というのは正確ではなくて、そういうチームを皆が真剣に目指していってくれるならば、その姿を見ているのは、とても楽しいことなんだ。

4年生にとっては、残されたゲームはたったの2つだけ。
みんな、頑張ろう。
本当に納得できる「ベスト・パフォーマンス」をして、2つとも勝とう。

Monday, September 28, 2009

落日

9月27日(日)トップクラブリーグ公式戦。
北海道バーバリアンズ 30-5 タマリバ(13:00K.O.@月寒ラグビー場)

古巣でもあるタマリバの敗北。
まずは数年来の雪辱を果たした北海道バーバリアンズを称えるべきだと思う。
映像を観ていないので何とも言えないけれど、スコアから察する限り完勝だろう。
ただ、少し寂しい点差なのは事実です。

WMMにとってはチャンスが転がってきたね。
シルバーウィークの最終日に、久々に練習参加したけれど、切れの良いBKの選手が沢山いて驚いた。あのメンバーで緒戦を落としたことの方が不思議です。
高麗にはきちんと立て直して完勝したようなので、次のタマリバ戦が楽しみです。

Sunday, September 27, 2009

仙台にて

2009年9月22日(火・祝)
学生時代のラグビー部の後輩が、仙台で結婚式を挙げた。
彼女のことも知っているので、2人の結婚はとても嬉しかった。
定禅寺ガーデンヒルズ迎賓館で執り行われた披露宴は、2人の人間味が溢れた心温まるもので、なんだかとても心地よかった。披露宴の後には、近くのイタリアン・レストランで2次会。新郎新婦はここまでだったけれど、その後もラグビー部の仲間と共に3次会へ行って、楽しい時間を過ごさせてもらった。

ラグビーを続けていると、結婚式に出る機会はとても多い。
高校、大学、社会人、クラブと15年以上続けているので、所属したチームだけで5つもあり、それぞれのチームに同期がいて、先輩・後輩・仲間が数多くいるのだから、披露宴まで出席するのは限られるとしても、2次会まで含めるともう数え切れない。

なので、「結婚式」という形式そのものに感動することは少なくなっていく。
それに、自分自身が年齢を重ねていく中で、披露宴の「感じ方」も変わってくる。

でも2人の披露宴は、とてもよかった。
心温まる、まさに"heartwarming"な披露宴だった。
披露宴の主役である2人の人間性とやさしさが、すーっと沁み込んでいくような。
そして、2人とご両親との「関係性」、家族の形そのものもまた、印象的だった。
彼は披露宴において、「どんな家庭を作りたいかというのはとても深く難しい問いで、簡単に答えることはできないけれど、自分なりに答えるならば、両親のように、いつまでもお互いを思いやり、お互いの人生を大切にし合えるような家庭を築きたい」というスピーチをした。それは心からの言葉で、誰もが心に温かいものを感じた。
そういった全てのことが、式場に"heartwarming"を充たしていたのだと思う。

結婚おめでとう。

Monday, September 14, 2009

SKIP

ちなみに。
カミナリグモのライブで1曲だけ、カバーがあったんだ。
ギター1本での弾き語りだったのだけれど、本当に素晴らしかった。
TOMOVSKY "SKIP"

「なんにもしてないくせに 無敵になってた」

最初のワンフレーズで、もうやられていた。
聴いてみてください。カミナリグモ・バージョンとはかなり違う印象だけれど。
とにかくオリジナルを、聴いてみてほしいです。

three waves make "flat"

高校時代からの友達の誘いで行った下北沢のライブは、素晴らしかった。

カミナリグモ
「夕立のにおい」レコ発 ワンマンライブ(ツアーファイナル)@下北沢CLUB Que
http://www.kaminarigumo.com/pc/index.html

友達が彼らのPVを撮っていなければ知ることのなかったカミナリグモ。
3人のメンバーそれぞれに色があって、それがすとんと収まる。
そう、収まりがいいんだ。
不協和音のない、擦れる音ひとつしないパズルのピースが揃ったような。
なんだか不思議な吸引力を持っているバンドだった。
つまりは、とても惹かれてしまった。
ワンマンライブという出会い方も、とても刺激的だった。一方的な出会いだけれど。

オープニングから心を掴まれた。
初めて出会ったバンドなので、勿論タイトルさえ知らない。1曲も知らないのだから。
でも、良かった。
この1曲目を聴いた瞬間に浮かんだイメージがあるんだ。
音とはつまり波だとするならば、3つの異なる波が重なる特別な瞬間に、それぞれの波長がピタリと揃って、flatな世界ができあがる、そんなイメージ。

その"flat"こそが、きっと彼らの透明感なのかなと思いながら聴いていた。
他のバンドにはない特別な透明感のあるボーカルは、バンドとしてのサウンドが調和されることで、よりクリアな、より綺麗なものになっていく。きっと彼らの生命線たる「声」そのものを、最も澄んだものにするために、全ての音がある。

多少大袈裟かもしれないけれど、本当にそんな感じだったんだ。

いつか名古屋でライブがあれば、また行きたい。
ステージの温度を感じるくらいの広すぎないライブハウスで、ビールを飲み干して空になった右手の紙コップが音で震えるのを感じながら、また彼らの曲を聴きたい。
PVを撮った大切な友達に感謝して。
http://www.youtube.com/watch?v=eB6g9w6rQjs

Tuesday, September 01, 2009

ステンドグラス

パートナーがまた新しいことを始めた。
子供が産まれて、自由に絵も描く余裕もない日々だけれど、とにかく始めてみようと。
それは、ステンドグラス。

インターネットでキットを購入して、必要な工具を片手に付属DVDで基本的な製作のプロセスを確認して、悪戦苦闘しながらも、小さな壁掛けの鏡が完成した。
基本的なスタンスとして、パートナーは「反キット」的ではあるのだけれど、たとえキットであっても、出来上がった鏡はやはり「作品」だから、嬉しそうだった。
グリーンを基調とした初めてのステンドグラスは煩くないデザインで、1日をスタートするために毎朝必ず通る玄関という場所には、なかなか収まりが良い感じです。

それにしても、ステンドグラス職人というのは完全に凄いね。
パートナーの試行錯誤を傍で見ていると、「ガラスをカットする」というただそれだけのことが、はっきりと「技術」なのだと感じる。カットしたガラスピースは、はんだで繋ぎ合わせていくのだけれど、これがまた難しい。はんだ付けは、おれも少しだけやってみた。中学校の技術科で習ったのが最初で最後だったので、もう約20年振りのはんだ作業ということになるけれど、技術科で習うのはあくまで工作プロセスであって、当然ながら「美」は問われない。でも、ステンドグラスにおけるはんだは、当然ながら作品の「貌」の一部であって、ガラスの美を殺さず、むしろ映えさせることが要求される。盛り上がりが「かまぼこ型」の綺麗なカーブを形成し、かつ燃え滓のような不純物の混入も、極力排除しなければいけない。

欧州を旅することがあれば、本物のステンドグラスを是非とも観たい。
繊細にして大胆、多彩で多様な光を放つアートを創った古の職人を想像して。

Monday, August 24, 2009

本の記録

読書の記録をもう少しマトモに残そうと思って、新しい場所を用意しました。
読書感想文というほどのものでもないけれど・・・。
私的感想文

読書感想文って、とても難しい。
夏休みの宿題になるのも頷ける今日この頃です。

Sunday, August 09, 2009

やさしい音

8月9日、土曜日。
随分久しぶりに、思い切った買い物をした。
エムズシステムの「波動スピーカー」MS0801というモデルだ。
波動スピーカー - Wikipedia
http://www.mssystem.co.jp/index.html

パートナーが以前から気にかけていたスピーカー。
今までは、おれが大学入学時に買ったCDステレオで音楽を聴いていたのだけれど、日常的によく音楽を聴くのだから、より心地よい音であってほしいと。彼女は日中も自宅で育児をしているので、ステレオの傍にいる時間はおれよりもずっと長い。だからきっと、音質が日常にもたらす潤いは、とても大きいのだろうと思う。

ミッドランドスクエア3FのIdea Framesで、初めての試聴をしたんだ。
もう凄かった。実際に聴いてみて、違いに驚いてしまった。
まず、音が伸びる。まさに伸びやかなサウンド。
「音」が空間を伸びていくのに、一切の抵抗がないとでもいうような感じだった。
そして、なんとなく柔らかい。
「音色」とよく言うけれど、「色」というよりも「形」が違う印象だ。
緩やかな河の流れに幾年もその身を預けたような、丸みを帯びた音が響いてくる。
とても驚いて、勿論とても嬉しかった。
そんな訳で、この不思議な円筒型のスピーカーに迷わず決めてしまった。

夕方、自宅に帰るとすぐにCDステレオのスピーカーと交換。
早速、聴いてみた。
チャランガ・アバネーラとかキース・ジャレットとか、坂本龍一とかEgo Wrappin'とか、とにかく自宅にある様々なジャンルの楽曲を試してみた。
実を言うと、Idea Framesで大音量で聴いた瞬間のような、驚くほどの感動があった訳ではないのだけれど、それでも音質は全然違った。パートナーは「今まで届いていなかった種類の音が聴こえてくる」と言っていた。同じ楽曲を聴いていても、思わぬところにベースの存在感があったりして、曲の表情が違って感じるようだ。

1日が経って、今日もまた波動スピーカーで音楽を聴いてみる。
何故だか分からないけれど、昨晩よりもずっと親近感を感じる。
音の丸みというのは、日が経つほどに馴染んでくる性格のものかもしれない。
なかなか気にいっています。

Friday, August 07, 2009

50の質問

日常的に読んでいるblogが幾つかある。
そのうちの1つ、"404 Blog Not Found"にとても面白いエントリーがあった。

『「心に自由を与える50の質問」に答えてみた』

シンプルでウィットに溢れる回答だが、一方で非常に奥行きの深さを感じた。
特に気に入ったのは、このあたりかな。


What is the one thing you'd most like to change about the world?
世の中でたった一つだけ変えられるとしたら、何を変えたい?
Enable the world to change.
「たった一つだけ変えられる」というルールそのもの

Would you break the law to save a loved one?
あなたは愛する人を救うために法律を犯すと思う?
When it comes to your love, you are the law.
あなたの愛に関しては、あなたが法律だ。

Is it possible to know, without a doubt, what is good and what is evil?
一片の迷いもなく、善悪を判断することってできる?
I have no doubt that telling right from evil without a doubt is evil.
「一変の迷いもなく善悪の判断をすることが悪」であることに一辺の迷いもない


そもそも、『心を「心に自由を与える50の質問」から自由にするために答えてみた。』という冒頭が抜群だ。50の質問が心に自由を与えてくれるとは、おれ自身とても思えないけれど、この向き合い方には至らなかった。

ちなみに、50の質問に対するパートナーの回答も載せておきます。
「この程度の質問がネットでは流行っているの?」

Wednesday, August 05, 2009

写真集

楽しみにしていた写真集が、本日自宅に届いた。
diane arbus "An Aperture Monograph"

Robert Frank "The Americans"も一緒に欲しかったけど、今回はお預けにした。
2枚組のCDを買うと、2枚目は意外と聴かなかったりするからね。

それにしても、あまりにも有名なカバー写真。
紐解く前から、言葉にならない存在感が溢れている。
モノとしての写真集には、photo storageに還元されない魅力があるんです。

今日はもう遅いので、明日ゆっくりと封を切ろう。
そして、感想をこの場に書き留めよう。

Tuesday, August 04, 2009

カッター

最近になって気づいた訳でもないのだけれど、文房具が好きみたいだ。
大型書店や東急ハンズなどに行くと、よく文房具を見て、そしてよく買っている。
今日も仕事帰りに久屋大通の東急ハンズに寄って、2つの文房具を買ってしまった。

まずは、外山滋比古さんの『思考の整理学』に記述のあったワンペーパーカッター。
http://www.midori-japan.co.jp/cgi-bin/catalog.cgi?mode=sub&series=1&jancode=4902805496049
恐らく、外山さんの使用しているカッターはこれではないと思う。
正直なところ、意外と切りづらかった。残念ながら、ハズレといったところだ。

次に買ったのも同じくカッター。
多少ニーズが重複するところもあるけれど、変わり種で面白い。
http://www.olfa.co.jp/ja/body/detail/113.html
昨日インターネットで知ったのだけれど、このOLFAという会社はなかなか凄い。
このカッターは、紙やビニールにミシン目を入れることが出来る。
ワンペーパーカッターと共に、実際にはやるかどうかも分からない新聞記事のスクラップをイメージして買ったのだけれど、このカッターは多様なシチュエーションで使えるかもしれない。新聞を切ってみても、なかなか綺麗にミシン目が入るんだ。
そして、グッドデザイン賞を受賞したシンプルで飾らない製品デザインも良い。

ジャンルは異なるが、巷に溢れるクロックスなどよりも遥かにお洒落だ。
「OLFAですか」というのが、ある種の洗練に対する枕詞になり得るかもしれない。
なんてね。

Sunday, July 19, 2009

言葉

最近ずっと仕事に忙殺されていて、苦悩ばかりだった。
何もかも上手く行かず、ミスやトラブルが続いてしまっていた。
ミニマムの自尊感情すら失いかけて、パートナーにはすごく迷惑をかけてしまった。
でも、続発する問題群に苦闘しながらも対処を続けてきて、少し光が差してきた。
トラブルは今も続いているけれど、ある意味で「修練」だと割り切れるようになってきたような気がするんだ。神様が「逃げずに勝負しなさい」と言っているような。

最近になって、1つだけ自分の武器になりそうなものを見つけた。
今更ではあるのだけれど、それは「書く」ということだ。

ビジネスでは、非常に多くの場面で、非常に多くの文章を、多様な形態で書く。
それは、会話し、交渉するための基礎であって、会話し、交渉する行為ほどに華々しくはないかもしれないけれど、書く行為こそが思考に軸と補助線を与えてくれるならば、慎重に選択された言葉の端々が何かを伝えてくれるならば、自分の生きる道になるかもしれない。「言葉」にはずっとこだわってきたつもりなので。

誰も気に留めていなくても、句読点1つにまで心を配って。
今よりもっと繊細に、もっと含意を練り込んで。
「言葉」を大切に、自分の武器にしていこうと思う今日この頃です。

Thursday, July 16, 2009

今したいこと

ラグビーがしたい。
本を大量に読みたい。
最近仕事が忙しいけれど、修練だと思って切り抜けたい。
パートナーとゆっくり晩御飯を食べたい。
英単語の勉強を再開したい。(随分放置してしまった・・・)
トレーニングをしたい。せめて腹筋と懸垂だけでも。
家族との時間を増やしたい。
できれば合宿にも行きたい。(ムリかも・・・)
ハンナの日々の成長を見守りたい。


でも、書き出してみて思った。
自分がしていないだけで、今すぐに出来ることもあるなあって。
腹筋なんて10分あれば出来るし、懸垂台も自宅の2階にあるしね。
単語集だって、見て見ぬ素振りをしているのは自分自身だから。
仕事に忙殺されていても、もっと家族との会話を大切に出来たはずだった。

自分に言い訳してたなあ。

Sunday, June 28, 2009

合同練

6月28日、日曜日。
名古屋大ラグビー部と名古屋クラブの合同練習に参加してきた。

怪我等でお互いに十分な布陣ではなかったけれど、ゲームに近い状況での練習が出来たので、特に名古屋大の選手にとっては有意義だったと思う。彼等にとって名古屋クラブは格上のチームなので、胸を借りて挑戦するという意味でも、良い経験になったはずだ。最後のADは完敗だったけれど、修正点を具体的に洗い出して、もう一度挑戦すればいい。夏にもう一度こういった機会を持てればベストだね。

自分自身も、ちょうど名古屋クラブのCTBが1人不足していたので、ADに参加させてもらって、非常に楽しかった。やはりゲーム形式の練習はやっていて面白い。1人では出来ないことなので、こうして名古屋の様々なチームがプレーの機会を提供してくれることに、改めて感謝しないと。とても貴重な縁だと思っています。

個人的な反省は、イージーミスが幾つかあったこと。
ハンドリングエラーが多かった。
もともと得意な方ではないので、もっと丁寧にプレーするようにしたい。
それにしても、久しぶりに100mを10本も走って、既に軽く筋肉痛気味です。

名古屋大には、練習中も出来る限りメッセージを出すようにした。
彼等にとっての最初の課題は、「自分がプレーする」意識を持つことだね。
例えば、自分のマークだけをディフェンスするのではなくて、ボールに一番近い人間が、誰であろうと構わずタックルする。エキストラのプレーヤーだけに突破役をさせるのではなくて、全員が「自分が抜く」つもりで走る。誰かがスイープしてくれるのを待つのではなくて、自分がスイープする。こうした「小さな自発性」の積み重ねが、きっとチームを強くすると思う。今はまだ、どこかで他人を(特に限られたキーマンを)頼ってしまっているからね。自覚症状はないかもしれないけれど。

名古屋大学は、来週末が春の最終戦と聞いている。
自発的に戦って、勝ってもらいたいです。

コーチング

名古屋大ラグビー部へのコミットが熱を帯びてきた。
非常に楽しくなってきました。

今日はグラウンド練習の予定ではなかったのだけれど、主将にお願いして1時間半の時間をもらい、セッションを組んでみた。たった1回の練習でカバーできることには限界があるけれど、アタックの基本的な考え方を整理して、「ユニットで抜く」という感覚を理解してもらうことが目的だった。

昨年から名古屋大の練習には顔を出しているけれど、コーチングをしたのは今回が初めてだった。正式なコーチでもない立場で、チームの方針を左右する言葉を軽々しくは言えないし、選手に混乱を来たす可能性もあると思っていたので、コーチングするのではなくて、いつも一緒に練習をしていた。学生と一緒に練習するのはとても楽しい経験で、直接彼等と勝負することでコミュニケーションが生まれるし、自分自身のトレーニングにもなるので、基本的にこのポジションで彼等にコミットしていた。

そんな訳で、名古屋では初めてのコーチングだった。
こちらでメニューを組んで、練習の構成と時間配分を考える。
あとは選手の雰囲気を見ながら、グラウンドレベルで多少のアレンジをして。
とても楽しかった。
そして、自分自身にとっても非常に良い経験になった。
学生を見ていて、違和感を感じるポイントを探っていくと、自分自身も気づきがある。
それに、「コーチ」という立場を明確にして練習にコミットすると、より真剣に選手を見るようになるので、今まで気づかなかった特徴がふと目に留まったりする。「この子、ステップ踏む間合いが近いなあ」とか、今までも一緒に練習してたのにね。

またこういった機会を作って、改めてセッションをやってみたい。
色々とアイデアが浮かんできて、次のチャンスが今から楽しみです。

Monday, June 22, 2009

モデル

週末のことだけれど、近所に建設中の分譲マンションのモデルルームを見学した。
特に購入を考えている訳ではないのだけれど、どういったものか気になって。
営業の方には非常に申し訳ない動機だが、なかなか楽しかった。

2つのマンションを見学したのだが、日曜日に見た物件はかなりの代物だった。
最も手頃な部屋でも6千万円台から、というマンションなので、当然といえば当然かもしれないが、立地、周辺環境、設備といった全てが素晴らしく、資産性の極めて高いマンションだと感じた。平たく言ってしまえば、きっと売れるマンションなのだろうと。
勿論、室内空間も非常に良く出来ていて、自分の身の丈を大きく越えた充足感を前にして、内覧に来たことが多少恥ずかしくなってしまうようなレベルだった。広々とした開放感のあるリビング、シンプルかつ機能的でありながら十分なゆとりを感じさせるキッチン、3mの奥行きを備えたバルコニー、子供部屋と間違ってしまうほどの納戸。
当然買えないのだけれど、凄かった。
満足できないポイントを見つける方が難しい。

ただ、そう思いながらも、ふと考えてしまった。
例えば奥行き3mのバルコニー。モデルルームでは、オープンテラスのようにカフェテーブルと3脚の椅子が並べられていたのだけれど、そういった時間の過ごし方というのは、家族が限られた条件の中で求めている豊かさなのかなあと。
のびやかな開放感あるバルコニーがあったら、そんな暮らしをするかもしれない。
でも、なくてもいいかもしれない。
洗濯物が太陽の光を浴びてパリッと乾けば、それで良いかもしれない。

モデルルームを見ていると、部屋に暮らし方を規定されているような感じがする。
モデルルームはどこか「モデルライフ」を想定していて、そしてそれは「マイライフ」ではないのだということが、非常に良く分かって面白かった。

とはいえ、だからマンションが悪い訳では全くなくて、やはり素晴らしかった。
好みの問題はあると思うけれど、一流のマンションというのは品格と風格がある。
資産性も含めて、マンションゆえのメリットは多々あるのだろうと、観ていて感じた。

いつかは家を建てたいなあと、素直に思いました。

Saturday, June 13, 2009

名言

最近、本で読んで心に響いた言葉。

「自ら機会を作り出し、機会によって自らを変えよ」

リクルートの社訓なのだそうです。
素晴らしい言葉だよね。
ポケットの中の手帳にさっとメモをして、心に刻み込むつもりで。
今というタイミングで、この言葉を知ったのも何かの縁。
自らを変えるために、自ら機会を探して、作っていかないと。

名古屋大

最近、名古屋大学ラグビー部の練習によく顔を出している。
家から自転車で15分なので、とても参加しやすいのが嬉しい。
また正式なコーチではなく、フリーランス的な立場なので、基本的に全てのメニューを一緒に行っているので、トレーニングにもなっている。
やはり1人で走るよりも、グラウンドで学生と走った方が楽しいです。

今日の練習は、明日の試合に向けてAD中心だった。
名古屋大は1年生を含めて30名前後しかおらず、おれがBチームのSOだった。
クラブチームだと、SOは恥ずかしくて出来ないし、実際SOでプレーする機会もないので、ある意味では良い経験かなと思いながらプレーしている。
そしてなんと、今日はキックパスを1本決めてしまった。
ラグビーを続けて15年ですか・・・、初めてキックパス通りました。

名古屋大には、昨シーズンから参加していたのだけれど、言葉にきちんと耳を傾けてもらえる関係が築けてきた感じなので、もう少しコーチングしてみようかな。

Sunday, May 31, 2009

再会

5月31日、日曜日。
13年ぶりに高校時代の友達と再会した。
卒業前にクラス全員が書いたメッセージを預かっていた女の子が、文集としてCD-ROMに纏めてくれて、連絡が取れる人達に渡してくれることになったんだ。
それをきっかけに、7人の同級生が豊橋に集まって。
赤ちゃん同伴の子が3人いたので、芝生の広がる屋外の広場で、2時間ほど話して。

みんな、あまり変わっていなかった。
高校時代を懐かしむでもなく、ずっと子供の話をしていたなあ。
もう少し時間がある時に、一人ひとりに、この10年間のことを聞いてみたいです。

Saturday, May 30, 2009

勝連城跡

もう1週間前のことになってしまうけれど、初めて沖縄に行った。
業務出張だったのだけれど、5/23(土)に1日だけ本島を巡ることが出来た。
たった1日という限られた時間だったけれど、非常に感慨深かった。

背景がある。
5/21(木)にお客様に同行して参加したイベントで、感動があったんだ。
基調講演として壇上に上がったのは、演出家の平田大一さん。
小浜島出身の平田さんは、東京の大学を卒業後、沖縄に戻って農業に従事しながら、地元の中高生による舞台の演出に携わっていく。それが、活動を始めて10年になるという現代版組踊『肝高の阿麻和利』だ。
沖縄県うるま市にあるグスク(城)で、世界遺産にも登録されている勝連城跡。かつてこの城を治めていた王こそが阿麻和利だが、悪政を敷いた前王をクーデターによって討ち滅ぼすことで王となった彼の英雄は、沖縄の正史においては反逆者の扱いを受けていた。その阿麻和利の名誉を復権させると共に、地元の子供達が、自分達の暮らす沖縄の歴史に誇りを持てるようにとの想いから生まれた舞台、それこそが『肝高の亜麻和利』なのだそうだ。

10年前に活動を始めたばかりの頃、子供達は全く集まらなかったという。
少しずつ子供達に喜びと楽しみを与え、友達を誘って連れてきてもらって、舞台の練習そっちのけで遊んで、親密な関係を地道に創り上げていく。ふと気づいた時には、舞台の練習に集まる子供達の数は170人にも達していたそうだ。
"Next generation changes the Next."
平田さんがおっしゃっていた言葉だ。
Next generationたる子供達が、自らの手で「次の時代」を変えていくんだと。
そんな子供達にとって、今最も必要なのは「感動」を体験することなのだと。
平田さんは、170人の仲間が一緒に紡ぎ出す「組踊」のコラボレーションが、子供達にとっての貴重な感動体験となることを信じて、演出家としてのエネルギーを注ぎ込んで、この舞台を創り上げたのだと思う。

この日、1時間30分の基調講演のラスト40分を割いて、平日なのに集まってくれた約40人の中高生が、この『肝高の亜麻和利』のワンシーンを実際に演じてくれた。
それは、涙が出そうな程に、本当に素晴らしい舞台だった。
決してプロではない中高生。でも、彼等の表情は生き生きしていた。
アマチュアだから、子供だからという甘えは、舞台上に全く存在しなかった。
見事な声量が生む迫力と、よく磨き上げられたダンスのキレと統一感。
演出もなかなかにドラマチックで、観るものを惹きつけ、会場に感動の輪を作る。
言葉ではうまく伝わらないかもしれないが、感動的だった。

5/23(土)の午後。
天気予報を良い意味で裏切ってくれた快晴の沖縄で、勝連城跡に行ってみた。
かつて亜麻和利が君臨したというグスクは壮大で、頂からの眺望は美しかった。
眼下に広がる沖縄の海は、日本でないようなブルーだった。


亜麻和利の名誉が、Next generationによって語り継がれていってほしい。
そして現代版組踊『肝高の亜麻和利』、8月の東京公演が決まっているそうだ。
http://amaaka-tokyo2009.jp/fla.html
東京に住んでいるならば、絶対お勧めです。

Tuesday, May 12, 2009

ファースト・ジャパニーズ

『関口知宏のファーストジャパニーズ』というNHK-BSの番組、知っていますか。

5月10日、日曜日。
再放送で、5月のファーストジャパニーズを観たんだ。
ドバイで活躍する建築家、丸山剛史さんの人生の物語だ。
http://www.nhk.or.jp/fjpn/0905/fjpn.html

とても感動した。
心の奥にそっと、これ以上ない優しさで手を差し伸べてくれるような。
丸山さんの言葉、佇まい、身構え、雰囲気、目の色、全てに心洗われる思いだった。
彼に新しい居場所をくれたボスの言葉も最高だった。
「君と一緒にいると、とても居心地がいいんだ」
大企業の論理と現場との葛藤に苦しみ、不況の荒波にあってプロジェクトが何も実現せず、自信を失いかけた時に、新しい場所へと踏み出す勇気をくれた言葉。当時のことを思い出しながら語る丸山さんの言葉を聞いていて、そして一時は精神的に追い込まれゼロまで落ちたというその深い苦しみと、そこに差し込んだ一筋の光の暖かさを想像して、自分さえも「光」をもらったような気がした。

安直な言葉だけれど、勇気づけてもらっているような気がしたんだ。

勿論、丸山さんの設計する建築自身も魅力的だった。
非常にスマートで無駄がなく、それでいて無機質でない洗練された表情のビル。
人工都市ドバイにあって、自然へのリスペクトと調和をコンセプトに据えるスタンス。
ドバイには行ったことがないけれど、その機会が来たら、実物を見に行きたい。
そこに沸騰都市ドバイを象徴する絢爛はないかもしれないけれど、でも貴重な何か、「丸山さんという生き方」が宿した何かを、きっともらえるような気がするんだ。

本当に素晴らしかった。

Wednesday, May 06, 2009

remember April!

2009年4月は、結局一度も書かなかった。
連休が明けた今になってその事実に気づき、多少後悔している。
4月は色々なことがあって、煮え切らない日々だった。
その煮え切らなさを、忘れないようにしないといけない。
まだ今は、この程度しか書けないけれど。

Saturday, March 28, 2009

つながり

先週末/今週末と、ラグビーの試合があった。
本格的な試合ではないけれど、久しぶりのラグビーは楽しかった。

3月21日、土曜日。
母校時習館高校ラグビー部の40周年記念イベントで、25分ハーフの試合をした。
今春卒業する3年生主体の若手OBと、年輩OB(40歳未満)とのゲーム。
場所は豊橋市民球技場。うちの実家から車で5分、とても馴染み深い場所だ。
ラグビーとしてのレベルは恥ずかしいものだったけれど、新鮮だった。高校を卒業してから10年以上の歳月を経ても、こうして昔の仲間とラグビーが出来るのは、それだけで十分に素晴らしい体験だった。30代のOBは数えるほどしか参加していなかったけれど、その中に同期が2人いて、それも嬉しかった。
試合にも勿論完勝して、なかなか心地よい時間だったね。
天然芝の素晴らしいグラウンドを手配してくれた関係者にも感謝しています。

そして3月30日、翌週の土曜日。
今度は名古屋大学ラグビー部の練習に参加させてもらった。
この日は地元高校生との合同クリニック形式で、明和高校、瑞陵高校のラグビー部が参加していた。全体を仕切っていたのは、名古屋大学ラグビー部のコーチをしている星野君。ちなみに、彼が所属している名古屋クラブのメンバー数名も、練習のサポート役として参加して、学生達にアドバイスしていた。
練習は、強度を上げすぎずに、タックルやジャッカルの基本を習得する構成だった。こういうメニューを学生と一緒にやっていると、自分自身にも気づきがあったりします。その後、FW/BKに分かれて、BKは基本的なパスドリル。これがまた、とても良い練習だった。タメを作りながら、ワンダッシュしてキャッチ/パスをするだけなのだけれど、きちんと出来る子はとても少ない。これだけでも、チームは強くなるのにね。

練習終了後は、名古屋大学ラグビー部のOB戦があった。
すると、ある院卒メンバーが「OBチームのインサイドCTBが足りないんです」って。
そんな訳で急遽、前半の25分間だけCTBで出場してしまった。
名古屋大のOBでもなく、ある意味完全な門外漢なのに、ラグビーという共通言語があれば、すっと入って一緒にプレーできる。サインプレーなんてなくても、会話すればボールは繋がる。レベルは人それぞれだけれど、誰もがOB戦を楽しんでいる。

こういうささやかなことが、とても嬉しかった。
ラグビーをずっと続けていればこその、小さな交流。
でも、価値が小さい訳じゃない。他に換え難いラグビーの魅力の1つです。

Sunday, March 22, 2009

The system

最近読んだ2つの対照的なインタビューが、ずっと引っ掛かっている。
1つは雑誌『本人』(vol.9)の冒頭を飾っているひろゆき氏のインタビュー。
言わずと知れた「2チャンネル」の生みの親だ。
もう1つは、文藝春秋(2009年4月号)に掲載された村上春樹さんのインタビュー。
話題を呼んだエルサレム賞受賞の際のスピーチ"Of Walls and Eggs"の全文と共に、「僕はなぜエルサレムに行ったのか」と題されたメッセージが掲載されている。

ひろゆき氏は、「世界の仕組みを解き明かしたい」と言う。
彼の関心は、明確にシステムを志向している。
システムこそが重要で、そこに展開されるコンテンツには、殆ど興味がない。
このスタンスは、ある意味では彼の非常に面白いところで、実際にインタビューを読んでいても、端的に面白い。これは極北のポジションを取る人間ゆえの面白さで、賛否は明確に分かれるだろうけれど、彼の魅力の源泉たるエナジーそのものについては、否定する人間は少ないだろう。

一方、村上春樹さんは「大きな壁と、そこにぶつかって割れる卵があれば、私は常に卵の側に立つ」と言う。それは正しさの問題ではなく、小説家が壁の側に立ってしまった瞬間、そこに何の価値もないのだと、エルサレムの壇上で語っている。
壁とはつまり、システムだ。彼はシステムの側ではなく、卵(つまり個人)を見据える。作品の中心は常に個人であり、ひとつひとつの人生こそが、何にも代え難い無二のコンテンツだ。

システムでしか出来ない変革もあるだろう。
システムの側に立つことは、ある意味では時代を生き抜く戦略かもしれない。
時にシステムが矛盾している時、システムを構想する執念が必要かもしれない。
システムの本質を見ようとしないのは、逃避であり、怠惰でもあるだろう。
一方で、システムの本質とはつまり、システムを見る「角度」かもしれない。
システムにとっての個人に収斂されない個人があるように、徹底的に個人を志向することでしか浮かび上がることのないシステムもあり得るだろう。
まさに村上春樹さんがいうように、これは「正しさの問題」ではないのだけれど。

ちなみに、村上春樹さんのスピーチは、巷の評価に違わず、素晴らしいです。
学生の頃は、彼の全作品を読破していたのに、最近は随分距離が出来てしまって。
もう一度、読み返してみようかな。

Wednesday, February 11, 2009

"I have a dream"

NHKでマーティン・ルーサー・キングJr.のドキュメンタリーを観て、思った。
「I Have a Dream ~キング牧師のアメリカ市民革命~」
(2月11日放送、NHK『その時歴史が動いた』)
http://www.nhk.or.jp/sonotoki/2009_02.html

1つは、つまりは「制度」の問題だということ。
JFKによって公民権法が成立したことが、直截的には世界を変えた。
公営バスのボイコットにしても、制度を変えることを明確に志向していた。
人権思想の啓蒙を通じて人々の意識を変えようとする一方で、制度を変革する為の戦略と具体的施策を、常人の域を越えた熱意で推し進めていった。
制度からの自由ではなく、制度自体を変革することで、自由を担保しようとした。

「制度」との距離を見据えていないが故の迷走は、至るところにあるような気がする。
つまらない話だけれど、会社のような組織でも、同じような構造があるね。

もう1つは、「感染動機」ということ。
『14歳からの社会学』(宮台真司著、世界文化社)を読んで、共感したことだけれど。
動機には、3つのタイプがある。
まずは、競争動機。つまりは、競争に勝利することの喜びを源泉とする動機。
次に来るのが、理解動機。物事を知る/分かること自体の喜びを源泉とする動機。
この2つは、体験的にも分かり易いよね。
ただ、重要なものが残っている。それが「感染動機」だ。
宮台さんの場合、小室直樹と廣松渉という2人の賢人に感染したのだそうだ。
尊敬する人間に感染し、自己の思考/思想を同一化していく。
今、小室直樹ならばどう考えるだろう。廣松渉はどう生きるだろう、というように。
感染した人間の視点を想像し、そこから世界を見つめ、そういった思考の過程を自分のものとして結晶化していく。そしてある時、卒業する。感染していた人間の視点から自由になって、その時に初めて、知識や思考は自分自身のものとなっていく。

マーティン・ルーサー・キングJr.にとってそれは、マハトマ・ガンジーだった。
そういった主旨のコメントがあった訳ではないが、そんな感じがした。
「個性」の時代が喧伝される中で、「感染」はその本質を誤解されている気がする。
感染こそが、変革の契機なのだと、おれは思います。
マーティン・ルーサー・キングJr.においてさえ、ガンジーという源流があったんだ。
オリジナルというのは、感染と離脱の過程にしかないのだと思う。

ちなみに。
あの有名な演説は、今でもインターネットで聴くことが出来ます。
Martin Luther King, Jr. "I have a dream"
もう何度となく聴いた。
番組では伝わらない、本当の演説の魅力が満ち溢れています。
初めて聴いた時には、英語もろくに聴き取れないのに、鳥肌が立ったからね。

Sunday, February 08, 2009

瑞穂にて

2月8日、日曜日。
瑞穂ラグビー場にて、名古屋クラブのイベント・マッチに参加してきた。
タマリバでもやっているover-under matchだね。
30歳未満/30歳以上で分かれて、25分ハーフの(一応)真剣勝負。
over30が前後半ともに風上という好条件も、スタミナ不足は如何ともしがたかった。

個人的にも、久しぶりのラグビー。
爽快だったけれど、全く走れない自分自身に驚いてしまった。
相当走らないと、もう少し踏み込んだ意味での「楽しさ」には、全然辿り着かない。
勿論、ボール持って走るだけでも楽しいことは楽しいのだけれど、折角色々な仲間がいて、瑞穂ラグビー場まで貸していただけるのだから、「ラグビーを」楽しみたい。

でも、まあ今日のところは、ラグビーができたことだけで感謝かなと。
福井や徳地といった昔の仲間もいたし、遠藤や高品さんともプレーできたので。
またやりましょう。

Tuesday, February 03, 2009

敗戦の先

平成21年2月1日(日)全国クラブ選手権決勝。
駒場WMM 17-64 タマリバクラブ(12:00 K.O.@秩父宮ラグビー場)

クラブ創設6年目にして辿り着いたクラブ日本一への挑戦が、終わった。
正確には「ひとまず終わった」ということだけれど。
今シーズンのチームは、この50点差が到達点だったということなのだろう。
シンプルに、タマリバの地力が上回っていた。
勝負の土俵には、間違いなく乗った。ただ、勝利の兆しを掴むには至らなかった。
この差が重要です。1勝が遠かった学生時代を思い出すね。
でも、この差は埋められます。

自分自身は、ジャージを着なかった。
ウォーターボーイとして、ベンチサイドにいた。
土壇場でチームに貢献することができず、複雑な思いです。


タマリバには、凸がいた。
小山も北瀬も三四郎もいた。安川もいた。康治さんは相変わらずだった。
敵ながら、素晴らしいです。

Friday, January 16, 2009

living story

嬉しい。
自分とは全く違う世界を生きている友達に、途轍もない程の刺激をもらった。
全く違うとは言っても、やっぱりそこは世界だから。
おれに世界があるように、彼にも世界があって、それは多元的な、どこまで行っても別々のものなのだけれど、やはり世界ではあるんだ。

「ネットワーク」というものが、おれはあまり好きではなかった。
人脈を中心とした情報ネットワークの価値や重要性を否定するつもりはないけれど、「ネットワークこそ全て」といった風潮に対して抵抗感を持っていたんだ。
シンプルに言えば、功利的な思惑が先行するネットワーク「幻想」への抵抗。
今もその思いは変わることなく脈々とあって、もっとストレートに、もっとダイレクトに、「他者の『生』そのものへの感応」こそがすべてなのだと、それだけで充分なのだと、少なくとも自分自身はそう生きたいと思っています。

"The universe is made of stories, not of atoms."
ストーリーって、いい言葉だね。

Thursday, January 15, 2009

birth

2009年1月14日(水)2:13 a.m.
新しい家族が増えました。
前日の10時頃に陣痛促進剤の点滴を始めて16時間、分娩室の黄色のベッドの上で、小さな命が、産まれたばかりのその顔を覘かせてくれました。
小さな命といっても、3,538グラムの大きな女の子。
産声を聞いた瞬間は、とても感動的でした。

本当に大変な思いをして頑張ってくれたパートナーに、とにかく感謝しています。
今日この日から、また新しい生活が始まります。

Saturday, January 03, 2009

漬かる

随分久しぶりの更新。
暫く書かずにいたら、新しい1年が始まってしまった。
新しい1年間を通じて、もっと自分を成長させていきたい。

年末年始は、基本的にラグビーと映画を観て、本を読んでいた。
勿論、名古屋まで訪れてくれた実家の両親と食事を共にしたり、パートナーとゆっくり過ごしたりもしていたけれど、纏めて振り返ってしまうと、この3つが多かった。

ラグビーは、高校/大学/社会人を問わず、暇さえあれば観ている。
録画したが観ていなかった過去の試合も、この機会に纏めてチェックしている。
昨日も、大学選手権の準決勝2試合をTVで観戦していた。
早稲田大vs東海大(36-12)、帝京大vs法政大(36-10)共に、もう少し接戦になると思っていたのだけれど、最終スコアは予想以上にが開いてしまった。どちらの試合にも共通するけれど、セットプレーとブレイクダウンが明暗を分けた。J-SPORTSで解説していた岩渕さんの言う通りだ。

しかし、ここ数日ラグビーを観ていて思うことがある。
ずばり、高校ラグビーが面白い。大学ラグビー/トップリーグよりも面白いかも。
これは甲子園的な青春の感慨ではなくて、ラグビーとしても輝くものがあるんだ。
特に素晴らしかったのは、常翔啓光学園高校vs東京高校(7-3)のゲーム。
後半ロスタイムに惜しくも涙を呑んだ東京高校。
彼等のシャローディフェンスは圧巻だった。
まさに魂のディフェンス。凄まじい気迫と、肉体を本物の槍に変える確かな技術。
狙い込んで、瞬時に間合いを詰める。気づいた時には、突き刺さる。
ただの特攻じゃない。徹底的に訓練された選手達による、計算し尽された博打だ。

それでも、啓光には紙一重の差で勝てなかった。勝負の世界の厳しい現実。
ただ、東京高校の選手達は本当に素晴らしいラグビーを体現してくれた。
知性/信念/勇気/挑戦/気概/無心、様々語り尽くせない魅力が結実していた。
それを、後半ロスタイムに打ち破ってみせた啓光学園も、勿論素晴らしい。
清清しく闘い、散り際も見事ならば、勝ち様も見事。心から感動させてもらった。

ラグビーのことばかり書いてしまうので、映画のことも。
纏まった量の映画を一気に観るのは、本当に久しぶりのことだった。
短期間に6本観たのは、学生時代以来かもしれない。
学生時代にも、さほど多くの映画を観た訳ではないけれど。

『アキレスと亀』(北野武監督、2008年)
『鉄コン筋クリート』(松本大洋原作/マイケル・アリアス監督、2006年)
『さくらん』(安野モヨコ原作/蜷川実花監督、2007年)
『2001年宇宙の旅』(スタンリー・キューブリック監督、1968年)
『フェリーニのアマルコルド』(フェデリコ・フェリーニ監督、1974年)
『ロイドのスピーディー』(テッド・ワイルド監督、1928年)

それぞれ思うところ多い作品だけれど、あえて書くならば『鉄コン筋クリート』。
素晴らしい映画だった。作品世界に感覚を没入させていくのに多少時間を要するけれど、ひとたび足を踏み込むと、その後はクロとシロが生きる「宝町」そのものに引力があるかの如く、松本大洋の描く世界観が観る人間の心を侵食して離さない。
もっと早く、劇場で観ておけば良かった。

Sunday, December 07, 2008

早明戦

12月7日、日曜日。
名古屋市美術館で企画展『ピカソとクレーの生きた時代』を鑑賞。その後、丸善あたりをぶらついてから、夕方自宅に戻って、録画しておいたラグビーを観たのだけれど、非常に素晴らしかった。(ピカソの作品も勿論素晴らしかったけれど。)

関東大学ラグビー対抗戦 最終節
明治大 24-22 早稲田大(14:00K.O.@国立競技場)

「メイジ」の魂というか、気迫は凄まじかった。
明治大のゲームを観るのは3試合目だけれど、今までとは全く違った。
自分達のプライドを意地でも守り抜いてみせるのだという強い意志を感じた。
「存在証明」というと大袈裟かもしれないけれど、それだけの迫力があった。

まさに学生ラグビー、それも「伝統の一戦」ゆえの劇的な展開。
「学生ラグビー」というものの魅力/怖さ/可能性、色々な要素が詰まっていた。
「勝つことでしか自分達の4年間は証明できない」とでもいうような、明治の4年生達の闘志溢れる突進と激しいタックル。「俺達は明治なんだ」と叫ぶような接点の激しさと執拗なコンテスト。本当に素晴らしかった。
ゲームコントロールには粗さもあったし、幾つか致命的なミスもあったと思うけれど、彼らの信念を覆すほどには致命的ではなかった、ということかもしれない。

こういう試合を、東大ラグビー部の皆にも観てもらいたい。
きっと観ているとは思うけれど、自身の闘争心に照らしながら観てほしい。
気持ちだけじゃないのは事実。
でも、気持ちがこれほどまでに劇的にチームを変えてしまうこともある。
これだって、紛れもない事実だ。
早稲田のメンバーも、きっと闘争心を持って臨んだはずだ。慢心していた訳でも、気を抜いた訳でもないと思う。でも、本当の意味で崖っ縁に立たされた人間が開き直った時の「強さ」が、早稲田フィフティーンを凌駕したのだと思う。

勿論、伏線はあったはずなんだ。
1つは、明治のメンバーはやはり底力を持っていた、ということ。
もうひとつは、開き直った時に立ち返る場所(「前へ」)があったことだと思う。
信念のある学生チームは、ここぞという時に強いね。
時には信念が制約となり、柔軟性と創造性を失わせてしまうこともあるけれど。

さて、幾つか気になったことがある。
あくまで結果論に過ぎないし、現場には様々な思惑があるのだろうけれど。

後半に入ると、早稲田は次々とメンバーを交替した。
一方の明治は、怪我による交替の他には、PRを1人替えただけだった。
早稲田は何故、交替カードを切ったのだろう。
疲労したスターターを替えて、チームに勢いを与えようとしたのか。
あるいは、タイプの異なる選手を投入して、流れを変えようとしたのか。
でも、こういう試合においては、もう1つの重要な要素として「メンタリティ」を考慮しても良かったのではないかと、個人的には思ってしまった。
早稲田のリザーブは、劣勢の状況で投入された経験は殆どないだろう。
更に言えば、今季の戦績を見れば、敗北など誰1人として予想していなかったはずの大舞台「早明戦」での劣勢だ。そう考えると、多少酷な場面だったかもしれない。
リザーブの選手達の性格や特徴を何も知らないので、勝手な推論になってしまうけれど、レギュラーのプライドに託した明治とは対象的だった。
ただし、4年生は別だ。
大学ラグビーにおいて、4年生の心意気は特別なものだと思う。
その意味では、上田選手の投入はむしろ遅いのではと思ってしまったけれど。

一方の明治は、メンバーを替えなかった。
それは、スターターのプライドを信じ抜いているように感じられた。死ぬ気で闘っているレギュラー15名を、1人として替えられない。彼等に失礼なことは出来ない。そんな思いがあったのではないかと、勝手に想像してしまう。
結果的には、これは正解だったと思う。明治フィフティーンは、チームの期待に応えた。疲労困憊の状況でも、最後まで前に出続けて、死力を尽くして闘った。
偏った見方かもしれないけれど、そう思いたくなるようなパフォーマンスだった。

勝手な意見で、関係者には本当に申し訳ないけれど・・・。
色々な意味で、心を打つゲームであり、学ばせてもらったゲームだった。

Sunday, November 16, 2008

Good News

今週末は名古屋にいたのだけれど、東京から良い知らせが届いた。
東大ラグビー部が、19-17で学習院大に見事勝利したとのこと。

本当に良かった。
2002-2003シーズンに対抗戦Bリーグへと降格して以降、東大は学習院大に一度も勝ったことがなかったけれど、6年の時を経て、ようやく白星を勝ち取ってくれた。
まずは、グラウンドで戦った学生のみんなを讃えてあげたい。
こうやって、1つずつ自信を培っていけばいいんだ。
ずっと勝てなかった相手を乗り越えて、チームはまだ成長していくはずです。
今季のラストゲームとなる成城大戦では、この自信を胸に、もっと成長しよう。
きっと強くなれるし、逞しくなれるはず。


ちなみに、土曜日は名古屋大ラグビー部の練習に顔を出してきた。
最近ちょくちょく参加させてもらっているのだけれど、学生と接するのは楽しいです。
彼等は思うような結果が出ずに苦しんでいるけれど、なかなか良い選手もいて。
何度か勝手に参加しているうちに、少しずつ「関係」の芽が出来てきたかも。

Sunday, November 09, 2008

タマリバ戦

11月9日、日曜日。
東日本トップクラブリーグ、決勝。
駒場WMM 16-34 タマリバクラブ(14:00K.O.@秩父宮ラグビー場)

敗戦。
非常に悔しいけれど、個人/チーム共に、今持てる実力は出せたと思う。
この20点こそが、数年に渡ってトップクラブであり続けるタマリバとの差だね。
気持ちの乗ったプレーが随所にあり、手応えを掴めるシーンも少なくなかったけれど、一方で、様々な意味でチームの「弱さ」を露呈するプレーもあった。
こういうタイトなゲームにおいて、その弱さを如何に消し去れるかが、次の課題です。

試合に出られなかったメンバーやスタッフの皆には、本当に申し訳なかったです。
苦渋の決断でメンバー選考をした首脳陣の期待に沿えず、本当に申し訳ない。

ちなみに。
個人的には、三四郎や高村と試合ができたことは、とても嬉しかった。
北瀬がスターティング・メンバーで本当に嬉しかった。
宮原がいなかったのは残念だったけれど、トドコロと対戦できたのも良かった。
また試合しよう。今度はうちが勝つけれど。

Sunday, November 02, 2008

青学戦

11月2日、日曜日。
関東大学ラグビー対抗戦Bグループ、第5戦。
東京大 15-91 青学大(14:00K.O.@青山学院大学淵野辺グラウンド)

完敗。
特に後半は、何もできなかった。
結局のところ、個々のコアスキルが足りなかった。
タックルを倒し切れない。相手より早くセットできない。インサイドショルダーで相手を追い込むことができない。ボールコントロールを正確にできない。
戦略/戦術の前提となるベーシック・スキルが、目標のレベルに遠く及ばなかった。
悔しいけれど、この悔しさを糧に、次へと向かうしかない。

素晴らしいリーダーに成長した石渡を、チーム全員で勝たせてあげたい。
限られた時間の中で、少しでも成長して、全力を振り絞って残された2試合を闘おう。
悔いを残さないように。

Tuesday, October 28, 2008

reducted

日曜日のことだけれど、久しぶりに映画を観に行った。
ブライアン・デ・パルマ監督・脚本の『リダクテッド』という作品だ。
http://www.cinemacafe.net/official/redacted/

イラク戦争の惨禍の渦中にあって、米軍兵が15歳のイラク人少女をレイプし、家族を惨殺する。現実に起こってしまった悲惨な事件を題材としながら、あくまでフィクションとして「戦争の裏側」にある残虐を描いた作品だ。(実際の被害者は14歳)

作品の評価は様々あると思うけれど、個人的にはすっきりしない感触が残った。
レイプ事件の現場にあって、それを制止できなかったマッコイを描いたラストシーン。
彼は深い絶望と後悔に涙するけれど、次の瞬間のカットに疑問を覚えてしまった。
アメリカ国民にとって、また彼の友人達にとって、彼は「英雄」だったとしても・・・。

それがアメリカの「現実」だと言うならば、あのカットこそが問題提起の本質なのかもしれないけれど、個人的には釈然としない「異物感」が、どうしても残ってしまう。
挑戦的で、手法としても興味深く、良い映画だとは思うんだけどね。

Sunday, October 19, 2008

タマリバ戦

東日本トップクラブリーグ第3戦
駒場WMM 10-64 タマリバクラブ(15:00K.O.@保土ヶ谷ラグビー場)

敗戦。
仕事できなかった。
個人的には、前半のディフェンスミスが全て。あれで終わってしまった。
悔やんでも悔やみ切れない。

何故ツメてしまったのだろう。
単純なミスなのだけれど、何故それほど単純なミスを・・・。
今更ながら、また最初から全部やり直すしかない。


同じ日、東大ラグビー部の対抗戦もあった。
主将の石渡から連絡があって、上智大に38-28で勝利したとのこと。
昨年の雪辱を晴らしてくれて、本当に良かった。
試合の応援に行くことが出来なくて、彼等にはとても申し訳なかった。
彼等と一緒に勝利することができれば、一番良かったのだけれど。

Monday, October 13, 2008

高麗戦

10月13日(月・祝)、東日本トップクラブリーグ第2戦。
駒場WMM 50-19 高麗クラブ(12:45 K.O.@熊谷ラグビー場)

⑩森山が後半5分で負傷退場したので、SOで出場。
我ながら酷かった。落ち着いてプレーできなかった。
もう少し上手く捌けるイメージを持って臨んだのだけれど・・・。
反省点が多すぎて、書き切れないけれど、とにかくチームが勝って良かった。

小寺さん、SO教えてください。

Monday, October 06, 2008

赦す境地

『生かされて。』(イマキュレー・イリバギザ著、PHP研究所)、読了。

ルワンダで実際に起きたツチ族虐殺の渦中を生き延びた女性の物語。
信じ難いこの凄惨/残酷/狂気の全ては、つい10数年前に実際に起きた悲劇だ。
虐殺で肉親/兄弟の全てを失った彼女が、深い祈りの先に辿り着いた境地。
彼女の深い信仰心、人間への愛情、深淵なる「赦し」に、心を打たれると思う。

多くの人に読んでもらいたい。