長かった今年の春が、昨日をもってようやく終わった。
タマリバクラブの春シーズンを締め括るのは、7/16-17の八幡平遠征。
今年の6月にタマリバクラブに参加して1ヶ月、今回が初めての遠征。
遥々岩手県は八幡平まで赴いた訳だけれど、2万円近くを自己負担しなければならないこの遠征に40人近くが参加するのだから、改めてトップクラブのメンバーがラグビーにかける情熱というものが伝わってくるよね。
今回の遠征の最大の目的は、もちろん釜石シーウェイブスとのゲーム。
八幡平ラグビーフェスタ2005のメインゲームとして組まれたこのカードは、タマリバクラブにとって、今年の春シーズンを締め括るとともに、春のチャレンジの全てを試す最高の舞台として位置づけられていたんだ。
釜石SWのような知名度のあるクラブとは、そう簡単にはゲームを組むことが出来ない状況の中で、訪れたチャンス。昨年まで一緒にプレーしていたメンバーからすれば、それほど魅力的なカードではないかもしれないけれど、このクラブにとっても、そして今のおれにとっても、願ってもないチャンスだったことは確かだ。
6月14日に初めて練習に参加して以来、ずっと楽しみにしてたゲームだからね。
首脳陣からメンバーが発表されたのは、試合前日の15日。前半40分のみだけれど、インサイドCTBとして出番をもらえたことで、俄然気持ちが高ぶっていった。今さら怯えることもない。とにかくタックルしよう。チャンスをものにしよう。40分間という限られた時間の中で、今の自分を思い切り試してやろう。そう思って、遠征に臨んだ。
7月16日 15:00K.O. タマリバクラブvs釜石SW @松尾村陸上競技場
タマリバ 33-42 釜石SW
結果はというと、悔やまれる惜敗。
釜石SWのメンバーはよく分からないけれど、FLとSOに外国人を擁していたことを考えても、ほぼ1本目だったと思う。タマリバとしても名を上げる絶好の舞台が整っていた訳だけれど、残念ながら白星を取りこぼしてしまった。
前半早々に先制トライを奪い、基本的には常に先行しながらゲームを進めていたのだけれど、前半20分を過ぎたあたりで、こちらのミスからトライを連取され逆転を許してしまい、そのまま前半は19-21で折り返す。
後半に入ると、常に後手に廻ってのゲーム展開。幾つかチャンスはあったのだけれど、トライに結び付かない。逆に釜石SWは、タマリバのDFの綻びを着実にトライに繋げて、点差を広げていく。タマリバも終盤2トライを奪って追い上げたものの、残念ながら及ばず、33-42での敗戦となった。
悔しい。本当にチャンスだったんだ。
負け惜しみみたいで格好悪いけれど、釜石SWが強かったわけじゃない。おれたちがそれ以上に弱かった。ゲームに臨む上で、既に自らの内に敗因を持っていたような、そんなゲームだった。
個人的にも、煮え切らない40分間になってしまった。何度か大きくゲインラインを突破した。タックルも特別悪かったわけじゃない。けれど、ゲームの流れを大きく狂わせてしまうミスがあった。仕事量自体も全然多くなかった。ひとつひとつのプレー、あるいはプレーの合間の動きが全体的にどこか緩慢で、とにかく走れていなかった。
試合後、FLの小山と話した。これじゃまずいな、って。
お互い気持ちは同じだったみたい。今の状態では、ラグビーを楽しむところまで至っていないと思った。悔しいし、煮え切らないゲームだったけれど、今の自分のレベルや課題は改めてよく分かった。その程度のものだ、ってことが。
とにかく、もう一度やり直しです。秋の公式戦に向けて、練習するしかないね。
7月17日 10:00K.O. タマリバvs岩手選抜 @鬼清水グラウンド
釜石SWとのゲームの翌日は、Bチームvs岩手選抜のゲーム。前日もゲームをしているというのに、9:00ウォーミングアップ開始で、10:00には試合が始まるのだから、すごいハードスケジュールだよね。
タマリバは基本的にBチーム主体のメンバー構成で、Aチームのメンバー数名は、このゲームには出場しなかったのだけれど、おれは80分間フル出場した。2日間で120分もゲームをするのは、本当に久しぶりのことだったよ。
それで結果はというと、圧勝。
詳細は覚えていないけれど、90点以上奪っての勝利だった。
このゲームで良かったのは、おれが大学5年の時に1年で入部してきたSOのミヤハラという後輩と、4年振りに一緒にプレーしたことだね。ミヤハラは1年で入部した時から良い選手で、即座にレギュラーになったので、そのシーズンの対抗戦を共に戦ったのだけれど、その4年後に、こうして同じチームでプレーできるとは、当時は思ってもいなかったからね。
おれが言うのもなんだけれど、ミヤハラは本当に上手くなった。4年前とは別人のような動きだ。大学ラグビー部での日々の練習に対して、真摯に取り組んできた土台の上に、「タマリバ」という新しいチームのエッセンスが加わることで、更に実力を伸ばした。プレーのひとつひとつを見れば、本当に真剣にラグビーに向かってきたことが誰にだって分かる、とても良い選手だと思う。
そのミヤハラと、4年振りにSO-CTBを組んだのだけれど、本当に楽しかった。細部を合わせて臨んだゲームではなかったけれど、4年前とは比較にならないくらいに息が合ったように感じた。この試合、ミヤハラは大活躍で、4本か5本トライしたんじゃないかな。ボールを持てば抜けるような、そんな感じだった。おれはというと、この後輩のアシストを得ながら2トライ。おもしろいように抜けたけれど、あれはパスで抜かせてもらったようなものだ、ということにしておきます。
全体的にはミスも多かったし、圧勝しながら21失点と課題の残るゲームでもあった。それでも、春の最終戦という意味では、気持ち良くシーズンを終えることの出来る良いゲームだった。
そんな訳で、1泊2日の八幡平遠征も無事に終了。おれの「春」はようやく終わった。
悔しくもあり、煮え切らない部分もあったけれど、それ以上に収穫も多く、自分の今のレベルがよく分かった春シーズンだった。この遠征をもって、タマリバはしばらくオフに入るのだけれど、フィットネスが落ちてしまうのもまずいし、駒場にはちょくちょく顔を出そうかと思ってます。
既に日程の発表された秋の公式戦が楽しみだね。
Monday, July 18, 2005
Friday, July 15, 2005
空について
あるメールマガジンで目にした、和田一夫さんの言葉。
和田一夫さんというのは、ヤオハンの創始者ね。
四方八方ふさがれば、それで終わったと思う前に天を仰ぐことです。
「ああ、空がまだあるな」とね。
メールマガジンでこの言葉を目にしたのは、昨日の朝のこと。心に響く言葉だったので、しばらくそのことを考えていたのだけれど、ふと思ったんだ。
背伸びをする必要はないんだ、って。
ちょっとだけ目線を上に向ければ、きっと空は見える。それだけでいいんじゃないか。
空って、どこから空なんだろう。
空はおれらにとって、すごく高くて、大きくて、広いものだよね。
でも同時に、すごく近くて、目の前に、ほんのすぐ傍にあるものだとも思うんだ。
大空と、手の届くすぐ傍の空間との間に、境界なんてないんだからさ。
実は気になって、「空」の定義を調べてみたんだ。
三省堂「大辞林」第二版の定義は、”地上をとりまく、広がりのある空間”。
つまり、広がりこそが「空」なんだね。
すぐ傍にある空間だって、上空の広がりとつながっているんだからさ、きっと人間の側が、勝手に狭いエリアだけを切り取って見ているだけなんだ。
和田一夫さんというのは、ヤオハンの創始者ね。
四方八方ふさがれば、それで終わったと思う前に天を仰ぐことです。
「ああ、空がまだあるな」とね。
メールマガジンでこの言葉を目にしたのは、昨日の朝のこと。心に響く言葉だったので、しばらくそのことを考えていたのだけれど、ふと思ったんだ。
背伸びをする必要はないんだ、って。
ちょっとだけ目線を上に向ければ、きっと空は見える。それだけでいいんじゃないか。
空って、どこから空なんだろう。
空はおれらにとって、すごく高くて、大きくて、広いものだよね。
でも同時に、すごく近くて、目の前に、ほんのすぐ傍にあるものだとも思うんだ。
大空と、手の届くすぐ傍の空間との間に、境界なんてないんだからさ。
実は気になって、「空」の定義を調べてみたんだ。
三省堂「大辞林」第二版の定義は、”地上をとりまく、広がりのある空間”。
つまり、広がりこそが「空」なんだね。
すぐ傍にある空間だって、上空の広がりとつながっているんだからさ、きっと人間の側が、勝手に狭いエリアだけを切り取って見ているだけなんだ。
Wednesday, July 13, 2005
Context
『SPEED』を読み終えて次に手に取ったのは、やっぱりまた村上龍さん。
まだ出たばかりの新刊エッセイ集『ハバナ・モード』ってやつね。
全体を通しての感想は、読み終えた時に改めて書こうと思う。まだ3分の1くらいしか読み進めていないけれど、思わず唸ってしまう観点や指摘に溢れていて、相変わらず刺激的な作品であることは間違いない。
ただ、既に読んだ数章の中で、特に考えさせられる指摘があったので、そのことだけは忘れないうちに書いておこうと思って。
もう随分前のことのように感じるけれど、昨年の暮れに、ライブドアによる近鉄球団買収の意向表明を発端として、IT企業のプロ野球への参入が話題となった。近鉄とオリックスの合併によって生まれた新規参入枠をライブドアと楽天が争い、結果的には楽天がプロ野球界への参入を果たすことになった。また、ダイエーの経営問題に端を発した事業再編のひとつとして、福岡ダイエーホークスがソフトバンクに売却された。こうした一連の経緯は、その頃、連日のようにメディアを賑わせていたよね。
あの時、大手既成メディアの報道は、基本的に旧態依然のプロ野球界vsライブドア、あるいはライブドアvs楽天、といった対立軸を設定して、誰が勝者となるのか、という議論ばかりをしていた。そして、ライブドアや楽天といった企業は、旧体質に風穴を開ける救世主のような報道のされ方だったように思う。彼らが日本の閉塞感の少なくともある部分を打ち破ってくれるんじゃないか。そんな期待感のようなものが、その当時のメディアにおける報道の基調となっていた。
でも、『ハバナ・モード』の中の「幻の改革と変化」という章において、龍さんはまったく異なる指摘をしているんだ。ここは大切なので、正確に引用したい。
(ブログにおけるこうした引用に著作権上の問題がある場合には、即座に削除するので、知ってる人がいたら教えてください。)
彼らのようないわゆるITの勝ち組でさえも、プロ野球のような人気衰退媒体に頼るしかないという現実は、破壊や革新を待ち望む子どもや若者にさらなる閉塞を生むことになった。もうフロンティアはないのだというメッセージを送っているのと同じだから、その罪は深い。(村上龍 『ハバナ・モード』 38p)
プロ野球界に新風を巻き起こしたはずの彼らは、若者にさらなる閉塞を生み出した。
この指摘には、思わず唸ってしまった。
その当時のメディアに、こういう観点での議論は一切なかったと思う。分かりやすい対立軸を設定することでしか、起きている事象に向かうことが出来なかった。それは言い換えるなら、「改革」や「革新」、あるいは「閉塞」という言葉に対して、メディアがその正確な定義を持っていなかった、ということかもしれない。これはメディアだけの問題ではなくて、受け手側である日本人のほとんどが、こうした観点を持ち合わせていなかったんじゃないかと思う。
誤解のないように書いておくけれど、龍さんの指摘こそが真実を語っている、と言いたい訳じゃない。龍さんの指摘は、あくまで龍さん個人のものだし、それに同意する人もいれば、拒絶する人もいると思う。いろいろな考え方や判断があっていいし、あってしかるべきだ。おれが言いたいのは、なにかを議論する時に、正確な文脈で、正確な定義を持って語ろうとする態度というのが、決定的に重要だということなんだ。
龍さんは、自分の中に「文脈」を持っている人なのだと、改めて感じた。
文脈というのは、事象の裏に横たわる流れのようなもの。
龍さんは、これまで常識的なレベルで成立していた曖昧な文脈を越えて、その先に自分自身の文脈を構築し、その文脈において世界を切り取っているのだと思う。
そして、「文脈を持つ」ということは、正確な定義をもとに、厳密に今を切り取ろうとする態度の中にしか、きっとないんだ。
そしてこれこそが、たぶん村上龍さんという作家の最大の価値だと思うんだ。
まだ出たばかりの新刊エッセイ集『ハバナ・モード』ってやつね。
全体を通しての感想は、読み終えた時に改めて書こうと思う。まだ3分の1くらいしか読み進めていないけれど、思わず唸ってしまう観点や指摘に溢れていて、相変わらず刺激的な作品であることは間違いない。
ただ、既に読んだ数章の中で、特に考えさせられる指摘があったので、そのことだけは忘れないうちに書いておこうと思って。
もう随分前のことのように感じるけれど、昨年の暮れに、ライブドアによる近鉄球団買収の意向表明を発端として、IT企業のプロ野球への参入が話題となった。近鉄とオリックスの合併によって生まれた新規参入枠をライブドアと楽天が争い、結果的には楽天がプロ野球界への参入を果たすことになった。また、ダイエーの経営問題に端を発した事業再編のひとつとして、福岡ダイエーホークスがソフトバンクに売却された。こうした一連の経緯は、その頃、連日のようにメディアを賑わせていたよね。
あの時、大手既成メディアの報道は、基本的に旧態依然のプロ野球界vsライブドア、あるいはライブドアvs楽天、といった対立軸を設定して、誰が勝者となるのか、という議論ばかりをしていた。そして、ライブドアや楽天といった企業は、旧体質に風穴を開ける救世主のような報道のされ方だったように思う。彼らが日本の閉塞感の少なくともある部分を打ち破ってくれるんじゃないか。そんな期待感のようなものが、その当時のメディアにおける報道の基調となっていた。
でも、『ハバナ・モード』の中の「幻の改革と変化」という章において、龍さんはまったく異なる指摘をしているんだ。ここは大切なので、正確に引用したい。
(ブログにおけるこうした引用に著作権上の問題がある場合には、即座に削除するので、知ってる人がいたら教えてください。)
彼らのようないわゆるITの勝ち組でさえも、プロ野球のような人気衰退媒体に頼るしかないという現実は、破壊や革新を待ち望む子どもや若者にさらなる閉塞を生むことになった。もうフロンティアはないのだというメッセージを送っているのと同じだから、その罪は深い。(村上龍 『ハバナ・モード』 38p)
プロ野球界に新風を巻き起こしたはずの彼らは、若者にさらなる閉塞を生み出した。
この指摘には、思わず唸ってしまった。
その当時のメディアに、こういう観点での議論は一切なかったと思う。分かりやすい対立軸を設定することでしか、起きている事象に向かうことが出来なかった。それは言い換えるなら、「改革」や「革新」、あるいは「閉塞」という言葉に対して、メディアがその正確な定義を持っていなかった、ということかもしれない。これはメディアだけの問題ではなくて、受け手側である日本人のほとんどが、こうした観点を持ち合わせていなかったんじゃないかと思う。
誤解のないように書いておくけれど、龍さんの指摘こそが真実を語っている、と言いたい訳じゃない。龍さんの指摘は、あくまで龍さん個人のものだし、それに同意する人もいれば、拒絶する人もいると思う。いろいろな考え方や判断があっていいし、あってしかるべきだ。おれが言いたいのは、なにかを議論する時に、正確な文脈で、正確な定義を持って語ろうとする態度というのが、決定的に重要だということなんだ。
龍さんは、自分の中に「文脈」を持っている人なのだと、改めて感じた。
文脈というのは、事象の裏に横たわる流れのようなもの。
龍さんは、これまで常識的なレベルで成立していた曖昧な文脈を越えて、その先に自分自身の文脈を構築し、その文脈において世界を切り取っているのだと思う。
そして、「文脈を持つ」ということは、正確な定義をもとに、厳密に今を切り取ろうとする態度の中にしか、きっとないんだ。
そしてこれこそが、たぶん村上龍さんという作家の最大の価値だと思うんだ。
Monday, July 11, 2005
来週に向けて
練習@駒沢大学玉川グラウンド 10:00-13:00
タマリバの練習に参加するようになって、初めての遅刻。
駒沢大学Gって言われたら、駒沢大学駅で降りちゃうよね。まさか二子玉川からバスだとは思わなかった。釜石SW戦前の最後の練習だというのに、結局25分ほど遅れてしまって、さすがにショックだった。
人工芝のグラウンドが若干濡れていたこともあって、今日はボールが手につかなかった。もともとハンドリングは得意じゃないので、グラウンドのせいばかりでもないけれど。
その代わり、タックルは昨日よりも全然良かった。アタックでのボールタッチは少なかったけれど、収穫のある内容になったね。チーム全体としても、釜石SW戦が控えていることもあって、気持ちの入った良い練習になっていた。ディフェンスは普段以上にタイトだったし、悪くない内容だったと思う。
あとは、来週やるだけだね。メンバーに入るといいけど。
タマリバの練習に参加するようになって、初めての遅刻。
駒沢大学Gって言われたら、駒沢大学駅で降りちゃうよね。まさか二子玉川からバスだとは思わなかった。釜石SW戦前の最後の練習だというのに、結局25分ほど遅れてしまって、さすがにショックだった。
人工芝のグラウンドが若干濡れていたこともあって、今日はボールが手につかなかった。もともとハンドリングは得意じゃないので、グラウンドのせいばかりでもないけれど。
その代わり、タックルは昨日よりも全然良かった。アタックでのボールタッチは少なかったけれど、収穫のある内容になったね。チーム全体としても、釜石SW戦が控えていることもあって、気持ちの入った良い練習になっていた。ディフェンスは普段以上にタイトだったし、悪くない内容だったと思う。
あとは、来週やるだけだね。メンバーに入るといいけど。
Sunday, July 10, 2005
SPEED
金城一紀さんの最新作『SPEED』、読了。
金城さんのこれまでの作品は、すべて読んでいる。
最初に読んだのは、大学時代のチームメイトが薦めてくれた『GO』という作品。その頃はまだ社会人ラグビーでプレーを続けていたのだけれど、確かある日の練習終了後に、携帯にメールが入ったんだ。いますぐ買って帰れ、って。
いろんな意味で信頼しているやつの薦めだったから、その日の帰りに八千代台の書店で買って帰った。京成線の特急に乗って、頁を開いて読み始めて・・・
そしたら、抜群だったんだ。
『GO』はその後、窪塚洋介主演・宮藤官九郎脚本で映画化されて、話題になった。詳しくは憶えていないけれど、各種の映画賞を総ナメにしたはずなので、映画を観た人は多いかもしれない。でもさ、もし原作を読んでいないのなら、明日の帰りにでも本屋に寄って、手に取ってみてほしい。瑞々しくて、スピード感に溢れていて、鋭利な刃のようにエッジが効いていて、そしてストレートに心に訴かけてきて、とにかく素晴らしい作品なので。
そんな訳で、『GO』の読了後は、既に発表されている金城さんの作品をとにかく読みふけった。とは言っても、金城さんの作品は、まだ数自体が多くないんだ。『対話篇』を読んで、『レヴォリューションNo.3』を読んで、『フライ,ダディ,フライ』を読んだら、それで終わりだからね。
『レヴォリューションNo.3』と『フライ,ダディ,フライ』は、連作になっている。5人の高校生を中心としたチーム「ゾンビーズ」が、誰かが決めた世界を飛び出して、自分たちの世界を創るために暴れまわる。ひとことで言うと、そんな物語だ。
『SPEED』は、このゾンビーズ・シリーズの続編。ヒロシを失って4人となったゾンビーズと、偶然出会ったひとり女子高生とが織り成す、新たな跳躍の物語。「跳躍」というのは、誰かが決めた世界からの跳躍、ということだけど。
やっぱり、瑞々しさに溢れている。作品全体としての完成度は『フライ,ダディ,フライ』に劣ると思うけれど、十分に魅力的な作品。ゾンビーズの(特に舜臣の)言葉は、鋭くて、妥協がなくて、でもいつだって優しさが忍び込ませてあって、とても格好良いね。
これから読む後輩がいるので、細かなことは書かない。
ひとつだけ書くなら、ゾンビーズの親友で情報屋のアギーが運転する車の中で、山下が泣き出すシーン。アギーは、ゾンビーズと岡本さん(主人公の女子高生ね)を乗せて、車を運転していて、音楽をかけようとカーステレオに手を延ばすんだ。エレキギターのイントロが流れ出す。するとアギーは、やべっ、と呟いて、すぐに曲を変えようとパネルを操作するんだ。でも山下は、もう堪えられずに泣き出してしまう。
その曲は、ヒロシの大好きな曲だったんだ。ヒロシっていうのは、病気で死んでしまったゾンビーズの親友で、『レヴォリューションNo.3』において、彼らはヒロシの為に、女子高の屋上から花火を上げるんだ。
このシーンが、おれは最高に好きだよ。涙なくしては読めない。
ヒロシってやつは、いいやつだったんだ。『SPEED』においても、ヒロシのことはたびたび語られるけれど、それほどゾンビーズにとって大切な存在なんだ。
だからさ、もしゾンビース・シリーズを読んだことがないのであれば、まずは『レヴォリューションNo.3』を読んでみてほしい。この作品こそが、ゾンビーズの原点だから。(『フライ,ダディ,フライ』には敢えて触れないけれど、『レヴォリューションNo.3』を読み終えたのに『フライ,ダディ,フライ』を手に取らないなんてことは、あり得ないよね。)
そしたらきっと、このシーンで涙すると思うよ。
金城さんのこれまでの作品は、すべて読んでいる。
最初に読んだのは、大学時代のチームメイトが薦めてくれた『GO』という作品。その頃はまだ社会人ラグビーでプレーを続けていたのだけれど、確かある日の練習終了後に、携帯にメールが入ったんだ。いますぐ買って帰れ、って。
いろんな意味で信頼しているやつの薦めだったから、その日の帰りに八千代台の書店で買って帰った。京成線の特急に乗って、頁を開いて読み始めて・・・
そしたら、抜群だったんだ。
『GO』はその後、窪塚洋介主演・宮藤官九郎脚本で映画化されて、話題になった。詳しくは憶えていないけれど、各種の映画賞を総ナメにしたはずなので、映画を観た人は多いかもしれない。でもさ、もし原作を読んでいないのなら、明日の帰りにでも本屋に寄って、手に取ってみてほしい。瑞々しくて、スピード感に溢れていて、鋭利な刃のようにエッジが効いていて、そしてストレートに心に訴かけてきて、とにかく素晴らしい作品なので。
そんな訳で、『GO』の読了後は、既に発表されている金城さんの作品をとにかく読みふけった。とは言っても、金城さんの作品は、まだ数自体が多くないんだ。『対話篇』を読んで、『レヴォリューションNo.3』を読んで、『フライ,ダディ,フライ』を読んだら、それで終わりだからね。
『レヴォリューションNo.3』と『フライ,ダディ,フライ』は、連作になっている。5人の高校生を中心としたチーム「ゾンビーズ」が、誰かが決めた世界を飛び出して、自分たちの世界を創るために暴れまわる。ひとことで言うと、そんな物語だ。
『SPEED』は、このゾンビーズ・シリーズの続編。ヒロシを失って4人となったゾンビーズと、偶然出会ったひとり女子高生とが織り成す、新たな跳躍の物語。「跳躍」というのは、誰かが決めた世界からの跳躍、ということだけど。
やっぱり、瑞々しさに溢れている。作品全体としての完成度は『フライ,ダディ,フライ』に劣ると思うけれど、十分に魅力的な作品。ゾンビーズの(特に舜臣の)言葉は、鋭くて、妥協がなくて、でもいつだって優しさが忍び込ませてあって、とても格好良いね。
これから読む後輩がいるので、細かなことは書かない。
ひとつだけ書くなら、ゾンビーズの親友で情報屋のアギーが運転する車の中で、山下が泣き出すシーン。アギーは、ゾンビーズと岡本さん(主人公の女子高生ね)を乗せて、車を運転していて、音楽をかけようとカーステレオに手を延ばすんだ。エレキギターのイントロが流れ出す。するとアギーは、やべっ、と呟いて、すぐに曲を変えようとパネルを操作するんだ。でも山下は、もう堪えられずに泣き出してしまう。
その曲は、ヒロシの大好きな曲だったんだ。ヒロシっていうのは、病気で死んでしまったゾンビーズの親友で、『レヴォリューションNo.3』において、彼らはヒロシの為に、女子高の屋上から花火を上げるんだ。
このシーンが、おれは最高に好きだよ。涙なくしては読めない。
ヒロシってやつは、いいやつだったんだ。『SPEED』においても、ヒロシのことはたびたび語られるけれど、それほどゾンビーズにとって大切な存在なんだ。
だからさ、もしゾンビース・シリーズを読んだことがないのであれば、まずは『レヴォリューションNo.3』を読んでみてほしい。この作品こそが、ゾンビーズの原点だから。(『フライ,ダディ,フライ』には敢えて触れないけれど、『レヴォリューションNo.3』を読み終えたのに『フライ,ダディ,フライ』を手に取らないなんてことは、あり得ないよね。)
そしたらきっと、このシーンで涙すると思うよ。
今日の反省
練習@辰巳グラウンド 13:00-16:00
いつも通りのメニュー。
来週に迫った釜石SWとのゲームに向けて、なんとか首脳陣にアピールしようと思っていた。ずっと楽しみにしていたゲームだけれど、そもそもメンバーに選ばれないことには、チャンスもないからね。
今日の課題は、ボディコントロール。10分×3本のミニゲームにおいて、この部分での自分の緩さが出てしまった。
10年以上ラグビーを続けてきて、今さら気づくことでもないけれど、コンタクトした時のボールの扱い方が上手くないね。ボールは何より大事。何度教わったことだろう。
同じことを繰り返さないように、明日の練習では意識してプレーしないとね。
いつも通りのメニュー。
来週に迫った釜石SWとのゲームに向けて、なんとか首脳陣にアピールしようと思っていた。ずっと楽しみにしていたゲームだけれど、そもそもメンバーに選ばれないことには、チャンスもないからね。
今日の課題は、ボディコントロール。10分×3本のミニゲームにおいて、この部分での自分の緩さが出てしまった。
10年以上ラグビーを続けてきて、今さら気づくことでもないけれど、コンタクトした時のボールの扱い方が上手くないね。ボールは何より大事。何度教わったことだろう。
同じことを繰り返さないように、明日の練習では意識してプレーしないとね。
Saturday, July 09, 2005
Sleipnir
ちょっと前から、Sleipnirというブラウザを使っている。
Internet Explorerと比較すると、圧倒的に使いやすいんだ。
Sleipnirは、Internet Explorerのエンジンで動く高機能タブブラウザで、柔軟なカスタマイズも可能だし、動作も軽快で速い。エンジンは切替可能なのだけれど、デフォルトではIEを利用する設定になっているので、画面表示の問題もほとんどないし、ブックマークなんかも自動的にインポートされる。そもそもIEにはタブブラウジング機能がないので、随分不自由してたからね。
そんな訳でとても快適なブラウザなので、お薦めです。
http://sleipnir.pos.to/
それでね、Sleipnirには幾つかのプラグインがあるんだ。
プラグインというのは、アプリケーションに追加機能を実装する為のプログラム。Sleipnirでいうと、例えばIEのブックマークが自動的にインポートされる機能。あれなんかは、Sleipnirに標準で組み込まれているプラグインの機能だよね。IEだと、例えばGoogleやYahooが提供しているツールバーなんかはよく知られているよね。とても便利だし、実際に使っている人も多いんじゃないかと思う。
Sleipnirのプラグインの幾つかは、既に標準でブラウザに組み込まれているのだけれど、つい先日、実はすごくいいやつを発見したんだ。(遅いかもしれないけど)
それが、"RSSバー for Sleipnir"ってやつ。こいつがものすごく便利なんだ。
RSSリーダーには、幾つかの種類があるんだ。
ひとつはメーラー型。メールソフトに類似したアプリケーションを起動させておくタイプね。それから、ブラウザ型というのもある。これは、その名の通りブラウザに組み込んで使うタイプだ。他にもニュースティッカーといって、証券会社のビルでよく見かける、株価情報を随時流している電光掲示板のようなバーをデスクトップ上に常駐させておいて、自分の登録したサイトのニュースを流し続けるタイプもある。
今までおれは、メーラー型のRSSリーダー(Goo RSSリーダー)を使っていたのだけれど、常に起動させておいて、時間が空くたびにアプリケーションを切り替えるのは結構面倒だったんだ。RSSリーダーとしての機能に不自由はなかったけれど、ちょっと重たい気もしたしね。
なにより、ブラウザとRSSリーダーを両方とも起動させておく意味を感じなくて。RSSリーダーには、過去の記事をキャッシュしておく機能があるのだけれど、その時のニュースをオンタイムで参照するだけなら、ブラウザ型で充分だからね。
それで、いろいろ探して試していたら、こいつに行き着いたというわけ。
これは本当にいいよ。とても便利で、なにより使いやすい。
Sleipnirでは、画面の左側にエクスプローラバーを表示させることが出来る。基本的には、ここにブックマークが表示されるのだけれど、「RSSバー for Sleipnir」を導入すると、ここをワンクリックでRSSリーダーに切り替えることが出来るんだ。自分がよく訪れるサイトを登録しておけば、エクスプローラバー上で最新記事を簡単に確認できるし、実際にニュースを参照する時には、新しいタブが立ち上がるだけで、表示を切り替える必要もないし、新規ウィンドウだらけになることもないんだ。
ブラウザなんてどれも変わらないと思うかもしれないけれど、こういうツールを使ってみるのも悪くないと思うよ。詳しくは書かないけれど、新しい機能を備えたツールというのは、それだけで想像力を刺激するからね。
Internet Explorerと比較すると、圧倒的に使いやすいんだ。
Sleipnirは、Internet Explorerのエンジンで動く高機能タブブラウザで、柔軟なカスタマイズも可能だし、動作も軽快で速い。エンジンは切替可能なのだけれど、デフォルトではIEを利用する設定になっているので、画面表示の問題もほとんどないし、ブックマークなんかも自動的にインポートされる。そもそもIEにはタブブラウジング機能がないので、随分不自由してたからね。
そんな訳でとても快適なブラウザなので、お薦めです。
http://sleipnir.pos.to/
それでね、Sleipnirには幾つかのプラグインがあるんだ。
プラグインというのは、アプリケーションに追加機能を実装する為のプログラム。Sleipnirでいうと、例えばIEのブックマークが自動的にインポートされる機能。あれなんかは、Sleipnirに標準で組み込まれているプラグインの機能だよね。IEだと、例えばGoogleやYahooが提供しているツールバーなんかはよく知られているよね。とても便利だし、実際に使っている人も多いんじゃないかと思う。
Sleipnirのプラグインの幾つかは、既に標準でブラウザに組み込まれているのだけれど、つい先日、実はすごくいいやつを発見したんだ。(遅いかもしれないけど)
それが、"RSSバー for Sleipnir"ってやつ。こいつがものすごく便利なんだ。
RSSリーダーには、幾つかの種類があるんだ。
ひとつはメーラー型。メールソフトに類似したアプリケーションを起動させておくタイプね。それから、ブラウザ型というのもある。これは、その名の通りブラウザに組み込んで使うタイプだ。他にもニュースティッカーといって、証券会社のビルでよく見かける、株価情報を随時流している電光掲示板のようなバーをデスクトップ上に常駐させておいて、自分の登録したサイトのニュースを流し続けるタイプもある。
今までおれは、メーラー型のRSSリーダー(Goo RSSリーダー)を使っていたのだけれど、常に起動させておいて、時間が空くたびにアプリケーションを切り替えるのは結構面倒だったんだ。RSSリーダーとしての機能に不自由はなかったけれど、ちょっと重たい気もしたしね。
なにより、ブラウザとRSSリーダーを両方とも起動させておく意味を感じなくて。RSSリーダーには、過去の記事をキャッシュしておく機能があるのだけれど、その時のニュースをオンタイムで参照するだけなら、ブラウザ型で充分だからね。
それで、いろいろ探して試していたら、こいつに行き着いたというわけ。
これは本当にいいよ。とても便利で、なにより使いやすい。
Sleipnirでは、画面の左側にエクスプローラバーを表示させることが出来る。基本的には、ここにブックマークが表示されるのだけれど、「RSSバー for Sleipnir」を導入すると、ここをワンクリックでRSSリーダーに切り替えることが出来るんだ。自分がよく訪れるサイトを登録しておけば、エクスプローラバー上で最新記事を簡単に確認できるし、実際にニュースを参照する時には、新しいタブが立ち上がるだけで、表示を切り替える必要もないし、新規ウィンドウだらけになることもないんだ。
ブラウザなんてどれも変わらないと思うかもしれないけれど、こういうツールを使ってみるのも悪くないと思うよ。詳しくは書かないけれど、新しい機能を備えたツールというのは、それだけで想像力を刺激するからね。
生きる
ひさしぶりに、素晴らしいTV番組を観た。
テレビ東京『たけしの誰でもピカソ』
~前衛アートのミューズ 奇跡の芸術を生む草間彌生~
昨年秋、東京国立近代美術館で開催された『草間彌生展 -永遠の現在』
草間彌生さんの作品を実際に目にしたのは、この時が初めてだった。
その時の感動は、今でもはっきり覚えているよ。本当に素晴らしかったんだ。
草間さんは、幼少の頃から強迫神経症に悩まされ、視界が水玉や網目模様に覆われる幻覚であったり、あるいは動植物が語りかけてくる幻聴の体験に苦しんだという。その頃の幻覚体験への執着を、草間さんは独自の前衛的芸術へと昇華させ、今日に至るまで一貫して、水玉と網目模様をモチーフにした作品を創り続けている。
京橋で観た「永遠の現在」―
そこには、草間彌生さんの初期の頃から今日までの作品群が網羅的に展示されており、水玉と網目模様が織り成す圧倒的なまでの美の世界が、そこで具現化されていた。ほとんどそれは、まったく別の新しい世界のような感覚。草間彌生というひとは、自身の前衛的芸術において、ひとつの美の形式を創り上げたというより、草間彌生という「世界」そのものを創造してしまったんだ。
おれにとっては、それくらいに圧倒的だった。
インスタレーションも素晴らしかった。
インスタレーションというのは、「場」そのものを総体として呈示する芸術的空間のこと。この展示会でいうと、鏡張りの暗闇の中に無数の電飾を吊るした「水上の蛍」という作品があるのだけれど、この作品が与えてくれた感動は今でも忘れない。信じられないほどに美しい空間。闇の中で自分と空間が同化していくような感覚。それは今までに触れたことのない世界で、今までに抱いたことのない感覚だったんだ。
それ以来、草間彌生さんはおれの最も好きな芸術家のひとりになった。
その草間さんが、今日の『誰でもピカソ』で取り上げられ、草間さん自身も出演されていたんだ。真っ赤な髪をして、赤に白の水玉の衣装を纏ってね。
草間さんのこれまでの人生が紹介され、草間さんの作品の数々と、草間作品の最大のテーマである「自己消滅」が取り上げられ、草間さん自身が、自分の言葉を語る。わずか1時間の番組だけれど、終始刺激的な内容だった。晩飯を食べながら観ていたのだけれど、おれの箸は止まってばかりだったよ。
草間さんを観て、思った。これこそが「生きる」ってことなんだ。
それに比べたら、おれなんか全然「生きてる」うちに入らないな、って。
水玉の幻覚から逃れる為には、草間さんには表現しかなかった。
だから草間さんは、どんな状況にあっても描き続けた。
それこそが彼女の世界だったし、そこにしか彼女の生きる世界は存在しなかった。
常に前衛的であり続けた。原体験としての水玉と網目模様に徹底的に執着し続けた。草間さんの言葉には、それは彼女にとって「生きること」そのものだったのだ、という響きがあった。その姿に、圧倒された。
番組の最後に、今回の出演の記念として、スタジオのどこかに草間さんに絵を描いてもらうことになった。草間さんは、出演者が登場する扉に、黒のペンで人間の横顔を描いたのだけれど、その絵も素晴らしかったよ。いともたやすい様子でペンを走らせ描いた3つの横顔。そして草間さんは、その傍にこんな言葉を添えたんだ。
「私は、人類最高の先駆者となる」
「無限の水玉は増殖し、永遠に栄える」
紛れもない天才だと思った。
今年は7月末から10月にかけて松本市美術館で『草間彌生 魂のおきどころ』と題された展示会があるみたい。お盆休みにでも行ってみようかと考えてます。
http://www.yayoi-kusama.jp/j/information/index.html
テレビ東京『たけしの誰でもピカソ』
~前衛アートのミューズ 奇跡の芸術を生む草間彌生~
昨年秋、東京国立近代美術館で開催された『草間彌生展 -永遠の現在』
草間彌生さんの作品を実際に目にしたのは、この時が初めてだった。
その時の感動は、今でもはっきり覚えているよ。本当に素晴らしかったんだ。
草間さんは、幼少の頃から強迫神経症に悩まされ、視界が水玉や網目模様に覆われる幻覚であったり、あるいは動植物が語りかけてくる幻聴の体験に苦しんだという。その頃の幻覚体験への執着を、草間さんは独自の前衛的芸術へと昇華させ、今日に至るまで一貫して、水玉と網目模様をモチーフにした作品を創り続けている。
京橋で観た「永遠の現在」―
そこには、草間彌生さんの初期の頃から今日までの作品群が網羅的に展示されており、水玉と網目模様が織り成す圧倒的なまでの美の世界が、そこで具現化されていた。ほとんどそれは、まったく別の新しい世界のような感覚。草間彌生というひとは、自身の前衛的芸術において、ひとつの美の形式を創り上げたというより、草間彌生という「世界」そのものを創造してしまったんだ。
おれにとっては、それくらいに圧倒的だった。
インスタレーションも素晴らしかった。
インスタレーションというのは、「場」そのものを総体として呈示する芸術的空間のこと。この展示会でいうと、鏡張りの暗闇の中に無数の電飾を吊るした「水上の蛍」という作品があるのだけれど、この作品が与えてくれた感動は今でも忘れない。信じられないほどに美しい空間。闇の中で自分と空間が同化していくような感覚。それは今までに触れたことのない世界で、今までに抱いたことのない感覚だったんだ。
それ以来、草間彌生さんはおれの最も好きな芸術家のひとりになった。
その草間さんが、今日の『誰でもピカソ』で取り上げられ、草間さん自身も出演されていたんだ。真っ赤な髪をして、赤に白の水玉の衣装を纏ってね。
草間さんのこれまでの人生が紹介され、草間さんの作品の数々と、草間作品の最大のテーマである「自己消滅」が取り上げられ、草間さん自身が、自分の言葉を語る。わずか1時間の番組だけれど、終始刺激的な内容だった。晩飯を食べながら観ていたのだけれど、おれの箸は止まってばかりだったよ。
草間さんを観て、思った。これこそが「生きる」ってことなんだ。
それに比べたら、おれなんか全然「生きてる」うちに入らないな、って。
水玉の幻覚から逃れる為には、草間さんには表現しかなかった。
だから草間さんは、どんな状況にあっても描き続けた。
それこそが彼女の世界だったし、そこにしか彼女の生きる世界は存在しなかった。
常に前衛的であり続けた。原体験としての水玉と網目模様に徹底的に執着し続けた。草間さんの言葉には、それは彼女にとって「生きること」そのものだったのだ、という響きがあった。その姿に、圧倒された。
番組の最後に、今回の出演の記念として、スタジオのどこかに草間さんに絵を描いてもらうことになった。草間さんは、出演者が登場する扉に、黒のペンで人間の横顔を描いたのだけれど、その絵も素晴らしかったよ。いともたやすい様子でペンを走らせ描いた3つの横顔。そして草間さんは、その傍にこんな言葉を添えたんだ。
「私は、人類最高の先駆者となる」
「無限の水玉は増殖し、永遠に栄える」
紛れもない天才だと思った。
今年は7月末から10月にかけて松本市美術館で『草間彌生 魂のおきどころ』と題された展示会があるみたい。お盆休みにでも行ってみようかと考えてます。
http://www.yayoi-kusama.jp/j/information/index.html
Wednesday, July 06, 2005
星廻り
7月4日、米国独立記念日。
この日、米航空宇宙局(NASA)の彗星探査機ディープインパクトによるテンペル第一彗星へのインパクト探査が行われた。直径1m、重量372kgの銅製の衝突体(インパクター)を探査機から放出して、彗星に衝突させる実験で、太陽系の起源を解明する手掛かりとして期待されているらしい。彗星の中には、太陽系が誕生した頃の物質が保たれていると考えられているので、インパクターの激突によって内部から噴出する物質や、露出するクレーターの構成を調査することによって、多くの謎の解明が進むのではと注目されている。激突の様子やクレーターの映像は、探査機から望遠鏡で観測されて地上に送信される他、ハッブル宇宙望遠鏡などからも観測されているそうだ。
このニュースに対して、おれとしては特別な感情もなく、淡々とTVの報道を追っていたのだけれど、うちのパートナーは、このニュースにすごく違和感を感じたそうだ。
それはあまりに愚かな行為じゃないか、と。
彼女が真っ先に考えたのは、「星廻り」ということなんだ。人類の預かり知らない流れ、見えない流れとしての「星廻り」が変わってしまうんじゃないか。彗星は誰のものでもないし、そうした人知の及ばぬ先のなにかを変えてしまうかもしれない行為をしていい理由はどこにあるのか、って。
彼女はこの時点では、今回の衝突実験によって彗星は消滅してしまうと思っていたらしい。実際に調べてみると、インパクトとしては、大型トラックに蚊が衝突するようなもので、彗星の軌道自体に影響はないようだ。すごい勘違いといえばそれまでなのだけれど、でも「星廻り」というのは、やっぱりおもしろい考え方だよね。
彗星はなくならないよ、と伝えると、彼女はこんなことを言った。
「宇宙っていうのは、きっとすごく繊細なんじゃないか」
「あらゆるものが絶妙のバランスを保っているのだとしたら、それが崩れてしまうんじゃないか」
こういうことって、あるかもしれないよね。
少なくとも、ないと言い切る根拠はないような気がするんだ。
おれ自身は、星廻りであったり、見えない「流れ」であったり、そういった感覚は強くないけれど、きっとあると思うよ。あってもいいと思う。
星廻りで生きるつもりはないけれど、結果としてそれが星廻りなのかもしれないし、それでも構わない。ただね、自分が感じないというそれだけのことで、科学が立証しないというそれだけの理由で、否定したり無視したり冒涜してはいけないなにかが、きっとあると思うんだ。
もっと言えばさ、きっとそういうものの方が多いんだよ。
この日、米航空宇宙局(NASA)の彗星探査機ディープインパクトによるテンペル第一彗星へのインパクト探査が行われた。直径1m、重量372kgの銅製の衝突体(インパクター)を探査機から放出して、彗星に衝突させる実験で、太陽系の起源を解明する手掛かりとして期待されているらしい。彗星の中には、太陽系が誕生した頃の物質が保たれていると考えられているので、インパクターの激突によって内部から噴出する物質や、露出するクレーターの構成を調査することによって、多くの謎の解明が進むのではと注目されている。激突の様子やクレーターの映像は、探査機から望遠鏡で観測されて地上に送信される他、ハッブル宇宙望遠鏡などからも観測されているそうだ。
このニュースに対して、おれとしては特別な感情もなく、淡々とTVの報道を追っていたのだけれど、うちのパートナーは、このニュースにすごく違和感を感じたそうだ。
それはあまりに愚かな行為じゃないか、と。
彼女が真っ先に考えたのは、「星廻り」ということなんだ。人類の預かり知らない流れ、見えない流れとしての「星廻り」が変わってしまうんじゃないか。彗星は誰のものでもないし、そうした人知の及ばぬ先のなにかを変えてしまうかもしれない行為をしていい理由はどこにあるのか、って。
彼女はこの時点では、今回の衝突実験によって彗星は消滅してしまうと思っていたらしい。実際に調べてみると、インパクトとしては、大型トラックに蚊が衝突するようなもので、彗星の軌道自体に影響はないようだ。すごい勘違いといえばそれまでなのだけれど、でも「星廻り」というのは、やっぱりおもしろい考え方だよね。
彗星はなくならないよ、と伝えると、彼女はこんなことを言った。
「宇宙っていうのは、きっとすごく繊細なんじゃないか」
「あらゆるものが絶妙のバランスを保っているのだとしたら、それが崩れてしまうんじゃないか」
こういうことって、あるかもしれないよね。
少なくとも、ないと言い切る根拠はないような気がするんだ。
おれ自身は、星廻りであったり、見えない「流れ」であったり、そういった感覚は強くないけれど、きっとあると思うよ。あってもいいと思う。
星廻りで生きるつもりはないけれど、結果としてそれが星廻りなのかもしれないし、それでも構わない。ただね、自分が感じないというそれだけのことで、科学が立証しないというそれだけの理由で、否定したり無視したり冒涜してはいけないなにかが、きっとあると思うんだ。
もっと言えばさ、きっとそういうものの方が多いんだよ。
Sunday, July 03, 2005
橋本のダンス
村上龍さんのエッセイ集『誰にでもできる恋愛』、読了。
もともとは、うちのパートナーが買ってきた文庫本で、薦められるままに読んだ。それにしても、相変わらず龍さんばっかり読んでいるよね。
このエッセイにおいて語られているのは、タイトルから想像するような恋愛指南では全然ないんだ。このタイトルは、「誰にでもできる恋愛などない」ということを逆説的に語ったもので、実際には「現代において恋愛がいかに困難であるか」ということが、様々な切り口で指摘されている。
この分野は得意じゃないので、あまり書きたくないのだけれど、恋愛ってとても個人的な営みだよね。そういう「個」と「個」の関係が成立する為には、そもそも「自立した個人」というものが前提になる。このエッセイ全体を通して一貫して主張されているのは、ただこの一点に尽きる。
龍さんは言っている。
夫に頼りきった主婦より、売春婦の方がわたしは好きだ、って。
おれは恥ずかしながら売春婦の世話になったことはないけれど、この気持ちはとてもよく分かるよ。精神的な、あるいは経済的な自立が出来ていないという事実は、結局のところ、お互いの関係性そのものを変質させてしまうような気がするんだ。
さらに龍さんは、こんなふうにも語っている。
「恋愛していなくても充実して生きることができる人だけが、充実した恋愛の可能性を持っている。」
この感覚は、どこまで伝わるだろう。恥ずかしいので、これ以上は書かないけれど、こういうある意味では残酷な真実をきちんと書ける作家は、決して多くないと思う。
この作品では、「恋愛」をひとつのテーマに据えながらも、日本経済や国際社会や、様々な話題が取り上げられている。その中でも興味深かったのは、橋本龍太郎のダンスについてのエッセイ。
橋本龍太郎が首相として、バーミンガムでのG8のサミットに出席した時のことなのだけれど、イギリスのブレア首相の主催でコンサートが開かれたんだ。立派な劇場の2階席に、クリントンやブレアと並んで橋本がいた。そこでね、The Beatlesの"All You Need is Love"が演奏されたんだって。その時に、クリントンやブレアは上手に身体を動かして踊っていたのだけれど、日本の橋本首相は、まるで盆踊りのように身体をくねらせて、にこにこしながら踊っていたそうだ。その様子がTVニュースで放送されたのを見た龍さんは「おぞましい、悪魔のような動きだった」と書いている。
このことが意味しているのは、橋本龍太郎という人間の国際感覚の欠如と、自分が外からどう見られているかという意識の欠落だよね。グローバリゼーションと実力主義社会が拡がっていく中で、これからの時代を生き抜く為に求められる国際競争力。日本の総理大臣に、そのことがまったく認知されていなかったという事実は、ある意味で決定的だったと龍さんは考えている。なぜなら、そういう国際競争力を備えた、恋愛の対象となりうる男性というものが、日本において絶滅寸前の状態に陥っている、ということを、あの橋本のダンスが象徴していた、というわけ。
「これから日本の女は恋愛をあきらめるのではないか」
「橋本は踊るべきではなかった。これで少子化と老齢化社会がいっそう加速するだろう」
最後には、ここまで書いてしまうのだからね。
もちろん賛否両論あるとは思う。この考え方が全てではないし、エッセイとして纏め上げる為のデフォルメが加えられているので、批判的な見解は大いにあり得ると思う。でも、TVニュースで流れたおそらく数秒のダンスから、ここまで思考を拡げていく人間がいる、ということはやっぱり凄いと思うよ。単なる笑い話で終わってしまうようなところから、「じゃあ、あなたは国際競争力、持ってますか」という危機感まで繋げていくのだから、やっぱり刺激的なエッセイです。
すぐ読めるし、なにより単純に面白い。恋愛のことはとりあえず置いておいても、十分に刺激的なエッセイ。いちど手に取ってみてもいい作品だと思うよ。
もともとは、うちのパートナーが買ってきた文庫本で、薦められるままに読んだ。それにしても、相変わらず龍さんばっかり読んでいるよね。
このエッセイにおいて語られているのは、タイトルから想像するような恋愛指南では全然ないんだ。このタイトルは、「誰にでもできる恋愛などない」ということを逆説的に語ったもので、実際には「現代において恋愛がいかに困難であるか」ということが、様々な切り口で指摘されている。
この分野は得意じゃないので、あまり書きたくないのだけれど、恋愛ってとても個人的な営みだよね。そういう「個」と「個」の関係が成立する為には、そもそも「自立した個人」というものが前提になる。このエッセイ全体を通して一貫して主張されているのは、ただこの一点に尽きる。
龍さんは言っている。
夫に頼りきった主婦より、売春婦の方がわたしは好きだ、って。
おれは恥ずかしながら売春婦の世話になったことはないけれど、この気持ちはとてもよく分かるよ。精神的な、あるいは経済的な自立が出来ていないという事実は、結局のところ、お互いの関係性そのものを変質させてしまうような気がするんだ。
さらに龍さんは、こんなふうにも語っている。
「恋愛していなくても充実して生きることができる人だけが、充実した恋愛の可能性を持っている。」
この感覚は、どこまで伝わるだろう。恥ずかしいので、これ以上は書かないけれど、こういうある意味では残酷な真実をきちんと書ける作家は、決して多くないと思う。
この作品では、「恋愛」をひとつのテーマに据えながらも、日本経済や国際社会や、様々な話題が取り上げられている。その中でも興味深かったのは、橋本龍太郎のダンスについてのエッセイ。
橋本龍太郎が首相として、バーミンガムでのG8のサミットに出席した時のことなのだけれど、イギリスのブレア首相の主催でコンサートが開かれたんだ。立派な劇場の2階席に、クリントンやブレアと並んで橋本がいた。そこでね、The Beatlesの"All You Need is Love"が演奏されたんだって。その時に、クリントンやブレアは上手に身体を動かして踊っていたのだけれど、日本の橋本首相は、まるで盆踊りのように身体をくねらせて、にこにこしながら踊っていたそうだ。その様子がTVニュースで放送されたのを見た龍さんは「おぞましい、悪魔のような動きだった」と書いている。
このことが意味しているのは、橋本龍太郎という人間の国際感覚の欠如と、自分が外からどう見られているかという意識の欠落だよね。グローバリゼーションと実力主義社会が拡がっていく中で、これからの時代を生き抜く為に求められる国際競争力。日本の総理大臣に、そのことがまったく認知されていなかったという事実は、ある意味で決定的だったと龍さんは考えている。なぜなら、そういう国際競争力を備えた、恋愛の対象となりうる男性というものが、日本において絶滅寸前の状態に陥っている、ということを、あの橋本のダンスが象徴していた、というわけ。
「これから日本の女は恋愛をあきらめるのではないか」
「橋本は踊るべきではなかった。これで少子化と老齢化社会がいっそう加速するだろう」
最後には、ここまで書いてしまうのだからね。
もちろん賛否両論あるとは思う。この考え方が全てではないし、エッセイとして纏め上げる為のデフォルメが加えられているので、批判的な見解は大いにあり得ると思う。でも、TVニュースで流れたおそらく数秒のダンスから、ここまで思考を拡げていく人間がいる、ということはやっぱり凄いと思うよ。単なる笑い話で終わってしまうようなところから、「じゃあ、あなたは国際競争力、持ってますか」という危機感まで繋げていくのだから、やっぱり刺激的なエッセイです。
すぐ読めるし、なにより単純に面白い。恋愛のことはとりあえず置いておいても、十分に刺激的なエッセイ。いちど手に取ってみてもいい作品だと思うよ。
総括
土曜、日曜と連戦。
タマリバクラブのメンバーとして、初めて試合に出場することができた。
7/2 ピッグノーズ10's @岩崎電気(株)茨城製作所ラグビー場
午前10時頃に自宅を出て、電車に揺られること2時間半、茨城県真壁郡大和村というところに向かう。大和村は予想以上の田舎で、無人駅を降りるとすぐ目の前はもう林だ。脇の小道を15分ほど歩き進めると、岩崎電気のグラウンドが見えてくるのだけれど、それ以外には本当になにもない村で、コンビニはおろか、道といえる道がないんだからね。もともと何も知らなかったおれは、出場の意思表示をした時には、東京で開催される大会だと思い込んでいたんだ。まさか遥か茨城まで来ることになるとは思ってもいなかったのだけれど、こういうのもクラブラグビーの醍醐味かもね。
肝心の結果はというと、優勝。
あまり強いクラブもなくて、順当に勝利した感じだった。
おれ自身はというと、1回戦から決勝までの3試合全てで、前半のみの出場。ハーフの7分(決勝は10分)に集中して、とにかく走り廻るようにとの指示があったので、そのことだけを考えてプレーした。
全体としての出来は、まずまずかな。特にミスもなかったし、タマリバでの初めてのゲームにしては、コミュニケーションもスムーズに取れたように思う。ただ、相変わらずフィットネスが足りてないね。いつも課題は同じ。とにかくフィットネスが戻っていない。たかだか10分なんだからさ、もっと自分から仕事を探していかないとね。
ちなみに、この日は2つ嬉しいことがあった。
ひとつは、また知り合いが増えたこと。この日初めて会ったSHの泰さんは、学生時代にヤオさんや作田さんと一緒にプレーしていたんだよね。試合が始まる前にいろいろと話をしたのだけれど、こういう瞬間に、社会人での3年間がおれの可能性を拡げてくれたことをすごく実感するんだ。おれにはこれまで、ラグビー界の知り合いが全然いなかったのだけれど、社会人ラグビーを経験したことによって、こうしてクラブに来ても、思わぬ方向から繋がっていったりするからね。
もうひとつは、素晴らしいタックルを見たこと。BKの中心メンバーのひとり、竹山選手の抜群のタックル2発ね。
これには痺れた。決して身体は大きくないけれど、抜群のタイミングで刺さっていた。なにが凄いって、ターゲットを決めてからツメ切るまでのスピードと加速力が際立っている。先にスペースを奪って、相手のパワーが最も弱い瞬間を狙って矢のように刺さるあのタックルは、相当のものだったよ。あの感覚を、おれも盗んでいきたいね。
大会の決勝は、T2K(Team 2000)との試合になったのだけれど、このチームはなかなか面白いメンバーだった。東田さんとか、三洋電機の21歳の新外国人とか、社会人のトップチームのOBが多数名を連ねるチームで、とても豪華な顔ぶれだった。T2Kは毎年この大会に参加しているそうで、昨年の決勝では、オト3兄弟の活躍もあって、タマリバを29-14で破っているらしい。今年はオト3兄弟も参加していなかったし、40歳以上のメンバーもいて、平均年齢もだいぶ高かったので、全体としてのチーム力でタマリバが上回ったということだと思う。
そんな訳で、なかなか楽しい大会だった。
でもやっぱり、おれには15人制の方が向いているような気もするね。
7/3 vs立正大学 13:00K.O. @立正大学熊谷グラウンド
昨日からの連戦。
昨日は10人制だったこともあって、実質的にはタマリバクラブでの「緒戦」だと思って、気持ちを引き締めてゲームに臨んだ。インサイドCTBでの出場ということもあって、とにかくタイトで激しいプレーをしようと。そして、秋の公式戦でチャンスをもらう為に、なんとかアピールしようと狙っていた。
結果はというと、残念ながら負けてしまった。
正確なスコアは覚えていないけれど、36-19くらいじゃないかな。
悔しい。絶対に勝ちたかった。勝てるゲームだと思う。
でも、結果がすべてを物語っている。悔しいけど、まだこんなものなんだね。
確かにスカーという外国人FWはパンチのあるプレーヤーだったし、密集でもしつこいプレーをしてくるチームだったけれど、でも敗因はきっとそこじゃない。正直言って、どこで負けたのか反省がきちんと出来ていないのだけれど、タマリバ側のちょっと緩い部分を、相手はきちんとスコアにしていった、というだけのことだと思う。
おれも、いちど抜かれた。SO福田さんのキックをキャッチして突進してきたスカーにやられた。膝に飛び込んだけれど、すり抜けられてしまった。あのレベルの選手は、今はどのチームにもいる。再来週には八幡平遠征があって、釜石SWとのゲームが組まれているけれど、あいつが倒せなかったら、釜石SW戦も同じことになるよね。だから次は、もっと集中力を持って、もっと踏み込んで、もっといいタックルをしたい。
それから個人的には、絶好のトライチャンスをひとつ逃してしまった。
敵陣ゴール前の右オープンから、昨年までのチームでいう「B」で完全に抜けたのだけれど、スピードに乗り過ぎて、転んでしまった。ここは大事なポイントなので繰り返しておくけれど、「スピードに乗り過ぎて」転んでしまった。自信を持っているプレーだし、我ながら切れてたんだけどね。あれは惜しかった。
とにかく、まだまだです。
もっと仕事して、もっと走って、もっとアピールしないと、タマリバでのチャンスは掴めそうにないね。そんな訳で、これからもモチベーションを高く持って、「上手くなる為に」練習をしていこうと思ってます。
タマリバクラブのメンバーとして、初めて試合に出場することができた。
7/2 ピッグノーズ10's @岩崎電気(株)茨城製作所ラグビー場
午前10時頃に自宅を出て、電車に揺られること2時間半、茨城県真壁郡大和村というところに向かう。大和村は予想以上の田舎で、無人駅を降りるとすぐ目の前はもう林だ。脇の小道を15分ほど歩き進めると、岩崎電気のグラウンドが見えてくるのだけれど、それ以外には本当になにもない村で、コンビニはおろか、道といえる道がないんだからね。もともと何も知らなかったおれは、出場の意思表示をした時には、東京で開催される大会だと思い込んでいたんだ。まさか遥か茨城まで来ることになるとは思ってもいなかったのだけれど、こういうのもクラブラグビーの醍醐味かもね。
肝心の結果はというと、優勝。
あまり強いクラブもなくて、順当に勝利した感じだった。
おれ自身はというと、1回戦から決勝までの3試合全てで、前半のみの出場。ハーフの7分(決勝は10分)に集中して、とにかく走り廻るようにとの指示があったので、そのことだけを考えてプレーした。
全体としての出来は、まずまずかな。特にミスもなかったし、タマリバでの初めてのゲームにしては、コミュニケーションもスムーズに取れたように思う。ただ、相変わらずフィットネスが足りてないね。いつも課題は同じ。とにかくフィットネスが戻っていない。たかだか10分なんだからさ、もっと自分から仕事を探していかないとね。
ちなみに、この日は2つ嬉しいことがあった。
ひとつは、また知り合いが増えたこと。この日初めて会ったSHの泰さんは、学生時代にヤオさんや作田さんと一緒にプレーしていたんだよね。試合が始まる前にいろいろと話をしたのだけれど、こういう瞬間に、社会人での3年間がおれの可能性を拡げてくれたことをすごく実感するんだ。おれにはこれまで、ラグビー界の知り合いが全然いなかったのだけれど、社会人ラグビーを経験したことによって、こうしてクラブに来ても、思わぬ方向から繋がっていったりするからね。
もうひとつは、素晴らしいタックルを見たこと。BKの中心メンバーのひとり、竹山選手の抜群のタックル2発ね。
これには痺れた。決して身体は大きくないけれど、抜群のタイミングで刺さっていた。なにが凄いって、ターゲットを決めてからツメ切るまでのスピードと加速力が際立っている。先にスペースを奪って、相手のパワーが最も弱い瞬間を狙って矢のように刺さるあのタックルは、相当のものだったよ。あの感覚を、おれも盗んでいきたいね。
大会の決勝は、T2K(Team 2000)との試合になったのだけれど、このチームはなかなか面白いメンバーだった。東田さんとか、三洋電機の21歳の新外国人とか、社会人のトップチームのOBが多数名を連ねるチームで、とても豪華な顔ぶれだった。T2Kは毎年この大会に参加しているそうで、昨年の決勝では、オト3兄弟の活躍もあって、タマリバを29-14で破っているらしい。今年はオト3兄弟も参加していなかったし、40歳以上のメンバーもいて、平均年齢もだいぶ高かったので、全体としてのチーム力でタマリバが上回ったということだと思う。
そんな訳で、なかなか楽しい大会だった。
でもやっぱり、おれには15人制の方が向いているような気もするね。
7/3 vs立正大学 13:00K.O. @立正大学熊谷グラウンド
昨日からの連戦。
昨日は10人制だったこともあって、実質的にはタマリバクラブでの「緒戦」だと思って、気持ちを引き締めてゲームに臨んだ。インサイドCTBでの出場ということもあって、とにかくタイトで激しいプレーをしようと。そして、秋の公式戦でチャンスをもらう為に、なんとかアピールしようと狙っていた。
結果はというと、残念ながら負けてしまった。
正確なスコアは覚えていないけれど、36-19くらいじゃないかな。
悔しい。絶対に勝ちたかった。勝てるゲームだと思う。
でも、結果がすべてを物語っている。悔しいけど、まだこんなものなんだね。
確かにスカーという外国人FWはパンチのあるプレーヤーだったし、密集でもしつこいプレーをしてくるチームだったけれど、でも敗因はきっとそこじゃない。正直言って、どこで負けたのか反省がきちんと出来ていないのだけれど、タマリバ側のちょっと緩い部分を、相手はきちんとスコアにしていった、というだけのことだと思う。
おれも、いちど抜かれた。SO福田さんのキックをキャッチして突進してきたスカーにやられた。膝に飛び込んだけれど、すり抜けられてしまった。あのレベルの選手は、今はどのチームにもいる。再来週には八幡平遠征があって、釜石SWとのゲームが組まれているけれど、あいつが倒せなかったら、釜石SW戦も同じことになるよね。だから次は、もっと集中力を持って、もっと踏み込んで、もっといいタックルをしたい。
それから個人的には、絶好のトライチャンスをひとつ逃してしまった。
敵陣ゴール前の右オープンから、昨年までのチームでいう「B」で完全に抜けたのだけれど、スピードに乗り過ぎて、転んでしまった。ここは大事なポイントなので繰り返しておくけれど、「スピードに乗り過ぎて」転んでしまった。自信を持っているプレーだし、我ながら切れてたんだけどね。あれは惜しかった。
とにかく、まだまだです。
もっと仕事して、もっと走って、もっとアピールしないと、タマリバでのチャンスは掴めそうにないね。そんな訳で、これからもモチベーションを高く持って、「上手くなる為に」練習をしていこうと思ってます。
Friday, July 01, 2005
国体に向けて
今年の8月、国体の関東予選がある。
おれは昨年に引き続いて、千葉県代表のメンバーとして参加するつもりだ。
国体の千葉県代表は、昨年までおれが所属していたチームと、習志野自衛隊ラグビー部の合同チームで構成されている。うちのチームからは、現役が数名と、OBが10名程度参加することになっているのだけれど、おれは比較的若手で動けるOBということで、チームのスタッフから声を掛けてもらったんだ。
千葉県代表、いいじゃん。ラグビーやってて、初の代表だよ。
社会人チームのメンバーの中にはごろごろいた高校ジャパンや、U19代表や、関東代表や、さらには日本代表や、そういった格好良いものでは全然ないけれど、おれの身の丈には丁度いいよ。ラグビーにおける国体の位置づけは低いけれど、「国民体育大会」なんだからさ、胸張ってやろうと思っています。
そんな訳で、今日の業務終了後に、約半年ぶりに八千代台のグラウンドに足を運んだ。7月の中頃からは、毎週木曜日の業務終了後に、国体に向けた練習を行うことになっているのだけれど、今日がその1回目の集合日だったんだ。仕事との兼ね合いもあって、どうしても時間は遅くなってしまうけれど、やっぱり平日に練習できるのは素晴らしいことだよね。
今日は残念ながら、あまり人数が集まらなかったのだけれど、高校生とのタッチフットは楽しかった。1時間ほどだったかな。フィットネスはそう簡単には戻らなくて、結構しんどかったけれど、それ以上に、木曜日にボールを持って走れることの歓びの方が大きかった。今後の練習にも、出来る限り参加していきたいと思ってます。
タッチフットは、ヤオさん、干城さん、小川さん、工藤さんといった、昨年まで一緒にプレーしていた先輩が加わってくれたのだけれど、やっぱり巧いね。ああいう軽やかでセンスを感じさせる動きは、クラブラグビーではあまり見掛けることがない。小川さんがきちんと外に余らせて放ったパスがあったのだけれど、あれなんか抜群だった。せっかくタマリバで練習を続けていくのだから、ああいうパスが放れるセンターを目指して練習しないといけないね。
それから、久しぶりに昨年までのチームメイトと顔を合わせることが出来たのも、個人的には良かった。クラブとはいえ、上手くなる為のラグビーを続けているおれにとって、社会人でトップリーグを目指すチームのメンバーというのは、十分に刺激的だからね。ただ、皆が口を揃えて「痩せた」と言うのは、やっぱりちと悔しかった。本人が思っている以上に痩せたんだろうね。今の状況では、なかなかウェイトに時間を割けないのだけれど、なんとかラグビーに必要な最低限の筋力は維持しないといけない。週に1回でも、毎週続けることが出来れば、かなり違うかもしれないからね。(意外と難しいんだ。)
そんな訳で、7月中旬からの木曜日は、出来る限り八千代台のグラウンドに足を運ぼうと思ってます。
おれは昨年に引き続いて、千葉県代表のメンバーとして参加するつもりだ。
国体の千葉県代表は、昨年までおれが所属していたチームと、習志野自衛隊ラグビー部の合同チームで構成されている。うちのチームからは、現役が数名と、OBが10名程度参加することになっているのだけれど、おれは比較的若手で動けるOBということで、チームのスタッフから声を掛けてもらったんだ。
千葉県代表、いいじゃん。ラグビーやってて、初の代表だよ。
社会人チームのメンバーの中にはごろごろいた高校ジャパンや、U19代表や、関東代表や、さらには日本代表や、そういった格好良いものでは全然ないけれど、おれの身の丈には丁度いいよ。ラグビーにおける国体の位置づけは低いけれど、「国民体育大会」なんだからさ、胸張ってやろうと思っています。
そんな訳で、今日の業務終了後に、約半年ぶりに八千代台のグラウンドに足を運んだ。7月の中頃からは、毎週木曜日の業務終了後に、国体に向けた練習を行うことになっているのだけれど、今日がその1回目の集合日だったんだ。仕事との兼ね合いもあって、どうしても時間は遅くなってしまうけれど、やっぱり平日に練習できるのは素晴らしいことだよね。
今日は残念ながら、あまり人数が集まらなかったのだけれど、高校生とのタッチフットは楽しかった。1時間ほどだったかな。フィットネスはそう簡単には戻らなくて、結構しんどかったけれど、それ以上に、木曜日にボールを持って走れることの歓びの方が大きかった。今後の練習にも、出来る限り参加していきたいと思ってます。
タッチフットは、ヤオさん、干城さん、小川さん、工藤さんといった、昨年まで一緒にプレーしていた先輩が加わってくれたのだけれど、やっぱり巧いね。ああいう軽やかでセンスを感じさせる動きは、クラブラグビーではあまり見掛けることがない。小川さんがきちんと外に余らせて放ったパスがあったのだけれど、あれなんか抜群だった。せっかくタマリバで練習を続けていくのだから、ああいうパスが放れるセンターを目指して練習しないといけないね。
それから、久しぶりに昨年までのチームメイトと顔を合わせることが出来たのも、個人的には良かった。クラブとはいえ、上手くなる為のラグビーを続けているおれにとって、社会人でトップリーグを目指すチームのメンバーというのは、十分に刺激的だからね。ただ、皆が口を揃えて「痩せた」と言うのは、やっぱりちと悔しかった。本人が思っている以上に痩せたんだろうね。今の状況では、なかなかウェイトに時間を割けないのだけれど、なんとかラグビーに必要な最低限の筋力は維持しないといけない。週に1回でも、毎週続けることが出来れば、かなり違うかもしれないからね。(意外と難しいんだ。)
そんな訳で、7月中旬からの木曜日は、出来る限り八千代台のグラウンドに足を運ぼうと思ってます。
Tuesday, June 28, 2005
子供はおもしろい
お客様先へと向かうバスの中でのこと。
バスには4人掛けのボックスシートがあるのだけれど、おれの向かいに2人の小学生の女の子が座ってたんだ。たぶん1年生か2年生くらいじゃないかな。ふたりは仲良しらしく、楽しそうにおしゃべりをしていたのだけれど、それがおもしろくて。
「ねぇ、世界でいちばん嫌いなのってなーに?」
「んー、ないなぁー。・・・キムチ?」
「えー、ちがうよー。『もの』じゃなくて、『こと』だよ」
「『こと』かぁ・・・」
「あたしはね、宿題」
「えー、なんで?」
「だってね、勉強はね、学校でやってね、宿題はね、家でやればいいんだけどね、時間のムダだしね・・・」
「でもー、例えばねー、クロスワードみたいなのがあってね、それでね、数字を埋めていってね、計算とかしてね、それでね、ああやってこうやってね、そんなのだったら、おもしろいでしょ」
「ちがうよー、それは『遊び』じゃん」
子供って、おもしろいね。
まず、世界でいちばん嫌いなのが「キムチ」なんだからさ。今となっては、小学生の頃の自分がなにを考えていたかなんて、全然思い出せないけれど、お化けとか、ゴリラとかさ、もっとあるような気がするよね。
これだけでも十分に微笑ましい話なのだけれど、その後のやりとりにはちょっと感心してしまった。「それは『遊び』じゃん」っていう、そのことばがとても良かったんだよね。
だって、その通りだよ。遊びだと思う。これは、ラグビー部のメンバーが「練習」という名の遊びをしているのと同じことだよね。こうやってやる宿題は、きっと身になるんじゃないかと思う。
この女の子は、漢字ドリルが嫌いなんだって。きっと、ただの作業だとしか思えないんだろうね。そういえば、漢字ドリルはおれも大嫌いで、実はほとんどやらなかった。おれは小さい頃、新聞のスポーツ欄で漢字を覚えたんだ。小学校の低学年の頃から、スポーツ欄だけは隈なく読んでいたので、漢字なんて知らないうちに覚えていたよ。
遊びにしてしまう、というのは、かなり本質を射抜いているよね。
そんな子供の発想に、ちょっと感動です。
キムチ、食べられるようになるといいね。
バスには4人掛けのボックスシートがあるのだけれど、おれの向かいに2人の小学生の女の子が座ってたんだ。たぶん1年生か2年生くらいじゃないかな。ふたりは仲良しらしく、楽しそうにおしゃべりをしていたのだけれど、それがおもしろくて。
「ねぇ、世界でいちばん嫌いなのってなーに?」
「んー、ないなぁー。・・・キムチ?」
「えー、ちがうよー。『もの』じゃなくて、『こと』だよ」
「『こと』かぁ・・・」
「あたしはね、宿題」
「えー、なんで?」
「だってね、勉強はね、学校でやってね、宿題はね、家でやればいいんだけどね、時間のムダだしね・・・」
「でもー、例えばねー、クロスワードみたいなのがあってね、それでね、数字を埋めていってね、計算とかしてね、それでね、ああやってこうやってね、そんなのだったら、おもしろいでしょ」
「ちがうよー、それは『遊び』じゃん」
子供って、おもしろいね。
まず、世界でいちばん嫌いなのが「キムチ」なんだからさ。今となっては、小学生の頃の自分がなにを考えていたかなんて、全然思い出せないけれど、お化けとか、ゴリラとかさ、もっとあるような気がするよね。
これだけでも十分に微笑ましい話なのだけれど、その後のやりとりにはちょっと感心してしまった。「それは『遊び』じゃん」っていう、そのことばがとても良かったんだよね。
だって、その通りだよ。遊びだと思う。これは、ラグビー部のメンバーが「練習」という名の遊びをしているのと同じことだよね。こうやってやる宿題は、きっと身になるんじゃないかと思う。
この女の子は、漢字ドリルが嫌いなんだって。きっと、ただの作業だとしか思えないんだろうね。そういえば、漢字ドリルはおれも大嫌いで、実はほとんどやらなかった。おれは小さい頃、新聞のスポーツ欄で漢字を覚えたんだ。小学校の低学年の頃から、スポーツ欄だけは隈なく読んでいたので、漢字なんて知らないうちに覚えていたよ。
遊びにしてしまう、というのは、かなり本質を射抜いているよね。
そんな子供の発想に、ちょっと感動です。
キムチ、食べられるようになるといいね。
Sunday, June 26, 2005
WMMへ
練習@保土ヶ谷公園ラグビー場、9:00 - 12:00
昨日、今日と暑い日が続いている。今の自分の状態だと、2日連続の練習に加えてこの暑さとなると、正直応えるね。しかも、保土ヶ谷で9:00だよ。6:30に起きて朝飯を食べて、家を出たのは朝の7:00だからね。ふだん会社に行く時よりも早いのだけれど、こういう時に限ってちゃんと起きちゃうから不思議だよね。
練習は、相変わらずのメニュー。自分の課題も相変わらずで、仕事量がまだ少ないことだね。フィットネスの低下に加えて、今日はうだるような暑さだったこともあって、思った以上に足が止まってしまった。自分が意図しているプレーの半分くらいにしかコミットできていない感じがする。こればかりは、もう一度時間をかけて、フィットネスを戻していかないとどうにもならないね。来週は10人制のゲームもあるようだし、それまでの1週間の間に少しでも走る時間を作って、自分で持っていくしかないと思っている。
練習中もAチームのメンバーは、やっぱりよく走っている。さらに言うと、走るタイミングがいい選手が多い。プレーが連続して息が乱れている時でも、チャンスとみるとすっとスピードを上げていく。社会人でも同じことをよく感じたけれど、上手い選手を見ていると、走るべきポイントがよく分かっている感じがする。それに対して、自分の走り方を考えてみると、そうやって狙う意識は全然足りていない。それに、せっかく走っている時でさえ、密集でだぶついてしまうシーンが結構多い。大西さんが見ていたら、確実に切れられてるね。
今後は、そういう部分をもっと考えて練習したいと思ってます。
それから、ひとつ嬉しいことがあった。
今日の練習には、3年前まで重工相模原に所属していて、今はタマリバでプレーしている山本肇さんが参加していた。これまで特に接点があった訳ではないのだけれど、いい機会だと思って、練習後に話し掛けて、挨拶をしたんだ。社会人を引退してからの経緯をひとしきり話した後、先日の駒場WMMとの試合のことが話題になった。肇さんもこのゲームにタマリバのWTBとして出場していたからね。
「いやー、あのチームは強かったよね」
肇さんは、そう言ってくれました。これは、本当に嬉しかった。タックルは凶器だった、とも言ってくれた。厳しいゲームだったけれど、なんとか勝利を掴んだことで、WMMはクラブラグビーでの認知度を高め始めたのだと思うよ。あの時ゲームに出ていたメンバーにとっては、きっと自信に繋がる言葉だと思う。おれ自身もWMMのCTBとして出場していた身として、すごく嬉しかった。
でも、あのゲームは通過点だよね。
クラブラグビーという限られた時間だけれど、お互い切磋琢磨して、やっていきましょ。
昨日、今日と暑い日が続いている。今の自分の状態だと、2日連続の練習に加えてこの暑さとなると、正直応えるね。しかも、保土ヶ谷で9:00だよ。6:30に起きて朝飯を食べて、家を出たのは朝の7:00だからね。ふだん会社に行く時よりも早いのだけれど、こういう時に限ってちゃんと起きちゃうから不思議だよね。
練習は、相変わらずのメニュー。自分の課題も相変わらずで、仕事量がまだ少ないことだね。フィットネスの低下に加えて、今日はうだるような暑さだったこともあって、思った以上に足が止まってしまった。自分が意図しているプレーの半分くらいにしかコミットできていない感じがする。こればかりは、もう一度時間をかけて、フィットネスを戻していかないとどうにもならないね。来週は10人制のゲームもあるようだし、それまでの1週間の間に少しでも走る時間を作って、自分で持っていくしかないと思っている。
練習中もAチームのメンバーは、やっぱりよく走っている。さらに言うと、走るタイミングがいい選手が多い。プレーが連続して息が乱れている時でも、チャンスとみるとすっとスピードを上げていく。社会人でも同じことをよく感じたけれど、上手い選手を見ていると、走るべきポイントがよく分かっている感じがする。それに対して、自分の走り方を考えてみると、そうやって狙う意識は全然足りていない。それに、せっかく走っている時でさえ、密集でだぶついてしまうシーンが結構多い。大西さんが見ていたら、確実に切れられてるね。
今後は、そういう部分をもっと考えて練習したいと思ってます。
それから、ひとつ嬉しいことがあった。
今日の練習には、3年前まで重工相模原に所属していて、今はタマリバでプレーしている山本肇さんが参加していた。これまで特に接点があった訳ではないのだけれど、いい機会だと思って、練習後に話し掛けて、挨拶をしたんだ。社会人を引退してからの経緯をひとしきり話した後、先日の駒場WMMとの試合のことが話題になった。肇さんもこのゲームにタマリバのWTBとして出場していたからね。
「いやー、あのチームは強かったよね」
肇さんは、そう言ってくれました。これは、本当に嬉しかった。タックルは凶器だった、とも言ってくれた。厳しいゲームだったけれど、なんとか勝利を掴んだことで、WMMはクラブラグビーでの認知度を高め始めたのだと思うよ。あの時ゲームに出ていたメンバーにとっては、きっと自信に繋がる言葉だと思う。おれ自身もWMMのCTBとして出場していた身として、すごく嬉しかった。
でも、あのゲームは通過点だよね。
クラブラグビーという限られた時間だけれど、お互い切磋琢磨して、やっていきましょ。
Saturday, June 25, 2005
カルチャー
練習@辰巳の森海浜公園、13:00 - 16:00
タマリバの練習に参加するのは、今日が2回目なのだけれど、だいぶ違和感なく入っていけるようになった。相変わらず練習ではよく走るし、加えて今日のような暑さだと相当しんどいけれど、自分が上手くなる為の練習が出来る数少ない環境だと思うし、ポジティブに取り組めている気がする。
今日の練習メニューは、基本的に前回と同じだった。ルールを様々に変えながら、タッチフットをしばらく続けた後で、10分×3セットのミニゲーム。前回の練習と比べると、グランドにいる人数も少なかったし、全体的にコンタクトプレーが緩かったような気もするけれど、得るものも多い練習だった。とりあえず今のおれは、フィットネスが圧倒的に足りてないね。すぐに足が止まってしまう。平日にどれくらい時間を取れるか分からないけれど、なんとか自分で補っていかないと、ちょっとまずいなと思っている。
でね、今日はひとつ思ったことがあるんだ。
それは、「カルチャー」ということ。
高校からラグビーを始めて大学、社会人と続けてきたけれど、それぞれのチームに「カルチャー」というのがある。そして、その中でも大学ラグビー、社会人ラグビーで所属した2つのチームは、独特なカルチャーを持つチームだったように思う。
大学時代のチームには、「いかに弱者が勝つか」という風土があった。これは、おれが2年の時から指導にあたってくれた水上さんの思想によるところが大きいと思う。これは言い換えるなら、前提を受け入れた上で、その中で「勝つ為の戦略」を徹底的に突き詰める、という方向性だと思う。この頃の経験は、その後のおれの生き方を方向づけることになったし、そのことを教えてくれた水上さんを、おれは今でも尊敬している。そしてもうひとつ、このチームには「魂では絶対に負けてはいけない」というカルチャーがあった。例えばタックルでは、「刺さる」ことに最も重きが置かれた。このふたつの要素から必然的に受け継がれることになった典型的なプレーが「東大型シャロー」だと思う。少なくともおれは、シャローは嫌いじゃないけれど。
社会人のチームは、「いかに強者になるか」をいつも志向していたような気がする。15人のベストプレーヤーを揃えれば、それがベストチームだ、という考え方だったと思う。強者がいつだって勝つ。これが全ての前提だった。だから、全てのトレーニングは、基本的には「強者になる為に」行われていた。そして、強者の条件のひとつとして「安定感」を強く求めた。魂を持って臨むのは、グランドに立つ上での前提であって、特別なことじゃない。それを常に持続し、安定したパフォーマンスを発揮できなければ、トップレベルでは闘えない。こうした「強さ」こそが求められていた。
もちろん、こういう書き方は誤解を招くかもしれない。人それぞれに感じ方は違うだろうし、実際にはこれほど単純に色分け出来ないだろうと思う。正確でないところもあるかもしれない。でも、少なくともおれはそう感じたし、このカルチャーの違いは、おれにとってものすごく大きかった。そして、大学ラグビーを終えた後に、こうした異なるカルチャーのチームに所属する選択をしたことは、結果的におれの財産になった。
なにが言いたいかというと、それは唯一の方向性ではなくて、ひとつのカルチャーだと思えた、ということなんだ。おれは社会人でプレーを続けたことによって、学生時代を相対化できた。あの頃のカルチャーや方向性、水上さんが全身全霊を込めて注ぎ込んだ魂は大好きだったし、今でもおれの心の支えだけれど、一方で、当時の自分にはそのカルチャーに甘んじていた部分がある、という事実にも気づくことが出来た。
水上さんは、本当にたくさんのことを教えてくれた。闘うためのメンタリティと、豊富な経験に裏打ちされた基本スキルを、当時の東大に叩き込んでくれた。でも、水上さんの底は、もっと全然奥にあることが、社会人を経験したことで初めて分かった。水上さんの頭の中にはきっと、もっとたくさんの選択肢が用意されていたと思うし、もう一歩踏み込んだレベルまで見据えてコーチングすることも出来たのだと思う。そういう底の深さを持ちながら、当時の東大の状況やレベル、メンバーの個性を考えて、水上さんは意図的に教え方や、教えるプレーを選択したのだというふうに、おれは考えるようになった。そう感じることが出来たのは、やっぱり社会人ラグビーを経験したからだと思う。
そして、タマリバ。
このチームにも、独特のカルチャーがある。今日の練習には、SOの福田さんが参加していたこともあって、そういう一面を強烈に感じた。福田さんは、タマリバや当時の早稲田の魂を象徴したような人だからね。
ラグビーには、いろんな考え方や方向性があっていいと思う。大きくて速くて巧いやつが勝つ、というだけなら、そういう選手だけを引っ張ってくればいい。様々なカルチャーがあって、様々な可能性があるはずだと思う。その時にさ、それを「カルチャー」だと考えられるようになったのは、ひとつ大きな変化かなと思って。他のカルチャーに触れてきたからこそ、相対化できる部分というのがあるし、それはラグビーを考えるひとつのきっかけにもなるからね。
とりとめのない文章になってしまったけれど、ラグビーにおける「カルチャー」ということを感じた1日だった。
タマリバの練習に参加するのは、今日が2回目なのだけれど、だいぶ違和感なく入っていけるようになった。相変わらず練習ではよく走るし、加えて今日のような暑さだと相当しんどいけれど、自分が上手くなる為の練習が出来る数少ない環境だと思うし、ポジティブに取り組めている気がする。
今日の練習メニューは、基本的に前回と同じだった。ルールを様々に変えながら、タッチフットをしばらく続けた後で、10分×3セットのミニゲーム。前回の練習と比べると、グランドにいる人数も少なかったし、全体的にコンタクトプレーが緩かったような気もするけれど、得るものも多い練習だった。とりあえず今のおれは、フィットネスが圧倒的に足りてないね。すぐに足が止まってしまう。平日にどれくらい時間を取れるか分からないけれど、なんとか自分で補っていかないと、ちょっとまずいなと思っている。
でね、今日はひとつ思ったことがあるんだ。
それは、「カルチャー」ということ。
高校からラグビーを始めて大学、社会人と続けてきたけれど、それぞれのチームに「カルチャー」というのがある。そして、その中でも大学ラグビー、社会人ラグビーで所属した2つのチームは、独特なカルチャーを持つチームだったように思う。
大学時代のチームには、「いかに弱者が勝つか」という風土があった。これは、おれが2年の時から指導にあたってくれた水上さんの思想によるところが大きいと思う。これは言い換えるなら、前提を受け入れた上で、その中で「勝つ為の戦略」を徹底的に突き詰める、という方向性だと思う。この頃の経験は、その後のおれの生き方を方向づけることになったし、そのことを教えてくれた水上さんを、おれは今でも尊敬している。そしてもうひとつ、このチームには「魂では絶対に負けてはいけない」というカルチャーがあった。例えばタックルでは、「刺さる」ことに最も重きが置かれた。このふたつの要素から必然的に受け継がれることになった典型的なプレーが「東大型シャロー」だと思う。少なくともおれは、シャローは嫌いじゃないけれど。
社会人のチームは、「いかに強者になるか」をいつも志向していたような気がする。15人のベストプレーヤーを揃えれば、それがベストチームだ、という考え方だったと思う。強者がいつだって勝つ。これが全ての前提だった。だから、全てのトレーニングは、基本的には「強者になる為に」行われていた。そして、強者の条件のひとつとして「安定感」を強く求めた。魂を持って臨むのは、グランドに立つ上での前提であって、特別なことじゃない。それを常に持続し、安定したパフォーマンスを発揮できなければ、トップレベルでは闘えない。こうした「強さ」こそが求められていた。
もちろん、こういう書き方は誤解を招くかもしれない。人それぞれに感じ方は違うだろうし、実際にはこれほど単純に色分け出来ないだろうと思う。正確でないところもあるかもしれない。でも、少なくともおれはそう感じたし、このカルチャーの違いは、おれにとってものすごく大きかった。そして、大学ラグビーを終えた後に、こうした異なるカルチャーのチームに所属する選択をしたことは、結果的におれの財産になった。
なにが言いたいかというと、それは唯一の方向性ではなくて、ひとつのカルチャーだと思えた、ということなんだ。おれは社会人でプレーを続けたことによって、学生時代を相対化できた。あの頃のカルチャーや方向性、水上さんが全身全霊を込めて注ぎ込んだ魂は大好きだったし、今でもおれの心の支えだけれど、一方で、当時の自分にはそのカルチャーに甘んじていた部分がある、という事実にも気づくことが出来た。
水上さんは、本当にたくさんのことを教えてくれた。闘うためのメンタリティと、豊富な経験に裏打ちされた基本スキルを、当時の東大に叩き込んでくれた。でも、水上さんの底は、もっと全然奥にあることが、社会人を経験したことで初めて分かった。水上さんの頭の中にはきっと、もっとたくさんの選択肢が用意されていたと思うし、もう一歩踏み込んだレベルまで見据えてコーチングすることも出来たのだと思う。そういう底の深さを持ちながら、当時の東大の状況やレベル、メンバーの個性を考えて、水上さんは意図的に教え方や、教えるプレーを選択したのだというふうに、おれは考えるようになった。そう感じることが出来たのは、やっぱり社会人ラグビーを経験したからだと思う。
そして、タマリバ。
このチームにも、独特のカルチャーがある。今日の練習には、SOの福田さんが参加していたこともあって、そういう一面を強烈に感じた。福田さんは、タマリバや当時の早稲田の魂を象徴したような人だからね。
ラグビーには、いろんな考え方や方向性があっていいと思う。大きくて速くて巧いやつが勝つ、というだけなら、そういう選手だけを引っ張ってくればいい。様々なカルチャーがあって、様々な可能性があるはずだと思う。その時にさ、それを「カルチャー」だと考えられるようになったのは、ひとつ大きな変化かなと思って。他のカルチャーに触れてきたからこそ、相対化できる部分というのがあるし、それはラグビーを考えるひとつのきっかけにもなるからね。
とりとめのない文章になってしまったけれど、ラグビーにおける「カルチャー」ということを感じた1日だった。
Friday, June 24, 2005
che
うちのパートナーは、本を薦めるのが結構上手い。
よく一緒に本屋さんに行くのだけれど、特に狙っている本もなくて、あてもなく探している時に、「これ、どう?」と何気なく薦めてくれる作品が、その時のおれの気分にぴったりとフィットすることが多くて。
随分前になるけれど、そんなふうにして読みはじめて、心を鷲掴みにされてしまった作品があるんだ。
それが、戸井十月さんの『チェ・ゲバラの遥かな旅』—
1959年1月1日、アメリカの傀儡だったバティスタ独裁政権が、フェデル・カストロ率いる人民軍によって打倒された。このキューバ革命において、カストロと共にゲリラ戦を率いて、サンタクララの決戦を見事に勝利へと導いてみせた伝説的な革命家、それがエルネスト・チェ・ゲバラ。戸井さんの作品は、そのゲバラの生涯を辿っていくように、彼の生い立ちからボリビアでの早すぎる死までを丹念に綴ったノンフィクションだ。
ゲバラという人間の、その溢れんばかりの夢。飽くなきまでの理想の追求。軍事政権の圧政に苦しむ世界中の人々の為に、惜しみなく己の全てを捧げてみせる、その生き方。どうしたって心を揺さぶられるゲバラの魅力、39歳という若さでこの世を去ったカリスマを、現在も幾多の人々が慕い続けている理由が、この本には詰まっている。
ゲバラは、もともとキューバの人間じゃない。アルゼンチンの裕福な家庭に生まれた、喘息持ちの少年だった。喘息には幼い頃から悩まされ続け、結局彼はその苦しみと生涯に渡って付き合っていくことになる。革命の最中にあっても薬を手放すことの出来なかったゲバラだけれど、彼は子供の頃、咳が止まらないのを見て薬を飲ませようとした父親に対して、「限界まで薬を飲ませないでくれ」と言って、自分が本当に耐えられなくなるまで、決して薬を飲もうとしなかったそうだ。生きる為に、この病に勝ってみせたい、という決意。幼少期にして既に、そこまでの矜持を持っていたと知って、本当にただ驚くばかりだ。
ゲバラは学生時代、先輩のアルベルトと共に、バイクでの南米大陸横断の旅に出る。映画『モーターサイクル・ダイアリーズ』は、この旅をめぐる物語がモチーフとなっているよね。この旅を通じて彼は、南米社会の現実の姿を目の当たりにし、己の知見と信念を確固たるものにしていく。そして後に、フィデル・カストロというもうひとりのカリスマと出会い、キューバ革命運動に参画していくことになる。
アルゼンチン人のゲバラが、キューバ国民を解放する為に、身を挺してゲリラ戦争を率いる。国籍などで枠に嵌めることなど出来ない、その大いなる理想と志。己の信念に対する純真を失うことなく、その実現の為に自ら先頭に立って行動していくその生き方は、きっと多くの人間に勇気を与えたはずだと思う。
キューバ革命を成就させた後、ゲバラはカストロへの「別れの手紙」を書いて、己の理想の為に闘い続ける道を選ぶ。そして、ボリビア革命運動に参加するのだけれど、その戦場にあってボリビア軍兵士に捕えられ、39歳という若さで還らぬ人となる。
その早すぎる死は、確かにゲバラのカリスマ性を増幅させたかもしれない。ゲバラの描いた社会主義という理想郷に対して、一線を引いてしまう人も多くいると思う。でも、それでもゲバラの魅力は決して色褪せない。少なくともおれは、戸井さんの作品を通じて知ったゲバラの姿に、強く心を揺さぶられたし、死後30年以上を経た今もなお、ゲバラを慕ってやまない人間が数多くいることが、ゲバラという人間の持つ輝きが圧倒的だったことを示していると思う。
今、おれの部屋に1冊のフォトブックがある。以前に渋谷で開催されたチェ・ゲバラ写真展に行った時に、会場で買ってきたものだ。この本のいちばん最後の方に、ゲバラの顔写真のプラカードを掲げたキューバの民衆が、列を成して行進していく姿を撮った写真があるのだけれど、会場でこの写真を目にした瞬間、おれは本当に涙が出そうになった。ひとりの革命家が、これほどまでに愛され、慕われているのだと思った瞬間、抑えられない感動に胸を打たれた。
ゲバラが今でも多くの人間の心を揺さぶるのは、きっとその思想ではなく、その姿勢。描いた理想ではなくて、理想の為に生きたその生き方だと思う。だから30年以上の時を経た現代においても、色褪せることがないのだろう。
ゲバラのことを知らない人がいるなら、彼の写真を探してみてほしい。比較的大きな書店であれば、ゲバラのフォトブックは幾らでも置いてある。それから、壁一面にゲバラの肖像画が描かれたビルが建っている、キューバの街並を収めた写真を探してみてほしい。あれほど輝きを放った目をしている人間は他にいないと思うし、あの街並を見たならば、きっとキューバに行きたくなると思う。なにより単純に、格好良いからね。
だからおれは、いちどキューバに行ってみたいと、本当に思ってます。
ゲバラの生きた世界の空気をこの胸に吸ってみたいと、よく空想しています。
某先輩の挑発に、見事に乗ってしまったね。
よく一緒に本屋さんに行くのだけれど、特に狙っている本もなくて、あてもなく探している時に、「これ、どう?」と何気なく薦めてくれる作品が、その時のおれの気分にぴったりとフィットすることが多くて。
随分前になるけれど、そんなふうにして読みはじめて、心を鷲掴みにされてしまった作品があるんだ。
それが、戸井十月さんの『チェ・ゲバラの遥かな旅』—
1959年1月1日、アメリカの傀儡だったバティスタ独裁政権が、フェデル・カストロ率いる人民軍によって打倒された。このキューバ革命において、カストロと共にゲリラ戦を率いて、サンタクララの決戦を見事に勝利へと導いてみせた伝説的な革命家、それがエルネスト・チェ・ゲバラ。戸井さんの作品は、そのゲバラの生涯を辿っていくように、彼の生い立ちからボリビアでの早すぎる死までを丹念に綴ったノンフィクションだ。
ゲバラという人間の、その溢れんばかりの夢。飽くなきまでの理想の追求。軍事政権の圧政に苦しむ世界中の人々の為に、惜しみなく己の全てを捧げてみせる、その生き方。どうしたって心を揺さぶられるゲバラの魅力、39歳という若さでこの世を去ったカリスマを、現在も幾多の人々が慕い続けている理由が、この本には詰まっている。
ゲバラは、もともとキューバの人間じゃない。アルゼンチンの裕福な家庭に生まれた、喘息持ちの少年だった。喘息には幼い頃から悩まされ続け、結局彼はその苦しみと生涯に渡って付き合っていくことになる。革命の最中にあっても薬を手放すことの出来なかったゲバラだけれど、彼は子供の頃、咳が止まらないのを見て薬を飲ませようとした父親に対して、「限界まで薬を飲ませないでくれ」と言って、自分が本当に耐えられなくなるまで、決して薬を飲もうとしなかったそうだ。生きる為に、この病に勝ってみせたい、という決意。幼少期にして既に、そこまでの矜持を持っていたと知って、本当にただ驚くばかりだ。
ゲバラは学生時代、先輩のアルベルトと共に、バイクでの南米大陸横断の旅に出る。映画『モーターサイクル・ダイアリーズ』は、この旅をめぐる物語がモチーフとなっているよね。この旅を通じて彼は、南米社会の現実の姿を目の当たりにし、己の知見と信念を確固たるものにしていく。そして後に、フィデル・カストロというもうひとりのカリスマと出会い、キューバ革命運動に参画していくことになる。
アルゼンチン人のゲバラが、キューバ国民を解放する為に、身を挺してゲリラ戦争を率いる。国籍などで枠に嵌めることなど出来ない、その大いなる理想と志。己の信念に対する純真を失うことなく、その実現の為に自ら先頭に立って行動していくその生き方は、きっと多くの人間に勇気を与えたはずだと思う。
キューバ革命を成就させた後、ゲバラはカストロへの「別れの手紙」を書いて、己の理想の為に闘い続ける道を選ぶ。そして、ボリビア革命運動に参加するのだけれど、その戦場にあってボリビア軍兵士に捕えられ、39歳という若さで還らぬ人となる。
その早すぎる死は、確かにゲバラのカリスマ性を増幅させたかもしれない。ゲバラの描いた社会主義という理想郷に対して、一線を引いてしまう人も多くいると思う。でも、それでもゲバラの魅力は決して色褪せない。少なくともおれは、戸井さんの作品を通じて知ったゲバラの姿に、強く心を揺さぶられたし、死後30年以上を経た今もなお、ゲバラを慕ってやまない人間が数多くいることが、ゲバラという人間の持つ輝きが圧倒的だったことを示していると思う。
今、おれの部屋に1冊のフォトブックがある。以前に渋谷で開催されたチェ・ゲバラ写真展に行った時に、会場で買ってきたものだ。この本のいちばん最後の方に、ゲバラの顔写真のプラカードを掲げたキューバの民衆が、列を成して行進していく姿を撮った写真があるのだけれど、会場でこの写真を目にした瞬間、おれは本当に涙が出そうになった。ひとりの革命家が、これほどまでに愛され、慕われているのだと思った瞬間、抑えられない感動に胸を打たれた。
ゲバラが今でも多くの人間の心を揺さぶるのは、きっとその思想ではなく、その姿勢。描いた理想ではなくて、理想の為に生きたその生き方だと思う。だから30年以上の時を経た現代においても、色褪せることがないのだろう。
ゲバラのことを知らない人がいるなら、彼の写真を探してみてほしい。比較的大きな書店であれば、ゲバラのフォトブックは幾らでも置いてある。それから、壁一面にゲバラの肖像画が描かれたビルが建っている、キューバの街並を収めた写真を探してみてほしい。あれほど輝きを放った目をしている人間は他にいないと思うし、あの街並を見たならば、きっとキューバに行きたくなると思う。なにより単純に、格好良いからね。
だからおれは、いちどキューバに行ってみたいと、本当に思ってます。
ゲバラの生きた世界の空気をこの胸に吸ってみたいと、よく空想しています。
某先輩の挑発に、見事に乗ってしまったね。
「おれのプロ」再考
久しぶりに、本を買った。
松永真理さんのエッセイ集、『なぜ仕事をするの?』
松永真理さんといえば、やっぱり『iモード事件』が有名だよね。"iモード”の名付け親として、その新しいサービスが誕生するまでの顛末を綴ったこの作品は、過去に単行本で読んだけれど、とてもおもしろかった印象が残っている。そんな松永さんが、仕事に対するスタンスを問いかけたこのエッセイ集のことは、実はずっと前から気にはなっていたのだけれど、なぜかいつも、まだ手に取るタイミングじゃないような気がして、今日まで読めていなかったんだ。
本と出会うタイミングというのは、とても大切だと思う。興味があっても、なぜかレジに持っていけない本って、結構あるよね。特に深く考えるわけでなく、なんとなく「今じゃない」と思ったり、あるいは、それまでと変わらずに書棚に並んでいたはずなのに、ある時突然のように目に留まったりもする。本には、不思議とそういう引力のようなものがあると思う。まあでも、今になってこの作品を手に取るあたり、おれも悩んでいるのかな。
それで、松永さんのエッセイ集。
まだ買ったばかりで、1/3も読めていないけれど、ひとつ印象に残ることばがあったんだ。
世間一般の思い描くような「ふつうの姿」(それが何を意味するのかは、突き詰めるとよく分からないけれど)を目的に置くのではなくて、「自分自身」のために生きることを目的にしようと、22歳の時に決意した松永さんは、以後18年に渡ってビジネスの世界で活躍していくことになるのだけれど、その18年の経験の中で、こう考えるようになるんだ。
退屈するかしないかの違いというのは、プロかアマチュアかの違いなんじゃないか。そして、プロの条件というのは、やることを自分で見つけて、そこに向上心を持って、かつそれを持続できることではないか、って。
以前この場で、書いたことがある。
すごい人はたくさんいるけれど、おれには彼らと同じことは出来ない。でも逆に、おれにしか出来ないことだってある。だからおれは、「おれのプロ」を目指さないといけない、って。宮藤官九郎の言葉に惹かれた時だったね。
松永さんの言葉から発想していくと、おれのプロであろうとするならば、「おれが」やることを、おれ自身で見つけないといけない。おれがやること。それに対して正直に生きていれば、途絶えることのない向上心なんて、勝手についてくるような気がする。
だから、きっとプロは誰だって「おれのプロ」なんだ。
やることは、なんだっていいんだ。大切なのは、自分の正直に対して、そして自分の不正直に対しても、決して目を逸らさないことだと思う。そして、徹底的に自分の「正直」を突き詰めていくんだ。おれが自分で選んで進んでいく、おれの人生だからね。
そんな訳で、改めておれは、おれのプロを目指すことにします。
松永真理さんのエッセイ集、『なぜ仕事をするの?』
松永真理さんといえば、やっぱり『iモード事件』が有名だよね。"iモード”の名付け親として、その新しいサービスが誕生するまでの顛末を綴ったこの作品は、過去に単行本で読んだけれど、とてもおもしろかった印象が残っている。そんな松永さんが、仕事に対するスタンスを問いかけたこのエッセイ集のことは、実はずっと前から気にはなっていたのだけれど、なぜかいつも、まだ手に取るタイミングじゃないような気がして、今日まで読めていなかったんだ。
本と出会うタイミングというのは、とても大切だと思う。興味があっても、なぜかレジに持っていけない本って、結構あるよね。特に深く考えるわけでなく、なんとなく「今じゃない」と思ったり、あるいは、それまでと変わらずに書棚に並んでいたはずなのに、ある時突然のように目に留まったりもする。本には、不思議とそういう引力のようなものがあると思う。まあでも、今になってこの作品を手に取るあたり、おれも悩んでいるのかな。
それで、松永さんのエッセイ集。
まだ買ったばかりで、1/3も読めていないけれど、ひとつ印象に残ることばがあったんだ。
世間一般の思い描くような「ふつうの姿」(それが何を意味するのかは、突き詰めるとよく分からないけれど)を目的に置くのではなくて、「自分自身」のために生きることを目的にしようと、22歳の時に決意した松永さんは、以後18年に渡ってビジネスの世界で活躍していくことになるのだけれど、その18年の経験の中で、こう考えるようになるんだ。
退屈するかしないかの違いというのは、プロかアマチュアかの違いなんじゃないか。そして、プロの条件というのは、やることを自分で見つけて、そこに向上心を持って、かつそれを持続できることではないか、って。
以前この場で、書いたことがある。
すごい人はたくさんいるけれど、おれには彼らと同じことは出来ない。でも逆に、おれにしか出来ないことだってある。だからおれは、「おれのプロ」を目指さないといけない、って。宮藤官九郎の言葉に惹かれた時だったね。
松永さんの言葉から発想していくと、おれのプロであろうとするならば、「おれが」やることを、おれ自身で見つけないといけない。おれがやること。それに対して正直に生きていれば、途絶えることのない向上心なんて、勝手についてくるような気がする。
だから、きっとプロは誰だって「おれのプロ」なんだ。
やることは、なんだっていいんだ。大切なのは、自分の正直に対して、そして自分の不正直に対しても、決して目を逸らさないことだと思う。そして、徹底的に自分の「正直」を突き詰めていくんだ。おれが自分で選んで進んでいく、おれの人生だからね。
そんな訳で、改めておれは、おれのプロを目指すことにします。
Thursday, June 23, 2005
抵抗勢力
社内のある方と仕事の打ち合わせをしていて、思ったことがある。
おれ自身が、抵抗勢力になりかけてるかもしれない。
実は今、お客様に対してある提案をしようとしている。その為の準備として、今日の夕方、ご提案ソリューションの担当者と打ち合わせをしたのだけれど、その打ち合わせにおいて、担当者と自分との間で意見が食い違ったんだ。
この担当者はスキルも高く、経験豊富なスペシャリストだった。それに対しておれはと言うと、残念ながら圧倒的なスキル不足が否めない若輩者、といった感じだ。なので、基本的におれとしては、担当者のスキルと成功体験をうまく活用できるような方向に進めていきたいと思っていた。
ただ、担当者とおれとでは、立場が違うんだよね。この担当者のミッションは、担当のソリューションを拡販すること。それに対しておれのミッションは、特定のお客様に対してサービスを提供すること。だから、おれの方が立場上、お客様に近いわけ。そうすると、お客様が現在置かれている環境や、お客様のカルチャー、あるいは経営上の課題やニーズといったことについては、当然ながら、おれの方が深く理解していなければならないよね。それは会社がおれに課している責任だと思うし、実際におれの方が状況を把握している、という自負もあるんだ。(とはいえ、必要なレベルにはまだ全然到達しないけれど。)
ただ、それ故に思ってしまうことがあるんだ。
はっきり言ってしまえば、提案の困難さだよね。
この担当者は、すごく大きなビジョンを持っていた。それは単なる夢物語で終わるような話ではなくて、具体的な筋書きを持ったビジョンだった。お客様の発した言葉に単純に応じただけの提案をするのではなくて、そこからより大きな絵を描こうとしていた。それはとても正しい態度だと思ったし、この方の高いスキルがあればこそのブループリントだった。
でもおれは、その時に別のことを考えてしまった。それは、過去の経緯。ここ数年続いている厳しい環境を考えた時に、どうしてもそのブループリントをお客様にぶつける「難しさ」が先に立ってしまったんだ。これまで幾度となく、同じような提案が浮かんでは消えていった。その呪縛からおれは、どうしても抜け出せなかった。そして結局、1時間以上も続いた打ち合わせの中で、明確な方向感も出せないままに終わってしまったんだ。
帰ってきて考え直すなかで、思った。おれが抵抗勢力になってる、って。
そして、うちのパートナーの「別に失うものもないし、やり方変えて失敗してもいいじゃん」って言葉を聞いた時に、その思いはさらに強くなっていった。抵抗勢力って、いちばん嫌いだったのにね。
やってみなきゃ、分からない。「難しい理由」から始める必要はないんだ。
そのことに気づくきっかけを与えてくれたことが、今日いちばんの収穫でした。
おれ自身が、抵抗勢力になりかけてるかもしれない。
実は今、お客様に対してある提案をしようとしている。その為の準備として、今日の夕方、ご提案ソリューションの担当者と打ち合わせをしたのだけれど、その打ち合わせにおいて、担当者と自分との間で意見が食い違ったんだ。
この担当者はスキルも高く、経験豊富なスペシャリストだった。それに対しておれはと言うと、残念ながら圧倒的なスキル不足が否めない若輩者、といった感じだ。なので、基本的におれとしては、担当者のスキルと成功体験をうまく活用できるような方向に進めていきたいと思っていた。
ただ、担当者とおれとでは、立場が違うんだよね。この担当者のミッションは、担当のソリューションを拡販すること。それに対しておれのミッションは、特定のお客様に対してサービスを提供すること。だから、おれの方が立場上、お客様に近いわけ。そうすると、お客様が現在置かれている環境や、お客様のカルチャー、あるいは経営上の課題やニーズといったことについては、当然ながら、おれの方が深く理解していなければならないよね。それは会社がおれに課している責任だと思うし、実際におれの方が状況を把握している、という自負もあるんだ。(とはいえ、必要なレベルにはまだ全然到達しないけれど。)
ただ、それ故に思ってしまうことがあるんだ。
はっきり言ってしまえば、提案の困難さだよね。
この担当者は、すごく大きなビジョンを持っていた。それは単なる夢物語で終わるような話ではなくて、具体的な筋書きを持ったビジョンだった。お客様の発した言葉に単純に応じただけの提案をするのではなくて、そこからより大きな絵を描こうとしていた。それはとても正しい態度だと思ったし、この方の高いスキルがあればこそのブループリントだった。
でもおれは、その時に別のことを考えてしまった。それは、過去の経緯。ここ数年続いている厳しい環境を考えた時に、どうしてもそのブループリントをお客様にぶつける「難しさ」が先に立ってしまったんだ。これまで幾度となく、同じような提案が浮かんでは消えていった。その呪縛からおれは、どうしても抜け出せなかった。そして結局、1時間以上も続いた打ち合わせの中で、明確な方向感も出せないままに終わってしまったんだ。
帰ってきて考え直すなかで、思った。おれが抵抗勢力になってる、って。
そして、うちのパートナーの「別に失うものもないし、やり方変えて失敗してもいいじゃん」って言葉を聞いた時に、その思いはさらに強くなっていった。抵抗勢力って、いちばん嫌いだったのにね。
やってみなきゃ、分からない。「難しい理由」から始める必要はないんだ。
そのことに気づくきっかけを与えてくれたことが、今日いちばんの収穫でした。
Sunday, June 19, 2005
四股を踏む
昨日のことだけれど、実は新宿のクラブに行ってきた。
別にクラブに行きたかった訳ではなくて、そこで開催されたイベントが目的なんだ。
現役力士ブロガー「普天王」のどすこい異業種交流会、ってやつね。
このイベントのことを知ったのは、先輩の祐造さんから届いた案内メールがきっかけ。祐造さんは、「チーム普天王」と呼ばれる普天王関のサポートメンバーの1人なんだ。チーム普天王のメンバー5名のバックグラウンドは様々で、それぞれが自分の専門分野を生かしたサポート活動をしているらしい。その中で祐造さんは、自らが開発したスポーツ映像分析ソフト"Power Analysis"を活用して、普天王関の取組の分析をしているんだ。(相変わらず、この人の行動力と実行力には驚かされてしまう。)
普天王関は、先の五月場所で11勝4敗の好成績を挙げて、敢闘賞を受賞している。今は前頭10枚目だけれど、来場所には大きく番付を上げてくるみたい。結果が全ての厳しい相撲の世界で、白星を重ねて這い上がり、こうして自分の地位を築いていく。そして三賞受賞。角界に挑みながら、最後まで入幕できずに引退していく力士がどれほどいるだろう。それを考えただけでも、本当にすごい結果を残していると思う。
そんな普天王関の「もっと多くの人に相撲を好きになってもらいたい」という思いから始まった、このイベント。いい機会だし、ある意味チャンスかなと思って。祐造さんのメールを読んだ瞬間に、ほとんど即決だった。それで、うちのパートナーと、昨年までのチームメイトを誘って、一緒に行ってきたんだ。
感想はというと、正直に言ってしまうと、ちょっと微妙な感じだった。
少なくとも、イメージしていたものではなかったかな。
とはいえ、おれ個人としては、それなりに楽しかったんだ。祐造さんが運営に携わっていることもあって、関わりのある人達が結構いたからね。
例えば、栄養士の生天目さん。おれが引退した後のことだけど、東大ラグビー部の栄養面のサポートをしてくださっていて、社会人ではNECグリーンロケッツの栄養士をしていたこともあるんだって。今は法政大学のラグビー部のサポートをしてる、って言ってた。ラグビーの世界に繋がりがとても広く、とても気さくで格好良い女性。たくさん話せて楽しかったです。松岡さん誘って、呑みにでも行きたいですね。
それから、タニくんが来てくれた。うちのパートナーの高校時代の後輩で、大学の山岳部では、見事に8,000m級を踏破してしまったすごい経験の持ち主。タニくんと会うのは1年振りくらいで、しかも昨日が2回目だったのだけれど、話していてすごく楽しかった。最近はほとんど山に行っていないようだけれど、ライターの仕事が充実しているみたいで、いい表情してたね。
他にも大学の後輩や、学生時代にお世話になったマネージャーさんも参加していて、久しぶりに会った人も多かった。そういう意味では良い機会だったし、悪くなかったんじゃないかと思う。
でも、イベント自体の微妙な感じというのは、やっぱり拭い難いものがあった。
それはたぶん、「異業種交流会」というところから来ていたような気がするんだ。
異業種交流というと聞こえはいいけれど、実際に会場で繰り広げられていたのは、「交流」とは異なる感じだった。もちろんそれが全てではないし、実際の交流も盛んに行われていたと思うけれど、違和感を感じるシーンが多かったのは事実だ。
交流には、パワーがいると思うんだ。交流するふたりの間を流れるものって、刺激だと思う。自分と違うフィールドにいるやつの生き方や、考え方や、人間的魅力や、試みや、そういったものが刺激となって、自分の心に流れ込んでくる。でも、相手が刺激を発してくれるのは、自分の中に相手を刺激させるなにかがある時だと思う。
パワーがなかったら、交流なんて出来ないんじゃないかな。
名刺交換をすることが交流じゃない。一方的に自分を宣伝して、ここぞとばかりにエゴの押し売りをするのは、「交流」を誤解しているんじゃないかと思う。
タニくんの紹介で知り合った編集者の紺野さんは、そのことをして「なるほどレベル」と表現していた。
とりあえず乾杯をする。名刺交換をして、話し始める。「今わたし、ある大学のサークルに所属していて、メンバーの皆とこんなプロジェクトをやっているんです。こんな理想を持って、皆で楽しく運営していて、だからあなたにも是非来てみてほしい。」
そして、答える。「なるほど」って。
誰とでも交流なんて出来ない。交流するには、パワーがいるんです。
詳しくは知らないけれど、「チーム普天王」のメンバーだって、普天王の心意気に惚れ込んだからこそ、それぞれが自分のエネルギーを注ぎ込んでサポート活動を行い、交流をしているのだと思う。イベントの出発点だって、きっとそこにあったはずだから。異業種交流会によって、交流の難しさを知る、というのも皮肉な話ではあるけどね。
でもね、嬉しかったこともあるんだ。
ひとつは、普天王関と握手をしたこと。名刺を渡して、手形の捺された色紙を貰った。スポーツの世界で輝きを発している人に出会うのは、とにかく単純に嬉しいよね。
そしてもうひとつは、四股を見たこと。イベントの最後に、ステージの上で普天王関が四股を踏んでみせたのだけれど、それが本当に良かった。どっしりとして、安定していて。本気で踏んだものではないかもしれないけれど、必ずしも相撲に興味があって参加している人達ばかりではなく、イベントにおける相撲の位置づけが曖昧になっていた中で、あの四股を目の当たりに出来たのは、純粋に嬉しかった。
2時間半のイベントの中で、最も感動したのが、あの四股だったよ。今の位置まで駆け上がるのに、何度四股を踏んできたんだろう。笑顔で踏んでくれた四股だけれど、その安定感の後ろにあるものを思った時に、「凄さ」を感じずにはいられない。
あざーす。
次の場所での活躍、期待しています。
別にクラブに行きたかった訳ではなくて、そこで開催されたイベントが目的なんだ。
現役力士ブロガー「普天王」のどすこい異業種交流会、ってやつね。
このイベントのことを知ったのは、先輩の祐造さんから届いた案内メールがきっかけ。祐造さんは、「チーム普天王」と呼ばれる普天王関のサポートメンバーの1人なんだ。チーム普天王のメンバー5名のバックグラウンドは様々で、それぞれが自分の専門分野を生かしたサポート活動をしているらしい。その中で祐造さんは、自らが開発したスポーツ映像分析ソフト"Power Analysis"を活用して、普天王関の取組の分析をしているんだ。(相変わらず、この人の行動力と実行力には驚かされてしまう。)
普天王関は、先の五月場所で11勝4敗の好成績を挙げて、敢闘賞を受賞している。今は前頭10枚目だけれど、来場所には大きく番付を上げてくるみたい。結果が全ての厳しい相撲の世界で、白星を重ねて這い上がり、こうして自分の地位を築いていく。そして三賞受賞。角界に挑みながら、最後まで入幕できずに引退していく力士がどれほどいるだろう。それを考えただけでも、本当にすごい結果を残していると思う。
そんな普天王関の「もっと多くの人に相撲を好きになってもらいたい」という思いから始まった、このイベント。いい機会だし、ある意味チャンスかなと思って。祐造さんのメールを読んだ瞬間に、ほとんど即決だった。それで、うちのパートナーと、昨年までのチームメイトを誘って、一緒に行ってきたんだ。
感想はというと、正直に言ってしまうと、ちょっと微妙な感じだった。
少なくとも、イメージしていたものではなかったかな。
とはいえ、おれ個人としては、それなりに楽しかったんだ。祐造さんが運営に携わっていることもあって、関わりのある人達が結構いたからね。
例えば、栄養士の生天目さん。おれが引退した後のことだけど、東大ラグビー部の栄養面のサポートをしてくださっていて、社会人ではNECグリーンロケッツの栄養士をしていたこともあるんだって。今は法政大学のラグビー部のサポートをしてる、って言ってた。ラグビーの世界に繋がりがとても広く、とても気さくで格好良い女性。たくさん話せて楽しかったです。松岡さん誘って、呑みにでも行きたいですね。
それから、タニくんが来てくれた。うちのパートナーの高校時代の後輩で、大学の山岳部では、見事に8,000m級を踏破してしまったすごい経験の持ち主。タニくんと会うのは1年振りくらいで、しかも昨日が2回目だったのだけれど、話していてすごく楽しかった。最近はほとんど山に行っていないようだけれど、ライターの仕事が充実しているみたいで、いい表情してたね。
他にも大学の後輩や、学生時代にお世話になったマネージャーさんも参加していて、久しぶりに会った人も多かった。そういう意味では良い機会だったし、悪くなかったんじゃないかと思う。
でも、イベント自体の微妙な感じというのは、やっぱり拭い難いものがあった。
それはたぶん、「異業種交流会」というところから来ていたような気がするんだ。
異業種交流というと聞こえはいいけれど、実際に会場で繰り広げられていたのは、「交流」とは異なる感じだった。もちろんそれが全てではないし、実際の交流も盛んに行われていたと思うけれど、違和感を感じるシーンが多かったのは事実だ。
交流には、パワーがいると思うんだ。交流するふたりの間を流れるものって、刺激だと思う。自分と違うフィールドにいるやつの生き方や、考え方や、人間的魅力や、試みや、そういったものが刺激となって、自分の心に流れ込んでくる。でも、相手が刺激を発してくれるのは、自分の中に相手を刺激させるなにかがある時だと思う。
パワーがなかったら、交流なんて出来ないんじゃないかな。
名刺交換をすることが交流じゃない。一方的に自分を宣伝して、ここぞとばかりにエゴの押し売りをするのは、「交流」を誤解しているんじゃないかと思う。
タニくんの紹介で知り合った編集者の紺野さんは、そのことをして「なるほどレベル」と表現していた。
とりあえず乾杯をする。名刺交換をして、話し始める。「今わたし、ある大学のサークルに所属していて、メンバーの皆とこんなプロジェクトをやっているんです。こんな理想を持って、皆で楽しく運営していて、だからあなたにも是非来てみてほしい。」
そして、答える。「なるほど」って。
誰とでも交流なんて出来ない。交流するには、パワーがいるんです。
詳しくは知らないけれど、「チーム普天王」のメンバーだって、普天王の心意気に惚れ込んだからこそ、それぞれが自分のエネルギーを注ぎ込んでサポート活動を行い、交流をしているのだと思う。イベントの出発点だって、きっとそこにあったはずだから。異業種交流会によって、交流の難しさを知る、というのも皮肉な話ではあるけどね。
でもね、嬉しかったこともあるんだ。
ひとつは、普天王関と握手をしたこと。名刺を渡して、手形の捺された色紙を貰った。スポーツの世界で輝きを発している人に出会うのは、とにかく単純に嬉しいよね。
そしてもうひとつは、四股を見たこと。イベントの最後に、ステージの上で普天王関が四股を踏んでみせたのだけれど、それが本当に良かった。どっしりとして、安定していて。本気で踏んだものではないかもしれないけれど、必ずしも相撲に興味があって参加している人達ばかりではなく、イベントにおける相撲の位置づけが曖昧になっていた中で、あの四股を目の当たりに出来たのは、純粋に嬉しかった。
2時間半のイベントの中で、最も感動したのが、あの四股だったよ。今の位置まで駆け上がるのに、何度四股を踏んできたんだろう。笑顔で踏んでくれた四股だけれど、その安定感の後ろにあるものを思った時に、「凄さ」を感じずにはいられない。
あざーす。
次の場所での活躍、期待しています。
Saturday, June 18, 2005
その先を考える
"Three Questions"という考え方があるらしい。
同じチームのメンバーとして一緒に仕事をしている先輩が、教えてくれた。
"Three Questions"というのは、『三度「なぜ」を考える』ということ。
三度考えれば、大方の問題はクリアできるはずだ。そして、それは裏を返せば、三度問うまでは簡単に分かった気になってはいけない、ということでもある。仕事上のトラブルがあって、解決が困難な問題が発生したときに、そんなことを話してくれた。
いい言葉だと思う。
なにか問題が起こったとする。誰だって、まずはその原因を考えてみるだろう。でも、そこで思い至った原因の先まで、さらに掘り下げていく。原因というのは、なにか別の原因から導き出された結果だからね。そうやって因果関係を辿っていくことで初めて、その問題を引き起こした本当の原因が見えてくる。そこまで遡らなければ、きっと同じ問題は繰り返されるだろうし、本質的な意味での「対策」というのは浮かび上がってこないと思う。
でも、この先輩のことばの肝は、そこじゃないんだ。
忘れてはいけないのは、「三度考える」のはとてもタフな作業だ、ということ。
考えるのは、分かりたいからだ。でも、分かるまで考え続けるというのは、本当にしんどい作業だと思う。最後まで分からないかもしれない。分かったつもりになる方がずっと簡単だし、それに、分かった気にさせてくれるものは、至る所に転がっている。
例えば、慣習やルール。今までそうだった。ルール上そうなっている。こう言い切ってしまうことで、分かった気になってしまう。こういう態度は、会社組織にはとても多いよね。決してその先に踏み込んでいこうとしない。なぜ今までそうしてきたのか。その背景にはどういった目的があって、どういった風土が影響しているのか。そして、今後もその慣習を続けていくことは、本当に適切な態度なのか。そうやって問い進んでいくことをせずに、慣習やルールで片付けてしまうことが、どれほど多いだろう。
この言葉を教えてくれた先輩は、言ってた。「問い続けるのは、お客様の為だ」って。お客様にご迷惑をかける可能性のある問題が起こった時に、分かったつもりで終わってしまったら、本当の意味でのお客様への貢献など出来ない。そしてこの先輩は、さらにこう付け加えた。
「お客様が困るか、自分が困るか。自分が困るだけなら、大したことじゃない。」
つまり、情熱。
実際には、解決しない問題だってあるかもしれない。でも、根本まで踏み込んで問題を解決しようと努めなかったら、お客様に迷惑をかけることになる。お客様の為に、情熱を持って仕事しているからこそ、この先輩は三度考えるんだ。
そのことを目の当たりにして、本当にすごいと思ったよ。
ちょっと困っちゃうくらい話の長い先輩だけど、その情熱を、単純にすごいと思った。
"Three Questions"の先にあるのは、情熱。
本質をつかまえたいという強い意志と、問い続けるタフネス。
きっとそれこそが、「考える」ということなんだね。
同じチームのメンバーとして一緒に仕事をしている先輩が、教えてくれた。
"Three Questions"というのは、『三度「なぜ」を考える』ということ。
三度考えれば、大方の問題はクリアできるはずだ。そして、それは裏を返せば、三度問うまでは簡単に分かった気になってはいけない、ということでもある。仕事上のトラブルがあって、解決が困難な問題が発生したときに、そんなことを話してくれた。
いい言葉だと思う。
なにか問題が起こったとする。誰だって、まずはその原因を考えてみるだろう。でも、そこで思い至った原因の先まで、さらに掘り下げていく。原因というのは、なにか別の原因から導き出された結果だからね。そうやって因果関係を辿っていくことで初めて、その問題を引き起こした本当の原因が見えてくる。そこまで遡らなければ、きっと同じ問題は繰り返されるだろうし、本質的な意味での「対策」というのは浮かび上がってこないと思う。
でも、この先輩のことばの肝は、そこじゃないんだ。
忘れてはいけないのは、「三度考える」のはとてもタフな作業だ、ということ。
考えるのは、分かりたいからだ。でも、分かるまで考え続けるというのは、本当にしんどい作業だと思う。最後まで分からないかもしれない。分かったつもりになる方がずっと簡単だし、それに、分かった気にさせてくれるものは、至る所に転がっている。
例えば、慣習やルール。今までそうだった。ルール上そうなっている。こう言い切ってしまうことで、分かった気になってしまう。こういう態度は、会社組織にはとても多いよね。決してその先に踏み込んでいこうとしない。なぜ今までそうしてきたのか。その背景にはどういった目的があって、どういった風土が影響しているのか。そして、今後もその慣習を続けていくことは、本当に適切な態度なのか。そうやって問い進んでいくことをせずに、慣習やルールで片付けてしまうことが、どれほど多いだろう。
この言葉を教えてくれた先輩は、言ってた。「問い続けるのは、お客様の為だ」って。お客様にご迷惑をかける可能性のある問題が起こった時に、分かったつもりで終わってしまったら、本当の意味でのお客様への貢献など出来ない。そしてこの先輩は、さらにこう付け加えた。
「お客様が困るか、自分が困るか。自分が困るだけなら、大したことじゃない。」
つまり、情熱。
実際には、解決しない問題だってあるかもしれない。でも、根本まで踏み込んで問題を解決しようと努めなかったら、お客様に迷惑をかけることになる。お客様の為に、情熱を持って仕事しているからこそ、この先輩は三度考えるんだ。
そのことを目の当たりにして、本当にすごいと思ったよ。
ちょっと困っちゃうくらい話の長い先輩だけど、その情熱を、単純にすごいと思った。
"Three Questions"の先にあるのは、情熱。
本質をつかまえたいという強い意志と、問い続けるタフネス。
きっとそれこそが、「考える」ということなんだね。
Thursday, June 16, 2005
Japanese
パートナーのアトリエを作っていて、思ったことがある。
それは、「日本語」という特殊性と、閉鎖性。
アトリエには、"Flickr"というフォトシェアリング・ツールを使っている。Flickrを選んだのは、Bloggerに写真を載せることが出来るからだ。実はBloggerは、写真を表示させる機能を標準では備えていないので、Flickrであったり、Helloであったり、そういった別のツールを使う必要が生じてくるんだよね。過去に載せた数少ない写真は、Helloというツールを使って載せたのだけれど、困ったことに、こいつはMacでは動作しない。それで、自宅のMacからでも写真を載せることが出来るようにと思って、Flickrのアカウントを作ったんだ。とはいいながら、基本的にこのブログは文章のみでいこうと思っているのだけれど。
そんな訳で、Flickrを使い始めてみたのだけれど、実際に使ってみると、想像以上によいツールだった。もともとはBloggerに写真を載せることが目的だったのだけれど、フォトシェアリングには想像していた以上のおもしろさがあるような気がしてきて。
例えばFlickrなら、同じ興味を持っている人、同じ音楽を聴く人、あるいは同じ地域に住んでいる人、そういった人を探していって、その人の撮った写真にアクセスしたり、コメントを残したり、そういったことが可能だ。あるいは、写真にタグをつけておけば、キーワード検索で、あるテーマの写真を片っ端から拾ってくることも出来る。Contactといって、ブログでいう「読者」にあたるようなものもあったりする。
でね、ちょっとそういうので遊んでみたりしていたのだけれど、そこで「日本語」というのがひとつの壁になるんだ。というのは、すごく単純なことだけれど、Flickrは英語のツールなので、圧倒的に英語圏のユーザーが多いんだよね。もちろん「写真」そのものには言語は関係ないけれど、フォトシェアリングから発展していくコミュニケーションの大部分は、英語によるものだろうと思う。
実はこれは、Bloggerも同じなんだ。Bloggerは最近インターフェースが日本語対応して、日本人にも使いやすくなったけれど、既存のアカウントのほとんどは英語圏の人間のものだと思う。だから、日本語をベースにして広げていくのは難しいよね。
おれ自身は、不特定多数のアクセスを集めたいとは全然思っていないけれど、「日本語」というだけでコミュニケーションに一定の制限が生まれるという事実は、とても重要だと思う。このインパクトはほとんど圧倒的だ。
「日本語」という言語は、ごく限られた範囲でしか理解されない。それは言い方を変えれば、ごく限られた範囲でしか勝負できないということでもあると思う。そして、これにはふたつの側面があるんだよね。
ひとつは、自分の勝負できる場所が単純に制限される、ということ。
もうひとつは、逆に日本語が使えない人間には上がってこれない勝負の舞台もある、ということ。
例えば、営業なんかはまさにそうだよね。日本でトップセールスだったとしても、英語が使えない限り、その営業スキルをもって世界での勝負に繰り出していくことはできない。その一方で、日本のセールスマンは、海外のセールスマンとの競争から守られているよね。彼らが日本語を話せない、という単純な事実によって。
BloggerやFlickrといったツールを使っていると、やっぱりそのことに若干のもどかしさを覚えるんだ。「日本語」というただそれだけの事実によって、こうしたツールが持つ魅力の少なくともある部分は、大幅に失われてしまっているような気がして。それは結局のところ、日本語が本質的に持っている特殊性であり、閉鎖性なのかもしれない。
それでもおれは、日本語で書き続けるし、日本語でしか書けない。
ただ、「日本語で書く」というのがどういうことなのかは忘れちゃいけないと、そう思ってます。
それは、「日本語」という特殊性と、閉鎖性。
アトリエには、"Flickr"というフォトシェアリング・ツールを使っている。Flickrを選んだのは、Bloggerに写真を載せることが出来るからだ。実はBloggerは、写真を表示させる機能を標準では備えていないので、Flickrであったり、Helloであったり、そういった別のツールを使う必要が生じてくるんだよね。過去に載せた数少ない写真は、Helloというツールを使って載せたのだけれど、困ったことに、こいつはMacでは動作しない。それで、自宅のMacからでも写真を載せることが出来るようにと思って、Flickrのアカウントを作ったんだ。とはいいながら、基本的にこのブログは文章のみでいこうと思っているのだけれど。
そんな訳で、Flickrを使い始めてみたのだけれど、実際に使ってみると、想像以上によいツールだった。もともとはBloggerに写真を載せることが目的だったのだけれど、フォトシェアリングには想像していた以上のおもしろさがあるような気がしてきて。
例えばFlickrなら、同じ興味を持っている人、同じ音楽を聴く人、あるいは同じ地域に住んでいる人、そういった人を探していって、その人の撮った写真にアクセスしたり、コメントを残したり、そういったことが可能だ。あるいは、写真にタグをつけておけば、キーワード検索で、あるテーマの写真を片っ端から拾ってくることも出来る。Contactといって、ブログでいう「読者」にあたるようなものもあったりする。
でね、ちょっとそういうので遊んでみたりしていたのだけれど、そこで「日本語」というのがひとつの壁になるんだ。というのは、すごく単純なことだけれど、Flickrは英語のツールなので、圧倒的に英語圏のユーザーが多いんだよね。もちろん「写真」そのものには言語は関係ないけれど、フォトシェアリングから発展していくコミュニケーションの大部分は、英語によるものだろうと思う。
実はこれは、Bloggerも同じなんだ。Bloggerは最近インターフェースが日本語対応して、日本人にも使いやすくなったけれど、既存のアカウントのほとんどは英語圏の人間のものだと思う。だから、日本語をベースにして広げていくのは難しいよね。
おれ自身は、不特定多数のアクセスを集めたいとは全然思っていないけれど、「日本語」というだけでコミュニケーションに一定の制限が生まれるという事実は、とても重要だと思う。このインパクトはほとんど圧倒的だ。
「日本語」という言語は、ごく限られた範囲でしか理解されない。それは言い方を変えれば、ごく限られた範囲でしか勝負できないということでもあると思う。そして、これにはふたつの側面があるんだよね。
ひとつは、自分の勝負できる場所が単純に制限される、ということ。
もうひとつは、逆に日本語が使えない人間には上がってこれない勝負の舞台もある、ということ。
例えば、営業なんかはまさにそうだよね。日本でトップセールスだったとしても、英語が使えない限り、その営業スキルをもって世界での勝負に繰り出していくことはできない。その一方で、日本のセールスマンは、海外のセールスマンとの競争から守られているよね。彼らが日本語を話せない、という単純な事実によって。
BloggerやFlickrといったツールを使っていると、やっぱりそのことに若干のもどかしさを覚えるんだ。「日本語」というただそれだけの事実によって、こうしたツールが持つ魅力の少なくともある部分は、大幅に失われてしまっているような気がして。それは結局のところ、日本語が本質的に持っている特殊性であり、閉鎖性なのかもしれない。
それでもおれは、日本語で書き続けるし、日本語でしか書けない。
ただ、「日本語で書く」というのがどういうことなのかは忘れちゃいけないと、そう思ってます。
Wednesday, June 15, 2005
裁判と報道について
児童性的虐待の罪に問われていたマイケル・ジャクソンに対して、無罪評決が下されたのだけれど、このことに関する今日の報道を見ていて、ちょっと引っ掛かったことがふたつあるんだ。
ひとつは、今朝のニュース番組でのこと。
現地の裁判所前から中継していたキャスターのコメントなのだけれど。
「もともと十分な証拠の提示がなく、起訴自体の正当性が疑われた中での判決は、大方の予想通り、全面無罪となりました。」
正直に言って、おれはこのニュースに強い関心がなかったので、これまでの報道の経緯が分からないのだけれど、「起訴自体の正当性が疑われ」ているという指摘は、従来から報道されていたことなのだろうか。「大方の予想」では無罪と考えられていた、という事実も、実はこのコメントで初めて知った。いろいろ調べてみると、どうやら米国の専門家の間では「10の罪状のうち2〜3は有罪では」というのが大方の見方だったようだけれど、そのことも知らなかった。
こういうことって、マイケル・ジャクソンが起訴されてから今日に至るまでの間に、どんなふうに報道されていたのだろう。知っている人がいれば(というか、恥ずかしながらおれはよく知らないので)、是非教えてほしい。
というのは、おれ自身の感覚では、彼が起訴された時点で、既に有罪が確定しているかのような報道のされ方だった印象があったので、このコメントに違和感を感じてしまったんだよね。無罪判決が出た途端に態度が反転したような、そんな感じがして。
過去の報道に対するおれの認識が正しいかどうかがそもそも怪しいので、迂闊なことは言いたくないのだけれど、ちょっとだけ「怖さ」を感じたコメントだった。
もうひとつは、報道ステーションでの古館さんのコメント。
「結局、金を持っている人間が有能な弁護士をつければ、裁判に勝ててしまうんですかね。」
これには、はっきりと違和感を覚えた。この発言は、絶対におかしいと思う。
小室直樹さんの『痛快!憲法学』が教えてくれたことだけれど、弁護士の力を借りて、裁判の場で己の潔白を証明するのは、全国民にあまねく認められた当然の権利だ。どんな状況下にあっても尊重されなければいけない、基本的人権。その人が資産を持っているかどうか、あるいは弁護士にどれだけの対価を払ったか、そんなことによって歪められてはいけないものだと思う。
小室さんの『痛快!憲法学』の中で、すごく印象に残った一節がある。
裁判で裁かれるのは、被告ではありません。行政権力の代理人たる検察官なのです。
裁判官が本当に判断すべきなのは、検察側に落ち度がなかったかどうかだ。検察側の説明に一点の曇りもないか、あるいは立証の手続きに問題がないかどうか、そのことをこそ裁くべきなんだ。基本的に、犯罪の立証責任は検察側にある。その立証のロジックや手続きにおいてひとつでも法律上の問題があったならば、検察側の主張は退けられるべきだ。疑わしきは罰せず、これこそが大原則だと思う。
検察というのは、国家権力を代理するものだ。国家には、凄まじい権力がある。ひとたび権力の暴走を許せば、国民の基本的人権なんて簡単に蹂躙される。警察と軍隊という暴力装置を持っていることだけでも、国家権力の力の恐ろしさは分かるはずだ。そんな怪物たる国家だからこそ、ホッブスは「リヴァイアサン」と表現した訳だよね。
だからこそ、国家権力の暴走を食い止め、国民の基本的人権を守り抜くために、権力は法の縛りを受けなければいけない。裁判という、司法権の行使される場において、この原則が失われてしまうとしたら、これほど恐ろしいことはないと思う。
弁護士による弁護を受ける、というのは、「権力の恐ろしさ」を前提としているからこそ導き出される、全国民の当然の権利だ。そのことが、公の電波の上でこれほどまでにないがしろにされる、というのは、かなり問題があると思う。
さらに言うなら、報道機関の使命のひとつは、権力の監視にこそあるはずだと思う。マスコミによる監視機能が働くからこそ、権力のいたずらな濫用は許されない。本来そうした役割を担うべき報道機関が、むしろ権力側の立場に立ったかの報道をすること自体に、そもそも疑問がある。「国民のために」なんて言葉は、言葉だけじゃないか。
はっきり言っておれ自身は、別にこの裁判自体に特別な興味はない。
マイケル・ジャクソンに対する特別な感情もないし、真実がどうであったかはおれには知りようがない。
それでもさ、やっぱりどこかおかしいと思うよ。
長々と書いてしまったけれど、ちょっとした「怖さ」を感じた出来事だった。
ひとつは、今朝のニュース番組でのこと。
現地の裁判所前から中継していたキャスターのコメントなのだけれど。
「もともと十分な証拠の提示がなく、起訴自体の正当性が疑われた中での判決は、大方の予想通り、全面無罪となりました。」
正直に言って、おれはこのニュースに強い関心がなかったので、これまでの報道の経緯が分からないのだけれど、「起訴自体の正当性が疑われ」ているという指摘は、従来から報道されていたことなのだろうか。「大方の予想」では無罪と考えられていた、という事実も、実はこのコメントで初めて知った。いろいろ調べてみると、どうやら米国の専門家の間では「10の罪状のうち2〜3は有罪では」というのが大方の見方だったようだけれど、そのことも知らなかった。
こういうことって、マイケル・ジャクソンが起訴されてから今日に至るまでの間に、どんなふうに報道されていたのだろう。知っている人がいれば(というか、恥ずかしながらおれはよく知らないので)、是非教えてほしい。
というのは、おれ自身の感覚では、彼が起訴された時点で、既に有罪が確定しているかのような報道のされ方だった印象があったので、このコメントに違和感を感じてしまったんだよね。無罪判決が出た途端に態度が反転したような、そんな感じがして。
過去の報道に対するおれの認識が正しいかどうかがそもそも怪しいので、迂闊なことは言いたくないのだけれど、ちょっとだけ「怖さ」を感じたコメントだった。
もうひとつは、報道ステーションでの古館さんのコメント。
「結局、金を持っている人間が有能な弁護士をつければ、裁判に勝ててしまうんですかね。」
これには、はっきりと違和感を覚えた。この発言は、絶対におかしいと思う。
小室直樹さんの『痛快!憲法学』が教えてくれたことだけれど、弁護士の力を借りて、裁判の場で己の潔白を証明するのは、全国民にあまねく認められた当然の権利だ。どんな状況下にあっても尊重されなければいけない、基本的人権。その人が資産を持っているかどうか、あるいは弁護士にどれだけの対価を払ったか、そんなことによって歪められてはいけないものだと思う。
小室さんの『痛快!憲法学』の中で、すごく印象に残った一節がある。
裁判で裁かれるのは、被告ではありません。行政権力の代理人たる検察官なのです。
裁判官が本当に判断すべきなのは、検察側に落ち度がなかったかどうかだ。検察側の説明に一点の曇りもないか、あるいは立証の手続きに問題がないかどうか、そのことをこそ裁くべきなんだ。基本的に、犯罪の立証責任は検察側にある。その立証のロジックや手続きにおいてひとつでも法律上の問題があったならば、検察側の主張は退けられるべきだ。疑わしきは罰せず、これこそが大原則だと思う。
検察というのは、国家権力を代理するものだ。国家には、凄まじい権力がある。ひとたび権力の暴走を許せば、国民の基本的人権なんて簡単に蹂躙される。警察と軍隊という暴力装置を持っていることだけでも、国家権力の力の恐ろしさは分かるはずだ。そんな怪物たる国家だからこそ、ホッブスは「リヴァイアサン」と表現した訳だよね。
だからこそ、国家権力の暴走を食い止め、国民の基本的人権を守り抜くために、権力は法の縛りを受けなければいけない。裁判という、司法権の行使される場において、この原則が失われてしまうとしたら、これほど恐ろしいことはないと思う。
弁護士による弁護を受ける、というのは、「権力の恐ろしさ」を前提としているからこそ導き出される、全国民の当然の権利だ。そのことが、公の電波の上でこれほどまでにないがしろにされる、というのは、かなり問題があると思う。
さらに言うなら、報道機関の使命のひとつは、権力の監視にこそあるはずだと思う。マスコミによる監視機能が働くからこそ、権力のいたずらな濫用は許されない。本来そうした役割を担うべき報道機関が、むしろ権力側の立場に立ったかの報道をすること自体に、そもそも疑問がある。「国民のために」なんて言葉は、言葉だけじゃないか。
はっきり言っておれ自身は、別にこの裁判自体に特別な興味はない。
マイケル・ジャクソンに対する特別な感情もないし、真実がどうであったかはおれには知りようがない。
それでもさ、やっぱりどこかおかしいと思うよ。
長々と書いてしまったけれど、ちょっとした「怖さ」を感じた出来事だった。
Tuesday, June 14, 2005
再挑戦
昨日のことだけれど、初めてタマリバの練習に参加してきた。
結論からいうと、とても刺激的な2時間になりました。
タマリバクラブというのは、現在日本で最も強いラグビーのクラブチーム。早稲田大学のOBが中心となって立ち上げたクラブだけれど、今は早稲田以外の出身の選手も多く在籍していて、一般的に抱かれているイメージよりもオープンなクラブだと思う。東大出身のメンバーもふたり所属しているし、これまで練習に参加させてもらっていたWMMのキャプテンも、実は以前はタマリバのメンバーだったんだ。そういう意味では、おれにとっても比較的なじみのあるクラブ、ということになるよね。
(ちなみに、WMMのキャプテンは東大時代のひとつ先輩。大学卒業後、タマリバでのチャレンジをしていたのだけれど、自分が骨を埋めるクラブはここじゃないという思い、そして東大の魂を結束させればタマリバを越えるチームを創り上げることだって出来る、という思いから、タマリバを離れて新たなクラブ「WMM」を立ち上げたんだ。この先輩には、やっぱり他の仲間とは違う思いを持ってます。)
今のおれは、実はどのチームにも選手登録がない。まったくもってフリーの状態なんだ。クラブチームの選手登録はとても厳格らしくて、登録がなければ公式戦にはとても出場できない。だから、練習に参加していても、ゲームをする機会は多くは得られなかったのだけれど、この間のタマリバ戦の後に、現在はタマリバの練習に参加している後輩のミヤハラが、いいことを教えてくれたんだ。
東日本クラブトップリーグの選手登録は、まだ間に合うんだって。
これを聞いた瞬間、俄然闘争心が沸き上がってきた。ちょうどタマリバ戦を通じて、自分にまだチャレンジできる余地が残っているんじゃないかと思えたこともあって、今シーズンの可能性を探りたい、という思いが抑え切れなくなってしまった。練習したい。クラブチームとはいえ、上手くなる為の練習が出来る環境がほしい。そして秋に、公式戦を闘ってみたい。そんな思いは、あっという間に自分の感情を支配していったんだ。
昨日の練習は、そのための1歩目。
日本で最も強いクラブの練習に参加させてもらったのは、単純にいい経験になった。
練習は、今のおれにはかなりしんどかったけれど、それ以上に面白くて、とても刺激的だった。とにかくよく走ってる。昨年までいたチームのメンバーに話したら笑われてしまうだろうけれど、練習であれだけきちんと走るクラブは殆どないと思う。状況やルールを変えながら、常にゲームを意識して繰り広げられるタッチフット。そしてその後は、10分×3本のガチンコ勝負。自分たちのスタイルが明確に意識された、素早い出足とタックルが随所にみられて、久しぶりにかなり燃えたよ。
確かに練習中のミスもかなりあった。タマリバが日本一のクラブといっても、学生トップにはまだ勝てない。でもさ、やっぱりいいチームだと思うよ。限られた自分の時間を惜しみなくグランドに持ってくるやつらの集団なんだ、ということがはっきり分かるクラブだからね。
そんな訳で、今のおれは、タマリバに選手登録する方向で話を進めようとしています。いろいろと調整しなければいけないこともあるのだけれど、やる場所があるなら、やっぱりやりたいと思っている。ただ、タマリバで試合に出られる保証はどこにもない。どこまで出来るか分からないけれど、ここからは自分のチャレンジ。なんのとまどいもありません。
楽しみで仕方ないよ。
結論からいうと、とても刺激的な2時間になりました。
タマリバクラブというのは、現在日本で最も強いラグビーのクラブチーム。早稲田大学のOBが中心となって立ち上げたクラブだけれど、今は早稲田以外の出身の選手も多く在籍していて、一般的に抱かれているイメージよりもオープンなクラブだと思う。東大出身のメンバーもふたり所属しているし、これまで練習に参加させてもらっていたWMMのキャプテンも、実は以前はタマリバのメンバーだったんだ。そういう意味では、おれにとっても比較的なじみのあるクラブ、ということになるよね。
(ちなみに、WMMのキャプテンは東大時代のひとつ先輩。大学卒業後、タマリバでのチャレンジをしていたのだけれど、自分が骨を埋めるクラブはここじゃないという思い、そして東大の魂を結束させればタマリバを越えるチームを創り上げることだって出来る、という思いから、タマリバを離れて新たなクラブ「WMM」を立ち上げたんだ。この先輩には、やっぱり他の仲間とは違う思いを持ってます。)
今のおれは、実はどのチームにも選手登録がない。まったくもってフリーの状態なんだ。クラブチームの選手登録はとても厳格らしくて、登録がなければ公式戦にはとても出場できない。だから、練習に参加していても、ゲームをする機会は多くは得られなかったのだけれど、この間のタマリバ戦の後に、現在はタマリバの練習に参加している後輩のミヤハラが、いいことを教えてくれたんだ。
東日本クラブトップリーグの選手登録は、まだ間に合うんだって。
これを聞いた瞬間、俄然闘争心が沸き上がってきた。ちょうどタマリバ戦を通じて、自分にまだチャレンジできる余地が残っているんじゃないかと思えたこともあって、今シーズンの可能性を探りたい、という思いが抑え切れなくなってしまった。練習したい。クラブチームとはいえ、上手くなる為の練習が出来る環境がほしい。そして秋に、公式戦を闘ってみたい。そんな思いは、あっという間に自分の感情を支配していったんだ。
昨日の練習は、そのための1歩目。
日本で最も強いクラブの練習に参加させてもらったのは、単純にいい経験になった。
練習は、今のおれにはかなりしんどかったけれど、それ以上に面白くて、とても刺激的だった。とにかくよく走ってる。昨年までいたチームのメンバーに話したら笑われてしまうだろうけれど、練習であれだけきちんと走るクラブは殆どないと思う。状況やルールを変えながら、常にゲームを意識して繰り広げられるタッチフット。そしてその後は、10分×3本のガチンコ勝負。自分たちのスタイルが明確に意識された、素早い出足とタックルが随所にみられて、久しぶりにかなり燃えたよ。
確かに練習中のミスもかなりあった。タマリバが日本一のクラブといっても、学生トップにはまだ勝てない。でもさ、やっぱりいいチームだと思うよ。限られた自分の時間を惜しみなくグランドに持ってくるやつらの集団なんだ、ということがはっきり分かるクラブだからね。
そんな訳で、今のおれは、タマリバに選手登録する方向で話を進めようとしています。いろいろと調整しなければいけないこともあるのだけれど、やる場所があるなら、やっぱりやりたいと思っている。ただ、タマリバで試合に出られる保証はどこにもない。どこまで出来るか分からないけれど、ここからは自分のチャレンジ。なんのとまどいもありません。
楽しみで仕方ないよ。
Sunday, June 12, 2005
The Gates
今朝、ずっと楽しみに待っていたものがようやく届いた。
Christo and Jeanne - Claude
"The Gates"
Central Park, New York City, 1979-2005
引退して暫くした頃、偶然見ていた「日曜美術館」で、クリストとジャンヌ=クロードのふたりが取り上げられていた。ちょうどその頃、NYのセントラル・パークで実現された"The Gates Project"の特集。それが、本当に感動的だったんだ。
このふたりは過去に、とても信じられないような規模のアート・プロジェクトを幾つも実現している。
例えば、"Surrounded Islands, Biscayne Bay, Miami, Florida, 1980-83"
http://www.christojeanneclaude.net/si.html
マイアミの孤島をピンクの布で覆ってしまった作品。当時の彼らは、Wrap(包み隠すこと)によってより鮮明な形で明らかにされるなにかを追求していて、これ以外にも多くのものを実際に覆い隠している。パリの橋であったり、ドイツの城であったり、その試みの向かう先は世界中に広がっていく。どれをとっても言えることだけれど、プロジェクトの規模と実行力、なによりその美しさには驚くばかりだ。
そしてふたりの試みは、Wrapだけに収束しない。
その中でもおれが特に好きなのは、"The Umbrellas, Japan - USA, 1984-91"
http://www.christojeanneclaude.net/um.html
時を同じくして、日本に青い傘を、そしてアメリカには黄色の傘を広げた作品。
なぜだか分からないけれど、心の奥底を震わせてくれる、そんな傘の世界。壮大で、どこか優しくて、なにより美しくて。まさにふたりの人間性が詰まったような作品だと思う。
その彼らが、20年以上の時を経て、2005年春にようやく実現させたプロジェクト。
それが、"The Gates, Central Park, New York City, 1979-2005"
http://www.christojeanneclaude.net/tg.html
今朝おれの家に届いたのは、こいつのフォト・ブックなんだ。
NYのセントラル・パーク一面に、オレンジの布を懸けたゲートを並べていく、このプロジェクト。1979年に初めて彼らがその構想を発表した時、NY市民は大反対したんだって。セントラル・パークを私物化している。NY市民にとって最も大切な憩いの場に勝手に手を加えないでくれ。そんな批判が巻き起こったそうだ。結局NY市の承認も下りなかったんだ。
でも、彼らはあきらめない。長い時間をかけて、自分たちのプロジェクトが受け入れられる為の活動を続けていく。公園の敷地内に、ゲートを刺し込む為の穴を開けることが問題とされれば、彼らは穴を開けずに済むような土台の設計に着手し、プロジェクトを煮詰めていく。安全性の問題を指摘されれば、ゲートの組み立て方法から洗い直し、ゲートが倒れないように細心の注意を払っていく。そうやって少しずつ、でも確実に前へと進んでいく。彼らは決してセントラル・パークを私物化したのではないと思う。そうではなくて、彼らは、NY市民にとってセントラル・パークがいかに大切な空間なのかを分かっていたんだろうね。
そして、今年の春についに実現された、オレンジのセントラル・パーク。
その美しさは、TVを通してさえ、まさに息を呑むほどだったよ。
悔しかった。本当に、この目で直に見たかった。オレンジのセントラル・パークを歩いてみたかった。わずか16日間の試みだったのだけれど、この時公園を歩いた多くの人の心のなかに、きっとなにかを残したはずだと思う。ふたりの芸術家の思いがこれ以上ないくらいに込められた、最高のプロジェクトだとおれは勝手に思ってます。
ちなみに、このふたりはプロジェクト資金を得る為に、一切のスポンサーを受けていない。スポンサーの介在によってプロジェクトの本質が失われることを懸念してのことだと思うけれど、なにより凄いのは、彼らが自ら描いたプロジェクトのデッサンを買ってもらうことによって、プロジェクト資金を調達していることだよね。このデッサンがまた秀逸なんだ。"The Gates"のデッサンなんかを見ると、このプロジェクトの魅力や美しさ、NY市民にとっての価値やそこに込められた思いを伝えるのに、これ以上のものはないんじゃないか、と思ってしまうような、それほどに素晴らしいデッサンだと思うよ。
だからおれは、ThinkPadの壁紙にしてます。
Christo and Jeanne - Claude
"The Gates"
Central Park, New York City, 1979-2005
引退して暫くした頃、偶然見ていた「日曜美術館」で、クリストとジャンヌ=クロードのふたりが取り上げられていた。ちょうどその頃、NYのセントラル・パークで実現された"The Gates Project"の特集。それが、本当に感動的だったんだ。
このふたりは過去に、とても信じられないような規模のアート・プロジェクトを幾つも実現している。
例えば、"Surrounded Islands, Biscayne Bay, Miami, Florida, 1980-83"
http://www.christojeanneclaude.net/si.html
マイアミの孤島をピンクの布で覆ってしまった作品。当時の彼らは、Wrap(包み隠すこと)によってより鮮明な形で明らかにされるなにかを追求していて、これ以外にも多くのものを実際に覆い隠している。パリの橋であったり、ドイツの城であったり、その試みの向かう先は世界中に広がっていく。どれをとっても言えることだけれど、プロジェクトの規模と実行力、なによりその美しさには驚くばかりだ。
そしてふたりの試みは、Wrapだけに収束しない。
その中でもおれが特に好きなのは、"The Umbrellas, Japan - USA, 1984-91"
http://www.christojeanneclaude.net/um.html
時を同じくして、日本に青い傘を、そしてアメリカには黄色の傘を広げた作品。
なぜだか分からないけれど、心の奥底を震わせてくれる、そんな傘の世界。壮大で、どこか優しくて、なにより美しくて。まさにふたりの人間性が詰まったような作品だと思う。
その彼らが、20年以上の時を経て、2005年春にようやく実現させたプロジェクト。
それが、"The Gates, Central Park, New York City, 1979-2005"
http://www.christojeanneclaude.net/tg.html
今朝おれの家に届いたのは、こいつのフォト・ブックなんだ。
NYのセントラル・パーク一面に、オレンジの布を懸けたゲートを並べていく、このプロジェクト。1979年に初めて彼らがその構想を発表した時、NY市民は大反対したんだって。セントラル・パークを私物化している。NY市民にとって最も大切な憩いの場に勝手に手を加えないでくれ。そんな批判が巻き起こったそうだ。結局NY市の承認も下りなかったんだ。
でも、彼らはあきらめない。長い時間をかけて、自分たちのプロジェクトが受け入れられる為の活動を続けていく。公園の敷地内に、ゲートを刺し込む為の穴を開けることが問題とされれば、彼らは穴を開けずに済むような土台の設計に着手し、プロジェクトを煮詰めていく。安全性の問題を指摘されれば、ゲートの組み立て方法から洗い直し、ゲートが倒れないように細心の注意を払っていく。そうやって少しずつ、でも確実に前へと進んでいく。彼らは決してセントラル・パークを私物化したのではないと思う。そうではなくて、彼らは、NY市民にとってセントラル・パークがいかに大切な空間なのかを分かっていたんだろうね。
そして、今年の春についに実現された、オレンジのセントラル・パーク。
その美しさは、TVを通してさえ、まさに息を呑むほどだったよ。
悔しかった。本当に、この目で直に見たかった。オレンジのセントラル・パークを歩いてみたかった。わずか16日間の試みだったのだけれど、この時公園を歩いた多くの人の心のなかに、きっとなにかを残したはずだと思う。ふたりの芸術家の思いがこれ以上ないくらいに込められた、最高のプロジェクトだとおれは勝手に思ってます。
ちなみに、このふたりはプロジェクト資金を得る為に、一切のスポンサーを受けていない。スポンサーの介在によってプロジェクトの本質が失われることを懸念してのことだと思うけれど、なにより凄いのは、彼らが自ら描いたプロジェクトのデッサンを買ってもらうことによって、プロジェクト資金を調達していることだよね。このデッサンがまた秀逸なんだ。"The Gates"のデッサンなんかを見ると、このプロジェクトの魅力や美しさ、NY市民にとっての価値やそこに込められた思いを伝えるのに、これ以上のものはないんじゃないか、と思ってしまうような、それほどに素晴らしいデッサンだと思うよ。
だからおれは、ThinkPadの壁紙にしてます。
跡地
昨日のことだけれど、昨年までおれが所属していたチームのメンバー10名と、焼肉を食べてきた。このチームのメンバーの間では有名な、武蔵中原の名店「ホルセン」ね。実はこの店、おれは昨日が初めてだった。引退してから、こういう形で来ることになるとは思ってなかったよ。
引退してからもう半年近くなるけれど、元チームメイトと呑む機会が現役の頃よりも増えたような気がする。自分でいうのもなんだけれど、結構引っ込み思案な性格で、現役の頃はあまりそういう場に顔を出すことがなかったんだ。不思議なものだなと思うよ。今だから気さくに話せるような部分があったりもするしね。こういう繋がりは、本当に大切にしていきたいと、最近よく思います。
それから、このブログが思っていた以上に読まれていることを知って、正直かなり驚いた。そんなつもりで書いていなかったからね。
ここは、おれの跡地です。
引退してしばらくした頃に、おれの心をなぜかよぎった、親父の好きな言葉。
「日々是感動」
この言葉は、正しいかどうかは知らないけれど、おれ自身の英訳によって、このブログのタイトルにもなっている。感動というのは、心を開くことだと思う。感ずるところなんて、そこらじゅうにあるはずなんだ。ただその瞬間に、扉が閉じてさえいなければ、感動はいろんなところに転がっていると思う。そして、「どう感じるか」はきっと、「どう生きるか」を決めるスタートライン。あとは感じたままに動けばいいだけだからね。
特に考えて始めた訳ではないけれど、きっとおれは、まずは扉を開けようと思って、この試みを始めたのかなって、今にしてみれば思ったりもするんだ。
そして、だからこそここは、おれの跡地なんです。
なにかを感じたときに、その「感じ」に形を与えていくような、そんな作業の跡。
でもさ、跡地だってきちんとデザインすれば、別のなにかにもなり得るのかなって。
今はひそかに、そんなことを企んでいたりもします。
引退してからもう半年近くなるけれど、元チームメイトと呑む機会が現役の頃よりも増えたような気がする。自分でいうのもなんだけれど、結構引っ込み思案な性格で、現役の頃はあまりそういう場に顔を出すことがなかったんだ。不思議なものだなと思うよ。今だから気さくに話せるような部分があったりもするしね。こういう繋がりは、本当に大切にしていきたいと、最近よく思います。
それから、このブログが思っていた以上に読まれていることを知って、正直かなり驚いた。そんなつもりで書いていなかったからね。
ここは、おれの跡地です。
引退してしばらくした頃に、おれの心をなぜかよぎった、親父の好きな言葉。
「日々是感動」
この言葉は、正しいかどうかは知らないけれど、おれ自身の英訳によって、このブログのタイトルにもなっている。感動というのは、心を開くことだと思う。感ずるところなんて、そこらじゅうにあるはずなんだ。ただその瞬間に、扉が閉じてさえいなければ、感動はいろんなところに転がっていると思う。そして、「どう感じるか」はきっと、「どう生きるか」を決めるスタートライン。あとは感じたままに動けばいいだけだからね。
特に考えて始めた訳ではないけれど、きっとおれは、まずは扉を開けようと思って、この試みを始めたのかなって、今にしてみれば思ったりもするんだ。
そして、だからこそここは、おれの跡地なんです。
なにかを感じたときに、その「感じ」に形を与えていくような、そんな作業の跡。
でもさ、跡地だってきちんとデザインすれば、別のなにかにもなり得るのかなって。
今はひそかに、そんなことを企んでいたりもします。
Friday, June 10, 2005
『空港にて』読了
村上龍さんの短編集『空港にて』、読了。
ここのところ小説となると、ほとんど龍さんしか読んでないかもしれないね。
本には、あるいは作家には、出逢う時期というのがあると思う。
同じ1冊の本でも、いつ出逢い、手に取るかによって響き方はまったく違うものになる。そしてその出逢い方がぴたりとはまると、それは自分にとっての「世界」の少なくともある部分を、本当にがらりと変えてしまったりするよね。
大学を卒業してからのおれにとって、龍さんはまさにそれだった。
龍さんの作品を最初に読んだのは、おそらく高校生の頃だと思う。
今はポーランドにいる親友が薦めてくれたのが、『五分後の世界』だった。その時も良い作品だと思ったけれど、本当に自分の価値観やものの見方を揺さぶるようなインパクトは、当時のおれにはなかったかもしれない。今考えると、その頃のおれには、この作品を受け入れるだけの土壌がなかったのかなと思うけれど。
次に龍さんの作品を手に取ることになるのは、随分先の2000年。その頃刊行された『希望の国のエクソダス』という作品を、ラグビー部の先輩が薦めてくれたのだけれど、こいつは掛け値なしに素晴らしかった。その時の感動は今でも覚えてるよ。
龍さんは当時、インターネット上で読者に対して「日本の教育問題を解決する方法は?」という問いかけをしていた。龍さんがこの問いに対して用意していた答えは「全国の中学生が一斉に集団不登校をする」というものだったのだけれど、その答えに対して、読者からはかなりの(否定的な)反響があったらしい。そうした反響を受けて龍さんは、教育に対する解のひとつを「小説」という形式で提示することになるのだけれど、それがこの作品。
パキスタンで地雷処理に従事する16歳の少年「ナマムギ」の存在がトリガーとなって、全国の中学校で集団不登校が発生するところから、物語は始まる。数十万にのぼる不登校の生徒たちは、ポンちゃんというひとりの少年を中心として、"ASUNARO"という名の全国的なネットワークを形成していく。"ASUNARO"はやがて、インターネットを最大限に活用して経済的自立をなし得ると、物凄いムーブメントを巻き起こしていく。そしてポンちゃんたちは、彼らなりの「日本への回答」を求めて、ひとつの試みへと向かっていく。
ドラスティックな展開と大胆な設定。でもそれだけじゃない。徹底的に精緻な取材をして、極めて緻密に、正確に書こうという姿勢が貫かれている。龍さんらしい本当に良い作品だと思う。
この小説の中で、主人公のポンちゃんが国会で答弁をするシーンがあるのだけれど、そこでポンちゃんが語った言葉は、とても印象的なものだった。
「この国には何でもある。本当にいろいろなものがあります。だが、希望だけがない」
これほど鋭く日本の現在を切り取った言葉は、他にはないと思う。
さて、長くなってしまったけれど、その後社会人になって『69』と出逢うと、そこからはもうひたすら龍さんの作品を読み耽ることになる。『五分後の世界』や『希望の国のエクソダス』も、改めて読み直した。小説、エッセイ、対談。あらゆるものに惹かれ、次から次へと手に取るようになった。過去の作品すべてを読み切るまではまだ遠いけれど、これから先も、当分は龍さんの作品を追い続けることになると思う。龍さんの一連の著作は、単純におもしろいというだけではなくて、おれの考え方や、ちょっと大袈裟に言えば「世界の見方」のある部分を、自分でも驚いてしまうほどに変えてしまうことになった。厳密に言うと、「変えた」というよりも、自分の中にくすぶっていたものに、ある種の形を与えてくれた、と言った方が近いかもしれない。
だからおれは、龍さんのことは、尊敬してやみません。
そんな龍さんの短編集『空港にて』。
『空港にて』は、日常的な空間におけるごく限られた時間を切り出して、そこに凝縮されたエッセンスを詰め込んだような作品。例えば空港で待ち合わせをしているほんの数分、あるいはコンビニで商品を選んでいるわずか数秒。そうした短い時間の中に、なんらかの意味づけを与えていくような背景や、過去や、そういうものが丁寧に織り込まれていく。そして、そんな作品の中で龍さんは、「希望」を書こうとしたのだと、あとがきに残している。
「希望」というのは、きっと人それぞれのものだと思う。5年前にポンちゃんが語ったように、そもそも現代の日本において、共同体として共有されるような希望というのは、もはや成立しないのかもしれない。それでもこの短編の中には、希望らしきものが散りばめられているし、それをおれは、希望のひとつの形として受け止めている。
そういう「希望」のあり方は、嫌いじゃありません。
とても良い短編。すぐに読めるし、良かったら読んでみてください。
ここのところ小説となると、ほとんど龍さんしか読んでないかもしれないね。
本には、あるいは作家には、出逢う時期というのがあると思う。
同じ1冊の本でも、いつ出逢い、手に取るかによって響き方はまったく違うものになる。そしてその出逢い方がぴたりとはまると、それは自分にとっての「世界」の少なくともある部分を、本当にがらりと変えてしまったりするよね。
大学を卒業してからのおれにとって、龍さんはまさにそれだった。
龍さんの作品を最初に読んだのは、おそらく高校生の頃だと思う。
今はポーランドにいる親友が薦めてくれたのが、『五分後の世界』だった。その時も良い作品だと思ったけれど、本当に自分の価値観やものの見方を揺さぶるようなインパクトは、当時のおれにはなかったかもしれない。今考えると、その頃のおれには、この作品を受け入れるだけの土壌がなかったのかなと思うけれど。
次に龍さんの作品を手に取ることになるのは、随分先の2000年。その頃刊行された『希望の国のエクソダス』という作品を、ラグビー部の先輩が薦めてくれたのだけれど、こいつは掛け値なしに素晴らしかった。その時の感動は今でも覚えてるよ。
龍さんは当時、インターネット上で読者に対して「日本の教育問題を解決する方法は?」という問いかけをしていた。龍さんがこの問いに対して用意していた答えは「全国の中学生が一斉に集団不登校をする」というものだったのだけれど、その答えに対して、読者からはかなりの(否定的な)反響があったらしい。そうした反響を受けて龍さんは、教育に対する解のひとつを「小説」という形式で提示することになるのだけれど、それがこの作品。
パキスタンで地雷処理に従事する16歳の少年「ナマムギ」の存在がトリガーとなって、全国の中学校で集団不登校が発生するところから、物語は始まる。数十万にのぼる不登校の生徒たちは、ポンちゃんというひとりの少年を中心として、"ASUNARO"という名の全国的なネットワークを形成していく。"ASUNARO"はやがて、インターネットを最大限に活用して経済的自立をなし得ると、物凄いムーブメントを巻き起こしていく。そしてポンちゃんたちは、彼らなりの「日本への回答」を求めて、ひとつの試みへと向かっていく。
ドラスティックな展開と大胆な設定。でもそれだけじゃない。徹底的に精緻な取材をして、極めて緻密に、正確に書こうという姿勢が貫かれている。龍さんらしい本当に良い作品だと思う。
この小説の中で、主人公のポンちゃんが国会で答弁をするシーンがあるのだけれど、そこでポンちゃんが語った言葉は、とても印象的なものだった。
「この国には何でもある。本当にいろいろなものがあります。だが、希望だけがない」
これほど鋭く日本の現在を切り取った言葉は、他にはないと思う。
さて、長くなってしまったけれど、その後社会人になって『69』と出逢うと、そこからはもうひたすら龍さんの作品を読み耽ることになる。『五分後の世界』や『希望の国のエクソダス』も、改めて読み直した。小説、エッセイ、対談。あらゆるものに惹かれ、次から次へと手に取るようになった。過去の作品すべてを読み切るまではまだ遠いけれど、これから先も、当分は龍さんの作品を追い続けることになると思う。龍さんの一連の著作は、単純におもしろいというだけではなくて、おれの考え方や、ちょっと大袈裟に言えば「世界の見方」のある部分を、自分でも驚いてしまうほどに変えてしまうことになった。厳密に言うと、「変えた」というよりも、自分の中にくすぶっていたものに、ある種の形を与えてくれた、と言った方が近いかもしれない。
だからおれは、龍さんのことは、尊敬してやみません。
そんな龍さんの短編集『空港にて』。
『空港にて』は、日常的な空間におけるごく限られた時間を切り出して、そこに凝縮されたエッセンスを詰め込んだような作品。例えば空港で待ち合わせをしているほんの数分、あるいはコンビニで商品を選んでいるわずか数秒。そうした短い時間の中に、なんらかの意味づけを与えていくような背景や、過去や、そういうものが丁寧に織り込まれていく。そして、そんな作品の中で龍さんは、「希望」を書こうとしたのだと、あとがきに残している。
「希望」というのは、きっと人それぞれのものだと思う。5年前にポンちゃんが語ったように、そもそも現代の日本において、共同体として共有されるような希望というのは、もはや成立しないのかもしれない。それでもこの短編の中には、希望らしきものが散りばめられているし、それをおれは、希望のひとつの形として受け止めている。
そういう「希望」のあり方は、嫌いじゃありません。
とても良い短編。すぐに読めるし、良かったら読んでみてください。
Tuesday, June 07, 2005
魂を生きる
世界最高齢、71歳でのヨット単独無寄港世界1周の達成から一夜。
斉藤さんが、今朝のニュース番組に生出演していたのだけれど、その中で、すごく印象に残った言葉があったんだ。
234日の航海を終えた愛艇「酒呑童子Ⅱ」の上から、斉藤さんはスタジオのアナウンサーの質問に答えていくのだけれど、ひとしきり愛艇の状況や、航海中の食事に関する話題を終えたところで、アナウンサーがこんな質問をしたんだ。
「今回の航海で得たものは、なんですか?」
それに対して斉藤さんは、特に考え込む様な素振りもなく、ごく自然な態度で淡々と答えるのだけれど、その時の斉藤さんの言葉に、すごく新鮮な感覚を覚えたんだ。
斉藤さんの答えは、ひとこと。
「なにもないよ」
この時に、心底思った。この人は、ただやりたかったんだ、って。
ただやりたい。この思いこそ原点だよね。斉藤さんは、決してなにかを得る為に海に出たのではないんだ。ただ、どうしようもなくチャレンジしたかったんだ。それはきっと、いっさいの打算が介在しない純真無垢の欲求。斉藤さんは、そんな自分のコアの欲求に誰よりも実直だったんだろうな。
あの言葉を聞いた瞬間、そんなふうに思った。
それにしても、アナウンサーの質問。
こういう質問には、一定の答えが返ってくることを最初から前提にしているようなところがあるよね。
「挑戦し続けることの大切さを改めて知ったことですね」
「幾つになっても、挑戦し続ければ絶対に夢は叶うんだ、という自信ですね」
例えばこんな答えというのが、質問者や、それを見ている側の人間の中で、最初からある程度期待されているような感じがする。こういうところは、とても日本的なコミュニケーションだと思うのだけれど、答える前から、答えに対してある程度の「期待値の幅」が忍び込ませてあるような質問というのは、実はかなりあるよね。
よく友達に話していたのは、野球のヒーローインタビュー。
あれなんかは、そもそも質問をしない。
「初球のストレート — 狙ってました。」なんて言われると、
「そうですね。前の打席では内角を詰まらされていたんでね、同じ配球が来るだろうと狙ってましたね。」なんて返してしまう。
考えてみれば、とても不思議なコミュニケーションだと思う。もっと言えば、そもそもコミュニケーションと言えるのかどうかも怪しいかもしれない。
斉藤さんの答えは、その期待値に収まっていかない。そこがきっと、斉藤さんの魅力なのだと思う。少なくともおれは、そういう姿勢は格好良いと思う。
「なにもないよ」という言葉は、期待値の外側にある。それはとりもなおさず、斉藤さんが「周囲の期待値」ではなくて「自分の魂」を言葉にしている、ということだと思う。そして言葉は、その人そのもの。自分の魂を語る斉藤さんは、自分の魂を生きている人でもあるんだろうなって、そう思った。
それが、格好良いんだね。
斉藤さんが、今朝のニュース番組に生出演していたのだけれど、その中で、すごく印象に残った言葉があったんだ。
234日の航海を終えた愛艇「酒呑童子Ⅱ」の上から、斉藤さんはスタジオのアナウンサーの質問に答えていくのだけれど、ひとしきり愛艇の状況や、航海中の食事に関する話題を終えたところで、アナウンサーがこんな質問をしたんだ。
「今回の航海で得たものは、なんですか?」
それに対して斉藤さんは、特に考え込む様な素振りもなく、ごく自然な態度で淡々と答えるのだけれど、その時の斉藤さんの言葉に、すごく新鮮な感覚を覚えたんだ。
斉藤さんの答えは、ひとこと。
「なにもないよ」
この時に、心底思った。この人は、ただやりたかったんだ、って。
ただやりたい。この思いこそ原点だよね。斉藤さんは、決してなにかを得る為に海に出たのではないんだ。ただ、どうしようもなくチャレンジしたかったんだ。それはきっと、いっさいの打算が介在しない純真無垢の欲求。斉藤さんは、そんな自分のコアの欲求に誰よりも実直だったんだろうな。
あの言葉を聞いた瞬間、そんなふうに思った。
それにしても、アナウンサーの質問。
こういう質問には、一定の答えが返ってくることを最初から前提にしているようなところがあるよね。
「挑戦し続けることの大切さを改めて知ったことですね」
「幾つになっても、挑戦し続ければ絶対に夢は叶うんだ、という自信ですね」
例えばこんな答えというのが、質問者や、それを見ている側の人間の中で、最初からある程度期待されているような感じがする。こういうところは、とても日本的なコミュニケーションだと思うのだけれど、答える前から、答えに対してある程度の「期待値の幅」が忍び込ませてあるような質問というのは、実はかなりあるよね。
よく友達に話していたのは、野球のヒーローインタビュー。
あれなんかは、そもそも質問をしない。
「初球のストレート — 狙ってました。」なんて言われると、
「そうですね。前の打席では内角を詰まらされていたんでね、同じ配球が来るだろうと狙ってましたね。」なんて返してしまう。
考えてみれば、とても不思議なコミュニケーションだと思う。もっと言えば、そもそもコミュニケーションと言えるのかどうかも怪しいかもしれない。
斉藤さんの答えは、その期待値に収まっていかない。そこがきっと、斉藤さんの魅力なのだと思う。少なくともおれは、そういう姿勢は格好良いと思う。
「なにもないよ」という言葉は、期待値の外側にある。それはとりもなおさず、斉藤さんが「周囲の期待値」ではなくて「自分の魂」を言葉にしている、ということだと思う。そして言葉は、その人そのもの。自分の魂を語る斉藤さんは、自分の魂を生きている人でもあるんだろうなって、そう思った。
それが、格好良いんだね。
Monday, June 06, 2005
孤闘するひとへ
酒呑童子Ⅱがついに、列島に辿り着いた。
http://www.canal-wt.com/~Challenge-7/index.htm
斉藤実さんのことは、日本ではあまり知られていない。
今回で世界を7回廻ったことになる恐るべきおっさんだけれど、報道もほとんどされていなくて、ヨットに携わる人間と『孤闘』を読んだ人間以外には、あまり目に触れることがないのだと思う。
斉藤さんの著書『孤闘』を読んだ時、その凄まじさに圧倒された。
凄まじさというのは、徹底して己の信念のみの為に生きる姿勢の迫力。30代半ばにして出逢ったヨットに己の全てを惜しみなく捧げるその生き方は、本当に凄まじいとしか言いようがない。
おれは斉藤さんのことを、その著書でしか知らない。
もちろん、会ったことも話したこともない。
それでもこうしておれの心に突き刺さってくる、迫力。
現在71歳。世界を6周してなお単独無寄港世界1周にチャレンジする、あくなき欲求と挑戦心。そして、それを見事に達成してしまう行動力と実行力。
ほんと、すごいおっさんです。三崎から遠く離れた綾瀬の部屋で、ひとり勝手に尊敬しています。
http://www.canal-wt.com/~Challenge-7/index.htm
斉藤実さんのことは、日本ではあまり知られていない。
今回で世界を7回廻ったことになる恐るべきおっさんだけれど、報道もほとんどされていなくて、ヨットに携わる人間と『孤闘』を読んだ人間以外には、あまり目に触れることがないのだと思う。
斉藤さんの著書『孤闘』を読んだ時、その凄まじさに圧倒された。
凄まじさというのは、徹底して己の信念のみの為に生きる姿勢の迫力。30代半ばにして出逢ったヨットに己の全てを惜しみなく捧げるその生き方は、本当に凄まじいとしか言いようがない。
おれは斉藤さんのことを、その著書でしか知らない。
もちろん、会ったことも話したこともない。
それでもこうしておれの心に突き刺さってくる、迫力。
現在71歳。世界を6周してなお単独無寄港世界1周にチャレンジする、あくなき欲求と挑戦心。そして、それを見事に達成してしまう行動力と実行力。
ほんと、すごいおっさんです。三崎から遠く離れた綾瀬の部屋で、ひとり勝手に尊敬しています。
Sunday, June 05, 2005
タマリバ戦
6月5日(日)11:30 K.O. @東大駒場G
WMM 17-15 タマリバ
ずっと楽しみにしていたゲーム、なんとかものにしました。
厳しいゲームだった。前半こそ5−0とリードして折り返したものの、後半に入ると自分たちのミスから2トライを奪われ、12-15と逆転を許してしまう。そして、リードされたまま終了間際を迎えるのだけれど、土壇場のところでビッグプレーが生まれる。敵陣ゴール前での相手キックをFLの宋がチャージ、こぼれたボールをNo.8の依田がすかさず押さえて逆転トライ。これで辛くも勝利を掴むことができた。
とにかく、勝ってよかったよ。
はっきり言って、WMMは巧いチームじゃない。センス溢れるような選手は、ほとんど皆無と言ってもいいと思う。走り切れるWTBだっていない。FWのサイズだって大きくないし、気の利いたプレーが出来る選手は数えるほどしかいないチームだ。(おれ自身、気の利いたプレーなんて全然出来ないけれど。)
でも勝てたのは、ひとえにディフェンスだったと思う。
WMMのゲームの中では、今日のディフェンスの出来はとてもよかった。Ch0-1のところは殆ど切られなかったし、逆に接点で押し込んでいくシーンもかなりあった。とにかくしつこいタックル、というのは、忘れちゃいけない東大のアイデンティティだからね。
個人的にも、タックルはそんなに錆び付いてないような気がして、少しだけうれしかった。1トライも取ったし、1ヶ月振りのゲームにしてはそれほど悪くなかったんじゃないかと思う。
おれ自身の今後の課題は、細かいミスをとにかく無くすこと。そして、もっと走ることだね。アタックセンスは相変わらずないけれど、がむしゃらに乗っていけば、いずれ活路は開けるかなって。
そんなわけで、タマリバに勝利できたのは、まずはよかった。
でも、あれ2本目だね。メンツ1.5本目、メンタル2本目だ。
WMMとしては、どんな形であれ、相手がどんなメンツであれ、タマリバに勝利した意味は大きい。けれど、発足当初の目標を失っていないなら、あれがターゲットじゃないと痛切に感じた。実際、タマリバの主力メンバーは、同じく今日行われたセブンスの大会に参加しているらしい。次はもっと相手が本気になるようなマッチメイクが出来るといいなと思うよ。CTBとしては、やっぱり裕司さんに出てほしかったね。
それから、ちとがっかりしたこともある。
それは、集合時間に全然メンバーが集まらなかったこと。時間までに来たのは、わずか3人だけだった。アップに間に合わないとか、そういうことはなかったけれど、どうせ来ないのなら最初から時間を遅くすればいいのに。
本音を言うと、この時かなりモチベーションが下がった。なんだそれ、って。
クラブラグビーだから、基本は選手の自主性のもとに、やりたいやつが集まればいいのだけれど、でもやっぱり、どうかと思うんだ。来ると言ったのは自分なのだから、約束を守るのは最低限のマナーだと思う。集合時間が早すぎるのなら、遅くすればいい。そんなに難しいことではないと思うのだけれど。
WMMは、今日のゲームをもって、暫くオフに入るらしい。
おれはというと、次の目標は国体予選だね。出番があるかどうかは分からないけれど、ゲームに向けて練習は続けていきたいと思っている。ただ、WMMがオフになってしまうと、次の練習環境を探さないといけないので、ちょっと困っている。
なので今後は、タマリバの練習にちょっと顔を出してみようかと思ってるところです。
WMM 17-15 タマリバ
ずっと楽しみにしていたゲーム、なんとかものにしました。
厳しいゲームだった。前半こそ5−0とリードして折り返したものの、後半に入ると自分たちのミスから2トライを奪われ、12-15と逆転を許してしまう。そして、リードされたまま終了間際を迎えるのだけれど、土壇場のところでビッグプレーが生まれる。敵陣ゴール前での相手キックをFLの宋がチャージ、こぼれたボールをNo.8の依田がすかさず押さえて逆転トライ。これで辛くも勝利を掴むことができた。
とにかく、勝ってよかったよ。
はっきり言って、WMMは巧いチームじゃない。センス溢れるような選手は、ほとんど皆無と言ってもいいと思う。走り切れるWTBだっていない。FWのサイズだって大きくないし、気の利いたプレーが出来る選手は数えるほどしかいないチームだ。(おれ自身、気の利いたプレーなんて全然出来ないけれど。)
でも勝てたのは、ひとえにディフェンスだったと思う。
WMMのゲームの中では、今日のディフェンスの出来はとてもよかった。Ch0-1のところは殆ど切られなかったし、逆に接点で押し込んでいくシーンもかなりあった。とにかくしつこいタックル、というのは、忘れちゃいけない東大のアイデンティティだからね。
個人的にも、タックルはそんなに錆び付いてないような気がして、少しだけうれしかった。1トライも取ったし、1ヶ月振りのゲームにしてはそれほど悪くなかったんじゃないかと思う。
おれ自身の今後の課題は、細かいミスをとにかく無くすこと。そして、もっと走ることだね。アタックセンスは相変わらずないけれど、がむしゃらに乗っていけば、いずれ活路は開けるかなって。
そんなわけで、タマリバに勝利できたのは、まずはよかった。
でも、あれ2本目だね。メンツ1.5本目、メンタル2本目だ。
WMMとしては、どんな形であれ、相手がどんなメンツであれ、タマリバに勝利した意味は大きい。けれど、発足当初の目標を失っていないなら、あれがターゲットじゃないと痛切に感じた。実際、タマリバの主力メンバーは、同じく今日行われたセブンスの大会に参加しているらしい。次はもっと相手が本気になるようなマッチメイクが出来るといいなと思うよ。CTBとしては、やっぱり裕司さんに出てほしかったね。
それから、ちとがっかりしたこともある。
それは、集合時間に全然メンバーが集まらなかったこと。時間までに来たのは、わずか3人だけだった。アップに間に合わないとか、そういうことはなかったけれど、どうせ来ないのなら最初から時間を遅くすればいいのに。
本音を言うと、この時かなりモチベーションが下がった。なんだそれ、って。
クラブラグビーだから、基本は選手の自主性のもとに、やりたいやつが集まればいいのだけれど、でもやっぱり、どうかと思うんだ。来ると言ったのは自分なのだから、約束を守るのは最低限のマナーだと思う。集合時間が早すぎるのなら、遅くすればいい。そんなに難しいことではないと思うのだけれど。
WMMは、今日のゲームをもって、暫くオフに入るらしい。
おれはというと、次の目標は国体予選だね。出番があるかどうかは分からないけれど、ゲームに向けて練習は続けていきたいと思っている。ただ、WMMがオフになってしまうと、次の練習環境を探さないといけないので、ちょっと困っている。
なので今後は、タマリバの練習にちょっと顔を出してみようかと思ってるところです。
Saturday, June 04, 2005
『痛快!憲法学』読了
小室直樹さんの『痛快!憲法学』を、先日ついに読み切った。
あまりに刺激的で、ほとんど感動してしまうほどだった。
ちょっと分量は多いけれど、出来る限り多くの人に読んでほしい一冊だね。
そもそも、憲法はなぜ必要なのだろう。
小室さんの説明は、こんな基本的な質問から始まる。
小室さんによると、法というのは「誰かに対して書かれた強制的な命令」というように定義される。どんな法にも対象がある。対象となる「誰か」は法によって異なるけれど、その「誰か」は必ず法を守らなければならないし、法によって一定の縛りを受けることになる。
それならば、憲法は誰に対して書かれたものなのか。
小室さんは、明確にこういうわけ。憲法とは「国家」を縛る法である、って。
ホッブスは国家権力を「リヴァイアサン」と形容したけれど、国家権力の持つ力は恐るべきものがある。近代国家には、軍隊や警察といった暴力装置を持ち、ひとたび暴走を許せば、国民の基本的人権など容易に奪うだけの権力を備えている。そんな怪物を縛りつけ、国民の基本的人権を守り抜く為に、憲法は存在するんだ。
こんな憲法の基礎すら、自分の中で明確に落とし込まれている人間は少ないだろうと思う。おれ自身がまさにそうだった。日本では改憲論議が起こり始めているけれど、憲法の意味すら知らないようでは、改憲論の是非を問う以前の問題だよね。
おれは、憲法の存在理由が語られた1章・2章で完全にまいってしまったのだけれど、ここから先もすごい。
国家を縛る法としての「憲法」を語る為には、まずは憲法の発祥たる中性ヨーロッパにおいて「国家」というものがいかにして生まれたのかを知らなければならない。そして、その「国家」がリヴァイアサンとなる過程を知らなければならない。さらには、その後の近代革命とジョン・ロックの「社会契約説」によって方向づけられた近代国家の新たな道筋を、そして民主主義の意味も知らなければならない。そして、こうしたことを本質的に理解する為には、すべての前提たるキリスト教と予定説を知らなければならない。
このようにして、小室さんは憲法の本質に深く迫り込んでいく。
しかも、とても易しいことばで。
するとその時、初めて見えてくることがある。それは、日本国憲法の現在。日本における憲法の問題がいったいどこにあるのか、現在の日本はどのような状況に置かれているのか、そういったことが、今までとは違った形で浮かびあがってくるんだ。
こうした思考の過程を辿っていくのは、本当に刺激的だよね。
ずっと思ってきたことではあるけれど、この本を読んで、改めて日本が民主主義国家でも自由主義国家でもないことが分かった。小室さんは「近代国家ですらない」とまで言っている。日本が背負った問題の根は、あまりに深く、途方に暮れてしまうほどだね。
それから、もうひとつ痛感したこと。おれ自身、歴史を知らなすぎるね。この本を読んで、歴史から学ぶということの意味、そして歴史を知らなければ、そもそも「考える」地平にすら立てないことがある、ということを痛切に感じた。当たり前のことだけれど、歴史というのは、教科書に書かれたただの記述なんかでは全然ないね。
憲法だけじゃない。今まで無自覚に常識と思ってきたことが次々と覆されていく、そんな一冊。そしてこの本は、「考える」というのがどのような作業なのかということを、まさに小室さん自身の「思考の跡」をもって示してくれる。まさに「知」の詰まった作品。
是非、読んでみてほしいです。
あまりに刺激的で、ほとんど感動してしまうほどだった。
ちょっと分量は多いけれど、出来る限り多くの人に読んでほしい一冊だね。
そもそも、憲法はなぜ必要なのだろう。
小室さんの説明は、こんな基本的な質問から始まる。
小室さんによると、法というのは「誰かに対して書かれた強制的な命令」というように定義される。どんな法にも対象がある。対象となる「誰か」は法によって異なるけれど、その「誰か」は必ず法を守らなければならないし、法によって一定の縛りを受けることになる。
それならば、憲法は誰に対して書かれたものなのか。
小室さんは、明確にこういうわけ。憲法とは「国家」を縛る法である、って。
ホッブスは国家権力を「リヴァイアサン」と形容したけれど、国家権力の持つ力は恐るべきものがある。近代国家には、軍隊や警察といった暴力装置を持ち、ひとたび暴走を許せば、国民の基本的人権など容易に奪うだけの権力を備えている。そんな怪物を縛りつけ、国民の基本的人権を守り抜く為に、憲法は存在するんだ。
こんな憲法の基礎すら、自分の中で明確に落とし込まれている人間は少ないだろうと思う。おれ自身がまさにそうだった。日本では改憲論議が起こり始めているけれど、憲法の意味すら知らないようでは、改憲論の是非を問う以前の問題だよね。
おれは、憲法の存在理由が語られた1章・2章で完全にまいってしまったのだけれど、ここから先もすごい。
国家を縛る法としての「憲法」を語る為には、まずは憲法の発祥たる中性ヨーロッパにおいて「国家」というものがいかにして生まれたのかを知らなければならない。そして、その「国家」がリヴァイアサンとなる過程を知らなければならない。さらには、その後の近代革命とジョン・ロックの「社会契約説」によって方向づけられた近代国家の新たな道筋を、そして民主主義の意味も知らなければならない。そして、こうしたことを本質的に理解する為には、すべての前提たるキリスト教と予定説を知らなければならない。
このようにして、小室さんは憲法の本質に深く迫り込んでいく。
しかも、とても易しいことばで。
するとその時、初めて見えてくることがある。それは、日本国憲法の現在。日本における憲法の問題がいったいどこにあるのか、現在の日本はどのような状況に置かれているのか、そういったことが、今までとは違った形で浮かびあがってくるんだ。
こうした思考の過程を辿っていくのは、本当に刺激的だよね。
ずっと思ってきたことではあるけれど、この本を読んで、改めて日本が民主主義国家でも自由主義国家でもないことが分かった。小室さんは「近代国家ですらない」とまで言っている。日本が背負った問題の根は、あまりに深く、途方に暮れてしまうほどだね。
それから、もうひとつ痛感したこと。おれ自身、歴史を知らなすぎるね。この本を読んで、歴史から学ぶということの意味、そして歴史を知らなければ、そもそも「考える」地平にすら立てないことがある、ということを痛切に感じた。当たり前のことだけれど、歴史というのは、教科書に書かれたただの記述なんかでは全然ないね。
憲法だけじゃない。今まで無自覚に常識と思ってきたことが次々と覆されていく、そんな一冊。そしてこの本は、「考える」というのがどのような作業なのかということを、まさに小室さん自身の「思考の跡」をもって示してくれる。まさに「知」の詰まった作品。
是非、読んでみてほしいです。
Wednesday, June 01, 2005
準備するスキル
ひそかに読んでいる某先輩のブログに影響されたわけではないのだけれど、「準備する」ということについて、おれもちょっと考えてしまった。
おれの方は、ラグビーではなくて、ビジネスから始まるのだけれど。
例えば、自分が保険の営業だとする。
お客様からある商品説明の依頼を受けて、お時間を頂戴した場合を考えてみる。仮に終身の生命保険としようか。
そのとき、お客様先に伺う日までの時間を、どう使うか。
まず、自分が説明する商品の詳細をおさらいするだろう。その特徴、メリット、価格、契約までのプロセス、実績。例えばそういうものだよね。それから、きっと競合他社製品との比較をしておくだろう。数ある類似商品の中からあえて自社の商品を契約いただく為の、自社商品ならではの価値がほしいところだ。商品自体の競争力が弱ければ、営業のリレーションシップであったり、企業の健全性であったり、いろんなものを考えておくと思う。さらには、可能であればお客様の家族構成や、現在の保険の加入状況なんかを聞き出しておくのもいいかもしれない。配偶者・子供の有無によって、必要な保険金は当然変わってくるし、そうであれば、お客様にお届けすべきメッセージも当然変わってくるよね。別の保険に加入しているのであれば、乗り換えの事例やメリットが必要になってくるかもしれない。
お客様は、そうしたすべてを言ってくれない。
きっと一言、「おたくの保険のことを聞きたいのだけれど、説明してもらえませんか」って言うだけだ。
たった一言。でも、そこから考えられるあらゆるケースを想定し、あらゆる質問に対応できるようにしておく。こういうのは、営業としての「準備」なのだと思う。
でさ、ここでおれが思うのは、「準備するスキル」ということなんだ。
つまり、「準備」というのは、それだけである種のスキルなんじゃないか。
おれ自身が営業をしているのでよく分かるのだけれど、すごい営業というのは、例外なく「準備のスキル」が高いような気がする。事前の準備が、とても正確で、きちんとしていて、ポイントを押さえている。そういう準備がされていると、お客様から頂戴した貴重な10分や20分の価値は、まったく違うものになるよね。
ただ、実は「準備」は簡単じゃない。というのは、経験や知識がない人間には、そもそも準備するポイントが分からないんだ。
営業であれば、お客様のニーズに応えることが仕事であって、当然、お客様がどこに関心を寄せているかを知ることから、準備は始まる。お客様の関心は、どこにあるだろう。ここで必要なのは、まさに想像力だ。
それは、お客様を自分の中で勝手にイメージすることじゃない。そうではなくて、あらゆるケースを想定しておく、ということだ。先ほどの保険の例で言えば、「27歳男性」と聞いて、500万程度の終身だな、といった勝手な想像をするのではなくて、その男性が保険に興味を持った背景から、考えられるパターンをいくつも想像しておくんだ。既婚だろうか。子供もいるんだろうか。配偶者には収入があるのだろうか。金融に対する理解はどの程度だろうか。実は保険商品での運用を考えていたりしないだろうか。そういったことを、徹底的に考えておく、そんな想像力が必要になってくるのだと思う。
そして、こうした想像力には、副産物がある。それは、不安。あらゆるケースを想定した時に、自分が回答を持ち合わせていない部分があることに気づく。お客様から聞かれる可能性があることに対して、回答を持たずにお客様に対峙することは、不安だ。だから、不安を解消するべく、準備をすることになる。不安要素に対する即応性というのも、こうした想像力があってこそかもしれない。
以前に書いたけれど、想像力には「ベース」が必要だと、おれは思っている。
それは知識かもしれないし、経験かもしれない。情熱かもしれない。あるいは、圧倒的な能力なのかもしれない。なにをベースに置くのかは、きっと人それぞれだと思う。それでも、想像力のベースがなければ、不安を持てないだろうし、きっと「準備」ということの意味を認識できないと思う。準備はスキルだとおれが思うのは、まさにこの点においてなんだ。
そして、今のおれはというと、悔しいけれど、想像力のベースも、準備するスキルも、圧倒的に足りていないんだ。
長くなってしまったけれど、最後に。
おれ自身は、ラグビーにおける準備も同じじゃないかと思っています。
あらゆるケースを想定し、ゲームに臨む上での不安要素をひとつずつ潰していく。そして、そのプロセスを自信へと変えていく。それこそがラグビーにおける「準備」じゃないか。経験豊富な選手が「準備」の意味を知っているのは、自分自身を相対化し、相手との関係性の中で、想定されるケースを突き詰めるスキルに長けているからだと、おれはそう思ってます。
おれの方は、ラグビーではなくて、ビジネスから始まるのだけれど。
例えば、自分が保険の営業だとする。
お客様からある商品説明の依頼を受けて、お時間を頂戴した場合を考えてみる。仮に終身の生命保険としようか。
そのとき、お客様先に伺う日までの時間を、どう使うか。
まず、自分が説明する商品の詳細をおさらいするだろう。その特徴、メリット、価格、契約までのプロセス、実績。例えばそういうものだよね。それから、きっと競合他社製品との比較をしておくだろう。数ある類似商品の中からあえて自社の商品を契約いただく為の、自社商品ならではの価値がほしいところだ。商品自体の競争力が弱ければ、営業のリレーションシップであったり、企業の健全性であったり、いろんなものを考えておくと思う。さらには、可能であればお客様の家族構成や、現在の保険の加入状況なんかを聞き出しておくのもいいかもしれない。配偶者・子供の有無によって、必要な保険金は当然変わってくるし、そうであれば、お客様にお届けすべきメッセージも当然変わってくるよね。別の保険に加入しているのであれば、乗り換えの事例やメリットが必要になってくるかもしれない。
お客様は、そうしたすべてを言ってくれない。
きっと一言、「おたくの保険のことを聞きたいのだけれど、説明してもらえませんか」って言うだけだ。
たった一言。でも、そこから考えられるあらゆるケースを想定し、あらゆる質問に対応できるようにしておく。こういうのは、営業としての「準備」なのだと思う。
でさ、ここでおれが思うのは、「準備するスキル」ということなんだ。
つまり、「準備」というのは、それだけである種のスキルなんじゃないか。
おれ自身が営業をしているのでよく分かるのだけれど、すごい営業というのは、例外なく「準備のスキル」が高いような気がする。事前の準備が、とても正確で、きちんとしていて、ポイントを押さえている。そういう準備がされていると、お客様から頂戴した貴重な10分や20分の価値は、まったく違うものになるよね。
ただ、実は「準備」は簡単じゃない。というのは、経験や知識がない人間には、そもそも準備するポイントが分からないんだ。
営業であれば、お客様のニーズに応えることが仕事であって、当然、お客様がどこに関心を寄せているかを知ることから、準備は始まる。お客様の関心は、どこにあるだろう。ここで必要なのは、まさに想像力だ。
それは、お客様を自分の中で勝手にイメージすることじゃない。そうではなくて、あらゆるケースを想定しておく、ということだ。先ほどの保険の例で言えば、「27歳男性」と聞いて、500万程度の終身だな、といった勝手な想像をするのではなくて、その男性が保険に興味を持った背景から、考えられるパターンをいくつも想像しておくんだ。既婚だろうか。子供もいるんだろうか。配偶者には収入があるのだろうか。金融に対する理解はどの程度だろうか。実は保険商品での運用を考えていたりしないだろうか。そういったことを、徹底的に考えておく、そんな想像力が必要になってくるのだと思う。
そして、こうした想像力には、副産物がある。それは、不安。あらゆるケースを想定した時に、自分が回答を持ち合わせていない部分があることに気づく。お客様から聞かれる可能性があることに対して、回答を持たずにお客様に対峙することは、不安だ。だから、不安を解消するべく、準備をすることになる。不安要素に対する即応性というのも、こうした想像力があってこそかもしれない。
以前に書いたけれど、想像力には「ベース」が必要だと、おれは思っている。
それは知識かもしれないし、経験かもしれない。情熱かもしれない。あるいは、圧倒的な能力なのかもしれない。なにをベースに置くのかは、きっと人それぞれだと思う。それでも、想像力のベースがなければ、不安を持てないだろうし、きっと「準備」ということの意味を認識できないと思う。準備はスキルだとおれが思うのは、まさにこの点においてなんだ。
そして、今のおれはというと、悔しいけれど、想像力のベースも、準備するスキルも、圧倒的に足りていないんだ。
長くなってしまったけれど、最後に。
おれ自身は、ラグビーにおける準備も同じじゃないかと思っています。
あらゆるケースを想定し、ゲームに臨む上での不安要素をひとつずつ潰していく。そして、そのプロセスを自信へと変えていく。それこそがラグビーにおける「準備」じゃないか。経験豊富な選手が「準備」の意味を知っているのは、自分自身を相対化し、相手との関係性の中で、想定されるケースを突き詰めるスキルに長けているからだと、おれはそう思ってます。
Tuesday, May 31, 2005
Challenge-7
このこともいずれ書こうと思っていたのだけれど、ちょっとだけ。
おれが毎朝必ずチェックしているサイトがあるんだ。
http://www.canal-wt.com/~Challenge-7/index.htm
斉藤さんのことは、斉藤さん自身の著作『孤闘』を読んで知ったんだ。
このサイトは、酒呑童子Ⅱがちょうどホーン岬を越えた頃からずっと見続けている。
だからさ、ゴールした時には、本当に勝手ながら、この場に賛辞を書き連ねたいと思っています。
おれが毎朝必ずチェックしているサイトがあるんだ。
http://www.canal-wt.com/~Challenge-7/index.htm
斉藤さんのことは、斉藤さん自身の著作『孤闘』を読んで知ったんだ。
このサイトは、酒呑童子Ⅱがちょうどホーン岬を越えた頃からずっと見続けている。
だからさ、ゴールした時には、本当に勝手ながら、この場に賛辞を書き連ねたいと思っています。
Sunday, May 29, 2005
謙虚に
学生時代の仲間が作ったクラブチーム"WMM"が、東京都3部の決勝に臨んだ。
相手は、東京外人クラブ。場所はもちろん、キズーチフィールドだ。
WMMの練習にはよく顔を出しているのだけれど、公式戦を観るのは実は初めてだった。選手登録のないおれは、公式戦には出られないし、ふらっと観に行くにはキズーチは遠すぎるからね。
WMMは、春シーズンの目標として、3つの試合を絶対にものにすることを掲げている。1つは、GWに行われた東大現役とのゲーム。これは以前にも書いたけれど、内容はともかく50ー10くらいできっちりと勝っている。残る2試合のひとつは、6月5日(日)に駒場で開催される東大ラグビー祭のイベントのひとつとしてマッチメークされた、タマリバ戦。そしてもうひとつが、この日の東京都3部リーグ決勝戦だったんだ。
結果はというと、12ー0で3部優勝を手にした。
おめでとう。
来週にはタマリバ戦が控えているけれど、まずは3部制覇、お疲れ様でした。
でも、おれの正直な感想を言うと、なにか違うなーって。
試合内容は、はっきり言ってよくなかった。それは観ている側だけの思いではなくて、グラウンドにいた多くのメンバーも、同じことを感じていたと思う。ノーサイドの後、多くのメンバーがそんなコメントをこぼしていた。とにかくミスが多かった。相手の反則とレフリングにフラストして、自滅していた。それでも勝てたのは、3部のレベルではやっぱり底力に勝っていたからだと思うけれど、こんなはずじゃないんだ、という思いは強かったんじゃないか。
でも、おれが抱いた「違う」感じ、というのはそういうことじゃないんだ。
ひとつ言えるとすれば、もっと謙虚にやってもいいのかなって。
クラブだから、活動になんの強制力もないし、普段なかなか練習にまで顔を出せない人も多い。練習していないのだから、ミスが出るのは当たり前だし、仕方のない部分もあると思う。本当にタイトなゲームというのは、そう簡単に出来るものじゃない。おれにしたって同じことで、そのことを偉そうに言うつもりは全然ない。
ミスは出る。でもそこで、「多少ミスがあっても勝つに決まっている」というようなプライドがあって、しかもそのプライドに根拠がない。そんな雰囲気に、たぶん少し違和感を感じたんだ。
練習していないんだ。プライドに根拠があるわけがない。そんなに余裕をかませるほどの貯金を持って卒業したわけじゃないことは、2勝19敗というおれの学生時代の戦績がなにより物語っている。
ミスしたら、謙虚に取り返す。ひとつひとつのプレーに、謙虚になる。
それがクラブラグビーなのかな、って。
東大の魂のひとつは、弱さを知ってることだったはずだからね。
外野から勝手に書いてしまったけれど、WMMは勝利を明確にメッセージしているチームだから、余計にそんなふうに感じたんだと思う。メンバーには失礼だったかもしれないけれど、ふだん練習に参加させてもらっている身として、応援しています。
そして次は、来週のタマリバ戦。こいつは、おれも出られるんだからさ。
とにかく謙虚に、喰らいついてやろうと思ってます。
相手は、東京外人クラブ。場所はもちろん、キズーチフィールドだ。
WMMの練習にはよく顔を出しているのだけれど、公式戦を観るのは実は初めてだった。選手登録のないおれは、公式戦には出られないし、ふらっと観に行くにはキズーチは遠すぎるからね。
WMMは、春シーズンの目標として、3つの試合を絶対にものにすることを掲げている。1つは、GWに行われた東大現役とのゲーム。これは以前にも書いたけれど、内容はともかく50ー10くらいできっちりと勝っている。残る2試合のひとつは、6月5日(日)に駒場で開催される東大ラグビー祭のイベントのひとつとしてマッチメークされた、タマリバ戦。そしてもうひとつが、この日の東京都3部リーグ決勝戦だったんだ。
結果はというと、12ー0で3部優勝を手にした。
おめでとう。
来週にはタマリバ戦が控えているけれど、まずは3部制覇、お疲れ様でした。
でも、おれの正直な感想を言うと、なにか違うなーって。
試合内容は、はっきり言ってよくなかった。それは観ている側だけの思いではなくて、グラウンドにいた多くのメンバーも、同じことを感じていたと思う。ノーサイドの後、多くのメンバーがそんなコメントをこぼしていた。とにかくミスが多かった。相手の反則とレフリングにフラストして、自滅していた。それでも勝てたのは、3部のレベルではやっぱり底力に勝っていたからだと思うけれど、こんなはずじゃないんだ、という思いは強かったんじゃないか。
でも、おれが抱いた「違う」感じ、というのはそういうことじゃないんだ。
ひとつ言えるとすれば、もっと謙虚にやってもいいのかなって。
クラブだから、活動になんの強制力もないし、普段なかなか練習にまで顔を出せない人も多い。練習していないのだから、ミスが出るのは当たり前だし、仕方のない部分もあると思う。本当にタイトなゲームというのは、そう簡単に出来るものじゃない。おれにしたって同じことで、そのことを偉そうに言うつもりは全然ない。
ミスは出る。でもそこで、「多少ミスがあっても勝つに決まっている」というようなプライドがあって、しかもそのプライドに根拠がない。そんな雰囲気に、たぶん少し違和感を感じたんだ。
練習していないんだ。プライドに根拠があるわけがない。そんなに余裕をかませるほどの貯金を持って卒業したわけじゃないことは、2勝19敗というおれの学生時代の戦績がなにより物語っている。
ミスしたら、謙虚に取り返す。ひとつひとつのプレーに、謙虚になる。
それがクラブラグビーなのかな、って。
東大の魂のひとつは、弱さを知ってることだったはずだからね。
外野から勝手に書いてしまったけれど、WMMは勝利を明確にメッセージしているチームだから、余計にそんなふうに感じたんだと思う。メンバーには失礼だったかもしれないけれど、ふだん練習に参加させてもらっている身として、応援しています。
そして次は、来週のタマリバ戦。こいつは、おれも出られるんだからさ。
とにかく謙虚に、喰らいついてやろうと思ってます。
Saturday, May 28, 2005
原点
昨日のことだけど、昨シーズンまでおれがプレーしていたチームのメンバー4人と、久しぶりに呑みに行ってきた。
場所は、手羽先の名店「世界の山ちゃん」ね。
とにかく楽しかった。
手羽先食って、酒飲んで、終電まで延々ラグビーの話してた。
でさ、改めて思ったんだ。
ラグビー、みんな本当に好きなんだなーって。
社会人ラグビーに限らず、ラグビーを続けていると辛いことはいっぱいある。
まず、練習がしんどい。ひたすら走って、タックルして、それからウェイトトレーニングまでやるんだから、楽なわけがない。特に今シーズンの練習は死ぬほど辛いそうで、おれもあと1年続けていたら地獄を見ていただろうね。
そして、痛い。タックル。オーバー。セービング。ラグビーにおいて痛いプレーは避けられないので、必然的に練習でも痛いことが繰り返される。まあでも、これには快感も半分くらいあるので、ここではとりあえず、それで帳消しということにしておいてもいいけれど。
でも、そんなスポーツだから、やっぱり怪我もつきない。怪我でシーズンのかなりの時間を棒に振った選手は数え切れないほどいる。捻挫や脱臼が慢性化してしまって、常に痛みと闘いながらプレーしている選手も多い。怪我はパフォーマンスにも影響してくる。思うように身体が動かない辛さや悔しさというのは、ちょっと言葉にできないほどだ。
まだある。コーチと肌が合わないことだってあるかもしれない。練習や試合でのパフォーマンスが思うように評価に繋がらないことだってある。考え方の相違でぶつかる選手もいるし、ラグビー選手としてのプライドを持っているが故に、素直になれずに苦しむやつもいる。さらに言えば、そもそも試合に出られないやつだっている。おれも社会人での3年間は、あまりゲームに出場する機会がなかった。実力がすべての世界だから、それは誰のせいでもなく、おれに力が足りなかっただけだけれど、悔しい思いをしたのは1度や2度なんてものじゃなかった。同じような思いを抱きながら、辛い練習に耐えている選手は、どこのチームにも一定数いると思う。
要するに、しんどいことは本当に数え切れないほどあるんだ。
それでも、山ちゃんにいた4人は、やってる。
そんなの、理由はひとつしかない。
楽しいからに決まっている。好きだからに決まっているんだ。
それはきっと、原点なんだと思う。
おれ自身は、残念ながら昨シーズンをもって社会人ラグビーを引退してしまったけれど、昨日「世界の山ちゃん」にいた4人は、寝て起きればまたバトルが始まる環境にいる。それは本当に、すごいことで、最高のことだと、おれは思います。
おれ自身は、社会人でのプレーからは離れたけれど、相変わらず週末には駒場のグラウンドに足を運んで、WMMの練習に参加している。選手登録がないので公式戦には出られないけれど、いまだ原点は変わっていないと思う。
おれたちの原点に乾杯っすね。また、呑みに行きましょう。
ちなみに、結局帰って寝たのは2時近く。それでも翌朝8時40分に家を出て、午前中の2時間駒場で汗を流しちゃう自分には、我ながらあきれてしまう。ラグビーのない週末には、昼近くまで寝てたりするのにね。
場所は、手羽先の名店「世界の山ちゃん」ね。
とにかく楽しかった。
手羽先食って、酒飲んで、終電まで延々ラグビーの話してた。
でさ、改めて思ったんだ。
ラグビー、みんな本当に好きなんだなーって。
社会人ラグビーに限らず、ラグビーを続けていると辛いことはいっぱいある。
まず、練習がしんどい。ひたすら走って、タックルして、それからウェイトトレーニングまでやるんだから、楽なわけがない。特に今シーズンの練習は死ぬほど辛いそうで、おれもあと1年続けていたら地獄を見ていただろうね。
そして、痛い。タックル。オーバー。セービング。ラグビーにおいて痛いプレーは避けられないので、必然的に練習でも痛いことが繰り返される。まあでも、これには快感も半分くらいあるので、ここではとりあえず、それで帳消しということにしておいてもいいけれど。
でも、そんなスポーツだから、やっぱり怪我もつきない。怪我でシーズンのかなりの時間を棒に振った選手は数え切れないほどいる。捻挫や脱臼が慢性化してしまって、常に痛みと闘いながらプレーしている選手も多い。怪我はパフォーマンスにも影響してくる。思うように身体が動かない辛さや悔しさというのは、ちょっと言葉にできないほどだ。
まだある。コーチと肌が合わないことだってあるかもしれない。練習や試合でのパフォーマンスが思うように評価に繋がらないことだってある。考え方の相違でぶつかる選手もいるし、ラグビー選手としてのプライドを持っているが故に、素直になれずに苦しむやつもいる。さらに言えば、そもそも試合に出られないやつだっている。おれも社会人での3年間は、あまりゲームに出場する機会がなかった。実力がすべての世界だから、それは誰のせいでもなく、おれに力が足りなかっただけだけれど、悔しい思いをしたのは1度や2度なんてものじゃなかった。同じような思いを抱きながら、辛い練習に耐えている選手は、どこのチームにも一定数いると思う。
要するに、しんどいことは本当に数え切れないほどあるんだ。
それでも、山ちゃんにいた4人は、やってる。
そんなの、理由はひとつしかない。
楽しいからに決まっている。好きだからに決まっているんだ。
それはきっと、原点なんだと思う。
おれ自身は、残念ながら昨シーズンをもって社会人ラグビーを引退してしまったけれど、昨日「世界の山ちゃん」にいた4人は、寝て起きればまたバトルが始まる環境にいる。それは本当に、すごいことで、最高のことだと、おれは思います。
おれ自身は、社会人でのプレーからは離れたけれど、相変わらず週末には駒場のグラウンドに足を運んで、WMMの練習に参加している。選手登録がないので公式戦には出られないけれど、いまだ原点は変わっていないと思う。
おれたちの原点に乾杯っすね。また、呑みに行きましょう。
ちなみに、結局帰って寝たのは2時近く。それでも翌朝8時40分に家を出て、午前中の2時間駒場で汗を流しちゃう自分には、我ながらあきれてしまう。ラグビーのない週末には、昼近くまで寝てたりするのにね。
Thursday, May 26, 2005
「知る」のは難しい
「知る」というのは、なかなか難しいなーと、最近よく思う。
例えば、歴史。
相変わらず小室直樹さんの『痛快!憲法学』を読んでいるのだけれど、その中で戦国武将と茶の湯のことについて触れている部分があるんだ。小室さんによると、戦国武将の中で、織田信長ほど茶道に熱心だった人物はいないという。確かに高校の日本史の教科書なんかに目を通せば「信長が茶の湯を奨励した」みたいな無味乾燥な記述があったりするけれど、それはなぜだったのか、そのことが意味するのはなんだったのか、というのは書かれていない。
小室さんは、こんなふうに教えてくれる。戦国時代というのは「土地フェティシズム」の時代だったんだって。「土地フェティシズム」というのはつまり、土地こそが財産、という考え方のこと。広大な土地を持つものこそが裕福だと思われていた。だから、戦国武将たちにしてみれば、たとえ千石でも一万石でもいいから、自分の領土を広げたい。でも、日本の国土は限られているので、結局はパイの奪い合いとなり、明けても暮れても戦争が続くことになる。
信長はそのことが分かっていたんだ。だから、土地こそ財産、という発想を変えない限り、天下統一して争いを鎮めることは出来ないと考えた。その為に「楽市楽座」によって、商品経済を推し進めようとしたりするのだけれど、茶の湯の推奨も、本当の目的はこの点にこそあった。
つまり、土地以外の価値を部下に植えつけるんだ。千利休を重用し、部下を積極的に茶会に招待する。茶の湯というのが、いかに高尚で素晴らしいものか、部下に教え込んでいくわけ。そうして茶の湯の価値を浸透させた後に、信長は、戦功を挙げた武将への褒美として、茶器を与えるようになる。あの利休が惚れ込む茶器である、って。こうして信長は、戦功の褒美は「土地」であるという当時の常識を覆していったんだ。土地で褒美を与える為には、その土地を獲得する為に戦争しなければならないからね。
これが、小室さんの説明。
びっくりするくらい、おもしろい。こんなふうに歴史をみたことは今までなかった。すごいと思ったし、「歴史を知る」というのは、まさにこういうことなんだと思った。字面だけをみていても、歴史の歴史たる地平には辿り着かないな、って。
これと同じようなことを感じているものが、実はあるんだ。
随分前からおれは、PCに「RSSリーダー」を導入していて、ネット上のニュースや業界動向はこれで追うように努めているのだけれど、このニュースを「読む」ということがとても難しいんだ。最近はあまり時間がなくて、そもそも思うように目を通せていないけれど、"asahi.com"や"NIKKEI NET"の最新記事は、RSSリーダーでいつでもチェックできるようにしてある。でも、その短いニュースの中に、どれほどの背景や、意味が含まれているんだろうと考えた時に、自分の「読む」力がまだ全然足りないような気がするんだ。ネット上のニュースなんて死ぬほどある。情報収集に割ける時間は限られているし、すべてを丹念に読む必要も、意味もない。それでも、その限られたソースと時間をもっとうまく活用して、より多くを引き出す、あるいはよりきちんと「知る」ことは可能なんじゃないかと思うんだ。その為には、おれの持ってるベースが全然足りてないような気がして。
だからおれは、小室さんの「知る」姿勢、「学ぶ」姿勢が、本当にすごいと思うんだ。
例えば、歴史。
相変わらず小室直樹さんの『痛快!憲法学』を読んでいるのだけれど、その中で戦国武将と茶の湯のことについて触れている部分があるんだ。小室さんによると、戦国武将の中で、織田信長ほど茶道に熱心だった人物はいないという。確かに高校の日本史の教科書なんかに目を通せば「信長が茶の湯を奨励した」みたいな無味乾燥な記述があったりするけれど、それはなぜだったのか、そのことが意味するのはなんだったのか、というのは書かれていない。
小室さんは、こんなふうに教えてくれる。戦国時代というのは「土地フェティシズム」の時代だったんだって。「土地フェティシズム」というのはつまり、土地こそが財産、という考え方のこと。広大な土地を持つものこそが裕福だと思われていた。だから、戦国武将たちにしてみれば、たとえ千石でも一万石でもいいから、自分の領土を広げたい。でも、日本の国土は限られているので、結局はパイの奪い合いとなり、明けても暮れても戦争が続くことになる。
信長はそのことが分かっていたんだ。だから、土地こそ財産、という発想を変えない限り、天下統一して争いを鎮めることは出来ないと考えた。その為に「楽市楽座」によって、商品経済を推し進めようとしたりするのだけれど、茶の湯の推奨も、本当の目的はこの点にこそあった。
つまり、土地以外の価値を部下に植えつけるんだ。千利休を重用し、部下を積極的に茶会に招待する。茶の湯というのが、いかに高尚で素晴らしいものか、部下に教え込んでいくわけ。そうして茶の湯の価値を浸透させた後に、信長は、戦功を挙げた武将への褒美として、茶器を与えるようになる。あの利休が惚れ込む茶器である、って。こうして信長は、戦功の褒美は「土地」であるという当時の常識を覆していったんだ。土地で褒美を与える為には、その土地を獲得する為に戦争しなければならないからね。
これが、小室さんの説明。
びっくりするくらい、おもしろい。こんなふうに歴史をみたことは今までなかった。すごいと思ったし、「歴史を知る」というのは、まさにこういうことなんだと思った。字面だけをみていても、歴史の歴史たる地平には辿り着かないな、って。
これと同じようなことを感じているものが、実はあるんだ。
随分前からおれは、PCに「RSSリーダー」を導入していて、ネット上のニュースや業界動向はこれで追うように努めているのだけれど、このニュースを「読む」ということがとても難しいんだ。最近はあまり時間がなくて、そもそも思うように目を通せていないけれど、"asahi.com"や"NIKKEI NET"の最新記事は、RSSリーダーでいつでもチェックできるようにしてある。でも、その短いニュースの中に、どれほどの背景や、意味が含まれているんだろうと考えた時に、自分の「読む」力がまだ全然足りないような気がするんだ。ネット上のニュースなんて死ぬほどある。情報収集に割ける時間は限られているし、すべてを丹念に読む必要も、意味もない。それでも、その限られたソースと時間をもっとうまく活用して、より多くを引き出す、あるいはよりきちんと「知る」ことは可能なんじゃないかと思うんだ。その為には、おれの持ってるベースが全然足りてないような気がして。
だからおれは、小室さんの「知る」姿勢、「学ぶ」姿勢が、本当にすごいと思うんだ。
Tuesday, May 24, 2005
科学哲学
今日は、改めて科学哲学のことを書いてみようと思う。
昨日も書いたけれど、学生時代、おれは科学哲学を専攻していた。実際には「専攻していた」だけで、きちんと勉強したとはとても言えないけれど、でも、自分の意志で選んだ学科だった。3,000人以上いる同期のうち、わずか7人しか進まなかった分野だけど、本当に興味があったんだ。
きっかけは、1冊の本だった。
名古屋で寮に入って予備校生活をしていた頃、朝日新聞の書評欄に紹介されていたある本のタイトルが、目にとまった。
それが、大森荘蔵さんの『時は流れず』という著作。
時は流れない。このタイトルが、気になって仕方なかった。流れないとしたら、時はどう移ろうのだろう。おれには全然分からなかった。
書店を探したけれど、大森さんの著作を置いている書店はなかなか見つからなかった。でも、どうしても諦めらなくて取り寄せてもらった。確か2週間ほどして、ようやく手元に届いたんじゃなかったかな。
もう、むさぼるように読んだ。生まれて初めて哲学の本をすごいと思った。残念ながら細かな内容はきちんと覚えていないけれど、ひとつの問題を厳密に考え抜く、ということの迫力を知ったんだ。
その後、大森さんが東大で科学哲学を教えていたのだと知って、ここに行きたいと思った。新聞の書評は大抵、誰が読むのかよく分からないような本ばかりを紹介していて、基本的におもしろくないのだけれど、あの時の朝日新聞の書評は、ちょこっとだけ、おれの方向を変えることになったんだ。
それで、科学哲学。
こいつを考える時は、ひとつの疑問から始めると分かりやすい。
それは、「科学と宗教はなにが違うんだろう」ということ。
科学は、客観的な事実に基づいており、広く正しいと信じられている。宗教はというと、例えばキリスト教であれば聖書の教えに基づいており、信者の間では正しいと信じられているけれど、客観的事実とは考えられていない。
この差は、どこから来るのだろう。
どちらにも、正しいと主張する根拠はある。科学であれば、科学理論だよね。宗教であれば、聖書であったり、コーランであったりするのかもしれない。ただ、聖書はイエスの教えであり、コーランはムハンマドの教え。それは「客観的」なものじゃないとされている。
それなら、科学理論は客観的に正しいのか、というのが次の問題になる。科学理論が正しい、と言われる根拠のひとつは、例えば「実験」だよね。実験を繰り返すことで、理論に裏付けを与えることができる。でも、この実験というやつが実はかなり怪しい。10回やってみて、10回とも同じ結果だったとしても、11回目が同じだという保証がどこにもない。条件が同じであれば、11回目の結果も同じだと思ってしまうのだけれど、そもそもまったく同じ条件での実験は、絶対に2回できない。だってまず、時間が違う。たぶん湿度や、気温だって違うだろう。そんなもの実験には関係ない、と言いたくなるけれど、厳密に考えていくと、なにが影響しているのか、本当のところは誰にも分からない。
さらに言うと、ある実験結果からなんらかの結論を導き出すプロセスにも、実は問題があったりする。
面白い話がある。ものが燃えるのは、酸素があるからだよね。だから、金属を燃やすと、酸化して質量が増える。これは現代では、子供でも知っている常識だ。でも、科学の歴史を遡ると、実はこれとまったく違う理論が信じられていたことがあるんだ。フロギストン説といって、ものが燃えるのは、物質内にあるフロギストン(燃素)が放出するからだ、と考えられていた。でも、この理論だと当然ながら、こんな疑問が湧いてくる。もし燃焼がフロギストンの放出であるなら、ものが燃えたとき、なぜ質量が増えるのか、って。これに対するフロギストン説の説明がすごい。「フロギストンは、マイナスの質量を持っているので、放出すると重くなるんだ」って言うわけ。
この説は、17世紀にあったものらしいので、意外と最近だよね。要するに、実験というのも、そこから導かれる結論は案外まちがっていたりする、ということ。
こうやって延々と考えていくと、科学の根拠というやつが、結局わからなくなってしまう。そう信じている、というだけであれば、宗教と変わらないじゃないか、と思えてくる。よく分からないので、気持ち悪くて寝付きが悪くなり、仕方ないのでもう一度考えてみる。
そんなことをやっているのが、「科学哲学」というわけです。
実際に論理的につきつめていくと、科学の根拠なんて、爪の先ほども残らないのかもしれない。ただひとつ大切なのは、だからと言って科学には価値がない、ということには全然ならない、ということだよね。
久しぶりに整理しながら書いてみると、やっぱりよく分からないよね。
昨日も書いたけれど、学生時代、おれは科学哲学を専攻していた。実際には「専攻していた」だけで、きちんと勉強したとはとても言えないけれど、でも、自分の意志で選んだ学科だった。3,000人以上いる同期のうち、わずか7人しか進まなかった分野だけど、本当に興味があったんだ。
きっかけは、1冊の本だった。
名古屋で寮に入って予備校生活をしていた頃、朝日新聞の書評欄に紹介されていたある本のタイトルが、目にとまった。
それが、大森荘蔵さんの『時は流れず』という著作。
時は流れない。このタイトルが、気になって仕方なかった。流れないとしたら、時はどう移ろうのだろう。おれには全然分からなかった。
書店を探したけれど、大森さんの著作を置いている書店はなかなか見つからなかった。でも、どうしても諦めらなくて取り寄せてもらった。確か2週間ほどして、ようやく手元に届いたんじゃなかったかな。
もう、むさぼるように読んだ。生まれて初めて哲学の本をすごいと思った。残念ながら細かな内容はきちんと覚えていないけれど、ひとつの問題を厳密に考え抜く、ということの迫力を知ったんだ。
その後、大森さんが東大で科学哲学を教えていたのだと知って、ここに行きたいと思った。新聞の書評は大抵、誰が読むのかよく分からないような本ばかりを紹介していて、基本的におもしろくないのだけれど、あの時の朝日新聞の書評は、ちょこっとだけ、おれの方向を変えることになったんだ。
それで、科学哲学。
こいつを考える時は、ひとつの疑問から始めると分かりやすい。
それは、「科学と宗教はなにが違うんだろう」ということ。
科学は、客観的な事実に基づいており、広く正しいと信じられている。宗教はというと、例えばキリスト教であれば聖書の教えに基づいており、信者の間では正しいと信じられているけれど、客観的事実とは考えられていない。
この差は、どこから来るのだろう。
どちらにも、正しいと主張する根拠はある。科学であれば、科学理論だよね。宗教であれば、聖書であったり、コーランであったりするのかもしれない。ただ、聖書はイエスの教えであり、コーランはムハンマドの教え。それは「客観的」なものじゃないとされている。
それなら、科学理論は客観的に正しいのか、というのが次の問題になる。科学理論が正しい、と言われる根拠のひとつは、例えば「実験」だよね。実験を繰り返すことで、理論に裏付けを与えることができる。でも、この実験というやつが実はかなり怪しい。10回やってみて、10回とも同じ結果だったとしても、11回目が同じだという保証がどこにもない。条件が同じであれば、11回目の結果も同じだと思ってしまうのだけれど、そもそもまったく同じ条件での実験は、絶対に2回できない。だってまず、時間が違う。たぶん湿度や、気温だって違うだろう。そんなもの実験には関係ない、と言いたくなるけれど、厳密に考えていくと、なにが影響しているのか、本当のところは誰にも分からない。
さらに言うと、ある実験結果からなんらかの結論を導き出すプロセスにも、実は問題があったりする。
面白い話がある。ものが燃えるのは、酸素があるからだよね。だから、金属を燃やすと、酸化して質量が増える。これは現代では、子供でも知っている常識だ。でも、科学の歴史を遡ると、実はこれとまったく違う理論が信じられていたことがあるんだ。フロギストン説といって、ものが燃えるのは、物質内にあるフロギストン(燃素)が放出するからだ、と考えられていた。でも、この理論だと当然ながら、こんな疑問が湧いてくる。もし燃焼がフロギストンの放出であるなら、ものが燃えたとき、なぜ質量が増えるのか、って。これに対するフロギストン説の説明がすごい。「フロギストンは、マイナスの質量を持っているので、放出すると重くなるんだ」って言うわけ。
この説は、17世紀にあったものらしいので、意外と最近だよね。要するに、実験というのも、そこから導かれる結論は案外まちがっていたりする、ということ。
こうやって延々と考えていくと、科学の根拠というやつが、結局わからなくなってしまう。そう信じている、というだけであれば、宗教と変わらないじゃないか、と思えてくる。よく分からないので、気持ち悪くて寝付きが悪くなり、仕方ないのでもう一度考えてみる。
そんなことをやっているのが、「科学哲学」というわけです。
実際に論理的につきつめていくと、科学の根拠なんて、爪の先ほども残らないのかもしれない。ただひとつ大切なのは、だからと言って科学には価値がない、ということには全然ならない、ということだよね。
久しぶりに整理しながら書いてみると、やっぱりよく分からないよね。
Sunday, May 22, 2005
『痛快!憲法学』
昨日から小室直樹さんの『痛快!憲法学』という本を読み始めた。
まだ3分の1くらいしか読んでいないけれど、まさに目から鱗が落ちる内容で、知的刺激に満ち溢れている。
難しい本では全然ないんだ。すごく基本的なことだけれど、まったくもって忘れられていたり、見落とされているようなことを、歴史的事実に基づいて、丹念に、正確にまとめた内容で、とても分かりやすい。学生時代にこんなふうに憲法を捉える人に出会っていたら、もしかしたら法学部に進んでいたかもしれないと思ってしまうくらいだ。(実際には「科学哲学」という、殆どの人がそのなんたるかを知らないような学科に進むことになるのだけれど。)
この本のことは、また日を改めて書こうと思うけれど、とにかく楽しい。
相変わらずおれの情報ソースが変わってないことがばれてしまうけれど、この本のことを教えてくれたランディさんのブログに感謝です。
まだ3分の1くらいしか読んでいないけれど、まさに目から鱗が落ちる内容で、知的刺激に満ち溢れている。
難しい本では全然ないんだ。すごく基本的なことだけれど、まったくもって忘れられていたり、見落とされているようなことを、歴史的事実に基づいて、丹念に、正確にまとめた内容で、とても分かりやすい。学生時代にこんなふうに憲法を捉える人に出会っていたら、もしかしたら法学部に進んでいたかもしれないと思ってしまうくらいだ。(実際には「科学哲学」という、殆どの人がそのなんたるかを知らないような学科に進むことになるのだけれど。)
この本のことは、また日を改めて書こうと思うけれど、とにかく楽しい。
相変わらずおれの情報ソースが変わってないことがばれてしまうけれど、この本のことを教えてくれたランディさんのブログに感謝です。
真っ当ということ
いつもは10時から始まるWMMの練習が、今日に限って14時からだったこともあって、11時から大手町で開催された無料セミナーに参加してみた。
参加したのは、『緊急経済セミナー ホリエモン騒動と今後の日本企業』と題された、木村剛さんの講演。
木村剛さんの著作は、いくつか読んだことがある。最初に読んだのは、『「破綻する円」勝者のキーワード』という文庫本。深刻化した財政赤字問題に決着をつけるための奥の手として、政府首脳と日銀総裁が結託し、インフレ誘導を図るという架空のストーリーをもとに、日本経済の抱えている問題を浮き彫りにした作品で、すごく刺激を受けた記憶がある。当時のおれは、木村さんのことを全く知らなかったのだけれど、その後木村さんは、竹中さんの金融再生プログラムにおいて、竹中チームのメンバーとして参画することで、俄然有名になっていくよね。
他にも読んだ本はあって、例えば、資産運用における基本的な考え方を綴った『投資戦略の発想法』。これは、会社の先輩の薦めで手に取ったのだけれど、極めて真っ当な考え方をしていて、すごく参考になるものだった。この手の本にありがちな怪しさがなくて、「投資」における当たり前の原則に常に立ち返る、という姿勢が貫かれており、とても好感が持てる作品。
木村さんは比較的著作の多い人で、そのすべてが面白いとは言えないにしても、基本的には真っ当な主張をしている人だと思う。真っ当、というのは、原則を外していない、ということだよね。
そんな訳で、木村さんには興味もあって、無料のセミナーならと参加したのだけれど、結論から言うと、語られた内容も、やっぱり真っ当だなと思った。
最初にテーマとなったのが、ライブドアによるニッポン放送買収問題の総括。この騒動が明らかにしたこととして、木村さんはひとことこう言った。
「株主は大事だ、ということです。」
こんな当然のことすらニッポン放送の亀渕社長は知らなかった。いくら堀江さんに敵対的な感情を持っていたとしても、35%の株式を保有する大株主が「会いたい」と言っているのに、会おうともしなかったという事実が、まさにそのことを示していた。ましてクラウン・ジュエルのような企業価値を意図的に毀損させるような戦略など、株主への冒涜そのものであって、株主資本主義の原則を考えれば、検討にも値しないものだった。放送の公共性を盾に、ライブドアのような株主を排除しようとするのは、「上場」ということの意味を知らないからだ。上場して株式を公開するということは、とりもなおさず、誰が株主になってもいい、ということだ。
こうした一連の主張は、すべて「原則」に忠実であろうとする姿勢から生まれたものだと思う。
「経営者は、株主の資本を預かって、経営をさせていただいている。」
「経営者が株主を選ぶのではなくて、株主が経営者を選ぶ。」
こういうのは、外してはいけない資本主義の原則だよね。今にして思えば、感情論と過熱報道のなかで、そうした原則を見失っていた人がいかに多かっただろう。従業員の気持ちであったり、経営者の思惑であったり、放送の公共性であったり、複雑な要素が絡みあっていても、原則はいつもシンプル。そこにいつも立ち返って考えてみる、というのは、経済に関わらず大切なことだと思う。
その後講演は、木村さん自身の体験を交えながら、日本企業の経営のあり方へと移っていくのだけれど、ここでひとつ興味深い主張があった。
それは、「リストラをしていいのは、株主の厳しいプレッシャーを一身に受けている経営者だけだ」というもの。
木村さんによると、欧米型資本主義においては、株主は経営者に資本を預けているのだから、はっきりとリターンを要求するし、実際にリターンを実現できなければ、ドラスティックに経営者をすげ替える。そうした状況では、経営者も自分の首がかかっているので、企業価値に貢献しない従業員を抱えておくことは出来ない。だから彼らは、そういう彼らなりの筋を通して、リストラをする。
日本の経営者は、違う。そもそも日本の株主はものを言わないので、経営者は、株主の厳しいプレッシャーにさらされるような状況下に置かれていない。彼らがリストラをするのは、バブル経済崩壊後の不況下にあって、経営者としての対策を他に持ち合わせていなかっただけだ。木村さんは、そう主張していた。「経営者として、おれは責任を取って会社を去る。でもそのかわり、会社の債務は銀行に肩代わりさせたから、後は皆で頑張ってくれ」という経営者がいてもいいだろう、って。
これも、経営という行為を、原則からみつめた結果の言葉なんだと思う。欧米型/日本型という具合に、それほど単純に線引きできるものかどうかは分からないけれど、こう問われて明確に反論できる経営者は、おそらくとても少ないんじゃないかな。
木村さんは現在、日本振興銀行の社長として、銀行経営に携わっている。日本振興銀行というのは、昨年4月に開業したばかりの新しい銀行で、木村さん自身の言葉を借りると「日本でいちばん小さな銀行」ということになる。この銀行が開業に至るまでの物語は『金融維新』という本にまとめられていて、それなりに読み応えがあるのだけど、落合信治という人が中心となって、まったく新しい銀行を作ってしまったそのエネルギーは物凄いものがあるよね。
講演の中で木村さんは、この新しい銀行の社長としてやってきたことはただひとつ、マインドセットを変えることだけだ、と言っていた。
例えば、債務者と呼ばない。お客様と呼びなさい、と言い続ける。
彼らにお金を貸してやっていると思わない。借りていただいていると思いなさい。
土日は勤務していないにも関わらず、お客様からは金利をいただいている。本当にありがたいと思いなさい。
そういうことを、言い続けたんだって。
ここにもやっぱり、「原則」というのが垣間見える。それはつまり、銀行というのは金融サービス業だ、ということだよね。サービス業というのは、お客様にサービスを享受いただくことで、対価としての報酬を受け取るビジネス。銀行でいうなら、融資というサービスを享受いただくことで、報酬としての金利を得ているんだ。サービス業の「原則」から考えるというのは、まさにこういうことだと思う。マインドセットの変革、というのは最も難しい経営課題のひとつだと思うけれど、こういう言葉を聞くと、やっぱり頑張ってほしいなと思うよね。
原則というのは、ともすれば見失いがちなものだと思う。利害関係や、計算や、プライドや、困難な状況や、そういった諸々の要因が複雑に絡んでくると、原則なんてすぐに置き去りにされる。もちろん、時にはルールや原則そのものが古くなって、状況に適応しないものになってしまうことだってある。そういう時は、硬直的なルールや原則を、変えていく方向に進めばいいと思う。でもさ、きっと外しちゃいけないものっていうのがあるんだ。そこがすべての始まりであるような、そんな原則。
そんな訳で、原則から考える、ということの大切さを改めて知った1日だった。
参加したのは、『緊急経済セミナー ホリエモン騒動と今後の日本企業』と題された、木村剛さんの講演。
木村剛さんの著作は、いくつか読んだことがある。最初に読んだのは、『「破綻する円」勝者のキーワード』という文庫本。深刻化した財政赤字問題に決着をつけるための奥の手として、政府首脳と日銀総裁が結託し、インフレ誘導を図るという架空のストーリーをもとに、日本経済の抱えている問題を浮き彫りにした作品で、すごく刺激を受けた記憶がある。当時のおれは、木村さんのことを全く知らなかったのだけれど、その後木村さんは、竹中さんの金融再生プログラムにおいて、竹中チームのメンバーとして参画することで、俄然有名になっていくよね。
他にも読んだ本はあって、例えば、資産運用における基本的な考え方を綴った『投資戦略の発想法』。これは、会社の先輩の薦めで手に取ったのだけれど、極めて真っ当な考え方をしていて、すごく参考になるものだった。この手の本にありがちな怪しさがなくて、「投資」における当たり前の原則に常に立ち返る、という姿勢が貫かれており、とても好感が持てる作品。
木村さんは比較的著作の多い人で、そのすべてが面白いとは言えないにしても、基本的には真っ当な主張をしている人だと思う。真っ当、というのは、原則を外していない、ということだよね。
そんな訳で、木村さんには興味もあって、無料のセミナーならと参加したのだけれど、結論から言うと、語られた内容も、やっぱり真っ当だなと思った。
最初にテーマとなったのが、ライブドアによるニッポン放送買収問題の総括。この騒動が明らかにしたこととして、木村さんはひとことこう言った。
「株主は大事だ、ということです。」
こんな当然のことすらニッポン放送の亀渕社長は知らなかった。いくら堀江さんに敵対的な感情を持っていたとしても、35%の株式を保有する大株主が「会いたい」と言っているのに、会おうともしなかったという事実が、まさにそのことを示していた。ましてクラウン・ジュエルのような企業価値を意図的に毀損させるような戦略など、株主への冒涜そのものであって、株主資本主義の原則を考えれば、検討にも値しないものだった。放送の公共性を盾に、ライブドアのような株主を排除しようとするのは、「上場」ということの意味を知らないからだ。上場して株式を公開するということは、とりもなおさず、誰が株主になってもいい、ということだ。
こうした一連の主張は、すべて「原則」に忠実であろうとする姿勢から生まれたものだと思う。
「経営者は、株主の資本を預かって、経営をさせていただいている。」
「経営者が株主を選ぶのではなくて、株主が経営者を選ぶ。」
こういうのは、外してはいけない資本主義の原則だよね。今にして思えば、感情論と過熱報道のなかで、そうした原則を見失っていた人がいかに多かっただろう。従業員の気持ちであったり、経営者の思惑であったり、放送の公共性であったり、複雑な要素が絡みあっていても、原則はいつもシンプル。そこにいつも立ち返って考えてみる、というのは、経済に関わらず大切なことだと思う。
その後講演は、木村さん自身の体験を交えながら、日本企業の経営のあり方へと移っていくのだけれど、ここでひとつ興味深い主張があった。
それは、「リストラをしていいのは、株主の厳しいプレッシャーを一身に受けている経営者だけだ」というもの。
木村さんによると、欧米型資本主義においては、株主は経営者に資本を預けているのだから、はっきりとリターンを要求するし、実際にリターンを実現できなければ、ドラスティックに経営者をすげ替える。そうした状況では、経営者も自分の首がかかっているので、企業価値に貢献しない従業員を抱えておくことは出来ない。だから彼らは、そういう彼らなりの筋を通して、リストラをする。
日本の経営者は、違う。そもそも日本の株主はものを言わないので、経営者は、株主の厳しいプレッシャーにさらされるような状況下に置かれていない。彼らがリストラをするのは、バブル経済崩壊後の不況下にあって、経営者としての対策を他に持ち合わせていなかっただけだ。木村さんは、そう主張していた。「経営者として、おれは責任を取って会社を去る。でもそのかわり、会社の債務は銀行に肩代わりさせたから、後は皆で頑張ってくれ」という経営者がいてもいいだろう、って。
これも、経営という行為を、原則からみつめた結果の言葉なんだと思う。欧米型/日本型という具合に、それほど単純に線引きできるものかどうかは分からないけれど、こう問われて明確に反論できる経営者は、おそらくとても少ないんじゃないかな。
木村さんは現在、日本振興銀行の社長として、銀行経営に携わっている。日本振興銀行というのは、昨年4月に開業したばかりの新しい銀行で、木村さん自身の言葉を借りると「日本でいちばん小さな銀行」ということになる。この銀行が開業に至るまでの物語は『金融維新』という本にまとめられていて、それなりに読み応えがあるのだけど、落合信治という人が中心となって、まったく新しい銀行を作ってしまったそのエネルギーは物凄いものがあるよね。
講演の中で木村さんは、この新しい銀行の社長としてやってきたことはただひとつ、マインドセットを変えることだけだ、と言っていた。
例えば、債務者と呼ばない。お客様と呼びなさい、と言い続ける。
彼らにお金を貸してやっていると思わない。借りていただいていると思いなさい。
土日は勤務していないにも関わらず、お客様からは金利をいただいている。本当にありがたいと思いなさい。
そういうことを、言い続けたんだって。
ここにもやっぱり、「原則」というのが垣間見える。それはつまり、銀行というのは金融サービス業だ、ということだよね。サービス業というのは、お客様にサービスを享受いただくことで、対価としての報酬を受け取るビジネス。銀行でいうなら、融資というサービスを享受いただくことで、報酬としての金利を得ているんだ。サービス業の「原則」から考えるというのは、まさにこういうことだと思う。マインドセットの変革、というのは最も難しい経営課題のひとつだと思うけれど、こういう言葉を聞くと、やっぱり頑張ってほしいなと思うよね。
原則というのは、ともすれば見失いがちなものだと思う。利害関係や、計算や、プライドや、困難な状況や、そういった諸々の要因が複雑に絡んでくると、原則なんてすぐに置き去りにされる。もちろん、時にはルールや原則そのものが古くなって、状況に適応しないものになってしまうことだってある。そういう時は、硬直的なルールや原則を、変えていく方向に進めばいいと思う。でもさ、きっと外しちゃいけないものっていうのがあるんだ。そこがすべての始まりであるような、そんな原則。
そんな訳で、原則から考える、ということの大切さを改めて知った1日だった。
Saturday, May 21, 2005
おれのプロ
リクルートが毎週木曜日に発行しているフリーペーパー『R25』。
その冊子のちょうど真ん中に、様々な世界で活躍する著名人の20代をテーマにしたインタビューが連載されている。
連載のタイトルは、”BREAKTHROUGH POINT 〜つきぬけた瞬間”。
正直言ってあまり読むもののない『R25』の中にあって、「スマートモテリーマン講座」と並ぶキラーコンテンツなんじゃないかと勝手に思っているのだけれど、そのインタビューで今週取り上げられていたのが、宮藤官九郎だった。
宮藤官九郎というひとの雰囲気が伝わってくるまとめ方がされていて、なかなかおもしろかったのだけれど、その中で、特に心に残ったところがあるんだ。
宮藤官九郎は、20歳で松尾スズキに心酔して劇団『大人計画』に参加する。その後、劇団員としての活動に傾倒していくのだけれど、劇団は基本的に、芝居で食っていくことを目指す人間が集まった世界。皆がそうではないかもしれないけれど、活動を継続する過程で、結局はそういう志を持った人間だけが残っていく。そうした世界で生きる中で、宮藤官九郎にとっての「プロ」というものが定まっていくのだけれど、そこで語られている考え方が、すごくおもしろいんだ。
劇団における「プロ」というものを目の当たりにして、宮藤官九郎は思ったんだって。それは社会に対するプロというのではなくて、その人の中のプロじゃないかと。例えば、松尾スズキは松尾スズキのプロだ。荒川くんは荒川くんのプロだ。他の誰かをみてすごく面白いと思っても、それはその人にしか出来ないことなんだ。そのことに気づいたのが、20代前半だったんだ、って。
前を向いてると思う。
これはとりもなおさず、「自分は自分のプロになればいい」ということであり、それは自分の中のプロを信じて、つきつめて、それを磨いていくんだという決意表明だったんだと思うんだ。「自分のプロ」という世界には、才能がない、という言い訳はきっと存在しない。松尾スズキじゃないことは、逃げ道にはならない。誰もが踏んでいない道を自分で作っていくしかないのだから、タフなスタンスだと思う。それでも宮藤官九郎は、実際に25歳で一切のバイトを辞める決断をして、自分の中でのプロ宣言を果たすのだから、すごいよね。
おれのまわりにも、いろんな人がいる。
スポーツ分析ソフトを開発してしまった祐造さんがいる。Webデザイナーとしてビジネスを立ち上げてしまったヤマシタがいる。AUSでラグビー修行している川合さんがいる。8,000m級の山を踏破してしまったタニくんがいる。
みんな、すごい。格好良いと思う。おれには、出来ないことばかりだ。
だからおれも、「おれのプロ」を目指さないとね。
その冊子のちょうど真ん中に、様々な世界で活躍する著名人の20代をテーマにしたインタビューが連載されている。
連載のタイトルは、”BREAKTHROUGH POINT 〜つきぬけた瞬間”。
正直言ってあまり読むもののない『R25』の中にあって、「スマートモテリーマン講座」と並ぶキラーコンテンツなんじゃないかと勝手に思っているのだけれど、そのインタビューで今週取り上げられていたのが、宮藤官九郎だった。
宮藤官九郎というひとの雰囲気が伝わってくるまとめ方がされていて、なかなかおもしろかったのだけれど、その中で、特に心に残ったところがあるんだ。
宮藤官九郎は、20歳で松尾スズキに心酔して劇団『大人計画』に参加する。その後、劇団員としての活動に傾倒していくのだけれど、劇団は基本的に、芝居で食っていくことを目指す人間が集まった世界。皆がそうではないかもしれないけれど、活動を継続する過程で、結局はそういう志を持った人間だけが残っていく。そうした世界で生きる中で、宮藤官九郎にとっての「プロ」というものが定まっていくのだけれど、そこで語られている考え方が、すごくおもしろいんだ。
劇団における「プロ」というものを目の当たりにして、宮藤官九郎は思ったんだって。それは社会に対するプロというのではなくて、その人の中のプロじゃないかと。例えば、松尾スズキは松尾スズキのプロだ。荒川くんは荒川くんのプロだ。他の誰かをみてすごく面白いと思っても、それはその人にしか出来ないことなんだ。そのことに気づいたのが、20代前半だったんだ、って。
前を向いてると思う。
これはとりもなおさず、「自分は自分のプロになればいい」ということであり、それは自分の中のプロを信じて、つきつめて、それを磨いていくんだという決意表明だったんだと思うんだ。「自分のプロ」という世界には、才能がない、という言い訳はきっと存在しない。松尾スズキじゃないことは、逃げ道にはならない。誰もが踏んでいない道を自分で作っていくしかないのだから、タフなスタンスだと思う。それでも宮藤官九郎は、実際に25歳で一切のバイトを辞める決断をして、自分の中でのプロ宣言を果たすのだから、すごいよね。
おれのまわりにも、いろんな人がいる。
スポーツ分析ソフトを開発してしまった祐造さんがいる。Webデザイナーとしてビジネスを立ち上げてしまったヤマシタがいる。AUSでラグビー修行している川合さんがいる。8,000m級の山を踏破してしまったタニくんがいる。
みんな、すごい。格好良いと思う。おれには、出来ないことばかりだ。
だからおれも、「おれのプロ」を目指さないとね。
Thursday, May 19, 2005
Tuesday, May 17, 2005
神様はいますか?
田口ランディさんのエッセイ集、『神様はいますか?』
とてもまっすぐで、真摯で、正直で。すごく心に残るエッセイばかりだった。
ランディさんは、とても素直なひとなんだと思う。
結局、私は私で、私の外側の世界のことは分からないけれど、でも分かろうとしたい、ということに、とても素直なひとだなあって。
そこが、とても好きだ。
このエッセイ集は、すごくシンプルで根源的ないくつかの質問に、たった1つのフレーズで語られたランディさんの姿勢と、それについての思考の跡が添えられたような作品。たとえば、「神様はいますか?」とか「人は死んだら終わりですか?」とか、そんな質問。それに対して、ランディさんが自分の位置から向かい合って、素直にその向き合いを綴ったような感じだ。
それは、ランディさんの「答え」じゃなくて、「姿勢」であり「向き合い」なんだと思う。ランディさん自身がどう考えているのかは知る由もないけれど、少なくともおれはそう思った。「答え」なんて持ってるわけないじゃん。でも、私は私の位置から向き合ってみたんだ。そういう感じが、たまらなく好きだし、正直だと思うし、素直だと思う。
きちんと読み始める前に、ぱらぱらとページをめくっていたら、ひとつの質問と、それに寄せられたフレーズが目に飛び込んできた。
魂は、存在しますか?
いえ、存在こそが魂です。
ジグソーパズルがはまるように、すっとおれの胸のなかに落ちていった。ちょっとした感動だった。
そこからは、本当にむさぼるように読んだ。短いエッセイなので、あっという間に読めてしまうのだけれど、それぞれの質問への素直な向き合いにどんどん惹かれていった。そして実は、かなり共感してしまった。「共感」というとちょっと怪しい言葉で、正確じゃないかもしれない。単純にいうと、すごく響いた。なぜだか分からないけれど、うれしかった。
最後に、「奇跡はあると思いますか?」という問いに対して、ランディさんが寄せたことばをここに書くことで、もう一度おれの胸の中にしまいなおすことにします。
「たぶん踵の下に踏んでいます。」
とてもまっすぐで、真摯で、正直で。すごく心に残るエッセイばかりだった。
ランディさんは、とても素直なひとなんだと思う。
結局、私は私で、私の外側の世界のことは分からないけれど、でも分かろうとしたい、ということに、とても素直なひとだなあって。
そこが、とても好きだ。
このエッセイ集は、すごくシンプルで根源的ないくつかの質問に、たった1つのフレーズで語られたランディさんの姿勢と、それについての思考の跡が添えられたような作品。たとえば、「神様はいますか?」とか「人は死んだら終わりですか?」とか、そんな質問。それに対して、ランディさんが自分の位置から向かい合って、素直にその向き合いを綴ったような感じだ。
それは、ランディさんの「答え」じゃなくて、「姿勢」であり「向き合い」なんだと思う。ランディさん自身がどう考えているのかは知る由もないけれど、少なくともおれはそう思った。「答え」なんて持ってるわけないじゃん。でも、私は私の位置から向き合ってみたんだ。そういう感じが、たまらなく好きだし、正直だと思うし、素直だと思う。
きちんと読み始める前に、ぱらぱらとページをめくっていたら、ひとつの質問と、それに寄せられたフレーズが目に飛び込んできた。
魂は、存在しますか?
いえ、存在こそが魂です。
ジグソーパズルがはまるように、すっとおれの胸のなかに落ちていった。ちょっとした感動だった。
そこからは、本当にむさぼるように読んだ。短いエッセイなので、あっという間に読めてしまうのだけれど、それぞれの質問への素直な向き合いにどんどん惹かれていった。そして実は、かなり共感してしまった。「共感」というとちょっと怪しい言葉で、正確じゃないかもしれない。単純にいうと、すごく響いた。なぜだか分からないけれど、うれしかった。
最後に、「奇跡はあると思いますか?」という問いに対して、ランディさんが寄せたことばをここに書くことで、もう一度おれの胸の中にしまいなおすことにします。
「たぶん踵の下に踏んでいます。」
Sunday, May 15, 2005
ふたつの映画
ふたつの映画を観た。
扱うテーマは異なるけれど、どちらも実話をもとにして作られた作品。
ひとつは、『ウェルカム・トゥ・サラエボ』。ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の中にあって、孤児院に暮らすひとりの少女を救い出そうとしたジャーナリストの物語だ。
凄まじいばかりのリアル。ちょっとおれには書けない。日々の生活のすぐ隣に、いつも「死」が横たわっている世界。鳴り止むことのない銃弾の音。道端に捨てられた死体。絶望的なシニシズムの中で「14番目の地獄」といわれたサラエボの街。そうした現実を、出来る限りの誠実さをもって、出来る限りむき出しのままに切り取ろうとした、そんなカットが胸に突き刺さってくる。
観てよかった。観るべきだったと思う。
ヒューマニズムとかじゃない。きっと大切なのは、「14番目の地獄」といわれた世界は、まさに現実の世界そのものだった、ということだと思う。現実を知ることだけではなくて、それがまさに現実だということを知ること。それは、おれがこの映画に感じたいちばんのメッセージだ。
もうひとつは、今さらだけれど『タイタンズを忘れない』。
アメリカン・フットボールを通して人種差別を克服し、肌の色の違いを越えた友情と結束を、そして勝利を掴み取る物語だ。
人種差別という事実に対して、今のおれは語ることばを持っていないので、ここには書かない。
思ったのは、ひとつ。スポーツって、やっぱいいよね。
タイタンズの黒人ヘッドコーチであるブーンは、夜のスタジアムに照明をともして、そして言うんだ。
ここは、おれの聖域だ、って。
聖域というのは、侵すことの出来ない世界。だからグラウンドは、なににも侵されないんだ。差別にも、偏見にも、くだらないプライドにも侵されない。もちろん、実際のグラウンドには数え切れないほどの葛藤や、矛盾や、衝突や、そういったものが転がっている。でも、ずっとグラウンドにいると、「勝ちたい」という思いのもとに、そういう全てが収斂されていく。実力勝負。真剣勝負。グラウンドでのパフォーマンスが全てを決める世界。その嘘のなさは、きっと麻薬にも劣らないスポーツの魅力だ。
フットボールが世界を変えた、ってのは大げさな表現かもしれないけれど、人種差別の問題にまっすぐに向き合ったのがフットボールだった、というのは象徴的だと思う。だからひとは、いつまで経ってもスポーツをしてるのかもしれない。
ちなみに、余談をひとつだけ。
タイタンズが地区優勝を決めた日、黒人コーチのブーンが自宅に帰ると、近所の住民たちが窓から顔を出して、賞賛の言葉をかけ、拍手が巻き起こるのだけれど、このシーンを観た時に思った。もし日本でラグビーがこんなふうに愛されるスポーツになったら、って。
きっと、最高だと思う。
扱うテーマは異なるけれど、どちらも実話をもとにして作られた作品。
ひとつは、『ウェルカム・トゥ・サラエボ』。ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の中にあって、孤児院に暮らすひとりの少女を救い出そうとしたジャーナリストの物語だ。
凄まじいばかりのリアル。ちょっとおれには書けない。日々の生活のすぐ隣に、いつも「死」が横たわっている世界。鳴り止むことのない銃弾の音。道端に捨てられた死体。絶望的なシニシズムの中で「14番目の地獄」といわれたサラエボの街。そうした現実を、出来る限りの誠実さをもって、出来る限りむき出しのままに切り取ろうとした、そんなカットが胸に突き刺さってくる。
観てよかった。観るべきだったと思う。
ヒューマニズムとかじゃない。きっと大切なのは、「14番目の地獄」といわれた世界は、まさに現実の世界そのものだった、ということだと思う。現実を知ることだけではなくて、それがまさに現実だということを知ること。それは、おれがこの映画に感じたいちばんのメッセージだ。
もうひとつは、今さらだけれど『タイタンズを忘れない』。
アメリカン・フットボールを通して人種差別を克服し、肌の色の違いを越えた友情と結束を、そして勝利を掴み取る物語だ。
人種差別という事実に対して、今のおれは語ることばを持っていないので、ここには書かない。
思ったのは、ひとつ。スポーツって、やっぱいいよね。
タイタンズの黒人ヘッドコーチであるブーンは、夜のスタジアムに照明をともして、そして言うんだ。
ここは、おれの聖域だ、って。
聖域というのは、侵すことの出来ない世界。だからグラウンドは、なににも侵されないんだ。差別にも、偏見にも、くだらないプライドにも侵されない。もちろん、実際のグラウンドには数え切れないほどの葛藤や、矛盾や、衝突や、そういったものが転がっている。でも、ずっとグラウンドにいると、「勝ちたい」という思いのもとに、そういう全てが収斂されていく。実力勝負。真剣勝負。グラウンドでのパフォーマンスが全てを決める世界。その嘘のなさは、きっと麻薬にも劣らないスポーツの魅力だ。
フットボールが世界を変えた、ってのは大げさな表現かもしれないけれど、人種差別の問題にまっすぐに向き合ったのがフットボールだった、というのは象徴的だと思う。だからひとは、いつまで経ってもスポーツをしてるのかもしれない。
ちなみに、余談をひとつだけ。
タイタンズが地区優勝を決めた日、黒人コーチのブーンが自宅に帰ると、近所の住民たちが窓から顔を出して、賞賛の言葉をかけ、拍手が巻き起こるのだけれど、このシーンを観た時に思った。もし日本でラグビーがこんなふうに愛されるスポーツになったら、って。
きっと、最高だと思う。
執着心
土曜日はたいてい駒場に足を運んで、WMMの練習に参加している。
今日は東大の現役・博報堂ラグビー部との合同練習で、タッチでのADを中心にしたメニューだった。
最近WMMで練習していて、自分自身ちょっと戸惑いを感じている。
ひとことで言ってしまうと、執着心が緩んでしまっているんだ。
例えば、ひとつのパス。ラグビーにおいては、ミスを重ねるチームは絶対に勝てない。だから、ミスに厳しくなければ、そもそもラグビーにおいて「勝ちたい」という意志を持つ資格もないのだけれど、練習でのハンドリングエラーが減らない。もともとおれはハンドリングが上手くないので、常に集中力を持ってボールに向かわないと、ミスが頻発してしまう。そんなことは最初から分かっていることなのに、ここ何回かの練習で、ミスの数が一向に減ってこない。誰にも邪魔されない、ノープレッシャーの状況であれば、子供だってボールを落とさない。プレッシャーもないのにミスをするというのは、単純に集中力がないからだ。
でも、もっと致命的なのは、そこで「もう絶対にミスをしない」という執着心が持てない、ということ。そこにこだわりきれていない自分がいる。クラブラグビーだから、というのは言い訳にもならない。たとえクラブであっても、練習というのは上手くなる為にやるのだから、毎回のように進歩もなくミスを続けているのだったら、そもそも練習する意味がない。クラブラグビーの場合は、メンバーが揃って練習できる時間は限られているのだから、なおさらだ。目標を持って、1回の練習でなにかひとつでも上手くなろうと思ってやらなかったら、本当になにも変わらない。せいぜい下降線の傾斜がちょっとばかり緩やかになるくらいのものだ。
もちろん、ある面では仕方のないことだと思う。
でも、WMMは「勝ちたい」と明確にメッセージングしているチームだ。今のおれはWMMに選手登録をしてはいないけれど、そこで練習をする以上、1回1回の練習で、ちょっとでもなにかをつかみたいし、もっと執着心をもってラグビーをしたい。
そう思っていながら、グラウンドにいる自分は、ぜんぜん執着心が足りてないんだ。
我ながらあきれてしまって,自分を振り返ってみると、どこかなめてたのかなって。
社会人ラグビーという、他のメンバーとは違う経験をしてきたことで、なにか勘違いしてるんじゃないか。
はっきり言って,執着心のないおれなんて、なんの価値もないプレーヤーだ。執着心を持って、がむしゃらにやったら、棒にはなれないまでも箸くらいにはなれるかもしれない、その程度のもので、これまでの貯金でやろうにも、もともと大した貯金なんてものはないんだ。だいたい社会人の3年間なんて、スキルもないのに、ほとんど執着心だけでしがみついてたようなものだったじゃないか。
ほんと、なにやってんだか。
今日は東大の現役・博報堂ラグビー部との合同練習で、タッチでのADを中心にしたメニューだった。
最近WMMで練習していて、自分自身ちょっと戸惑いを感じている。
ひとことで言ってしまうと、執着心が緩んでしまっているんだ。
例えば、ひとつのパス。ラグビーにおいては、ミスを重ねるチームは絶対に勝てない。だから、ミスに厳しくなければ、そもそもラグビーにおいて「勝ちたい」という意志を持つ資格もないのだけれど、練習でのハンドリングエラーが減らない。もともとおれはハンドリングが上手くないので、常に集中力を持ってボールに向かわないと、ミスが頻発してしまう。そんなことは最初から分かっていることなのに、ここ何回かの練習で、ミスの数が一向に減ってこない。誰にも邪魔されない、ノープレッシャーの状況であれば、子供だってボールを落とさない。プレッシャーもないのにミスをするというのは、単純に集中力がないからだ。
でも、もっと致命的なのは、そこで「もう絶対にミスをしない」という執着心が持てない、ということ。そこにこだわりきれていない自分がいる。クラブラグビーだから、というのは言い訳にもならない。たとえクラブであっても、練習というのは上手くなる為にやるのだから、毎回のように進歩もなくミスを続けているのだったら、そもそも練習する意味がない。クラブラグビーの場合は、メンバーが揃って練習できる時間は限られているのだから、なおさらだ。目標を持って、1回の練習でなにかひとつでも上手くなろうと思ってやらなかったら、本当になにも変わらない。せいぜい下降線の傾斜がちょっとばかり緩やかになるくらいのものだ。
もちろん、ある面では仕方のないことだと思う。
でも、WMMは「勝ちたい」と明確にメッセージングしているチームだ。今のおれはWMMに選手登録をしてはいないけれど、そこで練習をする以上、1回1回の練習で、ちょっとでもなにかをつかみたいし、もっと執着心をもってラグビーをしたい。
そう思っていながら、グラウンドにいる自分は、ぜんぜん執着心が足りてないんだ。
我ながらあきれてしまって,自分を振り返ってみると、どこかなめてたのかなって。
社会人ラグビーという、他のメンバーとは違う経験をしてきたことで、なにか勘違いしてるんじゃないか。
はっきり言って,執着心のないおれなんて、なんの価値もないプレーヤーだ。執着心を持って、がむしゃらにやったら、棒にはなれないまでも箸くらいにはなれるかもしれない、その程度のもので、これまでの貯金でやろうにも、もともと大した貯金なんてものはないんだ。だいたい社会人の3年間なんて、スキルもないのに、ほとんど執着心だけでしがみついてたようなものだったじゃないか。
ほんと、なにやってんだか。
Saturday, May 14, 2005
営業になってない
こんなことをここで宣言しても仕方がないのだけれど、おれは接待というやつが大っ嫌いだ。
営業という仕事柄、きちんとした接待という形ではないにしても、お客様とお酒をご一緒することはよくあるのだけれど、どうもやりきれなくて。
もちろん、接待が好きな人って、あまりいないとは思う。どうせお酒を呑むのなら、気心の知れた仲間や、自分に刺激を与えてくれる人たちと呑みたい、っていうのは、たぶん誰もが持ってる素直な気持ちだよね。でも、そこはビジネス上のものとして、きちんと割り切りが出来ればいいのだろうし、戦略的にそういう場を活用していくのは、営業としてはごく当然の姿勢としてあっていいと思う。
だけどおれは、どうしても自分の中で割り切れないので、困ってしまう。
接待の場に出ると、自分の営業的なセンスのなさがよくわかる。
まず、くだらない、と思ってしまうと、どうしてもやりたくなくなってしまう。(くだらないことっていうのが、実際にかなり多いから余計困ってしまうのだけれど。)これはけっこう致命的だ。
注意力を分散できない。例えば、お客様のグラスが空いてたりすると、とにかくお酌を、という一点だけに集中してしまう。この集中力がまた恐ろしくて、場の流れとして、注意を向けるべきはそこじゃない、というふうになっても、一向に注意力が分散してくれない。端的に言ってしまうと、立ちまわり方が上手くない、ということ。
他にもたくさんある。場を盛り上げるのも苦手だ。気の利いたジョークなんていうのも出てこない。もちろんお客様との相性のようなものもあるので一概には言えないけれど、実際は苦手なタイプの人であっても、きちんと喜んでいただける、楽しんでいただける、というのがやっぱりベストだと思うし、そういうスキルが全然足りていない、というのも問題だ。
というわけで、自分でもよく思うわけです。営業になってないなー、って。
そういえば営業への配属が決まった頃、高校時代の同級生に「その会社の人事は見る目がないなー」て笑われたんだった。
営業って、おれの勤めている会社では最もやりがいのある職種だと思うんだけどね。
営業という仕事柄、きちんとした接待という形ではないにしても、お客様とお酒をご一緒することはよくあるのだけれど、どうもやりきれなくて。
もちろん、接待が好きな人って、あまりいないとは思う。どうせお酒を呑むのなら、気心の知れた仲間や、自分に刺激を与えてくれる人たちと呑みたい、っていうのは、たぶん誰もが持ってる素直な気持ちだよね。でも、そこはビジネス上のものとして、きちんと割り切りが出来ればいいのだろうし、戦略的にそういう場を活用していくのは、営業としてはごく当然の姿勢としてあっていいと思う。
だけどおれは、どうしても自分の中で割り切れないので、困ってしまう。
接待の場に出ると、自分の営業的なセンスのなさがよくわかる。
まず、くだらない、と思ってしまうと、どうしてもやりたくなくなってしまう。(くだらないことっていうのが、実際にかなり多いから余計困ってしまうのだけれど。)これはけっこう致命的だ。
注意力を分散できない。例えば、お客様のグラスが空いてたりすると、とにかくお酌を、という一点だけに集中してしまう。この集中力がまた恐ろしくて、場の流れとして、注意を向けるべきはそこじゃない、というふうになっても、一向に注意力が分散してくれない。端的に言ってしまうと、立ちまわり方が上手くない、ということ。
他にもたくさんある。場を盛り上げるのも苦手だ。気の利いたジョークなんていうのも出てこない。もちろんお客様との相性のようなものもあるので一概には言えないけれど、実際は苦手なタイプの人であっても、きちんと喜んでいただける、楽しんでいただける、というのがやっぱりベストだと思うし、そういうスキルが全然足りていない、というのも問題だ。
というわけで、自分でもよく思うわけです。営業になってないなー、って。
そういえば営業への配属が決まった頃、高校時代の同級生に「その会社の人事は見る目がないなー」て笑われたんだった。
営業って、おれの勤めている会社では最もやりがいのある職種だと思うんだけどね。
Wednesday, May 11, 2005
似て非なるもの
日本初のネット専業証券会社として松井証券を立ち上げた松井道夫社長。
ネット証券という全く新しい分野のパイオニアとなった松井社長は、社員にいつも言っているんだって。
給料をもらって働く人はいらない。働いたぶんの給料をもらう人になれ。
終身雇用と年功序列という(いわゆる)日本型システムの崩壊が広く言われている現在、決して目新しいことは語っていないかもしれないけれど、やっぱりどきっとする言葉だよね。
実はおれは、こういう考え方は、既に社会全体にかなり浸透しているものだと思っていた。でも実際に就職してみて、周りの人たちや同期のメンバーと話していくうちに、意外とそんなこともないんじゃないかと考え直すようになった。
象徴的だと思ったのは、定昇。おれが入社して1年、最初の定期昇給はたしか数千円だった。細かくいうと、個々人の年間評価によって違うのだけれど、新人の評価なんて大して差は生まれないし、概ねこのくらいだったと思う。
「1,000円じゃ1回の食事で終わっちゃうよな」
「なんだこれ、って感じだよね」
年度末にこの通達があった後、そんな声がかなり聞こえてきた。皆が皆ではないにしても、げんなりしてる同期はけっこう多かったような気がする。まあ、そもそも同期に友達がほとんどいないので、正確なことは言えないけれど。
その時、すごく意外に思ったんだ。みんな、定昇に期待してたんだ、って。
おれは定昇で給料を上げる、という感覚が本当にゼロだった(実は定昇という存在自体が、頭から消え去っていた)ので、すごくびっくりした。もちろん、職種によっても違うかもしれない。営業のように、個人の成果と評価を連動させやすい職種もあれば、そうではない職種もあり、どこに所属するかによって、基本的な考え方は変わってくると思う。おれは当時、営業ではなかったけれど、将来的には営業へ異動することが決まっていて、営業研修も入社以来ずっと受講していたので、職種によるバイアスはあるかもしれない。
でも、それにしても意外だった。
外資系企業っていっても、そんなものなんだなって。
まあでも、だからと言っておれに「自分の腕ひとつで給料を上げていく」という意識が定着していた、ってわけでは全然なくて、今日までの3年間を振り返ると、おれは単純に年収を上げることへの執着が弱いだけなのかなって思う。どんどん稼ぎたい、というふうになっていかないんだ。ただそれだけだと思う。そういう意味では、抵抗せずに搾取されていく、いちばんまずいタイプなのかもしれない。
ちょっと話は逸れてしまったけれど、もういちど松井さんの言葉に戻ってみる。
ここで言われている、ふたつのタイプの人間。それらは一見似ているけれど、全く違った存在だよね。ここがポイントだと思う。ひとつの態度に対して、意味づけを反転させてみることで、明らかになるものがきっとあるんだ。だって、ラグビーがまさにそうだったからね。勝利という目的の為に練習するのか、練習すること自体を目的にするのか。タックルされることを避ける為にパスをするのか、パスを活かす為に、あえてレイトタックルを受けるのか。自分のやりやすい動きを優先して、それに周りが反応することを期待するのか、あるいは周りがうまく動けるように、自分のプレーをコントロールするのか。ひとつひとつのプレー。日々の練習。それらの意味づけを反転させてみれば、ラグビーにおいて最も大切なことが、ちょっとずつ見えてきたりするんだ。
松井さんの言葉は、仕事の世界において最も大切なこと、ともすれば甘えて、忘れてしまいがちなことを、本当に明確に言い切っていると思う。ネット証券という、まさに新たな土俵をゼロから作り上げた松井さんにこれを言われると、やっぱりずっしりと響く。
こういう人が、パイオニアなんだね。
ネット証券という全く新しい分野のパイオニアとなった松井社長は、社員にいつも言っているんだって。
給料をもらって働く人はいらない。働いたぶんの給料をもらう人になれ。
終身雇用と年功序列という(いわゆる)日本型システムの崩壊が広く言われている現在、決して目新しいことは語っていないかもしれないけれど、やっぱりどきっとする言葉だよね。
実はおれは、こういう考え方は、既に社会全体にかなり浸透しているものだと思っていた。でも実際に就職してみて、周りの人たちや同期のメンバーと話していくうちに、意外とそんなこともないんじゃないかと考え直すようになった。
象徴的だと思ったのは、定昇。おれが入社して1年、最初の定期昇給はたしか数千円だった。細かくいうと、個々人の年間評価によって違うのだけれど、新人の評価なんて大して差は生まれないし、概ねこのくらいだったと思う。
「1,000円じゃ1回の食事で終わっちゃうよな」
「なんだこれ、って感じだよね」
年度末にこの通達があった後、そんな声がかなり聞こえてきた。皆が皆ではないにしても、げんなりしてる同期はけっこう多かったような気がする。まあ、そもそも同期に友達がほとんどいないので、正確なことは言えないけれど。
その時、すごく意外に思ったんだ。みんな、定昇に期待してたんだ、って。
おれは定昇で給料を上げる、という感覚が本当にゼロだった(実は定昇という存在自体が、頭から消え去っていた)ので、すごくびっくりした。もちろん、職種によっても違うかもしれない。営業のように、個人の成果と評価を連動させやすい職種もあれば、そうではない職種もあり、どこに所属するかによって、基本的な考え方は変わってくると思う。おれは当時、営業ではなかったけれど、将来的には営業へ異動することが決まっていて、営業研修も入社以来ずっと受講していたので、職種によるバイアスはあるかもしれない。
でも、それにしても意外だった。
外資系企業っていっても、そんなものなんだなって。
まあでも、だからと言っておれに「自分の腕ひとつで給料を上げていく」という意識が定着していた、ってわけでは全然なくて、今日までの3年間を振り返ると、おれは単純に年収を上げることへの執着が弱いだけなのかなって思う。どんどん稼ぎたい、というふうになっていかないんだ。ただそれだけだと思う。そういう意味では、抵抗せずに搾取されていく、いちばんまずいタイプなのかもしれない。
ちょっと話は逸れてしまったけれど、もういちど松井さんの言葉に戻ってみる。
ここで言われている、ふたつのタイプの人間。それらは一見似ているけれど、全く違った存在だよね。ここがポイントだと思う。ひとつの態度に対して、意味づけを反転させてみることで、明らかになるものがきっとあるんだ。だって、ラグビーがまさにそうだったからね。勝利という目的の為に練習するのか、練習すること自体を目的にするのか。タックルされることを避ける為にパスをするのか、パスを活かす為に、あえてレイトタックルを受けるのか。自分のやりやすい動きを優先して、それに周りが反応することを期待するのか、あるいは周りがうまく動けるように、自分のプレーをコントロールするのか。ひとつひとつのプレー。日々の練習。それらの意味づけを反転させてみれば、ラグビーにおいて最も大切なことが、ちょっとずつ見えてきたりするんだ。
松井さんの言葉は、仕事の世界において最も大切なこと、ともすれば甘えて、忘れてしまいがちなことを、本当に明確に言い切っていると思う。ネット証券という、まさに新たな土俵をゼロから作り上げた松井さんにこれを言われると、やっぱりずっしりと響く。
こういう人が、パイオニアなんだね。
Monday, May 09, 2005
改めて、万博について
昨日に引き続いて、愛知万博。
7日の午前10時に長久手会場に入り、夜の7時30分に会場を後にするまでの9時間半。ひたすら歩きまわって、各国のパビリオンに足を運んできた。
今回の愛知万博では、企業館エリアが最も注目を集めているけれど、混雑の具合も尋常じゃない。トヨタ館や日立館、東芝館といったところは、日本企業の最先端の技術の結晶が見られるのだろうけれど、どこも1時間半〜2時間待ちの状態で、ひとつ見ただけで午前中がまるまる終わってしまう、といった感じだった。話題になっているマンモスや、藤井フミヤが総合プロデュースした「大地の塔」なんかも状況は同じ。そんな訳で、おれとしては、こういうところは一切見ない、という方針でいくことにした。そもそも、万博というのは「万国」博覧会なのだから、世界各国の展示をとにかく廻れるだけ廻る、というのでいいじゃないか、って思って。
全体を通して最も感じたのは、ここにあるのはやっぱりレプリカなんだ、ということ。
各国の展示は、決して悪いものばかりというわけではなくて、好奇心をくすぐるものもかなり多い。多くの国のパビリオンでは、本当に日本語の上手な現地の人間が、展示の説明やガイド、あるいは土産物の販売などをしていて、一様に明るく、異国情緒の一端を味わえる。(土産物の売り子をしている女性は、とてもかわいい人が多い。)それに、そもそもどこにあるのか知らないような国の展示を見られたり、展示の仕方そのものに各国の風土の違いが出ていたりと、楽しみ方はたくさんあると思う。
でも、レプリカなんだよね。当たり前だけどさ。
考えてみれば、レプリカでいいのかもしれない。レプリカでも、好奇心はくすぐってくれるからね。ここから先は、結局のところ自分で求めていくしかないし、それでいいんだろうな、とも思う。
ただ、そうした中で、イタリアはひとつ際立ったものがあった。
それは、『踊るサテュロス像』のまさにオリジナルが展示されていた、ということ。
これは、『踊るサテュロス像』の何たるかを知らなくても、一見の価値が十分にあると思う。実際、恥ずかしながらおれもサテュロスのことをなにも知らなかったのだけれど、その迫力には心を打たれた。凄まじいばかりのダイナミズム。恐ろしいくらいの力強さを備えた表情。1998年に漁船の網に偶然掛かって、水深480mの海底から引き揚げられるまで、2,000年以上にわたってシチリアの海にこの像が沈んでいたのだと知って、その奇跡にただ驚くしかない。
これから万博に行く人には、こいつだけは見てきてほしいです。
ちなみに、おれの印象に残ってる国をもうひとつだけ挙げるなら、アイルランド。
アイルランドには、いずれ行ってみたいと思った。もちろん、キューバが先だけどね。
7日の午前10時に長久手会場に入り、夜の7時30分に会場を後にするまでの9時間半。ひたすら歩きまわって、各国のパビリオンに足を運んできた。
今回の愛知万博では、企業館エリアが最も注目を集めているけれど、混雑の具合も尋常じゃない。トヨタ館や日立館、東芝館といったところは、日本企業の最先端の技術の結晶が見られるのだろうけれど、どこも1時間半〜2時間待ちの状態で、ひとつ見ただけで午前中がまるまる終わってしまう、といった感じだった。話題になっているマンモスや、藤井フミヤが総合プロデュースした「大地の塔」なんかも状況は同じ。そんな訳で、おれとしては、こういうところは一切見ない、という方針でいくことにした。そもそも、万博というのは「万国」博覧会なのだから、世界各国の展示をとにかく廻れるだけ廻る、というのでいいじゃないか、って思って。
全体を通して最も感じたのは、ここにあるのはやっぱりレプリカなんだ、ということ。
各国の展示は、決して悪いものばかりというわけではなくて、好奇心をくすぐるものもかなり多い。多くの国のパビリオンでは、本当に日本語の上手な現地の人間が、展示の説明やガイド、あるいは土産物の販売などをしていて、一様に明るく、異国情緒の一端を味わえる。(土産物の売り子をしている女性は、とてもかわいい人が多い。)それに、そもそもどこにあるのか知らないような国の展示を見られたり、展示の仕方そのものに各国の風土の違いが出ていたりと、楽しみ方はたくさんあると思う。
でも、レプリカなんだよね。当たり前だけどさ。
考えてみれば、レプリカでいいのかもしれない。レプリカでも、好奇心はくすぐってくれるからね。ここから先は、結局のところ自分で求めていくしかないし、それでいいんだろうな、とも思う。
ただ、そうした中で、イタリアはひとつ際立ったものがあった。
それは、『踊るサテュロス像』のまさにオリジナルが展示されていた、ということ。
これは、『踊るサテュロス像』の何たるかを知らなくても、一見の価値が十分にあると思う。実際、恥ずかしながらおれもサテュロスのことをなにも知らなかったのだけれど、その迫力には心を打たれた。凄まじいばかりのダイナミズム。恐ろしいくらいの力強さを備えた表情。1998年に漁船の網に偶然掛かって、水深480mの海底から引き揚げられるまで、2,000年以上にわたってシチリアの海にこの像が沈んでいたのだと知って、その奇跡にただ驚くしかない。
これから万博に行く人には、こいつだけは見てきてほしいです。
ちなみに、おれの印象に残ってる国をもうひとつだけ挙げるなら、アイルランド。
アイルランドには、いずれ行ってみたいと思った。もちろん、キューバが先だけどね。
ポーランド
5月7日のことだけど、実は愛知万博に行ってきた。
もう夜も遅いので、細かいことはまた書くとして、感じたことをひとつだけ。
おれがいちばん印象に残ったのは、ポーランドのパビリオン。
どういったものだったかと言うと、ポーランドの街並みやそこに生きる人間、自然に囲まれた風景等を映像にした10分ほどのフィルムと、地下100mでの岩塩の採掘の様子を展示したものとの2部構成。実際にはそれほど斬新なものではなかったし、他にも興味深いパビリオンは数多くあったと思う。
でも、ポーランド。
というのは、ポーランドには親友が留学しているんだ。高校時代からの友達で、大学を卒業後、映画を学ぶ為に海の向こうに留学していった。当初はイギリスにいたけれど、今はポーランドにいて、ポーランド語で授業受けてるって言ってた。
だから、どうしても思っちゃった。
あいつ、ここに暮らしてるのかー、って。
映像で紹介されたポーランドの街並みはほんの一部分であって、ポーランドの現実を正確に反映したものではないかもしれないけれど、印象としてはとてもお洒落だった。すっきりしていて、落ち着いた風景、という感じ。当たり前だけど、日本の風景とはまったく違う。善し悪しは別としてね。
あの街のどこかに、日本を飛び出して生きてる親友がいると思うと、気持ちがむずむずした。
他にことばがない。とにかく、「むずむず」したんだ。
もう夜も遅いので、細かいことはまた書くとして、感じたことをひとつだけ。
おれがいちばん印象に残ったのは、ポーランドのパビリオン。
どういったものだったかと言うと、ポーランドの街並みやそこに生きる人間、自然に囲まれた風景等を映像にした10分ほどのフィルムと、地下100mでの岩塩の採掘の様子を展示したものとの2部構成。実際にはそれほど斬新なものではなかったし、他にも興味深いパビリオンは数多くあったと思う。
でも、ポーランド。
というのは、ポーランドには親友が留学しているんだ。高校時代からの友達で、大学を卒業後、映画を学ぶ為に海の向こうに留学していった。当初はイギリスにいたけれど、今はポーランドにいて、ポーランド語で授業受けてるって言ってた。
だから、どうしても思っちゃった。
あいつ、ここに暮らしてるのかー、って。
映像で紹介されたポーランドの街並みはほんの一部分であって、ポーランドの現実を正確に反映したものではないかもしれないけれど、印象としてはとてもお洒落だった。すっきりしていて、落ち着いた風景、という感じ。当たり前だけど、日本の風景とはまったく違う。善し悪しは別としてね。
あの街のどこかに、日本を飛び出して生きてる親友がいると思うと、気持ちがむずむずした。
他にことばがない。とにかく、「むずむず」したんだ。
Sunday, May 08, 2005
高野山
久しぶりの更新。しばらくネットのない生活だったからね。
GWの連休を利用して、実はちょっとした旅行に行ってきた。
行き先は、高野山。5日の午前中に到着し、まずは金剛峯寺を訪ねる。そこから一の橋を越えて参拝道を歩き、弘法大師が現身のまま御入定されたといわれる奥の院へと足を運ぶ。その後は、蓮花定院という宿坊にて一泊するという流れで、全体としてなかなか思うところ多い旅行になった。
高野山を訪ねるのは、実は初めて。ふたりでお寺や神社に行くことはたまにあり、靖国神社の御朱印帳を持参しては、各地の朱印を集めているのだけれど、個人的に仏教や神道への関心が強いわけではなくて。このタイミングで高野山を訪ねることになったのも、自分の強い意志というよりは、そういう誘いがあったから、というのが正直なところだ。
でも、実際に行ってみると、とても刺激的でよいものだった。
まずは金剛峯寺の建築物としての魅力。鶯張りの廊下、四季を描いた襖絵、見事に装飾を施された欄間、岩を並べて雌雄の龍に見立てた石庭。観るべきところは非常に多く、単純に素晴らしかった。建築物としての価値というのは、門外漢のおれにはよく分からない。でも、1,200年近くも前に作られた建築物が今もこうして現代人の心に響くというのは、本当にすごいことだと思う。
ひととおり金剛峯寺を見学し、本尊に手を合わせると、奥の院へと続く参拝道を歩きはじめる。参拝道の両岸には多くの宿坊寺院がみられるのだけれど、その数は50近いとのこと。金剛峯寺というものの裾野の広さというか、弘法大師の教えの伝播力がいかに大きなものだったかというのがよく分かる。そんなことを考えながら、左右をきょろきょろしながら歩みを進めていくと、一の橋を越えて奥の院墓地へと入っていく。この墓地がまたすごい。恥ずかしながら訪ねるまで知らなかったのだけれど、ここには織田信長・豊臣秀吉・徳川家康の3人のお墓があるだけでなく、伊達政宗、武田信玄、上杉謙信、親鸞上人、石田三成のお墓もある。さらには、多くの企業が物故者を祀るお墓を持っているし、太平洋戦争で亡くなった戦闘員や現地の人間を祀るお墓もある。挙げていけばきりがないけれど、それほどの数の人々が、弘法大師のもとで祀られているという事実は、けっこうなものだよね。髪の毛1本、爪の1枚でも高野山に埋めることによって、死後そこが魂の還る処となる、と伝えられているのだと、この日泊まった宿坊で教えてもらった。多くの戦国武将が、弘法大師のもとに還るべく、高野山に分骨したということは、とりもなおさず、弘法大師の存在とその教えが、日本においてどれほど魂の救済に寄与してきたのかを物語っているのだと思う。
奥の院墓地を進んでいって、中の橋という橋を越える。すると、いちばん奥にあるのが弘法大師御廟。ここで弘法大師は即身成仏となったらしい。即身成仏となったとされる空間には、奥の白壁に弘法大師の影が映り遺っているとされている。雑念ばかりで修行の足りないおれには到底見えるべくもないけれど、ある域に到達した人間には見えるのかもしれない、という異様な雰囲気が漂っている。いや、「異様」という言葉は正確ではないかもしれない。厳かな、というほうが近いかもしれないね。灯籠の橙色と数え切れないほどの小さな仏像に囲まれた独特の空間。仏教に興味のない人であっても、あそこはいちど訪れる価値があると思う。
ひととおり高野山金剛峯寺を廻った後は、この日の宿である蓮花定院にて夕刻のお勤めに参加し、精進料理を食べる。
宿坊に泊まるのも実は初めてだ。蓮花定院では、夕刻と翌朝にお勤めがある。夕刻のお勤めでは、最初に5分ほどお経を読み上げた後、そのまま何の前触れもなく瞑想に入る。瞑想の時間は実は決まっていないそうで、後で聞いた話では、お勤めをしている修行僧が少しでも仏に近づいたような感覚を持てたのであれば、そこで終わりにするらしい。この日は結局、40分近く瞑想をしていた。このアバウトな感覚もすごいと思うけれど、時間を決めずに40分間瞑想する、というのは、やってみるとなかなかに大変だ。おれはまず、最初の5分で足が痛くて正座を崩した。まあ、正座は必須ではないので、これはよしとしておく。その後、さらに5分ほど経った頃には「いつまでやるんだろう」という疑念ばかりになる。20分を過ぎた後は、胡座にも関わらず足が痛くなり、さらに睡魔も襲ってきて、身体が左右に揺れてしまう。(自分の名誉の為に書いておくと、決して寝てはいないけれど。)最終的には、「早く終わってくれ」という祈りすら生まれてきて、「仏を感じる」瞬間などあったものじゃない。ほんと、ひどいもんです。雑念ばかりの自分を省みて、改めて3人の修行僧に脱帽。
精進料理も、きちんと食べたのは初めてかもしれない。少なくとも記憶にはないね。蓮花定院のものは、思った以上に量があって驚いた。山菜や香の物は普段好んで食べるものではないけれど、抜群に美味しかった。それから、高野豆腐ね。他にも天麩羅あり、胡麻豆腐ありで、全体としてかなり満足できるものだった。
食事の時に、隣のおっさんが住職のお母さんに質問をしていた。
「空海さんに相当するような坊さんというと、誰がいるんですか」
住職のお母さんは、「比較はできないけれど、ああいう人は他にはいないし、もう出てこないだろう」と返し、おっさんは空海の凄さを知った満足を浮かべて広間を去っていった。
おれは思うのだけれど、空海のような坊さんが今後現れることはないだろうし、現れる必要もない。当時と今では時代が違う。当時はきっと、魂の救済という装置が必要だったんだと思う。農作物の出来に依存せざるを得ない庶民の生活。収穫のかなりの部分を国に納め、生活は苦しかったはずだ。医療も発達していない。日々を生きることが決して楽でない時代。そうしたなかでも、生きる。こういう時代において、おそらく誰もが同じ思いを抱くんじゃないか。例えば、生きたその先になにがあるのか。「生きる意味」であったり、「死後の魂のゆくえ」であったり、そうしたものへの問いかけというのは、きっと広く共有されていたのだと思う。そこに差し伸べられた最も尊い救済こそが、弘法大師様だったのかもしれない。
今は、違う。万人への救い、というのは最初から成立しない。産業の発達、医療の進歩によって実現された豊かな生活。そうした状況下にあって、生き続ける、ということはある程度まで容易になってきている。(実際に容易だとは思ってないけれど。)そして自由主義のもと、自分の人生は自分で選び取る時代になった。価値観は多様だ。だから、100人いれば、100の救済がなければいけない。現代に空海が現れない、っていうのはそういうことだ。
でも、だからと言って空海の凄さはまったく変わらない。本当に偉大な方だったのだろうと改めて思う。1,200年という時を経た現代においても、相当の数の人間が金剛峯寺に足を運び、奥の院墓地を訪ね、魂の救済の道を追い続けているという事実がそれを証明している。1,200年語り継がれる、というのは、1,200年経った今も語り尽くせない、ということでもある。それほど空海の教えは深いものだったのだろうし、やっぱり普遍性を持っていたのだと思う。
基本的におれは、宗教に対する関心も理解も薄い。そして、少なくとも今は、特定の宗教というものを必要としていない。宗教的な立場をあまり意識することのない日本で生活し、この方向は当分変わらないだろうと思う。
そんなおれだけど、改めて宗教というものの力を考えさせられた一日でした。
GWの連休を利用して、実はちょっとした旅行に行ってきた。
行き先は、高野山。5日の午前中に到着し、まずは金剛峯寺を訪ねる。そこから一の橋を越えて参拝道を歩き、弘法大師が現身のまま御入定されたといわれる奥の院へと足を運ぶ。その後は、蓮花定院という宿坊にて一泊するという流れで、全体としてなかなか思うところ多い旅行になった。
高野山を訪ねるのは、実は初めて。ふたりでお寺や神社に行くことはたまにあり、靖国神社の御朱印帳を持参しては、各地の朱印を集めているのだけれど、個人的に仏教や神道への関心が強いわけではなくて。このタイミングで高野山を訪ねることになったのも、自分の強い意志というよりは、そういう誘いがあったから、というのが正直なところだ。
でも、実際に行ってみると、とても刺激的でよいものだった。
まずは金剛峯寺の建築物としての魅力。鶯張りの廊下、四季を描いた襖絵、見事に装飾を施された欄間、岩を並べて雌雄の龍に見立てた石庭。観るべきところは非常に多く、単純に素晴らしかった。建築物としての価値というのは、門外漢のおれにはよく分からない。でも、1,200年近くも前に作られた建築物が今もこうして現代人の心に響くというのは、本当にすごいことだと思う。
ひととおり金剛峯寺を見学し、本尊に手を合わせると、奥の院へと続く参拝道を歩きはじめる。参拝道の両岸には多くの宿坊寺院がみられるのだけれど、その数は50近いとのこと。金剛峯寺というものの裾野の広さというか、弘法大師の教えの伝播力がいかに大きなものだったかというのがよく分かる。そんなことを考えながら、左右をきょろきょろしながら歩みを進めていくと、一の橋を越えて奥の院墓地へと入っていく。この墓地がまたすごい。恥ずかしながら訪ねるまで知らなかったのだけれど、ここには織田信長・豊臣秀吉・徳川家康の3人のお墓があるだけでなく、伊達政宗、武田信玄、上杉謙信、親鸞上人、石田三成のお墓もある。さらには、多くの企業が物故者を祀るお墓を持っているし、太平洋戦争で亡くなった戦闘員や現地の人間を祀るお墓もある。挙げていけばきりがないけれど、それほどの数の人々が、弘法大師のもとで祀られているという事実は、けっこうなものだよね。髪の毛1本、爪の1枚でも高野山に埋めることによって、死後そこが魂の還る処となる、と伝えられているのだと、この日泊まった宿坊で教えてもらった。多くの戦国武将が、弘法大師のもとに還るべく、高野山に分骨したということは、とりもなおさず、弘法大師の存在とその教えが、日本においてどれほど魂の救済に寄与してきたのかを物語っているのだと思う。
奥の院墓地を進んでいって、中の橋という橋を越える。すると、いちばん奥にあるのが弘法大師御廟。ここで弘法大師は即身成仏となったらしい。即身成仏となったとされる空間には、奥の白壁に弘法大師の影が映り遺っているとされている。雑念ばかりで修行の足りないおれには到底見えるべくもないけれど、ある域に到達した人間には見えるのかもしれない、という異様な雰囲気が漂っている。いや、「異様」という言葉は正確ではないかもしれない。厳かな、というほうが近いかもしれないね。灯籠の橙色と数え切れないほどの小さな仏像に囲まれた独特の空間。仏教に興味のない人であっても、あそこはいちど訪れる価値があると思う。
ひととおり高野山金剛峯寺を廻った後は、この日の宿である蓮花定院にて夕刻のお勤めに参加し、精進料理を食べる。
宿坊に泊まるのも実は初めてだ。蓮花定院では、夕刻と翌朝にお勤めがある。夕刻のお勤めでは、最初に5分ほどお経を読み上げた後、そのまま何の前触れもなく瞑想に入る。瞑想の時間は実は決まっていないそうで、後で聞いた話では、お勤めをしている修行僧が少しでも仏に近づいたような感覚を持てたのであれば、そこで終わりにするらしい。この日は結局、40分近く瞑想をしていた。このアバウトな感覚もすごいと思うけれど、時間を決めずに40分間瞑想する、というのは、やってみるとなかなかに大変だ。おれはまず、最初の5分で足が痛くて正座を崩した。まあ、正座は必須ではないので、これはよしとしておく。その後、さらに5分ほど経った頃には「いつまでやるんだろう」という疑念ばかりになる。20分を過ぎた後は、胡座にも関わらず足が痛くなり、さらに睡魔も襲ってきて、身体が左右に揺れてしまう。(自分の名誉の為に書いておくと、決して寝てはいないけれど。)最終的には、「早く終わってくれ」という祈りすら生まれてきて、「仏を感じる」瞬間などあったものじゃない。ほんと、ひどいもんです。雑念ばかりの自分を省みて、改めて3人の修行僧に脱帽。
精進料理も、きちんと食べたのは初めてかもしれない。少なくとも記憶にはないね。蓮花定院のものは、思った以上に量があって驚いた。山菜や香の物は普段好んで食べるものではないけれど、抜群に美味しかった。それから、高野豆腐ね。他にも天麩羅あり、胡麻豆腐ありで、全体としてかなり満足できるものだった。
食事の時に、隣のおっさんが住職のお母さんに質問をしていた。
「空海さんに相当するような坊さんというと、誰がいるんですか」
住職のお母さんは、「比較はできないけれど、ああいう人は他にはいないし、もう出てこないだろう」と返し、おっさんは空海の凄さを知った満足を浮かべて広間を去っていった。
おれは思うのだけれど、空海のような坊さんが今後現れることはないだろうし、現れる必要もない。当時と今では時代が違う。当時はきっと、魂の救済という装置が必要だったんだと思う。農作物の出来に依存せざるを得ない庶民の生活。収穫のかなりの部分を国に納め、生活は苦しかったはずだ。医療も発達していない。日々を生きることが決して楽でない時代。そうしたなかでも、生きる。こういう時代において、おそらく誰もが同じ思いを抱くんじゃないか。例えば、生きたその先になにがあるのか。「生きる意味」であったり、「死後の魂のゆくえ」であったり、そうしたものへの問いかけというのは、きっと広く共有されていたのだと思う。そこに差し伸べられた最も尊い救済こそが、弘法大師様だったのかもしれない。
今は、違う。万人への救い、というのは最初から成立しない。産業の発達、医療の進歩によって実現された豊かな生活。そうした状況下にあって、生き続ける、ということはある程度まで容易になってきている。(実際に容易だとは思ってないけれど。)そして自由主義のもと、自分の人生は自分で選び取る時代になった。価値観は多様だ。だから、100人いれば、100の救済がなければいけない。現代に空海が現れない、っていうのはそういうことだ。
でも、だからと言って空海の凄さはまったく変わらない。本当に偉大な方だったのだろうと改めて思う。1,200年という時を経た現代においても、相当の数の人間が金剛峯寺に足を運び、奥の院墓地を訪ね、魂の救済の道を追い続けているという事実がそれを証明している。1,200年語り継がれる、というのは、1,200年経った今も語り尽くせない、ということでもある。それほど空海の教えは深いものだったのだろうし、やっぱり普遍性を持っていたのだと思う。
基本的におれは、宗教に対する関心も理解も薄い。そして、少なくとも今は、特定の宗教というものを必要としていない。宗教的な立場をあまり意識することのない日本で生活し、この方向は当分変わらないだろうと思う。
そんなおれだけど、改めて宗教というものの力を考えさせられた一日でした。
Wednesday, May 04, 2005
尼崎の事故に思う
尼崎の悲惨な事故をきっかけとして、JR西日本の企業体質がクローズアップされている。
ここ数日のニュースをみても、問題とされる対応は幾つもある。例えば、事故直後の、原因が不明確な段階で置き石説に言及したこと。その後の事故調査委員会の現場検証の結果、粉砕痕は跳ね上がったバラスト(敷石)によるものであることが判明し、置き石の可能性は事実上消滅した。あるいは、直前の伊丹駅でのオーバーランに関して、実際には40mのところを8mと虚偽報告していたこと。脱線の可能性がある速度として当初言及していた「130km/h以上」という数字も、実際には乗客がゼロの場合の理論値に過ぎなかったこと。組織防衛が優先されたと思うしかないような対応は、枚挙にいとまがない。
そうした状況のなかで、また新たな事実が浮かび上がってきた。
ひとつは、脱線した快速電車に通勤途中のJR西日本の運転士2名が乗車していたにも関わらず、救助活動をせずにそのまま出勤していたということ。そしてもうひとつは、事故を起こした快速電車の車掌に対して、JR西日本が「スピードの出し過ぎを感じなかった」という報告を強要していた疑いのあることが分かった、ということ。
企業って、何の為にあるのだろう。
107名もの命が失われたというのに、なお組織防衛と隠蔽に動くJR西日本の体質は、ほとんど信じられない。きっと現場には、被害者や家族の方を目の前にして、心の底から謝罪し、振り絞れる限りの誠意をもって対応しようとしている人間がいることだと思う。被害に遭われた方や、その関係者の方の悲痛は計り知れない。ある朝、なんの前触れもなく、友や家族がいなくなる。JR西日本の経営陣にだって、もし自分の家族や親友が乗っていたら、というくらいの想像力はあるだろう。もう戻ってこない107の命。その厳然たる事実の重みに、なによりもまず向き合おうとする、というのが当然の態度だったと思う。
正直にいって、こういうのは、本当にむなしい。
JR西日本のこうした隠蔽体質、あるいは組織防衛に走ろうとする姿勢というのは、ひとことで言うなら、サービスカンパニーという認識がない、ということだと思う。JR西日本は、お客様に「速くて快適な移動」というサービスを提供するサービスカンパニーのはずだ。サービスを売る企業は、サービスを享受いただくお客様の側に、絶対に顔を向ける。お客様は満足が得られるからこそサービスを買うのであって、どうすれば満足していただけるか、という問いに対する答えは、お客様の中にしかないからだ。JR西日本が、被害者や家族の方よりも先に、自社の存続に目を向けたという事実がまさに、彼らがサービスカンパニーたりえないということを示しているのだと思う。
でも、なぜだろう。
ひとつには、競争しなくてよかった、という事実があるかもしれない。鉄道業界というのは、基本的に外資の参入がない。外資参入の是非は置いておくとして、そのことが意味するのは、日本という範囲でのみ競争すればよい、という事実。さらに、例えば小売業や製造業と比較して、新規参入が極めて難しい、ということも言えると思う。阪急との競争激化と言われるが、他業界の熾烈な競争とは比較にならないと思う。この点は、放送業界と似ているよね。こういう業界は、自分たちが「なにに」守られているのか、ということに余程自覚的でない限り、組織としての新陳代謝が遅れ、旧態依然の風土が残りやすいのではないかと思う。例えば、「日本語」という言語に守られてCNNやBBCと競争せずに済み、放送免許の存在によって新規参入による新陳代謝から守られているフジテレビは、まさにこの問題を露呈していたんじゃないか。まあ、このあたりは龍さんの影響受け過ぎだけどね。
遅ればせながら規制緩和がようやく進んで、まさに外資との熾烈な競争を繰り広げている金融業界と比較すると、その違いは際立ってみえるかもしれないね。
ここ数日のニュースをみても、問題とされる対応は幾つもある。例えば、事故直後の、原因が不明確な段階で置き石説に言及したこと。その後の事故調査委員会の現場検証の結果、粉砕痕は跳ね上がったバラスト(敷石)によるものであることが判明し、置き石の可能性は事実上消滅した。あるいは、直前の伊丹駅でのオーバーランに関して、実際には40mのところを8mと虚偽報告していたこと。脱線の可能性がある速度として当初言及していた「130km/h以上」という数字も、実際には乗客がゼロの場合の理論値に過ぎなかったこと。組織防衛が優先されたと思うしかないような対応は、枚挙にいとまがない。
そうした状況のなかで、また新たな事実が浮かび上がってきた。
ひとつは、脱線した快速電車に通勤途中のJR西日本の運転士2名が乗車していたにも関わらず、救助活動をせずにそのまま出勤していたということ。そしてもうひとつは、事故を起こした快速電車の車掌に対して、JR西日本が「スピードの出し過ぎを感じなかった」という報告を強要していた疑いのあることが分かった、ということ。
企業って、何の為にあるのだろう。
107名もの命が失われたというのに、なお組織防衛と隠蔽に動くJR西日本の体質は、ほとんど信じられない。きっと現場には、被害者や家族の方を目の前にして、心の底から謝罪し、振り絞れる限りの誠意をもって対応しようとしている人間がいることだと思う。被害に遭われた方や、その関係者の方の悲痛は計り知れない。ある朝、なんの前触れもなく、友や家族がいなくなる。JR西日本の経営陣にだって、もし自分の家族や親友が乗っていたら、というくらいの想像力はあるだろう。もう戻ってこない107の命。その厳然たる事実の重みに、なによりもまず向き合おうとする、というのが当然の態度だったと思う。
正直にいって、こういうのは、本当にむなしい。
JR西日本のこうした隠蔽体質、あるいは組織防衛に走ろうとする姿勢というのは、ひとことで言うなら、サービスカンパニーという認識がない、ということだと思う。JR西日本は、お客様に「速くて快適な移動」というサービスを提供するサービスカンパニーのはずだ。サービスを売る企業は、サービスを享受いただくお客様の側に、絶対に顔を向ける。お客様は満足が得られるからこそサービスを買うのであって、どうすれば満足していただけるか、という問いに対する答えは、お客様の中にしかないからだ。JR西日本が、被害者や家族の方よりも先に、自社の存続に目を向けたという事実がまさに、彼らがサービスカンパニーたりえないということを示しているのだと思う。
でも、なぜだろう。
ひとつには、競争しなくてよかった、という事実があるかもしれない。鉄道業界というのは、基本的に外資の参入がない。外資参入の是非は置いておくとして、そのことが意味するのは、日本という範囲でのみ競争すればよい、という事実。さらに、例えば小売業や製造業と比較して、新規参入が極めて難しい、ということも言えると思う。阪急との競争激化と言われるが、他業界の熾烈な競争とは比較にならないと思う。この点は、放送業界と似ているよね。こういう業界は、自分たちが「なにに」守られているのか、ということに余程自覚的でない限り、組織としての新陳代謝が遅れ、旧態依然の風土が残りやすいのではないかと思う。例えば、「日本語」という言語に守られてCNNやBBCと競争せずに済み、放送免許の存在によって新規参入による新陳代謝から守られているフジテレビは、まさにこの問題を露呈していたんじゃないか。まあ、このあたりは龍さんの影響受け過ぎだけどね。
遅ればせながら規制緩和がようやく進んで、まさに外資との熾烈な競争を繰り広げている金融業界と比較すると、その違いは際立ってみえるかもしれないね。
Monday, May 02, 2005
検見川にて
学生時代、GWのほぼすべてを捧げた検見川のグラウンドで、久しぶりのラグビー。
東大A vs WMM。
WMMというのは、学生時代の仲間が作ったクラブチーム。日々の活動は必ずしも軌道に乗っているとは言えないかもしれないけれど、クラブ日本一を目指して、今は東京都の3部を勝ち上がってる。おれは選手登録はされていないけれど、週末の練習にはよく顔を出してて。この日はクラブリーグの公式戦ではないので、出番をもらってCTBとして80分間プレーした。
ゲームは50ー10で勝利したのだけれど、自分のパフォーマンスは最悪。
やっぱり、練習しないとだめだね。特におれみたいなタイプは、練習しないと全然だめです。仕事量も少なかったし、プレーが正確じゃなかった。別に目立つ必要はないし、もともとそれほど目立った選手ではないけれど、自分の責任をきちんと果たして、正確にプレーしないと、ラグビーとしての楽しさがないし、それ以前に、他のメンバーに申し訳ないよね。
次にプレーするチャンスがあるのは、6月のタマリバ戦。WMMにとっても重要なゲームなので、とにかくそれまでに、このゲームの反省点を修正して、きちんとしたプレーが出来るようにしたい。
その為には、練習。
当然ながら、クラブラグビーでは十分な練習時間は確保できない。WMMにしても練習は週末のみで、かつ人数も一桁の日が多い。クラブの運営に携わるコアのメンバーが中心となって、人数の確保や環境の改善に向けた努力を続けてくれているけれど、すぐには効果は出ないと思う。だからこそ、まずはその少ない時間を有効に使う努力をしないといけない。限られた時間とメンバーの中で、「上手くなる為の」練習をする、という意識が、おれにはまだ足りない。もっと出来ると思う。これから駒場に足を運ぶ時には、そういうことをもっと考えて練習をしたい。
ちなみに、このゲームでのFWの働きはすごくよかった。巌さん、カジさん、さすがだった。おれよりも年上の、おれよりもずっと前に現役を退いた先輩があんなにいいプレーしてるというのは、すごい刺激だよね。
現役のみんなは、悔しかったと思う。
でも、夏も負けません。負けるのは大嫌いなので。
東大A vs WMM。
WMMというのは、学生時代の仲間が作ったクラブチーム。日々の活動は必ずしも軌道に乗っているとは言えないかもしれないけれど、クラブ日本一を目指して、今は東京都の3部を勝ち上がってる。おれは選手登録はされていないけれど、週末の練習にはよく顔を出してて。この日はクラブリーグの公式戦ではないので、出番をもらってCTBとして80分間プレーした。
ゲームは50ー10で勝利したのだけれど、自分のパフォーマンスは最悪。
やっぱり、練習しないとだめだね。特におれみたいなタイプは、練習しないと全然だめです。仕事量も少なかったし、プレーが正確じゃなかった。別に目立つ必要はないし、もともとそれほど目立った選手ではないけれど、自分の責任をきちんと果たして、正確にプレーしないと、ラグビーとしての楽しさがないし、それ以前に、他のメンバーに申し訳ないよね。
次にプレーするチャンスがあるのは、6月のタマリバ戦。WMMにとっても重要なゲームなので、とにかくそれまでに、このゲームの反省点を修正して、きちんとしたプレーが出来るようにしたい。
その為には、練習。
当然ながら、クラブラグビーでは十分な練習時間は確保できない。WMMにしても練習は週末のみで、かつ人数も一桁の日が多い。クラブの運営に携わるコアのメンバーが中心となって、人数の確保や環境の改善に向けた努力を続けてくれているけれど、すぐには効果は出ないと思う。だからこそ、まずはその少ない時間を有効に使う努力をしないといけない。限られた時間とメンバーの中で、「上手くなる為の」練習をする、という意識が、おれにはまだ足りない。もっと出来ると思う。これから駒場に足を運ぶ時には、そういうことをもっと考えて練習をしたい。
ちなみに、このゲームでのFWの働きはすごくよかった。巌さん、カジさん、さすがだった。おれよりも年上の、おれよりもずっと前に現役を退いた先輩があんなにいいプレーしてるというのは、すごい刺激だよね。
現役のみんなは、悔しかったと思う。
でも、夏も負けません。負けるのは大嫌いなので。
Sunday, May 01, 2005
舞台
後輩のWTBと、北千住に舞台を観に行った。
寺山修司生誕70周年記念公演『血の起源』。
寺山修司のことは、実はほとんど知らない。文庫本のコーナーで『書を捨てよ、町へ出よう』であったり『ポケットに名言を』であったりを目にするたびに、いつも心の片隅がむずむずするけれど、結局今日まで読むことのないままで。こうやって、舞台から入ることになるとは、正直思ってなかった。後輩の彼女のつてで、S席が2,000円で取れるというラッキーな誘いがなければ、舞台の存在すら知らなかったからね。
パンフレットの紹介によると、この作品は、1973年にイランで3日間上演されたのみの幻の作品とのこと。舞台といっても台詞はほとんどなく、歌とダンスの組み合わせの中に、寺山修司のイメージとアフォリズムが埋め込まれたような作品。幻だからってことでもないけれど、寺山修司への入り口としては、悪くないんじゃないかと思う。
さて、実際に舞台を観てみて。
ひとことで感想をいうなら、とてもよかった。舞台というものを観ること自体、ほぼ初めてだったけれど、生で聴く歌声の素晴らしさや作品としての完成度の高さに、目を釘付けにされた。
作品全体としては、ストーリーと呼べるようなはっきりとしたプロットではなくて、寺山修司のイメージを、イメージとしてそのまま舞台化したような作品で、いろんな捉え方や感じ方が出来る内容だったと思う。そのイメージの力は、確かにとても強かったし、舞台の中で語られる台詞は、数は多くはないけれど、独特の引力のある言葉ばかりだった。
ただ、そういうことだけではなくて、おれがいいと思ったのは、演出。舞台装置や、ダンス、音楽、歌声、衣装、そういった諸々すべてを含んだ演出が、とてもよかった。
要するに、単純にすごかったんだよね。5人の女性が出てくるんだけど、その歌声は抜群だったし、主役の安寿ミラもとてもよかった。いや、もっと単純なところで、生で観たり、聴いたりすることが、やっぱり興奮を誘った。
小難しく考えなくても、イメージの意味するところがきちんと掴めなかったとしても、でもおもしろかったわけです。
また機をみて、観に行きたいね。
ちなみに、ひとつだけ残念だったこと。
舞台の開演後に、遅れてシアターに入ってくる人が本当に多かった。劇場の人が足下をライトで照らして席まで誘導するのだけれど、あれは勘弁してほしい。舞台を観て思ったのは、ふとした瞬間に舞台上の雰囲気や、状況が変わってしまうことがある、ということ。当然のことだけど、舞台上にいる役者はひとりではなくて、それぞれの役者が、それぞれの瞬間を演じている。だから、本当にちょっとした瞬間で、舞台上での立ち位置や、姿勢や、そういったものが変わっている。そういう瞬間を、遅れて来た人のふらふらした足取りに邪魔されるのは、ちょっと我慢ならない。本当に楽しみに観に来た人の為に、開演後は一切の入場を受け付けない、というのでいいじゃないかとおれは思うんだけど。
寺山修司生誕70周年記念公演『血の起源』。
寺山修司のことは、実はほとんど知らない。文庫本のコーナーで『書を捨てよ、町へ出よう』であったり『ポケットに名言を』であったりを目にするたびに、いつも心の片隅がむずむずするけれど、結局今日まで読むことのないままで。こうやって、舞台から入ることになるとは、正直思ってなかった。後輩の彼女のつてで、S席が2,000円で取れるというラッキーな誘いがなければ、舞台の存在すら知らなかったからね。
パンフレットの紹介によると、この作品は、1973年にイランで3日間上演されたのみの幻の作品とのこと。舞台といっても台詞はほとんどなく、歌とダンスの組み合わせの中に、寺山修司のイメージとアフォリズムが埋め込まれたような作品。幻だからってことでもないけれど、寺山修司への入り口としては、悪くないんじゃないかと思う。
さて、実際に舞台を観てみて。
ひとことで感想をいうなら、とてもよかった。舞台というものを観ること自体、ほぼ初めてだったけれど、生で聴く歌声の素晴らしさや作品としての完成度の高さに、目を釘付けにされた。
作品全体としては、ストーリーと呼べるようなはっきりとしたプロットではなくて、寺山修司のイメージを、イメージとしてそのまま舞台化したような作品で、いろんな捉え方や感じ方が出来る内容だったと思う。そのイメージの力は、確かにとても強かったし、舞台の中で語られる台詞は、数は多くはないけれど、独特の引力のある言葉ばかりだった。
ただ、そういうことだけではなくて、おれがいいと思ったのは、演出。舞台装置や、ダンス、音楽、歌声、衣装、そういった諸々すべてを含んだ演出が、とてもよかった。
要するに、単純にすごかったんだよね。5人の女性が出てくるんだけど、その歌声は抜群だったし、主役の安寿ミラもとてもよかった。いや、もっと単純なところで、生で観たり、聴いたりすることが、やっぱり興奮を誘った。
小難しく考えなくても、イメージの意味するところがきちんと掴めなかったとしても、でもおもしろかったわけです。
また機をみて、観に行きたいね。
ちなみに、ひとつだけ残念だったこと。
舞台の開演後に、遅れてシアターに入ってくる人が本当に多かった。劇場の人が足下をライトで照らして席まで誘導するのだけれど、あれは勘弁してほしい。舞台を観て思ったのは、ふとした瞬間に舞台上の雰囲気や、状況が変わってしまうことがある、ということ。当然のことだけど、舞台上にいる役者はひとりではなくて、それぞれの役者が、それぞれの瞬間を演じている。だから、本当にちょっとした瞬間で、舞台上での立ち位置や、姿勢や、そういったものが変わっている。そういう瞬間を、遅れて来た人のふらふらした足取りに邪魔されるのは、ちょっと我慢ならない。本当に楽しみに観に来た人の為に、開演後は一切の入場を受け付けない、というのでいいじゃないかとおれは思うんだけど。
Saturday, April 30, 2005
深い皺 —『永遠のハバナ』感想
生きるというのは、朝太陽が登って、夜沈むまでの1日を生きる、ということなんだ。
絶望ばかりじゃないかもしれない。でも、希望だってそこらに転がってるわけじゃない。
そんなハバナで、生きてる。
必死にじゃない。悲壮感もない。ただ、真摯に生きてる。
生きることを当たり前としない世界でのその真摯さこそが、きっと心をとらえるんだ。
『永遠のハバナ』を観た、おれの感想です。
コピーを書こうと思ったんだけど、かなり難しいね。
とっても、いい映画です。
キューバに暮らす老人たちの皮膚に刻み込まれた、深い皺。すごく印象的だった。うまく言葉にできないけれど、あの皺を今の日本で刻むことはできないだろうと思ってしまう、そんな皺だった。
絶望ばかりじゃないかもしれない。でも、希望だってそこらに転がってるわけじゃない。
そんなハバナで、生きてる。
必死にじゃない。悲壮感もない。ただ、真摯に生きてる。
生きることを当たり前としない世界でのその真摯さこそが、きっと心をとらえるんだ。
『永遠のハバナ』を観た、おれの感想です。
コピーを書こうと思ったんだけど、かなり難しいね。
とっても、いい映画です。
キューバに暮らす老人たちの皮膚に刻み込まれた、深い皺。すごく印象的だった。うまく言葉にできないけれど、あの皺を今の日本で刻むことはできないだろうと思ってしまう、そんな皺だった。
Friday, April 29, 2005
偽りの希望
今読んでいる、村上龍さんのエッセイ。
『蔓延する偽りの希望 —すべての男は消耗品である。Vol.6』
このなかに、「きっかけ」という言葉について書かれた章があるんだけれど、そこで書かれていることは、まさに心に突き刺さってくるものだった。
龍さんは、「きっかけ」という言葉がなにかを隠蔽している、という感覚を持っていたらしい。
その感覚というのは、「きっかけ」という言葉の持つ、どこか肯定的なニュアンスから始まる。「出会いのきっかけ」「成功のきっかけ」という言い方は成立しても、「別れのきっかけ」「転落のきっかけ」という言い方はどこか不自然で、成立しない。ここから龍さんは、「きっかけ」というのは単なる物事の原因ではなく、そこからポジティブななにかが生まれることが暗に前提されている、というふうに考えていく。そして、もうひとつのポイントとして、「きっかけ」という言葉にが往々にして「そもそもの」という前置詞とセットで用いられることに注目する。そして、このことが意味するのは、日本においてポジティブななにかが起こるためには、必ず「そもそものきっかけ」が必要とされる、ということなのだと捉える。
では、そのとき「そもそものきっかけ」という言葉がなにを隠蔽するのか。
そう考えた末の結論として、エッセイのなかで語られているものが、心に突き刺ってきたんだ。
成功者は、努力して成功する、という真実を隠蔽する。
才能ある人間はチャンスを掴むことが出来る、という真実を隠蔽する。
魅力ある人間と親しくなる為には、自分にも魅力が必要だ、という真実を隠蔽する。
この言葉を目にして、あまりの真実にはっとしてしまった。
「そもそものきっかけ」という言葉の裏に横たわる、誰にでも手に入る場所に転がっていて、たまたまそれを拾った人間が幸せになったような、そんなニュアンス。そうしたニュアンスというのは、突出した個人というものを前提としない日本社会において、効果的なアナウンスメントを果たしていた、という結論に至っては、ちょっとまいってしまうほどに正しいと思った。
考えてみれば、「きっかけ」という言葉を、おれもよく使う。
その言葉ひとつに、どれほどの背景があり、知っていながら目を背けようとしている世界があったりするのだろう。
言葉というのは、とても怖く、とても正直だ。
きっかけがいらない時代を生きていく、という気概が、おれなんかまだ全然だね。
『蔓延する偽りの希望 —すべての男は消耗品である。Vol.6』
このなかに、「きっかけ」という言葉について書かれた章があるんだけれど、そこで書かれていることは、まさに心に突き刺さってくるものだった。
龍さんは、「きっかけ」という言葉がなにかを隠蔽している、という感覚を持っていたらしい。
その感覚というのは、「きっかけ」という言葉の持つ、どこか肯定的なニュアンスから始まる。「出会いのきっかけ」「成功のきっかけ」という言い方は成立しても、「別れのきっかけ」「転落のきっかけ」という言い方はどこか不自然で、成立しない。ここから龍さんは、「きっかけ」というのは単なる物事の原因ではなく、そこからポジティブななにかが生まれることが暗に前提されている、というふうに考えていく。そして、もうひとつのポイントとして、「きっかけ」という言葉にが往々にして「そもそもの」という前置詞とセットで用いられることに注目する。そして、このことが意味するのは、日本においてポジティブななにかが起こるためには、必ず「そもそものきっかけ」が必要とされる、ということなのだと捉える。
では、そのとき「そもそものきっかけ」という言葉がなにを隠蔽するのか。
そう考えた末の結論として、エッセイのなかで語られているものが、心に突き刺ってきたんだ。
成功者は、努力して成功する、という真実を隠蔽する。
才能ある人間はチャンスを掴むことが出来る、という真実を隠蔽する。
魅力ある人間と親しくなる為には、自分にも魅力が必要だ、という真実を隠蔽する。
この言葉を目にして、あまりの真実にはっとしてしまった。
「そもそものきっかけ」という言葉の裏に横たわる、誰にでも手に入る場所に転がっていて、たまたまそれを拾った人間が幸せになったような、そんなニュアンス。そうしたニュアンスというのは、突出した個人というものを前提としない日本社会において、効果的なアナウンスメントを果たしていた、という結論に至っては、ちょっとまいってしまうほどに正しいと思った。
考えてみれば、「きっかけ」という言葉を、おれもよく使う。
その言葉ひとつに、どれほどの背景があり、知っていながら目を背けようとしている世界があったりするのだろう。
言葉というのは、とても怖く、とても正直だ。
きっかけがいらない時代を生きていく、という気概が、おれなんかまだ全然だね。
Thursday, April 28, 2005
Priority
「郵政民営化って、ほんとどうでもいいよね。」
朝のニュースを見ていて、のりこが言った言葉です。
なにげない日常の中で、ふと発せられた言葉なんだけれど、ちょっと考えてしまった。
たぶん言いたかったのは、プライオリティが違う、ということ。郵政民営化の是非ではなくて、政策としてのプライオリティ。彼女にそのことを考えさせるきっかけとなったのは、もちろん尼崎の脱線事故であり、福岡の震災であり、スマトラの大津波であり、新潟の大地震なのだけれど。
尼崎の脱線事故のニュースをひとしきり見た後、彼女は言った。
「福岡の震災のことなんて、もう忘れられてるよね。」
尼崎が契機となって思い出される惨事の数々。福岡にしても、ようやく仮設住宅が出来てきたような状況だと聞く。忘れられるのは、恐ろしく早い。メディアは「その後」を捉えようとはしない。本当に知ろうとする人間が、自分で追い続けないことには、本当はそれこそが最も重要なはずの「その後」というのが、残念ながら見えてこないよね。
そうした状況のもとで、すっと閣議決定されていく、郵政民営化法案。おそらく彼女が言いたかったのは、状況は、世界は日々刻々と変化しているのに、政策のプライオリティは全然変わらないね、ってことなんじゃないか。
郵政民営化に関して言うと、政策の是非というのは、経済学的な観点からはほぼ結論が出ていると思う。
金融ビックバンという自由化の波が押し寄せるなかで、国家として民間金融を実施する意味はどこにもないと思う。時代にそぐわないし、なにより非効率だ。郵便にしても、ユニバーサルサービスの維持が声高に主張されているけれど、郵便局がなくなっても正直まったく不自由しない。過疎地におけるサービスレベルの低下が問題にされるけれど、そこにニーズがあれば、まちがいなく民間業者が参入するはずだ。過疎地ゆえにコストがかかるのは、資本主義社会において避けられない。これからの時代というのは、そういうリスクを取ったうえで、なお過疎地に住むか、ということを個人が自由に選択すればよい、という方向性だと思う。人によっては、そういう社会に対する一定の寂しさはあるかもしれないけれど、だからと言って時代の流れは変わらない。少なくともおれは、方向性としては嫌いじゃないかな。
話を戻すと、郵政民営化というのは、政策的な論点はほぼ出尽くしていると思う。どうでもいいということはなくて、やるべきだというのは決まっている。でも、ここでひとつの疑問が出てくる。それは、そもそもの民営化の目的というのは、いったいなんだったのか、ということ。
郵政民営化の議論の始まりは、基本的には財政改革のはずだ。そこにはふたつの論点があって、ひとつは国家による金融サービス・郵便サービスというのがきわめて非効率だということ。生活インフラとしての民間サービスが脆弱な時代には、国家としてコストを負担してでもこうしたサービスを国民に提供することは有効だったのだけれど、今は民間企業が十分にその役割を担うことが出来る。それでもなお、国家がコスト負担をしてサービスを継続する意味というのは、既になくなったということだと思う。
そしてもうひとつは、郵貯で集めた個人金融資産が、財政投融資という形で、公団・公社等に流れている、ということ。いわゆる入り口論というやつで、公団・公社の無駄遣いをなくす為に、そもそも郵貯という資金の入り口を改革することによって、財政投融資という資金の流れを断ち切る、ということだよね。郵政民営化のポイントは、この2点に集約されると思う。
なぜこんなことを言っているのかというと、本来論がなくなっているんだよね。
「民営化」という言葉だけが残っていく。「民営化」することは本来の目的じゃない。山崎元さんがJMMというメールメディアの中で書いていたけれど、効率化によるコスト削減、という目的が果たされれば、別に運営の仕方は国営でも民営でも構わない。ただ一般的には、民営化することによって市場原理が適切に機能する為、効率化は実現されやすいはずだ、と言っているにすぎない。
にもかかわらず、自民党内の反対派に大幅に歩み寄る形で「民営化」という言葉だけが残され、本来論が見失われようとしている。まあ本当のところを言えば、それでも民営化することの意味はあるのかもしれないし、こうして断定的に書くほどには、おれは法案を理解しようという努力が出来ていないけれど。
随分長くなってしまったけれど、ここでようやく最初のポイントに戻ることになる。
プライオリティの問題。
プライオリティが明確にされない、というのは、そもそも国家の存在理由が曖昧になってきているからなんじゃないか。例えば、ひとつの存在理由として、全国民の生活の安全を保証する、ということを考えてみる。そうすると、そこから必然的に、国家として国民に提供すべきサービスは決まってくるはずだ。それこそが、政策のプライオリティとなるものだと思う。そう考えると、プライオリティを明示しない(出来ない)という現状というのは、国家の存在理由として、全国民が共有できるものがもうなくなってしまったんじゃないかと、そう思ったんだ。そもそも「国民」という言葉が怪しい。「国民」というのはいったい誰なのか、というのがよく分からない。市場主義のもとでの競争が進んで、それまで「国民」という言葉で一括りにされていた集団の内部が、多様化してきている。だから、そのどこにターゲティングした政策なのかを明確に示さないことには、プライオリティが定義できないんじゃないか。
そして、このことの肝は、こういう状態に陥っている組織は、必ずしも「国家」だけじゃない、ということだと思ってます。
朝のニュースを見ていて、のりこが言った言葉です。
なにげない日常の中で、ふと発せられた言葉なんだけれど、ちょっと考えてしまった。
たぶん言いたかったのは、プライオリティが違う、ということ。郵政民営化の是非ではなくて、政策としてのプライオリティ。彼女にそのことを考えさせるきっかけとなったのは、もちろん尼崎の脱線事故であり、福岡の震災であり、スマトラの大津波であり、新潟の大地震なのだけれど。
尼崎の脱線事故のニュースをひとしきり見た後、彼女は言った。
「福岡の震災のことなんて、もう忘れられてるよね。」
尼崎が契機となって思い出される惨事の数々。福岡にしても、ようやく仮設住宅が出来てきたような状況だと聞く。忘れられるのは、恐ろしく早い。メディアは「その後」を捉えようとはしない。本当に知ろうとする人間が、自分で追い続けないことには、本当はそれこそが最も重要なはずの「その後」というのが、残念ながら見えてこないよね。
そうした状況のもとで、すっと閣議決定されていく、郵政民営化法案。おそらく彼女が言いたかったのは、状況は、世界は日々刻々と変化しているのに、政策のプライオリティは全然変わらないね、ってことなんじゃないか。
郵政民営化に関して言うと、政策の是非というのは、経済学的な観点からはほぼ結論が出ていると思う。
金融ビックバンという自由化の波が押し寄せるなかで、国家として民間金融を実施する意味はどこにもないと思う。時代にそぐわないし、なにより非効率だ。郵便にしても、ユニバーサルサービスの維持が声高に主張されているけれど、郵便局がなくなっても正直まったく不自由しない。過疎地におけるサービスレベルの低下が問題にされるけれど、そこにニーズがあれば、まちがいなく民間業者が参入するはずだ。過疎地ゆえにコストがかかるのは、資本主義社会において避けられない。これからの時代というのは、そういうリスクを取ったうえで、なお過疎地に住むか、ということを個人が自由に選択すればよい、という方向性だと思う。人によっては、そういう社会に対する一定の寂しさはあるかもしれないけれど、だからと言って時代の流れは変わらない。少なくともおれは、方向性としては嫌いじゃないかな。
話を戻すと、郵政民営化というのは、政策的な論点はほぼ出尽くしていると思う。どうでもいいということはなくて、やるべきだというのは決まっている。でも、ここでひとつの疑問が出てくる。それは、そもそもの民営化の目的というのは、いったいなんだったのか、ということ。
郵政民営化の議論の始まりは、基本的には財政改革のはずだ。そこにはふたつの論点があって、ひとつは国家による金融サービス・郵便サービスというのがきわめて非効率だということ。生活インフラとしての民間サービスが脆弱な時代には、国家としてコストを負担してでもこうしたサービスを国民に提供することは有効だったのだけれど、今は民間企業が十分にその役割を担うことが出来る。それでもなお、国家がコスト負担をしてサービスを継続する意味というのは、既になくなったということだと思う。
そしてもうひとつは、郵貯で集めた個人金融資産が、財政投融資という形で、公団・公社等に流れている、ということ。いわゆる入り口論というやつで、公団・公社の無駄遣いをなくす為に、そもそも郵貯という資金の入り口を改革することによって、財政投融資という資金の流れを断ち切る、ということだよね。郵政民営化のポイントは、この2点に集約されると思う。
なぜこんなことを言っているのかというと、本来論がなくなっているんだよね。
「民営化」という言葉だけが残っていく。「民営化」することは本来の目的じゃない。山崎元さんがJMMというメールメディアの中で書いていたけれど、効率化によるコスト削減、という目的が果たされれば、別に運営の仕方は国営でも民営でも構わない。ただ一般的には、民営化することによって市場原理が適切に機能する為、効率化は実現されやすいはずだ、と言っているにすぎない。
にもかかわらず、自民党内の反対派に大幅に歩み寄る形で「民営化」という言葉だけが残され、本来論が見失われようとしている。まあ本当のところを言えば、それでも民営化することの意味はあるのかもしれないし、こうして断定的に書くほどには、おれは法案を理解しようという努力が出来ていないけれど。
随分長くなってしまったけれど、ここでようやく最初のポイントに戻ることになる。
プライオリティの問題。
プライオリティが明確にされない、というのは、そもそも国家の存在理由が曖昧になってきているからなんじゃないか。例えば、ひとつの存在理由として、全国民の生活の安全を保証する、ということを考えてみる。そうすると、そこから必然的に、国家として国民に提供すべきサービスは決まってくるはずだ。それこそが、政策のプライオリティとなるものだと思う。そう考えると、プライオリティを明示しない(出来ない)という現状というのは、国家の存在理由として、全国民が共有できるものがもうなくなってしまったんじゃないかと、そう思ったんだ。そもそも「国民」という言葉が怪しい。「国民」というのはいったい誰なのか、というのがよく分からない。市場主義のもとでの競争が進んで、それまで「国民」という言葉で一括りにされていた集団の内部が、多様化してきている。だから、そのどこにターゲティングした政策なのかを明確に示さないことには、プライオリティが定義できないんじゃないか。
そして、このことの肝は、こういう状態に陥っている組織は、必ずしも「国家」だけじゃない、ということだと思ってます。
Wednesday, April 27, 2005
風船のなか
「書く」というのは、もどかしい。
書く為には、まず1行目を書かなければいけない。
でも、1行目を書くのは、とても難しい。
書こうと思っていることはたくさんあるのに、書けない。どうしても、最初の1行目が出てこない。こうして書いていると、そんな日の繰り返しだ。不思議なもので、1行目が決まると、流れるように書けたりもする。特に変わったことを書く必要はなくて、書き終えた後に、振り返って1行目を読み返しても、特別なことがあるわけじゃない。
なのに、1行目が書けないんだ。
時には、1行目を書く為に1時間以上かかったりもする。このくらいのボリュームの文章であれば、1行目の為に費やす時間の比率は、本当に大きいよね。
いつも、不思議だなって思います。
ある1点でしか割ることの出来ない風船に水が入っているとして、その1点に刺すべき針こそが、「1行目」という感じ。その針さえ通せれば、水は自然と流れ出るのにね。こういうところが書くことのもどかしさで、つまりは自分のなかの感情であったり考えであったり、意志であったり、そういうものが文字になるまでに非常な時間がかかる、ということです。
でも、書き続けようと思ってます。
考えてみると、風船のなかになにが入っているのかなんて、正確には知ることなしに針を刺してることが、けっこうあるかもしれない。風船の中身を確かめて、さらして、そのことに自覚的であろうとする、というのは、書く理由になるかもしれないね。
書く為には、まず1行目を書かなければいけない。
でも、1行目を書くのは、とても難しい。
書こうと思っていることはたくさんあるのに、書けない。どうしても、最初の1行目が出てこない。こうして書いていると、そんな日の繰り返しだ。不思議なもので、1行目が決まると、流れるように書けたりもする。特に変わったことを書く必要はなくて、書き終えた後に、振り返って1行目を読み返しても、特別なことがあるわけじゃない。
なのに、1行目が書けないんだ。
時には、1行目を書く為に1時間以上かかったりもする。このくらいのボリュームの文章であれば、1行目の為に費やす時間の比率は、本当に大きいよね。
いつも、不思議だなって思います。
ある1点でしか割ることの出来ない風船に水が入っているとして、その1点に刺すべき針こそが、「1行目」という感じ。その針さえ通せれば、水は自然と流れ出るのにね。こういうところが書くことのもどかしさで、つまりは自分のなかの感情であったり考えであったり、意志であったり、そういうものが文字になるまでに非常な時間がかかる、ということです。
でも、書き続けようと思ってます。
考えてみると、風船のなかになにが入っているのかなんて、正確には知ることなしに針を刺してることが、けっこうあるかもしれない。風船の中身を確かめて、さらして、そのことに自覚的であろうとする、というのは、書く理由になるかもしれないね。
Sunday, April 24, 2005
身体のちから
ひょんなきっかけから、今まで気に留まることのなかったところに目を向けてみる。
先日、渋谷シネ・ラ・セットで映画「PEEP "TV" SHOW」を観た時に、1枚のチラシが目にとまり、持って帰った。
映画『永遠のハバナ』のブローシャー。
”ゲバラもジョン・レノンも、もういない。でも、私たちの人生は、ここにある。"
この言葉を目にしたら、手に取るでしょ。この映画は、近く見に行こうと思ってます。
http://www.action-inc.co.jp/suitehabana/
家に帰って、上映してる映画館を調べたところ、同じく渋谷のユーロスペースで上映されていることを知ったんだけど、実はそのユーロスペースのHPで、『永遠のハバナ』とは別に、気になる映画をひとつ見つけてしまったんだ。
それが、"Rosas in Films"という作品群。
Rosasというのは、芸術監督であり振付家でもあるアンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケルを中心として、ベルギーを拠点に活動を続けるコンテンポラリー・ダンスのリーディング・カンパニーらしい。この映画のことを知るまで、おれはその存在すら知らなかった。ローザスは舞台での活動のみでなく、いくつもの映像作品を発表しているそうで、"Rosas in Films"というのは、このローザスの映像作品群7作品を一挙に公開する試みだったんだ。
そして、その中のひとつ"Counter Phrases"という作品を、今日観てきた、というわけ。ついこの間まで、まさか自分がコンテンポラリー・ダンスを観に行くことになるとは思ってなかったよ。
ただ、正確に言うと、「コンテンポラリー・ダンス」という世界に惹かれてこの作品が目に留まった、というわけじゃない。この作品を観たいと思った本当の理由は、実はダンスではなくて、音楽。この作品は、10人の作曲家による10曲のそれぞれにダンスが組み合わされるんだけど、その10人の中にSteve Reichがいたことが、最大のきっかけだった。
Steve Reichは、おれが最も好きな音楽家のひとりだからね。
"Counter Phrases"を観て思ったのは、おれにはダンスを評価する基準がない、ということ。別に評価しなくても、単純に楽しめればそれでよいのだろうけど、「ローザス」というものの価値は、正直言って、今のおれにはつかめなかった。映像作品としてのおもしろさは随所にみられたけどね。
ただ、Reichの曲に関して言うなら、掛け値なしによかった。それ以外の曲がそれほどだったこともあるけれど、8番目の作品としてReichの曲が始まった瞬間に、作品の緊張感ががらりと変わった。それまでのりこの隣で寝ていたお客さんが、このタイミングで起きたそうだから、あながちおれだけの感覚ではないんじゃないかと思う。"Dance Pattern"という曲。その後すぐにHMVで探したけれど、残念ながら見つからなかったよ。
それから、ひとつ思ったことがある。
この作品のなかには"in Silence"という、曲がなくてダンスのみのシーンが2つあるんだけど、そこがなかなか印象的で。なにかというと、ダンスという身体表現が際立つ気がしたんだ。例えば、ブレスの音がくっきりと残る。手足を振った時の、空気の切れる音や、地面を蹴る音、そういうものが浮き上がってくる。身体でつくられた音、という感じがきちんとして、「身体」ということのちからをいちばん感じたシーンだったね。
というわけで、近いうちに、もういちどユーロスペースに足を運ぼうと思ってます。
『永遠のハバナ』は、はずせない。
先日、渋谷シネ・ラ・セットで映画「PEEP "TV" SHOW」を観た時に、1枚のチラシが目にとまり、持って帰った。
映画『永遠のハバナ』のブローシャー。
”ゲバラもジョン・レノンも、もういない。でも、私たちの人生は、ここにある。"
この言葉を目にしたら、手に取るでしょ。この映画は、近く見に行こうと思ってます。
http://www.action-inc.co.jp/suitehabana/
家に帰って、上映してる映画館を調べたところ、同じく渋谷のユーロスペースで上映されていることを知ったんだけど、実はそのユーロスペースのHPで、『永遠のハバナ』とは別に、気になる映画をひとつ見つけてしまったんだ。
それが、"Rosas in Films"という作品群。
Rosasというのは、芸術監督であり振付家でもあるアンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケルを中心として、ベルギーを拠点に活動を続けるコンテンポラリー・ダンスのリーディング・カンパニーらしい。この映画のことを知るまで、おれはその存在すら知らなかった。ローザスは舞台での活動のみでなく、いくつもの映像作品を発表しているそうで、"Rosas in Films"というのは、このローザスの映像作品群7作品を一挙に公開する試みだったんだ。
そして、その中のひとつ"Counter Phrases"という作品を、今日観てきた、というわけ。ついこの間まで、まさか自分がコンテンポラリー・ダンスを観に行くことになるとは思ってなかったよ。
ただ、正確に言うと、「コンテンポラリー・ダンス」という世界に惹かれてこの作品が目に留まった、というわけじゃない。この作品を観たいと思った本当の理由は、実はダンスではなくて、音楽。この作品は、10人の作曲家による10曲のそれぞれにダンスが組み合わされるんだけど、その10人の中にSteve Reichがいたことが、最大のきっかけだった。
Steve Reichは、おれが最も好きな音楽家のひとりだからね。
"Counter Phrases"を観て思ったのは、おれにはダンスを評価する基準がない、ということ。別に評価しなくても、単純に楽しめればそれでよいのだろうけど、「ローザス」というものの価値は、正直言って、今のおれにはつかめなかった。映像作品としてのおもしろさは随所にみられたけどね。
ただ、Reichの曲に関して言うなら、掛け値なしによかった。それ以外の曲がそれほどだったこともあるけれど、8番目の作品としてReichの曲が始まった瞬間に、作品の緊張感ががらりと変わった。それまでのりこの隣で寝ていたお客さんが、このタイミングで起きたそうだから、あながちおれだけの感覚ではないんじゃないかと思う。"Dance Pattern"という曲。その後すぐにHMVで探したけれど、残念ながら見つからなかったよ。
それから、ひとつ思ったことがある。
この作品のなかには"in Silence"という、曲がなくてダンスのみのシーンが2つあるんだけど、そこがなかなか印象的で。なにかというと、ダンスという身体表現が際立つ気がしたんだ。例えば、ブレスの音がくっきりと残る。手足を振った時の、空気の切れる音や、地面を蹴る音、そういうものが浮き上がってくる。身体でつくられた音、という感じがきちんとして、「身体」ということのちからをいちばん感じたシーンだったね。
というわけで、近いうちに、もういちどユーロスペースに足を運ぼうと思ってます。
『永遠のハバナ』は、はずせない。
Saturday, April 23, 2005
すいか
今日は、たくさんの人に出会い、たくさんのことを教えてもらった。
そして、改めて思った。
ラグビーって、すごいね。
きっかけは、先輩の祐造さんが中心となって始めたクラブ、「駒場すいか畑」。女の子や子供を交えながら、皆で週末にタグラグビーをしてるクラブなんだけど、その活動に初めて参加したんだ。「すいか畑」はもう1年くらい活動してるんじゃないかと思う。おれたちが学生時代の大半の時間を過ごした駒場のグランドで、結構な人数を集めて活動の輪を広げていることは聞こえてきてたけれど、今まではなかなか参加する機会がなくて。
今日は東瀬谷中学校のラグビー部の子たちが駒場に来てくれて、30人近い人数だったんじゃないかな。その他にも、「すいか畑」のメンバーやWMM(学生時代の先輩・仲間が作り上げたクラブチーム)の選手、祐造さんの高校時代の同級生の方も来ていて、トータルではたぶん50人以上だったんじゃないかと思う。
今日まではお互いにまったく知らなかった人たちが、これだけ駒場に集まって、いっしょにグランドを走りまわる。
そのことがおれは本当にうれしかったし、なにより楽しかった。
さらに、今日うれしかったのはそれだけじゃなくて、今日の駒場には、刺激的なゲストが来てくれてたんだよね。
ひとりは、リコー主将の田沼さん。
そしてもうひとりが、プロラガーの勝野さん。
シーズン中の週末にこうして駒場に足を運んでくれた田沼さんは、やっぱり本当にラグビー好きなんだって思った。車と同じナンバーを背中に着けてジャパンで活躍する姿を、秩父宮に見に行きたいと思ってます。
勝野さんとも、少しだけど会話が出来てよかった。話している中で、小寺さんや小川さんのことが話題になったりして。ふたりは、昨シーズンまでおれがプレーしていたチームの先輩。小川さんは一線を退いてしまったけれど、小寺さんは今でもバトルしてます。ラグビーやってると、こうやって思わぬ方向から繋がっていくからおもしろいよね。
タグラグビーに話を戻すと、中学生のみんなはとても元気で、すばしっこくて、うまかった。すごくちっちゃいけれど、抜群のステップ切っちゃうやつとかもいて。でも、それ以上に驚いたのは、女の子が廻りの子と全然遜色ないプレーをしてたこと。おれのチームにもケーティさん、マーイちゃんってふたりの女の子がいたけど(ケーティさんは「女の子」って感じじゃないね)、トライも決めちゃうし、かなり活躍してました。
それから、マリエ様がいた。楽しかったから、こうして書いてるとどんどん思い出すね。「すいか畑」では、お互いの名前を呼んでもらう為に、ガムテープに自分の名前を書いて、それぞれのジャージに貼るんだけど、この子のテープには「マリエ様だ!」って、かわいい字で書いてあった。だから、マリエ様。
彼女は、女子ラグビーの日本代表を目指しているんだって。終わった後で、祐造さんから聞きました。彼女の動きはかなり速くて、トライも何度も決めてた。そこらの男より全然うまいね。実は、タグのゲームを始める前のボール遊びで、いちど彼女と組んでエクササイズをしたんだけど、全然ボールを落とさなかった。まわりは結構落としてたのに、うまいなって思ったよ。
しかも、とてもかわいい。
日本代表、なってほしいです。
うちのチームには、タクマってやつがいた。カキウチってやつとふたりで大活躍。
タクマは全ゲームが終わった後、みんなの前でこう言った。
「最初は個人だったけど、だんだんチームになってきて、うまくいくようになって、よかった。」
いろんな人がいた。サトリさんといって、川合さんの兄貴をよく知ってる、という人がいて、ひとしきり会話が弾んだ。直接会話はできなかったけれど、祐造さんの高校の後輩で、ERで働く研修医という方もいた。絵里子さんにも、久しぶりに会った。(機会があれば、今日の写真を見せてほしいです。)
こういうすべてを、祐造さんと、ラグビーボールがつないでくれた。
本当に、楽しかった。
祐造さん、ありがとうございました。
今度は赤津さん、誘わないとね。
そして、改めて思った。
ラグビーって、すごいね。
きっかけは、先輩の祐造さんが中心となって始めたクラブ、「駒場すいか畑」。女の子や子供を交えながら、皆で週末にタグラグビーをしてるクラブなんだけど、その活動に初めて参加したんだ。「すいか畑」はもう1年くらい活動してるんじゃないかと思う。おれたちが学生時代の大半の時間を過ごした駒場のグランドで、結構な人数を集めて活動の輪を広げていることは聞こえてきてたけれど、今まではなかなか参加する機会がなくて。
今日は東瀬谷中学校のラグビー部の子たちが駒場に来てくれて、30人近い人数だったんじゃないかな。その他にも、「すいか畑」のメンバーやWMM(学生時代の先輩・仲間が作り上げたクラブチーム)の選手、祐造さんの高校時代の同級生の方も来ていて、トータルではたぶん50人以上だったんじゃないかと思う。
今日まではお互いにまったく知らなかった人たちが、これだけ駒場に集まって、いっしょにグランドを走りまわる。
そのことがおれは本当にうれしかったし、なにより楽しかった。
さらに、今日うれしかったのはそれだけじゃなくて、今日の駒場には、刺激的なゲストが来てくれてたんだよね。
ひとりは、リコー主将の田沼さん。
そしてもうひとりが、プロラガーの勝野さん。
シーズン中の週末にこうして駒場に足を運んでくれた田沼さんは、やっぱり本当にラグビー好きなんだって思った。車と同じナンバーを背中に着けてジャパンで活躍する姿を、秩父宮に見に行きたいと思ってます。
勝野さんとも、少しだけど会話が出来てよかった。話している中で、小寺さんや小川さんのことが話題になったりして。ふたりは、昨シーズンまでおれがプレーしていたチームの先輩。小川さんは一線を退いてしまったけれど、小寺さんは今でもバトルしてます。ラグビーやってると、こうやって思わぬ方向から繋がっていくからおもしろいよね。
タグラグビーに話を戻すと、中学生のみんなはとても元気で、すばしっこくて、うまかった。すごくちっちゃいけれど、抜群のステップ切っちゃうやつとかもいて。でも、それ以上に驚いたのは、女の子が廻りの子と全然遜色ないプレーをしてたこと。おれのチームにもケーティさん、マーイちゃんってふたりの女の子がいたけど(ケーティさんは「女の子」って感じじゃないね)、トライも決めちゃうし、かなり活躍してました。
それから、マリエ様がいた。楽しかったから、こうして書いてるとどんどん思い出すね。「すいか畑」では、お互いの名前を呼んでもらう為に、ガムテープに自分の名前を書いて、それぞれのジャージに貼るんだけど、この子のテープには「マリエ様だ!」って、かわいい字で書いてあった。だから、マリエ様。
彼女は、女子ラグビーの日本代表を目指しているんだって。終わった後で、祐造さんから聞きました。彼女の動きはかなり速くて、トライも何度も決めてた。そこらの男より全然うまいね。実は、タグのゲームを始める前のボール遊びで、いちど彼女と組んでエクササイズをしたんだけど、全然ボールを落とさなかった。まわりは結構落としてたのに、うまいなって思ったよ。
しかも、とてもかわいい。
日本代表、なってほしいです。
うちのチームには、タクマってやつがいた。カキウチってやつとふたりで大活躍。
タクマは全ゲームが終わった後、みんなの前でこう言った。
「最初は個人だったけど、だんだんチームになってきて、うまくいくようになって、よかった。」
いろんな人がいた。サトリさんといって、川合さんの兄貴をよく知ってる、という人がいて、ひとしきり会話が弾んだ。直接会話はできなかったけれど、祐造さんの高校の後輩で、ERで働く研修医という方もいた。絵里子さんにも、久しぶりに会った。(機会があれば、今日の写真を見せてほしいです。)
こういうすべてを、祐造さんと、ラグビーボールがつないでくれた。
本当に、楽しかった。
祐造さん、ありがとうございました。
今度は赤津さん、誘わないとね。
『半島を出よ』読了
敬愛してやまない村上龍さんの最新刊『半島を出よ』、読了。
この小説を読んで改めて思ったのは、想像力/創造力というのは、ゼロから産み出されるものではないんだ、ということ。そこには圧倒的な情報と知性と経験知に裏づけられたベースが存在しているんだ、ということ。そして、想像/創造というのは、きわめて緻密な作業なんだ、ということ。
龍さんの圧倒的な取材力は、他の作家を完全に凌駕していると思う。
ほとんど信じられないほどに、想像力のベースが圧倒的だ。
小説の舞台となるのは、2011年4月。
その頃日本は国家財政の破綻によって預金封鎖が現実のものとなり、その後のインフレにより、国際社会における信用力を大幅に低下させてしまう。国際社会におけるポジションを規定するうえで、国家としての経済力がある種の前提となっていた、という当然の事実を直視しない日本は、その経済力を大幅に毀損しながらなお、国際社会における外交的戦略を修正できない。
そういう状況の中で、北朝鮮で極秘作戦が企てられる。その作戦とは、反金正日の革命軍を装った特殊部隊を福岡に潜入させ、そのまま福岡を占領するというもので、9人の特殊部隊による福岡ドームの占拠の後、後続隊が合流して、福岡は彼らの統治下に入ってしまう。
その時日本はどう対応し、北朝鮮の特殊部隊はなにを考えたのか。経済破綻の状況下でホームレスをしていたやつらはなにを思い、どう動いたのか。
そういったことが、きわめて緻密に描かれている。
本当に緻密に、繊細に描かれた小説だと思う。
緻密な作業によって初めて示されるものというのが、この小説には満ちあふれている。
たとえば、「日本」というもの。
この小説においては、北朝鮮という外部を想定することによって、強烈な鋭さで浮き彫りにされていくけれど、そこにおける緻密さが、この小説のリアリティの源泉になっているように思う。
さらに、そこで外部としておかれている「北朝鮮」に対しても、可能な限り厳密であろうとする姿勢は、本当にすごいとしか言いようがない。この小説においては北朝鮮の特殊部隊の側からの語り、というのが極めて重要な役割を担っていて、龍さんはそのことについて、あとがきの中で、「書けるわけないが、書かないと始まらない」と思いながら最後まで書いたんだ、と言っている。北朝鮮に生きた人間ではないが、最大限の取材と最大限の知性をもって、最大限の想像力で書こうとした、ってことだと思う。ここまで「当事者性」ということに厳密であろうとする作家というのは、他にちょっと思いつかない。
読んでみてください。
特に海外にいる友達に、読んでみてほしい。日本を外部にしている人たちだからね。
でも、「日本」というのはひとつの要素にすぎなくて、この小説が突きつけてくるものは他にも数多くある。誰かがブログで「当たり前のメッセージだが、当たり前のことを書ける作家は少ない」と書いていたけど、そうかもしれないね。
本当にいい小説でした。
この小説を読んで改めて思ったのは、想像力/創造力というのは、ゼロから産み出されるものではないんだ、ということ。そこには圧倒的な情報と知性と経験知に裏づけられたベースが存在しているんだ、ということ。そして、想像/創造というのは、きわめて緻密な作業なんだ、ということ。
龍さんの圧倒的な取材力は、他の作家を完全に凌駕していると思う。
ほとんど信じられないほどに、想像力のベースが圧倒的だ。
小説の舞台となるのは、2011年4月。
その頃日本は国家財政の破綻によって預金封鎖が現実のものとなり、その後のインフレにより、国際社会における信用力を大幅に低下させてしまう。国際社会におけるポジションを規定するうえで、国家としての経済力がある種の前提となっていた、という当然の事実を直視しない日本は、その経済力を大幅に毀損しながらなお、国際社会における外交的戦略を修正できない。
そういう状況の中で、北朝鮮で極秘作戦が企てられる。その作戦とは、反金正日の革命軍を装った特殊部隊を福岡に潜入させ、そのまま福岡を占領するというもので、9人の特殊部隊による福岡ドームの占拠の後、後続隊が合流して、福岡は彼らの統治下に入ってしまう。
その時日本はどう対応し、北朝鮮の特殊部隊はなにを考えたのか。経済破綻の状況下でホームレスをしていたやつらはなにを思い、どう動いたのか。
そういったことが、きわめて緻密に描かれている。
本当に緻密に、繊細に描かれた小説だと思う。
緻密な作業によって初めて示されるものというのが、この小説には満ちあふれている。
たとえば、「日本」というもの。
この小説においては、北朝鮮という外部を想定することによって、強烈な鋭さで浮き彫りにされていくけれど、そこにおける緻密さが、この小説のリアリティの源泉になっているように思う。
さらに、そこで外部としておかれている「北朝鮮」に対しても、可能な限り厳密であろうとする姿勢は、本当にすごいとしか言いようがない。この小説においては北朝鮮の特殊部隊の側からの語り、というのが極めて重要な役割を担っていて、龍さんはそのことについて、あとがきの中で、「書けるわけないが、書かないと始まらない」と思いながら最後まで書いたんだ、と言っている。北朝鮮に生きた人間ではないが、最大限の取材と最大限の知性をもって、最大限の想像力で書こうとした、ってことだと思う。ここまで「当事者性」ということに厳密であろうとする作家というのは、他にちょっと思いつかない。
読んでみてください。
特に海外にいる友達に、読んでみてほしい。日本を外部にしている人たちだからね。
でも、「日本」というのはひとつの要素にすぎなくて、この小説が突きつけてくるものは他にも数多くある。誰かがブログで「当たり前のメッセージだが、当たり前のことを書ける作家は少ない」と書いていたけど、そうかもしれないね。
本当にいい小説でした。
Wednesday, April 20, 2005
アダルト
うちのパートナーは、某企業で需給管理事務の仕事をしてるんだけど、困ったことになってるみたい。
Googleが限定的に提供しているGmailというWebメールのサービスがあって、彼女はこのアカウントを持ってるんだけど、今日のお昼に会社からメールチェックしようとしたら、アクセス制御がされてたらしい。Gmailのアカウントを作成して使い始めてから、まだ1週間くらいかな。当初は使えたみたいだから、おそらく彼女のアクセスログがチェックにひっかかったんじゃないかと思う。
YahooやHotmailといったWebメールはもともと使えなかったらしい。ということは、Gmailはまだ利用者がそれほど多くないので、おそらくその会社で最初に使い出してしまったのが、不幸にも彼女だったのかな、と。
ちなみに、このブログもアクセス制御にひっかかってるみたい。アドレスを教えてからは(当初しばらくは恥ずかしくて、教えてなかった)、会社の空き時間にたまに目を通していたらしく、普通にアクセスできていたらしいんだけど、何日後かに、いつものようにブックマークをたどっていったら、エラーメッセージが出たんだって。
「このサイトへのアクセスは、管理者により制限されています。(ジャンル:アダルト)」
アダルトって、なんだよ。
このブログのどこがアダルトなのか、まったく分からない。
でも、それ以上に困ったことは、会社側からみると、彼女には「アダルトサイトへのアクセス履歴:1」ってなっちゃってることです。
これは、考えてみるとけっこう恥ずかしいよね。
Gmailのこともあるので、どうやらうちのパートナーは、完全にブラックリスト入りみたいです。
それにしても、こういうことはおれが勤めてる会社にはないので、けっこう驚いた。もちろんアクセスログは取ってるはずだし、管理も厳格にされてると思うけれど、どちらかと言うと、情報へのアクセスを高めることによる生産性の向上、というメリットの方に重きが置かれているような気がするので。
Webメールを制限するのは、ウィルスやスパムメールをフィルタリングできないからかな。社内のメールサーバーであれば、明らかに怪しいものはそこでフィルタリングできるけれど、ブラウザから入られるとチェックが行き届かない、ってことなんだろうか。まあ、詳しい仕組みが分からないのでなんとも言えないけれど、そんな推測をしてみると、理解できるところもある。
でも、このブログが制限されるのは、ちょっと理解できないというか、そんなことしちゃうんだ、って感じです。
まあ、いいけどさ。
Googleが限定的に提供しているGmailというWebメールのサービスがあって、彼女はこのアカウントを持ってるんだけど、今日のお昼に会社からメールチェックしようとしたら、アクセス制御がされてたらしい。Gmailのアカウントを作成して使い始めてから、まだ1週間くらいかな。当初は使えたみたいだから、おそらく彼女のアクセスログがチェックにひっかかったんじゃないかと思う。
YahooやHotmailといったWebメールはもともと使えなかったらしい。ということは、Gmailはまだ利用者がそれほど多くないので、おそらくその会社で最初に使い出してしまったのが、不幸にも彼女だったのかな、と。
ちなみに、このブログもアクセス制御にひっかかってるみたい。アドレスを教えてからは(当初しばらくは恥ずかしくて、教えてなかった)、会社の空き時間にたまに目を通していたらしく、普通にアクセスできていたらしいんだけど、何日後かに、いつものようにブックマークをたどっていったら、エラーメッセージが出たんだって。
「このサイトへのアクセスは、管理者により制限されています。(ジャンル:アダルト)」
アダルトって、なんだよ。
このブログのどこがアダルトなのか、まったく分からない。
でも、それ以上に困ったことは、会社側からみると、彼女には「アダルトサイトへのアクセス履歴:1」ってなっちゃってることです。
これは、考えてみるとけっこう恥ずかしいよね。
Gmailのこともあるので、どうやらうちのパートナーは、完全にブラックリスト入りみたいです。
それにしても、こういうことはおれが勤めてる会社にはないので、けっこう驚いた。もちろんアクセスログは取ってるはずだし、管理も厳格にされてると思うけれど、どちらかと言うと、情報へのアクセスを高めることによる生産性の向上、というメリットの方に重きが置かれているような気がするので。
Webメールを制限するのは、ウィルスやスパムメールをフィルタリングできないからかな。社内のメールサーバーであれば、明らかに怪しいものはそこでフィルタリングできるけれど、ブラウザから入られるとチェックが行き届かない、ってことなんだろうか。まあ、詳しい仕組みが分からないのでなんとも言えないけれど、そんな推測をしてみると、理解できるところもある。
でも、このブログが制限されるのは、ちょっと理解できないというか、そんなことしちゃうんだ、って感じです。
まあ、いいけどさ。
策3つ
今日もいい言葉に出会いました。
「策には三策あり」
メールマガジンでひろった言葉なので、誰のものかは分からないけれど、ある企業経営者のことばらしく、そのひとはこうも言っていたんだって。
「『万策つきた」という人がいるが、実は万策でなく、単に一策の計画のみの場合が多い」
さらに、3つもの策も考えるのはとてもできない、という人には、こう返したとか。
「ピクニックに行く時には、天気の場合、雨の場合、空模様の怪しい場合、それぞれの支度を考えるでしょう。どうして、そうしないのですか」
営業という仕事でなかなか結果が出ていない中で、改めて自分のゆるさを痛感する言葉だった。
前にも書いたけど、営業に限らず「戦略を考え抜く」っていうのはとても重要なことだと思う。そこで今度は「考え方」だよね。
三策考える、というのは、つまりは複数の前提をおく、ってことだと思う。もちろん、ひとつの前提から導き出される結論だってひとつということはなくて、例えばピクニックの日が雨だとしたら、合羽を持っていくとか、行く場所を変えるとか、そもそも行かないとか、いろんな選択肢があるはず。でも、そもそも雨が降らない、ってケースをきちんと考えておく、ってのがポイントなのかなって。
これは、意外と出来ないことだと思う。
なぜ出来ないかを考えたとき、ふたつのポイントがあるような気がする。
ひとつは、希望的観測が入り込むこと。
営業で考えてみるとよく分かる。
経費削減効果のあるものは買ってくれる。製品の機能が優れていれば評価してくれる。こういうのって、そうあってほしい、という希望にすぎないことが往々にしてある。例えば、向こう5年間で3億の経費削減効果があっても、直近の1年を乗り切る為には、5千万の投資を躊躇せざるを得ないかもしれない。いくら製品機能が優れていても、それがお客様にとってのメリットにならなければ意味をなさないのは当然のことだよね。これほど単純でないにしても、同じ構造はいろんなところに蔓延していて、かなり意図的に、自覚的であろうとしないと、すっと心に忍び込んでくるような気がする。
もうひとつは、「前提」というものを固定的に考えがちだということ。
いちど置いた前提というものが、日々変化していることを、つい忘れてしまう。例えばスポーツだったら、それぞれのシーズンでチームの戦力はまったく違う。メンバーの人数、基本スキルのレベル、経験、どれをとっても、前のシーズンとまったく同じということはないと思う。それに、相手チームの状況だって違うはずだし、もっと言えば、チーム運営の予算が変わってたり、さらにはルールが変わってることだってある。それなのに、同じやり方を続けてしまうことって、スポーツには実はよくある。それが「伝統」という言葉のもとに賛美されることが時にあるけど、本当の「伝統」というのは、変えないことじゃない。むしろ、前提が変化している中でもなにかを保ち続ける為に、必要な変化を受け入れること。これこそが「伝統」というものだと思う。
たぶん前提、というのは、あるタイミングとシチュエーションでの前提なんだ。
週間天気予報なんて、全然あたらないんだから。
「策には三策あり」
メールマガジンでひろった言葉なので、誰のものかは分からないけれど、ある企業経営者のことばらしく、そのひとはこうも言っていたんだって。
「『万策つきた」という人がいるが、実は万策でなく、単に一策の計画のみの場合が多い」
さらに、3つもの策も考えるのはとてもできない、という人には、こう返したとか。
「ピクニックに行く時には、天気の場合、雨の場合、空模様の怪しい場合、それぞれの支度を考えるでしょう。どうして、そうしないのですか」
営業という仕事でなかなか結果が出ていない中で、改めて自分のゆるさを痛感する言葉だった。
前にも書いたけど、営業に限らず「戦略を考え抜く」っていうのはとても重要なことだと思う。そこで今度は「考え方」だよね。
三策考える、というのは、つまりは複数の前提をおく、ってことだと思う。もちろん、ひとつの前提から導き出される結論だってひとつということはなくて、例えばピクニックの日が雨だとしたら、合羽を持っていくとか、行く場所を変えるとか、そもそも行かないとか、いろんな選択肢があるはず。でも、そもそも雨が降らない、ってケースをきちんと考えておく、ってのがポイントなのかなって。
これは、意外と出来ないことだと思う。
なぜ出来ないかを考えたとき、ふたつのポイントがあるような気がする。
ひとつは、希望的観測が入り込むこと。
営業で考えてみるとよく分かる。
経費削減効果のあるものは買ってくれる。製品の機能が優れていれば評価してくれる。こういうのって、そうあってほしい、という希望にすぎないことが往々にしてある。例えば、向こう5年間で3億の経費削減効果があっても、直近の1年を乗り切る為には、5千万の投資を躊躇せざるを得ないかもしれない。いくら製品機能が優れていても、それがお客様にとってのメリットにならなければ意味をなさないのは当然のことだよね。これほど単純でないにしても、同じ構造はいろんなところに蔓延していて、かなり意図的に、自覚的であろうとしないと、すっと心に忍び込んでくるような気がする。
もうひとつは、「前提」というものを固定的に考えがちだということ。
いちど置いた前提というものが、日々変化していることを、つい忘れてしまう。例えばスポーツだったら、それぞれのシーズンでチームの戦力はまったく違う。メンバーの人数、基本スキルのレベル、経験、どれをとっても、前のシーズンとまったく同じということはないと思う。それに、相手チームの状況だって違うはずだし、もっと言えば、チーム運営の予算が変わってたり、さらにはルールが変わってることだってある。それなのに、同じやり方を続けてしまうことって、スポーツには実はよくある。それが「伝統」という言葉のもとに賛美されることが時にあるけど、本当の「伝統」というのは、変えないことじゃない。むしろ、前提が変化している中でもなにかを保ち続ける為に、必要な変化を受け入れること。これこそが「伝統」というものだと思う。
たぶん前提、というのは、あるタイミングとシチュエーションでの前提なんだ。
週間天気予報なんて、全然あたらないんだから。
Sunday, April 17, 2005
ちなみに、
東京都美術館の「アール・デコ展」だけど、かなり良かったです。
http://www.tobikan.jp/museum/art_deco.html
ひときわ良いなって思ったのは、ジャック=エミール・リュールマンというひとの作品。《化粧台「蓮」》と《蜘蛛のテーブル》のふたつは、抜群に良かった。無駄がなくて、すっきりしていて、洗練されているけれど、気取っていなくて。それから、カルティエの作品がいくつかあるんだけど、エジプト風のヴァニティケースをみて、センスが飛び抜けてると思った。考えてみれば当たり前のことだけど、ただ宝石使ってるってだけじゃないね。
http://www.tobikan.jp/museum/art_deco.html
ひときわ良いなって思ったのは、ジャック=エミール・リュールマンというひとの作品。《化粧台「蓮」》と《蜘蛛のテーブル》のふたつは、抜群に良かった。無駄がなくて、すっきりしていて、洗練されているけれど、気取っていなくて。それから、カルティエの作品がいくつかあるんだけど、エジプト風のヴァニティケースをみて、センスが飛び抜けてると思った。考えてみれば当たり前のことだけど、ただ宝石使ってるってだけじゃないね。
正直
気持ちがまとまらない。
本当は、今日行ってきた上野の「アール・デコ展」のことでも書きたいんだけどね。
週末は、いろんなことがあった。
まず土曜日、高校時代のラグビー部の仲間と久しぶりに飲んだ。同期が4人と、後輩が2人。2人の後輩に会ったのは、卒業してから初めてで、すごくなつかしい顔ぶれだった。
ひとりは、実はすぐ近くに住んでることが分かった。会社こそ違うけれど、おれと同じく営業をしてるって。東京はもういいかな、って感じになってきてて、いずれは実家に帰ろうと思う、って言ってた。
営業では、ノルマはきちんとクリアしてるって。すごいことだよね。
おれは、すごいと思うよ。
もうひとりの後輩は、中野近辺でフリーターしてるって。(ごめんな、勝手に書いちゃって。)他のやつがどう思ってるかは知らないけれど、おれが久しぶりに会って思ったのは、元気そうじゃん、ってこと。もう3年、って言ってたけど、きっとこの3年間というのは、結局のところ自分で決めたことだと思うし、これからのことだって、きっと自分で決めていくんだと思うんだ。自分の判断で、自分の責任で、進んでいくことだから、誰に文句を言われる筋合いもないとおれは思うよ。とにかく、元気そうでよかった。また呑みにいこう。
それから、日曜。考えさせられることがふたつあった。
ちょっとここには書かないけれど。
ちなみに、藤井には悪いことしました。東京に帰って来たときには、詫びを入れさせてもらいます。
今こうして書いていて、改めて思うけれど、自分に正直に生きよう、って。
その為には、自分にとっての「正直」がどこにあるのか、というのを見失わないことだと思う。自分にとっての「正直」って、案外分からないからね。
このブログは、自分の正直の場にしたいと思ってます。
本当は、今日行ってきた上野の「アール・デコ展」のことでも書きたいんだけどね。
週末は、いろんなことがあった。
まず土曜日、高校時代のラグビー部の仲間と久しぶりに飲んだ。同期が4人と、後輩が2人。2人の後輩に会ったのは、卒業してから初めてで、すごくなつかしい顔ぶれだった。
ひとりは、実はすぐ近くに住んでることが分かった。会社こそ違うけれど、おれと同じく営業をしてるって。東京はもういいかな、って感じになってきてて、いずれは実家に帰ろうと思う、って言ってた。
営業では、ノルマはきちんとクリアしてるって。すごいことだよね。
おれは、すごいと思うよ。
もうひとりの後輩は、中野近辺でフリーターしてるって。(ごめんな、勝手に書いちゃって。)他のやつがどう思ってるかは知らないけれど、おれが久しぶりに会って思ったのは、元気そうじゃん、ってこと。もう3年、って言ってたけど、きっとこの3年間というのは、結局のところ自分で決めたことだと思うし、これからのことだって、きっと自分で決めていくんだと思うんだ。自分の判断で、自分の責任で、進んでいくことだから、誰に文句を言われる筋合いもないとおれは思うよ。とにかく、元気そうでよかった。また呑みにいこう。
それから、日曜。考えさせられることがふたつあった。
ちょっとここには書かないけれど。
ちなみに、藤井には悪いことしました。東京に帰って来たときには、詫びを入れさせてもらいます。
今こうして書いていて、改めて思うけれど、自分に正直に生きよう、って。
その為には、自分にとっての「正直」がどこにあるのか、というのを見失わないことだと思う。自分にとっての「正直」って、案外分からないからね。
このブログは、自分の正直の場にしたいと思ってます。
Thursday, April 14, 2005
たまねぎ
会社帰り、最寄り駅に着いたところで携帯が鳴ったんだけどね。
「ねえ、玉葱とセロリ買って来て。」
「いいよ。」
「玉葱はタイ産じゃなくて、国産のやつにしてね。」
「・・・・・・なんで?」
「え?農薬がすごいから。」
「・・・・・・じゃあ、タイ以外だったらいいの?」
「だから、国産にしてって言ってるでしょ。」
「・・・・・・了解。」
「・・・・・・もういいよ、買ってこなくて。」
って、こんなつまらないことで食い違っちゃう。なんてくだらないんだろう、って自分でも思うんだけど。
なにかを頼まれた時に、とにかくひとこと言いたいみたい。黙って国産買って帰ればいいのに、じゃあシンガポールならいいのか、とかエクアドルだったら、とか言い出しちゃって。(まあ、エクアドルの玉葱なんて聞いたことないけれど。)
だいたい、あれこれ言ったところで、日常のちょっとした自分の傾向とか、張る必要のまったくない意地とか、そういうものすら制御できないんだよね。
結局スーパーの玉葱は売り切れちゃってて、コンビニに寄ったら「北海道産」しか置いてないんだから、ほんと世話ないです。
「ねえ、玉葱とセロリ買って来て。」
「いいよ。」
「玉葱はタイ産じゃなくて、国産のやつにしてね。」
「・・・・・・なんで?」
「え?農薬がすごいから。」
「・・・・・・じゃあ、タイ以外だったらいいの?」
「だから、国産にしてって言ってるでしょ。」
「・・・・・・了解。」
「・・・・・・もういいよ、買ってこなくて。」
って、こんなつまらないことで食い違っちゃう。なんてくだらないんだろう、って自分でも思うんだけど。
なにかを頼まれた時に、とにかくひとこと言いたいみたい。黙って国産買って帰ればいいのに、じゃあシンガポールならいいのか、とかエクアドルだったら、とか言い出しちゃって。(まあ、エクアドルの玉葱なんて聞いたことないけれど。)
だいたい、あれこれ言ったところで、日常のちょっとした自分の傾向とか、張る必要のまったくない意地とか、そういうものすら制御できないんだよね。
結局スーパーの玉葱は売り切れちゃってて、コンビニに寄ったら「北海道産」しか置いてないんだから、ほんと世話ないです。
善悪の先
ランディさんのブログはいつも読んでるけど、今日のコメントにはとても惹かれた。
『中道』
http://blog.ameba.jp/randy/archives/000826.html
なにかにつけて、善悪で判断しようとする態度というのは、ちょっと違うと思う。
お互いの立っている地点が違う、というただそれだけの事実に、善悪はないような気がする。
ランディさんが先日のトークショーの中で語っていた「当事者性」というのは、このことに繋がっていくのかもしれない。歴史認識であれ、社会的弱者の問題であれ、もっと下世話な身の上話であれ、構造は同じことで、自分にはどうしたって「当事者」として立つことのできない地平、というのが存在するのは厳然たる事実。その事実をきちんと受け入れ、そのことを認める生き方をする、ということなんだと思う。それは、どうしようもなく事実であって、そしてそのこと自体に善も悪もないのだから。
なぜ彼らの苦しみや怒りが分からないの?
なぜ弱者であり被害者である彼らに共感できないの?
例えばこう問われた時に、やっぱりどこかで思ってしまう。
想像することは出来るけれど、本当の意味での共感は出来ないんじゃないか、って。
もちろん事実を知ろうとすることは大切だと思うし、事実から目を背けようとするのは、決していいことではないと思うけれど、その結果として「理解」や「共感」を強要されるのは、とても怖いことだと思うんだ。
事実にきちんと目を向ける。でも、その先はあくまで自分自身が持ちうる「当事者性」という位置からしか判断できない。
この厳然たる事実を、きちんと事実として認めた上で、そこから様々な立場へと思いをめぐらせていくこと。
中道って、そういうことなのかなって。
ちょっと抽象的になっちゃったね。
最後に、おれが心をうたれたコラムをもうひとつだけ。
同じくランディさんのブログからです。
http://blog.ameba.jp/randy/archives/000629.html
『中道』
http://blog.ameba.jp/randy/archives/000826.html
なにかにつけて、善悪で判断しようとする態度というのは、ちょっと違うと思う。
お互いの立っている地点が違う、というただそれだけの事実に、善悪はないような気がする。
ランディさんが先日のトークショーの中で語っていた「当事者性」というのは、このことに繋がっていくのかもしれない。歴史認識であれ、社会的弱者の問題であれ、もっと下世話な身の上話であれ、構造は同じことで、自分にはどうしたって「当事者」として立つことのできない地平、というのが存在するのは厳然たる事実。その事実をきちんと受け入れ、そのことを認める生き方をする、ということなんだと思う。それは、どうしようもなく事実であって、そしてそのこと自体に善も悪もないのだから。
なぜ彼らの苦しみや怒りが分からないの?
なぜ弱者であり被害者である彼らに共感できないの?
例えばこう問われた時に、やっぱりどこかで思ってしまう。
想像することは出来るけれど、本当の意味での共感は出来ないんじゃないか、って。
もちろん事実を知ろうとすることは大切だと思うし、事実から目を背けようとするのは、決していいことではないと思うけれど、その結果として「理解」や「共感」を強要されるのは、とても怖いことだと思うんだ。
事実にきちんと目を向ける。でも、その先はあくまで自分自身が持ちうる「当事者性」という位置からしか判断できない。
この厳然たる事実を、きちんと事実として認めた上で、そこから様々な立場へと思いをめぐらせていくこと。
中道って、そういうことなのかなって。
ちょっと抽象的になっちゃったね。
最後に、おれが心をうたれたコラムをもうひとつだけ。
同じくランディさんのブログからです。
http://blog.ameba.jp/randy/archives/000629.html
Tuesday, April 12, 2005
想像力のベース
昨日の続きなんだけど、思うことがある。
それは、戦略を練り込むためには、想像力が必要だということ。
でも、もうひとつ重要なのは、想像力を働かせる為にはベースとなるものが必要なんじゃないか、ということ。
想像力、というとき、往々にして自由な発想力、というふうに考えがちだけど、ちょっと違うのかなって。なにもないところから、自由に、思いのままに絵を描いていくような、そういうものをすぐに想定してしまうけど、本当はもっと緻密なものなんじゃないかって、最近そんな感じがしてるんだ。
例えば、ビジネスの世界を考えてみる。
先輩の祐造さんがやってる、スポーツ映像分析ソフトの開発。勝手な解釈かもしれないけれど、このビジネスを産み出した祐造さんの想像力は、祐造さん自身の経験知というベースが存在して初めて生まれたものなんじゃないか。学生時代に、自分自身が相手チームのビデオ映像を分析する過程で感じた不都合や非効率。それよりもなによりも「試合に勝つ為に、相手のこと、そして自分自身のことを客観的に分析したい」という思いが誰にであるんだということを、経験的に知っていること。それこそが決定的に重要だったんじゃないかって、そう思うんだよね。これは、大きく捉えれば、肌の感じ。皮膚感覚まで落とし込まれた知。
それから、もうひとつある。それは、いわゆる情報。例えば、Excelの基本的な機能であったり、関数を利用すればどういうことが出来るのか、ということについて知っていること。それがあって初めて、Excelのある機能を応用することで、まったく新しいソフトウェアが開発できるんじゃないか、という可能性がひらけるんじゃないかと。あるいは、他のスポーツ界において現在どのような映像分析手法が採られているかを知っていること(あるいは人に聞いたり、調べたりして学ぶこと)。そのことによって初めて、開発したソフトにどのような機能があれば便利になるのか、ということに想像が向かっていけるんじゃないか。
身近な先輩をみていても、そう感じるんだ。(勝手な想像だけど)
祐造さんのことをおれがすごいなって思うのは、ソフトを開発してしまう想像力だけではなくて、その想像力のベースの圧倒的な広さでもあるんだ。自分の経験のひとつひとつを、確実に自分の知にしていく姿勢であったり、土台となる知識や情報をいろいろなところから引っ張りだそうとするところ、そして実際に引っ張りだしちゃうところなんです。
きっとこれこそが、「想像力のベース」なんだよ。
ここから、自分の今の状況を考えてみる。
昨日書いたとおり、ビジネスの世界でも、戦略を練らないと、勝てない。
せっかく営業してるんだから、なんとか売れる方法を考えて、それに全力で取り組まないといけない。
でも、戦略を練るには「想像力のベース」が必要なんだ。
それはつまり、経験知と、情報。このふたつが、今のおれには圧倒的に足りません。
だから、おれの今の戦略というのは、徹底的に情報に貪欲になる、ということになるんだ。
勉強しなきゃ。このままじゃ、やばいよ。
それは、戦略を練り込むためには、想像力が必要だということ。
でも、もうひとつ重要なのは、想像力を働かせる為にはベースとなるものが必要なんじゃないか、ということ。
想像力、というとき、往々にして自由な発想力、というふうに考えがちだけど、ちょっと違うのかなって。なにもないところから、自由に、思いのままに絵を描いていくような、そういうものをすぐに想定してしまうけど、本当はもっと緻密なものなんじゃないかって、最近そんな感じがしてるんだ。
例えば、ビジネスの世界を考えてみる。
先輩の祐造さんがやってる、スポーツ映像分析ソフトの開発。勝手な解釈かもしれないけれど、このビジネスを産み出した祐造さんの想像力は、祐造さん自身の経験知というベースが存在して初めて生まれたものなんじゃないか。学生時代に、自分自身が相手チームのビデオ映像を分析する過程で感じた不都合や非効率。それよりもなによりも「試合に勝つ為に、相手のこと、そして自分自身のことを客観的に分析したい」という思いが誰にであるんだということを、経験的に知っていること。それこそが決定的に重要だったんじゃないかって、そう思うんだよね。これは、大きく捉えれば、肌の感じ。皮膚感覚まで落とし込まれた知。
それから、もうひとつある。それは、いわゆる情報。例えば、Excelの基本的な機能であったり、関数を利用すればどういうことが出来るのか、ということについて知っていること。それがあって初めて、Excelのある機能を応用することで、まったく新しいソフトウェアが開発できるんじゃないか、という可能性がひらけるんじゃないかと。あるいは、他のスポーツ界において現在どのような映像分析手法が採られているかを知っていること(あるいは人に聞いたり、調べたりして学ぶこと)。そのことによって初めて、開発したソフトにどのような機能があれば便利になるのか、ということに想像が向かっていけるんじゃないか。
身近な先輩をみていても、そう感じるんだ。(勝手な想像だけど)
祐造さんのことをおれがすごいなって思うのは、ソフトを開発してしまう想像力だけではなくて、その想像力のベースの圧倒的な広さでもあるんだ。自分の経験のひとつひとつを、確実に自分の知にしていく姿勢であったり、土台となる知識や情報をいろいろなところから引っ張りだそうとするところ、そして実際に引っ張りだしちゃうところなんです。
きっとこれこそが、「想像力のベース」なんだよ。
ここから、自分の今の状況を考えてみる。
昨日書いたとおり、ビジネスの世界でも、戦略を練らないと、勝てない。
せっかく営業してるんだから、なんとか売れる方法を考えて、それに全力で取り組まないといけない。
でも、戦略を練るには「想像力のベース」が必要なんだ。
それはつまり、経験知と、情報。このふたつが、今のおれには圧倒的に足りません。
だから、おれの今の戦略というのは、徹底的に情報に貪欲になる、ということになるんだ。
勉強しなきゃ。このままじゃ、やばいよ。
Monday, April 11, 2005
負け癖
おれは某金融機関様をお客様として営業をしているんだけど、最近改めて思ったことがある。
それは、負け癖がついてしまっている、ということ。
そのことに気づいたのは、土曜日に1ヶ月振りくらいでラグビーをしたのがきっかけ。
練習を終えて、大学時代の同期といっしょに帰路についてる時に、仕事の話になって、ふと思ったんだ。
東大ラグビー部の頃と、状況がそっくりじゃないかって。
おれたちが現役だった当時、東大ラグビー部は1部の最下位という位置にいて、上位校相手に1勝することを目標に日々練習してた。練習は真剣だったし、皆が一生懸命だったけれど、入部以来3年間にわたって、東大はいちども勝てなかった。もちろん、1部の上位校といえば、有力校から素質あるタレントが推薦で集まった強豪ばかりで、才能や経験の差は圧倒的なものがあったということは確かだけれど、それにしても、負け続けていた。
勝ちたかったと思う。誰だって、負け続けるのは嫌だ。
でも、勝てなかった。
その頃のおれは、そのチームで公式戦に出ることも出来ず、Bチームでプレーしていた。3年になってようやくゲームに出られるようになったけれど、それまではAチームは遠い存在だと思ってた。
なにが言いたいかというと、そういう状況の中で、おれは負け癖をつけてしまっていたんだ。
負け癖というのは、負けを正当化しようとすること。
負けたことに対して、もっともな理由をつけようとする。
持って生まれたもともとの運動能力が違う。花園でやってきたやつらとは経験値が圧倒的に違う。グランドだったり、ウェイトルームだったり、専属コーチだったり、そういった環境が違う。例えばそういったことに、負けの理由を求めようとする。
そのことを気づかせてくれたのは、おれが大学2年の頃から東大の指導にあたってくれたコーチの水上さん。
水上さんは、東大ラグビー部に深く根付いてしまっていた「負けの文化」を、根底から覆していってくれた。
水上さんは、教えてくれた。
才能がないことも、経験で劣ることも、すべて前提。理由じゃないはずだ、って。
才能がなくても、経験で圧倒的に劣っても、それでも本気で勝ちたいのなら、その差を埋める方法を徹底的につきつめるべきなんだ。環境が整備されていないのであれば、変えようと働きかけることは当然だけど、同時にその環境下で出来る最大限のことが何なのかを考え抜いて、それを実行するべきなんだ。それはひとことで言うなら、戦略を練り込む、ということだと思う。
例えば、ラグビーだったら。
身体の小さい人間は、コンタクトプレーでの消耗度が圧倒的に大きい。でも、ラグビーにおいてコンタクトプレーは避けて通れないので、小さくても確実に止められるタックルを徹底的に練習する。でも、それと同時に、そもそもコンタクトプレーの頻度を可能な限り少なくできないかと考えていく。ディフェンスでのコンタクトは、避けられない。もちろん、ディフェンス場面自体を減らすことが出来ればいいのだけれど、格下のチームが考える方向性じゃない。だからこそ、考える。アタックでのコンタクトをなるべく減らせないか。そのひとつが、キックを有効活用すること。もうひとつは、BKがロングゲインを狙うこと。
ハイパントという戦術の最大のメリットは、この点にこそあると思う。FWをまったくコンタクトさせずに前進させることが出来る。もちろん、キックをすることで、いちどボールをイーブンの状態にしてしまうデメリットはある。確かに、現代のラグビーではPossesion(ボールの保持)が最も優先されていて、ボールを持ち続ければ失点しない、という原則でどのチームも動いている。でも、コンタクトに劣るチームが同じ戦略を取っても、おそらく80分間にわたって、ポゼッションは維持できない。むしろ、ミスによるターンオーバーのリスクが増えるかもしれない。だから、ハイパント。その代わり、キックの落としどころ、チェイスのコース取り、落下地点でのタックルを徹底的に練習する。つまり、イーブンボールの獲得率を上げることで、リスクを減らしていく、ということ。
BKのロングゲイン、というのも同じ。難しいのは最初から分かってる。でも、特に1次攻撃でロングゲインできれば、FWに圧倒的に有利な状況を作れる。さらに、トライまでの継続回数を極力少なくすることで、ミスのリスクを最小に出来る。でも、問題はそこから先。どうやってロングゲインを狙うか。
ロングゲインのポイントは、BKのディフェンスラインを越えた後、FLの網に引っ掛からないこと。その為には、相手FLが届かないコースを走る必要がある。つまり、FLから遠いところを抜く。でも、スピードがない選手は、外で抜けない。カットインすれば、それだけFLに近づく。だから、そのぎりぎりのところを狙うことになる。それは、カットインした時のコースがちょうどまっすぐになるような、そんなカットイン。
これは、ひとりじゃできない。パスをする選手とのコンビネーションが絶対に必要になる。でも、試合で自分の隣にいる選手はいつも同じというわけじゃない。だからこそ、チームとして方針を決めて、皆がカットインの場面になった時に、同じ動きを想像できるように練習を組み立てていく。
こういうことが、つまりは戦略なんだと思う。
もちろん、戦略だけじゃ勝てない。それをグランドでパフォーマンスできなければ、意味がない。でも、戦略を本当の意味で考え抜き、それに自信を持って取り組むことができれば、それはきっとパフォーマンスにつながるはずだし、それは勝負におけるスタート地点だと思う。
水上さんは、東大の負けの歴史を、決して素質や経験のせいにしなかった。
東大が勝てなかったのは、それを前提にした戦略をつきつめ、そのプランを自信を持ってグランドで体現する覚悟がなかったからだ。そのことを、全身全霊を込めて、教えてくれた。
そして翻って、ビジネスの世界を考えた時に、おれが抱えている問題はこれとまったく同じなんだ。
なかなか売れない状況が続くなかで、チームの皆が言い訳を探す。
例えば、厳しい経済環境。あるいは、お客様とのカルチャーの違い。それ以外にも、周囲のメンバーの動きの悪さであったり、製品の価格競争力であったり、負けの正当化に使われるものは、そこらじゅうに転がっている。
でもさ、ここで立ち返らなきゃいけない。
おれは、本当に戦略をつきつめたのか、って。
依然として経済環境に厳しさがあることも、カルチャーの違いも、すべては前提。例えば自分の会社の製品よりもはるかに低価格で勝負してくるコンペがいるとする。それも、前提。大切なのは、そういう前提の中で、取りうる戦略はなにか、ってことなんだ。それを皆で話しあって、考え抜いて、自信を持てるまで練り込んで、行動に落とし込むべきなんだ。そんなこと、学生時代に水上さんが教えてくれていたはずなのに、今頃になって改めて思い知らされるんだね。
ほんと、まだまだです。
それは、負け癖がついてしまっている、ということ。
そのことに気づいたのは、土曜日に1ヶ月振りくらいでラグビーをしたのがきっかけ。
練習を終えて、大学時代の同期といっしょに帰路についてる時に、仕事の話になって、ふと思ったんだ。
東大ラグビー部の頃と、状況がそっくりじゃないかって。
おれたちが現役だった当時、東大ラグビー部は1部の最下位という位置にいて、上位校相手に1勝することを目標に日々練習してた。練習は真剣だったし、皆が一生懸命だったけれど、入部以来3年間にわたって、東大はいちども勝てなかった。もちろん、1部の上位校といえば、有力校から素質あるタレントが推薦で集まった強豪ばかりで、才能や経験の差は圧倒的なものがあったということは確かだけれど、それにしても、負け続けていた。
勝ちたかったと思う。誰だって、負け続けるのは嫌だ。
でも、勝てなかった。
その頃のおれは、そのチームで公式戦に出ることも出来ず、Bチームでプレーしていた。3年になってようやくゲームに出られるようになったけれど、それまではAチームは遠い存在だと思ってた。
なにが言いたいかというと、そういう状況の中で、おれは負け癖をつけてしまっていたんだ。
負け癖というのは、負けを正当化しようとすること。
負けたことに対して、もっともな理由をつけようとする。
持って生まれたもともとの運動能力が違う。花園でやってきたやつらとは経験値が圧倒的に違う。グランドだったり、ウェイトルームだったり、専属コーチだったり、そういった環境が違う。例えばそういったことに、負けの理由を求めようとする。
そのことを気づかせてくれたのは、おれが大学2年の頃から東大の指導にあたってくれたコーチの水上さん。
水上さんは、東大ラグビー部に深く根付いてしまっていた「負けの文化」を、根底から覆していってくれた。
水上さんは、教えてくれた。
才能がないことも、経験で劣ることも、すべて前提。理由じゃないはずだ、って。
才能がなくても、経験で圧倒的に劣っても、それでも本気で勝ちたいのなら、その差を埋める方法を徹底的につきつめるべきなんだ。環境が整備されていないのであれば、変えようと働きかけることは当然だけど、同時にその環境下で出来る最大限のことが何なのかを考え抜いて、それを実行するべきなんだ。それはひとことで言うなら、戦略を練り込む、ということだと思う。
例えば、ラグビーだったら。
身体の小さい人間は、コンタクトプレーでの消耗度が圧倒的に大きい。でも、ラグビーにおいてコンタクトプレーは避けて通れないので、小さくても確実に止められるタックルを徹底的に練習する。でも、それと同時に、そもそもコンタクトプレーの頻度を可能な限り少なくできないかと考えていく。ディフェンスでのコンタクトは、避けられない。もちろん、ディフェンス場面自体を減らすことが出来ればいいのだけれど、格下のチームが考える方向性じゃない。だからこそ、考える。アタックでのコンタクトをなるべく減らせないか。そのひとつが、キックを有効活用すること。もうひとつは、BKがロングゲインを狙うこと。
ハイパントという戦術の最大のメリットは、この点にこそあると思う。FWをまったくコンタクトさせずに前進させることが出来る。もちろん、キックをすることで、いちどボールをイーブンの状態にしてしまうデメリットはある。確かに、現代のラグビーではPossesion(ボールの保持)が最も優先されていて、ボールを持ち続ければ失点しない、という原則でどのチームも動いている。でも、コンタクトに劣るチームが同じ戦略を取っても、おそらく80分間にわたって、ポゼッションは維持できない。むしろ、ミスによるターンオーバーのリスクが増えるかもしれない。だから、ハイパント。その代わり、キックの落としどころ、チェイスのコース取り、落下地点でのタックルを徹底的に練習する。つまり、イーブンボールの獲得率を上げることで、リスクを減らしていく、ということ。
BKのロングゲイン、というのも同じ。難しいのは最初から分かってる。でも、特に1次攻撃でロングゲインできれば、FWに圧倒的に有利な状況を作れる。さらに、トライまでの継続回数を極力少なくすることで、ミスのリスクを最小に出来る。でも、問題はそこから先。どうやってロングゲインを狙うか。
ロングゲインのポイントは、BKのディフェンスラインを越えた後、FLの網に引っ掛からないこと。その為には、相手FLが届かないコースを走る必要がある。つまり、FLから遠いところを抜く。でも、スピードがない選手は、外で抜けない。カットインすれば、それだけFLに近づく。だから、そのぎりぎりのところを狙うことになる。それは、カットインした時のコースがちょうどまっすぐになるような、そんなカットイン。
これは、ひとりじゃできない。パスをする選手とのコンビネーションが絶対に必要になる。でも、試合で自分の隣にいる選手はいつも同じというわけじゃない。だからこそ、チームとして方針を決めて、皆がカットインの場面になった時に、同じ動きを想像できるように練習を組み立てていく。
こういうことが、つまりは戦略なんだと思う。
もちろん、戦略だけじゃ勝てない。それをグランドでパフォーマンスできなければ、意味がない。でも、戦略を本当の意味で考え抜き、それに自信を持って取り組むことができれば、それはきっとパフォーマンスにつながるはずだし、それは勝負におけるスタート地点だと思う。
水上さんは、東大の負けの歴史を、決して素質や経験のせいにしなかった。
東大が勝てなかったのは、それを前提にした戦略をつきつめ、そのプランを自信を持ってグランドで体現する覚悟がなかったからだ。そのことを、全身全霊を込めて、教えてくれた。
そして翻って、ビジネスの世界を考えた時に、おれが抱えている問題はこれとまったく同じなんだ。
なかなか売れない状況が続くなかで、チームの皆が言い訳を探す。
例えば、厳しい経済環境。あるいは、お客様とのカルチャーの違い。それ以外にも、周囲のメンバーの動きの悪さであったり、製品の価格競争力であったり、負けの正当化に使われるものは、そこらじゅうに転がっている。
でもさ、ここで立ち返らなきゃいけない。
おれは、本当に戦略をつきつめたのか、って。
依然として経済環境に厳しさがあることも、カルチャーの違いも、すべては前提。例えば自分の会社の製品よりもはるかに低価格で勝負してくるコンペがいるとする。それも、前提。大切なのは、そういう前提の中で、取りうる戦略はなにか、ってことなんだ。それを皆で話しあって、考え抜いて、自信を持てるまで練り込んで、行動に落とし込むべきなんだ。そんなこと、学生時代に水上さんが教えてくれていたはずなのに、今頃になって改めて思い知らされるんだね。
ほんと、まだまだです。
Sunday, April 10, 2005
無題
今日はあまり書くことがない。
1)久しぶりに駒場に行ってラグビーしたけど、ここまで走れなくなってるとは思わなかった。
2)トラックバックというものを使ってみようとしたけれど、文字化けしてしまって、うまくできなかった。
3)隅田公園でお花見をした。
1)久しぶりに駒場に行ってラグビーしたけど、ここまで走れなくなってるとは思わなかった。
2)トラックバックというものを使ってみようとしたけれど、文字化けしてしまって、うまくできなかった。
3)隅田公園でお花見をした。
Friday, April 08, 2005
きわどさ
「PEEP "TV" SHOW」という映画を観て思ったんだけど、おれにはけっこうきわどいところがあるかもしれない。
きわどい、というのは、自分にとってのリアルにぶれが生じるような感覚、というか。
そういう感じは実は初めてだったので、自分ののなかにその「きわどさ」をきちんと落とし込めていないけれど。
この映画のことを知ったのは、ランディさんのブログがきっかけ。
http://blog.ameba.jp/randy/
実は上映後にランディさんのトークイベントがあって、すごく楽しみにしてたんだ。
ランディさんが語ったのは、「当事者性」ということ。
精神病だったり、リストカットだったり、9.11だったり、この世界には数えきれないほどの困難や、問題や、苦しみや、悲劇や、そういったことが存在するなかで、その場にいない人間は結局のところ「当事者」になりえない、ということ。あくまで「傍にいる」あるいは「外から見ている」という意味での当事者性しか持ち得ない、ということ。そして、結局のところ当事者ではない、というその事実から生まれる罪悪感。
ランディさんは、それがまさに「人間」ってことなんだと、そう言ってました。
高校生の頃、おれもそんなことをよく考えてた。
おれが育つ過程においては、家族の不幸もなく、両親の離婚もなく、リストカットの衝動も、鬱状態も、陰湿ないじめ体験も、なんにもなかったんだけど、そのことに対する恥ずかしさというか、自分がなにも当事者として経験していない、ということの罪悪感があって。
ランディさんは、そういう当事者性しか持ち得ない、ということは、善悪の問題ではなくて、ただそうだというだけだ、って。
その言葉は正しいと思ったし、そのことをきちんと言うランディさんは素敵だと思う。
でもね、当事者性は持ち得なくても、想像することは出来ると思うんだ。
おれが自分に対して恥ずかしさを感じてたのは、「当事者性」ということに対する想像力が足りてない、って感覚だったんじゃないかって。
だってさ、別のなにかを対象にすれば、まさに自分自身が当事者たること、というのが必ずあるはずなんだ。そこから「当事者性」ということを考える、というのがまさに知性だと思うし、それこそが想像力のベースだと思うから。
そして、「想像力」ということについては、今もやっぱり、感じてます。
当事者性を持たない世界に対して、自分の持ちうる当事者性の立場からではなく、自分の持ち得る「当事者性」ということそのものから考える、ということ。うまく書けないんだけど、それが想像力のベースなのかな、って思ってます。
きわどい、というのは、自分にとってのリアルにぶれが生じるような感覚、というか。
そういう感じは実は初めてだったので、自分ののなかにその「きわどさ」をきちんと落とし込めていないけれど。
この映画のことを知ったのは、ランディさんのブログがきっかけ。
http://blog.ameba.jp/randy/
実は上映後にランディさんのトークイベントがあって、すごく楽しみにしてたんだ。
ランディさんが語ったのは、「当事者性」ということ。
精神病だったり、リストカットだったり、9.11だったり、この世界には数えきれないほどの困難や、問題や、苦しみや、悲劇や、そういったことが存在するなかで、その場にいない人間は結局のところ「当事者」になりえない、ということ。あくまで「傍にいる」あるいは「外から見ている」という意味での当事者性しか持ち得ない、ということ。そして、結局のところ当事者ではない、というその事実から生まれる罪悪感。
ランディさんは、それがまさに「人間」ってことなんだと、そう言ってました。
高校生の頃、おれもそんなことをよく考えてた。
おれが育つ過程においては、家族の不幸もなく、両親の離婚もなく、リストカットの衝動も、鬱状態も、陰湿ないじめ体験も、なんにもなかったんだけど、そのことに対する恥ずかしさというか、自分がなにも当事者として経験していない、ということの罪悪感があって。
ランディさんは、そういう当事者性しか持ち得ない、ということは、善悪の問題ではなくて、ただそうだというだけだ、って。
その言葉は正しいと思ったし、そのことをきちんと言うランディさんは素敵だと思う。
でもね、当事者性は持ち得なくても、想像することは出来ると思うんだ。
おれが自分に対して恥ずかしさを感じてたのは、「当事者性」ということに対する想像力が足りてない、って感覚だったんじゃないかって。
だってさ、別のなにかを対象にすれば、まさに自分自身が当事者たること、というのが必ずあるはずなんだ。そこから「当事者性」ということを考える、というのがまさに知性だと思うし、それこそが想像力のベースだと思うから。
そして、「想像力」ということについては、今もやっぱり、感じてます。
当事者性を持たない世界に対して、自分の持ちうる当事者性の立場からではなく、自分の持ち得る「当事者性」ということそのものから考える、ということ。うまく書けないんだけど、それが想像力のベースなのかな、って思ってます。
Wednesday, April 06, 2005
スラムダンク
ずっと楽しみにしてたものが、今日ようやく届きました。
"SWITCH" FEBRUARY 2005 VOL.23 NO.2
スラムダンク、あれから10日後ー
『スラムダンク』1億冊突破への感謝を込めて、作者の井上雄彦さんが旧神奈川県立三崎高校の黒板に描いた『スラムダンク』最終話から10日後の世界。たった3日間だけ公開され、おれがその存在を知った時には既に井上さん自らの手によって黒板消しで消されてしまっていたそのプロジェクトを感じる、ひとつのきっかけ。
インターネットで"SWITCH"を見つけた瞬間のよろこびは、半端じゃなかったよ。
プロジェクトでは、廃校になった三崎高校の23枚の黒板に、10日後の『スラムダンク』が描かれたんだって。”SWITCH"でみることが出来るのはその一部で、残念ながら全てをみることは出来ないけれど、晴子ちゃんに始まって宮城や、三井や、赤木や、そういったキャラクターの姿を目にすることができたのは、やっぱりうれしかった。最後の花道の3コマなんて、本当に抜群だったよ。
でね、このプロジェクトのことで、心に残ったことがあるんだ。
それは、井上さんが黒板に書いた、ということ。
そして、3日後には自らの手で、1コマずつ作品を消していった、ということ。
この時期に廃校と出会ったのは、井上さんの持っている力だと思う。「高校生」という時期の、最高の瞬間を描いた作品の”それから”を描くうえで、これ以上の場所はないような気がする。本当に、自分の目で直接みたかった。
そして最終日、校内放送でイベント終了の放送が流された後で、井上さんが最初の教室から順に、作品を消していったということ。
心の中におそらくずっと大切におかれていた作品の、その後のたとえ1コマでも、残しておきたいと思う気持ちがあってもいいはずなのに、むしろ消すことによって、心の中の置き場所が決まっていくような、勝手ながらそんな印象を抱いた。井上さんの本当のところはおれには分からないけれど、黒板消しで丁寧に消されていったことが、余計に『スラムダンク』の魅力が色あせない、という思いを強くさせているような気がしています。
『スラムダンク』本当に大好きだった。
"SWITCH" FEBRUARY 2005 VOL.23 NO.2
スラムダンク、あれから10日後ー
『スラムダンク』1億冊突破への感謝を込めて、作者の井上雄彦さんが旧神奈川県立三崎高校の黒板に描いた『スラムダンク』最終話から10日後の世界。たった3日間だけ公開され、おれがその存在を知った時には既に井上さん自らの手によって黒板消しで消されてしまっていたそのプロジェクトを感じる、ひとつのきっかけ。
インターネットで"SWITCH"を見つけた瞬間のよろこびは、半端じゃなかったよ。
プロジェクトでは、廃校になった三崎高校の23枚の黒板に、10日後の『スラムダンク』が描かれたんだって。”SWITCH"でみることが出来るのはその一部で、残念ながら全てをみることは出来ないけれど、晴子ちゃんに始まって宮城や、三井や、赤木や、そういったキャラクターの姿を目にすることができたのは、やっぱりうれしかった。最後の花道の3コマなんて、本当に抜群だったよ。
でね、このプロジェクトのことで、心に残ったことがあるんだ。
それは、井上さんが黒板に書いた、ということ。
そして、3日後には自らの手で、1コマずつ作品を消していった、ということ。
この時期に廃校と出会ったのは、井上さんの持っている力だと思う。「高校生」という時期の、最高の瞬間を描いた作品の”それから”を描くうえで、これ以上の場所はないような気がする。本当に、自分の目で直接みたかった。
そして最終日、校内放送でイベント終了の放送が流された後で、井上さんが最初の教室から順に、作品を消していったということ。
心の中におそらくずっと大切におかれていた作品の、その後のたとえ1コマでも、残しておきたいと思う気持ちがあってもいいはずなのに、むしろ消すことによって、心の中の置き場所が決まっていくような、勝手ながらそんな印象を抱いた。井上さんの本当のところはおれには分からないけれど、黒板消しで丁寧に消されていったことが、余計に『スラムダンク』の魅力が色あせない、という思いを強くさせているような気がしています。
『スラムダンク』本当に大好きだった。
Monday, April 04, 2005
寛次郎
1日遅れになっちゃったけど、昨日の『日曜美術館』で見た、河合寛次郎。
魅力的なひとでした。
若くして「陶界の一角に突如現れた彗星」と呼ばれながら、33歳にして己の作風に疑問を感じる。
寛次郎は想う。結局は先達の模倣ではないか、と。
その後、3年の時を経て彼はそれまでとは別の地平に辿り着く。それは日々の生活から切り離されるのではなく、生活の中に深く根を張った美で、それこそが「民藝」と呼ばれる世界。
寛次郎は、豊富な言葉を持った人でもあり、民藝をしてこう表現する。
世界にはふたつあるのだと知った。
ひとつは、美を追いかける世界。
もうひとつは、美が追いかける世界。即ち、工芸の世界。
『日曜美術館』で紹介されたその後の寛次郎の作品は、素晴らしいものばかりだったよ。泥刷毛目皿や、三色打薬壷と呼ばれる赤・黒・緑の3色の釉を打ち付けて造られた壷は、うまく言葉に出来ないけれど、泥の匂いと同時に、どこかスマートな部分を併せ持っていて、おれの心に鮮明なイメージを焼き付けていきました。
番組のサブタイトルにもなった寛次郎の言葉も、おれの心にしっかりと残ってます。
「新しい自分を見たいのだ。」
作品の素材とした泥や金属や、そういった全ての中に「新しい自分」が詰まっている。そして、そうした「新しい自分」たちは、早くここから出してくれ、といつも執拗に問いかけてくる。だから私は、そいつらを外に出してやりたいんだ。
寛次郎は、そう考えてたんだって。
いわちん、ここに宝石探して歩いてる先輩がいたよ。
魅力的なひとでした。
若くして「陶界の一角に突如現れた彗星」と呼ばれながら、33歳にして己の作風に疑問を感じる。
寛次郎は想う。結局は先達の模倣ではないか、と。
その後、3年の時を経て彼はそれまでとは別の地平に辿り着く。それは日々の生活から切り離されるのではなく、生活の中に深く根を張った美で、それこそが「民藝」と呼ばれる世界。
寛次郎は、豊富な言葉を持った人でもあり、民藝をしてこう表現する。
世界にはふたつあるのだと知った。
ひとつは、美を追いかける世界。
もうひとつは、美が追いかける世界。即ち、工芸の世界。
『日曜美術館』で紹介されたその後の寛次郎の作品は、素晴らしいものばかりだったよ。泥刷毛目皿や、三色打薬壷と呼ばれる赤・黒・緑の3色の釉を打ち付けて造られた壷は、うまく言葉に出来ないけれど、泥の匂いと同時に、どこかスマートな部分を併せ持っていて、おれの心に鮮明なイメージを焼き付けていきました。
番組のサブタイトルにもなった寛次郎の言葉も、おれの心にしっかりと残ってます。
「新しい自分を見たいのだ。」
作品の素材とした泥や金属や、そういった全ての中に「新しい自分」が詰まっている。そして、そうした「新しい自分」たちは、早くここから出してくれ、といつも執拗に問いかけてくる。だから私は、そいつらを外に出してやりたいんだ。
寛次郎は、そう考えてたんだって。
いわちん、ここに宝石探して歩いてる先輩がいたよ。
Sunday, April 03, 2005
仲間想い ~スギさん、おめでとう。
スギさんの結婚パーティ、すごかったな。
あの人数の多さにも驚いたけど、とにかく神さんと櫻井さんの企画力がすごくて。
大抵2次会って途中でだれちゃうけど、昨日は全然そういう時間がなかった。氣志團~ケツメイシ~マツケンサンバと続いたダンスナイトは相当なものでした。東大ラグビー部も芸人魂はかなりのものだと思うけど、昨日はちょっと感動しちゃうような代物だったね。
神さんと櫻井さんは、仲間想いだなーって、思った。
勝手な想像だけど、たぶん、スギさんの奥さんはすごく嬉しかったと思う。だって、昨日のパーティ見てたら、スギさんがいい友達に囲まれてるってことが、本当によく分かるから。
スギさん、ご結婚おめでとうございます。
櫻井さんは、おれの友達ではヤマシタにちょっと似てるかもしれない。
ヤマシタは自分の主張がはっきりしていて、言いたいことをはっきり言うタイプ。我が強すぎて周囲とぶつかることも多いけど、すごく仲間想いで、自分にとって一番大切なものは「仲間」だって、本心で言い切れるやつ。最近ヤマシタのそういうところが、なんかおれの心に響きかけてきてて、たまに会うといつも刺激を受けるんだよね。
櫻井さんにも、入部した時から同じような思いを持ってて。櫻井さんは、やっぱり仲間想いだと思うよ。プライドを持ってる人だから、ぶつかることもあるし、自分勝手なとこもある人なのかも知れないけどさー、やっぱりいい先輩だと思う。おれにはないものを、持ってる人だからね。
今年はフルシーズン、走りまくってほしいです。
あの人数の多さにも驚いたけど、とにかく神さんと櫻井さんの企画力がすごくて。
大抵2次会って途中でだれちゃうけど、昨日は全然そういう時間がなかった。氣志團~ケツメイシ~マツケンサンバと続いたダンスナイトは相当なものでした。東大ラグビー部も芸人魂はかなりのものだと思うけど、昨日はちょっと感動しちゃうような代物だったね。
神さんと櫻井さんは、仲間想いだなーって、思った。
勝手な想像だけど、たぶん、スギさんの奥さんはすごく嬉しかったと思う。だって、昨日のパーティ見てたら、スギさんがいい友達に囲まれてるってことが、本当によく分かるから。
スギさん、ご結婚おめでとうございます。
櫻井さんは、おれの友達ではヤマシタにちょっと似てるかもしれない。
ヤマシタは自分の主張がはっきりしていて、言いたいことをはっきり言うタイプ。我が強すぎて周囲とぶつかることも多いけど、すごく仲間想いで、自分にとって一番大切なものは「仲間」だって、本心で言い切れるやつ。最近ヤマシタのそういうところが、なんかおれの心に響きかけてきてて、たまに会うといつも刺激を受けるんだよね。
櫻井さんにも、入部した時から同じような思いを持ってて。櫻井さんは、やっぱり仲間想いだと思うよ。プライドを持ってる人だから、ぶつかることもあるし、自分勝手なとこもある人なのかも知れないけどさー、やっぱりいい先輩だと思う。おれにはないものを、持ってる人だからね。
今年はフルシーズン、走りまくってほしいです。
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