Tuesday, November 07, 2006

東京人生

11月4日(土)、ある写真展を観に行ってきた。
江戸東京博物館で開催されている荒木経惟さんの回顧展『東京人生』ね。
http://www.edo-tokyo-museum.or.jp/about/josetsu/dai2/2006/1017/1017.html

感動した。
「シャッターを切る」という単純で誰にでも出来る行為の結末が、何故これほど違うのだろうと、何度となく息を呑んでしまった。持っている幾つかの写真集に収められている作品も何点かあったけれど、回顧展という全体のなかに位置づけられることによって、それぞれの作品がまた違った面持ちを浮かべていて、新鮮であり、作品の魅力を再発見したような感覚だった。

以前にも書いたけれど、荒木経惟という人は、とてもやさしいのだと思う。
写真を観ていると、対象との抜群の距離感が伝わってくるんだ。
ぬくもりとやさしさ、そして生まれ持った親近感をもって、すっと相手との心の距離をすり寄せていくような、アラーキーの人間的な暖かさを、どの写真からも感じ取ることが出来る。当然会ったことも話したこともないわけで、全ては作品からの勝手な想像にすぎないけれど、それでもどうしたってそう思ってしまう。そして、魅力的な写真の数々を観ているうちに、やがて自分自身の内面にベクトルが向いていく。すぐに自分の殻に閉じこもって、相手との距離感をつめていけない自分の弱さに対して、強烈なメッセージというか、変わるための最初の一歩への励ましをもらっているような気がして、うれしさと、人のあたたかさと、むずがゆさとが織り混ざったような気持ちになるんだ。

紛れもなく天才。
自らを「写神」といって憚らないそのバイタリティと想像力は、感動的です。

Sunday, October 29, 2006

瑞々しさをつかむ

村上龍さんの小説『ラブ&ポップ』読了。

龍さんの小説を読むのは久しぶりだったけれど、相変わらず素晴らしかった。
援助交際を扱った小説で、発表当時はセンセーショナルな作品として話題になったような記憶がある。庵野秀明監督作品として映画化もされていて、龍さんの数多い著作のなかでも認知度の特に高い作品のひとつではないかと思うけれど、そういったことではなくて、この作品は純粋に魅力的であり、繊細で瑞々しく、丁寧で構成力に富んでいて、つまりは単純に良い小説だった。

自分が高校生の頃は、どうだっただろう。
がちがちに頭が固くて、意固地で、青くて、今以上に何も知らなくて、この小説に登場する4人の女子高生たちのような繊細で研ぎ澄まされた感性に対する眼差しは持っていなかったのだろうと思う。ラグビー部の仲間と過ごす毎日が楽しくて、ただそのことばかりを考えていたからね。

同じ制服を着て、似たような化粧と髪型で街を歩く女子高生の集団を眺めているうちに、「女子高生」という言葉だけでは語れない多様な感性が、ひとつの象徴的なイメージとなって自分の中で固定化され、収斂されていく。それはきっと、殆ど全ての人間にとって、ある程度は避けられない無自覚的な意識の作用なのだと思うけれど、それだけでは、やっぱりどこか寂しい。例えばこの小説に描かれた4人の女子高生の瑞々しさやデリカシー、自分を取り囲む世界への眼差しのようなものを、勝手な解釈で一般化して、固定的な概念に埋没させてしまうのは、想像力の怠慢だよね。結局は、自分自身の無自覚的な認識に対して、はっきりと自覚的に、意識的に抗い続けていくしかないのだと思う。

村上龍さんという人はたぶん、ずっとそうして日々を生きているんだろう。

Monday, October 23, 2006

誰も知らない

柳楽優弥少年がカンヌ国際映画祭で最優秀男優賞を受賞したことで話題となった、是枝裕和監督の映画『誰も知らない』をDVDで観た。

ありきたりな感想になってしまうけれど、切ない映画だった。
「情」に飢え、渇望する4人の子供達の姿が痛ましく、そして切ない。
親の愛情、仲間の友情、街の人情。情にも様々な形があると思うけれど、最も身近な存在であるはずの母親の愛情が、ニグレクトによって奪われてしまった4人の子供達は、決定的に情に飢えていた。
彼らが降り注がれる情にもっと恵まれていたならば、と思う。
ラストカットにささやかな希望の一端が垣間見えるのかもしれないけれど。

それから。
この映画も観ていて、もうひとつ感じたことがある。
それは、とても写真的だということ。
静かに流れるスライドショーに、物語を載せたような印象だった。
ひとつひとつのカットの構図と対象の配置、或いはフレームに注がれる光と画面の色調、そういった様々な要素が極めて写真に近いと感じた。繊細で美しいカットが幾つもあって、そのやさしさが物語の切なさと相まって、独特の作品世界を創り出していた。写真もそうだけれど、すべてのベースは光なのだなあと、映像に魅入りながら、光の美しさに思った。

三鷹戦

10月22日(日)東日本トップクラブリーグ第4戦
タマリバ 46-7 三鷹オールカマーズ(12:00K.O. @岩崎電気グラウンド)

リーグ戦の最終戦、まずはきちんと白星をつかんだ。
次は11月12日、秩父宮での決勝戦。相手はもちろん北海道バーバリアンズだ。
やるべきことは2つだけ。
まずはレギュラーをつかむこと。そして、試合で圧倒すること。

日曜のゲームでも、やはり課題が残った。
ずっと分かっていながら修正できない点があるんだ。プレーしていて、「違う」ということは明確に意識できるのだけれど、身体が反応しない。今の自分にとっての最大の課題は、そのギャップを埋めることだね。残っているチャンスは今週末のYC&AC戦を残すのみだけれど、少しでも自分のイメージに近づけるように、目的意識を持ってゲームに臨みたい。大西さんが昔よく言っていたように、動物的に。

Saturday, October 21, 2006

空中庭園

角田光代さんの小説が原作の映画『空中庭園』を観た。
つい最近、小説を読み終えた後輩が連絡をくれたのをきっかけに、どうしても観たくなって。ちょうど今の気分にもマッチしていたからね。

原作となった小説『空中庭園』が、おれはとても好きだ。
この小説のよさは、距離感と温度。京橋家というひとつの家族を構成する人間たちの距離感と、そこに見えたり隠れたり、あるいは隠し切れなかったりする心の温度が、とても丁寧に描かれている。とてもやさしい小説だと思う。

それで、映画について。
おれ個人の感想としては、映像が語り過ぎている気がするかな。制作者側の意図が透けてみえてしまう部分が、逆にノイズになっているように感じた。それでも小泉今日子、鈴木杏、大楠道代といった女優が肝となるシーンを見事に演じ切っていることで、特に後段は見応えのある作品になっていると思う。
作品のなかに登場するコウという少年がおれは好きで、映画の中での描かれ方に期待を持っていたのだけれど、若干イメージが違ったのは残念だった。もう少し乾いた雰囲気があって、モノクロームの写真のようなイメージだったんだけどね。ミーナから建築物の写真を大量に譲り受けるシーンがなかったのも、ちょっと残念だった。映画全体の中では脇のストーリーかもしれないけれど、コウの建築物への志向のなかに、彼のやさしさと切なさが垣間見えるような、そんな印象を持っていたからね。

もういちど、小説読み返してみようかな。

Thursday, October 19, 2006

記憶

今日はなんだかしんみりしてしまう1日だった。
随分久しぶりに「いつかのメリークリスマス」なんかをかけてしまったりしてね。

そんな時に、実家の母から連絡があった。
昨日、叔父さんが亡くなったそうだ。
恥ずかしながら顔も思い出すことが出来ないけれど、刃物職人だった。
「信光」と銘打たれた包丁。
実家で使っていたことが朧気に、でも確かな感覚を伴って思い出されます。

滅多にないくらい早く帰宅して、近所を歩いた。
カメラを首にぶら下げて、すっかり日が暮れた後の街を数枚撮った。
シャッターを切るたびに、少しだけ自分の内側が洗われていくような気がするんだ。
パレットの、絵の具が乗っていないスペースが、ちょっとだけ増えていくように。
いくら洗っても、混ざってぐちゃぐちゃになって、固まった絵の具は取れなくて、綺麗さっぱりとはいかないけれど。

おれは基本的に、昔のことを覚えていない。
保育園や小学校の記憶はほとんど皆無に等しく、高校の卒業旅行でさえ断片的な記憶しかない。幼少期の記憶の欠落は異常なほどで、本当に何も覚えていない。唯一覚えているのは、保育園の頃に、マーチングバンドの練習で先生に怒られて、3時のおやつが無しになってしまったことくらいだ。それ以外に覚えている数少ない記憶も、実際には物心がついた後、親や友達との会話をベースに自我が再構成した部分が少なくないのではないかと思っている。

きっとこれからも、今までと同じように多くのものが記憶からこぼれ落ちていくだろう。
そのことが哀しい訳ではないんだ。勿論全く哀しみがないといえば嘘になるけれど、失うことのない記憶だってあるはずだし、失いながら、別のなにかを記憶に留めて、そうやってしか生きられないからね。
おれが撮った写真の中には、何かが残ってくれるのかな。

Monday, October 09, 2006

豪徳寺

タマリバの練習を終えた後、豪徳寺を訪ねた。
学生時代の5年間を過ごしたこの街も、訪れるのは5年振りだ。

小田急線のホームに降り立って、駅の改札を出た途端、驚いてしまった。
駅前の一角が、当時とまったく違う街並になってしまっていたんだ。
マクドナルド。タリーズ。サンマルクカフェ。デニーズ。当時はなかったチェーン店が駅前に乱立していた。その一方で、当時よく晩飯を食べたキッチン南海は潰れてしまっていた。自転車の駐輪場が経堂へと向かう線路沿いに整備されて、路面の舗装も大幅に進んでいて、総じて綺麗になっていたように思う。
ただ、なんだか匂いがなくなってしまった。
どの街も同じような風景になっていく。経堂でなく、梅が丘でない豪徳寺があってもいいじゃないかと、おれなんかは思うのだけれど、時代の必然なのだろうか。路地を少し分け入っていけば、当時とそれほど変わらない懐かしい街並が残っているのだけれど、プラスチックのような質感の覆いかぶさるエリアは、時間の経過とともに、今後もっと広がっていくことだろう。少し寂しかったりもするけれど。

Cafe Djangoにも立ち寄った。学生時代に何度か足を運んだ喫茶店。
ここは変わっていなかった。マスターの表情も5年前と変わりなく、昔からの空気が店内に上手に閉じ込められているような感覚だった。豪徳寺が誇るお洒落な喫茶店だと勝手に思っているのだけれど、相変わらず上品で居心地の良い空間だった。
昔はバニラリキュールをほんの少し加えたエスプレッソがあったんだ。初めて飲んだ時の感激が忘れられず、メニューを探したのだけれど、今はもう扱っていなかった。絶妙な香りとほのかな甘みがあって、本当に美味しい珈琲だったので、楽しみにしていたのだが、ちょっと残念。マスターにその話をしたら、「よく覚えてますね」と懐かしそうな笑顔で応じてくれた。人柄の伝わる優しい表情。とても嬉しかった。
またいつか、立ち寄ろう。数ヵ月後かもしれないし、数年後かもしれないけれど。
http://www3.ocn.ne.jp/~flower/django.html

Sunday, October 08, 2006

公式戦 #2

10月8日(日)東日本トップクラブリーグ第2戦
タマリバ 74-23 高麗クラブ(13:00K.O. @水戸ツインフィールド)

後半からの出場。ベンチスタートは久しぶりだけれど、居心地が悪いね。
まだCTBとして信頼感がないということだと肝に銘じて、今後も練習していきたい。
グラウンドの外側から観たあの前半を忘れずに。

Tuesday, October 03, 2006

スナップ

スナップ写真を少しずつ撮り溜めている。
今はスナップを撮ることが単純に楽しくて、写真のことが頭から離れない。


毎週末、タマリバの練習を終えた後は、カメラを持って街に出るようにしている。
Nikonの一眼レフを肩から下げて、中古のLeicaをジーンズのポケットに突っ込んで。
撮りたいと思った瞬間にシャッターを切るのは思った以上に難しい。技術的な問題も当然ながら多々あるのだけれど、それ以上に、どこかで自分自身にブレーキをかけてしまっているのだと思う。
自分を護りながら撮っているような感覚。何を護っているのかは分からないけれど。
その先に行けたらきっと、写真を撮ることがもっと楽しくなるような気がします。

次はどこに行こうかな。

http://app.tabblo.com/studio/person/fukatsus/
既に気づいてくれた人も幾人かいるけれど、Linkにも追加したので是非。

Wednesday, September 27, 2006

Monday, September 25, 2006

Profitではなくて

村上龍さん編集長のメールマガジン「JMM」を読んでいるのだけれど、9/25(月)の連載のあとがきに、興味深いコメントがあった。JMMというメディアの運営が利益を生まない状況を語った龍さんに対して、龍さんと共著も出版している伊藤穣一さんが語った言葉だ。ちょっと長くなるけれど、JMMから引用してみたい。

『「インターネットはあまりに民主的なメディアなので儲からないし、儲けようと思うのは間違いだ。儲からなくても、つまりprofitがなくても、JMMによって、村上さんは、またJMMそのものも、valueを獲得している。それが大事なんじゃないかな」というようなニュアンスのことを言われて、目が覚めたような気がしました。』
(JMM [Japan Mail Media] No.394 Monday Editionより)

Value, not Profit.
この違いに敏感でいたい。伊藤穣一さんがこの言葉を発する時に、あるいは村上龍さんがこの言葉を受け止めた時に、きっと彼らには”value"に対する自身の軸があったはずだ。valueはとても個人的で、プライベートで、それゆえにアイデンティティの根幹に関わってくるものだと思う。「なにをvalueと位置づけるのか」という問いそのものが既に、その人間の本質を内包しており、更に言えば、その問いに対する姿勢こそが「生き方」と言われるものだろう。

valueは時に、profitへと還元される。"profitable value"として、そこから派生するprofitの総量をもって、valueが計測されていく。
でも、どこかでprofitに落とし込めない地平があるはずだ。
どこまでいってもprofitに還元できない最後の上澄みのようなvalue、きっとそれは、今のおれが最も切実に追いかけているものなんだ。

Sunday, September 24, 2006

レンジファインダー

いつものようにタマリバの練習を終えた後、新宿に向かった。
中古カメラを探しに行こうと思って。

最初に買った一眼レフカメラ「Nikon FM10」はとても使い易く、初心者のおれにとって全く不自由のないカメラなので、気に入って毎週末鞄に入れて持ち歩いている。なんだか照れ臭くてなかなか出来ないのだけれど、自分にとって気になる風景や街並に出遭った時に、いつでもシャッターを切るようにしたいと思って。レンズは35-70/F3.5の安価なズームレンズ一本しかないけれど、今のおれにはこれだけで十分だ。

ただ、一眼レフカメラは、どうしても本体が大きいんだ。FM10は一眼レフの中ではかなりコンパクトな部類だと思うけれど、それでも例えば通勤鞄に忍ばせておいて、移動時間や帰り道に写真を撮ろうと思っても、さすがに通勤鞄に入るサイズではない。それから、シャッター音が少し大きい。音自体はとても気に入っているのだけれど、街中や電車で他人を撮ったりすると、結構目立ってしまうと思う。
そんな訳で、もっと気軽に携行出来て、シャッター音の小さなカメラが欲しくて、新宿駅西口側にある中古カメラショップに初めて行ってみたんだ。

求めるものを考えると、コンパクトカメラが適切だったのかもしれない。
カメラを持って街に繰り出して、気に向いた瞬間にシャッターを切っていくには、最も向いているような気もしていた。高性能なコンパクトカメラだと、おれには十分すぎるくらいの機能を備えているし、影響されやすいおれは、森山大道さんが主に利用しているというRicoh GR21なんかが気になったりもしてね。

でも、実際に店頭にずらっと並んだ中古カメラを見較べて、色々な機種を実際に触らせてもらって、販売員の方の説明を詳しく聞いているうちに、どうしようもなくレンジファインダーカメラというものに心を奪われてしまった。

コンパクトなデザインと手頃な価格で最初に目に留まったのは、Zolkyというロシア製のカメラだった。ショーケースから出してもらって、説明を受けながら実際にシャッターを切ってみる。二重像を重ねていくレンジファインダー独特の焦点の合わせ方が面白く、また戦後間もない頃に作られた機械式のカメラで、電池なしで全て動かせる精緻な設計に、思わず虜になってしまった。
ただ、Zolkyは二重像が薄くて焦点が合わせづらく、若干難ありだったので、販売員の方に他の手頃なカメラをリストアップしてもらい、とにかく触って、覗いて、シャッターを切ってみた。ショップの方には随分手間をかけさせてしまったけれど、実際に幾つものカメラを手に持ってみると、ショーケースの向こうに眺めている時とは印象が全く違って、それが純粋に楽しかった。

それで、随分考えた末に、1台のカメラを買ったんだ。
Leica ⅡCというレンジファインダー、それから50mm/F3.5の標準レンズね。
中古品のなかでも極めて安価なものを選択したとはいえ、決して安い買い物ではなかったけれど、本当に嬉しかった。なにせ1948年に製造されたカメラなので、当然傷も多いし、スローシャッター機能もなければ露出計もない、本当にベーシックなものだけれど、とにかく愛着の沸くカメラだったんだ。外観の傷などはむしろ「戦後」を生き抜いた格好良さに見えてしまうくらいだ。

操作はちょっと難しそうだけれど、少しずつ慣れていきたい。
きちんと使いこなせるようにして、モノクロームの写真を沢山撮ってみたい。

Saturday, September 23, 2006

欲望, リアリティ, 感動

森山大道さんの『昼の学校 夜の学校』読了。
写真を学ぶ学生に向けて行われた森山さんの4回の講義、そして学生との質疑応答を纏めた作品。森山大道という写真家の飾らない姿が垣間見えて、非常に読み応えのある内容だった。

写真に興味がなくても、きっと感じるものがあると思う。
写真というひとつの表現の枠組みを越えて、心を揺すぶる魅力と迫力があった。
おれなんてまだ何もしていないのだなあと、写真を生きてきた森山さんの語る言葉が迫ってくる。刺激的に、でもどこか焦燥感と悔しさのような感触を伴って。

印象に残った言葉がある。

『オレが一番だという自信、過信、妄信。たとえ虚妄でもそんな塊になってやらないとダメなのね。個人の勝手な欲望から生まれたものにリアリティを見たときに、初めて人は感動してくれるんだよ。そこがなくて作ったものは結局伝わらないと思う。』
(森山大道『昼の学校 夜の学校』、184頁)

他者の感性を否定するのではない。
あくまで自分自身の感性に対する、ぶれることのない自信と信頼。
自分が惹かれる世界の姿にストレートに対峙していく、ある種の誠実。
それが、非常に印象的だった。

そして読み終えた時には、無性に写真を撮りたくなってしまうんだ。

Saturday, September 16, 2006

『瞬間の記憶』

いつものようにラグビーの練習を終えた後、映画を観に行った。
『アンリ・カルティエ=ブレッソン 瞬間の記憶』
http://www.longride.jp/hcb/
ロバート・キャパらと共にフォト・ジャーナリスト集団「マグナム・フォト」を創設したメンバーであり、20世紀を代表する天才写真家のひとりであるアンリ・カルティエ=ブレッソンが、自らの写真を語ったドキュメンタリーだ。

素晴らしかった。
いや、むしろ現在形で書いた方がしっくりくるかもしれない。
素晴らしい。
スクリーンに映し出される写真のひとつひとつが、すべてにおいて狂いなく、乱れなく、完全に構成されている。ほんのわずかな瞬間にしか表出することのない世界、それは裏返せば、その瞬間には確かに存在していた世界の姿であって、ブレッソンによって切り取られたその「瞬間」の姿は、観る人間の心の中に様々な「響き」を残していく。響きを静謐のなかに確かなダイナミズムが息づいていて、その美しいイメージは、まだ頭を離れない。

様々な写真のなかでも、特にポートレートの数々には改めて心を奪われた。
デュシャン、マン・レイ、カミュ、トルーマン・カポーティ、サルトルといった蒼々たる人間たちの持つ本質的な魅力、ふとした表情のなかにこそ浮かび上がってくるようなものが見事なまでに捉えられていて、どれも素晴らしかったのだけれど、敢えて特筆するとすれば、マリリン・モンローのポートレート。うまく言葉にできないけれど、スクリーンの世界とは違ったマリリン・モンローの魅力、隠すことの出来ないオーラのようなものが、その1枚に確かに閉じ込められていた。マリリン・モンローという人は紛れもなく「スター」だったのだなあと、その美しさに感動してしまった。

観てよかった。
同時代の空気を吸ってみたかったと、ちょっとだけ思ってしまったけれど。


『写真は、短刀の一刺し。絵画は瞑想だ。』
アンリ・カルティエ=ブレッソン

Wednesday, September 13, 2006

詩について

寺山修司さんの『詩的自叙伝 行為としての詩学』ほぼ読了。
ちょっと飛ばし読みしちゃったけれど。
詩というものに対する造詣のまったくないおれにとって、その意味するところをイメージできない部分も少なからずあったけれど、総じて読み応えのある作品だった。

「行為としての詩」といい、「印刷された文字の世界から詩を取り戻す」という時に、おれは「グラウンドにおける詩」ということを思ってしまった。ある時代の、ある瞬間において、例えばトイレの落書きが詩になり得るとするならば、今までおれがいたグラウンドにも、詩と呼んでいい言葉があったのではないか。もう少し厳密に言えば、グラウンドにおいて発せられた言葉や、あるいは言葉にならないなにかが、その発現の瞬間においては詩的でさえあったのではないか。
学生時代のラグビーを思い返すと、そんな瞬間は、きっとあったのだと思う。学生時代だけではないのかもしれないけれど、特に学生時代のラグビーには、そんな匂いがあったような気がする。詩を読もうなんてこれっぽっちも考えない人間の集団が醸し出していた泥臭さであったり、弱さであったり、せこさであったり、ずるさであったり、あるいはそういう自分に対する悔しさであったり、強さへのあこがれであったり、必死さや愚直さであったり、そういった諸々の混ざり合った瞬間が、たとえほんのわずかであったとしても「詩」として存在したことがあったと思うんだ。

そのことが、ちょっと懐かしかった。

最後に、この作品から拾った名言を。
『想像力の欠如、それは欠如を想像しないことである。』(67頁)

Sunday, September 10, 2006

バーバ戦

9月10日(日)、東日本トップクラブリーグ緒戦。
タマリバ 27-18 北海道バーバリアンズ

まずは勝てて良かった。
負けなかったことだけが、このゲームの収穫。
自分自身のパフォーマンスは全然で、課題が幾つも浮き彫りになってしまった。
また、やり直します。次は9月17日(日)、香港クラブだね。

それから。
長井さんと宗一郎さんが観に来てくれたことがすごく嬉しかった。
また一緒にやりましょう。楽しみにしてますので。

Saturday, September 09, 2006

開幕戦

2006-2007のシーズンがいよいよ始まる。
9月10日(日) vs 北海道バーバリアンズ(14:00K.O. @三ツ沢公園球技場)
東日本クラブトップリーグの開幕戦だ。

難敵。でも、絶対に勝たないといけないゲーム。
今出来ることをすべてやる。ただそれだけが、明日の目標です。

ふまじめなやさしさ

昨日ちらっと書いたアラーキーこと荒木経惟さんの写真集のことを書いておきたい。
『さっちん』
タイトルの通り、さっちんという少年を撮った写真集。
第1回太陽賞受賞作「さっちん」を一部含めて再編集したものだそうだ。

とにかく見てみてほしい。本当に素晴らしい作品ばかりだ。
パワフルで、生き生きしていて、エネルギーが満ち溢れていて。生きた少年の匂いがつまっているじゃないか。その瑞々しい感性が、写真から飛び出してきそうだ。
それだけじゃない。
さっちんという1人の少年に向けられた眼差しに込められた、そのやさしさ。人間性や生きることへの全肯定の眼差しが、びしびしと伝わってくるんだ。

荒木経惟さんという写真家のことを、おれは尊敬してやまない。
本当にやさしい人なのだと思う。子供だけじゃない。ソープ嬢を撮っても、裸の妊婦を撮っても、疲れたサラリーマンを撮っても、エキゾチックに、刺激的に撮られた作品であったとしても、アラーキーの写真は、やっぱりどこかやさしい。
そのことをおれは、「ふまじめなやさしさ」と呼んでいる。
アラーキーの写真には、ふまじめなやさしさが溢れているね。
そのやさしさもふまじめさも、おれは大好きだし、本当に素晴らしいと思います。

最後に、心に残ったあとがきの言葉を引用しておきたい。

『生きるっていうのはね、やっぱり、跳ねるとか、ヴィヴィッドであるとか、声が大きいとかってことだから。少年たちがさ、フレームから画面からはみ出てるでしょう、飛び出てるでしょう、そういうことなんだよね。』
(『のぶちんが「さっちん」を語る―あとがきにかえて』より)

Friday, September 01, 2006

アンチテーゼ

随分書いていなかったので、書き方を忘れてしまった。
なんでもそうかもしれないけれど、日々続けていないことはすぐに出来なくなるね。

銀座の本屋で写真集のコーナーをふらついていたら、一冊の本が目に留まった。
写真家の森山大道さんの『昼の学校 夜の学校』という対話集。
森山大道という写真家に興味を持っていたことあって、何気なく手にとってみたのだけれど、その帯に書かれた言葉がとても印象的だったんだ。

『量のない質はない、ただもうそれだけです。』

どきっとした。同時に、なんだか嬉しかった。そしてなにより、凄いと思った。
写真だけじゃない。洪水のように押し寄せる情報の波を受けて、方法論と効率ばかりが語られる世界そのものへのアンチテーゼのようで、言葉の迫力に思わず息を呑んでしまった。自分の身体で、眼で、手足で、とにかく世界にぶつかってきたのだというその静かな気概が、その言葉を通しておれ自身に飛び込んでくるような感覚だった。
あー、おれも撮ろう。もっとたくさん。
撮りたいと思った瞬間に必ずシャッターを切れるように。

そして今度本屋さんに行く時は、あの本を絶対に買おう。
今日はアラーキーの写真集を買ってしまったので。

Wednesday, July 26, 2006

アフォリズム

辺見庸さんの『いま、抗暴のときに』(講談社文庫)から。

闇を撃つのは光じゃなくて、もっと濃い闇なんだよ。心はそうつぶやく。闇に分け入るか、闇に肉薄する言葉をもつことだ、と自分にいいきかせる。(94頁)


辺見庸さんは、ここ数年間ずっと頭の片隅で存在が揺らめいていた作家だ。
『もの食う人びと』というノンフィクション作品のことを新聞の書評かなにかで知って、以来いつか読もうとずっと思っていたのだけれど、書店で著作を見掛けると、何故だかいつも手に取るのが憚られてしまう、そんな作家だった。
数年を経た今、このタイミングで手に取ったのも、なにかの縁かもしれない。
最初に手にしたのは『もの食う人びと』ではなかったけれど。

『永遠の不服従のために』をつい先日読了し、今はその続編『いま、抗暴のときに』を読んでいる。辺見庸さんは、言葉に「質感」のある作家だ。乾ききった言葉ではなく、あるいは清流のような澄み切った言葉でもなく、血潮のような独特の「濃度」を持った言葉を重ねてくる。その思想信条に対する賛否は別として、言葉に凄みを感じさせる作家であり、読む側の心をざわつかせるような何かがある。

一連の著作を読み終えた時には、改めて所感を書いてみたい。

Sunday, July 23, 2006

photograph #3

想像力の絶望的なまでの怠慢-
「世界報道写真展2006」を見た直後の正直な感想だ。

滅多にないオフの日曜日、どう過ごそうかパートナーと相談しながら、2人でインターネットをうろついていたら、恵比寿ガーデンプレイス内の東京都写真美術館で開催されているこの写真展が目に留まった。
いいタイミングで出会うものだね。
見つけた瞬間に、今の自分にとって見ておくべき写真展だと思った。

ひとつは、純粋に写真に対する興味が尽きないこと。
ある場所のある瞬間に世界に確かにあった風景というものが、シャッターを通して様々な切り取られ方で提示されるそのことに、非常に興味があった。興味があった、という書き方は(実際に展示された写真の中の世界を考えるならば)不謹慎かもしれないけれど、突き放した言い方をすれば、写真はどこまで行っても写真でしかない。現実そのものではあり得ないのだと思う。しかし、むしろそれ故に、写真が描き出す世界が心を強く揺すぶる、ということもあるんじゃないか。
そういう写真に対する渇望のようなものが、心のどこかにあったのだと思う。

もうひとつは、それが報道写真だということ。
戦争。テロ。ゲリラ。ハリケーン。津波。飢餓。そういった紛れもない世界の「現実」に対して、「自分がどう認識しているのか」ということを自己認識しておきたかった。
レバノンが空爆されている。誰もが知っている事実だ。新聞に書いてある。
ただ、中近東の小国で、今この瞬間も爆撃が行われている、というその事実を、自分自身がどのように考え、自己の内側に落とし込んでいるのか。それは必ずしも明晰ではなく、むしろ、自分と世界との距離感は曖昧模糊としているんじゃないか。
辺見庸さんの『永遠の不服従のために』をつい最近読んで、強い衝撃を受けたことも手伝って、そんな気持ちが拭えなかったというのも大きかったけれど。

実際に展示された数々の報道写真の感想は、ちょっと表現し難い。
凄まじいばかりの写真に、何度も声を失った。個々の写真が切り出す凄絶な世界の表情について、今の自分にはとても書けそうにない。
ただひとつ、正直な感想として胸に浮かんだのが「想像力の怠慢」ということだった。

辺見庸さんの指摘する通りかもしれない。
あの写真を前にして、初めて衝撃を受けるのだから。
今この瞬間にも、世界のどこかで実際に起こっている事実に対して、「人間」としての想像力さえあったならば、その場に生きる人間を、肌感覚を持った生身の存在としてイメージすることが出来たならば、どれほど違っていただろう。
想像力が絶望的なまでに貧困であることを知って、今更ながらショックだった。

両手を失った父親が着るシャツのボタンを閉じる少年の姿が忘れられない。

Sunday, June 25, 2006

photograph #2

随分遅くなってしまったけれど、撮る方ね。

もう1ヶ月近く前になるけれど、2つのカメラを買ったんだ。
ひとつは、マニュアルフォーカス一眼レフのフィルムカメラ「Nikon FM10」。
比較的安価な一眼レフの入門機で、一眼レフ特有の物々しさがないのがいいね。
そしてもうひとつは、実はポラロイドカメラ。
日本ポラロイド(株)の「One600 Pro」というやつで、一応Series最上位のモデルだ。

これがどちらも、ものすごく楽しいんだ。
自分でも驚いてしまうくらい、撮ることが楽しくて堪らない。

量販店の店員はもしかすると、「何故今更この2台なのか」と思ったかもしれない。
でもね、実際に撮ってみると、フィルムカメラには、デジタルカメラでは絶対に味わうことの出来ない魅力がたくさん詰まっているんだ。そして、フルマニュアルというのがまた味わい深い。自分の手でひとつひとつ焦点を合わせ、絞りとシャッタースピードで露光を調節して、丁寧にシャッターを切っていく感覚がたまらない。ひとつひとつの写真を自分自身の手で産み落としていくようで、デジタルカメラの写真では感じることのない「愛着」が湧き上がってくるね。

つい昨日のことだけれど、初めて撮った36枚のフィルムが現像されてきたんだ。
部屋の中、パートナー、神田のスタバ、小伝馬町、いろいろなものを撮った。
当然思うような仕上がりのものばかりではなくて、焦点の合っていない写真や手ブレした写真もたくさんあったけれど、それでもすごく嬉しかった。
現像代はちょっと痛いけれど、ファインダーを通して覗いた「自分にとっての世界」がアナログの写真となって像を結ぶ、というその魅力は、ちょっと代えがたいものだね。

また、写真を撮りに行こう。
タマリバの練習が終わった後の、土曜日の昼下がりに。

Friday, June 23, 2006

photograph

久しぶりの更新。

最近、写真というものに心をとらわれている。
観ることに対しても、撮ることに対しても、沸き起こる好奇心が止まらない感じだ。

まず、観ること。
この2週間ほどの間に、自分にとって2つの大きな感動があった。

ひとつは、注文していたアンリ・カルティエ・ブレッソンの写真集が届いたこと。
"Europeans" by Henri Cartier-Bresson
ヨーロッパ各国において、ある場所の、ある瞬間にのみ存在した世界の姿が、200ページ以上に渡ってモノクロームの作品として映し出されている。
その写真はどれも、息を呑むほどに素晴らしかった。
「瞬間」の中にしかないものを、シャッターを通じてフィルムの中に閉じ込めてみせた。アンリ・カルティエ・ブレッソンの写真を見ていると、そんな感じがする。誰もが見落としてしまいそうな「瞬間」の中に、ひっそりと丁寧に隠し込まれた美しさ、あるいは世界の迫力といったものを、ブレッソンは「写真」という瞬間の表現の中で、これ以上ないほどに完璧な形式を持って示しているように思ってしまう。
その魅力をうまく言葉に出来ないけれど、写真という表現にこれほど感動したのは、おそらく初めてのことじゃないかと思う。それは、とても嬉しいことだった。

もうひとつは、アラーキーこと写真家の荒木経惟さんの著作を読んだこと。
集英社新書にて刊行されている『天才アラーキー 写真ノ方法』ってやつだ。
あとがきにある通り、アラーキーが、おそらく酒でも呑みながら語った言葉の数々を文章に起こすことで生まれた著作で、語り口調そのままに、一般にイメージされるアラーキーの雰囲気を上手く残した仕上がりになっている。もちろん、アラーキーの作品も幾つか挿し込まれていて、語られる写真への想いとリンクしている。
この作品は、ここ最近読んだ本の中で、最も心に訴えかけるものだった。
とにかく、アラーキーの人間味に尽きる。アラーキーといえば破天荒な振る舞いと大胆なヌードのイメージが強いけれど、この作品を読んでいると、荒木経惟という写真家の人間的な発想、或いは人間に対するやさしさに満ちた眼差しが伝わってくるね。

そして当然ながら、写真も魅力的だ。
アラーキーの写真には、自身が著作の中で語っているように、過去・現在・未来と繋がる時間の流れが織り込まれているように感じる。例えば老婆を撮ったならば、その老婆の過去の人生における経験や思い出、明日からの生活に対する思い、喜びや悲しみといった全てがその写真の中につまっているような、そんな感じだ。その意味では、アンリ・カルティエ・ブレッソンの写真とは対照的と言えるかもしれない。
そしてアラーキーの写真には、どこか匂いがある。温度や息遣いといったものさえも、フィルムの中に残っているような気がしてくる。刺激的に、攻撃的に撮られた写真も少なくないけれど、最後はどこか人間的で、暖かさを漂わせているんだ。

アンリ・カルティエ・ブレッソンと荒木経惟。
2人の写真家は全くタイプが異なっていて、カメラという同じ道具を用いても、シャッターを通じて切り取る世界の表情はお互いに対照的で、全然違うものになっている。
そのことに気づいて、今、写真を観ることが楽しくて堪らない。

長くなったので、撮ることについて書くのは今度にします。
カメラを買った、ってだけなんだけどね。

Sunday, June 04, 2006

写真という表現

昨日のことだけれど、TV東京の『美の巨人たち』に衝撃を受けた。
写真家のアンリ・カルティエ・ブレッソン。その写真が本当に素晴らしかったんだ。

TVディスプレイを通してさえ心を打たれた写真が幾つもあった。
流れる時間の中では上手くつかまえることの出来ない、或いは気づくことさえもない「瞬間の」美しさを、シャッターで切り取ることで、繊細かつ洗練されたイメージとして表現してみせたような彼の写真には、とにかく心を打つものがあった。

写真という表現にこれほど惹かれたのは初めてかもしれない。
放送終了後に、思わずアマゾンで彼の写真集を買ってしまった。
"Europeans" by Henri Cartier-Bresson

届くのが楽しみで仕方がないね。
そして今は、自分でも写真を撮りたくて堪らないです。

途方に暮れる思想

保坂和志さんのエッセイ集『途方に暮れて、人生論』読了。

保坂和志さんの著作を読むのはこれが初めてだった。
ずっと気になっていながら読むタイミングがなかった、という訳でもなくて、単純に保坂和志という作家をよく知らなかった。もっと言うと、特段の興味もなかった。
この作品を手に取ったのも、全くの偶然だった。
もともとは村上龍さんが新しく対談集を出版したと知って、それを買おうと目黒の本屋さんに行ったのだけれど、残念ながらその本屋では取り扱っていなかった。それで、帰りの電車で読む本の当てがなくなってしまって、どうしたものかと本屋さんをうろついていた時に、たまたま目に飛び込んできたのがこの作品だったんだ。
まず、タイトルが良いよね。『途方に暮れて、人生論』という言葉の響きが絶妙に心をくすぐる。正面切ってぶたれる人生論の押し付けがましさがなく、途方に暮れた末の思索の欠片であるという慎ましやかさが、受け取る側の心をすっと開かせてくれる。そして、透明感のある青を基調としたお洒落な装丁と、帯に書かれた「『希望』なんて、なくたっていい―。」という言葉。そういった全てが自分自身の気分にマッチして、思わず買ってしまったんだ。

読み終えた感想としては、非常に良かった。
東京での生活も今年で10年目になるけれど、この10年の間に得たものと失ったものへの想像力を喚起するとともに、これから何を得ようとして、何を失っていこうとしているのかを考えるヒントを与えてくれる著作だった。
「途方に暮れる」ということの意味も、読めば分かるはずだ。それは絶望や諦念ではなくて、答えのない問いに対して、常識や社会通念といったものに安易に答えを求めず、答えがないことを正面から受け止めて、それでも問い続けるその姿勢そのものであり、むしろそれは、世界に対する極めて肯定的な態度ではないかと思う。
例えば、都市文明ということを考える。都市文明によって日常における利便性や効率性は飛躍的に向上し、様々な享楽に対するアクセシビリティが高まったことは紛れもない事実だろう。そして、それに対するカウンターパートとして、例えば自然環境の破壊であったり、発展途上国の現実と、そのバックボーンとしての先進国による搾取の構図であったり、そうした立場からの文明社会批判が展開される。そこには当然ながら、紛れもなく一定の真実が含まれていると思う。ただ、そこで保坂さんはもう一歩立ち止まって考えてみる。都市文明というのは本来、弱者を護る為にこそ志向されたものではなかったか、と。人間生活を営むうえで必然的に生み出される社会的弱者。それは例えば子供であったり、高齢者であったり、或いは疾病に冒された者であったりするのだけれど、そういった弱者を救済する機能として、都市文明というシステムは創り出されたはずだったのではないか。
こうした複眼的な視点が織り込まれた思考というのは、安易な答えを求めない。文明社会の矛盾に対して、シンプルに批判して自己完結するのではなくて、その先をしぶとく突き詰めていく。そういう「途方もない」生き方や発想の仕方は非常に刺激的であると同時に、巷に溢れる一面的な議論とは一線を画していて、読む人間の頭の片隅に、ちょっとした不安定さを引き起こしてくれる。
保坂さんはこの著作において、自身の主義主張を弄することを目的とせず、ただ「途方に暮れて」思考したその足跡を残しているだけだ。考える、ということを方法論としてでなく、自分自身の思考の軌跡によって暗示していて、その手法はうまく成功していると思う。

読み応えのある作品。
無自覚的に閉じてしまっている感性に、もう一度スイッチを入れるヒントがあるかもしれません。

Sunday, May 28, 2006

最悪のゲーム

タマリバクラブの今シーズン2試合目となる練習試合があった。
5月28日(日)vs高麗クラブ(14:00 K.O. @三鷹大沢グラウンド)

昨日の雨もあって最悪のグランドコンディションだったけれど、多くのメンバーが意識を高く持ってプレーしていて、53-12での勝利となった。
そんな中で、自分自身のプレーの出来は、本当に最悪だった。
あまりに酷い。居ない方がましなくらいだった。メンバーの皆に申し訳ない。

ラグビーのことをこのブログで書くのは、当分やめようと思う。
書いている場合じゃないということが、今日のゲームではっきりしたので。

Saturday, May 27, 2006

ただそこに在る

随分遅くなってしまったけれど、八丈島でのことを書き残しておきたい。

八丈島には、2つの山がある。
瓢箪型の島の北に八丈富士、そして南には三原山。
南北にそびえるこの2つの山によって、八丈島は型作られているんだ。
どちらも標高700m~800m程度で、決して高い山ではないけれど、独特の魅力を持った味わい深い山だね。2日間をかけてパートナーと山道を歩き廻ったのだけれど、八丈という島の魅力がそこには凝縮されていたように思う。2日間でかなりの距離を歩いたので、パートナーは持ってきた靴を履き潰してしまうほどだったけれど。

三原山登山道の入り口を左に折れて、そこから唐滝川に沿って山道を登っていくと、奥まった緑の中に綺麗な沼がある。硫黄沼という名の小さな沼だ。
エメラルドグリーンの見事な水面。沼の奥には硫黄滝というささやかな滝があって、硫黄沼へと澱みなく流れ落ちているのだけれど、その空間には水音ひとつしない。緑に囲まれたほんのわずかな空間は、凛として静かで、水面に広がるエメラルドグリーンの透明感を際立たせている。登山道からほんの少しだけ左に外れたところにあるのだけれど、この硫黄沼一帯だけは、全体の空間から独立して、それとして存在しているような感じで、気持ちをすごく落ち着かせてくれる。
登山道の本筋に戻ってさらに登っていくと、もうひとつの見処がある。それが、唐滝という八丈島で最も大きな滝だ。
40m弱の岩壁を降り落ちてくる滝の流れは、力強さよりもむしろ繊細さを醸している。滝壷に至るまでに、流れは小さな飛沫となって飛散して、霧吹きのように岩壁にやさしく広がっていく。そうして絶えることのないシャワーを浴びて、岩壁には苔が繁茂し、その苔の緑が唐滝の美しさの大切な一要素になっている。
硫黄沼にも言えることだけれど、唐滝も「静か」だ。流れが、というよりも、空間そのものが、と言った方が近いと思うけれど、唐滝の流れを含むその一帯がどこか静かで、落ち着いていて、自然の優しさが浮き上がっている。

翌日、今度は八丈富士に登る。標高は854mと三原山よりも若干高く、思っていた以上に登り甲斐のある山だった。山頂からは八丈島を一望でき、豊かな緑に包まれた山道には八丈島の魅力が詰まっていて、純粋に登山として楽しめる。そういう意味でもやはり、八丈富士は島のいちばんの名所と言っていいだろう。
八丈富士の最大の魅力は、なんと言っても緑生い茂る火口だ。山頂まで辿り着くと、そこからお鉢巡りをするのだけれど、眼下の火口は、青々とした草木で一面覆い尽くされている。この日の山頂はガスで霞がかっていて、視界は開けていなかったけれど、むしろそのガスの白みがどこか神々しくもあり、「山神様」とでもいうものがいたとするならば、きっとそれはこういうことなのかもしれない、なんて思ったりもする。うまく表現できないけれど、山の神というのはひとつの人格のようなものではなくて、「山」という空間そのものなんじゃないかと。大袈裟に言ってしまうと、そんな感じだね。
八丈富士のお鉢にはちゃんとルートもあって、中を探索していくことが出来る。特に行き着く先もなく、火口の中心に辿り着く前に、途中でルートは途絶えてしまうのだけれど、そこに広がる植物はとても力強く、生命力に満ちている感じだ。緑で埋め尽くされた火口を見たのは初めてだったけれど、遠くから望む限りは見ることのない場所に、これほどの自然が息づいているというのは、新鮮な驚きだった。

硫黄沼、そして唐滝を廻った時には、パートナーとおれ以外に誰もいなかった。
さすがに八丈富士にはそれなりの数の登山者がいたけれど、もしも登る人間がいなければ、火口に広がる樹木の緑は誰にも見られることがない。
そのことが、おれにはすごく印象的だった。
自然というのは「ただそこに在る」のだなあ、と。誰の承認を求めることもなく。
美しいと云う誰かがそこに居なかったとしても、自然はただそこに在って、美しい。

それはきっと、自然の強さなのだろう。

Tuesday, May 16, 2006

やさしさに包まれたなら

植村花菜さんというシンガーのことが、とても好きになりました。

初めて聴いたのは、八丈島から羽田へと戻るANAの飛行機。
ほんの1時間ばかりのフライトで、何気なく耳に当てたヘッドホンのラジオから流れてきたのが、荒井由美の名曲「やさしさに包まれたなら」のカバーだったんだ。

素晴らしかった。本当に素敵な歌声だと思いました。
上手いとか力強いとかテクニカルだとか、そういうことではなくてね、歌声そのものが良いです。声そのものが既に表現であるような、そんな歌声。
目にうっすらと涙が溜まる時のように、じんわりと心に沁み入ってきて。

荒井由美さんのこの曲をカバーすることになったのはきっと、彼女の天運だと思う。
勝手にそう思ってしまうくらいに、その声と曲がうまく溶け合っているね。
そして関係ないけれど、とても可愛い。
シングル、買ってみようかな。

http://www.uemurakana.com/index2.html

Friday, April 28, 2006

八丈の海に潜る

随分久しぶりに、プライベートでの旅行に行ってきたんだ。
ちょっとした休暇を取って、3泊4日での小旅行。行き先は、八丈島。
今回の旅行の中で自分なりに感じたことを、この場に書き綴ることにします。

4月28日(金)
10時30分羽田発の飛行機に乗り込み、11時40分くらいには八丈島に到着していた。もっと遠い印象があったのだけれど、実際にはわずか1時間程度で辿り着ける訳で、移動は本当にあっという間だった。機内で軽く眠っていたら、起きた時にはもう島に到着している感じだ。
八丈島空港に降り立つ。最初に感じたのは、気候的には、普段暮らしている東京の街とさほど変わらないということ。若干暖かい程度で、特段の差はないように感じた。ただし、あくまでそれは初日の印象だ。実際には4日間の旅を通じて、気候的な違いをはっきりと感じることが出来た。
パンフレットの言葉を借りるならば「亜熱帯」。八丈は、やっぱり亜熱帯の島なんだ。
単純に、植物が違う。椰子の木が至るところに生い茂っており、他にも名前を知らない植物が数多く見られ、ちょっとした南国の心地がする。全般的な印象として、非常にカラフルな植生だ。また、空気の張りつめ具合や透明感といったものも、所謂「都内」とは明らかに違う。(八丈島も東京都なので、書き方は正確ではないけれど。)

12時頃にホテルに到着すると、まずはダイビングが出来るところを探すことにした。翌日から天気は下り坂という予報だったので、初日の午後に潜るのが一番楽しめるのではないかと思ったんだ。フロントにお願いして、午後で受付可能な体験ダイビングのツアーを紹介してもらい、なんとか14時からのツアーに予約を取ることが出来た。ツアーの時間は全体で約1時間半ということで、さすがに短いような気もしたけれど、折角の機会なので、お願いすることにしたんだ。
14時までの空いた時間で、昼飯を食べに行く。ホテルから15分ほど歩いて向かった先は、「一休庵」という蕎麦屋。八丈島では「明日葉蕎麦」が名物と聞いて、この機会に食べてみようと思ったんだ。明日葉を練り込んだ細麺の蕎麦で、特別美味いということもなかったけれど、きちんと葉の味を感じる麺で、悪くはなかったかな。

昼飯を済ませると、いよいよ体験ダイビング。"Project Wave"という会社のツアーで、迎えに来てくれたインストラクターの2人に連れられて、早速八丈島の海に向かった。実際に始まってみると、午後に潜るのはパートナーとおれの2人だけだったので、自分達のペースで動くことが出来て、その意味では非常に気楽で良かったね。
パートナーは過去に2度ダイビングの経験があるが、おれは今回が初めてだった。彼女はAUS、沖縄と潜ってきた経験から「初めて潜る場所はとても重要」といつも口にしていたけれど、八丈島が選択として良かったのかどうかは、おれには分からない。

インストラクターの指示のもと、ウェットスーツに着替えると、早速水に浸かって簡単に説明を受けていく。マスク、フィン、タンクといった装備を身に付けた後、呼吸の仕方や耳抜きといった基本的なガイドを受けると、いよいよインストラクターに寄り添いながら、八丈島の海に潜っていった。事前の説明は本当にラフなもので、若干心配ではあったけれど、実際に潜ってみると特に問題なく楽しむことが出来た。
海の中ではマンツーマンでインストラクターが寄り添って、進行方向や深さをコントロールしていく。自分ですることは呼吸と耳抜き、あとは顔の向きを変えることくらいだ。珊瑚やイソギンチャク、様々な熱帯魚を見ながらおよそ30分、八丈の海を味わっていく。熱帯魚の数はそれほど多くなかったけれど、カラフルで綺麗だった。

さて、所感。
陸からは見ることの出来ない海の景色は悪くなかった。
ただ、おれが最も強く感じたのは「不自由感」とでもいうものだった。
せいぜい5m程度の深さまで潜る為に、人間はあれほどの装備を必要としてしまういう事実。それでもなお海中を見たいという人間の好奇心にも驚くけれど、実際に装備を身に付けてみて初めて体感したあの不自由さには、少し思うところがあった。
単純にスーツの窮屈さや呼吸の問題もあると思う。また、インストラクターに自分の身の全てを預けるような体験コースだったことで、自分の意思で動くことの出来ない不自由もあった。加えて、言葉を発することが出来ないコミュニケーションの制約。海ゆえの不自由は非常に多く、それは当然のことだと思う。でも、その不自由を背負ってさえ、人間が辿り着けるのは、大海原の中の、本当に手の届きそうなところにある、わずかばかりのエリアだったりするのだからね。

ダイビングは五感の制約がとても大きい。聴覚、嗅覚、触覚といった比較的身体に対してダイレクトな感覚が閉じられていて、楽しみのほぼ全てが視覚に依拠している。
だからこそ、潜る海で決してしまう部分は強いのかもしれない。その意味では、八丈の海の表情は、それほど強い魅力を持って迫っては来なかったのかな、とも思う。
体験ダイビングではなく、きちんとライセンスを取得して、経験を重ねていけば違うのかもしれない。自分の意思で動き、自分の意思で海を堪能する。海の美しさを自分から探していく過程というのは、きっと楽しいだろうと思うけれど。
なにぶん初めての体験で、新鮮な楽しさは勿論あったけれど、今回のツアーに関して言うと、個人的には微妙な感じが残ってしまったね。本格的にライセンスを取得するとなると、現段階ではちょっと悩んでしまうかな。

ダイビングの後は、ホテルに戻って夕食。島寿司やお刺身といった海の幸中心の晩飯を食べると、食後は翌日のプランを決めたりしながら、部屋でゆっくりと過ごした。
そして翌日以降は、八丈島のもうひとつの自然、山を廻っていくことになります。


八丈島の景色を、おれの視点から。(海の写真はないけれど。)
http://www.23hq.com/Fukatsu/album/637324

Monday, April 24, 2006

失敗について

私は実験において失敗など一度たりともしていない。
これでは電球は光らないという発見を、今までに2万回してきたのだ。
トーマス・アルヴァ・エジソン


成功するまで続けず、途中で諦めてしまえば、それで失敗である。
松下幸之助


学生時代、買った文庫本の栞に松下幸之助のこの言葉が書かれていたんだ。
当時、豪徳寺に借りていた木造アパートの柱にセロハンテープで貼ってました。
今でも素晴らしい言葉だと思う。そう生きていきたいよね。

Sunday, April 23, 2006

自分の今を知る

4/23(日)練習 16:00-18:00 @酒井スポーツ広場
小田急線の本厚木駅からバスで5分。相模川の河川敷に広がる芝生のグラウンドに10数名のメンバーが集まって、約2時間の練習を行った。今日の練習場所は本当に直前まで確保できていなかったのだけれど、よく見つかったと思う。確かにアクセスは不便な場所だけれど、クラブチームにとってグラウンドは死活問題だからね。こうしてグラウンド確保に奔走してくれる人達の存在があって、初めてラグビーできます。

ありがとう。
これからも、神様がいるからきっと大丈夫。(これは私信だけれど。)

今日の練習は、個人的には楽しかった。
参加人数が少なく、ほぼタッチフット主体の練習になったけれど、少ない人数ゆえに考えざるを得ない要素が沢山あって、そのことが練習の価値を高めてくれた。
この日の練習でも、少なくない数のミスをした。下手だなーと自分でも思う。
悔しいけれど、仕方ないね。それが今の自分のレベルだから。

今日感じたのは、自分のスキルや判断力のレベルを、自分自身できちんと把握してプレーするということ。例えば、タイトなプレッシャーの中でのパススキルは、プレーにゆとりを与え、判断する時間をより長く確保できる。パススキルに自信がある人間は、より相手DFに近い間合いまでパスの判断を猶予できる。それはつまり、プレーの選択肢を幅広く残しておけるということで、ゆえに相手DFは狙いを絞れない。
しかし、その前提はスキルだ。
ぎりぎりの間合いでもパスをつなげるという自信がどうしても必要になる。
自分のスキルを把握するということはつまり、パスの判断を猶予できるデッドラインを自覚してプレーすることだと思う。自分のスキルをベースに、確実な判断をすることで、プレーの精度は上がっていくはずだ。逆に自分自身の判断のラインを認識しない人間は、それゆえにミスをしてしまう。
もちろん、この判断のラインをより相手DFの懐に近い位置に持つ為に、日々の練習の中でチャレンジしていくことは重要なことだと思う。でも、前提となる「今」のレベルを知らなければ、ミスはきっと繰り返されるだろうし、自分が「何に」チャレンジしているのかさえも、きっと分からないだろう。

とにかく、ミスをしない。
とてもシンプルで、でも非常に難しいこの目標に、少しずつ近づいていきたい。
その為に、ミスの原因を自分で突き詰めるというのは、きっとそういうことなんだね。

春の目標

4月22日(土)練習 9:00-11:00 @辰巳の森ラグビー場

相変わらず自分のプレーの精度が低い。ミス、そしてミス。いつも同じだ。
練習に参加する人数。周囲のプレーヤーのレベル。チーム全体としての練習の質。今シーズンから新加入のメンバーとの意思疎通。すべて関係ない。
ただ、自分が下手くそなだけだ。

自分にとっての春の目標を、2つに絞ります。
この場に書き残すことで、自分の意識に刻み込みたい。
この2つを決して忘れずに、残された春シーズンの練習に臨みたいと思います。

1.ミスをしない
集中力、あるいは意識の持ち方をちょっと変えるだけで防げるミスが幾つもある。
決して高度な練習をしている訳ではなく、今起きているミスの殆どは、自分の内側に理由を含んでいるものだと思う。とにかく、そいつをゼロにしたい。
ゼロにしようと常に意識する。そして、それでも起きるミスの原因を徹底的に反省し、練習の中で消していく。そのプロセスを、グラウンドにおける自分の標準にする。
これが出来なければ、今のおれを誰も信用しないと思うんだ。
もともと上手くないんだから。

2.タックルを踏み込む
学生の頃、タックル練習でよく「飛び込め」と言われた。
今考えれば、全く違う。タックルは飛び込んだら終わりだ。踏み込まないといけない。
タマリバでは「Up, Watch, Up」を合言葉にしている。まず相手との間合いを詰める。そこでウォッチして、相手の動きに反応する。そして、相手が自分のタックルレンジに入ったところで、前に踏み込んで倒す。基本的なことだけれど、タマリバではこれをチームの決めごととして、全体練習のメニューの中で常に意識づけが図られている。
Upは出来る。Watchも出来ると思う。でも、最後のUpが出来ない。
この最後の踏み込みこそが、昨年から持ち越している、おれの最大の課題です。
春はとにかく前に出たい。
目的を持った失敗を重ねて、何度も繰り返して、自分のタックルを身に付けたい。

たった2つだけです。
目的意識を持ち、自分の課題を常に意識して、上手くなる為の練習をしていきたい。

Sunday, April 16, 2006

召喚と憑依

昨年10月以来となる、人生2度目のタップダンス鑑賞。
セヴィアン・グローバーというタップダンサーのソロ公演だ。
Savion Glover in CLASSICAL SAVION @東京国際フォーラム Hall C

タップダンスの世界については、恥ずかしながら全く知らない。
パートナーの薦めのもと、生まれて初めてライブ・ステージに足を運んだ前回。あの時の熊谷和徳のタップ "TAP ME CRAZY" が、タップダンスについておれの知っているほぼ全てだ。そんな訳で、恥ずかしながらセヴィアン・グローバーというタップダンサーのことも、実は何ひとつ知らなかった。

セヴィアン・グローバーは、1996年のブロードウェイ・ミュージカル「ノイズ&ファンク(Bring In 'Da Noise, Bring In 'Da Funk)」でのトニー賞受賞以降、数々の賞を獲得してタップ界の頂点に君臨しており、「タップの神」と呼ばれているそうだ。そのセヴィアン・グローバーによる今回の日本公演 "Savion Glover in CLASSICAL SAVION" は、クラシック音楽とタップダンスとのコラボレーション・ステージで、13人で編成されたオーケストラの奏でるクラシックの名曲に、彼が踏むタップのリズムを融合させていく形式で構成されている。2005年1月のNY公演においてこの新作が演じられた際に、観衆から大絶賛を浴びたそうだ。

さて、東京国際フォーラムで行われた日本公演。
2時間弱のパフォーマンスが終わると、大多数の観衆が立ち上がり、スタンディング・オベーションが起こった。アンコールはなかったけれど、最前列の観客と握手を交わすセヴィアンの姿には悲鳴のような声も降り注いでいた。
でも、隣で一緒に鑑賞していたパートナーは席を立たなかった。
そしておれ自身も、どこか満たされない感覚を残したまま2時間を終えてしまった。
ちなみに、社会人ラグビー時代の後輩とその彼女も一緒だったのだけれど、彼ら2人も同じような感想を口にしていた。その意味では、必ずしもおれの個人的な感覚だけの問題ではないような気がしている。

たった2回のタップ鑑賞だけれど、これほど違うとは思わなかった。
熊谷和徳とセヴィアン・グローバー、2人のタップの方向性は明らかに違うと感じた。

セヴィアン・グローバーは「召喚」のタップだ。
彼の中には、自分が演じるべきタップが確立している。観衆の前で彼が踏むべきステップは、彼の自我の世界の中で完成し、完結しているように感じる。洗練され、磨き上げられた技術と彼自身の感性をベースに、セヴィアンとして「セヴィアン」たることを表現する為のパフォーマンスは、すべてセヴィアン・グローバーという人間の自我の中で構成され、それが観衆に対して突きつけられるような感覚だ。
彼にとっての音楽は、自身のパフォーマンスを最大限に高める触媒のようであり、音楽に溶け合っていくというよりも、ステップを踏む上で彼の求める音楽を、彼自身が呼び出していくイメージの方が近い。無音の状態のもとにあって、セヴィアンの自我の中で演じるべきタップのリズムが決められていく。そして彼が小さくステップを踏み始めると、そのリズムはオーケストラへと波及していく。「分かるだろう、このリズムが呼び出す音の世界が」といった具合に、彼によって音が「召喚」される。
だから彼は、ステージにおいて決して自分をゼロにしない。常に「1」だ。そして、その「1」の世界は、きっとセヴィアン・グローバーという人間にしか創り上げることの出来ない「極み」の世界なのだと思う。残念ながら、今のおれにはそれを感じ取る感性はなかったけれど。

対照的に、熊谷のタップは「憑依」のタップだ。
熊谷は時に、ステージにおいて自分をゼロにする。少なくとも彼の表情は、そういう世界観を見事なまでに体現している。熊谷のタップには、セヴィアン・グローバーのように強烈に自我を突きつけてくる感覚はない。そうではなくて、何かが彼の中に降りてきて、取り憑いて、そしてその憑依した何かが彼の身体を借りてステップを創り出していくような、そういう独特の雰囲気が漂っている。
だから、熊谷のアウトプットはきっと定まらない。緻密なレッスンによる定められた公演であったとしても、少なくとも観衆の前で繰り広げられる世界には、定まらない感覚がどこかに潜んでいる。熊谷にとっての音楽はきっと、ある種のインプットだ。音楽だけではない。その場の空気、観衆の表情や気配。ちょっとした囁きや小さな雑音。そういったあらゆるものが、ゼロになった熊谷に取り憑いて、憑依することで新しい何かが創り出される。ある瞬間に存在する、オンリーワンの世界をインプットに、熊谷和徳というタップダンサー自身が触媒となって、新しいひとつの表現が構成される。
それこそが、たった1度しか観たことはないけれど、おれにとっての熊谷和徳の魅力であり、直感的には、彼以外のタップダンサーが持ち得ない、彼ゆえの世界なのだと思っている。セヴィアンのタップとは、まさしく正反対の志向だろう。

セヴィアン・グローバーの公演は、残念ながら満ち足りないものが残った。
しかし、セヴィアン・グローバーという、ひとつの方向性で頂点に君臨する人間のパフォーマンスを観たことで、自分がタップに求めていたものが明確になった。
もう一度、改めて熊谷和徳のタップを観たいです。そして、突き抜けてほしい。

Sunday, April 09, 2006

背伸びしない

久しぶりに劇場で映画を観た。
三谷幸喜監督の最新作『THE有頂天ホテル』ね。

大晦日の夜、あるホテルで繰り広げられる様々な人間模様をコメディタッチで描いた作品。それぞれの事情やバックグラウンドを持つ人間達が、「ホテル」という舞台の中で、意図せざる奇妙な偶然の流れに翻弄されながら複雑に絡み合っていく。誰かの行為が、本人の与り知らないところで別の誰かの救いとなったり、あるいは他人の心の葛藤に向き合うことで、自分自身の心の葛藤が浮き彫りにされたり、そうやって織り成されていく小さなドラマが全編に渡ってうまく散りばめられている。

信頼できる後輩の評価とはちょっと違うのだけれど、個人的には良い映画だと思う。
この映画のメッセージは極めてシンプルなもので、つまりは「自分に嘘をつかない」ということが全てだ。「嘘」と言うと言い過ぎかも知れないけれど、自分自身の思いに正面から向き合おうとしない、ということがある種の嘘であるならば、概ねこのフレーズにエッセンスは集約されると思う。

それぞれの登場人物が抱える思いや葛藤は異なるけれど、皆どこかで自分を押し隠している。背伸びをしている人間もいれば、着飾る人間もいる。卑屈になるやつや、自分の弱さを認められないやつもいる。事情は皆違う。当然ながら、それぞれにとっての救いは個人的なもので、誰しもに共通する救いが提示される訳ではない。夢に向かう自信を取り戻して救いを得る人間がいれば、夢の次に向かった世界で真摯に生きてきたその生き方を素直に認められることで救いを得る人間もいる。
そういう世界観は、悪くないと思うんだ。

ホテルという舞台設定。
日常の生活空間とは違う、ちょっと背伸びした世界。それでいて、家という日常空間にいる時のように安らげる場所であって欲しいと願うホテルマンの「おかえりなさいませ」という一言が、背伸びのない世界への肯定へと導いていく。
そして、コメディ。
他人の背伸びは、傍から見れば思わず笑ってしまうな滑稽なものだったりもする。各人各様の思いの中から生まれる「背伸びした自分」というものを、コメディの形式で優しく笑い飛ばすことで、人間らしさを演出していくような感覚。

というとちょっと言い過ぎではあるけれど、人間味ある良い映画だと思います。

Monday, April 03, 2006

神奈川セブンス

4月2日(日)神奈川セブンス@保土ヶ谷ラグビー場

香港10'sを終えて帰国したメンバーも合流して、タマリバクラブとしては今シーズン最初となる公式戦に参加した。毎年この時期に行われる神奈川セブンスだ。
三菱重工相模原、栗田工業、キヤノンといった社会人チームに加え、学生からは関東学院大学、クラブチームからは湘南フジクラブも参加して、全16チームで行われる7人制のトーナメント。タマリバからはA、Bの2チームがエントリーしたのだけれど、おれ自身はBチームのゲームキャプテンを務めることになった。

試合の結果としては、残念なものになってしまった。
Bチームは1回戦で三菱重工相模原に負けてしまった。先制トライを奪い、僅差で前半を折り返したものの、後半に入ると開いてしまった。その後に行われた三菱重工横浜との敗者戦には圧勝したけれど、1回戦敗退というのは変わらないからね。なんとかもう少し重工相模原に喰い下がってみせたかった。
Aチームは、1回戦こそ三菱重工横浜相手に60点近くを奪って完封したものの、2回戦で三菱重工相模原に逆転負けを喫してしまった。チームとしての練習不足は否めないけれど、なんとなく歯車が噛み合わないままゲームが終わってしまった。来週にはYCACセブンスという由緒ある大会が控えているので、限られた時間の中で各自が修正点を考えて、チームとしてのコンディションを高めていくしかないね。

さて、Bチーム。
この大会をBチームでプレーしたことは、結果的には自分にとってよかった。
Aチームには司令塔としてゲームをコントロールできる人間がいる。黙っていても豊富な運動量でチームを支えてくれるFWの選手がいる。それを考えると、Aチームの方が圧倒的にプレーしやすい。でも一方で、そういう選手に頼り切ってしまう部分があることも事実なんだ。ゲームメーカーの動きを感じてさえいれば、彼らが相手のDFを崩してくれる。フィットネスが落ちて苦しい状況でも、彼らが指示を出してチームを引っ張ってくれる。存在感のある選手に対してのそうした「依存」は、程度の差こそあれ、Aチームの選手にも少なくない割合で見られるものだと思う。
Bにはないからね。依存する先がそもそもない。
むしろゲームキャプテンとして、自分がチームを鼓舞していかなければならない。
それは今の自分にとって、いい経験となったと思う。
もちろん、納得できるレベルまで出来た訳では全然ないのだけれど、Bチームのメンバー10人が、それぞれに現在置かれている状況の中で一生懸命にプレーしてくれたことが、ゲームキャプテンとして嬉しかった。

それにしても、今日改めて思ったけれど、セブンスは苦手です。

Friday, March 31, 2006

パワーが出ない

何故だか分からないけれど、左半身の筋力が突然落ちてしまった。
特段思い当たるふしは何もないのに、右半身の半分くらいしかパワーが出ない。
アームカールもショルダープレスも、本当に半分しか上がらなくなってしまった。
そんな訳で、ちょっと困っています。

Saturday, March 25, 2006

色を塗る

パートナーに触発されて、カンバスに色を塗ってみた。

画廊で働くうちのパートナーは、自分でも絵を描き溜めている。自宅の一室をアトリエにして、ケントパネルにアクリル絵の具でイメージを描いていくのだけれど、仕事帰りの疲れた身体でも、驚くほどの集中力でいつも机に向かっている。この1年間ほどで、100枚近くの絵を描いているのだから、絵を描くことが本当に好きなのだと思う。
描き続ける中で、彼女の好奇心であったり、描くことへのこだわりは日に日に高まっていて、最近では遂にカンバスに絵を描くようになった。そして、ずっと欲しがっていたイーゼルもようやく買い揃えることが出来て、アトリエとして使っている4畳半の小部屋は、今では完全にアーティスティックな空間となった。

カンバスとイーゼル。
この2つが揃うと、絵筆を持ったことのない人間でも、描いてみたくなるよね。
だから、真っ白なカンバスを1枚だけもらって、やってみることにしたんだ。

断っておくけれど、絵を描いた訳ではないんだ。
真っ白なカンバス全体に、青のアクリル絵の具で色を塗っていっただけだ。
カンバスに絵を描く時には、まず下塗りをして、その上に色を重ねていくそうなのだけれど、おれがやってみたのはその「下塗り」にあたる作業だ。パレットに青の絵の具を落とし、メディウムと少量の水を混ぜ合わせて適度な軟らかさにする。そして、平刷毛で丁寧に延ばしながら、カンバスを塗っていくんだ。

そしたら、思った以上におもしろかった。

カンバスの上で刷毛を滑らせていくだけの作業がこれほど楽しいとは思わなかった。
不思議と心が落ち着いていく。ちょっと大仰な言い方をすると、ある種のカタルシスのような感覚があって非常に心地よく、同時に新鮮な驚きがあった。
やってみるものだね。
ただの下塗りの青だけれど、上手くは描けない。平刷毛を思うように扱うことはとても難しいし、青一色であっても、その濃淡や深みはイメージ通りに作り出せない。それでも、刷毛の動かし方や絵の具の延び具合が生み出す「1点もの」のムラにどこか愛着さえ沸いてきて、自分の気持ちがクリアになっていくような感覚があるんだ。

ただそれだけのことが楽しいのだから、数多くの色を自在に重ね併せて、自分の中のイメージを具現化していく作業というのは、きっとどこか特別な感覚なのだろう。
残念ながらおれにその能力はないけれど、また「下塗り」はしてみたい。

Sunday, March 12, 2006

岩盤浴

生まれて初めて岩盤浴なるものを体験した。
六本木ロアビル5階にあるストーンスパ「磊の温泉」というところね。
http://www.i-ismspa.com/top.html

低温のサウナに敷き詰められた温かい石の上で寝そべっているだけなのだけれど、非常に気持ちよいです。15分程度入ったら、水分補給をしながら10分ほど休憩して、また15分の入浴。これを2~3回繰り返すと、身体中から汗が噴き出してくる。
室内にはリラクゼーション音楽が耳障りでない音量で静かに流れていて、心地よい寛ぎ空間となっているので、大量の汗を噴き出しながらも、思わず眠ってしまいそうになる。石のベッドは寝心地が悪そうだと最初は思ったけれど、実際に寝転がってみると、多少ごつごつするくらいで、すぐに慣れてしまう。
疲れも取れそうです。
流れ出る汗を感じながら、「疲労というのは物質かもしれない」なんて考えたりして。
練習や試合の後に、ゆっくり時間をかけて行くのもいいかもしれないね。

ちなみに、今日の練習はいまひとつだった。
昨年からずっと同じことだけれど、単純なミスが多かったね。
香港10'sのメンバーがYCACとのゲームで不参加だったので、人数も少なかったのだけれど、主力の彼らがいないだけで、途端に練習のクオリティが下がってしまう。裏を返せば、普段の練習の質を高めるという点において、キーマンとなる数人の選手のパフォーマンスにどれほど依存しているか、ということだよね。
自分自身のパフォーマンスは、自分自身の自覚で持っていかないと。

Saturday, March 11, 2006

逃げない

WMMの先輩に教えてもらった言葉に心をとられてしまった。
『スラムダンク勝利学』の辻秀一さんによるメンタル・トレーニングの講義の中で語られたものだそうだ。とても興味深い内容なので、以下に転載させていただこうかと。


達成したい「目標」に向けて頑張るプロセスには、
カラダにも、ココロにも「負荷」がかかるのが常。
筋トレにしたって、勉強にしたって、
結果を出す為には苦しいプロセスを踏まなきゃならない。

でも、中にはどうしても「逃げて」しまう人がいる。
特に「ココロ」の負荷から逃げることって実は多い。
だって、他人にはバレないから。
何も実行できていなくたって、頑張るフリをしていれば良いから。
一生懸命な素振りをしてれば良いから。
筋トレや練習をサボったら、すぐにバレる。
でも、ちょっと他の事を考えて集中していなくても、
外側の態度に出なければ、他人にはバレにくい。

このココロのサボり=「逃げ」には4つのタイプがある。
①「今」やることから逃げる
明日からやるさ。そうさ、僕はやらなきゃいけないってことは分かってる。
でも今日はどうしてもできない事情があるのさ。明日から絶対やるって。
②「目標」自体を無くす
あんなの目指して頑張ってどうするのさ?意味無いっしょ。
そんなことよりもっとタメになることがあるはずさ!
③考えない
とにかく目の前のことを集中して、ツライことも、楽しいことも忘れて、
無我夢中でやればいいんでしょ。筋トレだって、練習だって、勉強だって、
意味なんかよく分からないけど、こなせば良いんでしょ。
④我慢する
やっぱり世の中根性っすよ。耐えればいいんでしょ。苦しいけど。
でも、何でこんなことやり始めたんだっけな~?ま、あとちょっとで終わるし、いいか。

もうお分かりのように、以上のような「逃げ」をしていたら、
成長は無いし、結果(パフォーマンス)も伴わない。


はっとした。心のど真ん中を射抜かれてしまった。
今まで自分はどれほど逃げてきただろう。「逃げている」という事実にどれほど自覚的であっただろうかと考えた時、本当に恥ずかしくなってしまった。
逃げてちゃ駄目だね。せっかく生きているのだから。自分の可能性に挑戦できる環境でラグビーを続けることを選択したのは、他ならぬ自分自身なのだから。

3月12日(土)、明日からタマリバの新しいシーズンが本格的に始まる。
新主将によって語られた今年度のシーズン・テーマは「こだわり」。
グラウンドの上では勿論のこと、日常生活を含めて細部まで徹底的に拘り抜こうと。
それはつまり、「逃げない」ということだと思うんだ。
限られた時間の中でもっと自分を成長させる為に、自分の気持ちにきちんと正面切って向き合うことをテーマとして、新たな1年間をスタートさせたいと思います。

Monday, March 06, 2006

長谷川潔

長谷川潔という銅版画家がいる。
ちょっとした経緯があって気になっていた作家なのだけれど、タイミングよくNHKの「日曜美術館」で取り上げてくれたので、20:00からの再放送を自宅で見たんだ。

おれの感想を一言で言うなら「静謐」。静かすぎるほどに静かだ。
静物画と呼ばれる作品は巷に多数あるけれど、これほどまでに静かな作品世界を創り上げた作家は少ないのではないかと思う。そしてその世界観は、どこかはかない。
例えば、ひとつの林檎を描くとする。林檎の表面には艶やかさがあり、自然が創り出すカーブには生命力が溢れており、きっと表皮の内側には瑞々しさがある。
長谷川潔の作品は、違う。
生命を泥臭く捉えるのではなくて、ひとつの「理」と捉える独特の感覚に満ちている。
洗練され研ぎ澄まされた感性で、理をひとつずつ切り抜いていくような、その独特の雰囲気がとても興味深く、魅力的だと感じた。

横浜美術館で「長谷川潔展」が行われているそうなので、行ってみようかな。
http://www.yma.city.yokohama.jp/

Monday, February 27, 2006

プラネタリウム

作ってみたんだ。
http://shop.gakken.co.jp/otonanokagaku/magazine/vol09.html

大人の科学マガジンの付録なのだけれど、かなり良いです。
思った以上に綺麗な星空が投影されます。
彼女のいない大学生が部屋にひとつ置いておいたらいいかもしれない。
いや、それだとちょっと作為的かなー。

Sunday, February 26, 2006

壷光る

書きたいことは沢山あったはずなのに、機を逃すと書けないものだね。

もう1週間も前になるけれど、ある美術展に足を向けた。
東京美術倶楽部創立100周年記念「大いなる遺産 美の伝統展」というやつだ。
御成門の駅から歩いてすぐのところにある東京美術倶楽部。恥ずかしながら、おれはその存在すら知らなかったのだけれど、明治40年4月に設立された由緒ある会社のようで、日本の優れた美術品の保存・活用を通じて日本美術の発展に貢献すべく活動してきたそうだ。その東京美術倶楽部が、創立100周年を記念して、国宝を中心とする古美術品や、近代日本絵画の名作を数多く集めた展覧会を開催しているということで、会期終了間際に出掛けていったんだ。

様々な作品があった。
富岡鉄斎、横山大観、上村松園、青木繁、竹久夢二、奥村土牛、岸田劉生。
近代絵画の大御所の名前がずらっと並んでいた。
展示作品はどれも質が高く、内容の濃いものになっていた。正直に言うと、近代日本画というのは、観ていてそれほどおもしろいものだとは思わないけれど、その仕事の繊細さや丁寧さ、あるいは色彩や構図の巧みさといったものが明確に感じ取れる作品が多く、極めて良質の展示内容だったと思う。
印象に残っているものを挙げるならば、三岸好太郎と中川一政。どちらの作家も、その作品を直接目にするのは今回が初めてだった。三岸好太郎の作品「雲の上を飛ぶ蝶」では、そのタイトルの通り、雲海の上に広がる青い空を、色とりどりの蝶が舞っている。絶妙な拡がりを持ったその構成と、舞い飛ぶ蝶々の姿は、どこか人間の想像力の拡がりと自由を暗示しているようでもあった。中川一政の作品は、大胆な筆遣いと色彩で荒々しく描かれた「駒ケ岳」。ごつごつとした駒ケ岳の山肌が力強く描かれ、自然の持つパワーが伝わってくる良い作品だった。

絵画の他にも、多くの展示品が並んでいた。
国宝の絵巻物や陶器、書や屏風も多数あり、全体として見応えのある内容だった。
でもね、その中でも一際輝くものがあったんだ。
ただその作品の為だけに、この展覧会はあったのだと思えるような、そんな作品。

それが「花魚扁壷」と名づけられた河合寛次郎の作品だ。

生まれて初めて自分の目で実際に観た寛次郎の作品は、衝撃的だった。
作品の佇まい、フォルム、釉薬の質感、どれもが素晴らしかった。一目見た瞬間に寛次郎の作品と分かるような独特の雰囲気と洗練された美しさを併せ持つその壷は、本当に黄金色に光っていた。少なくともおれにはそう見えた。
壷にあれほど感動したのは初めてだった。繊細にして素朴。河合寛次郎という人間の魅力が詰まっているようで、その作品を観られたことが本当に嬉しかった。

また寛次郎の作品を観たい。
寛次郎自らが建築・設計し、殆どの家具をデザインし、生涯を終えるまでそこで数々の作品の製作に携わったという建物が京都に今も残され、河合寛次郎記念館として一般に公開されている。
いつか行ってみたい。出来れば近いうちに。

Monday, February 20, 2006

早稲田の挑戦

タマリバの同期を誘って、秩父宮ラグビー場に足を運んだ。
日本選手権準決勝、東芝府中 vs 早稲田大学。

先週末の2回戦で、トップリーグ4位のトヨタ自動車を28-24で破り、学生チームによる18年振りの社会人チーム撃破という快挙を果たした早稲田の更なる挑戦。対する東芝府中は、トップリーグ、マイクロソフトカップを制した社会人の王者であり、特にFWを中心とした激しさと破壊力は圧倒的だ。間違いなく国内最強のチームだろう。

秩父宮のスタンドは満員の観客で埋め尽くされた。
そして、圧倒的多数のファンの声援が早稲田に向けられた。
早稲田のプレーのひとつひとつに歓声とどよめきが起こり、随所に見られた好プレーに対して惜しみない拍手が送られた。
でも、きっと多くの人間は、どこかで早稲田の敗北を予感していた。早稲田の可能性に期待しながら、それでも最後は東芝府中が圧倒するだろうと思っていた。
そして、実際に東芝府中は43-0で早稲田を零封してみせた。
東芝府中は勝つべくして勝った。完勝だった、と言っていいだろう。


ここからは、あくまでおれの私論だ。
異論は当然あると思うけれど、おれの所感を書き残しておきたい。

東芝府中に挑みかかった早稲田の姿には、強く心を打つものがあった。
トヨタ自動車を撃破してみせた先週のゲームとは比較にならない感動があった。

前半の40分間、東芝府中の猛攻を12点に抑えてみせたディフェンス。
サイズ・パワーで劣る集団が、次々に湧き出るように必死のタックルを繰り返す。
鍛え抜かれた狂気のタックル、と言えばいいのか。積み重ねた練習に裏付けられたスキルと能力に自信を持って、そこに、勝利への執念と、ゴールラインを絶対に割らせないという魂が取り憑いたような、凄まじいタックルだった。
中でも特筆すべき選手を挙げるとすれば、内橋、後藤の両LOとWTBの菅野。
内橋、後藤の両LOの仕事量は、本当に凄まじいばかりだった。
あらゆるポイントに彼らの姿があり、仲間が抜かれた時に常にカバーリングしていたのも、やはり彼らだった。上に入るべき時は上に、下に入るべき時は下に、判断力と技術を持ってタックルを使い分け、鍛え上げられたフィジカルの強さを生かして激しいプレーを繰り返していた。そしてWTBの菅野。自分自身の「間合い」を持つ人間の、切れのあるタックル。瞬間的なスピードをもって相手の懐に突き刺さり、幾度となく東芝府中の攻撃を寸断した。

それでも、後半に入ると崩れた。
結果的に43点を奪われ、明日の新聞には「東芝府中、圧勝」の文字が並ぶだろう。
東芝府中、完勝。その通りだ。既に書いた通り、東芝は勝つべくして勝った。
東芝府中には早稲田を上回るフィジカルの強さと自信があり、経験があった。分厚い壁のようなディフェンスラインは大きく崩れることなく、終始ゲームの主導権を握って離さなかった。彼らには社会人王者のプライドと意地があり、なにより自信があった。
それは、紛れもなく、チームとしての「実力の差」だったと思う。

それでも、おれは思うわけです。
それは真実の一端ではあるけれど、もう一端の真実もあるだろうって。

トヨタ自動車に対しては、勝つべくして勝った。
あのゲームは、互角に戦えるだけの実力を備えたチームが、「洗練と徹底」で勝利を掴んだゲームだった。計算され尽くした「挑戦」であり、その体現だった。
今日のゲームは違う。
明確な格上への挑戦であり、計算を越えたところでの勝負だった。その結果が43-0というスコアであり、それが全てかも知れないけれど、そこには確かな光明があった。計算の先に向かう確かな意志に満ちていた。

それは確かに強く心を打つものだったと、おれは思います。
本当に素晴らしいゲームだった。

Sunday, February 12, 2006

感動について

パートナーと一緒に上野に出掛ける。
彼女が勤める画廊のオーナーに薦められて向かったのは、東京国立博物館で開催されている『書の至宝展』だ。王羲之に始まり、聖徳太子、空海、良寛といった書家の作品が多数展示されており、平日でも大勢が列を成していると聞いていたので、少し早めの時間から出掛けることにした。

正直に言うと、書には全く興味がなかったんだ。
彼女が無料招待券を持っていなかったら、間違いなく行かなかった。
それでも、足りない自分の分のチケットを買って一緒に観ようと思ったのは、もしかすると新たな発見があるかもしれないと思ったから、ではなくて、単純に彼女にひとりで行かせるのは可哀想かなと思ったからだった。

それで感想はというと、残念ながらつまらなかった。
ただ、必ずしも展示された書がつまらなかったという訳ではないんだ。
正確に言うと、つまらなかったのかどうかすらもよく分からない。
というのは、実は殆ど作品が見えなかったんだよね。人混みに囲まれてしまって。

誰もがお金を払って観に来ているのだから、じっくり鑑賞したい気持ちは分かる。
それでも、この展覧会の人混みは異常だったと思う。
あれほど混んでいるのに、誰も先に進もうとしない。他の人間のことを誰も考えない。それに加えて、大多数の作品が目線よりも低い位置に展示されているので、間近を取り囲んでいる人間にしか作品が届かない。甲骨文字のような、少なくともおれからすれば、繁々と見るようなものではないと思ってしまうものの前にさえ、二重三重に人が連なっていたのだから、王羲之や空海など殆ど観られたものではなかった。

ああなってしまうと、もう駄目だね。心が閉じてしまう。
「日々是感動」こそがスタートだったはずなのに、その想いとは正反対だよね。
展示されていた多くの作品に対する印象が、ほとんど皆無です。
もう一度、静かな部屋で観ることが出来たら違うのかも知れないけれど。


その後は、西洋美術館の中にある「すいれん」でランチを食べて、上野の街を適当に散策して歩き、みはしで餡蜜を食べて帰ってきた。みはしの餡蜜は美味しいけれど、杏餡蜜は酸味がちょっと強いので、あまりお薦めじゃないね。


夕方。
自宅に戻ってまず珈琲を入れると、録画してあったVHSのビデオテープを巻き戻す。
録画したのはもちろん、ラグビー日本選手権大会の2回戦。
早稲田大学 vs トヨタ自動車(14:00K.O. @秩父宮ラグビー場)

実際に観に行った人も多いと思う。注目されたゲームだったからね。
結果は早稲田 28-24 トヨタ自動車。学生による18年振りの社会人撃破となった。

試合の詳細には敢えて触れないけれど、素晴らしいゲームだった。
スコアを見れば苦しみながら捥ぎ取った勝利だけれど、早稲田は勝つべくして勝ったように見えた。彼等は周到な準備を重ね、戦略と意志統一を徹底し、目標を最後まで忘れなかった。あのチームが、次のシーズンのタマリバの目標になるんだね。

最後に、この試合を観て思い出されたイチロー選手の言葉と、学生時代にラグビーを通じて知り合ったある方がくれたメールを、ここに書いておきます。


特別なことをするために特別なことをするのではない。
特別なことをするために普段どおりの当たり前のことをする。

三年前、学生王者が社会人に勝つと思った人がいただろうか。でも彼らは本気で信じ続けた。正直今はクラブチームが勝つと思ってる人はいない。でも目標を持ち続けることで真実は覆る。来年の健闘を祈る!

ウェイト

寝過ぎてしまった。
昨晩1:30にベッドに入り、今日の12:30に起きる。朝飯とも昼飯ともつかない食事を摂って、14:30くらいに再びベッドに潜り込むと、起きた時にはもう17:30だった。
14時間も寝てしまうとは、自分が思っている以上に疲れていたのかなー。

身体の疲れも取れたところで、久しぶりに東京武道館へ行ってウェイトをした。
本当に長い間ウェイトをしていなかった気がする。身体がこれ以上痩せ細っていくのには耐えられないので、今年はなんとかウェイトの時間を確保するようにしたい。
平日にどの程度トレーニングできるかがポイントなんだよね。

ちなみに。
今更ながらジャイログリップを買ってしまった。(知ってますか?)
パートナーはすぐに廻せるようになったけれど、おれは半日くらいかかった。
最初はそのことが悔しかったのだけれど、今ではおれの方が高速で回転させるので、結局のところおれの勝利のようです。

Sunday, February 05, 2006

40点の差

2006年2月4日(土)
第43回日本ラグビーフットボール選手権大会、1回戦。
タマリバクラブ 7-47 早稲田大学(14:00 K.O. @秩父宮ラグビー場)

ずっと目標にしてきた試合は、あっという間に終わってしまった。
試合後に残ったものは、40点という点差と、自分への悔しさだった。

早稲田戦を迎えるまでの1週間は、素晴らしいものだった。
何人かの先輩や仲間がメッセージをくれた。
それまで個人的なメールをもらったことなどなかった人達が、メールをくれた。
社会人ラグビーで共にプレーした先輩も、激励の言葉をくれた。
一緒に1年間を戦ったメンバーからの決意表明が次々とメールボックスを埋めていき、業務時間中にも関わらず、何度も泣きそうになった。

決意表明。
考える必要もなく、書くことは決まった。
日本選手権の舞台にタマリバが辿り着いたのは、今シーズンの公式戦を勝ち抜いたメンバーだけの力ではない。チーム創設以来の数年間を支え続けた人達の存在と、日々の練習を共にした多くの仲間の存在があって初めて、この場所は用意されたのだという当然の事実へと、自然に気持ちが向かっていった。
だから、そういう人達の思いに恥じないプレーをしなければいけない。
自分に与えられた責任を果たして、最高のパフォーマンスをしてみせる。
12番での出場が決まった時、最初に思ったのは、そういうことだった。


後半34分。交替が告げられ、ベンチに戻った。
先輩が渡してくれたベンチウォーマーに袖を通しながら、グラウンドを眺める。
既に40点差がついていた。
そして暫くして試合終了の笛が鳴り、今シーズンのタマリバの挑戦は終わった。

悔しかった。
単純なことで、まだ自分自身が足りていないことを思い知らされた。
パスもタックルも、スピードもフィットネスも、自分に対する自信もきっと、まだ足りていなかったのだと思う。先輩に教えてもらった「プレー責任」というやつを、日本選手権の舞台で完遂するだけの土台が、現時点のおれには、まだ足りなかった。
もっと練習するしかないね。自分自身が、もっと成長するしかない。

タマリバクラブとしても、次のシーズンはこの40点がターゲットになるのだと思う。
これからまた1年間かけて、この差を一歩ずつ埋めていくしかないね。
決して小さくはない40点の差を埋める為の日々を、これからまた始めます。



以下、追伸。

試合を終えた翌日、パートナーが録画していたTV東京の『美の巨人たち』という番組を観た。河合寛次郎という陶工を扱った内容で、相変わらず寛次郎の作品は素晴らしいものばかりだったのだけれど、それ以上におれの心に留まったのは、寛次郎の美への態度そのものだった。

寛次郎が若い頃に目指していたのは、中国古来の陶磁器の美だった。寛次郎は、目標とする中国や朝鮮の陶磁の手法に独自の感性を織り込み、斬新な作品を創り上げていく。それは陶芸界に大きな衝撃を与え、結果的に寛次郎は若くして天才の評価を得ることになる。

しかし、その一方で寛次郎自身は、奇妙な思いに駆られていくことになる。結局は先達の模倣ではないのか、中国の古典美をどこまで追い求めても、それを越える作品には辿り着かないのではないか、と。
そして葛藤の末に3年を経た寛次郎は、別の地平へと行き着くことになる。

きっかけは、どこかの展覧会で見かけた茶碗だった。生活の中で使う為に、機能的に形を整えただけのものが、なお美しい。そのことに衝撃を受けた寛次郎は、生活の中に深く根を張った美、即ち「民藝」の世界へと傾倒していったんだ。
美を追い求めず、それでいて美しい、という境地。有名の美を求めず、無名の美を追求し続け、生涯に渡って無名であろうとしたが、その才能ゆえに無名たりえなかった天才。それが、河合寛次郎という人間だったそうだ。


何故こんなことを書いているのか。
それは、タマリバの今後のことを、少しだけ重ね合わせてしまったからだ。
思いつきの域を出ないレベルだけれど。

タマリバは、どのような方向性で今後「強さ」を目指していくのだろう。
例えば、経験と才能の豊かな選手に声を掛けて、良い人材を集める。
あるいは、全体での練習時間をもっと増やしていく。
そういった努力は惜しむべきではないと思うし、強くなる為には不可欠だと思う。
ただ、その方向性だけで突き進んだ時に待っているのは、人材と練習量では、どこまで行っても大学や社会人の強豪には勝てない、という事実かもしれない。大学ラグビーや社会人のトップリーグは、全国から選ばれた才能ある選手達が、ラグビーの為に生活の全ての時間を捧げる世界だからね。

クラブチームの可能性を、どこに見出していけばいいのだろう。
どこかにあるはずなんだ。
寛次郎が「美」の地平を変えてしまったようなことを、「強さ」でも出来ないだろうか。
もちろん簡単には出来ないだろうけれど、それでも、クラブチームゆえの「強さ」というエッセンスは、どこかに成立し得る地平があると思うんだよね。

その具体的なビジョンは全然ないので、あくまで希望に過ぎないけれど。

Monday, January 30, 2006

試合結果

全国クラブ選手権大会、決勝。
タマリバ 10-3 北海道バーバリアンズ

クラブ日本一、勝ち取りました。
秩父宮に足を運んでくださった皆様、本当にありがとうございます。
残念ながらゲームのクオリティは到底納得できるレベルのものではなく、退屈な思いをさせてしまったかもしれないけれど、とにかく勝ってほっとしています。

本当は書きたいことが山ほどあるけれど、今はしまっておきます。
次は2月4日、秩父宮ラグビー場で行われる日本選手権。
戦う相手は、早稲田大。
ようやくここまで辿り着きました。
スターティングメンバーとして秩父宮に立てることを信じます。


内部さん、中原さん、小寺さん、建太。
応援ありがとうございました。
次も頑張ります。
社会人での3年間に自信を持って、日本選手権の舞台で暴れてみせます。
CTBとして激しく、そしてFLのようにしつこく。どっちが本業か忘れちゃいましたけど。

Saturday, January 28, 2006

決勝前夜

1月29日(日)全国クラブ選手権大会、決勝。
タマリバvs北海道バーバリアンズ(12:00 K.O. @秩父宮ラグビー場)
ラグビーを始めて13年、明日は「日本一」という舞台への初めてチャレンジです。
なんとしても勝ちたい。
トップリーグや大学ラグビーのような華やかなものではないけれど、クラブラグビーの世界こそが今のおれの居場所だからね。

残念ながら、おれ自身はリザーブからのスタート。
6月にタマリバに加入してからずっと目標にしてきた大切なゲームで、スターティングメンバーから漏れたことは本当に残念だけれど、出番はあると信じている。
この悔しさを、試合にぶつけるしかないね。

Sunday, January 15, 2006

アートオフィス

昨日のことだけれど、パートナーの再就職が決まった。
これまでも様々な分野を転々としてきたけれど、今度の職場は銀座のとある画廊。
いいよね。
画廊で働くということが、おれには上手くイメージできないけれど、楽しそうです。
近代日本画を中心に取り扱う画廊のようで、今は隣の部屋で、その画廊で取り扱いのある作家の名前を100人近く暗記しようとしている。明日から勤務が始まるのだけれど、お客様から電話が掛かってきた時に、作家の名前も知らないようでは仕事にならないので、事前に覚えておくように指示があったそうだ。

なんかさ、画廊のパンフレットを見ると、ジャンル毎に分かれて作家名が記載されているわけ。例えば書画、日本画、工芸、彫刻といった具合に。
それぞれのジャンルで、15名から20名くらいの作家名が列記されているのだけれど、うちのパートナーはどうやら学校の先生になったつもりで暗記しているらしい。
書画組の尾形光琳君、みたいな感じで。

なんだかよく分からないけれど、画廊での仕事というのは誰もが経験できることではないので、とにかく楽しんでくれればいいなと思っています。

ミスをしない

久しぶりのラグビー。
バスで片道5時間の日帰り遠征で向かった先は、トヨタスポーツセンターだ。
トヨタ自動車B、三洋電機B、タマリバの3つ巴でのゲーム。マイクロソフトカップ、そして日本選手権を控えたこの時期に、Bとはいえゲームを組んでもらえたことに本当に感謝している。クラブラグビーでは、このレベルと出来るチャンスは殆どないからね。

14時40分、まずはトヨタBと40分間1ハーフ。
正確なスコアは知らないけれど、トライ数2-1で負けた。
チームとしては、悪くない出来だったと思う。課題も多く出たけれど、同様に収穫も多かった。随所に通用するプレーがあった。試合開始早々に先制トライを奪われて、立ち上がりは良くなかったけれど、40分全体を通してみれば、タマリバの時間帯を創り出して、自分達の強みを生かした勝負をすることが、一定程度は出来たと思う。
個人的な出来としては、ミスが多かったね。ディフェンスミス、ハンドリングミス、プレーの選択のミス。そういったものが、たった40分間の中に幾つも出てしまった。
課題はいつも同じだ。社会人ラグビーの頃に、大西さんにいつも指摘されていたことだけれど、ミスをする選手はチームから信頼されない。大切なのは、自分の責任を80分間ミスなく徹底すること。ミスをするチームは、絶対に勝てないからね。

大西さんに聞いた象徴的な話がある。
オーストラリアのクラブチームでは、1stから5thくらいまでGradeが分かれていて、それぞれのレベルでプレーを楽しんでいるのだけれど、Grade1つの差というのは、結局のところ10分間の差なのだという話だった。
例えば、1st Gradeと2nd Gradeがゲームをしたとする。すると、前後半合わせて80分間のゲームの中で、70分間くらいはほぼ互角の内容で競り合うのだそうだ。そして、後半30分を越えてラスト10分の戦いになった辺りで、1stと2ndの差が出てくる。その差というのが、つまりはミスなのだと、大西さんは言っていた。70分間タイトなゲームを続けた後の、ラスト10分間。そこで最後までタイトなプレーを継続できるのが1stであり、対照的に2ndは、集中力を切らさない1stの激しいプレッシャーを受けて、最後にミスが出てしまう。ラグビーの強さというのはそういうものであり、それが3rdになれば、2ndよりも更に10分早く切れてしまう。ラグビーにおける勝敗を分かつのは、つまりはそういうことなんだ、って。

いい話だと思う。
10分間のADであれば互角以上の戦いが出来るけれど、ゲームになると全く歯が立たない、といったことが実際にあるけれど、ラグビーの本質をよく捉えていると思う。
タマリバのメンバーとして日本選手権に出場して、格上のワセダに勝利することを目標にするならば、最もしてはいけないのがミスだ。ミスをしたら、絶対に勝てない。
残された練習時間は少ないけれど、そのことを改めて肝に銘じないといけないよね。

話題が逸れてしまったけれど、トヨタ戦に続いて、三洋電機とのゲーム。
三洋はCチームだったようだ。おれは交替を命じられて、ベンチに下がっての観戦。
三洋は、フィジカルが強かったね。FW、BK共にCチームとは思えないサイズだった。球際にも強く、タマリバは再三ターンオーバーをされてしまった。結果的にはトライ数で3-0の敗戦。得点できるチャンスが殆どなく、厳しいゲームにはなったけれど、それでも粘り強いDFが何度も見られて、決して悪くはないゲームだったと思う。

残念ながら勝利は出来なかったけれど、タマリバとしては自信になったと思う。
でも、このくらいはやらないと駄目だね。これをベースラインにしなければいけない。
今度は晴れた日に試合をしたい。そして、なんとか勝利してみせたい。

それにしても、寒くて死にそうだった。

Sunday, January 08, 2006

近況

1月8日・9日と全国クラブ選手権大会が行われる。
おれは2回戦のメンバーに選ばれていたのに、残念ながら試合に出場できない状況になってしまった。仲間に迷惑をかけてしまい、本当に申し訳なく思っています。
タマリバの快勝を期待しています。

それから、最近は全然書けていないけれど、今思っていることを。
元旦の朝日新聞に、スロヴェニアの哲学者スラヴォイ・ジジェクのインタビュー記事が掲載されていたのだけれど、非常に興味深いものだった。現代社会に対する眼差しは非常に鋭く、アメリカ型消費社会に対するカウンターパートとしての思想は、社会を考える上での新たなきっかけとなった。
近いうちに一度、スラヴォイ・ジジェクの著作に挑戦してみたいと思っています。

Friday, December 23, 2005

エッセイ

銀座の画廊へと転職すべく、採用試験の課題としてパートナーが書いたエッセイ。
画廊のオーナーは、突然こんなことを主張されて驚いたと思うけれど。


『名前』

今読み進めている「パズルの迷宮」(フアン・ボーニャ著)の中にこんな一節がある。

"実際のところ人は誰しも、誰かに言ってもらえるまで、
自分の名前を知らないものなのさ"

はっとした。そしてその言葉は、すとんと私の心の中に落ちてきた。

人はこの世に生まれてすぐ、多くは親から自分の名前を聞かされる。
私自身も記憶にはないが、初めはその「単語」が自分を指すものであるという
認識は、全くなかったはずである。何度も呼び続けられるうち、その「単語」が
自分自身を指す「名前」だということに、気づいていくのだろう。

そこで不図考えた。
もしも生まれ落ちてすぐ、同時に複数、例えば3つの名前で呼ばれたら、
3つの人格ができるのであろうか。
別々の国籍をもつ両親に育てられた子供は、同時に2つの国の言葉を
話せるようになる。
だがやはりその時も、与えられる「名前」は1つだ。
成長するに従い、それぞれの環境においてそれぞれの言い回し、あだ名などで
呼ばれることはあると思うが、「本名」は1つである。
しかし、その場その場で呼ばれる名前によって、自分の意識が変わることがある。
○○の時はこういう自分、△△の時はこういう自分という風に、
無意識のうちに自らの言葉遣いや雰囲気が変わっていることが。
「名前」には、そんな不思議な力があるように思う。

私のつたない感覚からくる結論を言えば、
もしも生まれ落ちてからずっと3つの名前で呼び続けられたら、
3つの人格ができあがる、ということになる。

「自分」というものは、とても曖昧でもろいものである。
自分の芯を通っている一本の糸の色は絶対的かもしれないが、
その周りを彩る色は、幾らでも変化する。

よく「本当の自分」という言葉を目にするが、
これはとても危うい言葉であるように思う。
それを考え出したら、それこそ出口のない迷宮に迷い込んでしまう。
「自分」というものは「唯一」だと認識しているからこそ、
そういう辛い思いに苛まれてしまうのではないか。
確かに、自分らしくないと明確に感じる種類のものもある。
それは大切にしなければならない。
ただ、それを絞りすぎてしまうと、いつの間にか答えのない問題と
永遠に顔を突き合わせることになる。
それは、とても力のいる作業である。

そんな時は誰かに別の名前をつけてもらい、
それで呼んでもらってみたらどうだろう。
案外自分の芯の近くに隠れていた感情が、素直に出てくるかもしれない。
他者から見た自分というものは、結構真を突いているものである。
その中で、どうしても嫌だと思うもの以外は、
全て自分であったりするのではないだろうか。
優子、真希、もも、カトリーヌ、ステファニー、タスリム。
誰かにそう呼ばれてしっくりいけば、全部自分の名前なのかもしれない。

名前について、そんなことを考えた。

オルテガ・イ・ガセットはその自我論の中でこう言っている。
「私とは、私とそれを包囲する状況である」と。

Saturday, December 17, 2005

流動性を考える

その人の著作に出会ったことで、それまでの自分の価値観や考え方、或いは世界の捉え方といったものが大きく揺すぶられ、新鮮な驚きと興奮を伴いながら、否応なしに自分が変化していくような、そんな出会いが、ごく稀にある。単純に知的好奇心を刺激したり、良質のエンターテイメントを提供してくれるだけではなくて、その先にあるものが強烈なインパクトを持って自分に迫ってくるような、作品の中で描かれた世界観が「おまえ、それでいいの?」って訴えかけてくるような、そんな出会い。
おれの短い読書歴のなかでも、そういう素晴らしい出会いが2回あった。

最初の出会いは、大森荘蔵。
浪人時代に新聞の書評欄で知った『時は流れず』という著作がきっかけだった。
この作品は、おれが生まれて初めて出会った哲学書だ。『時は流れず』という刺激的な標題に興味を持って、予備校の寮の傍にある小さな本屋で取り寄せてもらったのだけれど、初めて触れた哲学の世界は衝撃的だった。
「時は流れず、過ぎ去るのみ」
詳細な議論の展開や、その行き着く先はあまり覚えていないけれど、このキーメッセージに至るまでの議論の迫力、論理的厳密性を徹底的に貫こうとするその姿勢に、当時のおれは打ちのめされた。哲学というのは、その結論が刺激的なのではなくて、結論に至るまでに重ねられた思考や議論の展開、その論理的な厳密性と正確性、決して問うことを諦めないしぶとさ、そういったものこそが刺激的なのだということを、この本を読んで初めて知った。
ちなみにおれは、大学進学後に科学史・科学哲学を専攻することになるのだけれど、この時に大森荘蔵を知ったことがその最初のきっかけだった。教養学部・基礎科学科の科学史・科学哲学分科は、大森荘蔵がかつて所属した場所だったんだ。残念ながら、おれが進学した時には、大森さんは既に他界されていたし、実際に進学してみると、授業での哲学の議論についていけず、科学史に逃げてしまったけれど。


そしてもうひとつの出会いは、村上龍さん。
社会人になってからの数年間、龍さんの作品はコンスタントに読み続けている。
龍さんの作品を初めて手にしたのは、高校生の頃だ。ラグビー部の同期で、今では単身ポーランドに渡って映画を学んでいるセンス溢れる友達がいるのだけれど、その友達の薦めで『五分後の世界』を読んだのが最初だった。
でも実を言うと、当時はそれほど強烈なインパクトを感じることはなかった。その頃もおもしろい小説だとは思ったけれど、その水準を飛び抜けるような感覚はなく、単に「良い小説」のレベルで留まっていた。

本というのは、出会うタイミングが違うと、全く違った印象になるから不思議だ。
大学1年生の頃には『限りなく透明に近いブルー』を読んだのだけれど、正直に言って全く理解できなかった。セックスとドラッグだけの小説としか思えず、ただ不快感しか残らなかった。村上龍にインスパイアされるどころか、「当分村上龍はやめよう」と思ってしまったくらいだ。

龍さんの作品に対する印象が変化していく最初のきっかけとなったのは、大学3年生の頃にラグビー部の先輩が薦めてくれた『希望の国のエクソダス』という作品だ。
数十万人の中学生が、全国で一斉に集団不登校を起こす。ポンちゃんという少年が中心となって、インターネットとITテクノロジーを駆使しながら、彼らは独自の緩やかなネットワークを構築していく。大人達の社会における常識や規範といったものを、彼らはクールに飛び越えていって、やがて彼らのネットワークは、旧来の枠組みには収まらない新たな共同体の在り方として結実していく。
ざっと言うと、そんな小説なのだけれど、フィクションとしてのダイナミズムもさることながら、そのダイナミズムを成立させる為の精緻な取材が徹底されていて、非常に構築性の高い小説だと思った。また、ポンちゃん達が越えようとした「旧来の社会的枠組み」というものが、そもそも何だったのか、という問いを提示することで、日本社会に対する龍さんの分析の鋭さが浮かび上がってきて、そのことにも非常に驚いた。

そして大学卒業後、社会人になって暫く経った頃、きっかけは思い出せないけれど、『五分後の世界』を再び読み直してみることにしたんだ。これが決定的だった。
なぜ高校生の頃には気づかなかったのだろう。改めて読んでみると、凄まじいばかりの描写力と、その刺激的な作品世界に圧倒されてしまった。
この小説の舞台は、実際の世界とは5分ずれたもうひとつの世界。実際の世界では、1945年8月15日をもって日本は第二次世界大戦に敗戦するのだけれど、この5分後の世界では、日本軍は地下に潜伏して、アンダーグラウンド(UG)で占領軍への抵抗を続ける。その世界に突如紛れ込んでしまったオダギリが、UGの現実を徐々に受け入れながら、そこで生き抜いていく物語だ。UGにおける日本は、現実の日本に対するアンチテーゼであり、終戦後の日本が、敗戦とその後の高度経済成長の中で失ったものが何だったのか、という問いに対する龍さんなりの答えを暗示している。
初めてこの作品を読んだ時には、それが分からなかった。おそらく当時の自分には、この作品に対する受容性も感受性も備わっていなかったのだと思う。それは善悪の問題ではなくて、小説の読み方は様々であっていいと思うし、小難しく考える必要はないと自分でも思う。ただ、間違いなく言えるのは、初めてこの小説を手に取ってからの数年間で、この小説に対するおれのスタンスは全く変わってしまった、ということ。それはとりもなおさず、自分自身の変化そのものなのだと思う。例えば水上さんとの出会い、大学ラグビーの経験と社会人ラグビーでの挫折、そういう諸々の経験があって初めて、おれの中にこの小説に対する素地のようなものが出来たのかもしれない。
それから先は、龍さんの作品を次々に読み進めていった。出版されている全作品の読破にはまだ全然及ばないけれど、それでもこの3年間で30冊近くの作品を読んだ。龍さんの作品の多くは、読み終えた瞬間に「明日から自分はどう生きればよいのか」を否応なしに考えさせられるような、強烈なインパクトがあった。「おまえ、明日はどう生きるつもり?」って問い掛けられているような、自分の姿勢が試されているような、それまでの自分が暗黙のうちに前提としてきた部分に異物を放り込んで、波紋を撒き起こすような、そういう魅力があった。
そういう意味でも、村上龍という小説家の存在は、本当に衝撃的だった。

ここまで書いてきて、ようやく自分の書きたかったことに辿り着くのだけれど、鼎談集『波状言論S改』を読み進めていて、思ったんだ。
3度目の出会いが訪れたかもしれない。
『波状言論S改』の第1章「脱政治化から再政治化へ」という鼎談のメインプレーヤー、社会学者の宮台真司。彼の展開する議論、彼の提示する社会への視点に対して、自分でも驚いてしまうくらいに衝撃を受けてしまったんだ。

宮台真司は、社会の「流動性」ということを問題にしている。
おれの理解した限りで整理すると、近代性というのはつまり、流動性を高めるシステムだった。流動性は、交換可能性と言い換えることも出来る。流動性を高めることは、収益性という意味でも非常に効率的だった。流動性を高める方向に社会が向かっていったのは、それが社会を構成する基本的要素、例えば家族、地域共同体、個人といったものにとって、利益になると人々が考えたからだった。
しかし、流動性の向上した社会は、同時にアイデンティティの獲得が困難な社会でもあった。交換可能性が高まるということは、自分である必要性が失われていくことでもあった。例えば、終戦直後の日本社会においては、現代と比較すると、取り得る職業の選択肢は圧倒的に限られていた。それでも、例えば手に職を持った昔の職能工には、その人にしか出来ない仕事というものがあった。そうして社会における存在意義を見出すことで、アイデンティティを獲得することが出来た。
現代は違う。職業の選択肢は圧倒的に拡がる一方で、産業技術の発達と共にマニュアル化が進行していった。標準的なスキルセットが規定され、マニュアルさえあれば誰もが同じ作業をこなせるような環境が、特に製造業を中心に出来上がっていった。それは効率的に収益を上げる為の必然だったけれど、同時にアイデンティティの介在する余地が失われていった。自分である必要性を認識することが困難な社会になっていったんだ。そして、同じような傾向は、実は社会のあらゆる領域に拡大していて、そうした状況下で生きる人間の心に徐々に蔓延していったものが「不安」だった。

宮台真司は、そこから更に議論を進めていって、過剰流動性社会に対する問題提起と、近代の抱える構造的問題を越えて行くビジョンを展開していくのだけれど、現代社会に対するその鋭い眼差しと分析は、本当に刺激的だ。そして社会に対するそうしたアプローチは、今までの自分には余りなかったもので、純粋に新鮮な驚きがあったのと同時に、社会に対する自分自身の向き合い方、ひいては「社会」そのものに対する捉え方が、自分の中で大きく転換していきそうな、そんな予感がした。

そのことが、すごく嬉しかった。
残念ながら今のおれは、宮台真司の展開する議論に、厳密な意味でついていくことが出来ない。議論の前提となる知識・教養もバックボーンもない。議論を構成する基本的な概念さえ、きちんと自分の中に落とし込めていない。
もっと読めるようになりたい。
宮台真司によって喚起された問題意識を、諦めずに考え続けていきたい。

Monday, December 12, 2005

社会学にふれる

『波状言論S改』という鼎談集を買って、今読み進めている。
批評家の東浩紀が、同僚の社会学者である鈴木謙介と共に、宮台真司、北田暁大、大澤真幸という3名の社会学者と対談した内容を纏めたものだ。

正直に言うと、とても難しい。
考えながら、一歩ずつ議論を辿っていかなければ、読み進めることが出来ない。
更に言えば、どれほど丹念に読み進めたとしても、内容をきちんと理解したと言える自信はまったくない。たぶん無理だ。ルーマンもハーバーマスも知らないおれには、おそらく理解の限界があるのだろうと思う。

それなのに、なぜか読みたくなるんだ。
議論のディテールは分からなくても、考えることを読者に要求するような、知的刺激が詰まっているからだろう。

考えてみれば、社会学というものに興味を持ったのは初めてかもしれない。社会学者の著作に目を通すような経験も、これまでは殆どなかった。この本に出会ったのも偶然のことで、最初から「社会学」の世界に足を踏み入れようという意志があった訳ではないんだ。目的もなく本屋をうろついていた時に、偶然目に留まって、そのタイトルに惹かれて手に取って頁を捲っていると、その中の一行が頭に飛び込んできた。
それは、東浩紀が、過去の宮台真司の思想的立場を端的に要約したもので、「オウムになるかコギャルになるかの二つしかないなら、コギャルになるしかないだろう」という言葉だったのだけれど、宮台真司のことを何も知らなかったおれにとっても、その言葉はとても興味深く、即座に買ってしまったんだ。

まだ自分の考えが整理できない。
宮台真司の展開する議論についていこうともがいているけれど、簡単ではない。
議論の前提となる概念を、きちんと理解できない。
そういうベースの欠落がはっきり分かってしまって辛いけれど、でも刺激的だ。
こういう感覚は久しぶりで、ちょっと嬉しい。
「分からない」ということを大切に、丁寧に読み進めていきたい。

Tuesday, December 06, 2005

冒険者カストロ

久しぶりに本を読んだ。1冊の本をきちんと読破したのは本当に久しぶりだ。
『冒険者カストロ』
佐々木穣という作家が描いたフィデル・カストロのノンフィクション作品だ。

1956年12月、亡命先のメキシコから、ひとりの革命家とその同志達が、彼らの母国キューバに上陸する。彼らは、事実上のアメリカの傀儡政権であったバティスタ軍事独裁政府を打倒すべく、2年近くに渡ってゲリラ闘争を繰り広げる。
シエラ・マエストラでの戦いに勝利し、革命の狼煙を上げると、圧政に苦しむ農民達の絶大な支持の受けた革命軍は反バティスタ闘争の勢いを加速していく。サンタ・クララを陥落させ、革命軍の勝利を決定づけると、1959年1月1日、バティスタはドミニカへと亡命する。そして翌日、首都ハバナの陥落をもってキューバ革命は完遂されるのだが、その中心にいたのが、言うまでもなくフィデル・カストロとチェ・ゲバラだ。

フィデルとゲバラは、共にキューバ革命を指導した伝説的革命家だが、その後の2人の人生は対照的なものとなった。キューバ革命の純粋な精神の最後の砦であり、第三世界への革命運動の展開を通じて、「もっと多くのベトナムを」創ることを生涯の理想としたゲバラは、後にカストロへの決別の手紙を認め、キューバを離れることになる。コンゴの革命を指導すると、その後はボリビアでのゲリラ戦争に携わっていく。しかし、ゲリラ戦の最中、ボリビア政府軍に捕獲され、理想への道半ばにして不幸にも銃殺されてしまう。
一方でフィデルは、キューバ革命を守り通す為に、独裁体制の基盤を築き上げると、アメリカ資本を接収し、資産の国有化を推進していく。大国アメリカと渡り合う為に共産主義というイデオロギーすら利用し、ソビエトとの関係を強化していく。キューバ危機の13日間を経てフルシチョフに対する信頼は失いながらも、その政治的交渉力を持ってソビエトから最大限の譲歩を引き出してみせる。

フィデル・カストロは、今もなおキューバ共産党の第1書紀として国家を指揮するキューバの国家元首であり、独裁者だ。政治的なことをあまり書くつもりはないし、その評価は様々だろうと思うけれど、類い稀なカリスマ性と政治センスを兼ね備えた闘士であることは間違いないと思う。そうでなければ、カリブ海の小国キューバが、鼻先の大国アメリカの経済封鎖の下にあって、今日に至るまで共産主義による独裁体制を存続させることは出来なかっただろう。

よく言われるように、チェ・ゲバラは革命の地に命を失ったことで、伝説となった。
「革命家」という言葉が想起させるものを、最も体現してみせたのがゲバラだった。
でも、そこにはもう1人の英雄がいた。キューバ革命を政治的に守り通す為に、独裁者として君臨する道を選んだフィデル・カストロは、自らの命を賭してバティスタ独裁の打倒の為に戦い、キューバ革命を勝利へと導いた紛れもない英雄だった。


『冒険者カストロ』は、そのフィデル・カストロという人間の半生を描いたノンフィクション作品だ。その生い立ちに始まり、キューバ革命に至るまでの道程、革命後の政治的選択、ゲバラとの出会いと決別、そういったことが綿密な取材のもとに丁寧に描写されている。革命家としての輝かしい功績だけが注目されがちだが、ゲバラと共に率いた革命の道程は困難を極めるものだった。モンカダ兵営の襲撃に失敗して、メキシコに亡命した時には、わずか12名しか革命の戦士はいなかったのだ。(正確な人数には諸説あるようだけれど。)そうした絶望的な状況下にあっても、己の信念に妥協することなく、目的の実現の為に常に行動し続けた人間の迫力というものが、淡々と続く描写の中からも伝わってくる。それは、飾りつけを施すまでもなく魅力的なフィデル・カストロの生き方に対して、ただひたすらに丹念に、正確に書こうとする、そのスタンス故のことかもしれない。本当のことを言うと、革命が成就した後の記述が少ないのが少し残念ではあるけれど、一読の価値は十分にある作品だと思います。


ちなみに、念の為に書いておくけれど、共産主義に対する思い入れやシンパシーはおれにはない。更に言えば、共産主義に限らず、特定の政治的信条やイデオロギーに対する傾倒といったことも、自分自身ではないと思っている。
何が言いたいかと言うと、フィデル・カストロの魅力はその政治的思想にある訳ではないということ。少なくとも本書を読む限り、誰が何と言おうと、フィデルの生き方は圧倒的で、熱情的で、戦略的で、目的に対して反妥協的で、つまりは極めて魅力的だ。
繰り返すけれど、それは政治的信条とは関係ないはずのものだと思います。

Sunday, December 04, 2005

責任について

1月の全国クラブ選手権に向けての最後のゲーム。
12/3(土)タマリバA vs 早稲田大C @早大上井草G
12/4(日)タマリバB vs 法政大 @法政大学八王子G

早稲田Cとは9月にも試合をして、24-31で敗れている。今回のゲームはその雪辱戦であり、日本選手権で早稲田Aと戦い、勝利することを最大の目標に据えるタマリバにとっては、絶対に落とすことの出来ないゲームだった。

結果はというと、53-22での勝利。
ゲームに対するチーム全体の集中力も終始途切れず、悪くない内容だったと思う。
3ヶ月前の敗戦の頃とは全く違うレベルのパフォーマンスを発揮した選手もいた。メンバーが揃っての練習は週末にしか出来ないけれど、その限られた練習時間の中で、ラグビーに対して真摯に取り組んできた人間は、そのことをプレーできちんと証明していて、タマリバというチームの成長に大きく貢献していた。
そういうやつが仲間にいるのだから、おれ自身も応えないといけない。

正直に言うと、チームがいい流れを創り出していたのに、自分自身のパフォーマンスは全然納得できないようなものだったんだ。ミスがあった。ボールを2度落とした。タックルを外されたシーンもあった。そういう精度の低さはもちろんだけれど、本当に納得できないのは、そういうことではないんだ。
ウォーミングアップの時から、どこか身体が重かった。タッチフットをしていても、上手くボールに絡んでいけなかった。そういう自分自身で分かり切っていたことに対して、自らの意志で修正していけなかった。これが最大の問題だ。
ミスはきっと、起こるべくして起こったんだ。

チームのことに話を戻すと、タマリバにとっては収穫の多いゲームだった。これまでの練習の成果に自信を持つことが出来た。幾つかのプレーは、このレベルの相手であればはっきりと通用することを示すことが出来た。3ヶ月前の雪辱を果たして、ようやくタマリバはひとつ上のレベルに向かえることになった。
でも、目標はここではないね。
ここまで来るのに3ヶ月かかった。目指す選手権までは、あと2ヶ月です。


そして日曜、みぞれ混じりの悪天候の中、Bチームと法政大学のゲームがあった。
結果はというと、残念ながら5-63での敗戦。前半は随所にしぶといディフェンスが見られて、スコアも拮抗していたけれど、後半に入ると一気に離されてしまった。

試合終了後に、このゲームのキャプテンを務めた先輩がメンバーに言った。
「プレー責任を持たなければいけない」って。
おれはこの試合に出場していないけれど、この先輩の言葉を忘れません。普段の練習から責任感溢れるプレーを続けている人ゆえの言葉だった。

学生の頃、コーチの水上さんにも何度となく言われた。
スキルもフィジカルの強さも勿論大切なのだけれど、それだけじゃない。
グラウンドに立つ以上、決して忘れてはいけない「前提」は、いつだって同じだ。
そのことを、改めて自分の意識の奥底に刻み込んで、今日は寝ることにします。

Sunday, November 27, 2005

最終電車

昨日のことだけれど、ちょっと嬉しくなることがあった。

ふだんはそれほど遅くない時間に会社を出ているのだけれど、昨日はどうしても処理すべき仕事を溜め込んでいて、深夜まで会社を離れることが出来なかった。24時を廻ったあたりで業務を終えて、急いで最寄駅に向かう。そして、そこから最終電車を乗り継いで家へと帰ったのだけれど、途中で3回ほど乗り換えをしなければならないんだ。最終電車で帰ることなど滅多にないので、乗り継ぎの仕方や時間を何度も確認したのだけれど、3回の乗り換えの中の1つ、北千住駅での乗り換えの時間が、実際には2分しかないことが分かったんだ。上野から常磐線快速の松戸行き最終電車に乗って、北千住で降りるのが1時2分。そこから千代田線のホームに向かい、1時4分に北千住発の各駅停車松戸行き最終電車に乗らなければいけない。
絶対に1時4分の電車を逃したくなかったおれは、北千住で常磐線の快速を降りると、千代田線のホームに向かって急いだ。申し訳ないと思いながらも、通路の人混みを掻き分けて、前に少しでもスペースが出来たら走ってね。そして、北千住駅で発車時刻を待っている最終電車に乗り込んだんだ。
でも、電車は発車しない。
電光掲示板の時間は1時5分になっているのに、発車しようとしないんだ。
その時に、ホームから駅員さんのナレーションが聞こえてくる。
「常磐線からの乗り換えが終わり次第発車いたしますので、今暫くお待ちください」って。

最終電車に乗り過ごすことのないように、駅員が気を利かせてくれていたんだ。もう次の電車がない「最終電車」だからこそ、1時4分発という決められたダイヤに則って運行するのではなくて、幅を持たせたルールの運用をしてくれた。東京での生活も今年で9年目になるけれど、時刻表通りに運行しない電車に出会ったのは初めてのことだった。

急いで乗り込もうとした乗客の目の前で扉が閉まっても、絶対に扉を開けないのが東京の電車だと思っていた。可能な限りダイヤに忠実な運行をすることが最大にして唯一の価値であるような雰囲気があり、不可避な要因が働かない限り、発車時刻を意図的に遅らせるような対応が出来る組織だとは思っていなかった。

ダイヤ通りに運行する方が楽だ。
ルールという後ろ盾に従うことは、日本的な文脈の中ではローリスクな選択だという発想は未だ根強く残っていて、特に鉄道会社のような組織は、その最たる例だと思っていた。

だからこそ、意外だった。そして、ちょっと嬉しかった。

Friday, November 25, 2005

希少性の原則

今読んでいる本の中で、興味深いエピソードが紹介されていた。
著者の村上龍さんが何度かヨーロッパに出向いた際に、エールフランスのファーストクラスとビジネスクラスが、いつも満席だったという。JALやANAが満席だったことはなく、特にファーストは空席ばかりだったにも関わらず、エールフランスが常に満席だったのは、喫煙コーナーがあるからではないか、という話だった。

龍さんは、こう続ける。
長距離の国際線における全席禁煙の流れは自然なもので、基本的に正しい対応だろう。そうした状況下においてJALやANAは、アメリカンスタンダードこそが世界標準であるという考え方のもと、全席禁煙という方向性に歩調を合わせた。しかしながら、欧米の大多数の航空会社が選択しなかった「喫煙コーナー」を作ることで、エールフランスは乗客率を伸ばした。そこには「希少性」という経済学の基本的な要因が働いている。JALやANAは、アメリカンスタンダードに無批判に準拠することで、経営上の戦術的選択肢を盲目的に1つ失い、また市場における「希少性」を喪失した。

このエピソードが紹介されている龍さんのエッセイ集『アウェーで戦うために』が出版されたのは2000年12月であり、現在の状況はおそらく違うだろう。海外経験のほとんどないおれは、恥ずかしながら航空会社の現在をよく知らないけれど、日々刻々と変化する市場環境の中で、航空会社各社は、他社との差別化戦略を積極的に展開しているはずだ。現代の情報化社会において、5年という歳月は長い。

ただ、このエピソードが示唆するものは変わらない。
希少性の原則、ってやつだ。

例えばIT業界では、まさに希少性で勝負する独立系のベンダーが乱立している。ニッチな分野に特化して、お客様に最適なソリューションを提供する比較的小規模の企業が、IT業界全体の成長を支えている。
IT業界は、業界全体でみれば年間数%程度のプラス成長を続けているが、実は大手と呼ばれるベンダーは軒並みマイナス成長で、シェア・ロスの状況が続いている。理由は明確で、様々なお客様のニーズに対して、大手ベンダーが最適なソリューションを提供できなかった、ということに尽きると思う。
バブル崩壊後の厳しい経済環境において、多くの企業では経費削減が最大の経営課題だった。その為の施策として、企業は投資の抑制を図ったのだが、ITに関して言えば、企業として必要なITの機能要件を絞り込み、投資の対象範囲を限定することで、IT投資を必要最小限に抑えようという流れが鮮明になった。
機能要件が限定されれば、その分野に特化したソリューションを持ったベンダーは有利だ。総合力では勝負できないけれど、お客様の個別のニーズにきめ細かく対応することで、最適解を提供できるベンダーが、確実にニッチなエリアを拾っていった。大手ベンダーはあらゆる分野の製品ラインアップを揃えることで、あるいは他社とのパートナーシップを強化することで、「何でも出来ます」という路線を選択した。でも、お客様の痒いところに手は届かなかった。ニッチに対する細やかな対応力では、独立系ベンダーの方が遥かに上手だった、ということだと思う。
IT業界におけるこうした流れは、希少性を持つものが存在価値を、あるいは存在する場所を見出していく、ということのひとつの例になるかもしれない。

そして、長々と書いてしまったけれど、おれにとってのポイントはこの先にある。
それは、自分自身が、一個人としての希少性を獲得できるか、ということ。
例えばグラウンドの中に、あるいは営業の現場の中に、更にはこのブログの中に。
そして、それらすべてを包括する「日々」の中に、おれの「希少性」ってやつを織り込んでいけるかどうか。龍さんのエッセイを読んで、そんなことを漠然と考えています。

Tuesday, November 22, 2005

「最悪」じゃなくて

11月3日に行われた秩父宮での東日本トップクラブリーグ決勝以来となるゲーム。
タマリバ vs 関東学院大C @釜利谷G(12:00K.O.)

相手は2.5本目くらいのメンバーだと事前に聞いていたのだけれど、おそらくは3本目だと思う。それでも、リーグ戦の優勝争いが佳境を迎えるこの時期に、3本目とはいえゲームを組んでもらえたのは大きい。大学の強豪校とゲームを組めるチャンスも決して多くはないので、その意味でも貴重なゲームだったと思う。

結果はというと、39-12での勝利。
ゲーム全般でみれば、特に危なげなく勝利できたと思う。
ただ、出来が良かった訳じゃない。特にこのゲームでは、残念ながら、個人としてのパフォーマンスが問題だった。

最近いつも同じことを繰り返している気がする。練習でも試合でも、自分の課題として浮き彫りになるのはいつも同じだ。パスを正確に放れない。ラインディフェンスが上手く出来ない。タックルの瞬間に一歩踏み込むことが出来ない。そういう諸々のことが、悔しいけれど改善されていない。今回のゲームでは、特にディフェンスについて、その事実を改めて突きつけられることになった。

いつも同じだ。
例えば普段の練習後。練習を終えて、帰りの電車の中でいつも反省する。
「今日の練習の出来は最悪だった」って。
最近では、自分が納得出来るだけのパフォーマンスを発揮して練習を終えることが、一度だってなかったような気さえする。
でも、今回のゲームを終えて、はっきりと分かった。
今までの出来が最悪だった訳ではなくて、最初からその程度の実力なんだ。
悔しいけれど、それが現実。
「最悪」という言葉には、自分の能力は本当はもっと高いけれど、たまたまそれを出せなかっただけだ、といったニュアンスがある。でも、それはきっと違う。一度きりの練習、一度きりのゲームの中で、パフォーマンスをきちんと発揮できないことこそが、自分の今の限界なのだと思う。

正直言って、状況は厳しい。
2月の選手権までに残された時間は決して多くはない。今のレベルのままでその日を迎えたならば、きっとチームはおれを信頼しないと思う。チームの求めているレベルに対して、はっきりと達していないからね。

上手くなりたい。もともとタマリバに入ることを決めた最大の理由は、上手くなる為のラグビーを出来るチームだと思ったからだ。チームのメンバーに信頼されるように、そして日本選手権の舞台に立って、自分のベスト・パフォーマンスを発揮できるように、その瞬間の為に、もっと上手くなりたい。

Tuesday, November 15, 2005

こぼれ落ちるもの

随分久しぶりに田口ランディさんのブログに目を通した。
「不眠に悩むコヨーテ」
http://bluecoyote.exblog.jp/

ランディさんは以前、「田口ランディのアメーバ的日常」というブログを連載していたのだけれど、ある時突然に、1ヶ月近くの休載に入った。その後、8月の下旬に再開されたのが、この「不眠に悩むコヨーテ」というブログなのだけれど、実は再開された直後から、おれはランディさんのブログにそれほど目を通さなくなってしまった。

「アメーバ的日常」は、幾多の読むに堪えないブログが増殖している中で、個人的に最も好きなブログのひとつだった。ランディさんの剥き出しの思考の跡が垣間見えて、非常に刺激的だったし、なにより新鮮だった。彼女が「ブログに書く」ということの価値をはっきりと感じ取れる、そんなブログだった。

「不眠に悩むコヨーテ」が始まった頃、その雰囲気の違いに凄く違和感を感じた。同じ人間の書いたものとは思えないくらいに、そこで語られる言葉そのものが変化しているような気がした。言葉というのは人であり、それはつまり、田口ランディという人のある種の変化なのかなと、直感的におれは思った。
変化という事実に善悪はなく、おれは今でも田口ランディさんに対して、ある種の敬意を抱いている。ただ、「不眠に悩むコヨーテ」で語られた言葉の世界は、少なくともおれにとって、従来とは違うどこか立ち寄りづらい雰囲気を醸し出していた。
目を通す回数が減っていったのは、その感触を拭い去れなかったからだと思う。

それから約2ヶ月。
久しぶりに目を通してみると、「不眠に悩むコヨーテ」が始まった頃ほどには違和感を感じなくなっていた。言葉の選択や、思考の流れといった点で、「アメーバ的日常」の頃には見られなかったものも少なくないけれど、相変わらず示唆に富んだブログだと思うし、剥き出しに近い状態の思考と感情が入り乱れながら、ひとつの物語へと収斂していく過程が刻まれていて、刺激的なものも多かった。

特に響いたのは、中澤新一さんの「直感を生きる」という言葉。
「全感覚的に、直感的に世界を把握する能力を取り戻せ」という、その発想だった。
http://bluecoyote.exblog.jp/1605866

日常を生きるうえで、ほとんど無自覚に前提としてしまっている西洋的な論理思考の枠組み、あるいは対立的な物事の捉え方というのは、決して自明のものではなくて、むしろ時に生命力を枯らせてしまう、という指摘には唸ってしまった。
その指摘が新しかったからじゃない。
「生命力を枯らす」という言葉に、ランディさんの魂のようなものを感じたからだ。
直感を生きるランディさんの原点が、こんな言葉ひとつにも、顔を覗かせているね。

ちなみに、最近おれは「こぼれ落ちるもの」ということを考えている。
実はちょうど今、ゲーム理論に関する本を読んでいるのだけれど、ゲーム理論というのはひとつの思考モデルだよね。一定の前提と決められたルールのもとで、合理的判断に基づいて行動すると仮定されたプレーヤーが、実際にどのような選択をするのかを導き出す為の「思考の枠組み」と言えばいいかもしれない。

ゲーム理論に限らない。
思考モデルとでも言うべきものは、それこそ至るところに転がっている。本屋に寄って、ビジネス書の棚を眺めれば、物事の考え方や整理の仕方をパターン化して、思考モデルとして提示してくれる書籍が、数え切れないほど並んでいるはずだ。

モデルというのは、つまりは鋳型だ。
有効性に対する判断は様々あるだろうが、モデルが導く結論やアウトプットが完全でないということを批判するのは、そもそも意味がないと思う。クッキーの型をいくつ準備したところで、あらゆる形のクッキーを焼けるわけじゃないのと同じことだ。モデルというのは、最初からそういうものとして考えるべきで、むしろある種のクッキーをきちんと焼けるのならば、そのことの有効性を評価すればよいと思う。

ただ、おれが考えているのは、そこから「こぼれ落ちるもの」なんだ。
モデルを批判的に捉える、というのは、モデルには落とし込めないものの存在に光を当てることなんじゃないか。それが何かということに対して、今のおれは明確な答えを持っていないけれど、例えばそれは、「直感を生きる」という生き方であったり、ランディさんの言う「生命力」であったりするのかもしれないね。

Saturday, November 12, 2005

神様について

心に響いたマハトマ・ガンディーの言葉。

我々が今日のことに気をつかえば、明日のことは神が気をつかってくれる。


今日を一生懸命に過ごして、明日を神様に委ねる。でも、夜が明けて朝が訪れた時、明日だったはずの瞬間は、もう「今日」になっているんだ。だから、明日に気をつかってくれる神様には、本当は最後まで出会えないのかもしれない。

神様が生きているのは、届くことのない時間。
結局のところ、明日は生きられない。生きているのは、いつだって今日だ。
だから本当は、自分が存在できる唯一の瞬間である「今日」に対して、自分自身が気を遣い続けるしかないのだと思うし、それしか出来ることはないのだとも思う。

そしておれは、神様のそういうところが結構好きだったりします。

Monday, November 07, 2005

伸びしろ

書くのが遅くなってしまったけれど、11月3日(木)に秩父宮ラグビー場で行われた東日本トップクラブリーグの決勝戦、29-10でなんとかものにすることができた。北海道バーバリアンズとの試合はいつも苦しい展開ばかりで、今回のゲームも決して上手く進められた訳ではないけれど、とにかく勝利できたことに、まずはほっとしている。
当日は、何人かの友達や先輩が、試合を観に来てくれた。
試合後にメールや電話をくれた友達もいた。
ありがとうございます。
次は1月の全国クラブ選手権。必ず優勝して、日本選手権の切符を掴みます。

さて、試合終了から2日経った昨日、改めて試合のビデオを観ることになった。
結論から言うと、内容はあまりにもひどかったね。
自分自身のプレーも、相変わらず良くなかったけれど、チーム全体としてのプレーの質があまりに低かった。ミスを連発して、自分たちで状況を苦しくしていく。相手FWの中心メンバーである3人の外国人選手に何度も同じようにボールを奪われ、連続攻撃が出来ない。ルーズボールに対するセービングが出来ない。準備していた戦略が想定通りにいかない状況が明らかなのに、ゲーム中に修正していくことが出来ない。
これじゃ、勝てないよね。
目標としている日本選手権では、絶対に勝てない。

練習するしかない。
自分自身、課題が噴出している。チームがおれに求めている仕事は明確なので、それを確実に出来るようにプレーの精度を高めていくしかない。現状のレベルのままだったら、きっとチームはおれを信頼しないだろうと思う。
ラグビーというのは、そういうスポーツだからね。

まだまだ、伸びしろはたくさんあるはずなんだ。

Thursday, November 03, 2005

無題

スパイクだけは磨いておこうと思っています。
寝るのがちょっとだけ遅くなってしまうけれど。

Monday, October 31, 2005

秩父宮に向けて

いよいよ秩父宮でのゲームが迫ってきた。
11月3日(木) 東日本トップクラブリーグ決勝
タマリバ vs 北海道バーバリアンズ 12:00K.O. @秩父宮ラグビー場

大学を卒業して以来となる秩父宮のグラウンド。
まずはここまで辿り着いた。
ここが目標ではないけれど、でも、素直にすごく嬉しい。嬉しくてたまらない。

タマリバでプレーすることを決断した時の気持ちは、今も変わらない。
もっと上手くなりたかった。
真剣勝負が出来る場所で、本当の意味でラグビーをエンジョイしたかった。
トップリーグでのプレーは残念ながら叶わなかったけれど、自分が今置かれた環境の中で、クラブラグビーという新たな場所で、やつらに負けないくらい真剣に、正直に、最大限の熱意を持って、本気でラグビーをしたかった。

6月に初めて参加したタマリバの練習は、今も忘れない。
1時間もタッチフットして、10分真剣勝負のミニゲームを3本やって、その頃のなまった身体には心底きつかったけれど、最高におもしろかった。
あの時の感じが、タマリバでのおれの原点です。


そういうことのすべてを忘れずに、11月3日のゲームに臨みたいと思ってます。

Wednesday, October 26, 2005

異なるプロトコル

生まれて初めて、タップダンスをライブで見た。
"TAP ME CRAZY"、演じたのは同じ年齢のタップダンサー、熊谷和徳だ。

タップのことは、ほとんど何も知らない。
彼がタップの世界でどう評価されているのか、どういう方向性を目指しているのか、その背景に何があるのか、そういった諸々のことを、おれは本当に何も知らなかった。

観に行こうと言ったのは、パートナーだ。
タップダンスに限らず、今まで触れたことのないエリアを覗いてみたい、という気持ちは最近殊に強いのだけれど、タップダンスの公演に足を向けることになるとは、自分でも思っていなかった。正直なところを言うと、7月の中頃に彼のタップを初めて観に行って、感動のあまり涙したという彼女の薦めに乗っかってみた、というのが本当のところだ。ただ、しばらく前にSTOMPの公演を観ていたこともあって、おそらく彼らと近いエリアで異なる方向性を持ったパフォーマーであるような気がして、日を追うごとに興味が湧き上がってきていたことは事実だ。

公演の会場となったのは、渋谷のパルコ劇場。名前は忘れてしまったけれど、熊谷和徳が尊敬してやまないタップダンサーが、日本で唯一公演を行った舞台だそうだ。500席近い席数があるのだけれど、パートナーが先行予約でチケットを押さえてくれたこともあって、前から2列目という抜群のポジションだった。

2時間近い公演は、まずはDJとキーボードによる音楽で始まる。
コーネリアスを思い出すようなリズムとメロディの重なりが、開演を演出する。
すると突然に、観客席後方の通路に、熊谷和徳が姿を見せる。
そして、スポットライトに照らされた彼が、階段の途上に敷かれたボードの上で、音楽に合わせて最初のステップを始めた瞬間に、この公演は本当の意味で幕を開ける。

今回の公演では、コラボレーションがひとつのテーマになっていた。
オープニングの流れのままに、最初はDJ・キーボードの奏でる音楽とのコラボレーション・タップのセッションが2つほど続く。2つは異なるトーンの曲調で構成されていて、合わせて照明も赤から青へと切り替わっていく。そうした全てを感じ取って、それに共鳴するように、彼は両足を板に打ちつける音だけで、全体とコラボレートしていく。
そして次は、彼の仲間のダンサー4人が登場して、5人でのチーム・ダンス。それが終わると、今度はスティーブというパーカッショニストとの即興でのコラボレーションだ。
ドラム缶を叩くリズムに乗って、即興で繰り広げられる熊谷和徳のタップ。後で「何も決めていなかった」と本人が言っていた通り、随所に即興ゆえの面白さが織り込まれながら、非常に見応えのあるセッションが繰り広げられる。彼のタップもさることながら、助っ人のスティーブも、きっとかなりのパフォーマーなのだと思う。

その後、中段ほどで一度メンバー紹介があって、更にステージは続いていく。
地球の誕生した瞬間を想起させるような曲調と青白い光の中で、ボードの上に砂を撒いて演じられたソロ・セッションや、タップシューズを脱いで、素足が板と擦れ合う音を聴かせるセッションもあり、タップの様々な可能性に挑んでいくようなパフォーマンスが展開される。ちょっとしたトークの後、最後に改めてメンバーの紹介があって、それぞれが個人としてのパフォーマンスを披露していく。DJやキーボードだけでなく、仲間のタップダンサー達も一斉に壇上に上がると、全員がリズムを重ねてボルテージを高めていって、遂にエンディングとなるんだ。観客が総立ちとなる中、アンコールも2度ほどあって、全体としては非常に見応えもあり、内容の濃いステージだった。


この公演の感想を書くのは難しい。
というのは、自分の中で2つの感情が入り混じっていたからだ。

まず、なによりも最初に、彼のタップは素晴らしいと思った。
もちろん、生まれて初めてタップを観たおれには、タップを評価する基準もなければ資格もない。それ以前に、そもそもタップを偉そうに論じるつもりなど全くない。
おれが最高に良いと思ったのは、その表情なんだ。
彼は時折、まるで抜け殻になったかのような表情になる。正確に言うと、身体から自我が離脱していって、なにか別のものが降り憑いたような表情、といった感じだ。踊っているというよりも、彼我の世界から降りてきた何かが彼を躍らせているような、あるいは彼の身体を借りて踊っているような、そんな雰囲気を醸し出している。
それは表情のせいだけではないかもしれないし、おれが勝手にそう感じただけのことかもしれない。それでもやはり、彼の持つ雰囲気は特別だったと思う。申し訳ないけれど、少なくとも彼の仲間のダンサーには、1人として同じ雰囲気を持っている人間はいなかった。「タップダンス」というのがひとつのコラボレーション、コミュニケーションの方法だとするならば、彼は他の人間とは違うレベルでコミュニケーションをしていたような気がする。コミュニケーションのプロトコルがそもそも違う、という感じだ。

その一方で、公演が終わった後、おれにはもうひとつ別の感想があったんだ。
「もっと突き抜けてほしかったな」って。

オープニングの2つのセッションでは、DJとキーボードをバックに、ソロのタップダンスが展開された。その時の音楽はあくまで触媒のようなもので、コラボレーションでありながら、基本的には彼の「個」としてのタップが観る側に突きつけられていた。取り憑かれたようなタップは洗練された迫力があり、違うプロトコルの世界へと突き進んでいって、そのまま戻って来られなくなってしまいそうな、そんな魅力があった。
というよりも、初めてタップを目にしたおれにとっては、そのことこそが最大の魅力だったんだ。誰も理解しなかったとしても、自分が求めるレベルのプロトコルを貫き通してしまうような、そんな突き抜ける感じがね。

でも、次の瞬間、彼の仲間のダンサー4人が登場してチーム・ダンスとなった時に、彼はふっとその雰囲気を変えたように感じたんだ。少なくともおれは、直感的にそう思った。誤解を恐れずに言えば、きっと彼は、レベルをひとつ下げたんだ。それはダンスのレベルではなくて、コミュニケーションのレベルだけれど。

そのことが、本当はすごく残念だった。
彼には、もしかしたら彼しか理解することのないプロトコルの世界を突っ走ってもらいたかった。コラボレーションを否定するつもりは全然ないけれど、コラボレートする為に、ひとつ階段を降りて来る必要は、少なくとも熊谷和徳という人間にはないような気がしたんだ。セッションの全てがそうだったとは思わないけれど、突き抜けてしまいそうな雰囲気を強烈に醸し出している人だったからこそ、余計にその思いは強かった。
ただ、アーティストと呼ばれるような人に対して、そういう思いを抱いたこと自体が、ほぼ初めてに近いことだったので、そのことに自分で驚いたのと同時に、熊谷和徳という人の魅力をひしひしと感じることになったけれど。


いずれにしても、考えさせられる公演だったね。
そして単純に、良い公演だった。

Monday, October 24, 2005

デジタル・カウンターとイメージ

原美術館という美術館が品川にある。
現代美術の作品を中心に収蔵している、小さくてお洒落な美術館だ。
http://www.haramuseum.or.jp/generalTop.html

練習が夕方からだったこともあって、お昼過ぎに初めて訪れてみた。
御殿山を越えた先の、閑静な住宅街の片隅にひっそりと佇んでいる、白塗りの建築。

敷地内に一歩足を踏み入れると、そこには小さな前庭があって、幾つかの彫刻作品が展示されている。彫刻は凛として屹立して、存在感のあるものが多かったけれど、特に多田美波さんの「明暗 No.2」という作品には、どこか空間をカッターナイフで切り取ったような、ある種の透明感のようなものがあった。
この前庭だけでも、一見の価値はあるのではないかと思う。

そして館内へと進んでいくのだけれど、原美術館は展示の仕方も特徴的だ。
以前は邸宅だったものを改築して美術館として利用しているそうで、幾つかの小部屋がギャラリーとなって、そのまま作品の展示に利用されている。それ以外にも、階段の壁面やトイレ、中庭といったあらゆるところが作品の展示される舞台になっている。幾つかの部屋は、部屋自体がひとつの作品空間となっていたりもする。
非常に個性的でアットホームな、良い美術館だと思う。

ちょうど今は、やなぎみわさんの「無垢な老女と無慈悲な少女の信じられない物語」展が催されていて、常設展示の作品以外は、基本的にやなぎさんの作品世界で構成されていた。寓話をモチーフにしたモノクロの写真が中心なのだけれど、正直に言うと、やなぎみわさんの一連の作品に、おれはすっと入っていくことが出来なかったし、どこか不気味な作品に戸惑う部分もあった。ただ、見ていて「悪い」感じはそれほどしなかったね。今のおれにはあまりマッチしなかった、というだけのことかもしれない。その辺りは、正直に言ってよく分からない。

でも、それはそれでいい。
原美術館を訪れたのには、もうひとつ理由があったんだ。
それは、宮島達男さんによる「時の連鎖」というタイトルのインスタレーション。
宮島達男さんの作品を、もう一度見たかった。

宮島達男さんの作品を初めて目にしたのは昨年の暮れ。
東京都現代美術館に展示された"Keep Chang, Connect with Everything, Continue Forever"という作品だった。発光ダイオードのデジタル・カウンターを幾つも連続させて形成された正方形の作品なのだけれど、すごく印象的なものだった。正方形を構成する個々のカウンターは、それぞれが他とは異なるペースで数字を変化させていき、カウンターの最大値を迎えると、一瞬の暗闇の後、また1へと還っていく。果てしなく続くデジタルの点滅が強烈なイメージを残す、とても美しい作品だった。

その宮島達男さんの作品が、原美術館にもある。
同じくデジタル・カウンターによるインスタレーション、「時の連鎖(Time Link)」だ。
半螺旋状の真っ暗な部屋の左右の壁面に、発光ダイオードのデジタル・カウンターを連ねて、2本のラインが引かれる。右側の壁面には、肩口辺りの高さに伸びた赤のライン。左側の壁面には、赤のラインよりも低い位置、ちょうど膝の辺りの高さに伸びた緑のライン。2本のラインを作り出すのは、99までの数字を数え続けるデジタル・カウンター。鎖のように繋がれた幾つものカウンターが綺麗な2本の線となって、左カーブの弧を描いていく。

掛け値なしに素晴らしかった。
おれは心を動かされたものに対して、いつも過剰に称賛するきらいがあるけれど、この作品は異論を差し挟む余地なく、本当に素晴らしかった。
ずっと気になっていた宮島達男というアーティストのことが、改めて好きになった。
もしも宮島達男さんを知らないのならば、ただこの作品の為だけに、いちど原美術館を訪れてみてほしい。ほんの数秒で通り過ぎてしまう小さな空間だけれど、きっと心のどこかに強烈な何かを喚起させるはずだ。

その後、家に戻って考えたんだ。
「時の連鎖」という作品に内在する、見る人間の心を動かす「なにか」について。
その時、パートナーがおもしろいことを言ったんだ。
ラインを作っているデジタル・カウンターのひとつひとつが「細胞」のようだ、って。
その言葉を聞いた瞬間に、おれの中ですべてが繋がったような気がした。もちろんそれは、おれの感じ方、おれの解釈に過ぎず、正しいのかどうかも分からない。更に言えば、そもそも正しい解釈のようなものが成立するのかどうかさえも、おれにはよく分からない。でも、おれにとっての「時の連鎖」は、細胞というキーワードで、まるでパズルのピースがかちっとはまるみたいに、ひとつの明確なイメージになった。

1として生まれ、99として朽ちるまで、刻々と生命の一部としての活動を続ける細胞。
それが連鎖して、1本のラインとなってイメージされる、個体としての1人の人間。
でも同時に、個体としての人間そのものが、世界全体の中ではデジタル・カウンターのひとつであるという逆転。その時、ラインが示唆するのは、個としての人間ではなく、多くの人間が集まって創られる「世界」。

伝わるかどうか分からないけれど、そんなイメージが、「細胞」という言葉をひとつのキーとして、自分の中で構成されていったんだ。それはおれにとって初めての体験で、自分でもちょっと驚いてしまうのと同時に、やっぱり嬉しかった。

宮島達男さんの他の作品も、これから少しずつ見に行ければと思っています。

Tatsuo Miyajima.com
http://www.tatsuomiyajima.com/jp/index.html

Sunday, October 23, 2005

ミスをしたら勝てない

久しぶりの更新。
ずっと忙しくて書く時間がなかったけれど、ようやく一息つけるようになった。

9月25日の北海道バーバリアンズ戦以来、1ヶ月振りのゲーム。
タマリバ vs 横河電機B @横河電機G
11月3日に控える東日本トップクラブリーグ決勝の前に組まれた唯一のゲーム。
意図していた目的は2つだけだ。ひとつは、決勝に向けてチームの完成度を高めること。もうひとつは、日本選手権を想定して、様々なプレーの可能性を試してみること。
それはきっと、メンバーの誰もが分かっていたことだと思う。

でも、残念ながら意図したようにゲームは進まなかった。現時点でのチームの脆さが浮き彫りになった、という意味では良かったのかもしれないけれど。

とにかくミスが多かった。前半だけで何度ボールを落としただろう。決して強くない相手に対して、終始攻め続けながら、トライに結びつかない。トライの芽をことごとく摘んでいたのは、相手のDFではなくて、すべて自分たちのミスだった。

はっきり言って、致命的だ。
タマリバが目指すレベルのチームが、例えばワセダAが相手だったならば、これだけのミスが起きた瞬間にもうゲームセットだ。絶対に勝てない。
確かに、チームとして新しい試みも幾つかあった。平日にメンバー全員が揃って練習できない状況では、ゲーム直前に基本的な動を擦り合わせていくしかなかった。準備不足は多分にあったと思う。
でも、今日のゲームでのミスは、総じてそういうこととは別の問題に起因していた。
チームの準備不足というより、ゲームに向かう個々人の準備不足。
それがどれほど致命的なことか、ということを肌で味わったことが、おそらく今日の唯一の収穫だと思う。
もちろん、おれ自身もそうだけれど。


社会人での3年間の経験を通じて、おれはラグビーの見方を大きく変えていった。
ヘッドコーチだった大西さんの影響は、いろいろな意味で非常に大きかったと思う。大西さんのラグビーに対する考え方や志向性を好まない人も少なからず存在するけれど、基本的におれは、大西さんの言葉を自分なりに受け入れ、理解しようと努め、解釈し、再構成しようと心掛けていた。大西さんは、好むと好まないとに関わらず、誰もが認める実績と経験を持ち併せていて、そのラグビーに対する姿勢には全く揺るぎのない人だった。だから、言葉には力があった。疑問を抱くこともあったけれど、本質を射抜く鋭さに息を飲んだことも少なくない。
大西さんを妄信していたつもりはないんだ。きっと大西さんの言葉に対する響き方は、人それぞれだと思う。おれにはおれのラグビー観がある。東大という特殊なチームで育てられ、他の人とは違う経験をしてきている。だから、いつもおれは、おれ自身の言葉で大西さんを再構成しようとしていたんだ。結果的に言うと、それはすごく知的刺激を要する作業で、おれ自身の為にとても良かったと思っているけれど。

そうやって3年間接した大西さんのラグビー観の中で、おれにとって決定的だったものが幾つかあるのだけれど、そのひとつが「ミス」ということなんだ。
大西さんは、いつも言っていた。「ミスをするチームは、絶対に勝てない」って。

単純なハンドリングエラーだけじゃない。判断のミス。準備のミス。コミュニケーションのミス。そうしたすべての「ミス」がゲームを決めていく。ミスが生まれるのには、様々な理由があると思う。それは相手のプレッシャーかもしれない。あるいは自身の集中力の欠如かもしれない。そしてその背景には、フィットネスやフィジカルの弱さがあるのかもしれない。練習量かもしれないし、チームとしてイメージが共有されていないことかもしれない。そういう諸々が、結果的にひとつの「ミス」となってゲームの流れを変えていく。それが結局のところ、「実力の差」というものなのだと思う。

ミスをしたら勝てない。
改めて言うことでもないけれど、今日おれが感じたのは、ただそれだけです。

Thursday, October 13, 2005

まちがい

「モダン」じゃなくて「コンテンポラリー」だった。

Sunday, October 09, 2005

トリエンナーレと草間彌生について

2001年に続き、今年が2度目の開催となるモダンアートの祭典に行ってきた。
「横浜トリエンナーレ2005」 アートサーカス-日常からの跳躍-
http://www.yokohama2005.jp/jp/

横浜山下埠頭の3号・4号上屋をメイン会場に、総勢86名のアーティストによる71の作品・プロジェクトが集う。そのほとんどをおれは知らなかったけれど、例えば奈良美智のように、既に世界的に活躍しているアーティストも多数参加しているようだ。

みなとみらい線の終点、元町・中華街駅を降りて、埠頭へと足を進める。
ちょうど同じ日に開催されていた「ワールドフェスタ・ヨコハマ2005」で寄り道をして、トルコの屋台で買ったビーフケバブを食べた後に、すぐ隣のメイン会場に向かう。
受付でチケットを渡して、左手に横浜港を見ながら、メイン会場へと続く道を歩くのだけれど、頭上には紅白のストライプによる三角旗がどこまでも延びていって、トリエンナーレの会場に足を向けることを祝福するように、風に吹かれ、はためいている。
ダニエル・ビュランによるインスタレーション「海辺の16,150の光彩」だ。
見事なまでに美しいこのインスタレーションの下を歩いていくと、期待で気持ちが昂ぶっていく。そして、10分ほど歩いて倉庫に辿り着くと、その先がいよいよメイン会場だ。
3号・4号上屋は、6つのパーティションに分かれていて、それぞれに大小様々なアート作品が展示されている。「倉庫」という空間には確かに特殊な雰囲気があって、例えば屋根の高さや、あるいは打ちっ放しのコンクリート壁といったものが、美術館にはない独特の感覚を醸していく。展示された作品の中には、そうした「空間性」のようなものを巧みに取り込んで、作品自体の価値にしているものも幾つか見られた。

良い試みだと思う。
別にアートを語るつもりはないし、その資格もないけれど、完成度の高い優れた作品や、ちょっと独特な観点から世界を捉えたようなおもしろい作品もあった。

ただ、その数は残念ながら多くはなかったね。
モダンアートと言えないような作品も少なくなかったと思っている。
それはとても単純なことで、わくわくしないんだ。創作の手法はモダンアートかもしれないけれど、そこで表現されているものは決してモダンではなくて、むしろ極めて陳腐だったりもする。あるいは逆に、独特の視点から世界を捉え直そうという意図は伝わるのだけれど、表現としての完成度が低かったりする。
誤解してほしくないけれど、モダンアートは個人的には好きだ。モダンアートという分野そのものがつまらない訳ではないと思うし、どちらかと言えば伝統的・教科書的な絵画よりもずっとおもしろいと思っている。
だから、正直に言うと、ちょっと残念だった。
ダニエル・ビュランのインスタレーションの素晴らしさ故に、尚更そう感じてしまう。

そんな中にあって、図らずも改めて感じたことがある。
草間彌生という人の、凄さ。
会場に展示された71の作品・プロジェクトの中の幾つかには、はっきりと草間彌生の存在を感じた。もう何十年も前に彼女が創り上げたオブセッショナル・アートの世界観そのものを踏襲したような作品が、「現代アートの祭典」を謳う横浜トリエンナーレにおいて展示されているという事実に、ある種の衝撃さえ覚えた。
そして、そのどれと比較しても、草間彌生の作品の方が決定的に新しかった。
会場に彼女の作品が展示されていた訳ではないのに、なぜか存在感があったんだ。それは単純に、おれが草間彌生の作品を好きだからなのかもしれないけれど。

「新しい」ということは、簡単ではないね。

Monday, October 03, 2005

良い短編

久しぶりに小説を読んでいる。
小川洋子さんの『まぶた』という短編集だ。

恥ずかしながら、小川洋子という人のことをつい最近まで知らなかった。1991年に『妊娠カレンダー』という作品で芥川賞を受賞し、最近では『博士の愛した数式』で話題になった女性作家だけれど、1991年当時のおれは、小説というものにまったく興味を持っていなかったからね。今にして思えば、本当に勿体なかったと思うけれど。

短編小説は、長編小説とはまったく違う。
読んでいていつも思うけれど、ふたつはまったく異なる書かれ方をしている、あるいはされるべきだと思う。よい長編を書く作家が、必ずしも良い短編を書くとは限らない。どちらかと言えば、良質の短編を書く作家は決して多くないように感じている。

良い短編は、過不足のない感じがする。書きすぎていないけれど、書くべきことはすべて書いてある。言葉を変えると、一字一句まですべてが、必要なものだけで構成されているような、そんな感じだ。そしてそのことが、短編のエッセンスを際立たせる。丁寧に、繊細に選ばれた言葉のひとつひとつが、作品のキーとなるエッセンスに彩りを与える為に最適な形で配置されている、という感覚が、作品に味わい深さを加えていく。
良い短編というのは、そういうものだよね。


さて、小川洋子さんの短編集『まぶた』。
まだ読み終えていないけれど、結論から言うと、非常に良質の短編集だと思う。この作品に収められた全ての短編は、基本的には喪失の物語で、どの作品をとっても、描写される世界のどこかに「空気すらないような」空白感があるのだけれど、それでいて同時に、ささやかな幸福感もある。そのアンビバレントな感覚の同居が絶妙で、読み終えた瞬間に周りのすべての音がなくなるような、そんな独特の読後感がある。もちろんそれは、「丁寧に、無駄なく選ばれた言葉を、最適な形で構成する」という作業によって、より一層際立っているのだけれど。

久しぶりに、良質の短編を書く作家に出会ったかもしれない。
今さらなにを、という感はあるけれど。

Wednesday, September 28, 2005

空が近くなる

9月23日から26日までの4日間にかけて、パートナーを連れて北海道にいた。
11月3日に秩父宮ラグビー場で行われる東日本クラブトップリーグ決勝。個人的にも、実に4年振りとなる秩父宮への切符を賭けたゲームが、札幌の月寒ラグビー場で組まれていたんだ。相手は、昨年度3位の北海道バーバリアンズ。春の八幡平遠征に次いで、今回が2度目の遠征となったのだけれど、まさか公式戦が北海道で開催されることになるとは、タマリバに加入する時には思ってもいなかった。でも、26日は休暇を取って4連休にした上で、パートナーを連れた3泊4日のツアーを組むことが出来たので、結果的にはとても良い機会になった。


9月25日(日) vs北海道バーバリアンズ(12:00 K.O.@月寒ラグビー場)

結果はというと、34-21の辛勝。際どいゲームだった。
10-18とリードされた状態で前半を折り返したことからも分かる通り、思うように自分達のラグビーが出来なかった。北海道バーバリアンズのメンバーには、4人の外国人選手が名を連ねていたのだけれど、密集での彼らの執拗なプレーシャーによって、特に前半の40分は、完全にペースを狂わされてしまった。後半に入ると運動量とプレーの精度で相手を上回ってきて、流れを手繰り寄せることが出来たけれど、全体的には反省材料の多いゲームだったね。
ただ、個人的な出来は、それほど悪くなかったかもしれない。なにより、春からずっとチームの課題として取り組んでいる「ダブルタックル」の意識を、ゲームの中である程度プレーに落とし込むことが出来たような気がする。昨年までの社会人ラグビーでは、基本中の基本にあたるプレーだと思うけれど、それを組織防御として体系化することは、チームとしてきちんと練習に取り組まないと、非常に難しいからね。

まあとにかく、勝ってよかった。次は11月3日、4年振りの秩父宮ラグビー場だね。


さて、ここから話は別の話題へと移っていく。
試合翌日の26日、パートナーを連れて、ずっと行きたかった場所を訪れたんだ。
昨日も少しだけ書いたけれど、彫刻家イサム・ノグチによる構想・設計のもと、20年近い歳月を経て、2005年7月1日にようやくオープンした、札幌のモエレ沼公園。
"http://www.sapporo-park.or.jp/moere/"

イサム・ノグチの彫刻が、おれは好きだ。
決して多くの作品を知っている訳ではないけれど、彼の彫刻は、どの作品もスマートで、丁寧で、きりっとしている。どの作品も、どこか優しい感じがする。そしてどの作品も、掛け値なしに美しいものばかりだ。
モエレ沼公園は、そのイサム・ノグチによって設計された「彫刻」としての公園。
ありきたりの表現だけれど、公園にして「彫刻」なんだ。

素晴らしかった。
189haという広大な敷地のすべてが綿密にデザインされ、最も美しい組み合わせで配置されているような、そんな公園だった。イサム・ノグチという彫刻家のことが、また改めて好きになった。
広大な公園を彩る様々なオブジェや施設、小高い丘やカラマツの林。
それらは、それ自身が既に彫刻的な美しさを持ち併せながら、それらが全体として織り成す遠景が公園全体をひとつの作品へと昇華していくように、絶妙な構成で公園に組み込まれていた。

広大な公園のなかをゆっくり歩く。そこにはどこか、角度を変えながら、様々な方向から彫刻を眺めるような、そんな感じさえする。見る方向によって彫刻の味わいが異なるように、そして、素晴らしい彫刻はどの方向から見ても素晴らしいのと同じように、モエレ沼公園は、自分の立つ場所を変えれば別の趣きがあり、そしてどの方向から眺めても、その遠景は息を飲むほど綺麗だ。

そして、もっと単純な素晴らしさもある。
例えば、芝生の緑の美しさ。そこにある空気の透明感。広さ、そして楽しさ。
それは必ずしもモエレ沼公園に限ったことではなく、北海道という土地の性格もあるかもしれないけれど、そうした土地柄が最大限に生かされたデザインになっている、ということは言えるかもしれない。それにしても、こうしたプリミティブな美しさというのは、ちょっと東京では成立し得ないものだと思う。

イサム・ノグチの設計図にはきっと、そこに生きる人間の姿もあったんだね。
モエレ沼公園は、そんなことを思わせるような魅力でいっぱいだった。


「モエレ山」と呼ばれる標高62mの山が公園内にあるのだけれど、このモエレ山を登っていって、中腹辺りに差し掛かった時に、前を歩いていたおっさんが言ったんだ。
「空が近くなってきた」

なぜだか嬉しくなったよ。
その感覚こそが、きっとこの公園の命とも言えるものなんだ。

Moerenuma Park

書きたいことがたくさんあるけれど、ちょっと時間がなくて。
イサム・ノグチによって設計された札幌のモエレ沼公園で撮った写真を載せてみます。本当は先に言葉にしたかったけれど。

右側にあるlinksの "23 -Fukatsu's Photos-" からね。

Monday, September 19, 2005

ふりだし

ラグビー漬けの3連休。
最高のチャンスだったのだけれど、3日間の出来は全然だったね。

17日(土) 練習試合 vs 早稲田大C @早大上井草G

結果から言うと、24-31での敗戦。タマリバは春シーズンにも同じ相手に12-14で敗れていて、今回のゲームには雪辱を期して臨んだのだけれど、勝利には至らなかった。タマリバは日本選手権で早稲田Aと戦い、勝利することを目標に練習をしているけれど、残念ながら現時点では、目標とするレベルには全然至っていない、という事実を突きつけられるゲームになってしまった。
「タマリバ」というチームの問題だけじゃない。おれ自身が、全然足りていなかった。ATTもDEFも、プレーの精度も判断力も、全然足りてないね。確かに、Cとはいえ相手は決して弱くなかったし、むしろ細かい部分まで徹底的に鍛え上げられた非常に良いチームだったけれど、やっぱり学生のCチームに負けちゃ駄目だね。
ただ、タマリバにとっては本当に収穫の多いゲームになった。現時点でのチームとしての課題が、明確に浮き彫りになったからね。特にディフェンスでは、改めてその難しさを実感した。早稲田のようにスピードと展開力のあるチームとのゲームはなかなか経験できないので、この経験を確実にチームの糧にしたい。
そしておれは、それと同時にとにかく「個人」だ。個人のスキル・能力を高めていかなければ、他の14人に迷惑をかけてしまう。自分の責任をきちんと果たす為に、練習から考え直していかないと駄目だね。チームがおれに要求している仕事は、とても単純なこと。確実なディフェンスと、ペネトレート。たった2つなんだ。その2つを確実に、高い精度で、どのような状況下でも出来るように、とにかく練習するしかない。
いつも同じ結論になってしまうけれど。


18日(日) 練習 @学習院大G (17:30-20:30)
19日(月) 練習 @立教大G (10:30-13:00)

2日間とも、早稲田Cとのゲームで浮き彫りになった反省点を意識したメニュー。
ディフェンスにおける原則の確認と、ダブルタックルの徹底。
意識を持つだけで、はっきりと動き方が変わっていって、得るものも多く、なによりやっていて楽しい練習になった。練習を取り纏めて、ポイントを指摘してくれたのはLOの桑江なのだけれど、彼は「眼」がすごく良いね。一連のプレーを眺めながら、その中で意図とずれた動きが起こった時に、それを察知して、どこに「ずれ」があったのかを見極める能力が非常に高くて、正直驚いてしまった。もちろん、単純に「眼」が良いだけではなくて、その背景には「ラグビーの原則に対する高い理解力」というベースがあるのだけれど、そういう選手の言葉は、聞いていてすごく面白いね。
また色んなことを教えてもらって、吸収していこう。

ちなみに19日は立教大との合同練習で、15分×2のADをしたのだけれど、個人的には最悪の出来だった。目も当てられないくらいだった。ミスの連続。何度こうしてふりだしに戻っているだろう。ハンドリングが悪いのは最初から分かっているのだから、集中力が途切れたり欠けてしまったら、ミスするのは当たり前だよね。


次の週末は、いよいよ北海道遠征。
東日本クラブ選手権決勝への切符を賭けて、北海道バーバリアンズとのゲームだ。
帯広にいる大学の後輩も観に来てくれるので、締まったプレーをしたいです。

Friday, September 16, 2005

発想の順序

かけっこをするな、と言われるのはいやだ。

先の衆議院総選挙が自民党の大勝に終わって、巷には本当にいろいろな考えや主張が渦巻いている。選挙の総括や、今後の日本の行方についても、様々な立場からの見解が各種メディアを賑わせている。とても興味深く、国民の関心の高い選挙だったので、その結末に誰もが思うところあるような、そんな感じがするね。

そうした中で民主党では、岡田代表の後任を決定する党代表選挙が17日に実施される。大幅に議席を失ったとはいえ、最大野党の民主党にとっては、今後を占う上での重要な決断の場だ。今日の報道ステーションには、立候補を表明した2人の政治家が揃って出演し、それぞれの展望を語っていた。

それで、本題はその先なのだけれど、候補者の1人、菅直人さんが番組の中で、自民党の大勝を評してこう言っていたんだ。
「1人のホリエモンと100人のホームレス、という流れが鮮明になった」って。

最近この手の論調は増えてきているような気がする。自民党の予想以上の勝利に対する反動もあるのかもしれない。小泉自民党の政治に対する批判的な見解として、最も人口に膾炙しているもののひとつは「弱者を切り捨てる政治」という主張だよね。(もうひとつは、「立場の異なる人間を排除する独裁的手法」ってやつだね。)

本当は政治についてあまり書きたくはないのだけれど、菅直人のこの発言に代表されるような主張を耳にする度に、おれはちょっと立ち止まってしまうんだ。
考える順序が違うんじゃないか、って。

100人のホームレスを生み出す政策に対しては、2つの反論が考えられる。
ひとつは「競争のルールが間違っている」という考え方だ。そもそも競争原理至上主義に傾きすぎている、という発想も、大きくはこの中に含まれるかもしれない。端的に言ってしまうと、そもそも100人ものホームレスを生み出さないような社会環境、あるいは競争のルールを整備すべきだ、という発想だ。
そして、もうひとつの反論は「セーフティネットが構築されていない」というものだ。競争の落伍者とされる人々に対して、社会全体として一定の支援を担保すべきなのに、その点が無視されているか、あるいは不十分な対応しか取られていない。この立場に立てば、100人のホームレスが生み出されるのは、落伍者をホームレスにしない為のセーフティネットが日本社会に欠如しているからだ、ということになる。

「100人のホームレス」という現実に対するこの2つの反論は、似ているようで、実際にはそのアプローチが全く異なる。発想の順序が、はっきりと逆なんだ。

そしておれは、かけっこをするな、という反論には、どうしても賛成できないんだ。

皆が同じようなタイミングでゴールするように、ハンデをつけてかけっこをするのは平等ではないと思う。人それぞれに持って生まれた能力は違う。格差が存在するのは当たり前だ。競争というのはそういうものだし、自由主義国家を標榜する以上、それは避けることの出来ない、ある意味では残酷な現実だと思う。

かけっこが苦手な子は、どうしたっている。
でも、かけっここそが自分を輝かせる唯一の舞台だっていうやつもいる。
大切なのは、最後に皆で手を繋いで、横一線でゴールすることじゃないと思う。本当に大切なのは、かけっこでビリだったやつが、勝負できる別の舞台を見つける為の手助けをしてあげることなんじゃないか。
運動会が嫌いで休んでしまうやつの机に、例えば絵筆を置いてみることじゃないか。

書いていて思ったけれど、もしかするとセーフティネットというのは、本質的には極めて個人的なものなのかもしれない。誰もが一定のレベルで救済されるようなセーフティネットというのは、そもそも成立し得ないのかもしれない。でも、そこへのチャレンジことが、きっと今後の社会を考える上での最大の課題なのだと思う。
すごく難しいことだと思うけれど。

Tuesday, September 13, 2005

格差を考える

ずっと疑問に思っていたことがある。
日本社会における「格差」って、本当に拡大しているのだろうか。
拡大しているとすれば、それはどの程度なのだろうか。

不本意ながら、最近ほとんど本を読まない日々が続いているのだけれど、そうした日々の中で、少しずつゆっくりと読み進めている本があるんだ。
玄田有史さんの『仕事のなかの曖昧な不安』という作品。
以前にも書いたけれど、玄田さんは労働経済学の専門家で、代表作の『ニート ― フリーターでもなく失業者でもなく』など、日本における労働環境を新たな視点で捉え直す試みで、一躍有名になった研究者だ。最近では、東京大学社会科学研究所の「希望学」プロジェクトに参画しながら、現代における「希望」をテーマに様々な活動をされているようで、その試みにおれは、ずっと興味を持っていたんだ。

『仕事のなかの曖昧な不安』においては、統計的な分析を活用して、データが語る日本の労働市場の現実を、徹底的に正確に突き詰めていく、という知的作業が展開されるのだけれど、これがとても面白く、刺激的だ。
例えば、フリーターやニートの増加ということを考えてみる。
雑誌やメディア、それに会社での日常的な会話などでも、「若者の就業意識の変化」なんてことがよく言われる。最近の若者は仕事に対するこだわりが薄く、ちょっと厳しいことを言われたり、嫌なことがあったりすると、すぐに会社を辞めてしまう。仕事に対する責任感が希薄で、自己実現の場を仕事以外に求めようとする傾向が強まっている。こうしたことが日常的に語られたりする。

でもそれは、どの程度「本当」なのだろうか。
こうした疑問を考える手掛かりとして、玄田さんは徹底的にデータを活用していく。

若年層の離職率は、戦後どのように推移してきたのか。
若年層を対象とした意識調査の結果からは、何が読み取れるか。
正社員での採用を希望する割合に、変化はみられるのか。
入社3年以内に離職する人の割合は、過去と比較して高まっているのか。
失業率と若年層の離職率には、なんらかの関連性があるのか。

こういった様々な観点から、精緻にデータを追っていく。データが語る日本社会の労働環境の現実を突きつめていく。すると、一般に言われているのとは全く様相の異なる別の姿が浮かび上がってくる。

分析データや統計的手法、組み上げられた論理の詳細について細かくは触れない。けれど、玄田さんのそういう厳密なロジックに基づいた思考はとても新鮮で、示唆に富んでおり、知的好奇心を刺激するものだった。


日本は、世界で最も従業員の解雇が困難な国家のひとつだ。
企業による従業員の解雇を明確に規制する法はないが、過去の判例によって企業は幾重にも縛られており、経営判断としての正当性を十分な説得力を持って説明できない限り、実際に企業が従業員を解雇することは極めて難しい。仮に解雇に踏み切ったとしても、被解雇者による訴訟リスク、平気で社員の首を切るといった風評の流布のような社会的信用リスク、企業イメージの低下といった様々なリスクに企業は晒されることになるだろう。
雑誌やメディアではよく、中高年のリストラが社会問題として取り上げられる。しかし、いわゆる中高年にあたる45歳~54歳の大学卒ホワイトカラー層に関してデータを分析していくと、実際にはほとんど解雇されていないという現実が見えてくる。失業率の上昇が問題視されるが、最も深刻な状態にあるのは中高年ではなくて、実は20代、30代といった若年層だ。若年層の失業率は、日本は先進国でも最悪のレベルに達しているが、こうした事実が問題として取り上げられることはほとんどない。

戦後の高度経済成長時代において企業は、右肩上がりの業績に支えられて着実に雇用を創出してきた。拡大する需要に対応する為に、常に新たな労働力を確保する必要があった。しかしながら、90年代に入ると状況は一変する。バブル経済が崩壊し、日本は長期にわたる景気停滞局面を迎えることになる。
不況に直面した企業においては、収益力を維持する為に、徹底的なコストカットが経営上の至上課題となる。様々なエリアでコスト削減の施策が断行されることになるが、その中でも最大の問題となったのが、言うまでもなく人件費だった。

日本において、従業員の解雇は決して容易ではない。そうした状況下にあって、企業が抱える労働力の調整を行う為には、実質的に2つの選択肢しかなかった。定年退職による自然減、そして新規採用の抑制だ。経済全体が拡大していた頃には、実はもうひとつの選択肢があった。それは、体力のある中小企業に労働力を振り向ける、ということだ。出向や転籍という形式を取って、中小企業にスキルをもった人材を移していく。日本の発展を支えた多くの中小企業は、慢性的な労働力不足という問題を抱えており、人材の流動化を志向する大企業との間でニーズが一致した。しかし、90年代の不況期においては、中小企業の側にも労働力需要がなくなっていた。不況の煽りを受けて、大企業の人材を受け入れるだけの経営体力を失っていた。

こうした流れの中で、企業による新規採用は大幅に縮小され、就職活動は年々厳しさを増していった。結果として、本当に希望していた企業・職種を勝ち取ることが出来ず、妥協の末に2次希望、3次希望で決着するケースが増加していく。入社後に、自分がイメージしていた仕事に就くチャンスそのものが大幅に減少していき、思うようなスキルアップを図ることが困難なケースが恒常化していった。

それだけではない。長引く不況にあって経営状態の悪化した多くの企業は、社員のスキル育成に投資する余力を少しずつ失っていた。本来ならば若手社員に与えられるべき研修・OJTの機会といったものも、コスト削減の煽りを受け、減少していく。会社が社員のスキル育成に投資できない。企業のこうした姿勢が引き起こしたのは、スキルを必要とする仕事、やりがいのある仕事が経験豊かな中高年に振り分けられる、ということだった。過去に大量採用された世代が中高年となると、自分達には出来ない体力のいる仕事、あるいは単純な事務的作業ばかりが若年層に押し付けられ、結果的に若年層が「やりがいのある仕事」に就くチャンスは、極めて限定的なものになってしまった。

こうした全ての結果として、若年層の離職率は高まっているのだ。
このことが意味しているのは、「中高年の既得権を守る為に、若年層の雇用機会が犠牲になった」ということなんだ。本来であれば若年層に振り分けられるべき就業機会そのものが、中高年の解雇が困難な状況下にあって、その雇用確保という名目の下、確実に奪われていった。

玄田さんは、統計的手法を効果的に活用しながら、こうして論旨を展開していく。
フリーターやニートの問題も、こうした観点で捉え直すと、別の様相を呈してくる。それは必ずしも若年層における就業意識の変化が問題ではなくて、もっと根本的な、日本社会の構造的問題が改めて浮き彫りになってくるんだ。

断っておくけれど、だからと言ってフリーターやニートを肯定するつもりは、おれにはない。正確に言えば、肯定も否定もしない。ただ、リスキーな選択だとは思う。同じ頃、同世代の人間の誰もがスキルアップの為に日々努力しているのだから、それは当然のことだよね。それでも、リスクを認識してなお、それを受け入れてフリーターやニートを選択する人間に対して、否定する理由はどこにもないと思う。自分の信念を持って、リスクを取って生きることは格好良いし、そこには一筋の希望がきっとあるような気がする。そうしたリスクを認識することなく、何気なくフリーターやニートを選択するのは、単純に馬鹿げていると思うけれど。

でもとにかく、玄田さんのこうした発想は、おれにとってすごく新鮮で、とても興味深いものだった。示唆に富んでいて、知的刺激が詰まっていた。
例えばフリーターやニートの問題は、本質的にはきっと、極めて個人的な問題だと思う。100人のフリーターに対峙した時、かけるべき言葉はきっと100通りなければいけない。でも、別の視点から考察すると、日本社会の持つ構造的問題として捉え直すことが出来るということが、今までの自分にはなかった発想で、刺激的だった。そして、一般的に語られる常識のバイアスを排除して、徹底的なデータ分析の結果にその論拠を求める姿勢も、非常に好感の持てるものだったと思う。


随分長くなってしまったけれど、ここでようやく最初の疑問に戻ることになる。
日本社会における「格差」ってやつね。
実は『仕事のなかの曖昧な不安』の中に、この問題について言及している箇所があるんだ。それによると、どうやら研究者の見解も様々のようで、「日本社会において格差は拡大しているのか」についての論争は、未だ決着していないようだ。賛否両論があり、それぞれが統計的な手法を用いて説得性のある議論を展開しようと試みているが、明確な結論を導いて断定できる種類の問題ではないのかもしれない。

先の衆議院選において社民党の福島瑞穂は、選挙期間中ずっと「格差拡大社会の是正」ということを一貫して主張し続けていた。彼女の考える「格差」というのは何を意味しているのだろう。所得の格差だろうか。その場合、統計的分析に基づいた明確な根拠は存在するのだろうか。格差を考える指標は、所得以外にはないのだろうか。例えば、所得格差を生み出す要因のひとつが「機会格差」だという可能性はないのだろうか。そもそも「格差社会の是正」といった時に、どういった観点から「格差」を捉えることが最も公平なのだろうか。


最近ずっと、そんなことを考えていたんだ。
それで、考えた末の結論はというと・・・、結局よく分かりません。

Sunday, September 11, 2005

vs 明治大学B

勝つには勝ったけれど、ひどいゲームだった。
書きたくないくらい。
正確なスコアは覚えていないけれど、50ー35くらい。失点多すぎだよね。
個人的にも、序盤にタックルミスを2つした。前半の最初に流れを作れなかったのは、そのタックルミスから地域を大きく失ったことがかなり響いたんだ。他のメンバーに本当に申し訳ない。

あーあ。またやり直しだわ。

それにしても最近、ラグビー以外のことをあまり書いてないね。

Monday, September 05, 2005

懐かしい空気

タマリバクラブの2005年シーズンが、ついに幕を開けた。
9月4日 14:00K.O. タマリバクラブ vs 曼荼羅クラブ @三ツ沢球技場

家を出る時から、どこか懐かしい感じがしたんだ。
学生時代以来、4年振りにメンバーとして戦うラグビーの公式戦だからね。
チームネクタイを締めて、横浜行きの電車に乗り込む。
三ツ沢のグラウンドに着いて、芝に触れてみる。
ロッカールームの雰囲気。ウォームアップの緊張感。独特の張り詰めた空気。

懐かしかった。

タマリバのロッカールームは、東大の雰囲気にちょっと似ている。
全体的に飛び交う言葉が少なくて、表情が引き締まっていて、メンバーのそれぞれが静かに自分の中に入っていくような感じだ。
昨年までの社会人ラグビーは、公式戦のベンチに入ることのないまま引退してしまったので、メンバーの肌の感覚までは分からないところもあるけれど、基本的にもっとくだけていた。入部したばかりの頃、練習試合とはいえ、試合前でもメンバーがラフな感じだったことにすごく驚いたのを思い出す。もちろん、ウォーミングアップに向かう頃には、皆がきっちりと雰囲気を作ってくるあたりは、流石だけれど。

あの独特な空気の先を求めて、練習をしているんだ。
クラブラグビーは、社会人のトップレベルと比較すればレベルも高くない。ラグビー界における注目度だって低いだろう。
でもさ、ここが今のおれの場所なんだ。
十分に魅力的な、真剣にラグビーが出来る舞台だ。

嬉しかった。

結果はというと、66-7での勝利。
まず緒戦、チームとしても個人としても、きちんと勝つことが出来たのは良かった。
ただ、点数とは裏腹に、プレーの質はまだまだだったね。
個人的には、1トライは取れたけれど、それ以外は修正すべきところばかりだ。相変わらずだけれど、ハンドリングは特に悪いね。これはとにかく練習するしかない。
DEFは、少し待ちすぎている気がする。タマリバには、DEFの勘が飛び抜けていい選手が2人いるので、今後シーズンを深めていく中で、少しずつでも、その感覚を盗んでいければと思っている。

次は9月25日の北海道バーバリアンズ。
札幌市月寒でのゲームになるけれど、今から楽しみで仕方ない。帯広の後輩も見に来てくれるので、質の高いプレーが出来るようにきちんと準備していきたい。
それにはまず来週だね。
土曜日には八幡山で明治B、Cとのゲームが控えている。
今日のゲームで浮かび上がった課題を忘れず、タイトでひたむきなプレーを続けて、絶対に勝ちたいと思っています。

Wednesday, August 31, 2005

『69 -sixty nine-』

日曜日の夜のことなので、もう3日前になってしまうのだけれど、久しぶりにDVDをレンタルしてきて映画を観たんだ。村上龍さん原作の映画化で話題になった『69』ね。

劇場公開されていた頃、おれはこの映画を観ることに少なからず抵抗があった。原作となった同名の小説のテイストを壊されたくないという思いが強かったからね。

村上龍さんの『69』は、本当に素晴らしい小説だった。
1969年、当時高校生だった龍さん自身の実体験をもとに構成された自伝的小説。
大学紛争が全盛だった時代。ベトナム戦争に反対する若者たちが「ラブアンドピース」を謳った時代。ツェッペリンやサイモンとガーファンクルのレコードを聴き、巨匠ゴダールの映画に触れる中で、新しいカルチャーが踊り始めた、そんな時代。
佐世保に暮らす高校生のケン、そして切れ者の相方アダマの2人が中心となって、映画・音楽・ダンスすべてが渾然一体となったフェスティバルを長崎の地でやってしまおうと動き出す。そのうちにケンは、愛しのレディ・ジェーンの気を惹く為に、そしてなにより今を楽しむ為に、学校の屋上をバリケード封鎖しようと考える。アダマやイワサ、他にも多くの仲間がケンの語る壮大なアイデアに乗っかって、彼らは夏休みのある日の夜、学校に忍び込むんだ。

当たり前のことだけれど、おれは1969年という時代を生きていない。
今となっては、その時代をもう一度生きることなど誰にも出来ないし、当時の空気を吸うことだって出来ない。だから、当時を懐かしむといった思いもなければ、その当時が良い時代だったのかどうかも分からない。シンプルな感覚としては、今の方が、きっと圧倒的に恵まれた、良い時代なんだろうと思っていたりもする。
でもね、それでも伝わってくるんだ。1969年という時代の空気のようなものが。そして同時に、高校生という時期だからこその、青春の瑞々しさ、馬鹿らしくてくだらなくて、でもストレートで溢れんばかりのエネルギーが、この小説には詰まっているんだ。

単純におもしろく、腹を抱えて笑えるような小説でもあるけれど、それだけじゃない。
小説としての質も高く、どこか気持ちがくすぐったくなるような、良質の作品なんだ。

そんな『69』の映画化。
結論から言うと、とても良い映画だった。
原作のテイストが忠実に再現されていて、原作が醸し出していた「1969年」という時代の匂いが、当時を知らないおれにも伝わってくるような作品に仕上がっていた。宮藤官九郎の脚本も良く、原作のユーモアを上手くアレンジしながら、その核となるテイストはきちんと大切に残すような、そんな構成になっていたように思う。
オープニングもお洒落で魅力的なものだし、ケンの嘘の使い方も上手いね。
(原作では、語り手であるケンがよく嘘をつくんだ。「というのは嘘で」というフレーズが、何度となく出てくる。この「嘘をつく」という行為自体が、作品世界のなかで極めて重要で、そこにこそケンの、そして『69』という世界の魅力があるんだ。)

おもしろいよ。
単純に笑えるだけじゃなくて、普段は心の奥の方にしまってあるなにかをちょっとくすぐられるような、なぜかちょっぴり嬉しくなるような、そんな映画だ。

シンプルで単純な楽しさを、繊細に丁寧に構成しようという姿勢が、おれは好きです。

Tuesday, August 30, 2005

敗戦

残念ながら、岡山への切符は掴み損ねてしまった。
千葉代表 7-22 東京代表

悔しい。勝って、本戦に行きたかった。
いろんなバックボーンを持つ人間が集まって、2ヶ月近く前から準備をしてきたけれど、この敗戦をもって、今年のチームは終了することになる。メンバーそれぞれに置かれた環境も異なる中で、決して十分な練習を積めた訳ではなかったし、今回の結果も、必ずしも満足できるものではなかったけれど、それでも今回の関東予選に参加したことは、本当に刺激的な経験になった。

自分のプレーに対する他人の意見や感想、評価といったものを、久しぶりに聞いた気がする。そのことがすごく新鮮だったし、嬉しかった。そして、思うところが多かった。
細かいプレーのひとつひとつ、べき論のようなものじゃない。もっと根本的な部分に語り掛けてくるような言葉を、本当にたくさんもらったんだ。
自信を持ってグラウンドに立っているように見えた、と言ってくれた人がいた。
楽しそうじゃなかったかな、とつぶやいた後輩もいた。
感じ方は人それぞれ。
そして、そういう言葉のひとつひとつが、新鮮ななにかをもって心に響く。
自分では見ることが出来ない自分の姿が、いろんな人間の言葉の端々に垣間見えるようで、そういう形で「自分」というものを鋭く突きつけられることにどきどきしたし、おれにとってそれは、なによりの収穫だった。
グラウンドでは、人間性はごまかせないね。

プレーのことは、細かくは書かない。
ATT、DEFともに致命的なミスがあった。相変わらず良くないところは変わってないね。クラブラグビーに身を転じて、どうしても練習時間は限られてしまうけれど、毎週末の貴重な時間を濃密なものにして、少しずつでも上手くなっていきたい。まだまだ全然、ってレベルだと自分でも思います。


ちなみに試合後は、そのままタマリバの練習に参加してきた。
来週からは、タマリバクラブの2005年のシーズンがついに始まる。9月4日、曼荼羅クラブとの開幕戦。場所は三ツ沢球技場。クラブリーグの公式戦にこれほどの素晴らしい環境が用意されたことに、本当に感謝したい。国体の試合終了後にダブルヘッダーで練習することにしたのは、この試合に意地でも出たかったからなんだ。
さすがに3時間も練習するとは思っていなかったけどね。

Saturday, August 27, 2005

ラグビーができる

1週間ぶりの更新。
富士登山以来、ずっと風邪を引いていたのだけれど、やっぱり身体的に安定していないと書けないね。

昨日から、国体のラグビー関東予選が始まっている。
千葉県代表のCTBとして、1回戦は神奈川代表との試合だった。

結果からいうと、22-17の辛勝。
台風一過の酷暑もあって、30分ハーフとは思えないほどタフなゲームになった。終盤に認定トライを奪われたりもして、ゲーム展開も決して楽なものではなかったけれど、なんとか勝利を掴むことが出来て、とりあえずほっとしている。チームの根幹をなす社会人チームのメンバー数人が中心となって、タイトなプレーでチームを引っ張ってくれたことが大きかったと思う。

日曜は、東京代表との2回戦。このゲームに勝利すれば、岡山で行われる本戦への出場権を手にすることになる。厳しいゲームになると思うけれど、実力的に劣っているとは思わない。愚直に、ひたむきにプレーして、きちんと勝利をものにしたいね。

それから。
以前にも書いたけれど、千葉県代表は、昨年まで所属していた社会人チームのメンバー数名と、おれのようなOBが若干名、それに習志野自衛隊のメンバーが加わって構成されている。関東予選への参加にあたっては、協会からも一定の支援があるのだけれど、それに加えて、千葉代表にメンバーを派遣している社会人チームからの手厚い支援があって、そのことに対して、改めて新鮮な驚きを覚えるんだ。
前日のゲームのDVDが各自に配布され、自分のプレーをチェックできる。相手チームの1回戦の試合ぶりも、同じくDVDで確認できる。試合の前後には、補食としてバナナや、ゼリータイプの栄養補助食品が用意されているし、トレーナーも派遣してもらっていて、選手のコンディショニングにも気を遣ってもらっている。
もちろんそれは、基本的におれの為じゃない。社会人チームから参加してくれているメンバーのコンディショニングを気遣ってのことであって、それはトップリーグを目指すクラブとしては、当然の対応なのかもしれない。
でもさ、やっぱりすごいと思うよ。
おれのように、クラブラグビーへと身を転じた人間には、それがどれほど恵まれたことなのかが、痛いほどに分かるからね。
バナナやゼリーだけじゃない。もっとシンプルな素晴らしさが、そこらじゅうにあるんだ。
照明の完備された人工芝のグラウンドで、日々練習が出来る。
そしてゲームの舞台として、江戸川陸上競技場という、素晴らしい天然芝のグラウンドが用意されている。
そんなことのひとつひとつが、特に下位リーグを戦う大多数のクラブラガーにとって、手の届かない向こう側の出来事なんだ。

ありがとうございます。
江戸川でプレーできる環境を与えてもらったことに、本当に感謝しています。

Saturday, August 20, 2005

名言#2

ネットで拾った名言を。

自分がこうして欲しいと思うのと同じことを、他の人々にしてはいけない。
なぜなら、彼らの趣味はあなたの趣味と同じではないかも知れないのだから。
バーナード・ショウ

良い言葉には、足すべきものがないね。

皮膚のコード

田口ランディさんのエッセイ集『できればムカつかずに生きたい』、ほぼ読了。
一部のエッセイを飛ばしてしまったので、「ほぼ」なんだけどね。

田口ランディという人が、基本的に好きだ。
「分からない」ということに対して真摯であろうとする姿勢が、きっと好きなんだと思う。

エッセイの中でランディさんはこんなことを言っている。

私を私として成り立たせているのは、皮膚の内と外で生じる猛烈な「違和」によってである。皮膚は世界の違和にさらされていて、それを常に刺激として脳に送り、脳はそれをフィードバックしているから「私」という個体の存在を意識できる。
(田口ランディ『できればムカつかずに生きたい』280p)


皮膚は、自分と自分でないものとの境界。
オセロの黒を辿っていくと、結局白を辿ってしまうように、「自分でないもの」の違和を辿ることによって、「自分」というものを確認していく。
でもその時、自分でないものに対しては、結局は「分からない」というスタンスを貫く。
ここが、ランディさんの最大の魅力だ。

分かったつもりにならない。
たとえ相手が肉親であっても、親友であっても、簡単に分かったつもりにならない。
彼女の父親は「おまえほど冷たい女はいない」と言うそうだけれど、その言葉とは裏腹に、こういう態度は極めて真摯だと思うし、きっと彼女の父親も、どこかそう思っているんじゃないかと、おれは勝手に想像している。

世界の違和にさらされた皮膚が、脳に対して送るフィードバックは、きっと皮膚によって違う。それこそがさ、きっと皮膚の存在する意味なんだよ。外部の刺激をダイレクトに受容するんじゃなくて、「皮膚」という変換コードを通すことこそが、きっと世界の多様性なんだと思う。そう考えるなら、皮膚感覚に優れている、というのは、言葉を変えれば、自分の皮膚に織り込まれた変換コードを正確に見据えている、ということなのかもしれないね。それは同時に、他者の皮膚に埋め込まれたコードに対しては「想像する他はない」という態度を貫くことでもあると思う。

そんなわけで、田口ランディは皮膚感覚に優れた作家だと思うわけです。

Wednesday, August 17, 2005

富士登山

10年以上振りに合宿のない夏休み。
休み慣れていなくて、計画的にはいかなかったけれど、富士山を踏破してきた。
ラグビー、STOMP、ラグビー、映画、富士登山。
13日からの5連休も、こんな感じであっという間に終わってしまったけれど、富士登山はとても価値ある体験になった。高山病はしんどかったけれど、初めて目にした雲海、そして山頂から拝んだ御来光は本当に見事なものだったよ。

このことは、機をみてまた書こうと思います。

Monday, August 15, 2005

STOMP所感

STOMP Japan Tour 2005 ―
後輩の薦めで、STOMPの日本公演を観に行ってきた。
その後輩が「どうですか?」ってメールをくれるまで、STOMPというパフォーマンス・グループのことをおれは知らなかったのだけれど、いい機会だと思ったし、今までのおれにはなかった角度からの刺激があるんじゃないかという期待感もあって、誘いに乗ってみたんだ。

台詞のない舞台。
モップやバケツ、シガレットケースやビニール袋、そして自らの身体。あらゆるものから生み出される様々な音だけで構成されたパフォーマンス。
叩く。打ち付ける。擦る。振リまわす。掃く。壊す。揺する。
それぞれのモノに対して、いろんなアプローチで作用を働かせ、そこから響き出す音を重ね合わせて、リズムとビートを創り出していく。
ざっと言うなら、そんなパフォーマンス・グループがSTOMPだ。

結論から言うと、クオリティの高いパフォーマンスで、凄く良かった。
パフォーマーとしての完成度が高く、迫力と躍動感があって、単純に楽しかった。

2時間近い彼らのパフォーマンスを観ていて、思ったことがある。
ひとつは、コミュニケーションという作業は、本来とてもフィジカルなものだということ。
STOMPの舞台には、基本的に台詞が存在しない。つまり、8人のメンバーは、舞台上で会話を交わすことがない。もちろん全くのゼロではないし、ある程度シチュエーションが練り込まれていて、身振りやちょっとしたサインでその意図を明示するようなシーンは幾つか存在する。でも、基本的には「音」がすべてだ。1人がモップで床を掃く。その擦れる音に合わせて、別の1人もモップを動かす。そうしてモップの擦れる音が連鎖的に響き出すと、今度は誰かがモップの柄を床に打ち付ける。今度は別のエネルギーを持った打撃音が鳴り響いて、また別のリズムを創り出していく。

それが「コミュニケーション」という作業を強烈に感じさせるんだ。

コミュニケーションという作業が、言語に偏りすぎているのかもしれない。もっとフィジカルな、身体に直接訴えかけるようなものが、原初のコミュニケーションなのかなって、そんなことを思ったりした。そして、ちょっと話は逸れてしまうけれど、そういうコミュニケーションの身体性を意識させる世界がもうひとつあるとすれば、それがスポーツなのかもしれないね。

もうひとつは、都市における「音」ということ。
都市がいかに「音」を埋没させているだろう、と思わずにはいられなかった。

以前から気になっていた渋谷という街の騒音。軒を連ねる店のどれもが、大音量の音楽ともいえない音楽を垂れ流す。駅前に街宣車を停めて、マイク片手にがなり立てる右翼グループ。およそ考えられる限りの騒音がすべて集まった感じだよね。

STOMPの公演の中に、紙袋・ビニール袋・紙コップなんかを組み合わせて3人でリズムを合わせるシーンがあった。2時間の公演の中では比較的小粒な、送りバントのようなシーンだったのだけれど、個人的には印象に残っているんだ。持ち帰りのハンバーガーを詰めるような紙袋から、音のセッションが始まるわけ。センター街の道端にごろごろ転がっているような、なんでもない紙袋からね。
音は、あるいは音のきっかけは、きっと身の廻りのあらゆるところにあるんだ。それはSTOMPのキーメッセージでもあると思う。彼らがいわゆる日用品から音を創っていくのは、ひとつには「音をおれたちの日常に返す」ということじゃないかと、おれは勝手に考えているからね。

都市は、そこに生きる人間の日常から、そんな音を奪っているんじゃないか。
この日のSTOMPのパフォーマンスを観て、漠然とそんなことを考えてしまった。


観て良かった。彼らのパフォーマンスがすごく刺激的だった。
ただ、本当のところを言うと、ぞくっとはしなかったね。
感覚的なことになってしまうけれど、鳥肌というのは、もうひとつ奥の方かもしれない。

Saturday, August 13, 2005

新しいということ ― 『ライン』読了

村上龍さんの中期の小説『ライン』、読了。

自分の中のある枠組みの中に閉じて、その中で作品を書き続けている作家は少なくないと思う。読む側としては、期待値から大きくずれないという安心感もあるだろうし、一定の娯楽的価値は提示されるのだけれど、そこに新しさを感じることはない。

最近でいうと、例えば石田衣良なんかは典型的だ。

彼の出世作でもあり、ベストセラーとなった『池袋ウエストゲートパーク』は、スピード感と瑞々しさがあって、おもしろい小説だった。その後、この作品はシリーズ化され、続編が次々に発表されているのだけれど、どれをとってもそれなりに安定していて、一定の娯楽的なおもしろさを持ち併せている。
でもそれらは、ほとんど決定的なほどに、新しくないんだ。
IWGPシリーズは、その優れたキャラクター設定ゆえに、大きくは外れない。作品世界の枠組みがきちんと定まっていて、構成そのものが既に読者の期待値のある一定の部分を満たしている。マコトやタカシといったメインキャラクターの存在感は際立っていて、都度ストーリーが異なるとはいえ、読者の期待を裏切ることはない。

しかし、逆にそれこそが、石田衣良という作家の現時点での限界を感じさせてしまう。

IWGPという枠組みの中で書けることは、もうほとんどないと思う。少なくとも、新しい何かを書く余地は多くないはずだ。今後もIWGPシリーズを書き続けていくとすれば、それは同時に、石田衣良という作家の中に「新しい枠組み」を創リ出すエネルギーが枯渇していることを、図らずも示してしまうんじゃないかな。

それで、村上龍。
龍さんの恐ろしさは、絶えることなく提示されるその「新しさ」にこそある。小説のコアの部分にある問題意識や感性は、同時期の作品である程度共有されているケースもみられるけれど、作品それぞれの枠組みが、いつも決定的に違う。
『ライン』は、まさにその「新しさ」が際立っている作品だった。

正直に言って、あまりに良すぎて感想が書けない。
その斬新さの中に横たわる圧倒的な作品世界を、きちんと消化できていない。
ある種の歪みや空虚さを抱えた人間たちが、図らずも織り成していく「ライン」には、目を背けられないような何かがあるんだ。でもそれを表現する言葉を、残念ながら今のおれは持っていないんだ。

きっとこの小説は、何ヵ月後か、あるいは何年後になるのか分からないけれど、もう一度読むことになるんじゃないかという気がします。

イメージ#2

パートナーがイメージを書き溜めている。

Flickrにアップロードした作品も、既に30枚を越えた。Flickrのフリーアカウントは、1ヶ月に利用できるデータ容量が20MBに制限されているのだけれど、6月に開始して以来、2ヶ月連続で容量を使い切っている。やっぱり、好きなんだろうね。

発熱した時に脳裏に浮かんだという「光の粒」をアクリルで描いてくれたので、アップロードしておいた。本当はもうひとつ「モザイク」のイメージもあったのだけれど、それは紙に落とし込めるほどに鮮明ではないらしい。光の粒が溢れ出した後に、サブリミナルのようにさっと浮かんだだけで、絵にしようとした瞬間に、実際に浮かんだはずのイメージとの乖離が浮き彫りになってしまうんだって。

そういうビジュアルな感覚はおれには弱いので、ちょっと羨ましかったりもするね。

http://www.flickr.com/photos/pommedeterre/
(linksの"Flickr photos"からも入れます。)

Monday, August 08, 2005

キューバの歌声と民主主義について

今日は残念なニュースがふたつあった。

ひとつは、イブライム・フェレールが亡くなったこと。
キューバの伝説的な老音楽家たちがライ・クーダーのもとに結集して生まれたプロジェクト"Buena Vista Social Club"のボーカリスト。
国交なき国のカーネギーホールで実現された彼らのコンサートの映像は、同名のドキュメンタリー映画のなかに収められている。深い皺を刻んだ彼らの表情は一様に輝いていて、純粋に格好良く、その佇まいにはどこか身震いしてしまうような魅力があった。イブライム・フェレールはその中心にいて、歌声には、その顔の深い皺に違わぬ奥行きがあった。享年78歳。DVDを観て虜になって、即座にCDを買いに行ったのはつい最近のことのように思う。おれにとって、その死はちょっと早すぎたね。

ささやかながら、黙祷を捧げます。
その最後の表情が安らかなものであってほしいと思っています。


もうひとつは、がらりと趣が変わるけれど、郵政民営化法案の否決。
郵貯という巨大国家金融を解体する千載一遇のチャンスのはずだったんだ。

結果的に、参議院では予想を上回る大差で法案は否決されたのだけれど、おれには反対派議員がこれほど強硬に郵政民営化を拒む理由というものが、最後まで分からなかった。彼らによって語られた理由はとても合理的だとは思えなかったし、その主張のほとんどは、議論におけるスタート地点が既に間違っているように感じた。

でも、郵政民営化そのものを議論する前に、まずは国会議員であるということの当然の前提というものを、改めて考えてみる必要があるんじゃないか。

国会議員の最大にしてほとんど唯一の任務は、世論を政治に正しく反映させることだと思う。必ずしもそれが最善の手段かどうかは分からないけれど、民主主義とはそういうものだし、国家の基本法たる日本国憲法は、はっきりと民主主義を標榜している。民主主義の精神、あるいはその意思決定プロセスに対する議論は当然あり得ると思うけれど、現行制度下においては、民主主義は常に尊重されるべきだ。

こうした民主主義の精神の下にあって問われるのは、有権者との「契約」に責任を持ってこれを遵守すること、そしてもうひとつは「国民への信頼」ということだと思う。

有権者との間の「契約」というのは、言うまでもなく選挙公約だ。選挙公約が有権者との「契約」であるという認識すら持たない議員は、そもそも存在意義がない。もちろん、契約が正しく履行されないことに対して明確な拒否メッセージを発しない有権者の側にも一定の責任はあると思うけれど。

「国民への信頼」というのは、民主主義が必ずしも衆愚政治に帰結しないということを担保する重要な条件だと思う。結果として衆愚政治に堕することはあるかもしれないけれど、民主主義が成立し得る重要な条件のひとつは、有権者の合理的判断力を信頼することであり、また国民の能力を過小評価しないことだと思う。

こうして考えていくと、法案そのものの是非を問う以前に、幾つかの疑問が生じる。
ひとつは、公約をどう考えるのか、ということ。
その政治手法、法案の具体的内容は別にしても、この1点において、小泉純一郎は正しいと思う。郵政民営化は、明確に小泉政権の公約だった。確かに小泉は、その他の公約を幾つか反故にしている。例えば、国債30兆円枠などは、ほとんど議論されることもなく、いとも簡単に破棄されることになった。しかし、だからと言って、郵政民営化が「公約」であるという事実の重みは変わることがない。公約は「絶対に」履行されなければならない、という民主主義の基本中の基本に対して、反対派の議員はどう考えていたのだろう。
こうした態度は、もうひとつの「国民への信頼」へと繋がっていく。公約の重要性に対する認識の欠落は、とりもなおさず、有権者に対する冒涜を意味している。そして、突きつめていけば、それは民主主義そのものへの冒涜でもあると思う。

郵政民営化の是非を巡る今回の政争が奇しくも露呈したのは、日本における民主主義がほとんど死にかかっている、ということだと思う。このことは、郵政民営化法案の行方以上に、決定的に重要だった。

でも、それだけではない。
それに加えて、当然ながら、郵政民営化法案そのものも極めて重要なものだった。

民営化に対して強硬に反対する理由は、どうしても理解できない。
民間に出来ることを、なぜ国家がする必要があるのだろう。民営化によって国民の生活基盤が破壊される、という主張は明確に嘘だ。まず、「国民」という言葉自体が、ある種の嘘を内包している。都市部に暮らす人間は、実態としてほとんど民営化の影響を受けないだろう。「国民」という言葉が本当に意味している層を、具体的に明示すべきだ。過疎地域におけるサービスレベルの低下がたびたび主張されるけれど、これは民間の実力を明らかに過小評価している。日本に対する誇りを声高に唱える国会議員自身が、日本企業の持つ実力に対する信頼を欠いていると思う。
郵貯・簡保という巨大国家金融の存在は、日本の金融業界の在り方を大きく歪めてしまっている。グローバリゼーションと自由競争という大きな流れは変えられない。それは善悪の問題ではなく、資本主義社会の必然の帰結だ。そうであるなら、考えるべきは、そうした国際社会の潮流の中で、いかに制度を柔軟に対応させていくか、ということだと思う。「保守」ということを誤解してはいけない。環境や時代背景が日々刻々と変化する中で、本当に守るべきものを守り通す為には、変化に柔軟に対応できなければならない。その意味で、「革新」こそが保守の本流のはずだ。

結果的に法案は否決されて、衆議院は即日解散された。
法案の否決はとても残念だけれど、解散は当然の帰結だよね。
報道ステーションの中で古館さんが「衆議院総選挙にかかるコストは500億円とも言われる。こうした情勢下にあって、このタイミングでの解散というのはどうだったのか」といったコメントをしていたけれど、もしも日本における民主主義の復権にこの解散が寄与するのであれば、500億円なんて安いものです。

少なくともおれは、そういう気持ちで次の選挙に臨もうと思っています。

Sunday, August 07, 2005

光の粒とモザイク

昨晩から、パートナーが38.5℃の熱を出して寝込んでしまった。
氷嚢で頭冷やして、横になって、水分をこまめに摂取して、一晩寝たら体温はぐっと下がったので、とりあえずほっとしている。

でもさ、熱って判断が難しいよね。
うちのパートナーは、普段から病気のことを調べるのが好きなようで、TVやインターネットでまめに知識を詰め込んでいるのだけれど、熱を出して、ベッドに横になっている状況でも、しんどそうな顔をして言うわけ。

「『急な発熱』でインターネット検索して」

実際に検索してみたけれど、「急な発熱」の原因として考えられる病気なんて、それこそ数え切れないほどあるんだ。とてもじゃないけれど、素人のおれに判断できるものではない。幸いなことに、おれの母親は看護婦をしているので、電話でいろいろ確認することは出来るけれど、母親にしても実際に症状を診られる訳ではないし、初期症状だけでは判断に限界があるよね。

おれなんかは、水分と栄養をきちんと摂って、ちゃんと寝れば熱は下がると基本的に思っているので、「原因が分かっても治る訳じゃないので、とにかく寝たら?」って言うのだけれど、彼女はどうしても調べたいみたいで。
翌朝になって、若干熱が下がって楽になると、もう自分でネット検索をしていて、「急な頭痛」「胃痛」「押さえる」なんてキーワードを入力している。「『押さえる』ってなに?」と聞くと、「下腹部を押さえた時に、胃に痛みが出るんだ」なんて説明してくれて。
すごい執念だよね。
やっぱりおれは、寝れば治ると思うんだけどさ。

でも、今回のことで思ったこともある。
パートナーの病気について、おれは「おれ基準」で判断しがちだなって。
(別に病気に限った話ではないかもしれないけれど。)
そもそもおれは、あまり病気をしない方で、病院というやつも好きじゃないので、基本的には自然に治るのを待つようにしている。それが風邪のような軽度のものならよいのだけれど、例えば、本当に救急車を呼ばなければいけないような場合には、もしかしたら判断がひとつ遅れてしまうかもしれない。熱ひとつ考えてみても、それが本当は何の兆候なのかは簡単には判断できないからね。
人間の自然治癒能力はかなりのものだと思っているけれど、そのことを過信してしまうと、重要な場面での判断が微妙にずれてしまうかもしれないね。

熱は下がったとはいえ、パートナーには今日も1日、ゆっくり横になってもらった。
CDを聴きながらベットに寝転んでいたら、光の粒とモザイクが見えた、って。
CDが喚起したのか、病気が喚起したのか分からないけれど、体調が完全に戻ったら、そのイメージを描いてもらおうかなと思っています。

無題

書けない。
今週はほとんど書けなかった。書くべきことは、たくさんあったはずなのに。
まあ、そんな日もあるね。

Tuesday, August 02, 2005

名言

今日出会った名言を、ふたつだけ。
書きたいことはたくさんあるけれど、また機を改めて書くことにします。


希望とは一般に信じられていることとは反対で、あきらめにも等しいものである。
そして、生きることは、あきらめないことである。
― アルベール・カミュ(玄田有史「ニートのこと・希望のこと」より)


天才とは九十九パーセントが発汗であり、残りの一パーセントが霊感である。
― トーマス・エジソン(寺山修司『ポケットに名言を』より)


玄田有史さんのことは、実は以前から気になっていたんだ。
『ニート ― フリーターでもなく失業者でもなく』で一躍有名になったけれど、東京大学社会科学研究所で始まった「希望学プロジェクト」においても、中心メンバーとして活躍されているそうだ。
「ニートのこと・希望のこと」は、その基本的なスタンスが掴める良い文章だった。
近いうちに、一度著作に目を通してみようかなと思っています。
http://project.iss.u-tokyo.ac.jp/hope/think.html